オペラに行って参りました-2012年(その2)

目次

小さなオペラはなかなか見られない 2012年2月26日  ユリシリーズコンサート声楽シリーズ「電話」を聴く 
S席12000円の価値とはどういうものか  2012年3月1日 あらかわバイロイト特別公演「修道女アンジェリカ」/「ジャンニ・スキッキ」を聴く
VIVAゼッダ   2012年3月3日  藤原歌劇団「フィガロの結婚」を聴く  
苦渋の選択 2012年3月9日  新国立劇場オペラ研修所公演「スペインの時」/「フィレンツェの悲劇」を聴く 
前のめりの勢い  2012年3月11日  立川市民オペラ「トゥーランドット」を聴く 
アクシデント!!  2012年3月14日  新国立劇場「さまよえるオランダ人」を聴く 
誰がオペラを殺したの?  2012年3月20日  錦織健プロデュースオペラVol.5「セビリアの理髪師」を聴く 
軽量級  2012年4月10日  新国立劇場「オテロ」を聴く 
声の質と見た目の雰囲気  2012年4月15日  「津山恵リサイタル2012」を聴く 
ドン・ジョヴァンニは素敵だったが・・・  2012年4月27日  新国立劇場「ドン・ジョヴァンニ」を聴く  


オペラに行って参りました。 過去の記録へのリンク

2012年  その1           
2011年  その1  その2  その3  その4  その5  どくたーTのオペラベスト3 2011年 
2010年  その1  その2  その3  その4  その5  どくたーTのオペラベスト3 2010年 
2009年  その1  その2  その3  その4    どくたーTのオペラベスト3 2009年 
2008年  その1  その2  その3  その4    どくたーTのオペラベスト3 2008年 
2007年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2007年 
2006年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2006年 
2005年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2005年 
2004年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2004年 
2003年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2003年 
2002年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2002年 
2001年  前半  後半        どくたーTのオペラベスト3 2001年 
2000年            どくたーTのオペラベスト3 2000年  

    鑑賞日:2012年2月26日

入場料:自由席 3000円

ユリシリーズコンサート−声楽シリーズ−

主催:株式会社プレルーディオ

全1幕 日本語訳詞上演
メノッティ作曲「電話」作品86The Telephone, or L'Amour à trois )
台本:ジャン=カルロ・メノッティ

会場:昭和音楽大学北校舎5階「スタジオ・リリエ」

スタッフ/出演

ピアノ  :  星 和代   
演 出  :  横山 由和 
  :   
ルーシー  :  葛貫 美穂(ソプラノ) 
ベン  :  柴山 昌宣(バリトン) 
     
     
     
 
 
 
   

プログラム 

作詞 

作曲 

作品名 

 

歌唱 

メノッティ  メノッティ  オペラ「電話」  全曲  葛貫美穂/柴山昌宣 

休憩     

三木 露風  山田 耕筰  赤とんぼ    葛貫美穂 
竹久 夢二  多 忠亮  宵待草    葛貫美穂 
石川 啄木  越谷達之助  初恋    柴山昌宣 
村田 さち子  大中 恩  母の勘違い    柴山昌宣 
  ロッシーニ  オペラ「ランスへの旅」  ドン・プロフォンドのアリア「他に類を見ないメダル」 柴山昌宣 
  ドニゼッティ  オペラ「ドン・パスクァーレ」  ノリーナのアリア「あの騎士の眼差しは」  葛貫美穂 
  ドニゼッティ  オペラ「ドン・パスクァーレ」  ノリーナとマラテスタの二重唱「準備はできたわ」  葛貫美穂/柴山昌宣 

アンコール

吉丸 一昌  中田 章  早春譜    葛貫美穂 
薩摩 忠  湯山 昭  電話    柴山昌宣 
  レハール  メリー・ウィドゥ  ハンナとダニロの二重唱「唇は語らずとも」  葛貫美穂/柴山昌宣 

感想

小さなオペラはなかなか見られない−ユリシリーズコンサート〜声楽シリーズ〜「電話」を聴く

 
 メノッティの最高傑作かどうかは分かりませんが、「電話」がメノッティの代表作であることは疑いありません。しかし、大きい劇場で取り上げられることはほぼ皆無で、個人歌手のリサイタルやジョイント・コンサートでたまに上演されると言うのが、現在の主流です。そんなわけで、私にはこれまで縁のないオペラで、今回初めて実演を聴くことが出来ました。というよりも、「電話」をやると言うので、出かけました。

 このオペラは、1946年に作曲され、1947年に初演された作品で、当時の普通の家にも電話が普及し始めたことが背景にあります。今のように携帯電話で容易に連絡を取り、あるいはネットメールで連絡を取る時代とは違います。今の時代は、もっと連絡を取りやすくなり、逆に電話に縛られにくくなった側面があります。それだけに、電話中毒とも言うべきルーシーの姿は、かなり古臭いものと言えるのかもしれません。

 そう言うことを意識したそうで、今回の横山由和の演出は、1950年ごろを時代として意識しています。重要な小道具である電話は勿論ダイヤル式の黒電話。葛貫美穂がダイヤルを回すしぐさを見て、ああ、確かに昔はこうやって電話をかけていたのだな、と思いました。

 さて演奏ですが、正直なところ、可もなく、不可もなく、と言ったところでしょう。会場の音響が非常にデッドで、かつ乾燥の影響もあるのか、音が広がらないきらいがあります。葛貫も柴山も実力派ですから、響きを勘案しながら歌うのですが、会場が響かないため、少しムキになっていたような気がします。もう少し響く会場であれば、もう少し柔らかい表現が可能になり、よりダイナミクスが広がったのではないかという気がしました。

 葛貫美穂をこれだけまともに聴いたのは、本当に久しぶりです。7‐8年ぶりぐらいかもしれません。久しぶりで聴くと、声が円熟していると言うか、やや重くなったと言うか、そんな印象を持ちました。前回聴いた時もノリーナだったように思いますが、その時の彼女の歌唱は、もっと硬質の軽い声だったような気がします。今回の声はもう少し厚みがある感じ。これが彼女の成熟なのか、会場の影響なのかは分かりません。

 柴山昌宣は、日本の歌よりもイタリア音楽の方が似合っていると思いました。昨年多摩センターで聴いたドン・ブロフォンドのアリア。よく口が回るものだと感心する出来栄えでしたが、今回もBravoの歌。マラテスタも上等でした。日本語の歌曲は、会場の響きの影響なのでしょうが、今一つ押しが強い演奏になっており、もう少し軽い演奏にした方がよりよかったのではないかという気がしました。それでも、アンコールで歌われた湯山昭のコミカルな「電話」は大変素敵なものでした。

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鑑賞日:201231
入場料:
10000円 A 1831

オペラ劇場あらかわバイロイト特別公演

主催:一般社団法人 東京国際芸術協会

オペラ1幕、字幕付原語(イタリア語)上演
プッチーニ作曲「修道女アンジェリカ」Suor Angelica)
台本:ジョヴァッキーノ・フォルツァーノ

オペラ1幕、字幕付原語(イタリア語)上演
プッチーニ作曲「ジャンニ・スキッキ」Gianni Schicchi)
原作:ダンテ「神曲」地獄篇第30歌
台本:ジョヴァッキーノ・フォルツァーノ

会場:サンパール荒川 大ホール

スタッフ

指 揮 佐々木 修
管弦楽 TIAAフィルハーモニー管弦楽団
合 唱 あらかわオペラシンガーズ/荒川タウン合唱団
合唱指揮 草原 哲広
演 出 彌勒 忠史
美 術 松岡 泉
衣 裳 友好 まり子
照 明 西田 俊郎
舞台監督 北原 浩明
公演監督  :  田辺 とおる 
制作  :  片山 孝調 

出 演

修道女アンジェリカ

アンジェリカ 山崎 小桃
公爵夫人 忠田 友子
女子修道院長/修道女長 里 まり
修道女ジェノヴィエファ 上沼 純子
修練長 柴田 晃子
托鉢修道女T 古谷 桂子
助手修道女T/看護係修道女 堀内 晃子
助手修道女U/修練女/修道女ドルチーナ 保坂 陽子
托鉢修道女U 川口 真貴子
オスミーナ 永瀬 千春
ルッチラ 三澤 久美子
食糧係修道女 陶山 由美

