オペラに行って参りました-2021年(その5)

目次

持って行ったことは評価すべきだが 2021年9月11日 藤原歌劇団「清教徒(2日目)」を聴く
努力の賜物 2021年9月12日 オペラルーチェ公演「愛の妙薬」を聴く
ごちそう責め 2021年9月26日 杉並リリカ「オペラマニア6」を聴く
新シーズン初日、新演出の大変さ 2021年10月1日 新国立劇場「チェネレントラ」を聴く
前後半を2回に分けたわけではないのだろうが・・・ 2021年10月2日 杉並リリカ「オペラマニア7」を聴く
10年続いたということ 2021年10月10日 第10回立川オペラ愛好会ガラコンサート「名歌手たちの夢の饗宴」を聴く
声と役柄との関係 2021年10月17日 2021年国立音楽大学大学院オペラ「コジ・ファン・トゥッテ」を聴く
美しきハーモニー 2021年10月23日 楠野麻衣&丸尾有香Modestineコンサート「The sound of music ~祈りの歌~」を聴く
真面目におふざけ 2021年10月29日 MEZZO IN WONDERLAND「フィガロの花園」を聴く
子供がよろこびそう 2021年11月6日 藤原歌劇団「ヘンゼルとグレーテル」を聴く

オペラに行って参りました。 過去の記録へのリンク

2021年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2021年
2020年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2020年
2019年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2019年
2018年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2018年
2017年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2017年
2016年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2016年
2015年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2015年
2014年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2014年
2013年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2013年
2012年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2012年
2011年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2011年
2010年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2010年
2009年 その1 その2 その3 その4   どくたーTのオペラベスト3 2009年
2008年 その1 その2 その3 その4   どくたーTのオペラベスト3 2008年
2007年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2007年
2006年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2006年
2005年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2005年
2004年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2004年
2003年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2003年
2002年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2002年
2001年 その1 その2       どくたーTのオペラベスト3 2001年
2000年            どくたーTのオペラベスト3 2000年

鑑賞日:2021年9月11日
入場料:B席 3F 1列30番 9800円

主催:公益財団法人 日本オペラ振興会
共催:新国立劇場・東京二期会

藤原歌劇団公演

全3幕、字幕付原語(イタリア語)上演
ベッリーニ作曲「清教徒」(I Puritani)
台本:カルロ・ペーポリ

会場 新国立劇場・オペラハウス

スタッフ

指 揮 柴田 真郁  
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
オルガン 藤原 藍子
合 唱 藤原歌劇団合唱部/新国立劇場合唱団/二期会合唱団
合唱指揮 安部 克彦
演 出 松本 重孝
美 術 大沢 佐知子
照 明 服部 基
衣 裳 前岡 直子
舞台監督 菅原 多敢弘

出演

エルヴィーラ 光岡 暁恵
アルトゥーロ 山本 康寛
ジョルジョ 小野寺 光
リッカルド 井出 壮志朗
ヴァルトン卿 安東 玄人
ブルーノ 工藤 翔陽
エンリケッタ 丸尾 有香

感 想

持って行ったことは評価すべきだが‐藤原歌劇団「清教徒」を聴く

 今回の「清教徒」はダブルキャスト、3回公演で、初日を聴いたのですが、キャスト違いの二日目も聴いてきました。

 2日目公演は、主役のエルヴィーラを歌われた光岡暁恵が素晴らしかったということに尽きると思います。光岡は、登場のジョルジョとの二重唱ではごく普通かな、と思って聴き始めたのですが、それからどんどんオーラの量を増していき、まず第1幕の「私は美しい乙女」が表情と言い、繊細な技術と言い申し分のないもの。大拍手ものでした。当然ながら、第二幕のいわゆる「狂乱の場」も素晴らしい。こちらも技術と言い、表情や巧みな表現と言い大満足の歌唱だったと思います。更に第三幕。こちらはアルトゥーロが主役になる舞台だろ思うのですが、アルトゥーロを喰ってしまいそうな歌唱・演技で最高でした。

 光岡は正確な技術、美しい声、そしてその声をしっかり遠くに飛ばす技術と三拍子揃っており、仕草や気持ちの入れ方も素晴らしく、まさに大成功の歌唱でした。初日の大御所・佐藤美枝子と比較しても技術的には遜色なく、遠くに飛ばす技術では佐藤を上回っており、会場の称賛を一手に浴びるのは当然だと思います。最高級の賛辞を贈りたいと思います。

 光岡が「もっていってくれた」お陰で、上演全体を楽しむことができたのですが、「それでいいのか」とも思うのです。「清教徒」が素晴らしい作品とならしめている理由はエルヴィーラのおかげだけではありません。アルトゥーロだって素晴らしいアリアがあるし、ジョルジョやリッカルドの活躍もしっかりあるからです。初日は佐藤エルヴィーラが「持っていく」ことはなかったのですが、それは澤﨑アルトゥーロや伊藤ジョルジョ、岡リッカルドがしっかり自分の音楽的責任を果たし、見事な歌唱でエルヴィーラの歌唱を受け止めたからです。しかし、今日はそうはいかなかった。

 まず山本康寛がいただけない。若手のレジェーロ・テノールの有望株で、素晴らしい声の持ち主なのですが、どうも聴いていると、難曲であることを意識しすぎる傾向があるように見受けられます。今の時代テノールがハイCを実声で響かせるのは当然ですが、それ以上のCisだのDだのを実声で歌うのはそもそも至難の業です。もっと高いF音が実声で出るはずがない。ベッリーニの時代はテノールはハイC以上は当然裏声で歌っていたわけで、今の歌手だって無理して出るところまで実声で歌って、なんてする必要がない。無理ない範囲で裏声に切り替え、全体として流れを途切れさせず進めれば十分だと思います。そんな風に割り切って気負わずに歌えばもっといい結果が生まれたと思うのですが、難曲であることを意識しすぎて技術に頼り過ぎ、自縄自縛に陥って、音は何とか出てもスカスカだったり、タイミングが微妙にずれたりして上手く行かなかったものと見受けられます。メンタルな面を改善してもっと自信をもって歌われた方がよいと思います。

 低音系二人は、小野寺光がバスとしては声が軽く、ジョルジョを歌うには年齢も若すぎるのだろうと思います。聴いているとすぐ声が高くなってしまって重しが利かないし、バランスも悪くなってしまいます。アリアは悪くはなかったのですが、初日の伊藤のどっしりとした表情を覚えている身としては物足りない。そしてその声のその特徴がよく表れるのが重唱です。第一幕のエルヴィーラとの二重唱も重心を低くした表現で歌い続けられれば良かったと思うのですが、浮いてしまうし、第二幕のリッカルドとの二重唱もリッカルドが低い方向性を持って歌いジョルジョが高い方向性をもって歌うので、二人の差異が見えにくくなってしまいます。小野寺と井出は実際の年齢では井出が年上で小野寺が若干下のようですが、ここはジョルジョが年配の男として、リッカルドが若者としての気持ちを込めて歌わないと小野寺光の持ち声では難しいのかもしれません。

 ちなみに井出壮志朗のリッカルドはよかったです。初日の岡昭宏はハイバリトンで持ち声の美しさは岡に軍配が上がると思うのですが、歌唱の雰囲気づくり等は井出の方が魅力的でした。登場のアリア、カデンツを岡とは変えてきましたがこれも上々。カバレッタの最後の繰り返しのd'un tenero amor!は、岡はアクートのmolしか歌わなかったのに対して、井出はちゃんと全部歌ったのもよかったです。重唱は岡と伊藤のコンビの方が、岡が上の方向性、伊藤が下の方向性で、井出と小野寺とは逆の方向性で、差異がはっきり見えてよかったのですが、純性バリトンとしては井出はいい、と思いました。

 脇役陣。安東玄人のヴァルトン卿は貫禄不足で埋没傾向。丸尾有香のエンリケッタは、王妃の雰囲気をしっかり出して良好。工藤翔陽のブルーノも初日の曽我雄一のブルーノよりも立派だったと思います。

 オーケストラは慣れてきたのか初日よりも流麗な印象。合唱は迫力がありました。

「清教徒(2日目)」TOPに戻る
本ページトップに戻る

鑑賞日:2021年9月12日
入場料:自由席 3000円

主催:オペラ企画ルーチェ
協力:リリカイタリアーナオペラ

オペラ企画ルーチェ第5回公演

全2幕、字幕付原語(イタリア語)上演
ドニゼッティ作曲「愛の妙薬」L'elisir d'amore
台本:フェリーチェ・ロマーニ

会場 たましんRISURUホール小ホール

スタッフ

指 揮 澤木 和彦  
ピアノ 小堀 能生
スネアドラム 青木 明日香
合 唱 Coro luce
演 出 青木 素子
照 明 古屋 直子
衣 裳 リリカ・イタリアーナオペラ
舞台監督 青木 素子

出演

アディーナ 大澤 伴美
ネモリーノ 浅原 孝夫
ベルコーレ 青木 貴義
ドゥルカマーラ 大石 洋史
ジャンネッタ 前田 史音
ドゥルカマーラの助手 宮内 佐和子
公証人 平出 光一

感 想

努力の賜物‐オペラ企画ルーチェ第5回公演「愛の妙薬」を聴く

 オペラ企画ルーチェの公演は、旗揚げ公演の「椿姫」を見に行って以来のことですが、その後「蝶々夫人」、「トスカ」などを上演し、今回は第5回目で「愛の妙薬」を取り上げるということで、久しぶりにお邪魔しました。

