オペラに行って参りました-2020年(その2)

目次

気持ちを、どう歌に込めていくのか 2020年2月20日 東京二期会オペラ劇場「椿姫」を聴く
音楽ができる喜び 2020年3月20日 ミラマーレ・オペラ「てかがみ」を聴く
生の音楽がなければ生きて行けない 2020年6月28日 シャイニングシリーズvol.7 東京音楽コンクール入賞者による「テノールの饗宴」を聴く
非常時の音楽 2020年7月11日 東京二期会スペシャル・オペラ・ガラ・コンサート「希望よ、来たれ」を聴く
ハイライトに向かない作品 2020年8月1日 ガラ・コンサート&仮面舞踏会「ハイライト」を聴く
コロナ禍におけるオペラの在り方について 2020年8月8日 ANCORA「愛情物語 in Pariz」-オペラ「アンドレア・シェニエ」より-を聴く
テーマが明確であることの功罪 2020年8月9日 「ゲキジョウシマイ」を聴く
これが規範にならないことを祈りたい 2020年8月16日 藤原歌劇団「カルメン」を聴く
「オペラ」であるということ 2020年8月18日 KONO国際交流「ドン・カルロ」を聴く
配信コンサートならでは 2020年8月26日 オペラサロントナカイ「オペラガラ・コンサート」vol.2を聴く

オペラに行って参りました。 過去の記録へのリンク

2020年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2020年
2019年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2019年
2018年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2018年
2017年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2017年
2016年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2016年
2015年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2015年
2014年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2014年
2013年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2013年
2012年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2012年
2011年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2011年
2010年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2010年
2009年 その1 その2 その3 その4   どくたーTのオペラベスト3 2009年
2008年 その1 その2 その3 その4   どくたーTのオペラベスト3 2008年
2007年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2007年
2006年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2006年
2005年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2005年
2004年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2004年
2003年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2003年
2002年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2002年
2001年 その1 その2       どくたーTのオペラベスト3 2001年
2000年            どくたーTのオペラベスト3 2000年

鑑賞日:2020年2月20日
入場料:B席 4FL3列8番 6000円

2020都民文化フェスティバル参加公演

主催:公益財団法人 東京二期会/公益社団法人 日本演奏連盟

東京二期会オペラ劇場

全3幕、日本語字幕付原語(イタリア語)上演
ヴェルディ作曲「椿姫」(La Traviata)
原作:アレクサンドル・デュマ・フィス
台本:フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ

会場:東京文化会館大ホール

スタッフ

指 揮 ジャコモ・サグリパンティ
管弦楽   東京都交響楽団 
合 唱    二期会合唱団
合唱指導    佐藤 宏
     
演 出 原田 諒
装 置  松井 るみ
衣 裳  前田 文子
照 明  :  喜多村 貴 
振 付  :  麻吹 梨乃
舞台監督  :  村田 健輔

出 演

ヴィオレッタ   谷原 めぐみ
アルフレード   樋口 達哉
ジェルモン   成田 博之
フローラ   藤井 麻美
アンニーナ   磯地 美樹 
ガストン子爵   下村 将太
ドゥフォール男爵   米谷 毅彦
ドビニー侯爵   伊藤 純
グランヴィル医師   峰 茂樹
ジュゼッペ  :  吉見 佳晃 
使者  :  香月 健 
フローラの召使    寺西 一真 

感 想

気持ちを、どう歌に込めていくのか‐東京二期会オペラ劇場「椿姫」を聴く

 全体を通して申し上げるならば、まずは上々の公演だったと申し上げます。皆練度がよく上がっていましたし、音楽の流れも自然で、「椿姫」のお手本のような演奏だったと申し上げられると思います。

 特によかったのが指揮者のサグリパンティ。2016年のオペラ・アワード最優秀新人賞を取られた新鋭だそうですが、その実力を遺憾なく発揮されたということでしょう。全体として速めのテンポでぐいぐいと進んでいく演奏。しかしながら歌わせるべき点ではしっかりリタルダンドをかけて歌わせる。そのメリハリが利いていて、とてもよかったと思います。昨年11月の新国立劇場の「椿姫」は、指揮者はしっかり前に進みたたかったようですが歌手が言うことを聞いてくれず、お互いの綱引きで、音楽が上手くいっていなかったわけですが、今回は指揮者がやりたいことをしっかり重唱部分でやって見せて、一方、歌手が主役になるアリアの部分などは歌手に任せて見せる。そういう切り分けができていたのだろうと思います。そこが素晴らしい。

 東京都交響楽団の演奏も「椿姫」の雰囲気をしっかり伝えようとする演奏でとてもよかったと思います。第三幕への前奏曲が終わった時、オーケストラに「Bravi」の声が飛びました。これはタイミング的には最悪だったのですが、この方の気持ちは分からないではありません。指揮とオーケストラの素晴らしい伴奏の元、歌手たちもしっかり、見事な歌を聴かせてくれました。

 ヴィオレッタを歌った谷原めぐみ。よかったです。冒頭の重唱部分、緊張していたのか、声が委縮していたのは残念ですし、又第三幕の冒頭、「Bravi」に吃驚して、声が上手く乗らなかったのは残念ですが、それ以外はみんな素晴らしい、立派な歌でした。Bravaと申し上げてよい。ただ、上手いとは思ったけれども、感動できたかと言われると、残念ながらそこは十分ではないのかな、という感じです。はっきり言ってしまえば、ヴィオレッタの役柄を演じているのではなく、ヴィオレッタの楽譜を歌っている、という風に聴こえました。正確なのだろうけど、どこか素っ気なく、歌に谷原めぐみという個性が入っていない感じがしました。

 この感じは、実はジェルモン役の成田博之にも感じました。成田も終始立派な歌で素晴らしいんですけど、やはり感動できないのです。はっきり申し上げれば、「お父さん」という感じがしないのです。だから、「椿姫」のクライマックスであるヴィオレッタとジェルモンのとの二重唱が、全然切々と響いてこない。どちらも素っ気なく、お互いに交わろうとしない感じです。だから、あの二重唱から、ヴィオレッタの後悔も諦念も聴こえてこないし、ジェルモンの逡巡した気持ちも、それでも鬼にならなければいけない、と思う父親の気持ちも聴こえてこない。二人とも上手だけど、上手だけで終わっている感じがするのです。もう少し熱のこもった、お互いを意識した歌になれば、全然違う風に聴こえただろうと思うと残念です。

 役にしっかり自分が入っていたのは、アルフレード役の樋口達哉。今回は若手の前川健生がアナウンスされていたのですが、体調不良とのことで、ベテランの樋口にバトンタッチされました。で、樋口のアルフレードですが、素晴らしいと申し上げてよいと思います。はっきり申し上げて、体調は、主要三役の中で一番悪かったと思います。第二幕冒頭の大アリア「燃える心を」のカバレッタは、最後のアプローチに失敗して、 ハイCを出せませんでしたし、第三幕も、登場から「パリを離れて」まで、あまり調子のよくなさそうな歌に終始しました。

 しかし、樋口はアルフレードという役柄への入り込み方をよく知っているし、又どういう風に表出すべきかも分かっている。ポイント、ポイントをしっかり押さえて、アルフレードという世間知らずの田舎者のボンボンを樋口達哉というカンバスの上に描いて見せることができている。だから、ちょっと調子が悪くても、引き込まれる歌に仕上げることができるのでしょう。

 脇役陣は第二幕後半のフローラ邸の夜会で、フローラの藤井麻美が少し踏み込んだ表情を見せ、侯爵伊藤純と上手くやり取りをしたところが良いアクセント。冒頭のガストンがアルフレードを紹介するくだりの下村将人もよかったと思います。男爵・米谷毅彦の憎々しげな表情も良かったし、グランヴィル医師の峰茂樹も踏み込んだ表現を見せてくれました。

 松井るみによる舞台装置。椿の花弁をイメージした円形の舞台で、その花弁の間から人が出入りします。そこだけは新しさを感じましたが、原田諒の演出は、基本的な動きはオーソソックスで、分かり易いもの。変に気を衒っておらず良かったと思います。しかし、谷原と成田の例でも分かるようにもっと演出が介入したほうがいい舞台になったのではないかと思う部分もあり、何とも曰く言い難いもどかしさがあります。

 この感覚は私だけではなかったようです。終演後のカーテンコールも比較的短めでしたし、あんまり熱狂的に聴いていた人もいなかったようです。ここが観客の正直な感想なのでしょうね。何とか見返すように、頑張って欲しいものです。

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鑑賞日:2020年3月20日
入場料:自由席 6600円

