オペラに行って参りました-2006年(その1)

目次

有終の美を飾ったか?   2006年01月12日   藤原歌劇団「椿姫」を聴く
演出よりも音楽を重視してほしい   2006年01月13日   新国立劇場小劇場オペラ「セルセ」を聴く
風邪には注意しましょう   2006年01月16日   オペラの華第3回イタリア・オペラの夕べを聴く
駄作というのはうわさだけ   2006年01月22日   新宿文化センター/二期会「ダナエの愛」(演奏会形式)を聴く
世代交代の足音   2006年01月24日   新国立劇場「魔笛」を聴く
アンサンブルオペラの難しさ   2006年02月06日   新国立劇場「コジ・ファン・トゥッテ」を聴く
日本発グランドオペラ   2006年02月19日   新国立劇場「愛怨」を聴く
若手の緊張に思う   2006年02月24日   東京二期会オペラ劇場「ラ・ボエーム」を聴く
研修公演だから仕方がないのでしょうが   2006年03月09日   新国立劇場オペラ研修所研修公演「プッチーニのパリ」を聴く
声の力は七難隠す   2006年03月24日   新国立劇場「運命の力」を聴く
TOPが上演すべき演目か?   2006年03月26日   東京オペラプロデュース「カルメン」を聴く
新国は再演に限る?   2006年04月07日   新国立劇場「カヴァレリア・ルスティカーナ」/「道化師」を聴く

どくたーTのオペラベスト3 2005年へ
オペラに行って参りました2005年その3へ
オペラに行って参りました2005年その2へ
オペラに行って参りました2005年その1へ
どくたーTのオペラベスト3 2004年へ
オペラに行って参りました2004年その3へ
オペラに行って参りました2004年その2へ
オペラに行って参りました2004年その1へ
オペラに行って参りました2003年その3へ
オペラに行って参りました2003年その2へ
オペラに行って参りました2003年その1へ
オペラに行って参りました2002年その3へ
オペラに行って参りました2002年その2へ
オペラに行って参りました2002年その1へ
オペラに行って参りました2001年後半へ
オペラへ行って参りました2001年前半へ
オペラに行って参りました2000年へ 

鑑賞日:2006年1月12日

入場料:C席 9000円 1F 3616

日本芸術文化振興会舞台芸術振興事業

16回藤原歌劇団ニューイヤースペシャルオペラ

主催:(財)日本オペラ振興会/Bunkamura

オペラ3幕、字幕付原語(イタリア語)上演
ヴェルディ作曲「椿姫」(La Traviata)
台本:フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ

会場 オーチャードホール

指 揮 ダニエレ・ベラルディネッリ
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱 藤原歌劇団合唱部
合唱指揮 及川 貢
演 出 ペッペ・デ・トマージ
美 術 フェッルッチョ・ヴィッラグロッシ
衣 裳 ピエール・ルチアーノ・カヴァッロッティ
照 明 奥畑 康夫
舞台監督 斎藤 美穂

出 演

ヴィオレッタ エレナ・ケレッシーディ
アルフレード ステファノ・セッコ
ジェルモン 堀内 康雄
フローラ 鳥木 弥生
ガストン 平尾 憲嗣
ドゥフォール 三浦 克次
ドビニー 柿沼 伸美
グランヴィル 久保田真澄
アンニーナ 但馬 由香
ジュゼッペ 梅原 光洋
使者 羽渕 浩樹
召使 秋本 健

感想

有終の美を飾ったか?-藤原歌劇団公演「椿姫」を聴く

 「暮れには第九、正月は椿姫」これが正しい東京のクラシックファンの道だと思います。これが藤原歌劇団が毎年正月に「椿姫」を続けてきた成果なのでしょう。その第九、もとい椿姫の公演も16回目となる本年の公演を最後に終了になるそうです。確かに仕方がないことかも知れません。かつては、初回のコトルバスから始まって、アリベルティ、ゲオルギュー、ロスト、ルキアネッツ、デヴィーアと大物ソプラノがヴィオレッタを歌っていたわけですから。その辺と比較すると最近は、若手が主で好い歌手が来ていない感じがします。じり貧とまでは申し上げませんが、昔ほどの華やいだ感じがしなかったことも確かです。そろそろ見直す時期だったということなのでしょう。

 最後の年、いい演奏をして有終の美を飾ってほしい、長年の「椿姫」ファンとしては率直にそう思います。そして、その希望はかなえられた、と申し上げます。少なくても最近5年の中では一番良い演奏でした。

 そうなった大きな理由の一つは、アルフレードに人を得たことでしょう。アルフレードは、役の上では世間知らずで能天気なお坊ちゃんです。しかし、この役を世間知らずで能天気に表現してしまうと、オペラが薄っぺらになってしまう。昨年の佐野を除く(昨年の佐野は明らかに体調不良)ここ何年かのアルフレードは、みな軽薄な表現で、アルフレードの魅力を殺していました。その点、本年のステファーノ・セッコは違います。イタリア人ぽいテノールで、歌にふくらみがあってよろしい。一本調子にならず表情も多彩です。そこここに、ああ、これこそイタリア人テノールが歌うイタリアオペラだな、と思える瞬間が何度もありました。こう思えたのは本当に久しぶりです。

 ヴィオレッタのケレッシーディも悪くないと思います。この方表現の多彩なソプラノで、第1幕と2幕とでまるであたかも別のソプラノが歌っているかのように表現を変えてきました。決して抜群の高音が出るわけではないのですが、第1幕ではコロラトゥーラ・ソプラノのように、第2幕ではスピント・ソプラノのように歌って見せました。

 登場の第1声は、本来の音より幾分高めに歌っていたはずです。ですから「乾杯の歌」はいっそう華やかな感じになりました。そのため「ああ、そは彼のひとか、〜花から花へ」は、最高音が歌いきれていませんでしたが、全体の色調が統一されていて乱れが少なく、良いものでした。

 しかし、このような歌い方をすると人だと第2幕は一寸たいへんかな、と思いましたが、第2幕では一転して落ち着いた表情の歌になりました。第2幕のジョルジョとの二重唱は聴きものでした。スピントのついた歌で緊張感を盛り上げて行き、堀内ジェルモンとのやり取りは、どちらが押されるこのない四つ相撲で、感動ものでした。「椿姫」の中でこの二重唱が一番の山場だと私は思っているのですが、そこを納得行くように歌われるのはなかなかないことなので、うれしく思いました。

 そして、第3幕は1幕と2幕の中間みたいな感じ、どちらかといえば1幕に近い歌でした。「さよなら、過ぎ去った日々」もアルフレードとの「パリを離れて」もきっちり表現して、最後の死に至る演技まで聴き手をひきつけるものがありました。

 堀内ジェルモンは、このところ毎年の登場ですが、流石の歌いっぷり。上述の二重唱も良かったですし、「プロヴァンスの海と陸」のアリアもきっちりと聴かせてくれました。「日本一のジェルモン歌い」と申し上げて、過言ではないと思います。

 指揮のベラルディネッリは、ベースはやや遅目のテンポですが、アッチェラランドとリタルダンドを上手く使い分けながら、雰囲気を上手く盛り立てていきました。こういうところがイタリア人指揮者の血なのでしょう。聴いていて気持ちがいい。ただ、若い指揮者だから仕方がないのかもしれませんが、音楽の流れが自然に盛り上がっていくのではなく、指揮者の作為を感じてしまうところがところどころであり、そこが鼻につきました。東京フィルの演奏も良好でした。

 脇役陣は、例年登場のベテランと若手のバランスの取れた配分。定評のある三浦克次や久保田真澄と最近まで大学院オペラで歌っていた若手の平尾憲嗣や但馬由香が登場しました。各人ともしっかり歌っていたと思いますが、ことに但馬のアンニーナがよかったように思います。

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鑑賞日:2006年1月13日

入場料: 4725円 C-1列2

小劇場オペラ THE PIT #15

主催:新国立劇場

オペラ3幕、字幕付原語(イタリア語)上演
ヘンデル作曲「セルセ」(SERSE)
台本:ジョヴァンニ・ボノンチーニ作曲の「セルセ」(1694)へのシルヴィオ・スタンピーリャの台本を第三者(伝ヘンデル)が改編

会場 新国立劇場小劇場

指 揮 平井秀明
管弦楽 新国立小劇場オペラ・アンサンブル
合 唱 新国立小劇場合唱団
演 出 三浦 安浩
美 術 鈴木 俊朗
衣 裳 小野寺 佐恵
照 明 小山 和宏
振 付 伊藤 範子
舞台監督 大澤 裕

出 演

セルセ 大槻 孝志
アルサメーネ 青地 英幸
アマストレ 背戸 裕子
ロミルダ 大隅 智佳子
アタランタ 木下 周子
アリオダーテ 清水 宏樹
エルヴィーロ 大久保 光哉

感想

演出よりも音楽を重視してほしい-新国立劇場小劇場オペラ「セルセ」を聴く

 ヘンデルのオペラを聴くのは初めての経験です。ヘンデルのオペラが日本で上演されるのはなかなかないことなので、仕方がないことではあります。「セルセ」に関して申し上げれば、日本での本格的な上演は、大阪のザ・カレッジ・オペラハウスで2回ほど行われているだけです。オペラの解説書によれば、全体が約3時間の作品のようです。オペラ・セリアのジャンルに入る作品だそうですが、今回のように小劇場で取り上げるような作品かどうかはよく分かりません。バッロク・オペラですから、小規模な劇場が向いているということなのでしょうか。

