オペラに行って参りました-2024年(その5)

目次

ブッファのお約束 2024年7月21日 オペラノヴェッラ「ドン・パスクワーレ」を聴く
研修の進化、深化、真価 2024年7月27日 新国立劇場オペラストゥーディオ「サマー・リサイタル 2024」を聴く
確かにてんやわんや 2024年7月28日 第19回杉並区民オペラ オペラの祭典オペラ「てんやわんや」を聴く
層の厚さを感じながら・・・ 2024年8月3日 東京二期会「二期会サマーコンサート」を聴く
オーソドックスな選曲の若手を聴く 2024年8月4日 Concerto Fioerente piccolo Vol.6「Scene Amorese」を聴く
ローカルで活動する歌手たち 2024年8月10日 町田イタリア歌劇団「サマー・ガラコンサート」を聴く
思いがけない拾い物 2024年8月13日 町田イタリア歌劇団「アイーダ」を聴く
オペラ・セリアって、本当は喜劇? 2024年8月17日 第53回サントリー音楽賞受賞記念コンサート「リナルド」を聴く
日本語翻訳の限界 2024年8月24日 ジョイヤ第42回定期公演「三本オペラ」を聴く。
初心者を意識し過ぎた限界 2024年8月31日 大田区文化振興協会「こうもり」を聴く

オペラに行って参りました。 過去の記録へのリンク

      
2024年 その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7 その8 どくたーTのオペラベスト3 2024年
2023年 その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7 その8 どくたーTのオペラベスト3 2023年
2022年 その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7 その8 どくたーTのオペラベスト3 2022年
2021年 その1 その2 その3 その4 その5 その6   どくたーTのオペラベスト3 2021年
2020年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2020年
2019年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2019年
2018年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2018年
2017年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2017年
2016年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2016年
2015年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2015年
2014年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2014年
2013年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2013年
2012年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2012年
2011年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2011年
2010年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2010年
2009年 その1 その2 その3 その4     どくたーTのオペラベスト3 2009年
2008年 その1 その2 その3 その4     どくたーTのオペラベスト3 2008年
2007年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2007年
2006年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2006年
2005年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2005年
2004年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2004年
2003年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2003年
2002年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2002年
2001年 その1 その2         どくたーTのオペラベスト3 2001年
2000年              どくたーTのオペラベスト3 2000年

鑑賞日:2024年7月21日

入場料:指定席 RH列1番 6000円

主催:公益財団法人座間市スポーツ・文化振興財団

制作:オペラ・ノヴェッラ

オペラ3幕 字幕付原語(イタリア語)上演
ドニゼッティ作曲「ドン・パスクワーレ」(Don Pasquale)
台本:ジョヴァンニ・ルッフィーノ

会場 ハーモニーホール座間小ホール

スタッフ

指 揮 山本 達郎
ピアノ 松岡 なぎさ
合 唱 ハーモニーホール座間オペラ合唱ワークショップ参加者
合唱指導 古川 寛泰/鈴木 和音
演 出 古川 寛泰
演技アドヴァイザー 大塚 ヒロタ
ギター 吉岡 研一郎
照 明 望月 太介
舞台監督 佐野 千春

出 演

ドン・パスクワーレ 岡野 守
ノリーナ 中井 奈穂
マラテスタ 小野寺 光
エルネスト 井出 司
公証人 星田 裕治

ブッファのお約束-オペラ・ノヴェッラ「ドン・パスクワーレ」を聴く

 オペラノヴェッラ主催の古川寛泰はこだわりの人です。何年か前に聴いた「椿姫」は、完全に楽譜通りに演奏するというのをやって見せました。歌手がよくやる高音を響かせるのもなし。逆に冗長になるためにやられないことが多い繰り返しを全部やる。また、昨年は「ボエーム」で、「冷たい手」から「私の名はミミ」の間の拍手を禁止して、その音楽の流れを大事にする、というのを見せました。

 そんな古川が今年取り上げたのは「ドン・パスクワーレ」。今回の彼のポイントは、コンメディア・デッラルテを意識した演出ということなのでしょう。そのために大塚ヒロタというコンメディア・デッラルテをやっている人を演技アドヴァイザーとして招聘しました。もう一つ申し上げれば,、彼のこだわりは批判校訂版のあるオペラをやるというのがあるのかもしれません。ドン・パスクワーレは録音を聴く限り様々な異同があるそうですが、古川にとってはピエロ・ラッタリーノによる批判校訂版の楽譜が決定版であるという何かがあったのでしょう。この楽譜を用いての上演となりました。

 とはいえ、今回会場は、いつもの大ホールではなく小ホール。オーケストラ伴奏ではなくピアノ伴奏。と本来のスタイルとは違いますが、いろいろと事情もあったのでしょう。そういう制約の中でやれるところを拘ったということかもしれません。

 全体としてはとてもいい上演だったと思います。ひとつ間違うとただの老人虐めになってしまう結婚詐欺物語をドン・パスクワーレの寛大な心で「めでたし、めでたし」にして、悪い後味にしなかったのは、古川のこの作品に対する見識とドン・パスクワーレを歌った岡野守のキャラクターのなせるわざだったのではないでしょうか。岡野ドン・パスクワーレは最初から最後までどこかほのぼのした感じがあって、小狡い感じが全くない。歌はもちろんほのぼのと歌っているのではないのですが、動きがひとりフワッとした感じがあって、とぼけた感じが常に付きまといます。そこがいい。そして、歌がクリアなのもいい。割と癖のない歌いっぷりで、それでいて必要なことはきっちりやっている感じがいいと思いました。

 対するこの作品の仕掛け役、マラテスタ。小野寺光はまだ30代ですが最近活躍目覚ましいバスです。特にバッソ・ブッフォ役を得意とし雰囲気は凄くあるのですが、役に自分を寄り添わせるのではなく、役を自分に引き寄せるタイプの歌手。今回のマラテスタもちょっと癖のある歌い方で、癖をあまり感じられなかった岡野ドン・パスクワーレとは好対照を示していたと思います。そのためドン・パスクワーレとマラテスタとはキャラクターが被ることはなく、いい嵌り具合でした。ただこの二人の一番の聴かせどころである第三幕の早口の二重唱は、小野寺の方が強めになっており、バランスとしてはもう少し岡野が前に出たほうが良かったとは思います。

 ノリーナの中井奈穂。コメディエンヌとして見たときはもう少しコケティッシュな感じがあった方がいいとは思いましたが、藤原歌劇団で主役を歌う方だけあって、歌は流石に上手いです。登場のアリア「騎士はあの眼差しに」も第一幕後半のマラテスタとの二重唱「用意はできたわ」も魅力ある素敵な歌。しおらしい女性から豹変してからの歌唱もしっかりしていてとてもいい。

 エルネストの井出司。音楽的には軽い声をしっかり使っていて悪くないのですが、井出のタイプはエルネストとはちょっと違うかなという印象。井出は大柄で存在感のあるテノールでヒーロー役は似合うのかもしれないけど、打たれ弱くて思い込みの激しいキャラではない感じ。また本来の持ち声はレジェーロではないので、軽く軽く歌ってはいるのですが、高音が綺麗に上がれなかったり、所々重く聴こえてしまうところがある。しかし、アリア「見知らぬ遠いところで」と「春の盛りの夜はなんと素敵なのだろう」は共にそれなりの雰囲気は出ていました。

 第三幕の合唱も良かったし、演出も装置は簡素なものでありながら、ドン・パスクワーレを中心として動きにオペラ・ブッファらしい雰囲気があって、全体としては好演でした。こうしてみると、松岡なぎさのピアノも素晴らしかったのですが、やはりオーケストラ伴奏できっちりやれなかったことが残念です。この内容であれば大ホールでオーケストラ伴奏でやれれば、もっと楽しめただろうな、とは思いました。

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鑑賞日:2024年7月27日

入場料:指定席 1F C2列18番 3850円

主催:新国立劇場

新国立劇場オペラストゥーデオ(オペラ研修所)公演

サマー・リサイタル 2024

会場 新国立劇場小劇場

スタッフ

指 揮 キャスリーン・ケリー
ピアノ 石野 真穂/髙田 絢子
ヴァイオリン 増田 加寿子
演技指導、演出 タラ・フェアクロス
照 明 鈴木 武人
音 響 河原田 健児
衣裳アドヴァイザー 増田 恵美
舞台監督 須藤 清香

出 演

第25期生 ソプラノ 大竹悠生、ソプラノ 冨永春菜、テノール 永尾渓一郎、ソプラノ 野口真瑚、バリトン 松浦宗梧
第26期生 メゾソプラノ 後藤真菜美、ソプラノ 谷 菜々子、バリトン 中尾奎五、ソプラノ 渡邊美沙季
第27期生 ソプラノ 有吉琴美、バリトン 小野田佳祐、ソプラノ 島袋萌香、ソプラノ 牧羽裕子、テノール 矢澤 遼

プログラム

作曲家 作品名 演奏されたシーン 演奏
モーツァルト 魔笛 第一幕よりタミーノ、パパゲーノ、三人の侍女による五重唱 侍女Ⅰ:有吉琴美 侍女II:島袋萌香侍女Ⅲ:牧羽裕子 タミーノ:矢澤遼 パパゲー:小野田佳祐
カールマン 伯爵令嬢マリツァ 第一幕よりタッシーロのモノローグ タッシーロ:松浦宗梧 合唱:研修生 ヴァイオリン:増田加寿子
ニコライ ウィンザーの陽気な女房たち 第二幕より情景 ロマンツェ 小デュエットと小四重唱 シュペールリヒ: 永尾渓一郎  カーユス博士:中尾奎五  フェントン:矢澤遼  アンナ:渡邊美沙季 ヴァイオリン:増田加寿子
リヒャルト・シュトラウス ばらの騎士 第三幕より、元帥夫人、オクタヴィアン、ゾフィーによる三重唱からフィナーレ 元帥夫人:大竹悠生 オクタヴィアン:後藤真菜美 ソフィー:冨永春菜 ファーニナル:小野田佳祐
休憩   
チャイコフスキー イオランタ シーン1よりイオランタのアリオーソ イオランタ:野口真瑚 ヴァイオリン:增田加寿子 
チャイコフスキー エウゲニ・オネーギン 第一幕第三場、タチアーナとオネーギンの二重唱 オネーギン:中尾奎五 タチヤーナ:冨永春菜 女声合唱:研修生
カバリェーロ アフリカの女 二重唱 アントネッリ:谷菜々子 ジウッセピー二:永尾渓一郎
ヘギー スリー・ディセンバーズ 二重唱 ビー:野口真瑚 チャーリー:松浦宗梧
アダモ 若草物語 四重唱 ジョー:後藤真菜美 メグ:牧羽裕子 ベス: 島袋萌香 エイミー谷菜々子
ヨハン・シュトラウス二世 こうもり 第二幕、シャンパンの歌から兄弟姉妹になりましょう オルロフスキー公爵:後藤真菜美 アデーレ:渡邊美沙季 アイゼンシュタイン:松浦宗梧 フランク:中尾奎五 ファルケ博士:小野田佳祐 ロザリンデ: 有吉琴美 イーダ:谷菜々子 合唱:研修生 

