オペラに行って参りました-2016年(その1)

目次

有名曲の、オンパレード 2016年1月10日  Voce D'oro Professionale「ニューイヤーオペラガラコンサート」〜名曲はゆとりの香り2016〜を聴く 
取り立てて凄いとは申し上げないけれども 2016年1月24日 新国立劇場「魔笛」を聴く
野田トスカの魅力  2016年1月30日  藤原歌劇団「トスカ」を聴く 
お笑い芸人を見ているだけに 2016年2月6日 東京オペラプロデュース「青ひげ」を聴く
大好きなオペラだけに  2016年2月20日  東京二期会オペラ劇場「イル・トロヴァトーレ」を聴く 
素晴らしき快演 2016年2月21日 新国立劇場オペラ研修所公演「フィガロの結婚」を聴く
演出の勝利  2016年2月28日  新国立劇場「イェヌーファ」を聴く 
何事三度 2016年3月6日 日本オペラ協会「天守物語」を聴く
指揮者の違い、オーケストラの違い 2016年3月12日  新国立劇場「サロメ」を聴く 
バランスの問題かなあ 2016年3月13日 立川市民オペラ2016「ラ・ボエーム」を聴く

オペラに行って参りました。 過去の記録へのリンク

2015年  その1  その2   その3  その4  その5  どくたーTのオペラベスト3 2015年 
2014年  その1  その2   その3  その4  その5  どくたーTのオペラベスト3 2014年 
2013年  その1  その2   その3  その4  その5  どくたーTのオペラベスト3 2013年 
2012年  その1  その2  その3  その4  その5  どくたーTのオペラベスト3 2012年 
2011年  その1  その2  その3  その4  その5  どくたーTのオペラベスト3 2011年 
2010年  その1  その2  その3  その4  その5  どくたーTのオペラベスト3 2010年 
2009年  その1  その2  その3  その4    どくたーTのオペラベスト3 2009年 
2008年  その1  その2  その3  その4    どくたーTのオペラベスト3 2008年 
2007年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2007年 
2006年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2006年 
2005年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2005年 
2004年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2004年 
2003年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2003年 
2002年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2002年 
2001年  前半  後半        どくたーTのオペラベスト3 2001年 
2000年            どくたーTのオペラベスト3 2000年  

鑑賞日:2016年1月10日 
入場料:自由席 4000円

主催:ヴォーチェ ドーロ プロフェッシオナーレ
ニューイヤー オペラ ガラコンサート
〜名曲はゆとりの香り〜

会場:いずみホール

出演者

ピアノ 谷塚 裕美  
ソプラノ    小林 真由美 
ソプラノ    柴山 晴美 
ソプラノ    鐵 由美子 
ソプラノ    西本 真子 
メゾソプラノ    立川 かずさ 
メゾソプラノ    三橋 千鶴 
テノール 浅原 孝夫
テノール 小林 祐太郎
テノール 渡辺 敦
バリトン 笠井 仁
バリトン 和田 茂士


プログラム

 

演奏者 

作曲家 

作品/歌曲名 

1  全員 文部省唱歌  一月一日
2  柴山 晴美 ヘンデル  歌劇「エジプトのジュリオ・チェーザレ」よりクレオパトラのアリア「この胸に息のある限り」
3  立川 かずさ モーツァルト 歌劇「フィガロの結婚」よりケルビーノのアリア「恋とはどんなものかしら」
4  和田 茂士  モーツァルト  歌劇「フィガロの結婚」よりフィガロのアリア「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」
5  鐵 由美子 モーツァルト 

歌劇「魔笛」より夜の女王のアリア「復讐の心は地獄のように胸に燃え」

6  小林 祐太郎  モーツァルト  歌劇「イドメネオ」よりイドメネオのアリア「私のまわりに悲しい亡霊を見ることになるだろう」
7  渡辺 敦 ドニゼッティ  歌劇「愛の妙薬」よりネモリーノのアリア「人知れぬ涙」
8  鐵 由美子 ドニゼッティ   歌劇「ランメルモールのルチア」よりルチアの狂乱の場「優しいささやき〜香炉はくゆり」
9  浅原 孝夫 ドニゼッティ 歌劇「ランメルモールのルチア」よりエドガルドのアリア「先祖の墓」

休憩 

10  立川 かずさ ビゼー  歌劇「カルメン」よりカルメンのハバネラ「恋は野の鳥」
11  渡辺 敦  ビゼー  歌劇「カルメン」よりホセの「花の歌」、「お前のくれたこの花を」
12  三橋 千鶴/小林祐太郎 ビゼー   歌劇「カルメン」よりカルメンのセギディーリア「セビリアの城壁の近くに」
13  笠井 仁  ビゼー  歌劇「カルメン」よりエスカミーリョの闘牛士の歌「喜んで、君たちの乾杯を受けよう」 
14 柴山 晴美  ビゼー 歌劇「カルメン」より、ミカエラのアリア「何を恐れることがありましょう」
15 三橋 千鶴/浅原 孝夫  ビゼー  歌劇「カルメン」よりフィナーレ「あんたね、お前か」 
16 西本 真子  ヴェルディ  歌劇「椿姫」よりヴィオレッタのアリア「ああ、そは彼の人か〜花から花へ」
17  笠井 仁  ヴェルディ  歌劇「オテッロ」よりヤーゴのクレド「無慈悲な神の命ずるままに」
18 小林 真由美  ヴェルディ  歌劇「オテッロ」よりデズデモナのアリア「柳の歌〜アヴェ・マリア」
19 小林 祐太郎 レオンカヴァッロ  歌劇「道化師」より、カニオのアリア「衣裳をつけろ」 
20 西本 真子  プッチーニ  歌劇「蝶々夫人」より、蝶々さんのアリア「ある晴れた日に」
21 和田 茂士 プッチーニ  歌劇「トスカ」より、スカルピアのモノローグ「行け、トスカ」 
22 小林 真由美  プッチーニ  歌劇「トスカ」より、トスカのアリア「歌に生き、恋に生き」

アンコール 

23 全員   ヴェルディ  歌劇「ナブッコ」より、ヘブライ人たちの合唱「行け、我が思いよ、黄金の翼に乗って」

感 想

有名曲のオンパレード-Voce D'oro Professionale「ニューイヤーオペラガラコンサート」〜名曲はゆとりの香り2016〜を聴く

 小林祐太郎主宰の団体のこのガラコンサートを聴き続けて4年になります。今年はオペラ史をざっと眺めて、大体古い順から聴かせようとプログラムを考えたようです。バロック・オペラのヘンデルから始まり、モーツァルト、ドニゼッティ、ビゼー、ヴェルディ、プッチーニと有名曲のオンパレードという感じです。その意味では、まさにお正月らしいガラコンサートといえるわけですが、一方、こういうコンサートは本当に難しい。聴き手が曲を知っているので、良い演奏か、悪い演奏かがすぐに分かってしまう。その意味で、一部の歌手にとっては辛い演奏会だったと思います。

 その代表格は鐵由美子です。鐵は、「魔笛」の「夜の女王のアリア」と「ルチア」の「狂乱の場」を歌ったわけです。これはどちらもコロラトゥーラ・ソプラノの課題曲みたいなもので、鐵は勿論楽譜面は歌えます。「夜の女王のアリア」は最高音を外すのかな、と思って聴いていましたが、もちろんそんなことはありません。譜面だけ見ていれば十分立派な夜の女王です。しかし、十分満足できる夜の女王か、と言えばそうは言えない。中低音部がまとまらない。本人は「夜の女王の怒りを聴いて欲しい」と仰っていましたが、その怒りがヒステリックな感じが強い表現になっていて、私は好感を持つことは出来ませんでした。

 ルチアの狂乱の場もあの10数分を歌いきり、その意味では大したものですが、昨年12月、私は出口正子、佐藤美枝子という日本を代表する二人のルチア歌いの狂乱の場を聴いています。その歌が頭にまだこびりついている。二人の歌い方はそれぞれに特徴があるもので、それぞれ素晴らしかったわけですが、それだけに、鐵の歌は二人には足元にも及ばないことが分かってしまうのです。どこがどう悪いではなくて、全てが磨きが足りない、と申し上げるしかありません。

 しかし、鐵はまだましです。超難曲が上手くまとまらなかったわけですから。挑戦を讃えても良い。しかし、名前は出しませんが、こんな曲何でもっと格好がつかないのだろうと思わせる方が複数名いらっしゃいました。とはいえ、聴いていて素敵な気分になった方も何人もいらっしゃいました。

