オペラに行って参りました-2023年(その2)

目次

作曲家の思いは実現できたか 2023年2月18日 日本オペラ協会「源氏物語」を聴く
指揮者のいない限界 2023年2月22日 プッチーニのプロフィール「ラ・ロンディネ」を聴く
凛声とは言いえて妙 2023年2月23日 内幸町ホール「大隅を、聴く~凛声~」を聴く
華やかなことの功罪 2023年2月23日 東京二期会オペラ劇場「トゥーランドット」を聴く
若い歌手たちの力量 2023年3月3日 公益社団法人日本演奏連盟/増山美智子奨励ニューアーティストシリーズ「山下裕賀&河野大樹デュオ・リサイタル」を聴く
ハイライト上演はどうするべきか 2023年3月4日 第一回Team.MTK主催公演「魔笛」を聴く
日本語で上演する「カルメン」 2023年3月12日 舞台音楽研究会「カルメン」(昼公演・夜公演)を聴く
豪華すぎる脇役 2023年3月17日 新国立劇場「ホフマン物語」を聴く
素晴らしき合唱団 2023年3月18日 立川市民オペラ「カヴァレリア・ルスティカーナ&管弦楽が奏でるヴェリズモオペラ」を聴く

オペラに行って参りました。 過去の記録へのリンク

      
2023年 その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7 その8 どくたーTのオペラベスト3 2023年
2022年 その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7 その8 どくたーTのオペラベスト3 2022年
2021年 その1 その2 その3 その4 その5 その6   どくたーTのオペラベスト3 2021年
2020年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2020年
2019年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2019年
2018年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2018年
2017年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2017年
2016年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2016年
2015年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2015年
2014年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2014年
2013年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2013年
2012年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2012年
2011年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2011年
2010年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2010年
2009年 その1 その2 その3 その4     どくたーTのオペラベスト3 2009年
2008年 その1 その2 その3 その4     どくたーTのオペラベスト3 2008年
2007年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2007年
2006年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2006年
2005年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2005年
2004年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2004年
2003年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2003年
2002年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2002年
2001年 その1 その2         どくたーTのオペラベスト3 2001年
2000年              どくたーTのオペラベスト3 2000年

鑑賞日:2023年2月18日

入場料:B席 3F2列23番 6800円

主催:公益財団法人日本オペラ振興会/Bunkamura/公益財団法人日本演奏連盟

2023都民芸術フェスティバル参加公演

日本オペラ協会公演

日本オペラシリーズNo.84

オペラ3幕 字幕付き原語(日本語)上演/日本語版オペラ全幕初演
三木 稔作曲「源氏物語」

原作:紫 式部
台本:コリン・グレアム
日本語台本:三木 稔 

会場 Bunkamuraオーチャードホール

スタッフ

指揮 田中 祐子
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
二十絃筝 山田 明美
中国琵琶 叶 桜
合唱 日本オペラ協会合唱団
合唱指揮 諸遊 耕史/平野 桂子
演出 岩田 達宗
振付・所作 出雲 蓉
美術 松生 紘子
衣裳 大塚 満
照明 大島 祐夫
舞台監督 山田 ゆか

出演者

光源氏 岡 昭宏
六条御息所 佐藤 美枝子
藤壺 向野 由美子
紫上 相樂 和子
明石の姫 長島 由佳
葵上 丹呉 由利子
頭中将 海道 弘昭
桐壺帝 山田 大智
明石入道 江原 啓之
弘徽殿 森山 京子
朱雀帝 市川 宥一郎
少納言 河野 めぐみ
惟光 和下田 大典
女官 市村 真美

感 想

作曲家の思いは実現できたか‐日本オペラ協会「源氏物語」を聴く

 恥ずかしながら「源氏物語」を読んだことがありません。もちろん高校時代「古典」の授業はありましたから、一部は教科書に取り上げられていたかもしれませんが、全く記憶にありません。現代語訳も与謝野源氏、谷崎源氏、圓地源氏といろいろありますが、子供のころ家にあった与謝野源氏を斜め読みしたことがありますが、すぐに挫折しました。それでも日本人の教養として、どんな話かは何となく知っています。光源氏の恋愛遍歴を核にしながら、平安期の宮中や貴族社会全般を描いたという理解です。登場人物は500人を超え、光源氏と関係した女性も空蝉、夕顔、末摘花、朧月夜、花散里、女三宮など枚挙にいとまがない。

 こういう複雑な作品をオペラにするには物語を単純化し、登場人物を減らすしかありません。

 三木稔は和楽器を西洋音楽のイディオムで作曲する作曲家として海外からも早くから高く評価され、そんな三木がオペラを作曲するようになると海外から委嘱作品の依頼が相次ぎました。最初が、1979年英国のEnglish Music Theatreからの委嘱で書かれた「あだ」、次が、セントルイスオペラ劇場からの委嘱で「じょうるり」、次が1999年の同じくセントルイスオペラ劇場からの委嘱で「源氏物語」です。源氏物語の台本作家であるコリン・グレアムはそもそも「あだ」を三木に書かせた張本人でもあります。

 「源氏物語」を作品として取り上げると決まった時に三木がオペラの骨子としてグレアムに送ったのは、①男女間の人情の機微と恋の駆け引き、②運命・輪廻の強調と詠嘆、③王朝風の美しさ、④筋を直線的に追わず、原作の順序を無視してでも人同士を絡ませる、⑤六条御息所の生霊は全編を通じて出現し、古代のシャーマニズムが日本社会に続いていることを示す、の5点だったそうです。グレアムはこの条件を踏まえて、源氏物語の英訳版(多分サイディンステッカー版)から台本を作り上げ、三木との議論を経ながら最終化したとのことです。この英語版の台本を常俊明子が文学的な翻訳を行い、そこから三木が日本語の台本をまとめています。結果として本来の源氏物語とはストーリーが相当異なり、またエピソードの羅列的なところもありますが、男女の心理の機微と男の身勝手さと、ジャパニーズシャーマニズムの畏れの感情が入り混じった特異な作品になったのだろうと思います。

 2000年に英語版でセントルイスで初演されたこの作品は2001年に日本でも英語版で初演されています(残念ながら私は聴いていません)が、三木は日本語版の上演が切望するもののその機会は三木の生前には訪れず、今回日本オペラ協会の肝いりでようやく日本語版の完全上演にこぎつけたものだそうです。

 音楽の特徴は、雅楽の響きを内包させた西洋セリー音楽と言ったらよいのでしょうか。もちろん聴いていても本当にセリー音楽になっているかどうかは私には分からないのですが、無調的な響きと半音階的進行とアジア的な響きと雅楽的な響きが多彩な打楽器群と二十絃筝、中国琵琶、その他和楽器(篳篥や笙、滝笛)によって演奏され、通常の西洋楽器(こちらも分奏が多い)の音も和楽器的な音を奏で、何とも面白い響きになっていました。この何とも言えない雅楽的響きを引き出したのは田中祐子の力量でしょう。彼女は大きな振りで的確に奏者に指示を与え、響きを作り上げていました。

 舞台は大きな階段が用意され、そこで演じられます。それ以外の大道具も小道具もほとんど使われない。オペラは16の場面に分けられ、それに合わせた舞台装置を作る選択もあったと思うのですがそうはせず、筋を目視的に確認することはなかなか難しい。ただ、筋は複雑ではないので、歌詞を聴いているだけでもだいたいは理解できます。岩田達宗は、登場人物の絡みにおいてそれなりに密着感を出すようにしていたとは思います。ただ、人間関係にフォーカスをあてた演出のために、場面場面がそれぞれ別々のエピソードのように見えてしまい、大きな流れが舞台を見ていただけではよく分からなかった、ということはあります。