 今回は、この3時間ほどのオペラを約2時間強に縮めて上演したようです。ヘンデルの新機軸はあるというものの、基本的にバロック・オペラですので、大胆な音色の変化が少なく、3時間も続けたら相当に退屈するのかも知れません。しかし、滅多に上演されない作品であるからこそ、カットは最小限にしてほしいと思います。今回は19時に開始し、終演が21時50分ほどでした。途中の無意味なくすぐりをカットして、18時30分開演にすれば、きっちりと全貌を示せたのではないかと思います。

 「無意味なくすぐり」と書きましたが、演出は私の趣味に合いません。まず、基本的に滅多に上演されない作品の演出はオーソドックスにするべき、というのが私の基本的な考え方です。新規な演出も変わった演出も、オーソドックスな演出があってこそ意味があります。その点で根本的に、三浦安浩の演出はいただけない。

 公園で「セルセ」の映画を撮影する劇中劇としてこのオペラを取り上げていますが、基本的にはアングラ芝居のまねでしょう。三浦の独創性を感じられるものではなく、また、現実と虚構との関係が不明確で、劇としてみても結局何をやっているのかよくわからないものでした。更に申し上げれば、演出が空回りしているというよりも、演出家の趣味の悪さを敢えて見せつけたいという欲望をストレートに出したのではないかと思います。昨年、新日フィルの「レオノーレ」の演出もこの方でしたが、そのときの工事現場の見立て、今回も採用していました。そのような猥雑さが好きな方なのでしょうか?能の舞台を意識して、折角舞台を劇場の中心部に配したのですから、アングラ劇に落とし込むのではなく、余計なくすぐりや演技を切って能舞台のようにすっきりとしたうえで、音楽との調和をよく考えてほしかった。いうまでもないことですが、オペラはまず音楽です。

 音楽と調和しない演出も困ったものですが、だからと言って音楽がよかったか、と申し上げればそこもどうかと思います。まず、セルセをテノールに歌わせることの是非。確かセルセは、カウンターテノールかアルトの持ち役だったはずです。仮にセルセをテノールに歌わせる場合、アルサネーメもテノールでよいのか、という課題も残ります。とりあえず、適当な歌手がいなかった、ということなのかしら。それとも演出に影響され、アルトを使えなかった、ということなのでしょうか。

 オーケストラも今ひとつ納得いきません。これも演出に影響されたためなのかもしれないのですが、だらだらと音楽が続く感じで、メリハリがつかない。あそこまで奇をてらった演出だったので、眠くはなりませんでしたが、あの気の抜けた演奏をオーソドックスな演出で見たら、とてもよい子守唄になっていたかもしれません。指揮の平井秀明はアリアを口ずさみながら振っておりましたが、どこまで本気だったか?やはり演出に相当遠慮していたのでしょうか。

 反面若い歌手たちはがんばっていました。みな一所懸命だったことがよく分かり、そこは高く評価したいです。特に良かったのが大隅智佳子のロミルダ。落ち着きのあるふくよかな声で、よく響いておりました。また崩れたところのない端正な歌唱でよかったと思います。大隅の歌は一昨年の秋に聴いておりますが、そのときよりもはっきりと進歩が認められ、まさに瞠目するものでした。まだ東京芸大の大学院を終了したばかりの新鋭。今後の伸びが楽しみです。

 次いで背戸裕子のアマストレがよい。迫力のある表現で、説得力がありました。もっとも彼女の場合は抜群のプロポーションを示すボディスーツを着ての演技なので、そちらの迫力と歌の迫力を混乱している可能性があります。

 この二人と比べると木下周子のアタランタは一枚落ちる感じ。役柄上仕方がない部分もあるのですが、上記二人の迫力に負けていました。

 男声陣は、女声から比べると若干弱め。大槻孝志は役の様式感の点で問題があるのでしょうが、歌そのもの、声そのものはそんなに悪いものではありませんでした。冒頭の「オンブラ・マイ・フ」がわりとあっさりした歌唱で拍子抜けでした。青地英幸のアルサメーネはあんなものでしょう。12月のホフマン物語の道化四役より存在感がなかったように思います。清水アリオダーテ、大久保エルヴィーロもがんばっており、ところどころに光るところがありました。 

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鑑賞日:2006年1月16日

入場料:4000円 

オペラの華 第3回イタリア・オペラの夕べ

主催:産経新聞社

会場 東京オペラシティ・コンサートホール

指 揮 菊池 彦典
管弦楽 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
合 唱 藤原歌劇団合唱部

プログラム

ヴェルディ「アイーダ」より 凱旋の合唱 藤原歌劇団合唱部
ロッシーニ「セヴィリアの理髪師」より 私は町の何でも屋 谷 友博
ヴェルディ「リゴレット」より 慕わしき人の名は 高橋 薫子
マスカーニ「カヴァレリア・ルスティカーナ」より ママも知るとおり 森山 京子
プッチーニ「ラ・ボエーム」より 冷たい手を 中鉢 聡
ヴェルディ「リゴレット」より いつかお前に会ったような気がする 高橋薫子・森山京子・平尾憲嗣・谷友博
休憩
ヴェルディ「運命の力」より 序曲  
プッチーニ「蝶々夫人」より ある晴れた日に 佐藤 ひさら
ロッシーニ「セヴィリアの理髪師」より 陰口はそよ風のように 久保田 真澄
ヴェルディ「ナブッコ」より 行け思いよ、黄金の翼に乗って 藤原歌劇団合唱部
プッチーニ「ジャンニ・スキッキ」より 私のお父さん 高橋 薫子
プッチーニ「トスカ」より 歌に生き恋に生き 佐藤 ひさら
プッチーニ「トスカ」より 星は光ぬ 中鉢 聡
プッチーニ「トゥーランドット」より 我が皇帝に永久に栄えあれ 佐藤 ひさら・藤原歌劇団合唱部
アンコール
マスカーニ「カヴァレリア・ルスティカーナ」より 間奏曲  
ヴェルディ「椿姫」 乾杯の歌 ソリスト全員+藤原歌劇団合唱部

感想

風邪には注意しましょう-オペラの華第3回 「イタリアオペラの夕べ」を聴く

 お客さんのリクエストによって演奏曲目を決めるという、オペラの華第3回「イタリアオペラの夕べ」というガラコンサートに出かけてまいりました。これは第1回目がドイツオペラ、第2回目がフランス・ロシアオペラということで、最後がイタリア・オペラとなったようです。ただし、リクエスト総数はあまり多くなく、プログラムによれば72通。第一位は自分の予想に反して、「カヴァレリア・ルスティカーナ」でした。ちなみにベストテンは、第2位「椿姫」、第3位「蝶々夫人」、第4位「トスカ」、第5位「ラ・ボエーム」、第6位「セヴィリアの理髪師」、第7位「ジャンニ・スキッキ」、第8位「ナブッコ」、第9位「アイーダ」、第10位「リゴレット」だそうです。

 プログラムはこのベスト10から選択したもの。メインのプログラムに「椿姫」の曲が入っていなかったので、恐らくアンコールで「乾杯の歌」をやるだろうと思っておりましたら、予想通り「乾杯の歌」で締めました。この「乾杯の歌」はガラ・コンサートらしく登場したソリストが歌い継ぐもの、そこで、歌手たちの特徴が出て面白かった。この中で、一番の貫禄は佐藤ひさらです。ソプラノ・ディーヴァのオーラが出ていました。彼女以外は、女王様にお仕えする下男や女中のように見える、と申し上げると失礼でしょうか。

 今回まず楽しめたのは、菊池彦典の乗り乗りの指揮でした。菊池は日本で随一のイタリア・オペラのスペシャリストと申し上げてよい方であり、イタリア・オペラを振って、それがはまったとき(時々空回りします)、その味わいは格別のものがあります。今回の演奏は、その乗り乗りがうまくはまった例ではないかと思いました。伴奏指揮者として、歌手の歌に合わせて慎重に振るというのではなく、自分の音楽の中に、歌手や合唱を巻き込んでいく、というやり方をしました。だから、音楽が菊池の呼吸になっていて、それが聴き手である私の呼吸とシンクロするとき、まさに快感を覚えるのです。オーケストラの音と歌手の声とのバランスを考えれば、もう少し抑えた演奏の方が良かったのかも知れませんが、たとえ若干のアンバランスがあったとしても、菊池の情熱を採りたいと思います。

 オーケストラも菊池の指揮によく反応しておりました。技術的には弦のざらつきであるとか、金管のトラブルであるとか決して穴がないわけではないのですが、あの熱血の音楽は、そのような小さなトラブルを吹き飛ばすようでした。

 歌手陣は絶好調から絶不調までさまざまでした。谷友博は、「何でも屋の歌」を無難にこなしました。彼の声にはロッシーニ・バリトンが、似合っているように思いました。ついで、高橋薫子のジルダ、やはり実力者です。非常に説得力のある歌唱でした。最後が抜けなければ完璧と申し上げても良いかもしれません。森山京子の「ママも知る通り」もなかなかのものでした。ただし彼女のサントッツアは、カルメンで見せる迫力とは一寸違い割合おとなしいものでした。