主催:NPO法人 ミラマーレ・オペラ

全2幕、原語(日本語)上演
池辺晋一郎作曲「てかがみ」
台本:平石耕一

会場:
六行会ホール

スタッフ

指 揮 樋本 英一
管弦楽   ミラマーレ・オペラ室内アンサンブル 
合 唱    ミラマーレ・オペラ合唱団
児童合唱    ZEROキッズ
児童合唱指導    相原 郁美
     
演 出 岩田 達示
美 術 山崎 亜美
衣 裳  小野寺 佐恵
照 明  :  成瀬 一裕 
音 響  :  坂口 野花
メイク    吉池 アサノ
舞台監督  :  八木 清市
公演監督/プロデューサー    松山 郁雄

出 演

武田 勇一   鶴川 勝也
武田 亮子   高橋 維
レイチェル・ターナー   杣友 恵子
ジョン・ターナー   吉田 連
高校の校長   丸山 奈津美 
会場係   高畑 達豊
武田 カヨ   鳥海 仁子
リチャード・マクベイン   澤﨑 一了
杉本監督   清水 良一
憲 兵  :  藤本 慶 
5歳の勇一  :  松山 琥太郎 

感 想

音楽ができる喜び‐ミラマーレ・オペラ劇場「てかがみ」を聴く

 1945年6月から8月にかけて、敗色濃厚な日本に対し、米軍は空襲による攻撃を強めてきました。5月までに、東京、名古屋、大阪、横浜といった主要都市の破壊は終了しており、そのターゲットは地方中小都市に向かいました。その目標は全部で180都市に上り、終戦当日の8月15日未明まで続きました。実際に被災した市町村は約400、非戦闘員で亡くなった方は50万人以上にのぼると言われています。新潟県の長岡市もターゲットになり、8月1日晩から深夜にかけて、B29戦略爆撃機125機により焼夷弾が大量に投下され、市街地中心部の約8割が焼失し、1488人の市民が死亡しました。

 オペラ「てかがみ」はこの長岡空襲を背景に、新潟県文化振興財団の委嘱により池辺晋一郎によって作曲されたオペラで、2001年11月新潟市の「りゅーとぴあ」で初演され、引き続き長岡市の市民劇場で上演されました。新潟の地域オペラとして県内を巡回した後は金沢で一度上演されたのですが、その後上演される機会はなかなか訪れず、2012年に新潟で再演されたのがその後の再興のきっかけになったようです。新潟県外で上演された記録は、私の知る限り、上記金沢と横浜のみ。2017年より文化庁の地方の学校を廻る「巡回公演プログラム」に選ばれたことから、都内でも学校公演はあるのだろうと思いますが、一般のお客さん向けという意味では今回の上演がおそらく東京初演です。

 地域オペラの常として合唱が重要な位置を占めており、児童合唱も参加します。今回大人の合唱は11人で歌われ、更に校長役の丸山奈津美も参加して12人で歌われましたが、この合唱が迫力があり、切迫感もあって、大変すばらしいもの。ソリストも物語を進めるという意味では重要ですが、物語の盛り上がりや深まりは合唱によって担われており、彼らがしっかりと存在感十分な歌を歌ったことが、素晴らしい演奏に結びついたものと思います。Braviと申し上げたい。

 ソリストはまずリチャードを歌った澤崎一了が素晴らしい。力強いしっかりした美声で存在感のある歌を歌われ、この作品の中心にいることをしっかり示してくださいました。それに対抗するのが、杉本監督。清水良一は日本オペラのバリトン役には定評のある方ですが、さすがの歌唱でした。見た目は乱暴だけど、心根は優しい、という杉本の人となりを分からせるような歌唱・演技。その二人の二重唱がこの演目の白眉だったのでは。熱は入っているけれども、バランスの取れた大変すばらしい二重唱でした。

 オペラの構造上ヒロイン役は武田カヨになるのですが、空襲でなくなってしまう役柄でいわゆる目立つヒロインではありません。鳥海仁子のカヨは、薄幸だけれども子煩悩な母親の雰囲気を表現するのに長けていて、優しそうな感じが良かったと思います。

 5歳の勇一を演じた松山琥太郎もよかったです。台詞役ですが、子供らしいはきはきした口調で、大人を食う演技を見せました。惜しむらくは舞台中央で台詞を言うとき、ちょっと聞こえなくなるところがあるくらいか。そこは、演出がもう少しフォローしてもよいところだと思います。

 その他の出演者で眼を引いたのは、まず会場係を演じた高畑達豊。会場係は脇役ですが、それなりに歌詞も多いのですが、師匠譲りの過剰な演技でしっかり見せてくれました。高畑は戦争場面では合唱の一人としても活躍し、そこでの存在感もしっかりありました。

 杣友恵子のレイチェルもよかったです。歌う場面は僅かですが、声を出すことで場面の雰囲気を変えており、そこが立派でした。大人の勇一を演じた鶴川勝也は常に額に縦縞を寄せて暗い表情。勇一の心の内をしっかり見せるものでよかったです。高橋維の亮子、吉田連のターナーは役柄的に比較的目立たないのですが、その中では自分の役目を果たしていたと思います。

 指揮の樋本英一は日本の創作オペラもよく指揮している方ですが、それだけのことはあり、よく理解して演奏している印象。アンサンブルはヴァイオリン、チェロの活躍が光りました。また激しいシーンでのパーカッションと巨瀬励起によって演奏されたピアノもよかったと思います。

 岩田達示の演出は、切迫感を示すのによい演出でした。ただ、戦争での悲惨さを注目するあまりか、最初の結婚式場のボヤの場面がよく分からなかったこと。また、カヨが、リチャードに手鏡を渡す理由がより納得いくように演技をつけたらよかったのに、とは思いました。

 今世界的な新型コロナウィルスによる肺炎の伝播で、音楽界は大変なことになっています。「三月は失業者だよ」と自嘲的に言っている知人の音楽家もいます。私自身も切符を買ってあったオペラや演奏会が4つキャンセルになりました。今回の上演も最後までどうするか悩まれて、練習も何回か休止したと伺っています。しかし、そんなコンディションの中でも聴きがいのある演奏でした。演奏者がみな表現する楽しさをしっかり示していたことがとても印象に残りました。カーテンコールで涙で潤んだ瞳を示した出演者も一人ではありませんでした。気の入った演奏の素晴らしさをしっかりと味合わせていただきました。公演を実行させた松山プロデューサーをはじめとする全スタッフ、キャストにBraviを贈りたいと思います。

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鑑賞日:2020年6月28日
入場料:1F 10列1番 3300円

主催:東京都/公益財団法人東京都歴史文化財団 東京文化会館・アーツカウンシル東京

Music Program TOKYO シャイニングシリーズVol.7
東京音楽コンクール入賞者による「テノールの饗宴」

会場:
東京文化会館大ホール

出 演

テノール   村上 敏明
テノール   与儀 巧
テノール   宮里 直樹
テノール   小堀 勇介
ピアノ   江澤 隆行 

プログラム

 

作曲 作品名 曲名 歌唱
ロッシーニ 泥棒かささぎ ジャンネットのカヴァティーナ「おいで、この腕の中に」 小堀勇介
ドニゼッティ 愛の妙薬 ネモリーノのロマンッア「人知れぬ涙」 与儀巧
マスネ マノン デ・グリューのアリア「やっと一人になった~消え去れ、優しい面影よ」 宮里直樹
ジョルダーノ アンドレア・シェニエ シェニエのアリア「ある日、青空を眺めて」 村上敏明
チレア アルルの女 フェデリコのアリア「ありふれた話」(フェデリコの嘆き) 与儀巧
プッチーニ ラ・ボエーム ロドルフォのアリア「冷たき手を」 宮里直樹
ドニゼッティ 連隊の娘 トニオのカヴァティーナ「ああ友よ、今日はなんと素晴らしい日」 小堀勇介
ヴェルディ イル・トロヴァトーレ マンリーコのアリア「ああ、美しい人~見よ、恐ろしい炎を」 村上敏明
休憩
ブロドスキー   ビー・マイ・ラブ 宮里直樹
ベッリーニ   追憶 小堀勇介
レオンカヴァッロ   朝の歌 与儀巧
デ・クルティス   帰れソレントヘ 村上敏明
デ・クルティス   勿忘草 与儀巧
ビクシオ   マリウ、愛の言葉を 宮里直樹
カルディッロ   カタリ、カタリ 村上敏明
ララ   グラナダ 小堀勇介
ヴェルディ リゴレット マントヴァ公のアリア「風の中の羽根のように」(女心の歌) 全員
アンコール
プッチーニ トゥーランドット カラフのアリア「誰も寝てはならぬ」 全員
ディ・カプア   オー・ソレ・ミオ 全員