 ソプラノ陣。まずは柴山晴美。ヘンデル。彼女は、こういうバロックものを歌わせるとすっきりとまとめ上げてとても良い。もう一曲のミカエラのアリアは、女の芯の強さを示すような歌ではないのですが、その分、少女のいたいけな決心を感じさせるような歌になっていて、気に入りました。西本真子は大曲アリアを二曲。どちらも最初から全開で、張り切った歌。彼女の声の強さを堪能できるもの。ただ、張り切りすぎて、メリハリを感じられなかったのが玉に瑕でしょう。

 メゾソプラノは三橋千鶴に尽きます。カルメンの妖艶さがはっきり分かる歌唱。こういうのが板についているというのでしょうね。今回のパフォーマンスでは彼女のカルメンが私にとっての文句なしの一等賞でした。セギディーリアなんかあんな歌い方をされたら、ホセが逃がしてしまうのは無理はないと思いますし、カルメンのフィナーレも本当に立派なものでした。

 カルメンのフィナーレは浅原孝夫の頑張りも素晴らしかったと思います。浅原もこの会で毎年歌われる方ですが、過去3回のいずれよりも今年が良かったと思います。声質が一寸独特で、私の好みでは決してないのですが、パフォーマンスは立派。ホセも良かったし、エドガルドもなかなかの出来、裏歌いのアルフレードだって悪くはなかった。小林祐太郎はカニオ。「衣装を着けろ」、一寸演技が臭すぎて鼻に付きましたが、感情の籠った立派な歌唱でした。

 バリトン陣。和田茂士がよい。フィガロにしてもスカルピアにしても取り立てて特徴的な歌ではありませんでしたが、要所をきちんと押さえていて、聴いていて安心できる歌でした。同じバリトンノ笠井仁も良い。エスカミーリョはごく普通でしたが、ヤーゴは良い。彼は昨年も同じ歌を歌って、聴き手を感心させたのですが、この曲得意なのでしょうね。またまた楽しませて頂きました。

 以上、年の初めのガラパフォーマンスを楽んで家路につきました。

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鑑賞日:2016年1月24日
入場料:5832円、座席:C席 3FL9列3番

主催:新国立劇場

オペラ2幕、字幕付原語(ドイツ語)上演
モーツァルト作曲「魔笛」(Die Zauberflöte)
台本 エマヌエル・シカネーダー

会場 新国立劇場オペラ劇場

指 揮 ロベルト・パーテルノストロ
管弦楽 東京交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 三澤 洋史
演 出 ミヒャエル・ハンペ
美術・衣裳 ヘニング・フォン・ギールケ
再演演出 澤田 康子
照 明 高沢 立生
振 付 伊藤 範子
音響原設計  山中 洋一 
音楽ヘッドコーチ  :  石坂 宏 
舞台監督 斉藤 美穂

出 演

弁者 町 英和
ザラストロ 妻屋 秀和
夜の女王 佐藤 美枝子
タミーノ 鈴木 准
パミーナ 増田 のり子
パパゲーノ 萩原 潤
パパゲーナ 鷲尾 麻衣
モノスタトス 晴 雅彦
侍女1 横山 恵子
侍女2 小林 由佳
侍女3 小野 美咲
童子1 前川 依子
童子2 直野 容子
童子3 松浦 麗
武士1 秋谷 直之
武士2 大塚 博章
僧侶 大野 光彦

感 想 取り立てて凄いとは申し上げないけれども-新国立劇場「魔笛」を聴く

 98年プレミエのハンペの魔笛の通算6回目の再演。おなじみの舞台で、安心して見ていられます。そのせいか、舞台を見ることには心が集中せず、専ら関心は音楽になりました。

 音楽全体として思ったのは「普通だな」ということです。パーテルノストロという指揮者、彼独自の何かがあるという感じではなく、全体として手堅くまとめています。そうなると、「魔笛」を何度も聴いている身としては、「もう少し、何かやってくれよ」という気分になって、何となく物足りなく思ってしまう部分は相当あります。でも、それは、もちろん聴き手の勝手な注文であって、こういう手堅い演奏は、オーソドックスな演出ともよく合いますし、「魔笛」という比較的「初心者向け」とされるオペラにとっても都合が良いのだろうと思います。

 一方、歌手個人個人はかなりレベルの高い歌唱をされていました。特に良かったのが、ザラストロ役の妻屋秀和と夜の女王の佐藤美枝子。この二役はこのオペラの最高音と最低音を担う、どちらもとても重要な役ですが、どちらもザラストロと夜の女王のお手本みたいな、本当に素晴らしい歌唱。

 佐藤美枝子は、元々コロラトゥーラ・ソプラノの日本の第一人者として活躍されてきたわけですが、ここ数年は、その役柄の持つ本質的なところに入り込み、その解釈を絶妙の技術で表現しているように思います。それは、2013年の「オリィ伯爵」におけるアデール役や昨年聴いた「ルチア」などで特に感じたわけですが、今日の夜の女王も、正にその延長線にあるものでした。第一アリアの母親の悲しみの表現。そして、そこからコロラトゥーラに持ち込むところのアプローチ。大抵のソプラノが失敗するこの部分を佐藤は真実を見せる様に表現しました。上手いとしか言いようがありません。第一アリアがここまで歌えるのですから、怒りを表現できれば形になる第二アリアなど、彼女にとっては何の困難もありません。当然のように歌いきりました。文句なくBravaの歌唱でした。

 妻屋秀和も凄い。バス歌手として現在日本の第一人者であることは言を俟たないところですが、それにしても素晴らしい。二つのアリアが良いことは勿論なのですが、アンサンブルが絶妙です。タミーナ、パミーノとの三重唱での低音の支えが実に見事で、出しゃばることは全然ないのですが、こういう風な支えられたら、テノールもソプラノも歌いやすいだろうな、と思わせてくれるようなもの。妻屋の底力を見る思いでした。本当に感心しました。

 この二人は素晴らしすぎたのですが、他の人たちも悪くありません。まず褒めるべきは増田のり子のパミーナ。透明感のあるパミーナ。ヴィヴラートの品が良くて、素直に伸びのある、本当にお嬢様のようなパミーナに仕上がっていました。第一幕のパパゲーノとの二重唱は、一寸素っ気ない感じもしましたが、第二幕の悲しみのアリア、「ああ、私にはわかる、消え失せてしまったことが」は感情に走りすぎない表現でとても良かったと思います。

 萩原潤のパパゲーノもよい。彼は3年前に引き続きの出演で手慣れた歌唱。前回彼のことを私は、「上手です。役者です。今パパゲーノを上手に歌える方は沢山いらっしゃるとは思いますが、歌と演技のバランスが良く楽しく歌えるという点で、萩原は屈指の存在だと思います」と書きましたが、今回も同じ言葉を差し上げられそうです。萩原のパパゲーノは、昨年の二期会本公演の「魔笛」におけるパパゲーノが一寸嵌らない感じだったのですが、今回は演出がオーソドックスで、指揮者も手堅い方だったせいか、萩原の本領を聴けたと思います。

 鈴木准のタミーノは、一寸線の細い感じはありましたが、彼の声自身は、如何にもモーツァルトに相応しい声であって、歌唱も端正で良かったと思います。

 このほか、晴雅彦のモノスタトス、鷲尾麻衣のパパゲーナもそれなりの特徴的歌唱で悪くありませんでした。このようにソロ歌手系は良かったのですが、問題はアンサンブル系。まず三人の侍女が頂けない。それぞれ皆さんソロ歌手としてキャリアの豊富な方ばかりなのですが、アンサンブルになると嵌らない。どうすると、あんなに和音が綺麗に響かないのか。お互いが押し合って、わざわざ不協和音を出しているようにすら聴こえます。軸になる方がいらっしゃらないのかしら。

 二人の武士の二重唱もいただけない。秋谷直之は無理やり歌っているような感じなのに、一方の大塚博章は何か凄く遠慮している感じで全然調和していない感じでした。

 アンサンブルで良かったのは童子の三人組。前川、直野、松浦のトリオは、2009年、2013年に続く三度目のコンビということで、流石に息があっている。そして、彼女たちは、普段は新国立劇場合唱団のメンバーで、アンサンブルを作ることに長けている。そういうことはあるのでしょうが、とにかく、童子の歌はどれもよくハモっていて、とても良かったと思いました。

