オペラに行って参りました-2024年(その3)

目次

才能と努力と 2024年4月13日 グルッポカッパ第7期修了公演「セヴィリアの理髪師」を聴く
ヴァラエティ 2024年4月20日 「YURIKO TANGO MEZZOSOPRANO CONCERT VOL.2 花筏」を聴く
ロッシーニの魅力の伝え方 2024年4月27日 藤原歌劇団「チェネレントラ」(初日)を聴く
テクニックとバランスと 2024年4月28日 藤原歌劇団「チェネレントラ」(2日目)を聴く
滅多に聴けない作品であればこそ 2024年5月3日 かっぱ橋歌劇団「ルクレツィア・ボルジア」を聴く
安定のレパートリー公演 2024年5月19日 新国立劇場「椿姫」を聴く
ひっそりと100回 2024年5月21日 ヴェルディの声研究室第100回公演「ナブッコ」を聴く
現代における後期バロックオペラの上演法 2024年5月25日 二期会ニューウェーブ・オペラ劇場「ディダーミア」を聴く
重唱オペラであればこそ 2024年6月1日 新国立劇場「コジ・ファン・トゥッテ」を聴く
実力者たちの小劇場公演 2024年6月15日 Bocca del Monte ×町田イタリア歌劇団「セビリアの理髪師」を聴く

オペラに行って参りました。 過去の記録へのリンク

      
2024年 その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7 その8 どくたーTのオペラベスト3 2024年
2023年 その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7 その8 どくたーTのオペラベスト3 2023年
2022年 その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7 その8 どくたーTのオペラベスト3 2022年
2021年 その1 その2 その3 その4 その5 その6   どくたーTのオペラベスト3 2021年
2020年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2020年
2019年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2019年
2018年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2018年
2017年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2017年
2016年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2016年
2015年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2015年
2014年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2014年
2013年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2013年
2012年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2012年
2011年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2011年
2010年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2010年
2009年 その1 その2 その3 その4     どくたーTのオペラベスト3 2009年
2008年 その1 その2 その3 その4     どくたーTのオペラベスト3 2008年
2007年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2007年
2006年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2006年
2005年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2005年
2004年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2004年
2003年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2003年
2002年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2002年
2001年 その1 その2         どくたーTのオペラベスト3 2001年
2000年              どくたーTのオペラベスト3 2000年

鑑賞日:2024年4月13日

入場料:自由席 3000円

主催:グルッポカッパ

グルッポカッパ第7期修了公演

オペラ2幕 字幕付イタリア語上演
ロッシーニ作曲「セビリアの理髪師」 (Il Barbiere di Siviglia )
台本:チェーザレ・ステルビーニ
原作:ボーマルシェ『セビリアの理髪師あるいは無用の用心』

会場 神楽坂セッションハウス

スタッフ

指 揮 河原 忠之
ピアノ 佐藤 響、小松 桃、山下 百恵、林 菜月、熊谷 冬美、石川 美結、黒田 光子
合 唱 工藤 麻祐子、佐藤 慈雨、和田 央、又吉 秀樹
演 出 吉野 良祐
舞台監督 東城 里奈

出 演

アルマヴィーヴァ伯爵 井上 元気
フィガロ 阿部 泰洋
ロジーナ 月村 萌華
ドン・バルトロ 倍田 大生
ドン・バジリオ 奥秋 大樹
ベルタ 水野 葉子
フィオレッロ&アンブロージョ 木越 凌

感 想

才能と努力と-クルッポカッパ第7期修了公演「セヴィリアの理髪師」を聴く

 グルッポカッパは、  日本を代表する伴奏ピアニストでコレペティートルの河原忠之が若手の歌手や伴奏ピアニストたちを集めて作った音楽塾です。2017年度から開始し、2023年度が第7期。毎年新メンバーを募集し、月一でお互いの演奏を聴きあいながら高めていこうとする一種の私塾です。メンバーは原則35歳以下の若手で、音大大学院修了程度の実力が求められます。河原は2015年ごろ新国立劇場オペラ研修所の音楽主任講師で、2016年3月のオペラ研修所修了公演の「フィガロの結婚」を指揮しておりますので、おそらくその任期が終了した後も若手の育成に係わりたいとの志の中、この活動を開始したのではないかと思います。

 というわけで、第7期のメンバーも既に音楽の仕事はしていますが、まだまだ大きな公演には呼んでもらえない位のメンバー。それらが一年をかけて「セビリアの理髪師」に取り組むという。これははっきり申し上げて難題です。「セビリアの理髪師」は見ている分には本当に楽しいオペラですけど、これをきっちりと音楽的に正確にかつお話の持っている面白さを減じることなく演奏するのは極めて困難と申し上げてよい。私も何度か若手歌手による「セビリア」を見ておりますが、なかなか上手く行かない。もちろん、小堀勇介が伯爵を歌い、山下裕賀のロジーナ、といった若手でも素晴らしい演奏をした例もありますから年齢だけの問題ではないのですが、技術と経験の双方が揃わないとなかなか上手くいかないところはあると思います。

 今回の演奏も、みんな頑張っていましたけど、それなりに課題があり、その課題が厳しい形で露呈した方とそうでない方の両方がいたのかなというのが正直な印象です。

 ちなみに会場はマンションの地下で131平方メートルしかないスタジオ。普段はジャズのセッションとかアングラ演劇とかに利用されていそうなスペースです。そこの半分弱を舞台にして残りを観客席としたのですが、席数は90席。満席でした。その狭さで、歌手の皆さんは本気で歌ってくれるから迫力は凄い。その代わり何かやらかすとすぐに分かってしまうので、なかなか大変です。

 その中で一番面白かったのは演出だったと思います。吉野良祐の演出はこの会場の狭さと客席との近さを利用する演出。今回狭い会場ゆえに指揮台が観客席に囲まれる形で設置されたのですが、河原の一所懸命指揮する様子や歌手にプロンプする様子まで見えてしまう。だから、フィオレッロやアンブロージョなど脇役全般を担当した木越凌はアシスタント・ディレクター並みに客席に向かって注意し、直後に劇の中ではイタリア語を歌い、八面六臂の活躍。かなりカオスだったのですが、敢えてそのようにしたのでしょう。歌手たちの動かし方も、会場全体を自在に使い、お笑い芸人たちの動きなどをまねたりもして、ある意味サークルが大学祭で出すような舞台でもあったのですが、とても年寄りの演出家ならやらないだろうなという雰囲気で、若い演出家のフレッシュな感性を楽しめたと思います。

 歌手たちに関しては才能の差と努力の差が現れたのかな、というところでした。

 一番割を食ったのが伯爵役の井上元気。声を聴いた感じではもちろんロッシーニ・テノールではないし、レジェーロでもない感じがしました。そのような声の持ち主がアルマヴィーヴァを歌うというのはそう簡単な話ではありません。意図的に軽く歌おうとはしていましたが上手くは行っておらず、高音がひっくり返ることが10回以上あったかもしれません。本人も不本意だっただろうとは思います。あんまり軽めに歌おうと意識せず、もっとブレスを深く取ってしっかり歌った方がいい結果に結びついたのではないかという気がしました。また今回は伯爵の大アリア「もう逆らうのをやめよ」はカットだったわけですが、それはやむをえない判断でしょう。、

 高音がひっくり返ったというのはバジリオ役の奥秋大樹もやりました。「陰口はそよ風のように」は、最高音はホ音でそれほど高いものではありませんが、前からの勢いが付きすぎて抑えが効かなくなりひっくり返ったのでしょう。奥秋はこれまで何回か聴いていて、低音のビロードのような響きが素晴らしく、次の世代の日本を代表するバス歌手になる可能性を秘めた方だと思っていたのですが、そんな方でもこんなミスをするんだと微笑ましく思いました。

 月村萌華のロジーナ。低音もしっかり出るソプラノで、本来メゾが歌うロジーナに結構あっていると思いますが、中低音から高音への切り替えのところが滑らかに繋がらなかったのと、後半やや疲れが見えたのが反省点か。彼女はもっているキャラが三枚目で今回の動かされ方も松竹新喜劇のヒロインのようで、ロジーナとしてはかなり珍しい役作りだったと思います。それが面白かったとも思いますし、一方で軽く歌ってアジリダの切れなどはもっとあった方がロッシーニらしさが示せたのかなとも思いました。

 倍田大生のバルトロ。演奏は悪くないと思いました。バルトロの尊大なアリアも早口も含めてしっかりと歌われていたと思います。ただ、この方根が真面目なのでしょうね。ブッフォとしての味がないのです。もちろん演出で指示された演技は一所懸命やってはいるのですが、どこか戸惑っている感じが終始ありました。バルトロはこのオペラのキーマンで、バルトロがどこまでおかしい演技をするかでオペラの味わいが変わってきます。そのいかにもバッソ・ブッフォ的な演技は経験を積まないとどうしようもないところがあり、若い歌手には難しいのだろうとは思いました。

