オペラに行って参りました-2022年(その3)

目次

国際交流は大切です。 2022年4月9日 第14回TAIWAN GRAND CONCERT~台湾と日本のハーモニー~を聴く
最高の演出であるとは思いますが・・・ 2022年4月12日 新国立劇場「ばらの騎士」を聴く
ベテランの味わい 2022年4月17日 「オペラの仲間達の華麗なる饗宴 vol.2」を聴く
上手だけど面白くない 2022年4月20 日 新国立劇場「魔笛」を聴く
オッフェンバックらしいバカバカしさ 2022年4月21日 東京室内歌劇場「チュリパタン島」を聴く
アンサンブルの妙味 2022年4月22 日 藤原歌劇団「イル・カンピエッロ」を聴く
演奏されない理由 2022年4月23日 東京二期会オペラコンチェルタンテシリーズ「エドガール」を聴く
これもまた、ひとつのオペラの形かな 2022年4月24 日 東京室内歌劇場「お笑いはいかが?」を聴く
終わりよければ・・・ 2022年4月27日 第6回オペラ工房アヴァンティ公演「ファルスタッフ」を聴く
好きだなあ!ロッシーニ! 2022年5月2 日 町田イタリア歌劇団「ロッシーニコンサート」を聴く

オペラに行って参りました。 過去の記録へのリンク

2022年 その1 その2 その3 その4 その5 その6 どくたーTのオペラベスト3 2022年
2021年 その1 その2 その3 その4 その5 その6 どくたーTのオペラベスト3 2021年
2020年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2020年
2019年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2019年
2018年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2018年
2017年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2017年
2016年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2016年
2015年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2015年
2014年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2014年
2013年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2013年
2012年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2012年
2011年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2011年
2010年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2010年
2009年 その1 その2 その3 その4   どくたーTのオペラベスト3 2009年
2008年 その1 その2 その3 その4   どくたーTのオペラベスト3 2008年
2007年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2007年
2006年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2006年
2005年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2005年
2004年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2004年
2003年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2003年
2002年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2002年
2001年 その1 その2       どくたーTのオペラベスト3 2001年
2000年            どくたーTのオペラベスト3 2000年

鑑賞日:2022年4月9日
入場料:自由席 5500円

主催:FORMOSAコンサート協会

第14回TAIWAN GRAND CONCERT~台湾と日本のハーモニー~

会場 豊洲シビックセンターホール

出演

ソプラノ 西本 真子  
メゾソプラノ 立川 かずさ
テノール 前川 健生
バリトン 井上 雅人
ピアノ 武田 麻里江
ソプラノ(映像出演) 賴 珏妤

プログラム

作曲 作詩/作品名 曲名 歌唱
グリエール   コロラトゥーラソプラノのための協奏曲 OP.82 賴 珏妤
黄中岳 文夏 黄昏的故郷 井上 雅人
簡雅珊 伍烔豪 母親花 西本 真子
陳維斌 陳維斌 春天永遠佇你身邉 立川 かずさ
陳維斌 陳維斌 水面月影 前川 健生
陳維斌 陳維斌 濁水溪溪水濁 西本真子/立川かずさ/前川健生/井上雅人
越谷 達之助 石川 啄木 初恋 井上 雅人
別宮 貞雄 加藤 周一 さくら横ちょう 西本 真子
滝 廉太郎 土井 晩翠 荒城の月(月光のテーマによる) 立川 かずさ
高田 三郎 高野 喜久雄 城ヶ島の雨 前川 健生
源田 俊一郎編曲   故郷の四季 西本真子/立川かずさ/前川健生/井上雅人
休憩
プッチーニ 蝶々夫人 蝶々さんとスズキの二重唱「さくらの花を揺さぶって」 西本 真子/立川 かずさ
ヴェルディ 仮面舞踏会 レナートのアリア「お前こそ、心を汚すもの」 井上 雅人
マイアーベア 悪魔のロベール ロベールのアリア「ああ、我が母の面影は優しく」 前川 健生
サン・サーンス サムソンとデリラ デリラのアリア「私の心はあなたの声に花開く」 立川 かずさ/前川 健生
グノー ファウスト マルガリーテのアリア「まあ、なんてたくさんの宝石、なんて素敵な姿」 西本 真子
ヴェルディ ドン・カルロ ドン・カルロとロドリーゴの二重唱「我らの胸に友情を」 前川 健生/井上 雅人
アンコール
佐藤 真 大木  惇夫 カンタータ「土の歌」より「大地讃頌」 西本真子/立川かずさ/前川健生/井上雅人

感 想

国際交流は大切です。‐「第14回TAIWAN GRAND CONCERT~台湾と日本のハーモニー~」を聴く

 最後に主催者の片桐正慧さんが出てきて、「コロナが収束したら日本人の歌手の方を連れて、台湾で交流コンサートを是非やりたい」と仰っていました。こういう形で国際交流を進めるということはお互いの交換上の熟成にも役に立ちますし、大切なことだなと思います。

 それはそれとしてプログラムは前半は台湾と日本の歌曲を半分ずつ、後半はオペラアリアという組み合わせ。台湾の曲というものを聴くのが初めての経験で、それは面白い経験だったのですが、曲想は歌曲というよりも唱歌風であったり、日本の一世代前の抒情歌謡というかムード歌謡のような感じです。陳維斌という作曲家の作品が3曲演奏されましたが、この方は現在台湾で活躍中の方のようで、台湾では人気のようですが日本ではどうなのでしょう。前川健生は「水面月影」を前半は日本語歌詞、後半は台湾語で歌ったので、私が知らないだけで、日本でもそれなりに知られているのかもしれません。それでもソロの4曲は皆さん緊張しながらもしっかり歌われていたと思うのですが、5曲目の重唱曲はバランスが悪かった。特にテノール。内声で音がとりにくいのでしょうが、他の3人とは明らかに声のテンションが下がっており、アンサンブルとしてのバランスはよくなかったと思います。

 日本歌曲は流石に皆さんともにそれらしく歌っていましたが、一番のききものは、やはり「さくら横ちょう」だったと思います。この歌、最近よく聴くのですが、西本真子の歌は、彼女の密度のある声をうまく使った細かいところを淡く描くというよりは円やかながらしっかり描く歌。桜の花はソメイヨシノではなく、紅枝垂れ桜かな、という印象で良かったです。立川あずさの「荒城の月」もいい。伴奏をベートーヴェンの月光ソナタとしたこのアレンジは前にも聴いたことがありますが、幻想的な伴奏と「荒城の月」の伴奏が見事にマッチして素晴らしい。気になったのは調性をどうやって合わせているのだろう、ということ。「月光」は嬰ハ短調、「荒城の月」はロ短調がオリジナル。でも「荒城の月」はよく移調されるので、それで合わせているのでしょうね。男声二人は女声二人と比較すると少々落ちるというのが本当でしょう。井上雅人の「初恋」は悪くないのですが、この方の声の方向が下に向いているので、初々しい初恋とか若者の恋という感じがしない。そこは残念です。前川健生の歌った「城ヶ島の雨」は普通北原白秋が作詞し、梁田貞が作曲した作品だと思うのですが、今回は高田三郎のもの。確かに私には初耳の作品。ただ、歌詞の始まりは白秋と同じようなので、記載に誤りがないかどうかが気になります。演奏は前川の張りのある高音は流石に魅力的なのですが、全体の曲の捉え方は気にかかるところ。特に語尾の処理がよろしくない。語尾が弱くなるのは当然ですが、前川の歌い方は語尾に支えがないので、しっかりしたピアノにならない。結果として失速感がはっきり見え残念でした。