 一方、絶不調だったのが中鉢です。風邪をひいていたようなのですが、声はでない、フレージングは目茶目茶、声はひっくり返る、音程は狂う。聴いていてかわいそうなくらいでした。あれぐらい不調のときは、やはり歌うべきではないでしょう。お客さんに失礼です。特に今回は平尾憲嗣という次世代のホープがいるわけですから、平尾にピンチヒッターを任せるべきだったのではないでしょうか。

 リゴレットの四重唱は、歌手の力量がよく分かりました。まず平尾憲嗣がよい。伸びのある高音で、マントヴァ公の能天気な雰囲気をよく出していました。言い寄られる森山マッダレーナもまんざらでもない様子で、なかなか好調。高橋ジルダは、ほとんど孤高の領域、しっかりとした響きで素晴らしい存在感を示しました。一方存在感の乏しかったのは、谷リゴレット。歌が平板で表情に乏しく、存在感が希薄で残念でした。

 後半に入り、佐藤ひさら。声に若干のざらつきがあり、必ずしも完璧とは申し上げられませんが、豊かな表現力と見事な歌唱技術で「ある晴れた日に」を歌って見せました。佐藤は、トスカも、トゥーランドット(これはほとんどワンフレーズだけの歌唱でしたが)でも、これこそソプラノ、これこそディーヴァとでもいうべき歌唱を見せてくれました。ただし、あの佐藤の歌い方を私が好きか、といわれると、実は疑問符が付くのですが。

 久保田バジリオ。これまた手馴れた歌唱でよろしいものでした。合唱のことを書くのを忘れていました。アイーダの大行進曲とナブッコの合唱。どちらも藤原歌劇団合唱部の実力を見せるのに適当なものでした。そして、高橋薫子の「私のお父さん」。絶妙の歌唱でたいへんよろしいものでした。

 いろいろありましたが、おおむね楽しめたコンサートでした。それにしてもイタリア・オペラは聴いていて本当に楽しいです。

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鑑賞日:2006年1月22日

入場料: 5000円 A席 1F20列37

二期会オペラ公演

主催:財団法人新宿文化・国際交流財団

オペラ3幕、字幕付原語(ドイツ語)上演、演奏会形式、日本初演
R・シュトラウス作曲「ダナエの愛」(Die Liebe der Danae)
台本:フーゴ・フォン・ホーフマンスタールの原案によりヨーゼフ・グレゴールが作成

会場 新宿文化センター大ホール

指 揮 若杉 弘
管弦楽 新日本フィルハーモニー交響楽団
合 唱 新星合唱団
合唱指揮 郡司 博

出 演

ユピテル 久保 和範
メルクール 小貫 岩夫
ボルックス 塚田 裕之
ダナエ 佐々木典子
ミダス 大野 徹也
クサンデ&セメーレ 平井 香織
オイローバ 増田のり子
アルクネーメ 井坂 恵
レーダ 菅 有実子

感想

駄作というのはうわさだけ-新宿文化センター/二期会「ダナエの愛」(演奏会形式/日本初演)を聴く

 リヒャルト・シュトラウスのオペラが割と好きで、日本で上演されたことのある作品は一通り聴いています。しかし、「サロメ」に至る習作2作と、中後期の「平和の日」、「ダフネ」、「ダナエの愛」は聴いたことがありません。ことに「ダナエの愛」は、リヒャルト・シュトラウスのオペラの中では凡作といわれていることもあり、今まで全く縁のない作品でした。その作品を演奏会形式とはいえ日本初演し、さらに指揮者がリヒャルト・シュトラウスのスペシャリストともいうべき若杉ですから、聴かないわけには参りません。勇んで新宿文化センターに出かけてまいりました。

 確かにこの作品は不幸な生い立ちを背景に背負っています。最初ホフマンスタールがアイディアを出したとき、シュトラウスは興味を示さず、シュトラウスが作曲しようと決めたときは既にホフマンスタールは死亡していました。クレメンス・クラウスの尽力で1944年のザルツブルグ音楽祭での初演が決まったものの、戦争で初演中止。実際に初演された1952年にはもはやシュトラウスもこの世の人ではありませんでした。初演された当時は各地で上演が相次いだそうですが、その後上演数は激減。21世紀になってようやく復活してきたそうです。

 上演数が激減した理由として、「台本が古臭く陳腐だ」であるとか、「音楽も冗長なだけ」とか言われているようですが、どうもそれが本当ではないような気がします。確かに、ホフマンスタールが台本をまとめれば、グレゴールが書いた台本よりも立派なものができたと思いますし、シュトラウスの音楽も、文句なしの傑作であるとは申し上げられないと思います。しかしそれでも、凡百のオペラを聴くよりも十分楽しめる音楽ですし、皮肉たっぷりの物語だって、そう悪いものではないと思います。私は今回初めてこの音楽を耳にしたのですが、どうしたってこの音楽はリヒャルト・シュトラウスの音楽でしかありえない。シュトラウス好きにはちょっとたまらないところがあります。

 この作品をホフマンスタールは3幕の室内オペラとして考えたようですが、シュトラウスは4管の大オーケストラが伴奏するオペラに仕上げました。本日は演奏会形式上演でオーケストラもソリストも合唱も舞台に乗ります。4管16型のオーケストラとソリストと合唱が乗ると、舞台は本当にギチギチでした。若杉弘は、この大編成オーケストラを思いっきり演奏させました。決して広いホールとはいえない新宿文化センターでは、音が飽和するほどでした。オーケストラの演奏のコンセプトは、力強く骨太にということがあるようで、割合ごつごつした音楽に仕上がっていました。オケは金管を中心にトラブルがありましたが、全般としてみれば、十分コントロールされた演奏だったと思います。人工的で精妙なシュトラウスを支持する方は今回の若杉演奏はお気に召さないものと思います。カーテンコールで指揮者とオーケストラにブーが浴びさせられていました。確かにこの時代のシュトラウスの特徴である「厚みがあるけれども透明な響き」を完璧に表現できてはいなかったとは思いますが、本日の新日フィルの演奏は公平に見て敢闘賞には十分値すると思います。また、これだけ複雑な作品をきっちり仕上げてくる若杉弘の力量に感心いたしました。

 以上、今回の演奏の成功は指揮者とオーケストラにその主因を求めたいのですが、歌手もがんばりました。まずダナエの佐々木典子がよかったと思います。彼女は2003年夏の「ばらの騎士」で感心したのを最後に、このところ聴くたびに今ひとつの演奏だったと思いますが、久しぶりによい演奏を聴かせてくれました。高音の響きが美しく、また弱音のコントロールもしっかりしたもので結構でした。ソロで歌う場面よりもデュエットで歌う部分により魅力があったと思います。登場の場面でのクサンデ(平井香織)との二重唱がよく、また終幕のダナエとユピテルの二重唱も非常に魅力的でした。

 またこの作品では第一幕では群集や門番が合唱で表現されますが、2幕、3幕で合唱の役割を果たすのは、二人のソプラノと二人のメゾソプラノによる重唱です。ここを二期会のトップソリストと申し上げてもよい平井香織、増田のり子、井坂恵、菅有実子が担当しましたが、流石にこのレベルの歌手が登場すると、重唱が非常に美しく響きます。この重唱の厚みと安定した響きが、全体の底上げに大きく貢献していたと思いました。

 男声陣もなかなか魅力的。大野徹也がまずよい。つらいところがゼロだったとは申しませんが、ここ数年のなかで聴いた大野の歌唱で一番良いものであったと思います。響きが総じて美しく、強い声も適当に使いながら、最後までだれずに行ったと思います。また、ユピテル役の久保和範もよい。彼は、昨年12月のN響「天地創造」でたいへん素晴らしい歌唱をしたので本日も期待しておりました。歌唱全体の出来は、先日のN響のときの方が良かったように思いますが、本日も結構。彼も重唱部分がよく、ことに大野・久保の第2幕フィナーレのデュエットからユピテルのモノローグに至る表現は抜群でした。また第3幕の佐々木との二重唱も良かったです。

 破産したポルックス王を歌った塚田裕之、ユピテルの従者メルクールを歌った小貫岩夫、ともにそれぞれのキャラクターを示すのに十分な歌唱でした。

 オーケストラ、歌唱とも充実した聴き応えのある演奏会でした。

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観劇日:2006年1月24日

入場料:2875円、座席:F席 4F3列42番

主催:新国立劇場

オペラ2幕、字幕付原語(ドイツ語)上演
モーツァルト作曲「魔笛」(Die Zauberflöte)
台本 エマヌエル・シカネーダー

会場 新国立劇場オペラ劇場

指 揮 服部 譲二
管弦楽 東京交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 三澤 洋史
演 出 ミヒャエル・ハンペ
美術・衣裳 ヘニング・フォン・ギールケ
再演演出 田尾下 哲
照 明 高沢 立生
振 付 伊藤 範子
舞台監督 大仁田 雅彦

出 演

弁者 長谷川 顯
ザラストロ アルフレッド・ライター
夜の女王 佐藤 美枝子
タミーノ ライナー・トロースト
パミーナ 砂川 涼子
パパゲーノ アントン・シャリンガー
パパゲーナ 諸井 サチヨ
モノスタトス 高橋 淳
侍女1 田中 三佐代
侍女2 加納 悦子
侍女3 渡辺 敦子
童子1 直野 容子
童子2 金子 寿栄
童子3 背戸 裕子
武士1 成田 勝美
武士2 大澤 建
僧侶 加茂下 稔

