オペラに行って参りました-2007年(その3)

目次

いろいろ文句はありますが・・・   2007年08月30日   ミラマーレムジカ2007年公演「魔笛」を聴く
「突き抜ける」ということ   2007年09月07日   東京二期会オペラ劇場「仮面舞踏会」を聴く
ジュリエットとロメオ   2007年09月20日   東京オペラプロデュース「ロミオとジュリエット」を聴く
もっと小さいホールであったなら   2007年09月21日   東京音楽大学100周年記念公演「フィガロの結婚」を聴く
脂の乗りはじめ   2007年09月30日   村上敏明テノールリサイタルを聴く
ヴィブラートは嫌いです   2007年10月11日   新国立劇場「タンホイザー」を聴く
どこで名演が聴けるか分りません   2007年10月21日   国立音楽大学大学院オペラ「フィガロの結婚」を聴く
頑張りすぎは野暮にも繋がる   2007年10月23日   新国立劇場「フィガロの結婚」を聴く
清新なドニゼッティ   2007年11月04日   昭和音楽大学「ピーア・デ・トロメイ」を聴く
若手歌手の頑張りを楽しむ   2007年11月06日   レチターレ第三回公演「王様の見る夢〜アリアからアリアへ・・・心を紡ぐ言葉」を聴く
サンティ・N響の実力   2007年11月09日   NHK交響楽団第1604回定期演奏会「ラ・ボエーム」を聴く
ベルカントオペラは楽しい   2007年11月11日   日生オペラ2007「カプレーティ家とモンテッキ家」を聴く
オペレッタの難しさ   2007年11月17日   東京室内歌劇場「ザ・芸者」を聴く
二期会の伝統が隠し味   2007年11月23日   東京二期会オペラ劇場「天国と地獄」を聴く
バランスの問題   2007年11月28日   新国立劇場「カルメン」を聴く
テンポの作り方   2007年12月14日   東京室内歌劇場「後宮からの逃走」を聴く

どくたーTのオペラベスト3 2007年へ
オペラに行って参りました2007年その2ヘ
オペラに行って参りました2007年その1へ
どくたーTのオペラベスト3 2006年へ
オペラに行って参りました2006年その3へ
オペラに行って参りました2006年その2へ
オペラに行って参りました2006年その1へ
どくたーTのオペラベスト3 2005年へ
オペラに行って参りました2005年その3へ
オペラに行って参りました2005年その2へ
オペラに行って参りました2005年その1へ
どくたーTのオペラベスト3 2004年へ
オペラに行って参りました2004年その3へ
オペラに行って参りました2004年その2へ
オペラに行って参りました2004年その1へ
オペラに行って参りました2003年その3へ
オペラに行って参りました2003年その2へ
オペラに行って参りました2003年その1へ
オペラに行って参りました2002年その3へ
オペラに行って参りました2002年その2へ
オペラに行って参りました2002年その1へ
オペラに行って参りました2001年後半へ
オペラへ行って参りました2001年前半へ
オペラに行って参りました2000年へ 

鑑賞日:2007830
入場料:
C席 4000円 2F 9列36

APS基金設立記念 ミラマーレ・ムジカ2007年公演

オペラ2幕、日本語・ドイツ語混成上演
モーツァルト作曲「魔笛」(Die Zauberflote)
台本:エマヌエル・シカネーダー
日本語台本:宮本益光

会場:めぐろパーシモンホール 大ホール

スタッフ

指 揮 牧村 邦彦
管弦楽 ミラマーレ・ヴィルトゥオーゾ管弦楽団
合 唱 ミラマーレ合唱団
演 出 恵川 智美
舞台美術 荒田 良
衣 裳 増田 恵美
照 明 山口 暁
ステージング 伊藤 多恵
舞台監督 中村 眞理

出 演

弁者 鶴川 勝也
ザラストロ 黒木 純
夜の女王 吉村 美樹
タミーノ 塚田 裕之
パミーナ 菊地 美奈
パパゲーノ 宮本 益光
パパゲーナ 前田 奈央子
モノスタトス 清原 邦仁
侍女1 林 容子
侍女2 小田嶋 薫
侍女3 鈴木 涼子
童子1 加藤 麻衣
童子2 小熊 奈穂
童子3 園田 直美
武士1 西塚 巧
武士2 党 主税
僧侶 与儀 巧
Actor 南谷 朝子

 

感想

いろいろ文句はありますが・・・。-ミラマーレ・ムジカ2007公演「魔笛」を聴く。

 ほぼ1箇月オペラを見ていないと、実演が恋しくなります。すると、「ミラマーレ」という団体が「魔笛」をやるというのを見つけ、早速出かけてまいりました。この団体は、ある篤志家がAPS基金という、若い音楽家にオペラ舞台を提供しようとする基金に基づいて作られた団体のようで、松山郁雄(いくお)さんが公演監督、菊池彦典さんが芸術顧問です。

 確かに出演者は若い方が多く、あまり聞きなれない名前の方も多いです。これらの方々が十二分に力を発揮してくれればよかったのですが、どうもそうはいかなかったようです。それにもかかわらず、私は結構楽しみました。それは、日本語・ドイツ語混成公演というやり方です。日本人団体の「魔笛」は、全部日本語で上演するか、先日の二期会公演のように台詞は日本語、歌詞はドイツ語、というやり方をする例が多いのですが、今回の公演は、(全部が全部そうだと言うわけではないのですが)登場人物によって解する言語が違う、という又に奇妙キテレツな設定にしました。

 例えば、パパゲーノやパパゲーナ、モノスタトスは原則日本語でしか歌わないし、しゃべらない(歌唱は一部ドイツ語がありましたが)、ザラストロや夜の女王は原則ドイツ語でしか歌わないし、しゃべらない。パミーナや三人の侍女はドイツ語/日本語のバイリンガル、と何とも面白い。バイリンガルの歌は特に面白く、ワンフレーズを日本語で歌ったかと思うと、次のフレーズをドイツ語で歌う、といった細かいこともやって見せました。

 このような奇を衒ったやり方に批判的な人は多いと思うのですが、私は面白く見ました。特にモノスタトス。ムーア人の役ですが、しゃべるのはこてこての大阪弁。ちなみにモノスタトス役の清原邦仁は関西歌劇団所属の大阪人で、関西弁が上手なのは当然なのですが。そういえば、清原だけではなく、音楽全体に何となく関西っぽさがあったような気がします。指揮者の牧村邦彦も関西で活躍する指揮者で、音楽のつくりにも関西が入っていたのかも知れません。なお、日本語・ドイツ語混成公演というアイディアも牧村の意見だったそうです。

 字幕や歌詞は、日本語訳の歌の研究も行っている宮本益光。彼らしいくだけた訳詞でこれもなかなかよいものだったとおもいます。歌詞の字幕は、日本語の歌の部分でも出るのですが、宮本は自分で書いた歌詞と違って歌っていた部分がりました。これは、意識的に変えたのか、忘れてしまったのか一寸分りません。

 全体的にかなりくだけた雰囲気の舞台だったのですが、客のマナーはあまり良いとは言えませんでした。また、通常は、遅刻した観客を入場させるのは曲の切れ目と相場が決まっているのですが、今回は舞台で歌っている最中にお客さんを入場させるなど、全体の運営もよいとはいえません。

 演奏は普通のレベルだと思います。牧村の音楽作りは基本は柔らかいもので、テンポは遅め。そのテンポで音楽のうねりを作り出せれば良いのでしょうが、オーケストラの実力はそこまで高いものではないようで、乗りは今ひとつでした。牧村は結構繊細に指示をしているようですが、必ずしも十分なレスポンスではないように見受けました。その中で、フルートのソロ、グロッケンシュピール(チェレスタ)はなかなかよかったとおもいました。

 歌手陣では、圧倒的な存在感が、宮本益光のパパゲーノ。初演ではシカネーダーがパパゲーノを歌ったそうですが、今回の舞台も宮本シカネーダーとも言うべきなのでしょう。結局のところ舞台は、宮本が中心に回っていたように思います。自分で訳した歌詞を自分が歌うのですからある意味当然かもしれませんが、歌唱の立派さ、声の張りを含めた存在感、どれをとっても宮本が圧倒的でした。「魔笛」は実はストイックなオペラです。そこにパパゲーノという「食べて、飲んで、出して、寝て、それにかわいい恋人か女房がいれば」と考える野生児がいることで、ストイックなタミーノが引き立つのですが、今回ぐらいパパゲーノの存在感があると、もともとパパゲーノ好き、タミーノ嫌いの私にとっては、より共感を強く持ちます。楽しめました。

 もう一人よかったのが清原邦仁のモノスタトス。大阪弁のくだけた口調での台詞回しも抜群だったし、それにもかかわらず、歌唱は素直な透明感のあるもの。そのバランスがなかなか巧みで、また差別されるものの小ずるい卑屈さも上手く表現できていて好感をもちました。

 黒木純のザラストロは、黒木ならこうなるだろうというザラストロでした。多分ザラストロとしての威厳や神秘性を上手く出せないのではないかと思っていたのですが、そこは予想通りでした。男声低音で比較的よかったのが弁者の鶴川勝也でした。

 タミーノの塚田裕之はよい声が出るところもあるのですが、全般的に歌に一本芯が通っていない感じがしました。テンポを微妙に動かしながら歌うのですが、それが聴いていて心地よいテンポのとり方でないのです。どこかおもねた感じのある歌唱で、タミーノのストイックっさ、あるいはひたむきさを表現できていないように思いました。

 女声陣も悪くはないのですが、十分とは言いがたい。吉村美樹の「夜の女王」は、第2曲目の「復讐の炎は地獄のように胸に燃え」が相対的によく歌えました。彼女は、高音部でも声があまり細くならないところが良く、ちゃんと上まで届いていましたし、中低音のドラマティックな表情もしっかりとこなしており、このアリアに関して申し上げれば、先月二期会で歌われた品田昭子より遥かに完成度が高いと思いました。一方、最初の「怖れおののかなくてもよいのです」は、音程のコントロールが今ひとつで、特に下降跳躍では声が落ちきらないであるとか、課題も残しました。

 パミーナ菊地美奈は、リリックな表現に優れ、中低音部での艶やかな歌声は、大変素敵なものでした。ただ、高音は今ひとつで伸びないし、かすれもありました。パパゲーノとの二重唱「愛を感じる男の人達には」は、菊地の一番よい部分と宮本が上手くマッチしてよかったのですが、第二幕のアリアは高音部の伸びに不満が残りました。

 前田奈央子のパパゲーナは、宮本パパゲーノの前ではとても相手になりません。もう一寸声の出る方を選ぶべきでした。

 三人の侍女、三人の童子は、どちらも水準以下と申し上げなければなりません。特に童子は、体格の大きい方が多く、見た目もあまりふさわしくない。この程度の歌唱だったら、本物のボーイソプラノを選ぶ選択はなかったのでしょうか?