 阿部泰洋のフィガロ。阿部の年齢とオペラの中のフィガロの年齢が近いということが影響していると思いますが、今回の出演者の中で一番ミスが少なく、役柄も似合っていたように思います。登場のアリア「私は町の何でも屋」はバリトンの課題曲みたいなところもあって歌う方は多いですが、なかなか上手くいかないことも多い難曲です。それを細かいところも丁寧に歌ってみせて立派。その後も溌溂として、フィガロが登場すると何でも上手くいく、という歌詞通りの活躍をされたと思います。ただ重唱では相手とのバランス等で上手くいっていないところもあり、その辺が課題なのかもしれません。

 ピアノもそれなりでした。5人のピアニストが順繰りに演奏したそうですが、上手な人もいればそうでない方もいたのかなという感じです。序曲は左手の三連符が上手くいっていなかったし、メロディが単旋律になる部分は、もっとペダルを活用して響きを作った方がいいのではないかとは思いました。後は伴奏としてしか聴いていないので、細かくは聴けていません。

 以上、粗削りだし、ミスも多々あった舞台でした。でも舞台が近いおかげで彼らの生の声をストレートに聴くことができましたし、お笑いブームのシャワーを浴びた世代の、尖がった演出での若い声を楽しむことができました。

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鑑賞日:2024年4月20日

入場料:自由席 4500円

YURIKOTANGO MEZZOSOPRANO CONCERT VOL.2 花筏

会場 東京聖三一教会

出 演

メゾソプラノ 丹呉 由利子
フルート 松島 沙樹
ピアノ 辻 喜久栄
司会 カリスマ教師芸人ヒグティー

プログラム

作曲家 作品名/作詞 曲名 演奏
レオンカヴァッロ A.ヴィヴァンティ 四月  
ヘンデル セルセ セルセのアリア「オン・ブラ・マイ・フ」  
ヘンデル リナルド アルミレーナのアリア「私を泣かせてください」  
ドナウディ 古典様式による36のアリア ああ、愛する人の  
グノー   アヴェ・マリア(バッハの「平均律クラヴィーア曲集 第1巻」の「前奏曲 第1番 ハ長調 BWV 846」による) フルート
久石 譲 覚 和歌子 いのちの名前  
久石 譲 小山 薫堂 STAND ALONE フルート
森山 直太朗 森山直太朗 & 御徒町凧 さくら  
休憩   
ヴァヴィロフ   カッチーニのアヴェ・マリア  
マクブルーム マクブルーム作詞、高畑勲訳詞 愛は花、君はその種子 フルート
ラヴランド グラハム You raize me up  
ヴェルディ 6つのロマンス どうぞ 哀れみを おお 悲しみの聖母さま  
ヴェルディ ドン・カルロ エボリ公女のアリア「酷い運命よ」  
武満 徹 武満 徹 小さい空  
アンコール   
シェーンベルク レ・ミゼラブル ファンテ―ヌの歌う「夢破れて」  
さだ まさし さだ まさし いのちの理由 フルート

感 想

ヴァラエティ-YURIKOTANGO MEZZOSOPRANO CONCERT VOL.2 花筏 を聴く

 「花筏」とは、川面に散った桜の花びらが流れていく様子をいかだに見立てて言った風情のある季語。桜の季節の終わりにふさわしいタイトルであります。このタイトルと「クラシックコンサートの新しい形を追求する」というチラシの説明と教会が会場ということから宗教的な曲を中心にやるのかな、と思いきや(事前に演奏曲名は一切公開されていませんでした)、イタリア古典歌曲からJ-POPまで非常にヴァラエティに富んだ曲が取り上げられました。

 丹呉由利子は15年ほどのキャリアを誇る中堅のメゾソプラノ。私は彼女のデビュー、昭和音大オペラの「ピーア・デ・トロメイ」で偶然彼女を聴き、それ以来も何度か聴くことがあったのですが、ソロ・コンサートを聴くのは初めてです。それでプログラムを見て驚きました。彼女自身、最近は日本語の曲に惹かれると言って、今回取り上げた16曲のうち、ちょうど半分の8曲が日本語。それもいわゆる日本歌曲は「小さい空」1曲で、他は外国のポップスの日本語のカバーだったり、歌謡曲だったり、アニメの主題歌だったりとクラシックの歌手が自分のコンサートではあまり取り上げない曲が多い。私自身はポピュラー系の曲は流れてくる曲が勝手に耳に入ってくることはあっても、自分から聴くことは皆無なので、そういう意味では新鮮ではありました。

 さて演奏ですが、まず、丹呉由利子自身はあまり体調がよくなかったようです。彼女は本来は伸びのある美しい高音と、落ち着いた中低音を持っているメゾソプラノなのですが、その中低音が上手くいっていなかった印象です。張った高音は綺麗ですが、といって軽いソプラノの上に抜けるような響きがあるわけではなく、その意味では中途半端な感じはありました。本人も「エヘン虫が出てしまって」と言っておりましたが、喉の調子が完璧でない中、出来る限り頑張ったというのが本当のところでしょう。

 結果として、最初に歌われた外国語の4曲はドナウディが比較的良かったとは思いますが、どれもそこそこだった、というのが本当のところでしょう。メゾであれば、一番嵌りそうなのはセルセのアリアだと思いますし、丹呉も単に「イタリア古典歌曲」ヴァージョンで歌ったのではなく、レシタティーヴォからの本来のアリアの姿で歌ったのですが、低音が嵌らない感じでどうなんだろうというところ。Lassia ch'io piangaを選曲したのは、おそらくヘンデルの時代のピッチを意識して、その領域であれば上手くいくと思ってのことだったと思いますが、美しい高音はあったものの、やはりソプラノによって歌われた方が、この歌は光るということを再認識する感じでした。ありていに申しあげればプロとしての水準には達していたものの、聴き手を震わすプラスアルファがあったかと言えば、そこは疑問符が付きます。

 しかし、その次から歌われた日本語の曲がどれも素晴らしい。よく聴くと音が微妙に揺れたりして、歌を安定させるのに苦労しているなというのが分かるのですが、それ以上に歌詞を立てて、歌の持つ意味に寄り添う感じが素晴らしいのです。さらに申しあげればこれらの日本のアニソンや歌謡曲は音域的にも和声的にも難しいものではないので、たとえ不調と雖もしっかりと歌ってみせるのが素晴らしい。そしてオリジナルを歌った歌手の皆さんより全然上手です。音の磨かれ方が全然違うし、楽譜の読み込み方もポピュラー音楽の方よりも正確で、色々な細かなところをゆるがせにしない。相対的にはオリジナルよりも完成度が高い。

 一方で、ポピュラー系の曲は正確に歌うと詰まらなくなってしまって、ちょっとだけ歌い崩した方が雰囲気が出ることが多いのですが、期せずして生じてしまった音の揺れなんかが音楽のそういう魅力を引き出していた部分もあります。

 結果として日本の曲はどれもしっかり歌詞が立って、詩の持つエネルギーを歌とともに表出した感じがしました。なお、後半で外国の曲としてヴェルディ2曲が歌われ、エボリ公女は先日大和で歌ったばかりということもあって、雰囲気がよく出ていてよかったです。アンコールは2曲。どちらも日本語歌詞で、日本語の曲に惹かれる、と言っていた丹呉らしい選曲になりました。

 フルートのオブリガートが付いた付いた曲も何曲かありましたが、総じてあまり目立たない感じ。辻喜久栄のピアノはしっかりと歌手をサポートしていました。

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鑑賞日:2024年4月27日

入場料:B席 3F3列54番 8000円

主催:公益財団法人日本オペラ振興会
共催:川崎・しんゆり芸術祭実行委員会、川崎市、川崎市教育委員会

藤原歌劇団創立90周年記念公演

オペラ2幕 字幕付イタリア語上演
ロッシーニ作曲「ラ・チェネレントラ」(La Cenerentola )
台本:ヤーコポ・フェッレッティ

会場 テアトロ・ジーリオ・ショウワ

スタッフ

指 揮 鈴木 恵里奈
管弦楽 テアトロ・ジーリオ・ショウワオーケストラ
合 唱 藤原歌劇団合唱部
合唱指揮 山舘 冬樹
演 出 フランチェスコ ベッロット
美 術 アンジェロ サーラ
舞台美術補・衣裳 アルフレード コルノ
照 明 クラウディオ シュミット
演出補 ピエーラ ラヴァージオ
舞台監督 菅原 多敢弘

出 演

アンジェリーナ 但馬 由香
ドン・ラミーロ 小堀 勇介
ドン・マニーフィコ 押川 浩士
ダンディーニ 岡 昭宏
クロリンダ 楠野 麻衣
ディーズベ 米谷 朋子
アリドーロ 久保田 真澄

