オペラに行って参りました-2024年(その3)

目次

才能と努力と 2024年4月13日 グルッポカッパ第7期修了公演「セヴィリアの理髪師」を聴く
ヴァラエティ 2024年4月20日 「YURIKO TANGO MEZZOSOPRANO CONCERT VOL.2 花筏」を聴く
ロッシーニの魅力の伝え方 2024年4月27日 藤原歌劇団「チェネレントラ」(初日)を聴く
テクニックとバランスと 2024年4月28日 藤原歌劇団「チェネレントラ」(2日目)を聴く

オペラに行って参りました。 過去の記録へのリンク

      
2024年 その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7 その8 どくたーTのオペラベスト3 2024年
2023年 その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7 その8 どくたーTのオペラベスト3 2023年
2022年 その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7 その8 どくたーTのオペラベスト3 2022年
2021年 その1 その2 その3 その4 その5 その6   どくたーTのオペラベスト3 2021年
2020年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2020年
2019年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2019年
2018年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2018年
2017年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2017年
2016年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2016年
2015年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2015年
2014年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2014年
2013年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2013年
2012年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2012年
2011年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2011年
2010年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2010年
2009年 その1 その2 その3 その4     どくたーTのオペラベスト3 2009年
2008年 その1 その2 その3 その4     どくたーTのオペラベスト3 2008年
2007年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2007年
2006年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2006年
2005年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2005年
2004年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2004年
2003年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2003年
2002年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2002年
2001年 その1 その2         どくたーTのオペラベスト3 2001年
2000年              どくたーTのオペラベスト3 2000年

鑑賞日:2024年4月13日

入場料:自由席 3000円

主催:グルッポカッパ

グルッポカッパ第7期修了公演

オペラ2幕 字幕付イタリア語上演
ロッシーニ作曲「セビリアの理髪師」 (Il Barbiere di Siviglia )
台本:チェーザレ・ステルビーニ
原作:ボーマルシェ『セビリアの理髪師あるいは無用の用心』

会場 神楽坂セッションハウス

スタッフ

指 揮 河原 忠之
ピアノ 佐藤 響、小松 桃、山下 百恵、林 菜月、熊谷 冬美、石川 美結、黒田 光子
合 唱 工藤 麻祐子、佐藤 慈雨、和田 央、又吉 秀樹
演 出 吉野 良祐
舞台監督 東城 里奈

出 演

アルマヴィーヴァ伯爵 井上 元気
フィガロ 阿部 泰洋
ロジーナ 月村 萌華
ドン・バルトロ 倍田 大生
ドン・バジリオ 奥秋 大樹
ベルタ 水野 葉子
フィオレッロ&アンブロージョ 木越 凌

感 想

才能と努力と-クルッポカッパ第7期修了公演「セヴィリアの理髪師」を聴く

 グルッポカッパは、  日本を代表する伴奏ピアニストでコレペティートルの河原忠之が若手の歌手や伴奏ピアニストたちを集めて作った音楽塾です。2017年度から開始し、2023年度が第7期。毎年新メンバーを募集し、月一でお互いの演奏を聴きあいながら高めていこうとする一種の私塾です。メンバーは原則35歳以下の若手で、音大大学院修了程度の実力が求められます。河原は2015年ごろ新国立劇場オペラ研修所の音楽主任講師で、2016年3月のオペラ研修所修了公演の「フィガロの結婚」を指揮しておりますので、おそらくその任期が終了した後も若手の育成に係わりたいとの志の中、この活動を開始したのではないかと思います。

 というわけで、第7期のメンバーも既に音楽の仕事はしていますが、まだまだ大きな公演には呼んでもらえない位のメンバー。それらが一年をかけて「セビリアの理髪師」に取り組むという。これははっきり申し上げて難題です。「セビリアの理髪師」は見ている分には本当に楽しいオペラですけど、これをきっちりと音楽的に正確にかつお話の持っている面白さを減じることなく演奏するのは極めて困難と申し上げてよい。私も何度か若手歌手による「セビリア」を見ておりますが、なかなか上手く行かない。もちろん、小堀勇介が伯爵を歌い、山下裕賀のロジーナ、といった若手でも素晴らしい演奏をした例もありますから年齢だけの問題ではないのですが、技術と経験の双方が揃わないとなかなか上手くいかないところはあると思います。

