オペラに行って参りました-2015年(その2)

目次

四年越しの上演  2015年3月15日  新国立劇場「マノン・レスコー」を聴く 
オペラの王道 2015年3月28日 日本オペラ協会「袈裟と盛遠」を聴く
遂にブレーキ  2015年4月5日  新国立劇場「運命の力」を聴く 
二年間の進歩 2015年4月25日 藤原歌劇団「椿姫」を聴く
もう少し親切心が欲しい  2015年5月2日  府中シティ・ミュージック・ソサエティ「オペラガラコンサート、パリで誕生する愛、失われる愛」を聴く 
オペレッタの楽しさは分かるけど、、、 2015年5月3日 すみだオペラ第4回公演「メリー・ウィドウ」を聴く
プレミエの好発進  2015年5月10日  新国立劇場「椿姫」を聴く 
エンターティナー 2015年5月16日 アルテリーベ東京「彩りの音の世界」vol.3「宮本彩音コンサート〜勿忘草の音葉達〜」を聴く
サブカル演出の魅力  2015年5月23日  二期会ニューウェーブ・オペラ劇場「ジューリオ・チェーザレ」を聴く 
立ち姿でどれだけ表現できるか 2015年5月24日 新国立劇場 「ばらの騎士」を聴く

オペラに行って参りました。 過去の記録へのリンク

2015年  その1  その2   その3  その4  その5  どくたーTのオペラベスト3 2015年 
2014年  その1  その2   その3  その4  その5  どくたーTのオペラベスト3 2014年 
2013年  その1  その2   その3  その4  その5  どくたーTのオペラベスト3 2013年 
2012年  その1  その2  その3  その4  その5  どくたーTのオペラベスト3 2012年 
2011年  その1  その2  その3  その4  その5  どくたーTのオペラベスト3 2011年 
2010年  その1  その2  その3  その4  その5  どくたーTのオペラベスト3 2010年 
2009年  その1  その2  その3  その4    どくたーTのオペラベスト3 2009年 
2008年  その1  その2  その3  その4    どくたーTのオペラベスト3 2008年 
2007年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2007年 
2006年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2006年 
2005年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2005年 
2004年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2004年 
2003年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2003年 
2002年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2002年 
2001年  前半  後半        どくたーTのオペラベスト3 2001年 
2000年            どくたーTのオペラベスト3 2000年  

鑑賞日:2015年3月15日
入場料:7776円
 C席4F2列40番

主催:新国立劇場

全4幕、字幕付原語(イタリア語)上演
プッチーニ作曲「マノン・レスコー」(MANON LESCAUT)
台本:マルコ・プラーガ/ドメーニコ・オリーヴァ/ジュリオ・リコルディ/ルーイジ・イッリカ

会場 新国立劇場オペラ劇場

スタッフ

指 揮 ピエール・ジョルジョ・モランディ
管弦楽 東京交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 三澤 洋史
     
演 出 ジルベール・デフロ
装置・衣裳 ウィリアム・オルランディ
照 明 ロベルト・ヴェントゥーリ
音楽ヘッドコーチ  :  石坂 宏 
舞台監督 村田 健輔

出 演

マノン・レスコー :スヴェトラ・ヴァッシレヴァ
デ・グリュー :グスターヴォ・ボルタ
レスコー :ダリボール・イェニス
ジェロンド :妻屋 秀和
エドモンド :望月 哲也
旅籠屋の主人 :鹿野 由之
舞踏教師 :羽山 晃生
音楽家 :井坂 惠
軍曹 :大塚 博章
点灯夫 :松浦 健
海軍司令官 :森口 賢二
カンタンテ :渡邉早貴子/藤井直美/熊井千春/北村典子

感 想

四年越しの上演−新国立劇場 「マノン・レスコー」を聴く

 2011年3月11日の東日本大震災は、20000人近い人の生命を奪ったうえ、多くの方の財産を奪い、更に東京電力福島第一原子力発電所の事故まで引き起こし、その後の数か月は、計画停電など、首都圏でも不便を強いられました。音楽会についても中止されるものが相次ぎ、2011年3月15日から30日にかけて上演予定だった「マノン・レスコー」についても中止の憂き目を見たわけです。その「マノン・レスコー」が、震災から四年を経て、ようやく上演されました。指揮者こそ、4年前に予定されていたフリッツァからもランディに変更になったものの、主要なキャストは4年前にアナウンスされていたものと同じです。

 4年前、私も当然ながらチケットを用意し、聴きに行くつもりでいたわけですから、震災の影響だから仕方がないと思う一方、残念だなあ、と思う気持ちがなかったとは言いません。「マノン・レスコー」は、日本でも数年に1回は取り上げられているのですが、私自身は実演と縁が無く、今回の公演は、私に取っても、待ちに待った公演ではありました。

 舞台全体の印象としては、なかなか素敵だなと思いました。舞台は、「ベルリン・ドイツ・オペラ」からのレンタルとのことですが、基本的な演出はオーソドックスであり、上演に接する機会が決して多いとは言えないオペラでは、分かりやすくて良いなと思います。舞台は、白い大きな箱であり、その中で物語の進行を理解するために必要な小道具が必要な範囲で配置されるというものです。第一幕は、学生たちが騒ぐテーブルとイス、第二幕は、ジェロンドの屋敷の一室を象徴するベッドと鏡、第三幕のルアーブルの港のはしけ、第四幕の血の砂と象徴的でありながら、具体的な印象を感じさせ、物語の進行を理解するに十分でした。

 照明過剰の舞台は、白さが目立つものでありました。特に第二幕は、マノンとデ・グリュー以外の登場人物は全て顔を白塗りにして出てくるのですが、その白い下に邪悪なものを封じ込めているような感もありますし、マノンというファム・ファタールの持つ白々しさを反映する象徴するように思えました。私としては、昏さを強調する舞台より、明るさの中で異常さを見せる今回のような舞台が好きです。

 演奏は、まずオーケストラが良かったです。モランディの指揮は、オーケストラを良く鳴らすもので、その劇的な表情が特徴的です。プッチーニのこの作品は、三管編成の厚いオーケストラの音の上に歌手の声が乗っかるところに特色があり、その点からも、オケを劇的に鳴らす、というのは結構なことなのだと思います。二幕のフィナーレであるとか、三幕への間奏曲とかにその味を感じました。

 逆に二人の主役、マノンとデ・グリューは、もう少し抑制的であっても良いのかなという感じがしました。

 マノンを歌ったヴァッシレヴァは、舞台姿が綺麗で、如何にも「魔性の女」の雰囲気を出していました。その点は良かったのですが、歌は正直なところ、余りぴんとは来ませんでした。全般的にヴィヴラートが過剰で、そこが好きになれないところではあるのですが、そうでありながら、メリハリの付け方も今一つ明確でない感じがして、ヴィジュアルな存在感はしっかりあるのですが、音楽的な存在感が凄く感じさせられる、というものではなかったように思います。

 デ・グリューのボルタも今一つ。第一幕は、喉が温まり切っていなかったのか、歌がかすかすな感じになり、テノールの甘さが上手に出ていなかったように思います。第二幕後半から登場すると、別人のように美声を響かせていましたが、この方、音楽に乗りすぎると自分に酔っちゃうようなところがあります。甘い表情が乗りすぎると、声が上擦ってしまってかえって声の響きが悪くなる傾向があります。

 プッチーニの音楽自体が、よく言えば通俗的、悪く言えば、「お涙ちょうだい」見え見えなところがあり、それに歌手が乗りすぎると品が無くなってしまって、かえって白けてしまう感じがします。もっと理性的に歌って、通俗的な部分はオーケストラに任せた方が、より良い結果が生まれたのではないかと思いました。

 そういう冷静な歌唱で通俗に流れるところに楔を打ち込んでいたのが、兄・レスコーを歌ったイェニス。必ずしも理性的な役柄ではないと思いますが、良い歌唱をしたと思います。また、いつもながら調子が良かったのが、妻屋秀和。敵役のジェロンドをしっかりした存在感で歌っていて、流石だと思いました。