ジャンニ・スキッキ

ジャンニ・スキッキ 立花 敏弘
ラウレッタ 小木曽 鮎美
ツィータ 忠田 友子
リヌッチョ 海藤 弘昭
ゲラルド 明石 将岳
ネッラ 生沼 美香
ベット 宮本 聡之
シモーネ 西 拓也
マルコ 上田 純也
ラ・チェスカ 切敷 典子
ゲラルディーノ 川口 真貴子
スピネロッチョ/アマンティオ 五島 伝明
ピネリーノ 草原 哲広
グッチョ 二宮 誠一郎

感想 

S席12000円の価値とはどういうものか-オペラ劇場あらかわバイロイト特別公演「修道女アンジェリカ」/「ジャンニ・スキッキ」を聴く

 一言で申し上げれば、残念な公演でした。正直に申し上げれば、「修道女アンジェリカ」はお金を払ってまで見るような演奏ではなかったと思っています。「ジャンニ・スキッキ」は外題役の立花敏弘の活躍と、彌勒忠史の演出が意表を突かれたことから、そこまでは申しませんが、残念な方も多かったと、思います。

 「修道女アンジェリカ」は、前半がアンサンブル・オペラ的な様子、後半がアンジェリカと公爵夫人との対決、という形になっている訳ですが、まず、前半のアンサンブルの部分が残念でした。

 冒頭の修道女たちの合唱の音が定まらず、透明感が全く出ていない。宗教曲をあんな風に歌ってはいけません。次いで、遅れてきた修道女たちと修道女長らのやり取りですが、これが全然ピンとこない。独りで、二役・三役を歌われる方も多いのですが、表情の区別がつかず、かつ全員が修道服で登場するわけですから、誰が何を歌っているのかが判然としません。普通ですと、ジェノヴィエッファなどは、それなりの存在感を示すものですが、全然クリアではありませんでした。

 みな同じように立ち、同じように会場を向いて歌い、物語の変化を音楽的な変化として表現しようとしないので、ただ眠くなる演奏で困りました。アンジェリカですら、埋没感が強かったです。

 後半、アンジェリカと公爵夫人の対峙となり、緊張感が高まってくると、ようやくオペラらしさが高まってきましたが、今度は、アンジェリカ役の山崎小桃が今一つでした。高音がきっちりと出ておらず響かないのが残念。「母もなく」のアリアも高音が響かせられないので、亡き子を思うドラマティックな切実感が薄れたように思いました。更に申し上げれば、山崎はヒロインとしての存在感を示せないのです。今回の公演、Aキャストを二期会を代表する腰越満美が歌い、Bキャストを福田玲子が歌っているそうですが、これらの二人と比べると、プリマドンナとしての華に欠けることは、間違いないようです。

 公爵夫人役の忠田友子も今一つです。この方も音が今一つ定まらないところがあって、公爵夫人の尊大で冷酷な雰囲気を表現しきれなかった感じです。アンジェリカと公爵夫人との対峙は声の違いで、お互いの役柄を対比して見せる必要があるわけですが、アンジェリカも公爵夫人もその違いを明確にする意思が今一つ足りなかったようで、ドラマティックな緊張感が欠けているように思いました。

 「ジャンニ・スキッキ」の方は、タイトル役の立花だけ、と申し上げるしかありません。立花は声がよく通っておりまして、その声の立ち上がった感じが、如何にもジャンニ・スキッキらしくてよかったです。演技の様子も魅力的で、ジャンニ・スキッキの尊大で且つ小悪党の雰囲気を上手く出しておりました。このオペラは、ジャンニ・スキッキを軸としたアンサンブルの組み立てが重要な作品ですが、ジャンニ・スキッキが、明確な声でそれを示しましたので、全体がまとまったと思います。

 演出も面白かったです。「アンジェリカ」の方が、なにかよくわからない舞台に、修道女たちを右に左に動かしているだけの演出で、全然面白みが感じられなかったのに対し、こちらは、ドナーティ一家がサッカーのユニフォームで登場。「ゲームとしての遺産相続」という「ジャンニ・スキッキ」というお話の本質を突いてきました。ここで、それぞれの年齢を背番号にするなど、もう少し細部に凝れば更によいと思ったのですが、全員が10や11ばっかりで、詰めが甘い感じがありました。

 ジャンニ・スキッキとラウレッタはテニスウェアで登場。立花ジャンニは、そこここで、ラケットを振り回して見せるのですが、なかなか様になっていました。そして、公証人アマンティオらは、サッカー審判の服装で登場。テニスのルールでサッカーの審判を丸めよう、という感じで面白く見ました。楽しめた演出です。

 しかし、ジャンニ・スキッキ役と演出を別にすると、やはり今一つ感が強いです。特にラウレッタとリヌッチョ。まず、ラウレッタ役の小木曽鮎美が残念な歌唱。「私のお父さん」は、彼女のような若いソプラノには定番の曲だと思うのですが、上が重く、可愛さに欠ける歌唱でした。リヌッチョ役の海道弘昭もダメです。サンパール荒川位の広さのホールで、あれしか声が飛んで来ないようではどうしようもないでしょう。

 ツィータ役の忠田友子は、公爵夫人よりはよかったです。アンサンブルを受け持つ8人の中では一番聴き応えがありました。あと良かったのは、公証人役の五島伝明。お人よしな存在感を上手く醸し出していました。

 以上、細かく見ましたが、あの演奏でA席10000円は高すぎます。12000円から4000円という入場料の価格帯は、東京オペラプロデュースや東京室内歌劇場クラスだと思いますが、それだけのお金を取る以上、歌える歌手を揃えて、東京オペラプロデュースや室内歌劇場レベルには聴き手に満足を与えて欲しいと思います。

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鑑賞日:2012年3月3日
入場料:D席 6000円 4F R124

文化芸術振興費補助金(トップレベルの舞台芸術創造事業)
2012年都民芸術フェスティバル参加公演

藤原歌劇団公演

主催:(財)日本オペラ振興会/(社)日本演奏連盟
後援:日本モーツァルト協会


オペラ4幕、字幕付原語(イタリア語)上演
モーツァルト作曲「フィガロの結婚」(Le Nozze di Figaro)
原作:ピエール=オーギュスタン・カロン・ド・ボールマーシュ
台本:ロレンツォ・ダ・ポンテ

会場 東京文化会館大ホール

指 揮 アルベルト・ゼッダ
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
チェンバロ 小谷 彩子
チェロ    服部 誠  
合 唱 藤原歌劇団合唱部
合唱指揮 須藤 桂司
演 出 マルコ・ガンディーニ
美 術 イタロ・グラッシ
衣 装 アンナ・ビアジョッティ
照 明 奥畑 康夫
振 付 伊藤 範子
舞台監督 斎藤 美穂
公演監督   岡山 廣幸 

出 演

アルマヴィーヴァ伯爵 須藤 慎吾
伯爵夫人 砂川 涼子
フィガロ 久保田 真澄
スザンナ 川越 塔子
ケルビーノ 向野 由美子
マルチェリーナ 牧野 真由美
バルトロ 三浦 克次
ドン・バジリオ 小山 陽二郎
ドン・クルツィオ 青柳 明
アントーニオ 坂本 伸司
バルバリーナ 小田切 一恵
二人の農民の娘 種田 尚子/山邊 聖美

感想

VIVAゼッダ-藤原歌劇団公演「フィガロの結婚」を聴く

 アルベルト・ゼッダって、良い指揮者です。そんなことは、これまで彼のロッシーニ演奏を何度も聴いてきている訳ですから当然のことなのですが、何となく、ロッシーニのスペシャリストとして彼を見てきた感じがあります。しかし、それだけの指揮者では勿論ありませんでした。「フィガロの結婚」をこのようにチャーミングに演奏する指揮者はあまり多くない。テンポの取り方は基本的に中庸で、取り立てて変わったものではないのですが、要所要所の捌き方が見事です。曲と曲が切り替わる部分のタイミングの取り方であるとか、レシタティーヴォから歌唱に切り替わるところの間であるとか、実に上手だと思います。

 その上、音楽学者としての演奏に対する拘りもあるのでしょう。今回の「フィガロ」、多くの演奏でカットされることの多い、第4幕のマルチェリーナのアリアとバジリオのアリアも演奏しました。「フィガロの結婚」のノーカット全曲演奏は、勿論何度も聴いたことがあるわけですが、新国立劇場や東京二期会では経験が無く、メジャーなオペラ演奏団体の公演では初めての経験になりました。

