オペラに行って参りました-2024年(その6)

目次

母になった若きソプラノ 2024年9月1日 加藤早紀ソプラノリサイタルを聴く
準備不足 2024年9月4日 ヴェルディの声研究会「ラ・ジョコンダ」を聴く。
支える重要性 2024年9月7日 日本オペラ振興会「AUTUMN CONCERT 2024」を聴く
現代劇としての「女は皆こうしたもの」 2024年9月8日 東京二期会オペラ劇場「コジ・ファン・トゥッテ」を聴く。
演奏会形式の魅力?指揮者の魅力? 2024年9月15日 東京フィルハーモニー交響楽団「マクベス」を聴く
オリジナルをやり遂げる覚悟 2024年9月21日 Y'sカンパニー「こうもり」を聴く。
やっぱりトスカは演技力 2024年9月22日 ネクストクリエイション・プログラム チームアップオペラ「トスカ」を聴く
繊細さの魅力 2024年10月5日 小松美紀ソプラノリサイタル「匂いのある歌」を聴く。
エンターテイナー 2024年10月6日 「中森美紀ソプラノリサイタル」を聴く
新星降臨 2024年10月12日 新国立劇場「夢遊病の女」を聴く。

オペラに行って参りました。 過去の記録へのリンク

      
2024年 その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7 その8 どくたーTのオペラベスト3 2024年
2023年 その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7 その8 どくたーTのオペラベスト3 2023年
2022年 その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7 その8 どくたーTのオペラベスト3 2022年
2021年 その1 その2 その3 その4 その5 その6   どくたーTのオペラベスト3 2021年
2020年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2020年
2019年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2019年
2018年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2018年
2017年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2017年
2016年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2016年
2015年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2015年
2014年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2014年
2013年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2013年
2012年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2012年
2011年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2011年
2010年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2010年
2009年 その1 その2 その3 その4     どくたーTのオペラベスト3 2009年
2008年 その1 その2 その3 その4     どくたーTのオペラベスト3 2008年
2007年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2007年
2006年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2006年
2005年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2005年
2004年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2004年
2003年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2003年
2002年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2002年
2001年 その1 その2         どくたーTのオペラベスト3 2001年
2000年              どくたーTのオペラベスト3 2000年

鑑賞日:2024年9月1日

入場料:自由席 3500円

主催:オペラカッフェマッキアート58

オペラカッフェマッキアート58 prezentsリサイタルシリーズ vol.1

加藤早紀ソプラノリサイタル

会場 やなか音楽ホール

出 演

ソプラノ 加藤 早紀
ピアノ 矢崎 貴子
フルート 羽鳥 美紗紀

プログラム

作曲家 作品名/作詞 曲名  
大中 寅二 島崎 藤村 椰子の実
木下 牧子 歌曲集「花のかず」(作詩:岸田衿子) 花のかず  
    夢の中の空  
    クルミ  
    足おと  
    曇り日なら  
    カゼクサ  
    竹とんぼに  
    あさっておいで  
    ある日のたび  
上田 真樹 林 望 かなしみのそうち~朗読と歌のための~
休憩   
ツェムリンスキー トスカーナ地方の民謡によるワルツの歌(作詩:クレコロヴィヴス)作品6 可愛いツバメさん  
    月が不満げに上がってきた  
    小さな窓よ、夜にはお前は閉じている  
    私は夜にそぞろ歩く  
    青い小さな星よ  
    手紙を書いたのは私  
グノー 歌劇「ファウスト」 マルグリートのアリア「何て美しいこの姿」  
シャミナード ドレイニエル ポートレート
プーランク アラゴン ルイ・アラゴンの2つの詩より「C」  
マイヤーベーア 歌劇「ディノラ」 ディノラのアリア「軽やかな影よ」
アンコール   
上田 真樹 まど みちお(美智子英訳) 五つのうた~皇后美智子さま英訳による~より「Night Road」  

星印はフルートの参加曲

母になった若きソプラノ-「加藤早紀ソプラノリサイタル」を聴く

 オペラカッフェマッキアート58は二期会オペラ研修所第58期牧川修一クラス修了生による声楽家団体であり、これまでも意欲的な企画でオペラファンを楽しませてくださいました。私がこの団体を知ったのは5年ほど前ですが、ドニゼッティの女王三部作を三か月連続でやるという企画は女王三部作が大好きな私としては行かない選択はありません。とはいえ、最初の「アンナ・ボレーナ」はどうしても都合がつかず欠席。「マリア・ストゥアルダ」と「ロベルト・デヴリュー」は楽しませていただきました。その時事務局として色々対応してくれたのが加藤で、私は加藤をはじめとする事務局の面々のおかげでこれらの作品を楽しむことができました。

 その後もカッフェマッキアート58の演奏は機会がある度に楽しんでいたのですが、加藤は裏方に回ることが多く、表に出てきても脇役か合唱、という感じで彼女の本領を聴くことはできませんでした。そういう彼女がリサイタルを開くと聞き、伺った次第です。

 初めてカッフェマッキアートの演奏を聴いて5年。その間にはコロナ禍がありましたが、その間加藤は出産を果たしています。今は3歳の男の子のお母さん。日常はてんやわんやに違いありません。ただ、そういう中にあるからこそできる表現もあるのだろうな、と思いました。

 今回前半は日本語の曲、後半はドイツ語とフランス語の曲を取り上げたのですが、彼女の思いを一番感じさせてくれたのが前半に歌った木下牧子の歌曲集「花のかず」です。この中の一曲「竹とんぼに」はソプラノの課題曲みたいなところがあって、ソプラノ歌手のリサイタルで日本語の歌を歌うとなると当たり前のように取り上げられますが、それ以外の曲はあまり聴く機会がありません。他の曲を聴くのは、私も実ははじめてだと思います。岸田衿子の詩は平易な言葉で綴られながら、その示す世界は深淵です。そこに木下牧子が様々な表情の音楽をつけ、全9曲を通して聴くと、ひとつのミクロコスモスが出来ているようです。そこで歌手が紡いでいく言葉は、母でなければ分からない何かがあるように思いました。今回、加藤の3歳の息子も会場でママの歌を聴いていたのですが、歌っている加藤の眼はことあることに息子を向いており、彼女のこの九曲は息子のためにあり、そこの優しいまなざしこそが、母であればこその味になっていたのではないかと思いました。岸田衿子の持つ世界観を木下牧子が立体化したわけですが、加藤早紀の世界に引き込むことによって生命を吹き込んだと申しましょう。

 続く上田真樹の「かなしみのそうち」。こちらは林望の詩に上田が曲をつけたもので、未出版の作品だそうです。ピアノ伴奏の中、男性視線で語られる朗読と、その後同じ内容を女声視線で歌われる。初演時は、作詞者の林によって朗読がされたそうですが、今回は加藤の一人二役です。林は平安文学の研究者だけあって古典的な男女の機微に詳しく、そういった内容と自然の美の組み合わせが、上田真樹のセンスのいい音楽で歌われる。もちろん初めて聴く曲ですが、日本を感じました。

 後半はまずはドイツ語で歌われるツェムリンスキーの比較的初期の歌曲。こちらも初めて聴きます。1898年に作曲されたこちらの作品は超ロマンティックなドイツ的ワルツ。歌われる内容はトスカーナということでイタリアだし、歌詞の内容もカンツォーネっぽい情熱的な感じもある。しかし、ツェムリンスキーの描く世界は細かい転調で調性がよく分からなくなる中、聴こえてくる音楽はどこか北ドイツ風というか東欧風というか、イタリアを感じさせるものではない。ただ、どれも可愛い小品。これを繊細な表情を見せながら歌ったと思います。

 次はおなじみ「宝石の歌」。こちらもよく歌われる曲。悪くはないのですが、ちょっと走った感じがあったかな。もう少し落ち着いたほうがいい表情になるように思いました。次のシャミナードのポートレートは華やかなワルツ。

 そして一転してプーランクの「C」。加藤はこの曲を「セーの橋」と書いていますが、ただ「C」という方が私は好きです。ロワール川にかかるセーの橋は戦場の象徴で、アラゴンにとってもプーランクにとっても時代的には第二次大戦のドイツ軍の攻防が背景にあったと思われる作品です。この曲を加藤は割とあっさりと歌ったのですが、脚韻を踏んでいる曲なので、もっと韻を強調しても良かったのかな、とは思います。

 最後が大曲「影の歌」。こちらは見事でした。彼女の声がレジェーロであることはもちろん分かっていたのですが、高音の響きが何といっても美しい。ソプラノ・レジェーロの方で歌う方は多いのですが、やはり高音に余裕がない方が多い。加藤の場合は、結構跳躍で振り回される曲にもかかわらず、高音の響きと低音のバランスが良く、高音へのアプローチも上手くいっていたのではないかと思います。