感 想

ロッシーニの魅力の伝え方-藤原歌劇団「ラ・チェネレントラ」(初日)を聴く

感想は、二日分まとめました。

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鑑賞日:2024年4月28日

入場料:B席 3F3列52番 8000円

主催:公益財団法人日本オペラ振興会
共催:川崎・しんゆり芸術祭実行委員会、川崎市、川崎市教育委員会

藤原歌劇団創立90周年記念公演

オペラ2幕 字幕付イタリア語上演
ロッシーニ作曲「ラ・チェネレントラ」(La Cenerentola )
台本:ヤーコポ・フェッレッティ

会場 テアトロ・ジーリオ・ショウワ

スタッフ

指 揮 鈴木 恵里奈
管弦楽 テアトロ・ジーリオ・ショウワオーケストラ
合 唱 藤原歌劇団合唱部
合唱指揮 山舘 冬樹
演 出 フランチェスコ ベッロット
美 術 アンジェロ サーラ
舞台美術補・衣裳 アルフレード コルノ
照 明 クラウディオ シュミット
演出補 ピエーラ ラヴァージオ
舞台監督 菅原 多敢弘

出 演

アンジェリーナ 山下 裕賀
ドン・ラミーロ 荏原 孝弥
ドン・マニーフィコ 押川 浩士
ダンディーニ 和下田 大典
クロリンダ 米田 七海
ディーズベ 髙橋 未来子
アリドーロ 東原 貞彦

感 想

テクニックとバランスと-藤原歌劇団「ラ・チェネレントラ」(2日)を聴く

 2018年に藤原歌劇団が制作した舞台の再演。この舞台はお伽噺の登場人物が本から飛び出してきて、女の子の家のテーブルの上でお話をするというとても可愛らしい演出で、この作品を演出したベロットは欧州各地で同様のコンセプトの舞台を行っているようです。今回はその両日を拝見して、「チェネレントラ」という作品の大変さを再認識いたしました。

 とにかく歌手を選ぶ作品です。アジリダをしっかり歌えるとか、高音がきっちり出るとかということも当然なのですが、アンサンブル能力も高くなければいけないし、声には軽さだけではなく強さも必要だし、トラブルが起きたときの回復能力も必要だし、演技力もないと面白くならない。高度なテクニックが必須です。ロッシーニは19世紀イタリアで物凄い売れっ子だったのに、その後「セビリアの理髪師」を唯一の例外として1970年代のロッシーニ・ルネッサンスまでほとんど上演されることがなくなった大きな理由は、ロッシーニをきっちり歌えるだけのテクニックをもった歌手が居なくなった、というのが大きかったと思います。ロッシーニ・ルネッサンス以降ロッシーニをきちんとした様式感で歌える歌手は増えてきましたし、日本でも楽譜に書かれたことをきっちりやるという文化もあって、ロッシーニに親和性のある歌手が多くなった印象です。特に藤原歌劇団は2000年以降、ロッシーニ・ルネッサンスの立役者であったアルフレード・ゼッダを招聘したこともあってロッシーニを得意とする人が比較的多いのかなという印象です。

 しかし、その藤原歌劇団においてすら、歌手を揃え、ロッシーニを高度なレベルできっちり作り上げるのが本当に大変なのだな、というのがよく分かる舞台だったと思います。

 2日間聴いて、全体の出来は初日が上、歌手個人としては魅力的な声が両日とも聴くことができました。

 初日の方がいいと感じるのは、全体のバランスが初日の方が取れていたこと、ソプラノとテノールが初日が完全に二日目より上だったから、というのが大きいと思います。

 ドン・ラミーロを歌った二人、初日の小堀勇介、二日目の荏原孝弥は素人でも分かる力量の差がありました。

 小堀勇介は素晴らしい歌唱でした。ここ10年ほど日本のベルカントテノールをけん引していますが、それだけの力量は伊達ではありません。一番の聴かせどころであるアリア[誓って彼女を見つけ出す」が素晴らしかったのは言うまでもありません。彼の美しく力強さもあって高いところにスッと抜けていく声は、ちょっと類を見ないもので別格だと思います。アリアだけではありません。重唱やアンサンブルでもしっかり存在感を見せてくれる。アンサンブルでは低音の重唱の中に、テノールがしっかりと楔を打ち込むところが聴きどころですが、それがまた上手。アンジェリーナとの二重唱も魅力たっぷり。流石としか言いようがありません。

 荏原孝弥は新国立劇場オペラ研修所19期卒だそうですが、私は新国立劇場の修了公演では彼を聴いておらず、今回が初めてです。今回聴いて思うのは、小堀との比較において、軽さはあるけど、力強さに欠けていると言わざるを得ません。小堀で絶賛した10番の高難度のアリア「誓って彼女を見つけ出す」を例にすれば、ハイCはもちろん綺麗に出ていますし、高音のアクートも悪くない。唯中間部のフィオリトゥーラの技巧とアレグロの部分の技巧とに違いが感じられず、一本調子に聴こえてしまう。そして、彼のもう一つの問題は、緊張もあったと思いますが、高音とか軽く歌うことに意識が行き過ぎて、しっかりした中低音がなかったことだと思います。だからメリハリがはっきりしない。その他のアンサンブルでも主役なのだからもう少し絡んで存在感を見せたほうがいい。第5番の五重唱は、ラミーロの怒りが低音のアンサンブルにびしびし刺さっていくところに面白みがあるはずなのですが、そのあたりの声が弱いので、楔が刺さらずに跳ね返されているように聴こえます。アンジェリーナとの二重唱でもアンジェリーナがしっかり歌っているのだから、もっとフォローして欲しい。

 考えてみれば荏原も可哀想です。本当は全然悪くないのに、前日に別格レベルの小堀が歌ったおかげで、これだけ言われてしまうのですから。とにかく頑張って欲しいと思います。

 ソプラノの差も楠野麻衣と米田七海の経験の差が出たということでしょう。アジリダの切れ味など技巧的な面も楠野が断然上ですし、米田はそれほどではない。今回、アゴリーニが作曲したためにカットされることが多いクロリンダのアリアが演奏され、どちらも悪くなかったのですが、楠野の方が魅力的。今回、このアリアはヴァリエーションをそれぞれが作り歌ったそうですが、より技巧的でロッシーニ的だったのが楠野のバリエーション。それをよく転がるコロラトゥーラで見事に歌い上げた楠野。大変だったという話ですが、余裕で高音を出していたように聴こえ、実力を感じました。米田も良かったのですが、ギリギリのところで歌っているのが見え見えでそれを見せないようにする域まではまだ遠そうです。

 アンサンブルの参加にも差がありました。この曲はメゾソプラノ、バリトン、バスが多くてアンサンブルも低音の力強さに特徴があります。そこで、ソプラノが入ることによって全体が明るくなのですが、第一幕フィナーレの六重唱は、楠野の声がいい感じで溶け込んで、技巧的な重唱がますますレベルアップした感があります。一方米田は(低音が強すぎることも問題なのですが)声が足りなくて、低音の重厚なアンサンブルに跳ね返されていました。ここで切り込めるかどうかが経験なのでしょう。

 アンジェリーナは初日の但馬由香、二日目の山下裕賀ともによかったと思いますが、テクニカルな安定度で山下裕賀に軍配が上がります。昨年日本音コン一位を取った山下で今上り調子ということもあるのでしょう。これまで日生劇場における「カプレーティとモンテッキ」のロメオや「セビリアの理髪師」のロジーナで感心してきたベルカントの名手で、今ロッシーニを歌わせたら、脇園彩か山下裕賀かという感じだと思います。最後の大アリア「苦しみと涙の中に生まれ」は、ロッシーニのテクニックの粋が集められた名曲ですが、山下は安定した技量で歌い急ぐことなく、丁寧に最後まで盛り上げたところが素晴らしい。

 但馬由香はアンサンブルも嵌り方などは流石にベテランですし、最後のアリアも丁寧な歌いまわしで魅力的だったのですが、山下の安定感と比較すると今一つなところがあるのは事実だと思います。しかし、但馬は、5番の五重唱における悲しみの感情表現や、最後のアリアでの悲しみから喜びへの変化の表情が素晴らしく、そのあたりに山下よりも一日の長を感じました。

 ドン・マニーフィコは二日目アナウンスされていた坂本伸司が急遽キャンセルになり、二日間とも押川浩士が歌いました。押川はバッソ・ブッフォ的な演技が魅力的でしたし、歌も滅茶苦茶早口の部分の口もよく回っていて技巧的なところも素晴らしく、存在感のあるマニーフィコでした。初日と二日目を比較すると、基本スタイルはもちろん同じながら、二日目の方が開放的だったのかな、という風に聴きました。二日目が響きが強く、ノリが良かった感じです。ただ、全体のバランスとの兼ね合いで申し上げれば、二日目の方が存在感がありすぎで、初日程度のはっちゃけかたで十分ではないかと思いました。

