オペラに行って参りました-2023年(その6)

目次

リートを歌う心意気 2023年8月3日 欧州デビュー15周年記念平野和バス・バリトンリサイタルを聴く
もう少し練習を! 2023年8月5日 相模原シティオペラ「こうもり」を聴く
アクシデント×ハプニング 2023年8月12日 八王子deオペラvol.6「翔び越えて」~歌声の彼方へ~を聴く
若手の成長に期待しよう 2023年8月13日 荒川区民オペラ「愛の妙薬」を聴く
プロと素人が交差するところ 2023年8月15日 第10回オペラ工房アヴァンティ公演「魔笛」を聴く
木下牧子とドニゼッティの接点 2023年8月19日 オペラカフェマッキアート58「小暮沙優×横内尚子」デュオコンサートを聴く
スカルピアの意味 2023年8月20日 エルデ・オペラ管弦楽団第14回演奏会「トスカ」を聴く
日本オペラの発展のために 2023年8月23日 日本オペラ・日本歌曲連続演奏会第72回第一夜を聴く
重唱の距離感 2023年8月27日 東京オペラソリストの会公演「魔笛」を聴く
同級生はいいものだ 2023年9月2日 同級生コンサート「92のキセキ」Zuttomo~since 1992~を聴く

オペラに行って参りました。 過去の記録へのリンク

      
2023年 その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7 その8 どくたーTのオペラベスト3 2023年
2022年 その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7 その8 どくたーTのオペラベスト3 2022年
2021年 その1 その2 その3 その4 その5 その6   どくたーTのオペラベスト3 2021年
2020年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2020年
2019年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2019年
2018年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2018年
2017年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2017年
2016年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2016年
2015年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2015年
2014年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2014年
2013年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2013年
2012年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2012年
2011年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2011年
2010年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2010年
2009年 その1 その2 その3 その4     どくたーTのオペラベスト3 2009年
2008年 その1 その2 その3 その4     どくたーTのオペラベスト3 2008年
2007年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2007年
2006年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2006年
2005年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2005年
2004年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2004年
2003年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2003年
2002年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2002年
2001年 その1 その2         どくたーTのオペラベスト3 2001年
2000年              どくたーTのオペラベスト3 2000年

鑑賞日:2023年8月3日

入場料:S席 1F9列13番 5000円

主催:ジャパン・アーツ

欧州デビュー15周年記念 平野和 バス・バリトンリサイタル

会場 渋谷区文化総合センター大和田 さくらホール

出演者

バス・バリトン 平野 和
ピアノ 平野 小百合

プログラム

作曲 作詩 曲名
レーヴェ フォンターネ 詩人トム 作品135a
シューベルト ゲーテ 野ばら D.257
シューマン アイヒェンドルフ リーダークライス 作品39-5「月の夜」
シューベルト ミュラー 冬の旅 D.911-5「菩提樹」
シューマン アイヒェンドルフ リーダークライス 作品39-3「森の対話」
レーヴェ シュライバー 海を渡るオーディン 作品118
レーヴェ ゲーテ 3つのバラード 作品1-3「魔王」
シューマン ハイネ ロマンスとバラード集 作品49-1「二人の擲弾兵」
ベートーヴェン ゲーテ 6つの歌 作品75-3「蚤の歌」
シューベルト クラウディウス 死と乙女 D.531
シューベルト ゲーテ トゥーレの王様 D.367 
シューベルト ゲーテ 魔王 D.328
休憩  
ブラームス ダウマー 8つのリートと歌 作品57-8「動かぬ生ぬるい空気」
ブラームス ハイネ 6つのリート 作品85-1「夏の夕べ」
ブラームス ハイネ 6つのリート 作品85-2「月のあかり」
ブラームス ブレンターノ 5つの歌 作品72-3「おお、涼しい森よ」
ブラームス ハフィス(ダウマーの独訳) 5つのリート 作品47-1「便り」
ブラームス 聖書 バスのための4つの厳粛な歌 作品121
アンコール  
ベートーヴェン ヘルローゼー 君を愛す WoO 123
シューマン リュッケルト ミルテの花 作品25-1「献呈」
シューベルト ショーバー 音楽に寄せて D.547

感 想

リートを歌う心意気-欧州デビュー15周年記念 平野和 バス・バリトンリサイタルを聴く

 平野和に関して覚えているのは、2012年新国立劇場「ドン・ジョヴァンニ」におけるレポレッロ。レポレッロのバッソ・ブッフォ的な悲哀はあまり感じることはできませんでしたが、歌唱は丁寧で且つ端正。大変すばらしかったことを覚えています。その平野が新国立劇場にデビューしたのは2010年の「影のない女」における霊界の使者だったそうです。こちらももちろん拝見しているのですが、こちらについては出演したことも覚えていませんでした。平野のデビューは2007年グラーツ歌劇場での「魔弾の射手」の隠者だそうですが、日本ではなくヨーロッパでデビューし、評判をとって3年後には新国立劇場に呼ばれた訳ですから、実力者なのでしょう。

 このドイツオペラのスペシャリストのような平野がデビュー15周年の記念コンサートをオール・ドイツ・リートでやるという。彼の大ファンというご婦人から是非来てほしいと誘われました。

 実は私はドイツリートはあまり得意ではありません。昔、色々な音楽をのべつ幕なしに聴いていたころ、フィッシャー=ディースカウのシューベルト歌曲大全集も買いましたし、シューマン歌曲大全集も買って聴いてはいるのですが、何度も繰り返して聴くことはなかったし、ベートーヴェンからリヒャルト・シュトラウスに至るドイツ・リートの連綿たる流れをしっかり聴いたこともこれまでなかったと思います。コンサートに行って、リートを何曲か聴いたことはもちろん何度もありますが、全部がリートというコンサートは初めての経験でした。正直なところ、退屈するのではないかと少々心配だったのですが、そんなことは全くありませんでした。平野和の今の実力をしっかり示した素晴らしい演奏でした。

 ポイントはいくつもあると思いますが、まず平野の歌唱姿がとてもいい。背筋がぴんと張って、足元が根が生えたように安定して、しっかりとした体幹が声を支えていることがよく分かります。アンコールまで含めて、丁度2時間のコンサートだったわけですが、最後の最後まで声が荒れることなく、十分に響かせたところも素晴らしい。とにかく感心しかありません。

 プログラムの妙も素晴らしい。元々あるドイツ語の「詩」に後から音楽をつけるリートは、概ねベートーヴェンから始まったと言われています(その前の声楽曲は、オペラだったり、ラテン語だったりでドイツリートとは毛色が異なります)。そのベートーヴェンから、シューベルト、シューベルトの同年代のレーヴェ、シューマンと来て前期ドイツロマン派音楽の集大成とでも言うべきブラームスで終わるという編成。そのブラームスも最後は彼の辞世の曲とも言うべき「四つの厳粛な歌」を持ってきました。バス・バリトンの平野にとっては、「四つの厳粛な歌」こそがドイツ・リートのひとつの頂点という感覚があって、デビュー15周年の自分が、今歌える「四つの厳粛な歌」を示したいという気持ちがあったのではないかと思います。

 前半・後半に分かれて、前半はベートーヴェンからシューマン、後半はブラームスだったのですが、前半は更に6曲ずつふたつのブロックに分けられて、前半が「ドイツの自然や神話」、後半が「死」をテーマにした曲で、ひとまとまりの歌として一気に歌われました。もちろん盛り上げるべきところは盛り上げ、強弱と速遅のダイナミクスは十分聞かせるのですが、それでも印象としては抑制的に歌ったのかなという感じです。だから、レーヴェのバラード「海を渡るオーディン」などは非常に印象的です。後半はゲーテの「魔王」に違った曲を付けたレーヴェとシューベルトの間に比較的コミカルなシューマンとベートーヴェンを置き、その後に「死」というよりも「愛」を感じさせる2曲で暗い印象ではなく温かい印象でまとめました。

 後半の前半は北ドイツの夏でしょう。言うなれば「交響曲2番」の世界だと思いました。そして厳粛な歌。しかし、「4つの厳粛な歌」と言いながら、前半の3曲は重く厳粛な曲ですが、最後の一曲はぐっと明るい愛を歌います。現実の死の向こうにある愛。平野はそれを音楽に対する愛として歌い上げたようでした。

 以上、素晴らしい歌唱だったのですがもうひとつ申しあげたいのは、ピアノとの絶妙なコンビネーションです。人馬一体、と申しますが、平野和と平野小百合のコンビは歌手とピアノが一体となっていました。プライベートでもご夫婦なだけあって、合わせも本当に充分、細かいところのせめぎあいまできっちり呼吸が合っていてそこもとても素晴らしいと思いました。

 平野夫妻が結婚したときの結婚式では「4つの厳粛な歌」の最終曲のテキストとして使われた「コリント人のへの手紙第13章」が読み上げられたそうですが、平野の歌う第4曲「たとえ、人々の異言、天使たちの異言を語ろうとも」は音楽とともに長年のパートナーである小百合夫人に対する愛情の告白だったに違いありません。

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鑑賞日:2023年8月5日

入場料:自由席 5500円

主催:相模原シティオペラ

相模原シティオペラ公演

オペレッタ3幕 字幕付日本語訳詞上演
ヨハン・シュトラウス二世作曲「こうもり」
(Die Fledermaus)
原作:アンリ・メイヤック/リュドヴィック・アレヴィ「夜食」
台本:カール・ハフナー/リヒャルト・ジュネ