 出演者は皆頑張った演技・歌唱をしていたと思います。所作も美しい。

 岡昭宏の源氏は終始安定した歌唱で美声を響かせて素晴らしい。六条御息所の佐藤美枝子は、力のこもったドラマティックな歌唱で、声を響かせ、レッジェーロとしての従来の姿とは違った様子を見せました。佐藤美枝子の白眉は何といっても葵上に憑りついたときの表現、非常に恐ろしいものがありましたが、これはその時の葵上・丹呉由利子の憑りつかれた様子の演技が素晴らしかったことが佐藤の迫力を更に増したものと思います。Braveです。

 源氏を取り巻く美女たちもそれぞれ特徴のある歌唱演技で見せました。向野由美子の藤壺、相樂和子の紫上、長島由佳の明石の姫、そして丹呉由利子の葵上とそれぞれ赤袴に白小袖、それに色打掛という衣裳で美しさを競い合い、美声も聴こえました。また悪役である弘徽殿の森山京子はヒステリックな表情を前面に出して、光源氏に対するストレートな怒りを見せる部分が見事でした。男声陣もよかったです。海道弘昭の頭中将は綺麗な高音で光源氏との二重唱がいい感じで響いていましたし、山田大智の桐壺帝も要所要所で狂言回し的に出てきて歌いいい感じ。市川宥一郎の朱雀帝もしっかりと役目を果たしていました。

 合唱は男声合唱による声明が印象的。

 以上、日本語台本版初演は三木稔の意図を汲んだものになり、成功裏に終わったと申し上げてよいのでしょう。作曲家の思いは「日本語版オペラ「源氏物語」を聴いてから死にたい」、だったわけですが、今回の演奏はきっと天国の三木稔に届いて、三木は目頭を熱くしているに違いありません。

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鑑賞日:2023年2月22日

入場料:B席 2F23列7番 4000円

主催:一般社団法人プッチーニのプロフィール

プッチーニのプロフィール公演

オペラ3幕 字幕付き原語(イタリア)上演
プッチーニ作曲「ラ・ロンディネ」
(La Rondine)
台本:ジュゼッペ・アダーミ

会場 戸塚区民文化センターさくらプラザホール

スタッフ

ピアノ 河原 義
合唱 プッチーニのプロフィール合唱団
演出 太田 麻衣子
衣裳 AYANO
照明 山口 博史
舞台監督 井坂 舞

出演者

マグダ イ・スンジェ
リゼッテ 藤谷 佳奈枝
ルッジェーロ 工藤 和真
プルニエ 吉田 連
ランバルト 大山 大輔
ペリショー 高田 智士
コバン 富田 裕貴
イヴェッテ 栗林 瑛利子
クレビロン 男山 俊太郎
ビアンカ 小田切 一惠
スージー 山下 裕賀
ジョルジェッテ 森井 美貴
ガブリエッラ 福留 なぎさ
ロレッタ 神戸 薫子
影の声 依光 ひなの

感 想

指揮者のいない限界‐プッチーニのプロフィール「ラ・ロンディネ」を聴く

 「ドレッタの夢」はソプラノのコンサートピースとしてあまりに有名ですが、全曲を演奏するオペラとしての上演機会は滅多になく、私自身としては2006年に新国立劇場オペラ研修所公演で、「プッチーニのパリ」と銘打って、第1幕だけ演奏したのを聴いて以来です。全曲舞台上演は今回が初めてです。その意味では聴けてよかったです。

 「椿姫」と「ラ・ボエーム」を足して2で割ったような作品で、全編が感傷的オペレッタとでも言うべきものです。ハッピーエンドでは終わりませんが「悲劇」というほどのものでもなく、流れる旋律美はさすがにプッチーニというべきものなのですが、その劇性のなさが上演を妨げているのかな、とは思いました。

 今回の上演はピアノの河原義が企画して、彼自身が全てを取り仕切ったようです。出演メンバーは上記の通りですが、脇役で髙田智士や山下裕賀のような現在日本のオペラ界の実力者たちを使っているところが凄いところです。ただ、河原が全て取り仕切りたかったせいか、指揮はおらず、結果としていくつかのトラブルに結びついていたように思います。特に第二幕での合唱の場面は、誰かが指示を出しているとは思うのですが、結果としてはかなりばらついており、指揮者のいない公演の限界を示しました。

 マグダを歌ったイ・スンジェを聴くのは初めてだと思います。声はやや籠り気味で、声量はあるのですが高音が絶叫になってしまいます。雰囲気は役柄に合っていると思うのですが、もう少し声の響きを上にあげられると良いと思いました。一番の聴かせどころ「ドレッタの夢」はまだ喉が十分に温まっていなかったためか、タイミングがとりにくかったためか不明ですが、正確さにやや欠ける歌。一般に速いパッセージや跳躍はその後もあまりうまくいっていなかった印象です。このあたりも指揮者がいなかった影響かも知れません。一方で、ゆったりと抒情的に進行する部分ではいい味を出していました。

 女中役のリゼッテを歌った藤谷佳奈枝は上々。コミカルな演技で見せてくれました。派手なアリアはないのですが、重唱における役割の果たし方など音楽的正確さやアプローチのやり方は、イ・スンジェよりも藤谷の方が上手だと思います。

 工藤和真のルッジェーロは素晴らしい歌唱でした。特に第二幕のマグダとの二重唱やフィナーレにおけるコンチェルタートでの突き抜けたような晴れやかな声はテノールを聴く楽しみを十分に味合わせてくれるもの。第3幕の抒情的なアリアから、マグダに去られて悲しみを示す部分もとても素晴らしい。工藤の実力はこれまでも何度も聴かせてもらっているのでよく知っているつもりですが、今回のルッジェーロはその中でも特に良いものだったと思います。

 吉田連のプルニエもいい。第1幕の冒頭は、まだ喉が温まっていなかったのか、低音の迫力が今一つでしたが、尻上がりに調子を上げてきて、一幕後半からは上々の演奏でした。セカンドテノールとしての役割と存在感をしっかりと示したと思います。

 脇役陣では、ランバルトの大山大輔が存在感抜群でブラボー。マグダの友人役であるイヴェッテ、ビアンカ、スージーの三人のアンサンブルは栗林瑛利子、小田切一惠、山下裕賀によって演奏されましたが、流石に実力者のトリオでいい味を出して下さいました。

 河原義のピアノもとても雰囲気があって素敵な印象。パリの感じが出ていたと思います。

 舞台はホリゾントに場面を想定させる写真を投影して、その前にいすやテーブルを並べるというもの。奥の写真と前の舞台を一体化させていました。太田麻衣子の演出は舞台上の配置を上手に使ったオーソドックスでもので、滅多に演奏されない作品のイメージを聴き手に伝えるに十分なもの。

 以上、全体としてはいい感じだったのですが、指揮者がいてしっかり統率すると、もっと素敵な演奏に仕上がったのではないかと思いました。

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鑑賞日:2023年2月23日

入場料:指定席 H列1番 4000円

主催:千代田区立内幸町ホール
協力:OHSUMI & PRODUCE

大隅を、聴く~凛声~

会場 千代田区立内幸町ホール

出演者/スタッフ

ソプラノ 大隅 智佳子
メゾソプラノ 森 明子
テノール 内山 信吾
バリトン 小林 昭裕
合唱 木更津オペラ合唱団
ピアノ 松田 祐輔
司会/テノール 小田 知希
演出監修 原 純