 以上、楽しんだのですが、個人的に一番響いたのは息子のために歌っているような「花のかず」の組曲。やっぱり愛情を注ぐ相手のために歌う歌は違うな、と思いました。

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鑑賞日:2024年9月4日

入場料:自由席 4000円

主催:ヴェルディの声研究会

ヴェルディの声研究会第102回公演

オペラ4幕 字幕付原語(イタリア語)上演
ポンキエッリ作曲「ラ・ジョコンダ」(La Gioconda)
原作:ヴィクトル・ユーゴー曲『パドヴァの僭主アンジェロ』
台本:アッリーゴ・ボーイト

会場 エポックなかはらホール

スタッフ

指 揮 宮松 重紀
ピアノ 河崎 恵
合 唱 ジョコンダ・コーラス
演出・制作 堀口 士功

出 演

ジョコンダ 星野 由香利
エンツォ 吉田 顕
ラウラ 松原 広美
アルヴィーゼ 井上 賢
バナルバ 堀内 士功
チェーカ 齋 実希子
イゼーポ 戸村 優希
ツァーネ 五島 伝明

準備不足-ヴェルディの声研究室「ラ・ジョコンダ」を聴く

 「ラ・ジョコンダ」は第3幕のバレエ音楽「時の踊り」だけが有名で、全曲演奏はなかなかされません。日本では1925年カービ歌劇団が上演して以来何度か上演記録があるのですが、2010年の新宿区民オペラ以降日本で取り上げられた記録は見当たらず、演奏機会は少ない作品です。私は2009年の藤原歌劇団公演を見たことがあるだけで、今回が二度目の鑑賞となります。さらに言えば、テノールの「空と海」がもっとも有名なアリアだと思いますが、私はコンサートでこの曲を聴いた経験もないと思います。というわけで、ほとんど初聴のイメージで川崎に伺いました。

  ほとんど聴いたことのない作品をどう楽しむかというのは、なかなか難しい課題なのですが、視覚的な雰囲気の把握と歌詞の把握だろうと思います。今回は字幕付原語上演の触れ込みだったのですが、実際は投影装置の調子が悪く、第1幕と第2幕は字幕なしの上演。さらに演技付きとはいうものの、実際舞台にはひな壇しかなく、視覚的な場面は全く想像ができませんでした。まあ、上演によっては、「演奏会形式」としそうです。またカットも多め。有名なバレエ音楽「時の踊り」がカットですし、それ以外も細かいカットは多かったようです。そういう上演なので、オペラを楽しむというより、純粋に音楽的なところを楽しむことになりました。

 しかし、前半はその音楽的なところもあまりいいとは思えませんでした。今回合唱は男女7人ずつ14人で、歌い手一人一人はかなり力量のある方々です。そして、全員が譜面台を置いて歌っています。それを見れば練習量が足りないのだろうなというのは容易に想像できたのですが、案の定合唱はずれていました。個々人に力があっても合唱は合ってハモらないといい感じにはなりません。一方第二幕以降は少しまとまってきて、いい感じに響くようになってきました。第三幕のフィナーレは典型的なコンチェルトフィナーレでしたが、ここは合唱とソロとのかみ合わせが良くなって、いい感じでまとまりました。

 第一幕に関しては合唱以外も感心できませんでした。例外は齋実希子が歌ったチェーカのロマンツァ。ここはしっとりとしたいい響きでよかったと思います。また齋は盲目の老婆の演技がよく、そこも感心しました。しかし、それ以外は「俺が、俺が」みたいな全体的に皆吠えているだけのような歌唱で、上手くまとまらなかった印象です。

 第二幕はこの作品の音楽的には一番盛り上がるところ。冒頭のバルナバの「舟歌」も、「空と海」もなんか今一つパッとしない感じ。吉田顕は中音部はしっとりとしていて悪くないと思うのですが、高音のアクートが今一つ張れない感じ。バルナバの堀内士功にしても吉田にしても声は出ているのだけれどもちょっと息が上がっている感じがあってあまりいいとは思えませんでした。その空気が変わったのが、ラウラのロマンツァ。松原広美は流石に藤原の本公演で主要役を歌うメゾソプラノだけのことはあります。響きがレガートでしっかり繋がっていて見事。続く星野由香利ジョコンダとの二重唱も女同士のさや当てがきっちり嵌っていて良かったと思います。

 第三幕はアルヴィーゼのアリアから始まります。井上賢はアマチュアのオペラ好きの方。その割には低音はしっかり響くしアマチュアとしては力のある方なのだろうとは思うのですが、アルヴィーゼを歌うには力不足の感じです。ブレスが浅く、もう少しフレーズが伸びてブレスに深みが出るともっといい感じになるだろうなと思いながら聴いていました。続く二重唱はラウラの力量とアルヴィーゼの力量に差が目立って、バランスが悪い。有名な「時の踊り」はカットで、その後のコンチェルトフィナーレは一幕とは全然違う合い方でよかったです。

 第四幕。ジョコンダのアリアはいい感じで響き素敵。その後のフィナーレまでは、何か皆いい感じで歌えており、終わりよければ、という感じになったと思います。

 全体として思うのは色々な意味で準備不足。もう少し稽古の回数を増やして合わせをしっかりやっておけば、ガチャガチャ感はもっと少なくなったのではないかと思います。滅多に上演されない作品であるからこそ、稽古での意識合わせが重要になると思います。また字幕の投影ができなかったのも同じことで、事前にトラブルなく投影できることを確認しておかなければいけないところを怠ったのでしょう。そういう意味では残念というべき公演でした。

 しかし、音楽が綺麗に流れていたのも一方の事実です。そこは宮松重紀の指揮と、それにしっかり対応していた河崎恵の功績というべきでしょう。宮松の音楽作りは凄く自然できっちり流していく感じ。自らのけれんみを出すことはなく、常に歌手に寄り添ってきた印象。音楽の流れに無理がないので、舞台上で色々あってもいい感じで回復できるということはあるのでしょう。また、河崎恵のピアノも宮松の指揮に呼応してい流れで音楽を作っており、この二人のぶれない音楽が、舞台上の割とぶれる音楽をしっかり支えてけん引していったと思います。

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鑑賞日:2024年9月7日

入場料:自由席 3800円

主催:公益財団法人日本オペラ振興会

藤原歌劇団、日本オペラ協会団会員委員会企画シリーズ

AUTUMN CONCERT 2024

会場 昭和音楽大学ユリホール

出 演

ソプラノ 今牧 香乃
ソプラノ 北野 綾子
ソプラノ 木田 悠子
ソプラノ 小坂 有理亜
ソプラノ 長澤 みゆき
ソプラノ 中村 寛子
ソプラノ 増子 葉月
ソプラノ 水上 恵理
ソプラノ 栁澤 乃々佳
ソプラノ 山口 なな
メゾソプラノ 小原 明実
テノール 平尾 啓
ピアノ 稲葉 和歌子
ピアノ 本橋 亮子
司会 沢崎 恵美

プログラム

作曲家 作品名 曲名 歌手 ピアニスト
フンパーディンク ヘンゼルとグレーテル ヘンゼルとグレーテルの二重唱「さあ、一緒に踊りましょう」 小室有理亜/長澤みゆき 本橋 亮子
モーツァルト 魔笛 パミーナのアリア「愛の喜びは露に消え」 中村 寛子 本橋 亮子
モーツァルト  ポントの王ミトリダーテ ファルサーチェのアリア「来るがいい、脅し震えよ」 小原 明実 本橋 亮子
モーツァルト  ドン・ジョヴァンニ ドンナ・アンナのアリア「仰らないで、愛しい人」 今牧 香乃 本橋 亮子
モーツァルト  皇帝ティートの慈悲 セルヴィリアとアンニオの二重唱「昔の愛に免じて」 栁澤 乃々佳/小原 明実 本橋 亮子
白樫 栄子 みずち 八重と小太郎の二重唱「小太郎よ、私のことは心配しないで」 増子 菜月/平尾 啓 稲葉 和歌子
グノー ロメオとジュリエット ジュリエットのアリア「私は夢に生きたい」 山口 なな 本橋 亮子
グノー ロメオとジュリエット  ジュリエットのアリア「愛よ、私を勇気づけて」 木田 悠子 本橋 亮子
ヴェルディ アイーダ ラダメスのアリア「清きアイーダ」 平尾 啓 稲葉 和歌子
プッチーニ トゥーランドット トゥーランドットのアリア「この宮殿の中で」 北野 綾子 稲葉 和歌子
チレア アドリアーナ・ルクヴルール アドリアーナのアリア「私は創造の神の卑しいしもべ」 水上 恵理 稲葉 和歌子
ロッシーニ セミラーミデ セミラーミデとアルサーチェの二重唱「その忠誠を永遠に」 長澤 みゆき/小原 明実 稲葉 和歌子
休憩    
水野 修孝 天守物語 富姫と亀姫との二重唱「お亀さま、お姉さま」 木田 悠子/山口 なな 本橋 亮子
グルック オルフェオとエウリディーチェ オルフェオとエウリディーチェの二重唱「行こう、私の願いを頼むから聞いて」 中村 寛子/小原 明実 本橋 亮子
ドニゼッティ シャモニーのリンダ リンダのアリア「この心の光」 小坂 有理亜 本橋 亮子
ドニゼッティ ロベルト・デヴリュー エリザベッタのアリア「冷酷な男よ、生きるがいい~この流れた血は」 栁澤 乃々佳 稲葉 和歌子
ベッリーニ ノルマ ノルマとアダルジーザとの二重唱「御覧なさい、ノルマ」 今牧 香乃/小原 明実 本橋 亮子
ヴェルディ 海賊 メドーラのアリア「不吉な想像が消えることはない」 増子 菜月 稲葉 和歌子
ヴェルディ 運命の力 レオノーラのアリア「神よ、平和を与えたまえ」 長澤 みゆき 稲葉 和歌子
ヴェルディ アイーダ アイーダとラダメスの二重唱「やっと会えた、愛しいアイーダ」 水上 恵理/平尾 啓 稲葉 和歌子
ヴェルディ アイーダ アイーダとラダメスの二重唱「さようなら、涙の谷よ」 北野 綾子/平尾 啓 稲葉 和歌子
アンコール    
ヴェルディ 椿姫 乾杯の歌 全員 稲葉/本橋