 ダンディーニは初日が岡昭宏。二日目が和下田大典。岡は最初の方でテクニカルなミスがあったのが残念でしたが、あとは素晴らしい存在感と声量で丁度いい感じ。和下田大典も低音がしっかり張れていて安定感が十分あって、それでいて軽快なところはしっかり軽快に歌い、従者の姿に戻った時の諦めの感じも味があってよかったと思います。ちなみに第一幕で歌われるコミカルなアリアは、二人ともしっかりコミカルな感じが出ていて、とてもよかったと思います。

 アリドーロは久保田真澄と東原貞彦。二人とも悪くないのですが、アプローチは違います。久保田は言ってみれば脇役としてのバスを歌っている印象。東原は主役としてのバスを歌っている印象と申し上げたらいいのかもしれません。私は久保田のアプローチの方が好きです。東原は素晴らしい声でくっきりと響き、凄く魅力的で素晴らしいのだけれども、アリドーロとしては目立ち過ぎではないかという印象を持ちました。アリドーロが強すぎるのは、この作品の持つ説教臭さが感じられてしまうのです。また二日目は、ドン・マニーフィコ、ダンディーニ、アリドーロが皆素晴らしい声の持ち主で、この三人が絡む重唱になると合い過ぎて迫力が爆発的になってしまい、もう少し遠慮してあげないと高音系が可哀想だなとも思いました。

 久保田のアリドーロはそこまで目立つ感じではなく、しかし、十分な響きを提供しており、バランスのいい感じ。また、第一幕のアリアは、久保田がいい感じでアンジェリーナにアプローチする感じがあるのに対し、東原は立派な歌で魔法使いの自分がしっかりサポートすると言わんばかりの歌よりも私には好ましく思いました。

 ディーズベを歌った米谷朋子、高橋未来子は共にアンサンブルの下支えを見事にやり遂げました。登場での姉妹の二重唱から十分に存在感があってよかったと思いますし、アンサンブルでもしっかりと役目を果たしました。

 合唱はいつもながら見事。ねずみを演じた4名の助演も素晴らしい。

 鈴木恵里奈指揮のテアトロ・ジーリオ・ショウワオーケストラも役目を果たしましたが、上演時間は2日間ともほぼ一緒だったのでスピード等も特に変えていないと思うのですが、初日の方がちょっと落ち着いている印象があるのはベテランが多かったということかもしれません。オーケストラに関しては、弦のトゥッティがもっと綺麗だと全体的に良くなったと思うし、管楽器ももう少し綺麗に響くと素敵だなとも思いました。

 2日間ともそれぞれよかったのですが、それぞれイマイチの部分もあり、色々な意味でロッシーニの素晴らしさと大変さを再認識させてくれた舞台でした。

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鑑賞日:2024年5月3日

入場料:自由席 3000円

主催:かっぱ橋歌劇団

かっぱ橋歌劇団第13回公演

オペラ2幕 字幕付イタリア語上演/演奏会形式
ドニゼッティ作曲「ルクレツィア・ボルジア」(Lucrezia Borgia)
原作:ヴィクトル・ユゴーの戯曲『リュクレース・ボルジア』(台本:フェリーチェ・ロマーニ

会場 台東区生涯学習センターミレニアムホール

スタッフ

指 揮 高野 秀峰
管弦楽 アンサンブルΚ(カッパ)(勝部弓理子(vn)/西村葉子(va)/杉田一芳(vc)/松野健(Fl)/望月ルミ(pf))
合 唱 アンサンブルΚ(カッパ)
照 明 佐野 拓世
舞台監督 齋 実希子

出 演

ルクレツィア・ボルジア 西本 真子
ジェンナーロ 渡辺 文智
アルフォンソ・テステ 追分 基
マッフィオ・オルシーニ 石橋 佳子
ルスティゲッロ 磯丸 良
イエッポ・リヴェロット 熱田 鷹丸
ドン・アポストロ・カゼッラ 戸村 優希
アスカニオ・ペトルッチ 伊東 達也
オロフェーモ・ヴィテッロッツォ 石福 敏伸
グベッタ/アストルフォ 中原 和人

感 想

滅多に聴けない作品であればこそ-かっぱ橋歌劇団「ルクレツィア・ボルジア」を聴く

 ルクレツィア・ボルジアは15-16世紀イタリアに実在した貴族の女性であり、父親はローマ教皇のアレッサンドロ六世即ちロドリーゴ・ボルジア、母親は父の愛人ヴァノッツァ・デイ・カタネイで、同母兄に悪名高きチェーザレ・ボルジアがいます。ボルジア家は、マキャヴェッリが『君主論』で言及した、冷酷な統治者の好例とされた一族です。教皇アレッサンドロ6世は、政治腐敗と不品行に堕落したルネサンス期ローマ教皇の典型例とされており、父も兄も自分たちの権勢を広めるためであれば殺人、裏切りといった政治的陰謀を躊躇せず行い、美貌の誉れ高いルクレツィアもその道具として、婚約させられたり結婚させられたりします。ミラノの支配者一族スフォルツァ家のカティニョーラ伯ジョヴァンニ・スフォルツァ、ビシェーリエ公アルフォンソ・ダラゴーナ、フェラーラ公アルフォンソ1世・デステと三人の夫と結婚していますが、最初の夫のジョヴァンニとは父の差し金で離婚させられ、二人目の夫アルフォンソは兄チェーザレにより暗殺させられたと言われます。また、二度目の夫の死には、ルクレツィアが関与した証拠はどこにもないにもかかわらず、夫の暗殺に関与したという噂が当時からあったようです。性的にはかなり奔放だったようで、フェラーラ公妃になった後にも愛人がいたと言われます。

 ある程度悪女だったのは間違いないようですが、実際に隠し子がいたという証拠はないですし、彼女自身が残虐だったという証拠もないのですが、そういう噂は常にあり、そういう話がユーゴーの原作に繋がったのでしょう。そして、このようなファム・ファタール的女性はオペラの題材にぴったりですから、ユーゴーの原作が発表されるとすぐにロマーニは台本作成に取り掛かり、10か月後にはオペラが初演されています。ただ、ユーゴーの著作権を侵害したために、フランスでの上演が差し止めになったという曰く付きでもあります。

 音楽的にはコンチェルタートとアリアの融合や、舞踏会の華やかな場面が悲劇の予兆になっているといったドラマ性が後のヴェルディの先駆とも言われ、ドニゼッティらしさが溢れる作品であり、欧米ではカバリエが実質的蘇演を行って以降、レイラ・ジェンチェル、ビヴァリー・シルズ、ジョーン・サザーランド、エディタ・グルベローヴァ、マリエラ・デヴィーア、ルネ・フレミングといった名だたるソプラノが取り上げています。しかし日本では本当に上演される機会がなく、私が知る限り、2008年に南條年章オペラ研究室が演奏会形式で取り上げたのが唯一の例。今回が二回目。これが演奏会形式でなければ、本当の意味で日本初演になるところでしたが、今回も演奏会形式になりました。

 さて、演奏ですが、はっきり申し上げればかなり残念な仕上がりでした。ルクレッツィアを歌われた西本真子とジェンナーロの渡辺文智の両名が極めて不調。主役の二人が上手くいかないと、やはり全体として今一つと言わざるを得ません。

 西本は私が20年以上聴いているソプラノですが、今回程上手くいかなかったのは過去になかったのではないか、と思うほど不出来でした。特にプロローグと第一幕は上手く身体と声が嚙み合っていなかったようで、跳躍しなければいけないところが上手く上がれなかったり(上がり切れないというレベルではなく、全然違う音に着地した)もありましたし、声そのものもざらついて苦しそうで、本人もとても大変だっただろうと思います。私もずっとハラハラドキドキで聴きました。ただ、それでも藤原のプリマドンナの一人です。テンポやタイミングを外すようなことは流石になかったようで、重唱の感じなどはなかなか良かったと思います。

 一方、第2幕のアリアフィナーレ「あなたがここに~聞いてください、お願いだから」は、途中十分な休みが取れたおかげでがしっかりした歌。アジリダの切れ味がもっと鋭ければさらに良かったと思います。また、悪女的な側面を持ちながらも息子のジェンナーロに対する母の気持ちの表現の仕方はなかなか良いものだったと思います。

 渡辺文智も不調。始めは快調に飛ばしていたのですが、一幕前半でで声を張り上げたせいなのか、途中からエネルギーが切れたのか本当に声がスカスカになってしまい、本人も何とか歌わなければいけないと出来ることは何でもやったようです。まさか、テノールが歌いながら蝶ネクタイを外し、シャツのトップ釦を外すとは思いませんでした。でもそこまでしなければ本人も歌いきれないと思ったのでしょう。そういう頑張りがあったので何とか最後まで運びましたが、聴く方にもストレスのある歌でした。

 他の人たちは皆さん、自分の役割を果たしたと思います。まず頑張っていたのがオルソーニの石橋佳子。途中一か所だけ変なところがあったのですが、あとはよかったと思います。冒頭のロマンツァ「リミニの戦いで」か最後のバッラータ「幸せでいるための秘密とは」までしっかりと歌い、また重唱やアンサンブルでも、男声の力強さに押されながらもしっかりと自分の役割を果たして存在感を出していました。