プログラム

作曲 作品名 曲名 歌唱/独奏
ヴェルディ ナブッコ ヘブライ人の合唱「行け、わが想いよ、黄金の翼に乗って」 出演者全員
ビゼー カルメン エスカミーリョのアリア「友よ、喜んでその乾杯を受けよう」 小林 昭裕/木更津オペラ合唱団
モシュコフスキ― スペイン奇想曲 作品37 イ短調 ピアノ独奏 松田 祐輔(pf)
ヴェルディ オテッロ オテッロとデズデーモナの愛の二重唱「すでに厚い夜の闇にすべてのざわめきも消えた」 大隅 智佳子/内山 信吾
プッチーニ トスカ カヴァラドッシのアリア「妙なる調和」 内山 信吾
プッチーニ トスカ スカルピアのアリア「テ・デウム」 小林 昭裕/木更津オペラ合唱団
休憩   
ドニゼッティ    アンナ・ボレーナ    アンナの狂乱の場「泣いているの?~あの懐かしいお城に連れて行って」
演出監修:原 純
ペルシィ:内山 信吾/ロシュフォール卿:小林昭裕/スメトン:森朋子/
ヘルヴィ:小田 知希/子役:内山 愛子/合唱:木更津オペラ合唱団
アンナ:大隅 智佳子

感 想

凛声とは言いえて妙‐内幸町ホール「大隅を、聴く~凛声~」を聴く

 大隅智佳子を最初に聴いたのは、彼女が大学院生の時ですからもう15年以上前のことだろうと思います。その時から彼女を注目してきました。彼女は結婚、出産を経て、出産直後は流石に声の張りが衰えたこともあったのですが無事復活、今は年齢的にも技術的にも日本で一番脂の乗り切ったソプラノ・リリコ・スピントと申しあげて問題ないと思います。その大隅がアンナ・ボレーナの「狂乱の場」を歌うとなれば行かずばなるまい、と内幸町ホールまで初めて伺いました。ホールは新橋の駅から5-6分のところ。地下にある200席ほどのホール。

 「アンナ・ボレーナ」はドニゼッティのいわゆる「チューダー朝三部作」の最初の曲で名曲ですが演奏機会は多いとは言えません。日本では1982年の藤原歌劇団による日本初演以外でめぼしい演奏は、2007年のベルガモ・ドニゼッティ劇場の日本公演、グルヴェローヴァがタイトル役を歌った2012年のウィーン国立歌劇場日本公演ぐらいでしょう。私はどちらも聴いておりません。また日本人による演奏は2019年10月~12月にかけてオペラ・カフェマッキアート58事務局が上演した「女王三部作」の第一作として藤野沙優がタイトル役を務めたハイライト上演がありますが、こちらも行けずじまいで、私は劇場で全曲を聴いた経験がまだありません。それどころか、この「狂乱の場」に関しても生で聴いたのは初めてではないかと思います。

 演奏は大隅智佳子の特徴を十全に示す立派なものでした。シェーナからアリアにかけての深みのある表情、そしてカバレッタにおける技巧。そのアプローチが素晴らしい。前半は、極めて丁寧な歌いまわしで、音符ひとつひとつも歌詞ひとつひとつを大切に響かせていく。呼吸のコントロールと声のコントロールの両方がしっかりできていることがよく分かる歌唱。そしてカバレッタの爆発。これも軽快にすっきりと歌い上げる。流石の実力でした。素晴らしいとしか言いようがありません。

 今回はこの演奏が真打で前半のオペラ名曲集は前座なのですが、気が付いたことをいくつか。

 まず最初のナブッコの合唱ですが、各パート二人の合唱に大隅、内山、小林の三人のソロが入りました。この曲は、純粋に合唱曲なので、全員がひとつのアンサンブルとしてまとまった方が良いのですが、大隅智佳子が合唱の中に溶け込もうとする歌唱だったのに対し、内山信吾はプリモテノールとしての歌い方で声を響かせました。テノールあるあるですね。

 小林昭裕。2曲歌いましたが、この方ソロの部分、音程が安定するまでに微妙に時間がかかる印象。アンサンブルと一緒になるとすっきりした歌になるのですが。頑張りすぎて音程が不安定になったのかもしれません。

 内山信吾。この日が61歳の誕生日だったそうですが、年齢の割に若々しい声。昔から聴いている方ですが、一時より声が若くなった印象です。結構なことです。

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鑑賞日:2023年2月23日

入場料:C席 4FR1列8番 10000円

主催:公益財団法人東京二期会/公益財団法人日本演奏連盟

2023都民芸術フェスティバル参加公演

東京二期会オペラ劇場公演

ジュネーヴ大劇場との共同制作

オペラ3幕 字幕付き原語(イタリア語)上演/ルチアーノ・ベリオによる第3幕補作版
プッチーニ作曲「トゥーランドット」
(Turandot)
原作:カルロ・ゴッツィ
台本:ジュゼッペ・アダーミ/レナート・シモーニ

会場 東京文化会館大ホール

スタッフ

指揮 ディエゴ・マテウス
管弦楽 新日本フィルハーモニー交響楽団
合唱 二期会合唱団
合唱指揮 佐藤 宏
児童合唱 NHK東京児童合唱団
児童合唱指導 金田 典子
演出 ダニエル・クレーマー
セノグラフィー、デジタル&ライトアート チームラボ
ステージデザイン チームラボアーキテクツ
衣裳 中野 希美江
照明 シモン・トロッテ
振付 ティム・クレイドン
演出補 デレク・ウォーカー
演出助手 島田 彌六
舞台監督 幸泉 浩司

出演者

トゥーランドット 田崎 尚美
皇帝アルトゥム 牧川 修一
ティムール ジョン ハオ
王子カラフ 樋口 達哉
リュー 竹多 倫子
大臣ピン 小林 啓倫
大臣パン 児玉 和弘
大臣ポン 新海 康仁
役人 増原 英也

感 想

華やかなことの功罪‐東京二期会オペラ劇場「トゥーランドット」を聴く

 チームラボによる舞台美術、空間美術が評判で、昨年の2022年6月のジュネーヴにおけるワールド・プレミエが大評判になったという「トゥーランドット」の舞台です。ヨーロッパの評判を聞きつけたのか、東京文化会館の座席はかなり埋まっていました。大変すばらしいことだと思います。

 演奏に関して言えばかなり上質だったと申し上げられると思います。

 デェイゴ・マテウスの紡ぎだす音楽は推進力があって、この壮大だけれどもユーモアのある劇的な音楽を切れ味よく進めていきます。新日本フィルの演奏もメリハリのあるもので、管楽器や打楽器の音が切れ味よく響いてきます。

 歌手もまずは上出来でしょう。

 タイトル役の田崎尚美。パワフルな歌唱が魅力的で素晴らしい。第二幕の登場から第三幕前半までの力強さは、ソプラノ・ドラマティコとしての彼女を見るのに十分なものでした。一方で、三つの謎が解かれて、カラフの首を刎ねられないことが分かってからの戸惑いと狂乱の様子も見事で、その差異の見せ方も立派だと思いました。Bravaと申し上げましょう。

 樋口達哉のカラフも素晴らしい。トゥーランドットに負けない声を響かせて見せて、トゥーランドットとの二重唱は凄い迫力です。ただ、一番の聴かせどころである「誰も寝てはならぬ」はちょっと気負い過ぎている感じで、やや上滑り気味だったかもしれません。でも素晴らしい歌であることは間違いない。

 リューの竹多倫子。しっかり歌われてはいますが、さすがに田崎、樋口には敵わなかった、というのが本当のところでしょう。抒情的ないい歌ではあるのですがちょっと内向きの感じで、もう一段高音が張れて歌の輪郭を明確にしたほうが、リューの心情がより伝わると思いました。

 三人の大臣のアンサンブル。すこぶる上手です。小林啓倫のピンが中心によくまとまっている感じで、コメディタッチの雰囲気の出し方も凄いよく、聴き応えがありました。ティムールやアルトゥム皇帝もそれぞれしっかり存在感があり、いい表情を見せていたと思います。