 以上、問題の多かった舞台だと思いますが、それでも全体としては面白いコンセプトで楽しみました。

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鑑賞日:200797
入場料:
D席 3000円 4F R216

平成19年度文化庁芸術創造活動重点支援事業

主催:財団法人東京二期会

オペラ3幕、日本語字幕付原語(イタリア語)上演
ヴェルディ作曲「仮面舞踏会」Un ballo in maschera )
台本:アントーニオ・ソンマ

会場:東京文化会館 大ホール

スタッフ

指 揮 オンドレイ・レナルト
管弦楽 読売日本交響楽団
合 唱 二期会合唱団
合唱指揮 佐藤 宏
演 出 粟國 淳
舞台美術 横田 あつみ
衣 裳 アレッサンドロ・チャンマルーギ
照 明 笠原 俊幸
舞台監督 大仁田 雅彦

出 演

リッカルド : 樋口 達哉
レナート : 青山 貴
アメーリア : 大山 亜紀子
ウルリカ : 清水 華澄
オスカル : 日比野 幸
シルヴァーノ : 斉木 健詞
サムエル : 境 信博
トム : 畠山 茂
判事 : 高田 正人
アメーリアの召使 : 森田 有生

感想

「突き抜ける」ということ-東京二期会オペラ公演「仮面舞踏会」を聴く。

 「仮面舞踏会」はヴェルディ中期の傑作として著名な作品ですが、実演でお目にかかることはあまり多いとは言えない作品です。私も2001年に新国立劇場で見て以来の6年ぶりですし、二期会もこの作品を取り上げるのは初めてとのことです。オペラの面白さが凝縮した傑作だと思うのですが、玄人好みの作品ということなのでしょうか。私は、もっととり上げられてよい作品だと思うのですが。

 二期会初演ということで、全体的に力が入っていたようで、よくまとまった舞台でした。歌手たちも総じて好調。しかしながら、今ひとつ乗れない演奏でした。個別に見れば、皆上手なんだけれど、オペラとしてのまとまりは相当ゆるい感じがしました。この責任はレナルトの音楽作りに持っていただくべきなのでしょう。レナルトの指揮は冷静です。もちろん必要があればアッチェラランドもかけますし、盛上げようとする意思もある。しかし、それがみな計算ずくなのですね。もちろん、指揮するということは、自分で設計図をひいて、そのように音楽を作っていく冷徹で計算づくのものですけど、よい指揮者がよい演奏をするときは、そこに、指揮者の計算だけではないプラスアルファが現れます。そのような自発性が出ると音楽は楽しいのですが、レナルトの指揮は、レナルトの手の内で収まっていて「ほとばしり」がないのです。ここでもう一息踏み込んでくれれば聴き手の心をつかめるのに、と思ったところが何箇所もありました。

 読響の演奏も技術的には高レベルのもので、ハープ、フルート、クラリネット、チェロなど感心しましたし、よくまとまった演奏なのですが、全体としてのカンタービレが今ひとつ弱く、わくわく感が乏しいのです。どちらかといえば無骨で色彩感の乏しい演奏で、「感心はできるけど感動はできない演奏」と申し上げても良いかもしれません。

 粟國淳の演出も首肯出来ません。オリジナルどおりボストン総督リッカルドをめぐる事件として描き、下手な読み替えや省略をしないオーソドックスな演出ですが、暗さを強調するものでした。背景色が基本的に黒ですし、仮面舞踏会に登場する貴族たち(合唱団)も黒いマントを着けて登場します。「仮面舞踏会」でリッカルドが刺されるのは、華やかな舞台、という固定観念があったものですから、彼の第3幕第3場の演出は暗すぎるように思いました。暗さは陰惨さを想像させます。國淳は、この悲劇がヴェルディのオペラの中ではそれほど陰惨な悲劇ではないにもかかわらず、陰惨な悲劇だと考えてしまった、ということなのでしょうか。

 歌手たちは総じてよかったと思うのですが、全般的にはほとばしりが足りない。それでも歌唱の基本は本当に良く出来ていると思います。必ずしも全員が全員音程がよいとはいえないと思いますが、妙なビブラートをかけたりせず、すっきりとした直線の歌い口で歌うのは大変よいことだとおもいます。ただし、自己では十分完結しているのですが、重唱になったり合唱と絡むと、緊密な感じが薄れるところがあったのが残念でした。

 樋口達哉のリッカルド。一言で申し上げれば貫禄が足りない。ボストン総領事としての威厳が身についていないのです。見た目や動きが軽量級でどっしりした感じがしないのです。樋口は本来、リリコかリリコ・レジェーロの声の持ち主で、リッカルドの役柄からすれば声が軽いのだろうと思います。今回は、リリコ・スピント的な声に調整して重量級の歌唱を目指していたようですが、結果として高音の伸びが足りなく、また、ずり上げなどもあって、必ずしも感心できるものではありませんでした。

 それに対して青山貴のレナートがよい。青山の動きもレナートとして十分かといえば、なかなか貫禄があるとは申し上げられないのですが歌唱は上々。登場のアリア「希望と喜びに満ちて」が結構で、第3幕のアリア、「お前こそ、心を汚すもの」の劇的な表現と回想部分の対比の妙、その後のサム、トムとの三重唱と続く部分の存在感。力量を十分に感じさせてもらいました。

 大山亜紀子のアメーリアもなかなか魅力的。高音が細くなる欠点はあるのですが、中低音部のふくよかで芯のしっかりした歌は魅力的です。第二幕のアリア「あの草を摘み取って」のドラマティックな表現、そして、リッカルドとの二重唱「この胸のときめき」がよい。このデュエットは樋口の歌唱も良く、息もなかなかあっていたと思います。更に第三幕の「私の最後の願い」における情感は非常に魅力的でした。

 清水華澄のウルリカも素敵。一口で申し上げれば上手。しっかり要所を締めたバランスの取れた歌唱で結構でした。ただ、ウルリカも今ひとつ上品で、清水華澄ならばもっと突っ込んだ表現をするのではないかとも思ったのですが、結構上品な歌唱でまとめ、ウルリカにしては淡白な表現でした。

 日比野幸のオスカルは、以上の4人と比べると実力差があるように思いました。声がまず届かない。オスカルのアリアも全体に心を行き届かせている、とは言い難く思いました。主役ではないですが、重要な脇役ですので、もっと声の出るリリコ・レジェーロ系の方を選ぶべきのように思いました。

 その他の歌手も手堅くまとめました。以上個別を解析的に見ると決して悪い演奏ではなかったと思うのですが、先に述べたように、ヴェルディの音楽の熱気を十分伝えきれたかといえば、そこは難しい演奏でした。そのような壁を早く突き抜けて自在に歌ってくれれば、もっと楽しめたように思います。 

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鑑賞日:2007920
入場料:
B席 5000円 2F 726

平成19年度文化庁芸術創造活動重点支援事業

主催:東京オペラ・プロデュース

オペラ5幕、日本語字幕付原語(フランス語)上演
グノー作曲「ロメオとジュリエット」Romeo et Juliette)
台本:ジュール・バルビエ/ミシェル・ガレ

会場:めぐろパーシモンホール 大ホール

スタッフ

指 揮 マルコ・ティトット
管弦楽 東京ユニバーサル・フィルハーモニー管弦楽団
合 唱 東京オペラ・プロデュース合唱団
合唱指揮 伊佐治 邦治
演 出 松尾 洋
美 術 土屋 茂昭/松生 ヒロコ
衣 裳 清水 崇子
照 明 稲垣 良治
振 付 中原 麻里
舞台監督 八木 清一/上田 光成

出 演

ロメオ : 秋谷 直之
ジュリエット : 大隅 智佳子
キャピュレ : 三浦 克次
メルキュシオ : 小林 由樹
修道士ロラン : 森田 学
ジェルトリュード : 丸山 奈津美
ステファノ : 澤村 翔子
ティバルト : 西塚 巧
グレゴリオ : 和田 ひでき
ヴェローヌ大公 : 笠井 仁
パリス : 西垣 俊絃
修道士ジャン : 麻野 玄蔵

感想

ジュリエットとロメオ-東京オペラ・プロデュース公演「ロメオとジュリエット」を聴く。

 私は中学生のときフランコ・ゼッフィレリ監督の映画「ロミオとジュリエット」を見て、恋は少女を成長させる、特にそれが悲劇的な恋であればあるほど、ということを学んだような気がします。もちろん、それが一般的な真実かどうかは知る由もありませんが、少なくともシェイクスピアは、「ロミ・ジュリ」の中で少女の成長を描いたのではないでしょうか。そして、原作に相当忠実なグノーのオペラでも、それは踏襲されているように思います。一幕は恋に夢見る少女が、第四幕では新婚初夜を迎えて別れ、終幕での死と愛に殉ずる「女」に変わっていく姿をどのように描くか、そこがこのオペラを見る醍醐味の一つだろうと思っております。

 その点で、大隅智佳子のジュリエットは表情の変化が乏しかったと申し上げざるを得ません。大隅は中低音がしっかり響き、高音も苦にしない実力派であり、歌の響きという観点から見れば、文句なしの技量なのですが、少女から女への変化を上手く演じていたとはいえないと思います。まず、登場のアリアとも言うべき、ジュリエットのワルツ「私は夢に生きたい」が重過ぎる。正確で密度の高い歌なのですが、抜けるところがなく、夢見る少女の気分が表現できていなかったと思います。結局登場が重いので、全体的に重めの歌唱に終始し、少女の悲劇というよりもおばさんの悲劇のように感じられてなりませんでした。四幕、五幕は、大隅のスピントの効いた声は、悲劇的印象を強く聴き手に印象付けましたが、少女の悲劇であるならば、あそこまで劇的な表現をする必要があるのか、という気も一寸致しました。

 しかし、これは、大隅が突出していたことの裏返しに過ぎないのかもしれません。ロメオの秋谷は全く期待はずれの歌唱でした。ロメオは、リリコからリリコスピントの役柄で、力強さと高音の伸びの双方がほしいところです。秋谷直之は本来そのような声質の歌手だと思うのですが、今回は第一、第二幕はテノールらしい響き(特に高音の伸び)が全く聴こえず、本当にテノール歌手かしら、という疑いの念すら持ちました。第二幕のバルコニーの場面など、惨憺たる歌唱と申し上げざるをえません。声量的にも大隅ジュリエットに完全に圧倒されており、ロメオの存在感が薄いです。第三幕冒頭の告白でようやくテノールらしい響きが聴こえる兆候が認められたのですが、その後も盛り上がることなく終幕まで到りました。「結婚の夜」の二重唱や、終幕の愛の二重唱は完全にソプラノに圧倒され、丁々発止のぶつかり合いを期待した聴き手を裏切りました。

 テノールの代わりに、この大隅の歌声にがっちりと四つに組んだのは、ティトット指揮のユニ・フィルです。ティトットは特に後半オーケストラをドラマティックに鳴らすことに熱意を注ぎ、その音の厚みとドラマティックな表現が大隅の歌に見事に合うのです(一方、秋谷の声は、オーケストラの音の中にすっかり埋没しておりました)。終幕の愛の二重唱などは、「アンドレア・シェニエ」の終幕を聴いているような気持になりました。私はこのような演奏を、やりすぎではないか、と思うのですが、聴衆も一寸引いていた雰囲気がありました。

 さて、脇を固めたメンバーはなかなかよい歌唱をされていたと思います。

 キャピュレ役の三浦克次は、第一幕よりも第四幕の歌唱に良いものがあったと思います。

 メルキュシオ役の小林由樹も良好。冒頭の「マブの女王の歌」が端正で、それ以外も第三幕で傷を負って倒れるまで、登場すると存在感があります。ロメオよりもよほど目立っていました。西塚巧のティバルトもなかなか良いものがありました。第三幕二場のフィナーレは、ロメオよりもずっと存在感があったと思います。

 修道士ロランは、低音が重いバッソ・ブロフォンドの役ですが、森田はバッソ・ブロフォンドと呼ぶには軽量級でした。しかしながら、一所懸命地から湧き上がるような歌唱を心がけていることが分り、好感を持ちました。

 澤村翔子のステファノは、細かいところの表現が十分押さえきれておらず、今ひとつであったと思います。

 結局のところ、大隅智佳子が実力のあるソプラノであることを再確認いたしましたが、オペラを楽しむ、という点では、私の趣味ではありませんでした。

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鑑賞日:2007921
入場料:
C席 2500円 4F R316

東京音楽大学創立100周年記念オペラ公演

主催:東京音楽大学

オペラ4幕、日本語字幕付原語(イタリア語)上演
モーツァルト作曲「フィガロの結婚」Le Nozze di Figaro)
台本:ロレンツォ・ダ・ポンテ

会場:東京文化会館 大ホール

スタッフ

指 揮 広上 淳一
管弦楽 東京音楽大学シンフォニーオーケストラ
合 唱 東京音楽大学学生・附属高校生
合唱指揮 篠崎 義昭
演 出 ウバルト・ガルディーニ
美 術 鈴木 俊朗
衣 裳 渡邊 園子
照 明 奥畑 康夫
振 付 安達 悦子
舞台監督 斉藤 美穂

出 演

アルマヴィーヴァ伯爵 : 急式 伸亮
アルマヴィーヴァ伯爵夫人 : 野田 ヒロ子
フィガロ : 寺田 功冶
スザンナ : 森 美代子
ケルビーノ : 吉田 和夏
マルチェリーナ : 大賀 真理子
ドン・バルトロ : 志村 文彦
バジリオ : 経種 廉彦
ドン・クルツィオ : 藤牧 正充
アントニオ : 藤巻 希美彦
バルバリーナ : 三宅 理恵
花娘T : 乾 菫子
花娘U : 砂田 愛梨