 団体の主宰者で、アディーナを歌われた大澤伴美は、社会人合唱団で活動したあと音大に入りなおし、自分でオペラ団体を立ち上げて毎年オペラを1本ずつ制作されるという活動をされています。今回も大澤の師匠に当たる澤木和彦の指揮のもと、しっかりした歌唱を聴かせてくださいました。大澤は低音が抜けてしまう傾向があるのですが、それを別にすれば綺麗なソプラノで、高音も自然に響かせ、アディーナらしさを上手に表現されていたと思います。澤木の下でかなり努力をされたのだろうなと思わせる歌唱で、この広さの会場で聴くには、十分な声量と技巧を示しました。Bravaと申し上げられると思いました。

 浅原孝夫のネモリーノ。浅原らしいネモリーノでした。浅原の声は独特の味のある声で、プリモ・テノールというよりは、癖のある役に似合っている声だと思います。そもそも軽い声があっているネモリーノとは異質の声です。しかし、浅原はネモリーノの気弱な性格などはあまり考えていないようで、ヴェリズモ・オペラでも歌うかのようにガンガン攻めてきます。結果としてネモリーノらしい雰囲気とは無縁のアンバランスなネモリーノになっていました。「人知れぬ涙」も情感の感じにくい歌唱で、ちょっと満足できないところです。

 青木貴義のベルコーレも今一つ。ベルコーレを歌うには、声のポジションの置き方をもっと高くして軽妙な雰囲気を出すべきかと思いました。全体的にリズムへの乗り方が今一つ遅いのか、重い感じが終始付きまといます。ベルコーレは与えられている音楽からも明らかなように笑われ役です。それを踏まえた歌い方にしないと聴いていて楽しくありません。

 大石洋史のドゥルカマーラは見事。登場のアリアである「お聴きなさい、村の衆」がまず見事にドゥルカマーラのインチキぶりを示していましたし、その後のネモリーノとの二重唱も、第二幕に入ってのアディーナとの「私は金持ち、お前は美人」もよかったです。大石は藤原歌劇団本公演の「愛の妙薬」でベルコーレを歌うなどベルコーレの印象の強い方ですが、オペラ経験が豊富なだけあってドゥルカマーラを歌ってもその雰囲気をしっかり示したものと思います。大石ドゥルカマーラの存在が舞台全体を締めた印象です。

 前田史音のジャンネッタも結構。合唱は、女声は実力派とみましたが、男声が入ると鍛えられていない印象になります。

 澤木和彦、小堀能生のコンビは長年一緒にやってきた信頼関係を感じましたし、舞台の音楽進行は、澤木の指揮に支えられていることがよく分かりました。澤木の指導と大澤の努力あっての舞台だったということなのでしょう。

 

「愛の妙薬」TOPに戻る
本ページトップに戻る

鑑賞日:2021年9月26日
入場料:指定席 1F12列24番7000円

OPERAMANIA6 -エンリコ・カルーゾ歿後、フランコ・コレッリ、ジュゼッペ・ディ・ステーファノ、ジャンニ・ポッジ生誕100th Anniversary Concert

会場 杉並公会堂大ホール

出演

ソプラノ 大隅 智佳子  
ソプラノ 中畑 有美子
メゾソプラノ 山下 裕賀
テノール 笛田 博昭
テノール 宮里 直樹
テノール 村上 公太
バリトン 池内 響
ピアノ 藤原 藍子
司会 フランコ酒井

プログラム

作曲 作詞/作品名 曲名 演奏
ロッシーニ セビリアの理髪師 ロジーナのアリア「今の歌声は」 山下 裕賀
ロッシーニ セビリアの理髪師 フィガロのアリア「私は町の何でも屋」 池内 響
ドニゼッティ 愛の妙薬 ネモリーノのアリア「人知れぬ涙」 宮里 直樹
ドニゼッティ 愛の妙薬 アディーナのアリア「あなたはもう自由の身」 中畑 有美子
プッチーニ ラ・ボエーム ロドルフォのアリア「冷たい手を」 村上 公太
プッチーニ ラ・ボエーム ミミのアリア「私の名はミミ」 大隅 智佳子
プッチーニ ラ・ボエーム ミミとロドルフォとの二重唱「愛らしい乙女よ」 大隅 智佳子/村上 公太
ヴェルディ 運命の力 ドン・アルヴァーロのロマンツァ「天使のようなレオノーラ」 笛田 博昭
ドニゼッティ 愛の妙薬 アディーナとネモリーノとの二重唱「ラ、ラ、ラ」 中畑 有美子/宮里 直樹
休憩
サン=サーンス サムソンとデリラ デリラのアリア「あなたの声に心が開く」 山下 裕賀/村上 公太
ビゼー カルメン ミカエラのアリア「何を恐れることがありましょう」 中畑 有美子
ヴェルディ ドン・カルロ ロドリーゴのアリア「終わりの日が来た~私は死ぬ」 池内 響
グノー ファウスト ファウストのアリア「清らかな住まい」 宮里 直樹
ヴェルディ 運命の力 レオノーラのアリア「神よ平和を与えたまえ」 大隅 智佳子
ヴェルディ ドン・カルロ ドン・カルロとロドリーゴの二重唱「我らの胸に友情を」 笛田 博昭/池内 響
ヴェルディ リゴレット マントヴァ公のアリア「頬に涙が」 村上 公太
ドニゼッティ 愛の妙薬 ネモリーノとベルコーレの二重唱「女って奴は本当におかしな動物だな」 宮里 直樹/池内 響
ヴェルディ オテッロ オテッロとデズデモーナの愛の二重唱「すでに夜はふけた」 大隅 智佳子/笛田 博昭

感 想

ごちそう責め‐杉並リリカ「OPERAMANIA6--エンリコ・カルーゾ歿後、フランコ・コレッリ、ジュゼッペ・ディ・ステーファノ、ジャンニ・ポッジ生誕100th Anniversary Concert」を聴く

 杉並リリカの「オペラマニア」シリーズは毎回聴かせていただいていますが、旬の若手から中堅にかけての歌手が抜群の声とテクニックで歌ってくださり、そのごちそう責めに満腹でゲップも出ない、という気分で帰宅できる幸せなコンサートです。

 今回もその例外ではありませんでした。どの方も頑張って、どの歌も水準以上の素晴らしさ。流石です。見事としかいうしかない。しかし、その高レベルの中でも巧拙というか、経験の差が出るのですね。それを強く感じたコンサートでした。大まかに申し上げれば相対的にベテランに素晴らしい歌が多く、若い方は、その方たちに果敢に挑戦した感じです。

 順々に行きますとトップの山下裕賀の「今の歌声は」が素晴らしい。メゾの「今の歌声は」だけあって、華やかさには欠けるところがあるのですが、しっかりしたテクニックで見事な山下ロジーナ像を見せてくれました。拍頭のアクセントを強めに鳴らし、アジリダをしっかり聴かせるところがまず素晴らしい。見事な装飾歌唱を行った上で、最後のアクートにもアジリダを組み込むところ、凄いです。あんな歌い方をした人はこれまでいたのかしら。私も「今の歌声」を聴いたのは20回や30回はあると思うのですが、山下のような終わり方をしたのを聴いたのは初めてかもしれない。それだけにびっくりもしましたし、感心もいたしました。

 続く池内響の「何でも屋」。最後に声がひっくり返ったところは残念でしたが、これはご愛敬でしょう。それを別にすればいい演奏でした。身体の切れが良くて、早口の切れもよい。だからバリトンの技術を披露する素晴らしい演奏ではあったのですが、その前後のより素晴らしい歌唱を聴いてしまうと、薄味だと思ってしまいます。池内響の個性がもっと歌に乗り移っていればより濃い演奏になっていたのではないかという気がしました。

 次いで「愛の妙薬」。今回、「愛の妙薬」から4曲が演奏されましたが、宮里直樹のネモリーノが段違いに素晴らしかった。最初の「人知れぬ涙」。素晴らしい。ピアノとピアニシモの歌いわけがしっかりできていて、声が甘くて柔らかく、響きがまろやか。最高のネモリーノでした。私にとって今回のベストの歌唱だったと思います。次いでの「ラララ」における酔っぱらった歌唱演技も素晴らしい。「人知れぬ涙」とはうって変わってのコミカルな歌唱。更に第二幕のベルコーレとの二重唱も素晴らしい。本当にネモリーノが宮里直樹に乗り移った感じがしました。宮里のテノール役は今年になってからだけでもフェントン(ファルスタッフ)とアルフレード(椿姫)を聴いています。その二役も素晴らしかったわけですが、しかし、このネモリーノはフェントンやアルフレードよりも宮里に似合っている。宮里は2016年の藤原歌劇団公演でネモリーノを歌っていますが、私は残念ながら、その公演は見ておりません。「ああ、見たかった」と、臍を噛む思いです。

 アディーナを歌った宮里の相手役は中畑有美子。中畑のアディーナも見事でしたが、宮里のあの歌を聴かされると、正直なところ、バランスが悪いです。それでもソロの「あなたはもう自由の身」であればそれなりに楽しめますが、「ラララ」では、ネモリーノが乗り移った宮里の強力な声には、アディーナが乗り移ったとは言えない中畑有美子は押されっぱなしだった印象でした。

 前半のもう一つの目玉は、「ラ・ボエーム」における、ロドルフォとミミとの出会いのシーン。これも素晴らしかったです。歌唱に関しては村上公太も大隅智佳子も文句なし。ただ、大隅は素晴らしい歌なのですが、ミミには見えないのですね。やっぱりミミとロドルフォはロドルフォの方がちょっと大柄で、ミミが可愛らしい方がバランスがいいと思いました。

 前半のもう1曲、笛田博昭の歌う「天使のようなレオノーラ」。素晴らしいです。笛田の艶やかでありながら力強くしっかり響く声は、ヴェルディ・テノールにぴったりです。別格に響く声はなんと言っても笛田の個性でしょう。

 後半の冒頭はまた山下裕賀によるデリラのアリア。これまた魅力的な歌唱でしたが、色気は足りない感じ。サムソンを誘惑するにはもう少し、年齢を含めた味が必要かなと思いました。