感想

世代交代の足音-新国立劇場「魔笛」を聴く

 新国立劇場で「魔笛」を取り上げるのは5年ぶり。最もポピュラーなオペラの一つですが、本当に久しぶりの再演です。5年前は、オール日本人キャストで、その当時の若手・中堅歌手ががんばりを見せて楽しませていただいたわけですが、5年たつと更に若返りをはかりました。5年前と同じキャストは、武士2を歌った大澤建だけです。そう思うと、最近の日本のオペラ界も期待の新人が伸びているということかもしれません。

 しかし、5年前と比較してもっと楽しめたかと言うと難しいところがある。服部譲治と東京交響楽団のコンビが一寸おとなしいのです。序曲は結構なスピード感で期待が持てたのですが、幕が上がると服部は歌手やオーケストラを追い詰めることをせず、ひたすら伴奏に徹していたように聴きました。歌手にとってはそのほうが歌いやすいのでしょうし、そういう行き方もあるというのはよく分かるのですが、基本は伴奏でもところどころにけれんを入れて、歌手たちを追い込んだり、オーケストラを盛り上げて下さったほうが音楽としては面白くなったように思います。

 全体としては一寸もたれる演奏だったのかな、と思います。元来、ハンペのこの新国の舞台は舞台変換が多く、そのたびに音楽が途切れるので、音楽の繋ぎ方を上手く考えないと、今ひとつ統一感が取れないものになりがちです。服部譲治は、この統一感をどのようにとるか、という点についてはあまりアイディアがなかったようで、音楽それ自体への求心力が薄い演奏だったように思います。

 歌い手もいろいろでした。まず良かったのは、パミーナの砂川涼子です。彼女のリリックで艶やかな声はパミーナにぴったりだと思います。歌も情感がこもっていて、且つ崩れがなく、聴きものでした。2幕のアリアも悪くはなかったのですが、特に良かったのが第1幕のパパゲーノとの二重唱「愛を知る男たちは」と「何と素晴らしい響き」。今回の「魔笛」はこの2曲がベストのように思いました。

 夜の女王の佐藤美枝子も流石です。低音部で響きに迫力があると尚よいと思うのですが、高音部のコロラトゥーラ技法はほぼ完璧と申し上げてよいと思います。1幕のアリアも悪くはなかったのですが、2幕の「復讐の心は地獄のように燃え」の方が更に良い。こちらは迫力もあり、高音もぶら下がるところがなく正確に歌いきり、佐藤美枝子の実力をしっかり見せてくれたと思います。

 この二人を頂点とすると、他の歌手は今ひとつ問題がある。ザラストロ役のライターは若手のバス歌手で、きっちり歌っており文句をいう筋合いではないのでしょうが、ザラストロの貫禄に欠ける様に思いました。一寸したところで、音楽の緊張が緩み、軽薄に聴こえるところがあるのです。「この聖なる殿堂は」などは聴き応え十分だったので残念です。

 タミーノ役のトローストは前半が今ひとつで後半がなかなかの歌唱。一幕の「何と美しい絵姿」こそ「魔笛」におけるタミーノの存在理由のように思うのですが、このアリアが今ひとつ美しくない。響かない。その後は持ち直しましたが。

 パパゲーノ役のシャリンガーは芸達者。見せる演技をしますし、声もよく、歌もいい。唯、パパゲーノという役にしては一寸歌が重いように思いました。「おいらは鳥刺し」はもう少し軽快に歌ってほしいですし、「恋人か女房か」もそうです。それでも彼の場合重唱になると相手歌手に合わせて歌いますので、あのテンポが彼の持ち味なのでしょう。

 若手陣は健闘していたと思います。侍女1の田中美佐代が不調でしたが、他はそれぞれの役どころをきちんと演じ、歌いました。モノスタトスにぴったりだろうと思った高橋淳が期待に違わぬ好演。3人の童子も美しい声とハーモニーでよく、二人の武士の歌も結構でした。

 抜群の感動を得られる名演というわけには行きませんが、皆自分の役どころをきっちり歌い演じており、スタンダードな演奏としてまとまりの良いものになっていたと思います。

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観劇日:2006年2月6日

入場料:5670円、座席:E席 4F1列34番

主催:新国立劇場

オペラ2幕、字幕付原語(イタリア語)上演
モーツァルト作曲「コジ・ファン・トゥッテ」Così fan tutte)
台本:ロレンツォ・ダ・ポンテ

会場 新国立劇場・オペラ劇場

指 揮 オラフ・ヘンツォルト
管弦楽 東京交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 三澤 洋史
演 出 コルネリア・レプシュレーガー
美術・衣裳 ダヴィデ・ピッツィゴーニ
照 明 磯野 睦
舞台監督 大澤 裕

出演

フィオルディリージ リカルダ・メルベス
ドラベッラ エレナ・ツィトコーワ
デスピーナ 中嶋 彰子
フェルランド 高橋 淳
グリエルモ ルドルフ・ローゼン
ドン・アルフォンソ ヴォルフガング・シェーネ

感想

アンサンブルオペラの難しさ-新国立劇場「コジ・ファン・トゥッテ」を聴く

 コジ・ファン・トゥッテは、モーツァルトのダ・ポンテ三部作の中では一番無名な作品ですが、作品としては、古典オペラの最高峰と申し上げても過言でないと思います。オペラ・ブッファのセオリーにきちんと合わせていることに加え、登場人物が男声三人、女声三人とバランスされている上に、歌唱の形態もアリア、レシタティーヴォに加え、二重唱から六重唱にいたる各種の重唱、それに合唱も加わります。オペラの見本帳のような作品で、聴けば聴くほど、その音楽性に感動せずにはいられません。

 特に聴きものはアンサンブル。どれだけアンサンブルをきっちりまとめるかが、このオペラで感動できるかどうかの鍵のような気がしています。その部分で私は、今回の公演の欠陥が見えたような気がします。言い換えるならば、パーツとしては皆さんたいへん結構でした。歌手陣も大きな欠陥がある方はいらっしゃいませんでしたし、オーケストラの説得力は抜群でした。にもかかわらず、全体としては決して満足行く出来ではなかったのかな、というのが正直なところです。

 まずフィオルディリージが弱い。メルベスという方、若干のずり上げがあるといったトラブルもあったのですが、それ以上に音の輪郭を明確にした歌い方をしない方です。勿論それが舞台全体のコンセプトとして共有されているのであればいいのですが、残念ながら彼女独自のやり方です。従って、アリアを聴いている分にはいいのですが、アンサンブルになると弱い。今回の出演者は、彼女を除くと割合輪郭のはっきりした歌い方で存在感を示しましたので、彼女の歌だけが浮いてしまっていました。フィオルディリージとドラベッラとの二重唱では、ドラベッラの凛とした声に完全にフィオルディリージが押されており、役柄とのバランスの悪さを感じました。

 高橋淳のフェランドはミスキャストだと思います。ここで断っておきますが、高橋のフェランドとしての歌唱は正確でかつ明晰、たいへん結構なものでした。この正確さや表現力の多彩さは、代役で登板した方とは思えないほどです。第1幕3場のアリアは、ゆっくりとしたテンポに乗ってじっくりと歌い上げ、感動的でした。それでも私は高橋の持っている声とフェランドに期待される声とは違っているのではないかと思うのです。高橋は、一寸クセのあるテノールで、いわゆる典型的二枚目を演じる声ではありません。敢えて申し上げるならばモノスタトスの声でしょう。代役ですから仕方がないのでしょうが、もっと軽いレジェーロ系のテノールが高橋ほどきっちりと歌ったならば、感動は更に大きかったと思うのです。

 一番感心したのは、ツィトコーワのドラベッラ。彼女は2年前の新国「フィガロの結婚」でケルビーノを歌い、満場の共感を呼んだ歌手ですが、今回も力強く明晰な歌唱でたいへん結構。地声が一寸冷たく浮ついたところがないので、どんなアンサンブルにおいても彼女の声が中心になって聴こえます。勿論アリアもよし。第1幕3場のアリアの狂乱も第2幕の「恋はかわいい盗人」のコケティッシュな魅力も楽しく聴けました。

 もう一人よかったのは、ウォルフガング・シェーネのドン・アルフォンゾ。この作品の要にいる役で、この役の良し悪しで印象が随分変わるのですが、しっかりした歌唱と存在感とで全体を引き締めていました。でしゃばったところがないのに、よく聴いているとアンサンブルの要として活躍しているのは出色ものでした。昨年のヴァイクルもよかったですが、それに負けないドン・アルフォンゾだったと申し上げましょう。

 残りの二人、ローゼン・グリエルモと中嶋・ディスピーナはプレミエと同じ顔ぶれ。ローゼンは、昨年よりも手馴れた感じの歌唱でよかったと思います。一方中嶋は慣れ過ぎで抜けてしまったところがありました。

 こうやって歌手を並べてみると、個人個人では大きな問題がある方がいらしたとは思わないのですが、アンサンブルになるとミスマッチになる部分が生じます。そこを歌手同士で上手く調整していければよいのですが、なかなかそこまでは行っていなかった、というのが本当のところでしょう。そこがこのオペラの難しさかもしれません。

 オーケストラは自然で良好。音色も綺麗でしたし、絶妙の軽みのセンス、私の呼吸に実にぴったり来る演奏でした。たいへん気に入りました。月並みな表現ですが、モーツァルトの魅力を余すことなく表現していたと申し上げましょう。ヘンフォルトという指揮者を聴くのは初めてですが、その才能に感心しました。

