オペラに行って参りました-2021年(その6)

目次

ベッリーニ・イヤー? 2021年11月13日 NISSAY OPERA 2021「カプレーティとモンテッキ」を聴く
ワグネリアンにはなれそうもない 2021年11月24日 新国立劇場「ニュルンベルグのマイスタージンガー」を聴く
こなれてはいたけれども・・・ 2021年11月25日 東京二期会オペラ劇場「こうもり」を聴く
本気の真面目と、本気のおふざけ 2021年12月1日 ゲキジョウシマイ「Spanish Vacations & Massnet Night 2/3 Special Concert」 を聴く
劇場とお客さんの問題 2021年12月2日 歌劇派「La Festa Della Voce―冬の歌祭り」を聴く
再演の意味 2021年12月8日 卍プロジェクトオペラ「卍」管弦楽版初演 を聴く
プリマドンナの魅力 2021年12月10日 新国立劇場「蝶々夫人」を聴く
子供相手ということ 2021年12月12日 飛び出る絵本オペラ「魔笛」を聴く
舞台経験 2021年12月23日 国立音楽大学声楽学科92Vクリスマスコンサートを聴く
「やっと舞台が戻ってきた」? 2021年12月24日 IAW「道化師」を聴く

オペラに行って参りました。 過去の記録へのリンク

2021年 その1 その2 その3 その4 その5 その6 どくたーTのオペラベスト3 2021年
2020年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2020年
2019年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2019年
2018年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2018年
2017年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2017年
2016年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2016年
2015年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2015年
2014年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2014年
2013年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2013年
2012年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2012年
2011年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2011年
2010年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2010年
2009年 その1 その2 その3 その4   どくたーTのオペラベスト3 2009年
2008年 その1 その2 その3 その4   どくたーTのオペラベスト3 2008年
2007年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2007年
2006年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2006年
2005年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2005年
2004年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2004年
2003年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2003年
2002年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2002年
2001年 その1 その2       どくたーTのオペラベスト3 2001年
2000年            どくたーTのオペラベスト3 2000年

鑑賞日:2021年11月13日
入場料:B席 2F H列46番 6000円

主催:公益財団法人 ニッセイ文化振興財団(日生劇場)

NISSAY OPERA 2021公演

全2幕、字幕付原語(イタリア語)上演
ベッリーニ作曲「カプレーティとモンテッキ」(I Capuleti e i Montecchi)
台本:フェリーチェ・ロマーニ

会場 日生劇場

スタッフ

指 揮 鈴木 恵里奈  
管弦楽 読売日本交響楽団
合 唱 C.ヴィレッジシンガーズ
合唱指揮 大川 修司
演 出 粟國 淳
美 術 横田 あつみ
照 明 大島 祐夫
衣 裳 増田 恵美
舞台監督 山田 ゆか

出演

ロメオ 山下 裕賀
ジュリエッタ 佐藤 美枝子
テバルド 工藤 和真
ロレンツォ 須藤 慎吾
カペッリオ 狩野 賢一

感 想

ベッリーニ・イヤー?‐NISSAY OPERA 2021「カプレーティとモンテッキ」を聴く

 素晴らしい演奏でした。ベッリーニの作品と言えば、今年は9月に「清教徒」の上演もあり、こちらも素晴らしい演奏だったと思いますが、ベッリーニのなかなか上演されない難しい二作品を同じ年に、それも素晴らしい演奏で聴くことができ、今年はベッリーニ・イヤーだっけ、と言いたくなるほどでした(実際は、ベッリーニは1801年生まれ、1835年死亡ですから2021年は生誕220年に当たり、ベッリーニのメモリアルイヤーと言えないわけではありません)。

 それにしても素晴らしい作品です。「カプレーティとモンテッキ」はベッリーニが失敗した前作の「ザイーラ」から10曲を流用して作曲したことで知られています。「ザイーラ」は日本でもかつて演奏会形式で上演されたことがあり、私も聴きましたが、正直申し上げれば「カプ・モン」とは音楽は同じでも全然面白くはありませんでした。台本にも問題があるのでしょうが、音楽の使い方も今一つだったのでしょう。「カプ・モン」に作り直す際、細々としたところも手を入れ、しっかりと再構築して名曲に仕立てなおしたというところです。そのような作品が残されたことを喜ばなければいけません。

 素晴らしい作品を素晴らしい演奏で聴けたのですが、それには指揮の鈴木恵里奈に「こう演奏するのだ」というしっかりした信念のようなものがあったのが大きかったように思います。鈴木はここ2年ほどコロナ禍で来日できなくなった指揮者の代わりで本番でオペラを振るようになった指揮者という印象が強かったのですが、登場するたびにどんどん上手になっていきます。最初の頃は音楽に付けているだけの指揮だったのですが、余裕も出て来たのか、最近はオペラをどう構築していくか、ということを演奏で見せられるようになってきたように思います。今回の場合、オーケストラも熟練の読響ですし、歌手たちも立派なので、指揮者は音楽の流れを作っていけばいいだけの立場だったのだろうとは思いますが、それにしても、歌手たちとのコミュニケーションもよく、自分のやりたいことも明確でだったのでしょう。

 まず、それを感じたのが「序曲」。ベッリーニのオペラの序曲はどの曲も大して面白いものではなく、「カプ・モン」の序曲もテンポに変化があるわけでもなく、調性もリズムも変化のないシンプルな曲ですが、それを生き生きとした演奏で示してくれてシンプルさを感じさせない魅力を引き出してくれました。その後も各曲の序奏部分がいい感じに響くのです。もちろんこれは読響奏者のヴィルトゥオジティということが有るとは思うのですが、一方で、読響オリジナルの音はもっと重厚でドイツ的な印象が有ったので、今回のようにメリハリはしっかりしているけれども基本的には明るく響くというベルカントオペラ向きの音色で演奏出来たのは、指揮者・鈴木の意思が大きく働いているように思いました。素晴らしいオーケストラのサポートだったと思います。

 歌手ではまず、ロメオ役の山下裕賀が素晴らしい。まず見た目が色男。ほとんど宝塚の男役にしか見えない格好良さ。2016年藤原歌劇団上演の時の向野由美子も格好良かったですけど、今回の山下の方が私には上。しっかり短髪にして(鬘を被っていたのかな?)顔立ちもよく(山下は元々美女ですが)、更に立ち姿や殺陣の立ち振る舞いも美しく、まさにジュリエッタが好きになるのは仕方がないという男っぷりでした。その上歌もいい。全体的に透明感のある伸びやかな歌で、そこが素晴らしい。相手役のジュリエットが大ベテランの佐藤美枝子だったわけですが、その佐藤の支えを頼りにしながら伸び伸びと歌われていたのが印象的でした。

 登場のアリア「ロメオが御子息を亡き者にしたとはいえ」が見事。低音から高音までしっかりと歌い、高音のアクートが見事に決まって素晴らしい。中盤で歌われるジュリエッタとの愛の二重唱が絶妙にまで美しい。二人の歌共に艶やかで滑らか。本当の重唱部分でのハモリ方ももう天国的とでも言うべき美しさで大いに堪能しました。一方で、第二幕のテバルトとの対立の二重唱も格好いい。緊迫の度合いが進むように書かれている二重唱ですが、それを工藤和真とともに過不足なく、緊張を高めていく様子も見事でした。ラストのロメオの死のシーンでの慟哭のカヴァティーナとそれに続くジュリエッタとの短い二重唱も美しく、本当に今回の山下ロメオはサポートのよろしきも得て、実力を十全に発揮できたのでしょう。

 ジュリエッタの佐藤美枝子も流石です。年齢的にはもう50代となり、流石にビブラートの振幅が大きくなるなどの変化は避けられませんが、その弱点をテクニックと経験で補うような歌唱でした。登場のアリア「ああ、幾たびか」がまさにお手本のような歌で素晴らしく、ロメオとの二重唱ではロメオをしっかりサポートし、上記のように何とも言えない妖艶さを感じさせる二重唱に仕上げ、ロレンツォとのやり取りでは少女にしか見えない中にも芯のある女の姿を示しました。2002年のロールデビューからほぼ20年たつわけですが、その中での円熟を感じさせる素晴らしい役作りだったと思います。

 テバルト役の工藤和真は、冒頭のアリアの上行跳躍がちょっとぶら下がり気味になったのが残念ですが、あとはどこをとっても見事。しっかり敵役を勇壮な歌唱で果たしました。須藤慎吾のロレンツォもいい。あまり前に出ない歌唱が、ジュリエッタの恋を理解しながらも実際は何もできない医師のやるせなさを表現しているようで、こちらも見事でした。狩野賢一のカペッリオは単純な造形だったと思いますが、要所要所での低音での咆哮がカプレーティ家のモンテッキ家に対する恨みや怒りの厳しさを示すものとして、音楽の流れに対するメリハリの楔として役立っていたと思います。3人ともそれぞれの役柄に似合った歌唱をされていて、よかったと思います。