 中畑有美子のミカエラ。中畑の雰囲気にはぴったりだと思うけど、声的にはもう少し深みが欲しいところ。いい歌なのですが、もう少し深みを表現できると陰影が増して更によくなると思いました。次いでの池内響のロドリーゴ非常に熱のこもった歌唱で、ヴェルディの血を感じさせるものでしたが、今回の池内のような歌い上げて感情を表現するよりも、もっと抑制された中で気持ちだけが盛り上がっていくような歌唱をしてくれた方が、「ロドリーゴの死」には似合っている感じがしました。

 宮里直樹のファウスト。こちらも素晴らしい歌唱。ただ、ネモリーノの一体感が抜群に感じられる歌唱と比較すると、もう一つ気持ちが入っていない感じがしました。

 次いでの大隅智佳子のレオノーラ。こちらは前半で歌われたミミとは違ってレオノーラと大隅とが一体化したような歌唱。ロングトーンの美しさが流石大隅と言うべきでしょう。それ以外の部分も祈りをしっかり感じさせられる歌唱で、素晴らしかったです。次いでの村上公太の「頬に涙が」。リリックな歌い方で、甘さ控えめのマントヴァ公という感じでした。素敵です。

 最後を飾ったのが声の怪物(というと失礼ですが、褒めております)の二人、笛田博昭と大隅智佳子によるオテッロの「愛の二重唱」。素晴らしいです。今回のコンサートの二重唱。どの曲もひとりの歌唱にもう一人が押されている感があって、がっぷり四つという感じになかなかならなかったのですが、この二人はしっかり組み合った感じで、二人のバランスがよくとても素晴らしい「愛の二重唱」でした。フィナーレにふさわしい歌唱だったと思います。

 最後にもう一度書きますが、皆さん高水準の歌唱でした。圧倒されました。

「OPERAMANIA6」TOPに戻る
本ページトップに戻る

鑑賞日:2021年10月1日
入場料:C席 3F L10列3番 7920円

主催:文化庁芸術祭執行委員会/新国立劇場

新国立劇場2021/2022シーズン開幕公演

全2幕、字幕付原語(イタリア語)上演
ロッシーニ作曲「チェネレントラ」(La Cenerentola)
台本:ヤーコポ・フェレッティ

新演出

会場 新国立劇場・オペラハウス

スタッフ

指 揮 城谷 正博  
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
チェンバロ 根本 卓也
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 三澤 洋史
演 出 粟國 淳
美術・衣裳 アレッサンドロ・チャンマルーギ
照 明 大島 祐夫
振 付 上田 遥
舞台監督 高橋 尚史

出演

ドン・ラミーロ ルネ・バルベラ
ランディーニ 上江 隼人
ドン・マニフィコ アレッサンドロ・コルベッリ
アンジェリーナ 脇園 彩
アリドーロ ガブリエーレ・サゴーラ
クロリンダ 高橋 薫子
ディーズベ 齋藤 純子

感 想

新シーズン初日、新演出の大変さ‐新国立劇場「チェネレントラ」を聴く

 2021/22年の新国立劇場の新シ―ズンは、ロッシーニの「チェネレントラ」でスタートしました。名作オペラブッファですが、実際の上演の機会はあまり多くなく、新国立劇場では13年ぶりの公演。13年前はバイエルン国立歌劇場のポネルの舞台を借りて来ての公演だったので独自の演出は初めて。指揮者も当初予定衣されていたベニーニがコロナ禍の関係で来日が叶わなくなり、音楽スタッフの城谷正博が指揮を務めるという変更もあり、また初日ということもあって、必ずしも良い条件ではなかったのですが、全体としてはなかなか見事な演奏に仕上がっていたと思います。

 もちろん新演出・初日のトラブルはあったと思います。皆さん、割と緊張されていて、最初声が硬く上手く出ていなかったり、舞台とのバランスで響き方が今一つだったり、というのがありました。しかし、それでも全体としてはまあまあの演奏に仕上がったのは、指揮者の城谷正博が安定した指揮ぶりを見せたことと、主役の二人、アンジェリーナの脇園彩とラミーロ王子を歌ったルネ・バルベラが素晴らしい歌唱を聴かせてくれたからだと思います。今後実演を重ねて行けば、もっと素晴らしい演奏にまとまって行くのではないかと思える公演でした。

 粟國淳の設定した舞台は、一世代前のイタリアの映画撮影所です。序曲が始まると幕が開き、「チェネレントラ」の映画のオーディションが始まります。そこにやってくるのがドン・マニフィーコ親子。主役を得ようと監督に詰め寄ります。そして序曲が終わると一転してドン・マニフィーコの家になりクロリンダとディーズベの姉妹が歌い始めます。それでよく分からないのは、序曲が終わって本編に入った時、オーデションが続いているのか、オーディションは終わって映画の撮影が始まっているのかがよく分からないのです。即ち、ドン・マニーフィコの家とスタジオは別々で、映画の王子様ドン・ラミーロにに誘われてスタジオに行っているようにも見えますし、本編では全部映画の撮影現場のようにも見えます。そのあたりの曖昧さは粟國の目指したところなのかもしれませんが、個人的にはどちらかを明確にした方がすっきりとした感じがします。

 なお、スタジオの美術は舞台の奥行きをうまく使って大道具を中で動かしていく。その感じは、イタリア映画というよりは1940年から50年代のハリウッドのレビュー映画みたいな感じで視覚的にキッチュな感じが面白いです。ただ、奥行きが広い分、幕(日本の障子のような大きな扉)が開いている時と閉じている時とで音の響きが違っていて、その違いに慣れるまでは違和感がありました。

 城谷正博の指揮は、安定した手堅いもの。普段から音楽スタッフとしてほぼ全ての公演に携わっているということですから、劇場のいい点も悪い点もよく分かっているということなのでしょう。しっかり歌わせて、それでいてスピード感も中庸で、いい感じでした。ロッシーニクレッシェンドなどもそんなに強烈ではないけれども、ちゃんと溌溂と盛り込まれておりよかったのかな、と思いました。もちろんもっとロッシーニらしさを強調しても良いかなとは思いましたが、それをやってスリリングにするより安定を選んだということなのでしょうね。オーケストラが安定していたので、舞台音響の問題がある中でも、まとまりのついた演奏になったのではないかと思いました。

 歌手ではまず、アンジェリーナの脇園彩が素晴らしい。1990年にロンドンでアグネス・バルツァが歌うアンジェリーナを聴いたことがあるのですが、その時のバルツァの素晴らしい歌唱に匹敵するような名唱。とにかくしっとりした声で強弱のバランスがよく、アジリダのしっかり響くところ、どこをとっても素晴らしいとしか言いようのない出来。導入曲で継姉が歌っているところ空受けつぐカンツォーネ。これをしっとりと持っていく感じがまず見事で、三曲目のドン・ラミーロとの二重唱も、バルベラがまだ暖機運転の中、全開で歌うところが素晴らしい。その後の五重唱での導入、第一幕フィナーレ、第二幕の「昔、ひとりの王様が」のカンツォーネ、そしてフィナーレの大アリア「苦しみと涙のうちに生まれ」に至るまで間然としないところのない歌唱。Bravissimaと言いたくなるような歌でした。脇園が最初から最後まで全開で、安定した歌唱をしてくれたことが、舞台全体の安定感に繋がった感じがします。

 脇園ほどではありませんでしたが、バルベラのドン・ラミーロも見事でした。軽い美声がよく響きます。それでも第一幕はまだ暖機運転という感じで本領発揮というところまでは行かなかったのですが、二幕は凄かった。大アリア「そう、誓って彼女を見つけ出す」の歌唱は、流石ロッシーニ・テノールと言うべきもの。純粋な美しさという意味では、日本のロッシーニ・テノール(例えば小堀勇介)の方が上だと思いますが、アクートの力強さはやはりあの体格があってのことだと思います。堪能しました。

 上江隼人のランディーニもいい。登場のカヴァティーナ「4月の日々の蜜蜂のように」は、かなり緊張していた様子で、最初声が上手く出ませんでしたが、後は上々。コミカルなランディーニをしっかり演じました。特に第二幕のドン・マニフィーコとの二重唱や、同じく後半六重唱が見事でした。上江と言えば次世代のヴェルディ・バリトンというイメージの強い方だったのですが、嘘臭い王子の雰囲気を上手く出していて、コメディにも親和性のある方だと思いました。

 コルベッリのドン・マニーフィコ。有名なバッソ・ブッフォとのことですが、面白さはさほどではなないのかな、というのが正直なところ。もちろん早口のテクニックはしっかりしていると思いましたが、歌唱も演技もブッフォ的誇張をあまりやらない感じです。女性の声色の使い方なども今一つでしたし、もう少し見栄を張った歌い方をしてくれてもいいのではないかと思いました。

 アリドーロのサゴーラ。この方も今一つ声が飛ばない感じです。落ち着き払っていてアリドーロらしいと思いましたが、じんわりとした深みをもっと感じさせてほしいと思いました。

 高橋薫子と齋藤純子によるクロリンダとディーズベの姉妹。冒頭の踊りの練習とおしゃべりはあまり声が飛んでこない感じだったのですが、それ以外の重唱の部分はそれぞれしっかりと役目を果たしてきました。二人とも技巧的にしっかりしていて音程が正確なので、重唱のバランスが良いと思いました。

 全体的には、第一幕より第二幕が総じて良く、第一幕も前半よりも後半が良かったです。最初硬かったのが歌っているうちにほぐれてきてバランスが整ってきたのでしょう。イマイチだった外人低音系歌手もだんだん良くなってきたので、本番を重ねることによってますますよくなることが期待できると思います。いろいろな事情があって初日のチケットを取ったのですが、別日であれば更にいい演奏が聴ける気がしました。