感想

もっと小さいホールであったなら-東京音楽大学創立100周年記念公演「フィガロの結婚」を聴く。

 東京音楽大学が創立100周年を迎えたそうです。おめでとうございます。その記念オペラを二日間にわたって行いました。初日は現役教授陣を中心としたベテラン組、そして二日目は学生や若手卒業生中心の若手組です。私は若手組を拝聴いたしました。

 東京音楽大学は歴史は古いですが、大学になった時期は比較的最近で、東京の私立音大の中では、国立、桐朋、武蔵野に続く二番手グループというのが一般的な印象でしょう。特に声楽科に強いというイメージもなく、卒業生には釜洞祐子や林美智子はいるものの、やはり地味な印象です。大学オペラ公演も、毎年行っている東京芸大や国立音大とは異なり5年に1回という少なさ。しかしながら、5年ぶりということと、創立100年ということが相俟って、それなりに見所のある舞台に仕上がっていたと思います。

 まず、特筆すべきはガルディーニの舞台演出です。何の読み替えもない唯々オーソドックスな舞台ですが、ストーリーがよく分かるように組み合わされており、また、ヴィジュアルにも美しく、セビリヤの南国っぽさも出ていて、私がこれまで見てきたフィガロの舞台の中でも一二を争う名舞台と申し上げてよいと思います。第二幕の伯爵夫人の部屋の衣裳部屋に閉じ込められたケルビーノが二階の窓から飛び出していくところなど、ここまで視覚的に見せた舞台は私は見たことがありません。感心いたしました。

 広上淳一の指揮も流石です。広上は音楽自身の持つ躍動感を大切にする指揮者ですが、今回は母校でもあり、自分の教え子でもある学生オーケストラを指揮するということで、普段以上に力が入っていたように思います。全体としてゆったりとした流れなのですが、フィガロの持っている躍動感を全く殺していない。極端なアッチェラランドをかけたりもせず、指揮者が特別何をしているというわけではないのですが、要所要所を締めているのでしょうね。音楽としては、非常に素晴らしいものがあったと思います。

 大学オーケストラの技量は、はっきり申し上げて低レベルでミスも多かったようですし、又音色のざらつきもあったと思います。しかしながら、指揮者がよいと音が生きるのですね。そういった技術的問題を凌駕する音楽的魅力がありました。

 歌手陣。ここも東京音楽大学の層の薄さを露呈した、と申し上げざるを得ません。まず、全体的に声量が足りません。バルトロの志村文彦やバジリオの経種廉彦は流石にベテランだけあって、きっちり全体に聴こえるように歌うのですが、急式の伯爵から大賀マルチェリーナに到る6人の若手歌手のうち東京文化会館のキャパシティにあった声を披露したのは、厳しく言えば、フィガロの寺田功治だけでした。スザンナの森美代子などはそれなりに良い歌を披露していたのですが、東京文化会館に見合った声量とはいいがたく、もう少し小ぶりのホールで聴かせて貰えば、もっと楽しめたのではないか、と思います。

 急式伸亮の伯爵。声量が最も足りなかったのがこの方。持っている声はそんなに悪くはないと思うのですが、全体に響き渡らないので貫禄に欠ける。存在感が薄いのです。また、第3幕のアリアなどが代表的ですが、歌が素直で感情表現が画一的であり面白くない。正直申し上げれば、東京文化会館大ホールの舞台で主要役を演じられるレベルに達していないということだと思います。

 野田ヒロ子の伯爵夫人。藤原歌劇団でヴィオレッタを二度も歌っている方ですから、恐らく不調だった、ということなのでしょうね。やはり声量が今ひとつ不足しておりました。登場のアリア、「愛の神よ、みそなわせ」がぱっとせず、第三幕のアリアは少し持ち直しましたが、響きが薄く、細かいところまで声が行き届いていない感じがいたしました。手紙の二重唱もやせていて、今ひとつ味わいが足りませんでした。

 寺田功治のフィガロ。今回一番の収穫です。よかったです。もちろん「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」ではもっとからかいの雰囲気を強く出してほしいと思いましたし、そのほか、頑張ってほしいと思う部分がなかったわけではないのですが、全体として溌剌としていて、フィガロらしさを上手に表現されていたと思います。声質は、バリトン・ブリランテで若々しさが強調され、動きの軽快さも宜しかったと思います。私は寺田のような声質のフィガロが好きなので、ことに満足いたしました。

 森美代子のスザンナ。頑張っていたと思います。軽快でスーブレットらしい雰囲気を上手く出されていました。ただ、全体的に声量がやや足りないのと、細かいところの処理に十分神経が行き届いてなく、上滑りのところがあったのが一寸残念です。

 吉田和夏のケルビーノ。大学院の学生さんだそうです。頑張って演じていました。今後の精進に期待しましょう。

 大賀真理子のマルチェリーナ。あまり特徴のあるマルチェリーナではありませんでした。今後の精進に期待しましょう。

 志村バルトロや経種バジリオは、若手のサポート役に徹した感じでした。志村文彦はバッソ・ブッフォとしてのセンスがある方ですし、経種廉彦は、キャラクター・テノールとして非常に力量のあるですから、本気を出せばもっと存在感を前面に出せたと思うのですが、そうはいたしませんでした。

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鑑賞日:2007930
入場料:自由席 
3000円 

主催:日野市音楽連盟

魂を揺さぶる情熱の歌声
村上 敏明 テノールリサイタル

ピアノ伴奏:江澤隆行

会場:日野市民会館 大ホール

プログラム

第一部 イタリア・オペラ・アリア
ベッリーニ オペラ「ノルマ」より ローマのヴィーナスの宮殿に
ベッリーニ オペラ「清教徒」より 愛しい乙女よ、あなたに愛を
ヴェルディ オペラ「仮面舞踏会」より 第一幕への前奏曲(ピアノ)
ヴェルディ オペラ「仮面舞踏会」より 次の航海は無事だろうか
ヴェルディ オペラ「椿姫」より 燃える心を
プッチーニ オペラ「蝶々夫人」より ハミングコーラス(ピアノ)
プッチーニ オペラ「蝶々夫人」より さらば愛の家よ
プッチーニ オペラ「ラ・ボエーム」より 冷たい手を
休憩
第二部 日本歌曲/イタリア・カンツォーネ
山田耕筰   この道
成田為三   浜辺の歌
小林秀雄   落葉松
武満 徹   小さな空
クルティス   帰れソレントヘ
クルティス   忘れな草
ファルヴォ   彼女に告げて
カルディッロ   つれない心(カタリ)
アンコール
プッチーニ オペラ「トスカ」より 星は光りぬ
ヴェルディ オペラ「リゴレット」より 風の中の羽根のように
プッチーニ オペラ「トゥーランドット」より 誰も寝てはならぬ
新井 満   千の風になって
カプア   オー・ソレ・ミオ(村上敏雄・村上宣也との共演)

感想

脂の乗りはじめ-「村上敏明テノールリサイタル」を聴く。

 本当は行く予定ではなかったのですが、子供の運動会が雨で流れてしまったので、急遽出かけることにしました。村上敏明は、昨年の夏、吉川健一とのデュオ・リサイタルを聴き、感心しながらもいろいろと気になるところも見出したのですが、一年間でその問題点をどのように解決したのかが、私にとっての一番の興味でした。そして、先に結論を申し上げれば、この一年間で明らかに進歩の跡が見えました。

 村上敏明は1972年生まれの日野市生まれの35歳。国立音大在学中から「青いサカナ団」等で舞台経験を積んで来たようですが、村上の声を私が最初に聴いたのが1999年、藤原歌劇団の「ラ・ボエーム」におけるパルピニョール役でした。しかし、世間一般に知られるようになったのは、2005年1月の藤原歌劇団「椿姫」でアルフレードを歌ってからでしょう。そう思うと正にこれからキャリアを伸ばしていく方であり、今が脂が乗り始めた、旬になり始めたテノールと申し上げて良いのでしょう。

 そのような伸び盛りのテノールのリサイタルですから悪いはずがありません。日野市民会館という音響効果などほとんど考えていないホールでのリサイタルでしたが、伸び盛りの声は、ホールの不具合を吹き飛ばす力があったと思います。

 最初のポリオーネのアリアは、力強い歌唱で決して悪いものではありませんでしたが、本来の村上の声からすれば、一寸重い役だと思います。そのためか、今ひとつ重厚感に欠けている感じがしました。それに対して、清教徒のアリアは、最高音(2点嬰ハ音)は厳しいながらも決めて見せて、結構でした。仮面舞踏会のリッカルドのアリアは、今の村上に一番あっている作品かもしれません。大変よいものでした。椿姫のアリアと蝶々夫人のアリアは共に両作品の中では代表的なテノールのアリアではありますが、テノールのアリアとしては比較的地味なものです。どちらも悪いものではありませんでしたが、村上の魅力を引き出すためには他の曲を選んだほうがよかったのではないかしら。ロドルフォのアリア。これはとても素晴らしいもの。前半の白眉でした。前半のオペラアリアは、相対的には若干の凸凹があったものの、流石にどれも村上の力量を示す素晴らしいものだったと思います。

 後半の日本歌曲もなかなか良かったです。昨年は、私は彼の日本歌曲にはあまり感心しなかったのですが、本年は、随分よくなったと思います。日本歌曲は、作品の構造上、高音を響かせて聴き手をうならせるというわけには行かず、詩にどれだけ共感して、音楽を組み立てていけるかが大事だと思うのですが、そこに進歩があったのではないでしょうか。「落葉松」は昨年も歌ったのですが、情感の表現が昨年よりも魅力的だったと思います。

 カンツォーネも全体によかったのですが、特に「帰れソレントヘ」と「カタリ」に魅力があったと思います。

 アンコールは最初の三曲がオペラアリア。カヴァラドッシとマントヴァ公、そしてカラフのアリアを歌ったのですが、声の出し方を皆変えてきました。これは大したものです。スピントの利いたカヴァラドッシの後が、高音の澄んだリリコ・レジェーロの「女心の歌」、そして、「イナバウアー」の「誰も寝てはならぬ」ですから、リリック・テノールの守備範囲の上、下、真ん中を聴かせて、大変結構でした。

 そして、アンコールの隠し玉の隠し玉は、村上さんとそのお父様、お兄様の自称「日野三大テノール」によるオー・ソレ・ミオ。大受けでした。

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鑑賞日:20071011
入場料:
D席 7560円 4F 226

新国立劇場10周年記念フェスティバル公演
平成19年度(第62回)文化庁芸術祭主催公演

主催:文化庁芸術祭執行委員会/新国立劇場
協力:日本ワーグナー協会

オペラ3幕、日本語字幕付原語(ドイツ語)上演
ワーグナー作曲「タンホイザーとヴァルトブルクの歌合戦」Tannhauser und der Sangerkrieg auf Wartburg)
台本:リヒャルト・ワーグナー

会場:新国立劇場オペラ劇場

スタッフ

指 揮 フィリップ・オーギャン
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 三澤 洋史
演 出 ハンス=ペーター・レーマン
美術・衣装 オラフ・ツォンペック
照 明 立田 雄士
バレエ 牧阿佐美バレエ団
振 付 メメット・バルカン
チーフ音楽スタッフ 石坂 宏
舞台監督 大澤 裕

出 演

領主ヘルマン : ハンス・チャマー
タンホイザー : アルベルト・ポンネマ
ヴォルフラム : マーティン・ガントナー
ヴァルター : リチャード・ブルンナー
ビーテロルフ : 大島 幾雄
ハインリッヒ : 高橋 淳
ラインマル : 小鉄 和広
エリザベート : リカルダ・メルベート
ヴェーヌス : リンダ・ワトソン
牧童 : 吉原 圭子
4人の小姓 : 佐藤 泰子
  : 金子 寿栄
  : 中道 ゆう子
  : 熊井 千春

感想

ヴィブラートは嫌いです-新国立劇場10周年記念フェスティバル公演「タンホイザーとヴァルトブルクの歌合戦」を聴く。

 新国立劇場10周年記念フェスティバルの「タンホイザー」ということで、鳴り物入りの公演でしたが、一言で申し上げれば実に平凡な公演で、拍子抜けいたしました。本当のところは見所満載のはずなのですが、音楽が平凡なつくりになったため、面白さを味わうには到りませんでした。