 望月哲也のエドモンドは、出だしがよく聴こえなかったのですが、その後は順調に進んだ感じです。その他、脇役陣では、舞踏教師役の羽山晃生、軍曹の大塚博章、海軍司令官の森口賢二らがよく、一方、井坂惠とカンタンテが歌うマドリガレは、もっと上手に響かせられるのではないのかな、と思いました。

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鑑賞日:2015年3月28日
入場料:8000円
 B席2F2列31番

主催:(公財)日本オペラ振興会/(公社)日本演奏連盟
2015都民芸術フェスティバル参加公演

日本オペラ協会公演

全3幕、字幕付原語(日本語)上演
石井歓作曲「袈裟と盛遠(けさともりとお)
台本:山内泰雄

会場 新国立劇場中劇場

スタッフ

指 揮 柴田 真郁
管弦楽 フィルハーモニア東京
合 唱 日本オペラ協会合唱団
合唱指揮 諸遊 耕史
     
演 出 三浦 安浩
美 術 鈴木 俊朗
衣 裳 坂井田 操
照 明 :  稲葉 直人
振付・所作 出雲 蓉
舞台監督 八木 清市
公演監督 荒井 間佐登
日本語唱法・総監督 大賀 寛

出 演

遠藤 盛遠 :泉 良平
袈裟 :沢崎 恵美
渡辺ノ渡 :中鉢 聡
白菊 :長島 由佳
平 清盛 :清水 良一
佐藤 義清 :鳴海 優一
呪師 :中村 靖
勢至菩薩 :鈴木 美也子
鬼子母神 :きのした ひろこ
白拍子(舞) :神田さやか/片岡美里/喜久間あや
家来 :三浦大喜/堀内丈弘

感 想

オペラの王道−日本オペラ協会 「袈裟と盛遠」を聴く

 イタリアオペラは、主要三役が重要です。即ち、ソプラノの悲劇のヒロイン、テノールの二枚目、そして、敵役の三枚目ですね。この三役の組合せは枚挙にいとまがない程で、「椿姫」(ヴィオレッタ、アルフレード、ジュルモン)、「トスカ」(トスカ、カヴァラドッシ、スカルピア)、「ルチア」(ルチア、エドガルド、エンリーコ)、他にも「蝶々夫人」、「リゴレット」、「トロヴァトーレ」、「仮面舞踏会」、「オテロ」、、。いくらでもするする上がってくる。日本オペラだって、そういう悲劇はきっとあると思うけれども、あまり多くないような気がします。パッと思いつくのは、山田耕筰の「黒船」ぐらいでしょうか? 日本文学には男女の道ならぬ恋の悲劇を描いたものは沢山あるけれども、作曲家たちが、そういう作品をイタリアオペラのような劇的悲劇にまとめるのは、躊躇してしまう、ということはあるのかもしれません。

 その意味で、「袈裟と盛遠」は、正にイタリアオペラです。若い美男美女の夫婦(テノール・ソプラノ)に横恋慕を押すバリトン。妻は夫を裏切る気はないけれども心の中では、紳士の夫だけではなく、野卑なバリトンにも惹かれてしまうところがある。夫の疑念と、バリトンの「夫を殺して、俺と逃げよう」と言われると、夫の身代わりに自分のいのちを差し出してしまう。確かに舞台は平安時代の日本だし、日本的メロディーはふんだんに盛り込まれて入るけど、このストーリーが、イタリアのシシリア島であったからと言って、全然不思議ではありません。

 この作品が作曲された1968年は、日本でオペラが上演されてほぼ60年、日本オペラの最初の成果と申し上げてよろしい「黒船」からほぼ30年経ち、「夕鶴」、「修禅寺物語」、「河童譚」、「広島のオルフェ」、「赤い陣羽織」、「昔噺人買太郎兵衛」といった作品が生まれてきていたとはいえ、オペラの王道的ストーリーのものがなかったということもあって、山内泰雄は、そういう意識を持って台本を書いた、ということがあるのでしょう。

 石井歓の音楽だって、現代音楽的不協和音は沢山あるし、フルートを能管的に使うなど日本の音も当然意識しているのですが、その土台にあるのは、あくまでもロマン主義的メロディラインのようです。第二幕フィナーレのオーケストラの音は、どう考えてもレスピーギですから。アリアも袈裟、白菊の二人のソプラノと渡、盛遠にそれぞれ与えられていますし、袈裟と渡の美しい二重唱もある。そういうところも、イタリアオペラの伝統をかなり借用したオペラといえると思いました。

 そういう中で、演出は相当平安日本を意識しています。舞台は、新国立劇場中劇場の回転舞台の上に渡辺ノ渡の屋敷と山の中を背面に配し、舞台を回転させることで、この二つの舞台が交互に入れ替わります。衣裳も平安貴族風というか、衣冠束帯を意識した貴族と、遠藤盛遠で代表される武家の衣裳の違いなどもしっかり示されておりました。所作も時代劇を相当意識していた様子で、合唱も含めた女性の所作が総じて美しいのが良かったと思います。特に袈裟役の沢崎恵美の裾を払う様子などは、美的に的確なものだったと思います。

 柴田真郁の音楽作りは、ドラマティックな盛り上げを意識しているように思いました。終演後、あるオールドファンが、「前回はあんなに乱暴な演奏ではなかったよ」と仰っていましたが、イタリアオペラ的な盛り上がりを期待するのであれば、柴田のような行き方がオーソドックスではないかと思います。日本的美とは異質かもしれませんが、このオペラの本質が西洋風肉食系であると思いますので、私はそれを明確に示した柴田の表現を支持したいと思います。

 歌唱も総じて立派です。一応日本語字幕が付いておりましたが、字幕を見ずとも、何を歌っているかがはっきりとわかるところがまず素晴らしい。ベルカント唱法は日本語と相性が悪く、何を歌っているのかが分からない、とかつては言われていましたが、元々日本語の音韻を意識して作曲されているということはあるにしても、語句がはっきり聞き取れることは、嬉しいことです。

 歌唱に関しても主要役は皆さん上々の出来でした。

 ヒロインの沢崎恵美が線の細やかな美声で素敵です。勿論、役柄がただ美貌なだけではなく、内に秘めた激しさを持った女性なので、二幕の盛り上がる部分では更に声の強さがあり、高音が厚く伸びてくれれば更に良かったとは思いますが、そこで無理をしない分、歌唱が良くコントロールされており、バランスは取れていました。立ち居振る舞いも含め、よい演技・かしょうだったと思います。

 中鉢聡の渡もなかなか良いと思いました。渡は、要するに線の細い貴族という役柄だと思いますが、彼の歌唱も無理せず、柔らかな表現に終始しており、中鉢節が出なかった分、雰囲気がありました。

 一方、泉良平の盛遠は、盛遠の直情径行で野卑な感じが、歌の荒々しさと相俟って良く表現されていたのではないかと思いました。盛遠と渡の表情、表現の対比が、この愛情あふれる夫と夫にない荒々しさに共に惹かれてしまう袈裟への共感には必要だと思いますが、その意味で、泉、中鉢ともに、役柄をよく認識した歌唱になっていたと思います。良かったです。

 脇役陣では、白菊役の長島由佳がまずよい。第二幕で一寸出てくるだけですが、印象的なアリアがあり、それをきっちりと歌われていました。呪師は、ほとんど台詞役という感じですが、大ベテラン・中村靖が存在感を示して立派でした。終幕の正邪を象徴する鈴木美也子の至勢菩薩、きのしたひろこの鬼子母神も良かったと思います。清水良一の清盛、鳴海優一の義清も役柄にあった演技・歌唱であり、このイタリアオペラ的な日本オペラを見せるために十分な役割を果たしているように思いました。

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鑑賞日:2015年4月15

入場料:5832円、座席:C席 3FL103

主催:新国立劇場

オペラ4幕、字幕付原語(イタリア語)上演
ヴェルディ作曲「運命の力」La Forza del Destino)
台本:フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ(改訂版:アントーニオ・ギスランツォーニ)

