オペラに行って参りました-2023年(その3)

目次

素晴らしきコンビネーション 2023年3月19日 「高橋薫子、但馬由香ジョイントコンサートvol.5」を聴く
オペラというよりカンタータ 2023年4月8日 東京二期会コンチェルタンテ・シリーズ「平和の日」を聴く
豪華絢爛は七難隠す 2023年4月11日 新国立劇場「アイーダ」を聴く
もう一ひねりがあってもよかったかな 2023年4月12日 杉並リリカ「カプレーティとモンテッキ」&「トスカ」ハイライトコンサートを聴く
こんな音楽だったかしら 2023年4月22日 藤原歌劇団「劇場のわがままな歌手たち」(1日目)を聴く
経験がもたらすもの 2023年4月23日 藤原歌劇団「劇場のわがままな歌手たち」(2日目)を聴く
オペレッタは自由とはいうものの 2023年4月29日 すみだオペラ第10回公演「こうもり」を聴く
声が大きければいい、というものではない 2023年5月4日 町田イタリア歌劇団公演「トゥーランドット」を聴く

オペラに行って参りました。 過去の記録へのリンク

      
2023年 その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7 その8 どくたーTのオペラベスト3 2023年
2022年 その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7 その8 どくたーTのオペラベスト3 2022年
2021年 その1 その2 その3 その4 その5 その6   どくたーTのオペラベスト3 2021年
2020年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2020年
2019年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2019年
2018年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2018年
2017年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2017年
2016年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2016年
2015年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2015年
2014年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2014年
2013年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2013年
2012年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2012年
2011年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2011年
2010年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2010年
2009年 その1 その2 その3 その4     どくたーTのオペラベスト3 2009年
2008年 その1 その2 その3 その4     どくたーTのオペラベスト3 2008年
2007年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2007年
2006年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2006年
2005年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2005年
2004年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2004年
2003年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2003年
2002年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2002年
2001年 その1 その2         どくたーTのオペラベスト3 2001年
2000年              どくたーTのオペラベスト3 2000年

鑑賞日:2023年3月19日

入場料:自由席 3000円

主催:ミュージックオフィス ファイブラインズ

高橋薫子、但馬由香ジョイントコンサートvol.5

会場 としま区民センター小ホール

出演者

ソプラノ 高橋 薫子
メゾソプラノ 但馬 由香
ピアノ 服部 容子

プログラム

作曲 作品名/作詩 曲名 歌手
ヘンデル オラトリオ「アレキサンダーの饗宴、または音楽の力」HWV75 二重唱「彼女の音楽に重ねよう」 高橋 薫子/但馬 由香
モーツァルト コジ・ファン・トゥッテ フィオルディリージとドラベッラの二重唱「ああ、妹よ、見てごらん」 高橋 薫子/但馬 由香
モーツァルト 皇帝ティートの慈悲 セルヴィーリアのアリア「たとえあなたが涙を流しても」 高橋 薫子
ワーグナー ヴェーゼンドンク歌曲集 第1曲「天使」、第5曲「夢」 但馬 由香
ドヴォルザーク ルサルカ ルサルカのアリア「月に寄せる歌」 高橋 薫子
R・シュトラウス ナクソス島のアリアドネ 作曲家のアリア「先生、許してください」 但馬 由香
シューマン リストによるピアノ・トランスクリプション S.566「献呈」 ピアノ独奏:服部 容子
ベッリーニ ノルマ ノルマとアダルジーザとの二重唱「ご覧なさい、ノルマ」 高橋 薫子/但馬 由香
休憩   
平井 康三郎 小黒 恵子 うぬぼれ鏡 高橋 薫子
中田 喜直 金子 みすゞ こだまでしょうか 但馬 由香
團 伊玖磨 北原 白秋 からりこ 但馬 由香
平井 康三郎 北原 白秋 夏の宵月 高橋 薫子
團 伊玖磨 北原 白秋 舟唄(片恋) 但馬 由香
大中 恩 北原 白秋 片恋 但馬 由香
中田 喜直 寺山 修司 悲しくなったときは 高橋 薫子
大中 恩 寺山 修司 悲しくなったときは 高橋 薫子
鈴木 憲夫 小田切 清光 ほほえみ 高橋 薫子/但馬 由香
アンコール   
モーツァルト コジ・ファン・トゥッテ フィオルディリージとドラベッラの二重唱「私はブルネット」 高橋 薫子/但馬 由香

感 想

素晴らしきコンビネーション-「高橋薫子、但馬由香ジョイントコンサートvol.5」を聴く

 高橋薫子、但馬由香によるジョイントコンサートが5回目を迎えました。私は最初の回は所用と重なって聴いておりませんが、あとは皆勤です。最初の3回が光が丘美術館での美術館コンサート、その後は会場を池袋のとしま区民センターに移しての開催です。そのとき歌いたい曲を入れる、という方針で今回も盛りだくさん。前半は外国の曲、後半は日本の歌曲という以外はほとんどルールなし。そのおかげで、極めて充実したコンサートになったと思います。

 今回は自分で解説を入れながら、時にはピアノの服部容子にお願いしながら演奏するというスタイル。前半は二人とも正統派。冒頭の「アレキサンダーの饗宴」からの二重唱は祝祭的なオラトリオの最後の合唱曲を二重唱曲にしたもの。華やかに始まり、すぐに「コジ・ファン・トゥッテ」の現実離れした姉妹の二重唱。これがいい雰囲気でBraveもの。続く「ティート」はオペラ自体あまり上演されませんし、アリアだけ演奏されることもあまり多くないと思います。私も久しぶりで聴きましたが、高橋が若いころから大切にしているモーツァルトだけあって素晴らしいもの。「月に寄せる歌」は最近よく高橋が取り上げている曲。いい感じにまとめました。

 一方で、但馬は今回はドイツ語ものに挑戦。ヴェーゼンドンクは昨年12月に藤村実穂子が歌ったのを聴いたばかりですが、但馬の歌はまだ力任せのところがあって、5曲をひとつの流れとしてとらえて幻想的な美を感じさせた藤村の域ではなかったのかな、というのが正直なところ。とはいえ、立派なものであったことは間違いありません。一方で、「ナクソス」の作曲家のアリアはとても素晴らしい。この曲は「ナクソス島のアリアドネ」のプロローグの白眉とも言うべき曲ですが、実際の舞台で是非聴きたいと思いました。またこの曲に関して言えば、ピアノ伴奏も超絶技巧です。細かい音符をしっかり鳴らしていく服部容子のピアノにも感心し、小声でBraveをいわせていただきました。

 服部が二人が喉を休んている間に演奏したのが、シューマン「ミルテの花」の第1曲をリストがピアノ曲にアレンジした名曲を演奏しました。これも結構なもの。さすがドイツものを得意とするコレペティのことはあります。そして前半の最後はベルカントオペラの名曲「ノルマとアダルジーザの二重唱」、こちらも非常に充実した歌唱で、二人とも完全燃焼したのではないでしょうか。

 後半の日本の曲は前半と比較すればかなり軽めですが、それでも面白い曲の目白押し。最初に歌われた「うぬぼれ鏡」は自己陶酔して「ウフッ」というところをどう歌うかが一番興味がありましたが、しっかり笑わせてくださる表現で流石です。高橋は今回平井康三郎の曲を2曲取り上げましたが、「夏の宵月」は、正統な日本歌曲の感じで、京風の感じがしました。一方但馬由香は最初は童謡的な二曲を可愛らしく表現しました。