 今回の演奏も、みんな頑張っていましたけど、それなりに課題があり、その課題が厳しい形で露呈した方とそうでない方の両方がいたのかなというのが正直な印象です。

 ちなみに会場はマンションの地下で131平方メートルしかないスタジオ。普段はジャズのセッションとかアングラ演劇とかに利用されていそうなスペースです。そこの半分弱を舞台にして残りを観客席としたのですが、席数は90席。満席でした。その狭さで、歌手の皆さんは本気で歌ってくれるから迫力は凄い。その代わり何かやらかすとすぐに分かってしまうので、なかなか大変です。

 その中で一番面白かったのは演出だったと思います。吉野良祐の演出はこの会場の狭さと客席との近さを利用する演出。今回狭い会場ゆえに指揮台が観客席に囲まれる形で設置されたのですが、河原の一所懸命指揮する様子や歌手にプロンプする様子まで見えてしまう。だから、フィオレッロやアンブロージョなど脇役全般を担当した木越凌はアシスタント・ディレクター並みに客席に向かって注意し、直後に劇の中ではイタリア語を歌い、八面六臂の活躍。かなりカオスだったのですが、敢えてそのようにしたのでしょう。歌手たちの動かし方も、会場全体を自在に使い、お笑い芸人たちの動きなどをまねたりもして、ある意味サークルが大学祭で出すような舞台でもあったのですが、とても年寄りの演出家ならやらないだろうなという雰囲気で、若い演出家のフレッシュな感性を楽しめたと思います。

 歌手たちに関しては才能の差と努力の差が現れたのかな、というところでした。

 一番割を食ったのが伯爵役の井上元気。声を聴いた感じではもちろんロッシーニ・テノールではないし、レジェーロでもない感じがしました。そのような声の持ち主がアルマヴィーヴァを歌うというのはそう簡単な話ではありません。意図的に軽く歌おうとはしていましたが上手くは行っておらず、高音がひっくり返ることが10回以上あったかもしれません。本人も不本意だっただろうとは思います。あんまり軽めに歌おうと意識せず、もっとブレスを深く取ってしっかり歌った方がいい結果に結びついたのではないかという気がしました。また今回は伯爵の大アリア「もう逆らうのをやめよ」はカットだったわけですが、それはやむをえない判断でしょう。、

 高音がひっくり返ったというのはバジリオ役の奥秋大樹もやりました。「陰口はそよ風のように」は、最高音はホ音でそれほど高いものではありませんが、前からの勢いが付きすぎて抑えが効かなくなりひっくり返ったのでしょう。奥秋はこれまで何回か聴いていて、低音のビロードのような響きが素晴らしく、次の世代の日本を代表するバス歌手になる可能性を秘めた方だと思っていたのですが、そんな方でもこんなミスをするんだと微笑ましく思いました。

 月村萌華のロジーナ。低音もしっかり出るソプラノで、本来メゾが歌うロジーナに結構あっていると思いますが、中低音から高音への切り替えのところが滑らかに繋がらなかったのと、後半やや疲れが見えたのが反省点か。彼女はもっているキャラが三枚目で今回の動かされ方も松竹新喜劇のヒロインのようで、ロジーナとしてはかなり珍しい役作りだったと思います。それが面白かったとも思いますし、一方で軽く歌ってアジリダの切れなどはもっとあった方がロッシーニらしさが示せたのかなとも思いました。

 倍田大生のバルトロ。演奏は悪くないと思いました。バルトロの尊大なアリアも早口も含めてしっかりと歌われていたと思います。ただ、この方根が真面目なのでしょうね。ブッフォとしての味がないのです。もちろん演出で指示された演技は一所懸命やってはいるのですが、どこか戸惑っている感じが終始ありました。バルトロはこのオペラのキーマンで、バルトロがどこまでおかしい演技をするかでオペラの味わいが変わってきます。そのいかにもバッソ・ブッフォ的な演技は経験を積まないとどうしようもないところがあり、若い歌手には難しいのだろうとは思いました。