会場 新国立劇場・オペラ劇場

指 揮 ホセ・ルイス・ゴメス
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 三澤 洋史
演 出 エミリオ・サージ
再演演出 菊池裕美子
美術・衣裳 ローレンス・コルベッラ
照 明 磯野 睦
音楽ヘッドコーチ 石坂 宏
舞台監督 大仁田 雅彦
芸術監督 飯守 泰次郎

出演           

レオノーラ イアーノ・タマー
ドン・アルヴァーロ ゾラン・トドロヴィッチ
ドン・カルロ マルコ・デ・フェリーチェ
プレツィオジッラ ケテワン・ケモクリーゼ
グァルディアーノ神父 松位 浩
フラ・メリトーネ マルコ・カマストラ
カラトラーヴァ侯爵 久保田 真澄
クッラ 鈴木 涼子
マストロ・トラブーコ 松浦 健
村 長 小林 宏規
軍 医 秋本 健

感想

遂にブレーキ-新国立劇場「運命の力」を聴く

 2014-2015年シーズンの新国立劇場は、総じて調子が良く、素敵な演奏が続いておりました。「パルジファル」、「ドン・ジョヴァンニ」、「ドン・カルロ」、「さまよえるオランダ人」、「こうもり」と皆、流石にナショナルフラッグシップの劇場に相応しい演奏が続いていたように思います。これは、再演が多かった、ということが関係するのでしょう。国立劇場のオペラは、プレミエよりも再演のほうが良いことが多く、最近、プレミエが少なく、再演が多いことが関係しているのかもしれません。しかし、前回の「マノン・レスコー」あたりから一寸怪しい感じでしたが、今回の「運命の力」、私に取っては納得いかない演奏でした。

 まず、指揮が平凡。ゴメスという指揮者、初めて聴く方ですが、上手な方という印象はありません。有名な「序曲」にしても、あざとさは感じるけれども、中途半端な感じで、あざとさを徹底しきれない。だから、すれっからしの聴き手は乗れないのです。その後の音楽も、歌手には寄り添ってはいるけれども、ヴェルディ的流れがあるとは言い難い音楽。全体に単調で、「運命の力」というオペラが持っているダイナミックな魅力を表現できているとはとても思えませんでした。私は「運命の力」をこれまで4人の指揮者で4回実演で聴いていますが、その中で、最もつまらない演奏をした指揮者であることは間違いありません。

 ソリストも残念な方が多かったです。まず、レオノーラを歌ったタマー。この方、声が重い。レオノーラはドラマティック・ソプラノの役ですから、声が重いのは当然ありですが、高音が強く美しく響いてくれないと、折角の力強さが共感を持てないのです。この方、高音をフォルテで歌うと、音が上がり切っておらず気持ちが悪い。露骨なずり上げはやりませんが、到達した音から更に上げるようにしてその音に至らせる、ということをやります。高い音は十分出るのですから、もっとアプローチを上品にした方がレオノーラの雰囲気は出るのではないかという気がしました。「神よ、平和を与えたまえ」のような、聴かせ所のアリアにしても、あれだけ喉を休める時間があって歌っているのに、祈りの音楽としての品を感じることが出来なかったのは残念です。

 ドン・アルヴァーロを歌ったトドロヴィッチにも同じことが言えます。一寸張った声を出すと、歌が美しくなくなるのです。有名な「天使のようなレオノーラ」なども、リリックに歌っている部分は美しく情感が籠っているのですが、一寸ドラマティックに歌い始めると、高音が濁るし、音程もその高さに達していないところがあります。私はほとんど評価できませんでした。

 あと今一つと思ったのが、ケモクリーゼのプレツィオジッラ。見た目や雰囲気は、ジプシー女らしい一寸妖艶な感じが出ているのですが、歌の軽やかさが足りない。一昔前のメゾという感じで、ドスは利いているのですが、方向性が、レオノーラやアルヴァーロと一緒なので、対比が鮮明にならないのです。7年前の林美智子の軽快な音楽は良かったなあ、と今更ながらに思った次第です。

 それ以外の人はおおむね良好。フェリーチェのドン・カルロはしっかりとしたバリトンで、主要三役の中では一人気を吐いていました。カマストラのフラ・メリトーネは、前回の晴雅彦のようなちょろちょろした感じはありません。一応笑いを取る役とはいえ、聖職者の役ですから、この方ぐらいの演技・歌唱が良いのかもしれません。

 日本人脇役は総じて良好。松位浩のグァルディアーノ神父がよい。7年前、前回の妻屋秀和も良かったけれども、今回の松位も素敵です。高音でのリリックな表情と低音の深みがどちらも良いと思いました。これで、レオノーラが良いと、第二幕のレオノーラとの二重唱などはもっと良く響いたと思うのですが、残念です。久保田真澄のカラトラーヴァ侯爵、松浦健のマストロ・トラブーコそれぞれ味がありましたし、三度目の登場となる、鈴木涼子のクッラも良かったです。

 以上、ちと残念な演奏でした。来月の「椿姫」が良い演奏になることを祈りましょう。

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鑑賞日:2015年4月25日
入場料:A席2F R3列10番 6800円

主催:公益財団法人日本オペラ振興会
共催:川崎・しんゆり芸術祭2015実行委員会

藤原歌劇団公演

全3幕、日本語字幕付原語(イタリア語)上演
ヴェルディ作曲「椿姫」(La Traviata)
原作:アレクサンドル・デュマ・フィス
台本:フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ

会場:テアトロ・ジーリオ・ショウワ

スタッフ

指 揮 田中 祐子  
管弦楽   テアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ 
合 唱    藤原歌劇団合唱部
合唱指導    須藤 桂司
バレエ    スターダンサーズ・バレエ団 
演 出 岩田 達宗
美 術  島 次郎
衣 裳  :  半田 悦子
照 明  :  大島 祐夫 
振 付  :  小山 久美
舞台監督  :  佐藤 公紀
公演監督  :  折江 忠道

出 演

ヴィオレッタ   佐藤 亜希子
アルフレード   西村 悟 
ジェルモン   牧野 正人 
フローラ   鳥木 弥生
アンニーナ   吉田 郁恵 
ガストン子爵   松浦 健
ドゥフォール男爵   東原 貞彦
ドビニー侯爵   柿沼 伸美 
グランヴィル医師   久保田 真澄
ジュゼッペ  :  山内 政幸 
使者  :  石井 敏郎 
召使    別府 真也 

感 想

二年間の進歩-藤原歌劇団「ラ・トラヴィアータ」を聴く

 2013年9月、藤原歌劇団は、2008年以来5年ぶりで「ラ・トラヴィアータ」を岩田達宗の新演出で取り上げました。ヴィオレッタがマリエッラ・デヴィーアと佐藤亜希子、アルフレードが村上敏明と西村悟、ジェルモンが堀内康雄と須藤慎吾とダブルキャストで、それぞれそれなりの公演を行った、という印象があります。一年八か月たってこの舞台をデアトロ・ジーリオ・ショウワに持ち込み、再演が行われました。

 今回の主役コンビ、佐藤亜希子と西村悟は二年前も同じコンビでこの役を歌いました。二年前の彼らの歌唱は、清新で素敵ではあったのですが、佐藤が第一幕を今一つ上手く歌いきれず、必ずしも成功とまではいかない歌唱。西村のアルフレードはとても良かったのですが、どこか芯が欠けている感じがあって百パーセント満足とまでは行けない歌でした。再演の今回佐藤/西村コンビ、二年前と同じスタイルで臨んだように聴こえましたが、流石に二年間の進歩は明らかで、同じ方向性のアプローチながら、その洗練、完成度は今回の方が明らかに上でした。

 前回成功したとは言えない第一幕、佐藤はかなり緊張して臨んだようです。その緊張が慎重さを生みました。声の伸びやかさが今一つ足りない感じで、ブレスが微妙に長いことが多いです。それが、音楽を引っ張っていくというよりは、音楽の流れに乗り遅れそうになる。指揮者の田中祐子がそこに気付いて、もっと歌手に寄り添った指揮をすれば又違ったのでしょうが、彼女自身も緊張していたのでしょう、そこまで聴きながら調整することは出来なかった様子です。とはいえ、前回の第一幕よりは今回の第一幕の歌の方がよりよく仕上がっていましたので、ご同慶の至りです。西村の歌は、前回を上回る出来。前回は甘くて素晴らしい声だとは思いましたが、どこか芯に欠ける感じがするところがところどころにあったのですが、今回はそれが全く感じられず、素晴らしいアルフレードだと思いました。