支える重要性-日本オペラ振興会「AUTUMN CONCERT 2024」を聴く

 藤原歌劇団、日本オペラ協会の団会員委員会は団会員の演奏機会の確保を目指して、オーディションによって選抜された歌手によるガラコンサートを毎年春・秋に行っていますが、2024年秋のコンサートは比較的若手歌手の出演が多いコンサートとなりました。私は割といろいろな歌手を聴いてきていると思うのですが、おそらく今回は半数以上が初めて聴く方。それだけに新鮮でしたし、また実力のある若手を楽しむことができてよかったと思います。

 全体的に見事な歌唱が続いたのですが、メゾソプラノの小原明実とテノールの平尾啓の貢献度が抜群で、特に素晴らしかったと申しあげます。

 小原明実は素直で明るい中高音を持ったメゾで、和音感覚がしっかりしています。二重唱で下に入った時の和音がどの曲でも綺麗に響き、それをすっきりと歌われているので、どなたと合わせてもいい感じに響く。今回はソプラノとメゾソプラノの二重唱が全21曲のうち5曲あり、その内4曲が小原によって歌われたのですが、どれも見事な響きで曲の魅力の表現に大いに貢献したと申し上げるべきでしょう。さらにソロでも「ポントの王ミトリダーテ」というモーツァルトのオペラ・セリアの割と古いスタイルのアリアを歌ったのですが、こちらも劇的な表現に走りすぎることのない軽快でかつメリスマなどのテクニックは流されることなく、しっかりした歌唱でとてもよかったです。

 平尾啓も今回一人だけのテノールで、ソロ1曲と二重唱3曲に参加したのですが、どの曲共に素晴らしかったです。定年間近になってオペラ歌手になろうと一念発起して日本オペラ振興会の育成部の門をたたき、既に還暦は過ぎていますが修了後もしっかりトレーニングを積んでおり、聴く度に歌唱のレベルが上がっている印象。今回は「アイーダ」から3曲が歌われましたが、どれも素晴らしいというしかない。有名な「清きアイーダ」は素晴らしく、二曲目の「やっと会えた、愛しいアイーダ」で一瞬声が詰りそうになったところがあったのですがそこで失速することなく、最後まで艶やかで力強い高音が続き、引き続きの「アイーダ」の終曲の二重唱も最後まで美声の途切れることがなく、本当に立派。「アイーダ」は先月町田全曲を聴いたところですが、その時不調だった村上敏明のラダメスより断然素晴らしいラダメスで、Bravo以外の言葉の掛けようがありません。本当に素晴らしい。

 小原と平尾の八面六臂の活躍があってのコンサートだったのですが、なかなかオペラではお目にかかることが難しいソプラノの声も楽しみました。特に印象的だった人を何人か。

 今牧香乃。ドンナ・アンナのアリアとノルマの二重唱を歌いました。中音に影のある声のソプラノですが高音がしっかり張れるのと長いフレーズのブレスの深さが印象的。

 栁澤乃々佳。「ティートの慈悲」の二重唱では、小原とのハーモニーが絶妙で素晴らしかった。後半のエリザベッタのアリアは劇的な表情とベルカントのテクニックの双方が必要な大曲で、流石に完璧と言う訳には行きませんでしたけど、よく歌い込んだ様子が分かる歌唱でした。

 増子葉月。まだ大学院を終了したばかりの若手。大学院の終了演奏会で取り上げた「海賊」のアリアと、みづちの小太郎との二重唱を取り上げましたが、どちらも芯のある印象的な声でよかったです。

 山口ななと木田悠子。前半では「ロミオとジュリエット」のアリアを一曲ずつ歌い、後半は冒頭で富姫と亀姫の妖艶な二重唱を歌いました。山口がレッジェーロ系で木田がリリコ系のソプラノですが、木田の実力が浮き上がって見えたような気がしました。山口の「ジュリエットのワルツ」はしっかり歌われてはいましたが、これまで幾度となく聴いてきた経験の中で特に素晴らしいという程のものではなかったというのが本当のところ。一方木田の歌った劇的なアリアは曲の内容と表情を見事にとらえており、とてもよかったと思います。また二重唱は妖艶な雰囲気がしっかり出ていて素晴らしかったのですが、下に回ることの多い木田富姫がしっかり支えることによって、山口亀姫の伸びやかさがましたように思いました。

 北野綾子と水上恵理。今回のメンバーの中では私が一番聴いているであろうお二人。そしてアイーダを二人で歌い分けたのですが、今回は水上がアリア、二重唱とも自身の声に合っていたのかなという印象。ルクヴルールのアリアも行き届いた歌唱で艶やかな声が魅力的に響き、アイーダも素晴らしい声で平尾の声とも呼応して感動的な二重唱になりました。北野はソロでトゥーランドット姫を歌ったのですが、トゥーランドットを歌うのであれば声の強さがもう一つ欲しいところ。アイーダも悪くないのですが、水上の艶やかな声を聴いた後だと一歩譲るのかな、という印象でした。

 今回は初めて聴く若手の方が多く、それぞれの実力が垣間見れて楽しめました。さらに今回は下を歌う人がしっかりすると、上を歌う人がよりいい感じになることが実感できました。いいコンサートでした。

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鑑賞日:2024年9月8日

入場料:B席 3F2列49番 9000円

主催:公益財団法人「東京二期会」
共催:公益財団法人新国立劇場振興財団/公益財団法人日本オペラ振興会

シャンゼリゼ劇場、カーン劇場、パシフィック・オペラ・ヴィクトリアとの共同制作、東京二期会オペラ劇場公演

オペラ2幕 日本語、英語字幕付原語(イタリア語)上演
モーツァルト作曲「コジ・ファン・トゥッテ」K.588(Così fan tutte)
台本:ロレンツォ・ダ・ポンテ

会場:新国立劇場オペラハウス

スタッフ

指 揮 クリスティアン・アルミンク
管弦楽 新日本フィルハーモニー交響楽団
合 唱 二期会合唱団/新国立劇場合唱団/藤原歌劇団合唱部
合唱指揮 キハラ良尚
演出・衣裳 ロラン・ペリー
演出補 クリスティアン・レート
装 置 シャンタル・トマ
照 明 ジョエル・アダン
衣裳補 ジャン=ジャック・デルモット
演出助手 三浦 安浩
舞台監督 村田 健輔
技術監督 大平 久美/村田 健輔

出 演

フィオルディリージ 吉田 珠代
ドラベッラ 小泉 詠子
フェッランド 金山 京介
グリエルモ 小林 啓倫
デスピーナ 七澤 結
ドン・アルフォンゾ 黒田 博

現代劇としての「女は皆こうしたもの」-東京二期会オペラ劇場「コジ・ファン・トゥッテ」を聴く

 現代に「コジ・ファン・トゥッテ」を上演しようとすると解決しなければいけない問題がいくつも出てきます。一番気にされるのがジェンダーの問題。ダ・ポンテは、大団円を予感させる台本を書いているのだけれども、もうそんな大団円が許されるわけもなく騙された女たちは台詞は大団円を歌いながらも男たちを放り捨てていなくなる、といった演出も少なくありません。もちろんこういう単純なジェンダー論からもう一段捻った演出もあり得る。そういう様々な可能性がある中で、ロラン・ペリーが選んだのは、「コジ・ファン・トゥッテ」を録音している録音スタジオです。