 演奏全体としては、「物凄く感動した」といった感の上演ではなかったのですが、主要な役の方が皆立派な歌唱を聴かせてくれており、それなりに充実した公演でしたと申し上げましょう。

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鑑賞日:2016年1月30日
入場料:E席、3000円 4階L2列26番 

平成27年度文化芸術振興費補助金(トップレベルの舞台芸術創造事業)
2016都民芸術フェスティバル参加公演
主催:公益財団法人日本オペラ振興会/公益社団法人日本演奏連盟

藤原歌劇団公演

オペラ3幕 字幕付原語(イタリア語)上演
プッチーニ作曲「トスカ」(Tosca)
原作:ヴィクトリアン・サルドゥ
台本:ジュゼッペ・ジャコーザ/ルイージ・イ
リカ

会場 東京文化会館大ホール

指 揮 柴田 真郁  
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱 藤原歌劇団合唱部
合唱指揮 安部 克彦
児童合唱  :  多摩ファミリーシンガーズ 
児童合唱指導  :  高山 佳子 
演 出 馬場 紀雄
美 術 土屋 茂昭
衣 装    小野寺 佐惠 
照 明 奥畑 康夫
舞台監督 村田 健輔
公演監督 折江 忠道

出演者

トスカ 野田 ヒロ子
カヴァラドッシ 村上 敏明
スカルピア 折江 忠道
アンジェロッティ 三浦 克次
スポレッタ 所谷 直生
シャルローネ 党 主税
堂守 柴山 昌宣
看守 坂本 伸司
羊飼い 時田 早弥香

感 想 野田トスカの魅力-藤原歌劇団「トスカ」を聴く

 藤原歌劇団は10年に1回ぐらいの割合で「トスカ」を取り上げていて、前回は2006年でしたから丁度10年前。あの2006年の舞台は、その前の1998年の舞台をそのまま持ってきたもので、演出はマエストリーニ。舞台美術は妹尾河童で、写実的でありながら暗い印象の舞台は、マダウ・ディアツの新国立劇場の華やかな舞台をくすませた感じで、私は好きでした。「トスカ」というある意味非常に暗いオペラに似合っていると申し上げても良いかもしれません。

 今回、新演出ということで、馬場紀雄が担当。馬場の演出と土屋茂昭の舞台美術は、ヴェリズモ・オペラ的な写実的な舞台設計ではなく、ステージ・イン・ステージでやってきました。まあ抽象的舞台。舞台の周囲に階段とドアがあり、中央に若干傾いた円形舞台がある。この円形舞台がストーリーの展開場所になるというスタイルです。このようにすることによって、「トスカ」というヴェリズモ・オペラの血なまぐささが少し解消されたということはあるかもしれません。馬場は、演出ノートにおいて、このオペラの「神」の視線、「祈り」の多さを指摘していますが、それを意識していることは見ていてよく分かりました。「トスカ」のフィナーレは、言うまでもなくトスカの投身自殺ですが、今回の演出では、城壁への階段を上っているところでおしまいになり、飛び降りるところは見せない演出ですが、トスカという「歌に生き、愛に生き」ただけの歌姫が、神のもとに召されるという印象を与えた点まで、確かに馬場の演出は一貫していたと思います。

 この演出において、野田ヒロ子のトスカはとても素晴らしいものでした。一寸暗めで力のある野田の声は、トスカに良く似合っています。彼女の歌唱は、「私がプリマドンナよ」といった感じの押しつけがましさがなくて、ドラマの流れの中に綺麗に入り込んでいるところが良いと思います。「歌に生き、愛に生き」は聴かせ所ですから、もちろん立派ですけど、そこがどんと突出している感じはありませんでした。同じような意味で、第一幕のカヴァラドッシへの嫉妬の示し方や、無邪気な表情の示し方にしても大げさな感じがなくて、それでいて立ち居振る舞いのシルエットが美しく、見応えがありました。Bravaです。

 村上敏明のカヴァラドッシ。村上節全開で、カヴァラドッシを聴いているのではなく、村上敏明を聴いている感じです。高いところはとにかく凄い。「妙なる調和」とか「星は光りぬ」といった有名なアリアにだけではなく、第二幕のカバレッタ風の勝利の凱歌の部分でのアクートは会場からBravoの掛け声がかかりましたが、あの輝かしさは村上ならではというべきもの。ただその分、彼の中低音はそれなりです。カヴァラドッシは英雄的というよりは、ある意味間抜けな役柄ですから、歌も抜けた部分がある方が良いということかもしれません。

 折江忠道のスカルピアは一寸驚きました。折江のスカルピアは10年前の藤原公演でも聴いていて、その役作りの巧みさに感心した覚えがあります。彼のスカルピアは悪役としてきちんと描かれていました。スカルピアはオペラでは悪役ですが、中立に見てみれば、ある政治的立場を代表する官吏ということになる。そういう立場を踏まえた表現をするとカッコいい役にもなりうる。ダメダメ画家のカヴァラドッシよりもずっと魅力的に表現することも可能で、そういったスカルピアも何度も見ています。それに対して折江は、スカルピアを悪役と見せるために表現に気を配り、憎々しげに歌って見せたのです。

 今回の折江は、前回の憎々しげなスカルピアと比べると、小狡いスカルピアに変身したように聴きました。結構軽々と歌っている。憎々しげな表情を前面には出さず、寧ろ軽めに表現するので、スカルピアの造形が一貫しない感じで、一寸戸惑いました。ただ、第一幕のモノローグ、第二幕のモノローグ、共にその人を小馬鹿にしたような感じの表現は、スカルピアの邪な自信をよく伝えていて、こういう表現は面白いな、と思いました。

 その他脇役勢では、何度もこの役を歌っている三浦克次のアンジェロッティは安心して聴くことが出来ましたし、柴山昌宣の堂守は、声の合わせ方がバインダー的で、彼が入ることで舞台が明らかに締まりました。大変良かったと思います。所谷直生のスポレッタも悪くはないのですが、もう少し前面に出ても良いのかな、という印象。党主税のシャルローネはしっかりしていました。 

 第一幕の終わりの「テ・デウム」の部分の広がりは「トスカ」を聴く醍醐味の一つだと思うのですが、ステージ・イン・ステージの関係か今一つ狭い印象。合唱それ自体は良かったです。

 柴田真郁の音楽づくりは、構成感が明確で、ポイントを良く見せるような演奏。ヴェリズモ的で、緊張感がありました。プッチーニの管弦楽法の見事さを前面に出すような演奏で良かったと思います。

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鑑賞日:2016年2月6日
入場料:B席、6000円 1階21列19番 

平成27年度文化芸術振興費補助金(トップレベルの舞台芸術創造事業)
主催:東京オペラ・プロデュース合同会社

東京オペラ・プロデュース第97回定期公演

オペラ3幕 字幕付歌唱原語(フランス語)、台詞日本語上演
オッフェンバック作曲「青ひげ」(Barbe-Bleue)
台本:アンリ・メイヤックとリュドヴィック・アレヴィ

会場 中野ZEROホール・大ホール

指 揮 飯坂 純  
管弦楽 東京オペラ・フィルハーモニック管弦楽団
合 唱 東京オペラ・プロデュース合唱団
合唱指揮 中橋 健太郎左衛門
演 出 島田 道生
美 術 土屋 茂昭
衣 装    清水 崇子 
照 明 成瀬 一裕
舞台監督 八木 清市
プロデューサー 竹中 史子

出演者

青ひげ 及川 尚志
ブロット 菊地 美奈
ポポラーニ 佐藤 泰弘
ボベーシュ王 石川 誠二
クレマンティーヌ王妃 羽山 弘子
エルミア王女 岩崎 由美恵
サフィール王子 新津 耕平
オスカル伯爵 羽山 晃生
エロイーズ 小野 さおり
エレオノール 別府 美沙子
イゾール 沖 藍子
ロザリンド 溝呂木 さをり
ブランシュ 塚村 紫
廷臣アルバレス 白井 和之

感 想 お笑い芸人を見ているだけに-東京オペラ・プロデュース「青ひげ」を聴く

 オペレッタをお客に本当の意味で笑ってもらえるように演奏するのは本当に難しい。テレビの漫才・コント番組を見ていると、いわゆる「お笑い芸人」は、客の笑いを取るために精緻に計算して、何度も練習してタイミングを揃えて出演しています。コンクール系は特にそうです。そういう番組を見ていると、客の笑いを取る大変さを感じます