 なお、前半最後に取り上げられたのが「故郷の四季」。アマチュアの団体がよく取り上げる合唱曲の名曲ですが、アマチュアの合唱団では手に余るところが多い。実はさほど難しい曲ではないのですが、アマチュアでは上手く歌えない人が沢山いる、というのが現実です。しかし、このレベルの4人が歌うと流石に上手いです。綺麗にハモって美しい和音が素晴らしい。Braviでしょう。

 後半は、まず花の二重唱が素敵でした。西本真子は今蝶々夫人に一番似合っている日本人ソプラノの一人ですし、立川かずさも和音の組み立て方が上手い。結果として、本当に切なさが湧き出る「花の二重唱」でした。良かったです。

 続くレナートのアリア。極めてストレートな怒りの表現。もちろんこのような表現がひとつの方法であることは分かりますが、井上のような暗い声のバリトンには恨みだけが先立つ感じで似合わないように思います。もっとレガートを大事にして上向きを意識した上で怒りを内包させた方が、アメーリアに対する気持ちも分かりレナートとして相応しいように思いました。続くロベールのアリア。前川の強くて高い響きが流石です。前川の本領発揮というところでしょう。ダリラのアリア。立川かずさがこの歌を歌うのを聴くのは二度目。滅多にソロを聴くことのない歌手が歌う同じ曲を二度聴くというのはかなり珍しいし、立川自身がかなり自信を持っている証左でしょう。演奏もなかなか良かった。前川健生がサムソンとして絡んだこともあって、立川ダリラのしっとりした落ち着いた声がいい雰囲気を出していました。

 そして西本真子の「宝石の歌」。これは素晴らしかった。レジェーロ系のソプラノによって歌われることの多い曲ですが、西本は中声部をしっかりと明確に歌い、ひとつひとつの音を粒立ちよく示しました。しっかりした厚みのある中声部はこの曲の軽さから連想させるマルガリーテの軽薄さを薄めているように思いましたが、その分響きの魅力で素晴らしい。そして、フィナーレは「ドン・カルロ」の「友情の二重唱」ですが、歌われたのはほぼ歌の部分だけで、前半のレシタティーヴォは丸々カット。全部歌わないのは残念した。

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鑑賞日:2022年4月12日入場料:C席 6930円 3FR9列4番

主催:新国立劇場

新国立劇場公演

全3幕、字幕付原語(ドイツ語)上演
リヒャルト・シュトラウス作曲「ばらの騎士」(Der Rosenkavalier)
台本:フーゴー・フォン・ホフマンスタール

会場 新国立劇場オペラ劇場

スタッフ

指 揮 サッシャ・ゲッツェル
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 三澤 洋史
児童合唱  多摩ファミリーシンガーズ
児童合唱指導  高山 佳子 
     
演 出 ジョナサン・ミラー
美術・衣装 イザベラ・バイウォーター
照 明 磯野 睦
再演演出 三浦 安浩
舞台監督 髙橋 尚史

出 演

元帥夫人 アンネッテ・ダッシュ
オックス男爵 妻屋 秀和
オクタヴィアン 小林 由佳
ファーニナル 与那城 敬
ゾフィー 安井 陽子
マリアンネ 森谷 真理
ヴァルツァッキ 内山 信吾
アンニーナ 加納 悦子
警部 大塚 博章
元帥夫人の執事 升島 唯博
ファーニナル家の執事 濱松 孝行
公証人 晴 雅彦
料理屋の主人 青地 英幸
テノール歌手 宮里 直樹
帽子屋 佐藤 路子
動物商 土崎 譲
三人の孤児  :  肥沼 諒子/小酒部 晶子/長澤 美希 
元帥夫人の従僕  :  高嶋 康晴/中川 誠宏/上野 裕之/千葉 裕一 

感 想

最高の演出であるとは思いますが・・・‐新国立劇場「ばらの騎士」を聴く

 ばらの騎士はこれまで5つの演出で楽しんできたのですが、一番自分にしっくりくるのが新国立劇場のジョナサン・ミラーの演出。2007年のプレミエ以来数年に1回の再登場で今回が5度目ですが、また楽しむことができました。ホフマンスタールの台本とリヒャルト・シュトラウスの音楽に寄り添うオーソドックスな演出。時代設定こそオリジナルとは違いますが、20世紀初頭の貴族文化の最後が消えゆこうとする時代と、元帥夫人の感じている老いのシンクロが本当に見事。第1幕のラスト、元帥夫人が鏡の前で自分の衰えを嘆く場面の立ち居振る舞いの美しは息を飲むほどです。

 しかし、全体として見たとき、せっかくのこの素晴らしい演出が行かされたのかどうかと言えばかなり疑問です。まず指揮者とオーケストラが問題です。オーケストラ音楽作曲の名手でもあったリヒャルト・シュトラウスはばらの騎士のオーケストラパートに単なる伴奏以上の音楽を与えました。その複雑な和声やテンポ感はそれだけ聴いても十分楽しいものですが、だからと言って、舞台上の音楽を壊すようなものであっていけないのは当然です。しかし、指揮者のゲツツェル、オーケストラを結構強く鳴らします。その上テンポもそれなりに動かしていた様子で、舞台と微妙にずれる感じです。だから、聴いているとオケがうるさく聴こえてしまうのです。さらに今回のオケピットの深さが普段よりも浅い設定だったようで、その分オーケストラの音が響きやすくなっていた、ということもあるようです。

 このような強いオーケストラに対して、歌手は声を張ることで対応するわけですが、張り上げるとどうしても遅くなってしまうし、レガートで美しく歌おうとしても張り上げればごつごつと聴こえてしまう。もちろん、この程度のオーケストラに負けてしまう日本人歌手の声量に問題があるという意見には一理あるのですが、全体としてもうっと小さめの音で動いたほうがいい音楽になるのに、能天気にオーケストラを鳴らさせるというのは指揮者の怠慢でしょう。もっと全体に目配りして欲しいところです。

 それでもオーケストラが抜群に上手いというのであればまだ許せるのですが、ミスも多かった。金管は何度もこけていましたし、最近の東フィルには珍しいほどミスが多かったように思います。結局のところ、指揮者が抑制的な音楽作りを目指さなかったことが、せっかくの素晴らしい音楽に水を差したように思いました。

 とはいえ舞台上の歌手は頑張りました。まず敢闘賞はオクタヴィアンを歌われた小林由佳。立ち姿が格好良くて、まさに青年貴族。ゾフィーと出会った後の表情の変化などがいいですし、ちょっと背伸びをした青年貴族感が終始あったのが素晴らしいです。これで、第一幕の冒頭の元帥夫人との後朝の様子がもう少し色っぽいと更によかったかな。歌唱的には冒頭のモノローグの最初が上手く行かなかったとか、完璧ではなかったとは思いますが、全体的には丁寧な歌いまわしで、バランスもよく、立派だったと思います。あと元帥夫人との関係性で言えば、小林オクタヴィアンとダッシュマルシャリンの声が同質なのですね。ですから二人の声がよく調和して重唱が美しく響く。第一幕の二人の重唱は本当に美しくて良かったです。

 元帥夫人役のダッシュは声自体はさほど良いとも思いませんでしたし、歌唱技術的にも卓越している感じはありませんでしたが、立ち居振る舞いは気品があります。第一幕前半の交情の後の全然下品にならない気怠さの表情や、一幕後半のモノローグ。後ろ姿に本当に哀愁があります。鏡の前で自分の年齢を悲しみ、オクタヴィアンを追い返した後、「ああ、キスしてあげなかったわ」と言ってうろたえる感じなどは、日本人歌手では出せない感じだろうと思います。今回の「ばらの騎士」は、当初予定されていた多くの外国人歌手がキャンセルされて残ったのはダッシュ一人だったわけですが、ダッシュが歌われたおかげで、第1幕、第3幕の雰囲気が一段上がったのではないでしょうか。