 阿部泰洋のフィガロ。阿部の年齢とオペラの中のフィガロの年齢が近いということが影響していると思いますが、今回の出演者の中で一番ミスが少なく、役柄も似合っていたように思います。登場のアリア「私は町の何でも屋」はバリトンの課題曲みたいなところもあって歌う方は多いですが、なかなか上手くいかないことも多い難曲です。それを細かいところも丁寧に歌ってみせて立派。その後も溌溂として、フィガロが登場すると何でも上手くいく、という歌詞通りの活躍をされたと思います。ただ重唱では相手とのバランス等で上手くいっていないところもあり、その辺が課題なのかもしれません。

 ピアノもそれなりでした。5人のピアニストが順繰りに演奏したそうですが、上手な人もいればそうでない方もいたのかなという感じです。序曲は左手の三連符が上手くいっていなかったし、メロディが単旋律になる部分は、もっとペダルを活用して響きを作った方がいいのではないかとは思いました。後は伴奏としてしか聴いていないので、細かくは聴けていません。

 以上、粗削りだし、ミスも多々あった舞台でした。でも舞台が近いおかげで彼らの生の声をストレートに聴くことができましたし、お笑いブームのシャワーを浴びた世代の、尖がった演出での若い声を楽しむことができました。

グルッポカッパ第7期修了公演「セヴィリアの理髪師」TOPに戻る

本ページトップに戻る

鑑賞日:2024年4月20日

入場料:自由席 4500円

YURIKOTANGO MEZZOSOPRANO CONCERT VOL.2 花筏

会場 東京聖三一教会

出 演

メゾソプラノ 丹呉 由利子
フルート 松島 沙樹
ピアノ 辻 喜久栄
司会 カリスマ教師芸人ヒグティー

プログラム

作曲家 作品名/作詞 曲名 演奏
レオンカヴァッロ A.ヴィヴァンティ 四月  
ヘンデル セルセ セルセのアリア「オン・ブラ・マイ・フ」  
ヘンデル リナルド アルミレーナのアリア「私を泣かせてください」  
ドナウディ 古典様式による36のアリア ああ、愛する人の  
グノー   アヴェ・マリア(バッハの「平均律クラヴィーア曲集 第1巻」の「前奏曲 第1番 ハ長調 BWV 846」による) フルート
久石 譲 覚 和歌子 いのちの名前  
久石 譲 小山 薫堂 STAND ALONE フルート
森山 直太朗 森山直太朗 & 御徒町凧 さくら  
休憩   
ヴァヴィロフ   カッチーニのアヴェ・マリア  
マクブルーム マクブルーム作詞、高畑勲訳詞 愛は花、君はその種子 フルート
ラヴランド グラハム You raize me up  
ヴェルディ 6つのロマンス どうぞ 哀れみを おお 悲しみの聖母さま  
ヴェルディ ドン・カルロ エボリ公女のアリア「酷い運命よ」  
武満 徹 武満 徹 小さい空  
アンコール   
シェーンベルク レ・ミゼラブル ファンテ―ヌの歌う「夢破れて」  
さだ まさし さだ まさし いのちの理由 フルート

感 想

ヴァラエティ-YURIKOTANGO MEZZOSOPRANO CONCERT VOL.2 花筏 を聴く

 「花筏」とは、川面に散った桜の花びらが流れていく様子をいかだに見立てて言った風情のある季語。桜の季節の終わりにふさわしいタイトルであります。このタイトルと「クラシックコンサートの新しい形を追求する」というチラシの説明と教会が会場ということから宗教的な曲を中心にやるのかな、と思いきや(事前に演奏曲名は一切公開されていませんでした)、イタリア古典歌曲からJ-POPまで非常にヴァラエティに富んだ曲が取り上げられました。

 丹呉由利子は15年ほどのキャリアを誇る中堅のメゾソプラノ。私は彼女のデビュー、昭和音大オペラの「ピーア・デ・トロメイ」で偶然彼女を聴き、それ以来も何度か聴くことがあったのですが、ソロ・コンサートを聴くのは初めてです。それでプログラムを見て驚きました。彼女自身、最近は日本語の曲に惹かれると言って、今回取り上げた16曲のうち、ちょうど半分の8曲が日本語。それもいわゆる日本歌曲は「小さい空」1曲で、他は外国のポップスの日本語のカバーだったり、歌謡曲だったり、アニメの主題歌だったりとクラシックの歌手が自分のコンサートではあまり取り上げない曲が多い。私自身はポピュラー系の曲は流れてくる曲が勝手に耳に入ってくることはあっても、自分から聴くことは皆無なので、そういう意味では新鮮ではありました。