感 想

生の音楽がなければ生きて行けない‐東京音楽コンクール入賞者による「テノールの饗宴」を聴く

 2020年1月ごろ中国武漢で発生した新型コロナ・ウィルスによる感染症は瞬く間に世界中に広がり、世界の感染者は1000万人をこえ、死者も50万人というバンデミックとなりました。日本でも本日時点(2020年6月29日)で約20000人の感染者と約1000人の死者が出ています。このコロナ禍によるイベントの自粛要請は2月26日に出され、予定されていた演奏会等はどんどん取りやめになり、それでも3月はまだやったイベントもあったわけですが、4月7日の緊急事態宣言以降はほぼすべてのイベントが中止になりました。5月25日に緊急事態宣言は解除になり、6月19日に東京都の自粛要請も解除になったことにより、音楽会の開催も可能になりました。

 この「テノールの饗宴」は、もともと5月28日に東京文化会館の小ホールを使用して開催される予定でしたが、上記の事情で延期。最初はいつ開催できるか分からなかったわけですが、6月19日の自粛要請解除以降、東京都もクラシック音楽イベントの嚆矢としたい、という願いがあったのでしょう。また出演者も歌手四人とピアノだけという比較的準備が少なくて済むイベントであった、ということも関係しているに違いありませんが、当初の予定よりちょうど1箇月あとに、会場を小ホールから大ホールに移しての開催となりました。もちろん、これは現在のイベント開催に関するガイドライン、「劇場、音楽堂等における新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン」や「クラシック音楽公演における新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン」を遵守するために必要だったということがあると思います。また、今回の公演はこのようなガイドラインが実情に合っているかどうか、確認する目的もあったものと推定します。

 実際の入場時は2メートル以上の間隔を開けたソーシャル・ディスタンスを要求されましたし、チケットのもぎりは観客が行い、パンフレットの配布も手渡しではなく、置いてあるものを取る形式。入場する前の検温とアルコール消毒もしっかり行いました。劇場の席は1席おきの互い違いで、2300人収容可能な東京文化会館の50%以下の販売。切符を購入しても来られない方も多数いらっしゃいましたので、実際に聴かれた方は500人ぐらいではないでしょうか。とにかく、新時代を感じさせられるものではありました。

  おそらく世の中的には90数日ぶりの本格的な演奏会。私個人としては3月20日以来丁度100日目の演奏会になりました。

 まず個人の感慨を書いておくと、まず嬉しかったです。生の音を聴くことがこんなに新鮮で楽しいことだったなんて、ほんとうに忘れていた思いです。「感動した」という感じではなかったと思うのですが、最初の小堀の歌が始まってから、気が付くと目が潤んでおりました。ハンカチで零れそうになる涙をぬぐいながら最後まで至りました。自分にとって生の演奏を聴くことがどれだけ大事なことなのか、再認識いたしました。

 歌手たちにとってもそれは同じ思いだったに違いありません。お客さんの前で歌う喜びや緊張感、あるいはお客さんを楽しませようとするサービス精神、それがしっかり感じられました。

 最初の小堀のジャンネットのアリアは、小堀にとっても感極まったものであったようで、歌唱のコントロールがいつもの小堀よりは甘かったのかなとは思いましたが、さすがに日本のベルカントテノールの第一人者。十分美しかったし、見事なものでした。続く与儀の「人知れぬ涙」、歌い始めが緊張していて上手く音楽に乗れていなかった部分があるのですが、すぐに立て直し、あとはしっかりした歌。最後のアクートが見事に決まりました。宮里のマノンのアリア。これは凄かった。本日一番の聴きものだったと思います。どこをとっても一級品で艶やかな美声と柔らかい響きが会場を満たしました。これを聴いて発奮したのか、若い者には負けていられないと頑張ったのが村上敏明。「ある日、青空を眺めて」ほんとうに素晴らしい歌唱。

 村上はずいぶん長い間聴き続けていますが、近年はいつ聴いても喉に疲労が残っていて、なかなかベストの歌唱が聴けていなかったと思います。しかし、今回は3か月も喉を休めていましたから、村上の本領を発揮したと思いました。こういう歌を聴かされると、村上が日本のテノールの第一人者の一人であることがよく分かります。Bravissimoです。

 第一部後半は与儀の「フェデリコの嘆き」からスタート。与儀は持ち声が他の三人ほどの輝きがないので華やかさは今一つなのですが、しっとりとした表情と盛り上げ方で悪いものではありません。宮里の「冷たい手」こちらは張り切りすぎて、声の制御が上手く行かなかった部分がありましたが、さすがの美声で見事です。小堀の「連隊の娘」のアリアは、テノール殺しの難曲ですが、ハイCを連発させて素晴らしい。最後の村上のマンリーコのアリアも最初はカバレッタだけの予定だったのが、急遽前半のロマンツァも歌って喝采。皆さん素晴らしく、まとめてBraviです。

 後半は前半と比べるとリラックス。私服に着替えての登場。皆それなりに歌いなれている曲ですから、しっかりまとめてテノールらしさを出してきました。もちろん楽しめました。

 まさに満を持しての演奏会でした。気持ちがのった素晴らしい演奏でした。

 さて、自粛要請は解除されたものの新型コロナ・ウィルスの感染はこれからも続くでしょう。これから少しずつ演奏活動が再開されていくと思いますが、昔のように戻るのにはまだ時間が必要であると思います。しかし、対策を考えた公演が少しずつ増えて、一日も早く昔のようにいろいろなことを気にせずに音楽だけを純粋に楽しめる時間になって欲しいと切に思いました。

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鑑賞日:2020年7月11日
入場料:A席 1F 26列19番 6000円

主催:文化庁/公益財団法人東京二期会

東京二期会スペシャル・オペラ・ガラ・コンサート
「希望よ、来たれ」

会場:
東京文化会館大ホール

出 演

ソプラノ   木下 美穂子
ソプラノ   森谷 真理
メゾソプラノ   中島 郁子
テノール   城 宏憲
テノール   福井 敬 
バリトン   黒田 博
バス   妻屋 秀和
ダンサー   中村 蓉
オーケストラ   東京交響楽団 
指揮   沖澤 のどか 

プログラム

作曲 作品名 曲名 歌唱
ベートーヴェン フィデリオ 序曲 オーケストラ
ベートーヴェン フィデリオ レオノーレのアリア「悪者よ、どこに急ぐのだ~希望よ、来たれ! 木下美穂子
プッチーニ トスカ カヴァラドッシのアリア「星は光りぬ」 城宏憲
ロッシーニ セビリャの理髪師 ロジーナのカヴァティーナ「今の歌声は」 中島郁子
ロッシーニ セビリャの理髪師 フィガロのカヴァティーナ「わたしは町の何でも屋」 黒田博
休憩
モーツァルト 魔笛 序曲 オーケストラ
モーツァルト 魔笛 ザラストロのアリア「イシスとオシリスの神に感謝を」 妻屋 秀和
ベルク ルル ルルの歌 森谷 真理
プッチーニ トゥーランドット カラフのアリア「誰も寝てはならぬ」 福井 敬

感 想

非常時の音楽東京二期会スペシャル・オペラ・ガラ・コンサート「希望よ、来たれ!」を聴く

 コロナウィルスの影響が非常に現れた演奏会である、ということだろうと思います。残念ながら、いろいろな点で満足いかなかった演奏会であると言わざるを得ません。コロナ対策を行う前提で組み立てた演奏会であることは分かりますが、もう少し何とかならなかったのかな、というのが正直な感想です。

 まず、二期会を代表する歌手7名を登場させながら、それぞれ1曲しか歌わないというのがまず残念です。それにアンコールもない。アンコールをやらなければいけないというルールはどこにもないわけですが、この手の演奏会でアンコールがなかったのは初めての経験です。そのおかげで、演奏時間が正味65分、休憩を入れても1時間30分ですべてが終わってしまいました。歌手の皆さんも調子が出る前に終わってしまった、というのが本当ではないでしょうか? あまりにも食い足りない、満足感が得られなかった演奏会になりました。

 また、であれば、この65分にどうお客さんを楽しませるのか、ということをもっと真剣に考えて欲しかった。現状、長時間の演奏会は自主規制でしょうし、ソーシャルディスタンスの確保、と言った「ウィズ・コロナ」のことも分かります。またここ数日、東京都内で毎日200人越えの新規コロナウィルス感染者が見つかり、演奏する側もいろいろ心配なことがあったに違いありません。そう言ったことは十分理解できるのではあるのですが、日本を代表する名歌手とプロオーケストラによる演奏会です。その65分間だけはコロナを忘れさせてくれるような素晴らしい演奏に仕上げて欲しかったのですが、残念ながら、そうはなっていませんでした。