 オックスを歌われた妻屋秀和は安定した巧さ。妻屋は品のあるバス役を歌うより俗っぽい役柄の方が似合います。そんなわけで、オックスにまさにぴったりだったと思います。日本人離れした声量と体格で普通に歌っていても唯一オーケストラに負けていないように思いました。また技術的にも素晴らしいものがあり、第二幕の最後、オックスのワルツを踊りながら有頂天になるシーンなどは、最後の低音が伸びて消えゆくさまがとても魅力的でしたし、第三幕のオロオロしながら歌う部分も流石の魅力でした。

 安井陽子のゾフィー。可愛らしい声でゾフィーにぴったりですが、声を張り上げすぎで可憐さの表現には今一つだったのかな、というところ。第三幕、元帥夫人、オクタヴィアン、ゾフィーの三重唱は夫々が独立して歌っている感じがあって今一つ。(ここは違った気持ちを独立して歌っているので違っていてもいいのでしょうが、素晴らしい重唱になると求心的になって美しさが重なっていきます。今回は残念ながら美しさが重なっていくという印象までは得られませんでした)。なお、三重唱からゾフィー、オクタヴィアンの二重唱になるとオクタヴィアンがゾフィーに寄り添った様子で、いい感じでハモリました。

 与那城敬のファーニナルはファーニナルの俗物ぶりをコミカルに歌唱、演技し上々。脇役陣では森谷真理のマリアンネがいい具合に場に埋没しながらも自分が主張すべきところはしっかり歌って良好。ヴァルツァッキとアンニーナは前回の2017年同様、内山信吾と加納悦子だったわけですが、こなれた演技・歌唱でよかったです。大塚博章の警部、晴雅彦の公証人、濱松孝行のファーニナル家の執事もそれぞれキャラが立っていて存在感がありました。

 テノール歌手は、この音楽の流れとは独立してベルカントオペラチックに歌って欲しいところですが、宮里直樹はけれんみが入りすぎていて今一つでした。

 問題は多々ありましたけど、全体の流れは良かったですし、脇役陣の演技が締まっていて、ジョナサン・ミラーの演出楽しみ、シュトラウスの音楽を楽しむには十分の舞台でした。

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鑑賞日:2022年4月17日
入場料:自由席 4000円

主催:村沢 裕子

オペラの仲間達の華麗なる饗宴 vol.2

会場 カフェ・キットワー

出演

ソプラノ 髙橋 薫子
テノール 岡本 康寛
バリトン 立花 敏弘
バリトン 野村 光洋
ピアノ 村沢 裕子

プログラム

作曲 作詩/作品名 曲名 歌唱
滝 廉太郎 武島 羽衣 髙橋 薫子/岡本 康寛/野村 光洋/立花 敏弘
ロッシーニ セビリアの理髪師 フィガロのアリア「わたしは町の何でも屋」 野村 光洋
ドニゼッティ 愛の妙薬 ネモリーノのアリア「人知れぬ涙」 岡本 康寛
グノー ロメオとジュリエット ジュリエットのアリア「私は夢に生きたい」 髙橋 薫子
モーツァルト フィガロの結婚 フィガロのアリア「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」 立花 敏弘
ドニゼッティ ドン・パスクワーレ ノリーナとエルネストの二重唱「こっちを向いて 愛していると言って」 髙橋 薫子/岡本 康寛
ドニゼッティ ドン・パスクワーレ マラテスタとドン・パスクワーレの二重唱「そっと、そっと」 野村 光洋/立花 敏弘
休憩
ロジャース サウンド・オブ・ミュージック 全ての山に登れ 髙橋 薫子/岡本 康寛/野村 光洋/立花 敏弘
服部 良一 深尾 須磨子 蘇州夜曲 髙橋 薫子
ディ・カプア ジョヴァンニ・カプッロ オー・ソレ・ミオ 岡本 康寛
ガスダルトン フリック・フロック 禁じられた音楽 野村 光洋
ビゼー カルメン エスカミーリョのアリア「友よ、喜んで乾杯を受けよう」 立花 敏弘
ヴェルディ 椿姫 ヴィオレッタとアルフレードとの二重唱「乾杯の歌」 髙橋 薫子/岡本 康寛/野村 光洋/立花 敏弘
アンコール
レハール メリー・ウィドウ ハンナとダニロの二重唱「唇は閉ざしても」 髙橋 薫子/岡本 康寛/野村 光洋/立花 敏弘

感 想

ベテランの味わい‐「オペラの仲間達の華麗なる饗宴 vol.2」を聴く

 今回登場した4人の歌手は、コロナ禍が始まる10か月前、2019年4月9日に聴いた「ドン・パスクワーレ」に出演した4人です。髙橋薫子がロジーナ、岡本泰寛がエルネスト、野村光洋がマラテスタ、立花敏弘がドン・パスクワーレを歌った舞台はレシタティーヴォを語りでつなぐという形式でしたがとても素敵なもので、3年たった今でも私にとっては印象深い舞台でした。特にバリトンの早口の二重唱「そっと、そっと」は二人がぴったり合っていて、こんなに合っていいのか、というほどのものだったことを覚えています。今回はその4人が登場して世田谷の小さなサロンで演奏会をし、バリトン二人はまたあと二重唱を歌うというので、凄く楽しみに伺いました。

 会場は本当に小さなところで、客席は20平方メートルもないのではないかという狭さ。そこに30人弱のお客さんが入ります。もちろん舞台はなく、客席の端のちょっとしたスペースで歌うという感じ。客席の一番前と歌手の間は1メートル離れているかどうかという距離。狭いし、お客さんとは近すぎるし、歌手にとっては歌いにくいだろうな、と思いました。聴く方にしても近すぎるのは大変です。歌手がやっていることがみんな聴こえてしまう。息遣いとか、もちろん広い会場では見えないようなミスも見えてしまいますし、響きもストレートなので、そこもちょっと異質な感じがします。そんなわけで歌手にとっても聴き手にとっても決して条件の良い会場であるとは思わなかったのですが、流石に実力のある方々ですね。細かいミスやアクシデントはありましたけれども、素敵な歌を聴かせていただきました。

 プログラムの前半はオペラ初心者向けのアリアと二重唱。髙橋薫子は喉が完調ではなかったようで、彼女のメインのレパートリーであるジュリエットのワルツは彼女の最高とは言えませんが、それでも大崩れすることはなく持っていきました。岡本泰寛もベテランですが、若々しいリリックな声で「人知れぬ涙」を歌って素晴らしい。野村光洋の「何でも屋」はテンポ感のしっかりある歌唱で魅力的でしたし、立花敏弘の「もう飛ぶまいぞ」も丁寧でしっかりした歌唱で、こちらもBravo。二重唱はソプラノとテノールよりも面白いのは期待のバリトンの二重唱。これこそベルカント・オペラの真髄と言っても過言ではない二重唱ですが、二人はまた頑張りました。ただ、お客さんとの距離との関係なのか、音の聴こえ方の関係なのか、よく分かりませんが、二人のハモリ方は2019年と比較するとやや緩いかな、というところ。もちろん素晴らしいのですが、2019年の時は神がかった一致度でしたからそれを再現するのは難しいのでしょう。でもこの曲を知らない人にとっては、あれだけの早口でハモれるということが驚きでしかなかったようです。

 後半はそれぞれ今歌いたいうた、ということで様々。「禁じられた音楽」はテノールの曲だと思ったら、移調してバリトンが歌いました。華やかな音楽がしんみりした音楽に変化したところが面白いです。後の曲は皆自信を持って選んだのでしょう。それぞれの曲の特徴がよく表れていて面白かったです。「乾杯の歌」は普通歌うことがないバリトンが冒頭をとり、後半はソプラノとテノールでまとめました。