 翻って、オペレッタを考えた時、歌手たちは笑いをお笑い芸人ほど真剣に考えていないのではないかと思います。もちろん、日本オペレッタ協会を初めとしてオペレッタを真剣に考えて来た団体は沢山あるわけですけれども、多分お笑い芸人の進化の方が早くて、オペレッタはついていけていないのではないか、と思う次第です。勿論、色々な試行錯誤があり、中には、昨年の東京二期会「ウィーン気質」のような明らかな失敗もあるわけです。

 今回の東京オペラ・プロデュースの「オペレッタをどう見せるか」という点に関する新たな取り組みは、島田道生を演出に起用したことです。島田は新感覚夫婦漫才師「島田夫妻」として、テレビのお笑いの世界の厳しさを良く知っている。その経験が、舞台にかなり反映されていると見ました。基本的には、かなりはっちゃけた舞台。ただ、そのはっちゃけ方は、歌手の方たちが頑張って入るものの、完全に消化できているとまではいっておらず、各所で硬さが見られ、残念なところもあったのですが、もっと練習して、自分たちのものとして仕上げられれば、もっと見栄えのする舞台になったのではないかという気がしました。

 それでも昨年の二期会「ウィーン気質」と比べたら、完成度は全然こちらが上です。まず、台詞が全員よく聴こえる。会場が中野ゼロホールという1200席強のホールですがら日生劇場よりは有利ということがあるのかもしれません。しかし、それ以上に上演台本が良くできている、ということがあるのでしょう。また歌唱をフランス語にしたのも成功です。全体的にフランス語っぽく聴こえない、という批判はあるとは思うのですが、日本語の訳の分からない歌詞を聴かせられるより、字幕で見せられた方がずっと分かりやすくてよいです。以上、舞台全体としては改善の余地は沢山あるとは言うものの、十分観客を楽しませるだけのないようにまとまっていました。

 「青ひげ」という作品自体は、名前は知っていましたし、序曲だけはCDも持っています。しかし、全曲を聴いたのは正に今回初めて。「青ひげ」のお話自体はペローの童話でも読んでいますし、バルトークの「青ひげ公の城」は何度も聴いていますから、もちろん親しいものですが、オッフェンバックのパロディ化は半端ではありません。彼は全ての階層をおちょくっており、その馬鹿馬鹿しさは半端ではありません。特に二人の王様の馬鹿馬鹿しさが面白い。

 馬鹿馬鹿しい王様役は及川尚志と石川誠二の二人が務めました。及川尚志は歌は正統派のスピントテノールで、アクートの魅力は本当に素晴らしい。しかし、やっていることは要するに「バカ」でありまして、そのギャップが面白く見れました。もう一人の王様の石川誠二は、歌はあまりないのですが、残忍で我儘な王様という設定ながら幼児語をしゃべるという変なキャラクターで、存在感がありました。

 ヒロイン役は菊地美奈。菊地はオペレッタの手練れですから、演技も手慣れていて、色っぽい雰囲気の出し方もさすがです。登場は一寸硬かったかな、という印象はありましたが、乗り始めると、流石菊地、というべき歌唱で素敵でした。

 ポポラーニ役の佐藤泰弘も良い。佐藤はバッソ・ブッフォという雰囲気の方ではないのですが、今回の役では結構激しく動かされ、歌唱的には大変なところがあったようですが、全体的には困惑する演技が面白く、良かったと思います

 その他の登場人物では、エルミア王女役の岩崎由美恵、サフィール王子役の新津耕平も役柄にあった歌唱で良好。羽山晃生のオスカルは低音がぼやけてしまうところがありましたが、雰囲気は出ていました。廷臣アルバレスの白井和之はなかなか演技が良く楽しめました。

 飯坂純指揮のオーケストラは取り立てて特徴的なものではありませんでしたが、日本初演のオペレッタをサポートするには十分なものと申し上げましょう。全体的にもっと出来たのではないか、と思う部分はあるのですが、十分馬鹿馬鹿しかったですし、その馬鹿馬鹿しさが、正統な歌唱で裏打ちされていたところは立派だったと思います。楽しみました。

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鑑賞日:2016年2月20日
入場料:C席、8000円 5階2列7番 

平成27年度文化芸術振興費補助金(トップレベルの舞台芸術創造事業)
2016都民芸術フェスティバル参加公演
主催:公益財団法人東京二期会/公益社団法人日本演奏連盟

パルマ王立歌劇場とヴェネツィア・フェニーチェ劇場との提携公演

オペラ4幕 字幕付歌唱原語(イタリア語)上演
ヴェルディ作曲「イル・トロヴァトーレ」(Il Trovatore)
原作:アントニオ・ガルシア・グティエレス「エル・トロヴァトール」
台本:サルヴァトーレ・カンマラーノ、レオーネ・エマヌエーレ・バルダーレ(補作)

会場 東京文化会館大ホール

指 揮 アンドレア・バッティストーニ  
管弦楽 東京都交響楽団
合 唱 二期会合唱団
合唱指揮 佐藤 宏
演 出 ロレンツォ・マリアーニ
美 術 ウィリアム・オルランディ
照 明 クリスチャン・ピノー
音楽アドヴァイザー 田口 興輔
演出補 エリザベッタ・マリーニ
舞台監督 佐藤 公紀
公演監督 直野 資

出演者

マンリーコ エクトール・サンドバル
ルーナ伯爵 上江 隼人
レオノーラ 並河 寿美
アズチェーナ 清水 華澄
フェルランド 伊藤 純
イネス/font> 富岡 明子
ルイス 今尾 滋
老ジプシー 三戸 大久
使者 吉田 蓮

感 想 大好きなオペラだけに-東京二期会オペラ劇場「イル・トロヴァトーレ」を聴く

 「トロヴァトーレ」は大好きなオペラで、自分の中の好きなオペラベスト10を選んだら必ず入るぐらい好きです。その時の気分によっては、ベスト3にも入れるかもしれない。でもなかなか上演機会は少ないです。前回聴いたのは、新国立劇場の上演だと思うので、2003年のこと。13年ぶりの視聴となりました。取り上げてくれた東京二期会に感謝します。有名な作品でありながら上演機会が少ないのは、歌える歌手を集めるのが大変だからだ、と言われます。私も何度か実演経験がありますけど、「トロヴァトーレ」で満足したことはなかったのではないかと思います。本日の公演も、全体を通してみれば、決して悪い演奏だったとは思いませんが、「じゃあ、満足できたか」、と問われれば、「残念ながら」、と答えざるを得ません。やはり難しいオペラなのでしょう。

 まず音楽が上手く噛み合っていなかった、ということがあります。バッティストーニはわりとやんちゃな指揮をする方で、それが、「ナブッコ」、「リゴレット」では成功していたわけですが、「トロヴァトーレ」ではそうはいかなかった感じです。彼の切れの良い指揮は、ヴェルディの音楽を颯爽と聴かせるために有用で今回もそういう姿勢が音楽を締めていることは間違いないのですが、歌手たちが付いてこられないのです。例えば第一幕の冒頭、フェルランドのアリアは、伊藤純が明らかにオーケストラに後れを取っていましたし、冒頭の合唱は揃わないこと著しい。途中から、バッティストーニは指揮のやり方を切り替えて、歌手に合わせる様にしましたので、後半はそういう不調和は無くなりましたが、一寸残念なところと申し上げます。

 歌手的には、ソプラノとテノールを買いません。マンリーコ役のサンドバルは抒情的な表現をするとき柔らかい素敵な表情をするのですが、英雄的な表現をするためには声が足りないと言わざるを得ない。マンリーコを歌うのは軽すぎる印象です。高音域を張ってだすと、余裕がない感じで、聴いていてつらい。テノールの一番の聴かせ所であるカバレッタ「見よ、恐ろしい炎」も全然感心しませんでした。同じヴェルディ・テノールでもアルフレード役であればこの声で良いと思うのですが、マンリーコであればもっと強い声が欲しいところです。