会場 相模原市民会館大ホール

スタッフ

指揮 高橋 勇太
管弦楽 東京ピットオーケストラ
合唱 相模原シティオペラ合唱団
合唱指揮/副指揮 柴田 慎平
演出 舘 亜里沙
衣裳 池上 知津
合唱指揮/副指揮 柴田 慎平
振付 中薗 博子
舞台監督 大河原 敦

出演者

アイゼンシュタイン 狩野 武
ロザリンデ 浅野 美帆子
アデーレ 小澤 美咲紀
オルロフスキー 加藤 愛
イーダ 玉田 弓絵
ファルケ博士 戸村 優希
アルフレード 佐藤 悠究
フランク 水澤 聡
ブリント 柳亭 雅幸
フロッシュ 木之枝 棒太郎
ゲスト歌手 佐々木 弘美
ゲスト歌手 竹杉 真由美/竹杉 久喜
ゲスト歌手 赤根 純子

感 想

もう少し練習を!‐相模原シティオペラ「こうもり」を聴く

 色々な意味で練習が足りない舞台だったと思います。色々な意味、というのは個人の歌唱の練習も、アンサンブルの練習も、オーケストラの練習も、演技の練習も、バレエの練習も、という意味です。素敵な演出だったと思うし、音楽的にも一部カットはあったものの、本来「こうもり」という作品に与えられている歌は、重唱やアンサンブルを含めてほぼ全部演奏され、オーソドックスな「こうもり」をしっかりと示したという点で素晴らしい舞台になる可能性を秘めていたと思いますが、どれもこれもがピシっと決まらないので、今一つ感が拭えないのです。

 舘亜里沙の演出は、基本的にオーソドックス。市民オペラの制約上舞台装置にお金はかけられない中、精一杯工夫して、安価だけど豪華な雰囲気を見せたのがいい。オルロフスキーの夜会はそれっぽく見えただけでも素晴らしい。また、「こうもり」の序曲は、主要なクプレの接合曲なのですが、その間に主要登場人物を登場させてパントマイムで予告編を見せたのも新鮮です。日本語の台本も舘の作成だと思いますが、そこも、なかなかセンスがいい。ただ問題は台詞で意図を説明しすぎる。「こうもり」はファルケ博士のアイゼンシュタインに対する復讐ですが、そのことに関する説明も長すぎるし、ファルケ博士がこうもりに扮した理由がこうもりのシルエットがオーストリア・ハプスブルグ家の旗印である双頭鷲の象徴であるとかの説明も「演出ノート」に書いたのですから舞台でファルケに話させる必要はないでしょう。

 シュトラウスのオペレッタがはやった時代のヨーロッパの政治状況が当時のウィーンの退廃を呼び、それがウィンナワルツの流行の一因だったかもしれませんが、それは舞台には関係ないこと。そういった演出意図は出演者は理解して演技する必要はあるかもしれませんが、観客には演技と歌唱で示すべきであり、それ以上の説明はするべきではありません。台詞はもっとコンパクトにまとめたほうがいい。

 最初に練習不足と書きましたが、特に第一幕で目立ちました。例えばバレエの群舞のタイミングが一致していなかったり、人との間隔がバラバラで、それが動きのぎこちなさに繋がったりというのがありました。もちろんポジショニングは決めてあった筈ですが、その通りに出来ていない、というのはあるでしょう。台詞についても投影されている台詞としゃべっている台詞が違っていたりというのも少なからずありました。台詞の多少のミスはストーリーに影響しない限りどうでもいいのですが、歌の方も細かいミスが結構ありました。音が不正確だったり、テンポが乱れたり、音の高さが足りなかったり、アンサンブルのかみ合わせが悪かったりしていました。オーケストラが左右で完全にずれた部分もありました。こういったミスは音楽の大きな流れには影響はなかったのですが、細かいところはかなりぎくしゃくさせていて、気になりました。この辺は練習量を増やせばある程度は解決するはずなので、もう少しじっくり練習してから舞台にかけて欲しいとは思いました。

 二幕、三幕は温度も上がってきて、ちぐはぐさが少なくはなりましたが、十分ではないというところ。個人では見るものもありました。

 一番演技が達者だったのは水澤聡のフランク。もうノリノリで素晴らしい。フランクとアイゼンシュタインが踊る場面ではフランクがノリノリなのに、アイゼンシュタインがいやいやそうに踊っていたりもして、ノリの差が明確に示されました。アイゼンシュタインの狩野武は音はかなりいい加減なところがありますが、雰囲気的にアイゼンシュタインにぴったりです。声も素晴らしい。ただ演技はたどたどしい。いろいろありますが、例えば、第3幕のアイゼンシュタイン・ロザリンデ・アルフレードの三重唱は、アイゼンシュタインの激高するする部分と落ち着いて弁護士に化ける部分の対比などはもっとはっきりと違いを示さないと、その場面全体がぬるくなってしまいます。

 小澤美咲紀のアデーレ。第一幕のアンサンブルは嵌っていなくて可哀想でしたが、第二幕、第三幕のクプレはどちらもなかなかいい出来。浅野美帆子のロザリンデは綺麗なのですが、もっと踏み込んで、濃い味を出した方がいい。一番の聴かせどころである「チャールダーシュ」は高音が上がり切れていなかったのが残念です。加藤愛のオルロフスキーは見た目がほとんど宝塚。二幕の「僕はお客を呼ぶのが好きで」はトリルというのかずり上げというのかよく分かりませんが、そこに力が入るともっといいと思いました。

 ゲスト歌手は佐々木弘美が「春の声」、竹杉夫妻が「イル・トロヴァトーレ」の第4幕のルーナとレオノーラの二重唱、赤根純子が「ある晴れた日に」を歌いました。最初の二曲は正直なところ、この舞台で披露するべきものかという点でかなり疑問なレベル。「ある晴れた日に」はきっちり歌われ、声量も十分で良かったと思います。

 以上、演出はスマートだし、全体の流れも悪くはなかったし、個人技では聴きどころもあったのですが、色々な意味で「ぬるい」舞台でそこが残念でありました。

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鑑賞日:2023年8月12日

入場料:自由席 4500円

主催:YKA企画

八王子deオペラvol.6

翔び越えて~歌声の彼方へ~

会場 八王子市芸術文化会館いちょうホール小ホール

出演者

ソプラノ 山口 佳子
ソプラノ 砂川 涼子
テノール 与儀 巧
バリトン 押川 浩士
ピアノ 田村 ルリ

プログラム

作曲 作品名/作詩 曲名 歌手
レオンカヴァッロ 道化師 ネッダのアリア「大空の鳥のように」 山口 佳子
ボーイト メフィストフェレ マルゲリータのアリア「あの夜、深い海の底に」 砂川 涼子
ヴェルディ リゴレット マントヴァ公のアリア「風の中の羽根のように」 与儀 巧
モーツァルト フィガロの結婚 フィガロのアリア「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」 押川 浩士
モーツァルト フィガロの結婚 スザンナとフィガロの二重唱「5、10、20,30」 山口 佳子/押川 浩士
ビゼー カルメン ホセとミカエラの二重唱「母の便りを聴かせてくれ」 与儀 巧/砂川 涼子
ヴェルディ ナブッコ 合唱「行けわが想いよ、金色の翼に乗って」 山口 佳子/砂川 涼子/与儀 巧/押川 浩士
休憩   
プーランク   即興曲第15番 ハ短調『エディット・ピアフを讃えて』 ピアノ独奏
谷村 新司 作詞:谷村 新司 押川 浩士
普久原 恒男 作詞:吉川 安一 芭蕉布 砂川 涼子
佐原 一哉 作詞:古謝 美佐子 童神 与儀 巧
  お楽しみメドレー~翔び越えて 「翼をください」~「夢想花」~「宇宙戦艦ヤマト」 山口 佳子/砂川 涼子/与儀 巧/押川 浩士
モドゥーニョ 作詞:フランコ・ミリアッチ Nel blu, dipinto di blu(ヴォラーレ) 山口 佳子
デ・クルティス 作詞:ドメニコ・フルノ 勿忘草 山口 佳子/砂川 涼子/与儀 巧/押川 浩士
アンコール   
筒美 京平 作詞:阿久 悠 また逢う日まで 山口 佳子/砂川 涼子/与儀 巧/押川 浩士

感 想

アクシデント×ハプニング-八王子deオペラvol.6「翔び越えて」~歌声の彼方へ~を聴く

 舞台は生き物ですから、何だってあり得ます。しかし、当初アナウンスされていた歌手の半分が急病で出演できず、別の方が代役で出演されるというのはなかなかないと思います。私もこれまで1800回近い舞台を見ていますが、直近での半数変更というのは初めての経験だと思います。

 経緯は次の通り。最初予定されていたバスの伊藤貴之が8月11日の朝、急な発熱のため出演できなくなったそうです。主催者側は急遽代役を探したのですが、その結果、「二人のフォスカリ」の稽古が中止になって偶然空いていた押川浩士が出演されることになりました。ここまでなら、たまにある話なのですが、本日12日の朝になって、出演予定のメゾソプラノ・鳥木弥生が、過労のためか急に声が出なくなったそうでキャンセル。鳥木は急いで代役を探したそうですが、彼女の同級生である砂川涼子に連絡したら偶然スケジュールが空いていて、また鳥木が歌う予定だった「メフィストフェレ」のアリアが砂川のレパートリーだったということもあって、急遽出演。