研修の進化、深化、真価-新国立劇場オペラストゥーディオ「サマー・リサイタル2024」を聴く

 新国立劇場オペラ研修所は、この四半世紀、日本のオペラ歌手育成に素晴らしい業績を上げてきました。今、若手、中堅と言われているオペラ歌手の多くはオペラ研修所の出身であり、そういったこれまでの成果を見て行けば、次の世代にどんな人がいるか、ということはとても興味のあるところです。そんなわけで、こちらの公演に伺い、楽しんでまいりました。オペラ研修所は音大の大学院卒業レベルの実力が最低の入所条件で、1年次度雖も、既にオペラの演奏経験がある方が多かったりもします。

 サマー・リサイタルは毎年趣向が凝らされますが、今年は様々なスタイルのオペラ・オペレッタの1シーンを合計10シーン上演するもの。プログラムは上記の通りですが、新国立劇場からは上演場面の細かい説明はほぼなく、シーンの特定は、私個人の音楽知識によるもので、誤りがある可能性があります。尚、「アフリカの女」、「スリー・ディセンバーズ」、「若草物語」の三作品はタイトルを聴くのも初めてという作品もあるほどで、全く初耳であり、全体のストーリーも演奏場面も分からないので、プログラム記載の情報から分かることだけ書きました。

 しかしながら、今回聴いた中で自分として最もよかったなと思ったのは、この「若草物語」の四重唱であり、次に素晴らしいなと思ったのは、「スリー・ディセンバーズ」の二重唱だったのですから、知らないと感動できないのではなく、感動させるような何かがあれば、人を感動させることができるのだろうなと思いました。

 あとは個別の寸評です。

 前半の4曲はドイツオペラ。第1曲は「魔笛」の「ム・ム・ム」です。第27期生の五人によるアンサンブルで、個々人の技術はあるのですが、アンサンブル全体としてはどこか手探りな感じがあって、こなれていない。こういうところが入所して4か月の限界なのかもしれません。

 第2曲はウィーン・オペレッタ。タッシーロのこのモノローグは気持ちがやさぐれた男の歌ですが、重たく深刻に歌うとオペレッタではなくなりますし、歌に寂寥感がないと雰囲気が出ないということで、なかなか難しいのだろうと思います。しかし、25期生の松浦宗梧は、流石研修三年目だけあって、いい感じのバランスで歌ってよかったと思います。

 第3曲目はニコライのジングシュピール。甘い恋人たちにちょっかいを出す二人のお邪魔虫という関係ですが、これは邪魔する二人が面白くなければここは格好がつかないわけですが、永尾渓一郎のシューベルヒと中尾奎五のカーユス博士が面白くていい感じ。恋人たちの二重唱といい感じに絡んでいました。

 前半の最後が「ばらの騎士」のフィナーレ。これはもちろん音符的には歌えてはいるのですが、音楽の持っている世界観は理解できていないのだろうな、という歌。この「ばらの騎士」という作品は、ヨーロッパの貴族の没落と新興商業勢力の勃興が背景にある訳ですが、貴族の長期的没落と元帥夫人の老化(まだ30代前半でもちろん現実にはそこまで年増でもないのですが)がシンクロしている肌感覚が分からないとこの元帥夫人は歌えないのだろうと思います。更に申し上げれば、この肌感覚は日本人では分からないところがあって、これまでこの三重唱は何度となく聴きましたが、日本人が歌って満足できた経験は全くありません。今回もその例外ではなく、似合わない雰囲気が最後までありました。

 後半はロシアオペラからスタート。イオランタのアリオーゾ、感心しました。野口真瑚の盲目の演技もよく、歌も曲の持つ雰囲気がよく出ていて、流石に三年生で、且つ研修を自分のものにしてきたのだろうなと思える歌。野口の歌いっぷりは後述のビーを含んて、今回の歌手の中で、一番力量を示しているように思いました。素晴らしかったです。

 続く「オネーギン」、はっきり言えば、中尾奎五オネーギンはもっと渋い方がいいと思う。エウゲニ・オネーギンは実際は内面が浅い人間なわけだけど、少なくともこの場面でのタチアナとの位置関係では、オネーギンがもっと大人に見えないといけないのではないか、という感じがしました。

 次はスペインオペラのサルスエラ。いわゆる楽屋落ちもので、テノール歌手ジウッセビー二がソプラノ歌手で人妻のアントネッリに一緒に国に帰ろうと口説く二重唱の場面。この場面は比較的よく演奏されるそうですが、私は多分初耳。スペイン的な踊りのリズムが心地よく、アントネッリを歌った谷菜々子がちょっと色っぽい雰囲気を醸し出していて、すこぶるいい感じでした。

 そして、アメリカの現代オペラ。ヘギーの「3 Decembers」。ヘギーの作品は、20年以上前、「デッドマン・ウォーキング」をニューヨークで見た経験がありますが、それ以外では初めてです。一部とはいえ、日本で演奏されるのは初めての曲ですが、非常に聴きやすくて素敵です。アメリカを舞台に姉と弟が父や母の思い出を回想する二重唱の場面ですが、姉ビーを歌った野口真瑚がイオランタとは真逆の普通の女性をごく自然に歌い上げ、ここでも存在感を示しました。もちろん、相手役の弟チャーリーの松浦宗梧も素晴らしく、本日のベスト1と言ってもおかしくない出来栄えでした。

 しかし、私の本日のベスト1は次に歌われた「若草物語」の四重唱。マーチ家の四姉妹の次女ジョーが、それぞれの道を歩む長女メグ、三女ベス、四女エイミーの生き方を受け入れるラストの場面に歌われる四重唱だそうですが、最初後藤真菜美演じるジョーのモノローグがいい感じで、その後姉妹による四重唱になるのですが、この和音変化がすこぶる美しい。変化は色々な意味で微妙なのだけど、そのある意味現代音楽的な転調が、姉妹の雰囲気をいい感じに引き締めて素晴らしい。その意味で作曲家のアダモの才能にBravoと言うべきですが、メグ役の牧羽裕子、べス役の島袋萌香、エイミー役の谷菜々子、そして後藤の四人の和声感覚の素晴らしさも褒め称えるべきでしょう。

 そして最後はまたドイツ語に戻っておなじみの「こうもり」、第二幕フィナーレ。全員が登場しての華やかなフィナーレで幕を閉じました。

 今回の試演会、思ったのは、研修をどれだけの期間本気でやって来たかで、音楽の理解度に差が出てくるのだなということ。やはり三年次の研修生はそれだけ自分の引き出しを増やしていると思いますし、アウトプットも素晴らしい。その深みの点で、二年次はまだ物足りないし、一年次はもっと物足りないとは思いました。といってもその三年時の研修生の皆さんであっても、その本領は研修所を出てからが本当の勝負だと思います。三年次のメンバーにとってはあと半年強。その後が真価の発揮どころです。是非頑張ってほしいと思います。

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鑑賞日:2024年7月28日

入場料:指定席 13列13番 5000円

主催:NPO法人Tokyo ope'lata

杉並区民オペラ第19回オペラ公演

オリジナルオペラ2幕 日本語上演
オペラの祭典「オペラ てんやわんや」
構成・台本:三浦 安浩

会場 セシオン杉並ホール

スタッフ

指 揮 柴田 慎平
管弦楽 杉並区民オペラ管弦楽団
合 唱 杉並区民オペラ合唱団
合唱指導 大久保 眞/佐藤 宏充/須永 尚子/青栁 素晴
児童合唱 杉並区立松ノ木中学校吹奏楽部
演 出 三浦 安浩
照 明 三輪 徹郎
衣裳コーディネーター 坂井田 操
舞台監督 穂苅 竹洋/菅野 将

出 演

主催者 大久保 真
主催者の妻 巖淵 真理
カネミツ(スポンサー) 新海 康仁
ホセ 青栁 素晴
カルメン 新宮 由理
エスカミーリョ 吉田 敦
パパゲーノ 飯塚 学
パパゲーナ 木内 育美
ヴィオレッタ 田島 秀美
アルフレード 横尾 英志
ダニロ 片寄 純也
ハンナ 別府 美沙子
演出助手 東 浩市

確かにてんやわんや-第19回杉並区民オペラ オペラの祭典オペラ「てんやわんや」を聴く

 7月後半は例年多忙で、杉並区民オペラは久しく伺っていなかったのですが、今年はスケジュールが変更になり伺えることになったので、早速行ってまいりました。

 杉並区民オペラは主催者の大久保眞のこだわりで、日本語訳詞上演でやる、それも字幕付にして初めてオペラを見る観客に優しくして、オペラの敷居を低くしてリピーターを増やそうという。そういう方針で活動を続けており、今年で19回目となります。19回目の今回は有名なオペラ作品に取り組むのではなく、かつて杉並区民オペラで取り上げたオペラのハイライトを中心にオムニバス形式で繋ぐ一種のガラ・コンサートであったのですが、オペラを計画して上演するまでの一年間、という設定で、現実に舞台ではあるだろうな、と思えるエピソードを盛り込んで、笑える上演となりました。

演奏されたプログラムは次の通り。尚、*を付けたものは、杉並区民オペラオリジナルの、大久保眞訳詞による日本語で歌われました。

オペラ上演1年前:主催者の家に台本を届けに来る演出助手。そしてスタッフ・キャストの顔合わせ。ここでは恋人役をしなければいけないのに犬猿の仲であるカルメンとホセや、倦怠期に入ってすれ違いの多いハンナとダニロなどの紹介がされます。