 並河寿美は声質的にはレオノーラにぴったりだと思いますが、振幅の大きなビブラートをかけ過ぎです。まだ若いのに、あんなワウワウしたビブラートをかける(あるいはかかってしまうように歌う)のは如何なものでしょうか。トリルなのかビブラートなのか聴き手が区別が出来ないような歌い方をする歌手を私は認めたくありません。ルーナ伯爵との二重唱等ビブラートが納まるところは良い表情で歌えているので、それを全体に通して貰えればよいのですが。おかげで、音程も良くなくマンリーコとの二重唱は声がハモらない。もちろんマンリーコにも問題があるわけですが、とにかく私には買えない残念な歌だったと申し上げます。

 一方、低音側の歌手は良好です。アズチェーナを歌われた清水華澄。「炎が爆ぜて」は、もう少しポジションを低く取って歌って頂いた方がよりおどろおどろしさは出たと思いますが、アズチェーナはかなり高音まであるので、それをやっちゃうと高い方が出ないということなのでしょうね。仕方がない判断だと思います。ビブラートに関して申し上げれば、清水ももちろんビブラートはかかっているのですが、振幅が小さいので、彼女程度であれば音程を壊すという感じはありません。全体的に力があるな、という感じです。音楽的な存在感も一番あったと思います。

 上江隼人のルーナも良いと思います。二期会のヴェルディ・バリトンと言えば昔は栗林義信都決まっていたものですが、今は上江隼人になったようです。声も渋めですし、雰囲気があるところが良い。「君の微笑み」のやるせない感じが良く出ていたところも良いですし、嫉妬に狂って無茶するところの表情なども魅力的でした。

 伊藤純のフェルランドは指揮者のスピードに遅れてしまったことは確かですが、彼の歌のスピードで考えれば全然悪いものではありません。合唱はミゼレレのように落ち着いた表情のところは上手くまとまっていたと思いますが、元気なところ、例えば第三幕のマンリーコのアリアに絡む合唱などは合唱としての一貫性がもっと出て欲しかったところです。定番の「アンヴィル・コーラス」はその中間という感じでしょうか。

 以上、細かく見ていると残念なところは色々あるのですが、バッティストーニは才能なのだろうと思います。音楽的には上手に整理されていて残念感はそれほど強くない感じです。ロレンツォ・マリアーニの演出は、基本的に夜を強調したもので、「アンヴィル・コーラス」の時でも太陽が出てくることがありません。光は月明りだけで暗いオペラの暗さを強調した感じになっていました。美しい舞台ではありますが、登場人物の表情があまり見えないのは私的には好きになれないところです。

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鑑賞日:2016年2月21日
入場料:指定席、3888円 1階9列41番 

主催:文化庁、新国立劇場

新国立劇場オペラ研修所終了公演

オペラ4幕 字幕付歌唱原語(イタリア語)上演
モーツァルト作曲「フィガロの結婚」(Le Nozze di Figaro)
原作:ピエール・オーギュスタン・カロン・ド・ボーマルシェ
台本:ロレンツォ・ダ・ポンテ

会場 新国立劇場中劇場

指揮・チェンバロ 河原 忠之  
管弦楽 新国立アカデミー・アンサンブル
合 唱 東京音楽大学
演出・演技指導 粟國 淳
装 置 横田 あつみ
照 明 稲葉 直人
衣裳コーディネーター 加藤 寿子
舞台監督 高橋 尚史

出演者

フィガロ 松中 哲平(16期)
アルマヴィーヴァ伯爵 小林 啓倫(16期)
バルトロ 氷見 健一郎(18期)
スザンナ 種谷 典子(16期)
伯爵夫人 飯塚 茉莉子(16期)
ケルビーノ 高橋 柴乃(17期)
マルチェリーナ 藤井 麻美(15期終了)
ドン・バジリオ 岸波 愛学(16期)
ドン・クルツィオ 水野 秀樹(17期)
アントニオ 山田 大智(12期修了)
バルバリーナ 吉田 美咲子(18期)
花娘T 砂田 愛梨(18期)
花娘U 宮地 江奈(18期)

感 想 素晴らしき快演-新国立劇場オペラ研修所公演「フィガロの結婚」を聴く

 これまで「フィガロの結婚」の舞台を何度見ているか分かりません。20回は絶対超えている。ニューヨークのメトロポリタン歌劇場の舞台から大学オペラ、市民オペラに至るまで本当に色々な舞台を見て来たと思いますが、はっきり申し上げて、今回の粟國淳の演出、私にとって一位か二位の演出です。もう一つ上げるとすれば、2012年日生劇場の菅尾友の演出。菅尾の演出にはもの凄く感心した覚えがあるのですが、今回の演出はそれに匹敵する素晴らしい演出でした。更に申し上げれば、予算的には、今回の方が厳しいと思いますので、それであの演出をやるところ、粟國淳、素晴らしいというしかありません。

 舞台には、左右へ動く異動舞台が乗っています。そこをドア付きの壁が5枚乗っていて、舞台を左右に動かしながら部屋が変わっていくという仕組みです。真ん中の二枚の壁の間が廊下という設定で、ドアからの出入りをしっかり見せるやり方。読み替えなどは全く無い、台本に完全に沿わせたオーソドックスな舞台ですが、左右に二つの部屋と廊下を置いたため、台本に書かれた登場人物の動きが全て自然で、位置関係がとても良く見えます。例えば、冒頭、フィガロとスザンナは伯爵に与えられた部屋にベッドを入れるために寸法を測りますが、この部屋で物語が進むのは、第一幕第二場のフィガロのアリアまで。続いて登場するバルトロとマルチェリーナは、別の部屋で密談を交わすわけです。普通の演出だと、フィガロのアリアが終わるとフィガロがいなくなって、おもむろにバルトロとマルチェリーナが舞台に現れる訳ですが、このように同じところに入れ替わりで現れるより、別なところで悪だくみをしている方が断然説得力があります。

 全てがこんな感じで、舞台は良く計算されており、登場人物の動きもごく自然で納得できるところばかりでした。この屋敷のセットを第4幕では庭のセットに置き換える訳ですが、そこには若干違和感がありましたけど、そこの処理を除けば正に私的には満点の演出です。フィガロの結婚は初心者向けの分かりやすいオペラと言うことになっていますけれども、初心者がビジュアル的にすんなり納得できるように演出されることはなかなかありません。しかし、今回の粟國演出はそれを見事にやってのけました。本当に素晴らしいと思います。

 音楽的にも全体としてかなり上質な演奏でした。個別の歌手のことを申し上げればそれぞれ課題は多々ありますが、音楽と一体化した舞台という観点で見た時、そう滅多にお目にかかれないぐらい精緻に組み上げられていた舞台でした。アンサンブルがよく鍛えられているのが印象的です。学生オペラはアンサンブルが良いことが多いのですが、更にそれが進化した感じです。この功労者は、もちろん指揮者の河原忠之です。河原は舞台をよく見ていて、舞台の歌手たちに指示をビシビシ出していました。この指示が決まるとアンサンブルがまとまって、清新な演出の効果も相俟って、舞台として魅力的にまとまるのです。歌手たちが独自のパフォーマンスを出さないところもいい。有名歌手は自分の解釈を前面に出し過ぎて、アンサンブルを壊してしまうことが珍しくありません。そういうことが無いので、まとまりが良いのでしょう。更に申し上げれば練習量も多いのでしょう。何を言っても練習は裏切りません。

 上述の通り、歌手たちについては皆課題があります。松中哲平のフィガロはバスらしい声のフィガロで結構だと思うのですが、ところどころ、音が飛んでしまったり、上がり切れなかったりするところがあって、その辺が聴いていて気になりました。小林啓倫の伯爵ですが、物語がどう動いているのか訳が分からなくて怒りを常に覚えている伯爵という感じの役作りは良いと思うのですが、低音が響かないことこの上ない。アリアはそうでもないのですが、アンサンブルで一寸低いところを歌うと全然声が飛んでくる感じがしません。これはプロ歌手としては如何なものかと思います。

 種谷典子のスザンナ。いくらなんでも声量が足りなすぎの感じです。センスは良いと思うのですが、高音の張ったところはそこそこですが、中低音は痩せすぎでしょう。飯塚茉利子の伯爵夫人。彼女ももう少し声量が欲しいところ。二つのアリアは、一寸硬い感じはしましたが、きっちりしていて良いものでした。声量に関して言えば、マルチェリーナを歌った藤井麻美がしっかり出ていたと思います。もちろん彼女の声が特に大きいという訳ではなく、ほぼ標準だと思うので、それぐらいはどの方も出してほしいという意味です。

