オペラに行って参りました-2022年(その1)

目次

セカンド・サードクラスの歌 2022年1月8日 町田イタリア歌劇団「NEW YEAR CONCERT!! 2022 vol.1」を聴く
克服しきれぬ難しさ 2022年1月22日 第43回江東オペラ「セビリアの理髪師」を聴く
神童モーツァルトの終焉 2022年1月27日 第31回モーツァルト・バースディ・コンサート「アルバのアスカーニョ」を聴く
初めて満足できました 2022年1月29日 藤原歌劇団「イル・トロヴァトーレ」を1日目を聴く
オペラをどう見せるか、ということ 2022年1月29日 アーリドラーデ歌劇団「オテロ」を聴く
アクシデントさえなければ 2022年1月30日 藤原歌劇団「イル・トロヴァトーレ」2日めを聴く
「さまよえるオランダ人」といえども 2022年2月2日 新国立劇場「さまよえるオランダ人」を聴く
若すぎるスザンナと年増すぎる伯爵夫人 2022年2月9日 東京二期会オペラ劇場「フィガロの結婚」を聴く
仲間に囲まれたロールデビュー 2022年2月11日 新国立劇場「愛の妙薬」を聴く
地方オペラらしからぬ地方オペラ 2022年2月19日 日本オペラ協会「ミスター・シンデレラ」を聴く

オペラに行って参りました。 過去の記録へのリンク

2022年 その1 その2 その3 その4 その5 その6 どくたーTのオペラベスト3 2022年
2021年 その1 その2 その3 その4 その5 その6 どくたーTのオペラベスト3 2021年
2020年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2020年
2019年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2019年
2018年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2018年
2017年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2017年
2016年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2016年
2015年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2015年
2014年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2014年
2013年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2013年
2012年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2012年
2011年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2011年
2010年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2010年
2009年 その1 その2 その3 その4   どくたーTのオペラベスト3 2009年
2008年 その1 その2 その3 その4   どくたーTのオペラベスト3 2008年
2007年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2007年
2006年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2006年
2005年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2005年
2004年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2004年
2003年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2003年
2002年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2002年
2001年 その1 その2       どくたーTのオペラベスト3 2001年
2000年            どくたーTのオペラベスト3 2000年

鑑賞日:2022年1月8日
入場料:自由席 3000円

主催:町田イタリア歌劇団

町田イタリア歌劇団公演

NEW YEAR CONCERT 2022 vol.1

会場 町田市民フォーラム3階ホール

出演

ピアノ 小森 美穂
ソプラノ 小柏 とし恵
ソプラノ 玉田 弓絵
ソプラノ 石井 揚子
ソプラノ 志田 絵里子
ソプラノ 森澤 かおり
ソプラノ 平野 真理子
ソプラノ 小林 英理子
ソプラノ 田原 ちえ
ソプラノ 渡部 史子
ソプラノ 宮川 典子
ソプラノ 白川部 尚子
ソプラノ 上木 由里江
ソプラノ 刈田 享子
バリトン 木村 聡

プログラム

作曲 作詞/作品名 曲名 演奏
プッチーニ ラ・ボエーム ミミのアリア「私の名はミミ」 小柏 とし恵
ドヴォルザーク ルサルカ ルサルカのアリア「月に寄せる歌」 玉田 弓絵
小林 秀雄 峯 陽作詞 すてきな春に 石井 揚子
山田 耕筰 北原 白秋作詞 ペイチカ 石井 揚子
プッチーニ トスカ 歌に生き、愛に生き 志田 絵里子
プッチーニ 蝶々夫人 蝶々さんのアリア「母さんはお前を抱いて」 森澤 かおり
ヴェルディ リゴレット ジルダのアリア「慕わしき人の名は」 平野 真理子
讃美歌 ジョン・ニュートン作詞 アメイジンググレイス 小林 英理子
アーン テオフィル・ド・ヴィオ作詩 クロリスに 田原 ちえ
シューベルト ゲーテ作詩 糸を紡ぐグレートヒェン 渡部 史子
ジョルダーノ アンドレア・シェニエ マッダレーナのアリア「亡くなった母を」 宮川 典子
平井 康三郎 和泉式部の歌 ①あらざらむ ②つれづれと ⑤人の身も 白川部 尚子
ヴェルディ ドン・カルロ エリザベッタのアリア「泣かないでください、私の友よ」 上木 由里江
ヴェルディ イル・トロヴァトーレ レオノーラのアリア「恋は薔薇色の翼に乗って」 刈田 享子
ヴェルディ 椿姫 ジェルモンのアリア「プロヴァンスの海と陸」 木村 聡
休憩
プッチーニ ラ・ボエーム 第3幕の四重唱のミミのソロパート 小柏 とし恵
ロッシーニ ウイリアム・テル マティルドのアリア「暗い森」 玉田 弓絵
ルーカ・アゴリーニ チェネレントラ(ロッシーニ) クロリンダのアリア「みじめだわ!私は信じていたのに」 石井 揚子
プッチーニ 蝶々夫人 蝶々さんのアリア「ある晴れた日に」 志田 絵里子
ヴェルディ イル・トロヴァトーレ レオノーラのアリア「穏やかな夜」 森澤 かおり
プッチーニ 妖精ヴィッリ アンナのアリア「もしあなた達の「勿忘草」という名前が偽りでないなら」 平野 真理子
ロッシーニ セミラーミデ セミラーミデのアリア「麗しい光が」 小林 英理子
モーツァルト モテトK.165 踊れ、喜べ、幸いなる魂よ(アレルヤを除く) 田原 ちえ
グノー ファウスト マルガリーテのアリア「宝石の歌」 渡部 史子
ヴェルディ マクベス マクベス夫人のアリア「日の光が薄らいで」 宮川 典子
プッチーニ 蝶々夫人 蝶々夫人のアリア「さようなら坊や」 白川部 尚子
ヴェルディ ドン・カルロ エリザベッタのアリア「世の虚しさを知る神」 上木 由里江
ヴェルディ 運命の力 レオノーラのアリア「神よ平和を与えたまえ」 刈田 享子
ビゼー カルメン エスカミーリョの闘牛士の歌「友よ、喜んで乾杯を受けよう」 木村 聡

感 想

セカンド・サードクラスの歌‐町田イタリア歌劇団「NEW YRAR CONCERT!! 2022 vol,1」を聴く

 14人の歌手の方が29曲を歌うというヴォリューム感たっぷりのステージでした。内容もオペラアリアあり、歌曲あり、日本歌曲ありの盛りだくさん。これで歌手の皆さんが抜群のパフォーマンスを披露してくれれば良かったのですが、なかなかそういう訳には行きません。歌われている方は木村聡、刈田享子など何人かを別にすると町田イタリア歌劇団でしか耳にすることがない人ですし、初耳の人も何人もいました。もちろん地域で頑張っている方で、私が知らないだけで素晴らしい演奏をする方もいらっしゃると思いますが、やはり町田でしか聴けない人はそれなりです。