 粟國淳の演出は灰色の石造りの壁を二つに割って、それを背景に演技を進めるもので、基本的にはカプレーティとモンテッキの対立をしっかり示す中で、翻弄されるロメオとジュリエッタの愛を描こうとしたものでしょう。本作品で合唱は混声合唱で、女声は侍女の格好などして登場させることが多いと思うのですが、今回の演出では女声は完全に陰歌で舞台に登場することはなく、男声合唱も常に兵士の恰好で歌われていました。そこからも家同士の争いを前面に出したかった演出家の意図が感じられました。

 以上、指揮、オーケストラ、演出、歌手、皆素晴らしいパフォーマンスで、素晴らしい公演になったものと思います。Bravissimi!!。

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鑑賞日:2021年11月24日
入場料:C席 4F 2列39番 11880円

主催:新国立劇場

オペラ夏の祭典2019-20 Japan↔Tokyo↔World

全3幕、字幕付原語(ドイツ語)上演
ワーグナー作曲「ニュルンベルグのマイスタージンガー」(Die Meistersinger von Nürnberg)
台本:リヒャルト・ワーグナー

会場 新国立劇場オペラハウス

スタッフ

指 揮 大野和士  
管弦楽 東京都交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団/二期会合唱団
合唱指揮 三澤洋史
演 出 イェンス=ダニエル・ヘルツォーク
美 術 マティス・ナイトハルト
照 明 ファビオ・アントーチ
衣 裳 シビル・ゲデケ
振 付 ラムセス・ジグル
演出補 ハイコ・ヘンチェル
舞台監督 髙橋 尚史

出演

ハンス・ザックス トーマス・ヨハネス・マイヤー
ファイト・ポーグナー ギド・イェンティンス
クンツ・フォーゲルゲザング 村上 公太
コンラート・ナハティガル 与那城 敬
ジクストゥス・ベックメッサー アドリアン・エレート
フリッツ・コートナー 青山 貴
バルタザール・ツォルン 秋谷 直之
ウルリヒ・アイスリンガー 鈴木 准
アウグスティン・モーザー 菅野 敦
ヘルマン・オルテル 大沼 徹
ハンス・シュヴァルツ 長谷川 顯
ハンス・フォルツ 妻屋 秀和
ヴァルター・フォン・シュトルツィング シュテファン・フィンケ
ダーヴィット 伊藤 達人
エーファ 林 正子
マグダレーネ 山下 牧子
夜警 志村 文彦

感 想

ワグネリアンにはなれそうもない‐新国立劇場「ニュルンベルグのマイスタージンガ-」を聴く

 「オペラ夏の祭典2019-20 Japan↔Tokyo↔World」の一環として2020年に上演が予定されていた「ニュルンベルクのマイスタージンガー」。新型コロナウィルス感染症の影響で上演が延期となり、今年(2021年)8月の東京文化会館での公演も中止となりました。そんなわけで満を持しての上演ということになります。本作の本格的上演は2005年の新国立劇場以来16年ぶりとなり、私自身も16年ぶりの鑑賞。その間、本作品の録音や映像も一切見ていなかったので、16年ぶりで聴くことになりました。

 「ニュルンベルクのマイスタージンガー」は言うまでもなく、ワーグナーの主要作品の中で唯一の喜劇であり、全音階の明るい色調を特徴とする、ドイツ啓蒙主義の影響が強い作品ですけど、その理想主義的なところが説教じみていて、鼻につくな、と思っていました。今回16年ぶりに聴いて、やっぱり鼻につきました。

 それにしても長い。正味5時間、休憩まで入れると6時間の上演ですが、その時間を退屈せずに聴けるほど、私はワーグナー好きではありませんし、そこまでいい演奏でもなかったというのが正直なところです。しかし、ネットには賞賛の記事が出ているので、ワグネリアンの方にとってはいい演奏だったのでしょう。

 本来の舞台は16世紀のニュルンベルクですが、今回の舞台は現代のドイツの歌劇場らしい。ハンス・ザックスは劇場の総支配人で履物係という設定のようです。確かに舞台があり、劇中劇のようなものが上演されています。そうなるとザックス以外のマイスタージンガーたちの役割がわからない。劇場の支援者?、評議員?、ワルターはオーディションを受けに来た若き歌手ということなのだろうと思いますが、この時、エーファは何者なのでしょう。ボーグナーの娘という設定は変えられませんが、ボーグナーは裕福な商人で劇場の支援者のように見えますから、支援者の娘なのでしょう。すなわち、支援者がオーディションの勝者に自分の娘を差し出すって、あまりにも荒唐無稽な設定です。

  一概に読み替え演出が悪いとは思いませんが、今回のイェンス=ダニエル・ヘルツォークの演出は今一ついただけません。彼は現在ニュルンベルクの劇場の支配人もやっているそうなので、自分をハンス・ザックスに反映させたくて、このような舞台にしたものと思いますが、出演者のそれぞれの位置づけが曖昧になって分かりにくくなった印象です。だいたい劇場支配人が履物係を兼任して、出演者の靴の調整をするって、ありえないです。

  音楽的には一定以上の水準ではありましたが、最上ではなかったというのが本当のところ。オーケストラは東京都交響楽団。14型の弦楽器はワーグナーを演奏するためには十分というところで、指揮者の大野和士は、手兵といっていい都響から分厚い音を引き出して秀逸。前奏曲から堂々としており、その後の場面も流麗かつ荘重で、ワーグナーの厚塗りの音楽を明確に示していきます。また弱音部分では歌を決して邪魔しないのに、盛り上がる場面ではしっかり鳴らしてそのデュナーミクの幅に大野の力量が示されていたと思います。各楽器のソロ・パートもそれぞれ音色が溶け合って美しいです。コロナ禍のおかげで主要な出演者はかなり変更になり、歌手のパフォーマンスは当初予定していたものより落ちていたのだろうと思いましたが、少なくともオーケストラに関しては十分な魅力と聴きごたえがありました。

  歌手に関していえばはっきり申し上げればそれなりというところでしょう。

 圧倒的に良かったのはベックメッサーをうたったアドリアン・エレート。演技・歌唱とも抜群に良かった。演出の意図もあると思いますが、エレートのベックメッサーは、前半は旧守派の代表の尊厳を持って歌い、だんだんエーファへの気持ちで自分が抑えられなくなり、ザックスのものと信じたヴァルターの歌を歌うという過ちをおかし大敗を喫するまでの演技の変化が見事でした。最後の求婚の歌は声の響きが素晴らしく、コミカルな演技も相俟って、最高でした。

  次いでよかったのはダーヴィットの伊藤達人。彼は新国立劇場の研修所時代から聴いていますが、すごく上手になりました。演技が生硬な感じはするのですが、それがいかにも弟子の緊張を示しているようで悪くない。歌は軽快なリリコで、その若々しい声が、音楽の流れにしっかりはまっています。当初は望月哲也が歌う予定で、伊藤はカヴァーキャストだったわけですが、カヴァーが本家を食った感じをします。Bravoでしょう。

  マグダレーネの山下牧子も艶のある美声と的確な演技でしっかり自分の役目を果たしていました。よかったです。

  ハンス・ザックスを歌ったトーマス・ヨハネス・マイヤーは美声で、どこをとっても滑らかで説得力のある歌でその意味ではとてもよかったのです。ニワトコのモノローグなどはとてもよかったですし、終幕のヴァルターを説得するシーンの説得力あふれる歌唱はさすがの力量でした。ただ、演出との兼ね合いで言うと、全体的に役柄に歌唱が今一つうまくはまっていない感じでしっくりこない。自分の立ち位置に自信がないのか、ハンズ・サックスの持つ人物的な大きさというか、包容力がどこまで示せていたか、と言われれば、かなり疑問なところです。

  ヴァルターを歌ったシュテファン・フィンケは総じて歌唱が汚く私は評価しません。ヘルデンテノールとして有名な方で世界中で活躍している方のようですが、今回の歌唱はうまくいっていなかった。勢いはあるのですが上滑りしていて、音のバランスも悪くよろしくない。もっと精妙な歌唱にしてほしいと思いました。