 まずオーケストラがいけない。弦楽器が8-7-6-5-4(第1ヴァイオリン→コントラバス)という編成で通常の半分。東京交響楽団はそもそも弦楽器よりも管楽器に力量のあるオーケストラで、管楽器が目立つオーケストラなのですが、半弦になってしまうと、その音の力の差が明確に出てしまいます。その分弦楽器は普段よりもフォルテに演奏していると思いますし、管楽器は弱音化に気を付けているとは思います。しかし、そういう分に普段と違うことをやっていると、どうしても音色が硬くなってしまう。またそこは練習で調整可能だとは思うのですが、十分な合わせもやっていなかったようで、楽器間の微妙なずれも気になりました。

 もちろん、そこは指揮者がきっちり抑えればいいわけですが、沖澤のどかの指揮も今一つうまくいっていなかった感じです。プザンソン国際指揮者コンクールで優勝した嘱望の星ではありますが、歌手の伴奏をするというのはまだ経験が少ないのかもしれません。歌手との呼吸も今一つ決まらないところがあるし、音楽の組み立て方も人工的であると感じました。例えばクレッシェンド/ディミニエンドのやりかたを見ていると、「これがクレッシェンドだぞ、どうだ!」という感じになっていました。もちろんそういうやり方が効果的である場合もあるのですが、みんなそれだと、一本調子に聴こえる部分でもあります。歌の伴奏の時は、歌手にもっと気を遣って柔らかく歌いやすくした方が良い結果に結びつくことが多いのですが、今回は歌手が指揮者やオーケストラに気を遣っている部分が垣間見えた感じがしました。

 歌手について申し上げれば、この自粛期間の精進の差を見せられた感じがします。

 木下美穂子。クレバーで見事なコントロールの歌でした。その点はさすがですが、最初で緊張していた、ということや、いろいろな距離感の取り方が難しかったということではあるのでしょうが、今一つ声に力がありませんでした。木下の声と言えば、もっと艶やかで声量も十分ある方、という印象でこれまで聴いてきたので、ちょっと意外でした。

 城宏憲。彼の実力の70%しか声を出していない印象。城についてはいつもぎりぎりのところで勝負して結果をもぎ取ってきた歌手という記憶があるので、冷静な歌唱が今一つ物足りなく思いました。

 中島郁子。彼女のロッシーニは定評があるところだし、昨年の藤沢での「湖上の美人」におけるマルコムの歌唱はほんとうに素晴らしかった印象があるのですが、今回のロジーナは今一つでした。高音への跳躍がぎりぎりの感じが強く、更に届いていないようでした。中低音は魅力的だったのですが、そこが残念です。

 黒田博。良かったと思います。ロッシーニは彼のレパートリーの中心ではないわけですが、バリトンの課題曲みたいなところがあります。ハイバリトンの魅力を聴かせていただきました。

 「魔笛」の序曲。「フィデリオ」の序曲よりは手慣れた感じ。よかったです。続いて妻屋秀和のザラストロ。いつもながら安定したザラストロ。楽譜通りに歌われていたわけですが、最後はオクターブ下げて欲しかったです。

 森谷真理の「ルル」。このコロナ騒動がなければ本来今日は二期会の「ルル」で、森谷もその主演を演じていたはずですが、その分音楽稽古はそれなりに進んでいたのでしょう。見事な歌でした。私自身は「ルル」二回舞台を拝見していますが、それにもかかわらず今回歌った部分がどこなのかは全くわかってはいないのですが、「ルル」の雰囲気は出ていたと思います。中村蓉の踊りもよかった。

 そしてしんがりは定評のある福井敬の「誰も寝てはならぬ」。素晴らしかったです。トリの責任を果たした歌でした。それでも彼の最高ではなかった。何年か前に聴いたときはもっと素晴らしかった印象です。

 総じて申し上げれば前半より後半の方が良かった演奏会でした。前半に歌われた方ももう一曲ずつ歌われればまた違った感想になったと思います。ようやくいろいろな部分に潤滑油が廻ってエンジンが動き始めたところでバッサリ切られたという印象が非常に強い。「希望よ、来たれ!」というタイトルでしたが、希望が来る前に終わってしまいました。コロナ禍の下での演奏会、仕方がない事情があったのでしょうが、やはり残念です。

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鑑賞日:2020年8月1日
入場料:自由席 4000円

主催:有志

ガラ・コンサート&ヴェルディ「仮面舞踏会」ハイライト

会場:
加賀町ホール

出 演

ソプラノ   乾 ひろこ
メゾソプラノ   飯島 由利江
テノール   安保 克則
バリトン   高橋 宏典 
ピアノ   河野 真有美

プログラム

作曲 作品名 曲名 歌唱
プッチーニ つばめ マグダのアリア「ドレッタの夢」 乾 ひろこ
ベッリーニ 清教徒 リッカルドのアリア「ああ、君を永遠に失った」 高橋 宏典
プッチーニ トゥーランドット トゥーランドットのアリア「この宮殿の中で」 乾 ひろこ
プッチーニ トゥーランドット カラフのアリア「誰も寝てはならぬ」 安保 克則
ヴェルディ イル・トロヴァトーレ マンリーコのアリア「ああ、美しい人~見よ、恐ろしい炎を」 安保 克則
ヴェルディ マクベス マクベスとマクベス夫人との二重唱「すべては終わった~宿命の女よ、囁きが」 高橋宏典/飯島由利江
ヴェルディ マクベス マクベス夫人のアリア「光は萎えて」 飯島 由里江
休憩
ヴェルディ 仮面舞踏会 ハイライト  
【出演】
リッカルド:安保 克則
アメーリア:乾 ひろこ
レナート:高橋 宏典
ウルリカ:飯島 由利江
ピアノ伴奏:河野 真有美

感 想

ハイライトに向かない作品ガラ・コンサート&「仮面舞踏会」ハイライトを聴く

 牛込柳町駅ほど近くにある加賀町ホールは、満席にして120席ほど小ホールで、初めて伺いました。今回はコロナ禍の中、配信も同時に行うストリーミング・コンサートとし、販売した座席は僅か30席。それでも来られる観客は多くなく、スタッフを除いた真の観客はおそらく17名か18名というコンサートになりました。そこでドラマティックな声の持ち主のソプラノとテノールが頑張って、又バリトンやメゾソプラノも素敵な歌唱を聴かせて下さり、声を楽しむという点では十分楽しかった演奏会だったのですが、いろいろな意味で不満も残る演奏会になりました。コロナ禍の中、いろいろ試行錯誤している最中だとは思いますが、今後のためにも気になったところを書き留めておきましょう。

 最初の「ドレッタの夢」ピアノと声のバランスがうまく合っていなくて、ピアノが強すぎる印象。特に左手のバスが強く、この曲にはこのダイナミックな響きは必要ないように思いました。また乾の歌はよかったのですが、最後はもっとしっかり溜めて終わらせた方が良かったのではないかと思いました。

 続く高橋宏典の「清教徒」のアリア。リリックな表情が見事でBravo。トゥーランドットの二曲もよかったです。乾ひろこはドラマティックな表現を得意とするソプラノで、このトゥーランドットの強靭な声を必要とするアリアは彼女に似合っています。安保克則の「誰も寝てはならぬ」は水準以上の立派なもの。

 続くトロヴァトーレの大アリア。安保は最後で声をひっくり返してしまい上手く締めることはできませんでしたが、それはご愛敬です。それ以上に気になったのは、前半と後半の歌いわけが上手く行っていなかったこと。前半は甘く、後半は勇猛に歌うアリアだと思うのですが、前半から飛ばしている印象で、頑張りすぎのように思いました。6月全く同じアリアを村上敏明の歌で聴きましたが、前半と後半の歌いわけがしっかりできて観客を魅了した村上とは、残念ながらレベルが違うな、と言わざるを得ません。

 飯島由利江のマクベス夫人。真面目な方なのでしょうね。端正で立派な歌なのですが、マクベス夫人の狂気が見えない。もっと踏み込んでもよかったのではないかという気がしました。

 とはいえ、前半の「ガラ・コンサート」は歌手の魅力を聴くという点では、みな十分にその持ち味を出した歌唱でよかったと思います。一方、後半の「仮面舞踏会」ハイライトは、ありていに申し上げれば企画のミスというべきでしょう。今回は、ナレーションで話をつないで、アリアや重唱を歌うというスタイルだったのですが、このナレーションが短すぎて何を言おうとしているのかがよく分からない。私自身は「仮面舞踏会」という作品を知っていますので、本当の作品とのギャップを感じながら楽しむことができますが、さほど親しくない人にとっては、おそらく作品のストーリーを誤解するでしょう。