① 「こうもり」序曲(オーケストラ)
② 「こうもり」第二幕冒頭の合唱(合唱団)*
③ 「リゴレット」の「女心の歌」(カネミツ)
④ 「カルメン」 衛兵の交代時の子供たちの合唱(児童合唱)*
⑤ 「カルメン」 ハバネラ(カルメン、合唱)*
⑥ 「カルメン」 闘牛士の歌(エスカミーリョ 合唱)
 *

オペラ上演半年前:稽古が佳境に入っています。「乾杯の歌」の稽古で、本物のアルコールがなければ稽古できないというヴィオレッタが登場。

⑦ 「椿姫」 乾杯の歌(アルフレード、ヴィオレッタ、合唱)*
⑧ 「メリー・ウィドウ」 ヴィリアの歌(ハンナ、合唱、児童合唱)*
⑨ 「メリー・ウィドウ」 ワルツ より(オーケストラ)
⑩ 「カヴァレリア・ルスティカーナ」 サントゥツァとアルフィオの二重唱(主催者の夫妻)*

オペラ上演一か月前:お酒の呑み過ぎでヴィオレッタは入院してしまいます。献身的に看病するアルフレード。ハンナとダニロの夫婦はハンナの浮気でダニロが怒り狂っています。

⑪ 「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲 (オーケストラ)
⑫ 「魔笛」 恋人か女房が~パ・パ・パ(パパゲーノ、パパゲーナ、三人の童子(ハンナ+ヴィオレッタ+主催者の妻)、児童合唱)*
⑬ 「メリー・ウィドウ」 ワルツ より(オーケストラ)
⑭ 「道化師」 衣裳をつけろ(ダニロ)
⑮ 「愛の妙薬」 人知れぬ涙(アルフレード)

公演前日:ゲネプロにハンナとダニロが来ていません。そして当日はエスカミーリョが大遅刻。演出助手が急遽エスカミーリョで舞台に上がることに・・・。

⑯ 「メリー・ウィドウ」 ワルツ(ハンナ、ダニロ)
⑰ 「カルメン」 前奏曲(オーケストラ)
⑱ 「カルメン」 第4幕の闘牛士の行進曲(演出助手、カルメン、ホセ、合唱、児童合唱、ハンナ(フラスキータ)、ヴィオレッタ(メルセデス))*
⑲ 「カルメン」 終幕の二重唱(カルメン、ホセ、合唱)*

最後にアンコールとして、「ナブッコ」より「行けわが想いよ、金色の翼に乗って」が全員で合唱されました。

 全体としては、杉並区民オペラをずっと引っ張ってきた大久保眞の思いを、三浦アンコウが形にした舞台なのだろうなと思いました。その三浦ワールドに命を吹き込んだのが出演者たちだと思いますが、特に重要な役割を果たしたのが、演出助手役の東浩市。

 演出助手はテレビの世界ならADに当たる人で、何でも屋であることが求められる。しかしながら、何の決定権もない。ただひたすら走り回り、演出家の指示を伝えたり、子供の引率をしたり、舞台が上手くいくようにありとあらゆることをやらされる。舞台には登場しない演出家とわがままな出演者との板挟みになってオロオロしながらも、必死で仕事をする。最後は遅刻したエスカミーリョ役の歌手の代わりに「カルメン」の終幕では突然舞台で歌うことになり、「エーッ、私ですか!」と驚きながらも、何とか役目を果たす。そして、その歌は突然のことで決して上手ではない、というのもなんかリアリティがあります。

 舞台劇として見た場合、この演出助手が居なかったら全然詰まらなくなったと思うし、そんな重要な役をしっかり見せてくれた東浩市にはBravo!を差し上げたいと思います。

 演技的に面白かったのは、アル中のヴィオレッタ役を演じた田島秀美と、いかにもチャラい大金持ちを演じた新海康仁をあげておきたいと思います。他の歌手の方もドタバタ喜劇を楽しんでいる様子で、そこもいい。

 歌唱は皆さんそれぞれ得意なところで魅力があったのですが、一番素晴らしいなと思ったのは別府美沙子の歌った「ヴィリアの歌」。密度のあるリリックな声で、伸びやかに歌われると、この曲の魅力が大きく引き立ちます。片寄純也の「衣裳をつけろ」もいい。妻のハンナが浮気していることを知り、しかし、舞台はもう始まる、という時に歌われる「衣裳をつけろ」は、「道化師」の中でカニオが歌う怒りや悲しみと同じということなのでしょう。現代日本を代表するヘルデンテノールのに力をしっかり聴かせてくれました。

 リリックに歌うという点では新海康仁が歌った「女心の歌」も忘れてはいけません。軽快で伸びやかに歌われて、高音のアクートも綺麗に決まり、素敵でした。「魔笛」の自殺のシーンからパ、パ、パの二重唱は、飯塚学のパパゲーノと木内育美のパパゲーナのコンビも良かったのですが、三人の童子が別府美紗子、田島秀美、巖渕真理というプリマドンナ揃い踏み。皆さんロールデビューだったそうで、セーラー服で登場しましたが、妙に色っぽい。しかし、アンサンブルは流石にしっかりしていて良かったと思います。

 カルメンの新宮由理はお手のもののカルメン。終幕のホセとの二重唱は、青栁素晴の駄目男ぶりもちょうど良く、しっかり聴かせていただいたと思います。

 そんなわけでプロの歌手の皆さんは、皆さん流石ですし、それぞれ自分を見せる場所をしっかり見せて魅力的だったのですが、反面、アマチュアの方々はもう少し頑張ってほしい。オーケストラも普段はほとんど演奏していないのではないか、と思える人も参加しているようで、結構ミスが目立ちます。児童合唱担当の子供たちは、中学で普段ブラスバンドを吹いているメンバーということで声が出ないのはやむを得ないのかな、とも思いますが、杉並区民オペラ合唱団のメンバーは普段から歌っている割には声も飛ばないし、響きも乏しい。市民オペラの合唱団でも上手なところは本当に上手ですから、彼女たちももっと上手になれると思います。是非頑張ってほしい。

 地域に根ざした市民オペラ活動はとても大切だと思います。色々ありますが、どうかますますの発展をお祈りしたいと思います。

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鑑賞日:2024年8月3日

入場料:指定席 1F 11列22番 4000円

主催:公益財団法人東京二期会

珠玉のオペラアリアと声楽曲の夕べ

二期会サマーコンサート 2024

会場 渋谷区文化総合センター大和田さくらホール

出 演

ソプラノ 上田 純子
ソプラノ 大倉 由紀枝
ソプラノ 木下 美穂子
ソプラノ 島内 菜々子
ソプラノ 山口 安紀子
メゾソプラノ 加納 悦子
メゾソプラノ 藤井 麻美
メゾソプラノ 持田 温子
テノール 櫻田 亮
テノール 濱松 孝行
テノール 福井 敬
バリトン 青山 貴
バリトン 甲斐 栄次郎
バリトン・司会 宮本 益光
バス ジョン・ハオ
ピアノ 鳥井 俊之

プログラム

作曲家 作品名 曲名 演奏
プーランク ティレジアスの乳ぶさ テレーズのアリア「いいえ、旦那様」 島内菜々子(ソプラノ)
ロッシーニ チェネレントラ アンジェリーナのアリア「悲しみと涙のうちに生まれて」 持田温子(メゾソプラノ)
ヴェルディ アイーダ アイーダのアリア「勝ちて帰れ」 山口安紀子(ソプラノ)
チャイコフスキー  エフゲニー・オネーギン レンスキーのアリア「青春は遠く過ぎ去り」 濱松孝行(テノール)
ヴェルディ 群盗 アマーリアのアリア「私は恥ずべき祝宴から逃れて」 上田純子(ソプラノ)
チャイコフスキー  オルレアンの少女 ジャンヌ・ダルクのアリア「森よ、さらば!」 藤井麻美(メゾソプラノ)
ヴェルディ オテロ デズデーモナのアリア「柳の歌~アヴェ・マリア」 大倉由紀枝(ソプラノ)
プッチーニ トゥーランドット カラフのアリア「誰も寝てはならぬ」 福井 敬(テノール)
休憩   
バーンスタイン ミサ 簡素な歌 宮本益光(バリトン)
ヴェルディ シモン・ボッカネグラ シモンとアメーリアの二重唱「話しておくれ、どうしてこんな寂しいところに」 木下美穂子(ソプラノ)/甲斐栄次郎(バリトン)
ヴェルディ 運命の力 ドン・カルロのアリア「恐ろしい死よ~この中に私の運命がある」 青山 貴(バリトン)
ヘンデル メサイア 「我が民を慰めよ」、「全ての谷は高くせられ」 櫻田 亮(テノール)
ヘンデル ジューリオ・チェーザレ チェーザレのアリア「抜け目のない狩人は」 加納悦子(メゾソプラノ)
ドニゼッティ ランメルモールのルチア ライモンドのアリア「ルチアの部屋から」 ジョン ハオ(バリトン)
ヴェルディ イル・トロヴァトーレ レオノーラのアリア「静かな夜」 木下美穂子(ソプラノ)
ヴェルディ ドン・カルロス ロドリーグのアリア「私の最後の日が来た」 甲斐栄次郎(バリトン)
ヴェルディ オテロ オテロとデズデーモナの二重唱「すでに夜もふけた」 大倉由紀枝(ソプラノ)/福井 敬(テノール)
アンコール   
レハール メリー・ウィドウ ハンナとダニロの二重唱「唇は閉ざしても」 全員
ヨハン・シュトラウス二世 こうもり 全員による「ぶどう酒の奔流の中で」 全員

層の厚さを感じながら・・・-東京二期会「二期会サマーコンサート2024」を聴く

 二期会サマーコンサート、一言で言えば、東京二期会の層の厚みを感じさせる素晴らしいコンサートでした。今回の登場歌手は、ソプラノ5人、メゾソプラノ3人、テノール3人、バリトン3人、バス1人の15人だったわけですが、2023年1月以降の東京二期会の本公演で出演した人と被るのは、「椿姫」でアンニーナを歌った藤井麻美と「ドン・カルロ」でフィリッポ二世、「トゥーランドット」でティムールを歌ったジョン・ハオの二名だけです。他の出演者は実は二期会の本公演には出演されていない。にもかかわらず、第一線で活躍されている感があるメンバーがこれだけ当然のように集められる。そこが東京二期会の実力なのでしょう。