 狭くて窮屈ではありましたが、楽しめてよかったです。

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鑑賞日:2022年4月20日入場料:C席 7920円 3FR9列4番

主催:新国立劇場

新国立劇場公演

全3幕、字幕付原語(ドイツ語)上演
モーツァルト作曲「魔笛」(Die Zauberflöte)
台本:エマヌエル・シカネーダー

会場 新国立劇場オペラ劇場

スタッフ

指 揮 オレグ・カエターニ
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 三澤 洋史
     
演 出 ウィリアム・ケントリッジ
美 術 ウィリアム・ケントリッジ/ザビーネ・トイニッセン
衣 裳 グレタ・ゴアリス
照 明 ジェニファー・ティプトン
プロジェクション キャサリン・メイバーグ
再演演出 澤田 康子
舞台監督 村田 健輔

出 演

ザラストロ 河野 鉄平
タミーノ 鈴木 准
弁者・僧侶Ⅰ・武士Ⅱ 町 英和
僧侶Ⅱ・武士I 秋谷 直之
夜の女王 安井 陽子
パミーナ 砂川 涼子
侍女I 増田 のり子
侍女Ⅱ 小泉 詠子
侍女Ⅲ 山下 牧子
童子I 前川 依子
童子Ⅱ 野田 千恵子
童子Ⅲ 花房 英里子
パパゲーナ 三宅 理恵
パパゲーノ 近藤 圭
モノスタトス 升島 唯博

感 想

上手だけど面白くない‐新国立劇場「魔笛」を聴く

 タイトルが全てです。本当に皆さん、上手に歌われている。バランスも悪くない。もちろん細々と見て行けばベストではない部分はあるけれども、一言でまとめれば皆さん上手です。この「皆さん」とは、オーケストラも合唱もソリストも、という意味です。今回はオール日本人キャストだったわけですが、本当に皆さん上手です。日本人歌手のアンサンブル能力の高さを見せつけたと言っていいと思います。でも、見ていて全然楽しくない。要するに演出が詰まらなすぎるのです。2018年のプレミエの時も見て、私は「この演出を新国立劇場のレパートリーとして定着させるためには、まだ演奏と演出の間で細かい摺合わせが必要です。」と書いたのですが、はっきり申し上げて、それはほとんどできておらず、更に合唱の配置がソーシャルディスタンスの関係で見栄えが悪くなっているので、詰まらなさが倍増している感じです。見ていて全然訴えかけるものがない。そもそもメルヘンオペラである「魔笛」を社会問題的に取り上げるのは如何なものか、とはプレミエの時にも書きましたが、その気持ちはますます強くなるばかりです。

 社会問題もジェンダー問題も大事だとは思うし、「魔笛」のなかに流れる女性蔑視の感覚は現代としては許されないとは思うけど、モーツァルトの時代はそういう時代だったわけだから、そこを現代人の感覚で底の浅い正義感を振り回すのはどうなのでしょうね。プロジェクション・マッピングを多用した「魔笛」と言えば、東京二期会の宮本亜門演出の「魔笛」がそうですが、宮本の演出はしっかりメルヘンの世界に軸足をおいていて妙に政治かかることがない。そっちの方が、断然「魔笛」の世界に入っていけます。メルヘンオペラを現実の世界に引きずり出したことで、この作品を面白く見せるための手段を皆禁じ手にしてしまったのでしょう。音楽的にはかなり魅力的にできていたので、演出で足を引っ張ったことがあまりにも残念です。

 音楽的にはかなり見事でした。三人の侍女と三人の童子は2018年のメンバーと同じ。この二組の三重唱は2018年の時も凄くよかったのですが、今回もぴったりはまっていて実に見事。アンサンブルのバランスの良さは流石に日本人歌手だなと思いました。

 パミーナは今回日本を代表するパミーナ歌いである砂川涼子が演じたわけですが、しっかりしてかつしっとりとした歌唱で文句なしの見事さ。三宅理恵のパパゲーナも上手にまとめてきました。安井陽子の夜の女王は第一アリア「恐れることはない、我が子よ」の前半がオーケストラの進み具合と比べて微妙に遅い感じはしましたが、最高音のF音は綺麗に出ていましたし、彼女の18番とも言うべき第二アリア「復讐の炎は地獄のように胸に燃え」は要所要所がしっかり決まるメリハリのついた歌で本当に立派でした。

 鈴木准のタミーノは彼の声自体が昔よりやや重くなってきているのか、全てが美音というわけには行かなかったのですが、やっぱり立派です。特に後半は声の美しさと力感とが上手に調和して聴き応えがありました。秋谷直之と町英和の男声アンサンブルは、例えば武士の二重唱で秋谷が頑張りすぎて重唱のバランスを壊してしまったのがちと残念ではありましたが、悪くはない。升島唯博のモノスタトスはおかしさと悲しさが上手にバランスされていてこれもいい。河野鉄平のザラストロも低音もしっかり響いて悪くないのですが、そもそも二枚目でスリムなので、見た目がザラストロとしての迫力というか重厚さに欠けています。これもザラストロの衣裳が普通のテールコートというところに問題があるのだと思います。近藤圭のパパゲーノは、最初がややエンジンがかかっていない感じでしたが、尻上がりに調子を上げてきました。

 オーケストラも上手だったし合唱も流石新国立劇場合唱団と言うべきもの。

 そうすると、やっぱり演出の詰まらなさが全てだった気がします。カーテンコールにおけるお客さんの拍手もちょっとおざなりな感じがしました。

 プロジェクションマッピングもプレミエの時はそれなりに楽しみましたが、二度目の今回は全然感心しなかったし、打楽器とピアノで主に台詞部分に効果音を入れているのですが、この効果音も煩いだけで、モーツァルトが楽譜に書かなかったことはやるべきでは無かったのかな、と思いました。

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鑑賞日:2022年4月21日入場料:自由席 5000円 

主催:一般社団法人東京室内歌劇場

一般社団法人東京室内歌劇場スペシャルウィーク2022 in 調布市せんがわ劇場

全1幕、日本語訳詞上演
オッフェンバック作曲「チュリパタン島」(L'île de Tulipatan)
台本:アンリ・チヴォ/アルフレッド・ドゥル

会場 調布市せんがわ劇場

スタッフ

指 揮 新井 義輝
ピアノ 松浦 朋子
演 出 飯塚 励生
衣 裳 下斗米 大輔
照 明 辻井 太郎
ヘア・メイク きとう せいこ
舞台監督 藤井 涼子

出 演

カカトワ22世 福山 出
ロンボイダール 相山 潤平
アレクシス 伊藤 祐子
テオドリーヌ 木村 槙希
エルモーザ 川出 康平
ゲスト歌手 前澤 悦子、大岩 篤郎、西 義一

感 想

オッフェンバックらしいバカバカしさ‐一般社団法人東京室内歌劇場スペシャルウィーク2022 in 調布市せんがわ劇場オペレッタ「チュリパタン島」を聴く

 東京室内歌劇場は、春の東京室内歌劇場スペシャルウィークで、オッフェンバックのオペレッタを上演することを常にしているようです。昨年は一昨年コロナ禍で上演出来なかったダブルビルのうち「りんご娘」を取り上げましたが、今年短い1幕もののオペレッタを取り上げました。「チュリパタン島」です。歌手5人いればできるという小さい作品なので、時々小さい団体が取り上げるようですが、私には縁がなく、今回初めての観劇となりました。

 それにしてもバカバカしい作品です。基本は、ボーイミーツガールの初々しい恋愛劇なのですが、この二人が王子として育てられた姫君と、女の子として育てられた男の子という設定。それを仕組んだロイポスダールとアレクシスがそれを秘密にしているので、という作品。歌われる曲には抒情的な曲もありますが、全体がバカバカしいアップテンポの曲が多いので、しっとりとした曲もしっとりと聴こえないのが特徴かもしれません。ちなみに歌われるナンバーは次の通りです。