 完全な暗闇の中、舞台奥に光るふたつの明り。全体が明るくなると遅刻したフィオルディリージとドラベッラ役の歌手が入ってきます。そしてスタンバイしているフェッランドとグリエルモの歌手が歌い始める。譜面台の上にはベーリンガー版「コジ・ファン・トゥッテ」のボーカルスコア、時間は14時ちょっと過ぎ。スタジオの奥の時計から、その時間が確認できます。副調整室にもディレクターがいて、キューを出している。しかし、この録音セッションは次第に物語の世界に取り込まれていきます。それは多分14時20分ごろのことです。それまで針が動いていた時計が停まり、それ以降時計の針が動くことはありませんでした。

 プログラムに掲載されているインタビューによれば、この作品はオペラはコメディア・デッラルテと近代劇の両方の側面を持っている。それを現代によみがえらせようとすると、どうしても無理が出てくる。ヒロインたちが15分前まで一緒にいた愛する男たちのちゃちな変装に騙され、たった一日に心変わりすることなどありえないのは言うまでもありません。そこをどう処理するかが演出家の腕の見せ所になるわけですが、録音現場が物語の世界に取り込まれるというやり方で、ペリーはコメディア・デッラルテ風の笑劇と近代心理劇を重ね合わせました。そこにペリー特有の、登場人物たちのリズミカルでコミカルな動きが重なって、現代人をカリカチュアライズしています。

 カリカチュアライズされた動きは、例えば、フェランドのアリアにおいて、全く歌わないグリエルモが、フェランドと並んで全く同じ振付をして見せるなどの細かい動きでも確認できるのですが、その辺の動きの合い方に関しては流石にそこまで一致させることは困難だった様子で、そのあたりの動きの切れの悪さが、歌唱的にはハイレベルの日本人歌手のまだ欧州勢にかなわないところかもしれません。

 それにしても歌手たちは舞台の上を走り回らせられます。特にデスピーナ。アシスタントディレクターとして登場するデスピーナは舞台の端から端まで何度もダッシュで往復します。これで息が切れないのか、と心配になるところですが、そういう演出家の要求を満足した上で、歌もしっかり歌うというのが、今の欧州のスタンダードだそうですが、今回の歌手陣はそこの域には達しておらず、おそらくもっと動きの少ない舞台であればもっと上手な歌や演技ができただろうな、と思ってしまうところが弱さなのでしょう。

 そんなわけで音楽的には気になるところもありました。

 アルミンクの指揮する新日本フィルはなかなかきびきびしたいい動き。というか、全体的にはややハイテンポな音楽作り。今回アナウンスでは、第一幕95分、第二幕85分、途中休憩20分のアナウンスで終演時間が17時20分とされていたのですが、実際は第一幕が90分強、第二幕が80分強でカーテンコールが始まったのが17時10分過ぎだったので、アナウンスよりも約10分速くなった感じです。そのスピーディな動きこそが現代風なのかもしれません。

 歌手陣で一番魅力的だったのは七澤結演じるデスピーナ。あれだけ走り回らせられながら歌は立派。ふたつのアリアも魅力的だし、演技もいい。声色を変えて演じる偽医者や偽公証人に関しても、あれだけ堂々とした声色を使った歌手って最近聴いていないような気がする。欲を言えば中低音はもう少し響いてほしい。中低音のしっかりしたソプラノ・レジェーロは鬼に金棒です。

 フィオルディリージとドラベッラ。この演出から行けば背格好や雰囲気がもう少し似ている歌手をキャスティングしたかったところ。でも歌はどちらも悪くない。特に小泉詠子のドラベッラ。彼女はアリアよりもアンサンブルでの活躍が目立った印象。アンサンブルの中にドラベッラが入るとアンサンブルが締まる感じがします。和声感レベルが高いのでしょうね。素晴らしいと思います。吉田珠代のフィオルディリージも良かったと思います。特に二つのアリア「岩のように動かず」も第二幕のロンドも聴かせどころの魅力をしっかり見せてくれたと思います。

 男声歌手に関してはフェッランドもグリエルモも100%ではなかった感じがします。特に金山フェッランド。声の高さが微妙に他のメンバーと合っていなかった感じで、第一幕の前半は「あれっ」という感じでした。現代の日本を代表するモーツァルト歌いですので、ちょっとびっくりしました。小林グリエルモに関してもいつもはもっと丁寧な動きをするような印象があるのですが、演技に意識がとらわれ過ぎたのでしょうか、いつもより無頓着な歌い方だったように思います。

 黒田博のドン・アルフォンゾ。二期会をけん引するバリトンにとって初役となるアルフォンゾ。もちろん初役といっても国立音大教授として大学院オペラの「コジ・ファン・トゥッテ」に何度もかかわってきている方ですから役柄のことは知り尽くしています。流石の歌唱で、重鎮の重しを見せました。

 綺麗でしたし、見ごたえがある舞台でもありました。後は演出家の要求する演技と精確な歌唱の両立でしょうか。なかなか難しいところですが、全体のレベルアップを期待したいところです。

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鑑賞日:2024年9月15日

入場料:B席 2F6列15番 6500円

主催:公益財団法人東京フィルハーモニー交響楽団

東京フィルハーモニー交響楽団第1004回オーチャードホール定期演奏会

オペラ4幕 日本語字幕付原語(イタリア語)上演、演奏会形式
ヴェルディ作曲「マクベス」(Macbeth)
台本:フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ/アンドレア・マッフェイ

会場:オーチャードホール

スタッフ

指 揮 チョン・ミョンフン
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 冨平 恭平
照 明 喜多村 貴
舞台監督 幸泉 浩司/近藤 元

出 演

マクベス セバスティアン・カターナ
マクベス夫人 ヴィットリア・イェオ
バンクォー アルベルト・ペーゼンドルファー
マクダフ ステファノ・セッコ
マルコム 小原 啓楼
侍女 但馬 由香
医者 伊藤 貴之
マクベスの従者、刺客、伝令 市川 宥一郎
第一の幻影 山本 竜介
第二の幻影 北原 瑠美
第三の幻影 吉田 桃子
フリーアンス 矢口 美乃里

演奏会形式の魅力?指揮者の魅力?-東京フィルハーモニー交響楽団「マクベス」を聴く

 東京フィルハーモニー交響楽団は日本で一番オーケストラピットに入って、オペラやバレエの伴奏をしている団体です。それだけにオペラをどう演奏するのか、ということを日本で一番良く知っていると思いますし、オーケストラピットにいても素晴らしい演奏を聴かせてくれることも少なくありません。それでもピットにいるときのオーケストラはあくまでも脇役です。主役は舞台上の歌手やダンサーです。一方、オーケストラの定期演奏会はオーケストラが主役になる舞台です。そういう意識ってオーケストラメンバーにもあるのでしょうか、またはオーチャードホールが響きがいいホールだからなのでしょうか、もちろん、指揮がチョン・ミョンフンということも関係するのかもしれません、とにかくいつもオケピットに入って演奏している東京フィルとは一段違う音がしていました。

 チョン・ミョンフンはミューズの神が降臨している指揮者なのでしょうね。聴いていると音楽が立体的で彫りが深い。オーケストラの音の立ち上がりや響き方が普段聴いている東フィルとはちょっと別物です。その差こそがまさにチョン・ミョンフンなればこそということなのでしょう。オーケストラはチョンの棒の魔法に掛けられていたと思いますし、私も同じでした。とにかく、オーケストラに関してはただただ満足させていただいたとしか言いようがありません。

 合唱も良かった。こちらは日本一の実力の新国立劇場合唱団ですから当然と言えば当然なのですが、それでも新国立劇場で聴く時よりもまとまっていたように思いました。特にオーケストラの後ろで列になって歌うとき。本当に均質な響きがそれぞれのパートごとに立ち上がってすこぶる美しい。それに対して、魔女たちが舞台の前方で踊りながら歌うと、もちろん上手なのですが、どうしても響きが散ってしまって、並んで歌う時ほどよくはありません。もちろん演技をする意味はあるのですが、ここは演技をしないできっちり歌った方が音楽的には良かっただろうと思いました。

 さて、歌手陣ですが、マクベス役のカターナ。この方は2022年の東京フィル「ファルスタッフ」のとき外題役を歌って素晴らしかった方ですが、今回のマクベスはあの時のファルスタッフほどは役に似合っていなかったというのが本当のところ。あの時のファルスタッフはファルスタッフがカターナに乗り移ったのではないか、という感じで歌っており、どこを見ても納得できる感じだったのですが、今回は音楽的には素晴らしかったと思うのですが、どこか似合っていない感じがあります。マクベスが常に抱いている不安感の表現が表情としてうまく表出されていなかったのかもしれません。もちろん一番の聴かせどころであるアリア「憐みも、誉れも、愛も」は流石でしたし、最後のアクートの引っ張りは主役の矜持を見せました。