 また、ギャップを楽しんだとは申し上げましたが、出演者を絞り込んだ関係上、話を単純な三角関係に落とし込んでしまったために、この作品の持つアクセントになる部分がみんな消えてしまい。音楽的にも単調になった感は否めません。この作品は悲劇でありながら、ベースは明るく喜劇的な要素もある。そういう複雑な味わいこそがこの作品を見る醍醐味なのですが、その味わいは完全になくなっていました。とりわけ、主人公のリッカルドの性格付けはオテッロの先駆みたいなところがあって、基本明るいのですが、陰影もある複雑な心理の人です。そのリッカルドの特徴は、オスカルの能天気な明るさや本来のリッカルドの政敵たち、サムエルとかトムの不気味さあってこそ引き立ちます。そこを安保克則が理解してしっかり歌い分けできればまた違っていたのでしょうが、彼自身もそこまで頭が及んでいなかったようで、自分の歌だけでリッカルドの複雑な性格を表現しようとする気もなかったようです。

 また、選曲にも疑問が残ります。まず歌われたの(なお、メモは取りませんでしたので記憶のみに頼って書いています。大筋に間違いはないはずですが、抜け漏れや勘違いがあった場合はお詫び申し上げます)は、第一幕は導入曲のごく一部。ウルリカのアリア、リッカルド、アメーリア、ウルリカの三重唱、リッカルドの「今度の航海は無事だろうか」、第二幕はアメーリアのアリアとアメーリアとリッカルドの二重唱の一部。第三幕は「お前こそ心を汚すもの」と思いっきり省略されたフィナーレでした。主要アリアは皆演奏されているのですが、この作品の一番の聴きどころである撃たれた後のシェーナ・フィナーレはカット。これは、四人で歌えるうたしか歌わないという方針からだと思いますが、残念です。

 これは無理にストーリー仕立てにしたために起こったことであると思いますので、普通にアリアと重唱を並べて、演技なしで演奏した方が良かったように思いました。

 この単調な感触は終始付きまとったのですが、歌唱自身は決して悪いものではありませんでした。四人が四人、それぞれ持ち味を生かした歌で、見事だったと思います。

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鑑賞日:2020年8月8日
入場料:指定席 5000円

主催:ANCORA

3密を避けた新型オペラ公演PROJECT ANCORA. Vol.1 ANCORA特別企画
「愛情物語 in Pariz」
~革命の時、パリで愛は燃え...~

全4幕、原則として歌唱原語(イタリア語)、台詞日本語、ハイライト上演
ジョルダーノ作曲「アンドレア・シェニエ」(Andrea Chenier)より
台本:ルイジ・イッリカ
脚色・上演台本:三浦安浩

会場:
小黒恵子童謡記念館

スタッフ

ピアノ 村上 尊志/井向 唯
     
演出・解説 三浦 安浩
美術原案 松生 紘子
衣 裳  坂井田 操
照明協力  :  矢口 雅敏 
ヘアメイク    濱野 由美子
舞台監督  :  岡本 泰宏
音楽監督    村上 尊志
制 作    大井祥子、斉藤紀子、坂部愛、三浦安浩

出 演

アンドレ・シェニエ   青栁 素晴
アグダレーヌ   川越 塔子
シャルル・ジェラール   飯田 裕之
パパ・ジェラール/マシュー/シュミット   大島 嘉仁
ベルシ   鈴木 麻由 
修道院長/密偵   木越 凌
伯爵夫人/マデロン/イダ・レグレ   井上 唯
フレヴィル/ルーシュ   山田 大智
フィオネッリ/フーキエ・タンヴィル   清水 良一
ジャン  :  岩田 健志 
少年/マデロンの孫  :  野村 京右 
ジャン  :  岩田 健志 
少女  :  坂部 愛 
市民/娼婦  :  飯塚 奈穂 

感 想

コロナ禍におけるオペラの在り方について‐ANCORA「愛情物語 in Pariz」-オペラ「アンドレア・シェニエ」より-を聴く

 コロナ禍における緊急事態宣言が解除されてから、クラシック音楽業界もいろいろな形で活動を再開されております。ただし、どの分野も試行錯誤をしながらの再開になるのはやむを得ず、今はいろいろなことを試している段階だろうと思います。オペラ業界も例外ではなく、7月から公演は再開されていますが、おそらくこの秋はいろいろなことを試してみて、今後のやり方を決めていくのではないかと思います。

 さて、そんな中、演出家の三浦安浩が主宰するANCORAという団体が、ウィズ・コロナ時代を踏まえた演出でオペラを上演するというので伺ってまいりました。取り上げた演目は「アンドレア・シェニエ」。「アンドレア・シェニエ」は、ノーカットで上演しても2時間強の作品ですが、今回は歌唱部分をかなり刈り込み、「ソーシャル・ディスタンス」を意識した台詞で置き換え、休憩込みで2時間半弱で演奏しました。この「ソーシャル・ディスタンス」に関して申し上げれば、オペラに本来登場しない「少年」/「少女」という役柄を追加し、現在のコロナ禍の下でソーシャル・ディスタンスを強いられているカップルという役どころで、タイムスリップしてフランス革命期のフランスに送り込まれます。だから、彼らだけは終始マスクを着けて台詞を言い、歌を歌います。このことにより、フランス革命前の貴族と平民の身分の差、社会的地位の格差と現在起きているコロナ禍による物理的な距離の差を重ね合わせることになり、演出家の意図である「ソーシャル・ディスタンス」の縮小を願うものになっていました。

 「アンドレア・シェニエ」は幕が上がると割とすぐに、ジェラールの登場のアリア「ああ、老人よ、あなたは60年もの間仕えてきた」が歌われるわけですが、今回はそこに至るまでの説明の台詞が長かったかな、という印象です。その後はアリアや重唱の部分は基本歌われ、合唱の部分は台詞に置き換えられるというスタイルで、本来のストーリーに沿って最後まで行きつきました。「アンドレア・シェニエ」は民衆劇の側面があって合唱が重要なのですが、現在の状況の中では合唱に重きを置くわけにはいかないという判断があったのだろうと思います。

 さて、演奏ですが、会場と歌手とのマッチングが悪かったなと思いました。

 今回の会場である小黒恵子童謡記念館は、詩人で童謡作家だった小黒恵子の旧自宅で、もともとは普通の民家です。響きは決して悪くはないのですが、天井が低くて、残響のバランスがよくありません。そこで歌手が本気で歌うと、響きが全然柔らかくならないのです。生の声と響いた声に何とも言えない微妙な位相差があって、声が抜けない感じが著しい。それで一番被害を受けたのがタイトル役の青柳素晴。第一幕の「ある日、青空を眺めて」は胸の響きがきつすぎて、上に抜ける感じがなく、残念でした。青栁はドラマティック・テノールらしい表現を心がけていましたが、会場の響き方と自分の声とのバランスのとり方にかなり苦労した様子で、綺麗にまとまったのは第四幕の二重唱ぐらいだったのではないかという気がします。

 同じ意味でジェラール役の飯田裕之も吠え過ぎです。歌に迫力があって、魅力的ではあるのですが、会場を踏まえた場合、あそこまで頑張る必要があるのかな、とは思いました。彼が歌うと家が振動するのが分かります。その本気さは素晴らしいですが、もう少し抑え基調でも問題はなかっただろうなと思いました。

 川越塔子は上記男性二人と比べるとずっと抑えた歌唱。ただ男声との重唱になると、押されている感じは否めません。そう言った関係性も含めて、このような会場でどういう表現をするべきかは今後の課題であったと思います。

 そのほかの歌手で魅力的だったのは山田大智、鈴木麻由、清水良一といった人々でしょうか。もちろんそれ以外の方々も頑張っていて、全体の迫力は素晴らしいものがありました。キャストの歌いたいという気持ちがしっかりと表に出ていて、そこに共感を覚えました。主要三役三人は言うまでもなく、藤原歌劇団、東京二期会の主要メンバーであり、これまでも何度も聴いてきた方々です。それ以外も含めて13人のキャスト、二人のピアニスト、演出家、舞台監督等の裏方も入れれば20人近い方々が直接関与していたと思います。それらの方々がオペラをやりたいとしっかり思っていて、それが表に伝わっていました。それに対して観客は僅か20人。恐ろしく贅沢な公演でした。

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鑑賞日:2020年8月9日
入場料:自由席 5500円

主催:ゲキジョウシマイ製作委員会

Music Program TOKYO シャイニングシリーズVol.7
「ゲキジョウシマイ」(Les Femmes Au Théâtre)