序曲
1.エルモーザのクプレ「大騒ぎ万歳」
2.アヒルのクプレ「カカトワ公万歳」
2b.ハチドリのクプレ「愛するおまえを失って」
3.エルモーザとアレクシスの二重唱「音の鳴る物みんな好き」
4.エルモーザとアレクシスの二重唱「私があなたと同じ男なら」
5.テオドリーヌのアリア「コーヒースプーンを探しに行きましょう」
6.ロンボイダールとエルモーザの二重唱「恐ろしい秘密を知って」
7.エルモーザとアレクシスの二重唱「あなたなの、驚きだわ!」
8.舟歌「美しいヴェネツィアで」
9.フィナーレのクプレ「芝居も終わりとなりました」

 正直なところ、歌唱はさほど良いとは思いませんでした。多分芝居のメリハリをつけるので精一杯で歌唱まで気が廻らなかったのではないでしょうか。特に総じて、男声の高音が上手く行っていませんでした。福山出は久しぶりに聴きましたが、高音が綺麗に響いていませんでしたし、他にも上手く行っていなかったところがあったと思います。また、エルモーザを歌った川出康平は、男装に戻ってからはいい感じだったのですが、女装の時はかなり気負っている感じで、それが歌を空回りさせていたと思います。相山翔平のロンポイダールは男声の中で一番安定していましたが、それでも高音が上手く行かなかったところがあります。

 女声陣ではテオドリーヌ役の木村槙希は、例えばアヒルのクプレでは、もう少しフォルテで歌って自分の存在をアピールしたほうが良いと思いました。アレクシスを歌った伊藤祐子は高音も綺麗に伸びていましたし、響きもよく、今回の公演の中では一番良かったのかな、と思います。

 以上、歌唱的にはイマイチだったのですが、演技はこの作品のバカバカしさを伝えるに十分メリハリのついたもの。公演全体としては歌芝居としての楽しみにあふれていました。

 なお、ゲスト歌手ですが、皆70歳以上のベテラン。それぞれ1曲ずつ披露しましたが前澤悦子は日本歌曲、西義一はドイツリート、大岩篤郎はララの「グラナダ」を熱唱し、気を吐きました。

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鑑賞日:2022年4月22日入場料:B席 6800円 3F2列32番

主催:公益財団法人日本オペラ振興会
共催:川崎・しんゆり芸術祭2022実行委員会、川崎市、川崎市教育委員会

藤原歌劇団公演

全3幕、字幕付原語(イタリア語)上演
ヴォルフ=フェラーリ作曲「イル・カンピエッロ」(IL CAMPIELLO)
原作:カルロ・ゴルドーニ
台本:マリオ・ギザルベルティ

会場 テアトロ・ジーリオ・ショウワ

スタッフ

指 揮 時任 康文
管弦楽 テアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ
合 唱 藤原歌劇団合唱部
合唱指揮 安部 克彦
チェレスタ/ピアノ  星 和代 
オルガン 浅野 菜生子 
クラリネット奏者  澁谷 圭祐 
チューバ奏者  吉森 拓也 
演 出 マルコ・ガンディーニ
美 術 イタロ・グロッシ
衣 裳 アンナ・ビアジョッティ
照 明 西田 俊郎
言語指導 マルコ・ファヴァロ
舞台監督 齋藤 美穂

出 演

ガスパリーナ 中井 奈穂
ドナ・カーテ 角田 和弘
ルシエータ 迫田 美帆
ドナ・パスクワ 持木 弘
ニェーゼ 楠野 麻衣
オルソラ 但馬 由香
ゾルセート 海道 弘昭
アンゾレート 大塚 雄太
アストルフィ 森口 賢二
ファブリーツィオ 東原 貞彦

感 想

アンサンブルの妙味‐藤原歌劇団「イルカンピエッロ」を聴く

 今回4年ぶりで「イル・カンピエッロ」を見ました。これまで藤原歌劇団で2回、新国立劇場オペラ研修所公演で1回拝見しているのですが、今回の公演は色々な意味で発見があり、楽しめました。

 まず曲全体で言うと、この作品のモチーフの音楽、最後にガスパリーナを先導に全員で歌われる「我が愛しのヴェネチア」ですが、この音楽は前奏曲から何回も出てきます。その表情が出るたびに変わっていくんですね。恥ずかしながら今までその変化を意識しながら聴いたことはなかった。前奏曲では夜明けを意識した静かなイメージで始まり、最後はノスタルジックだけど明るく纏まります。このモチーフは、マーラーの5番の交響曲のアダージェットにヒントを得たのでは、と思いました。ルキノ・ヴィスコンティ監督が、「ベニスに死す」でアダージェットを使用していますが、彼は「イル・カンピエッロ」を知っていて、その音楽の連想から逆にベニスの音楽としてマーラーのアダージェットが相応しいと思ったのではないか、と考えると(もちろん何の根拠もありませんが)楽しいです。

 また音楽がかなり緻密に構成されています。プッチーニはヴェルディまでのイタリアオペラと比較して管弦楽を相当緻密に作ったわけですが、ヴォルフ=フェラーリの場合は独伊混血の特徴なのか、歌心ではプッチーニに負けると思いますが、構成の緻密さという点ではプッチーニの上を行っているのかもしれない、と思いました。

 今回の舞台に関して申し上げれば舞台美術がいい。イタロ・グロッシの舞台は建物の壁は布に描いて吊り下げているわけですが、その絵がいかにもイタリア風です。また石畳の感じもヴェネチア風だし、小さな広場の前後には鮮烈な水色があって、水の都を象徴しています。さらに、遠方にはサン・マルコ大聖堂でしょうか?寺院も見えます。衣裳もいかにもイタリアのちょっと古い庶民風で、広場を中心とした街並みの作りがとってもいい雰囲気です。その中で歌手の皆さんがきっちりアンサンブルをまとめていく感じがとても素敵でした。

 またこの作品はアンサンブルオペラであり、広場で密集を作っての重唱が多いわけですが、その時の歌手のばらけさせ方も適度に密集を作り、適度に分散させるというもので、舞台上にそんなに沢山の歌手がいるわけではありませんが、イタリアの広場らしい活気があったと思います。

 歌手陣ではまず何と言っても持木弘のドナ・パスクワでしょう。持木はこの役が持ち役で、2001年、2004年の上演の時もこの役を歌っており、今回もしっかりと要となって何ともおかしいおばさん役をきっちり作り上げていたと思います。更に、ドナ・カーテが角田和弘です。角田和弘と言えば「ヘンゼルとグレーテル」の魔女役を当たり役としているだけあって、こういうややグロテスクな女装役をやらせると、実にいい雰囲気になります。その角田カーテと持木パスクワが重唱を始めると存在感が半端ない。最強だと思いました。ベテランのテノールがこういうブッフォ役をやって重しになれるというのが藤原歌劇団の伝統なのでしょう。

 こう言ったベテランの元、若い歌手も頑張りました。三人のソプラノですが、一番安定していたのはルシエータを歌った迫田美帆だと思います。リリックな声ですっきりと進む感じがいい。ニェーゼの楠野麻衣は最初緊張していてちょっとぎこちないところがありましたが、すぐに本来の楠野らしさを取り戻して、レジェーロの綺麗な高音を聴かせてくれました。中井奈穂はガスパリーナという役柄からするともう少し存在感を主張する歌唱をしても良かったのではないかと思いますが、歌そのものは、冒頭の緊張はあったものの良かったです。