 総じて言えることは、若い方は、正確に丁寧に歌われているけれども、楽譜から離れられず、音楽が自分の身に入っていない感じがします。ここはもっと熱を込めたらいいのに、とかここはもっと前のめりの方がいいのに、と思うのですが実際は一本調子で、音楽が自発的にならないのです。一方ベテランの方は、妙な癖がついていたり、音程がいい加減だったり、自分が前に出すぎている傾向の方が多かったように思います。私が演奏を聴くことの多いトップ級の方々は、そういうところのバランスがよく、才能も努力もそして磨かれた技術もトップ級だ、ということなのでしょう。

 そうは言っても素晴らしい演奏をされた方は何人もいらしたので、聴きに行けてよかったと思います。気になった方々の演奏について書いていきます。

 まず2番目に歌われた玉田弓絵。初めて聴く方で、歌全体としてはぎこちなく今後の方ですが、高音へのアプローチと、その澄んだ高音は若いソプラノらしい美を感じました。続く石井揚子もよかったです。最初の日本歌曲は丁寧で、言葉が明快でよかったです。なお、山田耕筰の「ペチカ」は「ペイチカ」とのタイトルで紹介されましたが、北原白秋は「ペチカ」と書いているので、「ペチカ」が正しい。ただ、山田耕筰はこの「ペチカ」という単語をロシア語風に「ペイチカ」と歌うように指示をしているそうで、石井はその通りに歌って見せました。後半に歌われたクロリンダのアリアは、「チェネレントラ」を書いていた時、ロッシーニが多忙で、協力者のアゴリーニが作曲したアリアを嵌めこんだというもの。ロッシーニに負けない技巧的な難曲ですが、石井は軽妙に歌われて良かったと思います。

 志田絵里子は「ある晴れた日に」の方が良かったです。トスカのアリアは最初細いところから入って盛り上げていくのがプッチーニの指示ですが、彼女は無造作に入って、その分盛り上がりの迫力に欠けました。平野真理子。悪くない。特に妖精ヴィッリのアリアは高音がよく伸びていて気持ちが良かったです。一方、ジルダのアリアは、もっと気持ちのこもった歌であって欲しいと思いました。

 田原ちえ。前半のアーンは、もっと神秘性が出てくるといいと思いました。後半のモテットは、曲の雰囲気を捉えていてよかったのですが、アレルヤの前で切られたのは残念でした。渡部史子。良かったです。「糸を紡ぐグレートヒェン」はドイツ語の子音がしっかり立っていて、響きも上々。素敵でした。後半の「宝石の歌」は演技付きで、マルガリーテの浮ついた雰囲気をバランスよく演じていました。

 宮川典子。パワフルの一言です。声のエネルギーは本日随一かもしれません。ただ、勢いに任せて歌っている感じがして、もう少し丁寧な方が曲の魅力に近づけると思いました。白川部尚子。前半の平井康三郎の歌曲は初耳でした。後半の蝶々夫人のラストは切々とした感情が伝わってくる歌で見事でした。上木由里江のエリザベッタ。3月にオペラで歌うだけのことはあって、鍛えられた歌だったと思います。有名な第2幕のアリアの方が歌い込んでいる感じがしました。

 刈田享子。流石です。渡部史子と並んでの今日の白眉。別格の味でした。トロヴァトーレのアリアも運命の力のアリアもバランスがよく、聴いていて気持ちが良かったです。

 そして木村聡。木村らしい深い声で有名曲2曲を歌いあげました。「闘牛士の歌」は前半を日本語、後半をフランス語で歌うというサービス。日本語の闘牛士の歌を聴くのは初めての経験だったので、楽しめました。

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鑑賞日:2022年1月22日
入場料:自由席 4000円

主催:NPO法人江東オペラ

第43回江東オペラ公演

全2幕、字幕付原語(イタリア語)上演
ロッシーニ作曲「セビリアの理髪師」(Il Barbiere di Siviglia)
原作:カロン・ド・ボーマルシェ
台本:チェーザレ・ステルビーニ

会場 豊洲シビックセンターホール

スタッフ

指 揮 伊藤 馨  
管弦楽 シビック・アンサンブル
演 出 土師 雅人
照 明 伊藤 直子

出演

フィガロ 井上 雅人
ロジーナ 片岡 美里
アルマヴィーヴァ伯爵 高橋 大
ドン・バルトロ 藤岡 弦太
ドン・バジリオ 杉尾 真吾
ベルタ 末廣 貴美子
フィオレッロ 服部 星人

感 想

克服しきれぬ難しさ‐第43回江東オペラ「セビリアの理髪師」を聴く

 何度聴いても「セビリアの理髪師」は大変難しいオペラだなと思います。アルマヴィーヴァには超絶技巧のアリアが与えられていますし、バルトロのアリアの早口もよほど口が廻らないと言い切れない。それらの困難さがアリアだけに与えられているのではなく、アンサンブルでも平気でそのような困難さを盛り込んできますから、全体をバランスよくきっちりまとめるのは至難の業です。そんなわけで、一流プレーヤーをキャスティングできない中小の団体は取り上げるのはかなりの困難があると思うのですが、江東オペラはその困難に敢えて挑戦して見せました。そして、玉砕したというのが本当のところでしょう。

 それでも、江東オペラはやれることはやってきます。豊洲シビックセンターホールは会場定員約300人、舞台もさほど広いわけでもなく、オーケストラピットもありません。そういうところでオペラをやる場合は普通ピアノか、せいぜい弦楽アンサンブルが入るぐらいです。しかし、今回のシビック・アンサンブルは違います。弦が2-2-2-1-1と五部全ての方がおり、その他、フルート2、オーボエ1、クラリネット2、ファゴット2、ホルン1、それに電子オルガンという組み合わせで、本来の構成よりホルン1本とトランペット2本、そして打楽器が足りないだけの編成で臨みました。アンサンブルのメンバーはもちろんアマチュアや学生だとは思いますし、演奏技術もそれなりではあったわけ(ホルンは思いっきり外れていました)ですが、たとえそうであったとしても、舞台上の一部を区切って、木管楽器を並べ、全体の音響をオリジナルに近づけたこと、素晴らしいなと思いました。また舞台もホリゾントに場面ごとの舞台を映し、更に机や椅子などはそれなりのものを用意して、視覚的にも「セビリア理髪師」の世界を示したこと、こちらも頑張っていたと思います。