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観劇日:2006年2月19日

入場料:2835円、座席:F席 4F3列19番

主催:新国立劇場

オペラ3幕、字幕付原語(日本語)上演
三木稔作曲「愛怨」
台本:瀬戸内寂聴

会場 新国立劇場・オペラ劇場

指 揮 大友 直人
管弦楽 東京交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 三澤 洋史
演 出 恵川 智美
美 術 荒田 良
衣 裳 合田 瀧秀
照 明 磯野 睦
舞台監督 村田 健輔

出演

桜子/柳玲 釜洞 祐子
大野浄人 経種 廉彦
玄照皇帝 星野 淳
光貴妃 宇佐美瑠璃
阿部奈香麻呂=朝慶 田中 誠
若草皇子 黒田 博
影巳 三輪 陽子
孟権 柴山 昌宣
隆祥 峰 茂樹
金剛/唐の道化 木幡 雅志
力士/唐の道化 三戸 大久
聖明女帝の侍女 千種 近藤 悦子
聖明女帝の侍女 汀 福井 優子
聖明女帝の侍女 桂 西本 会里
隊長 加藤 信行
柳玲(琵琶演奏) シズカ楊静

感想

日本発グランドオペラ-新国立劇場「愛怨」を聴く

 オペラは総合芸術ということになっていて、音楽、演劇、舞踏、美術と確かに全ての芸術の要素が含まれています。その中で最も重要なのは音楽で、文学の部分は結構おざなりです。勿論シェイクスピアの主要作品のほとんど全てがオペラ作品に生まれ変わっていますが、台本が原作を上回っているものは多分ないでしょう。ヴェリズモ・オペラなどは、台本が「週刊新潮」の「黒い事件簿」といい勝負のように思います。勿論例外もおりまして、例えば、フーゴ・ホフマンスタールの台本は流石に素晴らしい。

 今回の「愛怨」は台本が現代日本文学を代表する作家の一人である瀬戸内寂聴ですから、リヒャルト・シュトラウスとホフマンスタールのような関係が三木稔と瀬戸内寂聴の間に出来ていれば、その作品の出来は非常に素晴らしいものになったに違いないと思います。そのようなことを期待しながら出かけたのですが、実際は予想していたものと随分違っておりました。端的に申し上げれば、結構下世話なオペラ的オペラでした。

 私がこれまで見た日本オペラの中で最もスペクタクルな印象の強いオペラで、音楽は全く違うものなのですが、例えば「トゥーランドット」を髣髴させるところがあります。これは主人公が遣唐使で、舞台が日本と中国にまたがることからそう申し上げていることもあるのですが、他にも「愛怨」のオーケストラも規模が大きく三管編成で、打楽器が6人入り、ハープもつくところとか、「トゥーランドット」のピン・ポン・パンのような道化の音楽が含まれているところとかもそうです。現代オペラにしては珍しく、レシタティーヴォ的歌唱で一貫するのではなく、アリアや重唱、合唱を適宜組み合わせて物語を進めるところも古典性を感じた理由かもしれません。

 ストーリーは新国のサイトでも参照していただければよいのですが、簡単にまとめれば、大和朝廷の楽士で囲碁の名手、遣唐使大野浄人の使命は、唐の皇后が大切にしている秘曲「愛怨」を日本に持ち帰ること。難破を乗り越えて唐に辿り着いた浄人は、阿部仲麻呂と知り合い、宮廷に出向いて、この曲を弾けるただ一人の名手、柳玲と巡り合います。柳玲の父は日本人の元遣唐使、彼女の双子の妹は、浄人が日本に残してきた妻、桜子でした。浄人の類まれなる囲碁の腕にほれ込んだ玄照皇帝は、囲碁の勝負に優勝すれば柳玲を賞品にすると言いだします。門外不出の秘曲「愛怨」を浄人に聴かせる柳玲と囲碁の勝負で勝利した後の罪の暴露。死をもって罪を償おうとする柳玲と浄人の愛はどうなるか。

 印象的な音楽は、第一幕では、冒頭ヒロインの桜子によって歌われるアリア、桜子と浄人との愛の二重唱、中国に漂着した浄人が囲碁で勝利したときに見物人たちが歌う品の悪い合唱、それに引き続き歌われる奈香麻呂のアリアがあります。第二幕には、冒頭の合唱、香貴妃の王維の詩を歌うアリア、柳玲のアリア「私の心」、第三幕には最終場における柳玲と浄人との愛の二重唱があります。音楽的頂点は、標題でもある香貴妃と柳玲以外は演奏が禁じられている門外不出の秘曲「愛怨」を琵琶で演奏するところでしょう。ここは、中国の琵琶演奏奏者・シズカ楊静の名人芸で演奏され、全体的には緊密感のない音楽なのですが、ここだけは十分な密度があったように思いました。

 出演者は総じて好演、と申し上げてよろしいと思います。釜洞祐子は、一柳慧「光」の初演のときも好演で、初演ものの役作りに実力を発揮する方のようです。今回も抜群の歌唱力と存在感とで舞台を引き締めていました。経種廉彦もまずまずの歌唱。彼はヒーロー役をやると好くない、というのが従来の印象でしたが、今回はなかなかのものでした。宇佐美瑠璃は三木作品の上演の常連で、その縁での出演だと思います。私はこれまで宇佐美の歌をオペレッタでしか聴いたことがなかったのですが、オペレッタを歌うときよりももっと素直な発声で、好感を持ちました。それ以外の方も合唱も含めそれぞれ印象的で結構だったと思います。

 日本語の台本と音楽の関係が適切だったということもあるのでしょうが、発音は聞き取りにくいところが少なく、よろしかったと思いました。オペラですから中国人が日本語を話しても全く問題はないのですが、一方で、皇帝や妃に対する敬語の使い分けであるとか、和語と漢語の使い分けなどには、もう少し上手なやり方があるのではないかとも思いました。又、この作品では囲碁が重要な役割を示しますが、囲碁を打つ部分では、もう少し囲碁らしく打ってほしい。囲碁で初手を碁盤の中心に置くなどということはありえません。五目並べではないのだから。恵川智美も経種廉彦も囲碁を打った経験はないのでしょうか。また、どうでもいい話ですが、柳玲は「りゅうれい」と読むのが本当なのでしょうが、「ゆうれい」とも読めますし、多分瀬戸内寂聴の意識は桜子の幽霊が柳玲だった、という気がいたしました。

 以上全てに満足できたわけではないのですが、新国立劇場で発表されたオペラの中では聴き手が楽しめるグランドオペラに仕上がっていたように思います。国立劇場は、その国の言葉で書かれたオペラの振興も大きな役割ですから、このような作品が世に問えたのは、一つの成果なのでしょう。

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観劇日:2006年2月24日

入場料:2000円、座席:D席 1F37列38番

主催:(財)東京二期会

平成17年度文化庁芸術創造活動重点支援事業
2006都民芸術フェスティバル参加

オペラ4幕、字幕付原語(イタリア語)上演
プッチーニ作曲「ラ・ボエーム」(La Boheme)
台本:ジュゼッペ・ジャコーザ/ルイージ・イッリカ

会場 オーチャード・ホール

指 揮 ロベルト・リッツィ・ブリニョーリ
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱 二期会合唱団
合唱指揮 佐藤 宏
演 出 鵜山 仁
装 置 島 次郎
衣 裳 緒方 規矩子
照 明 勝柴 次朗
舞台監督 菅原 多敢弘

出演

ミミ 木下 美穂子
ロドルフォ 山田 精一
ムゼッタ 安藤 赴美子
マルチェッロ 成田 博之
ショルナール 萩原 潤
コッリーネ 黒木 純
ベノア 鹿野 由之
アルチンドロ 菅野 宏昭
パルピニョール 児玉 和弘

感想

若手の緊張に思う-東京二期会オペラ劇場「ラ・ボエーム」を聴く

 一番好きなオペラとして「ボエーム」を挙げる方を何人か知っています。プッチーニの音楽を純粋に好きな方も多いのでしょうが、オペラに描かれた舞台が、自分の青春時代を思い出させてくれる、ということがあるかもしれません。お金はないけれども理想は高く、世の中や権威に対しては批判的だけど野放図で、そういう芸術家の卵たちの行動は、例えば、私自身のの青春時代の行動と比較すれば一致するところが少ないのですが、彼らの心情を理解できないと言うことではありません。

 かつての青年は、この作品を若いメンバーで演奏してくれることを望みます。そのほうが、登場人物の心情を適切に表現してくれるに違いないと思いますので。今回の二期会公演は、Aキャストが中堅・ベテラン勢で固めたのに対し、Bキャストは初めて聴くような若手を中心に固めてきてくれました。大岩千穂のミミも福井敬のロドルフォも魅力的ですが、若手のパワーに期待したい、そういう気持ちでBキャストを選びました。

 結果的にその選択は正しかったか?。疑わしいところです。まずオーケストラはよいものでした。ブリニョーリの指揮はいかにもイタリア人オペラ指揮者、といった様子でそのカンタービレに感心しました。しかしながら、情緒的に流されることはなく、要所要所をしっかりと見据えて、場面と音楽との対応が適切であったのも結構でした。彼の音楽作りは1幕と4幕、2幕と3幕とを対照的に示そうとするシンメトリックなもので、全体を通してみればあたかも一つのシンフォニーを聴いているよう。勿論これはプッチーニがそう書いている、ということなのでしょうが、私がこれまで聴いた「ボエーム」でその関係を本日ほど明快に示されたことがあったかしら。一寸覚えていません。この音楽の設計は実に納得行くものでした。