 ということで、鳥木・伊藤が出演できなかったのは残念でしたが、その代わりに砂川・押川の声が聴けてとてもよかったです。

 プログラムは前半は真面目にオペラの音楽。後半はぐっと砕けた歌謡曲や民謡などの組み合わせ。今回は「翔びこえて」というお題を主催者から貰ったそうで、その線での選曲を意識されたとのこと。「鳥の歌」と「女心の歌」はまさに飛ぶ鳥と風に飛ばされる羽根ですし、「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」も、女性の間を飛び回っているケルビーノをからかう曲ですから、そこもお題通り。二重唱ではホセとミカエラの二重唱が、故郷の母のところに飛んでいきたい気持ちが入っています。後半も「昴」、「メドレー」、「勿忘草」もそれを意識した選曲でした。

 演奏に関しては実質的な主宰者、山口佳子が責任感からかしっかりした歌で素晴らしい。「鳥の歌」はディミニエンドの美しさが特に光ります。砂川涼子のマルゲリータのアリアは砂川が十分準備して歌えばもっと素晴らしいものになったのではないかとは思いましたが、合わせ1回であのレベルで歌ってくれたというのはBrava!というべきものでしょう。与儀巧は、今回は喉に若干違和感があったようで、高音にざらつきがあったのが残念ではありましたが、「女心の歌」はきっちりまとめたというところ。押川のフィガロは彼の当たり役のひとつということもあってもちろん素晴らしい。ソロのアリアは皆聴き応え十分でした。

 二重唱は、鳥木・伊藤のコンビで予定していた「ドン・キ・ショット」の二重唱は歌われず、その代わりにフィガロの結婚の冒頭のフィガロとスザンナの二重唱。こちらをスザンナを持ち役とする山口佳子とフィガロ大得意の押川浩士でしっかりまとめました。また、ホセとミカエラの二重唱は、日本一のミカエラ歌いである砂川涼子と与儀巧のコンビ。こちらも与儀が微妙に不安定でしたが、砂川はもちろん最高レベルの歌。大満足です。

 前半最後はオペラの合唱曲でもっとも有名といっても過言ではない「行けわが想いよ」。こちらを4人で歌いましたが、バスが響く、響く。この曲は途中までユニゾンで進み、そこから、女声がいっぱいに分かれるので、誰がどこを歌っているのかは明確ではなかったのですが、内声はほとんど聴こえず、ソプラノとバスだけが響いていた印象です。

 後半はまず「昴」がいい。クラシックの歌手にとって歌謡曲やポピュラーソングは全然難しくはないのですが、それでも歌心溢れてBravo。砂川涼子と与儀巧は彼らの出身地である沖縄現代民謡を披露していい感じ。次にお楽しみコーナーということで、歌謡曲&アニソンメドレー。砂川涼子が歌う「宇宙戦艦ヤマト」が聴けるとは思いませんでした。そして、山口佳子はオリジナルのイタリア語でヴォラーレを楽しそうに歌い、最後はテノールがソロで歌うことが多い「勿忘草」を合唱で。アンコールはオペラとは全く違う尾崎紀世彦の歌った「また逢う日まで」。

 楽しい曲の連続でした。

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鑑賞日:2023年8月13日

入場料:A席 1F22列25番 4000円

主催:荒川区民オペラ

荒川区民オペラ公演

オペラ2幕 日本語字幕付原語(イタリア語)上演
ドニゼッティ作曲「愛の妙薬」
(L'elisir d'amore)
台本:フェリーチェ・ロマーニ

会場 サンパール荒川大ホール

スタッフ

指揮 小崎 雅弘
管弦楽 荒川区民交響楽団
合唱 荒川オペラ合唱団
合唱指揮 新井 義輝
バレエ 荒川オペラバレエ
演出 澤田 康子
照明プラン 稲葉 直人
振付 秋山 まみえ
音響 山崎 英樹/若林 紀子
舞台監督 野本 広揮

出演者

アディーナ 大井川 由実
ネモリーノ 新海 康仁
ベルコーレ 野村 光洋
ドゥルカマーラ 三神 祐太郎
ジャンネッタ 井出 千尋

感 想

若手の成長に期待しよう‐荒川区民オペラ「愛の妙薬」を聴く

 かつての荒川区民オペラの印象は合唱の鍛え方の足りない舞台でした。立川オペラのように市民オペラでも鍛えられた合唱を聴かせてくれる団体がある中、荒川区民オペラはありていに申し上げれば全然歌えない合唱団という印象が強かったです。そんなわけで、今回は合唱にはまったく期待しないで伺ったのですが、その予想はいい方に外れました。合唱、上手でした。合唱、とても上手でした。この理由としては男声に合唱助演が多数入ったこと。そのメンバ-も新国立劇場や二期会合唱団でバリバリに歌っているような人たちで、その方たちが本来のテノールメンバー、バスメンバーのそれぞれ2倍入っているのですから合唱が安定しないはずがない。この男声パートに女声が乗るわけですから、混声合唱はどこをとってもとても素晴らしい響き。一方で、女声だけになると皆さんどこか不安になるのか、パート間のずれがあったり遅れる人がいたりというのは相も変わらず。それでも過去のこの合唱団のレベルをしているものとすれば格段の成長です。素晴らしいと思います。

 一方で、オーケストラは今イチでした。「愛の妙薬」のオケパートはそんなに難しく書かれていないので、歌唱部分の伴奏はまあまあいいのですが、オーケストラが裸になる部分がかなり弾けていない印象。もちろん上手な人もいるのでしょうが、アンサンブルとしてまとまっていない感じ。指揮者の小崎雅弘も苦労して合わせている感じがしました。例えば序曲。この作品の序曲はアレグロで始まって、ラルゲットになってそれからアルグレットになって終わり、そのスピードで合唱が入るというスピード感で書かれているのですが、最初のアレグロに全く疾走感がなく、続くラルゲットも非常に重くなっていて、「愛妙」という作品の持つ軽やかさがスポイルされている。次のアレグレットも遅く、そのスピードで合唱には繋がれず、合唱が入ったとたんに伴奏のスピードが上がるという感じでした。こういうスピードになったのはオーケストラのメンバーの技量が本来期待されるスピードについて行けないので、必然的に遅くなってのではないかと思いました。

 一方若手中心のソリストたちは全般によかったと思います。

 アディーナを歌った大井川由実は初めて聴くソプラノ。二期会オペラ研修所第66期マスタークラスをこの春卒業したばかりの新進のようです。全体的に丁寧な表現できっちり歌っていた印象です。本格的なオペラデビューのようで、かなり緊張されていたようですが、それでもアディーナのツンデレの感じもしっかり見せていましたし、「受け取って」のアリアは情感が籠っていていいと思いました。もちろん若手だけあって課題も多く、一番の課題は線の細さだと思います。声量が不足傾向で、張らないとなかなか客席まで届かない感じです。それが緊張のなせるわざであればいいのですが、余裕のない声の出し方をしている感じで、そこの改善は課題でしょう。また、表現は一般にあっさりとしていて、例えば「ラ・ラ・ラ」の二重唱などはもう少し踏み込んだ濃厚な演技を期待したいところです。とはいえ、明らかに期待の星であり、次回聴く機会ができたときに成長がみられるといいと思います。

 ネモリーノの新海康仁。今回のメンバーの中の一番のベテランだと思います。ベテランだけあり全体を見渡して歌っている感じはしましたが、その分、所々不安定なっところが見受けられました。基本的には柔らかい表情を終始続けており、それが新海ネモリーノの優しさとなっていたのかなと思います。ただ、所々でその緊張が破れるところがあり、そうすると音程も表現も緩んでしまうのでしょう。それでも一番の聴かせどころであるロマンツァ「人知れぬ涙」は抑制された表情の中に、しっかりとしたダイナミクスがあって、情感の表現が見事だったと思います。十分ベテランの責任を果たしました。

 ドゥルカマーラの三神祐太郎。この方も初めて聴く方だと思いますが、声量が十分あり歯切れもよく、バッソ・ブッフォとしての立ち位置には更に検討の余地はあると思いますが、素晴らしい演奏だったと思います。登場のカヴァティーナ「お聞きなさい、村の衆」は、「えー、えー」のところはもっと困惑した表情を出すべきだと思いますが、それ以外は本当に素晴らしい。この曲は事故が起こりやすい曲で歌詞を噛んだりすることもあるのですが、そういうこともなく、まとめたのが素晴らしい。その後も彼が絡むところはみんな面白く聴かせて貰い、楽しむことができました。それでも第二幕のアディーナとの二重唱「何という愛かしら!」などは、アディーナも踏み込み不足なのですが、ドゥルカマーラももう一つ入っていけない感じもあって、二人の落差に由来するおかしさがそれほど感じられなかったのはちょっと残念だったかもしれません。

 ベルコーレ役の野村光洋。全体的におかしく見せようとして上滑りしている感じがしました。登場のアリアである「愛らしいパリスのように」からしてそうで、他が全体的に抑制的に動いている中、ベルコーレだけ頑張りすぎた印象がありました。

 ジャンネッタは合唱をリードする役柄ですが、これまた若手の井出千尋が溌溂と歌って良かったです。

 澤田康子の演出はオーソドックス。市民オペラの舞台ですからこれぐらいが丁度いいと思いました。

 以上、舞台上は細かくは色々あったけれども、全体的にはよくまとまっていて、音楽的にも十分満足できるレベルの舞台だったと思います。オーケストラが良ければもっと満足できただろうにと、それが一番残念です。

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鑑賞日:2023年8月15日

入場料:自由席 4000円

主催:オペラ工房アヴァンティ

オペラ工房アヴァンティ第10回公演

オペラ2幕 日本語字幕付歌唱原語(ドイツ語)、語り日本語上演
モーツァルト作曲「魔笛」
(Die Zauberflöte)
台本:エマーヌエル・シカネーダー

会場 みどりアートパーク

スタッフ

指揮 奥村 泰憲
ピアノ 河崎 恵
フルート 堀之内 啓子
合唱 アヴァンティ合唱団
語り 江頭 隼
演出 角 直之
照明 Light Vision
衣裳 有限会社マーガレット
音響 桑原 理一郎
舞台監督 しげ(1coin!)