会場:
東京オペラシティ リサイタルホール

出 演

ソプラノ   森谷 真理
メゾ・ソプラノ   鳥木 弥生
ピアノ   江澤 隆行 

プログラム

作曲 作品名 曲名 歌唱
フォーレ 2つの二重唱曲作品10 第1曲「この世では全ての魂が」 森谷 真理/鳥木 弥生
    第2曲「タランテラ」 森谷 真理/鳥木 弥生
フォーレ   パヴァーヌ 作品50 森谷 真理/鳥木 弥生
ショーソン 2つの二重唱作品11 第1曲「夜」 森谷 真理/鳥木 弥生
    第2曲「目覚め」 森谷 真理/鳥木 弥生
ドビュッシー   スペインの歌 L.42 森谷 真理/鳥木 弥生
休憩
ドリーブ ラクメ 花の二重唱 森谷 真理/鳥木 弥生
ルコック アンゴ―夫人の娘 幼い頃の幸福な日々が 森谷 真理/鳥木 弥生
マスネ タイス 美しい、と言って 森谷 真理
グノー サッフォー ああ、不滅のリラよ 鳥木 弥生
グノー ミレイユ ああ、もっと話して 森谷 真理/鳥木 弥生
アンコール
オッフェンバック ホフマン物語 舟歌 森谷 真理/鳥木 弥生

 

感 想

テーマが明確であることの功罪‐「ゲキジョウシマイ」を聴く

 今を時めく、森谷真理、鳥木弥生の武蔵野音大同窓生の二人によるリサイタルということで、プログラムを全く確認もせずにチケットを購入したところ、着いてみればオール近代フランス物の、二曲を除いて二重唱というまさに凝ったとしか言いようがないマニアックなコンサートでした。前半が歌曲、後半がオペラアリアや二重唱ですが、まず、前半の歌曲が凄いです。フォーレとショーソンの二重唱曲はこの二人が作曲した唯一の同声二重唱曲集です。

 フォーレの二曲は昨年、一昨年と二年かけて、高橋薫子/但馬由香のコンビで聴いております。高橋と但馬は高橋の割と軽い声と但馬のしっかりした声が対照的で、それがこの曲の膨らみを感じさせてくれたのですが、今回の森谷・鳥木の声は割と同質で(森谷は低い方もしっかりしているし、鳥木は高音も伸びる)、声の混じりあい方が何とも言えない奇妙な味わいを感じさせてくれるものでした。

 パヴァーヌは管弦楽曲として有名な作品。普通は管弦楽だけで演奏されますが、フォーレによる混声合唱が付いている版があるそうです。これを二人がメロディーと対立線とを歌われました。混声合唱版はあることは知らなかったので面白く聴けましたが、鳥木の話によれば、基本ソプラノとテノールの高音パートを森谷が、アルトとバスの低音パートを鳥木が歌ったそうですが、場所によっては二人が入れ替わり、音の豊かさをつないでいったようです。

 ドビュッシーの「スペインの歌」も初耳でしたが、スペインの情熱を感じさせる華やかな楽曲。大柄で華やかなお二人にはぴったりな曲のように思いました。

 後半は有名な「ラクメ」の花の二重唱から。この曲は決して易しい曲ではないですが、二人とも歌いなれている様子で、前半が全般に緊張して歌っている様子だったのに対し、余裕を持った歌唱で素敵でした。ルコックの「アンゴ―夫人の娘」は浅草オペラ時代のレパートリー曲ですが、わたしは初耳でした。森谷の歌うタイスのアリアは、軽さと劇的なところが上手くミックスされていて、森谷の雰囲気にちょうどいい一曲。Bravaの歌だったと思います。続く鳥木のサッフォーの第三幕で歌われるアリアは、初耳だと思いますが、叙情的でどっかで聴いたことがあるような曲。上行系の跳躍があって、かなり高音まで出さなければいけないところがメゾソプラノには辛いところですが、そこは高音も得意の鳥木弥生。しっかり聴かせてくれました。

 最後は、「ミレイユ」のミレイユとヴァンスネットの二重唱。普通はソプラノ二人で歌われる曲ですが、声の雰囲気が似ている森谷と鳥木なので、こういう曲もなかなか素敵です。

 というわけで、一般的な曲は「花の二重唱」だけ、というマニアックな選曲でしたが、どの曲も二人のイメージによくあっていて、素敵だったと思います。もちろんコロナ下ということで、二人にもいろいろ制約があった様子で、花の二重唱で使用した小道具の傘にはしっかりとビニールの覆いが付いていて、お互いが向き合っても、直接呼気が届かないようになっていましたし、ブラボーが禁止で、その代わりよい演奏だったら上げてくださいと「トレヴィアン」と書かれた団扇が配られました。

 ちなみに衣裳は前半は二人お揃いの銀色のドレス。後半は森谷が青、鳥木が緑のスリット入りのドレスで、時々ちらりと見える足も素敵だったと付け加えておきましょう。

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鑑賞日:2020年8月16日
入場料:B席 3F1列32番 6800円

川崎・しんゆり芸術祭「アルテリッカしんゆり2020」参加公演

主催:公益財団法人 日本オペラ振興会

藤原歌劇団公演

全4幕、日本語字幕付原語(フランス語)上演(シューダンス旧版によるギロー版)
ビゼー作曲「カルメン」(Carmen)
原作:プロスペル・メリメ
台本:アンリ・メイヤック/リュドヴィク・アレヴィ

会場:テアトロ・ジーリオ・ショウワ

スタッフ

指 揮 鈴木 恵里奈
管弦楽   テアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ 
合 唱    藤原歌劇団合唱部
合唱指導    須藤 桂司
舞 踏    平富恵スペイン舞踏団
     
演 出 岩田 達
美 術  増田 寿子
衣 裳  半田 悦子
照 明  :  大島 祐夫 
振 付  :  平 富恵
舞台監督  :  菅原 多敢弘

出 演

カルメン   二瓶 純子
ドン・ホセ   澤崎 一了
エスカミーリョ   市川 宥一郎
ミカエラ   石岡 幸恵
スニガ   泉 良平 
モラレス   大槻 聡之介
フラスキータ   楠野 麻衣
メルセデス   北薗 彩佳
ダンカイロ   角田 和弘
レメンダード  :  山内 政幸 

感 想

これが規範にならないことを祈りたい‐藤原歌劇団「カルメン」を聴く

 COVID-19によるバンデミックにより世界のオペラは中止に追い込まれました。日本でも例外ではなく、4月以降予定されていたオペラはことごとく中止。このカルメンも4月25-29日にかけて上演される予定であったものが延期されたものです。

 日本の場合、5月25日の緊急事態宣言解除後、イベントについては、政府のガイドラインに基づいて開催が可能になり、オペラについても7月18日の町田イタリア歌劇団による「道化師」/「カヴァレリア・ルスティカーナ」公演を皮切りに徐々に再開され始めています。そして、今回の藤原の「カルメン」がオーケストラ伴奏による本格的なオペラの再開となりました。外国のことはよく知りませんが、世界中の主要なオペラハウスで再開されたという話はまだ聴きませんし、COVID-19後、おそらく世界でも最も早いオペラの本格上演になるでしょう。まず、ここまでたどり着けた関係各位の努力と情熱に深く感謝申し上げたいと思います。

 この公演は徹底した感染防止対策の下に行われました。観客に対する要請は、観劇中の「Bravo」等の声出しの禁止、マスクの着用、入場時の体温測定、アルコール消毒、緊急連絡先カードの提出などであり、チケットのもぎりもチラシの配布もありませんでした。チラシに関しては事前に座席に置いてあるというものでした。そこまでは6月以降何度か行った演奏会から想像はついていましたが、更に凄かったのは舞台における感染防止対策の徹底です。

 まず、密になりやすいオーケストラピットをやめ、オーケストラを舞台の上に乗せました。したがって、歌手が演技するのは舞台の前方の普段はオーケストラピットとして使用される部分。ここに合唱まで入れるわけにはいかない(密になる)ので、合唱はオーケストラの後ろに二階部分を作りそこで、ほぼ移動することなしに歌われました。オーケストラは管楽器奏者以外は全員マスク着用。歌手たちはソリストも含め、全員がアクリル製のフェースガードを付けて歌唱・演技を行いました。

 演出は2017年東京文化会館で使用された岩田達宗の舞台が基本ですが、ソーシャルディスタンスを保つためにかなりの改変がされていました。ソリストと合唱とを分離させること自体物凄い改編ですが、ソリストたちが近寄らない。近づくときは間に可動式のアクリルの衝立を入れて対応する。さすがに最後のホセがカルメンを刺殺するシーンだけは身体が交差しましたが、直接接触したのはそこだけではないでしょうか。セギリーディヤのホセがカルメンを縛るシーンもほとんど触れていなかったように思いました。女工たちの喧嘩も、自分の立ち位置で喧嘩のポーズをとるだけでしたし、オリジナルの演出とは全く別物になっていましたし、カルメンらしさも失われていたと申し上げましょう。