  エーファは林正子。二期会のドイツオペラでは欠かせない方です。美しい容姿と抒情的な表現でエーファの魅力をふんだんに見せた歌唱でよかったのですが、第三幕のクライマックスのフォルテはオーケストラの音に負けまいという意識が強すぎたのか、頑張りすぎている感じで、もう少し冷静でもよかったのではないかという印象です。

  ボーグナー役のギド・イェンテンスは温厚な街の実力者の風格を示していましたが、歌唱はそこまで充実していなかったというのが本当のところでしょう。高音の伸びが足りませんでした。

  親方陣ではコートナーの青山貴がいい。マイスターの歌の規則を教える第一幕の歌唱がコミカルでユーモアがあって魅力的でした。

  合唱は新国立劇場合唱団と二期会合唱団の混成軍。三澤洋史の指揮のもと迫力のある歌唱で聴かせてくれました。

「マイスタージンガー」のもう一つの見どころは最後の処理でしょう。「ドイツの伝統と芸術」を賛美する全体の流れとラストは、ナチスによって利用されたこともあって、ただワーグナーの賛美というわけにはいきません。ヘルツォークはその批判役をエーファに与えます。

  エーファは箱入り娘ではなく意志の強い娘として登場します。父親が、「自分を歌合戦の勝者に与える」といったときに、当然ながら嫌そうな表情を見せる。これこそ、自分が犠牲になってまで、マイスタージンガーの伝統を守る必要があるのか、という当然の疑問です。ヴァルターは、マイスタージンガーになることを拒否し、ザックスに説得されてマイスタージンガーを受け入れ大団円となるのが本来の筋。今回は説得されてマイスタージンガーの資格であるダビデの肖像を受け取ろうとしたとき、エーファがその肖像画を破り、ヴァルターの手を引いて駆け落ちします。

  これはいい終わり方だと思います。今回の読み替えは、私には牽強付会が強すぎて好きになれませんが、このラストだけは当然の選択だと思います。今回の演出に関しては、この点のみ支持します。

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鑑賞日:2021年11月25日
入場料:B席 2F G列15番 8000円

主催:公益財団法人東京二期会

共催:公益財団法人ニッセイ文化振興財団

東京二期会オペラ劇場
二期会創立70周年記念公演
ベルリン・コーミッシュ・オーパとの提携公演
NISSAY OPERA 2021提携

オペレッタ3幕、日本語字幕付歌唱原語(ドイツ語)台詞日本語上演
ヨハン・シュトラウス二世作曲「こうもり」(Die Fledermaus)
原案:アンリ・メイヤック/リュドヴィック・アレヴィ
台本:カール・ハフナー/リヒャルト・ジュネー

会場:日生劇場

スタッフ

指 揮 川瀬 賢太郎
管弦楽 東京交響楽団
合 唱 二期会合唱団
合唱指揮 根本 卓也
演 出 アンドレアス・ホモキ
舞台美術 ヴォルフガング・グスマン
照 明 フランク・エヴィン
演出補 菅尾 友
舞台監督 幸泉 浩司/三宅 周
公演監督 加賀 清孝

出 演

アイゼンシュタイン : 又吉 秀樹
ロザリンデ : 幸田 浩子
フランク : 斉木 健司
オルロフスキー : 郷家 暁子
アルフレード : 澤原 行正
ファルケ : 宮本 益光
ブリント : 高梨 栄次郎
アデーレ : 高橋 維
イダ : 渡邉 史
フロッシュ : 森 公美子

感想

こなれてはいたけれども・・・-東京二期会オペラ劇場「こうもり」を聴く

 2017年、日生劇場で行われた舞台の再演。前回、私はこの舞台を「田舎芝居」と評したのですが、今回もその思いは変わりません。ただ、指揮者が違い、オーケストラが違い、出演者が違うことによって、その田舎芝居の方向性が少し変わったのかな、という印象です。前回は下手な田舎芝居をストレートに見せているという感じがしたのですが、今回は下手な田舎芝居を上手に演じている、とでも言ったらいいのでしょうか。このホモキの演出は分からないではないですが、同じキッチュであってももっと上品なキッチュである方が、私は好きです。それでも再演だったということで、今回の方が見やすかったというか、見ていての違和感は前回ほどではなかったと思います。

 音楽は、全体として粗っぽい。前回も粗っぽいと思ったので、そこが演出のポイントなのでしょう。

 川瀬賢太郎はかなり攻めた音楽づくりでした。有名な序曲は照明が落ちてまだ客席がざわついているときにタクトを下ろして演奏を開始しました。それも振りかぶって、という感じではなくて、本当にスッと入ったので、オーケストラも心の準備が出来ていなかったのか、最初の何十秒かはオーケストラはかなりバラバラでした。奏者もかなり焦っている感じで、定評のある木管陣ですら、あまり上手くいっていませんでした。もちろん、アンダンテでワルツが始まれば一丸となった演奏に変わるわけですが、川瀬の攻めの姿勢はよく伝わったのではないでしょうか。

 歌手陣もノリノリ。はっきり申し上げればかなり雑な演奏で、もう少し丁寧に演奏したほうが音楽の魅力を味わえると思うのですが、そういう方針の演出のようなので、仕方がありません。その中でまず頑張っていたのは、又吉秀樹のアイゼンシュタイン。初演時もアイゼンシュタインを歌っただけあって、その動きなどに澱みがありません。声も大きく、パワフルで、その動きも相俟って非常に存在感のあるアイゼンシュタインになっていました。Bravoでしょう。

 フランクを歌った斉木健詞もいい。斉木フランクはそのおどおどした表情と動きが、いかにも場違いな舞踏会に来た下級官吏の心細さを上手く表現していて秀逸。ちょっと尊大な感じのアイゼンシュタインとのバランスもまずまずだったと思います。

 ファルケは宮本益光。宮本は本舞台初演時もファルケを歌い、かなり存在感を示していたように思うのですが、今回は一歩引いた感じです。と申し上げてもやはりパワフルな声は健在ですし、アイゼンシュタインとの掛け合いや舞踏会のシーンでの仕切りは流石の味わいです。

 二期会本公演初出演の澤原行正がアルフレード。冒頭の「僕の小鳩よ」はかなり緊張していたようで、最初が上手く行っていませんでしたが、舞台に出て来てからは開き直ったのか、悪くない演技でした。高梨栄次郎のブリントはもっと癖を強く出した方がブリントらしさが出ると思いましたが、若手でなかなかそこまで踏み込めないのでしょう。

 郷家暁子のオルロフスキー。このオルロフスキーは本物のロシアの貴族ではなく、ファルケが雇った男という設定。ファルケがガンガンいじめるところがこの演出の面白いところですが、いじめられ役としては今一つメリハリが足りない感じ。初演時は青木エマがオルロフスキーを演じて、木偶の棒みたいな感じでオロオロして、ファルケに叱られてかなり可哀想な感じだったのですが、今回はそこまで尖がった演技ではありませんでした。郷家が小柄だということもあるのでしょうね。また、宮本益光も初演時ほどそこを目立たせなかったというのはあるのかもしれません。歌は良かったと思います。

 高橋維のアデーレ。歌は立派で文句はないのですが、華やかさに欠ける。これはもちろん演出の問題なのですが、アデーレは第一幕の小間使いから舞踏会に行ったとき、舞踏会に飲まれるよりそのしたたかさゆえに華やかに見せる、という風にして欲しいと思っています。だからこそ、アイゼンシュタインは自分の女中だと思いながらも、やっぱり違うかな、と半信半疑になるのですから。

 そして幸田浩子のロザリンデですが、正直なところ今一つでした。若いころアデーレを歌ってベテランになるとロザリンデを歌うというのはよくあるパターンですが、幸田浩子の場合、ロザリンデを歌うには声が足りない感じがします。また外見もまだアデーレの方が似合っている感じ。特に今回の男性陣は又吉秀樹、宮本益光、斉木健詞とパワフルな声の持ち主が揃ったので、幸田の声では対抗できず、かなり押されている感じでした。「チャルダーシュ」も繊細な表情でいい歌なのですが、迫力は足りませんでした。

 忘れて行けないのはフロッシュ。テレビやミュージカルでおなじみの森公美子が演じました。いやあ、上手いです。出身地の仙台弁丸出しのトークは本当に抱腹絶倒もの。テレビのトークで鍛えられている人の底力を見せられる思いでした。森の演技を見るにつれ、日本のオペラ歌手は演技に関してはまだまだだな、と思わずにはいられませんでした。

 以上、この演出は好きにはなれませんが、とても楽しく観ることができました。

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鑑賞日:2021年12月1日
入場料:自由席 6000円