 鬼門の第一幕がそこそこ上手く通り過ぎたということで、第二幕からは正に素晴らしい演奏になりました。佐藤は、前回も第二幕は良かったのですが、今回はその洗練が一段と上回ったように思います。ジェルモン役が変わったのも大きかったのかもしれません。前回は須藤慎吾で今回はベテラン・牧野正人です。須藤の歌は勿論立派だったのですが、生真面目なジェルモンになっていて、ヴィオレッタとジェルモンの二重唱は、しっかり緊張感のある二重唱となっていました。それに対して牧野正人は流石ベテランです。表情が細やかで、微妙なスピードの調整やイントネーションが見事としか申し上げるしかない。老父という感じが良く出ていましたし、どっしりとした抱擁感があります。その分、佐藤は歌いやすかったようで、細かい表情の変化が前回よりもしっかり聴き取れて、本当に素晴らしいものでした。

 第三幕も二幕の好調がそのまま持ち越した様子で立派。前回も素晴らしかった「さようなら、過ぎ去った日々」が今回も素晴らしく、前回よりより洗練されたヴィオレッタになったと思います。

 脇役勢は「トラヴィアータ」を歌い慣れているヴェテランを並べました。2013年公演Aキャストでフローラを歌った鳥木弥生が今回も好調。男性陣は何度もこの役を歌っている松浦健、柿沼伸美、東原貞彦、久保田真澄という面々ですから流石に手慣れた様子。合唱も藤原の伝統を感じさせる素晴らしいもので、とても良いと思いました。

 音楽全体は、指揮者が第一幕でやや気負いすぎていたかな、と思ったのと、オーケストラの細かいミスがそれなりに目立ったことはありましたが、歌手陣の洗練が素晴らしく、とても立派な演奏になっていたと思います。Braviです。

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鑑賞日:2015年5月2日 
入場料:自由席 4000円

主催:府中シティ・ミュージック・ソサエティ

オペラ ガラコンサート
パリで誕生する愛。失われる愛
府中ミュージックソサエティ 第7回公演

会場:府中の森芸術劇場ふるさとホール

スタッフ

構成・演出 小澤 慎吾
司会   神谷 満実子 
ピアノ   秋山 尚子 
ピアノ    中島 香 
合唱    エアフルト合唱団 
合唱指揮    中瀬 日佐男 
照明    三輪 徹郎(フルスペック)


出演

ソプラノ    一條 真紗子 
ソプラノ    楠野 麻衣 
ソプラノ    沢崎 恵美 
ソプラノ    砂川 涼子 
ソプラノ    ティンツェアーナ・ドゥカーティ 
ソプラノ    山本 佳代 
メゾソプラノ    中村 春美 
テノール    菊池 大翼 
テノール    中鉢 聡 
テノール    望月 哲也 
バリトン    牧野 正人 
バリトン    森口 賢二 

プログラム

作曲家

作品名 

曲目 

演奏者/出演 

ヴェルディ  椿姫 第1幕第2曲「乾杯の歌」から、第3曲ヴィオレッタのアリア
「ああ、そは彼の人か〜花から花へ」まで 

ヴィオレッタ:砂川涼子
アルフレード:望月哲也
フローラ:中村春美
ガストン:菊池大翼
ドゥフォール:森口賢二
合唱:エアフルト合唱団、一條真紗子、楠野麻衣

プッチーニ  つばめ ドレッタの夢 マグダ:一條真紗子
マスネ  マノン 二重唱「私をお許しください」 マノン:沢崎恵美
デ・グリュー:中鉢聡
ジョルダーノ  アンドレア・シェニエ ある日、青空を眺めて アンドレア・シェニエ:菊池大翼
国を裏切るもの 

ジェラール:森口賢二

休憩 

プッチーニ  ラ・ボエーム 第一幕後半、「冷たき手を」から「私の名はミミ」を経て二重唱「麗しき乙女よ」まで ミミ:山本佳代
ロドルフォ:望月哲也
  第二幕、ムゼッタのワルツ「私が街を歩くと」  ムゼッタ:楠野麻衣
チレア アドリアーナ・ルクヴルール 第一幕冒頭、 「ミショネ、あっちへ、こっちへ」  ミショネ:牧野正人
  第一幕、アドリアーナのアリア「私は創造の神の卑しい僕」 アドリアーナ:ティンツィアーナ・ドゥカーティ
  第一幕、マウリッツイオのアリア「微笑む姿の何という甘美さ」  マウリッツイオ:中鉢聡
第一幕、ミショネのアリア「ここでモノローグだ」 ミショネ:牧野正人
    第二幕、ブイヨン公爵夫人のアリア「苦い悦び、甘い責め苦」 ブイヨン公爵夫人:中村春美
     第四幕、後半〜フィナーレ アドリアーナ:ティンツィアーナ・ドゥカーティ
マウリッツイオ:中鉢聡
ミショネ:牧野正人

アンコール 

ヴェルディ ナブッコ ヘブライ人の合唱「行け、わが思いよ、金色の翼に乗って」 出演者全員

感 想

もう少し親切心が欲しい-府中シティ・ミュージック・ソサエティ「ガラコンサート、パリで誕生する愛。失われる愛」

 チラシを見ると、12人の出演者の名前と主要8人のプロフィール、それに演奏プログラムの概要が書いてありました。それを書き写しますと、

★『椿姫』より、乾杯の歌・ああ、そはかのひとか
★『ボエーム』より、冷たき手を・ミミと呼ばれています
★『アドリアーナ・ルクブルール』より ほか オペラの名場面をお届けします。

とある。私は、ごく普通のオペラ名曲コンサートの積りで出かけたのですが、実際はそういう面はないとは言いませんが、前半は、椿姫第一幕の冒頭をカットしただけでほぼ全部演奏しましたし、後半は、「アドリアーナ・ルクヴルール」のハイライトのような形で演奏されました。

 それはそれで結構ですが、困ったことに字幕がありません。『字幕はないので、物語を想像して聴いてください』という趣旨のアナウンスがありましたが、これは結構突き放した言い方です。私個人としては字幕はなくてもあまり問題ありませんが、流石に「アドリアーナ・ルクブルール」は、実演を見た経験は二回のみ、最後に接したのが、2005年とほぼ10年前。さほど好きな作品ではないので、細かい筋は頭の中に入っていませんでした。「私は創造の神の卑しき僕」とか「苦い悦び、甘い責め苦」のような有名アリアでしたら、問題はないのですが、流石にフィナーレは字幕なしでは、ストーリー展開を思い出すのが辛かったです。

 加えて、司会も中途半端。唯曲名を紹介するだけなら司会者は不要ですし、字幕なしで演奏することを踏まえるなら、もう少し細かな説明をしても良かったと思います。更にパンフレットの編集も問題。曲目解説が灰色の地に白抜きで書いてあるのですが、そのコントラストが悪く不鮮明、その上フォントの選択が悪く、字が小さくて読みづらい。お客さんは圧倒的に年配の方が多かったのですが、彼らに対して親切なホスピタリティをもって接しようという気は今回の主宰者たちはなかったようです。

 さて、演奏ですが、全体的にはまあまあの出来、というところではないでしょうか。

 椿姫の第一幕。総じて良好です。望月哲也のリリックな声は、アルフレードとの相性が良いと思います。砂川涼子のヴィオレッタは必死さがひしひしと伝わる演奏。「ああ、そはかの人か〜花から花へ」は本来、砂川の声域や声質とは合わない曲です。そこを挑戦して歌う訳ですから、必死になるのは仕方がないのですが、その必死さ故にスポイルされるものもある感じです。日本を代表するソプラノの歌ですから、高水準であることは間違いないのですが、やはり彼女には、ミミやリュー、ミカエラといった、彼女に最適の歌を聴かせて貰いたかった気持ちがします。