 「チェネレントラ」TOPに戻る
本ページトップに戻る

鑑賞日:2021年10月2日
入場料:指定席 1F17列23番7000円

OPERAMANIA7 -エンリコ・カルーゾ歿後、フランコ・コレッリ、ジュゼッペ・ディ・ステーファノ、ジャンニ・ポッジ生誕100th Anniversary Concert

会場 杉並公会堂大ホール

出演

ソプラノ 鈴木 玲奈  
ソプラノ 野田 ヒロ子
メゾソプラノ 小林 由佳
テノール 岡田 尚之
テノール 加藤 康之
テノール 澤﨑 一了
テノール 城 宏憲
テノール 藤田 卓也
バリトン 山口 邦明
ピアノ 藤原 藍子
スペシャル・ゲスト 工藤 健詞・小林 久美恵
司会 フランコ酒井

プログラム

作曲 作詞/作品名 曲名 演奏
レオンカヴァッロ 道化師 トニオのプロローグ「ごめん下さい、皆様方」 山口 邦明
サン=サーンス サムソンとデリラ デリラのアリア「あなたの声に心が開く」 小林 由佳
ビゼー カルメン ホセのアリア「お前の投げたこの花は」 加藤 康之
ベッリーニ 清教徒 アルトゥーロのアリア「美しい乙女よ、あなたに愛を」 澤﨑 一了
ジョルダーノ アンドレア・シェニエ シェニエのアリア「ある日空を眺めて」 藤田 卓也
マスネ ル・シッド ロドリーグのアリア「全能の統べたもう神よ」 岡田 尚之
プッチーニ 蝶々夫人 蝶々さんのアリア「ある晴れた日に」 野田ヒロ子
ドニゼッティ ランメルモールのルチア ルチアとエドガルドの二重唱「そよ風に乗って」 鈴木 玲奈/城 宏憲
休憩
デ・クルティス ボヴィオ 泣かないお前 工藤 健詞
ファルヴォ フスコ 彼女に告げてよ 工藤 健詞
プッチーニ ラ・ボエーム ロドルフォのアリア「冷たい手を」 加藤 康之
ビゼー カルメン カルメンとホセの二重唱「あんたね? 俺だ!」 小林 由佳/藤田 卓也
ベッリーニ 夢遊病の女 アミーナのアリア「ああ、こんな風に萎れてしまった~ああ、なんという喜び」 鈴木 玲奈
ドニゼッティ ランメルモールのルチア エドガルドのアリア「我が祖先の墓よ」 澤﨑 一了
ヴェルディ ドン・カルロ ドン・カルロとロドリーゴの二重唱「我らの胸に友情を」 加藤 康之/山口 邦明
プッチーニ 西部の娘 ジョンソンのアリア「やってくる自由の日」 城 宏憲
マスネ ウェルテル ウェルテルのアリア「春風よ、なぜ私を目ざますのか」 岡田 尚之
プッチーニ 蝶々夫人 蝶々さんとピンカートンの二重唱「夕暮れは迫り」 野田ヒロ子/藤田 卓也

感 想

前後半を2回に分けたわけではないのだろうが・・・‐杉並リリカ「OPERAMANIA7-エンリコ・カルーゾ歿後、フランコ・コレッリ、ジュゼッペ・ディ・ステーファノ、ジャンニ・ポッジ生誕100th Anniversary Concert」を聴く

 杉並リリカの「オペラマニア」シリーズは毎回聴かせていただいていますが、一番印象深いのは2017年の「オペラマニア2」です。6時間半という長時間の演奏会で18人の歌手が46曲を歌うというまさに規格外れの演奏会で、聴く方の体力も試された演奏会だったわけですが、本年は「オペラマニア6」と「7]を「エンリコ・カルーゾ歿後、フランコ・コレッリ、ジュゼッペ・ディ・ステーファノ、ジャンニ・ポッジ生誕100th Anniversary Concert」の副題で同じ週の日曜日と土曜日に行われました。このことから、「オペラマニア2」のような長時間の演奏会が難しいことから、そのボリュームの内容を2回に分けてやろうとしたのかな、と思っておりました。

 しかし、主宰側は二つのコンサートを全く別のコンサートだという考えでプログラムを組んだようです。2回のコンサートに曲のだぶりが3曲もありました。クラシック・コンサートは、同じ曲を色々な演奏で楽しむという面はもちろんあるわけですが、同じシリーズの同じ週の演奏会でやったというのは、はっきり申しあげれば失敗だったと思います。前回の余韻が耳の中に残っている時点で同じシリーズで聞かされれば、比較しない訳にはいかない。比較したときに今週の方が明らかに上手であればそれはまだいいのですが、前回の方がいいと「今週は残念だったね」となってしまう。それは一所懸命に歌われた歌手にとって気の毒だろうと思います。

 もう一つ申し上げれば、そういうよく演奏される曲は有名な曲が多くなる。もちろん初心者向けの演奏会であればそういう有名曲に絞ってやるのでいいと思いますが、「オペラマニア」と称してマニア向けに編成した演奏会であるならば、普段聴けないような珍しい曲を選んでくれないと「マニア」にとってはあまり面白くないと思います。私個人で申し上げれば、「冷たい手」だの「友情の二重唱」などは何度となく聴いておりますので、わざわざ二週連続で聴かせていただく必要はないわけで、代わりになかなか聴けないアリアを聴きたかったな、と思うところです。

 そう色々思うところはあるわけですが、全体としては聴き応え十分のコンサートでした。

 まず、山口邦明の「道化師のプロローグ」がいい。この曲は山口のようなドラマティックな表現を得意とするバリトンに似合います。もっとけれんのある表現にすれば更によかったと思いました。小林由佳のデリラのアリアもいい。二回連続でデリラのアリアを聴いたわけですが、前回の山下裕賀がしっかりとしたテクニックで真面目なデリラ像にしたのに対し、今回の小林はたっぷりとした歌いっぷりでより色気を感じさせてくれるデリラ像を示してくれました。どちらも素敵ですが、私は小林の歌の方が好みに合います。

 加藤康之の「花の歌」に続いて歌われたのは澤﨑一了のアルトゥーロのアリア。先月澤﨑は藤原歌劇団の「清教徒」に出演してまた一枚皮がむけた感じですが、その時の素晴らしい演奏を彷彿とさせる素晴らしい歌唱。全体的に高いポジションからハイCisをしっかり決めるところなど、もうただただ感心するだけです。先週聴いた宮里直樹と並んでこれからの日本オペラ界を引っ張っていくプリモ・テノールに間違いないと更に思いました。本日の白眉でした。

 その素晴らしい澤﨑の歌で火をつけられたのか、藤田卓也の「シェニエのアリア」もまた素晴らしいものでした。藤田は芯のあるしっかりした声で、英雄的な歌唱を見せてくれました。タイプが違う澤﨑、藤田の連射砲は、テノールを聴く楽しみをたっぷり味合わせてくれました。

 岡田尚之が歌ったのは、なかなか聴けない「ル・シッド」のアリア。マスネの「ル・シッド」は、マスネの39あると言われるオペラの中では比較的有名なものですが、日本ではまだ初演されていない作品で、私も聴いたことがありません。岡田は抒情的な表情で歌い上げようとしたのですが声のトラブルで上手く行かなかったのは残念ですが、それでも最後まで歌ってください、初めて聴くアリアの雰囲気を味合わせてくれました。

 振り袖姿で登場した野田ヒロ子の「ある晴れた日に」。素晴らしいです。流石野田ヒロ子と言うべき歌唱。大向こうを唸らせるような歌い方はしませんが、しっとりとして、何とも言えない落ち着いた味わいがあります。素晴らしいと思いました。

 前半の最後はルチアの第一幕のフィナーレの二重唱。鈴木玲奈の可愛らしいルチアと城宏憲のすっきりしたエドガルドが素敵です。鈴木の見事な技巧と城の熱い声が相俟って、前半のフィナーレを飾るの相応しい歌唱になりました。

 後半の冒頭は工藤健詞・小林久美恵夫妻とフランコ酒井によるディ・ステファノのエピソードに関する鼎談。工藤の近代イタリア歌曲2曲、加藤康之の「冷たい手を」と続き、カルメンの終幕の二重唱。これもオペラマニアでは毎度のように取り上げられる曲ですが、今回は小林由佳と藤田卓也のコンビ。ドロドロ感がそれほど強くなく、すっきりとまとまっていたように思います。いい重唱でした。

 鈴木玲奈の「夢遊病の女」の狂乱の場。若手レジェーロ・ソプラノのホープと申しあげてよい鈴木らしい装飾満載の歌唱でした。その細かい装飾が流れることなくしっかりと決めて、それでいながら曲全体がよどみなく流れるところ、素晴らしいの一言です。13分ほど聴き手の注目を集め続けました。前半の澤﨑、藤田とともにこの歌唱は今回のベスト3だと思います。

 第二部の後半は澤﨑一了の「ルチア」のアリアから始まりましたが、こちらもしっとりした魅力あるもので、流石澤﨑と申しあげるべき歌唱。力強い友情の二重唱のあとは、城宏憲による「西部の娘」のアリア。力強い歌唱で、英雄的な雰囲気を感じさせるもの。見事でした。

  「ル・シッド」のアリアでは上手く行かなかった岡田ですが、「オシアンの歌」は自分の中で心配もあったのでしょう。やや歌い急ぐ傾向と、丁寧さよりも何とか声を出してやろう、とする姿勢が見え隠れしました。しかし、この曲は喉が破綻することはなく、力強い情熱的な歌唱で締めて見せました。

 そして本当のフィナーレは、野田ヒロ子と藤田卓也による蝶々夫人第一幕の愛の二重唱。歌いなれているプリマ・プリモによる二重唱は安心して聴けますし、またその表情も柔らかく素敵でした。