 だからこの上演に満足できたかと言えば、まったくそんなことはありませんでした。

 まず検討しなければいけないことは、まずベリオ補作版を使用したことです。実は私はどこまでがプッチーニの作曲したところかがよく分かりません。「リューの死」までをプッチーニが作曲したと言われますが、それがリューのアリアまでなのか、その死に被せるように群衆が言う「彼の名前は」というところまでなのか、その後のカラフの言う「私のために死んでしまった、可哀想なリュー」というところまでなのか、その後のティムールのアリアまでなのか。その辺はもちろん明らかなのでしょうが私は知らない。普通手に入る楽譜に明確に書かれているのは、「最後の二重唱と最後のシーンはアルファーノによって補作された」との一言だけです。ただ、今回の演奏を聴いて思ったのは、ティムールのアリアは普段聴いているのと違うのかな、という印象を持ちました。それ以降は、普段演奏されるアルファーノ補作版とかなり違う。

 アルファーノ版はプッチーニの残した36ページのスケッチに基づいてこの部分を最後は祝祭的に鳴り響くように作曲している訳ですが、ベリオは部分を同じスケッチを用いながらもその特徴は、わずか3小節で変わるといわれるアルファーノ版のトゥーランドットのカラフへの心の動きを自然な感じにし、さらにカラフに心を向けたリューへの思いを加味し、静謐な雰囲気にしています。その音楽は確かにプッチーニの音楽をコラージュのように積み重ねて作られてはいますが、聴こえてくる印象は寒々しい。今回の演出では、トゥーランドットがカラフに惹かれたくないという気持ちを前面に出し、それ以前の残虐性が強調されていることも影響していると思いますが、辛い印象があります。結局のところ、このトゥーランドットという作品は、祝祭的な華やかさで終わらせないときついのかな、という風に思いました。

 もう一つの問題は演出です。トゥーランドットの世界はトゥーランドット姫に求婚した王子たちがどんどん首を刎ねられるという世界ではありますが、首切り役人や戦士の群舞が結構残酷な感じです。京劇を参考にしたとも言われるピン、ポン、パンの衣裳や化粧を見る限り、もっと寓話的にして残虐性を抑える方向もあったと思うのですが、ダニエル・クレーマーはその残虐性をより見せるような演出を行います。たとえば「リューの死」のあと、普通の演出ではティムールは自死を選ぶことはないと思いますが、今回の演出では絶望したティムールはリューの後を追う。このような残虐性を強調することで、ベリオ版の持つ寒々しさがより伝わてくる感じがしました。

 今回は、チームラボが舞台美術と空間美術を担当しました。チームラボの作る装置は自ら光を発し、極めてきらびやかで美しいものです。それはある意味あっけにとられるほどで、それ自身が素晴らしいということは全く異論がありません。ただこれがオペラの舞台に持ち込まれるとどうなるか。はっきり申し上げれば邪魔です。眼がちらちらするような光は音楽に集中したい聴き手にとって、唯邪魔なばかりです。またこの装置からのレーザー光を強調するためか、舞台が暗く、登場人物の顔が深い影になってしまうのもどうかと思いました。

 このレーザー光を陽として、舞台上の残酷な動きを陰として、ベリオの二十世紀音楽の手法による補作部分を含めたプッチーニの音楽の持つ暗さや影を強調する演出は一貫しているとは思いますが、じゃあこういう演出がいいと思うかと言われれば、私は否定的です。演奏は立派だったと思うので、わたし的にはもっと保守的な演出で、アルファーノ版で上演してもらった方が良かったな、と思います。

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鑑賞日:2023年3月3日

入場料:自由席 3000円

主催:シバムジーク/デュオリサイタル実行委員会

公益社団法人日本演奏連盟/増山美智子奨励ニューアーティストシリーズ

山下裕賀 & 河野大樹デュオ・リサイタル

会場 かつしかシンフォニーヒルズ アイリスホール

出演者

メゾソプラノ 山下 裕賀
テノール 河野 大樹
ピアノ 中山 瞳

プログラム

作曲 作品名 曲名 歌手
スカルラッティ イタリア古典歌曲集 陽は既にガンジス川から 河野 大樹
ガスパリーニ イタリア古典歌曲集 貴方への愛を捨てることは 山下 裕賀
ベッリーニ 6つのアリエッタ 私の偶像よ 山下 裕賀
ロッシーニ 「老いの過ち」第3巻 亡命者 河野 大樹
ブラームス 「ジプシーの歌」作品103 「さあジプシーよ、弦をかき鳴らせ」作品103-1 山下 裕賀
「高く波立つリマの流れよ」作品103-2 山下 裕賀
「日焼けした若者は踊りへと誘う」作品103-5 山下 裕賀
ベートーヴェン マティソン作詩 「アデライーデ」作品46 河野 大樹
リスト ハイネ作詩 「ローレライ」S.273 山下 裕賀
R・シュトラウス 「6つの歌」作品17 「セレナード」作品17-2 河野 大樹
ロッシーニ ディ・ピアソル編曲 猫の二重唱 山下 裕賀/河野 大樹
休憩   
ロッシーニ チェネレトラ ドン・ラミーロとアンジェリーナの二重唱「何かわからぬ甘美なものが」 山下 裕賀/河野 大樹
ヴァッカイ ジュリエッタとロメオ ロメオのアリア「ああ、もし君が眠っているのなら」 山下 裕賀
グノー ロメオとジュリエット ロメオのアリア「昇れ、太陽よ」 河野 大樹
リスト ピアノ独奏 リゴレット・パラフレーズ 中山 瞳(pf)
マスネ ウェルテル シャルロッテのアリア「誰が言えるでしょう」 山下 裕賀
マスネ ウェルテル ウェルテルのアリア「春風よ、なぜ僕を目覚めさせるのか」 河野 大樹
アンコール   
ドニゼッティ ピーア・デ・トロメイ ロドリーゴのアリア 山下 裕賀
ドニゼッティ 連隊の娘 トニオのアリア「ああ!友よ 何とめでたい日」 河野 大樹
オッフェンバック ラ・ペリコール ペリコールとピキーヨの二重唱 山下 裕賀/河野 大樹

感 想

若い歌手たちの力量‐公益社団法人日本演奏連盟/増山美智子奨励ニューアーティストシリーズ「山下裕賀&河野大樹デュオ・リサイタル」を聴く

 最近の若い演奏家たちは皆レベルが上がっています。ピアニストにしてもヴァイオリニストにしても超絶技巧を簡単にこなす人が増えている。トップレベルは一世代前とは全然違います。歌手も同様で若い歌手のトップクラスの実力はどんどん伸びている。その中でも山下裕賀は別格の存在で、私も既に何度も聴かせてもらっているけれども日生劇場で歌った「カプレーティとモンテッキ」のロメオや「セビリアの理髪師」のロジーナはちょっと類を見ない上手さだったと思います。その山下がデュオリサイタルを行うという。相手の河野大樹はまだ聴いたことはないのですが、かなり素晴らしいテノールだという噂は聴いていて、その二人が組むということ、そしてプログラムを見るとバラエティに富んだ選曲で、かつチャレンジングであることから、週末の夜に青砥まではせ参じました。

 前半は歌曲、イタリア古典歌曲集からそれぞれが1曲、ベルカントの歌曲からそれぞれ1曲、ドイツものからそれぞれ2曲。そして二重唱を1曲という編成。

 山下はどの曲も流石の歌でしたが、ドイツものよりイタリアものにより適性がある感じがしました。歌詞への情感の込め方がイタリア語の方が自然な感じで、歌の内容の示し方が魅力的です。ドイツものも悪くないのですが、「ジプシーの歌」における曲間の表情の差別化はメリハリがつきすぎていて、ちょっと不自然かなという感じを持ちました。もちろんこのあたりは好みの問題です。また彼女はどの音域でもきっちり歌える人なのですが、下降跳躍で下が低音の時は響きが薄くなるようです。そこは今後の改善点かもしれません。