 あともう一つ、合唱の弱さは否めません。先週、藤原歌劇団の「椿姫」を聴いたわけですが、あの演奏だとソロと合唱とのバランスが、合唱の方がやや強いぐらいに聴こえます。その結果として、パーティの華やかさが増幅されるのです。それに対して、今回の合唱、人数が少ないので仕方がないのですが、ソロの方が圧倒的に強い。ソロを聴いている分には、オペラハウスの感興があるのですが、合唱になるとしょぼくれた感じになってしまう。そこが少人数の市民合唱で仕方がないとはいえ、残念でした。

 一條真紗子の「ドレッタの夢」。一條は、昨年一度聴いていますが、その時の印象とは一寸違う感じがしました。今回の演奏はもう少し華やかに響いた方が、曲の特徴にあっているように思いました。

 マノンの二重唱。この部分は、マノンとデ・グリューとの掛け合いでどんどん盛り上がっていくシーンですが、沢崎の歌唱は落ち着いた丁寧な印象の歌で、盛り上がっていく感じにはあまり聴こえませんでした。一方の中鉢は情熱的な中鉢節で迫り、テノールの意気込みが先走った感じで、その温度差に若干の違和感がありました。

 アンドレア・シェニエの二つのアリア。菊池のアリアは、丁寧ですがそれ以上のものを感じさせられるものではなかったようです。森口のジェラールは立派な歌ですが、表情のケレンがもっと強く出た方が更によかったのではないかと思いました。

 ボエーム。望月哲也のロドルフォが甘くて雰囲気があって流石の歌唱。私は彼みたいなロドルフォが好きなんですね。山本佳代のミミも立派でした。ただ、一方で思うのは日本を代表するミミ歌いといってよい砂川涼子が歌わないのは残念だなあ、望月との絡みを聴きたかったなあと思っておりました。

 楠野麻衣のムゼッタ。この方見た目がムゼッタによく合っているし、声もムゼッタ向きで素敵なのですが、どこか音の処理が上手く行かなかったところがあったようで、最後が今一つ上手くまとまり切れなかった感じです。

 アドリアーナ・ルクヴルール。男声二人がとても良かったと思います。牧野正人のミショネは、舞台監督のユーモアと悲哀とがしっかり歌から感じることが出来ましたし、中鉢聡のマウリツィオも、柔らかい表情と表現が見事で、彼は胸を張って歌うよりも、こうやって柔らかな表情を前面に出して歌う方が、断然素敵だなと思いました。Bravoです。アドリアーナを歌ったドゥカーティは雰囲気はあるのですが声の揺れが大きくて、私は余り好きなタイプのソプラノではありません。中村春美の「甘い悦び、辛い責め苦」は高い音と低い音の切り替えの部分で、声質が変化するように聴こえ、そこが上手く繋がるとよいのになあ、と思いました。

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鑑賞日:2015年5月3日
入場料:B席 22列12番 4000円

主催:すみだオペラ
共催:墨田区

すみだオペラ第4回公演

全3幕、日本語訳詞上演
レハール作曲「メリー・ウィドウ」(Die lustige Witwe)
原作:アンリ・メイヤック「大使館付随員」(L'Attache d'ambassade)
台本:ヴィクトル・レオン、レオ・シュタイン

会場:曳舟文化センターホール

スタッフ

指 揮 珠川 秀夫  
管弦楽   すみだオペラ管弦楽団
合 唱    すみだオペラ合唱団
合唱指導    粟飯原 俊文
マンドリン  :  すみだマンドリンクラブ
バレエ    高木淑子バレエスクール 
演 出 直井 研二
衣 裳  :  今井 沙織里/下斗米 大輔
照 明  :  小池 俊光/三木 拓郎/内山 陽介 
振 付  :  高木 淑子
舞台監督  :  加藤 正信/佐藤 卓三

出 演

ハンナ・グラヴァリ   田中 宏子
ダニロ・ダニロヴィッチ伯爵   田代 誠 
ミルコ・ツェータ男爵    小栗 純一 
ヴァランシェンヌ   東 伸美
カミーユ・ド・ロション   小貫 岩夫 
カスカーダ子爵   木野 千晶
ニェーグシュ   志村 文彦
サン・ブリオッシュ    金井 龍彦 
ボグダノヴィッチ   津久井 佳男
シルビアーヌ  :  今村 やよい 
クロモウ  :  室町 泰史 
オルガ    高橋 直子 
ブリチッチ   伊藤 剛
プラシコーヴィア   林 亘子
ロロ   島村 真実
ドド   山村 望実
ジュジュ   杉山 裕美
フルフル  :  東 美奈子 
クロクロ  :  石井 奈々 
マルゴ    吉川 歌穂 

感 想

オペレッタの楽しさは分かるけど・・・-すみだオペラ第4回公演「メリー・ウィドウ」を聴く

 「メリー・ウィドウ」は市民オペラの定番で、しばしば取り上げられるのですが、私自身は、「メリー・ウィドウ」というと、二期会公演とか、日本オペレッタ協会公演ばかりで、市民オペラで取り上げられた例を鑑賞した経験はこれまでありませんでした。「すみだオペラ」で取り上げられると聞き、これは一度は聴いてみるべきだろう、ということで、曳舟まで出かけました。

 市民オペラは資金面が苦しいので、本公演といえども、舞台装置を極力省略することがしばしば行われますが、今回のすみだオペラは墨田区の共催のせいか、三幕の特徴をそれぞれ表した舞台になっていて、視覚的に分かりやすいのもよかったです。バレエも入り、第三幕のフレンチカンカンもしっかり行われ、特に三幕のグリゼットたちの足の上がり方は、今まで見た二期会本公演で見たグリゼットたちと比較しても遜色がありません。

 オペレッタなれしたお客さんも多かったようで、「女・女・女」のマーチでの手拍子、「カンカン」での手拍子が入る様子なども良く、聴衆一体になって楽しもうとする姿勢も感じました。また、出演者もオペレッタの手練れ、と申し上げて良いメンバー、田中宏子、田代誠は、寺崎裕則さんが長年続けて来て解散した日本オペレッタ協会をNPO法人として再度立ち上げた主要メンバーで、オペレッタの経験も豊富。小栗純一と言えば、日本オペレッタ界を牽引してきたひとり(ちなみに、私が小栗を最初に聴いたのは1988年の二期会オペレッタ「メリー・ウィドウ」におけるダニロ役でした)、小貫岩夫も昨年の日生劇場「チャールダーシュの女王」でエドウィンを好演したのは記憶に新しいところですし、志村文彦の可笑しさも昨年の「チャールダーシュの女王」で証明済です。

 メンバーの顔触れから見ても成功は間違いなし、という感じで、事実小栗純一と田代誠との掛け合いなどは、間の取り方など抜群の味があって、ベテランの力は侮れないなあ、と思いました。また志村文彦のニエーグシュもアドリブがバンバン飛び出している様子で、その面白いこと、抜群でした。歌で言えば、田中宏子の「ヴィリアの歌」はとても素敵でした。という訳で、私個人的にはそれなりに満足したのですが、色々と問題もあったと思います。

 私の隣席に、中学二年生の男の子がお父さんに連れられて来ていたのですが(どうも雰囲気的には、お母さんが合唱で舞台に乗っているらしい)、二幕が終わったところで、お父さんと話をしているのが聴こえてきました。「エッ、未だ終わらないの?、詰まんないよ。ストーリー、意味わからないし、歌詞全然聞き取れないし」。これがオペレッタの舞台を初めて見た子供の感想です。中学生ですから、「不倫、不倫、不倫」と言っても良い舞台の内容を理解されてしまうと困る部分もあるわけですが、分かりやすいようで実は分かりにくかったというのが今回の舞台の特徴だったというのはあると思います。

 確かに、日本語の歌詞はクリアーではなく、私がしっかり耳を傾けていても半分ぐらいは意味不明でした。歌詞は通常使われる野上彰版あるいは堀内敬三版ではなかったのですが、誰の訳詞か、ということについてはパンフレットのどこを見ても記載がありません。もちろん誰かの歌詞なのですが、それを使うことで、お客が意味が分かるか、というところまで検討されていなかったことは間違いないようです。