 そして、前回から始まった同じ歌詞に付けた違った曲シリーズで、但馬由香は白秋の「片恋」に着けた二曲を歌いました。曲の雰囲気の違いを歌いわけていい感じ。一方高橋薫子は「悲しくなったときは」。中田喜直の方はよく歌われる印象ですが、大中恩の方は初めて聴いたと思います。高橋は二人の書いた海の違いを、中田は瀬戸内海、大中は沖縄の海、と言っていましたが、そんな違いを感じさせる歌でした。最後の「ほほえみ」はもともと合唱曲で、合唱団のアンコールによく使われると思いますが、「微笑みをありがとう」というのがいいですね。

 で、アンコールですが軽い曲で来るかと思いきや、またコジのフィオルディリージとドラベッラの第二幕の二重唱。こちらも素晴らしく、いい余韻となりました。Bravissime!

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鑑賞日:2023年4月8日

入場料:B席 2F6列24番 6000円

主催:公益財団法人東京二期会/Bunkamura

二期会創立70周年記念公演

東京二期会コンチェルタンテ・シリーズ公演

オペラ1幕 字幕付き原語(ドイツ語)上演/日本初演/セミ・ステージ形式上演
リヒャルト・シュトラウス作曲「平和の日」
(Friedenstag)
原案:シュテファン・ツヴァイク
台本:ヨーゼフ・グレゴール

会場 Bunkamura オーチャードホール

スタッフ

指揮 準・メルクル
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合唱 二期会合唱団
合唱指揮 大島 義彰
舞台構成 太田麻衣子
映像 栗山 聡之
照明 八木 麻紀
音楽アシスタント 石坂 宏
舞台監督 幸泉 浩司

出演者

包囲された街の司令官 : 清水 勇磨
マリア その妻 : 中村 真紀
衛兵 : 北川 辰彦
狙撃兵 : 高野 二郎
砲兵 : 髙田 智士
マスケット銃兵 : 松井 永太郎
ラッパ手 : 倉本 晋児
士官 : 石崎 秀和
前線の士官 : 的場 正剛
ピエモンテ人 : 前川 健生
ホルシュタイン人 包囲軍司令官 : 河野 鉄平
市長 : 伊藤 達人
司教 : 堺 裕馬
女性の市民 : 石野 真帆

感 想

オペラというよりカンタータ‐東京二期会コンチェルタンテ・シリーズ「平和の日」を聴く

 2007年に「ダフネ」が東京二期会によって日本初演された時、リヒャルト・シュトラウスのオペラ作品で日本初演がまだなのが3作品。処女作の「グラントラム」と2作目の「火の危機」、そしてこの「平和の日」でした。この時、この3作品は日本で上演されることはないのではないか、と言われていたのですが、16年の期間を空けてようやく、セミステージ形式ではありますが上演されました。

 この作品が作曲されたのは1936年。当時のドイツはナチス政権下であり、シュトラウスは全国音楽局総裁という立場でナチスに協力していました。シュトラウスはホーフマンスタールが亡くなったと、ツヴァイクと協力関係を持ってオペラを作曲してきましたが、ツヴァイクはユダヤ系であり、ナチスに協力を始めたシュトラウスとは袂を分かつことになりました。「平和の日」はツヴァイクのアイディアによるものですが、実際の台本はグレゴールによってまとめられ、シュトラウスはその台本に曲を付けたことになります。

 作品はタイトル通り、戦争が終わって、敵味方関係なく仲良くしようという「平和の讃歌」でありますが、シュトラウスやツヴァイクが何を考えていたかは別として、ナチスはこの曲に「ナチスによる平和」を感じたようです。そういう臭いはヨーロッパ人におっては当然わかるものなのか、第二次世界大戦開戦前は頻繁に取り上げられていたのが、戦後はぱったりと演奏されなくなり、欧州でも普通に演奏されるようになったのは20世紀もほぼ終わるころからだったようです。そんないわくつきの作品なので、日本で上演されることはないだろうと思っていたのですが、遂に上演されて嬉しいです。

 とはいうものの、この作品は不気味な作品でもあります。登場人物の中で名前があるのは、司令官の妻のマリアだけ。その他の役柄は「司令官」、「市長」、「狙撃兵」と言った具合に職名で記載されます。つまり、男たちは全員個人で個人的感情を持っているにもかかわらず、役職としてその役割を果たすことが求められ、個人の感情は抑制されます。後半のマリアと司令官との長大な二重唱がこの作品の白眉ですが、その二重唱におけるお互いの食い違いは個人の信仰や感情に基づくマリアと、司令官という社会の中の立場を維持しなければならない主人公との相克でもあります。平和になったフィナーレでこの夫婦の気持ちは重なるのですが、ナチスは男には「自分の仕事をきっちり完遂せよ」と言っているように聴こえて、プロバガンダ臭を感じてしまう部分ではありました。

 さて、演奏ですが、準・メルクルの舞台コントロールが素晴らしいと思いました。メルクルは当然上記の作品の成立史や演奏史はしていると思いますが、そういった過去を封印して純粋に音楽的な演奏を心がけているようにおもいました。指揮姿が流麗で、その伸び伸び感がオーケストラにも乗り移っているようで、パワフルで音楽的説得力を感じさせる演奏でした。オケピットの東フィルはダレることもあるのですが、今回はまったくそんなことはない集中した演奏だったと思います。

 こういうオーケストラがバックになる以上歌手陣も燃えない訳には行きません。歌手たちもそれぞれの役割を果たした立派な歌唱を披露していたと思います。

 まず素晴らしかったのは清水勇磨の守備隊の司令官。二期会の若手バリトンのホープでこれまでも素晴らしい歌唱を何度も聴かせていただいていますが、今回は深みのあるバリトンの発声に、命令された以上城を守らなければいけないという隊長としての責任感と、一方で攻撃されていつ突破されるかもしれない、という守備隊の不安がしっかり込められていて、その何とも言えない緊張感が聴き手にも伝えられて素晴らしいと思いました。

 一方その妻・マリア役の中村真紀は、敵の攻撃を受ける城塞の中にいながらも平和の讃歌を歌い、太陽の明るさを愛でます。その声には夫である司令官の焦燥感が移っていてそういう感じなのか、それとも現実離れしているからそうなのかはわかりませんが、スピントの効いた強い声でありながら、どこかちょっと不思議な方向に声が行っていて、そこが面白い。

 この二人が絡む二重唱は本来そう書かれているのでしょうが、現実的で焦燥感にかられるバリトンと太陽を愛し平和を求めるソプラノの間ですり合うことはなく食い違ったまま進むのですが、台詞だけではなく、二人の声もほとんど混じり合うことはなく、そこをきっちりやれているところが素晴らしいと思いました。