 以上、色々とありましたが、正味3時間、たっぷりと楽しめました。歌手たちの力量をたっぷりと楽しませて貰いました。

「OPERAMANIA7」TOPに戻る
本ページトップに戻る

鑑賞日:2021年10月10日
入場料:B席 2F28列26番2000円

第10回立川オペラ愛好会ガラコンサート「名歌手たちの夢の饗宴」

会場 たましんRISURUホール大ホール

出演

ソプラノ 光岡 暁恵  
ソプラノ 森谷 真理
メゾソプラノ 清水 香澄
テノール 笛田 博昭
テノール 宮里 直樹
テノール 村上 敏明
バリトン 青山 貴
バリトン/司会 森口 賢二
ピアノ 河原 忠之

プログラム

作曲 作品名 曲名 演奏
ロッシーニ セビリアの理髪師 フィガロのアリア「私は町の何でも屋」 青山 貴
ドニゼッティ 愛の妙薬 ネモリーノのアリア「人知れぬ涙」 宮里 直樹
ビゼー カルメン カルメンのハバネラ「恋は野の鳥」 清水 華澄
ビゼー カルメン カルメンのセギディーリャ「セビリアの城壁の近くに」 清水 華澄
ビゼー カルメン ホセのアリア「お前の投げたこの花は」 村上 敏明
ビゼー カルメン エスカミーリョのアリア「友よ、喜んで乾杯を受けよう」 森口 賢二
ビゼー カルメン ミカエラのアリア「何を恐れることがありましょう」 森谷 真理
ビゼー カルメン カルメンとホセの二重唱「あんたね? 俺だ!」 清水 華澄/村上 敏明
休憩
ドニゼッティ ランメルモールのルチア ルチアの狂乱の場「香炉はくゆり」 光岡 暁恵
ワーグナー タンホイザー ウォルフラムのアリア「麗しの宵の明星よ」 青山 貴
ヴェルディ リゴレット マントヴァ公のアリア「風の中の羽根のように」 村上 敏明
ヴェルディ ドン・カルロ ドン・カルロとロドリーゴの二重唱「我らの胸に友情を」 宮里 直樹/森口 賢二
ヴェルディ アイーダ アイーダのアリア「勝ちて帰れ」 森谷 真理
プッチーニ トスカ カヴァラドッシのアリア「妙なる調和」 笛田 博昭
プッチーニ トスカ カヴァラドッシのアリア「星は光りぬ」 笛田 博昭
プッチーニ ジャンニ・スキッキ ラウレッタのアリア「私のお父さん」 光岡 暁恵
プッチーニ 蝶々夫人 蝶々さんとピンカートンの二重唱「夕暮れは迫り」 森谷 真理/笛田 博昭
アンコール
ヴェルディ 椿姫 ヴィオレッタとアルフレードとの二重唱「乾杯の歌」 全員

感 想

10年続いたということ‐第10回立川オペラ愛好会ガラコンサート「名歌手たちの夢の饗宴」を聴く

 立川オペラ愛好会のガラコンサートが2011年から始まり、昨年のコロナ禍による休止はあったものの、年1回開催し続けて、遂に第10回を迎えたこと、真にめでたく、お祝いを申し上げます。自分個人としては、このコンサートシリーズ、よく聴く演奏会で、第3回、第5回、第7回の計3回が他のオペラ公演やコンサートと重なって失礼しているのですが、あとは聴いております。出演者は割と固定されていて、複数回出演の方が多いのが特徴です。テノールの村上敏明とバリトンの森口賢二が10回全回出演の皆勤賞、今回は残念ながら出演されませんでしたが、牧野正人が9回出演です。ピアニストはほぼ河原忠之が勤めています。下に各回の出演者をまとめてみましたが、日本を代表する名歌手が出演されていることがよく分かります。このような豪華なガラコンサートが10年続けられたのは、切符がしっかり売れるからです。今回はコロナ禍の影響で残念ながら50%のチケット販売、それでも空席が若干ありましたが、例年は毎回ほぼ満席。そういう宣伝をされる立川オペラ愛好会のメンバーに敬意を表したいと思います。

  第1回 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回 第7回 第8回 第9回 第10回
ソプラノ 砂川 涼子 砂川 涼子 砂川 涼子 安藤赴美子 安藤赴美子 砂川 涼子 砂川 涼子 砂川 涼子 安藤赴美子 光岡 暁恵
光岡 暁恵 高橋 薫子 光岡 暁恵 砂川 涼子 砂川 涼子 光岡 暁恵 光岡 暁恵 森谷 真理 森谷 真理 森谷 真理
宮﨑 京子   小川 里美       嘉目真木子      
メゾソプラノ 森山 京子 清水 華澄 清水 華澄 清水 華澄 谷口 睦美 谷口 睦美   清水 華澄 谷口 睦美 清水 華澄
テノール 松本 薫平 中井 亮一 村上 敏明 樋口 達哉 樋口 達哉 福井 敬 樋口 達哉 笛田 博昭 笛田 博昭 笛田 博昭
村上 敏明 村上 敏明 望月 哲也 村上 敏明 村上 敏明 村上 敏明 村上 敏明 福井 敬 村上 敏明 宮里 直樹
  望月 哲也     笛田 博昭 望月 哲也   村上 敏明   村上 敏明
バリトン/バス 牧野 正人 牧野 正人 牧野 正人 青山 貴  牧野 正人 牧野 正人 青山 貴 牧野 正人 妻屋 秀和 青山 貴
森口 賢二 森口 賢二 森口 賢二 牧野 正人 森口 賢二 森口 賢二 牧野 正人 森口 賢二 牧野 正人 森口 賢二
      森口 賢二     森口 賢二   森口 賢二  
ピアノ 河原 忠之 河原 忠之 浅野菜生子 河原 忠之 河原 忠之 河原 忠之 河原 忠之 河原 忠之 河原 忠之 河原 忠之

 さて、今回の演奏ですが、こちらは調子の良し悪しがはっきり出ました。絶不調だったのは村上敏明。高音が全くでない状態で、「花の歌」も「女心の歌」も高音を頑張ろうとするのですが、かすれてほぼ出ない状態。村上はかれこれ20年聴いていますが、こんなに不調だったのは初めてのことです。これまでも不調な村上を何度か聴いたことがありますが、ここまでひどかったことはありません。色々事情があるのでしょうが、体調が悪いならキャンセルすべきだったのではないかな、と思います。

 村上敏明を別にすれば、安心の流石の歌唱と言うべきでしょう。歌手ごとにまとめます。

 光岡暁恵は「ルチア」の「狂乱の場」で登場。シェーナからカバレッタまで歌えば15分以上かかる大曲ですが、シェーナの後半から歌い始めて、カヴァティーナまでの歌唱。丁寧で、素晴らしいアジリダのテクニックで素晴らしかったのですが、半分しか歌ってくれないのがすこぶる残念でした。全部歌って欲しいとつくづく思いました。「私のお父さん」ももちろん立派でした。

 森谷真理は完全に重めの曲にシフトしたようです。「ミカエラのアリア」はかなりポジションの低い歌唱で、女の暗い情念を強調したような歌になっていました。決して軽い曲ではありませんが、本来娘の一途な心を歌った曲ですから、もっと可愛らしくまとめて欲しかったなと思います。「勝ちて帰れ」は聴き手の心を振るわせるような迫力はないのですが、切々とした感情表現がよかったと思います。

 清水華澄のカルメンは素晴らしい。カルメンは色々な役作りの仕方があってそれぞれ素敵ですが、肉感的なカルメンはなんと言っても味があります。清水は声も肉感的で、艶やかな色っぽさが見事でした。

 宮里直樹は、二週間前にも「人知れぬ涙」を聴いています。ピアニッシモをうまく使うアプローチは全く一緒で見事ですが、出来栄えは2週間前の方が上だったと思います。とはいえ、素晴らしいネモリーノであることは間違いありません。「友情の二重唱」もよかったです。奇しくもこの2週間で、「友情の二重唱」は、笛田博昭/池内響コンビ、加藤康之/山口邦明コンビ、今回の宮里/森口賢二コンビと3回聴きましたが、両者とも力があって、テノールとバリトンのバランスが取れている点で、今回が一番素晴らしい二重唱だったと思います。

 笛田博昭のカヴァラドッシ。カヴァラドッシに笛田が寄りそうというよりは、カヴァラドッシを笛田に引き寄せるような歌唱で、そこは好悪が分かれるところだと思いますが、声は表現も流石素晴らしく、感心しました。

 青山貴は「何でも屋」の歌で早口の技量を見せ、「夕星の歌」でワーグナー歌手としても技量を見せました。「何でも屋」もよかったですけど。しみじみとした情感の溢れる「夕星」が更によかったと思います。

 森口賢二は司会を兼ねての活躍。最も得意の「闘牛士の歌」は自前の闘牛士の衣裳でお見事。友情の二重唱もしっかりテノールを支えていました。よかったです。

 河原忠之のピアノはいつもながらの見事なもの。日本一の伴奏ピアニストの技量を示しました。

 以上、素晴らしいメンバーと歌唱で、10回目のガラコンサート、無事終演となりました。

「第10回立川オペラ愛好会ガラコンサート「名歌手たちの夢の饗宴」」TOPに戻る
本ページトップに戻る

鑑賞日:2021年10月17日
入場料:A席 か列44番 2000円

主催:国立音楽大学

2021年国立音楽大学大学院オペラ公演

全2幕、字幕付原語(イタリア語)上演
モーツァルト作曲「コジ・ファン・トゥッテ」(Così fan tutte)
台本:ロレンツォ・ダ・ポンテ

会場 国立音楽大学講堂大ホール

スタッフ

指 揮 山下 一史  
管弦楽 国立音楽大学オーケストラ
チェンバロ 藤川 志保
合 唱 国立音楽大学合唱団
合唱指揮 安部 克彦
演 出 中村 敬一
装 置 鈴木 俊朗
照 明 山口 暁
衣 裳 半田 悦子
舞台監督 徳山 弘毅