 更にレシタティーヴォの伴奏となる通奏低音。普通ならばチェンバロのみになることが多いわけですが、今回は、チェロも入り、チェロとチェンバロによる伴奏。普通聴いている「フィガロの結婚」における通奏低音と比較すると、ぐっと奥行きが深まったものになりよかったと思いました。これもゼッダの指示でしょうね。

 オーケストラの指揮者に対する信頼感も高かったのだろうと思います。第3幕の行進曲やメヌエットの進行を聴いていると、非常にバランスが良い感じです。全体のスピード感によく溶け込んだテンポを感じます。そこここにゼッダの目配りのバランス感覚を感じました。間違いなく賞賛されるべき指揮でした。

 歌手陣も総じて纏まった演奏をしていました。「フィガロの結婚」はアンサンブルオペラの側面を強く持つ名作ですが、アンサンブルの纏まりの良さが今回のもう一つの特徴だと思います。今回のメンバーはほとんどの方が、現在の藤原歌劇団の中核を担っている方々で、勿論力量の高い方々ですが、それぞれ、個性の出し方と抑制のかけ方のバランスがとれていて、魅力のあるアンサンブルを作り上げられたのでしょう。

 歌手陣でまず見事だったのは、ケルビーノ役の向野由美子。ズボン役の雰囲気が宝塚の男役的な妖艶さがあって結構です。「恋とはどんなものかしら」は、ベッドで伯爵夫人の隣に寝そべって歌って見せます。歌自体は、すっきりした清新なものだったのですが、そこに現れるエロティックな雰囲気の出方がよかったと思います。それ以外のかき回し役としての役割も上手に見せていて、私が聴いたかつてのケルビーノであるエレナ・ツィトコーワや林美智子などと並んで、忘れられないケルビーノになりそうです。

 伯爵・伯爵夫人のコンビと、フィガロ・スザンナのコンビでは、伯爵、伯爵夫人がより印象に残りました。須藤慎吾の伯爵は、円熟したチョイワル親父というよりは、青年貴族のかっこよさを前面に出したもの。伯爵と言えば、内に秘めたるスケベ心を伯爵の威厳を損なわないように見せるのが良いと思いますが、須藤の伯爵は、スケベさよりも青年伯爵のいらだちがより前面に出ているもので、これはこれで結構です。第三幕のアリアは、音が十分に上がりきらないミスはあったのですが、その表情と威厳ある歌いっぷりは、見事なものでした。

 砂川涼子の伯爵夫人も魅力的。登場のアリア、「愛の神様、みそなわせ」は、少し緊張していたのか、完全に音楽に乗り切れていなかったようですが、第三幕の大アリア「あの美しい時はどこに」は非常に美しい名唱。今の砂川の魅力がふんだんに詰まった歌だったと思います。Bravaです。

 川越塔子のスザンナも悪いものではありません。このオペラの実質的なキーマン役をしっかりと果たしていたと思います。「手紙の二重唱」における伯爵夫人とのコンビネーションは非常に立派ですし、アンサンブルの核としての役割を十分に果たしていました。一方、早いパッセージに対する対応にやや問題があるようで、細かなミスが散見されました。また、川越は高音を軽くすっきり歌う技術はある方ですが、中低音の地声に近いところで歌う声が、リリコ・レジェーロにしては一寸落ちつきすぎている感じがあって、そういうところももっと明るい声で歌った方が、スザンナの溌剌さをより表現できたように思いました。

 久保田真澄のフィガロ。思ったほど灰汁のないフィガロでした。「もし踊りたければ」のアリアにしろ、「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」にしろ、もっと緩急自在に自分を前面に出した歌い方もあるかと思うのですが、割とすっきり歌って、ある意味拍子抜けした感じです。それ以外のアンサンブルの絡みでも、タイトル役である割には、あまり存在感を感じさせないフィガロであったと思います。一方で、そういう抑制的歌唱のせいか、アンサンブルでのバス役としては、それを壊す方向ではなく、まとめる方向になっていたように思いました。

 牧野真由美のマルチェリーナ。第4幕のアリア「牡山羊と牝山羊は互いに惹かれあい」は相当の難曲で、それだけにカットされることが多いのだと思いますが、今回牧野は挑戦し、完璧とは申し上げられないけれども、この曲の魅力を見せるだけの内容で歌って見せました。敢闘賞です。それ以外の一寸間の抜けた老女中の役回りでは、第一幕のスザンナとの二重唱や第三幕のフィガロが自分の息子であることが分かった部分の歌唱は、堂に入ったものでよかったです。

 三浦克次のバルトロもなかなかのものでした。昨年のファルスタッフ以来、三浦は調子がよいのかもしれません。第1幕のアリア、「復讐は、賢者に与えられた楽しみ」のブッフォ的歌唱は、三浦の魅力をよく示すものでした。

 小山陽二郎のバジリオも結構。「フィガロの結婚」におけるバジリオは、ロッシーニの「セビリアの理髪師」のそれとは違ってあまり重きをおかれない役で、普通の公演では気にかけることの少ない役柄です。主力歌手がこの役に取り組むことは少ないです。しかし、そういう役を小山のような第一線級が歌うと、全然違います。バジリオのアンサンブルにおける重要性を再認識させられました。また、第4幕のアリアも結構。バジリオの人生観がよく出ておりました。

 そのほか、バルバリーナ・小田切一恵、アントニオ・坂本伸司、クルツィオ・青柳明とそれぞれ自分の役割を十分に果たし、いつもながら合唱も見事で結構でした。

 問題があるとすれば、ガンディー二の演出とグロッシの舞台美術でしょう。板張りの抽象的な舞台で、天井から下りてくる仕切りと板状の幕で舞台を区切りながら、劇が進行します。小道具なども必要最低限で、それなりのすっきり感はあります。こういう演出は勿論ありだと思うのですが、舞台の構造のせいか、舞台の壁などが、反響板の役割を果たしていないように思いました。

 本当に木質系の舞台であれば、もっと響きが柔らかくなってもよいような気がするのですが、全体的に響かない舞台でした。そこは、もう少し、響きの飛びやすい舞台設計にすればよいのに、と思いました。

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鑑賞日:2012年3月9日
入場料:3990円 指定席13列46番

新国立劇場オペラ研修所公演 

主催:新国立劇場

オペラ1幕、字幕付原語(ドイツ語)上演
ツェムリンスキー作曲「フィレンツェの悲劇」(Eine fiorentinische Tragödie)
原作:オスカーワイルド
台本:アレクサンダー・ツェムリンスキー

オペラ1幕、字幕付原語(フランス語)上演
ラヴェル作曲「スペインの時」L'Heure Espagnole)
原作・台本:フラン・ノアン

会場:新国立劇場中劇場

スタッフ

指 揮 飯守 泰次郎
管弦楽 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
助 演 新国立劇場演劇研修所第5期生
演 出 三浦 安浩
美 術 鈴木 俊朗
衣 裳 加藤 寿子
照 明 稲葉 直人
振 付 伊藤 範子
舞台監督  :  山田 ゆか

出 演

フィレンツェの悲劇

グイート・バルディ 伊藤 達人(14期)
シモーネ 山田 大智(12期)
ビアンカ 柴田 紗貴子(13期)

スペインの時

コンセプシオン 吉田 和夏(13期)
ゴンサルヴェ 糸賀 修平(10期終了)
トルケマダ 村上 公太(6期終了)
ラミーロ 西村 圭市(12期)
ドン・イニーゴ・ゴメス 後藤 春馬(12期)
キューピット(黙役) 倉本 絵里(13期)
少年(黙役) 林 よう子(14期)

感 想 

苦渋の選択-新国立劇場オペラ研修所公演「フィレンツェの悲劇」/「スペインの時」を聴く

 三浦安浩は、20世紀の初めに書かれた近代オペラの傑作の二つを、同じ舞台装置を使って、パラレルワールドの世界として演出しました。プログラムによれば、「古の都の物語」、第1話「フィレンツェの悲劇」、第2話「スペインの時」です。この二つの作品をくっつけるために、本来のオペラとは関係ないプロローグというお芝居を組みこみました。