 その他の兵士たちはそれぞれソロの部分はありますが、基本的にアンサンブルとしての参加で特に申しあげることはないです。ソロらしいソロがあるのは前半はピエモンテ人の前川健生。後半は市長の伊藤達人。前川はイタリア語で敵兵の中を潜り抜けて皇帝の密書を届けた苦労を歌うのですが、普段の彼の歌い方と比較するとずっと歌い急いでいる感じがあって、そいう風に歌うように求められているのでしょうね。伊藤は、市長として登場したときの印象はあまりないのですが、最後の平和の讃歌の大合唱では歌いだしのソロを彼がとり、その歌唱が天上に響くテノールで素晴らしかったと思います。

 もう一人上げなければならないのは攻撃隊の司令官役の河野鉄平。和平のために守備隊を説得するのですが、彼のバスの声が非常に説得力のある響き方をし、一方で疑心暗鬼の守備隊の司令官の清水勇磨の歌い方と好一対をなし、二人ともよかったです。

 そして最後の大合唱。この作品は最初はオペラティックですが、途中からカンタータ的雰囲気がどんどん強くなっていき、そしてこの合唱で頂点に達します。この合唱では敵味方なく、合唱を含む全ての出演者が一堂に揃って平和の讃歌を歌いあげます。オーケストラがffで咆哮する中、それを上回るffで歌う平和の讃歌は大迫力でした。メルクルと全ての出演者は、ナチスによる平和ではなく、もちろんロシアによる平和でもなく、人類の英知による平和を高らかに歌い上げているように聴こえました。歌の力を感じさせられる素晴らしいフィナーレでした。

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鑑賞日:2023年4月11日

入場料:C席 4F1列44番 9900円

主催:新国立劇場

新国立劇場開場25周年記念公演

オペラ4幕 字幕付き原語(イタリア語)上演
ヴェルディ作曲「アイーダ」
(AIDA)
原案:オギュスト・マリエット
原台本:カミーユ・デュ・ロクル
台本:アントニオ・ギスランツォーニ

会場 新国立劇場オペラパレス

スタッフ

指揮 カルロ・リッツィ
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 三澤 洋史
バレエ 東京シティ・バレエ団
児童バレエ ティアラこうとう・ジュニアバレエ団
演出・美術・衣裳 フランコ・ゼッフィレッリ
照明 奥畑 康夫
振付 石井 清子
再演演出 粟國 淳
舞台監督 斉藤 美穂

出演者

アイーダ セレーナ・ファルノッキア
ラダメス ロベルト・アロニカ
アムネリス アイリーン・ロバーツ
アモナズロ 須藤 慎吾
ランフィス 妻屋 秀和
エジプト国王 伊藤 貴之
伝令 村上 敏明
巫女 十合 翔子

感 想

豪華絢爛は七難隠す‐新国立劇場開場25周年記念公演「アイーダ」を聴く

 「アイーダ」は、カイロ王立歌劇場の開場記念のためにヴェルディが委嘱作曲した作品ですが、その祝祭性ゆえに、新国立劇場でも1998年1月に開場記念作品として上演されました。日本の劇場関係者が長く待ち望んできた新国立劇場の開場記念だったため、この演出は映画監督としても著名で、オペラの演出家としても有名だったフランコ・ゼッフィレッリに委嘱して、予算をふんだんにかけて作り上げられました。90人ほどの合唱団のほかに100人を超える助演陣、50人ほどのバレエダンサー、馬が2頭必要で、そう簡単に上演できる代物ではありません。それだけに人気も高く、5年に1回、周年のアニバーサリー・イヤーにだけ演奏ことになりました。したがって今回は6回目の上演になります。私自身は最初の開場記念公演は仕事が超多忙な時期だったこともあって伺えていないのですが、その後は毎回楽しみにしています。

 それにしても何度見ても素晴らしい舞台です。ゼッフィレッリのアイーダと言えばミラノスカラ座のものが有名で、映像化されたものを若いころ見ています。それと比べてどうなのかな、と興味津々で見に行った2003年の最初の再演時、その豪華絢爛な素晴らしさに圧倒されたことを思い出されます。「アイーダ」の上演は2003年の前にも何度か拝見していますし、その後も拝見していますが、新国立劇場のこの舞台を見てしまうと、他の舞台はどれも貧弱にしか思えなくなり、そこがこの舞台の最大の難点だと思っています。

 さて演奏ですが、細かく見ていくと様々なトラブルもあり、必ずしも手放しで褒められるような演奏ではなかったのですが、それでもあの舞台で一流歌手が歌えば、ちょっとぐらいのミスはいいか、という気持ちになります。「豪華絢爛は七難隠す」というところでしょうか。

 まず褒めなければいけないのは、日本人男性歌手です。まず妻屋秀和のランフィス。妻屋は、2008年を除いて毎回この舞台のランフィスを勤めており、まさに自家薬籠中の物と申しあげてよい自然な巧さ。冒頭のラダメスとの掛け合いから始まって、エジプト国王からランフィスが受け取って合唱に引き継がれる「行け、ナイルの川辺」のつなげ方。第二幕における存在感など、声量もいつもながら素晴らしいし、彼以外のランフィスは想像できないかな、というべきもの。妻屋は何を歌わせても上手ですが、その中でもこのランフィスは当たり役のように思います。

 エジプト国王の伊藤貴之も立派。伊藤は妻屋ほどの存在感はありませんが、丁寧な歌唱とコントロールされた響きは日本人歌手の緻密さを感じさせてくれて秀逸。上述の「行け、ナイルの川辺」の低音をきっちり響かせた丁寧な歌いだしは、バス歌手を聴く醍醐味をしっかり味合わせてくれました。この二人が低音をしっかり響かせてくださったおかげで、より高音が輝いて聴こえたように思います。

 そして、もう一人忘れてならないのは須藤慎吾のアモナズロ。当初、フランコ・ヴァッサーロがアナウンスされていたわけですがキャンセルのため須藤にお鉢が回ってきました。この須藤の歌唱演技も外国人歌手に負けない立派なもの。声量も十分。第三幕の「薫る森林を」のアイーダとの二重唱は、アモナズロの父親としての冷酷さと王としての矜持を感じさせるものでした。このアモナズロ役は堀内康雄がずっと続けていたものですが、後継者ができた感じです。

 村上敏明の伝令は再演で安定したもの。十合翔子の巫女は悪くはないのですが、声質がメゾソプラノのためかちょっと重い感じがします。ここは楽譜通りソプラノ歌手をキャスティングしたほうが良かったかもしれません。

 一方外国人招聘歌手は、ここぞ、というときには流石の声を出しますが、結構荒っぽい歌唱をします。

 この作品の冒頭はラダメスの「清きアイーダ」ですが、ロベルト・アロニカは喉が荒れていたようで、高音がざらついていてあまりいいものではありませんでした。その後続くアムネリス、アイーダ、ラダメスの三重唱は悪くはなかったのですが、ファルノッキアのアイーダが十分ではなかった感じです。一方で、一幕第一場のもう一つの山場、アイーダの歌う「勝ちて帰れ」は情感と声のバランスが絶妙で素晴らしいもの。こんな感じで、一定水準は常時維持しているのですが、もうちょっと丁寧に歌ってくれれば、もっといいのにと思うところがそれぞれにありました。主要三人の中で一番安定していたのはアムネリス役のアイリーン・ロバーツだったと思いますが、それでも声が安っぽく聴こえてしまうところがありました。