 演奏は総じて素晴らしかったのですが、ことに魅力的だったのは甲斐栄次郎でしょう。甲斐と言えば、新国立劇場でのシャープレスやN響第九でのバリトン・ソロなどが印象深いですが、その前のキャリアはウィーン国立歌劇場と契約してずっとバリトンのカバーをやっていたそうです。本来歌うはずだったプリモバリトンが急に降板したときに何度も本番を歌ったそうですが、その場合は十分な合わせもなく歌っているわけで、常に準備して、いつでも歌えるようにしていた、ということになります。もちろん、その時は本来のプリモと同等ではないにしても、それに準じるぐらい歌えなければ話にならない訳で、それだけの実力がある方です。

 今回歌ったドン・カルロスのロドリーグ役は、ウィーン国立歌劇場がフランス語版「ドン・カルロス」を取り上げたときからカバーでかかわってきた役だそうで、結局本番では一度も歌ったことのないそうですが、それだけの深みと存在感の感じられる「ロドリーゴの死」のアリアで本当に素晴らしかったと思います。甲斐の声は割と明るめのバリトンなわけですが、ロドリーグの死における悲痛さと凄くマッチしている感じで、感服しました。そうして、もう1曲、木下美穂子との二重唱、こちらも素晴らしい。木下も実力のある方だ、ということも関係するのでしょうが、「シモン・ボッカネグラ」の親子の二重唱が、親子の情愛を感じさせる素晴らしいもので、二人にBraviを差し上げたいと思いました。

 もう一人、大倉由紀枝のことを忘れてはいけません。大倉は国立音大を卒業すると僅か二年で1977年の二期会の本公演での「蝶々夫人」のタイトル役で出演し、それ以来2000年代に至るまで、約30年間日本を代表するプリマ・ドンナとして活躍されてきました。私自身は大倉の良い聴き手ではなかったのですが、それでももちろん何度も聴いており、個人的に印象が深いのは、新国立劇場「アラベッラ」のタイトル役です。2010年代以降は、国立音大教授として主に後進の指導育成に当たり、舞台に立つ機会は少なくなっていました。そして6年前国立音大を定年退官され、今はお弟子さんたちが歌う機会を見にいらしている会場でお見掛けすることはあっても、彼女が歌うのを聴く機会はほぼないのが現状です。

 だから彼女の声を聴くのはかなり久しぶりでした。そして、デズデモナのアリアとオテッロとの二重唱。声そのものに関して言えば最盛期とは違います。声の質感や声量だけを言えば今の時点で彼女以上のデズデモナを歌う歌手は日本人でも何人もいるでしょう。とはいえ、高齢のソプラノによくみられる芯のないスカスカな声でも、幅の広いヴィヴラートがかかる逃げた声でもない。しっかりと内実のあるぴんと張った声。さらに立ち居振る舞いとか、仕草とか、おそらくは微妙な息遣いとか、色々なことが相俟ると、デズデモナの心が染み出るような歌唱になっている。やはり30年以上トップソプラノだった実績は伊達ではありません。レジェンドの力量をしっかり見せられました。

 あとは演奏順に簡単に。

 島内菜々子のテレーズのアリア。プーランクの洒脱さがしっかりあって良かったのですが、前半の言葉が多い部分は唇が細かく動いているのはよく分かるのですが、それが声になって飛んでこない。歌詞が少なくなって、声を飛ばせるようになると雰囲気もいい感じになるのですが、前半と後半のギャップをもう少しどうにかしたほうがいいと思いました。

 持田温子のアンジェリーナ。低音部分はいいと思います。でも高音になると苦手意識があるのか、結構音をぶつけに行っている印象。金切声になっている感じがちょっと残念。

 山口安紀子のアイーダ。山口の声の強さを利用したダイナミックなアイーダで素晴らしい二期会デビューを飾りました。彼女は、今年藤原歌劇団から二期会に移籍したわけですが、彼女のアイーダは藤原的だと思いました。藤原的、二期会的というと、本当にそんなものがあるかどうかは知らないのですが、山口のアイーダはストレートにイタリアを感じさせるアイーダ。元々二期会にいたかたがヴェルディ作品を歌うとドイツ経由でイタリアに行った感があります。

 濱松孝行のレンスキー。声が綺麗で伸びやかなので、かつ歌にはレンスキーの悲哀もありよかったと思います。

 上田純子と藤井麻美。二人とも新国立劇場のオペラ研修所を終了した若手のホープ。特に藤井は、若手のメゾソプラノが少ないためか、引くてあまたです。上田の歌った「群盗」のアリアも藤井の歌った「オルレアンの少女」のアリアも演奏される機会はないですが、二人とも楽譜をきっちり読み込んで、設計図通りの歌になっていたのではないかと思います。そして、前半最後は福井敬の「誰も寝てはならぬ」。彼の十八番で予想通りの出来栄え。

 後半の最初は宮本益光による「Simple Song」。バーンスタインのミサ曲は内容が巨大すぎて滅多に全曲演奏は行われませんが、その中の一曲でも紹介されたことは嬉しいです。宮本の歌もスタイリッシュでした。「シモン・ボッカネグラ」の二重唱は上述の通り。青山貴の「運命の力」のドン・カルロのアリア。こちらも素晴らしい歌唱。この方持ち声が野太いバリトンなので、ヴェルディの役柄が様になる。今回のドン・カルロ役も例外ではありませんでした。

 櫻田亮のメサイアからのテノールのアリア。これも立派な演奏。軽快な色付けが済ばら数と思いました。続く、加納悦子の「ジューリオ・チェーザレ」。小道具をもって舞台の上を動き回っている様子が見事。割と退屈なヘンデルのアリアを退屈さを感じさせないように演奏されていた様子です。

 ジョン・ハオの歌ったライモンドのアリアがこういうコンサートで取り上げられるのは珍しいのではないかしら。そのためか、ハオがちょっと気負ってしまって、意気込みが空回りした印象。ちょっと残念でした。

 木下美穂子のトロヴァトーレのアリア。もちろん立派な歌唱だったのですが、個人的にはカヴァティーナとカバレッタの速度比をもっと縮めても良かったのではないかと思います。カヴァティーナは私としては重い感じがしましたし、カバレッタの疾走はそこまでいらないのでは、という印象です。

 全体としてとても素晴らしい演奏が続き充実した三時間でした。Bravissimi と申し上げましょう。

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鑑賞日:2024年8月4日

入場料:自由席 2800円

主催:Concerto Fiorente

吉田浩之監修 若い芽のコンサート

Concerto Fioerente piccolo Vol.6「Scene Amorese」

会場 小金井宮地楽器ホール小ホール

スタッフ

監 修 吉田 浩之
企画・構成 小林 加代子
ステージ・マネージャー 丸山 皓二

出 演

ソプラノ 影山 りさ
ソプラノ 吉田 早奈恵
テノール 大平 倍大
テノール 田中 裕太
バリトン 原田 光
ピアノ 木邨 清華

プログラム

作曲家 作品名 曲名 演奏
モーツァルト ツァイーデ ツァイーデとゴーマツッの二重唱「私の魂は喜びに弾み」 吉田 早奈恵/大平 倍大
モーツァルト ドン・ジョヴァンニ ドン・ジョヴァンニとゼルリーナの二重唱「手を取り合って」 影山 りさ/原田 光
モーツァルト イドメネオ イリアとイダマンテの二重唱「私には言葉で言えません」 吉田 早奈恵/田中 裕太
モーツァルト 魔笛 パミーナとパパゲーノの二重唱「恋を知るものは」 影山 りさ/原田 光
モーツァルト 魔笛 パパゲーノのアリア「おいらは鳥刺し」 原田 光
モーツァルト 魔笛 タミーノのアリア「なんと美しい絵姿」 田中 裕太
ビゼー 真珠とり ナディールとズルガの二重唱「聖なる神殿の奥深く」 大平 倍大/原田 光
ビゼー 真珠とり ナディールのアリア「耳に残るは君の歌声」 大平 倍大
ビゼー 真珠とり レイラのアリア「偉大なる神、プラマよ!」 吉田 早奈恵
休憩   
ヴェルディ リゴレット マントヴァ公のアリア「あれか、これか」 大平 倍大
ヴェルディ リゴレット マントヴァ公とジルダの二重唱「王子様でなければよいのだけど」 吉田 早奈恵/大平 倍大
ヴェルディ リゴレット ジルダのアリア「慕わしきものの名は」 吉田 早奈恵
ヴェルディ リゴレット リゴレットのアリア「悪魔め!、鬼め!」 原田 光
ヴェルディ 椿姫 アルフレードのアリア「燃える心に」 田中 裕太
ヴェルディ 椿姫 ヴィオレッタとジェルモンの二重唱「天使のような清らかな娘が」 影山 りさ/原田 光
ヴェルディ 椿姫 ヴィオレッタのアリア「さよなら、過ぎ去った日々」 影山 りさ
ヴェルディ 椿姫 ヴィオレッタとアルフレードの二重唱「パリを離れて」 影山 りさ/田中 裕太
プッチーニ ラ・ボエーム 四重唱「美しき愛の別れよ」 影山 りさ/田中 裕太/吉田 早奈恵/原田 光

 

オーソドックスな選曲の若手を聴く-Concerto Fioerente piccolo Vol.6「Scene Amorese」を聴く

 若手歌手を聴いていて思うのは、「若いって、凄いな」ということ。この一か月ほど、色々なコンサートを聞いてきました。ベテラン歌手が多く出演するコンサートも若手のコンサートも聴きましたが、思うのは、コンサートで歌う若い歌手は勢いがある。人生経験も歌唱経験も少ないから、引き出しには限界があって、歌に込められた細かなニュアンスとか雰囲気とかを醸し出させる技術はベテランとは違うわけですけど、若々しい声の張りやパワフルな身のこなしなど若いならではの特徴もあって、これからどう伸びていくのだろうと考えていく楽しみもあります。

 今回聴いたのは、かつてモーツァルトなどをよく歌われたリリコ・レジェーロのテノール、吉田浩之東京藝大教授門下の若手歌手のコンサート。大学院生と大学院を修了したての若手メンバーによるコンサートです。今回のテーマは「シェーネ・アモレーゼ」、即ち「愛の場面」で、有名なオペラ作品の広義の「愛」の歌が歌われました。