 一方で、河野大樹はドイツものの方が良かったと思います。最初の「陽は既にガンジス川から」は綺麗なのですが、レガートな感じがあまり感じられない。バロック音楽なので、切れるように歌うのが本当なのかもしれませんが、私の好みではありません。ロッシーニも綺麗ですけど、響かせる方向がちょっと鼻にかかった感じ。一方でベートーヴェンは素晴らしい。ドイツ語らしい発音で音楽の流れも自然。丁寧な歌唱が良かったです。シュトラウスもいい感じでまとめました。なお、河野を聴いていて思ったのは音程の正確さがちょっと甘いこと。高音を狙っているときはもちろん素晴らしいのですが、低音に下がって抜いてしまうと、音程の正確さが乱れる傾向があるように思いました。

 猫の二重唱。結婚1年目の雄猫と雌猫という設定で演技付き。浮気者の雄猫に離婚届を突きつける雌猫、という大爆笑の寸劇でした。

 後半のオペラアリア。山下裕賀のベルカントが素晴らしい。そもそも山下はロッシーニやベッリーニに適性を示してきた歌手で、アンジェリーナとドン・ラミーロの二重唱におけるアジリダの切れ味などは抜群です。河野も軽い高音を駆使して素晴らしかったのですが、山下の凄さに喰われた印象です。ヴァッカイのジュリエッタとロメオのアリアもベルカント・オペラのアリアで、山下にぴったり。素晴らしいと思いました。一方河野はグノーの名曲で対抗。河野はベルカント物よりもこういうロマンティックな表情を見せる作品の方が合っている感じです。最後に歌われたウェルテルの二曲も共に素晴らしい。山下の手紙の歌もいいですが、河野のオシアンの歌は軽い声で、フランス語らしい雰囲気をしっかり出して更に素晴らしい。いい感じにまとめました。

 この間、ピアニストの中山瞳によって「リゴレット・パラフレーズ」が演奏されました。彼女のリゴレット・パラフレーズは、結構テンポを揺らしており、ピアノ曲としての表情だけではなく、オペラの音楽における歌手の呼吸のようなものを意識した演奏になっていたと思います。こちらも立派な演奏でした。

 またアンコールも素晴らしい。ここまでで十分重いプログラムだったので、アンコールは軽めで来るかと思いきや、最後の三曲がまた重量級。ピーア・デ・トロメイのアリアをコンサートで聴くのは初めてで、かなりのカットがありましたが、勇壮な歌唱が素晴らしい。ついで連隊の娘のトニオのアリア。この曲はHiCが9回も連続することで有名ですが、河野は軽く美しい高音で見事に響かせBravissimo。最後に演奏されたペリコールの二重唱は初めて聴くと思いますが、こちらもしっかりとした演奏で素晴らしかったです。

 以上、若手の二人の実力を十分堪能できた演奏会でした。

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鑑賞日:2023年3月4日

入場料:自由席 4000円

主催:Team.MKT

第一回Team.MKT主催公演

オペラ2幕 字幕付き歌唱原語(ドイツ語)、ハイライト上演
モーツァルト作曲「魔笛」
(Die Zauberflöte)
台本:エマヌエル・シカネーダー

会場 大泉学園ゆめりあホール

スタッフ

ピアノ 小森 美穂
衣裳・小道具 オペラ・ディ・東京

出演者

ザラストロ 高橋 雄一郎
夜の女王 山田 麻美
タミーノ 勝又 康介
パミーナ 林 志乃
パパゲーノ 大石 洋史
パパゲーナ 水戸 瞳
侍女1/童子1 田中 由佳
侍女2/童子2 前田 理恵
侍女3/童子3 下倉 結衣
モノスタトス 下村 将太

感 想

ハイライト上演はどうするべきか‐第一回Team.MTK主催公演「魔笛」を聴く

 ひと月ほど前に「魔笛」の決して十分とは言えない演奏を聴いたばかりなのですが、今回の「魔笛」、先月の「魔笛」を更に下回る出来、と申しあげるしかありません。個別の歌どうこうだけの問題ではなく、全体としての音楽の水準がちょっと低すぎる。正直なところ、かなり残念な演奏でした。

 個別の歌手で流石だと思ったのは、ザラストロの髙橋雄一郎。彼は、「この神聖な殿堂には」のアリア1曲とアンサンブルに絡んだだけですが、どちらも上手い。「殿堂」は丁寧な歌いまわしで低音までしっかり響かせ、バス歌手の矜持を示しました。アンサンブルにおける支えもよかった。また、パミーナの林志乃は、声量は若干乏しいものの、歌廻しは丁寧で正確な歌を聴かせました。大石洋史のパパゲーノはいいところもありましたが、残念なところもあったというところ。

 タミーノの勝又康介は声自身が磨かれておらず、下の音程ではどうしても重さのある押す声になってしまい、タミーノとしては如何なものか、というところ。また、彼は元々フルート専攻だったそうで、その関係で、魔笛を吹く場面では、自分でフルートを吹きながら歌うというアクロバティックなことをやって見せました。この積極的なチャレンジ精神は高く評価したいと思いますが、流石にフルートと歌唱とを交互にやるのは無理があるようで、歌唱に影響がありました。ここはやはり歌に専念すべきだったとは思います。

 その他についてはあげつらう気にもなれません。アンサンブルは上手くいった時はいいのですが、上手くいかないところも多かった、というところ。

 こういう演奏になった原因はおそらく、仲間内だけですべてを賄ったことだろうと思います。

 今回のプログラムには演技があったにもかかわらず演出家の名前も載っていませんでしたし、照明の担当者も、舞台監督の記載もありませんでした。もちろん指揮者もいない。全てを仲間内で賄ったので記載しなかったのでしょう。ただそれをやると責任が分散してしまう。音楽的なことに責任を持つ人も、演技に責任を持つ人もいないから、色々なことを決めたとしてもバランスを確認はできていなかったようです。そこは外部の眼を入れて、しっかり調整していかないと上手く行かないということだと思います。今後公演を行うときは考えたほうが良いところです。

 また今回はハイライト公演で、全体の半分程度が演奏されました。台詞部分はほとんどがナレーションに変更され、アリアも何曲かはカット、重唱もストーリーとあまり関係しない部分はカット、合唱はなし、というスタイルでした。音楽重視のハイライトか、物語性重視のハイライトかと言えば、どちらもあわよくば、というカットの仕方で、結果的には虻蜂取らずになっていたように思いました。冒頭に関して書けば、序曲は後半がカット、冒頭のタミーノの登場シーンがなく、すぐに三人の侍女が登場、三重唱を歌って退場するとパパゲーノが登場。「鳥刺しのアリア」を全部歌うと、細かいカットを入れながら、すぐに侍女が登場し、「何と美しい絵姿」、「ムムム」と繋ぎます。この辺を見ると、音楽よりも物語性を重視しているのかな、と思いましたが、一方で聴かせどころはカット出来ないようで、パパゲーノの自殺のアリアから「パパパ」が唐突に始まったりもする。

 この途中のつなぎの部分をカットするのは悪手だったと思います。番号オペラですから、その曲全部をカットとしたり、シーンそのものをなくすのは全然問題ないと思いますが、曲の途中をカットするのは、モーツァルトの音楽の持つ世界観を崩しているようで、違和感があります。こういうやり方はすべきではなかったと思いました。

 以上、色々な意味で残念な公演でした。

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鑑賞日:2023年3月12日

入場料:自由席 4800円(昼・夜公演とも)

主催:舞台音楽研究会/共催:横浜市泉区民文化センターテアトル・フォンテ

舞台音楽研究会オペラ公演

オペラ4幕 日本語訳詞公演
ビゼー作曲「カルメン」
(Carmen)
台本:アンリ・メイヤック/リュドヴィク・アレヴィ

会場 横浜市泉区民文化センター テアトル・フォンテホール

スタッフ

指揮 高橋 勇太
管弦楽 Ensemble Buon
合唱 ベッラ・ヴォーチェ
児童合唱 子供14人による合唱団
演出・美術・衣裳 原 純
照明 アイコニクス横浜
舞台監督 菅野 将