 その三人の声がきっちりそろって素晴らしかったのは、第4幕。まず前半の裁判の場でのアムネリスの歌唱は、愛する男を思う気持ちに溢れていてとてもよかったし、後半のアイーダとラダメスの天国へ導く二重唱も本当に美しい二重唱で、この曲が持っている魅力をしっかり引き出した印象です。そこに乗っかるアムネリスの歌唱も良かったし、この第四幕こそが、「アイーダ」を聴く一番の魅力なのだな、と改めて感じました。

 とはいえ、今日一番のお目当てはやはり第二幕のフィナーレ、「凱旋行進曲」です。ヴィジュアルにも素晴らしいし、バレエもエキゾチックで素晴らしい。新国立劇場合唱団の演奏もいつもながら超ハイレベルで、これは何度でもみたいシーンです。ちなみに合唱はどの場面でも素晴らしく、特に男声合唱は抜群の出来。一方女声合唱では、ソプラノのどなたかが勘違いされていたようで、第二幕の前半だったと思いますが、切るところを間違えて、音が残ってしまうミスがありました。

 カルロ・リッツィはオペラの手練れ指揮者で、曲の見せ方をよく知っていると思います。歌手の呼吸に合わせた振り方などは流石のものですし、たとえば、凱旋行進曲において、祝祭的な長調から哀切を感じさせる短調への切り替えのタイミングの的確な指示などにメリハリの付け方の特徴があったのかなと思いました。

 演奏は水準以上でしたし、これぞ「The Opera」とでも言うべきものなのでしょう。次回は30周年記念でしょうか。新国立劇場はこの演出を大切にされて、また再演して欲しいと思うところです。

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鑑賞日:2023年4月12日

入場料:指定席 1F14列22番6000円

主催:杉並リリカ

V.ベッリーニ「カプレーティとモンテッキ」&G.プッチーニ「トスカ」ハイライトコンサート

会場 杉並公会堂大ホール

出演者

ソプラノ 中畑 有美子
メゾソプラノ 山下 裕賀
テノール 工藤 和真
ソプラノ 山口 安紀子
テノール 宮里 直樹
バリトン 小林 啓倫
ピアノ 藤原 藍子
司会 フランコ酒井

プログラム

作曲 作品名 曲名 歌手
ベッリーニ       カプレーティとモンテッキ       テバルドのアリア「あなた様の復讐を果たすのは、この剣の役目です~私はあの方を愛しています。 工藤 和真
ロメオのアリア「これは酷い、お聞きください~恐ろしい復讐の剣を振りかざし 山下 裕賀
ジュリエッタのアリア「ああ、幾たびか」 中畑 有美子
ロメオとジュリエッタの二重唱「そう、逃げるのです~ああ、酷い。貴方は名誉を口にするのか」 中畑 有美子/山下 裕賀
ジュリエッタのアリア「死は怖くはありません~この場を立ち去るわけには行きません」 中畑 有美子
ロメオとテバルドの二重唱「ここには誰もいない~これでお前は満足だろう」 山下 裕賀/工藤 和真
ロメオとジュリエッタの二重唱「あなただけに僕のジュリエッタ~フィナーレ」 中畑 有美子/山下 裕賀
休憩   
プッチーニ       トスカ       カヴァラドッシのアリア「妙なる調和」 宮里 直樹
トスカとカヴァラドッシの二重唱「マリオ!マリオ!」 山口 安紀子/宮里 直樹
スカルピアのアリア「巡査を三人と馬車を一台。急げ!」 小林 啓倫
トスカとスカルピアの二重唱「彼を助けて」 山口 安紀子/小林 啓倫
トスカのアリア「歌に生き、愛に生き」~第二幕フィナーレ 山口 安紀子/小林 啓倫
カヴァラドッシのアリア「星は光りぬ」 宮里 直樹
トスカとカヴァラドッシの二重唱「優しい手を!~お前のために死ぬことが」 山口 安紀子/宮里 直樹

感 想

もう一ひねりがあってもよかったかな-杉並リリカ「カプレーティとモンテッキ」&「トスカ」ハイライトコンサートを聴く

 杉並リリカは、コロナ禍真っ只中の2021年7月30日に「サマーナイト・ガラコンサート」というタイトルで、「リゴレット」と「トスカ」の二本立てハイライト公演を実施しました。そしてこのコンサートのテノールが工藤和真で、マントヴァ公とカヴァラドッシを、中畑有美子がジルダを、山口安紀子がトスカを歌いました。ちなみにバリトン役は木村聡でした。このコンサートは、二人の実力派ソプラノと、イケメンテノール、そして雰囲気のあるバリトンが、オペラの美味しいところをつまみ食いさせてくれて大いに満足した記憶があります。

 そのコンビが二年ぶりに帰ってきた、という感じです。中畑、工藤のコンビは演目を「リゴレット」からベルカントオペラの傑作、ベッリーニの「カプレーティとモンテッキ」に変更し、ロメオ役に若手メゾソプラノナンバーワンの実力の持ち主、山下裕賀をキャスティング。清新な三人による見事な演奏となりました。特に魅力があるのはやはり山下裕賀です。山下は声自身が深みがあって美しいし、歌いまわしも正確な技巧を駆使して余裕がある。外観も体格がよく、ジュリエッタとのバランスも抜群といいところづくめでした。彼女のロメオは2021年、日生劇場で聴いて、その演目を私は2021年のベストオペラに選んだわけですが、それだけのことはありました。

 対するテバルトの工藤和真。彼もこの日生「カプ・モン」にテバルド役に出演していたわけですが、日生の時と同じ感想を持ちました。彼は中低音はいいのですが、高音へのアプローチが今一つ上手ではなくて、ぶら下がったり、絶叫になったりする傾向がある。今回もアリアは高音側に余裕がなかった感じです。またロメオとの対決の二重唱でも余裕綽々の安定した歌に対して頑張りすぎている印象がありました。

 中畑有美子のジュリエッタは全体的にバランスのいい声と、十分な声量で素晴らしい。登場のアリアである「ああ、幾たびか」などは本当に絶妙の歌唱だったと思います。唯、日生劇場での佐藤美枝子のジュリエッタと比較すると、おそらく正確さは中畑が上。ただ役柄の似合い方というか、情感の出し方は佐藤に一日の長があるように感じました。もちろんそう感じるのは、今回がコンサート形式だったということが関係するのでしょう。

 本来の「カプ・モン」の半分の聴かせどころを丁寧に繋いでいっていい演奏になったと思います。

 後半はトスカ。こちらは2021年と演目と主役は同じ、それ以外が変った演奏です。ちなみに演奏された部分も2021年と若干異なりますがほぼ一緒です。まずカヴァラドッシですが、二年前の工藤和真も素晴らしいかったのですが、今回の宮里直樹もすばらしい。工藤と比べると宮里の方が声が甘い感じ。その分カヴァラドッシの革命家としての側面よりもトスカを愛する男の側面が色濃く出ていたように思います。「妙なる調和」と「星は光りぬ」の有名なアリアが素晴らしいことは言うまでもないのですが、今回特に感心したのは山口安紀子との幕切れの二重唱。この二重唱はソプラノとテノールのオクターブユニゾンで進むのですが、二人の声が完全に溶けあった奇跡の瞬間がありました。合唱とは違ってソロのオクターブユニゾンはどうしても波長が微妙にずれるのですが、一瞬であっても完全に調和した和声を聴けたのはよかったです。