 マクベス夫人のイェオ。こちらは役柄に対して声が似合っていない感じがしました。ちょっと線が細い感じです。美人ですし、もちろんヴィオレッタとか仮面舞踏会のアメーリアのような役であれば似合っていると思うのですが、色々なところで重みが足りない感じがしました。第一幕の登場のアリア「さあ、早く戻って!」は低音で悪女ぶりを示すようなところで、低音が響かないので迫力が出ずに拍子抜けした感じもありましたし、高音を張る部分でも癖の強さより美しさが先に来てしまう。これは他のアリアでも同様で、歌いまわしとしては丁寧ですし悪くはないのですが、マクベス夫人という強烈なキャラを示すには如何なものか、というところです。

 ペーゼンドルファーのバンクォー。こちらは良かったです。第一幕のフィナーレのコンチェルタートにおける下支えや第二幕のアリアも安定した魅力的な低音で素晴らしかったと思います。一方マクダフのセッコ。第4幕のアリア「ああ、父の手はお前たちを守ってやれなかった」はもっと透明感があってしっとりと歌われた方が良いのになあ、と思いながら聴いていました。

 その他の脇役では、小原啓楼のマルコムもしっかりと強い将軍を見せてくれました。また但馬由香の侍女が、細かいところでも歌に入ってしっかりと低音で支えていましたし、一人三役のバリトン市川宥一郎も魅力ある低音で必要な役割を果たしていました。医者の伊藤貴之も良かったです。三人の幻影は新国立劇場合唱団のメンバーが務めましたが、それぞれいい仕事をしていました。

 以上音楽全体としてはチョン・ミョンフンの素晴らしい音楽作りと素晴らしい合唱、生き生きとしたオーケストラと揃っていて素晴らしかったと思います。主役の二人がもっと役に嵌ってくれるともっといい感じにまとまるだろうと思いました。

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鑑賞日:2024年9月21日

入場料:自由席 4500円

主催:Y's company

Theater Y's volume 1

喜歌劇3幕 日本語訳詞上演
ヨハン・シュトラウス二世作曲「こうもり」(Die Fledermaus)
原作:アンリ・メイヤックとリュドヴィック・アレヴィ『夜食』
台本:カール・ハフナーとリヒャルト・ジュネ
上演台本、訳詞:飯沼 友規

会場 五反田文化センター音楽ホール

スタッフ

指 揮 須田 陽
ピアノ 谷塚 裕美
演出・日本語台本・歌詞 飯沼 友規 
照明・舞台監督 FULL SPEC 

出 演

アイゼンシュタイン 飯沼 友規
ロザリンデ 舘野 真由花
ファルケ 鈴川 慶二郎
アデーレ 楠野 麻衣
アルフレード 榛葉 樹人
オルロフスキー 実川 裕紀
フランク 浜田 耕一
ブリント 中原 和人
イーダ 指出 麻琴

オリジナルをやり遂げる覚悟-Y's company「こうもり」を聴く

 私が「こうもり」の舞台を拝見するのは25回目のようですが、今回のY's companyの「こうもり」はこれまで鑑賞したこうもりの中で一番ぶっ飛んでいた舞台だろうと思います。

 「こうもり」は日本では日本語で上演されることが多く、上演台本は演出家のこだわりがみえます。台詞部分は時事問題が当て擦られたり、上演場所を踏まえたジョークが言われたり、もちろんガラ・パフォーマンスが挿入されたり、いろいろと面白いものを見てきましたが、曲の歌詞に関しては、中山悌一による二期会版が使われることが多く、歌詞が変更されることはあってもそれはごく一部で基本は中山の訳詞が使用されるというのが常識でした。もちろんドイツ語歌詞からの新訳版というのも初めてではないのですが、中山の昔の訳だってオリジナルの歌詞から訳しているわけで、細かな異同はあるにしても大きな違いがあるはずもない。

 しかし、今回の飯沼友規の翻訳。これは翻訳ではないですね。歌詞もオリジナル。もちろんストーリーは本来の「こうもり」に沿っているのですが、歌詞は翻訳ではなく全部を飯沼が書き下ろしたものでしょう。一番すごかったのはチャルダーシュの歌詞。もちろん仮面をつけたロザリンデは、ハンガリーの貴婦人というふれこみでオルロフスキー邸にやってきてチャルダーシュを歌うのですが、中山の歌詞では確か「ふるさとの空を望めば」で始まったのではなかったかしら。楽譜を持っていないのでうろ覚えですが。今回の飯沼の歌詞はオリジナルとは全然離れて、日本では最も有名なの高野辰之作詩の「ふるさと」の歌詞で歌うということをやって見せました(もちろんそれだけだと尺が合わないのでそれ以外の歌詞もありましたが)。

 歌詞をこれだけ変えるのですから、登場人物のキャラも思いっきり笑わせるものに変っています。まずはイーダ。本来はバレリーナという設定ですが、今回は可愛いアイドルという設定。「かわいいにゃん」とか言いながら登場してきますから、それだけでも違和感があるのですが、今回の「こうもりの復讐劇」をするためにファルケがイーダに協力を求めるのですが、イーダが、「ネコ語で話してくれなければ協力してあげない」というと、ファルケが「かわいいにゃん」とポーズを取るなどというのは、よく考えたな、というところ。

 オルロフスキーのキャラも凄い。幼児語で常にしゃべっているのですがわがままなのは半端ない。ファルケをサンドバックにしてキックをお見舞いしたり(それにしても実川裕紀の身体能力のレベルが高い。ミドルキックの高さやコサックダンスなどは凄かったです)、椅子がないと言ってはファルケを椅子にしたりとやりたい放題。

 ロザリンデがアルフレードの声を聴くとき、「あの声はたまらないのよね」というのはお約束ですが、今回はロザリンデがアルフレードに「オペラ・アリア禁止、カンツォーネ禁止」と言うと、「じゃ、これは如何です」と言って「高原列車は行く」(作詞:丘十四夫 作曲:古関裕而)を歌うというのは、これも驚きです。

 それやこれやでキャラは皆立ちすぎるほど立っているのですが、芝居のタイミングは見事にあっている。あれだけの台詞と歌詞とふりを皆覚えて、それで芝居のタイミングをずらさないというのは、余程練習して揃えたのだろうと思います。そこが凄い。このグループの覚悟を感じます。

 音楽的なことを言えば、若手の実力者を揃え、皆素晴らしい。流石に芝居が大変なので、音楽的なところはややうまくいっていないところもそれなりにあったのですが(音が上がり切っていないとか微妙な音程のずれとか)、パワフルで切れが良く、しかしながら臭い芝居がおかしくて、音楽的な瑕疵はあまり気にならない(というよりも、歌も皆基本は上手なので、あげつらう気にならない)。

 特に聴き応えがあったのは、舘野真由花のロザリンデと楠野麻衣のアデーレ。そしてオルロフスキーの実川裕紀でしょう。特に実川のオルロフスキーは幼児語でえげつない台詞を言った直後に、いかにもメゾソプラノの声で「僕はお客を呼ぶのが好きで」などを歌って見せてその落差が凄くてそれだけで笑ってしまいそうになります。

 舘野ロザリンデは全体的にロザリンデ的な落ち着いた声が良かったのですが、あの全体的な芝居の雰囲気からするともう少しキャラを立たせても良かったかもしれません。楠野アデーレはさすがの歌唱。「侯爵様、あなたのようなお方が」も悪くなかったですが、第三幕のアリア「田舎娘を歌うときは」が特に素晴らしい。それ以外の絡みのシーンもイーダと二人で会話するとき徳島弁?で話して見せるのもおかしかったです。

 飯沼アイゼンシュタインは台詞・歌詞・演出・歌唱の一人四役。それだけ思い入れもあるのでしょう。他のメンバーのようなキャラの立ちかたではなかったのですが、しっかりと存在感を示しました。

 忘れてならないのは榛葉樹人のアルフレード。台詞の中で「女心の歌」や「誰も寝てはならぬ」を歌ってみせるのはお約束ですが、「もっと歌うの、聞いてないよ」とぼやきながら「浜辺の歌」を歌ったりもしました。とにかく本来の「僕の小鳩よ」以外に何曲歌ったのかしら。素晴らしい。

 その他にも「こうもりの復讐」を計画しながら、個性的過ぎる登場人物に翻弄される鈴川ファルケや、本当はゲイの弁護士中原ブリント、イケメンを気取っているけど滑ってばかりの浜田フランクなどキャラが立ちすぎていておかしくてたまらない。谷塚裕美も幕ごとにドレスを変えて、伴奏もかっちり嵌っていて、こちらも見事でした。

 一方でひとつ大きな不満は合唱がいなかったこと。だから第二幕の冒頭の合唱はピアノでちょっとだけ演奏されてあとはカットでしたし、「シャンパンの歌」や「兄弟姉妹になりましょう」は合唱がないのでやっぱり中途半端です。第二幕の舞台的な華やかさもなしで、そこは残念だったと申し上げます。