 この平凡さの味わいは、多分指揮者のオーギャンの体質なのでしょうね。芸術家肌の指揮者ではなく、職人。カペルマイスターそのものという感じです。誠実な指揮ぶりだったと思いますし、無理をしないので破綻もない。でもスリリングでもない。ただひたすらお仕事をこなしているという印象をもちました。オーケストラも良くも悪しくも東フィルらしい演奏と申し上げたら宜しいのでしょうか。全体的に見れば、東フィルならばこの程度の演奏は当然してくれるだろうという水準に達していたと思います。もちろん、ホルンはもっと朗々と鳴り響いてほしいですし、全体的にはもう一つ緊迫感がほしいところですが、そんなに悪いものではなかったと思います。

 しかしながら、これがイタリアオペラであれば、オーケストラがどんな平凡な演奏をしようとも、歌手がしっかりしてさえすれば感動を容易に得ることができるのですが、ワーグナーは、オケのほとばしりがまずあって、そこに歌手が乗ってくるところに本来の楽しみがあるので、緊迫感の薄い演奏は、どうしても聴き手の琴線に触れないと思うのです。悪くはないのですが、満腹感に乏しい演奏でした。また、歌手陣が、指揮者の作った枠組みを壊すぐらいの歌唱ができる方でそろえれば違うのかもしれませんが、今回はそうではなかったようです。

 歌で一番よかったのは、合唱です。「タンホイザー」は有名な「大行進曲」をはじめ、合唱に名曲が多いことで有名ですが、合唱がはじまると、舞台が突然締まる。これはたいしたものです。よく響いておりますし、盛り上がりも十分。これぞドイツオペラの合唱、という感じがいたしました。でも合唱は脇役なのですよね。合唱がお話を進めていくわけではない。そこでソリストですが、これまたあまり満足できるものではなかったです。

 タイトルロールのアルベルト・ボンネマ(ヴォルフガング・ミルグラムのキャンセルのため代演)は、なかなか張りのある若々しい声で結構でした。リリックな雰囲気の強い声ですが、抜群の声量で、タンホイザーという役柄に合っていたのではないかと思います。ただ、声の強さによりかかって一本調子で押してくるところがあり、タンホイザーの細かな心の動きを表現できていたとは申し上げられない。もっと陰影を付けた表現があれば、なおよかったのではないかしら。

 一方、女声陣は私の好むものではありません。リカンダ・メルベートはバイロイトでもエリザベートを何度も歌っているそうですが、本当にあのエリザベートでバイロイトは満足しているのか?とにかく「歌の殿堂」で登場してから、ヴィブラートのかけっぱなし。強い声を出そうとしてスピントで押してくれば、ヴィブラートがかかるのは自然の理なのですが、逆に申し上げれば、ヴィブラートは、その歌手の限界を表示している。ヴィブラートを上手く利用すれば、非常に効果的なのですが、最初から最後までヴィブラートだというのは下品です。エリザベートの持つ内面の強さは表現できたのかもしれませんが、全体としては、エリザベートの持つ清純さを表現できたとはとても申し上げられず、ブラヴァをかける聴き手の気持が知れません。

 ヴェーヌスのリンダ・ワトソンは、メルベートと比較すればずっとよいと思います。ヴェーヌスの妖艶な雰囲気を出すことに成功していました。しかしながら、エリザベートとヴェーヌスとの声のバランスという点では、エリザベート:リリック、ヴェーヌス:ドラマティックという対比が上手く取れておらず(多分その責任は、メルベートにあるのでしょうが)、その点が私には不満でした。

 バランスという点では、歌合戦の部分のバランスはなかなかよかったです。タンホイザーが中心にヴォルフラム、ヴァルターが廻りを囲み、その廻りをヒーテロルフ、ラインマル、ハインリッヒが囲み、一番外側に合唱がいるというスタイルですが、タンホイザーの歌がきっちり浮き上がってきていましたからよかったのでしょう。

 その他の歌手陣でのガントナーもなかなか良いできでした。「夕星の歌」はブラボーでしょう。チャマーのヘルマンは、この中では声の飛びが今ひとつでした。日本人歌手は、大島幾雄が頑張っていましたが、このメンバーの中では、声量的に厳しいものがあったと思います。

 演出は読み替えのないオーソドックスなもの。新国立劇場の舞台装置のレベルを上手く利用したもののようで、序曲が始まると幕が開き、舞台がせりあがりながら組み立っていくところ、そしてその後のヴェーヌスブルグにおけるバレエと、これはスペクタクル、と思ったのですが、驚かされたのはそこだけで、あとは割と平凡でした。バレエは、きっちりあってはいませんでしたが、セクシャルな着ぐるみを着け、照明の効果もあって、妖艶な雰囲気を上手く出していたと思います。

 組立った舞台は、基本的に三幕とも同じものを使う。銀色の柱を動かして、歌の殿堂の柱に見立てたり、チューリンゲンの森の木に見立てたりします。照明を上手く使ってその見立てをやっているのですが、最初の驚きが強烈だったせいか、尻すぼみの印象が強くありました。

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鑑賞日:20071021
入場料:
2000円 自由席

平成19年度文化庁芸術団体人材育成支援事業

国立音楽大学大学院オペラ2007

主催:国立音楽大学

オペラ4幕、日本語字幕付原語(イタリア語)上演
モーツァルト作曲「フィガロの結婚」Le Nozze di Figaro)
台本:ロレンツォ・ダ・ポンテ

会場:国立音楽大学講堂

スタッフ

指 揮 岩村 力
管弦楽 国立音楽大学オーケストラ
合 唱 国立音楽大学合唱団
合唱指揮 大浦 智弘
演 出 中村 敬一
装 置 鈴木 俊朗
衣 裳 半田 悦子
照 明 山口 暁
振 付 中島 伸欣
舞台監督 コ山 弘毅

出 演

アルマヴィーヴァ伯爵 : 押川 浩士
アルマヴィーヴァ伯爵夫人 : 觀堂 恵理子
フィガロ : 北川 辰彦
スザンナ : 兼子 知恵(第1,2幕)/内山 実乃里(第3,4幕)
ケルビーノ : 湯川 亜也子
マルチェリーナ : 野本 真希恵
ドン・バルトロ : 菅原 浩史
バジリオ : 内之倉 勝哉
ドン・クルツィオ : 与儀 巧
アントニオ : 折河 宏治
バルバリーナ : 金丸 梢
花娘T : 山田 祥美
花娘U : 志田尾 恭子

感想

どこで名演が聴けるか分りません-国立音楽大学大学院オペラ2007「フィガロの結婚」を聴く。

 一言で申し上げれば名演でした。前回の国立音楽大学大学院オペラで「フィガロの結婚」を取り上げたのは2004年のことです。そのときも類まれなる名演だと思ったのですが、今回の上演もそのときに匹敵する聴き応えのある演奏でした。もちろん細かな技術的なことを申し上げれば、特に現役生は、とてもお金をいただけるようなレベルの歌唱ではありませんし、オーケストラもいろいろと問題がありますし、あげつらっていけばいくらでも瑕疵はあるのですが、全体としてみればそれらを凌駕する魅力がありました。

 まず岩本力の音楽作りが抜群によい。基本的にはプレストの颯爽とした演奏で、緩みが全くありません。今回の演奏は、普通はカットされる第4幕のマルチェリーナとバジリオのアリアも歌われるノーカットの演奏(それを実行しただけでも拍手ものです)だったのですが、それでいて、20分の休憩も入れて3時間30分程度で演奏するのですからその速さが分かります。とにかく無駄がなく、テンポがよいのです。指揮者のあまりの速さに第一幕はオーケストラがついていけない部分もありましたし、ためが十分にとれず、音に余裕がなかった部分も何箇所も見られたのですが、それでも途中からは、指揮者の速さにくらいついて行き、とにかく突っ走ったというところです。ミスも何もスピードに飛んでしまったというところかもしれません。

 全体としてスピード感を強く感じたのは、岩村の音楽作りにその大きな要因があるのは間違いないところですが、もうひとつ、つなぎ目が冗長でなかったところも大きいと思います。とにかくアンサンブルでもアリアでも、一呼吸置かずに、走る音楽列車に歌がどんどん飛び乗ってきます。これが気持がいい。音楽に萎えるところがないので、緊張が持続します。

 また、「フィガロの結婚」というある意味アンサンブル・オペラで大事なのは重唱におけるチームワークですが、同窓の強みかあるいは練習量が豊富だったのか、その両方だったのでしょうが、そこも抜群に良かったです。2004年の感想でも同様なことを書いたのですが、本年も「アンサンブルがとても綺麗です。細かいところまでじっくりと作り上げてきたことがよく分る歌唱で、大変結構でした。」と申し上げます。

 更にもう一つ誉めなければならないことは、ノーカットで演奏したことです。フィガロの結婚を私はこれまで10回以上実演で聴いておりますが、ノーカットで演奏したのを聴いたのは今回で二度目。私は、第四幕のマルチェリーナとバジリオのアリアが結構好きなので、いつも歌ってほしいなあ、と思っておりましたから、このカットがなかっただけでもとても嬉しいことです。

 とにかくアンサンブルの妙と、岩村の見事なプレストで、オペラとしては極めて軽快な演奏に仕上がっておりました。

 ついでに申し上げれば、演出もよい。舞台装置は国立音大の講堂の決して広いとは言えない舞台に柱だのドアだのを置く、どちらかといえばチープな感じが漂うものでした。しかしながら、細々とした演技は結構練られていたものでした。第二幕の伯爵夫人の部屋からケルビーノが逃げ出し、スザンナがクロゼットに入り込むシーンでの伯爵と伯爵夫人が演じたくすぐりは満場の爆笑を誘いましたが、こればかりではなく、ストーリーに密着した適切な人物配置は、オーソドックスながら、すっきりとした分りやすいもので、結構でした。

 以上述べたように、全体としては相当にレベルの高い名舞台でしたが、流石に歌手陣の個別の力量には問題がありました。はっきり申し上げて、現役大学院生の出演者の中で、オペラ歌手として十分に身を立てられるだけの素質と力量のある方はいらっしゃらなかった、というのが率直なところです。その中で、一幕と二幕のスザンナを演じた兼子知恵が比較的良好な歌唱を行っていました。

 伯爵夫人の觀堂恵理子は、声のタイプが本来伯爵夫人向けではないのではないかしら。むしろスザンナに向いていると思いました。一所懸命落ち着きを出そうとしているのですが、登場のアリア「愛の神よ、みそなわせ」も第三幕の「あの楽しい思い出はどこに」も歌の豊満感に乏しく思いました。それでもアリアはまだ注意がいっているのですが、どうでもよいつなぎの部分では、その注意が抜けてしまい、伯爵夫人の貫禄が途切れる部分があったのが残念です。

 後半のスザンナ内山実乃里は声量的に弱く、スザンナに期待される溌剌した雰囲気にも乏しさを覚えました。金丸梢のバルバリーナは悪いものではなかったのですが、自己主張もあまりないものであったように思います。唯一の男性現役である内之倉勝哉もまた、特別評価できるような歌唱ではありませんでした。

 一方、若手助演群はなかなかよいものでした。

 まず、フィガロ役の北川辰彦がよい。北川の声はバス・バリトンであり、私が好きなタイプのフィガロの声とは違うのですが、全体によくコントロールされ、溌剌としており、大変素晴らしいフィガロだったと思います。人を食ったような大胆な演技も歌唱もよく、今後注目していきたいバス・バリトンだと思いました。

 押川浩士のアルマヴィーヴァ伯爵は前回も聴きました。前回よりも歌唱自体は良くなっているように思いましたが、本年は、感情の表現と歌唱とが上手く切り離されていないように思いました。即ちドラマの中で、感情をあらわにする場面であっても、歌唱は上手くベルカントで響かせてほしいところですが、敢えて(ひょっとしたら無意識に?)地声を使って見せる。これはもちろん「あり」だと思いますが、大学院オペラでそこまでやらなくてもいいのに、と思いました。

 三年前フィガロを歌った菅原浩史は本年はバルトロ。残念ながら、バッソ・ブッフォの貫禄はありませんでした。若い方ですから、仕方がないのでしょう。

 ケルビーノを演じた湯川亜也子は長身で、いかにもケルビーノといった雰囲気。マルチェリーナの野本真希恵も悪くないのですが、折角のアリアは、もう少し、アジリダを上手に決めてほしかったと思いました。