 トスカの山口安紀子。一昨年はもっと強いトスカの印象でした。「歌に生き、愛に生き」も強いトスカを感じさせるように歌ったと思います。今回はテノールが甘い声の宮里だったせいもあるのか、トスカもちょっと甘めの色気や可愛らしさを感じるようにまとめ上げたように思いました。もちろん歌唱そのものはとても立派なものです。

 そして小林啓倫のスカルピア。低音の力強さが素晴らしく、悪役の臭いをふんだんにかがせてもらいました。「テ・デウム」はこうでなければいけません。

 以上、大変楽しめるコンサートでしたが、「トスカ」に関しては二年前と同じ演目、同じ主役であり、どうせならもうひと捻りして、山口、宮里、小林の三人に似合った他の演目を取り上げてくれても良かったのではないか、とは思いました。

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鑑賞日:2023年4月22日

入場料:B席 2FL3列21番 8000円

主催:公益財団法人日本オペラ振興会
共催:川崎・しんゆり芸術祭(アルテッカしんゆり)2023実行委員会/川崎市/川崎市教育委員会

藤原歌劇団公演公演

オペラ1幕 字幕付き原語(イタリア語)上演
ドニゼッティ作曲「劇場のわがままな歌手たち」
(Le convenienze ed incovenienze teatrali)
原作:アントニオ・シモーネ・ソグラーフィ
台本:ガエタノ・ドニゼッティ
リコルディ・クリティカルバージョン一部オトス版を挿入

会場 テアトロ・ジーリオ・ショウワ

スタッフ

指揮 時任 康文
管弦楽 テアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ
合唱 藤原歌劇団合唱部
合唱指揮 粂原 裕介
演出 松本 重孝
美術 増田 寿子
衣裳 前岡 直子
照明 成瀬 一裕
舞台監督 菅原 多敢弘

出演者

ダリア(プリマドンナ) 坂口 裕子
プローコロ 久保田 真澄
アガタ 押川 浩士
ルイージャ(第二ソプラノ) 中桐 かなえ
グリエルモ(劇場歌手) 持木 弘
ピッペット(専属歌手) 𠮷村 恵
ビスクローマ(作曲家・指揮者) 大石 洋史
チェーザレ(台本作家) 和下田 大典
インプレザーリオ(興行主) 坂本 伸司
ディレットーレ・デル・パルコシェニコ(総監督) 豊嶋 祐壹

感 想

こんな音楽だったかしら‐藤原歌劇団公演「劇場のわがままな歌手たち(1日目)」を聴く

 感想は2日目の後にまとめて記載します。

鑑賞日:2023年4月23日

入場料:B席 3F2列52番 8000円

主催:公益財団法人日本オペラ振興会
共催:川崎・しんゆり芸術祭(アルテッカしんゆり)2023実行委員会/川崎市/川崎市教育委員会

藤原歌劇団公演公演

オペラ1幕 字幕付き原語(イタリア語)上演
ドニゼッティ作曲「劇場のわがままな歌手たち」
(Le convenienze ed incovenienze teatrali)
原作:アントニオ・シモーネ・ソグラーフィ
台本:ガエタノ・ドニゼッティ
リコルディ・クリティカルバージョン一部オトス版を挿入

会場 テアトロ・ジーリオ・ショウワ

スタッフ

指揮 時任 康文
管弦楽 テアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ
合唱 藤原歌劇団合唱部
合唱指揮 粂原 裕介
演出 松本 重孝
美術 増田 寿子
衣裳 前岡 直子
照明 成瀬 一裕
舞台監督 菅原 多敢弘

出演者

ダリア(プリマドンナ) 中井 奈穂
プローコロ 小野寺 光
アガタ 三浦 克次
ルイージャ(第二ソプラノ) 岡田 美優
グリエルモ(劇場歌手) 所谷 直生
ピッペット(専属歌手) 高橋 未来子
ビスクローマ(作曲家・指揮者) 鶴川 勝也
チェーザレ(台本作家) 月野 進
インプレザーリオ(興行主) 相沢 創
ディレットーレ・デル・パルコシェニコ(総監督) 豊嶋 祐壹

感 想

経験がもたらすもの‐藤原歌劇団公演「劇場のわがままな歌手たち(2日目)」を聴く

 「Le convenienze ed incovenienze teatrali」は、一般には「劇場的都合、不都合」と訳されますが、日本では東京オペラプロデュース(TOP)が「ビバ!ラ・マンマ」というタイトルで1982年に日本初演を行ってから合計9回の再演を繰り返したというTOPの18番です。私は2017年の9回目の公演だけを見ており、この時のマンマ・アガタが押川浩士でした。この時の公演はとても愉快でパワフルで印象深く、また見てみたいものだ、とずっと思っておりました。ちなみに「ビバ!ラ・マンマ」というタイトルは版権の関係でドイツ語訳詞上演の時だけ使用が許されるタイトルだそうで、東京オペラプロデュースは過去の上演の経緯から2017年上演の時は特別に許可を貰ったそうです。

 日本オペラ振興会の本年のラインナップが上がった時、ドニゼッティの「劇場のわがままな歌手たち」というタイトルになっていたので、ドニゼッティにそんな作品あったかしら、と思ってイタリア語による表記を確認すると「Le convenienze ed incovenienze teatrali」ではありませんか。そして主役のマンマ・アガタをまたあの押川浩士が務めるという。どんな舞台になるだろう、と期待をもって伺ったのですが、2017年の時とはかなり感じが違いました。もちろん演出も指揮者も会場も違うのですから違っていいのですが、普通のオペラで同じ作品を違う演出で見る時より違う感じがします。言ってみれば東京オペラプロデュース公演はもっとコンパクトな印象。藤原公演は柄の大きな印象と申しあげたら良いかもしれません。

 どうしてこう印象が違うのかと家に戻って2017年公演のパンフレットを見てみると、かなり違ったものを見ていたようです。2017年のTOPは、楽譜としてクリティカル・エディションは使用しておらず(正確な版の名称は記載がないので不明だが、オトス版を使用していたのではないでしょうか?)、基本的な骨格は流石に同じですが、登場人物の名前が違いますし(例えばプリマドンナの名前が今回はダリラにTOP公演ではコリッラ、プリモ・ムジコの名前が今回はピッペット、TOPはドロテア)、エンディングも違います。今回クリティカルエディションには載っていない二曲が挿入されましたが、全てを挿入したわけではなく、グリエルモのアリアは挿入されてはいないようですし、合唱も今回は男声だけで歌われましたが、2017年の時は女声もはいっていました。

 そんなわけで、かなり違うものを見たのだ、ということですがそれにしても内容のないオペラです。恋愛もなければ、死もない。ただただ舞台裏でのドタバタを多分デフォルメして曲を付けているだけ。ドニゼッティのオペラ作曲家としての恨みつらみを、笑いに昇華して作曲料を稼ごうというのが目論見だったのでしょう。だからある意味キーマンは作曲家です。でもこの作曲家は影が薄い。いつもわがままな歌手たちやプロデューサーの言いなりになって、高音を下げたり、曲をカットしたり、ボツにしたり、新たに挿入したりといった仕事に追われている。この作曲家こそがドニゼッティ本人の意識の中の投影であるのでしょう。