 但馬由香のオルソラ。お母さん役ですが、彼女のメゾが音楽の流れにしっかり楔を打ち込む形になって、そのけれんみがこの喜劇の味になっていました。

 男声低音陣も総じていい。海道弘昭が歌ったゾルセートは全体的に一番目立っていなかったと思いますが、ゾルデートと言う役柄からすれば適切なのでしょう。一方で嫉妬深いアンゾレートを歌った大塚雄太はバスバリトン的な深みのある響きでしっかり存在感を示していました。またベテラン東原貞彦によるファブリーツィオは深みのある落ち着いた声でイラついた感じを示し、そこもいい味でした。それに対して、スマートな貴族を演じた森口賢二は最初から最後までまとめ役っぽい歌唱で、これまた存在感がありました。

 藤原歌劇団の中でもアンサンブルの上手な歌手を集めたのでしょうが、ベテランと若手のバランスがよく、アンサンブルが緊密に動くのが素晴らしいと思いました。第一幕の前半は緊張とぎこちなさとがありましたが、後はずっと快調で、伸びやかさと嵌ったアンサンブルのきっちりした感じが共にあり、音楽の楽しさを十分味わうことのできた舞台だったと思います。

 オーケストラは取り立てて上手いな、という感じはしませんでしたが、もちろん悪くありません。歌手のアンサンブルがしっかりと嵌っていたところを見ると、時任康文の指揮が的確で、音楽の表情を良く捕まえていたのだろうと思います。全体として満足感の高い舞台でした。

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鑑賞日:2022年4月23日入場料:B席 6000円 2F6列11番

主催:公益財団法人東京二期会日本オペラ振興会

二期会創立70周年記念公演
東京二期会コンチェルタンテ・シリーズ

全3幕、字幕付原語(イタリア語)上演/セミ・ステージ形式
プッチーニ作曲「エドガール」(Edgar)
原作:アルフレッド・ド・ミュッセ
台本:フェルディナンド・フォンターナ

会場 東急文化村オーチャードホール

スタッフ

指 揮 アンドレア・バッティストーニ
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱 二期会合唱団
合唱指揮 粂原 裕介
児童合唱 TOKYO FM 少年合唱団
児童合唱指揮 米屋 恵子/伊藤 邦恵
舞台構成 飯塚 励生
映 像 栗山 聡之
照 明 八木 麻紀
舞台監督 幸泉 浩司

出 演

エドガール 福井 敬
グァルティエーロ 北川 辰彦
フランク 清水 勇磨
フィデーリア 髙橋 絵理
ティグラーナ 中島 郁子

感 想

演奏されない理由‐東京二期会コンチェルタンテ・シリーズ「エドガール」を聴く

 プッチーニ12のオペラ作品の中で一番演奏されないのがこの「エドガール」。流石に今回が日本初演ではないですが、2006年の日本初演以来の演奏かも知れません。私ももちろん初聴です。一応ヴェリズモ・オペラなのでしょうが、ヴェリズモというにはちょっと内容がドラマティックすぎです。プッチーニが意識していたのは「カルメン」で、エドガールがホセ、エスカミーリョがフランク、ミカエラがフィデーリア、カルメンがディグラーナに比定されるのですが、ホセよりもエドガールの方がずっと活動的です。ホセが転落していくのは、カルメンの誘惑と色香に負けてですが、エドガールが転落していくのは、自分がその意思を持って転落するのです。

 全体として感じたのは、カルメンを意識しながらも「テ・デウム」を取り入れた後のトスカの前触れのような作品でもありますし、魂の救済を意識している(救済はされないのですが、)点ではタンホイザーのような要素も入っています。だから台本がまとまらなかった、というのはあるのでしょう。しかし、プッチーニは何回も改訂し、決定版が出来たのは初演から16年後の1905年だというのですから、決定版での演奏はもっとあってもよさそうですが、現実に上演されないのは、主要4役が皆ドラマティックな歌唱を要求されるからのようです。

 今回の演奏も極めてドラマティック。バッティストーニはイタリア人の血が騒ぐのか、オーケストラをフォルテ基調で劇的に盛り上げていきます。それをやることで音楽的な面白さが増しています。そこにオーケストラに負けないように歌手がフォルテ基調で入ってくる。もちろん静かなシーンもあるのですが、話の内容が劇的なので、基本はフォルテで叫んでいる印象です。特に大変なので主人公のエドガール。半分以上は歌っているのではないでしょうか。それもほとんどがフォルテ。

 福井敬は、相も変わらずの張りのある高音で、このドラマティックな役柄を力強く歌い上げます。彼ももう還暦ですが、とてもその年には思えない若々しくドラマティックな歌唱で舞台を盛り上げます。第一幕の後半、ティグラーナをかばって激怒するドラマティックな歌唱がまず素晴らしく、第二幕の静かなアリア「愛欲の宴」もいい感じで、第三幕の農民との問答も凄かったのですが、流石に第三幕は喉が疲れてきたのか、息遣いが荒れてきました。もちろん最後は上手く整えてまとめましたが、福井敬の歌唱を長年聴いてきて、もちろん不調の時もあったわけですが、ずっと快調に飛ばしてきて、歌のパワーに負けて、最後は少しセーヴしたみたいな歌唱を聴いたのは今回初めてかもしれません。それだけ大変な役柄なのでしょう。お疲れ様と申しあげたい。

 中島郁子のティグラーナも良かったです。妖艶な女というよりは悪が前に出る悪女役。キリスト教を否定し、村人から忌避されてエドガールと一緒に逃げるわけですが、「あんたは私の心を苛み」はオーケストラの美しい音楽(彼自身の「グローリア・ミサ」からの転用)に乗せて明確な表情で歌うのが良かったですし、第二幕前半の愛欲もシーンもいい感じでした。Bravaだと思います。

 メインのストーリーから外れているフィデーリアですが、高橋絵理は素晴らしい声量と表情で歌ったのもいい。登場のアリア「おお、昼の花よ」が可憐であり、第三幕の宗教的なアリアの素晴らしかったです。

 フランクの清水勇磨も立派。第一幕が中心の活躍ですが、アリアが良かったですし、重唱でのちょっとイカさない感じの表情も良かったと思います。

 以上、ソロは皆さん良かったのですが、それに増して素晴らしいと思ったのは合唱。二期会合唱団、流石です。ソロとの掛け合いの多い合唱ですが、バッティストーニの煽りにも乗ってしっかりと盛り立てていました。

 以上大変な曲だと思いましたが、指揮者、オーケストラ、合唱、ソリスト、皆素晴らしく、滅多に聴けない作品を楽しむことができました。

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鑑賞日:2022年4月24日入場料:自由席 4000円 

主催:一般社団法人東京室内歌劇場

一般社団法人東京室内歌劇場スペシャルウィーク2022 in 調布市せんがわ劇場

お笑いはいかが?~小噺も落語も民話もまんなまとめてオペラで!