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鑑賞日:20071023
入場料:
D席 5670円 4F 226

主催:新国立劇場

オペラ4幕、日本語字幕付原語(イタリア語)上演
モーツァルト作曲「フィガロの結婚」Le Nozze di Figaro)
台本:ロレンツォ・ダ・ポンテ

会場:新国立劇場オペラ劇場

スタッフ

指 揮 沼尻 竜典
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 三澤 洋史
演 出 アンドレアス・ホモキ
美 術 フランク・フィリップ・シュレスマン
衣 裳 メヒトヒルト・ザイペル
照 明 フランク・エヴァン
再演演出 田尾下 哲
舞台監督 佐藤 公紀

出 演

アルマヴィーヴァ伯爵 : デトレフ・ロート
アルマヴィーヴァ伯爵夫人 : マイヤ・コヴァレヴスカ
フィガロ : ロレンツォ・レガッツォ
スザンナ : 中村 恵理
ケルビーノ : 林 美智子
マルチェリーナ : 森山 京子
ドン・バルトロ : 佐藤 泰弘
バジリオ : 望月 哲也
ドン・クルツィオ : 加茂下 稔
アントニオ : 志村 文彦
バルバリーナ : 國光 ともこ
花娘T : 三浦 志保
花娘U : 小林 昌代

感想

頑張りすぎは野暮にも繋がる-新国立劇場「フィガロの結婚」を聴く。

 一日開けて、二つの「フィガロの結婚」の舞台を見たのですが、まず思ったのは、新国立劇場の水準の高さです。歌手個人の力量は、一部に例外はいるものの、大学院オペラとは比較にならないレベルですし、いつも批判されることの多い東京フィルの音だって、国立音大のオーケストラとは全然出来が違います。基本的技量でこれだけ大きな差があるにもかかわらず、私は、一昨日に聴いた国立音大の大学院オペラにものすごく惹かれるものがあります。

 部分部分では素晴らしいのに、全体としてはさほどでもない、ということがオペラではよくあります。今回の新国立劇場の公演もそのような上演でした。ただし、今回のフィガロは、「さほどでもない」と切って捨てるほど低水準の公演ではありませんでした。しかし、一昨日の「国立音大大学院オペラ」で得られた感動以上の感動が得られたとは残念ながら申し上げられない。あれだけ歌える方を集めたのですから、もっと高レベルの上演を期待したのですが、そのようにはなりませんでした。

 その理由は、歌手たちが頑張りすぎてドラマティックに走りすぎた、ということが一つ挙げられると思います。沼尻竜典の指揮は、格別ドラマティックな表現をつけた演奏ではなかったと思うのですが、テンポは結構遅いものでした。第四幕のマルチェリーナとバジリオのアリアをカットしたにもかかわらず、終演時間は午後10時を過ぎておりました。音楽が余裕を持ってゆったりと進むので、歌手たちが頑張る余裕ができる。そうすると、どうしても頑張ってしまう。結果として尻の重い音楽になってしまう。そのような構図なのでしょう。私は、「フィガロの結婚」に関して申し上げれば、もっとしゃきっとした辛口の演奏が好みなので、どうも今ひとつ野暮ったく感じてしまうのです。

 とはいえ、歌手個人の力量は皆高水準でした。まず脇役系から行くと、望月哲哉のドン・バジリオは抜群によかったです。バジリオをこんなに上手に歌った方は一寸思いつかない。バジリオといえば、典型的なキャラクター・テノールの役で、歌の上手さよりも個性の強さで勝負する、という雰囲気が強い役どころですが、望月クラスの正統派リリックテノールが歌うと、個性よりも歌の上手さが光って魅力的です。

 國光ともこのバルバリーナもよい。國光は中音に力があり、短調のバルバリーナのアリアをしっとりと歌いました。普通バルバリーナというと若いそれなりのソプラノの指定席という感じがあり、注目されがたいところがあるとおもうのですが、國光ぐらい上手な方が歌われると、バルバリーナの魅力が引き立ちます。

 森山京子のマルチェリーナ、志村文彦のアントニオもなかなかのものでした。マルチェリーナは四幕のアリアはカットされたものの、第一幕のスザンナとの二重唱、第三幕の重唱、ともに結構なものでした。

 結局のところ、私が気になるのは主要五役のバランスです。もちろんこれらの五人は個別に見れば、皆高水準の歌を歌われていたと思います。しかしながらオペラ全体の中での配置として適切だったか、という点になるといささか疑問です。その点でことに気になるのが、林美智子のケルビーノです。林は、ケルビーノの2つのアリアを情感を十分に込めて歌って見せました。歌だけを見れば、悪いものではないのかもしれませんが、その歌には少年ケルビーノではなく、もっと成熟した女性を感じさせるものでした。もっと軽快にすっきりと中性的に歌ったほうが、いたずらなお小姓、ケルビーノの性格を出せたのではないかと思います。

 スザンナと伯爵夫人、フィガロと伯爵は、共に逆転を感じました。スザンナはいわゆるスーブレットで、軽快な高音を持つソプラノの持ち役だと思います。一方、伯爵夫人は、ソプラノ・リリコ・スピントの中音がしっかりした方の役でしょう。今回の中村恵里とコヴァレヴスカとはそれが逆転しています。中村は、中音に密度がありよく響きますが、高音の飛び、軽快さは今ひとつ魅力にかけるところがあるように思います。一方、コヴァレヴスカは高音がよく響きます。

 そのため、スザンナは、落ち着いた雰囲気が強く、一方、伯爵夫人はヒステリックでメランコリックな性格が表面に出ている感じがしました。普通の公演では、伯爵夫人の諦念を感じさせることが多いのですが、今回は、ヒステリックな伯爵夫人を冷静なスザンナが慰めているような感じがして、それはそれで面白いものだったのですが、やっぱり「違うな」、という印象を持ちました。

 フィガロと伯爵の関係は、伯爵がバリトン、フィガロがバスの歌手が勤めました。これが、フィガロの結婚の本来の声の関係らしいのですが、私は、ハイバリトンのフィガロ、ドラマティックバリトンの伯爵という関係が好きです。バスの歌手がフィガロを歌うとどうしてもフィガロの反骨精神が前面に出すぎる感じがして、洒脱さが消えてしまうような感じがすることが多い。今回のフィガロ役レガッツオは、藤原歌劇団の「アルジェのイタリア女」でムスタファを歌って感心させられたバッソ・ブッフォですが、あのときの軽妙なアジリダはどこに行ってしまったのでしょうか。動きは軽快でしたが、歌は重さを感じさせられました。

 伯爵役のロートも声は魅力的です。第三幕のアリアは、非常に行き届いたもので、感情の爆発の見せ方も上手くよかったと思いました。しかしながら、フィガロとの関係を見ると、毒が足りない感じがするのです。

 結局いろいろな意味での逆転は、アンサンブルでの不調和を引き出します。個別の歌手の力量は大したことはないのに、アンサンブルとしては、トーンが揃って大変魅力的だった国立音大を聴いたばっかりだったので、個別の歌手の力量は段違いによかったにもかかわらず、アンサンブルとしては、トーンがまとまらなかった今回の新国立劇場公演は、何とも惜しい演奏でした。 

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鑑賞日:2007114
入場料:
B席 2000円 2F L29

主催:昭和音楽大学

2007昭和音楽大学オペラ公演

オペラ2幕、日本語字幕付原語(イタリア語)上演
ドニゼッティ作曲「ピーア・デ・トロメイ」Pia de Tolomei)
台本:サルヴァトーレ・カンラマーノ

日本初演

会場:テアトロジーリオショウワ

スタッフ

指 揮 星出 豊
管弦楽 昭和音楽大学管弦学部
合 唱 昭和音楽大学合唱団
合唱指揮 及川貢、山舘冬樹
演 出 マルコ・ガンディーニ
美 術 イタロ・グラッシ
衣 裳 シルヴィア・アイモニーノ
照 明 奥畑 康夫
舞台監督 渡邊 真二郎

出 演

ピーア : 伊藤 真友美
ネッロ : 党 主税
ギーノ : 小山 陽二郎
ロドリーゴ : 丹呉 由利子
ランベルト : 岡山 肇
ウバルト : 冨田 裕貴
ピエロ : 小田桐 貴樹
ビーチェ : 道満 百代
牢番 : 三浦 義孝

感想

清新なドニゼッティ-2007昭和音楽大学オペラ公演「ピーア・デ・トロメイ」を聴く。

 恥ずかしながら、私はドニゼッティに『ピーア・デ・トロメイ』という作品があることを知りませんでした。今回昭和音大オペラでこの作品を取り上げることを知り、手持ちの音楽事典等を一通り眺めてみたのですが、ほとんどが掲載されていない。一方ネットで見てみると、最近はDVDが発売されているようで、少しはポピュラーになりつつあるのかもしれません。ちなみにタイトルを日本語に訳すと「トロメイ家のピーア」となるそうで、ピーアはこのオペラの主人公の女性の名前。13世紀のイタリアに実在した人物だそうで、歴史的には新しい妻を望んだ夫により惨殺されたそうです。ドニゼッティのこのオペラでは、夫に不貞を疑われて殺されるのですが、悲劇ではあるものの全体の味わいは非常にロマンティックな作品です。

 物語の背景を簡単に記載しておきましょう。プログラムに拠れば、『トスカーナ地方マレンマの領主ネッロ・デッラ・ピストラは、シエナのトロメイ家のピーアを妻に迎えていた。政略結婚にもかかわらず二人は愛し合っていたが、ギベリン党(皇帝派)とグエルフィ党(教皇派)の争いが悪化し、党派を異なる両家は再び戦争に巻き込まれた。ネッロは愛妻ピーアの弟であるロドリーゴを捕らえて監獄に入れた。ピーアは夫と弟との戦いに苦しむ』とあります。この背景の下、オペラは始まります。ネッロの従兄弟ギーノは、ピーアに横恋慕を押し、不倫の情熱をたぎらせています。しかし、貞節の妻ピーアは、ギーノの誘いを断ります。それを他にいい男がいるに違いないと邪推したギーノは、そのことをネッロに告げます。一方、ピーアは牢屋に閉じ込められたロドリーゴを助け出すべく牢番を買収し、弟を逃がします。弟は姉のところを訪ねますが、そこを政敵のネッロが踏み込み、間一髪でロドリーゴは逃げ出します。それを間男であると思ったネッロは、不貞の妻をマレンマの牢獄に繋ぎます。ネッロは妻を毒殺するように命じますが、その後、妻が会っていたのが弟であることを知り、妻を助けようとしますが、時既に遅し。ピーアは毒を飲んだ後でした。瀕死のピーアは夫と弟の仲直りを訴えながら、息絶えます。

 この知られざる作品が昭和音大で取り上げられたのは、五十嵐喜芳学長が、2005年のファニーチェ座公演をお聴きになり、その美しいメロディーに心を奪われ、日本で上演しようと今回の指揮者・星出豊に相談したのがきっかけだそうです。1837年に初演されているのですが、1860年以降はヨーロッパでも取り上げられることはなくなり、2005年にヴェネツィアで批判校訂版による再演が行われるまで145年も眠っていた作品らしいです。それにしても五十嵐のこのようなプロデューサー的才能は本当に素晴らしいと思います。1980年以降に行われた日本における西洋オペラの上演の新たな試みはほとんど五十嵐が行ったわけですが、『ピーア・デ・トロメイ』のような作品を日本に持ってくるところを見ても、その能力はまだ一流に思えます。

 それにしてもドニゼッティというか、ベルカント・オペラはいいですね。このオペラも作り(構成)としては、ナンバーオペラの定石に乗っていて、ドニゼッティの晩年の作品の割には、保守的な印象を強く感じましたが、それだけに声の競演が素敵で楽しめました。若手中心のグループでしたので、全体に声が若々しく清新なイメージを強く持ちました。オペラも悲劇とは言いながら、取り立てて残酷な作品ではありませんので、このような清新な纏め方はひとつの行きかただと思います。また、全体によく練習されたようで(そうでなければ、日本初演物などできるはずがありません)、全体としてのまとまりも良かったと思います。

 歌手陣個別では、まず、小山陽二郎のギーノがよい。最近小山の演奏でいい印象だったのはなかったような気がしますが、久しぶりで、小山らしい伸びやかな歌を聴けたと思います。また、党主税のネッロもよかったです。党は大柄で押し出しも堂々としているので、ネッロのような王様系の役柄が似合っているのですが、歌も威厳がありよかったのではないでしょうか。