主催:ゲキジョウシマイ製作委員会

ゲキジョウシマイ「Spanish Vacations & Massnet Night 2/3 Special Concert」

会場 東京オペラシティ リサイタルホール

出演

ソプラノ 森谷 真理  
メゾソプラノ 鳥木 弥生
ピアノ 江澤 隆行

プログラム

作曲 作品名 曲名 演奏
第一部 Massenet Night 2/3
マスネ   星へ 森谷 真理/鳥木 弥生
  喜び! 森谷 真理/鳥木 弥生
  森谷 真理/鳥木 弥生
サンドリヨン サンドリヨンとシャルマン王子の愛の二重唱 森谷 真理/鳥木 弥生
エロディアード サロメのアリア「彼は優しく、善い人」 鳥木 弥生
マノン マノンのアリア「みんなの声が愛の言葉を囁くとき」 森谷 真理
休憩
第二部 Spanish Vacations
モーツァルト ドン・ジョヴァンニ ゼルリーナのアリア「よい子にしていたら」(薬屋の歌) 森谷 真理
フィガロの結婚 スザンナのアリア「やっと、この時が~恋人よ、早くここへ」 鳥木 弥生
ケルビーノのアリア「恋とはどんなものかしら」 森谷 真理
ビゼー カルメン ミカエラのアリア「何を恐れることがありましょう」 鳥木 弥生
カルメンのハバネラ「恋は野の鳥」 森谷 真理
アンコール
ヴェルディ ドン・カルロ ドン・カルロとロドリーゴの二重唱「我らの胸に友情を」 森谷 真理/鳥木 弥生
モーツァルト フィガロの結婚 伯爵夫人とスザンナの手紙の二重唱「そよ風に寄せる歌」 森谷 真理/鳥木 弥生

感 想

本気の真面目と、本気のおふざけ‐ゲキジョウシマイ「Spanish Vacations & Massnet Night 2/3 Special Concert」を聴く

 本年6月に予定されていたゲキジョウシマイの「Massnet Night」コンサートはコロナ禍で中止となりましたが、今回の公演はその延期公演かと思いきや、マスネナイトに予定されていた2/3と新たに付け加えた特別な曲によるコンサート、前半が「Massenet Night」で後半が、「Spanish Vacations」でした。コンサートのタイトルが、「Spanish Vacations & Massnet Night 2/3 Special Concert」ですから、今回の目玉は後半だったのでしょう。まさに、後半は思いっきりヴァカンスを楽しむような演奏だったと思います。

 まずは前半、マスネの二重唱の歌曲から。マスネの二重唱の曲ってどんなものがあるかと調べてみたのですが、「Wikipedia」の英語版やフランス語版を見ても記載がないぐらいですから、かなり珍しいものだろうと思います。私も全て初めて聴く曲でした。二人も取り上げるのは初めてなのでしょう。しっかり歌われてはいたとはおもいますが、歌い込んでいる曲でないことは一目瞭然。ハモリが不自然でした。特に最初の「星へ!」は、そもそもの曲想が暗い曲で、低音基調にかかれているのだろうと思います。そのせいか、二人とも乗れていない感じでしたし、合い方が一番悪かった印象です。「喜び」は明るい曲想で、最初の「星へ!」と比べると響きがおおらかになって楽し気でいいです。「花」は、花にの色々な意味を込めた6節の曲。不思議な妖艶さを感じさせる曲でした。

 この二人にとっては歌曲よりオペラの曲の方が似合うようです。4曲目は「サンドリヨンとシャルマンの二重唱」は、私はソプラノとテノールが歌ったものしか聴いたことがないのですが、本来は二人のソプラノで歌われるものなのだそうです。初めてオリジナルで歌われるのを聴くと、女性同士の響きが何とも言えない艶っぽさとお伽噺的な非日常を浮かび上がらせます。特に二人の声は割と似ていて、それが合わさることでレズビアン的美、とでも言うべき色気がありました。続くサロメのアリア。ソプラノ・ドラマティコのアリアだと思いますが、高音がきっちり伸びる鳥木にはまさにぴったりと申し上げてよいでしょう。素敵でした。それ以上に凄かったのが森谷のマノンのアリア。決して易しい歌ではなく、かなり必死で歌われることの多いアリアだと思いますが、森谷は余裕綽々の歌で、その分たっぷりとした溜めがあり、気持ちよく響きました。

 そして、今回の本領は後半です。10月末の鳥木・森谷が出演した「フィガロの花園」で森谷がケルビーノ、鳥木がスザンナを歌うのは聴いていましたから、まさか今回はちゃんと歌うと思いましたが、まさかのあの時より輪をかけたお遊び。

 プログラムに歌うメンバーが書いていないから、臭ってはいたんですが、最初に「薬屋の歌」を森谷が歌ったので、これは普通かと思いきや、2曲目3曲目は10月と同じスザンナ鳥木、ケルビーノ森谷と本来の声とは違う歌を歌って見せました。この曲は10月にも聴いていたので驚きは少なかったのですが、10月よりも森谷・鳥木ともによく似合っていたことにビックリ。多分10月を反省してますます磨きをかけてきたのでしょう。特に鳥木スザンナは、スーブレットで歌われるときはなかなか決まらない低音がしっかり響いて、そこが素晴らしいと思いました。

 そして、カルメンのアリアもミカエラを鳥木が、カルメンを森谷が歌うというお遊び。更に言えば、ミカエラのアリアの時森谷が前に出てきて口パクで演技をする、またハバネラの時は鳥木が前に出て口パクで踊るという二人羽織サービスを見せてくれ、抱腹絶倒でした。もちろん、二人ともそのお遊びを本気で大真面目でやるから素晴らしいのです。Braveです。

 そしてアンコールでも遊んでくれました。最初がテノールとバリトンで歌われる名二重唱、ドン・カルロの友情の二重唱を、女同士の友情を示すかのように歌い上げ、最後の手紙の二重唱は、二人でスザンナと伯爵夫人とを入れ替わりながら最後まで聴かせてくださいました。

 こういうことができたのは、森谷がソプラノ、鳥木がメゾソプラノと言いながらも、実際は二人の声は割と近くて重なっている部分も多いことが関係するのでしょう。いい雰囲気のハモリでたっぷり楽しませていただきました。

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鑑賞日:2021年12月2日
入場料:自由席 5000円

主催:情動発現団体「歌劇派」

LA FESTA DELLA VOCE-冬の歌まつり

会場 なかのZERO大ホール

出演

指揮・司会 松下 京介  
オーケストラ トウキョウユニバーサル・フィルハーモニー管弦楽団
ソプラノ 小川 里美
ソプラノ 森谷 真理
メゾソプラノ 藤井 麻美
テノール 大槻 孝志
テノール 澤﨑 一了
バリトン 上江 隼人
バリトン 田中 俊太郎
バス 森 雅史

プログラム

作曲 作品名 曲名 演奏
モーツァルト フィガロの結婚 序曲 オーケストラ
モーツァルト フィガロの結婚 アルマヴィーヴァ伯爵のアリア「訴訟に勝っただと」 田中 俊太郎
ロッシーニ セビリアの理髪師 フィガロのアリア「わたしは町の何でも屋」 上江 隼人
ロッシーニ セビリアの理髪師 ドン・バジリオのアリア「陰口はそよ風のように」 森 雅史
チャピ サルスエラ「セベデオの娘たち」 ルイーザの囚われ人の歌「わたしが愛を捧げたあのひとのことを思うたび」 藤井 麻美
ヴェルディ アイーダ アイーダのアリア「勝ちて帰れ」 小川 里美
プッチーニ トスカ カヴァラドッシのアリア「星は光りぬ」 大槻 孝志
休憩
ドニゼッティ 愛の妙薬 アディーナとネモリーノとの二重唱「ラ、ラ、ラ」 森谷 真理/大槻 孝志
ドニゼッティ ドン・パスクワーレ ドン・パスクワーレとマラケスタとの二重唱「そっと、そっと」 森 雅史/田中 俊太郎
プッチーニ 蝶々夫人 蝶々さんとスズキの花の二重唱「桜の木を揺さぶって」 小川 里美/藤井 麻美
ヴェルディ 運命の力 アルトゥーロとドン・カルロとの二重唱「アルトゥーロよ、隠れても無駄だ」 澤﨑 一了/上江 隼人
プッチーニ ラ・ボエーム 四重唱「さようなら、甘い目覚めよ」 森谷 真理/小川 里美/大槻 孝志/田中 俊太郎
ヴェルディ リゴレット マントヴァ公のアリア「風の中の羽根のように」~四重唱「美しい恋の娘よ」 森谷 真理/藤井 麻美/澤﨑 一了/上江 隼人/森 雅史
アンコール
ヴェルディ 椿姫 ヴィオレッタとアルフレードとの二重唱「乾杯の歌」 全員