 カットはかなりありました。「セビリアの理髪師」は批判校訂版でノーカットで演奏すると、休憩なしで2時間50分から3時間かかる作品です。今回は休憩を入れて丁度2時間30分、今回は合唱がいませんでしたので、合唱が活躍する部分はほぼカット、それ以外も、伯爵の超絶技巧アリア「もう逆らうのは止めよ」もカット、二幕のフィナーレもかなり刈り込まれて半分ぐらいになった感じでしょうか? 一言で申し上げれば30年前の「セビリア」に戻ったというところでしょう。

 それならもっと緊密に作品を仕上げて欲しいところですが、なかなかそうはいきません。音楽が間延びして聴こえるところが相当あります。例えば、冒頭のアルマヴィーヴァ伯爵のロマンツァ。丁寧に歌われていることは分かるのですが、あそこまでスピード感が失われてしまうとどうだろうと思います。高橋大は軽く声を響かせようとして頑張っていたのは分かるのですが、そもそもの持ち声がレジェーロではなく、ちょっと油断すると音が落ちてしまいます。また、ブレスも苦労していた様子で、本当はもっとレガート基調に歌った方が良いと思うのですが、声が切れてしまうところが少なくありません。そこも残念でした。

 ロジーナ役の片岡美里も買えません。楽譜に沿ってしっかり歌っているのは分かるのですが、メゾソプラノの歌になってしまって、ロジーナの溌溂とした雰囲気の発出が弱いのです。ロジーナはもちろんメゾソプラノの役ですから、ドスの効いた低音は欲しいわけですが、恋人を掴まえてやるぞ、という意気込みに満ちた若々しい娘の役ですから、低音と同時にコロラトゥーラの技巧も示して貰わなければいけません。「今の歌声は」などは頑張っているのはよく分かるのですが、もう一段溌溂としたところが欲しいところです。重唱を聴いていると「熱が足りない」と思わせるような歌いっぷりのところが随所にみられました。第一幕のフィナーレなどは、一番上を歌っているわけですから、もっと前向きに響いてほしいと思いました。

 男声低音は総じていい感じでした。井上雅人は手慣れた歌唱でコントロール。細かいミスは随所にありましたが、余裕の雰囲気と上手なリカバリーで主役をうまく演じたというところです。

 杉尾真吾のバジリオもいい。「陰口はそよ風のように」の人を食ったような雰囲気も、第二幕の「ボナセラ」の重唱における戸惑いの感じと、そうでありながらお金を貰うとすぐになびく小悪党ぶりが笑えました。

 そして一番見事だったのはバルトロの藤岡弦太でしょう。素晴らしいバリトンでした。この大変なブッフォ役を終始端整な歌唱でまとめ全く揺るぎがない。第一幕の早口のアリアもきっちり決め、声量といいバランスと言い、今回随一の歌唱であったことは間違いありません。大Bravoを差し上げたいと思います。

 以上個々の歌手は良い方もいたのですが、全体としてはいい出来とはお世辞にも言えないと思います。指揮者は音楽全体をもっと厳しくコントロールすべきだと思いますし、更に申しあげれば団体の実力に見合った演目だったかどうかも考えるべきだろうなと思いました。

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鑑賞日:2022年1月27日
入場料:自由席 3000円

主催:MBC室内合唱団
共催:合唱団オラショクラブ

MBC31st モーツァルト・バースディ・コンサート

全2幕、解説付字幕なし原語(イタリア語)上演/演奏会形式
モーツァルト作曲「アルバのアスカーニョ」(Ascanio in Alba)
台本:ジュゼッペ・パリーニ

会場 府中の森芸術劇場

スタッフ

指 揮 奥村 泰憲  
管弦楽 MBC室内合奏団
コンサートミストレス 手島 志保
合唱 MBC室内合唱団/合唱団オラショクラブ
語り 小関 基宏

出演

アスカーニョ 富本 泰成
シルヴィア 宮原 唯奈
ヴィーナス 榎本 真美
ファウノ 本田 ゆり
アチェステ 木下 紀章

感 想

神童モーツァルトの終焉‐第31回モーツァルト・バースディ・コンサート「アルバのアスカーニョ」を聴く

 本当に滅多に演奏されることのない作品です。おそらく日本で上演されたのは1993年以来2度目。モーツァルトの21あるオペラの中でも最もマイナーな作品ではないかと思います。ただ、タイトルはそれなりに有名です。作品の成立が神童モーツァルトを語るエピソードとして有名だからです。

 当時神童として名高かったモーツァルトは、ウィーン王室からマリア・テレジア女帝の皇子フェルディナンド大公とモデナのベアトリーチェ王女の婚礼のために祝祭オペラの注文を、高名な老作曲家ハッセ(当時72歳)とともに受ける光栄を得ました。 注文は、正確にはオペラではなく「祝祭セレナータ」。本来は、ハッセの書くオペラ・セリアの幕間に演奏されるインテルメッゾなのですが、実際モーツァルトが書いたのは演奏時間が3時間を超す本格的なオペラ・セリアで、ハッセの作品の翌日に演奏されたそうです。人気は圧倒的にモーツァルト。モーツァルトのこの作品が何度も再演され、ハッセはこのショックで作曲の筆を折ったとも言われています。

 祝祭セレナータと言うだけあって、オペラ・セリア的な作品ではあるものの、音は全体的に華やかです。ソプラノが3人、カストラート、テノール夫々1というソリストで、低音ソリストがおらず、ソリストは皆華やかなパッセージを歌うことを求められます。個々の音楽は皆華やかで美しい。ただ、そういう音がどんどん繋がっていくので、美しくはあるけれどもメリハリがあまり感じられない、という風に思いました。一種の機会音楽ということもあり、後年のモーツァルトの傑作オペラと比較すれば、才気は感じることはできてもドラマとしては大して面白いとも思いません。神童モーツァルトの最後の輝きを示したとは言えるのでしょうが、大人の作品にはなっておらず、その辺がほとんど上演されない理由のひとつなのでしょう。

 とはいえ、今回の日本での二度目の上演はとても素晴らしいものになりました。祝祭劇で、バレエが多いのと合唱も活躍するのが特徴ですが、合唱は同じ曲を何度も歌います。そんなわけで、今回は合唱の繰り返しは原則なし。バレエ音楽もカット、更にレシタティーヴォは語りにして時間を短くして演奏されました。逆に言えば、アリアと重唱と合唱1回は全てやられたわけで、それが偉い。また、1993年の日本初演はピアノ伴奏での演奏だったのですが、今回はオーケストラ。オリジナルは2 fl, 2 ob, 2 hr, 2 tp, timp, 弦五部という編成だそうですが、弦は各パート一人ずつではありましたが、オリジナルで演奏しました。弦が各パート一人ずつというのは管楽器が華やかになるときにすっかり食われてはいましたが、アリアの伴奏等では、弦五部+オーボエのようなところも多く、そういうところでは室内楽的な美しさがありました。