 高橋柴乃のケルビーノ。雰囲気は出ていたと思います。「自分で自分が分からない」は、もう一段溌剌とした感じが欲しかった。「恋とはどんなものかしら」は、敢て少年ぽく歌って、その素人っぽさが良かったと思います。

 バルトロの氷見健一郎。非常に丁寧な歌唱。バルトロのアリア「復讐だ」は楽譜通りきっちり歌っていて好感が持てたのですが、バルトロのブッフォ的味わいを聴かせるためには、もう少し表情をつけた方が良かったかな、という感じです。バジリオの岸波愛学。四幕のアリアは今一つぱっとしなかった感じです。

以上、歌手には課題がいろいろあるものの、指揮者がコレペティの名手河原忠之だったということも関係するのでしょう。音楽として全体を見渡した時、良くまとまっていて溌剌とした音楽だったなと思います。聴いてよかったと素直に申し上げられる舞台でした。

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鑑賞日:2016年2月28日
入場料:C席、7776円 3階L9列3番 

主催:新国立劇場

オペラ3幕 字幕付原語(チェコ語)上演
ヤナーチェク作曲「イェヌーファ」(Jenufa)
原作:ガブリエラ・ブライソヴァー
台本:レオシュ・ヤナーチェク

会場 新国立劇場オペラ劇場

指 揮 トマーシュ・ハヌス  
管弦楽 東京交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 冨平恭平
演 出 クリストフ・ロイ
美 術 ディルク・ベッカー
照 明 ベルント・ブルクラベク
衣 裳 ユディット・ヴァイラオホ
振 付 トーマス・ヴィルヘルム
演出補 エヴァ=マリア・アベライン
音楽ヘッドコーチ 石坂 宏
舞台監督 斉藤 美穂

出演者

ブリヤ家の女主人 ハンナ・シュヴァルツ
ラツァ・クレメニュ ヴィル・ハルトマン
シュテヴァ・ブリヤ ジャンルカ・ザンピエーリ
コステルニチカ/font> ジェニファー・ラーモア
イェヌーファ ミヒャエラ・カウネ
粉屋の親方 萩原 潤
村長 志村 文彦
村長夫人 与田 朝子
カロルカ 針生 美智子
羊飼いの女 鵜木 絵里
バレナ 小泉 詠子
ヤノ 吉原 圭子

感 想 演出の勝利-新国立劇場「イェヌーファ」を聴く

 「イエヌーファ」は、1976年に若杉弘の指揮で、長門美穂歌劇団にて日本初演が行われてから22年間国内での上演がなく、1998年のトウフィル・オペラコンチェルタンテシリーズが第二回、ここから2004年の二期会公演までは、時々上演されていたのですが、その後は又演奏機会はなく、12年ぶりの国内上演になります。私も12年ぶりに久々の鑑賞です。

 さて、今回の上演は演出が面白いと思います。クリストフ・ロイのベルリン・ドイツ・オペラの舞台を持ってきたわけですが、基本的に民族性とか土着性を完全に排除し、人間の普遍性だけを残した舞台。歌唱は、直方体の白い箱の中で行われます。後ろの壁には窓とドアがあって、必要に応じて現れますが、不要なときは壁。部屋の中には、机と椅子が一個ずつあるだけで、後は何もありません。幕ごとの季節感(第一幕:夏、第二幕:真冬、第三幕:春)は背景のホリゾントで分かりますが、そこが都会なのか田舎なのか、ボヘミヤなのかモラヴィアなのか、そういった地域性は完全に排除されている。イェヌーファとコステルニチカとは養女と継母ですが、親子二代のダメンズ・ウォーカーであり、その連鎖に対する周囲の評判を気にして子殺しをしてしまう、というある意味今日的な内容に昇華させているということです。

 もちろん衣裳は、現代の普通の洋服。合唱団員たちは普通のワンピースやスーツ姿で登場するし、イェヌーファの衣裳だって、第一幕は赤いワンピース、第二幕は、薄いピンクのガウン、第三幕はチャコールグレーの地味な花嫁衣裳。一方、コステルニチカ(=教会の用務員)は終始黒い洋服を身にまとっています。この色の変化と、コステルニチカの黒服がこの演出を象徴しています。

 ハヌスという指揮者、初めて聴く方ですがヤナーチェクのスペシャリストのようで、説得力がありました。特に、パウゼの使い方が上手い。「イェヌーファ」は、盛り上がって緊張感が増したところで全休止を入れ、静寂の中にソリストのアカペラが聴こえる場所が何箇所もあるのですが、この全休止の時間の作り方が上手で(楽譜を見ているわけではないので、間違っているかもしれませんが、全休止のフェルマータで、その長さは指揮者に任されていると思われます)、緊張感が心地よい感じです。東京交響楽団の盛り上げ方もまた魅力的であり、このオペラの持つ緊迫感を上手に示していたと思います。

 歌手は、何と申してもコステルニチカのジェニファー・ラーモアが素晴らしい。高音部が少し苦しくて声が硬くなった部分はあるのですが、役作りが何とも見事。全てがレシタティーヴォ的な進行ですが、それぞれの表情が巧みで、チェコ語が全く分からない聴き手にも緊迫感を伝えていたと思います。このオペラの真の主人公がコステルニチカであり、彼女が中心に回っていることを良く知らせた演技・歌唱だと思いました。

 タイトル役のミヒャエラ・カウネは、声が弱い感じがします。これは、2010年にアラベッラを歌った時もそう思ったのですが、ケレンに欠けた歌い方をする方です。もちろん強い表情も出すのですが、基本的には、メリハリをあまり表に出さずに歌っている感じで、特に第一幕は今一つ魅力に欠けていたように思いました。第二幕からはすこしエンジンがかかってきたようで、一幕程ぼやっとした印象ではなくなったのですが、ちょっと残念な感じです。

 ラツァ役のヴィル・ハルトマンも誠実そうな雰囲気をよく出し、第三幕のイェヌーファとの二重唱などはとても魅力的に聴こえました。一方で、悪役のシュテヴァ役のジャンルカ・ザンピエーリはドラ息子としての表情は良く出ていたと思うのですが、演技は類型的な感じがしました。

 類型的演技・歌唱という点では、脇役の日本人歌手たちにも強く感じました。志村文彦の村長は、元々コミカルな役割なのかもしれませんが、この演出を踏まえた時に、もう少し何かやっても良かったのではないか、などと思いました。

 それにしても良く練られた舞台であり、外人勢は、ソロのモノローグ、レシタティーヴォ、重唱、皆それぞれに魅力があり、大変見応え・聴き応えのあるパフォーマンスだったと思います。Braviを申し上げましょう。

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鑑賞日:2016年3月6日
 

入場料:B席 1F19列49番 8000円

平成27年度文化庁文化芸術振興費補助金(トップレベルの舞台芸術創造事業)
2016 都民芸術フェスティバル参加公演


主催:公益財団法人 日本オペラ振興会/公益財団法人 日本演奏連盟

日本オペラ協会公演 日本オペラシリーズNo.76

全2幕、日本語字幕付日本語上演
水野修孝作曲「天守物語」
原作:泉鏡花
台本:金窪 周作
補作:まえだ純

会場:新国立劇場中劇場


スタッフ

指 揮 山下 一史  
オーケストラ フィルハーモニア東京
合唱    日本オペラ協会合唱団 
合唱指揮    須藤 桂司 
児童合唱 多摩ファミリーシンガーズ
児童合唱指導揮    高山 佳子 
演 出 荒井 間佐登
美 術  :  池田 ともゆき
衣 装  :  桜井 久美
照 明  :  岡田 勇輔 
振 付  :  飛鳥 左近 
舞台監督  :  八木 清市
総監督  :  大賀 寛 
公演プロデューサー  :  荒井 間佐登 

出 演

天守夫人 富姫   佐藤 路子
姫川図書之助   迎 肇聡
猪苗代亀の城 亀姫   伊藤 晴
奥女中 薄   上田 由紀子
朱の盤坊   豊島 雄一
舌長姥   二渡 加津子
侍女 女郎花   松山 美帆
  中川 悠子
  太田 祐子
撫子   山邊 聖美
桔梗   丸山 さち
山隅九平   江原 実
小田原修理   塚田 堂琉
姫路城主 武田播磨守   井上 白葉
近江之丞桃六   中村 靖