 アルフォンソを歌った追分基も良かったです。ドラマ的には重要ですが与えられている音楽は定型的。それでも第1幕冒頭の「来たれ、我が復讐よ」でしっかりとアルフォンソの強い性格を示し、第一幕フィナーレ前の三重唱でもしっかりと王の残忍さ、強さを示しました。

 イエッポ、オロフェーモ、アポストロ、アスカニオは四人がアンサンブルを組んで、色々なところで歌うのですが、この四人の重唱が揃っていて力強い。彼らに加えて、男声合唱が入るところが多いのですが、素晴らしいハーモニーで見事でした。今回の会場は台東区生涯学習センターミレニアムホール。初めて伺った300人規模のホールですが、響きがとてもよく、アンサンブルやコンチェルタートでの響きは深くて強く、男声の魅力を伝えるに十分でした。

 今回公演した齋実希子率いるかっぱ橋歌劇団は、なかなか上演されない作品を取り上げます。「ポントの王ミトリダーテ」、「湖上の美人」に次いで「ルクレツィア・ボルジア」で次回は「エルミオーネ」だそうです。その志の高さに感銘するのですが、滅多にやらない作品であるからこそ、しっかり準備して演技付きで上演して欲しいですし、作品の魅力をしっかり伝えられるように演奏部分も頑張ってほしいなとも思いました。

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鑑賞日:2024年5月19日

入場料:C席 4F1列48番 9350円

主催:新国立劇場

新国立劇場2024-2025公演

オペラ3幕 字幕付原語(イタリア語)上演
ヴェルディ作曲「椿姫」(La Traviata )
原作:アレキサンドル・デュマ・フィス
台本:フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ

会場 新国立劇場オペラパレス

スタッフ

指 揮 フランチェスコ・ランツィロッタ
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 三澤 洋史
演出・衣裳 ヴァンサン・ブサール
美 術 ヴァンサン・ルメール
照 明 グイド・レヴィ
ムーヴメント・ディレクター ヘルゲ・レトーニャ
再演演出 澤田 康子
舞台監督 CIBITA 斉藤 美穂

出 演

ヴィオレッタ 中村 恵理
アルフレード リッカルド・デッラ・シュッカ
ジェルモン グスターボ・カスティーリョ
フローラ 杉山 由紀
ガストン子爵 金山 京介
ドゥフォール男爵 成田 博之
ドビニー侯爵 近藤 圭
医師グランヴィル 久保田 真澄
アンニーナ 谷口 睦美
ジュゼッペ 高嶋 康晴
使者 井出 壮志朗
フローラの召使 上野 裕之

感 想

安定のレパートリー公演-新国立劇場「椿姫」を聴く

 「椿姫」は世界で最も人気のあるオペラ作品のひとつと言われますが、新国立劇場でもほぼ3年に1回、開場以来9シーズンで取り上げられています。最初の4回がルカ・ロンコーニの舞台。そして、今のヴァンサン・ブサールの舞台になってから5回目です。鏡を多用したヴァンサン・プサールの舞台は奥行きが深く、当初は響きの抜け方が不適切で、合唱団員が奥に入ると声のパワーが発散して客席に聴こえなくなるという、ある意味決定的な欠陥があって、私は最初聴いた時から厳しく批判していたのですが、今日聴いていて思ったのは合唱団員が奥に行っても昔のように聴こえにくいということはなくなっていて、おそらく舞台の裏では反響版の設置などそれなりの対応を取られたものと思います。もちろんこれは当然のことですし、すぐに改善できなかったのは如何かとは思いますが、とにかく改善されたことは素直に喜びたいと思います。

 それで演奏全体の感想ですが、これは端的に申しあげれば、レパートリー公演として一定の水準以上を維持していた、と申し上げるべきでしょう。

 ランツィコッタの音楽作りは、全体的にはキビキビとしていて、アップテンポでまとめた印象。しかしながらじっくり歌わせるところはじっくり歌わせていましたし、デュナーミクをしっかり示して、輪郭や陰影をはっきり見せるものだったと思います。プサールの舞台がかなり象徴的なミニマルスタイルなので、輪郭がはっきりした音楽の方が印象が残るように思いました。また、東京フィルの演奏も手慣れた感じで、指揮者の割と自由なテンポ感覚にもしっかりついて行っており、いい演奏になっていたと思います。

 タイトル役の中村恵理は前回の2022年に続いて登場。冒頭のコンチェルタートはまだエンジンにオイルが廻っていない感じでしたが、「乾杯の歌」ぐらいから調子を上げ始め、「ああ、そは彼の人か~花から花へ」のひとつの頂点を作りました。はっきり申し上げれば、「ああ、そは彼の人か」の部分はちょっと不用意な部分があって、そこが無表情に思える部分もあったのですが、全体としては情感が籠った素晴らしい歌。カバレッタも華やかに決め、2022年公演では上げなかったEs音も綺麗に響かせて見事でした。第二幕はジェルモンとの二重唱がこの作品の白眉なわけですが、ジェルモン役のカスティーニョの経験不足と、さらにちょっとしたミスをして必ずしもいい二重唱には仕上がらなかったのですが、中村の懸命のフォローが好感をもてました。そして中村が一番輝いたのは第三幕でした。「さようなら、過ぎ去った日々」が感情のこもった素晴らしいもの。そこから、アルフレードが戻ってきての喜びの表情、「パリを離れて」の二重唱の雰囲気から、「生きたい」と思いながらも絶命するフィナーレと中村の歌唱の魅力が発揮されました。これぞプリマドンナと言うべき歌唱でした。素晴らしかったと思います。

 アルフレードを歌ったリッカルド・デッラ・シュッカはリリックな美声が素敵です。第一幕はそれなりに朴訥な雰囲気を出しながらも「乾杯の歌」はしっかりと存在感を示し、第二幕冒頭の「燃える思いを」はちょっと世間知らずの感が見える歌唱でよかったです。音楽的には割と語尾をあっさりと歌うタイプのようで、綺麗な割には拍手が今一つ足りなかったのは、語尾の粘りがないところがお客さんにとって魅力的ではなかったということなのでしょう。しかし、私は彼の歌い方は「世間知らず」感を出すにはなかなか的を射ていたのではないかと思っています。

 ジェルモンを歌ったカスティーリョはハイバリトンで上の響きが美しいバリトンです、そして歌もしっかり歌っている。ジェルモンの一番の聴かせどころのアリア「プロヴァンスの海と陸」はこれ以上ないというぐらいしっかりと歌い上げ、大きな拍手を貰っていました。ただ、このカスティーリョはまだまだ若い人のようで、歌に父親の情感を上手に込めることができない。だから中村恵理が必死でサポートしていましたが、ヴィオレッタとの二重唱が上手くいかなかったのも、父親の情感を示せるだけの人生経験を積んでいないということなのだろうと思いました。やっぱりジェルモンを歌うなら、もっとどっしりとした歌い方をした方をするベテランの方がいいように思います。

 それ以外の脇役陣はそれなりに役目を果たしていました。フローラの杉山由紀はちゃんとは歌っているのですが、声を張り上げてギリギリのところで歌っている感が強いところがやや残念か。金山京介のガストンは、もっと存在感を見せてもいいと思いました。それ以外の低音系の人は皆それぞれの役割を果たし良かったと思います。尚、特筆すべきは使者。今回は藤原歌劇団の若手プリモバリトンでもある井出壮志朗が演じました。使者が歌うのはほんの数小節ですが、流石藤原のプリモ。その声と迫力で会場の目も奪いました。

 以上ミスもあったのですが、全体的には非常にまとまっており、新国立劇場のレパートリー公演の水準の高さを示すものになりました。

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鑑賞日:2024年5月21日

入場料:全自由席 4000円

主催:ヴェルディの声研究室

ヴェルディの声研究室第100回公演

オペラ4幕 字幕なし原語(イタリア語)上演
ヴェルディ作曲「ナブッコ」(Nabucco)
台本:テミストークレ・ソレーラ

会場 川崎市幸市民会館

スタッフ

指 揮 河合 良一
ピアノ 河崎 恵
合 唱 ナブッココーラス
演 出 堀内 士功
音響効果 桑原 理一郎
舞台監督 朝霧 碧琉

出 演

ナブッコ 堀内 士功
アビガイッレ 刈田 享子
ザッカリア 鈴木 敬冶
イズマエーレ 松岡 幸汰
フェネーナ 山本 澄子
ベルの大司教 林 猛
アブダッロ 岡村 北斗
アンナ 児玉 真理子