 一方女声陣は、男性陣と比べると今ひとつの感じです。伊藤真友美は2005年に聴いた「夢遊病の女」のアミーナよりはよいと思いますが、そのとき私が書いた「声の線が細く、軽くて芯のある声にならない」という印象は変わりません。技術的な見所はそれなりにクリアしていると思いますし、会場がテアトロジーリオショウワであるということもあって、声が届かないという感じがあったわけではないのですが、今回も線の細い印象を強く感じました。ピーアは非常に芯の強い女性なので、その芯の強さを歌唱でどう表現するかが鍵だと思うのですが、伊藤の歌唱は、ピーアの強さを表現するには到らなかったと思います。

 ロドリーゴの丹呉由利子も頑張っていましたが、ズボン役の「落ち着いた激しさ」を表現することはできていなかったように思います。その他の脇役勢では、小田桐貴樹のピエロがよかったです。

 以上、歌手個々人に関しては必ずしも満足できるわけではないのですが、全体としては良くまとまった演奏でした。これは、星出豊の貢献度が大きいのでしょう。初めて振る作品であるはずなのに、自分の掌中に入れた堂々かつ軽快な指揮ぶりで、大変結構だったと思いました。

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鑑賞日:2007116
入場料:自由席 
1800円 

レチターレ 第三回公演

王様の見る夢〜アリアからアリアへ・・・心を紡ぐ言葉

ピアノ伴奏:瀧田亮子、野口幸太

照明:稲葉直人(ASG)

企画・演出・構成:前川クニコ

会場:角筈区民ホール

プログラム

ボロディン オペラ「イーゴリ公」より イーゴリ公のアリア「疲れ果てた魂に夢も休息もなく」 中村 靖
レオンカヴァッロ オペラ「道化師」より ネッダのアリア「鳥の歌」 斎藤 みほろ
オッフェンバック オペラ「ホフマン物語」より オランピアのアリア「森の小鳥は憧れを歌う」 稲葉 美貴
ベッリーニ オペラ「カプレーティとモンテッキ」より ジュリエッタのアリア「ああ、幾たびか」 宮本 彩音
モーツァルト オペラ「ドン・ジョヴァンニ」より ゼルリーナのアリア「ぶってよ、マゼット」 渡辺 文子
ドニゼッティ オペラ「アンナ・ボレーナ」より アンナのアリア「私を懐かしい故郷に連れていって」 宗心 裕子
モーツァルト オペラ「フィガロの結婚」より フィガロのアリア「一寸、その目を開けてみろ」 平岡 基
休憩  
グノー オペラ「ファウスト」より マルガレーテのアリア「トゥーレの王様〜宝石の歌」 末吉 朋子
ドニゼッティ オペラ「リタ」より リタのアリア「この清潔で愛らしい宿屋」 大内 杏奈
モーツァルト オペラ「フィガロの結婚」より 伯爵のアリア「もう、訴訟に勝っただと」 東 玄彦
モーツァルト オペラ「フィガロの結婚」より 伯爵夫人のアリア「あの楽しい思い出はどこに」 赤根 純子
ワーグナー オペラ「タンホイザー」より ウォルフラムのアリア「夕星の歌」 中村 靖

感想

若手歌手の頑張りを楽しむ-レチターレ第三回公演「王様の見る夢〜アリアからアリアへ・・・心を紡ぐ言葉」を聴く

 オペラ・トレーナーの前川クニコが主催する若手歌手の研修発表会、レチターレの第三回公演を聴いてまいりました。私は、基本的に若手の歌を聴くのが好きで、今回の演奏会も楽しんで聴いたのですが、客観的に見て、いろいろと課題の見える演奏会だったことは疑いありません。

 演奏の形態は、順番にただ歌うのではありませんでした。一種のパスティッチョと申し上げても良いかもしれません。舞台の向かって左手にピアノ、向かって右手に椅子があり、王様が座っています。中村靖が王様を演じます。王様はイーゴリ公のアリア「疲れ果てた魂に夢も休息もなく」と歌って、眠ってしまいます。そこで夢を見ます。その夢の中に出てくるオペラのヒロインたち、王様は夢の中で彼女たちを捕まえようとします。彼女たちは捕まることはなく、次から次へと王様の前を通り過ぎてゆくのです。最後に「夕星の歌」で、王様は夢の中のヒロインたちを回想するのです。

 王様は舞台に出ずっぱり。歌手たちは、アリアをそれぞれフルで一曲歌いますが、全体が一つの「王様の夢」というドラマですから、交代の待ち時間がなく、12曲のアリアが演奏されながら、正味80分ほどで終了しました。王様は主人公であると同時に黒子です。アリアを歌う歌手はドレスを着て登場しますが、彼女たちも含めて、歌わないときは原則黒いシャツに黒いスラックス又はスカートです。つまり、前川は、全体を一つのお話として構築した上で、アリアを歌う歌手たちにスポットライトをあてようとしたのでしょう。

 それが成功していたか、と申し上げればかなり厳しいところです。演出の全体の意図はそこそこ分るのですが、つなぎの部分で歌手たちが言う台詞の多くは聞き取りにくく、細かいところまではっきりと理解することはできませんでした。

 なお、歌手たちのアリアの演奏のレベルですが、厳しく申し上げれば、2、3人の例外を除けば、とてもプロのオペラ歌手を目指せる位置にないというのが本当のところでしょう。皆さん、各一曲のオペラアリアを歌うだけですから、その一曲は完璧に歌いこなしてほしい、と思います。しかしながら、完璧どころかほとんどアップアップの方もいらっしゃいましたし、お金を払ってもらって聴かせるなんておこがましい、というレベルの方も少なからずいらっしゃいました。

 その中でよかったとのは、宮本彩音、宗心裕子、末吉朋子の三人だったと思います。特に末吉の「宝石の歌」は、全体にバランスがよく、細部までよく注意した聴き応えのある歌でした。なお、王様、中村靖は、正直申し上げて大して魅力的な歌唱ではないのですが、舞台経験が豊富なところ、よく分かりました。上手く見せるのですね。そつなくこなしているという感じがいたしました。

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鑑賞日:2007119
入場料:
D席 2950円 4F C137

主催:NHK交響楽団

NHK交響楽団第1604回定期演奏会

オペラ4幕、日本語字幕付原語(イタリア語)上演、演奏会形式
プッチーニ作曲「ラ・ボエーム」La Boheme)
台本:ジュゼッペ・ジャコーザ/ルイージ・イッリカ

会場:NHKホール

詳細はこちら

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観劇日:2007年1111
入場料:
C席 7000円 2F G34

平成19年度文化庁芸術拠点形成事業

NISSAY OPERA 2007

主催:日生劇場((財)ニッセイ文化振興財団)

オペラ2幕、日本語字幕付原語(イタリア語)上演
ベッリーニ作曲「カプレーティ家とモンテッキ家」I Capuleti e i Montecchi
台本:フェリーチェ・ロマーニ

会場 日生劇場

スタッフ

指 揮 城谷 正博
管弦楽 新日本フィルハーモニー交響楽団
合 唱 C.ヴィレッジシンガーズ
合唱指揮 田中 信昭
演 出 田尾下 哲
装 置 増田 寿子
衣 裳 スティーヴ・アルメリーギ
照 明 沢田 祐二
ファイティング振付 光瀬 名瑠子
ドラマツゥング 中村 康裕
映像監督 古木 聡
舞台監督 幸泉 浩司

出 演

ジュリエッタ 津山 恵
ロメオ 加賀 ひとみ
テバルド 樋口 達哉
カペッリオ 鹿野 由之
ロレンツォ 須藤 慎吾

感 想

ベルカントオペラは楽しい−日生オペラ2007「カプレーティ家とモンテッキ家」を聴く

 ロッシーニ、ドニゼッティ、ベッリーニの作品、即ち、いわゆるベル・カント・オペラは名作が目白押しだと思うのですが、「セヴィリアの理髪師」や「ルチア」を別にすれば、あまり演奏される機会がないのが実情です。「カプレーティ家とモンテッキ家」も美しいメロディに満ち溢れた名曲なのですが、日本で演奏されるのは、2002年に藤原歌劇団が取り上げて以来五年ぶりのことです。五年前の藤原の上演は、極めて上質のもので、デヴィーアのジュリエッタとガナッシのロメオというコンビで、特にデヴィーアの素晴らしさに感動したことを覚えています。

 そのときの感動以上の感動を得られたかと訊かれれば、イエスとはなかなか答えにくいのですが、当初考えていたよりは、遥かに良い、よく練られた舞台だったと思います。思いがけない成果でした。ロメオとジュリエッタの二人がまず敢闘しておりました。

 津山恵は、ドイツオペラの人というイメージがあり、また、イタリア・オペラにしてもリリコ・スピントの持ち役を主に歌っていることから、リリコ・レジェーロの持ち役であるジュリエッタをきっちり歌えるのかどうか、危惧の念を持って劇場に伺ったのですが、全くの杞憂でした。中音部の密度がしっかりした歌唱で、ジュリエッタを芯の強い女性として描くことに成功していたと思います。登場のアリアである「ああ幾たびか」は、艶やかでかつしっとりした情感の込められた結構なもの。その後のロメオとの二重唱も魅力的でした。表現の深みという点では、デヴィーアのレベルでは到底なかったと思いますが、滑らかな流れという点では、デヴィーアを上回っていたかも知れません。第二幕のアリアもなかなかのものでした。

 加賀ひとみのロメオも秀逸。宝塚の男役のようで、見た目も素敵でした。ジュリエッタも宝塚の女役のような雰囲気がありましたので、そこがまずよいと思いました。歌唱も良好。第一幕のカヴァティーナが魅力的で、ジュリエッタとの二重唱もよかったと思います。第一幕フィナーレのストレッタも、極端に駆け足になることもなく、ロメオとジュリエッタの魅力がよく出ていました。また、第二幕フィナーレの詠嘆も良かったと思います。

 樋口達哉のテバルトもよい。冒頭のアリアも、ロメオとの二重唱も魅力的でした。樋口は、このようなベルカントオペラのテノール役が今よく似合うような声質であるということかもしれません。もう一人、須藤慎吾のロレンツォも悪くありませんでした。鹿野由之のカペッリオは、少し頑張りすぎ。もう少し抑えた表現のほうがよかったのではないかしら。

 以上、声の競演という意味では、全体のレベルが高く、又、日生劇場の音響のよさも相俟って、非常に聴き応えがありました。ベルカントオペラの楽しさを満喫させてくれた演奏だったと思います。

 しかしながら、全体としてみたとき、感動させられる舞台だったかどうかと言えば、今ひとつ疑問が残ります。いい演奏であったことは間違いないのですが、聴き手の心を鷲掴みするような魅力には欠けていたと申し上げるしかない。これは、オーケストラが単調に演奏したことの裏返しではないでしょうか。城谷正博の音楽作りはどちらかといえば一本調子だったと思います。最初は軽快な調子で「悪くないな」と思ったのですが、第二幕はだれて来たようでした。

 田尾下哲の演出は、「カプレーティとモンテッキ」の音楽に不案内な人でも分るように、シェイクスピアの「ロメオとジュリエット」を元にいろいろな追加が行われ、オペラに描かれないエピソードは、スライドを映写して見せたり工夫を行っており、好感をもてました。

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観劇日:2007年1117
入場料:
B席 6000円 2514

平成19年度文化庁芸術創造活動重点支援事業

東京室内歌劇場第39期第117回定期公演

主催:東京室内歌劇場

オペレッタ2幕、日本語訳詞上演
シドニー・ジョーンズ作曲「ザ・芸者」The Geisha
台本:オーウェン・ホール
作詞:ハリー・グリーンバンク
日本語台本・訳詞:長木 誠司

会場 ル・テアトル銀座

スタッフ

指 揮 神田 慶一
管弦楽 Orchestre du Poisson Bleu
合 唱 東京室内歌劇場合唱団
演 出 神田 慶一
美 術 八木 清市
衣 裳 桜井 麗
照 明 大石真一郎
振 付 小仲井宏美
舞台監督 岩戸 堅一