 演奏は、全体的に端整できっちりと組み立てていった感じです。これはプロのプレーヤーで編成したMBC室内合奏団もそうですし、ソリストたちもそうです。細かな残念なところはもちろんあったのですが、全体的には技術的にも見事で、音楽の持つ雰囲気を十分に表現していたと思います。

 特に素晴らしかったのがまずシルヴィアを歌った宮原唯奈。初めて聴く方だと思いますが、素晴らしいリリコ・レジェーロ。低音の抑えが不安定なところは残念でしたが、それ以外は惚れ惚れするような歌唱。声量がしっかりしていて、その上でアジリダの技術も立派。高音の響きが清冽に美しいところが素晴らしいとしか言うしかありません。三曲のアリアはどれも素敵でしたが、特に最後の23番のアリアはクライマックスを飾るだけに特に立派。感心いたしました。

 タイトル役の富本泰成も端整な歌唱。その分ちょっと神経質な歌になった感じはありましたが、アンサンブルを中心に活動している歌手とのことで歌のバランスがクレバーで見事。カウンターテノールに期待される力強さにはやや欠ける感じはありましたが、特に不足感があるわけでもなく、よく考えられた歌唱で、立派だったと思います。四曲のアリアはどれもいい感じに纏まっていたと思います。

 端正と言えばアチェステ役の木下紀章もいい。ロマン派的な声を張り上げる歌唱ではなく、落ち着いた軽い発声で、丁寧に歌います。ヴェルディだったら絶対バスに与えるような役柄をテノールに与えたモーツァルトの思いを、バス歌手雅包み込むような表情で、軽いテノールで歌って見せたところ、本当に素晴らしいと思いました。

 忘れていけないのは、ファウノを歌った本田ゆりこ。最初は東中千佳とアナウンスされていたのですが急な代役。それでも立派な歌唱を聴かせてくれました。音程が若干揺れている感じがあって、上記三人からは僅かに見劣りする感じはありましたが、高音を軽々と歌いあげるところは惚れ惚れするほどでしたし、コロラトゥーラの技術は素晴らしいものがありました。

 以上4人と比較すると、ビーナス役の榎本真美はちょっと弱い感じです。もちろん端正には歌っていましたし、丁寧な歌唱に好感がもてましたが、声量がなく、響きが薄いのが残念。ビーナスという役柄に期待される圧倒的な説得力は彼女の歌からは感じられなかったかな、というところです。

 以上ソリストは全員が水準以上だったと思います。指揮者の奥村泰憲はモーツァルトの祝祭オペラをこういう端正な演奏に仕上げて見せたところ、モーツァルトに対する敬愛の念を感じさせられました。そういうわけで素晴らしい演奏だったと思うのですが、唯一惜しむべきは合唱。オーケストラやソリストと比較すると残念ながら2レベルぐらい落ちる感じです。アマチュア合唱団ですから仕方がないのですが、声楽トレーニングが足りない感じです。声量が不足して合唱団として音が抜けています。女声に顕著で特にアルト。バスももっとしっかり歌っていただき低音の支えが欲しいところです。テクニカルにも所々でパートの音がずれたり、和音のハーモニーがずれたり、アマチュアとしては決して下手な合唱団ではないのですが、そこが上手く行っていれば、と思うところが何か所もあって残念でした。

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鑑賞日:2022年1月29日
入場料:B席 2F R1列 5番 9800円

主催:公益財団法人日本オペラ振興会/公益社団法人日本演奏連盟

2022年都民芸術フェスティバル参加公演

藤原歌劇団公演

全4幕、字幕付原語(イタリア語)上演
ヴェルディ作曲「イル・トロヴァトーレ」(Il Trovatore)
原作:アントニオ・ガルシア・グティエレス 戯曲「エル・トロバドール」
台本:サルヴァトーレ・カンマラーノ/レオーネ・エマルエーネ・バルダーレ

会場 東京文化会館大ホール

スタッフ

指 揮 山下 一史  
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
オルガン 高橋 裕子
合 唱 藤原歌劇団合唱部
合唱指揮 安部 克彦
演 出 粟國 淳
美 術 横田 あつみ
衣 裳 増田 恵美
照 明 大島 祐夫
舞台監督 斉藤 美穂

出演

レオノーラ 小林 厚子
マンリーコ 笛田 博昭
ルーナ伯爵 須藤 慎吾
アズチェーナ 松原 広美
フェランド 田島 達也
イネス 松浦 麗
ルイス 工藤 翔陽
ロマの老人 江原 実
伝令 濱田 翔

感 想

初めて満足できました‐藤原歌劇団「イル・トロヴァトーレ」1日目を聴く

 「イル・トロヴァトーレ」はヴェルディの中期の三大オペラのひとつであり、人気も非常に高い作品です。でもその割には上演される機会が少ない。主要4役にそれぞれ聴かせどころがあり、バランスよく歌手が配置されないとなかなか上手く行かない。もちろん何度も聴いていますけど、満足できたと言える公演って多分なかったように思います。直近は2016年以降4回聴いていますが、どの公演も満足したと申し上げるには程遠い公演で、どれも色々な意味で残念な公演でした。新国立劇場ではしばらく取り上げられていませんが、かつて新国立劇場で聴いた公演も満足できなかったと思います。

 しかし、今回の藤原歌劇団の公演は十分満足でしました。細かいことを申し上げればいろいろ苦情はあるのですが、全体としては非常に立派な演奏でした。まず音楽の流れがいい。「イル・トロヴァトーレ」はもちろん声の饗宴を楽しむ作品ではあっりますが、土台となる音楽の流れが良くないとせっかくの歌が死んでしまう。その意味で、山下一史指揮の東京フィルはいい仕事をしたと思います。遅すぎず速すぎないテンポでよどみなく流れ、聴いていてちょうどいい感じが何とも言えません。取り立ててオーケストラが凄かったという感じではなかったのですが、歌手の邪魔にならず、それでいながら締まった演奏になっていたことが全体の底支えになっていたと思います。そういう音楽作りをした指揮者にBravoを申し上げたいところです。

 舞台美術はちょっとやりすぎな感じ。背景に炎とも絡み合った根っこともつかない絵と月。このオペラの背景や状況を聴く人に常に意識しておいてほしいという意図は分かりますけど、もっとさりげなくてもよいのではないかと思ったところです。また、舞台を狭く使っているように思いましたが、これはこの悲劇に至るまでの過去の関係性を示すには丁度いい感じに思いました。

 歌は何と言っても小林厚子のレオノーラがいい。二つのアリアはもちろん立派だったけど、全体のレオノーラという役の感情の示し方が自然で流れがあるところが素敵です。大向こうを唸らせるような歌い方ではないのですが、声の膨らんだり萎んだりする感じがストーリーの流れの中でとても納得がいくもので、気持ちのいいものでした。もちろん美声。重唱も見事。例えば、終幕のルーナ伯爵との二重唱の覚悟の示し方などは、胸に刺さるものでした。