出演

フィオルディリージ 吉田 静香
ドラベッラ 工藤 麻祐子
フェルランド 盛合 匠
グリエルモ 和田 央
ドン・アルフォンソ 高橋 正尚
デスピーナ 阿部 知花(第1幕)/遠藤 円香(第2幕)

感 想

声と役柄との関係‐2021年国立音楽大学大学院オペラ「コジ・ファン・トゥッテ」を聴く

 例年聴いている国立音楽大学大学院オペラ。昨年は、コロナ禍で学内限定公開になり一般公開されなかったために聴けなかったので、2年ぶりになります。例年の楽しみはなんと言っても新たな才能の原石を見つけることです。最初ここで聴いて、この子いいな、と思う子は、数年後二期会や藤原歌劇団、新国立劇場に出演したりしていますから、聞き逃せません。

 その才能の原石という点から申し上げれば、本年の2日目はそれほどでもなかったのかな、というのが正直なところ。とはいえ、これは分かりません。大学院オペラでは大したことがなくても、数年後聴いたとき、見違えるようになっている方もいらっしゃいますから。とにかく、自分が目利きかどうかは何年か後に分かることになります。

 さて、才能の原石は見つけられなかったとしても演奏全体としてなかなかよかったと思います。それは何と言っても山下一史のコントロールの見事さにあると思います。今回、コロナ禍のために前5列はチケットが販売されず、私は最前列のサイドから山下の指揮と舞台の様子を見ていたのですが、山下はオーケストラにも舞台にも細かく気を遣って音楽を進めていました。割と丁寧なテンポを刻む指揮で、睨みが効いていると言うべきか、舞台にもオーケストラにもしっかりアピールしている感じがありました。オーケストラは学生?オケで、とても上手という感じではありません。ホルンは大変難しい楽器ではありますが、あそこまで外さなくてもいいんじゃない、と言いたくなるほど吹けていませんでしたけど、指揮者のテンポにはしっかり乗っていましたし、他の楽器についても個別の力量はともかく、全体としてはそれなりに纏まっていたのは、山下の制御の良さなのでしょう。

 それは舞台の上に対してもそうで、「コジ・ファン・トゥッテ」という様々な重唱の用いられている曲において、アンサンブルのバランスが悪くなく進んだのは、指揮者のコントロールが良かったためではないかと思います。そう言えば、誰に対してかは分かりませんでしたが、「フィオルディリージのロンド」が演奏されているときに、山下は「1,2,3,4」と声に出して勘定して見せて注意を促していたのにはビックリしました。そこまでやったコントロールによって、舞台全体としてはそつなくまとまっていた、と申し上げてよいのではないでしょうか。

 その中で、自分的に一番しっくりこなかったのはフィオルディリージとドラベッラの関係です。申しあげるまでもなく、フィオルディリージはソプラノの、ドラベッラはメゾソプラノの役柄です。そして、吉田静香はソプラノを標榜している感じですし、工藤麻祐子はメゾソプラノを標榜している感じです。しかし、二人のレシタティーヴォの歌唱を聴いていると、吉田はくぐもった声でメゾソプラノ系の声、工藤は明るいソプラノ系の声に聴こえます。しかし、二人で重唱を歌うとき、吉田が上のパートを歌い、工藤が下のパートを歌います。役柄的に言えば当然なのですが、現実に聴いてみると、メゾっぽい声でレシタティーヴォを歌っていた声が上に行き、華やかな声でレシタティーヴォを歌っていた声が下に行くというのは結構違和感があります。重唱が乱れるということではないのですが、不自然に思えてしまって、「そういうものだ」と思いながら聴いていても、最後までしっくりしませんでした。 

 とはいえ、吉田のフィオルディリージのアリアはそれなりに聴き応えがありました。第一幕の「巌のように動かず」も第二幕のロンド「恋人よ、許してください、この愛する心の過ちを」も中高音部のしっとりした厚みと味は立派なもので、大いに拍手を貰っていました。ただ、両曲とも跳躍の激しい曲ですが、低音部になると途端に音が鳴らなくなる。あれだけ落ち着いた声でレシタティーヴォが歌えるのに、アリアになると途端に低音が鳴らなくなるのは、過剰に上を意識した声を出しているからでしょう。その人工的な感じもちょっと鼻についた感じはあります。

 自然さという点から言えば、工藤の方が自然でした。メゾソプラノというよりはソプラノの声で高音から低音まで自然に安定して出ていたことに好感が持てました。キャピキャピした表現はいかにもより軽薄なドラベッラにぴったりですし、アリアも割と軽い感じでいかにもロココ的に歌われていて好感が持てました。アンサンブルの中でもしっかりと和音が鳴っていましたので、歌手としての安定感は一番だったのかもしれません。そう思うと吉田と工藤の役柄が逆転したほうが良かったようにも思うのですが、これまでの育てられ方や、フィオルディリージのアリアやロンドの巧拙がこのようなキャスティングになったのでしょうか?

 デスピーナは1幕と2幕で交替。前半の阿部知花の方が声が出ていました。人を食ったデスピーナの感じはそれなりに出していたと思いますし、アリア「男や兵士の貞節なんて」も高音が綺麗に抜けて見事でした。もちろん医師に化ける場面はもうちょっとけれんを込めて声色を使った方が良いと思いましたが、大学院生にそこまで求めるのは酷でしょう。第二幕の遠藤円香も頑張っていましたが、声が飛んでこない。しゃべっている感じはイタリア語っぽいのですが、重唱などでも声が飛んでこないので、今一つ華やかさに欠けます。

 もう一人の大学院生、グリエルモ役の和田央は男声低音の悲しさと言うべきか、アンサンブルでも声が後ろに引っ込んでいる感じが強く、もう少し存在をアピールした歌唱にしても良かったのではないかとは思いました。とはいえ、全体的にバランスが取れていて、卒なくまとめたな、という印象ではありました。

 助演陣ではやはりドン・アルフォンゾを歌った高橋正尚が余裕のある歌でBravo。初役とのことですが、しっかりとした落ち着いた歌で、舞台全体を取りまとめている感じが見事でした。流石に十年選手です。フェランド役の盛合匠は大学院卒業したての若手。初めて聴きますが、リリコ・レジェーロの軽い声で、フェランドにはぴったりですが、ちょっと気を緩めると声のポジションが下がってしまって、華やかさがなくなるのが残念。ずっと気を張っているのは難しいとしても、重唱を含めポイントとなるところでは、華やかさを維持していて欲しいと思いました。

「コジ・ファン・トゥッテ」TOPに戻る
本ページトップに戻る

鑑賞日:2021年10月23日
入場料:自由席 4000円

主催:音プラ☆ファミリー企画

楠野麻衣&丸尾有香
Modestineコンサートvol.3
The sound of music
~祈りの歌~

会場 早稲田奉仕園スコットホール

出演

ソプラノ 楠野 麻衣  
メゾソプラノ 丸尾 有香
ピアノ 加藤 紗耶香

プログラム

作曲 作品名 曲名 演奏
フンパ―ディング ヘンゼルとグレーテル ヘンゼルとグレーテルの二重唱「夕べの祈り」 楠野 麻衣/丸尾 有香
アンドリュー・ロイド・ウェッバー レクイエム ピエ・イエズ 楠野 麻衣/丸尾 有香
マスカーニ P. マッツォーニ作詞 アヴェ・マリア(歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲から) 楠野 麻衣/丸尾 有香
ドニゼッティ 歌曲集「ポジリポの夏の夜」 ピーチェの吐息 楠野 麻衣/丸尾 有香
ドニゼッティ 歌曲集「ポジリポの夏の夜」 誓い 楠野 麻衣/丸尾 有香
モーツァルト 皇帝ティートの慈悲 アンニオのアリア「あなた様は裏切られました」 丸尾 有香
ロッシーニ 結婚手形 ファンニのアリア「この喜びをお聞きください」 楠野 麻衣
休憩
加藤紗耶香編曲 スペシャルメドレー「ミュージカルとオペラの融合」 ロジャース作曲ミュージカル「サウンドオブミュージック」より「すべての山に登れ」~「私の好きなもの」~オッフェンバック作曲歌劇「ホフマン物語」より「美しい夜、恋の夜」 楠野 麻衣/丸尾 有香
トマ ミニョン ミニョンのアリア「知っている?故郷を!」 丸尾 有香
ドリーブ ラクメ ラクメのアリア「どこへ行く、若いインドの娘よ」 楠野 麻衣
ドリーブ ラクメ ラクメとマリカの花の二重唱「おいで、マリカ」 楠野 麻衣/丸尾 有香
アンコール
小林 亜星 杉山 政美作詞 野に咲く花のように 楠野 麻衣/丸尾 有香

感 想

美しきハーモニー‐楠野麻衣&丸尾有香 Modestineコンサートvol.3 The sound of music ~祈りの歌~を聴く

 コロナ禍で練習場が閉鎖され、それぞれ「緑の歌劇場」(公園)で練習して意気投合した二人の若き歌手によって結成された女声ユニット、モデスティーネの3回目の公演に伺いました。第2回目は昨年11月でしたからほぼ1年ぶりです。その間コロナ禍は猖獗を極め、彼女たちも常時延期が頭の中から抜けなかったようですが(事実、このコンサートも最初にアナウンスされてから半年遅れの演奏会だったと思います)感染者数の発生もほぼ落ち着き、しかしながら皆いろいろなことを気にしながらの演奏会になりました。