 例えば、カルメンとホセとがあれだけ離れていて、どうしてホセがカルメンの色香に迷えるのだろう、と思うのです。普通なら、カルメンはハバネラを歌って登場してホセに流し目を送る。そして、ホセを口説きにかかり、セギリーディヤで自分の色香の虜にするわけですが、そこは二人がお互い密着できるチャンスがあることが前提になる。舞台の右と左にカルメンとホセがいて、どうして二人は恋仲になれるのでしょうか。そういう意味での説得力はこの舞台にはありませんでした。

 この舞台を見ると、オペラを上演することとソーシャルディスタンスを保つこと、この二点を両立させるために苦労したことは痛いほど分かるのですが、オペラの本当の魅力は必然的に減殺されており、これであれば思い切って演奏会形式にした方がまだましだったのではないかという気すらしました。

 音楽的な観点で残念なのはフェイスガードの使用です。オペラはそもそもマイクのような機械を使わずに歌うところにその醍醐味があります。フェイスガードは増幅装置ではありませんが、やはり着けることで声が変わります。フェイスガードは音には影響を与えないという話も聞いていて、本当のところはどうだろうと思って聴きましたが、実際はやはり影響がありました。

 私もフェイスガードを着けて歌ったことがありますが、この場合自分の声が普段よりも自分の耳元に響きます。この響きを基準に考えると観客にはどうしても小さく聴こえてしまうし、重唱等でも自分の声だけが大きく響いて聴こえてしまい、バランスがとりにくいのです。このフェイスガードの影響は高音系の人よりも低音系の人に出やすいようで、今回は低音系の歌手に上手く行っていなかった方が多かったと思います。

 それをまず感じたのは大槻聡之介のモラレス。モラレスはオペラ冒頭のミカエラのやり取りで重要な役割を果たしますが、今回の大槻の声は籠っているように聴こえ、「あれっ、大槻ってこんな声だったっけ」という感じでした。二瓶純子のカルメンもその点は同じです。二瓶のカルメンは昨年相模原シティオペラでも聴きましたが、カルメンの歌としては昨年の方が良かったように思います。もちろんセギリーディヤのように上手く行っている部分もたくさんあったのですが、ちょっとしたところで響きが気になるところがあるようで、微妙なところでぎくしゃくしているところが何か所もありました。登場のアリアである「ハバネラ」は緊張していたのでは、という意見もありますが、私はそれだけではないように思いました。

 市川宥一郎のエスカミーリョもそうです。美声で深みのある声も出せるバリトンですが、「闘牛士の歌」などは響きが浅い感じで、今一つ感動しがたい歌でした。本人も何か変だなと思うようで、時折ギアチェンジをします。それもちょっと耳障りで、こうせざるを得ないのもおそらくフェイスガードの影響だろうと思います。

 一方、高音系の人にはフェイスガードの影響はほとんどない感じでした。

 フェイスガードなどはものともせず美声を響かせたのが澤崎一了のホセ。彼のホセは二度目ですが、ほんとうに素晴らしい。登場したところから響きが別格で、まさにプリモの貫禄。一番の聴かせどころである「花の歌」は、しみじみとした情感と思いが歌の中に籠った抜群の歌で、Bravoの一言。またラストのカルメンとの二重唱もカルメンに対する思いと嫉妬心が交錯する感じが見事で素晴らしい。

 石岡幸恵のミカエラもよかった。冒頭のモラレスとのやり取りの部分もモラレスのこもっている感じに対して、ミカエラは前にしっかり響きが飛んでいる感じでよかったですし、第三幕のアリアもしっとりとした情感が歌に満ち溢れていて、見事でした。Bravaと申し上げられるレベルでした。

 普通バリトンによって歌われるダンカイロは今回はベテランテノールの角田和弘。またレメンダードは山内政幸が勤めましたが、こちらはどちらも良好。フェイスガードの影響はあまり感じられませんでした。

 フェイスガードとソーシャルディスタンスの双方が関係しているだろうな、と思ったのは重唱部分です。例えば第二幕冒頭の「ジプシーダンス」これは、カルメンを中心にフラスキータとメルセデスとが左右の舞台端に分かれて歌われましたが、声の大きさのバランスも今一つしっくりきませんでしたし、歌もぴったりは合っておらず微妙なずれがありました。これはフェイスガードを装着した上に離れて歌っているので、お互いの息遣いが分からず、合わせられなかったものと思います。一方で比較的近づいて歌った第二幕後半の五重唱などは見事でしたから、お互いのアイコンタクトがとれるような状態であれば、もっといい歌になっただろうなと思う次第です。

 鈴木恵里奈率いるテアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラは中庸な演奏で立派。鈴木は手元にモニターを置いての演奏で、背中で演奏される歌手たちの状態を確認しながら、丁寧に指揮をしていました。良かったと思います。

 以上、今回のカルメンは「ウィズ・コロナ時代」のオペラ上演に関するひとつの実験だったと思います。全体としては決して悪い演奏ではなく、日本のオペラ制作者や歌手たちの実力の高さと器用さを感じさせてもらいましたが、このスタイルが今後の規範になるのは私は反対です。やはりオーケストラはピットで演奏すべきであると思いますし、愛を囁くシーンではお互いが近くにいるべきでしょう。合唱によって歌われる群衆だってオペラの重要な登場人物です。それらを別にしてしまうというのも如何なものかと思います。更にフェイスガード。これは絶対にいけない。生の歌をそのまま聴かせるのがオペラの根本である以上、マイクと同様にフェイスガードは禁じ手であると思いました。

 とは言っても、今回のスタイルがひとつの基準になってしまわざるをえないと思います。関係者には、感染防止と良質な演奏。それを両立させるためにどうしたら一番良いのか、さらに検討を重ねることをお願いしたいところです。次の大規模な公演は東京二期会の「フィデリオ」になります。彼らがどのような演奏をしてくれるのか。今回藤原歌劇団は一つの解答を出してくれました。東京二期会は藤原とは違った解答を出してくれることを期待したいと思います。

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鑑賞日:2020年8月18日
入場料:招待のみ 自由席 1F中央にて聴取

主催:KONO国際交流

全4幕、日本語字幕付イタリア語上演(リコルディ4幕版)
ヴェルディ作曲「ドン・カルロ」(Don Carlo )
原作:フリードリヒ・フォン・シラー
台本:ジョセフ・メリ/アミーユ・デュ・ロークル

会場:調布たづくり「くすのきホール」

スタッフ

指 揮 仲田 淳也
第一ヴァイオリン   桂川 千秋 
第二ヴァイオリン    工藤 ゆかり
ヴィオラ    河田 留生
チェロ    井尻 兼人
フルート :  宗方 律
クラリネット 守屋 和佳子
ティンパニ/パーカッション  星出 朱音
ピアノ  松本 康子
舞台/照明  :  福原 かおる
衣 裳  :  OPERA BUFF
舞台監督  :  相原 嵩

出 演

ドン・カルロ   根津 久俊
ロドリーゴ   立花 敏弘
フィリッポ二世   西山 栄治
エリザベッタ   こうの 香代子
エボリ公女   城守 香 
宗教裁判長   小幡 淳平
テバルト   細谷 理恵子
修道士   岩田 健志
レノマ/使者   岩鶴 優太
天の声  :  早田 琴奈 
貴婦人   君島由美子/中込純子/早田琴奈/矢崎恭子
修道士/貴族   岩鶴 優太
修道士/衛兵  :  野村京右/齋藤史弥/寺田穣二 
修道士/フランドル人  :  松尾豊明/山崎大作 

感 想

「オペラ」であるということ‐KONO国際交流「ドン・カルロ」を聴く

 COVID-19によるバンデミックが起きる前、日本では、様々なレベルのオペラが上演されていました。海外の歌劇場の引っ越し公演に始まり、新国立劇場の公演、二期会、藤原歌劇団と言った大手団体の公演、市民オペラ、中小団体による公演、歌手グループによるピアノ伴奏だけの小規模公演に至るまで、ほんとうに様々なオペラが上演されていました。演奏形態も、予算や会場の条件に合わせていろいろに変化し、オペラハウスでの本格的なものから演奏会形式まで様々なスタイルがあったわけです。

 これがコロナ禍によって感染防止対策が必須になってしまい、試行錯誤が始まっています。わたしは8月からこの演奏で、合わせて4回の演奏を聴きましたが、過去3回は、それぞれ違ったやり方で感染対策を施したオペラを上演しました。最初の2公演は観客を極限まで減らした準クローズ公演で、コロナ対策ゆえにカットも行うというもの(最初の公演はもともとハイライト公演の延期でしたが)。一方、藤原歌劇団の公演は観客を政府のガイドライン上演まで入れ全曲を演奏する代わりに、出演者同士の感染防止のために出来るだけコンタクトを避ける演出とし、更に歌手は全員フェイスシールドをして、直接お互いの息がかからないようにしました。