 内容のない作品ではあるのですが、このような喜劇をお客さんを満足させるように上演するのは至難の業です。この手の作品はプリマドンナが大アリアをきっちり決めて大向こうを唸らせるような作品よりも全然難しい。例えばマンマ・アガタは音痴という設定ですから、普通の会話で重唱やアリアを歌うときは当然上手にしっかり歌わなければいけませんが、これが舞台の中で歌う場面では調子はずれの歌を歌うとかです。この外した音は当然楽譜に書いてあってアドリブではないと思いますが、こういうところを歌い分けるのは容易ではありません。

 また、冒頭でプリマ・ドンナはロッシーニ風の技巧的な大アリアを歌うのですが、ここはロッシーニのパロディですから、もちろん上手に歌わなければいけないのですが、唯上手に歌えばよいわけではなくて、ロッシーニ的な技巧的な部分をいかにもパロディに聴こえるように大げさに歌わなければ面白さが強調されません。こういう演技歌唱は普通はやらないので、かなり大変なことだろうと思います。

 そう言いながらも皆さん芸達者です。結果として二日間ともどちらも笑わせて貰って楽しんだのですが、チームとして買いたいのは初日チーム。そして、初日と二日目の最大の差は作曲家の違いだと思います。

 初日の作曲家役の大石洋史はサンドバッグのように叩かれても、おどおどしながらついて行くという感じで、そのおどおど感をしっかり踏まえた歌唱が素晴らしい。歌も凄くこなれている感じで、重唱の受け方がとても良いと思いました。二日目の鶴川勝也も悪くはないのですが、大石のような自然なおどおど感はなくて、演技と歌唱が繋がっていない感じがしました。大石はマンマ・アガタに押されるともちろん押されておどおどするのですが、それを歌唱として打ち返している感じなのに対し、鶴川作曲家は、押されてしまうと声が隠れてしまう感じがありました。

 プローコロも差のあった役柄。初日の久保田真澄と二日目の小野寺光。小野寺は久保田の経験と持っている引き出しの多さに圧倒されたというところ。小野寺も若いパワーでストレートに演技をしているのですが、柔らかさが足りない。久保田はそこはベテランで、演技も歌唱もここぞというところの見せ方が上手いです。アリアも小野寺が割と一本調子になるのに対して、久保田は細かいところの表情の変化が多彩で見事でした。

 テノール歌手も初日の持木弘を取る。二日目の所谷直生も既にベテランの域ですが、持木の方が存在感が全然上。昨年の「イル・カンピエッロ」でのドナ・パスクワでも思ったのですが、この手の作品でもポジションのとり方が非常に上手い。所谷は素晴らしい声なのだけどどこかひ弱さを感じさせるのに対して、持木は声量が素晴らしく、テノール歌手の図々しさみたいなものをしっかり見せて秀逸。存在感が半端ではありません。

 プリマ・ドンナは多分二日目の中井奈穂の方がしっかり歌われたのでしょう。でも私は坂口を買います。中井は冒頭の大アリアを本当に見事に歌ったのですが、ちょっと真面目過ぎる感じです。プリマ・ドンナ像をもっとデフォルメして、パロディ的に歌ったほうがこの作品に合うように思いました。その点で坂口は関西人のノリなのか、デフォルメの仕方が上手いです。ちょっと調子を外して見せるようなところもあり、そのハメの外し方が丁度いいと思いました。

 台本作家も初日の和下田大典をとる。台本作家はアンサンブルだけでの参加ですから、相手役との関係性にもよるのでしょうが、大石、和下田のコンビの方が、鶴川、月野のコンビよりも息が合っていたと思います。台詞というか歌詞というかのやり取りが、大石・和下田コンビの方がスムーズでした。劇場主も初日の坂本伸司。二日目の相沢創も悪くなかったのですが、途中で歌詞を落としてしまったのが残念です。

 で、マンマ・アガタですが、こちらも初日の押川浩士を取りたい。押川はTOPでも歌っていたというのはあると思うのですが、自分のマンマ・アガタ像がしっかり確立していて、それに沿って演技・歌唱をしていたという風に見ました。声が低すぎないのもいい。三浦克次はこの手のブッファには定評のある方で、バッソ・ブッフォとしても素晴らしい方ではありますが、マンマ・アガタとしてはドスが効きすぎている気がします。また年齢的な問題もあると思うのですが、細かい跳躍での正確性、速いところの動きなどはやはり昔ほどではなく、押川アガタほどの切れはなかった、というのが本当のところでしょう。もちろん、テクニカルに凄く大変なところを別にすれば、まだまだ破壊力抜群ではあります。

 ルイージャとピゥペットに関しては二日ともしっかり歌われていたのでしょう。私の聴いた位置が初日が左側の席で舞台の半分が見えず、演技まで含めてよく分からないのですが、ピッペットに関しては、𠮷村恵も高橋未来子も良かったと思います。またルイージャに関しては、歌唱もさるところながら演技も重要ですが、初日の中桐かなえに関して席の関係でよく分からなかったというのが本当のところ。二日目の岡田美優に関しては役目をしっかりと果たしていらっしゃいました。

 以上個々人の技量に関しては初日が上で、スムースな流れに貢献していたと思います。二日目も悪くはなかったのですが、経験の差が出たのでしょう。全体としては初日のチームの方がいい舞台を作り上げたように思いました。

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鑑賞日:2023年4月29日

入場料:A席 20列32番 5000円

主催:すみだオペラ
共催:墨田区
助成:すみだ芸術文化活動助成

すみだオペラ第10回公演

オペレッタ3幕 日本語訳詞上演
ヨハン・シュトラウス二世作曲「こうもり」
(Die Fledermaus)
原作:アンリ・メイヤックとリュドヴィック・アレヴィ「夜食」
台本:カール・ハフナーとリヒャルト・ジュネ
日本語台詞:田代誠

会場 曳舟文化センターホール

スタッフ

指揮 珠川 秀夫
管弦楽 すみだオペラ管弦楽団
合唱 すみだオペラ合唱団
合唱指揮 粟飯原 俊文
演出 直井 研二
衣裳 今井 沙織里
照明 小池 俊光/三木 拓郎
舞台監督 加藤 正信/小林 仁

出演者

アイゼンシュタイン 佐藤 一昭
ロザリンデ 弓田 真理子
ファルケ 渡辺 将大
オルロフスキー 新家 華織
アデーレ 川口 詩子
フランク 高橋 雄一郎
アルフレード 内田 吉則
ブリント 鷲尾 裕樹
イーダ 鈴木 里奈
フロッシュ 川端 槙二

第二幕ゲスト

ソプラノ 佐々木 典子
バリトン 井上 雅人
バレエ 高木淑子バレエスクール

感 想

オペレッタは自由とはいうものの‐すみだオペラ第10回公演「こうもり」を聴く

 すみだオペラに伺うのは、2015年以来2回目。曳舟に降りたつのもその時以来2回目なのですが、町の感じを全然覚えていない。そして、その時何を上演したかも記憶にありません。実はその時は、「メリー・ウィドゥ」を聴いていて、今回の「こうもり」の2日目のキャストである田代誠と田中宏子がダニロとハンナを歌った舞台だったのですが、舞台は美しかったけれども演奏はそれほどでもないという感想も持ったようです。今回もキャストは違えど、思った感想はほぼ一緒です。舞台は見事だったと思いますが、演奏も志も今一つだったのかな、というのが掛け値なしの感想です。