感 想

ひっそりと100回-ヴェルディの声研究室第100回公演「ナブッコ」を聴く

 「ヴェルディの声研究室」という団体は私にとって幻の団体でした。とにかく宣伝がない。もちろんチラシは作って他の団体公演のプログラムに挟み込んだりはしていたようですが、無料で演奏会情報を掲載してくれる「ぶらあぼ」みたいな情報誌にも載らないし、ホームページもなければ、SNSでの発信もありません。 団体のことは出演者のブログやSNS情報から、「そういう名称の団体が神奈川の方で活動しているらしい」ということは知っていましたが、公演そのものの情報はなかなか手に入らず、今回「ナブッコ」を上演するというのを知ったのも偶然出演者のSNS発信を見てのことで、とにかく一度聴いてみようということで川崎まで出向きました。

 伺うと、今回の公演がなんと100回目の公演とのこと。主催の堀内士功によれば2006年9月発足、2007年2月に「ランメルモールのルチア」で旗揚げ公演、以来18年で100回公演とのことですから何と年間5-6回の公演をやっているらしい。それを堀内が制作と演出、主要バリトン役の三役を務めているのですから、会場の確保からキャストの招集、練習場所と日程の確保、宣伝と、事前の準備や稽古、その他もろもろを考えたら、驚きです。その分いろいろなところが最低限です。舞台装置もなければ衣裳もある程度は自前、照明も場内の明りを明るくしたり暗くしたり程度。当初は字幕付公演とアナウンスされていたのですが、装置に問題があったそうで、急遽字幕なし公演に変更。当日裏方で働いていた方は舞台監督さんのほかに何人いたのでしょう。会場管理の担当者を別にすれば居て一人。ひょっとすると誰もいなかったかもしれません。

  宣伝もしないからお客さんもあまり入らず、今回も100人いたのかしら。会場は800人規模の比較的大きなところなので、観客の少なさが目立ちます。拍手もどうしてもまばら。100回公演だから華々しく、という考えは端からなかったようで、非常に地味というか、日常的な公演だったようです。それでも音楽的な感興が凄く得られる公演であればよかったのですが、そこも不満が残ります。まずは、会場が音楽に全然向いていないこと。本当に響きません。特に舞台の後ろ半分で歌うと全然響かないと言っていいほどです。今回合唱は舞台の後ろ側に設置したひな壇で歌うのですが、それが本当に聴こえない。実は合唱団のメンバーはアマチュアオペラの合唱ではよく知られたメンバーがたくさん出演されており、各パート5人ずつ20人もいたのですから本来ならもっともっと声が飛んでおかしくない。しかし、その声が私の前でお辞儀している感じで、迫力が感じられない。本当に可哀想でした。

 そんな悪条件の中でも気を吐いたのが、ナブッコ・堀内士功、アビガイッレ・刈田享子、イズマエーレ・松岡幸汰の三人。その中で刈田享子のアビガイッレに特に魅力を感じました。アビガイッレは、ソプラノ・ドラマティコの代表的な役柄で、強さと低音での迫力が求められます。刈田の声は、ソプラノ・リリコ・スピントであり、本来、アビガイッレをやるには軽い印象があります。そんな刈田のいいところは役柄の強さを求めず、自分の声の特徴にアビガイッレを持って来たことにあります。リリックなアビガイッレです。結果として刈田アビガイッレは、アビガイッレの持つ苛酷な強さ、厳しさの表現には今一つのところがありましたが、安定した低音と美しくて張りのある高音の双方を聴かせてくれてとても魅力的だったと思います。一番の聴かせどころの大アリア「かつては、私も歓びに心を開いた」はまさに刈田の力量を示す一曲だったと思います。

 松岡幸汰もプリモテノールの意地を見せました。イズマエーレは重唱が主で、ソロの出番が少ない役柄ながら、松岡の張りのある美声は、流れに対する楔をしっかりと打ち込み、我こそはテノールという感じの歌が見事だったと思います。

 堀内士功のナブッコはナブッコの強さの表現も弱さの表現もちょっと食い足りない感じはありましたが、抜群の声量と力強い歌いまわしがしっかり響き、十分な存在感がありました。彼の中のあるヴェルディ・バリトンのスタイルをどのように見せるかという意識が常にあるのでしょう。しっかりした響きが彼の持つ歌の欠点を補っている感じで、素晴らしかったと思います。特に第4幕のアリア「ヘブライの神よ」は魅力的だったと思います。

 この三人以外の人はかなり落ちるというのが本当のところ。ザッカーリア役の鈴木敬冶は全体的に声が重く、常にやや遅れ気味なところと、高音へのアプローチのずり上りが気になりました。ザッカーリアのこの作品では主役の一角を担う方なので、結構残念だったと申し上げます。山本澄子のフェネーナは前に出てきても響きが足りない感じです。劇場がもっと響けば全然印象は変わると思いますが、全体にぼやけた印象が強いです。

 アンサンブルも粗削りな感じがあり、コンチェルタントも同様。もっと稽古を積んで、色々なかみ合わせが改善されることと、合唱の魅力がもっと伝わる位置への移動などして、響きが改善できればもう少し魅力的に響くかもしれません。その辺が出来ていなかったのは事実なので、まあ、残念だったというべきなのでしょう。

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鑑賞日:2024年5月25日

入場料:B席 2F10列28番 6000円

主催:公益財団法人東京二期会
共催:公益財団法人目黒区芸術文化振興財団

二期会ニューウェーブ・オペラ劇場公演

オペラ3幕 字幕付原語(イタリア語)上演
ヘンデル作曲「デイダミーア」(Deidamia)
台本:パオロ・アントニオ・ロッリ

会場 めぐろパーシモンホール 大ホール

スタッフ

指 揮 鈴木 秀美
管弦楽 ニューウェーブ・バロック・オーケストラ・トウキョウ
合 唱 二期会合唱団
合唱指揮 根本 卓也
演 出 中村 蓉
装 置 原田 愛
衣 裳 田村 香織
照 明 喜多村 貴
声楽アドバイザー、原語指導 櫻田 亮
ドラマトゥルク 萩原 里香
舞台監督 幸泉浩司

出 演

デイダミーア 七澤 結
ネレーア 河向 来実
アキッレ 栗本 萌
ウリッセ 一條 翠葉
フェニーチェ 亀山 泰地
リコメーデ 目黒 知史
ダンサー 北川 結/田花 遥/中川友里江/安永ひより/長谷川 暢/望月寛斗

感 想

現代における後期バロックオペラの上演法-二期会ニューウェーブ・オペラ劇場新国立劇場「デイダミーア」を聴く

 「ディダミーア」は1741年初演。ヘンデルはこの翌年オラトリオ「メサイア」を大成功させて、オペラ作曲家からオラトリオ作曲家へと大変身するのですが、それには「ディダミーア」の失敗と「メサイア」の成功が関連するようです。「デイダミーア」は当時にしては珍しく三回しか上演されなかったそうですから。人気が出なかった理由はもちろん分かりませんが、当時のオペラ・セリアのセオリーからするとちょっと変わっているとか、テノール歌手が出演しないということが関係しているのかもしれません。バロックオペラの上演が盛んになっている現代のヨーロッパでも「デイダミーア」が上演されることはあまり多くないそうで、正式に発売されたCDが2種類、youtubeを見ても上がっている録画は1本だけです。ちなみに日本初演は2008年、大森地塩が率いていたVIVAVA OPERA COMPANYという団体が伊丹のアルフォニックホールで行っています。

 アリアが全てダ・カーポアリアではなくなっていたり、合唱がそれなりに重要な位置を占めたり、明確なハッピーエンドでは終わらなかったりはなかったりもするので当時の典型的なオペラ・セリアではなくなっていますし、また演奏時間も当時にしては短い3時間強の作品ではありますが、われわれ現代人の眼から見れば、それでもひたすらレシタティーヴォとアリアが続くバロックのオペラ・セリアであり冗長。それを回避するためか、指揮の鈴木秀美と演出の中村蓉は大胆なカットをしてきました。36曲あるうち、全部で12曲をカットし、正味の演奏時間を2時間弱に縮めてきました。また、アリアの順番を変えるなどもしたそうです。

 その上、中村の演出は歌手たちにもダンサーたちと同じようにたっぷり踊らせようとするもので、かなりメカニカル。おそらく音の手足の位置などをしっかりとシンクロさせるように指示を出していたものと思います。本物のダンサーほどではないにせよ、かなり激しい動きもあり、歌も静止して歌われることは少なく、全体的にリズミカルにテンポよく進んでいる印象でした。さらに照明が無機的というか未来的。舞台装置は前半と後半とで変えては来ていますが、どちらも基本簡素なもので、取り立てて申しあげるほどのものではありません。しかし、そこに照明が当たると色々な色彩にどんどん変化し、ポップで多彩です。確かに歌われているのはダ・カーポアリアなのですが、見ていると色彩豊かなコンテンポラリーダンスのバックミュージックとしてきっちりと成立しています。私は暗い舞台演出が好きではないので、今回のように明るくて色彩豊かな舞台は、それだけで嬉しくなります。

 それだけ動かされて、歌手の皆さんは大変だったはずですが、若い歌手にはエネルギーがあります。技術的にはどうかなと思う部分もありましたが、総じて良かったと思います。特に女声四人が見事で、その中でもタイトル役の七澤結とウリッセの一條翠葉の歌唱が光っていました。