感想

何事三度-日本オペラ協会「天守物語」を聴く。

  「天守物語」は、日本オペラの傑作と言われて初演以来定期的に再演が重ねられ、今回で11回目になるそうです。音楽的に言えば不協和音のオンパレードで、アリア的な部分はほとんどなく、台詞をレシタティーヴォで繋いでいく作品ですから、なかなか親しみが持てません。私は今回三度目の聴取ですが、会場に入るまでは、今回も身構えて聴くことになるのではないかと心配しておりました。

 「何事三度」とはよく申すことですが、それは本当でした。今回は舞台全体をリラックスして聞くことが出来ました。2009年にオーチャードホールで初めて聴いた時も、2013年に新国立劇場で二度めを聴いた時も、楽しんで聴くことはできましたが、緊張して聴いたことも間違いありません。前回から三年経つ今回も、正直申し上げて、どんな音楽だったかは全く覚えておらずに会場に向かいました。ストーリーは何となく覚えておりましたし、富姫と亀姫との同性愛的交流は、姫川図書之助と富姫の間の交情などは印象深く記憶しているのですが、どんな音が鳴っていたかなど、全然覚えていませんでした。

 三度目の今回。どんな音楽だったか覚えること、今回も無理でした。しかし、鳴り響く音を聴くとき、聴いたことがある、と思うのですね。メロディックなところは、子供たちの歌う「かごめ、かごめ」ぐらいで、後は、それぞれ広い音域を歌わされるわりには、それが美しいメロディーに繋がりません。第一オーケストラは歌の伴奏をしない。歌唱は歌唱、オーケストラはオーケストラという感じで、お互いが独立して動いている感じです。ですから、ばらばらになってもよさそうなものですが、どこかで繋がり、あるまとまりを持って動きます。

  そこは、山下一史のオーケストラコントロールの良さがあったのだろうと思います。山下は三年間の公演でもタクトを握りましたが、音楽に対する理解が深まったのか、堂々たる指揮だったように思います。オーケストラの鳴らし方に衒いがない印象です。

  荒井間佐登の演出は鏡花の世界をじっくりと見せようとするものです。「天守物語」の演出は長いこと栗山昌良が担ってきました。栗山演出は毎回少しずつ内容を変えてより「天守物語」にふさわしい舞台を作ろうと努力されていたそうです。前回の岩田達宗の演出は、栗山演出を踏まえてはいましたが、妖しさという点では、栗山演出のような妖艶美ではなかったかなという感じです。今回の荒井演出は前回の岩田演出よりも妖艶という感じはしませんでしたが、一幕と二幕との対比という観点では、前回の岩田演出を更に推し進めたと申し上げて良いのではないでしょうか。「天守物語」という作品は、一幕と二幕で描いている内容が全然違うのですが、その対比の取り方が、荒井の方がより進化している感じです。一幕のある意味祝祭的なムードと、第二幕の純愛的世界。この対比がよりクリアになったということです。

  では、歌はどうだったかと言えば、主役級が若いな、という印象です。今回の主役の二人、富姫と図書之助は、関西の新鋭(といっても10年以上のキャリアの持ち主)である佐藤路子と迎肇聡です。亀姫の伊藤晴も若い。結果として歌のコクが今一つ足りない感じになりました。第一幕の富姫と亀姫の二重唱などは、妖艶美とはちょっと違う。健康美と申して良いのか、すっきりしていて悪くはないのだけど、同性愛の耽美とはちょっと違うのかもしれません。

  第一幕は、朱の盤坊や舌長姥も登場するコミカルな場面ではありますが、全体的に浮いた感じで、ある意味テレビのヴァラエティを見ているような雰囲気です。みんな元気よく、かつ滑舌も良いので話を理解するのは容易なのですが、どこか薄っぺらな感じ。だから悪いとは必ずしも言えないとは思うのですが、演出は暗めに組まれている印象なので、もう少し落ち着いていた感じの方が良かった、ということはあるのかもしれません。そういうところが若い人中心の舞台の難しさなのでしょう。

  第二幕は富姫と図書之助の間の交情に力点が置かれますが、佐藤路子と迎肇聡は上手に演じたと申し上げてよいでしょう。二人の気持ちが段々寄り添って少しずつ盛り上がる感じが良く分かりましたし、一方で音楽的には不協和音が不協和音として溶けあわない。このギャップが良かったと思います。

  全体的には、日本語の歌詞の表現が総じて上手でした。字幕はありましたが、あの程度明確に歌っていただければ、字幕なしでも問題ないと思うほどでした。

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鑑賞日:2016年3月12日
入場料:C席 5832円 4F 2列35番

主催:新国立劇場

オペラ1幕・字幕付原語(ドイツ語)上演
リヒャルト・シュトラウス作曲「サロメ」(Salome)
原作:オスカー・ワイルド
ドイツ語翻訳台本:ヘドヴィッヒ・ラッハマン

会 場 新国立劇場オペラ劇場

指 揮 ダン・エッティンガー
管弦楽 東京交響楽団
     
演 出 アウグスト・エファーディング
再演演出 三浦 安浩
美術・衣装 イェルク・ツィンマーマン
振 付 石井 清子
音楽ヘッドコーチ  :  石坂 宏 
舞台監督 大澤 裕

出演者

サロメ カミッラ・ニールント
ヘロデ クリスティアン・フランツ
ヘロディアス ハンナ・シュヴァルツ
ヨハナーン グリア・グリムスレイ
ナラポート 望月 哲也
ヘロディアスの小姓 加納 悦子
5人のユダヤ人1 中嶋 克彦
5人のユダヤ人2 糸賀 修平
5人のユダヤ人3 児玉 和弘
5人のユダヤ人4 青地 英幸
5人のユダヤ人5 畠山 茂
2人のナザレ人1 北川 辰彦
2人のナザレ人2 秋谷 直之
2人の兵士1 大塚 博章
2人の兵士2 伊藤 貴之
カッパドギア人 大沼 徹
奴隷 松浦 麗

感想

指揮者の違い、オーケストラの違い-新国立劇場「サロメ」を聴く

 例えば「七つのベールの踊り」における荒絵理子のオーボエが素晴らしいと思う。エマニュエル・ヌヴーのクラリネットも素敵。ファゴットだってホルンだってパーカッションだって良かったと思うのだけれども、昨年12月のデュトワ指揮N響の「サロメ」と比較すると、今一つの演奏だったと言わざるを得ないと思います。というよりも、デュトワの組み立て方の方が、エッティンガーの組み立て方より、すっきりとしていてスタイリッシュだということです。多分、これは好みの問題なんでしょう。私はデュトワのすっきりしたクリアな組み立て方の方が好きだ、ということなのだろうと思います。

 そういう好みの話を別にすれば、東京交響楽団、良い演奏をされていたと思います。言うまでもないことですが、「サロメ」は、イタリア・オペラなんかとは違って、まずオーケストラの演奏が優先する部分があります。オーケストラが良く鳴ってなんぼ、ということですね。今回は四管16型のオーケストラがピットに入り、しっかり咆哮して、オーケストラの迫力を示した。ダン・エッティンガーの指揮は一寸野暮ったい感じのする演奏ではあったわけですが、大編成オーケストラの迫力をしっかり示したと申し上げられるのではないでしょうか。

 今回のサロメはカミッラ・ニールント。ニールントは、2007年に「ばらの騎士」の元帥夫人で新国立劇場に登場し、大変繊細で素晴らしい元帥夫人を歌われたことで記憶に残っている方ですが、今回はサロメ。サロメと元帥夫人は声質的には重なる役なのでしょうけれども、役柄のイメージは全く正反対です。だからどんな具合になるのか興味を持って聴いたのですが、サロメらしい雰囲気で登場して、元帥夫人という感じは全然しませんでしたから、役柄によりしっかり変えてくるんだ、という当たり前のことに初めて考えが及んだように思います。素晴らしい。

 ただ、とても素晴らしかったという印象の残っている元帥夫人と比べると、今回のサロメは、とても力強かったけれども、最高ではなかったと思います。まず、高音に力強さが欠ける部分があった。更に申し上げれば、ヨハナーンの首を取ってからの「サロメのモノローグ」は、彼女の特徴は出ていたとは思うのですが、夢うつつの境界を上手に表現できていた、昨年12月、デュトワ/N響の演奏で歌ったグン・ブリット・バークミンほどの繊細な表情は出せていなかったものと思います。一方で、低いところは上手に地声を混ぜて、サロメの情念を示すのに成功していましたし、ヨハナーンとの二重唱部分では、ニールントサロメの良さが光った演奏でした。