出演者

ザラストロ 植村 憲市
夜の女王 長谷川 彩乃
タミーノ 富澤 祥行
パミーナ 刈田 享子
パパゲーノ 楢崎 まさひろ
パパゲーナ 石井 揚子
モノスタトス 坪内 清
侍女1 藤本 恵美子
侍女 船津 え莉
侍女 日比野 智恵子
童子1 後藤 綾音
童子 大山 友美
童子 五十嵐 もも
弁者 阿部 大輔
僧侶2/武士1 酒井 雅弘
僧侶1/武士2 鈴木 淑博

感 想

重唱のバランス‐オペラ工房アヴァンティ第10回公演「魔笛」を聴く

 プロの歌手として一定の活動実績のある方と、アマチュアの歌手の混成部隊による上演。皆さん一所懸命頑張っていらしたと思いますが、歌手のレベルが様々で、全体としてはイマイチの上演と言って差し支えないでしょう。

 まず良かったのがパミーナを歌われた刈田享子。刈田はドイツ語オペラ初出演で、ドイツ語が身体になじむまで大変だったと言っていましたが、歌そのものはしっとりした素敵なパミーナ。パパゲーノとの二重唱、「愛を感じる男の人達には」も第二幕の悲しみのアリア「ああ、私にはわかる、消え失せてしまったことが」もやや安全運転のきらいはありましたが、十分素敵な音色に響かせていました。

 富澤祥行のタミーノもなかなかのもの。「何と美しい絵姿」はやや押し気味の声で、もう少し響きをうまく使って広がりを感じられた方がいいと思いましたが、しっかりと歌われており立派。その後の重唱はアリアのように押すことはなく、いい感じで歌われていました。

 楢崎まさひろのパパゲーノもいい。「おいらは鳥刺し」から「パ・パ・パ」の二重唱に至るまで、安定しており、響きの使い方も上手くいい感じのパパゲーノ。また「パ・パ・パ」で一緒に歌った石井揚子のパパゲーナもとてもいい。溌溂とした「パ・パ・パ」になっていました。

 忘れていけないのは坪内清のモノスタトス。綺麗な声のテノールで、すっきりと重唱に絡んでくるのがいい。またアリア「誰でも恋の喜びを知っている」がスピードはしっかりあるのに上滑りすることのない歌でよかったです。

 一方、侍女の三重唱はアンサンブルとしては嵌っていて決して悪いものではなかったのだけれども、歌に攻める感じがなかったのが残念でした。第一幕のタミーノの美しさに驚く場面は熟女の妖艶さが欲しいところです。こういうところが演技経験の少ないアマチュアの入っている限界なのかなと思います。童子の三重唱は、こちらは本当に子供が歌うことも少なくないので難しい音楽ではないのですが、皆さんちゃんと歌っていたと思います。

 長谷川彩乃の夜の女王。コロラトゥーラのハイFは出ていたようですが、逆に言えばそこだけが上手くいって、他は全然なっていない歌。夜の女王は、第一アリア「ああ、怖れおののかなくてもよいのです、わが子よ!」も第二アリア「復讐の炎は地獄のように我が心に燃え」も激しい気持ちが込められた歌で、中低音の歌詞が歌われる部分では、気持ちをしっかりと込めなければ格好がつきません。しかし長谷川は中低音が全然ふわふわで全然聴き応えがない。これでは話になりません。

 ザラストロの植村憲市も買わない。彼は低音の響きはしっかりしているのですが、そこだけに注力している感じで、中高音は美しくなく、音が明らかに下がっているところもありました。結果としてザラストロの温かみのある威厳を感じさせる歌ではなく、むしろ悪人のように聴こえてしまいました。

 弁者、僧侶、武士の歌唱。アマチュアの歌でした。どうしても響きが乏しく、もう少し聴こえて欲しいところです。

 河崎恵の伴奏はミスタッチもありましたが、頑張りました。フルートの堀之内啓子は「魔笛」を吹いたのは初めての様子です。ポイントポイントの聴かせどころが上手くいっていないところが多く、残念でした。

 角直之の演出は、子供部屋で読み聞かせする父親と子供たちの物語。お休みのパジャマ姿の子供に父親が「魔笛」のお話を読み聞かせするスタイル。そのため、台詞部分は全部語り役の江頭隼が声色を使って演じました。子供部屋からメルヘンの世界に移るのは、プロジェクション・マッピングをうまく使った東京二期会の宮本亜門の演出を思い出しますが、角はそこからインスピレーションを貰ったのかなと思いました。舞台の一貫性という観点からはとてもいい演出だったと思います。ただ、演奏者のレベルに差がありすぎ、またミスもあり、全体としては満足できなかったというのが本当のところです。

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鑑賞日:2023年8月19日

入場料:自由席 3500円

主催:オペラカフェマッキアート58

小暮沙優×横内尚子デュオコンサート

会場 マリー・コンツェルト

出演者

ソプラノ 小暮 沙優
ソプラノ 横内 尚子
バス・バリトン 山田 大智
ピアノ 村上 尊志

プログラム

作曲 作品名/作詩 曲名 歌手
ドニゼッティ 歌曲集「ポジリポの夏の夜」 天の愛の声 小暮 沙優/横内 尚子
ドニゼッティ 歌曲集「ポジリポの夏の夜」 まなざしと声 小暮 沙優/横内 尚子
山田 耕筰 北原 白秋 曼殊沙華 小暮 沙優
山田 耕筰 北原 白秋 六騎 山田 大智
木下 牧子 北原 白秋 ほのかにひとつ 横内 尚子
中山 晋平(岩河智子編曲) 島村 抱月/相馬 御風 カチューシャの唄 小暮 沙優
木下 牧子 まど・みちお おんがく 横内 尚子
木下 牧子 やなせ たかし 誰かが小さなベルを押す 小暮 沙優/横内 尚子
休憩   
ドニゼッティ 愛の妙薬 アディーナとドゥルカマーラの二重唱「楽しそうに行っちゃったわ~何という愛!」 横内 尚子/山田 大智
ドニゼッティ アンナ・ボレーナ アンナのアリア「私の生まれたあのお城」 小暮 沙優
ドニゼッティ ドン・パスクワーレ ノリーナのアリア「あの騎士の眼差しは」 横内 尚子
ドニゼッティ マリア・ストゥアルダ マリアとタルボの二重唱「バラ色の光が私に」 小暮 沙優/山田 大智
オッフェンバック ホフマン物語 アントニア、アントニアの母、ミラクル博士の三重唱「ああ!私の心をかき乱すこの声」 小暮 沙優/横内 尚子/山田 大智
アンコール   
岡野 貞一(岩河智子編曲) 高野 辰之 ふるさと 小暮 沙優/横内 尚子/山田 大智

感 想

木下牧子とドニゼッティの接点-オペラカフェマッキアート58「小暮沙優×横内尚子デュオコンサート」を聴く

 二期会オペラ研修所第58期、牧川修一クラスのメンバー組織されたオペラカフェマッキアート58は毎年様々な公演を行ってきていますが、エポックメイキングな演奏は、2019年のドニゼッティ「女王三部作」連続上演と昨年の木下牧子「不思議の国のアリス」の上演でしょう。2019年の「女王三部作」は、最初の「アンナ・ボレーナ」は残念ながら伺えなかったのですが、「マリア・ストゥアルダ」と「ロベルト・デヴリュー」は、新宿のガルバホールで楽しく拝見させていただきました。また、昨年の「不思議の国のアリス」も若い歌手たちがたくさん出演されて素敵な舞台を見せていただきました。このふたつの舞台が成功したのは出演者の皆さんがよかったのことは言うまでもありませんが、しっかりフォローした事務局あってのことです。その事務局の一員が小暮沙優と横内尚子です。

 小暮と横内にとって木下牧子とドニゼッティは特別な作曲家だということが分かります。そして過去の振り返りと将来への展望を考えるうえでのプログラミングを行った、ということなのでしょう。

 さて演奏ですが、最初の2曲が「ポジリポの夏の夜」から2曲。「ポジリポ」は全部で12曲の曲集でその内6曲が二重唱曲です。そんな訳で女声の二重唱では時々取り上げられます。私はこれまで6曲中4曲は聴いたことがあるのですが、今回の2曲が過去聴いた曲とは重複しておらず、これでコンプリートになりました。1曲目は横内がメロディーを小暮がアルトパートを歌ったのですが、小暮は意識して小さくしていたのかもしれませんが、もう少しアルトパートが聴こえたほうが重唱としてのバランスが良くなると思いました。また小暮は音をやや低めで感じていたようで、ここももう少し高いところで感じたほうが、もっと素敵なハーモニーになったような気がします。2曲目は小暮はメロディー、横内がオブリガートを歌ったのですが、こちらはいいバランス。素敵な共演を楽しみました。