感 想

劇場とお客さんの問題‐歌劇派「LA FESTA DELLA VOCE-冬の歌まつり」を聴く

 とっても残念なコンサートだったと思います。

 何故か。この顔ぶれの歌手で、オーケストラの伴奏でアリアや重唱が聴けるというのに、会場にいたお客さんは多分200人ぐらいだったのではないでしょうか?なかのゼロホールは確か1300人弱収容可能なホールですから、あまりにも少ない。だからお客さんの熱気も盛り上がらないのです。更に申し上げれば、劇場も省エネを気にしたかったのか、暖房もほとんど効かない感じ。いくら何でもコートを着ないと寒いと感じるのは如何なものかと思います。縮こまって聴いていると、せっかくの音楽の素晴らしさも半減します。そういう寒々しさは最後まで変わりませんでした。少ないお客さんは一所懸命拍手するのですが、いろいろな条件も相俟って盛り上がらない。そうすると、歌手もそれなりの歌になってしまう。なんかそういう悪循環を感じました。

 私はこのコンサートをフェイスブックの宣伝で見て気が付いたのですが、それ以外の宣伝はほとんどなかったのではないでしょうか? 多分知らなかった人が多かったのだろうと思います。この歌手の顔ぶれで、オーケストラ伴奏でオペラアリアや重唱が聴けるとなれば、オペラ好きの人であれば当然来たいと思うと思います。もっと積極的に宣伝してお客さんを集めないと、なかのゼロホールでやった意味がありません。

 歌唱の寸評ですが、田中俊太郎の「伯爵のアリア」は、力み過ぎです。怒りの感情を盛り込みたかったのでしょうが、この曲は沸々と煮えたぎる怒りの感情を内に秘めて、レガートで歌う方が絶対いい。今後研究されることをお勧めします。続くは上江隼人の「何でも屋」これは、軽快な歌で見事でした。上江の「何でも屋」は以前に聴いたことがありますが、あの時はヴェルディチックで重すぎる印象がありました。それが本当に軽快な歌で見事でした。新国立劇場「チェネレントラ」でダンディーニを歌われ、非常に素晴らしかったわけですが、ロッシーニバリトンの勘所を掴んだのかもしれません。

 森雅史の「陰口のアリア」は割と普通で、特に言うべき印象はありません。ぱっと華やいだのが藤井麻美の「囚人の歌」。サルスエラの曲を選ぶというのが珍しいですが、リズムがしっかりしていて、南国の感じがする曲です。その曲を藤井は溌溂と歌って見せ、寒い会場に温かな光が差し込みました。小川里美の「勝ちて帰れ」は淡々とした歌。もちろんしっかり歌っていましたが、会場の広さにと寒さに負けた感じです。お客さんのいない2階席まで声を飛ばさなくてもいいとは思っていなかったとは思いますが、会場が響きで飽和するという感じではありませんでした。そして、前半最後が大槻孝志の「星は光りぬ」。美声がよく響くいい歌でしたが、拍手の盛り上がりに欠け、そこが残念です。

 二重唱は、皆よかったと思います。最初の「ラ、ラ、ラ」は大槻孝志のネモリーノの表情が見事で、楽しかったです。つづくドンパスとマラケスタの二重唱。早口で二人が重なる部分、ぴったり合うことは本当に珍しいのですが、今回はほぼ合っていました。そこがなんと言っても嬉しい。しっかり合わせの練習をされたのでしょうね。花の二重唱も小川蝶々さん、藤井スズキともすっきりとしていていい感じの歌。そして、澤﨑、上江の「運命の力」の二重唱。やっぱり澤﨑一了は素晴らしいです。彼が歌うと会場の華やぎ方が違います。また相方もヴェルディバリトンである上江隼人ですから、その熱の迸りがストレートです。会場の本当の温度が上がることはなかったとは思いますが、温度が上がるんじゃあないかと思わせてくれるぐらいの熱気がありました。

 最後は有名な四重唱が二曲。ボエームの第三幕の四重唱は、森谷ミミ、大槻ロドルフォの情感豊かな歌が素晴らしい。そこに楔のように入る小川ムゼッタ、田中マルチェッロもよかったです。リゴレットの終幕の四重唱は、「女心の歌」がサービスで付くもの。澤崎一了のマントヴァ公が軽快に歌い上げ、その後は四重唱に突入です。森谷ジルダ、上江リゴレットの歌唱が見事で、それとは無関係の公爵とマッダレーナのデュエットもいい感じでした。

 全体的に素晴らしいプログラムで、聴き応えがあるもの。歌も総じて良く、本当にいいコンサートだったと思うのですが、お客さんが少なく、会場の熱気が足りなかったことがせっかくのプログラムを台無しにしたような気がします。

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鑑賞日:2021年12月8日
入場料:B席 2F 8列23番 4500円

主催:「卍」プロジェクト

文化庁「Arts for the future!」補助事業

全3幕、原語(日本語)上演
西澤 健一作曲「卍」
原作:谷崎 潤一郎
台本:西澤 健一

会場:めぐろパーシモンホール大ホール

スタッフ

指 揮 西澤 健一  
管弦楽 卍プロジェクトオーケストラ
演 出 三浦 安浩
美 術 松生 紘子
照 明 矢口 雅敏
衣 裳・ヘアメイク 濱野 由美子
舞台監督 近藤 元

出演

徳光 光子 新宮 由理
柿内 園子 津山 恵
柿内 孝太郎 横山 慎吾
綿貫 栄次郎 岡本 敦司
助演(女中・他) 飯塚 奈穂

感 想

再演の意味‐卍プロジェクト オペラ「卍」管弦楽版初演を聴く

 谷崎潤一郎の「卍」は、関西の中産階級の女性の上品な語り口で書かれた一人称小説で、大阪弁の柔らかい口調とレズビアンを含む三角関係の嫉妬のえげつなさ、の対比が面白いところなのだろうと思います。卍は何度か映画化されており、増村保造監督若尾文子主演のものが有名ですが、私が見たのは、横山博人監督の1983年東映作品で、光子が樋口可南子、園子が高瀬春奈、柿内が原田芳雄というキャスティングでした。この作品は性愛シーンが露骨でそれで話題になったのですが、作品としてはイマイチだった印象です。おそらく関西弁の柔らかな語り口が映画では全く使われず、三角関係と激しい性愛だけが強く描かれたからではないかと思います。

 今回のオペラ「卍」は、西澤健一の初オペラ作品。2017年に初演されているそうですが、私自身は全く知らなかった作品。今回初聴になります。

 西澤健一によれば、関西弁のイントネーションに音楽を感じ、それを作曲技法の中で体系化し、それをこの作品の基本骨格にしたとのことです。西澤は時代性は排除したといっていますが、関西の上品な言葉があまり聞かれることのない現代において、戦前の中産階級の言葉遣いを残そうとすれば、それなりの時代性を感じないわけにはいきません。また、今回の演出も三浦安浩は時代性を排除していると言っていますが、園子が常に和装であることや、光子の衣裳が華やかに見えること、ベスト姿の孝太郎、女中が登場することなどの様子などを見ると、戦前の関西中産階級のエッセンスを表現したいと言う気持ちは上演関係者にあったものと思います。

 さて作品ですが、今回が三演目ということです。初演だけでお蔵入りする日本オペラ作品が多い中、三演ができたこと、作曲家の思いや関係者の気持ちの重みを感じずにはいられません。一方で、今回は管弦楽版初演ということで、二管編成のフルオーケストラによって演奏されました。この管弦楽版に編曲するときに色々な手直しをしているはずですが、その時、オペラ作品として観客に聴かせようとした時に観客が聴きやすくする工夫がされたかという点についてははなはだ疑問です。第一幕はストーリーを理解するためにたいへん重要だと思うのですが、単語が途切れ途切れには聴こえてくるのですが、文章としては聴こえてこない。関西弁で何か言っているとは思いましたが、それが意味のある文章として耳に入ってこないのは、歌手の責任なのか、作曲家の責任なのか、それとも聴き手の耳の悪さなのでしょうか。初演、二演目でそういった指摘はなかったのか、あっても対応しなかったのか、してもまだ上手く行かなかったのかは分かりませんが、字幕を用意しない以上、はっきり聴かせる工夫は必要だなと思いました。