 早稲田にあるスコットホールは初めて伺いましたが、元は教会だったコンサートホール。響きが柔らかいのが魅力です。置かれたピアノはベヒシュテイン。スタンウェイ、ベーゼンドルファーと並ぶ歴史あるメーカーでフランツ・リストも愛好したという老舗のピアノですが、現物を見たのは多分初めての経験です。置かれていたピアノはステージの大きさとの関係もあったようで、コンサートグランドではなく、奥行きが160cm位のちょっと短めのもの。それが影響しているのか、それとも舞台の床が少し柔らかく音を吸収していたのか、そのへんはよく分かりませんが、特別特徴的だという感じはしませんでした。

 プログラムですが、二重唱曲の選定に苦労を感じました。ソプラノとメゾソプラノとの二重唱と言えば「蝶々夫人」の花の二重唱や今回も歌われた「ホフマンの舟歌」を別にすると実はあるようでない。すぐに思いつくのは「フィガロの結婚」のスザンナとマルチェリーナの「さや当ての二重唱」や「コジ・ファン・トゥッテ」のフィオルディリージとドラベッラの二重唱位です。もちろんオペラの二重唱だけに留まらなければ色々な曲があるのでしょうが、残念ながら私は知らないですし、事実、名曲はそれほど多くないのかもしれません。そういう中で、これまでのモデスティーネのコンサートで取り上げてこなかった曲を選択しようとすると、いろいろと難しさがあるのでしょう。二重唱を聴く面白さという観点では昨年の11月のプログラムの方がバラエティに富んでいて楽しかったです。

 しかし、二重唱の演奏はどれも見事でした。どの曲もアルトのしっかりした支えの中でソプラノが軽やかに歌い、結果として和音が綺麗に響いていました。おそらく二人の持ち声もハモリやすい関係にあるのでしょう。オクターヴ・ユニゾンの部分を聴いているとそんな風に思います。前回も重唱の魅力をたっぷり味わえて楽しかったのですが、今回もハーモニーの美しさは健在でした。

 特に前半のプログラムがいい。今回は「祈り」がひとつのテーマだったわけですが、冒頭の3曲がどれも美しい「祈り」の曲。教会の柔らかい響きにとりわけマッチしたハーモニーが魅力的でした。最初の「へん・ぐれ」の祈りの曲はコンサートで聴くのは初めてだと思いますが、こういう会場で聴くとしみじみと素敵だと思いましたし、2曲目の「ピエ・イエズ」もソプラノ・ソロでは聴いたことがありますが、重唱で聴くのは初めてかもしれません。この曲も透明感のあるハーモニーと繊細な高音がよかったです。3曲目の「アヴェ・マリア」もソプラノソロで歌われることが多いと思いますが、メゾソプラノが入ることで低音の響きが分離され、それが高音と再度混じりあうことによって、オブリガートの美しさが更に増すように思いました。

 「ポジリポの夏の夜」はドニゼッティによるソロと二重唱による歌曲集。第2回目のコンサートでも2曲が取り上げられましたが、今回は前回歌われなかった2曲。ベルカントの二重唱は二人の声によくあっていて見事です。

 後半の二重唱は、冒頭のメドレーと「ラクメ」の「花の二重唱」。冒頭の「サウンドオブミュージックと舟歌」に至るメドレーは、今回ピアノでサポートした加藤紗耶香が、東京都の行った「アートにエールを」に出品するために編曲した曲とのこと。そのオリジナルの演奏は見つけられなかったのですが、もし、モデスティーネの二人が歌うのであれば、もう少し手を入れて、二人のハーモニーの美を前面に出すようにした方がよかったかなという印象。最後の「花の二重唱」はこれまた美しい二重唱。和音の重なり具合が消えてなくなる感じが絶品でした。

 アリアは二人とも前後半それぞれ1曲ずつの演奏。二人とも前半の方が良かったです。丸尾有香が取り上げたのは前半「ティートの慈悲」からアンニオのアリア。セストのアリアは時々取り上げられますが、アンニオのアリアがコンサートで取り上げられるのを聴くのは初めての経験です。丸尾は重唱では下支えになって前面に出ることはほぼないのですが、ここではきりっとした歌唱でズボン役の魅力を示しました。力強さの感じられる素敵な歌でしたが、高音の響きが固くなるのが玉に瑕かも知れません。後半は二年間実家に帰れていないという丸尾の望郷の念がミニョンのアリアに乗せられてしっとりと歌われてよかったのですが、後ろが超絶技巧の塊のような「鐘の歌」ですから、もう少しメゾの存在感を示せる曲を選んだ方がよかったのかもしれません。

 楠野麻衣は前後半とも技巧的なアリアに挑戦しました。見事だったのは前半に歌われた「結婚手形」のアリア。輝かしい見事なブリランテで、よく声が転がります。ただ軽いだけではなくて、その中で安定した音程の感じが見事で、今回のコンサートで一番の聴きものだったと思います。楠野は最初彼女の歌を聴いたころと比較すると胸の厚みなどが増している感じで、その分コロラトゥーラの技術が安定しているのだろうな、と思いました。これを聴いただけで本日来た甲斐があったと思いました。後半に歌われた「鐘の歌」は有名な曲ですが超難曲で、現実に歌われるのを聴いたのはこれまで1回だけだったと思います。楠野にしてかなりギリギリのところで歌われている様子で、さすがに完璧と言うわけには行かなかったのですが、それでもこれほどの難曲をあそこまで仕上げて聴かせてくれたことを深く喜びたいと思います。

 チャーミングなコンサートでした。プログラムの前後半を入れ替えるなどもう一工夫あると、多分もっと盛り上がれた感じがします。 

「楠野麻衣&丸尾有香 Modestineコンサートvol.3 The sound of music ~祈りの歌」TOPに戻る
本ページトップに戻る

鑑賞日:2021年10月29日
入場料:自由席 5000円

主催:メゾソプラノ地位向上委員会
共催:ゲキジョウシマイ製作委員会

フィガロの花園
MEZZO IN WONDERLAND
ゲキジョウシマイ×メゾソプラノ地位向上委員会初コラボレーション

会場 武蔵野公会堂

スタッフ

演出 太田 麻衣子  
舞台監督 伊藤 桂一朗

出演

ソプラノ 森谷 真理
メゾソプラノ 鳥木 弥生
メゾソプラノ 松浦麗
テノール 所谷 直生
ピアノ 清水 綾

プログラム

作曲 作品名 曲名 演奏
予告編
モーツァルト フィガロの結婚 序曲のさわり 清水 綾(pf)
ストーリーの解説 鳥木 弥生/松浦 麗
休憩      
モーツァルト フィガロの結婚 プロローグ(5,10・・・・)の一部 鳥木 弥生
伯爵夫人のアリア「愛の神様、安らぎを」 松浦 麗
ケルビーノのアリア「恋とはどんなものかしら」 森谷 真理
伯爵夫人とスザンナの手紙の二重唱「そよ風に寄せる歌」 鳥木 弥生/松浦 麗
バルバリーナのアリア「なくしてしまった」 所谷 直生
スザンナのアリア「恋人よ、早くここへ」 鳥木 弥生
伯爵夫人のアリア「楽しい思い出はどこに」 松浦 麗
フィナーレ「ああ、みなこれで満足だろう」 全員
休憩
千住明 滝の白糸 母のアリア 鳥木 弥生
マスネ ドン・キショット ドゥルシネのアリア「愛の日々が過ぎ去った時に」 松浦 麗
プッチーニ トスカ カヴァラドッシのアリア「星は光りぬ」 所谷 直生
シャンパルティエ ルイーズ ルイーズのアリア「その日から」 森谷 真理
ヨハン・シュトラウス二世 こうもり 葡萄酒の火のほとばしりに 全員

感 想

真面目なおふざけ-MEZZO IN WONDERLAND「フィガロの花園」1を聴く

 メゾソプラノ地位向上委員会は、オペラの中では脇役が多く日の当たらない位置にいるメゾソプラノという歌手たちに少しでもスポットライトをあてようとする鳥木弥生を中心としたメゾソプラノ歌手たちの(半分冗談の)活動。そのメンバーの二人、鳥木弥生と松浦麗、それと鳥木と森谷真理で始めたユニット、「ゲキジョウシマイ」の森谷真理、それにこういう時に応援によく入る所谷直生によるパロディ音楽会。プロデューサーは申し上げるまでもなく鳥木弥生になるのでしょうが、演出に太田麻衣子を引っ張り出し、太田の切れの良いアイディアもあり、滑ったところもあったけど、全体としては楽しめた演奏会でした。

 前半は「フィガロの結婚」の抜粋。演奏が始まる前までに配役の発表のない中、ソプラノ1、テノール1、メゾ2のメンバーでどういう配役にするのだろうかと思います。オペラの主役と敵役になるフィガロと伯爵は多分いないことにして、ケルビーノとマルチェリーナを二人のメゾが演じて、森谷が伯爵夫人とスザンナの二役でやるのかな? それともテノールの所谷が伯爵やフィガロをやるのかな、と思っておりましたが、配役はくじ引きで決めるという演出。現実にバケツに突っ込まれた札を引いて決まったのはメゾソプラノとソプラノの逆転、テノールのソプラノ化です。舞台に登場するのはスザンナと伯爵夫人、ケルビーノとバルバリーナの四人だけ、主要な女性のアリアと手紙の二重唱が歌われました。

 正直なところ違和感はあります。でも皆さんベテランですから、しっかり普段歌われない役でもしっかり自分のものにして演奏されるところが素晴らしい。「恋とはどんなものかしら」は声楽初級者でも歌う比較的易しい曲ですから森谷が軽々と歌うのは当然ですが、鳥木と松浦のソプラノ挑戦も悪くない。