 苦渋の選択だったのでしょうね。厳しい状況の中の最大公約数的解と言うべきか、多元連立方程式を解くと言うべきか、とにかく色々はめ込みたい条件を全て入れ込んだら、こんな舞台になってしまった、という感じを強く覚えました。

 まずは、例年4日間行っていた研修所公演を3日にしたこと。これは、新国立劇場の厳しい予算状況によるものだと思いますが、そのため、主要役を歌えない研修生が出てきた。しかし、舞台に出さないと研修にならないから、「天使」と「少年」という黙役を敢えて作った、という部分はあるのでしょう。演劇研修所の研修生を助演として出す、というのもお約束なのでしょうね。それを解決するためにプロローグを考えた、という部分は絶対あるに違いありません。

 更に演目の問題もあります。オペラ研修所長の木村俊光の言葉によれば、今回の演目は、本年度修了になる12期生の男声4人がきちんと歌える出しものであること、既成のCDを聴き込むだけでは歌えない、自分で楽譜を一から勉強しないと歌えない作品であることを念頭に探した作品だそうです。確かに「フィレンツェの悲劇」も「スペインの時」も全く上演されない作品ではありませんが、滅多にやられない作品であることは確かです。また、どちらも音楽的にはすこぶる面白い作品ですが、歌い栄えする作品で無いことも一方の事実でしょう。

 三浦安浩の演出は、以上をひっくるめて何とかしようとしたもの、なのでしょうね。結局のところ、お客さんに対してアピールをするような舞台である前に、出演者の研修の場としてどうか、という点が優先された舞台だと思います。結果として、残念ながらよい舞台だとは思えない状態になりましたが、三浦の解があのようなゴチャゴチャした感じになってしまったのは仕方が無いことだろうとは思います。

 さて、演奏ですが、オーケストラの面白さが前に出た演奏だったと思います。飯守泰次郎はワーグナー演奏には定評のある指揮者ですが、ラヴェルをあんなに面白く演奏する方だとは、正直思っておりませんでした。前半のツェムリンスキーの世紀末的閉塞感の中の退廃美と、後半のラヴェルのスペイン的あっけらかんとした響きの対照が見事で、非常に楽しめました。

 さて、肝心の歌唱ですが、難曲だったのでしょう、オーケストラの味わいほどは歌えていなかった、というのが本当のところでしょう。特に「フィレンツェの悲劇」。「フィレンツェの悲劇」と言えば、大野徹也のグイート、多田羅迪夫のシモーネ、菅有実子のビアンカという2005年の二期会の舞台が今でも印象的に覚えているのですが、あの時の三人の歌唱には、今回の歌唱は足元にも及ばない、というのが正直なところだと思います。

 あの時の演出は、カロリーネ・グルーバー女史の奇抜なものだったので、印象が深いと言うところはあるかと思いますが、多田羅迪夫の歌唱は、今回の山田大智の歌唱と比較して、十分テキストを読みこんだ深みのある歌唱だったと思いますし、菅有実子のビアンカも、外見の奇抜さばかりでなく、歌唱でも存在を主張していたと思います。山田は、見ているとテキストを読まされている感の強い歌唱で、肉体から声が出ていると言う感じがしませんでした。また、柴田紗貴子の歌唱も悪いものではないのですが、何か通り一遍の歌唱で、悪女オーラの出方が足りない感じがしました。伊藤達人のグルートは、ある意味能天気でよい感じもしましたが、大野徹也の歌唱ほどの灰汁の強さは感じられなかったと思います。

 それが結局、研修生たちの若さ、ということだろうと思いますが、「フィレンツェの悲劇」を歌うのは、一寸若過ぎた、ということはあるのかもしれません。

 「スペインの時」も、歌唱がオーケストラに負けていた感じが強かったのは「フィレンツェの悲劇」と同様でした。ただ、こちらは喜劇で、歌唱の面白さもさることながら、演技の面白さで見せる部分が確かにあるということで、「フィレンツェの悲劇」よりは楽しむことが出来ました。

 吉田和夏のコンセプシオン。今一つおとなしい歌唱だと思いました。コンセプシオンは陽性な浮気女です。スペイン女の情熱があるはず。であれば、もう少し踏み込んだ表情の豊かな歌唱をされた方が存在感が出てくるのではないかという気がしました。

 糸賀修平のゴンザルヴェ。研修修了生だけあって、現役修了生よりは立ち位置の取り方が上手だと思いました。ドン・イーニゴと共に笑われ役ですが、ドン・イーニゴ役の後藤春馬よりバランスが取れている感じがしました。後藤も十分トホホ感が出ていて良かったのですが、喜劇であることを意識しすぎたのか、演技の自然さが糸賀ほどは出ていなかったように思いました。

 西村圭市のラミーロ。よかったと思います。演技の時に見せる一寸した動きが関西人ぽくて、それがラミーロという役に上手く合っているように思いました。柱時計を運ぶ時の自慢げな表情も良かったと思います。歌だってなかなかのものでした。

 結局のところ、研修生にとってなかなかハードルの高い舞台だったのだろうと思います。そこを飯守泰次郎/東京シティ・フィルのサポートを受け、何とかこなして見せたと言う感じがしました。しかしながらよい経験になったことでしょう。研修生の今後の研鑚と発展に期待したいと思います。

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鑑賞日:2012年3月11日
入場料:2000円 B席2階34列42番

立川市民オペラ公演2012 

主催:立川市民オペラの会/公益財団法人立川市地域文化振興財団

オペラ3幕、字幕付原語(イタリア語)上演
プッチーニ作曲「トゥーランドット」 (Turandot)
原作:カルロ・ゴッツィ
台本:ジュゼッペ・アダーミ/レナート・シモーニ

会場:立川市市民会館(アミューたちかわ)大ホール

スタッフ

指 揮 古谷 誠一
管弦楽 立川管弦楽団
合 唱 立川市民オペラ合唱団
合唱指揮  :  倉岡 典子 
演 出 中村 敬一
美 術 増田 寿子
衣 裳 下斗米 雪子
照 明 石川 紀子
舞台監督 大澤 裕
総監督  :  砂川 稔

出 演
トゥーランドット  :  津山 恵 
カラフ  :  松本 薫平 
リュー  :  砂川 涼子 
ティムール  :  若林 勉 
ピン  :  松本 進 
パン  :  栗原 剛 
ポン  :  山崎 裕視 
アルトゥム皇帝  :  及川 尚志 
役人  :  照屋 博史 

感 想 

前のめりの勢い-立川市民オペラ2012「トゥーランドット」を聴く

 市民オペラの形式には色々なものがあって、ソリストを含めて全てアマチュアから合唱以外はほとんどプロ、というものまで様々な形が存在しますが、一番多いのが、指揮者、演出家、ソリストをプロにお願いして残りを市民で固めると言うパターンです。立川市民オペラもその形式。合唱とオーケストラはアマチュアで賄い、ソリストはプロです。こういうパターンの演奏は、精密な演奏にはそもそもなりえないのですが、市民の参加者が本気で燃えると思いがけない化学反応を引き起こし、面白い演奏に仕上がることはよくあります。

 今回の立川市民オペラがその典型的な例でしょう。正直に申し上げれば、合唱もオーケストラも粗っぽい演奏で、音は決してきれいではありません。音は滲んでおりますし、オーケストラが変な音をたてるのも少なからずあります。しかし、演奏する人たちが本気で歌おうとしている。前のめりになって、勢いよく歌おうとする気持ちがある。だから粗っぽい演奏ではあるのですが、聴き手を乗せる演奏になっていました。冒頭の合唱から声の飛びもよく、ノリもいい合唱で、歌っている人たちが楽しんでおり、お客さんを楽しませようとする意識の強い合唱で、共感を覚える演奏でした。

 そいうアマチュアの思いはプロにも通じるのでしょう。今回のソリスト、一部の例外を除いて、本当に素晴らしい歌を歌ったと思います。驚くほどの出来でした。

 まずは、外題役の津山恵。素晴らしかったと思います。私もこれまで津山を何度か聴いており、比較的安定した歌唱をするソプラノである、という印象を持っていましたが、トゥーランドットのようなドラマティックな役柄をこれだけ歌える方だとは思ってもいませんでした。トゥーランドットの歌う高音は金切り声になりやすく、その金切り声をどう聴かせるかが、トゥーランドット役のソプラノの腕の見せ所だと思っていたのですが、今回の津山の歌唱を聴いて、認識を改めなければいけないと思いました。