 笛田博昭のマンリーコも頑張りました。病み上がりということで体力的には万全ではなかったようで、2回あるハイCも1回はパス。もう1回もかろうじて上がり切ってはいましたが、体調万全の時の笛田の力量と比較すれば6割の出来というところでしょうか。上手く行かなかったらどうしようかという逡巡が歌の所々に聴こえ、やっと最後まで歌い切ったというところなのでしょう。とはいえ、声の艶やかさは笛田独自のものですし、音楽への乗り方も小林厚子同様とても立派だったと思います。日本を代表するテノール歌手の一人としての矜持を示しました。

 須藤慎吾のルーナ伯爵も良かったです。「君の微笑み」における情感の出し方は素敵ですし、それ以外の部分も嫉妬に狂う男ながら上品さを失わない、というルーナの立ち位置を上手に表現していたと思います。気持ち良い歌でした。

 松原広美のアズチェーナはアズチェーナとしてはもう一つかなというところ。声の良く飛ぶ方でパンと張って歌い立派な歌にはなっているのですが、その分力任せに歌っている印象もあり、アズチェーナを演じる観点、あるいはアズチェーナのおどろおどろしさの表現という点では課題を残した感じです。声量をやや抑えめにして細かいニュアンスを強調した陰を見せるような歌い方をした方が、アズチェーナとしては良かったのではないかと思います。

 田島達也のフェランド。脇役ではありますが、導入の口火を切る大切な役です。田島のこの役は20年以上前に一度聴いていて、その時も良かったと思うのですが、今回も立派でした。このオペラの陰惨さを印象付けるような歌で、その後の悲劇を予感させるに十分でした。

 その他の脇役、松浦麗のイネス、工藤翔陽のルイスも出番はあまり多くないですが、しっかりした歌唱で印象に残りました。

 合唱も立派。ただ、男声合唱はバスをもっと前面に出して暗めの表情で歌った方が良かったと思います。

 以上、全く異論がないわけではありませんが、全体としてとても楽しめる演奏で、これだけの水準で生のトロヴァトーレを聴くことができてとても良かったです。満足できました。

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鑑賞日:2022年1月29日
入場料:A席 1F 18列 72番 9000円

主催:アーリドラーデ歌劇団 制作:一般社団法人オペラ芸術文化振興協会

アーリドラーデ歌劇団第8回公演

全4幕、字幕付原語(イタリア語)上演
ヴェルディ作曲「オテロ」(Otello)
原作:ウィリアム・シェイクスピア 戯曲「オセロ」
台本:アリゴ・ボーイト

会場 新国立劇場中劇場

スタッフ

指 揮 山島 達夫  
管弦楽 テアトロ・ヴェルディ・トウキョウ・オーケストラ
合 唱 テアトロ・ヴェルディ・トウキョウ・コーラス
合唱指導 渡辺 祐介
バレエ ダンステアトロ21、国際高等バレエ学校、テアトロ・ヴェルディ・トウキョウ・バレエ団
演 出 木澤 譲
振 付 能美 健志
照 明 照井 晨市
舞台監督 渡辺 重明

出演

オテロ 上本 訓久
デズデモーナ 刈田 享子
ヤーゴ 清水 良一
カッシオ 所谷 直生
ロドヴィーゴ 東原 貞彦
エミーリア 巖渕 真理
ロデリーゴ 小沼 俊太郎
モンターノ 香月 健
伝令 松井 永太郎

感 想

オペラをどう見せるか、ということ‐アーリドラーデ歌劇団「オテロ」を聴く

 一日で、ヴェルディの中期の傑作「イル・トロヴァトーレ」と、晩年の傑作「オテロ」を聴き、全体として「トロヴァトーレ」は満足いき、「オテロ」は不満が残ったところです。オテロはなんと言っても演出がよろしくない。

 今回の演出ではバレエが多用されていました。バレエの踊りは特に悪いとも思わなかったのですが、どうしてこんなにバレエを多用する必要があるのか理解に苦しむところです。確かに「オテロ」にバレエ音楽があって、バレエを入れることを前提に作られているのは分かりますし、舞踏会の部分でバレエは使われるのでしょうが、自分が過去見た「オテロ」の演出でバレエが使われていた例はなかったと思います。そんな中で、バレエを舞踏会の場面だけではなく冒頭で使用して見たり(波の象徴なのでしょうか?)、何なんだろうという感じです。踊り自身も言うなればコンテンポラリーダンスの類で、オテロの時代認識もストーリーとの結びつきも感じられず、意味不明でした。

 木澤譲の舞台は中劇場の舞台全体を平面的に広く使用したもので、演出ノートには「作品に忠実な演出を目指す」としてありましたが、視覚的には「作品に忠実な演出」が理解できないところです。また舞台を広く使った関係で、演技・歌唱が舞台の奥の方で行われることが多く、声の飛びも悪い感じに聴こえました。更に前半は特にオーケストラが前に出すぎている印象もありました。新国立劇場の中劇場は演劇劇場として設計されたためか、オペラはよく上演されますが、響きはそもそもデッドなホールです。そういうホールで反響するところを作らずに演奏すると、声が響きにくく、声が裸で聴こえてくるところもあり、実力がない方々にとっては辛いところです。「オテロ」がオペラである以上、音楽をしっかり聴かせてくれるために、舞台を工夫してして欲しいところです。舞台の特徴を見据えずに演出プランを考えるのは如何なものだろうかと思いました。

 とはいえ、歌手陣はよかった人が多いです。まず褒めるべきはイヤーゴを歌われた清水良一。清水はおっとりとした見た目は善人のようなイヤーゴ像を作り上げました。ニコニコしながら悪いことをする、というスタイルです。こういう風に来られたら、オテロも信用するだろうな、と思わせるような演技、歌唱が見事でした。有名な悪の宣言「クレド」も思い入れたっぷりというよりはあっさりと歌って、却って歌ってる内容の怖さを実感させました。

 所谷直生のカッシオもいい。美声で落ち着いた歌唱は全体の音楽の流れを冷静にするような感じがあってよかったです。実際はもっとオロオロする役柄なのでしょうが、その辺を抑制してあまり感情を込め過ぎないで端整な歌に終始したところが良かったのではないかと思います。

 デズデモーナの刈田享子もBrava。前半はオーケストラの音に負けている感じがしたのですが、そこで頑張ろうとはせず、レガートで自分の歌を歌い続けたところが素敵です。第四幕の聴かせどころ、柳の歌からアヴェ・マリアに至り、最後にオテロに殺されるまでの演技・歌唱は極めて抒情的で声と感情のバランスが丁度良く、とても感動的に聴くことができました。とても気に入りました。