 以上、思いっきり笑える舞台でした。Y's companyの理念は、「敷居は低く、質は高く、分かりやすく、身近に感じられる」だそうですが、それはある程度達成できていたのかな、と思いました。

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鑑賞日:2024年9月22日

入場料:自由席 3850円

主催:東京都/公益財団法人東京都歴史文化財団 東京文化会館/公益財団法人立川市地域文化振興財団

ネクストクリエイション・プログラム チームアップオペラ

歌劇3幕 字幕付原語(イタリア語)上演
プッチーニ作曲「トスカ」(TOSCA)
原作:ヴィクトリアン・サルドゥ『トスカ』
台本:ルイージ・イッリカ/ジュゼッペ・ジャコーザ

会場 たましんRISURUホール大ホール

スタッフ

指 揮 園田 隆一郎
ピアノ 高橋 裕子/矢野 雄太
打楽器 ダガッキ・ラガッツイ 
合 唱 コーロ・サンタンドレア/コーロ・ラガッツイ 
児童合唱 バンビーニ・ロマーニ・アッズーリ
演 出 粟國 淳 
美 術 横田 あつみ
照 明 大島 祐夫 
衣 裳 増田 恵美 
音 響 末廣 友紀
舞台監督 穂積 千寿 

出 演

トスカ 迫田 美帆
カヴァラドッシ 宮里 直樹
スカルピア 井出 壮志朗
アンジェロッティ/看守 奥秋 大樹
スポレッタ 工藤 翔陽
シャルローネ 大久保 惇史
堂守 久保田 真澄
羊飼い 清水 理恵
司祭/ナビゲーター 朝岡 聡

やっぱりトスカは演技力-ネクストクリエイション・プログラム、 チームアップオペラ「トスカ」を聴く

 今回の「トスカ」は、全体的にはとてもよい演奏だったので、反面、この作品を演奏することの難しさが浮き上がったものと思います。

 今回の企画は、東京文化会館が例年行っている「オペラボックス」シリーズの後継企画のようです。オペラボックスでは、夏休みに公募された子供たちがワークショップでオペラを学び、その時作成された色々なものが会場に展示されたり、合唱やエキストラで登場したりしていたわけですが、それが発展的に解消して、ネクストクリエイション・プログラム、チームアップオペラとなったもののようです。と言って実際やっていることがどう変わったのかはよく分からないのですが、今回の児童合唱はそのワークショップで募集された子供たちですし、打楽器を担当した三人の高校生も公募された人たちのようです。今回の企画の成果発表は東京文化会館ではすでに行われていて、私が聴いたのは立川の巡回公演になります。また舞台は2018年のオペラボックス「トスカ」の再演になります。

 さて、演奏ですが園田隆一郎がこだわりの演奏をしてくれました。おそらくノーカットでヴォーカルスコアの指示に完全に従った演奏だったと思われます。「トスカ」には有名な三つのアリアがあります。「妙なる調和」、「歌に生き、愛に生き」、「星は光りぬ」ですね。この三曲は終わると演奏を停めて拍手を受けるのが常識。しかし、本来は三曲ともストーリーや音楽の流れの中で感極まってアリアを歌い始めるパターンなので、演奏を停めないのがプッチーニのアイディアだったのではないでしょうか。今回はそれにこだわったのが園田のプランだったようです。「妙なる調和」のあと、拍手がパラパラと起き、それは残りの二曲でも同様でしたが、指揮者はそれに迎合することはなく、進めていったのが印象的でした。

 一方で今回のオーケストラはピアノ二台に打楽器という変則的なもの。ピアノ伴奏で上演されるオペラは珍しくありませんが、ピアノ+打楽器というのはなかなか珍しい。20年ほど前、新国立劇場で小劇場オペラをやっていたころ一度その編成で上演したオペラを見たことがありますが、それ以来だと思います。トスカは打楽器が活躍する作品で、ティンパニ、小太鼓、トライアングル、シンバル、タムタム、大太鼓、グロッケンシュピール、チェレスタ、鐘が使用されるそうです。今回それらの全部が使用されたかどうかは分からなかったのですが、かなりの打楽器が使用されてはいたようです。ただ、本来のオペラでは厚みのあるオーケストラの音の流れで聴こえる打楽器がピアノの割と鋭い硬い音の中で響くと、全体的に響きがより硬くなり、ただピアノ伴奏で聴く時よりもその硬さを強く感じることになりました。少なくとも「トスカ」でピアノ+打楽器という構成はあまりよくないな、と思ったところです。

 歌手陣はまずアンジェロッティの奥秋大樹が素晴らしい。艶やかで豊かな声量のバッソ・プロフォンドで、この声で聖アンドレア・デラ・ヴァレ教会に逃げ込まれると舞台の緊迫感が一気に高まります。一方で、看守をこの声で歌われると存在感がありすぎで反対に違和感があります。久しぶりにいいアンジェロッティを聴いたように思いました。

 ついでに脇役の話を先にすると、工藤翔陽スポレッタ、大久保惇史のシャルローネはごく普通。久保田真澄の堂守は新国立劇場での志村文彦の堂守などと比べると、あまり存在感を感じない。もちろん歌は上手なのですが、見せるものがない感じと言ったらよいかも。裏で歌われることの多い羊飼いは舞台中央で黒い衣裳での歌唱。清水理恵の声は高音がしっかり響いて見事でした。

 主役三人の中では井出壮志朗のスカルピアが何といっても素晴らしい。彼は声がよく、高音の響きも声量も素晴らしい。こちらは児童合唱を含む合唱が良かったということもあるのですが、合唱を従えた「テ・デウム」は本当に立派で聴き惚れました。第二幕のトスカとの掛け合いでは、高音で悪辣な言葉を吐き続け、そこでスカルピアの悪役ぶりを示すのですが、声が立派過ぎて、かっこいい。この歌を聴くと、私ならカヴァラドッシを捨ててついて行きそうです。本当に素晴らしい歌でした。

 宮里直樹のカヴァラドッシ。こちらは定番で流石の巧さ。「妙なる調和」におけるハイCのようにここぞというときの力と声の魅力は他の追随を許さないところがある。それだけ存在感のあるカヴァラドッシですし、素晴らしいのですが、ちょっと歌いなれすぎている感じがあってそこが鼻につきます。「妙なる調和」に関して言えば、途中まではテンションが上がり切らずに歌っている感じがあったのですが、アクートになると力業でハイCに持ち込みました。音はしっかり上がっていたし、強さと言い響きといい文句を言えるようなものではなかったのですが、私はあういうアプローチはこのみではありません。一方で、牢獄で歌う「星は光りぬ」は絶品でした。

 迫田美帆のトスカ。声は美しいし、正確にしっかり歌っていて素晴らしいのですが、トスカという役柄で見た場合不満があります。まず、トスカという激しい性格の女を理解しきれていないのではないかという感じがします。トスカは持っている性格がドラマティックです。だから大いに嫉妬もするし、ストレスがかかると冷静な判断ができなくなります。そういった激しい性格を表現するためにはただ丁寧に上手だけではないドラマティックな感情の込め方がもっと必要なのではないかという気がします。第一幕のカヴァラドッシとの二重唱「マリオ、マリオ、マリオ」では冷静に上手に歌っているので、とても綺麗なのですけど、感情の迸りが不足しています。第二幕のスカルピアとの二重唱でも、トスカがもっと「スカルピアが嫌いだ、この悪党」というオーラを出さないと、スカルピアの悪人ぶりが見えてこないのです。トスカがこの二重唱で上手にスカルピアを嫌って見せると、スカルピアがどんなに美声で歌ってみせてもスカルピアの悪辣ぶりが浮かび上がります。

 欧州系のトスカ歌いと言われる人はスカルピアの嫌い方が上手なのですが、日本人でそれをうまくやったという人を私はまだ聴いたことがありません。今回もそこは一緒でした。

 以上全体的には素晴らしかったのですが、オーケストラ伴奏ではなかったこととトスカのスカルピアを嫌う様子が足りなかったゆえに、画竜点睛に欠けた公演になったなと思いました。

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鑑賞日:2024年10月5日

入場料:自由席 2000円

主催:自主公演

小松美紀ソプラノリサイタル「匂いのある歌」

会場 ホームギャラリーステッチ

出 演

ソプラノ 小松 美紀
ピアノ 渡辺 啓介

プログラム

作曲家 作品名/作詞 曲名
下総 皖一 石森 延男 野菊
山田 耕筰 三木 露風 赤とんぼ
山田 耕筰 北原 白秋 からたちの花
千原 英喜  歌曲集「みやこわすれ」  薔薇のかおりの夕ぐれ
はっか草
中田 喜直        歌曲集「こどものための8つのうた」        くるみのお家
ねえ蜂さん
雨ふり
うれしい象さん
匂いのある歌
むこうのきしへ
かあさんはやくこい
おやすみなさい
休憩  
ベッリーニ   6つのアリエッタ   お行き、幸せなバラよ
私の偶像よ
喜ばせてあげて
ロッシーニ 音楽の夜会第1集  約束
ロッシーニ  老いの過ち第1集「イタリアの歌のアルバム」  フィレンツェの花売り娘
モーツァルト フィガロの結婚 スザンナのアリア「とうとう嬉しい瞬間が来た~早くおいで、素晴らしい喜びよ」
グノー ロメオとジュリエット ジュリエトのアリア「私は夢に生きたい」
アンコール  
木下 牧子    