 また、田代誠のダニロは非常に違和感がある。確かに彼はオペレッタ的演技という意味では様になっているのですが、ヴィジュアル的に若くない。動きも颯爽としたという感じではなくて、どこか鈍重な感じ。ダニロの年齢はせいぜい30代でしょう。しかし田代ダニロはどう若く見積もっても50代以下には見えない。そのダニロがハンナと愛を語るとき、「大人の愛」というよりは、「老いらくの恋」のように見えてしまいます。

 逆に女性はみんな若すぎる感じです。例えば、ブラシコーヴァは小母さんの役だと思うのですが、全然オバサンぽくありません。そのあたりはメイクの問題でもあるわけですが、いいのかな、という感じはしました。

 オーケストラは結構ミスがありました。合唱は人数の割には声は出ていたようです。

 以上、気になる点も多いのですが、ある程度「メリーウィドウ」のお話を知っているオペレッタファンには十分楽しめる舞台だったと思います。GWの一日を宛てるのにふさわしかったと申し上げましょう。

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鑑賞日:2015年5月10日
入場料:C席4F 2列14番 7776円

主催:新国立劇場

全3幕、日本語字幕付原語(イタリア語)上演
ヴェルディ作曲「椿姫」(La Traviata)
原作:アレクサンドル・デュマ・フィス
台本:フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ

会場:新国立劇場オペラパレス

スタッフ

指 揮 イヴ・アベル  
管弦楽   東京フィルハーモニー交響楽団 
合 唱    新国立劇場合唱団
合唱指導    三澤 洋史
   
演出・衣裳 ヴァンサン・プサール
美 術  ヴァンサン・ルメール
照 明  :  グイド・レヴィ 
ムーブメント・ディレクター  :  ヘルゲ・レトーニャ
音楽ヘッドコーチ  :  石坂 宏
舞台監督  :  村田 健輔
芸術監督  :  飯守 泰次郎

出 演

ヴィオレッタ   ベルナルダ・ボブロ
アルフレード   アントニオ・ボーリ
ジェルモン   アルフレード・ダザ
フローラ   山下 牧子
アンニーナ   与田 朝子
ガストン子爵   小原 啓楼
ドゥフォール男爵   須藤 慎吾
ドビニー侯爵   北川 辰彦
グランヴィル医師   鹿野 由之
ジュゼッペ  :  岩本 識 
使者  :  佐藤 勝司 
フローラの召使    川村 章仁 

感 想

プレミエの好発進‐新国立劇場「椿姫」を聴く

 新国立劇場のプレミエは生煮えの演奏にあるというのが一般的な評判ですが、今回の「椿姫」、トータルで見てなかなか素晴らしい演奏だったと思います。

 まず、ヴィオレッタが良い。ボブロというソプラノ、初めて聴く方ですが、レジェーロ系のソプラノで、声が繊細な印象です。それが少し神経質に聴こえる部分もあり、最初の一声を聞いた時には、この声で最後まで歌いきれるのだろうかと一寸不安に思いました。しかしそれは杞憂でした。確かに強い声を出せるタイプではないけれどもバランスの良い歌唱のできる方で、最初の大アリア「ああ、そは彼の人か〜花から花へ」がまず軽い歌唱でよかったと思いますし、一方で、感情を込めた低音の魅力が欲しい第三幕の「さよなら、過ぎ去った日々」も繊細でかつ密度がある歌唱で、魅力的でした。

 もちろん、これは歌手の才能努力の結果であるわけですが、それ以上に指揮者のフォローが上手かったということを指摘しなければいけません。アベルの指揮は、歌手に良く寄り添っていて、オーケストラにも繊細な音色を要求しているのだろうと思いました。アベルのこの寄り添い方は、歌手の歌心を刺激したのだろうと思わせるのに十分でした。

 アルフレードも魅力的でした。ポーリは若手のイタリア人テノールのようですが、いかにもアルフレードと言うべき若々しさがあります。なよっとした若さではなく、軽質プラスチックのような硬質な若さが魅力的です。「乾杯の歌」を聴いて、この声で、第二幕冒頭のアリアをどう歌うのか、と興味津々になりました。そして、それは若々しいけれども堂々とした歌唱で、魅力的でした。私は、先の藤原歌劇団公演の西村悟などいろいろなアルフレードを聴いておりますが、ポーリのようなアルフレードは久しぶりに聴いたように思います。私の中では、今回一番の収穫であると思いました。

 一方でジェルモンのダサはやや難ありと申し上げるべきでしょう。「プロヴァンスの海と陸」のようなアリアはそれほど気にならないのですが、ダサは年齢が若いせいか、ヴィオレッタの表情を受けきれない。第二幕の一番の聴きどころである、ジェルモンとヴィオレッタの二重唱は、ソプラノの切々とした歌を受け止められないのがバリトンの実力を物語っているように思いました。この4月に聴いた藤原歌劇団の「椿姫」では、佐藤亜紀子と牧野正人がこの部分を非常に印象的にくっきりと歌い上げ、深く感動したので、その域へソプラノを連れてくるためには、ジェルモンにある程度の年期・経験が必要だ、ということなのかもしれません。

 脇役の日本勢は総じて立派。特に山下牧子・フローラ、須藤慎吾・ドゥフォールが良く存在を主張していたなと思います。また合唱も新国立劇場合唱団の力強さに感心いたしました。

 イヴ・アベルの指揮は歌手に寄り添う丁寧なもの。その効果が、全体としての統率につながったのではないかと思いました。

 さて肝心の演出ですが、全体としてはシンプルですが、鏡を使った派手なもの。床も壁も鏡面で、合唱団員が舞台に入ってくると、どこもかしこも人だらけという感じになって、部屋のイメージが特定されない感じがします。舞台の中心には常にピアノがあり、それが第一幕ではヴィオレッタの使うカウチになり、第二幕前半では、ヴィオレッタの文机になり、第二幕後半ではカード大になります。そして第四幕ではヴィオレッタのベッドになるという具合。第二幕前半ではこうもり傘が常に宙に浮いているのですが、あれは、何の隠喩だったのでしょう?美しい舞台ではあると思いますが、一方で、演出家の意図が空回りしているようにも思いました。第三幕の演出家の意図は多分ヴィオレッタが瀕死か死後であることを言いたいのだと思うのですが、「今日はヴィオレッタは死なないのね」と頓珍漢な感想を言っていたご婦人もいらっしゃいましたから。

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鑑賞日:2015年5月16日 
入場料: 8228円

主催:ミュージックレストラン アルテリーベ東京

彩りの音の世界 vol.3
宮本彩音コンサート
〜勿忘草の音葉達〜

会場:アルテリーベ東京

出演

ソプラノ    宮本 彩音 
ピアノ    松本 康子 

プログラム

作曲

作詞 

曲目 

第一部

〜乙女の"春"〜 

デーレ  白井鐵造 日本語詞 すみれの花咲く頃 
デラックア  ヴィラネル
プッチーニ  歌劇「蝶々夫人」より、「可愛い坊や」

〜少年の"夏"〜 

中田喜直  岸田衿子作詩

「日本のおもちゃうた」より 

海ほおずきと少年

おまつりはどこ

紙風船

〜みんなの"郷"〜 

岡野貞一  高野辰之 故郷

休憩 

第二部

プッチーニ  歌劇「つばめ」より、マグダのアリア「ドレッタの夢」
ディリンデッリ 愛よ、愛 

〜お待ちかねのくじ引きコーナー〜

  いずみたく   永六輔   見上げてごらん夜の星を
  ホセ・ラカジェ     ルイス・ロルダン   アマポーラ
  リー・ハーライン    ネッド・ワシントン   星に願いを
デ・クルティス D.フルノ 勿忘草