 他の脇役では、東原貞彦のロドヴィーゴ、巖渕真理のエミーリアをよく、作品をしっかり支えました。

 一番残念だったのはオテロ役の上本訓久。一言で言ってしまえばオテロを歌うには実力が足りないのでしょう。とにかく声を張り上げすぎです。もちろんそれでしっかりした歌になればいいのですが、レガートにならず音楽が繋がらない感じです。また声を張り上げると音程も不安定になることが多く、そこも残念です。更に演技もチンピラみたいで、司令官の威厳みたいなものが最初から最後まで感じられませんでした。もちろん嫉妬に狂っていく役ですから感情をあらわにするのは当然ですが、その振れ幅が大きくて、気品が感じられない。もう抑えた歌唱演技の方がいいのにな、とずっと思いながら聴いていました。

 合唱はとても上手。女声・男声とも昼間に聴いた藤原の合唱部に劣らない歌唱で見事でした。オーケストラもアマチュアとしては頑張っていました。良かったと思います。

 以上いいところは沢山あったのですが、主役の実力と訳の分からない演出で、せっかくの大傑作の本領を示しきれなかったのかな、という風に思いました。 

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鑑賞日:2022年1月30日
入場料:B席 3F 1列 11番 9800円

主催:公益財団法人日本オペラ振興会/公益社団法人日本演奏連盟

2022年都民芸術フェスティバル参加公演

藤原歌劇団公演

全4幕、字幕付原語(イタリア語)上演
ヴェルディ作曲「イル・トロヴァトーレ」(Il Trovatore)
原作:アントニオ・ガルシア・グティエレス 戯曲「エル・トロバドール」
台本:サルヴァトーレ・カンマラーノ/レオーネ・エマルエーネ・バルダーレ

会場 東京文化会館大ホール

スタッフ

指 揮 山下 一史  
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
オルガン 高橋 裕子
合 唱 藤原歌劇団合唱部
合唱指揮 安部 克彦
演 出 粟國 淳
美 術 横田 あつみ
衣 裳 増田 恵美
照 明 大島 祐夫
舞台監督 斉藤 美穂

出演

レオノーラ 西本 真子
マンリーコ 村上 敏明
ルーナ伯爵 上江 隼人
アズチェーナ 桜井 万祐子
フェランド 相沢 創
イネス 髙橋 未来子
ルイス 工藤 翔陽
ロマの老人 江原 実
伝令 濱田 翔

感 想

アクシデントさえなければ‐藤原歌劇団「イル・トロヴァトーレ」2日目を聴く

 初日もなかなか立派な演奏でしたが、二日目もそれにもまして素晴らしい演奏になるはずでした。

 山下一史の指揮は初日よりも攻めている感じです。オーケストラもそれに乗って、初日よりも生き生きと演奏しているように思いました。

 幕が上がると合唱、そしてフェランドのアリアと続くわけですが、男声合唱も昨日よりちょっとポジションが下がっていて、2日目の方がトロヴァトーレらしいと思いました。そこに入る相沢創のフェランド。初日の田島達也も見事でしたが、相沢のフェランドも立派。この作品のおどろおどろしさを伝えるに十分な歌唱。続くレオノーラの登場のアリア。西本真子の歌唱は初日の小林厚子と比べるとより装飾を際立たせた歌。個人的な好みとしてはリリックな響きの小林の歌唱ですが、西本の歌ももちろん立派です。そして、マンリーコのロマンツァから始まる三重唱。村上敏明の歌うロマンツァはこれまた甘い軽い感じの歌唱でとてもいい。続くレオノーラから始まる三重唱の部分は最初の静かな部分からだんだん盛り上がってストレッタに入り、最後のフィナーレまで一気に加速。素晴らしい声の饗宴で、このオペラを聴く醍醐味を味合わせてくれました。

 第二幕のアンヴィルコーラスからアズチェーナの「炎は燃えて」。桜井万祐子のアズチェーナは初日の松原広美のアズチェーナよりも陰影が深く感じられる繊細な表現で、とても魅力的。聴く側の気持ちもどんどん上がっていきます。しかし、続くマンリーコとアズチェーナの二重唱でアクシデント。マンリーコの喉に異変が起きたようで、高音のコントロールが上手く行かなくなりました。それまで素晴らしかったので、このまま何とか持ちこたえて欲しいと思いながら、ハラハラする気持ちで聴いていました。マンリーコが舞台裏に下がると、ルーナのアリア「君の微笑み」。上江隼人の歌唱は初日の須藤慎吾と比較するとずっとおおらかな歌。どちらもありだと思いますけど、自分自身の好みは上江隼人の表現ですね。そして2幕のフィナーレ。村上マンリーコの喉はまだ回復していませんでしたが、なんとか流れについて行って終わりました。

 休憩中に村上の喉が回復することを切に願いましたが、なかなか上手く行かない。3幕前半のアズチェーナ、伯爵、フェランドの三重唱は凄くいい感じで纏まり素晴らしい。続いてのこの作品の最大の聴かせどころと言っていいマンリーコのアリアです。前半のカンタービレは何とかこなしましたが、本来の村上の歌ではありません。しかし、カバレッタ「見よ、恐ろしい火」は凄かった。調子の悪いなりにここだけは何とかしようと思ったのでしょうね。しっかりハイC2回をしっかり出し、プリモテノールの矜持を示しました。

 第4幕はレオノーラのアリアから。これまた西本真子の素晴らしい声が文化会館の空間に響きます。カバレッタもきっちり決め素敵でした。そして、この作品の聴きどころのひとつであるレオノーラと伯爵の二重唱。これも二人の厳しい感情がぶつかり合う立派な歌。そしてフィナーレ。最後の最後まで息を継がせぬ展開に大いに満足しました。ちなみにこのほかの歌手、髙橋未来子のイネスも歌うところは少ないですが、しっかり存在感があってよかったです。

 こうやって見ると、村上敏明の喉のアクシデントさえなければ、多分最高の演奏だったのだろうと思います。テノールの喉はある意味ガラス細工のみたいなもので、このようなアクシデントは仕方がありません。それでも不調なら不調なりにコントロールした舞台を務めあげた村上敏明は流石にベテランということなのでしょう。立派でした。確かにハラハラしどうしでしたが、全体としては満足できる演奏でした。

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鑑賞日:2022年2月2日
入場料:B席 3F L10列 2番 5940円

主催:新国立劇場

全3幕、日本語/英語字幕付原語(ドイツ語)上演
ワーグナー作曲「さまよえるオランダ人」(Der fliegende Holländer)
台本:リヒャルト・ワーグナー

会場 新国立劇場オペラパレス

スタッフ

指 揮 ガエタノ・デスピノーサ  
管弦楽 東京交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 三澤 洋史
演 出 マティアス・フォン・シュテークマン
美 術 堀尾 幸男
衣 裳 ひびの こづえ
照 明 磯野 睦
再演演出 澤田 康子
舞台監督 村田 健輔