 さて演奏ですが、まず、丹呉由利子自身はあまり体調がよくなかったようです。彼女は本来は伸びのある美しい高音と、落ち着いた中低音を持っているメゾソプラノなのですが、その中低音が上手くいっていなかった印象です。張った高音は綺麗ですが、といって軽いソプラノの上に抜けるような響きがあるわけではなく、その意味では中途半端な感じはありました。本人も「エヘン虫が出てしまって」と言っておりましたが、喉の調子が完璧でない中、出来る限り頑張ったというのが本当のところでしょう。

 結果として、最初に歌われた外国語の4曲はドナウディが比較的良かったとは思いますが、どれもそこそこだった、というのが本当のところでしょう。メゾであれば、一番嵌りそうなのはセルセのアリアだと思いますし、丹呉も単に「イタリア古典歌曲」ヴァージョンで歌ったのではなく、レシタティーヴォからの本来のアリアの姿で歌ったのですが、低音が嵌らない感じでどうなんだろうというところ。Lassia ch'io piangaを選曲したのは、おそらくヘンデルの時代のピッチを意識して、その領域であれば上手くいくと思ってのことだったと思いますが、美しい高音はあったものの、やはりソプラノによって歌われた方が、この歌は光るということを再認識する感じでした。ありていに申しあげればプロとしての水準には達していたものの、聴き手を震わすプラスアルファがあったかと言えば、そこは疑問符が付きます。

 しかし、その次から歌われた日本語の曲がどれも素晴らしい。よく聴くと音が微妙に揺れたりして、歌を安定させるのに苦労しているなというのが分かるのですが、それ以上に歌詞を立てて、歌の持つ意味に寄り添う感じが素晴らしいのです。さらに申しあげればこれらの日本のアニソンや歌謡曲は音域的にも和声的にも難しいものではないので、たとえ不調と雖もしっかりと歌ってみせるのが素晴らしい。そしてオリジナルを歌った歌手の皆さんより全然上手です。音の磨かれ方が全然違うし、楽譜の読み込み方もポピュラー音楽の方よりも正確で、色々な細かなところをゆるがせにしない。相対的にはオリジナルよりも完成度が高い。

 一方で、ポピュラー系の曲は正確に歌うと詰まらなくなってしまって、ちょっとだけ歌い崩した方が雰囲気が出ることが多いのですが、期せずして生じてしまった音の揺れなんかが音楽のそういう魅力を引き出していた部分もあります。

 結果として日本の曲はどれもしっかり歌詞が立って、詩の持つエネルギーを歌とともに表出した感じがしました。なお、後半で外国の曲としてヴェルディ2曲が歌われ、エボリ公女は先日大和で歌ったばかりということもあって、雰囲気がよく出ていてよかったです。アンコールは2曲。どちらも日本語歌詞で、日本語の曲に惹かれる、と言っていた丹呉らしい選曲になりました。

 フルートのオブリガートが付いた付いた曲も何曲かありましたが、総じてあまり目立たない感じ。辻喜久栄のピアノはしっかりと歌手をサポートしていました。

YURIKOTANGO MEZZOSOPRANO CONCERT VOL.2 花筏 TOPに戻る

本ページトップに戻る

鑑賞日:2024年4月27日

入場料:B席 3F3列54番 8000円

主催:公益財団法人日本オペラ振興会
共催:川崎・しんゆり芸術祭実行委員会、川崎市、川崎市教育委員会

藤原歌劇団創立90周年記念公演

オペラ2幕 字幕付イタリア語上演
ロッシーニ作曲「ラ・チェネレントラ」(La Cenerentola )
台本:ヤーコポ・フェッレッティ

会場 テアトロ・ジーリオ・ショウワ

スタッフ

指 揮 鈴木 恵里奈
管弦楽 テアトロ・ジーリオ・ショウワオーケストラ
合 唱 藤原歌劇団合唱部
合唱指揮 山舘 冬樹
演 出 フランチェスコ ベッロット
美 術 アンジェロ サーラ
舞台美術補・衣裳 アルフレード コルノ
照 明 クラウディオ シュミット
演出補 ピエーラ ラヴァージオ
舞台監督 菅原 多敢弘