 高音を強い声で歌うのですが、スッと声が伸びて揺れが小さいのです。あの高さの音をあの強さで、ビブラートの振幅を小さくベルカントでしっかり歌えるのは、本当に驚くべきことだと思いました。私は、横山恵子のトゥーランドットを日本人ナンバーワンだと思っていたのですが、今回の津山は横山とは違ったアプローチで、氷の姫君をしっかり造形して見せました。流石にフィナーレは疲れも出てきていましたが、それでも今回の津山のトゥーランドットを聴けた人は幸せだと思います。大Bravaを差し上げたいと思います。

 あと思いがけずよかったのは、三人の大臣たちの歌です。凄くコミカルな素敵な歌でした。これはピン役の松本進の貢献が大きいと思います。松本は「蝶々夫人」のボンゾみたいな役柄でよく見かけますが、考えてみると、彼の歌を意識して聴いたことはあまりなかったように思います。でも、ベテランのバリトンだけあって、アンサンブルのまとめ方が上手なのでしょうね。三人の大臣の中心にいて、バランス良く大臣の歌を進めて行きます。声も立派だし、存在感もあります。そこが良いのでしょうね。

 要がよいと、他の二人も伸び伸びと歌えます。栗原剛のパンも山崎裕視のポンも三人のバランスの中でいい歌唱をしていたと思いました。また、若林勉のティムールもきっちりと役目を果たしていたと思います。よい歌唱でした。

 砂川涼子のリューがよいのは当然、という感じがします。今の日本人歌手で、彼女よりリューを上手に歌える方って、一寸思いつきません。細かいミスがあり完璧ではありませんでしたが、流石の歌唱と申し上げてよいと思います。第一幕のアリアも、第三幕の「リューの死」のアリアも満足いくものだったと思います。

 問題は、カラフ役の松本薫平。ブレーキでした。何故あんなにビブラートをかけないと歌えないのでしょう。フォルテを歌うだけで、あんなにビブラートがかかってしまうのであれば、カラフのような役は歌うべきではないでしょう。一番の聴かせどころである「誰も寝てはならぬ」を含め、感心するところの全くないカラフでした。

 市民オペラの粗っぽい馬力と実力のあるソリストが組み合わされて、思いがけない化学反応を起こした聴き応えのある舞台だったのですが、カラフがそれをぶち壊した感じです。

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鑑賞日:2012年3月14日
入場料:5670円 C席4F1列36番

主催:新国立劇場

全3幕、字幕付原語(ドイツ語)上演
ワーグナー作曲「さまよえるオランダ人」(DER FLIEGENDE HOLLÄNDER)
台本:リヒャルト・ワーグナー

会場 新国立劇場オペラ劇場

スタッフ

指 揮 トマーシュ・ネトビル
管弦楽 東京交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 三澤 洋史
     
演 出 マティアス・フォン・シュテークマン
美 術 堀尾 幸男
衣 装 ひびの こづえ
照 明 磯野 睦
音楽ヘッドコーチ  :  石坂 宏 
舞台監督 村田 健輔

出 演

オランダ人 :エフゲニー・ニキティン
ダーラント :ディオゲネス・ランデス(1幕)/長谷川 顯(2.3幕)
ゼンタ :ジェニファー・ウィルソン
エリック :トミスラフ・ムツェニク
マリー :竹本 節子
舵手 :望月 哲也

感 想

アクシデント!!−新国立劇場 「さまよえるオランダ人」を聴く

 オペラの舞台では、起きないことが無いと申し上げてよいほど色々なアクシデントが起きるものだそうで、私もそういう現場を何回も見ております。主役歌手が、第一幕で降板してカヴァーに代わった経験もありますし、演奏中の地震も経験があります。しかし、その二つが同じ舞台で経験できたのは、流石に初めてでした。

 ディオゲネス・ランデスのダーラント、流石にあまり良い歌唱ではありませんでしたが、一幕で降板しなければならないほど不調だったとは思ってもいませんでした。第1幕を聴いているときは、また新国は、肩書きは立派だけれども実際は大したことのない歌手を連れて来たのかな、位に思っていたのですが、本当は、調子が悪かったのですね。後半歌った長谷川顯は、ランディスよりずっと安定した腰の据わった歌唱でした。カヴァー歌手は、実際には歌わないことが多く、モチィベーションの維持が難しいそうですが、長谷川はきちんと意識を高めて歌ったのでしょうね。十分代役以上の働きを見せてくれたのではないかと思います。

 後半の21時5分過ぎに起きた地震は、東京は震度3の揺れだったそうですが、私の体感ではもう少し強かった感じです。舞台上では、丁度水夫たちの合唱が歌われていました。この突然の揺れに、合唱を歌われている方は、一瞬ぎょっとした表情をされ、音楽が途切れそうになりましたが、流石プロです。オーケストラの演奏ともども、地震の揺れが継続している間もきっちりと音が繋がれて行きました。これはまずは大したもの、と申し上げてよいのではないかと思います。

 なお、「オランダ人」において合唱は非常に重要な役割を占めますが、新国立劇場合唱団の演奏、いつもながら高レベルの迫力ある合唱でした。水夫の合唱も第二幕の「糸車」の女声合唱も迫力に満ちる聴き応えのあるものでした。大変よかったと思います。地震が無ければもっと良かったのでしょうが、自然現象には勝てません。

 さて、音楽全体の造りですが、こちらはあまりピンとこなかったというのが正直なところ。ネトビルという指揮者、チェコ出身で最近ヨーロッパでは非常に人気のある方なのだそうですが、ただ重たい音楽を聞かせてくれた感じで、もう少しスマートさを前面に出せばいいのに、と思いました。また東京交響楽団も結構硬直した演奏で対応し、ミスも多かったと思います。ホルンが難しい楽器であるのはよく知っておりますが、何度もミスをするのは、如何なものかな、と思ってしまいます。音全体に、もう少し柔らかな厚みがあればよいのにな、と思いながら聴いておりました。

 この舞台、2007年プレミエの再演です。2007年の時、私は3階の端の席で聴いていたのですが、今回は4階の真ん中で聴きました。そこで思ったのは、5年前と印象が随分違うな、ということ。この舞台、背景の暗いものですが、5年前は、その暗さを印象的に感じておりました。今回再演を見てみると、暗さの中に水夫が浮かび上がってくる構図は同じでも、見える印象は随分違う。5年前は、明と暗とが連続的な舞台のように思っていたのですが、正面から見ると、明と暗とが対抗している感じ。これが妙に不自然な感じがしました。

 勿論演出の意図で、序曲は救済の動機をカットしたものになり、最後は魂の救済で終わるというのが、前回と全く同じで、その組み立ても自体が不自然ですから、照明の不自然さを感じる方が自然なのかもしれません。

 歌手陣ですが、まず舵手の望月哲也がいい。前回の高橋淳の演技のくどさは無いのですが、声が軽く響いて、それでいて迫力のある合唱に埋没しなかったのは良かったと思いました。ソリストで唯一海風を感じる歌唱だと思いました。

 オランダ人のニキティン、悪くないと思いました。特に後半、第三幕のクライマックスは、実力をしっかり示したものと思います。一方前半は、調子の悪いランデスに合わせてしまったのか、後半のパワーと比較すると、今一つ物足りなさがありました。

 ゼンダのウィルソン。この方も後半でした。この方の声、ゼンダを歌うには、ワーグナー・ソプラノ過ぎます。ゼンダのバラードは、高音の抜けが今一つで若い娘というより「オバサン」という感じ。ただ、この方も基本的な力量はある方のようで、オランダ人が頑張り始めるとこの方も頑張ると言う感じがありました。第三幕の高音の張り上げにおいて、声が二段ロケットのように飛びだしていく感じで、流石に凄いな、と思いました。

 ムツェニクのエリックは、結構乱暴な歌。声は飛んでくるのですが、もっと細部を丁寧に歌ってくれた方がよいのではないかと思いました。

 竹本節子のマリー。5年前もこの方でした。5年前は、それ以外の歌手たちが総じて素晴らしく、この方の歌がすっかり埋没した印象だったのですが、今回は、全体のバランスの中で彼女の歌も一定のポジションにあったように思います。ということは、ソリスト全体の力量は5年前の方が上だったということなのか、それとも彼女の歌の実力が上がったということなのか。後者であればいいのですが。