 音楽の流れ、という点では2幕が良かった。ソリストに関して申し上げれば下に書くように全てが満足できるものではなかったのですが、カルチェラタンの雑然とした様子をブリニョーリはきちんと整理してすっきりと流して見せました。児童合唱が良かったことも書いておきましょう。

 これで歌手が若々しく盛り上げてくれれば文句なし、なのですが、そうは行かないのがオペラのオペラたる所以でしょう。私はその原因をミミとロドルフォに求めます。

 木下美穂子は相対的にはよい歌だったので、それなりの拍手を得ていましたが、私は全く納得行かない歌でした。とにかく歌に若さが感じられないのが困りました。私は史上最高のミミはフレーニだと思っています。彼女が60代になってから歌ったミミも聴きましたが、彼女が「私の名はミミ」と歌いだすと、歌い手が60代であるにもかかわらず、舞台にいるのは二十そこそこの小娘になるのです。ところが三十歳代の木下の歌は、年増の深情けのような歌で、ロドルフォと出会ったときのときめきが感じられない。ビブラート過剰で、音の幅をとりすぎたのがその原因だと思います。もう一つ付け加えれば、第4幕でミミは、ロドルフォとの出会いを思い出して、再度「私の名はミミ」と歌いますが、一幕よりも私の耳には初々しく聴こえました。これも納得行かないところです。一、二幕よりも三、四幕の方が調子が良かったのは確かなのですが、それにしてもミミの心情変化を歌に乗せきれたか、と申し上げれば否定的にならざるを得ません。

 更にひどかったのは山田ロドルフォ。これは「惨憺たる」と申し上げざるを得ない。まず、声に艶やかさや滑らかさがかけています。一寸高音になると無理やり歌っているなというのが、素人目にもわかって困ってしまいました。とにかく歌うのがやっとですから、表現がどうこうと申し上げられるようなレベルではない。「冷たい手を」と歌ってミミを口説き落とすわけですが、あの歌でミミが口説かれるのは全く納得がいきません。木下は後半はそれなりのレベルに回復しましたが、山田は終始不調でした。また演技も大根。彼が舞台を動き回る姿は、オペラ歌手というよりもお笑い芸人が舞台を歩き回るのを彷彿とさせるもので、勿論そういう演出だったのでしょうが、二枚目には見えません。

 それ以外の脇役は割りと目立たないものでした。ロドルフォ、マルチェッロ、コッリーネ、ショナールのボヘミヤン4人の動きはお笑いの舞台のようで、それはそれなりに一貫していたと思います。しかし存在感は薄い。マルチェッロは演出によってはもっと存在感をアピールするように描かれることも多いのですが、成田博之はおとなし目の表現でした。萩原ショナール、黒木コッリーネも存在感がはっきりしませんでした。しかしながらコッリーネは四幕のアリアは、軽妙さと悲しみとがいい塩梅にミックスされ、良い歌になっていたと思います。ムゼッタの安藤赴美子。「私が町を歩けば」は、出だしにミスがありましたが、トータルではまとめました。

 音楽も舞台もシンメトリックにすること、ミミとロドルフォにスポットライトを当てること、が今回の舞台のコンセプトのように思いました。それは大部で成功していたと思うのですが、ミミとロドルフォの不調が全体の足を引っ張ったと思います。

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観劇日:2006年3月9日

入場料:3000円、 1F12列49番

主催:新国立劇場オペラ研修所

オペラ3幕、字幕付原語(イタリア語)上演
プッチーニのパリ(Le Paris de Puccini)
プッチーニ作曲「つばめ」(第1幕)(La Rondine)
台本:ジュゼッペ・アダーミ

プッチーニ作曲「ラ・ボエーム」(第1,4幕)(La Boheme)
台本:ジュゼッペ・ジャコーザ/ルイージ・イッリカ

会場 新国立劇場中劇場

指 揮 ジェローム・カルタンバック
管弦楽 新日本フィルハーモニー交響楽団
演 出 ロバール・フォルチューヌ
装 置 クリストフ・ヴァロー
衣 裳 S.コルネッホ
照 明 八木 麻紀
舞台監督 金坂 淳台

出演

プッチーニ:ファビオ・サルトール

つばめ

マグダ 吉田 珠代
リゼット 田島 千愛
イヴェット 松井 敬子
ビアンカ 前嶋 のぞみ
シュジィ 山川 知美
ルッジェーロ 河野 知久
プルニエ 岡田 尚之
ゴバン 村上 公太
ランバルト 町 英和
ベリショー 青山 貴
クレピヨン 森 雅史

ラ・ボエーム

ミミ 吉田 珠代
ロドルフォ 村上 公太
ムゼッタ 山川 知美
マルチェッロ 町 英和
ショルナール 青山 貴
コッリーネ 森 雅史
ベノア 松本 進

感想

研修公演だから仕方がないのでしょうが-新国立劇場オペラ研修所研修公演「プッチーニのパリ」を聴く

 新国立劇場のオペラ研修所は、音大の大学院修了生レベルの歌手を毎年5人ほど集めてトレーニングする研修所です。ここの修了生には、林美智子、井上ゆかり、背戸裕子、諸井サチヨと最近活躍の目立つ方が多い。オペラ研修所の研修公演を聴くのは本年で4度目となりますが、過去3回の経験は、それぞれに見所の多いものでした。現在の在籍生も大学院オペラで実績を積まれた方が多く、それだけに期待が持てます。

 しかし、今回の「プッチーニのパリ」という企画はいかがなものか。勿論これが苦肉の策であろうことは想像がつきます。15人の研修生にそれなりの歌う機会を与えて、その役柄が、彼らの現在の声質や実力に見合った作品を選択するのは大変なことでしょう。その解決策として、「つばめ」と「ボエーム」という二つの作品をつぎはぎしてみせる。作品としての一体感を示すために、「プッチーニ」を役者で置き、オペラはその老作曲家の回想であるとする。

 けれども、そのように構成してみせた所で、二つのオペラを中途半端に上演した、という感じは変わりません。本来の教育の趣旨からは仕方がないことだと思いますが、一本のオペラを見せてくれたほうが私には楽しめたのではないかという気が致します。そして出来ることならば、滅多に上演されない「つばめ」をやってほしかったな、と思います。

 ちなみに私は、「つばめ」の演奏は、それほど良いものとは思いませんでした。まずオーケストラが野暮ったい感じがしました。勿論野暮ったさ=悪ではありません。でもこの作品の場合、もう少しすっきりと演奏した方が、オペラの雰囲気が良くなるのではないかしら。

 歌手も今ひとつ。「つばめ」では一幕の前半に、有名なアリア「ドレッタの夢」がマグダによって歌われますが、これが今ひとつ良くない。吉田珠代は音に揺れがあり、全体の輪郭がぼけさせました。一方リゼットを歌った田島千愛は、きりっとした引き締まった歌で結構だったと思います。男声陣もあまり調子が良くなかったようです。岡田尚之のプルニエは高音でぶら下がりぎみのところがあり、また高音の伸びが悪いのも気にいりませんでした。町英和はなかなか立派。河野知久のルッジェーロは悪くはないのですが、第1幕ではあまり活躍しないので、本当のところは分かりませんでした。

 後半のボエーム、こちらは「つばめ」よりもまとまった演奏でした。それでも不満です。「ボエーム」というオペラ、起承転結がはっきりしていて、それぞれの幕の構成も明確な作品です。そこで、承転の部分を除くと、それだけで魅力が半減です。特に第4幕の悲劇は第2幕、第3幕を経るからこそ引き立つのだな、と改めて感じた次第です。

 カルタンバックの音楽作りは野暮ったいもの。この野暮ったさは、楽器の統率が完全に取れていないから起きるようですが、紡ぎだされる音楽は、世の中との折り合いが必ずしも良くないボエームたちを表現するのに適切なのではないかという気が致しました。

 歌手陣は吉田珠代がよい。前半のマグダ役よりよい歌唱をいたしました。彼女が良いのは、割と素直な歌唱に終始したことでしょう。その結果、ミミの素朴さが上手く表現されていたように思います。先月の東京二期会公演における木下美穂子の歌唱には「歌に若さがない」と書きましたが、本日の吉田は小娘の雰囲気が良く出ていたように思いました。

 ロドルフォの村上公太は「冷たい手」の歌唱で、高音部分が不十分だったのが残念でした。マルチェッロの町はなかなかしっかりした歌唱でよかったです。第1幕と第4幕を選んだのは、ロドルフォ、マルチェッロ、ショナール、コッリーネのアンサンブルの練習という側面もあるのでしょうが、この4人のアンサンブルはなかなか結構なものでした。2月の二期会のアンサンブルよりは私はこちらの方がよろしいのではないか、と思いました。

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観劇日:2006年3月24日

入場料:5670円、座席:E席 4F1列23番

主催:新国立劇場

オペラ4幕、字幕付原語(イタリア語)上演
ヴェルディ作曲「運命の力」La Forza del Destino)
台本:フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ(改訂版:アントーニオ・ギスランツォーニ)

会場 新国立劇場・オペラ劇場

指 揮 井上 道義
管弦楽 東京交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 三澤 洋史
演 出 エミリオ・サージ
美術・衣裳 ローレンス・コルベッラ
照 明 磯野 睦
舞台監督 大仁田 雅彦