アンコール 

ラフマニノフ    14の歌曲集作品34より第14曲「ヴォカリーズ」嬰ハ短調
プッチーニ 歌劇「ジャンニ・スキッキ」より、ラウレッタのアリア「私のお父さん」

感 想

エンターティナー-アルテリーベ東京「彩りの音の世界」vol.3「宮本彩音コンサート〜勿忘草の音葉達〜」を聴く

 宮本彩音のアルテリーベ東京でのコンサートも三度目になります。最初は昨年の5月。これは満を持しての発表会で、彼女の今の実力をしっかり示すものに仕上がっていました。二度目は昨年12月、クリスマスを意識したコンサートで、いろいろな「ロメオとジュリエット」とオペレッタの名曲を聴かせてもらい、宮本のコメディエンヌ的素質を披露して貰いました。

 今回は、宮本のよりエンターテナー的才能を見せてもらったコンサートになっていたと思います。

 それを殊に感じさせてもらったのが、中田喜直の歌曲集「日本のおもちゃうた」をうたったところ。宮本は、詩の世界に入り込み、自分を少年や紙風船売りのおじさんに扮して、ひとり芝居を演じた後に歌唱します。この演技が妙に物悲しく、妙にノスタルジックで、じんわり来るものがありました。一方で、ユーモアのセンスもあり、妙におかしな味わいもあり、宮本の才能を感じることが出来るものでした。

 それ以外でも、いくつかの仕掛けを作ってお客さんを飽きさせない工夫がなされていました。たとえば、全員に紙風船を渡して、それを「くじ引きコーナー」の籤として使用するやり方やなんかがそうだと思います。

 以上、宮本彩音の一面を見せてもらうのに十分なコンサートではありましたが、一方で不満もあります。

 最大のものはプログラムが軽量であること。

 曲には、「ヴィラネル」や「ヴォカリーズ」のように技巧を駆使して歌わなければいけない作品はあったし、「蝶々夫人」の最後の場面のように、従来の宮本であれば歌わないような歌が含まれてはいましたが、過去の宮本の歌ってきた歌やキャリアからみて、取り立てて高難度の曲ではないと思います。

 オペラアリアも「ドレッタの夢」、「私のお父さん」の二曲が取り上げられましたが、どちら名曲であることは疑いないものの、一方で、音大の学生のような初学者でも取り上げるもので、宮本の今の力量を聴きたい聴き手にとっては、ちょっと残念な選択ではありました。

 しかしながら、このプログラムは苦渋の選択だったようです。

 宮本は今年の前半体調を崩し、ようやく復活して今回のコンサートに臨んだとのこと。まだ完全ではなく、今回はこんなプログラムになったということでした。そういう今の精一杯のプログラムの中で、いかにお客さんに楽しんでもらおうと考えたのが、彼女の今回の演出でした。それはまず成功していたと申し上げてよいでしょう。

 彼女の本当の力量を聴くのは、次回以降にお預けにすることにして、完全復活を期待して待ちましょう。

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鑑賞日:2015年5月23日
入場料:S席1F 8列47番 10000円

主催公益財団法人東京二期会

二期会ニューウェーヴ・オペラ劇場

全3幕、日本語字幕付原語(イタリア語)上演
ヘンデル作曲「エジプトのジューリオ・チェーザレ」(Giulio Cesare in Egitto)
台本:ニコラ・フランチェスコ・ハイム

会場:新国立劇場中劇場

スタッフ

指 揮 鈴木 秀美  
管弦楽   ニューウェーブ・バロック・オーケストラ・トウキョウ 
合 唱    二期会合唱団
合唱指導    根本 卓也
   
演 出 菅尾 友
装 置  二村 周作
照 明  :  原田 保
衣 裳  :  十川 ヒロコ 
振 付 :  中村 蓉
舞台監督  :  幸泉 浩司
公演監督  :  大島幾雄/多田羅迪夫

出 演

ジューリオ・チェーザレ   杉山 由紀
クレオパトラ   田崎 美香
セスト    今野 絵理香
コルネリア   池端 歩
トロメーオ   福間 章子
アキッラ   勝村 大城
クーリオ   杉浦 隆大
ニレーノ    西谷 衣代
ダンサー   岡本優/鈴木よう子/星野琴美/
今田直樹/王下貴司/中村理

感 想

サブカル演出の魅力‐二期会ニューウェーブ・オペラ劇場「ジューリオ・チェーザレ」を聴く

 バロック・オペラには名曲が沢山あるのですが、現代人にとっては一寸とっつきにくいところがあります。端的に申し上げれば単調です。ひたすらレシタティーヴォでお話を進め、アリアで心情を吐露するだけですから。登場人物は、相当の脇役は別として皆それぞれのアリアを持ち、アリアの時は、歌う歌手の方以外は舞台からいなくなり、アリアを歌った歌手も、アリアが終われば舞台からいなくなるというのが原則です。合唱も重唱もほとんど使われることはなく、ただ、アリアとレシタティーヴォで3時間以上つなげるのです。古典派以降のアリアも重唱も合唱もある複合的なオペラを知っている身からすると、飽きないとは言えません。それをどう観客に見せるかというのが演出家の腕の見せ所だと思いますが、菅尾友の演出が出色でした。

 装置は、中劇場の廻り舞台の上に設えてあり、区切られた4つの部屋が、回りながら出てくるというスタイル。それぞれの部屋が、トローメオの王宮になったり、クレオパトラの寝室になったり、コルネリアが捕らわれた牢獄になったりするわけです。そういう舞台構成自身は全然珍しいものではありませんが、登場人物の格好が、正にサブカルです。ジャパニーズ・クールと言っても良いかもしれない。みんな、漫画か飛び出したような衣裳をつけている。全員先端のとがったエルフ耳を付け、化粧も頗る人工的で派手。基本的スタイルはエジプト・ローマ的で物語にあっているのですが、その出方はポップで現代的で面白いです。

 更に申し上げれば、このオペラ、本来カストラートが歌われた役をメゾ・ソプラノが歌って、主要役は全員女性です。女性同士のラブシーン(かなりきわどいシーンが幾つもあります)は宝塚とは一寸毛色の違う色っぽさがあって良かったと思います。

 また踊りも良い。本来バロックオペラにミュージカル的ダンスが導入されることはないと思いますが、舞台上には、ワニの被り物をし、燕尾服姿のダンサーが六人登場して、歌手と一緒に踊ります。この踊りも18世紀的なゆっくりした感じの踊りではなく、上記のように現代風です。歌手たちは20代と30代前半の若者だけだと思いますので、こういう踊りにも体当たりでぶつかっていて、そこも見ていて気持ちがいい。又このダンサーたちは、踊るのは当然ですが、小道具を運び出したり、黒子的な役割も含めて色々な役割を果たし、舞台の膨らみを作る点で重要でした。

 以上、菅尾友を中心とした演出陣は、ポップ・カルチャーの演出にすることによって、退屈になりがちなオペラ・セリアを楽しませて見せることに成功しました。

 さて、音楽的な方ですが、こちらは実に真っ当。カットはゼロではなかったようですが、一部の繰り返しぐらいでほとんどなかったようです。また、オリジナル楽譜に記載された通りの楽器構成で演奏されたようです。通奏低音にはチェロとテオルボ、そしてチェンバロが使われていましたし、それ以外の楽器もバロックホルンや、フラウト・トラベルソ、バロック・ハープ、バロック・オーボエ、ヴィオラ・ダ・ガンバといったものが含まれ、弦楽器の奏法ももちろんノンビブラートでした。ピッチも古楽器の演奏ということもあって、少し低め。鈴木秀美の率いる今回の臨時オーケストラは、それでいてノリはよく、ジューリオ・チェーザレの問いかけに答えて見せたりもしていましたし、溌剌とした演奏で、そちらも素敵でした。

 歌手陣ですが、総じて、バロックオペラを意識した歌唱法だったと思います。

 外題役の杉山由紀は、常にレガートを意識した歌唱で、柔らかい喉のポジションから技巧に持ち込む歌い方を心がけていました。それは音楽的には妥当なのでしょうが、そういう歌い方しかしないので、メイクや演技と比較した時歌唱がとてもおとなしく聴こえます。声量的にも全体的に不足している感じ。役柄がローマの将軍なのですから要所要所ではもっと声を張って、フォルテシモで歌わないと、将軍の勇ましさが出ないように思いました。