出演者

     
昼公演 夜公演
カルメン 沢崎 恵美 川越 塔子
ドン・ホセ 山川 高風井出 司
エスカミーリョ 高橋 宏典飯塚 学
ミカエラ 楠野 麻衣 中桐 かなえ
フラスキータ 小山 道子新藤 清子
メルセデス 舛田 慶子 岡本 麻里菜
ダンカイロ 五島 伝明 平尾 啓
レメンダート 𠮷田 顕 松原 悠馬
ズニガ 普久原 武学 普久原 武学
モラレス 水澤 聡 水澤 聡

感 想

日本語で上演する「カルメン」舞台音楽研究会「カルメン」(昼公演・夜公演)を聴く

 日本ではオペラは1986年藤原歌劇団が「仮面舞踏会」において字幕を導入するまでオペラは日本語で上演することが普通でした。ただ、日本語上演の場合、ストーリーに適合してかつ聴きやすい日本語がなかなか音楽に当てはまらず、聴衆には何を歌っているのか分からない、ということがしばしば起こっていたと言われています。そのため日本語の訳詞は上演ごとに検討されていたようです。藤原歌劇団や二期会は「カルメン」をよく上演してきましたが、その訳詞は、藤原では堀内敬三のもの、二期会では村田健司補筆の宗近昭版が決定版として使われました。それでも訳詞版は上記の問題を解決するに至らず、1990年以降はオペレッタ以外の演目は原語上演するという流れになったと言われています。

 一方で、日本オペラの日本語歌唱の研究も進み、最近は日本オペラを聴いても、一時のように何を言っているのか分からない、ということは少なくなってきました。

 舞台音楽研究会は、主宰者が日本オペラではなくてはならないベテランソプラノの沢崎恵美で、外国オペラの日本語上演を繰り返し行っている団体です。「魔笛」、「サンドリヨン」、「こうもり」、そしてこの「カルメン」を何度も繰り返して上演しており、その度にレベルはあがっているのでしょう。私が「カルメン」についてかなり近しいということもあるのでしょうが、日本語は一部の例外を除いてまずは明確だったのかな、とは思いました。ただ、日本語訳詞の作成者については記載がなく、そこはちょっと気になるとこではあります。

 今回の上演は音楽を台詞でつなぐオペラ・コミック形式でしたが、楽譜に関してははっきりしません。非常にカットが多く、一般に用いられるギロー版やアルコア版ではなく、オリジナルなのかもしれません。尚、カットですが、第1幕と2幕は繰り返し部分の省略やつなぎの部分の細かいカットで1時間15分程度、第3幕と4幕は楽曲のカットもあり50分程度、本来の形よりも30分程度短く全体で2時間10分弱で演奏されました。

 舞台芸術研究会はこれまでオーケストラはエルデ・オペラ管弦楽団を使い、フルオーケストラで演奏されることが多かったのですが、今回はアンサンブル・ブオンというところ。もちろんフルオーケストラではなく、基本はヴァイオリン、コントラバス、打楽器、ピアノ各1、トランペット2、このほか間奏曲等ではフルート、第3幕のミカエラのアリアでは指揮者の高橋勇太がクラリネットを吹きました。フルオーケストラで聴くことができる迫力やダイナミクスではありませんでしたが、個々の奏者は上手な方のようで、割と透明感のある仕上がりになっていたと思います。

 演奏の魅力の点では夜の部の方が明らかに上でした。これはおそらく昼の部がベテラン中心の編成、夜の部は若手中心の編成だったことに起因しているものと思います。

 カルメンの役作りは大きく二通りに分かれると言われます。ひとつは妖艶さや色っぽさを前面に出すやり方。もう一つはカルメンのファム・ファタールの強い雰囲気を前面に出すやり方。今回はマチネが沢崎恵美が、ソワレが川越塔子が勤めたわけですが、川越は色っぽさを、沢崎は強さを前に出した役作りで迫りました。沢崎カルメンは、高音が綺麗に響いて美しさを感じさせるものではあったのですが、線の細いところがあってカルメンとしてはちょっと似合っていないのかな、という印象を持ちました。川越カルメンは、生来の色っぽさで、聴き手をそちらの方に誘導している感じで、声の魅力というよりは演技も含めたカルメンという役柄全体で雰囲気を出していたと思います。なお、本来カルメンはメゾソプラノの持ち役で、メゾの持つ低音の迫力のようなものが要求されますが、その意味ではどちらも迫力不足というのが本当のところでしょう。26番の「あんたね、俺だ」の二重唱は、メゾソプラノだともっと迫力が出てもっと緊張感、切迫感が高まったのではないでしょうか。

 以上、私の川越カルメンの方が私の好みに近いですが、沢崎カルメンも悪くない。

 ホセはソワレの井出司が圧倒していました。マチネの山川高風は持ち声がそもそもホセの声ではない。レッジェーロな声はモーツァルトやベルカントオペラのテノールとしてはともかく、強さ、激しさを要求されるホセには向いていないと思います。更に今回は声に疲れが見えて、一番の聴かせどころである「花の歌」はアクートが決まらず、腰砕けになった感があるのも残念でした。一方井出司のホセは飛ばし過ぎのところがあって、ハラハラするところもありましたが、声をブリリアントに響かせていい感じでした。「花の歌」も綺麗に決まりましたし、第一幕のミカエラとの二重唱もメリハリがあっていい。フィナーレの二重唱も迫力がありました。色々な意味でシャープで、だんだん落ちて行ってダメになってもメリハリのついたホセになっており、満足できるものでした。

 エスカミーリョはマチネが若い高橋宏典、ソワレが相対的にベテランの飯塚学。高橋の方がやや軽めの声だとは思いますが、二人とも十分なエスカミーリョで素晴らしい。ただ、エスカミーリョはテノールの定番というべき「闘牛士の歌」と第三幕のホセとの22番の二重唱「我が名はエスカミーリョ」しか歌いませんが、三幕の二重唱は、ホセが輝いていたソワレの方がエスカミーリョもいい感じに歌えていたと思います。

 ミカエラはマチネ楠野麻衣、ソワレ中桐かなえ共に素晴らしい。ミカエラは純粋リリコによって歌われる役で、軽い声の二人には本来向いていないと思いますが、二人とも中音部を十分響かせていい感じに演奏してくださいました。第3幕の「何を恐れることがありましょう」は、雰囲気的には楠野ミカエラがミカエラの芯の強さ表に出したシャープな印象、中桐かなえは内に秘めた強さを見せた感じでどちらも素晴らしいものでした。

 フラスキータとメルセデスもソワレの方が魅力的。声そのものの艶や力強さが、マチネの小山道子、舛田慶子のコンビよりもソワレの新藤清子、岡本麻里菜のコンビの方が明確でした。だから、アンサンブルで絡むとき、新藤、岡本の方がはっきりした存在感が見えます。第二幕ジプシーダンスにおける艶っぽさも、「闘牛士の歌」における最後の「L'a mourt」の一言も夜の方が良かったし、同じく第二幕の五重唱「上手い話がある」も夜の方が良かったです。ただ、この歌はダンカイロ、レメンダートとの関連性もあるので、彼女たちだけの責任にはできないのですが。

 レメンダートとダンカイロはこちらも段違いに夜がいい。まだ20代の松原悠馬はともかく、夜の部でダンカイロを歌った平尾啓はもう60代だそうで、マチネの五島伝明と年齢的にはどっこいどっこいでしょう。それでも声や響きは今現役オペラ歌手としてどんどん力をつけている平尾啓が圧倒していました。レメンダードも若々しい松原悠馬がよく響き、女声と男声とがくっきりと色分けされている感じがすごくいい。全体的に若さの迫力が見えたせいか、シングルキャストのズニガ、モラレスも夜公演の方がメリハリのついたいい演奏をしていたと思います。