 作品はワーグナーを意識していた感じがあります。指示動機のような音型が出てきて、四人のキャラクターを際立たせます。また、栄次郎の語り口なのスケルツォ的なところもありますが、基本はゆったりとした口調が特徴的で、「トリスタンとイゾルデ」を連想させるような感じもあったのですが、ワーグナーほどしつこくはなく、そこは日本的と言えば日本的なのでしょう。心理劇という観点からすれば、管弦楽はもっと小編成にして、小さい会場でやった方が作品としての味わいが示せると思います。なお、管弦楽自体はよくかけているなという印象。木管とりわけフルートの音色が美しく響いていたと思います。

 演奏は全体としては作曲家の美意識が前面に出ていたのでしょう。作曲家自身が指揮をしてその味わいを示したように思います。歌手は、光子役の新宮由理が存在感をしっかり出していてよかったと思います。園子役の津山恵。はっきりした声のソプラノで、明確で美しい歌唱が良かったと思いますが、高音部の響きが強すぎて日本語がはっきりしないのが難。この辺は要改善でしょう。孝太郎の横山慎吾は不調。低音部はいいのですが、高くなるとすぐに苦しそうになって声が開いてしまう。日本語も不明瞭なところが多かったと思います。岡本敦司の綿貫が安定した歌唱。唯一コミカルな歌唱がある方ですが、そういうところの表情付けを含めて、キャラクターを際立たせていたと思います。

 舞台は天井から床に垂れ下がる布とそれにクロスする赤い椅子に、4枚の額縁だけというシンプルなもの。その中で色々なシーンを演じるのですが、会話が具象的な部分もそのシンプルな象徴の中で動くので、何を見せようとしているのか、はっきりしないところがありました。今回パンフレットに台本が載っていたので、事前にそれに眼を通していれば理解が進んだのでしょうが、私は、開演直前に会場に到着しそれを見ている余裕がなかったので、一幕はよく分からなかったのが正直なところです。後で見て納得はしたのですが、もう少し具象的な演出でもよかったのかもしれません。

 私自身、この作品が好きかと問われれば、何とも答えようがないのですが、新作は再演して評価を浴びるべきだと考えます。その意味で、第三演目が行われ、その場に居合わせられたこと、素直に喜びたいと思います。

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鑑賞日:2021年12月10日
入場料:D席 3F L10列1番 2970円

主催:新国立劇場

オペラ2幕、字幕付原語(イタリア語)上演
プッチーニ作曲「蝶々夫人」Madama Butterfly)
台本:ルイージ・イッリカ/ジュゼッペ・ジャコーザ

会場 新国立劇場・オペラ劇場

指 揮 下野 竜也
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 冨平 恭平
演 出 栗山 民也
再演演出 澤田 康子
美 術 島 次郎
衣 裳 前田 文子
照 明 勝柴 次朗
舞台監督 斉藤 美穂

出 演

蝶々夫人 中村 恵理
ピンカートン 村上 公太
シャープレス アンドレア・ボルギーニ
スズキ 但馬 由香
ゴロー 糸賀 修平
ボンゾ 島村 武男
神官 上野 裕之
ヤマドリ 吉川 健一
ケート 佐藤 路子

感 想

プリマドンナの魅力・・・-新国立劇場「蝶々夫人」を聴く

 素晴らしい蝶々さんだったと思います。新国立劇場の「蝶々夫人」、前回の佐藤康子の蝶々さんも本当に素晴らしかったのですが、今回の中村恵理もそれと同等かそれ以上の魅力。発声が安定していて、どんなに張り上げても基本のポジションにスッと戻るところが凄いと思いますし、逆にピアノで歌っても声のふくよかさはしっかり残っているのもいい。また歌い方も考え抜かれていたのではないでしょうか。

 第一幕の「愛の二重唱」。どんどん盛り上がって、広がっていく感じの見せ方がまずは聴きどころ。第2幕はまず、ゴローの馬鹿にしたような口ぶりに対する怒りの表情から、「ある晴れた日に」の冒頭の夢みるような口調への大胆な変換、そして後半への盛り上がり。このあたりの流れの作り方が絶妙に上手いと思いました。シャープレスとの手紙の二重唱における無邪気さの表現も哀れさを誘います。そして、真実を知って絶望に落とされた時の暗い表情も見事で、間然とするところのない蝶々さんだったと申し上げてよいと思います。

 この歌をサポートしていた東京フィルの演奏もいいものでした。今回の指揮者、下野竜也は歌手に気を遣いながら演奏しているというよりは自分のやりたいように音楽を作っているように聴こえるのですが、それがことごとく蝶々さんの歌の方向と一致している。おそらく事前に入念に打ち合わせて演奏しているのだろうと思います。オーケストラが自在に動いているように聴こえるのは、歌手のレベルが高いからだろうと思います。歌手も合わせられるし、オーケストラも合わせられるのでしょう。その基本の線がとてもよかったです。

 ピンカートンの村上公太は、中村蝶々さんに煽られた感じです。「ヤンキーは世界を股にかけて」のようなアリアはごく普通にまとめるわけですが、「愛の二重唱」は蝶々さんのオーラに押されてどんどん盛り上がっていく感じ。あの二重唱を聴けば、ピンカートンもこの瞬間は蝶々さんを心の底から愛していたのだろうと、と思ってしまいそうです。それがドラマとして適切かどうかはいろいろ意見があるとは思いますが、詐欺師は自分が真に信じているように話す、というので、ピンカートンが天才的詐欺師だと思えば納得がいきます。でも第二幕後半で登場するときは、蝶々さんに対して疚しさを感じているわけですから、愛の二重唱において、ピンカートンはもっと逃げの姿勢をとっても良いのではないか、とも思いました。

 そういうことを考えさせてくれるほど伝わるものがあったという点で素晴らしい二重唱だったのでしょう。

 ボルギーニのシャープレスは目立たない感じがいい。所詮は傍観者ですから、存在感がありすぎるのはどうかと思います。彼の場合は、手紙の二重唱での困惑した感じの出し方とかが上々だったと思います。但馬由香のスズキも立派でした。糸賀修平のゴローは濃さを感じさせないゴロー。ゴローはもっとけれんみがあって、コミカルな中にあくどさを出したほうがよいように思いました。他の脇役陣もそれぞれの役目を果たしました。

 以上、素敵な演奏でいい感じでした。気に入らないのはやっぱり演出です。この舞台を見るのも8回目になりますが、いいとは思えません。そろそろ新演出を考えてもいい頃なのかもしれません。

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鑑賞日:2021年12月12日
入場料:自由席 3500円

主催:オペラアモーレ音楽事務所

飛び出す絵本オペラ

オペラ2幕、ナレーション・字幕付原語(ドイツ語)上演
モーツァルト作曲「魔笛」Die Zauberflöte)
台本:エマヌエル・シカネーダー

会場 調布市文化会館たづくり くすのきホール

指 揮 中橋 健太郎左衛門
ピアノ 伊藤 明子
フルート 新国立劇場合唱団
電子マリンバ 家中 紫音
イラスト クマザキ 優
舞台監督 小田原 築

出 演

タミーノ 相山 潤平
パミーナ 羽山 弘子
パパゲーノ 岡 昭宏
パパゲーナ 舛田 慶子
夜の女王 木田 悠子
ザラストロ 東山 貞彦
モノスタトス 山内 政幸
侍女Ⅰ 楠野 麻衣
侍女Ⅱ 斉藤 真歩
侍女Ⅲ 丸尾 有香
合唱アンサンブル 又吉 佑美(ソプラノ)/荒木 俊雅(テノール)/吉永 研二(バリトン)
ナレーション 本名 陽子

感 想

子供相手ということ-飛び出る絵本オペラ「魔笛」を聴く

 コロナ禍後の芸術活動の支援策として、文化庁は「AFF」(ARTS for the fuyure)という名称の支援策をはじめ、最近それで採択された演奏会が眼に留まります。こういう補助金に採択されるためには何らかのアイディアが必要で、おそらくそれがオペラアモーレ音楽事務所の舛田慶子らにとっては「子供に見せる」ということだったのでしょう。もちろんそれは大切なことで、子供の時に一流を見ておくと、その経験は将来に繋がります。「オペラ歌手って、こんな声を出すんだ」という驚きを感じることが大事なのですね。そして確かに力のある歌手を集めました。ただ、子供に興味を持ってもらうことが優先ですから、演奏時間は必然的に制限されます。今回は休憩も入れて正味二時間弱、アリアはほぼ歌われました(パパゲーノの、「恋人か女房がいれば」のみカット)が、その他の部分はカットしまくり、という感じです。仕方がないのですが、「魔笛」の渋い部分が好きな筆者としては、ちょっと残念ではありました。