 一方このドン・カルロは、観客を招待客のみと減らしました。今回公演が行われた調布たづくり・くすのきホールは500席ほどのホールですが、1階前方7列156席を閉鎖し、残りの約350席の更に半分、最終的には150人ほどの方が演奏を聴かれたのではないかと思います。観客に対してはマスクの着用、入場時のアルコール消毒、一席おきの着席、検温はありましたが、それ以上の注意はなく、現実にBravoの声掛けも、プレゼントの受け渡しもありました。

 また、当初はコンサート形式というアナウンスだったのですが、実際は衣裳付きで演技が普通に行われました。舞台上手に8人(弦楽四重奏、フルート、クラリネット、パーカッション、ピアノ)からなる小規模オーケストラが配置され、下手側で演技します。演技はソーシャルディスタンスを全く無視したものではなく、出演者同士のハグのような過度な接触はありませんが、握手程度は当然のようにあり、ストーリーに沿った割と分かりやすい演技になっていました。演出家の名前は公表されていないので、多分歌手同士で演技を決めていったものと思いますが、その分、自分たちで歌いやすいポジションをお互い取れたのではないでしょうか。

 くすのきホールはとりわけ響きが良いホールではないと思いますが、天井が高く、声が上に伸びて聴きやすい。舞台の演技も一定の距離で見られるので、舞台全体を視野に入れられ、その点も嬉しいです。結果としてコロナ禍が始まる前の、普通の小規模公演のオペラになっていました。こういうことが出来たのは、前7列を閉鎖して客席と舞台間の距離を十分に取れたこと、おそらく出演者たちに信頼関係があって、お互いコロナに罹患していないという自信があってのことだろうと思います。大変うれしいことです。

 さて、演奏の出来ですが、大雑把に言ってしまえば低音系の歌手によい演奏をした人が多く、高音系は今一つだったのかな、というところです。

 何と言ってもよかったのはエボリを歌った城守香。私がこれまで聴いた日本人のエボリでは多分一番素晴らしい歌を歌われたと思います。「ヴェールの歌」の柔らかい雰囲気と「酷い運命よ」の劇的な表情、どちらもよくコントロールされた歌で抜群によかったし、アリア以外のつなぎの重唱などもしっかりとした存在感があって立派でした。Bravaです。

 フィリッポ二世を歌った西山栄治も素晴らしいバス。バスらしい低い音がよく響く方で、それだけに存在感のあるフィリッポになっていました。惜しむらくは王としての威厳の出し方が今一つバランスがよくない。「一人寂しく眠ろう」は枯れた歌でもう少し孤独を感じさせてほしいのですが、結構色っぽい。そこから宗教裁判長との対立はもっと威厳をもって、しかし王権が教会権力に負けていく感じを出して欲しかったとは思います。ついでに、宗教裁判長を歌った小幡淳平は若い歌手だけあって、貫禄不足です。上手なのですが、割とまともな歌にしてしまって、宗教裁判長が本来出すべき妖怪的不気味さとは縁遠い感じでした。

 立花敏弘のロドリーゴもいい。響きのよいバリトンで、ロドリーゴの雰囲気を十分に出していたと思います。あまりぱっとしなかったドン・カルロもしっかり支えていました。上行音型の跳躍がもっとストレートに上がってくれれば文句なしです。低音系という意味では冒頭に活躍する修道士役の岩田健志もよかったです。

 ドン・カルロを歌われた根津久俊は線の細い歌唱で、ある意味ドン・カルロが本来持つ神経質な感じがよく出ていたとも思いますが、ヴェルディ・テノールとしてあるべき、強くしっかりした声はあまり聴くことが出来ず残念な出来栄え。エリザベッタのこうの香代子は全体に今一つの歌唱。高齢の方のようで、声が全体にふわふわとして頼りない。しかし、この方の偉いのは、そういう声でも精一杯歌われ、ヴィブラートに逃げないところ。「世の虚しさを知る神」のような難アリアを逃げずにしっかりと歌い上げたのは、完成度は今一つでもとても立派だと思いました。又テバルドを歌った細谷理恵子も今一つ。あれだけ立派なエボリの歌だったのですから、テバルドがもっと鮮明に介入すれば、あの場面の輝きが一段と増しただろうと思います。

 仲田敦也の音楽づくりは、途中まではあまり特徴を感じさせるものではありませんでしたが、後半は、彼自身かなり熱が入り盛り上がる指揮をしてくれました。あういう指揮をすると歌う方も本気になれるのでしょう。良かったと思います。

 それにしても普通のオペラを見ることができたこと、とても嬉しいです。ここまで来るのも大変だったのだろうと思いますが、立派に演奏を成し遂げたこと、すべての関係者にBraviを申し上げましょう。

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鑑賞日:2020年8月26日
入場料:指定席 4500円

主催:オペラサロン トナカイ

オンライン・オペラサロン トナカイ「オペラガラ・コンサート」Vol.2

会場:
加賀町ホール

出 演

ソプラノ   山邊 聖美
テノール   吉田 連
フルート   高瀬 慶子
ピアノ   三浦 愛子 
司会   森口 賢二

プログラム

作曲 作品名 曲名 歌唱
ラロ イスの王様 ミリオのオーバード「愛する人よ、今はもう」 吉田 連
ドニゼッティ ランメルモールのルチア ルチアのアリア「あたりは沈黙に閉ざされ」 山邊 聖美
    ルチアとエドガルドの二重唱「裏切られた父の墓の前で」 山邊 聖美/吉田 連
休憩
    エドガルドのアリア「我が祖先の墓よ」 吉田 連
    ルチアのアリア「あの方の優しい声が」(狂乱の場) 山邊 聖美
ヴェルディ 椿姫 ヴィオレッタとアルフレードの二重唱「友よ、さあ、飲み明かそう」 山邊 聖美/吉田 連
アンコール
プッチーニ ジャンニ・スキッキ ラウレッタのアリア「私のお父さん」 山邊 聖美
ディ・カプア   オー・ソレ・ミオ 吉田 連/森口 賢二
レハール メリー・ウィドウ ハンナとダニロの二重唱「唇は閉ざされても」 山邊 聖美/吉田 連/森口 賢二

感 想

配信コンサートならではオンライン・オペラサロン トナカイ「オペラガラ・コンサート」Vol.2を聴く

 オペラサロントナカイでは、2018年ごろから若手歌手によるサロンコンサートを年に2回ぐらいのペースで行っていて、この2月には、本日の山邊/吉田/三浦のコンビで第5回のサロンコンサートが実施されました。しかし、その後はコロナ禍による自粛で、トナカイのコンサートやオペラも全て中止または延期となりました。そこで、トナカイではyoutubeによる配信もできるコンサートをやろうと、加賀町ホールで観客18人、それに配信で聴いてくれるお客さん数百人でガラコンサートが実施されるようになりました。

 第1回は7月28日に行われ、今回が第2回。「ランメルモールのルチア」のアリア3曲以外は全て2月のコンサートで歌われたものでしたが、会場も雰囲気も違い、別の感興を覚えました。

 最初に歌われた「イスの王様」のアリアは2月に聴いたときももちろん立派だったのですが、今回は気持ちがもう一つ入っていたと思います。吉田にとっては三月以来の本番で、その最初の曲では自分の一番良い状態を見せたいと思ったのでしょう。第一声の響きに艶やかな力がありました。

 そして、今回のメインであるルチアのハイライト。もちろんルチアという作品には冒頭のエンリーコのアリアや第二幕の兄妹の葛藤の二重唱や大コンチェルタント・フィナーレのような聴きどころもありますが、基本はプリマドンナ・オペラですからそのエッセンスは、今回歌われた4曲にあると言っていい。今回はこの4曲ともよかったのですが、特に休憩後に歌われた2曲のアリアがそれぞれの曲の特徴をよく示していて素晴らしい。エドガルドのフィナーレのアリアにはルチアを失った気持ちがしっかりと込められていたし、ルチアの狂乱の場は、細かい処までないがしろにせず、しっかりと艶やかに歌い上げられました。Braviでしょう。

 歌えなかった期間での精進が見えたコンサートでした。

 なお、今回は生配信も同時に行われましたが、そのため開始は19時ちょうど。司会の森口賢二が時計を見ながら話し始めたのが面白かったです。配信の終演は20時15分ごろ。その後、アンコールの演奏が配信無しで行われました。

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