出 演

アンジェリーナ 但馬 由香
ドン・ラミーロ 小堀 勇介
ドン・マニーフィコ 押川 浩士
ダンディーニ 岡 昭宏
クロリンダ 楠野 麻衣
ディーズベ 米谷 朋子
アリドーロ 久保田 真澄

感 想

ロッシーニの魅力の伝え方-藤原歌劇団「ラ・チェネレントラ」(初日)を聴く

感想は、二日分まとめました。

藤原歌劇団「ラ・チェネレントラ」(初日)TOPに戻る

本ページトップに戻る

鑑賞日:2024年4月28日

入場料:B席 3F3列52番 8000円

主催:公益財団法人日本オペラ振興会
共催:川崎・しんゆり芸術祭実行委員会、川崎市、川崎市教育委員会

藤原歌劇団創立90周年記念公演

オペラ2幕 字幕付イタリア語上演
ロッシーニ作曲「ラ・チェネレントラ」(La Cenerentola )
台本:ヤーコポ・フェッレッティ

会場 テアトロ・ジーリオ・ショウワ

スタッフ

指 揮 鈴木 恵里奈
管弦楽 テアトロ・ジーリオ・ショウワオーケストラ
合 唱 藤原歌劇団合唱部
合唱指揮 山舘 冬樹
演 出 フランチェスコ ベッロット
美 術 アンジェロ サーラ
舞台美術補・衣裳 アルフレード コルノ
照 明 クラウディオ シュミット
演出補 ピエーラ ラヴァージオ
舞台監督 菅原 多敢弘

出 演

アンジェリーナ 山下 裕賀
ドン・ラミーロ 荏原 孝弥
ドン・マニーフィコ 押川 浩士
ダンディーニ 和下田 大典
クロリンダ 米田 七海
ディーズベ 髙橋 未来子
アリドーロ 東原 貞彦

感 想

テクニックとバランスと-藤原歌劇団「ラ・チェネレントラ」(2日)を聴く

 2018年に藤原歌劇団が制作した舞台の再演。この舞台はお伽噺の登場人物が本から飛び出してきて、女の子の家のテーブルの上でお話をするというとても可愛らしい演出で、この作品を演出したベロットは欧州各地で同様のコンセプトの舞台を行っているようです。今回はその両日を拝見して、「チェネレントラ」という作品の大変さを再認識いたしました。

 とにかく歌手を選ぶ作品です。アジリダをしっかり歌えるとか、高音がきっちり出るとかということも当然なのですが、アンサンブル能力も高くなければいけないし、声には軽さだけではなく強さも必要だし、トラブルが起きたときの回復能力も必要だし、演技力もないと面白くならない。高度なテクニックが必須です。ロッシーニは19世紀イタリアで物凄い売れっ子だったのに、その後「セビリアの理髪師」を唯一の例外として1970年代のロッシーニ・ルネッサンスまでほとんど上演されることがなくなった大きな理由は、ロッシーニをきっちり歌えるだけのテクニックをもった歌手が居なくなった、というのが大きかったと思います。ロッシーニ・ルネッサンス以降ロッシーニをきちんとした様式感で歌える歌手は増えてきましたし、日本でも楽譜に書かれたことをきっちりやるという文化もあって、ロッシーニに親和性のある歌手が多くなった印象です。特に藤原歌劇団は2000年以降、ロッシーニ・ルネッサンスの立役者であったアルフレード・ゼッダを招聘したこともあってロッシーニを得意とする人が比較的多いのかなという印象です。