出演

ダーラント 妻屋 秀和
ゼンタ 田崎 尚美
エリック 城 宏憲
マリー 金子 美香(演技:澤田 康子)
舵手 鈴木 准
オランダ人 河野 鉄平

感 想

「さまよえるオランダ人」といえども‐新国立劇場「さまよえるオランダ人」を聴く

 新型コロナウィルス感染症が猖獗を極めています。2月2日の東京都の感染者は初めての1日20000人越え、全国では90000人を越えたそうです。こういう状態になると、いつなんどき、自分が感染者や濃厚接触者になるかもしれません。本日劇場に伺ったら、マリー役の山下牧子が降板になっていました。その理由は「都合により」となっていましたが、正しいかどうかは分かりませんがだいたい想像がつきます。もちろんこういうアクシデントの対応のために新国立劇場は必ずカバーキャストをスタンバイさせておきますが、カバーの塩崎めぐみも交替できず、結局金子美香が代役となりました。もちろん、金子は突然のオファーで全然演技の練習をしていないので、陰歌で参加。演技は再演演出の澤田康子がやるという綱渡りでした。

 そんなドタバタですから事務方はたいへんだったと思いますが、演奏は期待以上に素晴らしいものでした。

 そもそも今回の「さまよえるオランダ人」の公演は、指揮:ジェームス・コンロン、ゼンタ:マルティーナ・ヴェルシェンバッハ、エリック:ラディスラフ・エルグル、オランダ人:エギルス・シルンズで予定されていたものです。しかし、オミクロン株の世界的流行と外国人の入国禁止措置でオール日本人キャストに変更。指揮は、外国人入国禁止になる直前にN響の12月定期公演を指揮するために来日していたデスピノーザに変更になりました。

 私は現在の日本人のトップ歌手は世界中どこに出しても通用する実力があると思っているのですが、流石にワーグナーだけは別です。あれだけ強い声が必要で、長時間舞台上で歌い続ける体力を維持するのは、経験の少ない日本人歌手には難しいと思っていました。これまでもオール日本人キャストのワーグナーは何度も聴いていますが、はっきり申し上げれば物足りない演奏しか経験していなかったのではないかと思います。もちろんそれらの公演でも彼らのベストパフォーマンスを披露していたとは思うのですが、それでも声が足りない、体力が足りない、という感じでした。しかし、今日の「オランダ人」は違いました。もちろん「さまよえるオランダ人」はワーグナーの主要な作品の中で最も規模の小さい作品です。だから出来て当然であるとも思うのですが、2月2日の歌唱は、本場のワーグナー歌手と比較しても絶対に負けていないだけの声がありました。

 特にオランダ人を歌った河野鉄平とゼンタの田崎尚美。この代役として入った二人の歌唱が格別に素晴らしい。

 まず河野鉄平のオランダ人。河野に関してはこれまでちゃんと聞いた経験は1回しかなく(「夏の夜の夢」の時は台詞役なので別)て、その時もいい歌ではあったのですが、今回のような凄みを感じさせるような歌ではなかった記憶があります。しかし、今回は凄かった。声のコントロールが立派で、歌唱が端正です。クリアな発声と発音で強音も弱音もコントロールされていて、感情過多にならないノーブルな歌唱が魅力的です。だから実は第一幕のオランダ人のアリアはちょっと物足りない感もあったのですが、全体の流れを見てみたとき感情過多になり過ぎなかったことがバランスに貢献していたのだと納得しました。

 一方の田崎は入魂の歌唱。「ゼンタのバラード」、メインのアリアは高いGからDに降りる下降跳躍、最初のGがフォルテで、次のDはピアノで歌われるわけですが、高温のフォルテがピシっと決まり、流れるように弱音が導かれる。そこに揺らぎはなく、レガートで結ばれる様子が美しい。強い声が新国立劇場のホールの空間を満たしたあと、レガートで綺麗にデクレッシェンドしていく様子が見事でした。

 この二人がかかわるフィナーレの二重唱が凄い。田崎ゼンタのちょっと攻めた歌唱と、河野オランダ人の端整な歌唱が、オランダ人の逡巡とゼンタの自己犠牲の気持ちの交錯となって、緊迫感があって極めて感動的な二重唱になりました。そこに割り込んでくるダーラントもいい。ダーラントの妻屋秀和は俗っぽさをふんだんに出した歌。妻屋秀和は何を歌っても上手いし、声の力もある方だけど、こういう俗っぽい役を演じるときの方が、似合っている感じがあります。二人の聖的な歌唱とダーラントの俗っぽさが組み合わされるとき、その三重唱の広がった感じも素晴らしいと思いました。

 おそらくこのフィナーレで描かれている世界観がここまで切々と迫ってこられたのは、私の何度かある「オランダ人」経験で初めてだったと思います。素晴らしいフィナーレでした。

 その他のソリストですが、城宏憲のエリックはリリックで端整な歌唱がいい。第二幕のエリックとゼンタの二重唱は、ゼンタの放心状態の感じと、それにいら立つエリックの様子の対比が良かったです。鈴木准の舵手もリリックな声で、ちょっとコミカルに歌いこちらも秀逸です。金子美香のマリーは、陰歌で、流石に響きは籠っていましたが悪いものではありませんでした。

 あと忘れて行けないのが合唱。新国立劇場合唱団が上手なことは言うまでもないのですが、今回の「水夫の合唱」はいつもよりも立派だったのではないでしょうか。男声40人ほどが舞台いっぱいに展開して歌われる水夫の合唱は迫力はさることながら、その正確性も立派でした。あれだけフォルテで咆哮しながら、しっかり和音がハモっていて倍音が響いてくるのにびっくりです。もちろん女声の「糸車の合唱」も素敵。合唱の迫力が舞台を盛り上げたことは間違いありません。

 デスピノーザの指揮は音楽を生き生きと引き立てているように思いました。管楽器の魅力的な響きで名を轟かせている東京交響楽団ですが、こちらは結構ミスが多かった印象。ここぞというときのトランペットのファンファーレがこけるのはちょっと残念でした。

 マティアス・フォン・シュテークスマンの演出は暗さが目立ちすぎて好きになれませんが、この演奏であれば、世界中どこに持って行っても恥ずかしくないな、と思える「さまよえるオランダ人」でした。

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鑑賞日:2022年2月9日
入場料:C席 3F R1列 20番 6000円