繊細さの魅力-小松美紀ソプラノリサイタル「匂いのある歌」を聴く

 小松美紀の魅力は、長年合唱をやってきたことによるバランスのとり方と和声感、あるいは繊細な表情であり、逆にオペラチックな豪快さや迫力ある高音のアクートとは縁がありません。小松自身もそれは分かっている様子で、今回のプログラムは前半は日本歌曲、後半がイタリアもの中心というプログラムだったのですが、日本歌曲にしても難解なものはなく基本的には可愛らしいもの・懐かしいものであり、後半も小品が中心でした。

 そのような自分の魅力を際立たせるプログラムにおいて、彼女の魅力が出、味があったのは前半の日本歌曲だったと思います。前半、小松は若草色の着物姿(訪問着?付下げ?)での登場。全てその姿で歌いました。最初の三曲が抒情童謡。これがいい。和服姿の若手ソプラノが歌うと、からたちは春の花でありながらも、「日本の秋」の味わいが、しっかり浮かび上がる感じがします。しかし、童謡は所詮同様。彼女の魅力が発揮されたのは、「みやこわすれ」からの2曲。特に「はっか草」は本来は合唱曲ということもあって、彼女向きなのですが、さらに娘が母を想う思うという歌詞が、小松によって歌われると、しみじみと胸に突き刺さり、小松の母世代の観客の何人かは涙を浮かべて聴き入っていました。この日の白眉は「はっか草」と申し上げるべきでしょう。

 中田喜直の「子供のための8つのうた」は「子供のための」というだけあって、難解な感じは全くない素敵な小品集なのですが、曲それぞれで表情はどんどん変り、子供の多様性を感じさせるまさにミクロコスモス。小松はそれぞれの曲の特徴をしっかり示す歌い方をして、とてもよかったと思います。細かいことを言えば、歌詞が上手く聞き取れなかったところもあったのですが、全体の流れに澱みはなかったので良かったのでしょうね。8曲の中で一番良かったのは、今回のコンサートのタイトルにもなった「匂いのある歌」。小松の繊細な味がよく出ていて魅力的だったと思います。

 一方後半は悪いものではなかったのですが、前半のような小松ならではの個性が感じられなかったと申しあげましょう。もちろんきっちり歌っていたし、「約束」や「フィレンツェの花売り娘」は、曲の流れを考えた歌い方で、曲の持つ情感をよく表現していたのですが、ここぞというときの見せ場がないので、すっきりとまとまっているのですが、なんか今一つ物足りない。

 オペラアリアは特にそうで、どちらもきっちりまとめていて悪いものではないのですが、今回歌われた二曲は、オペラそのものやコンサートでもよく取りあげられる曲で、その意味では不利だったと思います。小松は端正にまとめていたとは思うけど、声量があってメリハリを際立たせて歌う歌手を嫌という程聴いてきた身としては、面白くないのですね。もっと攻めた歌にしないと厳しいのかな、と思いました。

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鑑賞日:2024年10月6日

入場料:自由席 3500円

主催:自主公演

中森美紀ソプラノリサイタル~宝物の歌を宝物の皆様へ~

会場 大泉学園ゆめりあホール

出 演

ソプラノ 中森 美紀
バリトン 吉田 敦
ピアノ 田中 梢

スタッフ

プロデュース 優こ

プログラム

作曲家 作品名/作詞 曲名 歌手
ロッシーニ 老いの過ち第1集「イタリアの歌のアルバム」 フィレンツェの花売り娘 中森 美紀
アルディーティ 作詩:ゴッタルド・アルギエーリ 口づけ 中森 美紀
ドニゼッティ リタ リタのアリア「家も宿も」 中森 美紀
越谷 達之助 作詩:石川 啄木 初恋 中森 美紀
武満 徹 作詩:武満 徹 小さな空 中森 美紀
湯山 昭 作詩:関根 栄一 桜繚乱 中森 美紀
小林 秀雄 作詩:峯 陽 すてきな春に 中森 美紀
休憩   
ロジャーズ サウンド・オブ・ミュージック マリアの歌う「サウンド・オブ・ミュージック」 中森 美紀
バーンスタイン ウェストサイドストーリー マリアが歌う「アイ・フィール・プリティ」 中森 美紀
ロウ マイ・フェア・レディ イライザの歌う「踊りあかそう」 中森 美紀/吉田 敦
ショーンベルグ レ・ミゼラブル ジェラールの歌う「星よ」 吉田 敦
ドニゼッティ ドン・パスクワーレ ノリーナのアリア「騎士はあの眼差しに」 中森 美紀
ドニゼッティ ドン・パスクワーレ ノリーナとマラテスタの二重唱「準備はできたわ」 中森 美紀/吉田 敦
ヴェルディ ドン・カルロ ロドリーゴのアリア「終わりの日が来た~私は死ぬ」 吉田 敦
グノー ロメオとジュリエット ジュリエットのアリア「神よ!何という戦慄が」 中森 美紀
アンコール   
ヴェルディ 椿姫 乾杯の歌 中森 美紀・他
グノー ロメオとジュリエット ジュリエトのアリア「私は夢に生きたい」 中森 美紀

エンターテナー-「中森美紀ソプラノリサイタル」~宝物の歌を宝物の皆様へ~を聴く

 二日連続で「美紀」のリサイタル。初日は小松ですが、二日目は中森です。二人ともソプラノ・リリコ・レジェーロなのですが、歌われる曲の中身やコンサートの印象はかなり違っています。中森美紀はお客様に思いっきり楽しんでもらおう、というコンセプト。彼女のデビューは2004年で今回のリサイタルがデビュー20周年だそうですが、20周年続けられた喜びをお客様と共に分かち合おうというスタイル。全体的に彼女のエンターティナーぶりが目立つけれども、アットホームな雰囲気が漂うコンサートとなりました。

 とはいえ、そういう意識が強かったせいか、空回りしていた部分も多かったのが正直なところありました。

 冒頭の「フィレンツェの花売り娘」は、その空回りの際たるものでしょう。花籠を持ち花のカチューシャを指して登場した中森。高テンションだったのですが、緊張していたのでしょうね。歌が全然滑らかに流れない。にもかかわらず、高音では張って、「私こそはソプラノよ」というような歌い方をするので、バランスが悪いことはなはだしい。「フィレンツェの花売り娘」は期せずして二日連続で聴いたのですが、音楽性やその完成度は昨日聴いた小松美紀が断然上、中森は残念な歌だったと思います。続く「口づけ」も同様。ハイテンションになっていたせいだと思うのですが、全般に音が上ずる傾向。華やかではあるのですが、重しが効かないので、浮足立っている感が強くて、あまりよい歌ではありませんでした。

 そんな中森が自分を取り戻したのが、第3曲目の「リタ」の登場のアリア。こちらはようやく落ち着きを取り戻した中森が、「幸せいっぱいよ」と歌う雰囲気と見事にシンクロした感じで、前の二曲よりはずっと見事な歌。とはいえ、まだ完全に平常心には戻れなかった様子で、中低音がなかなか安定せず、そこは残念だったかもしれません。

 日本歌曲では冒頭に歌われた「初恋」がBrava。とてもいい感じの歌でした。一方、次の小さな空は歌詞の感じ方に今一つのところがあった様子で、語尾の処理が上手くいっていなかった所が残念」でした。次の「桜繚乱」は、その前にピアノソロで「さくらさくら」の変奏曲が演奏され、その流れの中に「桜繚乱」が歌われましたが、おんなの情念が渦巻いている感じが良かったと思います。つづく「素敵な春に」は少女のストレートな喜びを感じる歌。こちらは曲の持つ雰囲気をきっちり見せてくれました。

 後半はミュージカルナンバーから。主に日本語の歌詞で歌われたのですけれども、曲自身の歌詞の付け方が、英語と日本語の違いをうまく生かして言葉を選んでいないので、全体的に歌詞が聴こえにくいというのはありました。そういう悪条件ではありましたが、「踊りあかそう」はとても良いと思いました。ライヒ夫人として参加したバリトンの吉田敦も雰囲気があって面白かったです。また吉田の「星よ」もとtも雰囲気がありました。