出 演

オ・ミモザ(芸者頭) 薗田 真木子
ジュリエット(フランス人通訳) 丹藤 麻砂美
フェアファックス大尉(イギリス人将校) 杉野 正隆
モリー(フェアファックスの婚約者) 三津山 和代
ウン・ヒ(中国人のお茶屋の経営者) 太田 実
イマリ公爵(茶屋の地元の有力者) 松本 進
コンスタンス夫人(イギリス人夫人) 上山 美恵子
カニングハム(フェアファックスの同僚) 和田 ひでき
グリムストン(フェアファックスの同僚) 馬場 眞二
スタンリー(イギリス人将校生) 松尾 順二
タケミニ(イマリの部下・警察官) 小畑 秀樹
カタナ(オ・ミモザの恋人) 大川 信之
オキク(茶屋の芸者) 牧野 順子
スミレ(茶屋の芸者) 浅野 美帆子
オハナ(茶屋の芸者) 中村 裕美
キンコト(茶屋の芸者) 広瀬 由紀子
少年ジャック 坂本 隆宏
少女タンポポ 佐多 明理

感 想

オペレッタの難しさ−東京室内歌劇場「ザ・芸者」を聴く

 19世紀末から20世紀初めにかけて、ヨーロッパにはジャポニズムのブームが来ました。有名なのは印象派の絵画に対する浮世絵の影響ですが、オペラの世界でも異国趣味の対象として日本が選ばれるようになりました。その一番有名なものは、プッチーニのオペラ『蝶々夫人』ですが、それ以外にも、マスカーニの『イリス』であるとか、サリヴァンの『ミカド』であるとかいくつかたまに演奏される作品があります。シドニー・ジョーンズの『ザ・芸者』は、『ミカド』と『蝶々夫人』の間に位置する作品ですが、演奏される機会はあまりなく、日本では、名古屋の大須オペラが2000年にとり上げたのが、唯一の事例だと思います。

 大須オペラがどのような演奏をしたかは聴いていないので分らないのですが、あの団体のことですからそれなりにデフォルメして、迫力のある舞台に仕上げたのではないかという気が致します。今回の東京室内歌劇場の舞台は、舞台それ自体の面白さを追求するよりも、19世紀末のイギリス人が考えた「日本」というものをどのように評価するか、という学究的観点がまずあった様な気がします。多分音楽はオリジナルに忠実で、舞台もオリジナルをどう反映するかに重点が置かれているような気が致しました。

 それはもちろん悪いことではないのでしょうが、オペレッタですし、ストーリーも「おバカ」の一言で済みますから、もう少し、全体的にくだけた感じがあってもよいのではないかという気がしました。全体に舞台が硬く、どこか冷ややかな感じがありました。これは、演出家が飯塚励生から神田慶一に変更になったことが影響しているのでしょうか。更に申し上げれば、演技が全体的に硬く、演劇としてみれば、多くの方は喜劇をやっていると申し上げられるようなレベルではありません。『ザ・芸者』がどのような作品であるかを紹介することはできていると思うのですが、その作品を消化して、自分たちのものとして出してはいなかったように思います。

 この作品を紹介する為だとは思いますが、地の台詞が長くて、全体に冗長です。地の台詞を省略して、もっと畳み掛けるように演奏すれば、もっと面白さが凝縮されるような気が致しました。更に申し上げれば、演技が、日本語の歌詞がはっきり聞き取れないのも不満です。台詞はまだしも、歌詞の部分になると、何と歌っているのかよく分からない方が何人かいらっしゃいました。このように人口に膾炙していない作品を上演する場合は、字幕を付けるなど、何らかの工夫が必要であると思いました。

 全体的には、相当改善の必要があると思いますが、個別には光るところがいくつもありました。

 まず、タイトル役の薗田真木子がよい。演技はともかく歌唱はとても魅力的でした。二つのアリアがどちらも素敵でしたし、声の飛びもしっかりしていました。三津山和代のモリーもなかなか良い。モリーと芸者衆で歌う「ちょんきな」は、親しみやすさで随一の曲でした。杉野正隆のフェアファックスもしっかり聞かせてくれました。松本進のイマリ伯爵は、いわゆるブッフォ役であり、歌はあまりないのですが、存在感がありました。その一寸ずれた理不尽さが楽しく思えました。そのほか、存在感という意味では、太田実のウン・ヒが面白く思いました。

 また、演出も「日本風」というよりも、当時のイギリス人が考えたに違いない「日本」を意識したようで、衣装は着物風ドレス、イマリ伯爵の家は中国風、そういうところも面白く思いました。

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鑑賞日:2007年1123
入場料:5000円、D席 2FK22

主催:財団法人東京二期会
共催:日生劇場((財)ニッセイ文化振興財団)
平成19年度文化庁芸術団体重点支援事業

東京二期会オペラ劇場公演

オペレッタ2幕、日本語訳詞上演(字幕なし)
オッフェンバック作曲「天国と地獄(地獄のオルフェウス)」Orphee aux Enfers)
台本:リュドヴィック・アレヴィ/エクトル・クレーミュ
日本語原訳詞:小林一夫/台詞:佐藤信

会 場 日生劇場

指揮 阪 哲朗
演出・美術 佐藤 信
衣裳 櫻井 利彦
照明 黒尾 芳昭
映像 吉本 直紀
舞台監督 大仁田 雅彦
合唱指揮 松井 和彦
合唱 二期会合唱団/二期会オペラ研修所第53回予科生
管弦楽 東京交響楽団

出 演

ジュピター(神々の王) 田辺 とおる
オルフェウス(音楽院長) 大野 徹也
ユーリディス(オルフェウスの妻) 腰越 満美
アリステ=プルート(地獄の王) 青柳 素晴
世論 押見 朋子
キューピット(恋の神) 里中 トヨコ
ジュノー(ジュピターの妻) 佐々木 弐奈
ダイアナ(狩猟の女神) 新垣 有希子
ミネルヴァ(賢明の女神) 松井 美路子
ヴィーナス(愛と美の女神) 翠 千賀
ハンス・スティックス(プルートの召使) 大野 光彦
マーキュリー(神々の使者) 中原 雅彦
マルス(戦いの神) 北川 辰彦
バッカス(酒の神) 境 信博

感 想

二期会の伝統が隠し味−東京二期会オペラ劇場公演「天国と地獄」を聴く

 何の根拠もないのですが、私は、長いこと、二期会といえば「オペレッタの団体」と思っていた節があります。これは多分、オペラの生を見るなんて想像もしなかった子供の頃、楽しんでみていたクラシック啓蒙のテレビ番組(「題名のない音楽会」だったのか「オーケストラがやってきた」だったのか、それともそのほかの番組だったのか、今になってみれば知る由もないのですが、)立川清登や、島田祐子が登場して、オペレッタの一節を歌ってみせる、などというのがあったからかもしれません。また、NHKのニューイヤーオペラコンサートでもオペレッタの曲を取り上げるのがかつては定番で、その曲を担当するのは、多くの場合二期会系の歌手だったということも関係するのかもしれません。

 また、私の初二期会もオペレッタでした。1988年東京文化会館における「メリー・ウィドウ」で、佐藤征一郎のツェータの演技と、斎藤昌子のヴァランシェンヌにとても感心した覚えがあります。生意気盛りだった20代で、その頃は、外来オペラに目を向けていて、日本人オペラにはあまり関心がなかったのですが、二期会の「こうもり」と「メリー・ウィドウ」は何度も見ました。私はその間、ウィーン国立歌劇場の「こうもり」(現地でも見たことがありますし、来日公演も見ました)、やウィーンフォルクスオーパーの「こうもり」、「メリー・ウィドゥ」なども拝見しましたが、二期会のオペレッタは、本場ものとは一寸違った味わいがあって(日本語上演のローカルな味わいということかもしれませんがよく分かりません)、そこが何となくしっくり来るのです。結局私は二期会オペレッタで、オペレッタの楽しみを知ったということなのでしょう。

 閑話休題。で、今回の「天国と地獄」は、二期会のオペレッタの伝統を感じさせるなかなかの名舞台でした。本年は、夏に東京オペラプロデュースがこの作品を取り上げたのですが、今回の二期会の上演を見ると、その総合力の差は歴然としています。二期会の力量は流石に高いと思いました。オペレッタは、個別の歌の良し悪しはもちろん大事なのでしょうが、それ以上にストーリーの流れがどれだけ自然か、登場人物のキャラクターがどれだけ立っているかが重要です。ストーリーの流れと音楽の流れとが上手くシンクロするとき、スピード感が出、面白さが更に増加するのでしょう。

 今回は、ストーリーの流れと音楽の流れとがシンクロしたこと、登場人物のキャラクターが立っていたことの二点がまずよかったことだと思います。

 阪哲朗の指揮がよい。さくさくと処理する小気味のよいもので、音楽の流れが一貫してスピード感がありました。台詞で音楽が止まる部分であっても、舞台の流れが、音楽の流れと大きく異ならないので、台詞と音楽とのつながりが自然で重たくならないところがよいです。東京交響楽団の演奏も軽快で結構でした。オーケストラに関しては、コンサートミストレスの大谷康子のソロが良い。ユーリディスがののしるオルフェウスの下手なヴァイオリン演奏の実際の演奏をするのですが、これが又チャーミング。この演奏でオルフェウスがののしられるのですから、冷え切った夫婦とは恐ろしいものです。

 キャラクターの点から言えば、田辺とおるのジュピターがよい。田辺は自称キャラクター・バリトン(略してキャラバリ)と称していますが、面目躍如。偉大なる神々の王であるはずが、単なる助平なおっさん、という役柄を上手に演じていました。この作品は、一幕第二場以降は、ジュピターが軸に舞台が回っていくので、ジュピターがしっかりしているかどうかで印象が相当違ってくるのですが、田辺は存在感をしっかり示しておりました。かつて佐藤征一郎のツェータなどは歩くだけで、「困った感」が出ていて面白かったのですが、田辺もどこか存在自身が可笑しいところがあって、楽しめました。

 田辺のジュピターに対抗する青柳素晴のプルートもよい。アリステとして登場した最初のシャンソンは、一寸音程が整わなかったようですが、プルートとなりキャラクターが重要になってくるとこの方も面目躍如。チャイナ服に辮髪の「謎の中国人」風の衣装で、坊主頭で髭もじゃのジュピターに対抗します。でもジュピターにはかなわずふてくされる。そういった一つ一つが、キャラクターテノールらしい演技で面白く見ました。

 キャラが立っている、という点では、押見朋子の世論も大事です。押見自身はそれほどキャラクターが強い方という印象はあまりなかったのですが、ふくよかな肉体をスーツに包み、メガネをかけてオルフェウスに口うるさく言うのは、いかにも職場のオールドミスです。世論にああ言われたら、オルフェウスも動かざるを得ないでしょうね。

 こういったキャラクターの濃い枠組みの中で動いたその他の面々ですが、まず大野徹也のオルフェウス。軽薄なところがいいです。大野といえばワーグナー、というイメージがあるのですが、オペレッタも得意な方で、歌よりも演技の可笑しさで楽しませてくれました。

 腰越満美のユーリディス。細かいミスはあったようですが、流石のプリマドンナでした。上手です。腰越満美はこれまで高音の得意なソプラノという印象ではなく、ユーリディスをきっちり歌えるかどうか気になったのですが、全くの杞憂でした。登場のアリアに相当するシャンソン、有名な「後悔のクプレ」、上手です。腰越は演技も上手です。台詞回しも聴きやすく、大変結構なヒロインでした。

 そのほか里中トヨコ、翠千賀、松井美路子といった高音女声軍団は、声量的に気になる方もいらっしゃいましたが、高い音でジュピターを責めるところなど、楽しんで聴きました。また、佐々木弐奈のジュノーは、流石に二期会オペレッタのベテランです。歌う量は少ないのですが、存在感がありました。

 佐藤信の演出は、無国籍コスモポリタン的舞台とでも申し上げたらよいのでしょうか。最初ユーリディスは和服の中振袖で登場。プルートにさらわれたあとは、チャイナドレスで登場し、最後の地獄の大宴会のシーンでは、ドレスで登場と日中欧のはや変りですし、オリンポスの神々は水兵服のような衣装。天国も地獄も世界中どこにでもある、というのが演出家のメッセージだったのでしょうか。

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鑑賞日:20071128
入場料:
D席 3780円 4F 331