 日本歌曲は「曼殊沙華」の「ぼんしゃん、ぼんしゃん」の寂しげな感じが小暮の深い声によく合っていて素敵。次いでゲストの山田大智。こちらも山田耕筰の代表作のひとつである「六騎」。方言で書かれていて何を歌っているかは全然分からないのですが、低音男性の声で歌われると曲の持つ幻想的な雰囲気が、ちょっと恐ろしくもあります。そして、同じ白秋の詩に付けた木下牧子の歌曲。こちらは歌詞が白秋のモダン趣味で書かれていて、木下牧子の曲風も素敵。それを横内尚子の明るい声で歌われると、前曲がモノクロームだったのが急にパステルカラーに変わったようで良かったです。

  次いで、「カチューシャの唄」。今回は岩河智子による編作曲作品。岩河はピアノパートを立てる見事な編曲で、小暮はそれをしっとりした感じで歌い上げ、とてもよかったと思います。次の「おんがく」は合唱曲から編曲された歌曲。合唱では何度も聴いていますが、素敵な曲です。そして、前半最後は木下牧子の女声合唱曲。こちらも聴いたことはあるのですが、楽譜は見たことがないのでよく分からないのですが、元々同声二部で書かれた作品かも知れません。こちらについてもアルトパートがもう少し響いたほうがいいと思いました。

 後半はオペラアリアと重唱曲。「あの騎士の眼差しに」は若いソプラノがよく歌いますが、他の曲はコンサートピースとしてはなかなか珍しい。その積極的な選曲にまずBravoを申しあげたい。そして、歌唱の内容も素晴らしい。最初の「愛の妙薬」のアディーナとドゥルカマーラの二重唱は、有名な「人知れぬ涙」の前に歌われるコミカルな重唱で、ここで盛り上げてしっとりと「人知れぬ涙」に繋ぐといい感じなのですが、今回の横内山田コンビはこのコミカルな明るさに溢れていてとてもいい。1週間前に荒川で「愛の妙薬」を聴いたばかりですが、あの時の大井川由実と三神祐太郎のコンビより、今回の横内/山田のコンビの方が私はいいと思います。

 次いで、「アンナ・ボレーナ」の狂乱の場。これはこの作品のフィナーレで歌われる長大なアリアでシェーナがあってロマンツァがあってカバレッタがあるという構成で、それぞれ表情をどんどん変えなければならない難曲です。小暮沙優は2019年このアンナ役を歌っている訳ですが、流石に全編を勉強したけあって、素晴らしい歌唱。唯惜しむらくは彼女の性格もあると思いますが、狂い方が静か。もっと狂乱ぶりを見せたほうがこの曲にはあっているのではないかという気がしました。次いで、横内による「あの騎士の眼差しに」。横内がこの曲を歌うのを聴くのは二度目になりますが、前回よりも高音の張りがしっかりあってきらびやか。とっても素敵なノリーナになっていました。

 マリア・ストゥアルダとタルボの二重唱。こちらも長大な二重唱ですが、小暮/山田ともにしっかり歌われていて素晴らしい。「狂乱の場」と比較すると落ち着いた色合いの曲で、小暮の雰囲気にはより似合っているのではないかと思いました。最後がこれまた珍しい「ホフマン物語」。二人のソプラノとバリトンによって歌われるとなるとなかなか適当な曲がないのでこの曲になったと思いますが、張りがあってきらびやかな横内の声、しっとりと落ち着いた小暮の声、そして低音をしっかり支える山田の声とまさに三人にぴったりの組み合わせ。よくこの曲を見つけてきたものだと感心しました。

 以上後半はドニゼッティを中心に五曲が取り上げられましたが、「あの騎士の眼差しに」を除けば、どれも15分近くかかる曲ばかり。非常にボリューミーな内容で彼女たちの覚悟が見えました。

 以上、素晴らしい準備の横内尚子はBrava.一歩引いた感じの小暮沙優はもう少し自分を前面に出しても良かったのではないかという印象。ゲストの山田大智は素晴らしかったの一言。村上尊志の素晴らしいピアノもあって、Braviな演奏会だったと申しあげられます。大満足でした。

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鑑賞日:2023年8月20日

入場料:自由席 3000円

主催:エルデ・オペラ管弦楽団

エルデ・オペラ管弦楽団第14回演奏会

オペラ3幕 日本語字幕付原語(イタリア語)上演、演奏会形式
プッチーニ作曲「トスカ」
(Tosca)
台本:ルイージ・イッリカ/ジュゼッペ・ジャコーザ

会場 かつしかシンフォニーヒルズ モーツァルトホール

スタッフ

指揮 松下 京介
オーケストラ エルデ・オペラ管弦楽団
合唱 エルデ・オペラ合唱団
合唱指揮 諸遊 耕史
舞台監督 し阿部 浩昭/岸本 伸子

出演者

トスカ 小林 厚子
カヴァラドッシ 寺田 宗永
スカルピア 斉木 健詞
アンジェロッティ 千葉 裕一
堂守 志村 文彦
スポレッタ 黒田 大介
シャルローネ・看守 龍 進一郎
牧童 榎本 仁子

感 想

スカルピアの意味‐エルデ・オペラ管弦楽団第14回演奏会「トスカ」を聴く

 一言で申し上げれば、素晴らしい演奏会だったと思います。私が最近の「トスカ」で印象深く覚えているのは2021年の新国立劇場の舞台なのですが、その時のトスカ役、キアーラ・イゾットンとは全然違うアプローチですが、小林厚子のトスカ像をしっかり示してくれたと思います。小林のトスカに関しては本年1月の藤原歌劇場の本公演でも聴いていますが、その時も小林に関しては流石の演奏だったのですが、今回の方がいい出来。聴き応えがありました。

 小林のトスカ。1月の演奏と今回の演奏ではもちろん演技が少ない分(今回は演奏会形式というふれこみですが、歌手は暗譜で演技付きで演奏しました)意識が音楽に集中できたということはあると思いますが、スカルピアとの関係が今回の方がいい感じだったということが大きいと思います。藤原公演では、スカルピアを折江忠道がやったわけですが、折江は年齢的にスカルピアをスカルピアらしく歌うには無理があり、それでも第二幕は頑張っていましたが、限界があったということだと思います。小林はそれとは上手な距離感で歌唱・演技をしていたとは思いますが、「トスカ」の第二幕はトスカとスカルピアの関係性の中で進むので、スカルピアがよくないとトスカも輝かないということはあると思います。

 もちろんイゾットンのように女優として優れていれば、トスカだけであるレベルにもっていくことは可能ですが、日本のオペラ歌手で俳優と同じレベルで演技しかつ歌唱できる人は一人もおらず、やはり音楽を通した関係性の中で盛り上げていくしかないのだろうと思います。その意味で今回の「トスカ」ではスカルピアがとてもよかった。

 斉木健詞のスカルピア。実に素晴らしいアプローチ。斉木は渋い二枚目だと思いますが、今回のスカルピア、悪相を前面に出し、いやらしい雰囲気を維持しながら登場から死に至るまでを歌って見せました。何といっても第一幕の「テ・デウム」が悪さをよく示す素晴らしい歌で、迫力十分で第二幕への期待が持てたわけですが、第二幕も更にいやらしさを示してトスカを虐める歌唱。それに反応するトスカももちろん立派で、この第二幕の前半の二重唱は今回の白眉だったと申し上げましょう。そして、「歌に生き、愛に生き」。前半が苛酷だからこそ、この曲の「Vissi d'arte」とピアニッシモで入る時、心に染み入るものがあったのでしょう。そして、トスカがナイフでスカルピアを殺すまで間然としない歌唱で素晴らしかったと申しあげます。

 寺田宗永のカヴァラドッシ。きっちり歌われていましたが、歌手としての線の細さが目立ちました。第一幕の名アリア「妙なる調和」もっとたっぷりしていたほうが聴き応えがあります。また第一幕では細々した下降跳躍などで、跳躍の最初の音が聴こえなくなったりはしており、この辺がもっと響いてくれるといいのにな、とは思いました。それでも第二幕になると、小林トスカの力量と斉木スカルピアの悪役の凄みに触発されたか、かなりいい感じで歌っており、その辺も第二幕が良かった要因かもしれません。

 その他の脇役では新国立劇場でも2回連続堂守を演じている志村文彦の堂守。雰囲気がよく出ていて流石の歌唱・演技。この役では第一人者と申しあげるべきかもしれません。また1月の藤原公演でもシャルローネを歌った龍進一郎もよく、アンジェロッティ、スポレッタを歌った千葉裕一、黒田大介も自分の役割を果たしたと思います。尚、牧童を歌われた榎本仁子。本来牧童は陰歌で歌われる役柄ですが、今回は舞台に登場しての歌唱。それはいいのですが、そうであればもっと控えめな歌の方が良かったと思います。

 松下京介の指揮するエルデ・オペラ管弦楽団は、テクニカルなミスはいくつかありましたが、迫力のある音をしっかり作っており、立体的な音響が素晴らしい。藤原本公演はオーケストラは割と淡白だった印象があり、今回ぐらいの迫力があった方が作品の味わいが上がります。