 デイダーミアはこの作品の中で最もメランコリックで心配性の性格の役柄ですが、心配な心情を表すアリアに特に魅力がありました。七澤結は透明感の感じられるリリコレジェーロのソプラノですが、メランコリックな表現部分での正確なメリスマの技術が素晴らしく、緊迫感のある場面での表情に実力を感じました。特に前半終盤で歌われたアリア「不安な声が真実なら」が、ダ・カーポアリアですが、緊迫感があって素晴らしい。また戻ってきたAの部分の装飾も良かったと思います。また、後半のアリア「どこかへ行って!不実な人」や、ゆったりとした主部にアレグロのBの部分が付くダカーポアリア「あなたが私を不幸にした」、そしてフィナーレのアリアからウリッセとの二重唱に至る流れも見事でした。

 対する本来はカストラートの役柄であるウリッセを今回は一條翠葉が演じましたが、一條の迫力ある歌いまわしも十分。ウリッセは今回は3つのアリアと最後の二重唱で参加していますが、一條は脂が廻った感じの厚みのある中低音と正確なメリスマを歌いこなす技術で七澤以上に魅力を感じました。歌われた3つのアリアはどれも素晴らしかったですし、ディダーミアとの二重唱も両者がぶつかり合う感じが素晴らしく、大変聴き応えがありました。

 この二人と比べるとアキッレを歌った栗本萌とネレーア役の河向来実は声そのものの迫力とテクニック、役の入り込み方で七澤、一條ほどではなかったと思いますが、それぞれ十分な役割を果たしました。

 アキッレは英雄役で本来であればカストラートが歌うべき役柄のように思いますが、ヘンデルはこの役をソプラノに与えました。ズボン役をソプラノが歌うことは少なくないと思いますが、英雄役をソプラノに与えるのはかなりレアケースのように思います。そして、中盤まではアキッレはひたすら能天気でアリアも多くはなく、メランコリックなデイダミーアと比較すると歌もあっけらかんとしている感じがあります。栗本の歌もそのあけっらかんとした感じを出していて、役柄を表現していたとは思いますが、テクニカルな難しさをあまり感じさせなかった、ということなのでしょう。しかし、第三幕で英雄のアリアを歌うとそこで感じが変わり、魅力的でした。

 ネーレアは役柄的には性格がありきたりで、オペラ的な異常さを感じさせない役柄ですが、河向来実はリリックな愛のアリアを素直に歌っていて好感が持てました。

 女性と比較すると、バリトンの二人はどちらもちょっと不安定でした。低い音に意識が向いているのですが、二人とも低音がやや下がり気味のようでした。私は「デイダーミア」のアリアはほぼ今回初めてなのですが、一曲だけ以前聴いたことがあります。それがリコメーデのアリア「安寧の中で過ごしていると」でした。目黒知史のこのアリアはゆったりとほのぼのして悪くないのですが、レシタティーヴォの音が私の知っているものと随分違っていて、それでいいのかな、とは思いました。

 古楽器オーケストラはメンバー表が開示されておらず、楽器の種類も明らかではありませんが、古楽器を使っていたことは間違いなく、鈴木秀美の指揮も緩急を取り混ぜて落ち着いたバロック風の響きが魅力的でした。

 以上男声歌手にもう一つ頑張っては欲しいところですが、全体として音楽的には素晴らしかったし、演出もスピーディーな展開も個人的には楽しめてよかったのですが、本当にこれでいいのかなとも思いました。数曲のカットはあって然るべきだとは思いますが、全体の1/3もカットしたことの是非。また演出がコンテンポラリーダンスが前に出すぎた感じで、バロックオペラというよりは近未来の雰囲気であったことの妥当性、是非はしっかりと検証されて、今後のオペラ制作に役立てていってほしいと思います。

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鑑賞日:2024年6月1日

入場料:C席 4F1列13番 8415円

主催:新国立劇場

新国立劇場2024-2025公演

オペラ2幕 字幕付原語(イタリア語)上演
モーツァルト作曲「コジ・ファン・トゥッテ」(Così fan tutte)
台本:ロレンツォ・ダ・ポンテ

会場 新国立劇場オペラパレス

スタッフ

指 揮 飯森 範親
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 水戸 博之
演 出 ダミアーノ・ミキエレット
美術・衣裳 パオロ・ファンティン
照 明 アレッサンドロ・カルレッティ
再演演出 三浦 安浩
舞台監督 村田 健輔

出 演

フィオルディリージ セレーナ・ガンベローニ
ドラベッラ ダニエラ・ピーニ
デスピーナ 九嶋 香奈枝
フェルランド ホエル・プリエト
グリエルモ 大西 宇宙
ドン・アルフォンソ フィリッポ・モラーチェ

感 想

重唱オペラであればこそ-新国立劇場「コジ・ファン・トゥッテ」を聴く

 新国立劇場のレパートリー公演は総じて水準が高く、特に回数を重ねた舞台になると、スタッフや合唱団員が手慣れてきてソリストをしっかり支え、安定感の高い演奏を聴かせてくれます。前回公演の「椿姫」がまさにその典型で、舞台はこれまでも何回も使用していますが、色々と細かいところの修正がされてきて、かなりまとまった音響になっているのは間違いないところです。翻って、今回の「コジ」。悪い演奏ではなかったと思いますが、今一つ精度に欠ける演奏だったと思います。今回上演されたミキエレットの「キャンプ場コジ」は三回目、2013年以来と11年ぶりの再演です。11年と言う長いブランクが、精度に欠ける原因だったのか、あるいは足場が悪くて、そういう中でも演技しながらしっかり声を出していくということがなかなか大変なのか、他の理由があるのかは私には分からないのですが、全体としてレパートリー公演の中ではイマイチの出来だったと申しあげるべきでしょう。

 重唱が今一つ上手く嵌らない感じがあります。これは、デスピーナの九嶋香奈枝を除く全員が、微妙に音程が安定しないということが関係していると思います。これは音程が不正確というよりも安定しないという方が正しいと思います。ヴィブラートではないと思うのですが、重唱で2つから6つの声を合わせたとき、すんなりとハモらないというか、ハモるまでに微妙に時間がかかるというか、そういうところが結構ある。また、入りのタイミングなども歌手によって微妙に違いがあって、もちろんこれは半拍遅れるといった明らかな事故ではなくて、一人が入るともう一人がそれに合わせるように、というか引っ張られるように入るという感じです。それで入りが揃っていなくてもすぐにバランスを取ってしまいますから、そういう癖みたいな感じなのだろうと思いますが、やっぱり鼻にはつきます。そのような微妙に気になるところが多々あって、仕上がりとしてはちょっとざらざらしている。きちっと嵌った時の「コジ」の重唱のかっちりとした形式感と比べると、全体的にやや歪んだいびつな重唱になっていたのかな、というのが全体的な印象です。

 もちろん、全部が全部そうだったという話ではなく、美しく見事な重唱もいくつもありました。第二幕のフィオルディリージとドラベッラも「私はあの黒髪にするわ」や続いて歌われるグリエルモとフェッランドの合唱付き二重唱「甘いそよ風よ」は凄くよかったと思うし、それ以外にもいい重唱はあったと思うのですが、それでも全体の印象としての粗さを感じてしまうのは、冒頭の男声3人の重唱が影響していると思います。

 この作品、冒頭はまずフェッランドがドラベッラの美しさと貞淑さを歌い、続いてグリエルモがフィオルディリージの美しさと貞淑さを歌う。そこに、ドン・アルフォンゾが割り込んできて若い二人をからかうという形になっています。ここでは、ドン・アルフォンゾが若い二人の声をしっかり受け止めるといい感じになると思うのですが、最初のプリエトによるフェッランドの第一声がとても美しいのですが、微妙に気負っている感じで、音がぶれる。続く大西宇宙もやや気負い気味で、美しいのだけど、微妙に揺れる。それでもドン・アルフォンソががっちりと受け止めれば何の問題もないのですが、今回アルフォンソを歌ったモラーチェ、声量が足りないのか、テノールとバリトンの声を受け止めきれないのです。結果としてこの三重唱は何となく微妙に終わった感じがします。

 その意味でモラーチェの責任は大きいのでしょう。それ以外でもこのモラーチェというバリトン、全然よくない。音を見失っている感じのところもありましたし、声量が他の5人と比べると足りないので、下支えしきれないのですね。重唱は低音側が安定すると綺麗に響くことが多いので、ベースラインを担当するモラーチェがしっかりしていなかったことが重唱の精度が上がらなかった大きな要因かもしれません。

 一方で安定していたのはデスピーナ役の九嶋香奈枝。音がぴんと張ってぶれない。身体は小さいですが、バネがしっかりしているのか声は安定していてとても美しい。他が安定しない重唱でも彼女だけはしっかりと歌うので、逆に浮いている感もあります。もちろんアリアも素晴らしい。第一幕の「男に、兵隊さんに」も第二幕の「女も15になれば」もとても素晴らしい。また、公証人の化けたときの声色も抜群で、今回の最大の立役者と申し上げてもほめ過ぎではないと思います。