 聴くまでは鳥木弥生は本来の持ち声が結構ハイトーンでスザンナには適性があるだろうなとは思いましたが、持ち声の低い松浦麗の伯爵夫人はどうかなという思っておりました。しかし、何のなんの、全然悪くない。二人とも最高音はちょっと辛い感じでしたし、「フィガロの結婚」がモーツァルトのオペラだという点を踏まえれば、ちょっと重い感じは終始付きまといましたが、その分二人ともしっとりとした味があります。特に松浦麗の伯爵夫人。二曲のアリアとも芝居っけたっぷりで歌うのですが、中低音の厚みがしっとりと滑らかで、その落ち着いた感じが伯爵夫人の寂しい心情にぴったり嵌るのです。キワモノであることは間違いないのですが、「これはこれでありかな」と思わせてくれたところ、松浦の力量の素晴らしさだと思います。

 流石に女装して登場したバルバリーナ所谷は「可愛い」というよりは「キモい」という感じでしたが、バルバリーナのちょっとメランコリックなアリアをオクターブ下げてヒロイックに歌ってみせる。裏声を使うのではなく胸声で男性的に歌うのが吹っ切れていて面白いと思いました。

 舞台にはベッドが一台。歌う順番などは本来の「フィガロの結婚」とは変えて、フィガロや伯爵がいなくてもストーリーが纏まっていました。小ネタを所々で挟んで擽って見せるところなどは太田麻衣子の真骨頂なのでしょうね。皆さん、きっちり準備されて真面目におふざけをやって見せるところ、素晴らしいと思いました。

 前半が「フィガロの結婚」のパロディだったの対し、後半は往年の歌謡番組「ザ・ベスト10」のパロディ。「今週のベスト・ヒット10」というものです。司会は所谷直生が扮する「ダニー・ところ」です。ミラーボールが廻り、ドラムロールがなって、「今週の10位から7位までの発表です」って、まさに「ベスト10」ですね。ちなみに10位から7位は10位が「セーラー服と機関車」薬師寺ひろ子、9位が「柳のバルコニー」松口聖子、8位が「NANA]中林明菜、7位が「艶姿なみだ狼」小泉明日子というもの。「あら、ここからは歌謡曲ショーなの」と思いましたが、流石に違います。6位以上はしっかりとオペラアリアで真面目にまとめてきました。

 歌われた曲は上記の通りですが、当初は若手メゾソプラノの藤井麻美も出演予定。藤井は今月出産したばかりとのことで、会場にはいらしていましたが歌唱はなしでした。ちなみにランキングですが、1位がソプラノ、2位がテノール、3位がバリトンで、4位がメゾの曲が3曲並んで、というもの。「メゾソプラノ向上委員会」のテーマ「天国と地獄」序曲の替え歌「ソプラノ1番、テノール2番、3位は無くて、4位はメゾ」に合わせてきたところも小ネタです。

 歌はどれもいい。最初に歌われた千住明の「滝の白糸」は原作者・泉鏡花の故郷、金沢にゆかり深い作品。残念ながら、私は見た経験はありません。鳥木弥生は初演時から欣弥の母役を演じています。それだけに自家薬籠中のもの、というべきでしょう。心情のこもった素晴らしい歌唱だったと思います。次いでの松浦麗は、「ドン・キショット」からドゥルシネのアリア。なかなか歌われない曲で私も聴くのは初めてです(ドン・キショットの日本初演は見ておりません)。長い曲ですが、落ち着いた松浦の声によく似合った曲で格好いい。鳥木弥生がカスタネットでフォローに入り、スペインらしい雰囲気づくりに貢献していました。

 第3位のバリトンは、堀内康雄が「6メゾ」に出演された時の写真のみの使用。「ザ・ベスト10」のパロディで、「外部にいる堀内さんと中継が繋がっています」とやっていましたが、もちろんそんなことはなくて、写真だけでした。所谷直生の「星は光りぬ」はこの4曲の中ではちょっと短め。しっかりと盛り上がった絶唱を見せてくれました。森谷真理のルイーズのアリアはこれまた有名なものですが、聴く機会はあまりないと思います。森谷の歌はケルビーノのアリアの時とはうって変わって、丁寧に中音部を膨らませるような歌いっぷりで、見事だったと思います。

 最後は恒例の写真タイム。森谷と鳥木はお揃いの衣裳で、12月1日ゲキジョウシマイの宣伝も兼ねて写真に映っていました。

「フィガロの花園」TOPに戻る
本ページトップに戻る

鑑賞日:2021年11月6日
入場料:自由席 4800円

主催:公益財団法人 日本オペラ振興会

藤原歌劇団公演

全3幕、日本語訳詞上演
フンパーディンク作曲「ヘンゼルとグレーテル」(Hänsel und Gretel )
台本:アーデルハイト・ヴェッテ(日本語訳詞:小澤慎吾、日本語台詞:市川友之)

会場 スタジオ・リリエ

スタッフ

指 揮 中橋 健太郎左衛門  
管弦楽 ヴァイオリン:青山英里香
ヴィオラ:中村 響子
コントラバス:上田 淳
エレクトーン:赤塚 博美
ピアノ:高橋 裕子
合 唱 藤原歌劇団アンサンブル
児童合唱 多摩ファミリーシンガーズ
児童合唱指導 高山 佳子
バレエ フルリール バレエスタジオ
バレエ振付 加藤 美沙希
演 出 小澤 慎吾
美 術 鈴木 俊朗
照 明 稲葉 直人、岡崎 亘
衣 裳 永田 道子、加藤沙織
振 付 鷲田 実土里
衣 裳 永田 道子、加藤沙織
舞台監督 渡邊 真二郎

出演

ヘンゼル 丸尾 有香
グレーテル 芝野 遥香
ペーター 坂本 伸司
ゲルトルート 佐藤 みほ
魔女 所谷 直生
眠りの精 中桐 かなえ
露の精 網永 悠里
魔女の友達 柴山 秀明

感 想

子供がよろこびそう‐藤原歌劇団「ヘンゼルとグレーテル」を聴く

 フンパーディンクの「ヘンゼルとグレーテル」は、ドイツあたりでは子供向けのメルヘンオペラとして、クリスマスの定番ですが、日本ではそれほど多く上演されるわけではありません。その「ヘン・グレ」をイタリアオペラやフランスオペラを多く演奏する藤原歌劇団が制作したことがまず驚きです。そして1980年代から原語上演にこだわってきたにもかかわらず、今回は日本語による訳詞上演。

 全国各地、場所を選ばず上演できることを想定して、敢えて小規模オペラにしたとのこと。確かに大道具などはほぼ書割で、学芸会レベルに毛が生えた程度です。輸送は楽そうです。おそらく学校巡回公演に持っていくことを考えているのでしょう。内容も子供に分かりやすいことを第一義にして様々なカットを施し、その時間を台詞の時間にして、台詞と音楽との調和を試みたようです。チラシには「ハイライト公演」との記載がありましたが、ほぼ全部の曲を演奏し、ストーリーの一部を端折って説明でつなげる、というスタイルでのハイライト上演ではありませんでした。

 そして台詞が良い効果を生み出しています。今回「魔女の友達」という、本来の「ヘン・グレ」には存在しない役柄を台詞役で敢えて設けましたけど、その魔女の友達がいるおかげで、魔女たちの存在感が単に不気味なものから、コミカルなものに変化しています。「立ちやすい」キャラクターに変わった、と申しげても良いと思います。また台詞部分がある分、ストーリーがすっきりと頭に入って、学校公演で小学生に見せることを考えたとき、子供たちの注意を引き付けることができるのではないでしょうか。

 さて演奏ですが、全体的には素直に楽しめました。10分間の休憩を入れて1時間50分ほどの上演でしたが、その時間退屈せずに音楽世界に入れたこと、いいプロダクションなのだろうと思います。歌手について申し上げれば一番良かったのはペーターを歌った坂本伸司でしょう。野太い張りのある声で、存在感を示します。日本語も明晰でそこもよかったです。美しい歌ではありませんが、ゴツゴツした感じのいかにも父親といった雰囲気の力強い歌はドイツの職人を彷彿とさせるもので大変すばらしいと思いました。

 魔女の所谷直生もいい。ちょっとプリモテノールみたいな歌い方で、いわゆるキャラクターテノールのような歌い方とはちょっとずれている感じでしたが、見た目と発声とのギャップが面白くてよかったと思います。存在感という意味では、魔女の友達役の柴山秀明が抜群。台詞役ですが、キャラクターが立っていることこの上ない。魔女とコンビになると漫才師のボケと突っ込みになったような感じで、魔女を凄く親しみやすくしてしまったと思います。なお、柴山の語り口調は、かつての化け物番組「8時だヨ、全員集合」の加藤茶の語り口を真似ていたのではないかと思いましたが、違うかな?

 女声陣ではゲルトルートの佐藤みほの存在感もいい。芝居が臭いですが、この舞台では、ゲルトルートのイノセントな無知な感じをよく表現していると思いました。

 主役のヘンゼルとグレーテル。丸尾有香も芝野遥香も悪くはないのですが、日本語発声が上手く行っていない感じです。ソロで歌っている部分ではまだ言葉が立っている感じはあるのですが、デュエットになって、同じ時に違う歌詞を歌うと途端に何を言っているのかが分からなくなります。これは要改善です。もう一つ申し上げれば、ヘンゼルがもっと存在を主張した方が良い。重唱において、通常の重唱のようにメゾが引き気味で歌います。もちろんそれでいい部分もあるのですが、オペラの中ではあくまでもヘンゼルはお兄ちゃんですから、もっと強気な歌でよいと思いました。二人の関係を見ていると、終始ヘンゼルが弟で、しっかり者のお姉ちゃんのグレーテルが支えているように見えてしまいました。

 眠りの妖精の出現の場面は本公演のクライマックスです。バレエがもっと上手だと更によかったとは思いますが、全体的に美しくまとまっていました。中桐かなえの眠りの精はいい雰囲気だったと思います。第三幕冒頭の目覚めのシーンも悪くない。網永悠里はしっかり自分の役割を果たしていました。

「ヘンゼルとグレーテル」TOPに戻る
本ページトップに戻る

目次のページに戻る

SEO [PR] !uO z[y[WJ Cu