 子供の合唱は、小さい子が中心でとても可愛らしく心和むもの。大人の合唱は全部で20人で、本来は市民合唱ですが、藤原歌劇団の若手が7-8名サポートに入ったそうで、その助演者のお陰もあってなかなかの合唱に仕上がっていたと思います。ただ、合唱で一つ難があったのは早口の処理。7番の女工たちの合唱は音楽のスピードに日本語のスピードが合わなかったようで、そこは何を言っているのかが聞き取れませんでした。

 原純の演出は、中央部に臙脂の布を下ろして、それを開いたり閉じたり、持ち上げたり下ろしたりしながら舞台を進めていきます。大道具は特になく、後はホリゾントを黒くするか白くするかぐらい。基本的には赤と黒の色彩が目立つシックで美しい舞台。赤い布からはカルメンが登場し、赤がカルメンの象徴で、黒が旧体制の象徴のように見ました。「カルメン」は場面場面が明確で写実的に描かれている作品ですが、それを色で劇的対立にもっていったのかなという印象です。尚、歌っていないメンバーによる小芝居が後ろの方で行われていましたが、演出家の視点は分からないではないですが、あまりいらないのではないのかな、という感じがしました。

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鑑賞日:2018年3月17日
入場料:D席 3960円 4F 3列53番

主催:新国立劇場

新国立劇場2022・2023シーズンオペラ公演

オペラ5幕、字幕付原語(フランス語)上演
オッフェンバック作曲「ホフマン物語」(Les Contes d’Hoffmann)
台本:ジュール・バルビエ、ミシェル・カレ

会場:新国立劇場オペラパレス

スタッフ

指 揮 マルコ・トレーニャ
管弦楽

東京交響楽団
合 唱

新国立劇場合唱団
合唱指揮

三澤 洋史
     
演出・美術・照明

フィリップ・アルロー
衣 裳

アンドレア・ウーマン
振 付

上田 遙
再演演出

澤田 康子
舞台監督

須藤 清香

出 演

ホフマン レオナルド・ガルンボ
ニクラウス/ミューズ 小林 由佳
オランピア 安井 陽子
アントニア 木下 美穂子
ジュリエッタ 大隅 智佳子
リンドルフ/コッペリウス/ミラクル博士/ダペルトゥット エギルス・シルンズ
アンドレ/コシュニーユ/フランツ/ピティキナッチョ 青地 英幸
ルーテル/クレスペル 伊藤 貴之
ヘルマン 安東 玄人
ナタナエル 村上 敏明
スパランツァーニ 晴 雅彦
シュレーミル 須藤 慎吾
アントニアの母の声/ステッラ 谷口 睦美

感 想

豪華すぎる脇役新国立劇場「ホフマン物語」を聴く

 「ホフマン物語」は、規模が大きいせいか、あるいはフランスオペラのせいかよくわかりませんが、上演機会は決して多くない作品です。私は今回で8回目。5年ぶりの鑑賞となりました。フィリップ・アルローの舞台は、2003年プレミエで今回が5回目の登場、20年たっている舞台ですが、全然古びた感じはないですし、何といっても美しい。このような舞台が見られるのは新国立劇場でならではと思います。更にレパートリー公演だけあって、スタッフ、キャスト共にこの舞台に何度も関与されている方も多く、全体的には安定したいい演奏だたな、というのが率直な感想です。

 まず、東京交響楽団の演奏がいい。舞台の邪魔にならない演奏です。レトレーニャの指揮の演奏を聴くのは初めてですが、舞台に寄り添っている感がしっかり見える指揮でした。歌手の呼吸に合わせるように微妙に間を置いたりスピードを落としたり、解いて、音楽そのものの流れに逆らわない感じで進む様子がいいです。東京交響楽団の演奏もその指揮に対して丁寧に付き添っている感じで、これ見よがしなところがないのがいい。合唱も立派。新国立劇場合唱団は十分その役割を果たしました。

 歌手関しては、脇役陣が豪華。この作品は第一幕のプロローグが学生たちが酒場で騒いでいるシーンです。ここで学生達の合唱からナタナエルとヘルマンがソロで出てくるわけですが、そのナタナエルの声が別格です。村上敏明、一声で分かる特徴のある歌いまわしと響きの澄んだ高音は流石に日本を代表するプリモテノールだと思いましたが、逆に村上敏明をナタナエルに使うなんて勿体ない感じがしないではない。流石の存在感でした。同じような意味で、ジュリエッタの場面で、ジュリエタの元恋人として登場するのが須藤慎吾。藤原歌劇団のプリモ・バリトンがシュレーミルというのも豪華です。このレベルの歌手を脇役で引っ張ってこれるのが、新国立劇場の魅力なのでしょう。

 脇役陣に関しては総じて良かった。一番良かったのは道化四役を歌った青地英幸。そんなに歌う場面の多い役柄ではありませんが、演技がコミカルで存在感がある。耳の遠い召使役であるフランツ役ではコミカルなクプレがありますが、このクプレも軽妙に聴かせてくれてよかったです。ヘルマンの安東玄人もしっかりした歌唱でよかったし、酒場の主人役の伊藤貴之も素敵な低音でした。

 三人の恋人たちですが、皆さん、まずまず。安井陽子のオランピア。私にとっては三度目の彼女のオランピア。もちろん立派な演奏なのですが、前半ちょっと乱れたところがあって、かつて聴いた時ほどの精度ではなかったのかな、という印象。もう一段精妙な演奏ができる方だと思うので、頑張ってほしいと思いました。

 木下美穂子のアントニア。流石の情感で見事です。冒頭のロマンス、「キジバトは逃げた」が弱音で歌う表情が素晴らしく、アントニアの薄幸な感じをしっかり見せてくれたように思いました。一方ホフマンとに二重唱は情愛豊かで、魅力的に響いたと思います。トータルでは三人の恋人で一番魅力的な歌唱ではなかったかと思います。

 大隅智佳子のジュリエッタ。上手です。力強い歌唱で、ディーヴァの魅力を一番示したのが彼女だったのでしょう。ただ、全体のバランスの中で見るとちょっと声に力がありすぎる感じ。有名な二重唱「舟唄」。ソプラノは前に出た歌でとても明確で素晴らしいのですが、メゾソプラノとのバランスで言うと、メゾが後ろに下がりすぎている印象。小林由佳も力量のある方ですが、声量的には大隅智佳子に敵わないということなのでしょうね。もう少しメゾが前に出たほうが、バランス的にはよいと思いました。一方で、大隅の明瞭な声があってこそ、ホフマンとの二重唱がより真実味が増した感はありました。

 ホフマンは海外招聘のガルンボ。正直なところ、あまりよくはなかったのではないかと思います。声量的には十分なのですが、今一つすっきりしない歌い方ですし、高音を張った時の響きは変な音が混じっているような感じで美しくない。村上敏明にしても青地英幸にしても綺麗な高音を聴かせてくれていたので、この方の濁った感じが気になるところです。冒頭の「クラインザックの歌」なども前半は切れ味の鋭さを感じることができませんでしたし、後半のメランコリックな表現も十分とは言えず、結果として前半と後半の対比がクリアではありませんでした。その後も今一つパッとしない。歌えていない、ということではもちろんないのですが、「ここにタイトルロールがいるぞ!」と云う感じにならないのです。歌にもっとオーラが欲しいと思いました。