 この二人以外の主役四人は、皆いいところもあり、そうでないところもあるという感じでした。

 フィオルディリージをを歌ったガンベローニは音が不安定なところもありましたが、力量のあるソプラノなのでしょう。第一幕のアリア「岩のように動かず」は後半の跳躍のアプローチが上手くいかずそこが残念ではあったのですが、音自身はしっかりしていました。まだ、第二幕の長大なロンドはニュアンスを大事にした丁寧な歌唱でよかったと思います。ロンドの後半は結構装飾も付けて、普段聴くのとはちょっと違った形でまとめていました。こちらはBravaでしょう。

 ビーニはベテラン。2011年このコジの舞台のプレミエの時もドラベッラを歌っていて非常にクレバーな歌唱をしていたという印象が残っているのですが、今回も同様。2011年の時はフィオルディリージが弱かったせいもあると思うのですが、ドラベッラがやや前に出ていた印象があるのですが、今回はフィオルディリージとのバランスにおいてはちょうどいい感じだったように思います。

 フェッランドを歌ったプリエト。軽さの感じさせる美声でさらに声に力もある。ただ、俺様系テノールなのか、重唱になると前に無理に出ようとするきらいがあります。そうしない方が美しいアンサンブルになることも多いのですが。アリアは素晴らしい。「恋人よ、愛の息吹は」も第二幕のカヴァティーナ「激しい葛藤が心に渦巻き。裏切られ、嘲笑され」も素敵でした。

 大西宇宙のグリエルモ。大西も新国の本公演は初めてで、やや気負っているように思いました。それがやや音の不安定さに繋がっていました。とはいえ、声量は外人にまったく引けを取っていなかったし、響きも十分。アリアも力強く魅力的でした。

 新国立劇場合唱団の力は申しあげるまでもない。飯森範親が指揮する東京フィルは細かいミスはあったようですが、ピットの東フィルの実力を見せたと思います。飯森範親の音楽作りは私にとっては特別違和感はなかったのですが、カーテンコールでは思いっきり「Boo」を浴びていました。何が気に入らなかったのか、そこは私には分かりません。

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鑑賞日:2024年6月15日

入場料:自由席 3000円

主催:Bocca del Monte、町田イタリア歌劇団

Bocca del Monte×町田イタリア歌劇団

オペラ2幕 字幕付イタリア語上演
ロッシーニ作曲「セビリアの理髪師」 (Il Barbiere di Siviglia )
台本:チェーザレ・ステルビーニ
原作:ボーマルシェ『セビリアの理髪師あるいは無用の用心』

会場 町田市民フォーラム3Fホール

スタッフ

指 揮 高嶋 康晴
ピアノ 小森 美穂
合 唱 高畑 達豊/正木 庸平/平賀 僚太/岡坂 幸蔵
照 明 おおやまこうへい

出 演

アルマヴィーヴァ伯爵 岡坂 弘毅
フィガロ 市川 宥一郎
ロジーナ 𠮷村 恵
ドン・バルトロ 小野寺 光
ドン・バジリオ 飛鳥井 亮
ベルタ 中畑 有美子
隊長 上野 裕之

感 想

実力者たちの小劇場公演-Bocca del Monte×町田イタリア歌劇団「セビリアの理髪師」を聴く

 Bocca del Monte は藤原歌劇団のオペラ本公演に何度も出演している岡坂弘毅・𠮷村恵夫妻が主宰しているグループで、横浜方面で年に1,2回公演をやっている印象です。町田イタリア歌劇団は町田市民フォーラムを拠点に頻回の公演を行っており、それなりの固定客がいる。その二団体が出演者はBocca del Monteで会場その他は町田イタリア歌劇団で用意して行ったのが今回の公演です。結果として興行的には大成功で、席数188の町田市民フォーラムホールが満席になりました。

 出演者が岡坂・吉村夫妻に加えて、市川宥一郎、小野寺光、中畑有美子と藤原歌劇団の本公演でもよくお目にかかるような実力者メンバーをそろえ、さらに演出を置かず、自分たちの稽古の中でやっていくことを決めていくというスタイルを取ったおかげで、息もぴったり。時々、レシタティーヴォの一部を日本語にして笑いを誘うなどの工夫もあって、終始和やかな笑いの絶えない公演になりました。

 ピアノ1台の伴奏による公演で、ピアニストに対する負担が大きいせいかカットはそれなりにありました。序曲は半分カットされましたし、続く冒頭の合唱はフィオレッロのソロも含めて全部がカット。アルマヴィーヴァによるアリアから始まった感じです。中間部のカットもそれなりにあったようで、本来100分程度かかる第1幕が80分、70分程度かかる第2幕が60分ほどで演奏されました。そういったところはあったものの、演奏そのものは流石藤原歌劇団の若手主力メンバーが揃った公演だけあって、非常に聴き応えがあるものでした。

 岡坂弘毅のアルマヴィーヴァ伯爵は冒頭の「空は微笑み」やや喉のコントロールが上手くいかなかったところはありましたが、後は流石の歌。重唱における感じも良かったです。フィガロとの二重唱、「金を見れば知恵が湧く」や第二幕冒頭のドン・アロンゾと名乗って現れる場面の滑らかな流れはさすがのもの。そして、一番の聴きものは何といっても第二幕後半の長大なアリア「もう逆らうのは止めよ」です。このアリアは今はカットされることが少なくなりましたが、かつては難曲で歌いきれないということでカットされるのが当然という曲ですから、ちゃんと歌って貰えるのは嬉しいものです。そして、その歌唱が結構なもので、大変嬉しくなりました。

 市川宥一郎のフィガロは実力派バリトンの力量を存分に見せました。まずは「何でも屋の歌」。これは何といっても早口の細かい言い回しが鍵ですが、口元を見ていると本当に細かいところまでしっかり唇を動かしている。出来て当然の話ではあるのですが、細かいところまでゆるがせにせず、安定して最初から最後までひとつの流れの中でしっかり歌い演じるのは、流石に市川というべきなのでしょう。2か月前に若い人たちの「セビリア」を拝見して、その時のフィガロ、阿部泰洋は悪くなかったのですが、市川のフィガロの安定感と比較すると全然違います。流石市川というしかない歌でとても感心いたしました。

 𠮷村恵のロジーナ。𠮷村の声の魅力は素直なところだろうと思います。𠮷村は高音を張れるタイプではないのですが、低音から中高音まで滑らかに素直に聴こえてゴツゴツしたところがないのがロジーナによく似合っていると思います。ロジーナをメゾソプラノの方が歌うと、割と低音をしっかり響かせて、ロジーナの意思の強さというか、悪く言えばずる賢い感じを強調することが多い印象があるのですが、𠮷村の場合は中低音を同じように響かせてすっきりとまとめ、きつすぎないロジーナ像にまとめた印象です。

 小野寺光のバルトロ。芸達者。小野寺は音程的な安定感は必ずしもいいとは思わないのですが、芝居が上手くて笑える。特に第2幕前半。下品にならないいやらしさが素晴らしい。バッソ・ブッフォはこうでなくてはいけません。もちろんアリアは凄い。第1幕のアリアは細かいところがどこまでしっかり歌えるかというのを聴くのが楽しみですが、あの早口をあごの筋肉をブルブルと震わせてしっかりと歌っている様子は凄いとしか言いようがない。

 そして中畑有美子のベルタ。シャーベット・アリアの「爺さんは若い妻を求め」はもちろん良かったのですが、アンサンブルで高音を受け持つところの力量が半端ないです。本当にびんびん響いてきます。アンサンブルは、最高音と最低音の外声二声が要ですが、今回はこの二声に存在感があったためか、どのアンサンブルも楽しめました。

 これらのメンバーと比較するとやや格落ちなのが、バジリオを歌った飛鳥井亮。飛鳥井がソロを歌うのを聴いたのは初めてかもしれません。「陰口はそよ風のように」は最初はもっと小さく、最後はもっとどっかーんとなって欲しいですし、アンサンブルではもっと悪人的に立ち回って、いやらしさを強調して欲しかったところ。とはいえ、アンサンブルでは十分役割を果たしていました。

 こういうメンバーですからアンサンブルが楽しい。第1幕フィナーレは定型的な構成ではありますが、逆にオペラ・ブッファを見る楽しみが詰っている。ここがメンバー一丸となって進み、ゆるみがないまま勢いよく鍛冶屋の鐘の中で終わったのが素晴らしいです。

 以上、ホールの音響が今一つとか、ピアノが小さいとかといった不満がないわけではないのですが、歌手の非常に近くで、普段絶対に見えない口に廻りの筋肉の動きを見れましたし、実力者たちのストレートな声やテクニックを目の当たりに出来、本当に楽しめました。

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