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鑑賞日:2012年3月20日
入場料:6000円 D
席4FR3列27番

企画・制作:株式会社ジャパン・アーツ

錦織健プロデュース・オペラVol.5

全2幕、字幕付原語(イタリア語)上演
ロッシーニ作曲「セビリアの理髪師」(Il barbiere di Siviglia)
原作:ピエール=オーギュスタン・カロンド・ボーマルシェ
台本:チェーザレ・ステルビーニ

会場 東京文化会館・大ホール

スタッフ

指 揮 現田 茂夫
管弦楽 ロイヤルメトロポリタン管弦楽団
合 唱 ラガッツイ
副指揮 大川修司/鈴木恵里奈
チェンバロ 服部 容子
     
演 出 十川 稔
テーマアート 天野 喜孝
舞台装置 升平 香織
衣 装 小野寺 佐恵
照 明 矢口 雅敏
舞台監督 堀井 基宏
プロデューサー  :  錦織 健 

出 演

ロジーナ :森 麻季
フィガロ :堀内 康雄
アルマヴィーヴァ伯爵 :錦織 健
バルトロ :志村 文彦
バジリオ :池田 直樹
ベルタ :武部 薫
フィオレッロ :金子 宏
隊長 :妹尾 寿佳

感 想

誰がオペラを殺したの?−錦織健プロデュース・オペラVol.5「セビリアの理髪師」を聴く

 序曲が終わると、パラパラと拍手が鳴ると同時に、ひとりの観客からBooが出ました。私は演奏家に対して会場でBooを出すことはしないことにしていますし、まだ演奏の全部が終了しないうちにBooを出すのは、例えひどい演奏であったとしてもやるべきではないと思いますが、正直なところ、この序曲の演奏は、十分Booに値するものでした。「セビリアの理髪師」序曲の、あの溌剌とした雰囲気がすっかり失われた演奏でした。メリハリの全く感じられないあまりにもぬるい演奏で、オペラへの期待感が一挙に沈んでいくようなものでした。

 このあまりにも張りのない、ぬるい演奏が今回の上演の全てを覆っていました。その結果として、あのオペラブッファの最高傑作とも言うべき「セビリアの理髪師」の溌剌とした、きりっとした味わいが、完全に抜けてしまっていました。オペラとして死んでいた、と申し上げても過言ではありますまい。

 この責任は、指揮者の現田茂夫に負って貰わなければいけません。現田が指揮したオペラはこれまで何回も聴いております。現田は、必ずしもいつも「当たり」の演奏をする方ではないのですが、それにしても、ここまでぬるい趣味の演奏をしたのを聴いたことはないように思います。

 まず、全体的なことを申し上げるならば、「セビリアの理髪師」という典型的オペラ・ブッファを演奏するには、全体的にテンポが遅すぎて間延びしている感じです。音のポジションが落ちつきすぎていて、まるでヴェルディかワーグナーを聴いている感じがしました。どっしりした重戦車のような演奏をロッシーニのオペラでするなんて、私には理解できません。基本のテンポが遅めなのはそれでも許しましょう。しかし、デュナーミクの幅も、アッチェラランドの勢いも感じられない演奏はロッシーニではありません。

 現田が「ロッシーニ・クレッシェンド」を知らないとは思いませんが、現実に、クレッシェンドの立ち上がりは非常に乏しく、だんだん強くなっていくようには聴こえて来ません。クレッシェンドがかかりながらだんだん速くなって、畳みこむように音楽が追い込まれていく、ロッシーニの音楽の楽しみが全く感じることができませんでした。

 オーケストラもレベルが低いです。弦楽器の音がいけません。こなれていない感じです。楽譜と違った音を出しているという訳ではないのですが、美しい音色として磨かれていないのです。またそういう指示が出ていなかったのか、出ていても演奏できないのかは分かりませんが、表情の豊かさを感じられない演奏に終始しました。歌手たちは一応それなりの水準にあったと思うのですが、指揮者とオーケストラが全てを台無しにした感じです。オペラの味わいを殺すような演奏をしてはいけません。

 一方、十川稔の演出はオーソドックスながら、お話の面白さを十分伝えることのできるもの。昨年の藤原歌劇団の「セビリャの理髪師」の松本重孝の演出よりずっといいです。升平香織の舞台装置も地方公演を前提にした機能的だけれどもなかなか美しいもので、よろしいと思いました。また歌手たちの演技も演技派が揃っているせいで、十分魅力があったと思います。池田直樹や志村文彦の演技はある程度想像できましたが、錦織健も十分にコメディアンでしたし、森麻季もコメディエンヌ的素養の片りんを見せました。

 歌手たちの歌唱は、一定水準以上にあったと思います。

 まず褒めるべきはアルマヴィーヴァ伯爵を歌った錦織健です。錦織は、どう見たってロッシーニ・テノールではありませんし、テノール歌手としての実力に秀でている方だとも思いません。しかし、この方自分の立場をよく弁えていらっしゃいます。だから、今回の上演をアルベルト・ゼッダ編纂クリティカルエディションと言いながらも、17番の難曲アリア「もう、逆らうのを止めよ」をカットし、ロッシーニ・テノールならば、当然やるようなフィオリトゥーラも原調で終わらせるなど、安全運転で終始いたしました。しかし、自分が歌う範囲に関しては、しっかりとポジションをとって、軽やかな発声で、アルマヴィーヴァ伯爵を歌い演じて見せました。

 錦織健プロデュース・オペラで「セビリアの理髪師」を取り上げるのは二度目ですが、錦織のアルマヴィーヴァ伯爵は、前回の2004年の時より明らかに進歩していました。錦織の衰えを聴くことになるのではないかと思いながら出かけたのですが、現実には、錦織のプロ魂を聴かせて頂くことになりました。

 ロジーナの森麻季は若干不調だったのか、完璧ではありませんでした。特に一番の聴かせどころである「今の歌声」は、彼女の本領とはかなり差のある出来と申し上げてよろしいのではないかと思います。フレージングの艶やかさが今一つで、また息の長さも今一つ足りない感じがしました。しかし、これが森のせいか、と申し上げると、なかなか難しいところがあります。テンポが遅めなので、森の感覚では終わっている筈のところまで、オーケストラの音の響きが残っていた、と言うのはあるかと思います。

 森の偉いところは修正がきっちり行くところです。第7番のフィガロとの二重唱からオーケストラのテンポに自分の息遣いを合わせてきて、不足感を観客に聴かせないようにしていきました。その結果、二幕後半の歌唱などは、流石森、とも言うべき、美しい歌唱に仕上がっていました。

 堀内康雄のフィガロ、上手なのですが、ロッシーニ・バリトンとしては落ちつきすぎている感じがしました。腰の軽さを感じさせられないフィガロでした。堀内はやはりヴェルディ諸役の方が似合います。しかし、この落ち着きが、オーケストラのスピードや温さの影響である可能性は否定できないと思います。もっと軽快な演奏になれば、アジリダの切れもよくなり、もっと軽さを感じるフィガロになったような気がします。

 バルトロの志村文彦。よかったと思います。演技が非常にコミカルで、魅力的な役作りでした。もう少し声が枯れていて、もう少し歩く姿がおかしければ、申し分のないバッソ・ブッフォと言うことになるかと思いました。池田直樹のドン・バジリオは、流石にベテランの味だと思います。ロッシーニ・クレッシェンドの畳みかけは今一つでしたが、「陰口はそよ風のように」は、一寸不気味な雰囲気に、池田のオペラ舞台の豊富な経験を感じました。

 ベルタの武部薫。悪くはありませんでしたが、歌に貫禄があり過ぎです。シャーベット・アリアとも称される「老人は嫁さんを求め」はもっと軽く歌った方がこのオペラに合うと思いますし、わざわざフィナーレで一音上げて見せる必要も、ベルタを演じている限りに必要ないように思いました。しかし、この武部のちぐはぐな歌も、元の原因は、現田茂夫の指揮の遅さに帰することが出来ます。こんなところも含めて、音楽を「殺した」のは誰であるか、一目瞭然だと、私は思っています。

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鑑賞日:2012410
入場料:C席 7560円 4F117番 