 有志による合唱も良かったですが、惜しむらくは児童合唱が入らなかったこと。女声がその分カバーしていた訳ですが、童声と女声は音の質が違います。ここまでいい演奏になったのだからこそ、児童合唱が入らなかったのが残念です。

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鑑賞日:2023年8月23日

入場料:自由席 4500円

主催:公益財団法人日本オペラ振興会

日本オペラ協会公演

日本オペラ・日本歌曲連続演奏会 第72回 第1夜

会場 渋谷区総合文化センター大和田 伝承ホール

出演者

ソプラノ 家田 紀子
ソプラノ 岡田 美憂
ソプラノ 沢崎 恵美
ソプラノ 芝野 遥香
ソプラノ 中井 奈穂
ソプラノ 福田 亜香音
メゾソプラノ 星 由佳子
メゾソプラノ 松原 広美
メゾソプラノ 松尾 有香
テノール 角田 和弘
テノール 濱田 翔
テノール 松原 悠馬
バリトン 森口 賢二
バス・バリトン 山田 大智
ピアノ 本橋 亮子
ピアノ 渕上 千里

プログラム

作曲 作品名/作詩 曲名 歌手 ピアノ
中田 喜直 サトウ ハチロー とんとん友だち 岡田 美優/福田 亜香音/松原 悠馬 本橋 亮子
中田 喜直 サトウ ハチロー 夕方のお母さん 岡田 美優/福田 亜香音/松原 悠馬 本橋 亮子
中田 喜直 小林 純一 はなのおくにのきしゃぽっぽ 岡田 美優/福田 亜香音/松原 悠馬 本橋 亮子
中田 喜直 谷川 俊太郎 だれも知らない 松原 悠馬 本橋 亮子
中田 喜直 茶木 茂 めだかの学校 きのした ひろこ/会場の全員 渕上 千里
中田 喜直 まど みちお ペンギンちゃん 丸尾 有香 渕上 千里
中田 喜直 佐藤 義美 せみのうた 濱田 翔 渕上 千里
中田 喜直 サトウ ハチロー べこの子うしの子 星 由佳子 渕上 千里
中田 喜直 芝山 かおる(補作:サトウ ハチロー) かぜさんだって 丸尾 有香 渕上 千里
中田 喜直 内村 直也 雪の降るまちを 濱田 翔 渕上 千里
中田 喜直 サトウ ハチロー ちいさい秋みつけた 星 由佳子 本橋 亮子
中田 喜直 清水 みのる 鳩笛の唄 松原 悠馬 本橋 亮子
中田 喜直 小林 純一 おひるねしましょう 沢崎 恵美 本橋 亮子
中田 喜直 サトウ ハチロー わらいかわせみに話すなよ 角田 和弘 本橋 亮子
中田 喜直 江間 章子 夏の思い出 家田 紀子 本橋 亮子
休憩    
中村 透 キジムナー時を翔ける フミオのアリア「ウスクよウスク、教えてほしい」 福田 亜香音 本橋 亮子
信長 貴富 山と海猫 かえるでのアリア「石ころのバラッド」 芝野 遥香 渕上 千里
伊藤 康英 ミスター・シンデレラ 薫のアリア「ときめいて、今」 岡田 美優 本橋 亮子
伊藤 康英 ミスター・シンデレラ 赤毛の女のアリア「偽りの午前零時」 丸尾 有香 渕上 千里
別宮 貞雄 葵上 六条御息所のアリア「春は華やぐ花の宴に」 松原 広美 本橋 亮子
三木 稔 じょうるり 阿波少掾のアリア「降れ、雪よ降れ」 山田 大智 本橋 亮子
三木 稔 静と義経 静のアリア「賤のおだまき」 家田 紀子 本橋 亮子
團 伊玖磨 夕鶴 つうのアリア「さよなら」 沢崎 恵美 本橋 亮子
加藤 昌則 白虎 頼母のアリア「あの白雲を見よ」 森口 賢二 渕上 千里
白樫 栄子 みづち 小太郎のアリア「夕星の歌」 角田 和弘 本橋 亮子
寺嶋 民哉 紅天女 阿古夜のアリア「風と私は同じものである」 中井 奈穂 渕上 千里
寺嶋 民哉 紅天女 一真のアリア「仏を彫らねばならぬ」 濱田 翔 渕上 千里
寺嶋 民哉 紅天女 紅天女のアリア「目覚めよ、己がまことの姿を知れ~まこと紅千年の命の花ぞ今開かん」 星 由佳子 渕上 千里

感 想

日本オペラの発展のために-日本オペラ協会「日本オペラ・日本歌曲連続演奏会 第72回 第1夜」を聴く

 本年の日本オペラ協会の第72回「日本オペラ・日本歌曲連続演奏会」はふたつのテーマで演奏されました。ひとつは今年生誕100年を迎える中田喜直の曲。もう一つは昨年発刊された「日本のオペラ・アリア選集」の中の曲の紹介です。又、本年は「日本オペラ・日本歌曲連続演奏会」が二日間にわたって実施されたのですが、私の聴いた初日は、中田喜直作品は主に童謡や抒情歌が演奏され、オペラ・アリアは13曲演奏されました。「日本のオペラ・アリア選集」は、全部で38曲が収載されているそうですが、昨年の第71回「日本オペラ・歌曲連続演奏会」と、本年の二日間の演奏会で多くの曲が一度は演奏されたようです。  

 日本語で書かれたオペラは既に800本以上あるはずなのですが、再演できている例が少ないこともあって、楽譜が出版されている例がほとんどなく、多くの上演はコピー譜かたまにレンタル譜で演奏されているのが実情だと思います。このような楽譜は入手が難しいので、いい曲があって歌いたいと思っても、現実には難しいという実情がありました。日本オペラ協会総監督の郡愛子はその現状を憂いて、ほぼ120年のとなる日本創作オペラの歴史を踏まえて、山田耕筰の「黒船」から2022年1月初演となる「海と山猫」に至る25作品から38曲を選んで出版しました。  

 出版した以上は歌われなければ仕方がありません。そして、歌われることで更に聴衆を広げ、また新たな歌手に興味を持ってもらうことにもなるので、それはとても大切なことだろうと思います。そういう意図も今回はあったようですが、実際に今回演奏された13曲のうち、「じょうるり」だけが本書に未収載でした。なお、「じょうるり」だけではなく、日本オペラには他にもいっぱい素晴らしい作品があるのですが、この楽譜を出版するにあたっては著作権の問題があったようで、重要な作品でも漏れているものがあるのが実態です(例えば新国立劇場が委嘱して作曲された作品など)。そのような作品についても将来的に第二集という形で出版されればいいな、と思っています。

  演奏ですが、前半はきのしたひろこ、後半は郡愛子の司会で行われました。  前半の童謡、抒情歌については、ほとんどが非の打ちどころがない素晴らしい演奏でした。半分以上は私自身が子供のころよく聴いた曲で、聴いていて凄く懐かしくなりました。「とんとん友だち」なんて60年ぶりに聴いたのではないかしら。ただ、子供の時の記憶って侮れないですね。最初に歌われた若い三人によるメドレー、とても上手だと思うのですが、昔NHK教育テレビの「お母さんといっしょ」で自分が聴いていたのと何かが違う。おそらく彼らは、歌った曲を子供の時にリアルタイムで聴いていないのではないかという気がしました。子供に寄り添っている感じがあまりなかった、ということかもしれません。一方で、子供のころこれらの曲をテレビで聴いていたと思しき私と同年代(実際はちょっと若いと思いますが)の方は上手いですね。沢崎恵美の「おひるねしましょう」とか、角田和弘の「わらいかわせみに話すなよ」なんて、私のノスタルジックな心を呼び起こしてくれて絶品でした。なお、前半最後に歌われた家田紀子の「夏の思い出」はそんなにいいとは思えなかった。抒情歌なのに抒情感が乏しいというか、家田の感じる抒情と私の感じる抒情とに差があるのか、歌の組み立てにどこか歪みがあるように思いました。

 後半は「キジムナー」のフミオのアリアから。若いソプラノによってよく歌われる曲で、2021年の本公演では芝野遥香が、昨年の日本オペラ・日本歌曲演奏会では中桐かなえによって歌われるのを聴いていますが、今年は福田亜香音。福田のぴんと張りのある高音がいい感じで響き、芝野、中桐に引き続きいい歌。第二部の冒頭を飾るのに相応しいと思いました。次いで、芝野遥香によるの「海と山猫」のアリア。この曲は初耳です。信長貴富の合唱曲の雰囲気とはちょっと違った感じ(説明は難しいのですが)を楽しみました。

  続く「ミスター・シンデレラ」二曲。「ミス・シン」は2017年、22年の本公演を両方聴き、昨年の日本オペラ・日本歌曲演奏会でも小田切一惠によって歌われたのを聴いているので、今回が4度目。岡田美憂は今まで聴いた4人の中では一番若い。それもあるのでしょうが、大人の色気がもう少しでたほうがこの曲には相応しいかな。そう思ったのは、次の「赤毛の女のアリア」が色っぽさ十分だったということもあるかもしれません。このブルースを丸尾有香がスリットの入った赤いドレスで太股も露わに歌い踊る姿はお色気満点。歌もとてもいい感じでBravaだったと思います。

 「葵上」の六条御息所のアリア。この曲も昨年田島秀美が歌っているのを聴いているのですが、この曲はメゾ・ソプラノによって歌われる方が曲の魅力を発揮できるようです。松原広美の迫力のある声と十分な中低音はこの曲の持つ不気味な雰囲気とが丁度いい感じで響きました。