 サロメを別にすると、主要歌手は、デュトワ/N響よりこちらが同等か上。ヘロディアスのハンナ・シュヴァルツとナラポートの望月哲也は、双方で歌っていますが、ヘロディアスの関して申し上げれば、シュヴァルツは本日の新国立劇場における歌唱の方が良かったと思います。演奏会形式なのか、演技もするのか、会場の広さ、当時のコンディション、そういったことがいろいろ絡み合うのでしょう。望月哲也のナラポートはどちらも立派だったと思います。同等と申し上げてよいのではないかと思いますが、新国立劇場は演技付きであるがゆえに、より役柄に入り込めていたたのかな、という印象です。

 ヨハナーンはN響で歌ったエギルス・シリンスより今回のグリア・グリムスレイを私は買います。シリンズは陰歌いは良かったのですが、舞台に出てくると、声の飛びや表現の迫力に今一つだったところがあります。一方、グリムスレイの方は、低音の満ち溢れ方が常に十分で、サロメの勝手な情念と対比するとき、その冷静な力強さに惹かれるのです。とても立派なヨハナーンだったと思います。

 ヘロデのクリスティアン・フランツもよい。フランツと言えば、東京リングの主役としておなじみだった方ですが、今回のヘロデは立派な声と、サロメに翻弄される哀れな国王としてのコミカルな演技のギャップがとても良かったと思います。ヘロデと言えば、例えば「ラインの黄金」のローゲを歌うようなキャラクター・テノールの持ち役の印象もあるのですが(例えば、今回のカヴァー・青蜻f晴もそのタイプ)、演技が出来る人であればフランツのような正統派ヘルデン・テノールも素晴らしい、ということですね。

 今回の舞台は、2000年のプレミエ以来6回目となるおなじみのもので、演技、演出は同じはずですが、「七つのベールの踊り」は、歌手それぞれが自由に出来る部分があるようで、毎回印象が異なります。前回のエリカ・ズンネガルドの踊りはなかなか良かったようですが、今回のニールントの踊りは今一つの感じが強かったです。

 あれやこれや、いろいろ申し上げましたが、全体としては高水準の演奏と申し上げてよいと思いますし、歌手の総合的水準では、ほぼ理想的な「サロメ」と申し上げてよいと思います。しかしながら、オーケストラ・指揮者の統率といった音楽全体を見た時、12月のデュトワ・N響の演奏の方が私には支持できる演奏でした。あの演奏を聴いていなければ、今回の演奏をもっと絶賛したに違いありません。

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鑑賞日:2016年3月13日

入場料:2000円 33列29番

主催:立川市民オペラの会/(公財)立川市地域文化振興財団

立川市民オペラ公演2016

オペラ4幕、字幕付原語(イタリア語)上演
プッチーニ作曲「ラ・ボエーム」(La Boheme)
台本:ジュゼッペ・ジャコーザ/ルイージ・イッリカ

会場 たましんRISURUホール

指揮 古谷 誠一
ピアノ 今野 菊子
フルート 吉岡 次郎/西田 紀子
>オーボエ 中山 正瑠/阿部 友紀
クラリネット 河端 秀樹/山口 夏彦
>ファゴット 高橋 誠一郎/堀内 成美
合 唱 立川市民オペラ合唱団
合唱指揮 小澤 和也
児童合唱 立川市民オペラ2016児童合唱団
助 演 立川市民オペラ2016劇団
演 出 澤田 康子
装置アドヴァイザー 鈴木 俊朗
照 明 稲葉 直人
舞台監督 村田 健輔
総監督 砂川 稔

出演

ミミ 佐田山 千恵
ロドルフォ 笛田 博昭
ムゼッタ 別府 美沙子
マルチェッロ 須藤 慎吾
ショナール 井出 壮志朗
コッリーネ 矢田部 一弘
ベノア 岡野 守
アルチンドロ 東原 貞彦
パルピニョール 工藤 翔陽

感想

バランスの問題かなあ−立川市民オペラ2016「ラ・ボエーム」を聴く

 市民オペラというと、ソリストと指揮者及びスタッフをプロにお願いして、合唱とオーケストラを市民で行うというのが一番ありふれたやり方です。立川市民オペラも例外ではなく、オーケストラと合唱がアマチュア、指揮者、スタッフとソリストがプロ、という形で上演される筈です。しかしながら、立川市民オペラの管弦楽団は毎年オペラ1本を仕上げるというのが難しいようで、昨年、本年とピアノ+木管という変則的な形で上演が行われました。こういう変則的な編成での上演は、オーケストラ伴奏と比較するとどうしても物足りなさは否定できません。しかし、昨年の「愛の妙薬」と比較すると、編曲が上手く行ったのか、元々プッチーニの管弦楽法が木管を使うのに長けているのかは分かりませんが、昨年ほどの違和感はありませんでした。編曲の担当者が相当苦労したものと思います。

 立川市民オペラの一つの特徴は、主要役をオーディションで選ぶ、というのがあります。今回のミミとムゼッタは、そうやって選ばれたものと推察いたします。立川市民オペラのサイトを見ますと、合格者の受験番号が記載されていて、ミミとムゼッタが二人ずつ、ロドルフォとマルチェッロ、ショナール、コッリーネについては各一人の合格が記されている。立川市民オペラはダブルキャストですから、ロドルフォ、マルチェッロ、ショナール、コッリーネの各一人はオーディションで選ばれていない人が登場しています。今回の出演者名簿を見る限り、二日目の出演者のうち、ロドルフォとマルチェッロ、コッリーネの三人はそうでない可能性が強い。何を申し上げたいのか、というと、歌の力量です。「残念ながら」というべきか、「当然ながら」というべきかは分からないのですが、女声二人と男声との間には声の力量に歴然たる差がある。

 それは仕方がないことなのでしょう。笛田博昭は藤原歌劇団のスピント・テノールとして代表的な存在。また、須藤慎吾も。藤原の中堅バリトンとして最も活躍している一人です。彼らと比較するとき、佐田山千恵も別府美沙子どうしても経験不足と言わざるを得ません。この差が舞台上の歌唱にもしっかり現れました。特に佐田山千恵。笛田ロドルフォにすっかりやられてしまった、という印象です。声に差があって、敵わないという感じなのです。一所懸命歌っているのは分かるのですが、笛田に煽られたためなのか、歌に余裕がなく、ミスも目立ちました。高音の伸びが足りないのも残念なところでしたし、音程も不安なところが目立ちました。

 では、ロドルフォの笛田博昭が良かったかと言えば、私は疑問符をつけざるを得ません。もちろん笛田の声量や声そのものの力は凄いとしか言いようがありません。私は二階のほぼ最後列で演奏を聴いておりましたが、そこまで笛田の声はライナーで飛んでくる感じです。力強いし、格好も良い。でも、彼の歌は「ロドルフォ」という役柄を考えた時に、一寸違うな、と思ってしまうのです。私がロドルフォに持つイメージは、もっと優しい高音です。笛田の声は英雄的過ぎて、ロドルフォのイメージとはずれています。笛田の声は、「トスカ」のカヴァラドッシやヴェルディの諸役なら納得できるのですが、ロドルフォではないよな、と思いながら聴いていました。

須藤慎吾のマルチェッロは、一昨年11月に聴いていますが、その時の印象と変わりがありません。結構鼻っ柱の強いマルチェッロ。じゃじゃ馬のムゼッタと対抗するのには丁度良い感じと申し上げましょう。ただ、須藤のマルチェッロと笛田ロドルフォの重唱部分は、一寸英雄的になりすぎて、私の好みではありません。四人の男たちは、集まっては馬鹿をやる若者なわけですから、もっと軽薄な歌になって欲しい。重唱もがっぷり四つに組むより、一寸お互い抜けた感じの方が、コミカルな味が出たような気がします。

 その他の脇役陣は、それぞれ自分の仕事を果たしていたと思いますが、こうやって全体を纏めてみると、バランスの決して良くない上演だったように思います。ちなみが合唱の出来ですが、立川市民オペラの合唱は市民オペラの合唱としては比較的高水準であることが多いのですが、今回もそこは変わらなかった印象です。

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