主催:新国立劇場

オペラ3幕、日本語字幕付原語(フランス語)上演
ビゼー作曲「カルメン」Carmen)
台本:アンリ・メイヤック/リュドヴィック・アレヴィ

会場:新国立劇場オペラ劇場

スタッフ

指 揮 ジャック・デラコート
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 三澤 洋史
児童合唱 杉並児童合唱団
児童合唱指揮 志水 隆/津嶋 麻子
演 出 鵜山 仁
美 術 島 次郎
衣 裳 緒方 規矩子
照 明 沢田 祐二
振 付 石井 潤
ファイティング・ディレクター 渥美 博
舞台監督 菅原 多敢弘

出 演

カルメン   マリア・ホセ・モンティエル
ドン・ホセ   ゾラン・トドロヴィッチ
エスカミーリョ   アレキサンダー・ヴィノグラードフ
ミカエラ   大村 博美
スニガ   斉木 健詞
モラレス   星野 淳
ダンカイロ   今尾 滋
レメンダード   倉石 真
フラスキータ   平井 香織
メルセデス   山下 牧子

感想

バランスの問題-新国立劇場「カルメン」を聴く。

 世界で最も有名なオペラ作品は「カルメン」ではないかと思います。私は積極的なカルメン好きではないのですが、年に一回ぐらいは聴いているように思いますし、またオペラの実演など考えもしなかった頃からいろいろな録音を聴いてきました。その経験から申し上げると、カルメンの表現法には大きく二つのパターンがあるように思います。一つは妖艶悪女型ですね。ムンムンするお色気でホセをたぶらかす、というもので、典型的なのはアグネス・バルツァ。もう一つは、自立した女性としての表現、ベルガンサが創唱したやり方ですね。今回のモンティエルは、典型的ではないけれども後者のカルメンを目指していました。同じスペイン人ということで、ベルガンサの継承者を目指すのでしょうか。

 当初このカルメン役は、マリーナ・ドマシェンコが予定されていました。ドマシェンコは、当代随一のカルメンうたいとの呼び声も高いそうで(私は聴いたことがないので分りません)がキャンセルになり、スペインの新進のカルメン歌いモンティエルに変わりました。モンティエルは長身・美貌(というよりも派手な顔立ち)のメッゾで、歌い方や雰囲気は、カルメンのイメージよりもズボン役、ケルビーノやオクタヴィアンに向いているように思いました。歌はしっかりしているのですが、基本的に線が細く、肉付きが足りない感じです。

 登場のアリアである「ハバネラ」は、正確だけれどもあまりにすっきりしすぎていて、カルメンの個性が十分表出されていないきらいがありましたし、「セギリーデャ」も上手なのですが、深みが今ひとつ乏しく、ホセを誘惑する説得力に欠けていたと思います。とにかく歌唱技術のレベルは高く、小気味よくばしばし決まるのですが、肉付きが薄いため、コクがないのですね。けれんが無さ過ぎる。正直なところ物足りないです。典型的な「感心させられるけれど感動させられない歌唱」でした。ベルガンサのような知的なカルメンは、多分妖艶なカルメンを表現するより遥かに難しいのでしょうね。そういうモンティエルの歌唱でしたが、終幕のホセとの二重唱の緊迫感の盛上げ方はよかったと思います。そこのドラマティックな表現にブラヴァをさし上げましょう。

 さて、このモンティエルの歌唱を基準に見ると、他の歌い手のバランスが今ひとつ合っていなかったのが気になります。すっきりカルメンなのですから、ホセもミカエラもすっきり系がよかったと思うのですが、実際はそうではありませんでした。トドロヴィッチは、その持っている声があまり美しくないのが気になりました。表現はどちらかといえばリアリズムの強いものでした。「花の歌」などは、もっときれいに歌ったほうが情感が出ると思いますし、今回のカルメンの歌唱に似合います。ホセの歌唱がカルメンと比較して線が太いのは、良いバランスとは言えないように思います。

 大村博美のミカエラはもっとバランスが悪い。これは完全にミスキャストと申し上げるべきでしょう。ミカエラはこのオペラの冒頭に登場するわけですが、声がこもってすっきりせず、ミカエラの娘らしさの表現に失敗しました。第3幕のアリアは技術的には流石の歌なのですが、やはり重いのです。このオペラでカルメンとミカエラは対照的に描かれます。即ちカルメンの妖艶とミカエラの清純ですね。しかし、今回のモンティエルのすっきりしたメゾと大村のスピントの利いた声は、比較的近い印象があって、全然対照的ではありません。2004年のカルメンのときもミカエラを大村が歌って、私は批判的に評価したのですが、印象は変わりません。本来ミカエラあれば、もっとむいた歌手が沢山いると思うのですが、例えば、フラスキータを歌った平井香織のほうが、大村よりはミカエラにふさわしいと思います。

 表現が重いという点で申し上げれば、ジャック・デラコートの指揮ぶりも重たいものでした。この作品のリズムや今回のタイトルロールの特性から見て、もっと軽快な指揮のほうがよく仕上がっただろうと思うのですが、結構じっくりと歌わせる指揮ぶりで、作品全体が鈍重な印象になったのは否めません。このテンポに見合ったカルメンであればよかったのですが、モンティエルには似合っていないと思いました。結局、代役が入ったことで、全体のバランスが崩れたということなのでしょうか。

 その他の歌手ですが、ヴィノグラーノフのエスカミーリョはよかったと思います。日本人歌手では、まずスニガの斉木健嗣を誉めなければなりません。豊かなバスで、響きもきれいですし、声もよく飛びます。存在感もしっかりしていました。今回一番の収穫は、斉木の声を聴けたことかも知れません。一方、星野淳のモラレスは評価できません。音程も不正確ですし、響きもやせています。ダンカイロとレメンダートはきれいなアンサンブルでなかなかのものでした。女性陣では平井香織のフラスキータは高音での声の飛びが今ひとつで、もう少し声量がほしいところ。山下牧子のメルセデスは上手です。

 合唱は高レベル。杉並児童合唱団の児童合唱も結構でした。

 鵜山仁の新演出だったのですが、私には前回のマウリツィオ・ディ・マッティーアの演出を凌駕しているようには思えませんでした。新国立劇場は、レパートリー公演をもっと増やしていくべきであって、プレミエは、まだ上演していない作品を優先的に取り上げるべきだと思うのですが、決して悪いとは思えない舞台を新演出に変えていくのはあまり感心いたしません。鵜山が細々と工夫しているのは分るのですが、歌手の動かし方に大胆さが無く、また舞台の奥行きを上手く使っていないのではないか、というきらいが感じられました。

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観劇日:20071214
入場料:
B席 4000円 1F1119

平成19年度文化庁芸術創造活動重点支援事業

東京室内歌劇場第39期第118回定期公演

主催:東京室内歌劇場

オペラ3幕、台詞日本語・歌詞字幕付原語(ドイツ語)上演
モーツァルト作曲「後宮からの逃走」Die Entfuhrung aus dem Serail
台本:ヨハン・ゴットリープ・シュテファニー
日本語台本:加藤 直

会場 新国立劇場中劇場

スタッフ

指 揮 大勝 秀也
管弦楽 東京室内歌劇場管弦楽団
合 唱 東京室内歌劇場合唱団
演 出 加藤 直
美 術 池田 ともゆき
衣 裳 宮本 宣子
照 明 斎藤 茂男
振 付 新海 絵理子
舞台監督 菅原 多敢弘

出 演

コンスタンツェ 出口 正子
ベルモンテ 行天 晃
オスミン 山口 俊彦
ブロンデ 見角 悠代
ペドリッロ 高野 二郎
太守セリム 内田 紳一郎

感 想

テンポの作り方−東京室内歌劇場「後宮からの逃走」を聴く

 「後宮からの逃走」は、私が昔録音でオペラに親しんでいた頃、比較的よく聴いていた作品の一つです。ところが、日本ではあまり取り上げられることのない作品で、日生劇場で時々演奏されることを除くと、東京ではほとんどお目にかかれない作品です。私も今回がはじめての実演鑑賞になります。

 この作品が作曲された18世紀末は、ヨーロッパ人にとって最もエキゾチズムを感じる場所はトルコだったようで、トルコを舞台にしたオペラ作品やトルコ風の音楽が沢山作曲されました。モーツァルトでいえば、ヴァイオリン協奏曲第五番「トルコ風」であるとか、ピアノソナタ第11番「トルコ行進曲付」が有名ですし、ベートーヴェンの劇付随音楽「アテネの廃墟」とか、ロッシーニのオペラ・ブッファ「アルジェのイタリア女」、「イタリアのトルコ人」もそうですね。このような「トルコ風」という一くくりで、音楽の共通性を論じることはほとんど困難なのですが、私は作品の類似性という意味で、私は、昔から「後宮からの逃走」と「アルジェのイタリア女」の類似性を感じてきました。

 もちろん「アルジェのイタリア女」は典型的なオペラ・ブッファですし、「後宮からの逃走」はジングシュピール。ヒロインもイザベッラはメゾソプラノの役どころであるのに対し、コンスタンツェはコロラトゥーラ・ソプラノの持ち役です。しかしながら、両作品とも、レジェーロ・テノールが大事であることと、道化役のバス、「アルジェ」のムスタファと「後宮」のオスミンが重要な役どころにあること、など類似性もいくつかある。そういう点を踏まえると、私は「後宮からの逃走」は、オペラブッファのように、軽快に演奏するのが大事だと思うのです。

 それに対し、大勝秀也の演奏は、比較的ゆったりとしたドイツロマン派を髣髴とさせるような演奏でした。しかしながら全体的に音量が豊富ではない。従ってやせた印象に聴こえるのです。やせていても、しゃっきりとして軽快であればそれなりに面白いと思うのですが、ゆったりとしていて音に厚みが乏しいと、全体に貧相です。結局のところ、聴き手を十分楽しませる演奏にはなっていなかった、というのが本当のところです。

 歌手陣は総じて正確な歌唱であり、崩れのない端正なものでよかったのですが、全体的に線が細く、迫力がかける感じがいたしました。

 出口正子のコンスタンツェ。年齢的な問題を感じずにはいられませんでした。出口といえば、1980年代後半から1990年代、ベルカントの女王として一世を風靡した名歌手です。今回も、その技術にはあまり衰えを感じないのですが、高音になると声がどうしてもやせてしまいます。歌のフォルムはしっかりしていますし、年配の女性歌手によく見られる、ヴィブラートへの逃げもなく、流石出口と思うのですが、劇場の空気を支配するような、圧倒的なきらめきを感じることは出来ませんでした。特に第一幕は十分に喉が温まっていなかったようで、アリア「「ああ私は恋し、本当に幸せでした」は今ひとつ。一番長大なアリア「どんな拷問が待っていようと」は、調子が改善してかなり良いものだったのですが、もう一つ厚みがほしいところです。

 行天のベルモンテ。声の出し方に独特の癖があって、すっきりとしないのが気になりました。軽めのきれいなテノール声を出すこともあるのですが、どこか喉を無理やり絞って歌っているように聴こえる部分がありました。この方も前半より後半のほうがよく声が飛んでいたように思います。

 山口俊彦のオスミン。よかったと思います。ただ、基本的に真面目な方なのでしょう。ブッフォの演技としてはどこか硬めのところがあり、低音部の響きが今ひとつ地を這わないところがありました。山口の歌唱・演技は芸達者の高野二郎と組んだときが面白く、第二幕の「バッカス万歳」の二重唱が楽しめました。

 高野二郎は、声の質から言えばベルモンテもいいと思うのですが、今回はペドリッロ。高野は役者的なセンスがある方で、ペドリッロの軽妙な役どころにぴったり合います。歌唱もすっきりとしていて、声もなかなか飛んでおり、魅力的でした。

 見角悠代のブロンテ。きちんと歌っており、好感が持てました。ただ、声がやせており、線が細い印象は否めません。

 そのようなわけで、皆さん上手なのですが、聴き手を引っ張り込むだけの迫力を感じさせてもらうには到りませんでした。そんな中で内田紳一郎の啓蒙領主的な雰囲気を上手く出した太守セリム役がよかったです。セリムは台詞役で存在感をきっちり出すのはなかなか簡単ではないと思うのですが、台詞の言い回しだけで、十分存在感を示し、結構だったと思います。俳優専業の方の台詞回しを聴きますと、オペラ歌手の台詞は学芸会レベルだな、と思ってしまいました。

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