 今回聴いて一番思ったのは「愛」とは想像力なのだなということ。ソプラノ二人、テノール二人、バリトンひとりの出演者だったわけですが、一番聴き応えがあったのはバリトンの原田光でした。彼は、ドン・ジョヴァンニ、パパゲーノ、ズルガ、リゴレット、ジェルモン、マルチェッロの六役を歌ったわけですが、そこで歌われる愛は「偽りの愛」、「愛への憧れ」、「父親の怒りの愛」、「父親の慈愛」(または身勝手な愛)、「嫉妬」です。原田の年代から言えば、嫉妬は割とリアリティがあると思いますが、他はあまり経験がなさそうです。そういう中で、それぞれの「愛」をしっかり想像しながら歌ったのでしょう。みんな「様」になっていたのが素晴らしい。特にリゴレットの「悪魔め、鬼め」の怒りと哀願の対比の仕方が見事で、思わず引き込まれる歌でした。「椿姫」のジェルモン役も、やや軽量級ながらも父親らしい雰囲気が出ていました。パパゲーノのようなコミカルな役もしっかり存在感を出しており、今回聴いた5人の中でもことに期待がもてると思いました。

 ソプラノの影山りさ。しっかり歌われて、とても上手で立派な歌唱だったのですけど、自分がない感じがしました。ゼルリーナが誘惑されて最後に表情が変わるところなどは良かったと思うのですが、ヴィオレッタは感情表現が今一つ不自然な感じ。ただ、彼女自身は可愛らしい人なのだろうなとは思いました。所々見せる表情の変化に幼いあどけなさがあって、そういう印象から、歌との似合わなさを感じたのかもしれません。

 もう一人のソプラノ、吉田早奈恵。監修の吉田浩之のお嬢さんだそうで、父親の軽い声を受け継いだソプラノ・レッジェーロ。この方も繊細な歌唱でとてもよかったのですが、線が細い感じは否めない。特に最初のツァイーデのアリアはもう少し声が前に出て欲しいと思いました。一方、ジルダは彼女によく似合っていて、マントヴァとの二重唱も「慕わしき人の名は」も雰囲気がよく出ていて、今彼女の年齢で感じられる「愛」を歌っていたのではないかと思います。

 テノールの大平倍大。軽い声のテノールですが、マントヴァ公が嵌るほど軽くはないのかなという印象。また、調子も必ずしも良くなかったのか、小さなトラブルが散見されました。マントヴァ公のアリア「あれか、これか」はちょっと重くてもたつく感じがある。もっと軽快に歌って軽薄さがにじみ出さないととは思いました。

 もう一人のテノール、田中裕太。こちらはやや重めのリリコ。そのためかタミーノよりもアルフレードの方が似合っている感じがしました。「燃える心に」に隠れた不安な気持ちや「パリを離れて」におけるヴィオレッタを気遣う感じが良かったと思います。

 全体としては引き出しが少ない中、彼らが今持っている力を若く勢いのある声に乗せて、いい感じに歌っていたのではないかと思います。将来に向けてますます育ってほしいメンバーだなと思いました。

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鑑賞日:2024年8月10日

入場料:自由席 3000円

主催:町田イタリア歌劇団

サマー・ガラコンサート

会場 町田市民フォーラム3階ホール

出 演

ソプラノ 川上 智子
ソプラノ 玉田 弓絵
ソプラノ 平岩 はるな
ソプラノ 水野 葉子
ソプラノ 佐藤 元美
ソプラノ 川口 翠
ソプラノ 石川 真理子
ソプラノ 森澤 かおり
ソプラノ 渡部 史子
ソプラノ 田原 ちえ
ソプラノ 小田嶋 薫
ソプラノ 白川部 尚子
ソプラノ 鈴田 祐子
ソプラノ 和田 美菜子
ピアノ 土屋 麻美
司会 柴田 素光

プログラム

作曲家 作品名/作詞 曲名 演奏
ドニゼッティ 連隊の娘 マリーのアリア「さようなら」 川上 智子
ベッリーニ 3つのアリエッタ 熱き願い 玉田 弓絵
高田 三郎 深尾 須磨子 市の花屋 平岩 はるな
ドニゼッティ 愛の妙薬 アディーナのアリア「受け取って、あなたは自由よ」 水野 葉子
モーツァルト ドン・ジョヴァンニ ドンナ・エルヴィーラのアリア「あの恩知らずは、私を裏切り」 佐藤 元美
マスカーニ   アヴェ・マリア 川口 翠
シューベルト リュッケルト 「君こそわが憩い」D.776 石川 真理子
デ・クルティス ドメニコ・フルノ 勿忘草 森澤 かおり
ヴェルディ 作詩:不明 ストルネッロ 渡部 史子
ガーシュイン ポーギーとベス クララのアリア「サマータイム」 田原 ちえ
ヘンデル エジプトのジューリオ・チェーザレ クレオパトラのアリア「私の希望の星よ」 小田嶋 薫
トスティ アマランタの4つの歌 私を放して、私に息をつかせて 白川部 尚子
休憩   
ドニゼッティ ランメルモールのルチア ルチアのアリア「あたりは沈黙に閉ざされ」 鈴田 祐子
ヴェルディ 椿姫 ヴィオレッタのアリア「ああ、そは彼の人か~花から花へ」 和田 美菜子
プッチーニ 妖精ヴィッリ アンナのアリア「もし、お前たちのように小さい花だったら」 川上 智子
ドニゼッティ マリア・ストゥアルダ マリアのアリア「今死のうとしているこの心が」 玉田 弓絵
プッチーニ トゥーランドット リューのアリア「お聞きください、王子様」 水野 葉子
中田 喜直 堀内 幸枝 サルビア 佐藤 元美
プッチーニ トゥーランドット リューのアリア「氷のような姫君の心も」 平岩 はるな
ビゼー カルメン ミカエラのアリア「何を恐れることがありましょう」 川口 翠
カタラーニ ワリー ワリーのアリア「さようなら、故郷の家」 石川 真理子
ヴェルディ シシリア島の夕べの祈り エレナのアリア「ありがとう、愛する友よ」 森澤 かおり
レオンカヴァッロ 道化師 ネッダのアリア「鳥の歌」 渡部 史子
プッチーニ 蝶々夫人 蝶々夫人のアリア「ある晴れた日に」 田原 ちえ
ヴェルディ ジョヴァンナ・ダルコ ジョヴァンナのアリア「毎朝、毎晩、ここで祈りを捧げ~準備はできました」 小田嶋 薫
チレア アドリアーナ・ルクヴルール アドリアーナのアリア「私は卑しい芸術の神のしもべ」 白川部 尚子

ローカルで活動する歌手たち-町田イタリア歌劇団「サマー・ガラコンサート」を聴く

 日本では音大を出て歌手活動をされている方が沢山居て、特にソプラノは桁違いに多く、二期会と藤原歌劇団に所属している方だけで合計2400人ぐらいいるそうです。そういう有名な団体に所属していなくても、地域で歌手活動を行っている方もいて、多分機会あれば歌いたいという方は10,000人ぐらいはるのではないかという気がします。ただ、歌う機会や場所は決して多くはなく、ほとんどの人はカラオケで身内で楽しんでいるだけではないかと思います。そういうローカルな歌手に対しても門戸を開いているのが、町田イタリア歌劇団。ここで歌っているソプラノは、何人かの例外を除くと、ほとんどここでしか聴くことが出来ないメンバーで、機会を与えるという意味では意味がある活動です。

 今年の夏は偶然ガラ・コンサート、サマー・コンサートが続いていて、新国立劇場オペラ研修所の若手、東京二期会の若手から重鎮、吉田浩之門下の若手と聴いてきたのですが、全体の水準としては町田イタリア歌劇団の今回のコンサートが一番低レベルだったのかなとは思います。流石に一流オペラ歌手が揃った二期会は、次世代を背負う若手歌手達と同列には論じられません。しかし、ここでしか聴けない歌手たちのよく歌われる曲を聴いていると、皆さん、一所懸命頑張っている様子は垣間見れて、必ずしもとても良いとは言えないにしても、所々に見えるキラリと光るものは大切にしたいな、とは思いました。

 特に印象深かった歌唱をいくつかあげます。

 川上智子。声に力はあるし、歌い方も悪くない。唯声質がちょっと金属的で、このホールのように響きがなくてストレートに声が飛んで来るホールでは彼女の力量を本当に味わうには惜しい感じがします。もっと円やかに響くホールなら、彼女の良さがもっと良くきけるのになあとは思いました。

 玉田弓絵。ベッリーニの歌曲とドニゼッティのアリアを歌いましたが、「マリア・ストゥアルダ」のアリアの方が断然いい。ちょっと軽量級な感じはしましたが、とても気持ちが入っている感じでした。

 平井はるなと佐藤元美の日本歌曲。二人とも高音のヴィブラートがかかる部分での歌詞が不明瞭になってしまうのが残念。

 水野葉子は「愛の妙薬」と「トゥーランドット」のリューのアリアを歌いましたが、リューの方が良かったです。リューの方に気持ちが入っている感じで、素敵。

 渡部史子。今回歌った中での唯一の藤原歌劇団正団員。二曲とも行き届いた歌いまわしで、今回のメンバーの中では一番見事な歌だったと思います。

 田原ちえ。「サマータイム」がとてもいい。ジャジーなムードがあって、夏の日の昼下がりのアンニュイな感じがよく出ていてBrava。一方「ある晴れた日に」は田原の世界観を入れ込み過ぎた感じで、その癖の強さがわたしは好きになれませんでした。

 小田嶋薫。二曲ともこだわりの衣裳で、ドラマティックな表現を見せてくれました。気持ちの入ったいい歌なのだけれども、ちょっと頑張りすぎて音程が不安定になったり、中音部が痩せたりというのはあったので、もう少し安定して歌えるといいですね。

 以上ですが、この他の皆さんもそれなりに味わいを出しており、真夏の午後の3時間を楽しみました。 

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鑑賞日:2024年8月13日

入場料:自由席 3000円

主催:町田イタリア歌劇団

町田イタリア歌劇団創立15周年記念

オペラ4幕 字幕付原語(イタリア語)上演
ヴェルディ作曲「アイーダ」(AIDA)
原案:オギュスト・マリエット
原台本:カミーユ・デュ・ロクル
台本:アントニオ・ギスランツォーニ