 しかし、その藤原歌劇団においてすら、歌手を揃え、ロッシーニを高度なレベルできっちり作り上げるのが本当に大変なのだな、というのがよく分かる舞台だったと思います。

 2日間聴いて、全体の出来は初日が上、歌手個人としては魅力的な声が両日とも聴くことができました。

 初日の方がいいと感じるのは、全体のバランスが初日の方が取れていたこと、ソプラノとテノールが初日が完全に二日目より上だったから、というのが大きいと思います。

 ドン・ラミーロを歌った二人、初日の小堀勇介、二日目の荏原孝弥は素人でも分かる力量の差がありました。

 小堀勇介は素晴らしい歌唱でした。ここ10年ほど日本のベルカントテノールをけん引していますが、それだけの力量は伊達ではありません。一番の聴かせどころであるアリア[誓って彼女を見つけ出す」が素晴らしかったのは言うまでもありません。彼の美しく力強さもあって高いところにスッと抜けていく声は、ちょっと類を見ないもので別格だと思います。アリアだけではありません。重唱やアンサンブルでもしっかり存在感を見せてくれる。アンサンブルでは低音の重唱の中に、テノールがしっかりと楔を打ち込むところが聴きどころですが、それがまた上手。アンジェリーナとの二重唱も魅力たっぷり。流石としか言いようがありません。

 荏原孝弥は新国立劇場オペラ研修所19期卒だそうですが、私は新国立劇場の修了公演では彼を聴いておらず、今回が初めてです。今回聴いて思うのは、小堀との比較において、軽さはあるけど、力強さに欠けていると言わざるを得ません。小堀で絶賛した10番の高難度のアリア「誓って彼女を見つけ出す」を例にすれば、ハイCはもちろん綺麗に出ていますし、高音のアクートも悪くない。唯中間部のフィオリトゥーラの技巧とアレグロの部分の技巧とに違いが感じられず、一本調子に聴こえてしまう。そして、彼のもう一つの問題は、緊張もあったと思いますが、高音とか軽く歌うことに意識が行き過ぎて、しっかりした中低音がなかったことだと思います。だからメリハリがはっきりしない。その他のアンサンブルでも主役なのだからもう少し絡んで存在感を見せたほうがいい。第5番の五重唱は、ラミーロの怒りが低音のアンサンブルにびしびし刺さっていくところに面白みがあるはずなのですが、そのあたりの声が弱いので、楔が刺さらずに跳ね返されているように聴こえます。アンジェリーナとの二重唱でもアンジェリーナがしっかり歌っているのだから、もっとフォローして欲しい。

 考えてみれば荏原も可哀想です。本当は全然悪くないのに、前日に別格レベルの小堀が歌ったおかげで、これだけ言われてしまうのですから。とにかく頑張って欲しいと思います。

 ソプラノの差も楠野麻衣と米田七海の経験の差が出たということでしょう。アジリダの切れ味など技巧的な面も楠野が断然上ですし、米田はそれほどではない。今回、アゴリーニが作曲したためにカットされることが多いクロリンダのアリアが演奏され、どちらも悪くなかったのですが、楠野の方が魅力的。今回、このアリアはヴァリエーションをそれぞれが作り歌ったそうですが、より技巧的でロッシーニ的だったのが楠野のバリエーション。それをよく転がるコロラトゥーラで見事に歌い上げた楠野。大変だったという話ですが、余裕で高音を出していたように聴こえ、実力を感じました。米田も良かったのですが、ギリギリのところで歌っているのが見え見えでそれを見せないようにする域まではまだ遠そうです。

 アンサンブルの参加にも差がありました。この曲はメゾソプラノ、バリトン、バスが多くてアンサンブルも低音の力強さに特徴があります。そこで、ソプラノが入ることによって全体が明るくなのですが、第一幕フィナーレの六重唱は、楠野の声がいい感じで溶け込んで、技巧的な重唱がますますレベルアップした感があります。一方米田は(低音が強すぎることも問題なのですが)声が足りなくて、低音の重厚なアンサンブルに跳ね返されていました。ここで切り込めるかどうかが経験なのでしょう。

 アンジェリーナは初日の但馬由香、二日目の山下裕賀ともによかったと思いますが、テクニカルな安定度で山下裕賀に軍配が上がります。昨年日本音コン一位を取った山下で今上り調子ということもあるのでしょう。これまで日生劇場における「カプレーティとモンテッキ」のロメオや「セビリアの理髪師」のロジーナで感心してきたベルカントの名手で、今ロッシーニを歌わせたら、脇園彩か山下裕賀かという感じだと思います。最後の大アリア「苦しみと涙の中に生まれ」は、ロッシーニのテクニックの粋が集められた名曲ですが、山下は安定した技量で歌い急ぐことなく、丁寧に最後まで盛り上げたところが素晴らしい。