 最後のグループはオペラアリア。こちらではドニゼッティと中森美紀の相性の良さが目立ったと申しあげましょう。「騎士はあの眼差しに」もノリーナとマラテスタとの二重唱「準備はできたわ」も中森ノリーナのおきゃんな性格と吉田マラテスタのノリーナを受け止める雰囲気が上手くかみ合って、いい感じにまとまったと思います。吉田敦によるロドリーゴのアリアはカット版。「ロメジュリ」のジュリエット第二アリアは、中森の思いの籠ったもので、リサイタルの最後を飾るに相応しいものでした。とはいえ、その後のアンコールがおかしくて、その味わいが薄れたけど、それはそれでよかったのかと思います。

 アンコールの最初の「乾杯の歌」は突如客席から三人のおじさんが駆け上がってきてアルフレードを歌い始め、更に吉田敦も参加して四人の男による中森ヴィオレッタの取り合い。この三人のおじさんは皆素人で、とても聴けるレベルではないのですが、ひとりは本当の中森のご主人。最後は中森がご主人と手を取ってラブラブの関係を誇示するという仕掛け。大いに笑わせていただきました。もう一曲の「私は夢に生きたい」もまた二日連続で聴いたのですが、こちらは流石の魅力ある中森の歌。アンコールとは思えない素晴らしいもので、本当のフィナーレを飾りました。

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鑑賞日:2024年10月12日

入場料:B席 3F1列13番 14960円

主催:公益財団法人新国立劇場振興財団/独立行政法人日本芸術文化振興会/文化庁

テアトロ・レアル/リセウ大劇場/パレルモ・マッシモ劇場との共同制作、新国立劇場2024/2025シーズン開幕公演

オペラ2幕 日本語、英語字幕付原語(イタリア語)上演
ベッリーニ作曲「夢遊病の女」(La Sonnambula)
台本:フェリーチェ・ロマーニ

会場:新国立劇場オペラハウス

スタッフ

指 揮 マウリツィオ・ベニーニ
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 三澤 洋史
演 出 バルバラ・リュック
演出補 アンナ・ポンセ
美 術 クリストフ・ヘッツァー
照 明 ウルス・シェーネバウム
衣 裳 クララ・ペルッフォ
振 付 イラッツェ・アンサ/イガール・バコヴィッチ
音楽ヘッドコーチ 城谷 正博
舞台監督 髙橋 尚史

出 演

妻屋秀和
ロドルフォ伯爵 妻屋 秀和
テレーザ 谷口 睦美
アミーナ クラウディア・ムスキオ
エルヴィーノ アントニーノ・シラグーザ
リーザ 伊藤 晴
アレッシオ 近藤 圭
公証人 渡辺 正親

新星降臨-新国立劇場「夢遊病の女」を聴く

 新国立劇場の2024/2025シーズンの開幕公演は「夢遊病の女」です。新国立劇場でいわゆるベルカントオペラが上演される機会は少ないのですが、特にベッリーニは音楽史上もとても重要なオペラ作曲家であるにも関わらず、これまで全く取り上げられてきませんでした。ようやく「夢遊病の女」が取り上げられたこと、非常に嬉しいです。

 日本での演奏機会で言えば、非常に珍しい演目という程ではありませんが、上演機会が少ないというのもまた事実です。なお私自身は7回目の鑑賞でしたが、間違いなくこれまで聴いた最高の「夢遊病の女」でした。それはベニーニの指揮を中心に、オーケストラ、合唱団、ソリストがしっかり噛み合った演奏をしていたこと。また、ロドルフォ、アミーナ、エルヴィーノ、リーザの主要四役が皆高レベルのパフォーマンスを示してくれたことにあると思います。特に素晴らしかったのが、アミーナ役のクラウディア・ムスキオ。

 2017年に22歳でキャリアをスタートさせたばかりの若手のソプラノで、今レパートリーを増やしている最中の方のようですが、とてもそんな風には見えない実力。ヴィジュアルも美貌でスタイルもいい。昔バレエを習っていたということもあって身のこなしもエレガント。さらに声もよくベルカントのテクニカルな部分もほぼ完璧と言ってよいほど。昨年、「Operawelt」誌で年間ベスト歌手、年間若手ベスト歌手にノミネートされたそうですが、それだけの実力がある方です。さらに申し上げれば高音のコロラトゥーラのテクニックだけではなく、中低音もしっかり響かせることができて、レンジの広さも聴かせます。まさに末恐ろしい歌手と申しあげてよいでしょう。

 例えば、一番の聴かせどころである最後のアリア・フィナーレ。まず自由な形式のシェーナがあって、アリアのカンタービレ部分「思いもしなかったわ、花よ」がイ短調で書かれていて、中音部が響いてこそのしっとりとした歌。そして目覚めると長調の世界に立ち返って、カバレッタ「考えられないようなこの喜び」と繋がるわけですが、このシェーナでのピアノのでの表現がくっきりと浮かび上がるように歌って、まず感心。続くロマンツァは中低音がしっとりと響いてこれも素敵。そして最後のフィオリオーラゴテゴテのカバレッタも軽快で歌い上がる。どこを切り取っても素晴らしいとしか言いようがなく、また、歌のアプローチも常に自然で、どうやるとあんなディミニエンドができるのだろうと、ため息がつくしかない。

 第一アリアの「今日はなんと美しい日」もカンターヴィレの部分のしっとりとした感じと、合唱を従えて華やかにまとめるカバレッタで最初にメロメロにされ、続くエルヴィーノとの愛の二重唱なども素晴らしい。終始ひたすら感心しまくりでした。

 対抗するエルヴィーノ役のシラクーザ。日本ではおなじみのベルカント・テノールですけど、久しぶりに聴いた気がします。その実力は健在で、ハイCなどは軽々と出しますが、流石に10数年前と比べると声が重くなっているのは否めない。ハイCへのアプローチも昔は助走なしでハイCを普通に出せていたと思うのですが、今回はさすがにそうはいきません。ちょっと助走をつけてバシッと決めるという感じに変化しており、さらにちょっとしたところで途切れて聴こえたりする部分もあって、レジェーロ・テノールの大変さを感じました。もちろん、それでも一流の声と歌唱技術であることは間違く、第二幕の大アリア「全ては壊れ去った~ああ、何故君を憎めないのだろう」はとても素晴らしいものでした。

 伊藤晴のリーザも出色の出来。アミーナとの対照性を意図していたのか、ややきつめな表現で歌っていたと思いますが、彼女がそのように歌ったおかげで、ムスキオのアミーナを引き立った部分は間違いなくあります。冒頭から様々なところで絡み、それぞれでしっかり存在感を出していましたが、やはり一番の聴かせどころは第二幕のアリア「皆さんの祝福を喜んで受けますわ」でしょう。こちらもハイCへの跳躍や繊細なアジリダもあって大変な曲ですが、伊藤はムスキオのように軽々と、とはいかないまでも、跳躍もアジリダもとてもしっかりと歌われていてメリハリがあり、素晴らしいと申し上げましょう。

 妻屋秀和のロドルフォ伯爵。登場のアリア「この美しい土地には見覚えがある」が流石の存在感で素晴らしく、その後の歌唱も全体を下支えするもので、いつもながらの安定性抜群の歌でした。歌う場面は多くはありませんが、谷口睦美のテレーザ、近藤圭のアレッシオも要所要所で、存在感のある歌で見事でした。

 そしていつもながらの安定感と素晴らしいアンサンブルで劇場を盛り上げた新国立劇場合唱団が真に素晴らしく、東京フィルの演奏も、神田勇哉のフルートや磯部保彦のホルンが素晴らしく、大いに舞台を盛り上げました。

 バルバラ・リュックの演出は欧州の演出の時代を考えさせるもの。リュックの解釈では、アミーナの夢遊病は重度のストレスや抑圧によって生まれたものとします。そのため、アミーナは冒頭からバレエ・ダンサーに囲まれて登場し、彼女と他の人たちはダンサーによって隔離され、常に孤独と(あるいは、エルヴィーノとの結婚への不安)で他人と関係が持てない様子をバレエによって示します。この感覚は極めて現代的なのですが、その他の衣裳や舞台がまさにスイスの牧歌劇になっているのでその間のストレスは結構あります。あのダンスは余計だったという人が多いのは理解できます。

 私のが思うのは、ベッリーニが「夢遊病の女」を書いたのは、当時「夢遊病」という病気がヨーロッパで認識されてきて、その流行にのっただけで、その病気の意味は全く分かっていなかったと思います。現在でもその原因は、「興奮状態のまま眠りに就いてしまうことや、精神のストレスによるものが多いとされている。また、特に原因が見当たらず慢性的で難治性の場合もある。疲れていたり、昼間に猛烈なストレスを体験した場合に多くみられる。」とされており、正確には不明、更に治療法も「現在のところ、臨床試験において症状改善が確認された心理療法や薬物療法は存在していない」だそうです。そのような時代背景を踏まえると演出に精神分析的意味を持たせることが妥当なのかな、という感じはします。

 ただ、あのダンスの中で、ムスキオもいい感じで動いており、純粋に音楽的な観点から言えば、決して悪くはなかったと思います。

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