 ストーリーはイラストと歌詞の入ったかなり具体的なスライドを投影し、そこにナレーターがストーリーを説明します。ちなみに歌手たちはイラストと同じデザインの衣裳を着ており、スライドと舞台の一体感を見せようとしていました。本名陽子のナレーションは、子供番組のお姉さんのような声で、語り口も優しく、子供にとっては良かったのではないでしょうか。

 演奏は、子供向け、というわりにはかなり立派でした。まず岡昭宏のパパゲーノが見事。二枚目バリトンでコミカルな味を出すという観点ではもう少し何かやりようがあったとは思いますが、歌はどれをとっても素敵。「おいらは鳥刺し」から始まって、パミーナとの二重唱、「パパパ」二重唱と間然とすることのない出来。このパパゲーノであれば大舞台でも大拍手が来そうです。木田悠子の夜の女王も素晴らしい。最近の日本のレジェーロ系の若手ソプラノは皆「夜の女王」の第二アリアを見事に演奏しますが、第一アリアをきっちり歌える人はあまり多くない。木田はこの第一アリア「ああ、怖れおののかなくてもよいのです、わが子よ!」をしっかりと味わい深く歌い、そして、コロラトゥーラのパッセージも見事に響かせ、立派でした。もちろん有名な第二アリア「復讐の炎は地獄のように我が心に燃え」も、怒りの部分の力強さとコロラトゥーラの軽快さの対比が見事で聴き応えがありました。

 おなじみのものとはいえ、東原貞彦のザラストロもしっとりとして低音が魅力的に響いていました。山内政幸のモノスタトスもコミカルな味わいと正確な歌唱が見事でした。

 羽山弘子のパミーナはかなり重量級の声でした。羽山は最近ではトゥーランドットなどを歌っているリリコ・スピントで持ち声が重く、響きがしっかりしすぎて、パミーナの歌のロココ的な味とはちょっと異質なものでした。響かせることはもちろん大事ですが、パミーナですから、もっと軽やかに優しく歌って欲しいところです。舛田慶子のパパゲーナは悪くないのですが、ちょっと線が細い感じ。「パパパ」では、もっと声量があった方が、岡昭宏パパゲーノとのバランスが取れたと思います。三人の侍女はアンサンブルでも参加。大活躍でした。

 以上、主宰の舛田慶子の目的は達成できたと申し上げてよいでしょう。確かに会場には沢山の(とっ言っても数十人だとは思いますが)子供が来ており、特に騒ぎ出したり、ぐずったりする子もなく、モーツァルトの音楽世界に入っていたと思います。

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鑑賞日:2021年12月23日
入場料:自由席 3500円

主催:国立音楽大学92Vメンバー

国立音楽大学92Vクリスマスコンサート

会場 なかのZERO小ホール

出演

ピアノ 神保 道子  
ピアノ 秦野 萌
ソプラノ 赤羽 その子
ソプラノ 岸上 美保
ソプラノ 新藤 清子
ソプラノ 百々 あずさ
ソプラノ 森 美佳
ボーカル 堀澤 麻衣子
テノール 阿川 健一郎
テノール 塩沢 聖一
テノール 寺田 宗永
テノール 所谷 直生
テノール 中村 元信
テノール 村上 敏明
ハイバリトン 神宮 崇
バリトン 須藤 慎吾
バリトン 浜田 和彦
バリトン 森口 賢二

プログラム

作曲 作詞/作品名 曲名 演奏
ワーグナー ワルキューレ ジークムントのアリア「冬の嵐は過ぎ去り」 村上 敏明(神保 道子(pf))
ドヴォルザーク ルサルカ ルサルカのアリア「月に寄せる歌」 森 美佳(神保 道子(pf))
ドニゼッティ ドン・パスクワーレ マラテスタのアリア「天使のように美しく」 浜田 和彦(神保 道子(pf))
マスネ ウェルテル ウェルテルのアリア「春風よ、なぜ私を目ざますのか」 所谷 直生(神保 道子(pf))
ヴェルディ エルナーニ ドンナ・エルヴィラのアリア「私を奪い取って」 新藤 清子(神保 道子(pf))
ヴェルディ ドン・カルロ ドン・カルロのアリア「彼女を失ってしまった!」 寺田 宗永(神保 道子(pf))
ヴェルディ ドン・カルロ ロドリーゴのアリア「私は死ぬ」 森口 賢二(神保 道子(pf))
ジョルダーノ アンドレア・シェニエ マッダレーナのアリア「亡くなった母を」 百々 あずさ(神保 道子(pf))
ジョルダーノ アンドレア・シェニエ シェニエとマッダレーナの二重唱「僕たちの死は愛の勝利だ」 百々 あずさ/村上 敏明(神保 道子(pf))
休憩
ドルフ 堀澤 麻衣子訳詞 Kindred Spirits~かけがいのないもの~ 堀澤 麻衣子(Vo)/国立音大卒ミュージカルチーム(cho)(秦野 萌(pf))
エルトン・ジョン ライオン・キング ティモン、プンバァ、シンバ、ナラらによって歌われる「愛を感じて」 Brillante Box(赤羽 その子&神宮 崇)(秦野 萌(pf))
ロイド・ウェッバー オペラ座の怪人 ラウルとクリスティーヌの二重唱「All I Ask of You」 Brillante Box(赤羽 その子&神宮 崇)(秦野 萌(pf))
メンケン ノートルダムの鐘 カジモドが歌う「石になろう」 阿川 健一郎(秦野 萌(pf))
ロウ マイ・フェア・レディ イライザの歌う「踊りあかそう」 岸上 美保(秦野 萌(pf))
バーンスタイン ウェストサイド・ストーリー マリアとトニーの二重唱「トゥナイト」 岸上 美保/阿川 健一郎(秦野 萌(pf))
ラーソン レント 全員によって歌われる「Seasons of Love 」 赤羽 その子/岸上 美保/阿川 健一郎/神宮 崇(秦野 萌(pf))
シューマン リーダークライスOp.24 9.ミルテやバラで 塩沢 聖一(神保 道子(pf))
中田 喜直 三好 達治作詩 木菟 須藤 慎吾(神保 道子(pf))
ベッリーニ 清教徒 アルトゥーロのアリア「おお、愛する人よ」 中村 元信(神保 道子(pf))
ビゼー 真珠とり ナディールとズルガの二重唱「聖なる神殿の奥深く」 寺田 宗永/森口 賢二(神保 道子(pf))
アンコール
ヴェルディ イル・トロヴァトーレ マンリーコのカバレッタ「見よ、恐ろしい炎を」 中村 元信/全員(神保 道子(pf))
グルーバー ヤング/由木 康作詞 きよしこの夜 全員(秦野 萌(pf))

感 想

舞台経験‐国立音楽大学声楽学科92V「クリスマスコンサート2021]を聴く

 同級生というのは一種特別の関係です。「同じ釜の飯を食った」という言い方がありますが、多感な青春時代、同じ時間、場所を共有していた仲間たちは、その仲間でしかわからない空気感があります。特に音楽はある意味個人種目だけあって、その関係は微妙なのでは、という感じがします。音大を卒業しても全員が音楽を職業にすることはできず、表現者として活動できるのはごく一部。教員になれる人は恵まれていて、多くの人は一般企業に就職するなどして音楽から離れざるを得ない、というのが現実のようです。

 そんな中でも国立音楽大学声楽学科92年入学の代は、かなり特殊な代のようです。まず第一に入学者に男性が多かったこと。今回の話だと、国立音大史上最大の男性入学者が入学した年とのことです。そして、その男性のうち、日本のオペラ界を代表する歌手を何人も輩出していること。村上敏明、須藤慎吾、森口賢二と言えば、藤原歌劇団や新国立劇場で主役を張るような歌手たちですし、所谷直生や寺田宗永もそれに準ずる活躍をしています。今回出演されていませんが、その他にもテノールの渡辺公威やバスの斉木健詞も同級生だそうです。

 女性は男性と比べると、有名な方は少ないようですが、百々あずさは最近の活躍が目覚ましい一人です。

 今回のコンサートは最近共演の機会が多い百々あずさと村上敏明が話をしていて、同級生で一緒にやりたいということで声を掛けたら、これだけの人が集まったとのこと。凄いなと思います。