 今回の上演台本は、4月30日のアイゼンシュタイン役で日本オペレッタ協会会長の田代誠によるもの。この田代の台本はオリジナルに忠実なものではないかと最初は思いました。何せ、舞台はウィーン近くの保養地バーデンで、大晦日の夜会というのですから。もちろん、本来の台本では保養地の場所はバーデンではなく、イシェルですし、日程に関しては決まりがありません。ただ、ドイツ語圏内の歌劇場では、大晦日と元日に上演する演目は「こうもり」に決まっていますし、私が1990年元日にオットー・シェンク演出の「こうもり」を見た時、その日程は大晦日の出来事だったので、この設定はウィーンの現実の上演を踏まえています。

 また舞台も立派です。後ろの書割と舞台が一体になるように作られていて、大道具は少なく、小道具だけなのですが、ゴージャスに見えます。第1幕の舞台は新興ブルジョワのお屋敷のようにみえますし、第二幕の夜会の舞台も、本当の舞踏会のようにも見えます。こういった本格的に見える舞台は外国歌劇場の日本公演か、新国立劇場、二期会の本公演などでしかなかなかお目にかかれないので、大したものです。舞台美術の方の名前がクレジットされないのが不思議なほどです。更に申し上げれば祝祭的なガラ・パフォーマンスも入っている。オペレッタにガラ・パフォーマンスは付きものではありますがどんな公演でも行われるわけではなく、特別の公演で行われるものです。「すみだオペラ」という団体に関して言えば、コロナ禍後の初めての本公演、という特別な場だからこそのガラ・パフォーマンスだったのだと思います。

 そこまでやったのだから、というか、だからこそ、ノーカットで演奏して欲しかった。もちろん、オペレッタにおいては、色々な挿入や削除は行われるものですし、それが許されるものであることも知っています。しかし、ストーリーの骨格になる部分を端折ってしまうと、どうしてそうなったのかが聴いている方は理解しがたいでしょう。今回はフロッシュ役の川端槙二がナビゲーター役として登場して、カットした部分の説明をしてくれましたが、そこにシュトラウスの音楽が付いている以上、音楽で説明するのが筋ではないかと思います。

 それでも第1幕はいいと思います。カットはありましたが、ストーリーに影響を与えるようなカットはありませんでした。しかし、第二幕、第三幕は違います。まず、第6番の導入部で、イーダがアデーレを見つけて、「誰があなたを招待したの」で始まる、一連の会話ありませんでした。ここで、ファルケがイーダの名前を使ってアデーレを誘い出したという伏線が消えていました。ファルケがオルロフスキーに対してする「今晩の夜会の寸劇」に関する説明もない。更に、場違いのフランクがシャバリエ・シャグランと名乗って登場する場面もない。アイゼンシュタインとフランクの珍妙なフランス語による掛け合いもない。そういうつなぎがカットされているものだから、ロザリンデが唐突に「チャールダーシュ」を歌うことになってしまう。更に、「シャンパン・ソング」のあとのフランクの「メルシー・メルシー」もカットだし、「兄弟姉妹になりましょう」の合唱もカット。他にも色々あって、これでは話がブツ切れになってしまう。第3幕の同様です。フランクが戻ってからの酔っぱらった歌もないし、アイゼンシュタインが刑務所に出頭したときのフランクとのやり取りもない。だから、アイゼンシュタイン、アルフレード、ロザリンデの三重唱が凄く唐突に始まる印象。それやこれやで折角のおかしさが半分ぐらいに減少したように思います。

 当然のことですが、オペレッタはオペラ以上に芝居の上手さが求められます。だからこそ台詞部分のアプローチをしっかりしないと面白くなくなるのです。時事問題を皮肉った擽りを入れればよいという話ではないのです。その意味で、オリジナルの台本の味わいをなくした今回の上演台本は失敗作と申し上げるしかない。ガラパフォーマンスが入ったことで、時間的制約がきつくなったというようなことがあるのでしょうが、譲っていけないところで譲ったのではないでしょうか。

 それでも演奏が優れていれば許されます。しかし、演奏もイマイチだったと申しあげるしかない。オーケストラの基本的技量が足りない。「序曲」の冒頭はアレグロ・ヴィヴァーチェで軽快に始まるべきですが、結構ゆっくりした入り。指揮者はもう少しスピード感をもって演奏したかったと思いますが、現実に速くすると弦のトゥッティの方が遅くなってずれます。基本的な技量に問題がある方がいるようで、なかなかオーケストラが指揮者の自由にならない感がありました。これでも歌がメインで伴奏として入るところは少しぐらいミスしてもあまり目立ちませんがオーケストラが裸になるおころはもう少しエレガントに響いてほしい。ガラ・パフォーマンスで演奏された「くるみ割り人形」の「花のワルツ」。冒頭がホルンがメロディーを取りますが、こういうところだけは死んでもとちって欲しくない部分です。こういうところでトチられるとテンションが下がります。

 歌手に関してもイマイチ感が拭えません。

 佐藤一昭のアイゼンシュタイン。かなり残念な歌唱でした。佐藤は日本を代表するオペレッタ歌手の一人で、日本オペレッタ協会を中心に40年以上活躍されてきました。しかし、そんな彼も既に70代。オペレッタの主役を張るには色々なところに問題がありすぎます。まず声の張りがかなり衰えている印象。ソロで歌う部分も歌詞がはっきりしていませんでしたし、重唱部分では声が周囲の声に埋没して何を歌っているのか分からない。軽快に踊って欲しい場面での踊りも足がもつれそうになっていましたし、第三幕の三重唱では、歌詞を落としてしまい、途中から入るのに苦労していました。もちろんオペレッタ歌手ならではの味はあるのですが、それが続かないのもまた事実です。若い人に歌ってもらうべきでした。

 弓田真理子のロザリンデ。この方もオペレッタを1本やるには体力的な問題があるのではないかという印象。第1幕はロザリンデはほぼ出ずっぱりですが、最初のアデーレとの重唱やアイゼンシュタイン、ブリントとの三重唱は雰囲気もよく出ていていい感じだったのですが、後半のアイゼンシュタイン、アデーレとの「思惑違いの三重唱」あたりになると、丁寧さに欠ける印象。アルフレードやフランクとの絡みの場面も今一つテンションが低い感じがしました。第二幕は一番の聴かせどころである「チャールダーシュ」はよかったのですが、アイゼンシュタインとの「時計の二重唱」はイマイチだったと思います。

 一方良かったのはアデーレを歌った川口詩子。初めて聴いた方だと思いますが、たっぷりした声量と正確な音程でとても立派。「侯爵様、貴方のようなお方は」、も「田舎娘だったら」の二曲のアリアがいいことは当然なのですが、重唱も彼女が入った重唱とそうでない重唱では重唱の質感が変わる。最初から最後まで丁寧で、揺るがない歌唱に好感を持ちました。