会場 調布市せんがわ劇場

スタッフ/出演

演出/お話 大島 尚志
ピアノ 久保 明子
ソプラノ 上田 桂子
ソプラノ 松原 典子
メゾソプラノ 田辺 いづみ
テノール 浅野 洋介
バリトン 小畑 秀樹
バリトン 中原 和人
バリトン 平岡 基

プログラム

作曲 作詞/作品名 曲名 歌唱
加藤 由美子 加藤由美子作詞「小噺唄」より ねずみ 松原 典子/平岡 基
昔話し 上田 桂子/小畑 秀樹
会話 田辺 いづみ/中原 和人
かしわもち 松原 典子/浅野 洋介
富士山 上田 桂子/小畑 秀樹
見栄っぱり 田辺 いづみ/平岡 基
占い師 浅野 洋介/中原 和人
加藤 由美子 加藤 由美子 物売りの声 上田 桂子/松原 典子/田辺 いづみ/小畑 秀樹
加藤 由美子 加藤由美子作詞「小噺唄」より 夜道 田辺 いづみ/平岡 基
金づち 松原 典子/浅野 洋介
昼幽霊 上田 桂子/小畑 秀樹
にくまれ口 松原 典子/中原 和人/平岡 基
田辺 いづみ/小畑 秀樹
与太郎 上田 桂子/田辺 いづみ/浅野 洋介/中原 和人/平岡 基
加藤 由美子 川島 早智子 「古典落語」より寿限無 上田 桂子/松原 典子/田辺 いづみ/浅野 洋介/小畑 秀樹
休憩
加藤 由美子 加藤 由美子 「古典落語」より芝浜 上田 桂子/平岡 基
加藤 由美子 加藤由美子作詞「小噺唄」より かごや 浅野 洋介/小畑 秀樹/中原 和人
売買 松原 典子/平岡 基
ここで 田辺 いづみ/中原 和人
浅野 洋介/平岡 基
駄洒落五連発 上田 桂子/小畑 秀樹/平岡 基
石桁 真礼生 松本 重真 民話による四重奏曲「河童譚」 河童河太郎:中原 和人
お花:松原 典子
おっ母さん:田辺 いづみ
与作:浅野 洋介

感 想

これもまた、ひとつのオペラの形かな‐一般社団法人東京室内歌劇場スペシャルウィーク2022 in 調布市せんがわ劇場オペレッタ「お笑いはいかが?~小噺も落語も民話もまんなまとめてオペラで!」を聴く

 東京室内歌劇場は、春の東京室内歌劇場スペシャルウィークで、いろいろ面白い企画をやるのですが、今年はこの「お笑いはいかが?」が面白そうだったので伺ってまいりました。

 ほとんどが加藤由美子の作品。私はこの方を全く存じ上げていなかったのですが、作曲家としてかなり活躍しているだけではなく、この2022年の3月までは、20年以上NHKのテレビ体操、ラジオ体操の専属ピアニストとして活動もされていたそうで、結構有名な方のようです。作品数は、オペラが9本、オペレッタが9本、合唱曲や歌曲多数で歌を中心とした活動がメインとのことです。その中で「小噺唄」というのは、彼女のライフワークみたいな感じで、すでに第3集まで楽譜が3冊出版されており、未出版のものまで入れると百曲ぐらい作曲済みだそうです。一曲一曲は短いもので、第1集は標準演奏時間が全12曲で20分とのこと。今回は、この1-3集から抜粋して18曲が演奏されました。

 「物売りの声」は、「小噺唄」には収載されていませんが、雰囲気やコンセプトは「小噺唄」そのままの印象です。前半の中入りに丁度いいのかな、という雰囲気です。

 「寿限無」は有名な前座話「寿限無」をかなり刈り込んで作った2002年の作品。加藤は「オペレッタ」に分類しています。10分ほどの作品ですが、落語の「寿限無」の内容はほぼ取り入れられています。ただ、落語にある細かいにあるストーリーの枠組みは、この音楽には無縁で、そこをもう少し聴かせてもいいのではないかという印象を持ちました。

 そういう意味で「芝浜」はもっと厳しい。「芝浜」は、三代目桂三木助の改作で古典落語随一の人情噺となった作品ですが、このオリジナルの雰囲気を味わうためには、加藤の音楽は刈込過ぎの印象です。余韻にもっと味わいが欲しいところです。でも「芝浜」のような人情噺は上手な台本作家がいれば、もっと長くてオペラ的な意味で楽しめる作品にできるかもしれません。そういう可能性に気づかせていただいた点で、聴いてよかったと思います。

 以上、加藤の作品は新作ではないのですが、歌手たちも初めて歌う曲が多かったのではないかと思います。そのような自分の知らない世界を見られた点で楽しめました。

 最後に演奏された「河童譚」は、日本オペラ史上に残る傑作。なかなか聴く機会がなく今回初めての聴取となりましたが、四人のキャラクターの違いを楽しみました。

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鑑賞日:2022年4月27日入場料:自由席 4000円 

主催:オペラ工房アヴァンティ

第6回オペラ工房アヴァンティ公演

全3幕、字幕付原語(イタリア語)上演
ヴェルディ作曲「ファルスタッフ」(FALSTAFF)
台本:アリーゴ・ボーイト

会場 みどりアートパーク(横浜市緑区民文化センター)

スタッフ

指 揮 高野 秀峰
ピアノ 河崎 恵
演 出 大島 尚志
衣 裳 下斗米 大輔
照 明 中村 浩実
音 響 桑原 理一郎
ヘア・メイク きとう れいこ・亀井 満
舞台監督 堀井 基宏

出 演

ファルスタッフ 植村 憲市
フォード 追分 基
アリーチェ 刈田 享子
ナンネッタ 館野 真由花
フェントン 富澤 祥行
メグ 久利生 悦子
クイックリー夫人 齋 実希子
医師カイウス 坪内 清
バルドルフォ 須藤 章太
ピストーラ 平岩 英一
妖精たち(合唱) 坂本 純子、小野 愛子、水野 裕子、佐藤 元美、 日比野 智恵子、阿部 颯那
精霊たち(合唱) 加藤 豊房、上野 均、桑原 理一郎

感 想

終わりよければ・・・‐第6回オペラ工房アヴァンティ公演「ファルスタッフ」を聴く

 よくもまあ「ファルスタッフ」に挑戦したな、というのが正直なところ。ヴェルディの最後の作品で、且つ最高傑作、アンサンブル・オペラの最高峰でもあります。オーケストレーションもヴェルディ初期の作品とは違って複雑になっていますし、ピアノ伴奏でやることもたいへんだろうと思います。案の定、冒頭は全然よくなかった。何せ本来の「ファルスタッフ」と比較すると音の密度が薄すぎるのです。第一幕第一場をピアノ一台で支える難しさを感じました。更に歌手のけれんも足りない。

 この作品はカイウスによる第一声「ファルスタッフ、ファルスタッフ」がどっしり決まらないと締まらない。その意味で今回の坪内清は失格でしょう。レジェーロの綺麗な声のテノールで、ちゃんとやるべきことはやっているのでしょうが、声が軽すぎて迫力に欠けています。更にバルドルフォもピストラもキャラクターの持つ小狡さみたいなおもねりが声に出ていないと迫力が出ないのですが、そこも圧倒的に足りません。ファルスタッフの声もどっしりした質感がなくて、この場で期待される不機嫌さの表出が上手く行っていませんでした。アンサンブルも結構ずれている感じでどうなる事かと正直心配になりました。

 しかし、第一幕後半の女房達が登場してからは音楽がまとまり始めました。刈田享子アリーチェが中心となった四重唱が存在感がある上にきっちりハモリ美しい。そこに追分基フォードを中心とした男声五重唱が重なって九重唱になりますが、この九重唱は男声が若干緩めのアンサンブルではありましたが、全体的にはよくまとまって見事なアンサンブルでした。

 そこからは上手く乗り始め、色々と細かい問題はあるにせよ、最後まで音楽が纏まりました。第三幕第二場の十三声によるフーガは、声の出方とバランスが見事で、とてもいい演奏になったと思います。

 高野秀峰の指揮は結構アップテンポの印象。早口はみんな一所懸命やっていて、この指揮に遅れることはあまりなかったと思いますが、遅くなってじっくり歌うべきところは、走る傾向があったかもしれません。

 歌手で力を感じさせたのは、フォード役の追分基、アリーチェ役の刈田享子、ナンネッタ役の館野真由花の三人です。追分は、端整なバリトンのポジションを終始一貫取り続け、そのノーブルな歌唱が印象に残りました。一番の聴かせどころであるアリア「夢か、真か」が内に秘めたる感じがあって聴き応えがありましたし、アンサンブルでも声に力があるけれども目立ちすぎないいい具合な感じで歌われました。刈田享子はアンサンブルの中心として常にあって、所々のソロの部分はしっかりした声を張って存在感がありました。館野ナンネッタも丁寧なしっかりした歌で見事でしたし、第3幕のアリアも綺麗に響きました。