出演           

レオノーラ アンナ・シャファジンスカヤ
ドン・アルヴァーロ ロバート・ディーン・スミス
ドン・カルロ クリストファー・ロバートソン
プレツィオジッラ 坂本 朱
グァルディアーノ神父 ユルキ・コルホーネン
フラ・メリトーネ 晴 雅彦
カラトラーヴァ侯爵 妻屋 秀和
クッラ 鈴木 涼子
マストロ・トラブーコ 加茂下 稔
村 長 タン・ジュンボ
軍 医 片山 将司

感想

声の力は七難隠す-新国立劇場「運命の力」を聴く

 「運命の力」は、ヴェルディのオペラの中で「ファルスタッフ」や「オテロ」にはかなわないにしろ、「椿姫」や「アイーダ」と比較しても決して引けをとらない名作だと思います。しかし、上演は決して多くなく、新国ではいつ取り上げてくれるのだろうと期待しておりました。

 私の「運命の力」の実演経験は唯一度。1992年の藤原歌劇団公演です。これは、今思い出しても「運命の力」というオペラの魅力を最大限に観客に伝えた名演奏でした。カゾッラのレオノーラ、ジャコミーニのドン・アルヴィーロ、ブルゾンのドン・カルロという主要三役がまず素晴らしい。ジャコミーニとブルゾンの二重唱は、私のこれまで聴いた男声の二重唱の中で最も印象深いものの一つです。また、菊池彦典の指揮が抜群で、ヴェルディの音楽の聴き手の血を沸かせ肉を躍らせる力をいやというほど味あわせてくれました。

 あの演奏と比較すると、今回の演奏は、随分違った印象となりました。はっきり申し上げればスリリングでないのですね。井上道義の演奏は一言で言えば立派なもの。それは有名な序曲を聴いただけでも明白です。しっかりした構成感で、メリハリの利かせたもの。ゆったりとした部分とアレグロの部分の対比が明瞭で、シンフォニックな雰囲気に満ちています。「さすが」と申し上げてよいでしょう。東京交響楽団の演奏も良いです。十亀さんのクラリネットソロが立派でしたし、難しいパッセージもきっちりこなしていたと思います。だから安定感があって、安心して聴けました。しかし、あの菊池の、これぞイタオペとも言うべき演奏を知っている身からすれば、今ひとつ物足りない。どこか突き抜けるところがあってもいいじゃないか。また振っているのがあの井上道義ならば!!贅沢かもしれませんが、そう思います。

 歌手陣は力のある方をそろえました。シャファジンスカヤ,スミス,ロバートソンいずれも声量と声の迫力は抜群です。「運命の力」の主要3役は、とりあえず声に力がなければ始まりませんから、このような歌手を集めてそれなりに歌わせれば、上演は半分成功したようなものです。私も3人の声の力にすっかり酔いました。

 一番良かったのはアルヴィーロ役のスミスでしょう。ヘルデン・テノールですから、この役柄を新国立劇場程度の空間で歌うのであれば十分余裕があるようで、声の魅力をふんだんに振りまきました。力の余裕を表現に振り向けて魅力的な歌唱になっていたと思います。特に後半がよく、3幕のアリアから二重唱と4幕の二重唱は、たいへん結構なものでした。ただ、ジャコミーニ・ブルゾンのスリリングな名二重唱を知っている身からすれば、安定しすぎているのではないか、とも思えますし、イタリア・オペラ的ではないな、とも思いました。

 ロバートソンもよし。彼は何度も新国で歌っていますが、その中のベストの歌唱と申し上げても良いのではないかしら。丁寧に歌ってますし、量感も十分で結構。ただ、演技はしまりがないですね。復讐者の怨念というか情念が感じられないのです。従って、アルヴィーロとドン・カルロとの二重唱が声量的には圧倒的なのですが、そこで終わってしまい、プラスアルファが感じられませんでした。

 シャファジンスカヤは、声の魅力でしょう。豊かな声量で深みのある声質も魅力的です。「運命の力」はソプラノの難アリアが3つもあり、なまじっかの声のソプラノでは潰れてしまいかねないのですが、余裕で歌っていました。歌唱力がある、という言い方が一番ぴったりするのでしょう。しかし、歌唱技術の点ではかなり不安定でした。高音部では音程が定まらず何度もずり上げをやりましたし、そのほかも、これでいいのかと思ってしまうところが何箇所もありました。しかしながら、基本の歌唱力があるので、何となく説得されてしまう。声の力は七難隠す、そう申し上げます。

 演出は、赤を基調にしてそれなりに考えたものでしたが、新国立劇場の舞台装置を使いこなすところに重きを置いていたようななところがあって、私には楽しめないものでした。1930年代に舞台を持ってきたという説明がありましたが、その必然性はあまり感じられませんでした。

「運命の力」の一つの魅力は、悲劇的な部分と喜劇的な部分の対比があります。井上の音楽作りはここを結構意識して、悲劇的なところは劇的に、喜劇的なところは軽快に、と演奏していたと思うのですが、舞台装置はそこまで明確に区別はされていなかったと思います。坂本朱のプレツィオジッラはそれなりにがんばっていましたが、主役3人の声量とは比較にならず、このようなオペラに日本人が出演する厳しさを感じました。もう一人の喜劇的存在、フラ・メリトーネの晴雅彦は、軽妙な歌唱で良好。結構だったと思います。

 トータルで見れば破綻の少ない、安定感のある演奏で、「運命の力」の音楽的魅力をきっちり示した上演と申し上げてよいのでしょう。しかし、私は、1992年の藤原公演で感じた感動を今回味わうことは出来ませんでした。

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観劇日:2006年3月26日

入場料:5000円、座席:B席 4F1列23番

主催:東京オペラプロデュース

平成17年度文化庁芸術創造活動重点支援事業
第76回定期公演
設立30周年記念公演

オペラ4幕、字幕付原語(フランス語)上演
ビゼー作曲「カルメン」Carmen)
台本:リュドヴィク・アレヴィ/アンリ・メイヤック

会場 なかのZEROホール

指 揮 松岡 究
管弦楽 東京ユニバーサル・フィルハーモニー管弦楽団
合 唱 東京オペラ・プロデュース合唱団/富士宮市民合唱団
児童合唱 なかの児童合唱団
合唱指揮 伊佐地邦治
演 出 馬場 紀雄
美 術 川口 直次
衣 裳 清水 崇子
照 明 稲垣 良治
舞台監督 八木 清市

出演 

カルメン 水口 惠子
ドン・ホセ 内山 信吾
エスカミーリォ 三塚 至
ミカエラ 斉藤 紀子
ダンカイロ 笠井 仁
レメンダード 望月 光貴
フラスキータ 小野さおり
メルセデス 澤村 翔子
ズニガ 杉野 正隆
モラレス 白井 和之

感想

TOPが上演すべき演目か?-東京オペラ・プロデュース「カルメン」を聴く

 東京オペラ・プロデュースは、「埋もれた作品の発掘、初演、さらに再演による一層の練り上げと定着化」の方針でオペラ制作に取り組んでいる団体で、ここ数年でも、リヒャルト・シュトラウス「無口な女」、「カプリッチョ」、ロッシーニ「オテロ」、「とてつもない誤解」、ヴェルディ「王国の一日」、「二人のフォスカリ」、ヴォーン=ウィリアムス「恋するサー・ジョン」、ドニゼッティ「当惑した家庭教師」、マルシュナー「ヴァンパイア」、ストラヴィンスキー「放蕩者のなりゆき」の上演と精力的な活動が目につきます。また、これらの活動を私は注目してまいりました。その東京オペラ・プロデュースが、最も有名なオペラとでも言うべき「カルメン」を取り上げました。

 東京オペラ・プロデュースが取り上げるだけあって、普通のカルメンではありません。解説書によればオペラ・コミック版の復権を目指したショット社の新版を用い、東京オペラ・プロデュースの判断で台詞も最小限にしたものだそうです。そういう処理を行って、スピーディにお話の進行を目指した「カルメン」でしたが、そのような意図が、純粋に音楽として今回の「カルメン」を聴いたとき、十分納得できるものかと申し上げれば、よく分かりません。というよりも出来が今ひとつで、そのような問題が枝葉末節なことのように思えてしまうほどでした。

 なにしろ「カルメン」という作品はごまんと演奏されています。録音も星の数ほどある。日本国内の実演に絞っても、海外オペラ団の来日公演はある、新国立劇場でも取り上げる、藤原歌劇団も二期会も、果ては市民オペラも上演します。そういうなかで、今回の東京オペラ・プロデュースの演奏は、舞台の豪華さで新国立劇場、藤原歌劇団、二期会に見劣りがし、市民オペラよりはまし、という程度になっていたように思います。合唱も、基本はアマチュアを起用しておりますから、市民オペラに近い位置にある。音楽的な感銘度も過去の藤原、二期会公演と比較しても及ぶものではありません。私は「埋もれた作品の発掘、初演、さらに再演による一層の練り上げと定着化」を目標とする東京オペラ・プロデュースのこれまでの活動に敬意を表するものですが、そういう団体がわざわざ藤原・二期会の領域で勝負する必要はさらさらありません。