主催:新国立劇場

オペラ4幕、字幕付原語(イタリア語)上演
ヴェルディ作曲「オテロ」 Otello)
原作:ウィリアム・シェイクスピア
台本:アッリーゴ・ボーイト


新国立劇場オペラ劇場

スタッフ

指 揮  :  ジャン・レイサム=ケーニック   
管弦楽  :  東京フィルハーモニー交響楽団 
合 唱  :  新国立劇場合唱団 
合唱指揮  :  三澤 洋史 
児童合唱  :  世田谷ジュニア合唱団 
児童合唱指導  :  掛江 みどり 
     
演 出  :  マリオ・マリトーネ 
美 術  :  マルゲリータ・バッリ 
衣 装  :  ウルスラ・パーツァック 
照 明  :  川口 雅弘 
再演演出  :  江尻 裕彦 
音楽ヘッドコーチ  :  石坂 宏 
舞台監督  :  大澤 裕 

出 演

オテロ  :  ヴァルテル・フラッカーロ 
デズデモーナ  マリア・ルイジア・ボルシ 
イアーゴ  :  ミカエル・ババジャニアン 
ロドヴィーコ  :  松位 浩 
カッシオ  :  小原 啓楼 
エミーリア :  清水 華澄 
ロデリーコ  :  内山 信吾 
モンターノ  :  久保田 真澄 
伝令  ダン・ジュンボ 


感 想

軽量級-新国立劇場「オテロ」を聴く

 プレミエの時と比較すると、かなり情けない演奏になっていた、と言うのが本当のところだろうと思います。

 あの時のフリッツァの棒捌きといい、イアーゴを歌ったルチオ・ガッロの歌唱といい、大変素晴らしい見応えのあるもので、非常に感心したことを覚えています。今回はそれと比較すると、指揮者のレイサム=ケーニックはまだしも、ババジャニアンのイアーゴは全く食い足りない。演技も歌唱も全然満足できないものでした。

 ババジャニアンはすっきりした声のバリトンで、軽さと明るさとを感じます。こういう感じの方は「蝶々夫人」のシャープレスとかヴェルディの作品であれば「仮面舞踏会」のレナートや「椿姫」のジェルモンならばそれなりの表現が出来ると思うのですが、リゴレットやイヤーゴの声ではない。勿論、イヤーゴでも、仮面をかぶっているイヤーゴ、例えば、ロデリーゴに語りかけたり、カッシオに甘言を言ったりする時、その明るい声で軽薄に迫るということがあっても良いと思います。でも、内面の悪魔の心を表現する時、あの声ではあまりに軽すぎて真実味に欠けるのです。

 「オテロ」の一番の聴かせどころは、第二幕の「クレド」だと私は思っているのですが、そこは全く駄目でした。声が地についていない。2009年のルチオ・ガッロは鬼気迫る表現でイヤーゴの寒々とした暗い怨念を示して見せましたが、ババジャニアンは声に深みが無く、とてもイヤーゴの心の闇を歌い上げることができませんでした。演技だって、全く通り一遍で、ここの演出は、水の中から緑色のヘドロをすくって壁に十字架を描き、それを無造作に水で流し消し去って、虚空を見上げる、というものなのですが、ヘドロを掬って壁に十字架を書く演技が抜けてしまっていて、バケツで壁に水を掛けるだけだったので、なんとも締まらない。

 「オテロ」は、何といってもイヤーゴが中心の作品ですから、イヤーゴが外れだと詰まらなく感じるのは仕方がないことなのでしょう。

 外題役のフラッカーロも「オテロ」としては如何なものか、という感じがします。彼は本質的にドラマティック・テノールではないと思いますし、それは本人もよく分かっているようで、かなりドラマティックな表現を意識した歌唱で攻めて来ました。しかし、それでも、一寸したところで重しが外れてしまう。そうすると、どうしてもふわっと浮いた感じが出てしまって、オテロ役に期待される幅の広さが表現しきれていない感じがしました。要するにオテロ役としては小粒な感じが終始否めませんでした。

 こういう中で比較的奮闘していたのが、ボルシのデズデモナです。ボルシの歌唱もデズデモナとしては軽量級な感じは否めないのですが、しかし、その美声が軽量級の雰囲気を補って余りある感じです。第1幕のオテロとデズデモナの愛の二重唱は、二人共軽量級の感じが強くて、もっと重しが欲しい感じがしましたし、第三幕のコンチェルタント・フィナーレにおける歌唱も声の強さの不足を一寸感じてしまったのですが、第4幕の一番の聴かせどころである「柳の歌」から「アヴェ・マリア」に至る部分は、反対に声の繊細さを上手に使って、見事な表現になっていました。デズデモナとしては弱い感じはあるのですが、あれだけ繊細に表情豊かに歌っていただけるのであれば文句はありません。Bravaでした。

 脇役陣の中では何と言っても清水華澄のエミーリアが光ります。第4幕フィナーレでの彼女の存在感と歌唱が無ければ、どれだけ詰まらなく終わったことかと思います。イヤーゴの情けなさと比較すると、清水のポイントを押さえた歌唱は本当に素敵なものでした。

 レイサム=ケーニックの音楽づくりは、プレミエ時のフリッツァの指揮ほど良いとは思いませんでしたが、この作品のドラマティックな雰囲気をよくオーケストラから吸い上げようとして奮闘いたしました。ミスはそれなりにあったもののオーケストラからあれだけ緊張感のある音を鳴らし、広いデュナーミクをしっかり示してこの音楽を響かせて見せたのは大変素晴らしいと思いました。しかし一方で、あの音楽づくりは、軽量級の歌手が多い今回のキャストでは、歌唱とすり合っていなかった感じがいたしました。

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鑑賞日:2012年4月15日

入場料:自由席5,000円

津山恵リサイタル2012

会場:津田ホール

出演/スタッフ

ソプラノ  :  津山 恵   
バリトン  :  宮本 益光 
ピアノ  :  服部 容子 
演出  :  中村 敬一 
     
     
     
     
 
 
 
   


プログラム

作詞 

作曲 

作品名 

曲名 

歌唱 

ゲーテ  モーツァルト  すみれ K.476    津山恵 
ヤコービ  モーツァルト  クローエに K.524    津山恵 
ダ・ポンテ  モーツァルト  フィガロの結婚 K.492  フィガロのアリア「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」  宮本益光 
伯爵夫人のアリア「美しい思い出はどこへ」  津山恵 
シカネーダー  モーツァルト  魔笛 K.620  パミーナとパパゲーノの二重唱「恋を知るお方ならば」  津山恵/宮本益光 
パミーナのアリア「愛の幸せは永遠に消えてしまった」  津山恵 
パパゲーノのアリア「可愛い娘か女房を」  宮本益光 
パパゲーノとパパゲーナの二重唱「パ・パ・パ」  津山恵/宮本益光 

休憩     

フェデリーコ  ペルゴレージ  奥様女中  日本語上演/上演台本:宮本益光  セルピーナ:津山恵/ウベルト:宮本益光 

アンコール

ダ・ポンテ  モーツァルト  ドン・ジョヴァンニ K.527  ドン・ジョヴァンニとゼルリーナの二重唱「お手をどうぞ」  津山恵/宮本益光 
峯陽  小林秀雄  素敵な春    津山恵 

感想

声の質と見た目の雰囲気−津山恵リサイタル2012を聴く

 先月立川市民オペラで大変素晴らしいトゥーランドット姫を歌った津山恵がリサイタルをするというので、津田ホールまで行ってまいりました。バリトンの宮本益光をゲストに迎え、モーツァルトの歌曲とオペラの音楽、そして後半はペルゴレージのインテルメッゾ「奥様女中」を宮本の訳詞によって歌うというものでした。

 リサイタルですから、それなりに目標があり、それに向けてきっちり準備して、本番を迎えたのだろうと思います。その意味では、今回の演奏会の成果が、今の津山恵という歌手の位置を一番示しているのだろうと思います。演奏会自体は大変楽しめるものであったことは間違いありません。津山恵の基本的なポテンシャルの高さを再認識いたしました。その中で思うのは、彼女はどう見てもソプラノ・リリコ・レジェーロやソプラノ・レジェーロの声の歌手ではありません。正統リリコか、ソプラノ・リリコ・スピントの方だろうと思います。

 しかしながら、一方で彼女は童顔ですし、奥様タイプというよりは若い娘か女中に向いています。見た目の雰囲気と声がミスマッチなのですね。それを今回のリサイタルで強く感じました。