 さて、演奏ですが、レベルにはかなり個人差があります。やはり、オペラをはじめ、演奏機会の多く舞台なれしている、村上敏明、須藤慎吾、森口賢二は素晴らしい歌唱を聴かせてくださいました。所谷直生のウェルテルのアリアも魅力的でしたし、新国立劇場合唱団で主に活躍し、時々ソロも歌われる寺田宗永の歌も良かったです。女性ではやはり百々あずさが群を抜いた出来でした。マッダレーナのアリアが素晴らしく、前半最後に歌われたアンドレア・シェニエとマッダレーナの二重唱は村上敏明も百々あずさも素晴らしい声で、そして、お互いが刺激を受け合っていることがよく分かる歌唱で、どんどんどんどん盛り上がっていきます。アンドレア・シェニエはこれまで何度も見てきたオペラですが、この終幕の二重唱がここまで生々しくヒロイックに聴こえたのは初めての経験かも知れません。とても素晴らしい二重唱でした。また、新藤清子のエルナーニのドンナ・エルヴィラのアリアは、若干ぎこちない感じはしましたが、シェーナからカヴァティーナ、カバレッタまで全部力強く歌って気を吐きました。

 この代はミュージカルで活躍されている方もたくさんいらっしゃるようです。今回は5人がミュージカルのナンバーを披露しました。私自身はミュージカルも決して嫌いではないのですが、実際の舞台経験は、2-3回というほぼ素人で、ここ20年ぐらいは舞台を拝見したことはないと思います。今回歌われた方も皆初めて聴く方ですが、よく歌われている方のようですね。マイクを持って歌うのですが、基礎がしっかりしているせいか、皆さん、素晴らしい声です。また舞台経験も豊富なようで、プロフェッショナルの匂いがします。岸上美保の「踊りあかそう」は、若干声が上ずり傾向でしたが、全体の音楽の乗り方が素晴らしく、聴いていて気持ちがいい。赤羽その子も高音がすこぶる美しく、感心しました。また、マイクを使うと、ピアノとフォルテのレンジが広くとれるので、ダイナミックスの幅が出ていてそこもいいと思いました。

 第二部の後半は色々な曲。須藤慎吾の日本歌曲は初めて聴きましたが、「木菟」は歌詞が明瞭で歌詞の内容も胸にしみる歌唱で素晴らしい。真珠取りの「友情の二重唱」は、今年の8月に村上敏明、須藤慎吾のコンビで聴いたところですが、今回は寺田宗永と森口賢二。村上・須藤が、熱のこもった歌だったのに対して、寺田・森口はもっと端整なアプローチという違いがありましたが、これまたいいものでした。

 アンコールに歌われたのが同期のアイドル・中村元信がマンリーコのカバレッタを歌い、他全員で合唱をつけるというもの。「おふざけですが」という断りつきの歌唱でしたが、中村の歌はとても素晴らしいもので、おふざけというレベルではありませんでした。クリスマスコンサートと題しながら、クリスマスらしい曲は全然なかったので、ということで、最後は全員で「きよしこの夜」を歌ってお開き。

 同級生のコンサートということで、全てをほぼ同級生で賄いました。譜面台の出し入れや、マイクの片付けもメンバーでやり、村上敏明がピアノのふたを開けに来たりもしました。そういったアットホームな雰囲気が良かったです。

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鑑賞日:2021年12月24日
入場料:指定席 F列10番 6000円

主催:アイ・エー・ダブル

文化庁「Arts for the future!」補助事業

全2幕(休憩なし)、字幕付原語(イタリア語)上演
レオンカヴァッロ作曲「道化師」(Pagliacci)
台本: ルッジェーロ・レオンカヴァッロ

会場:日経ホール

スタッフ

ピアノ 山口 佳代  
合 唱 アンサンブル・ムーンライト
演 出 三浦 安浩
ナビゲーター 池田 卓夫
衣 裳 坂井田 操
ヘアメイク 濱野 由美子
舞台監督 近藤 元

出演

カニオ 上本 訓久
ネッダ チョン・ウォルソン
トニオ 今井 俊輔
シルヴィオ 井上 大聞
ペッペ 水船 桂太郎
バレエ(カニオの魂/ピエロ) 相沢 康平

感 想

「やっと舞台が戻ってきた」?‐アイ・エー・ダブル「道化師」を聴く

 私の今年最後のオペラは「道化師」になりました。ご承知のように道化師の舞台は南イタリア・カラブリア地方のモンタルト村のはずれにある路上。8月15日の聖母被昇天祭日の午後に始まり、同夜までの出来事です。あまりクリスマスには縁のないお話ですが、「クリスマス・オペラ」というのは、如何なものでしょう。もちろんクリスマスに上演するのはいいと思いますが、その仕上がりが今一つだったの言うのは残念です。

 まず、資金的な理由はあるのでしょうが、色々なところに手を抜きすぎです。ピアノ伴奏なのは良いとしてもファンファーレのトランペットがない。坂部愛扮するピエロがラッパを持って吹く真似をするのですが、ここは、トランペットを本当に鳴らしてほしかったところです。もちろん、坂部に無理を言うわけにはいきませんから、そこにトランペット吹きを一名呼んでも良かったのではないでしょうか?合唱の人数が少ないのも残念。男女4人ずつ計8名のアンサンブルですが、ディヴィジするので1名で歌う部分も多く、音の壁ができないのです。別に合唱は下手ではないのですが、「道化師」の場合は、合唱の迫力があってこそ、舞台の緊迫感が増すところがあって、1パート4人ぐらいは欲しいところです。特に児童合唱の部分は女性が歌うので、女性だけでもあと2-3人補充しておくと迫力が違っていただろうと思います。

 それでも、ソリストが満足できる出来であれば、こんな不満は吹き飛ぶのですが、ソリストも今一つ。特に、主役のカニオとネッダが今一つだったのが残念です。

 カニオを歌った上本訓久ですが、カニオを歌うには息が足りない感じがしました。とにかく声が続かなくて、すっぽ抜けるようになる部分がある。また、この方高音があまり得意ではなくて、高音でアクートを決めようとすると声が開いてしまって、所定の高さまで上がれないことも多いですし、上がれても綺麗な響きにならない。カニオはもっとパワフルな役柄だと思うのですが、この方が歌うとパワフルな部分もあるのですがすぐに失速もしてしまいます。力強さが続かないのも残念です。もちろんよい響きになることもあるのですが、それが続かないのは、主役としては問題でしょう。

 ネッダのチョン・ウォルソンも買えません。美人で雰囲気は抜群なのですが、この方もスピントの声が続かない。高音はまだ張れるのですが、中低音が響かずすっぽ抜けます。「鳥の歌」のように比較的レジェーロに歌う曲であればあまり気にならないのですが、激しい表現になると、低音の迫力のなさが曲のパワーを削いでいます。

 一方、残りの三人は健闘しました。まず、今井俊輔のトニオがいい。今井は、今年大活躍のバリトンですが、さすがに群を抜いていました。トニオと言えば、普通は屈折した性格で、ちょっと斜に構えたところでカニオとネッダの間に楔を打ち込んでいくように役作りをする方が多いのですが、今井トニオはもっとストレートなワルです。ネッダに振られると、その怒りをもっとストレートにぶつけてくる。今井の歌は本年二期会のファルスタッフや秦野でのジェルモンで聴いていますが、その時の印象は、この方、悪役の方が嵌るだろうと思っていたのですが、まさにその通りでした。悪の表出がストレートでその勢いにカニオとネッダが呑み込まれていく感じです。もちろんこれは三浦安浩の演出プランなのだろうと思いますが、それを十全にしっかりやり遂げたところ、今井の素晴らしさを感じます。

 井上大門のシルヴィオもいい。新国立劇場オペラ研修所を卒業したばかりの若手バリトンですが、若々しい声とスタミナで魅了しました。水船桂太郎のペッペも立派。卒なくこなしている感じですが、それがペッペの役割としっかりシンクロしているところ、さすがベテランだと思います。

 そんなわけで全体としては納得感の少ない舞台でした。

 それにしても良く分からないのは、ナビゲーターの池田卓夫の役割、冒頭に出てきて、ストーリーをざっくり話すわけですが、その時言ったのは、「やっと生の舞台が戻ってきました」の一言。何を言っているんだろうとしか、私には申しあげる言葉がありません。コロナ禍以降、オペラは舞台上演に非常に苦労してきたのは事実ですが、昨年10月、新国立劇場の「夏の夜の夢」で、ほぼ正常に戻りました。その後新国立劇場、藤原歌劇団、二期会、共に練習環境や経済的には苦しい状況が続いているのは確かですが、舞台としては、コロナ禍前と遜色ないものを見せています。池田卓夫はそんなことは百も承知なはずなのに、こういう言葉でミスリードする。主催者からの指示だったのでしょうが、ナビゲーターとして、正しい情報を提供する矜持を持っていただきたいと思いました。

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