 クイックリー夫人を歌われた齋実希子は、アンサンブルの中ではいい感じで歌われていたのですが、ファルスタッフに対して、「Reverenza!」と言ってお辞儀をするとき、この「Reverenza」はもっと芝居がかってやって欲しいところ。この楔が効いていない感じになるのは残念です。

 富澤祥行のフェントンは、高音が下がる傾向にあって綺麗に纏まらない感じ。フェントンは高音が伸びやかに響いてこその役だと思うので、今一つだったかな、というところ。須藤章太のバルドロフォは大活躍でしたが、この方の声も割とすっきりした高音で、バルドルフォのキャラを演じるためには重さが足りない印象です。ピストラの平岩英一ももっとけれんのある声で歌った方が存在感が増すと思いました。

 植村憲市のファルスタッフですが、こちらも軽すぎる印象。音楽のポジションがころころ変わり、ファルスタッフのキャラクターをどうするか、ということに関して自分の中で纏まっていない感じがしました。アリア的な聴かせどころでは低音がそれなりに朗々と響くのですが、後は結構前のめりで歌っていた印象。重厚さが感じられません。また裏声を使って歌っていたところもありましたが、そうする必然性は理解できませんでした。

 以上、各人はそれぞれ問題もあったと思うのですが、早口のアンサンブルはどれもしっかり嵌っていて、そこは凄いなと思いました。13声のフーガは上記の通りハーモニーもバランスも本当に素晴らしいもので、かなりしっかり練習した上で本番に臨んだのだろうと思います。終わり良ければ総て良し、と申し上げる気はありませんが、このフーガを聴けただけでも伺った甲斐があったと思いました。

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鑑賞日:2022年5月2日入場料:自由席 1000円 

主催:町田イタリア歌劇団

町田イタリア歌劇団

ロッシーニコンサート

会場 町田市民フォーラム 3階ホール

スタッフ/出演

司会 柴田 素光
ピアノ 小森 美穂
メゾソプラノ 𠮷村 恵
テノール 岡坂 弘毅
バスバリトン 安東 玄人

プログラム

作品名 曲名 歌唱
セビリアの理髪師 フィガロのアリア「わたしは町の何でも屋」 安東 玄人
  もしも粉屋の娘がお望みなら 岡坂 弘毅
音楽の夜会 第1集 何も言わずに/非難 𠮷村 恵
老いの過ち 第11集 何も言わずに/昔風のアリエッタ 𠮷村 恵
音楽の夜会 第1集 踊り(ナポリのタランテラ) 岡坂 弘毅
  猫の二重唱 𠮷村 恵/安東 玄人
オテッロ ロドリーゴのアリア「なぜ聞いてくれないのか} 岡坂 弘毅
休憩
アルジェのイタリア女 イザベッラのアリア「酷い運命よ」 𠮷村 恵
チェネレントラ ドン・マニーフィコのアリア「娘のうちどちらでも」 安東 玄人
セビリアの理髪師 アルマヴィーヴァ伯爵のアリア「もう逆らうのはやめろ」 岡坂 弘毅
アンコール
セビリアの理髪師 ロジーナ、アルマヴィーヴァ伯爵、フィガロの三重唱「何と意外な展開でしょう」 𠮷村 恵/岡坂 弘毅/安東 玄人

感 想

好きだなあ!ロッシーニ!‐町田イタリア歌劇団「ロッシーニコンサート」を聴く

 ベルカントオペラが大好きなどくたーTでありますが、その中でもことに好むのがロッシーニ。名曲揃いなのですが難曲が多く、それなりの歌唱技術を持たないとその本領を見せることは難しく、なかなかオペラは上演されないのが現実です。最近では歌手の実力も上がり、それなりに演奏されるようにはなりましたが、それでもよく演奏されるのは「セビリアの理髪師」だけであり、時々「チェネレントラ」はやられますが、他の作品は何年かに1回上演されるか上演されないかの頻度です。またロッシーニは37歳の時に「ウィリアム・テル」を発表した以降オペラの作曲は行わず、76歳で亡くなるまで作曲したのはほとんどが小品ですが、「音楽の夜会」や「老いの過ち」といった曲集にまとめられた作品以外はほとんど知られることはないようです。そんなわけで、ロッシーニの多面性を見ることのできる演奏会はなかなかないのですが、6月4日に岡坂弘毅主宰の「ボッカ・デル・モンテ」と町田イタリア歌劇団が共催で「チェネレントラ」を上演するプレコンサート的な位置づけながら内容はロッシーニの多面性を楽しめそうな選曲だったので、勇んで伺いました。

 冒頭はおなじみ「何でも屋」。安東の歌は、正確さよりもこの歌の味とロッシーニの面白さをより強調しようとするもの。バスバリトンの安東にとっては高音がちょっと辛そうではありましたが、こういう崩しが出来るのは正確に歌えることが前提であるに違いありません。次いで歌われた「粉屋の娘」はロッシーニ9歳の時にかかれた処女作ということですが、アジリタもあり、内容的には長じての片鱗が伺える曲。いい感じでした。「何も言わずに」は歌詞がメタスタージオによるものですが、この歌詞をロッシーニは非常に気に入っていたようで、同じ歌詞に一説によれば60もの曲を付けているそうです(ただ、現存しているのは20曲ほどとか)。どちらの曲も聴くのは初めてだと思いますが「非難」のほうは、優しい表情の間に劇的な表情の入るモザイクのような曲、「昔風のアリエッタ」は「イタリア古典歌曲」風の懐古趣味の感じられる曲で楽しむことができました。

 以上3人の自己紹介代わりの歌が終わったところで、有名な「タランテラ」。早口の難曲です。歌詞を噛んだり音がひっくり返ったりすることもよくあるそうですが、今回は上手く行ったのでしょうか? 次はこれまた有名な「猫の二重唱」。実際は偽作のようですけど、晩年のロッシーニが自分のサロンに集う若い歌手のために作ったと考えたほうが楽しいかもしれません。女声の二重唱で歌われることが多いと思うのですが、今回は男女の二重唱。美しい𠮷村猫に迫る野獣の安東猫という組み立てで、でも引っ掻かれた安東猫が、もっともっとと迫っていく変態の怪演が思いっきり笑えました。

 前半最後が「オテッロ」のロドリーゴのアリア。しっとりとしたロマンツァと技巧的なカバレッタ(このカバレッタの一部が猫の二重唱に転用されていることで有名です)が対比的な名曲かつ難曲ですが、岡坂の歌は、歌い方の設計を誤ったかなという印象で、カバレッタがあんまりうまく行っていませんでした。

 後半は、𠮷村による「酷い運命よ」。中低音がしっかり響き、高いところも美しく、素敵でした。ドン・マニーフィコのアリアは早口が本当にたいへんなバッソ・ブッフォの技巧的なアリアですが、こちらは6月4日に本番迎えるというだけあって、ほぼ完全に仕上がっている印象です。素晴らしいと思います。そして、岡坂の「もう逆らうのはやめよ」。1969年にゼッダの最初の批判校訂版が出るまで150年以上全く歌われることのなかった超難曲ですが、ロドリーゴのアリアより歌いなれている感じで、流れやバランスがいい感じで纏まりました。

 アンコールは「セビリアの理髪師」の第二幕、嵐の音楽の後の三重唱。こちらは雰囲気と言い技術的な面と言い、素晴らしい三重唱でした。

 ロッシーニの技巧と楽しさを満喫できるコンサートで楽しくなりました。自分の「ロッシーニ大好き」を再認識させてくれるコンサートでした。

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