 津山の一番の声の魅力は、中高音での密度のあるしっかりした声です。これは本当に魅力的なものだと思います。こういう声にぴったりする役柄が伯爵夫人やパミーナで、この二役のアリアは、細かい問題はあったにせよ非常に津山の声に似合ったものだと思います。特にパミーナのアリアは絶品でした。こういう一寸影のある表現をすべき曲においては、津山の落ちついた美声が特に似合っていました。本日の白眉と申し上げてよいでしょう。

 一方、パパゲーナやゼルピーナは本来津山の役ではないと思います。要するに高音を軽く鋭く響かせるには彼女の地声は密度があり過ぎるということなのかもしれません。「パ、パ、パ」は、宮本益光と息ぴったりで歌い大変魅力的なものでしたが、声のポジションが、普段聴いているパパゲーナよりも落ちついている感じがするのです。パパゲーナはもっと弾けて楽しそうに歌った方がよいと思いました。

 セルピーナも同様です。私は、宮本訳詞の「奥様女中」を見たのは今回が二回目なのですが、前回「宮本益光リサイタル」で聴いた時よりもセルピーナのはじけ方が今一つ魅力的ではありません。前回宮本版「奥様女中」を聴いたときののセルピーナは鵜木絵里でしたが、鵜木の方が津山よりも声のポジションが高く、音の切れに鋭さがあるのです。セルビーナはここぞとばかりにウベルトを攻め立てて、自分が奥様の位置に座ってしまおうとするアグレッシヴな女中ですから、声の切れと軽い響きをもっと前面に出した方がよろしいかな、と思いました。

 津山の技術的な問題はディミニエンドしたり、ピアノで歌おうとすると声が揺らぐところです。強い声でポジションを作って歌うところでは、密度のある強靭な美声が魅力的なのですが、小さい声で歌う時も声の密度は同じで、しかしながら表情をしっかり蓄えて歌ってくれればよいのにな、と思いました。伯爵夫人のアリアは、非常に素敵な歌唱だったのですが、そういう揺らぎがあったおかげで、画竜点睛を欠く感じになってしまいました。

 宮本益光の歌唱は、余裕綽々といったところ。フィガロにせよ、パパゲーノにせよ、ドンジョヴァンニにせよ、宮本が特に得意としている役柄ですから悪い筈がない。津山の落ち着きと相俟って、素敵な表情になっていたように思いました。

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鑑賞日:2012年4月27日
入場料:D席 3780円 4F 1列7番

主催:新国立劇場

オペラ2幕 字幕付き原語(イタリア語)上演
モーツァルト作曲「ドン・ジョヴァンニ」
Don Giovanni)
台本:ロレンツォ・ダ・ポンテ 

会場 新国立劇場・オペラ劇場

指揮 エンリケ・マッツォーラ
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
チェンバロ 小埜寺 美樹
合唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 三澤 洋史
演出 グリシャ・アサガロフ
美術・衣裳 ルイジ・ベーレゴ
照明 マーティン・ゲブハルト
再演演出 田尾下 哲
音楽ヘッドコーチ 石坂 宏
舞台監督 斉藤 美穂

出演者

ドン・ジョヴァンニ マリウッシュ・クヴィエチェン
騎士長 妻屋 秀和
レポレッロ 平野 和
ドンナ・アンナ アガ・ミコライ
ドン・オッターヴィオ ダニール・シュトーダ
ドンナ・エルヴィーラ ニコル・キャベル
マゼット 久保 和範
ツェルリーナ 九嶋 香奈枝

感 想

ドン・ジョヴァンニは素敵だったが・・・-新国立劇場「ドン・ジョヴァンニ」を聴く

 クヴィエチェンは世界で一番旬の「ドン・ジョヴァンニ」歌いなのだそうです。私は恥ずかしながら、その評判を最近まで知らなかったのですが、今回のドン・ジョヴァンニ、流石にその評判を裏切らない出来栄えでした。美声ですし、恰好もいい。歌に色気があるのも嬉しいです。かっちりした箱の中に音楽を素早く詰め込んでいくような感じがありました。鋭い立ち上がり、スピード感、とにかく大したものでした。まずは、ツェルリーナを誘惑する誘惑の二重唱がとてもよかったと思いますし、豪快なシャンパンの歌も楽しめました。そして、セレナード。美声が心地よく響きます。確かに旬のドン・ジョヴァンニと申し上げてよいでしょう。

 新国立劇場は、欧米で『評判』の歌手を連れて来て、実際は全然だめだった、ということをしょっちゅうやっているのですが、今回のクヴィエチェンに関して言えば、欧米の評判を裏切らなかった、と申し上げてよいでしょう。

 クヴィエチェンだけではなく、男声低音系歌手は皆よかったと思います。平野和のレポレッロ。良かったです。クヴィエチェンが比較的中音部の澄んだ若々しいバリトンであるのに対し、平野は、バス・バリトン系の低い音に重心のある声で、このバランスがまず良かったです。華やかさを感じさせる歌い方ではなかったし、またバッソ・ブッフォ的なおかしみのある表現をされるわけでもないのですが、歌唱の基本線がしっかりしてぶれないのが素晴らしいです。「カタログの歌」は、もっとケレンミを出して表現する方も多いと思いますが、平野はきっちりした表現で正確な表情を出しました。それ以外でもポイントポイントできちんとした存在感を出していたと思います。

 妻屋秀和の騎士長も立派でした。妻屋は騎士長を相当の回数歌っているそうですが、豊かなフレージングがバスの見事な声量と相俟って、クヴィエチェンに全く引けを取っていませんでした。

 久保和範のマゼット。前回に引き続きの登場。馴れた感じがありました。

 立派な低音男声陣に対して女声陣はばらつきが大きかったと思います。

 アラ・ミコライは立派なドンナ・アンナでした。この方、前回のこの演出の時はエルヴィラを歌われた方です。その時も素敵な歌で感心したのですが、ドンナ・アンナも良かったです。第1幕の「オッターヴィオ、私は死にそう」のアリアもフィナーレの前の大アリアも大変立派なものでした。一寸風格のある力強いけれども品の良い表情で感心いたしました。

 一方、エルヴィラを歌われたニコル・キャベルは今一つでした。この方レパートリーから見ると、ソプラノ・リリコ・レジェーロの声の持ち主のようです。そういうかたが典型的なリリコ・スピント役であるドンナ・エルヴィラを歌うことにそもそも無理があるように思います。勿論歌える器用さがあっての起用なのでしょうが、バランスの悪い表現になっていました。一所懸命声のポジションを下げてドラマティックな表現をしようとしているのですが、空回りするところも少なくなく、表現がぼけていて、エルヴィラの悲しみを十分に示すことはできていなかったように思います。

 九嶋香奈枝のツェルリーナも今一つ。彼女は、高い軽い声の持ち主の筈なのですが、ツェルリーナとしては響きが重かったです。響きのポイントがもう少し高いポジションにあった方がよいと思いました。そのため、ドン・ジョヴァンニの誘惑の二重唱では、誘惑されながらも自分からも手管を出すキャバクラのお姉ちゃんみたいな雰囲気が若干見えてしまいましたし、「ぶってよ、マゼット」にしても「薬屋の歌」にしても純粋さよりも、女の計算高さの感じがより強く表れてしまって、今一つでした。

 全く駄目だったのが、オッターヴィオを歌ったシュトーダ。あんな歌手に歌わせるぐらいなら、さっさと降板させてカヴァーの鈴木准に歌わせるべきでした。音程もいい加減だし、モーツァルトのかるみも出ていないし、声もきっちり飛ばないし。こんなのを連れてくるから、新国立劇場は評判を下げるのでしょう。

 エンリコ・マッツォーラの指揮は、オーセンティック・モーツァルトを意識しているのか、割とかっちりとした音楽づくり。弦楽器が素直な音で響くが、それ以上に管楽器が活躍するような感じと申し上げたらよいのでしょうか。リズムの刻みがはっきりした音楽で悪くはありませんでした。前回のトリンクスのやり方とは別の意味で計算高い音楽作りだと思いますが、トリンクスの時の「如何にもデモーニッシュですよ」、という感じはなかったので良かったと思います。

 全体を通して言えば、指揮者とクヴィエチェンが作ろうとした構図に入らない方がいて、全体としては今一つ感の拭いされない演奏に終わりました。残念です。 

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