 一方、悪魔四役を歌ったシルンズはよかった。低音の響きが明確で迫力があります。冒頭のリンドルフのクプレの威圧的な表情やコペリウスの「私は眼を持っている」のアリアのちょっとコミカルな感じが良かったです。アントニアの場面でのホフマン、クレスペル、ミラクル博士の三重唱は、低音の二人、すなわち伊藤貴之とエギルス・シルンズに迫力があって、劇的な表情を立体的に見せました。また、第4幕のダペルトットのアリアも輝かしい低音で魅力的でした。

 悪魔役に対抗するのはそれぞれバリトン・バス歌手の皆さんで、晴雅彦のコミカルな演技・歌唱、伊藤貴之の力強い響き、須藤慎吾の存在感と、それぞれさすがの歌でした。

 ニコラウス/ミューズを歌った小林由佳。大隅ジュリエッタと絡んだところは声をもう少し欲しいと思いましたが、あとは丁寧な歌唱で十分です。特にミューズに戻ってからの終幕のアリアは美しく見事でした。

 以上、ホフマン役には若干不満がありますが、全体的にはとてもいい演奏を聴けたなと思います。しかし、心が震えたかと問われると、さほどではない。上手なのだけど、安全運転でスリリングではなかったということなのかも知れません。

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鑑賞日:2023年3月18日

入場料:B席 2F30列17番 3000円

主催:立川市民オペラの会/公益財団法人立川地域文化振興財団

立川市民オペラ2023

オペラ1幕 字幕付き原語(イタリア語)上演
マスカーニ作曲「カヴァレリア・ルスティカーナ」
(Cavalleria Rusticana)
原作:ジョヴァンニ・ヴェルガ
台本:ジョヴァンニ・タルジョーニ=トッツェッティ/グィド・メナッシ

会場 たましんRISURUホール大ホール

スタッフ

指揮 古谷 誠一
管弦楽 TBSK管弦楽団
合唱 立川市民オペラ合唱団
合唱指導 宮﨑 京子/照屋 博史/栗林 瑛莉子/木下 周子
ナレーション 平 佐喜子
演出 直井 研二
装置 鈴木 俊朗
照明 西田 俊郎
衣裳 下斗米 大輔
音響 関口 嘉顕
舞台監督 伊藤 潤

出演者

サントゥッァ 石上 朋美
トゥリッドゥ 澤﨑 一了
ルチア 丸山 奈津美
アルフィオ 大川 博
ローラ 今野 絵理香

プログラム

作曲 作品名 曲名 演奏
レオンカヴァッロ 道化師 間奏曲 TBSK管弦楽団
シュミット ノートルダム 間奏曲 TBSK管弦楽団
ジョルダーノ フェドーラ 間奏曲 TBSK管弦楽団
マスカーニ 友人フリッツ 間奏曲 TBSK管弦楽団
休憩   
マスカーニ カヴァレリア・ルスティカーナ オペラ、全一幕、字幕付原語上演 別記

感 想

素晴らしき合唱団‐立川市民オペラ「カヴァレリア・ルスティカーナ&管弦楽が奏でるヴェリズモオペラ」を聴く

 立川市民オペラは発足から31年、ここ十年ほどは、毎年のよう本公演を行っていたのですが、2020年3月に予定していた「トゥーランドット」はコロナ禍で中止。合唱団も活動中止を余儀なくされました。「トゥーランドット」は結局全曲を上演されることはなく、2021年にハイライトの形で上演、2022年はオペラの企画そのものを立てるのが難しく「ガラ・コンサート」という形で演奏。本年はようやく新企画「カヴァレリア・ルスティカーナ」を上演することができました。

 とはいえ、世の中のマスク推奨がなくなった状況にもかかわらず、立川市民会館は厳戒態勢です。オーケストラピットを用意することはできず、通常オケ・ピットになるところに舞台を伸ばして、奥にオーケストラを置くスタイルでの演奏。舞台装置はほとんどなく、セミステージ形式の舞台と申し上げてよいぐらいです。また、オーケストラも例年共演している立川管弦楽団等の地元オーケストラではなく、TBSK管弦楽団という首都圏の大学生や若い社会人によるアマチュアオーケストラが登場しました。私は名前も初めて聴く団体です。

 そこでこのオーケストラですが、よくあるアマチュアのオーケストラですね。全体の流れに乗った演奏はできますが、音色や表情の出し方はプロとは全然レベルが違います。新交響楽団のような第一級のアマチュアオケと比べてもかなり落ちるレベル。今回前半にオペラの間奏曲が4曲演奏されましたが、こちらは特に練習も不十分だったようで総じてイマイチだったと思います。古谷誠一の間奏曲に対するアプローチが総じてゆっくりで、個人的には何でこんなに遅く演奏するのだろうと思ったのですが、そうしないときっちり演奏できなかったのでしょうか。また遅く演奏されたことによって、楽団の息が続かないところもあり、特にフレーズの後ろの方で乱れがあったように聴きました。

 そんなわけで、後半のオペラもオーケストラが足を引っ張るのではないかと心配しましたが、「カヴァ」は練習量が違うようで、そこは杞憂でした。よかったです。

 演奏は、市民オペラとしてはトップクラスの出来、と申し上げてよいのではないでしょうか。

 何といっても男声二人が素晴らしい。澤﨑一了のトゥリドゥ。この数年の活躍で若手ナンバーワンの実力だと思っているのですが、今回も素晴らしい。澄み切った高音が力強く伸びるさまを聴くことは、まさにテノールを聴く醍醐味です。最初のシチリアーナが陰歌で歌われましたが、それがとてもよく、乾杯の歌の悲劇を予兆させる雰囲気の出し方、最後の「母さん、あの酒は強いね」の悲痛な感じと流石の魅力です。細かく言えば、声を張った後ちょっと震えてしまうことがあるのですが、それがなければ完璧と申しあげてよいのでは無いかと思うぐらいでした。

 対抗する大川博のアルフィオもいい。しっかりしたバリトンの発声で、馭者のアリア「馬が地をけり、錫が鳴る」のちょっと野卑な雰囲気をしっかり出し、トゥリッドゥの乾杯のアリアの後の緊迫したやり取りもいい味だったと思います。

 女声陣は男声ほどではなかったけどもちろんいい歌でした。石上朋美のサントゥッアは嫉妬と諦念が混じったような何とも言えない表情で役作りをしていたと思います。有名な「ママも知る通り」は情感のある悲しみの表情。ただ、トゥリッドゥとの喧嘩の二重唱は、もっとサンットゥッアが攻めてもいいのではないかと思いました。丸山奈津美のマンマルチアは歌唱演技とも抑制された印象。しかし、声は安定してしっかり飛んできました。ローラの今野絵理香も綺麗なソロを聴かせ、いい感じに役を作りました。

 というわけで、ソリストは総じて良かったんのですが、それ以上に満足したのは合唱。流石に新国の合唱団や藤原や二期会の合唱団とはレベルは違うのですが、市民オペラの合唱団としてはトップクラスの上手さ。日本一と言っていいかもしれません。何を言っても合唱が揃って一丸になっているし、声量も十分にある。バランスもいい。市民オペラの合唱は多くの場合、女声団員が一杯いて男声が少なく、男声はエキストラを入れてバランスをとりますが、それをやると男声はしっかり響くが、女声は駄目、ということになりがちです。またエキストラをたくさん入れた合唱は、とりあえずは形になっているのですが、音楽のまとまりが乏しいことが多いのです。しかし、立川市民オペラ合唱団は、コーラスサポートという名称で普段の練習から若手プロの歌手と一緒に練習しており、そういう方も舞台で同じ方向性歌っている。また合唱団が常設で、団員ひとりひとりもレベルアップしている。そういう点が、市民オペラの合唱としては別格のレベルに達したのではないかと思いました。彼らにBraviをさしあげましょう。

立川市民オペラ「カヴァレリア・ルスティカーナ&管弦楽が奏でるヴェリズモオペラ」TOPに戻る

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