 このように申し上げては見たものの、演奏は一部を除き、そうひどいものではない。松岡究はやや遅目のテンポで丁寧な指揮を行っていました。8-6-4-3-2という弦の構成で最小規模と申し上げても良い東京ユニバーサル・フィルの演奏も丁寧な演奏で、無事故ではなかったもののなかなか結構なものでした。私個人としてはもう少しアッチェラランドがはっきり聴こえるような演奏が好みなのですが、よく演奏されていたと思います。

 歌手陣もおおむね良好と申し上げてよいと思います。しかし、タイトルロールに人が得られなかった。これが致命的でした。水口恵子は不正確な歌を歌うという感じではなかったのですが、声量が決定的に足りない。また高音が出ず、声が細くなる。これはカルメンという役柄の場合許せないことです。ハバネラもセギリーディヤも魅力のない歌で、カルメンの存在感を示せませんでしたし、ホセがカルメンに惹かれて行く理由も示せませんでした。第二幕のカルメンのソロに、フラスキータ、メルセデスの歌が重なって三重唱になる部分では、普通は、カルメンの声が1とすると、三重唱になっても1.5ぐらいの感じになるのですが、今回は3ぐらいになった感じ。第一合唱が入るとカルメンの声が聞こえなくなるなんて論外です。なぜ、この方を起用したのか理解に苦しむところです。

 対する内山信吾のホセは良好。細かく申し上げれば気になるところがいくつかありましたが、明瞭な美声でよかったです。調子は尻上がりに良くなり、第4幕は抜群の出来、と申し上げてよいでしょう。ただ、本来ホセは、第1幕でかっこいい竜騎兵伍長として登場し、カルメンの色香に負けてだんだん落ちぶれていくわけですが、第1幕では颯爽とした感じがなく、落ちぶれているはずの3,4幕で存在感を示したので、何となく違和感を覚えました。

 斉藤紀子のミカエラは、今回の出演者の中で最高の出来。声量といい表現力といい頭を抜いていました。最初の登場でしっかりと存在感を示しましたが、更に第3幕のアリアは抜群。この歌と水口カルメンの歌を聴いて、ホセがカルメンに惹かれることを納得できた人はいなかったのではないでしょうか。

 三塚エスカミーリオは普通の出来。フラスキータとメルセデスはなかなか良い歌を聴かせてくれました。合唱は市民合唱団だけあって、技術的には随分気になるところがありました。でもトータルで見ればよくがんばっていたと申し上げます。

 上述のようにカルメンに人が得られなかったため、全体としてのバランスが非常に悪く、トータルの音楽として聴いたとき、感銘度が更に下がったのではないかと思います。もう少し力のあるカルメンを選べなかったのでしょうか?

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観劇日:2006年4月7日

入場料:5670円、座席:E席 4F2列49番

主催:新国立劇場

オペラ1幕・字幕付原語(イタリア語)上演
マスカーニ作曲 歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」(CAVALLERIA RUSTICANA)
台本:ジョヴァンニ・タルジョーニ・トッツェッティ/グイード・メナーシ

オペラ2幕・字幕付原語(イタリア語)上演
レオンカヴァッロ作曲 歌劇「道化師」(I Pagliacci)
台本:ルッジェーロ・レオンカヴァッロ

会 場 新国立劇場・オペラ劇場

指 揮 ファビオ・ルイージ
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 三澤 洋史
児童合唱 世田谷ジュニア合唱団
児童合唱指揮 掛江 みどり
演 出 グリシャ・アサガロフ
美術・衣裳 ルイジ・ベーレゴ
照 明 立田 雄士
再演演出 田尾下 哲
舞台監督 大澤 裕

出演者

カヴァレリア・ルスティカーナ

サントゥッツァ ガブリエーレ・シュナウト
ローラ 山下 牧子
トゥリッドゥ アルベルト・グピート
アルフィオ 小林 由樹
ルチア 三輪 陽子

道化師

カニオ クリスティアン・フランツ
ネッダ 大村 博美
トニオ 河野 克典
ペッペ 樋口 達哉
シルヴィオ 星野 淳

感想

新国は再演に限る?-新国立劇場「カヴァレリア・ルスティカーナ/道化師」を聴く

 2004年9月プルミエの新国立劇場「カヴァレリア・ルスティカーナ/道化師」を新演出時にみたとき、阪哲朗の指揮に熱がなく、特に「カヴァレリア・ルスティカーナ」では歌手に人を得られずで、あまり感心することは出来ませんでした。その印象が強く残っているので、今回はあまり期待しないで見に行ったのですが、あにはからんや、これがまた熱のこもった好演。大変堪能いたしました。新国は最近、初演時の評判は今ひとつでも再演でその舞台の本領を発揮することがよくあるようです。「マクベス」然り、「ホフマン物語」然りです。そうすると、新国は再演に限る、ということなのでしょうか? 勿論私は、新演出プルミエでもいい演奏を聴きたい、ということで「?」をつけました。

 この成功の最大の立役者は、ファビオ・ルイージの音楽作りにあると申し上げて過言ではないでしょう。私はヴェリズモ嫌いを公言しております。そのわけは、オペラの筋の露悪趣味が私の趣味に合わない、ということと、様式の美学の典型とも言うべきオペラを絶叫で壊すことへの嫌悪感があります。しかし、今回のルイージの「シチリアの血と熱情」にいやでも思いを馳せずにはいられないような熱のこもった音楽作りを目の当たりにすると、「ヴェリズモも悪くないな」、と一寸思ってしまったことを告白します。特に「カヴェレリア・ルスティカーナ」は、あの美しい旋律と内容の救いのなさのミスマッチが私には気に入らないところですが、今回のルイージの旋律の美しさと内容の救いのなさを同じ土俵の上で対立的に描いて見せられると、マスカーニの意図がどこにあったのか理解できるような気がしてきました。

 作品の全体の出来、という観点からは「カヴァレリア・ルスティカーナ」が上だと思います。まずあの美しい旋律をきっちりと美しく響かせようとするルイージの意思を感じられました。そこがよい。このルイージの熱のこもった指揮ぶりにオーケストラが完璧について行ってくれたらそれはますます素晴らしいことなのですが、そうは行かないのがオペラのようです。東フィルの演奏は時として非常に美しく響く部分があるのですが、抜けるところも少なくない。例の間奏曲は、途中まで非常に美しいアンサンブルで感心しながら聴いていたのですが、すっきりと終わってくれない。そういう耳に障るトラブルもいくつも聴かれました。

 歌手陣でまず指を折るべきはグピートです。熱のこもった、これこそシチリアの血の歌とも言うべき歌唱で会場を沸かせました。歌としての正確さ、という点では問題が多いのですが、ここぞというところでの声の伸びと、迫真の演技はさすがイタリア人テノールと申し上げないわけには行きません。冒頭のシシリアーナに感心し、フィナーレの「乾杯の歌」から決闘にいたる華やかな気分から緊張の部分までの流れは、大変見応え、聴き応えがありました。

 グピートと比べるとシュナウトのサントゥツァは問題が多いです。シュナウトといえば、ワーグナーを得意とするドイツ系ドラマティック・ソプラノですが、ドラマティック・ソプラノということだけでは、サントゥツァをきっちり表現するのは難しいということなのでしょう。「ママも知るとおり」などは悪くない歌なのですが、どこか違和感が感じました。

 小林・山下は実生活でもご夫婦ですが、舞台上でも夫婦役で登場。小林の本来の声質はもう少し華やかな役に向いているのではないかと何となく思っていたので、アルフィオをきっちり歌えるのかと懸念していたのですが、実際は大健闘で、大歌手に挟まれてもしっかりと存在感を示しておりよかったです。山下牧子も一昨年の坂本朱より共感の持てる歌でした。

 「カヴァ」の方が上だと申し上げましたが、「道化師」も悪くない。こちらは日本人歌手の健闘が大きく寄与していると申し上げましょう。プレミエ時の「道化師」は、カニオをジャコミーニが歌い、その存在感だけで全てをまとめたという印象が強くあるのですが、今回は、カニオ以外のチームワークが全体を下支えしたというイメージです。

 フランツのカニオもそんなに悪くはないのですが、歌の呼吸がジャコミーニのように自然ではない。シュナウトのサントゥツァもそう思ったのですが、ドラマティックな声の持ち主だからといって、イタリアオペラのドラマティック役を演じるのはそう簡単ではない、ということなのでしょう。「衣装をつけろ」も終幕の錯乱の場面も悪くはないのですが、どこか踏み込みが足りず、血のにおいがしない歌唱に留まっているように思いました。

 一方日本人歌手はなかなか好演。まず大村博美ネッダがよい。彼女は歌がしっかりしていて破綻がないのが素晴らしい。フィナーレの絶叫ですら音楽的でした。勿論、「鳥の歌」も魅力的でしたし、シルヴィオとのからみの演技も十分な存在感があって、結構なものでした。

 河野克典がコミカルでかつ悪意の強い役柄を歌うのを聴くのははじめての経験だと思いますが、悪いものではありませんでした。冒頭の口上にはどこか悲しみがあり、ネッダに振られるところの悪意の表現も、人間の弱さを上手く表現できていたのではないかと思います。樋口達哉の若々しいペッペも結構でしたし、星野淳のシルヴィオもがんばっておりました。

 「カヴァ」、「道化師」共に、合唱の盛り上げに一役買っていたことも最後に加えておきます。2年前と同じ合唱の枠組みですが、指揮者の振り方が変わると合唱も変わるのかな、と思いました。結構でした。

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