 アルフレードの内田吉則もいい。内田は市民オペラの合唱サポートで入ることが多く、彼のソロを聴いたのは本当に久しぶりですが、高音に張りがあり、役柄的にもテノール歌手的押しつけがましさをしっかり出してみせていい雰囲気でした。声量も十分です。

 それ以外のメンバーは正直申し上げて、よく分かりませんでした。オルロフスキーは最初に「退屈だ」と言いながらテンションを上げることによって、「僕はお客を呼ぶのが好きで」のクプレでのけれんみが出てくると思うのですが、最初の退屈さの表現がないものですから、歌が平板になってしまった感じがしました。フランクを歌った高橋雄一郎は若手バスナンバーワンの実力者でこれまでザラストロや「ドン・カルロ」の宗教裁判長などで素晴らしい歌唱を聴かせてもらっているわけですが、今回はほとんど歌わないし、演技もしない。フランクが一番面白いのは、庶民階級である刑務所長が上流階級の夜会に参加してあたふたするところなわけですが、そのあたふたするシーンはカットされているわけですから、彼の歌を評価しようがないのです。ファルケは今回の舞台の仕掛け人であるにもかかわらず、存在感はあまりない。

 なお、ガラ・パフォーマンスに関しては、最初に井上雅人が歌劇「アンドレア・シェニエ」よりジェラールのアリア「国を裏切るもの」を歌い、ついでチャイコフスキーのバレエ音楽「くるみ割り人形」から「花のワルツ」が踊られ、とりは佐々木典子が「タンホイザー」からエリザベートのアリア「歌の殿堂」を歌い上げました。

 井上の歌唱は、情熱的で声量も十分。おどろおどろしさも情感もある密度の濃い歌で素晴らしいものでした。同様に佐々木典子の「歌の殿堂」。こちらも素晴らしかったです。この一曲にかけて準備してきたことが分かる歌への没入。流石に「日本を代表するソプラノ」、と20年言われ続けてきたトップソプラノは本編出演の歌手とは一線を画した素晴らしさと言うべきものでした。 

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鑑賞日:2023年5月4日

入場料:自由席 3000円

主催:町田イタリア歌劇団

町田イタリア歌劇団公演

オペラ3幕 日本語字幕付原語(イタリア語)上演
プッチーニ作曲「トゥーランドット」
(Turandot)
原作:カルロ・ゴッツィ
台本:ジュゼッペ・アダーミ/レナート・シモーニ

会場 町田市民フォーラム3階ホール

スタッフ

指揮 遠藤 誠也
ピアノ 小森 美穂
合唱 町田イタリア歌劇団合唱部
児童合唱 町田イタリア歌劇団児童合唱部
演出 川島 慶子
舞台監督 原田 統

出演者

トゥーランドット 刈田 享子
カラフ 安保 克則
リュー 大坂 美紗子
ティムール 大塚 博章
皇帝アルトゥム 宇佐美 洋一
ピン 戸村 優希
パン 種子島 史時
ポン 畑 一弘
役人 井上 雅人
女官 玉田 弓絵/若田 瞳

感 想

声が大きければいいというものではない‐町田イタリア歌劇団「トゥーランドット」を聴く

 町田イタリア歌劇団が本拠にしている町田市民フォーラムホールはそもそも音楽ホールではないので、音響はお世辞にも良いとは言えません。また席数も僅か180と狭いので、力量のある歌手が歌うと、ホールの空間を生の音が満たしてしまうところがある。だから、「トゥーランドット」のような規模の大きい作品は本来向かないと思います。舞台も狭くて音楽の大きさに会場が耐えられない。今回はそのことを強く感じた公演でした。

 そういう不利な条件があったとしても音楽的に、あるいは舞台作品的にベターな形に持っていくのが指揮者や演出家の仕事だろうと思いますが、指揮の遠藤誠也はとにかく振るだけで精一杯の感じで、音楽をどう作っていくのか、という点に関してはほとんどノーアイディアだったのだろうと思いました。ソリストも合唱も唯吠えているだけという印象が強い。それも唯吠えているだけでメリハリがないので、音楽的な求心力が働いてこない印象を持ちました。

 外題役を歌った刈田享子。彼女の歌はクレバーでした。力量のある歌手で割と重い役を得意とする方ですが、本来の声質は純粋リリコかややスピントの入ったリリコだと思います。明らかにドラマティコではない。その声の特徴を生かして、ここぞというときにはffの強い声も使いますが、基本は抒情的な歌唱に終始したと思います。無理がなく、結果としてトゥーランドット姫の冷血が強調されることはなく、姫の過去のトラウマが歌に表現されていました。その意味で見事だったと思います。

 この作品はトゥーランドットが一番強い声を出すことを前提に作られたドラマです。だから、トゥーランドットの声に合わせて他はコンパクトにしていかなければバランスが整いません。その意味で、野放図に歌った安保克則のカラフは失敗だったと思います。もちろん安保の声は素晴らしい。声そのものも美しいし、強い美声はここぞというところのインパクトも強い。有名な「誰も寝てはならぬ」などはさすがの魅力でした。ただ、最初からフルパワーで頑張るので、第3幕では声が荒れ始めて失速感がありましたし、第1幕、第2幕でも高音が不安定になって声がひっくり返りそうにもなりました。もう少しセーヴされて、フルの80%位を目標に制御されれば、ご自身も楽だろうし、ダイナミクスもより明確になります。トゥーランドとの重唱のバランスも整ったのではないかと思います。

 リューの大坂美紗子。正確で丁寧な歌だったとは思いますが、このメンバーの中では声に力がありません。リューは軽い声の持ち主の持ち役ではなく、純粋リリコの役でしょう。中低音部に豊かな響きがないとさまになりません。その意味で第1幕のアリアも第3幕のアリアもインパクトに欠けるというのが本当のところ。特に「リューの死」の場面ではカラフに対する愛情(これは無償の愛、神の愛であることに注意)を力強い絶唱で示さなければならないので、ここはもう一押し欲しかったと思います。

 ティムールの大塚博章。流石の実力。このメンバーの中では一番の大舞台の経験者ですが、それだけのことはあると思いました。「リューの死」の後の悲しみのアリアは絶妙でした。

 井上雅人の役人も立派。2月の東京二期会公演でこの役を演じておられます(私は聴いていません)が、それだけに自信にあふれた素晴らしい役人でした。

 宇佐美洋一の皇帝。はっきり申し上げれば素人の歌です。途中で歌詞が落ちて舞台が止まってしまったのもいただけません。

 ピン・パン・ポンのアンサンブル。若々しくて良かったのですが、アンサンブルとしての精度はそれほど高くない。和音の揃い方もイマイチだったと思います。

 合唱は女声が凄い。普段ソリストとして町田イタリア歌劇団に出演している森澤かおり、織田麻美のほか、女官の二人も女官として出演していない場面では合唱の一員として歌いました。だから女声の部分は素晴らしい。パワーも揃い方も本格的と申しあげてよいと思います。その分男声もしっかりしていないとバランスが取れないのですが、そちらはひたすら貧弱。人数が少ない上に声に力のある方もいないようで、合唱のバランスとしては如何なものか。

 個別の歌手は皆それぞれ力量がありいい演奏をしているのですが、オペラ全体で見たときはバランスの悪さが足を引っ張った公演でした。

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