会場 町田市民フォーラム3階ホール

スタッフ

指 揮 遠藤 誠也
ピアノ 土屋 麻美
トランペット 岸野 真優/大野 穂香
合 唱 町田イタリア歌劇団合唱団
演出・衣裳・照明・背景画・字幕 井澤 友香理
音響効果 桑原 理一郎
舞台監督 ハラモト タケカズ

出 演

アイーダ 刈田 享子
アムネリス 別府 聡子
ラダメス 村上 敏明
アモナズロ 井上 雅人
ランフィス デニス・ビシュニャ
エジプト国王 平賀 僚太
使者 加藤 航
巫女長 森澤 かおり

思いがけない拾い物-町田イタリア歌劇団「アイーダ」を聴く

 「アイーダ」と言えば、スペクタクルなグランドオペラという印象が強い。ヴェローナのアリーナを使った野外オペラは定番ですし、オペラハウスで上演された例で見ても新国立劇場の本物の馬まで登場する豪華絢爛な舞台は印象が深いです。そういう作品だから、小さい舞台でやっても格好がつかないだろうな、と思いながら町田イタリア歌劇団創立15周年記念オペラ「アイーダ」を聴きに伺きました。ちなみに会場はいつもの町田市民フォーラム3階のホールです。ここは座席総数が188、補助席を入れても200人は入れない。舞台も間口が約8メートル、奥行きが約4メートルと極めて狭いです。更に言えば、音は響かないし、ピアノは古い。ここで「アイーダ」を上演するというのは、ありていに申し上げれば正気の沙汰ではありません。

 しかし、実際聴くと決して悪くない。考えてみると、この作品のスペクタクルな部分は第二幕第二場のエジプト軍の凱旋の場面だけなのです。第三幕はナイル川のほとりで屋外ですが、それ以外は神殿の中だったり、アムネリスの部屋だったり、最後は牢獄の中だったりでして室内で進行します。さらに申し上げれば、作品全体は盛り上がる場面は多いですけど、最初と最後は非常に静かですし、特にラストの三重唱、とりわけ、アムネリスの祈りの歌は静謐の極みです。それでも舞台の狭さはいかんともしがたいところがあるのですが、そこを上手くまとめたのが演出の井澤友香理。井澤はこの舞台が演出家デビューだそうですが、その分気合が入っていたのでしょう、演出のほか、美術、照明、衣裳と全部を一人で取り仕切り、更には字幕も作り、字幕の背景になるスライドまで彼女の制作ということで、舞台の一貫性が明確でした。「アイーダ」のスペクタクルな部分を上手に隠し、室内オペラ的側面をいい感じで示し、合唱(30人)が入ると舞台上は、ラッシュ時間帯の電車の中のような込み具合にはなっていましたが、残念な感じではありませんでした。

 音楽的には、まずピアノの土屋麻美が素晴らしい。「アイーダ」は、本来は三管のオーケストラで伴奏され音の厚みも広がりも半端ではなく、ピアノ一台で伴奏すること自体に無理があります。確かに今回もどうしても音が痩せて聴こえるところもあって十分ではなかったのですが、そんな無理ゲー的な困難な状況であっても、土屋は低音やペダルを上手く使いながら滑らかに音楽を奏でます。音楽の見通しがいいのでしょうね。全体的には力強いところは力強く、そうでない部分はそれなりに弾き分けて、アイーダの音楽の持つ魅力を引き立ててくれました。

 歌手では何といってもアイーダ役の刈田享子。声量も十分、かつ円滑でちょっとスピントの入った声がアイーダの役柄が持つ質感に丁度いい。第1幕前半は、村上敏明ラダメスの熱のこもった「清きアイーダ」に触発されたか、「勝ちて帰れ」は、熱の籠ったやや飛ばし気味のアイーダでしたが、でもしっかりコントロールして弱音も見事。そして、やや抑えめの第二幕を経て、第三幕の抒情的なアリア「おお、我が故郷」がしみじみとよく、第四幕のラダメスとの二重唱も素晴らしく、終始見事な歌唱だったと思います。Bravaです。

 対抗する別府聡子のアムネリス。声は刈田享子や村上敏明とは比べられないレベル。でも別府はバランスを計算して歌っていました。クレバーな歌唱と申し上げていいでしょう。第一幕はアイーダやラダメスと比較すると抑えすぎた印象で、その分敵役としての存在感が薄まっていたと思います。そこはもっと声が欲しかった。しかし、二幕以降はしっかりエンジンをかけていき、要所要所で存在感を見せていました。特にいいと思ったのは、アムネリスがアイーダにラダメスが好きと言わせて、嫉妬に燃える場面。あの部分の表情変化と声の変化は、極端ではなかったのですが、雰囲気は変わっていました。また終幕の三重唱。祈る音楽の静謐な表現はとても素晴らしいと思いました。

 反対にクレバーとは言えない歌唱をしたのが、ラダメス役の村上敏明。彼は常に一所懸命歌って手を抜かないのですが、その分、長時間歌っていると喉を傷めて高音が張れなくなる。冒頭の「清きアイーダ」は流石に素晴らしい歌唱で、こういう歌を間近で聴くと、村上敏明が日本のトップテノールの一人であることが納得できるのですが、その歌い方を常にやる必要はないと思います。第二幕のコンチェルタート。もちろんここでは、合唱の上にテノールの声が響き渡った方が格好いいのですが、でもそうならなかったからと言って、舞台全体に対する影響はほとんどない。だからこういう抜けるところは力を抜いて喉を休めればいいと思うのですが、彼はそれをしない。自ら突っ込んでテノールの矜持を見せます。それは素晴らしいのですが、でもそういう歌い方をしているので、第三幕で声が変調しました。高音が出ない。ここのアイーダとの二重唱やその後のアモナズロを含めた三重唱は、テノールは彼しかいないので頑張ってもらわなければいけない。頑張った結果がもっと美しく響いてほしい。その後も含めて村上は頑張り、痛めた喉に気遣いながら歌いました。その舞台上での対応力は流石にベテランで素晴らしいのですが、第三幕後半以降はかなり喉を気遣った歌い方に変わり、伸びやかさは失われて行ったと思います。

 井上雅人のアモナズロも充実している。第二幕フィナーレの復讐のアリアが立派で存在感のある歌唱になっていました。また第三幕のアイーダとの二重唱も良かったです。

 デニス・ビシュニャのランフィス。低音が素晴らしい。奥行きのある低音で、合唱のメンバーとユニゾンで動いてもデニスの立体的な低音は、合唱メンバーと一線を画して安定してしっかり響きます。そこが凄い。

 エジプト国王の平賀僚太。いい低音だとは思いましたが、このメンバーの中で歌うにはちょっと位負けしていた感じ。緊張感が彼の持つ本来の魅力を十分に出し切れていなかったのではないか、という風に思いました。使者の加藤航も合唱に入ったり働いていましたが、コンチェルタートでは他人の歌を聴かないといけないでしょう。巫女の森澤かおり、妖艶な感じが良かったです。

 問題なのは合唱。個々人の力量は素晴らしい。さらに女声には10日にソロを聴いた鈴田祐子、玉田弓絵とやはりプロの唐沢萌加が入り盤石の態勢。男声も桑原理一郎、坪内清、今井隆、芹澤俊一といったオペラの合唱ではおなじみのメンバーが大挙して参加している。しかし、合唱となった時はお互いに合唱をしようという意識に欠けているのか、本当にバラバラ。まだ女声はプロを中心にまとまっていたけれども、男声はひとりひとりの声がバラバラに聴こえて全然まとまらない。もちろん張って迫力を出すのは大事だけど、もう少し声を落として周りの声と合わせないと合唱にはなりません。

 全体としては凄い迫力で楽しめました。予想とは違った出来で、思いがけず拾い物をしたな、というところです。

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鑑賞日:2024年8月17日

入場料:A席 2FC8列8番 10000円

主催:サントリーホール

第53回サントリー音楽賞受賞記念コンサート 濱田芳通(指揮・リコーダー)

オペラ3幕 字幕付原語(イタリア語)上演
ヘンデル作曲「リナルド」(Rinaldo) (HWV 7a/7b)
原作:トルクァート・タッソ 叙事詩『解放されたエルサレム』
台本:ジャコモ・ロッシ

会場 サントリーホール

スタッフ

指揮・リコーダー 濱田 芳通
管弦楽 アントネッロ土屋 麻美
演 出 中村 敬一
装 置 増田 寿子
照 明 矢口 雅敏
映 像 荒井 雄貴
衣 裳 村上 まさあき
音 響 小野 隆浩
ヘア・メイク きとう せいこ
舞台監督 田中 舞

出 演

リナルド 弥勒 忠文(カウンター・テナー)
アルミレーナ 中川 詩歩(ソプラノ)
ゴッフレード 中嶋 俊晴(カウンター・テナー)
アルミーダ 中山 美紀(ソプラノ)
エウスタツィオ 新田 壮人(カウンター・テナー)
アルガンテ 黒田 祐貴(バリトン)
魔法使い/ドンナ(女) 眞弓 創一(カウンター・テナー)
伝令/セイレーン1 中嶋 克彦(テノール)
セイレーン2 山際 きみ佳(メゾソプラノ)
舞踏 西川 一右

オペラ・セリアって、本当は喜劇?-第53回サントリー音楽賞受賞記念コンサート「リナルド」を聴く

 日本における古楽の演奏は国際的に見てもレベルが高いそうです。

 確かに鈴木雅明率いるバッハ・コレギウム・ジャパンはバッハの演奏で国際的にも著名ですし、バッハ以外のバロック音楽の演奏でも一定の成果を上げています。ちなみに、私は今回が人生二度目の「リナルド」鑑賞だったのですが、最初の「リナルド」は2020年11月、リナルドを藤木大地、アルミレーナを森麻季が歌った鈴木優人指揮BCJの演奏でした。 また、寺神戸亮率いるレ・ポレアードも毎年12月には北とぴあ国際音楽祭で日本ではなかなか演奏されることの少ないバロック・オペラを上演して高い評価を受けていますし、そして、今回の濱田芳通率いるアントネッロもモンテヴェルディからヘンデルに至る様々なバロック音楽作品を演奏しており、私もこれまで何度か拝聴して感心してきました。