  「じょうるり」に関しては拝見したことがまだなく、このアリアも初めて聴きました。山田大智のバス系の響きは素晴らしく、いい演奏ではなかったかと思います。 続く「静と義経」の静のアリア。こちらは2019年の本公演で坂口裕子の静を聴いていますが、今回の家田紀子の歌唱はあまり感心できるものではありませんでした。もっとたっぷりと美しい響きで歌われないとこの曲は魅力が出ないのではないかと思いました。一方、日本語オペラのスペシャリストと申し上げてもいい沢崎恵美の「つう」。さすがでした。これまで何度も歌っていてお手の物なのでしょうが、本当に素敵でした。

 「白虎」のアリアは初めて聴きました。森口賢二の声はいつもながら魅力的。続く角田和弘の「みずち」のアリア。角田の故郷、群馬のご当地オペラで、初演時の小太郎は角田だったそうです。その後も何度も再演され、小太郎と言えば角田と定評があるようです。十八番の曲だけあって、たっぷりと余裕をもって歌われ素晴らしいと思いました。

  最後は「紅天女」からの3曲。この作品は、2020年1月に初演され、幻想的な美しさを楽しんだ記憶がまだ新しい。あの時は阿古夜/紅天女を歌った小林沙羅が素晴らしく、また一真役の山本康寛も頑張っていて、美しい舞台とともに幻想美が見られました。翻って今回の歌ですが、中井奈穂の歌唱はさすがの歌唱。美しく、訴えるものもある。続く浜田翔も丁寧に歌われた印象。そして、クライマックスで歌われる「目覚めよ、己がまことの姿を知れ~まこと紅千年の命の花ぞ今開かん」ですが、こちらは星由佳子が歌い上げて、Bravaをもらっていましたがあのようなけれんみのありすぎるゴリゴリした歌い方はこの曲には似合いません。もっとレガートを大事にして、たっぷりと幻想的に歌う方がオペラの内容を踏まえても絶対に素敵です。その意味で最後は残念でした。

 以上、初耳の曲も含めて楽しみました。今後、日本オペラのアリアは「日本のオペラ・アリア選集」が基本的な楽譜として歌われていくと思いますし、それでいいのでしょうが、最初にも申し上げたように日本オペラには他にも魅力的なアリアがたくさんあります。それらの曲も演奏会等で取り上げられるように、第2集の刊行を期待しておきましょう。

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鑑賞日:2023年8月27日

入場料:自由席 5000円

主催:東京オペラソリストの会

第1回東京オペラソリストの会公演

オペラ2幕 日本語訳詞上演
モーツァルト作曲「魔笛」
(Die Zauberflöte)
台本:エマーヌエル・シカネーダー

会場 東久留米市生涯学習センターまろにえホール

スタッフ

指揮 川井 順一
オーケストラ オペラソリストの会オーケストラ
合唱 The 練馬区オペラ合唱団/東京オペラソリストの会児童合唱団
合唱指導 穂積 磨矢子/大田 翔
演出 今井 伸昭
照明 三木 拓郎
衣裳協力 目黒 康子
舞台監督 南 清隆

出演者

ザラストロ 齋藤 涼平
夜の女王 松本 明子
タミーノ 松原 悠馬
パミーナ 中原 沙織
パパゲーノ 飯塚 学
パパゲーナ 江見 雅衣
モノスタトス 川尻 文太郎
侍女1 武笠 桃子
侍女2 海老沼 千尋
侍女3 小林 規子
童子1 小松 美紀
童子2 長谷川 友恵
童子3 川井 愛永
弁者 三輪 直樹
僧侶2/武士1 根岸 朋央
僧侶1/武士2 片沼 慎

感 想

重唱の距離感‐東京オペラソリストの会「魔笛」を聴く

 今年は「魔笛」に縁のある年のようで、今日で4回目。「魔笛」は聴く機会の多い作品ではありますが、年に4回はこれまで経験がなかったのではないかしら。今回の演奏ももちろん十分と言えるレベルではないのですが、素晴らしい部分もあり、今年拝見した4回の中では一番しっかりした演奏ではなかったかと思います。ちなみに今回上演された「東久留米市生涯学習センター」は、私は初めて伺ったホールであり、オペラを上演するのはかなり珍しいホールだと思います。収容人数は500名だそうで、8割ぐらいの入りでまずは大盛況という感じです。  

 「魔笛」の日本語上演は久しぶりですが、歌詞は明瞭な人とそうでない人が混在していて、そこはちょっと気になるところ。ただ、「魔笛」は台詞で進むオペラなので、歌詞がクリアでなくてもストーリーは分かるし、ドイツ語で歌われても最近は字幕を見ることはほとんどないので、個人的には気になるポイントではありません。ただ、日本語でやる以上、もっと聴きやすい発声・発音を目指すのは大切なことだろうと思います。

 今回はオーケストラ伴奏。フルートやファゴットが1本だったり、トローンボーンがなくなったりと本来の楽譜からの欠落もあったのですが、低音部の欠落が大きな欠点には聴こえませんでした。川井順一の指揮は、序曲の冒頭のアダージョの部分が音楽が進まない感じで、どうなることかと思ったのですが、アレグロに変わったところからはどんどん進み始めたので、まあいいかなというところ。本編が始まってからも「あれ?」と思う部分はありましたし、オーケストラのミスも所々あったようですが、音楽の流れに影響するような大きな問題はなかったと思います。

 歌に関しては玉石混交。まずよかったのはタミーノを歌った松原悠馬。松原は若手の新進テノールですが、若々しい軽い声がタミーノに似合っています。細面の今風の男の子、という感じですがそこもいい。冒頭の登場の部分がちょっと硬かったですが、あとは上々。「絵姿」のアリアが上にすっきり抜けるように伸びていたのが素敵でしたし、その後のアンサンブルの歌唱も立ち位置が明確で、バランスも良かったのではないかと思います。  

 パミーナの中原沙織もまあまあ。彼女は持ち声自身がちょっと重たく、気を付けて歌わないとパミーナの雰囲気を維持できないという感じがあったのだと思います。それを意識してかソロで歌唱する部分はしっかり張って歌うのですが、ビブラートの振幅が広くなってしまい、そこは残念ではありました。とはいえ、パミーナのお姫様の雰囲気はよく出ていましたし、アンサンブルでの嵌り方もいい感じだったので十分満足できるレベルと申し上げてよいでしょう。

 パパゲーノの飯塚学もよかった。登場のアリア「おいらは鳥刺し」はまだテンションが十分上がっていないところで始まったようで、悪い歌ではなかったのですが、会場を自分の雰囲気を自分に持ってくることができるようなものではなかったのが残念。笛のドレミファソが上手くいかなかったので、集中が切れたのかもしれません。またパパゲーノは舞台上で飛んだり跳ねたりして歌うところも多いのですが、ちょっと動きが重たい感じもあり、もっと軽快に動けたほうがパパゲーノらしいとは思いました。しかし、そこ以外はとてもいい歌唱でパパゲーノとしては十分だと思います。アンサンブルの絡み方も良かったです。ちなみに聴かせどころのパミーナとパパゲーノの二重唱、「愛を感じる男の人達には」は全然悪いものではなかったのですが、お互いの距離感が微妙に遠い感じで、もっと寄り添った方が更にいい歌になると思いました。同様に「パ、パ、パの二重唱」も歌の距離感が縮まったほうがよかったかな。

 ザラストロ役の齋藤涼平。東京芸大を卒業したての若手のバスとのことで、役作りが上滑りしている感がしましたが歌は素晴らしい。二つのアリアとも低音が良く響き、それでいて下がりすぎることはなく、しっかりした支えが上に響いて見事でした。アンサンブルもよかったです。

  モノスタトス役の川尻文太郎もよかった。飛んで跳ねて、一番動きが多かった役柄にもかかわらず、息を切らすことなくしっかり歌っていたところが素晴らしい。Bravoです。

 弁者の三輪直樹はいい声で良い歌なのですが、語尾が曖昧になる傾向が歌にも台詞にも。とりわけ台詞で話す部分で多かった。武士と僧侶の二重唱は、根岸朋央のテノールがきれいに響きよかったと思います。

 女官の三重唱。三人が交互に歌うところは、お互い微妙な遠慮があったようで、もっと食いつきが欲しいところ。ハーモニーはとてもよかったと思います。童子の三重唱。こちらもしっかり響いていいハーモニー。ただ、童子3の川井愛永が下で支えている感はあまりなくて、童子1の小松美紀が上から引っ張り上げている印象が強かったです。

 以上はまあよかったと思います。 次に問題の方ですが、論外なのが夜の女王。アマチュアの方のようですが、「いくら何でも」というレベル。ハイFが出ないのは仕方がないとしても、そこに至るアプローチも全然なっていない。母のちょっとメランコリックな愛情を歌う第一アリアも、ザラストロに対する怒りを歌う第二アリアもコロラトゥーラにだけ気が回りすぎていて、その前段のしっかり歌うべきところを歌えていないのは問題です。これはキャスティングも問題でもあり、制作側はしっかり歌える方に出演をお願いするべきでした。

  今回の公演は、「東京オペラソリストの会」という団体が主催で、その団体の会員が歌い、不足分を外部から助演で補うというスタイルで執り行われました。総じて言えることは、助演の方はしっかり歌えていて、内部の方にそこまで実力がないのかな、という感じです。会員が中心になることは当然ですし、大切なことでもあるのですが、全体のバランスや入場料を考えたとき、主要役については歌える方をきっちりキャスティングすべきではないのかな、と思いました。全体的には悪い公演ではなかっただけに惜しまれるところです。