 但馬由香はアンサンブルも嵌り方などは流石にベテランですし、最後のアリアも丁寧な歌いまわしで魅力的だったのですが、山下の安定感と比較すると今一つなところがあるのは事実だと思います。しかし、但馬は、5番の五重唱における悲しみの感情表現や、最後のアリアでの悲しみから喜びへの変化の表情が素晴らしく、そのあたりに山下よりも一日の長を感じました。

 ドン・マニーフィコは二日目アナウンスされていた坂本伸司が急遽キャンセルになり、二日間とも押川浩士が歌いました。押川はバッソ・ブッフォ的な演技が魅力的でしたし、歌も滅茶苦茶早口の部分の口もよく回っていて技巧的なところも素晴らしく、存在感のあるマニーフィコでした。初日と二日目を比較すると、基本スタイルはもちろん同じながら、二日目の方が開放的だったのかな、という風に聴きました。二日目が響きが強く、ノリが良かった感じです。ただ、全体のバランスとの兼ね合いで申し上げれば、二日目の方が存在感がありすぎで、初日程度のはっちゃけかたで十分ではないかと思いました。

 ダンディーニは初日が岡昭宏。二日目が和下田大典。岡は最初の方でテクニカルなミスがあったのが残念でしたが、あとは素晴らしい存在感と声量で丁度いい感じ。和下田大典も低音がしっかり張れていて安定感が十分あって、それでいて軽快なところはしっかり軽快に歌い、従者の姿に戻った時の諦めの感じも味があってよかったと思います。ちなみに第一幕で歌われるコミカルなアリアは、二人ともしっかりコミカルな感じが出ていて、とてもよかったと思います。

 アリドーロは久保田真澄と東原貞彦。二人とも悪くないのですが、アプローチは違います。久保田は言ってみれば脇役としてのバスを歌っている印象。東原は主役としてのバスを歌っている印象と申し上げたらいいのかもしれません。私は久保田のアプローチの方が好きです。東原は素晴らしい声でくっきりと響き、凄く魅力的で素晴らしいのだけれども、アリドーロとしては目立ち過ぎではないかという印象を持ちました。アリドーロが強すぎるのは、この作品の持つ説教臭さが感じられてしまうのです。また二日目は、ドン・マニーフィコ、ダンディーニ、アリドーロが皆素晴らしい声の持ち主で、この三人が絡む重唱になると合い過ぎて迫力が爆発的になってしまい、もう少し遠慮してあげないと高音系が可哀想だなとも思いました。

 久保田のアリドーロはそこまで目立つ感じではなく、しかし、十分な響きを提供しており、バランスのいい感じ。また、第一幕のアリアは、久保田がいい感じでアンジェリーナにアプローチする感じがあるのに対し、東原は立派な歌で魔法使いの自分がしっかりサポートすると言わんばかりの歌よりも私には好ましく思いました。

 ディーズベを歌った米谷朋子、高橋未来子は共にアンサンブルの下支えを見事にやり遂げました。登場での姉妹の二重唱から十分に存在感があってよかったと思いますし、アンサンブルでもしっかりと役目を果たしました。

 合唱はいつもながら見事。ねずみを演じた4名の助演も素晴らしい。

 鈴木恵里奈指揮のテアトロ・ジーリオ・ショウワオーケストラも役目を果たしましたが、上演時間は2日間ともほぼ一緒だったのでスピード等も特に変えていないと思うのですが、初日の方がちょっと落ち着いている印象があるのはベテランが多かったということかもしれません。オーケストラに関しては、弦のトゥッティがもっと綺麗だと全体的に良くなったと思うし、管楽器ももう少し綺麗に響くと素敵だなとも思いました。

 2日間ともそれぞれよかったのですが、それぞれイマイチの部分もあり、色々な意味でロッシーニの素晴らしさと大変さを再認識させてくれた舞台でした。

藤原歌劇団「ラ・チェネレントラ」(2日目)TOPに戻る

本ページトップに戻る

目次のページに戻る

SEO [PR] !uO z[y[WJ Cu