 国際的にもレベルの高い日本のバロック音楽演奏の中でもけん引役の一人である濱田芳通が、指揮とリコーダーの活躍で2021年の第53回サントリー音楽賞を受賞されたのは当然と言えば当然だろうと思います。

 さて、演奏のコンセプトですが、濱田芳通はオペラ・セリアを喜劇として見せようという意図があったようです。

 オペラ・セリアは言うまでもなくイタリアで発達したバロック時代中後期の主に王家などの上流階級のサロンなどで演奏されたオペラ形式で、歴史的には形式だけが異様に厳格になって内容は詰まらなくなっていったわけですが、ヘンデルは当時でも世界でも有数の商業都市であるロンドンで市民対象のオペラ・セリアを作曲していたため、基本的な様式はオペラセリアを約束事を守っていますが、内容はかなり自由になってるのが特徴です。さらに、ヘンデル自身、上演のたびに改作を重ねていた様子です。

 「リナルド」の初演は1711年ですが、その後も何年おきに上演され、その度に曲の入れ替えが行われている。特に1719年と31年には大改訂が行われ、新たな曲の挿入や削除が行われてるそうです。「リナルド」というとヘンデルの作品番号として7a/7bが与えられていますが、7aは初演版、7bは1731年版を指し、現在の上演ではこれらの版を適宜つなぎ合わせて上演されるのが一般的だそうです。さらに、この作品で最も有名なアリア「私を泣かせてください」は、ヘンデルの1705年のオペラ『アルミーラ』の第3幕にサラバンドとして使用されたのが初出で、1707年のオラトリオ『時と悟りの勝利』の第2部のピアチェーレのアリアとして使用され、3度目の使用がこの「私を泣かせてください」になるそうです。

 そんな歴史的根拠を踏まえて、濱田は大胆な変更を試みました。彼はプログラムノートに、「この作品は、第一次十字軍にまつわるお話ということで、ちょうど昨今世界中を賑わしている戦争と状況的に被ってまいりますので、避けなければいけない題材かとも思われましたが、ここは、敢えて!このオペラの中の十字軍の決戦を茶化し、喜劇的にすることによって、一つの反戦意識の表現になるかとも思い、決行させて頂きました」と書いています。この「茶化し、喜劇的にする」ために、彼は魔女やセイリーンによる日本語の寸劇を加えたり、ヘンデルの他のオペラからの音楽の流用、あとはリナルドの中のアリアでも一部を絡んだ相手に渡したりして会話を成立させたりしています。その詳細は、プログラムノートに書かれていますが、それをここに引用するまでもないでしょう。

 ただ、このようないろいろな工夫を施したがゆえに、作品の味わいは、以前聴いたバッハ・コレギウム・ジャパンの演奏とはかなり味わいが異なっていたとは思います。バッハ・コレギウムの演奏の方が正統派、ただし、面白かったのはこっちという感じです。

 演奏は、基本的には素晴らしいもの。まず4人もカウンター・テノールに歌わせているのが凄い。カウンター・テノールは終始裏声で歌い、その中で強弱やリズムを正確に刻むことが求められるので、地声で歌うより難易度が高く、全員が100%上手くいっているわけではないのですが、かなりきっちり歌われている様子で、そこに感心しました。特に良かったのは、エウスタツィオを歌った新田壮人。他の三人は最初の音に出すタイミングで、ちょっとくぐもったりする感じがあるのですが、新田だけはそれがなくて、最初から明るい高音でアリアを歌っている。役柄的には完全に脇役で、上演によってはカットされることも多いそうですが、残して新田の素晴らしい声を聴けたのはとても嬉しいことだと思います。

 他の三人もみんな存在感がありました。タイトル役の弥勒忠文はテレビなどにもよく出てくるカウンター・テノールですが、歌う技術もさることながら、コミカルな演技が板についている。パントマイムなどもありましたが、上手くいっていたと思います。ゴッフレードを歌った中嶋俊晴は、一番声が暗めのカウンター・テノール。ロマン派以降であれば間違いなくバリトン役としてかかれる役柄を高音歌手が歌うとなんか場違いな感じがあるのですが、中嶋はこのくぐもった暗い感じが年齢の高さを表している様子で、声と役柄とが似合っていた感じはします。尚、第3幕のアリアは、明るい声で歌われていて、それまでの暗い感じと全然違っていいたので印象に残りました。

 アルミレーナ役の中山詩歩。綺麗な高音でとらわれたお姫様役を好演。一番の聴かせどころである「私を泣かせてください」は、ダ・カーポアリアの後半の繰り返し部分の装飾がかなり華やかで歌手のハイレベルな技巧を示すものでしたが、原曲の姿がはっきりしなくなるほどの装飾はやりすぎの感じはしました。魔女役の中山美紀。アントネッロの演奏ではいつもヒロイン役を演じる実力者ソプラノですが、今回も素晴らしい。存在感と言い、ちょと暗めのアリアの表現といい、流石だなと思いました。

 この作品の中で本当の意味での敵役であるアルガンテを若手バリトンの黒田祐貴が歌いましたが、黒田も安定していて見事な歌でした。魔法使い役の真弓創一、セイリーン役の中嶋克彦、山際きみ佳もアントネッロの舞台ではおなじみのメンバーですが、濱田芳通の意図をよく理解してしっかりサポートしていたと思います。それにしても魔法使いの「空飛ぶほうき」がフローリングワイパーだったのには笑わせられました。

 アントネッロの楽器構成は、バロックトランペットが4本入る以外は弦楽中心ですが、ファゴット、ヴィオローネ、オルガンの通奏低音がいい感じ。リュートも音が小さいですが、それでも存在感がありました。濱田芳通によるバロック・リコーダーのソロはとても素晴らしいものでした。全体的に切れのいい音楽で、またパーカッションがいい合いの手になって切れ味を増幅している感じでそこもバロック音楽の味を強調していたのではないかと思いました。

 他の作品からの引用や、その他細かい変更がどうかと思う人もきっといるだろうなとも思いましたが、濱田が書いているように「許される範囲」のような気もします。全体的なコンセプトは理解できるものでしたし、演奏そのものはきっちりまとまっており、濱田芳通の第53回サントリー音楽賞受賞に花を添えるものになっていたとは思います。ただ、休憩2回を入れて4時間半は長かったです。やや冗長な部分があったのは事実ですし、もう少し刈り込んでも良かったようには思いました。

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鑑賞日:2024年8月24日

入場料:自由席 4000円

主催:ジョイヤ

ジョイヤ第42回定期公演「三本オペラ」

オペラ1幕 日本語訳詞上演
プーランク作曲「人間の声」(La Voix humaine)
原作:ジャン・コクトー「人間の声」
台本:ジャン・コクトー/フランシス・プーランク

オペラ1幕 日本語訳詞上演
メノッティ作曲「電話」(The Telephone, or L'Amour à trois)
台本:ジャン=カルロ・メノッティ

オペラ2幕 日本語訳詞上演
メノッティ作曲「霊媒」(The Medium)
台本:ジャン=カルロ・メノッティ

会場 横浜市港南区民文化センター ひまわりの郷

スタッフ

指 揮 山本 達郎
ピアノ 小森 美穂/井向 結
演出・照明・日本語翻訳 永澤 美枝子
衣裳・小道具 ジョイヤ・東宝舞台
演出・衣裳・照明・背景画・字幕 井澤 友香理

出 演

人間の声

山田 淳子

電話

ルーシー 阿部 宇多子
ベン 豊島 雅弘

霊媒

ババ(マダム・フローラ) 金 幸子
モニカ 長田 真澄
トビー 秋山 仁美
コビノー氏 和下田 大典
コビノー夫人 佐藤 貴子
ノーラン夫人 穴倉 糸魅

日本語翻訳の限界-ジョイヤ三本オペラ「人間の声」、「電話」、「霊媒」を聴く

 かなり意欲のあるプログラムだったと思います。20世紀の通信手段の一大発明品である電話を題材にした二作品(一方は悲劇、もう一方は喜劇)と、メノッティが「電話」と同時期に作曲して、同じ舞台で初演した「霊媒」の三本を一夜にかけるという企画がまず素晴らしい。Wikipediaを見ると、「人間の声」の項には、同じ電話を用いた対照的な作品として「電話」が書かれていたりするのですが、同じ舞台で連続してこの二本が取り上げられたことってあるのでしょうか。もちろん初めての事例ではないでしょうが、かなり珍しいのではないかと思います。

 ジョイヤという団体の公演は初めて伺ったのですが、1989年創立という長い歴史を誇っています。ただ、オペラを本格的に取り上げるようになったのは2009年の第34回公演「こうもり」からで、それ以降は概ね2年に一回、今回と同じひまわりの郷ホールでオペラを上演されています。あまり宣伝もされていなかったのでしょうが、私がこの公演を知ったのも神奈川方面の別のオペラ公演に行ったときに挟み込んであったチラシを偶然目にしたからで、それがなければ伺うことはなかったでしょう。

 さて、演奏ですが、全体的に申しあげれば「頑張っていたな」とは思います。一方で外国語で書かれた作品を日本語で上演する限界も強く感じました。

 最初の「人間の声」。この作品を日本語で上演するのはそもそも無理があるのではないかと思いました。この作品は、コクトーの戯曲のうち、音楽的に不要と思われる部分をプーランクがカットして作曲しているそうで、作曲の時も初演で「女」を歌ったドゥニーズ・デュヴァルを想定して作曲している。更に申しあげれば、「デュヴァルとプーランクはとりわけお互いの私生活を熟知する仲であったため、本作を前に一緒に泣いたと言われ、このオペラは彼らの心の傷の記録とも言える内容となっている」とWikipediaには書かれています。フランス人が、フランス人のメンタリティーを踏まえて、歌い手も想定して作曲した作品を日本語に訳すとどうなるか。作品の持つ匂いが失われてしまうのではないでしょうか。

 さらに申しあげれば山田淳子の「女」。日本語が不明瞭。もちろん、途切れ途切れに聴こえてはきますし、この作品に関する知識はあるのでざっくりは分かるのだけれども細かいところが聴こえてこないので、もどかしさを感じます。ストーリー的に言えば、前半は振られた男に対して強がって見せているけれども、後半は女がどんどん壊れていく。しかしながら女自身としては最初から壊れており(既に自殺未遂を行っている)、男からの電話に一抹の望みにかけている。従って、全体としては暗いトーンの中、微妙な心理的な襞を歌い分けていかなければいけません。山田の演技は渾身の演技ではあったのだけれども、台詞が不明瞭で聴き取れないものだから、心理的な襞が全然見えてこない。そこが残念でした。