 クレオパトラの田崎美香。良かったです。エロティックでコケティッシュな演技が魅力的で如何にもクレオパトラ的で良かったのですが、それ以上に歌が端正で美しい。ノンビブラートで歌いながら、トリル等で表情を付けて行くわけですが、その細かいニュアンスの表出も良かったですし、高音の伸びやバランスも見事でした。一幕は一寸硬いかなと思う部分もあったのですが、二幕、三幕はとても良い。二幕後半の「美しいビーナス」とか、「私のあこがれの人に命をささげようと」などが良く、三幕のアリアはとても立派なものでした。Bravaです。

 セストの今野絵理香は、線の細さを感じる部分もありましたが、若々しさが前面に出ていて良かったと思います。有名な第一幕の「復讐のアリア」はよかったと思いますし、第二幕も良かったと思いました。

 福間章子のトロメーオ。声が良く出ていて良い。ただ、演技が激しいせいか、息が切れてしまうところがあって、本来ならもっとたっぷりと歌えるはずなのに、浅く聴こえてしまうところがありました。それでも本日聴いたメゾ・ソプラノ歌手の中では一番よかったことは間違いありません。

 アキッラの勝村大城はおかしみのある演技で良かったと思いますし、歌もなかなかでした。コルネリアの池端歩も、落ち着いた音色の歌唱で良かったと思います。

 以上若い方の歌唱だったわけですが、全体に鍛えられていて、バランスと体力的な問題とか細かい気になるところはいろいろあったにせよ、素敵な演奏だったと思います。

 演出、演奏、歌唱三つが高次元でまとまって、バロックオペラの退屈さを感じずに済む4時間でした。

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鑑賞日:2015年5月24日

入場料:C席 6804円 4F2列11番

主催:新国立劇場

全3幕、字幕付原語(ドイツ語)上演
リヒャルト・シュトラウス作曲「ばらの騎士」(DER ROSENKAVALIER)
台本:フーゴー・フォン・ホフマンスタール

会場 新国立劇場オペラ劇場

指 揮 シュテファン・ショルテス
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 三澤 洋史
児童合唱  :  TOKYO FM少年合唱団 
児童合唱指導  :  米屋 恵子 
     
演 出 ジョナサン・ミラー
美術・衣装 イザベラ・バイウォーター
照 明 磯野 睦
音楽ヘッドコーチ 石坂 宏
舞台監督 大澤 裕

出 演

元帥夫人 アンネ・シュヴァーネヴィルムス
オックス男爵 ユルゲン・リン
オクタヴィアン ステファニー・アタナソフ
ファーニナル クレメンス・ウンターライナー
ゾフィー アンナ・ブリーゲル
マリアンネ 田中 三佐代
ヴァルツァッキ 高橋 淳
アンニーナ 加納 悦子
警部 妻屋 秀和
元帥夫人の執事 大野 光彦
ファーニナル家の執事 村上 公太
公証人 晴 雅彦
料理屋の主人 加茂下 稔
テノール歌手 水口 聡
帽子屋 佐藤 路子
動物商 土崎 譲
三人の孤児  :  前川依子/小林昌代/長澤美希 
元帥夫人の従僕  :  梅原光洋/嘉松芳樹/徳吉博之/細岡雅哉 
レオポルド 石塚 瑛資

感 想

立ち姿でどれだけ表現できるか−新国立劇場 「ばらの騎士」を聴く

 「ばらの騎士」はオペラを総合芸術作品と定義した時一番好きな作品です。いろいろな意味で傑作です。フーゴ・フォン・ホーフマンスタールの台本が文学作品としても第一級ですし、リヒャルト・シュトラウスの音楽も素敵です。傑作としか他に言いようがない作品だと思います。

 それだけに、文句なしに素晴らしい演奏というものにはなかなかお目にかかれない。そういう「ばらの騎士」の奇跡的名演は1994年ウィーン国立歌劇場日本公演、指揮:カルロス・クライバー、元帥夫人:ロット、オクタヴィアン:フォン・オッター、ゾフィー:ボニーの演奏ということになりますが、私の実演で耳にした中で二番目に良かったのは2007年の新国立劇場公演でした。つまり、今回の公演のプレミエですね。2007年の新国立劇場公演は、元帥夫人を歌ったカミッラ・ニールントが歌唱演技ともよく、後姿だって様になっていましたし、第1幕のモノローグは、真実味がありました。ロットの域には達していませんでしたが、元帥夫人としては最上の一人と申し上げてよいと思いました。

 今回の元帥夫人アンネ・シュヴァーネヴィルムスはどうかというと、ロットとは比較にならないのは言うまでもありませんが、ニールントの気品ある元帥夫人と比べても一段落ちる感じでした。第一幕の有名な諦念のモノローグ。歌にじたばた感がある。私はこの部分をもっと運命を受け入れるように自然な諦念を凛とした姿勢で歌って欲しいと思うのですが、多分、シュヴァーネヴィルムスは違う解釈なのでしょう。だから、表情の変化が濃い感じがする。しかし、元帥夫人のモノローグは、変に表情をつけて攻めるより、冷静に表情の変化を小さくして歌う方が、元帥夫人の悲しみを表現できるのではないかと思います。煙草をくゆらすシーンのようなこの演出が期待する表現も、全身で諦念を示すことであり、歌唱の表情で、諦念を積極的に示すものではないのではないかと思いました。

 もう一つ申し上げるなら、シュヴァーネヴィルムスは歌唱全体の線が細い印象がありました。ワーグナー歌いで鳴らしている方ですから、もっと吼えることもできるのでしょうが、吼えない。多分繊細な表現や表情に拘っているのでしょう。それは悪くはないのだろうけど、オーケストラに負けてしまう部分があります。そこは、指揮者が上手にコントロールすべき部分でもあるのでしょうが、指揮者はそこをきっちりやり切れていなかったということなのでしょう。結果として、凛とした元帥夫人というより、ちょっとメランコリックな元帥夫人になっていた感が強いです。

 アタナソフのオクタヴィアン。良かったです。オクタヴィアンは、長身・美貌のメゾが歌うとヴィジュアル的に魅力的です。歌唱力も含めて言えば、2007年のツィトコーワのオクタヴィアンはよかったわけですが、その時の印象が蘇るような歌唱。少年らしさが上手く表現されていて、第一幕の我儘な男の子と、第二幕のばらの騎士、そして、第三幕の女中に化けたときの演技・歌唱ともよく役柄に似合っていて素敵でした。

 アンナ・ブリーゲルのゾフィーは、歌唱は悪くないと思いましたが、立ち居振る舞いはもう一つ華やかさがあっても良いのかな、と思いました。市民階級のお嬢様というよりは、ちょっとあか抜けない田舎娘のように見えてしまうところがあります。

 上手いな、と思ったのはユルゲン・リンのオックス。多分今回の歌手の中で、一番役に合っていたのがこの方かもしれません。声が大きく張りがあり、演技の野卑な具合もまた絶妙。オックスは、反省しない傍若無人さをどれだけ貴族の意識を失わない中でさせるかが見どころだと思うのですが、その意味でも巧みな演技、歌唱をしていたと思います。

 それ以外の脇役陣では、加納悦子のアンニーナ、高橋淳のヴァルツァッキがいつもながらよく、妻屋秀和の警部、村上公太の執事もなかなか。加茂下稔の料理屋の主人、水口聡のテノール歌手も、三度目の登場になるだけあって手慣れたものでした。

 シュテファン・ショルテスの指揮する東京フィルは演奏としては悪くはなかったのですが、よりバランスを考えて、もっと交通整理した形で演奏した方がもっと良かったのではないかと思います。オーケストラと歌手の音のバランスがもう少し取れていれば、もっと美しく聴こえたのではないか、という気がいたします。

 以上、震災直後の2011年4月公演よりはまとまった演奏になっていたと思いますが、2007年のプレミエほどはよくなかったというのが正直な気持ちです。

新国立劇場「ばらの騎士」 文頭に戻る
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