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鑑賞日:2023年9月2日

入場料:自由席 4000円

主催:スタジオグランツ

同級生コンサート「92のキセキ」Zuttomo~since 1992~

会場 王子ホール

出演者

ピアノ 吉澤 奈緒美
ピアノ 宮原 祥子
ソプラノ 丸山 則子
ソプラノ 佐藤 朋子
ソプラノ 砂川 涼子
ソプラノ 諸井 サチヨ
メゾソプラノ 鳥木 弥生
ソプラノ 沼田 真由子

プログラム

作曲 作品名/作詩 曲名 歌手 ピアノ
ヴェルディ ファルスタッフ アリーチェ、ナンネッタ、メグ、クイックリー夫人による「手紙の四重唱」、「アリーチェ、メグ」 砂川 涼子、沼田 真由子、諸井サチヨ、鳥木 弥生 宮原 祥子
ヴェルディ オテッロ デズデーモナの柳の歌「私の母には一人の貧しい女中が」 佐藤 朋子、鳥木 弥生 吉澤 奈緒美
ヨハン・シュトラウス二世 こうもり ロザリンデのチャルダーシュ「ふるさとの調べ」 諸井 サチヨ 吉澤 奈緒美
ヴェルディ アイーダ アイーダとアムネリスの二重唱「この女にまた会うと」 丸山 則子、鳥木 弥生 吉澤 奈緒美
ガーシュウィン ラプソディ・イン・ブルー     宮原 祥子/吉澤 奈緒美
ドヴォルザーク ルサルカ 森の精の三重唱「見てよ、あたしの金髪を~輪になりましょう、踊りましょう」 沼田 真由子/砂川 涼子/丸山 則子 宮原 祥子
ビゼー カルメン カルメンのハバネラ「恋は野の鳥」 鳥木 弥生(4人の合唱付) 宮原 祥子
信長 貴富 高田 敏子 夕やけ 沼田 真由子(6人の合唱付) 宮原 祥子
休憩    
バーンスタイン キャンディード 序曲   吉澤 奈緒美/宮原 祥子
モーツァルト フィガロの結婚 伯爵夫人とスザンナの手紙の二重唱「そよ風に寄せて」 諸井 サチヨ/砂川 涼子 吉澤 奈緒美
プッチーニ 蝶々夫人 蝶々さんのアリア「ある晴れた日に」 丸山 則子/鳥木 弥生 吉澤 奈緒美
プッチーニ 蝶々夫人 蝶々さんとスズキの花の二重唱「桜の枝をゆすぶって」 佐藤 朋子/鳥木 弥生 宮原 祥子
オッフェンバック ホフマン物語 アントニアのアリア「雉鳩は逃げてしまった」 砂川 涼子 宮原 祥子
リヒャルト・シュトラウス ばらの騎士 元帥夫人、オクタヴィアン、ゾフィーのモノローグの三重唱~愛の二重唱「マリー・テレーズ!」 諸井 サチヨ/鳥木 弥生/沼田 真由子 宮原 祥子/吉澤 奈緒美
アンコール    
プッチーニ トゥーランドット カラフのアリア「誰も寝てはならぬ」 全員 宮原 祥子/吉澤 奈緒美

感 想

同級生はいいものだ-「同級生コンサート「92のキセキ」Zuttomo~since 1992~」を聴く

 武蔵野音楽大学1992年入学の同級生8人(ピアノ2人、声楽6人)によるコンサート。基本声楽のコンサートの場合、ソプラノ、メゾソプラノ、ピアノの順に出演者が書かれると思いますが、今回は同級生ということもあり当時の学籍番号順。

 ピアノ科も声楽科も当時はもっとたくさんの学生がいたはずですが、今回は現在現役の演奏家として活動している方が集まったということのようです。このコンサートの開催日が9月2日というのは「92年」組の拘りだし、「キセキ」は、彼女たちのこれまでの30年間の軌跡であり、こうやって演奏活動を続けられることが、あるいは30年経ても集まって演奏会ができるという「奇跡」を意味しているのでしょう。

 今回出演された8人もその立場は色々です。砂川涼子は言うまでもなく日本を代表するプリマ・ドンナであり、鳥木弥生も日本を代表するメゾソプラノ。諸井サチヨは最近は聴く機会がないのですが、かつては新国立劇場など大きな舞台で何度か聴いたことがあります。一方、丸山則子は新国立劇場合唱団のメンバーで、新国立劇場の舞台ではおなじみの方なのですが、ソロを聴いたのは初めて。佐藤朋子は北海道で演奏活動と教育活動を行っているそうで、全く初めてその声を聴きました。沼田真由子もアンサンブルで聴いたことはあるのですが、ソロを聴いたのは初めてだと思います。

 一方、ピアノの二人はかつて連弾で活動をしていたこともあるそうですが今はそれぞれが伴奏ピアニストとして活動中のようです。

 演奏は一言で言えば、「同級生っていいなあ」と思えるもの。今回は声楽家6人はそれぞれ得意なソロ一曲を歌う以外は全部アンサンブル。そのアンサンブルに同級生の味があります。冒頭に歌われた「ファルスタッフ」の四重唱は、かしましいおばちゃんたちが会話するようにどんどん畳みかけるように進めて行かないとその面白さは発揮できません。そういうところの息がいい感じで合っている。だから、聴いていて面白いのだと思います。

 今回、重唱はみんないい感じ。女声の二重唱曲の有名どころは一応やり、更になかなか聴けないルサルカの森の精の三重唱も歌われました。この曲は「ルサルカ」の第三幕で歌われる幻想的な曲ですが、コンサートで歌われるのを聴いたのは初めてです。「ルサルカ」自体がなかなか上演されないオペラなので聴けて素直に嬉しいし、演奏も幻想美があって良かったと思います。

 ソロの演奏について簡単に書けば、「ハバネラ」は言うまでもなくメゾの課題曲で、鳥木弥生であれば申し分ないのは言うまでもないこと。砂川涼子のアントニアのアリアも彼女自身が新国立劇場で歌っている役でもあり、こちらも素晴らしい。佐藤朋子のデズデーモナもいい雰囲気でよかったし、諸井サチヨのロザリンデも存在感がありました。丸山則子の蝶々さんも「流石、日本のソプラノ」という感じで見事。

 その中で私が一番感動したのは一部最後で歌われた「夕焼け」でした。この曲は元々は信長貴富が女声合唱曲集「空の名前」の終曲、第5曲として作曲した作品ですが、混声合唱曲にもソロの歌曲にも編曲されており、今回沼田真由子は歌曲版と女声合唱版の折衷版のようなバージョンを信長貴富の許可を得て作ったそうです。

 信長貴富は混声合唱版の楽譜に「指揮者・浅井敬壹先生が抱き続けていらっしゃる平和への強い祈念が混声合唱版編曲実現の源泉となっている。合唱するという行為は、その祈念を共有することができる喜びそのものであると同時に、今もなお祈念し続けなければいけない現実への絶望を超えていく意志の表明でもある」と書いています。

 沼田がソロを取り、8人全員が参加したこの演奏は、この作曲者が思う祈念が沼田の声に乗り移ったかのように響き、またハミングアンサンブルで参加したメンバーたちの気持ちがそれを後押ししているように聴こえました。30年間のそれぞれの軌跡は違えども、こういうところでの一体感こそがこの演奏の醍醐味なのでしょう。

 ピアノの連弾は、「ラプソディ・イン・ブルー」と「キャンディード」序曲という普通はこういうコンサートでは選ばないもの。

 「ラプソディ・イン・ブルー」は元々二台ピアノ版としてガーシュウィンが作曲したもののうちワンパートをグローフェがオーケストレーションし、更に色々な形に編曲されて演奏されてきました。ただ、オリジナルの二台ピアノ版は録音は残っているようですが、楽譜が残っているかどうかはよく分かりません。おそらく、今回の演奏はピアノとオーケストラの版を2台ピアノ用に編曲したものを使用しているのではないかと思います。ただ、この連弾版、正直申し上げてあまり面白くない。あの曲はクラリネットのグリッサンドで始まって、そういうところにグルーミーなジャジーな香りがするわけですが、ピアノではグリッサンドは絶対できないので、曲の持っているグルーミーな雰囲気を出そうと思えば、演奏者がもっと自由にならないと難しいのかなと思います。別に山下洋輔みたいな破壊的インプロゼゼーションを行うべきとは全然思わないのですが、オーケストラのようなつなげる音を演奏できない以上、それを聴き手に感じさせる何らかの要素がなければ行けなかったのではないかと思いました。

 「キャンディード」の序曲も同じ。オーケストラが演奏するところを四手のピアノでやるわけで、オーケストラのような数々の音の積み重ねによる豊かな響きがないのは仕方がないのですが、その代わりピアノで演奏する「何か」がなければいけないのかな、と思います。私にもその答えを知っているわけではないのですが、結果的にその「何か」を感じられる演奏ではなかったと思いました。

 とはいえ、珍しい連弾曲を聴けたのはよかったです。こういう曲が選択できたのも同級生で、昔から連弾をやっていたからということは当然あると思います。そういう意味ではこのコンビでよかったなと思いました。

 以上、一言でまとめると同級生っていいね、というコンサートでした。

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