 「電話」。こっちは日本語で全然構わない。阿部宇多子のルーシーと豊島雅弘のベン。コミカルな演技が楽しいし、歌も悪くない。惜しむらくは最後の二重唱の部分。ハモッていなかった。もちろん私はメノッティの楽譜は知らないのだけど、電話でベンがプロポーズして、ルーシーが承諾した重唱は、普通はハモるように作曲すると思うのです。

 「霊媒」。こちらも結構ごちゃごちゃした内容で、日本語が明確にならないとなかなか理解が追い付かない部分がある。日本語で上演するのであっても、字幕が欲しいなとは思いました。

  「霊媒」における声の魅力は何といってもモニカを歌った長田真澄とトビニー氏の和下田大典。どちらも声量抜群で存在感がある。ただし、長田モニカは、高音を張る分ビブラートがかかって言葉が響きに埋もれてしまうのが残念です。やっぱり現代のちょっとひねったオペラは台詞が聴こえないといけないのだろうと思います。

 一方で、役者としての存在感は一番は黙役のトビーを演じた秋山仁美にありました。秋山は一言も発しないのですが、非常にリアルな演技で、言葉を発する以上に動きでものを言っていたように思います。ババ役の金幸子は、低音でおどろおどろしく歌っているのは存在感があってよかったのですが、ババが追い込まれていくときの錯乱への道筋が今一つピンとこない。その辺の細かいニュアンスが分かるほど台詞が聴こえないということはあったと思います。

 伴奏は天板を外した二台のコンサートグランドをオケピットに入れての、二台ピアノでの演奏。このピアノ伴奏がドラマティックで力感満点で素晴らしい。特に第一ピアノを担当した小森美穂の抜群の感性が光りました。指揮の山本達郎の全体的なコントロールも悪くないと思いました。

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鑑賞日:2024年8月31日

入場料:A席 2F5列33番 8000円

主催:公益財団法人大田区文化振興協会

Future for OPERA in Ota,Tokyo2024 ~子供たちに届けるオペラの世界~

オペレッタ3幕 日本語上演
ヨハン・シュトラウス二世作曲「こうもり」(Die Fledermaus)
原作:アンリ・メイヤック/リュドヴィック・アレヴィ『夜食』
台本:カール・ハフナー/リヒャルト・ジュネ
上演台本:高岸 未朝

会場 大田区民文化センターアプリコ大ホール

スタッフ

指 揮 柴田 真郁
管弦楽 東京ユニバーサルフィルハーモニー管弦楽団
合 唱 TOKYO OTA OPERAコーラス
合唱指導 喜古恵理香、吉田貴至、大沼徹、澤崎一了、藤井麻美、鷲尾麻衣
演 出 高岸 未朝
装 置 鈴木 俊朗/佐藤 みどり
照 明 西田 俊朗
衣 裳 下斗米 大輔
映 像 栗山 聡之
音 響 佐藤 日出夫
舞台監督 幸泉 浩司

出 演

アイゼンシュタイン 大沼 徹
ロザリンデ 砂川 涼子
フランク 山下 浩司
オルロフスキー公爵 山下 裕賀
アルフレード 西山 詩苑
ファルケ 池内 響
ブリント 高梨 英次郎
アデーレ 宮地 江奈
イーダ 岩谷 香菜子
フロッシュ 志村 文彦
従者イヴァン 洲本 大輔
従者セルゲイ 井澤 智

初心者を意識し過ぎた限界 -大田区文化振興協会「こうもり」を聴く

 歌は素晴らしいし、演技も素敵、歌詞は安定の二期会バージョン、演出もオーソドックスで分かりやすい。全体としては非常にレベルの高い公演だったと思います。ただ、演出の分かりやすさが、オペラ初心者にとっては分かりやすくていいのかもしれませんが、台詞部分はくどいし冗長、もっと刈り込んで、あと30分ぐらいは短くすべきと思いました。今回休憩は2幕の後半で1回だったのですが、そこまでで約2時間、休憩20分の後、さらに1時間20分というのは長すぎです。休憩時のトイレの混雑が凄かったです。

 演出に関して、地元絡みの受け狙いはいいと思います。私は蒲田のことはよく知らないのですが、「ユザワヤ」とか、鳥料理のお店とか、お肌すべすべの黒湯温泉とか、第二幕で男声の合唱団員が黄色い湯桶にタオルをもって歌うというのも笑えます。オルロフスキーがガウン姿で、下がビニールのサンダル、アヒルのおもちゃを持って登場というのも受けました。そういう擽りはある程度いいと思うのですが、すっきりとまとまらなかったところも多々ある。

 まず気に入らないのは、ファルケのアイゼンシュタインに対する恨みを強調しすぎたことです。もちろん恨みはあるだろうけど、ファルケやった復讐、すなわち「こうもり」のお話は、アイゼンシュタインを笑いものにするということで、エスプリは効いているけれども要するにいたずらです。その仕掛けが大掛かりというだけでファルケがアイゼンシュタインを本気で恨んでいるとは思えない。それなのにこの高岸演出は冒頭からファルケの恨みを強調する。劇内でも恨みを意識した台詞をファルケに吐かせる。結果として、ファルケのスマートな感じが伝わってこないし、この作品の狂言回し的な役割も薄れた感じで、どうかと思いました。

 また、高岸演出、場面の推移が非常にスムーズに進んでスマートな部分もある反面、台詞から音楽への切り替え部分や最後の終わらせ方などけっこうぎくしゃくしたところもあって、もうちょっとストレスなく進められないかなとは思いました。

 個々の演技、音楽は本当に素晴らしい。

 まず、主役のアイゼンシュタインを演じた大沼徹がいい。大沼アイゼンシュタインは終始とぼけた味があって、いやらしいんだけど、そのいやらしさが下品にならない。例えば、第一幕のブリントとロザリンデとの三重唱。アイゼンシュタインはブリントに対してもっと怒りまくると思うけど、大沼アイゼンシュタインはもちろん怒っているのだけれど、激怒しているという感じにならない。第三幕もそう。ロザリンデの浮気の証拠を見つけ出そうとするアイゼンシュタインはブリントの服を取り上げて弁護士に扮して歌うわけですが、ここもいい具合にとぼけている。大沼徹と言えば、最近の二期会公演では欠かせないプリモバリトンですが、三の線もなかなか上手いんだな、と、見直した次第です。

 ファルケの池内響。こちらも演出の意図を踏まえて恨みを内に秘めた悪役っぽいファルケになっていましたが、役作りを攻めたせいか、歌の方は今一つ余裕がない感じ。第一幕のアイゼンシュタインとの二重唱「天国に行こう」は、アイゼンシュタインはノリノリで歌い、ファルケはノリノリのふりで歌うけど、どこか一歩引いているぐらいの感じがいいバランスだと思うのですが、今回は池内がちょっと弾けきれなかった感じ。第二幕のガラ・パフォーマンスで歌った「黒い瞳」も上手なのですが、どこか余裕がない感じがしました。

 フランクの山下浩司。こちらも全体的にいい雰囲気でさすがベテランだと思ったのですが、オルロフスキー公爵の夜会にした時の場違いな感じのオロオロ感の出し方とかはもう少し芝居ががった方が雰囲気が出るように思いました。

 西山詩苑のアルフレード。能天気できざなアルフレード。いかにもテノール歌手のパロディ的な歌唱と演技がとてもよく、笑わせていただきました。

 砂川涼子のロザリンデ。コメディエンヌ的な演技も、砂川涼子もこんなことをするんだ、という感じで、とてもよかったです。また、砂川は歌詞がきっちりと飛んでくるのもいい。一般にソプラノ歌手が日本語で高音を歌うと、歌詞が響きに埋もれて何を言っているのかが分からなくなることが多いのですが、流石に日本を代表するソプラノ。そこはきっちりとコントロールして高音も低音も綺麗な日本語に聴こえる。そんなわけで台詞も上手い、歌詞もはっきり聴こえ、音楽的なコントロールも流石というべき巧さ。だから文句なしと申し上げたいのですが、砂川だけではないのですが、歌と台詞の切り替えがあまり自然ではない。かっちりと歌って、どこかちょっと置いた感じで台詞に行くことが多く(逆も同様)、これだけ力量がある方なのだから、切り替えのぎくしゃくがなければ最高なのにな、とは思いました。

 宮地江奈のアデーレはぴったり。コケティッシュな演技も見事。二曲のアリア「侯爵様、あなたのようなお方は」も「田舎娘を演じるときは」も最近の東京二期会の若手ソプラノのトップランナーとしての魅力と実力を見せてくれました。とてもいい。ただ、重唱は嵌り方が甘いところがある。例えば、第一幕前半のロザリンデとの二重唱。また、後半のアイゼンシュタイン、ロザリンデとの三重唱「泣き泣きお別れ」は悲しい演技と湧き上がってくる喜びをもっと芝居がかって対比させた方がいいと思うのだが、大沼砂川も含めて、その辺が落ち着いた感じになっている。もうひと攻めがあってもいいのではないかと思いました。

 山下裕賀のオルロフスキー。さすがの実力、見事なオルロフスキーになっていましたが、どこか攻めている感じが今一つ足りないように思いました。もっとけれんみを出した方がより存在感が輝いたように思います。

 合唱は区民公募の合唱団。もっと下手かなと思いきや、かなり上手。しっかり鍛えられていることが分かる見事な合唱でした。話を聴くと、2018年に2020年公演予定で募集をかけたのですが、コロナ禍で延期となり、この本番までずっと磨いてきたとのこと。「練習は裏切らない」をまさに見せてくれたと思いました。

 柴田真郁の指揮は全体的にややゆっくりだった感じがするのですが、あのテンポが色々なぎくしゃくに繋がっていたとするならば、もう少しテンポを締めたほうが良かったのかもしれません。

 以上全体的には極めて高品質な上演で楽しんだのですが、演出がもう一工夫をしてくれれば、音楽の相乗作用で、更によくなったかもしれません。

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