主催:公益財団法人東京二期会/公益社団法人日本演奏連盟

2022年都民芸術フェスティバル参加公演/二期会創立70周年記念公演

東京二期会オペラ劇場

全4幕、日本語字幕付原語(イタリア語)上演
モーツァルト作曲「フィガロの結婚」(Le Nozze di Figaro)
原作:台本:ロレンツォ・ダ・ポンテ

会場 東京文化会館大ホール

スタッフ

指 揮 川瀬 賢太郎  
管弦楽 新日本フィルハーモニー交響楽団
合 唱 二期会合唱団
合唱指揮 大島 義彰
演 出 宮本 亞門
装 置 ニール・パテル
衣 裳 前田 文子
照 明 大島 祐夫
映 像 栗山 聡之
振 付 大島 祐夫
演出補 澤田 康子
舞台監督 幸泉 浩司

出演

アルマヴィーヴァ伯爵 大沼 徹
伯爵夫人 大村 博美
スザンナ 宮地 江奈
フィガロ 萩原 潤
ケルビーノ 小林 由佳
マルチェリーナ 石井 藍
バルトロ 畠山 茂
バジリオ 高柳 圭
ドン・クルツィオ 児玉 和弘
バルバリーナ 雨笠 佳奈
アントニオ 的場 正剛
花娘1/2 辰巳真理恵/横森 由衣

感 想

若すぎるスザンナと年増すぎる伯爵夫人‐東京二期会オペラ劇場「フィガロの結婚」を聴く

 本年の東京二期会の都民芸術フェスティバル参加公演は、リヒャルト・シュトラウスの「影のない女」のペーター・コンヴィチュニーによる新演出公演とアナウンスされていたわけですが、新型コロナウィルス感染症の拡大による外国人入国規制のため、コンヴィチュニー以下のスタッフの入国が不可能になったことで公演中止、代わりに東京二期会で最も良く演奏される作品のひとつである「フィガロの結婚」が取り上げられました。初日組は、「影のない女」に出演予定だったキャストの横滑り組と、過去にこの演出に出演しているベテランとの組み合わせという感じです。

 ちなみに宮本亜門演出のこの「フィガロの結婚」は、2002年のプレミエ以来今回で5回目になり、私も拝見すること4回目になるのですが、演出の印象は希薄です。思い出すのは、2011年のデニス・ラッセル・デイヴィスが指揮したときの超遅い演奏や、2016年のわりとばらついた演奏など音楽的には記憶が残っているのですが、音楽的インパクトが強すぎて、演出の記憶が飛んでいるのかもしれません。

 それで今回の演奏ですが、全体的にまとめれば「アンサンブル・オペラとしてはバランスが悪い」ということになると思います。感想のタイトルを「若すぎるスザンナと年増すぎる伯爵夫人」としたのですが、これは出演者の年齢の話ではなく、歌唱する声の話です。宮地江奈のスザンナはかなり軽く、キャピキャピ感がかなり若く聴こえますし、大村博美の伯爵夫人は重い声で籠って聴こえるところもあります。そういう二人が重唱を歌う。そうするとアンサンブルが美しくなくなるのです。例えば「手紙の二重唱」。バランスがよく歌われるときは本当に美しく響く曲ですが、今回は違和感がある。もうすこしお互いに寄りそって欲しいと思いました。

 以上は極端なところですが、重唱は全体的にあまり上手く行っていなかった感じです。同じタイミングで出るべきところがずれたりしたところもありますし、もう少し、お互いの気持ちが通い合うように歌ってくれればよいのに、と思う部分は何か所もありました。個々人は皆さん共に実力者なのでしょうが、アンサンブルになると本来の力が削ぎ落されているように聴こえるのは、ちょっと残念です。

 スザンナ役の宮地江奈に関して言えば、いい感じのスーブレット。もう少し落ち着いた声と表現をした方がよいとは思いましたが、その溌溂した感じはとてもいいし、モーツァルトが求めているのもこんな感じなのかなとは思いました。ただ、宮地は東京文化会館大ホールの空間を響かせるには声が足りない感じです。もちろん上手く響いて見事なところもあるのですが、総じていえば足りない。特に低音に下がる部分での語尾はほとんど聞こえない感じです。今回の出演者は割と声の出る方が揃っているので、スザンナにもそこはしっかり対抗して欲しいところです。レジェーロ系のソプラノにとって低音部を響かせるのは至難の業ですが、ヒロイン役を歌うということは、そこを何とかする、ということではないかと思います。

 伯爵夫人の大村博美は、やはりモーツァルトを歌うには声が重すぎると思います。演技は魅力的ですし、レシタティーヴォの進め方なども流石の力量ですが、モーツァルトのロココ的音楽の中では異質でしょう。登場のアリア「愛の神よ、照覧あれ」は高音が下がり、かつ音の響きも抜けていましたし、第三幕のアリアはしっかり立て直してきましたが、それでも高音部の響きの上に抜ける感じはほとんど感じられませんでした。ケルビーノとの二重唱で似たような音域を歌う部分でメゾソプラノのケルビーノの方が高音が響くというのは適切ではないのではないかと思います。

 ケルビーノの小林由佳は上手です。演技も歌唱も素晴らしい。この演出では2016年にも歌っていますが、それだけのことはあると思いました。

 萩原潤のフィガロも流石です。二期会のモーツァルトバリトンとしての第一人者としての力量を示したと思います。しっかりした声で、技術的にもしっかりしている。例えば第一アリア「お殿様、踊りますなら」はABA形式のダ・カーポアリアですが、後半のA部分に装飾を入れて表現して良かったですし、「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」も立派。第4幕のアリアもしっかりまとめました。演技や重唱も流麗でどんどん進む。素晴らしいのですが、もう少し周りに気を遣った歌唱にしても良かったかもしれません。

 大沼徹の伯爵もいい感じです。第3幕のアリア、2016年の与那城敬は怒りが爆発しすぎていて、ちょっとやりすぎではないかと思ったのですが、大沼の伯爵は怒っているけれども怒り具合がちょっと控えめで、私はこの方がいいと思いました。アンサンブルで参加する場合もスザンナやフィガロのような使用人と歌う時と伯爵夫人と歌う時では微妙な立ち位置の違いを感じさせる歌でよかったかと思います。

 畠山茂のバルトロ。バッソ・ブッフォとしての存在感はあまり感じられませんでした。アリアは低音がもっと響いてくれないとバルトロのいやらしさが発揮できないと思います。マルチェリーナとの掛け合いももう少しバルトロが前に出たほうがいい感じに仕上がると思いました。石井藍のマルチェリーナ。2016年に引き続きの登場。2016年の時はなかなかいい感じだったと思うのですが、今回は年増要素が増えた感じです。スザンナとの「あてこすりの二重唱」などは、もう少し歯切れよく歌った方がいいバランスで纏まったように思います。

 高柳圭のバジリオ。キャラクターテノール的なけれんのある歌い方でよかったです。児玉和弘のクルツィオもしっかり存在感がありましたし、的場正剛のアントニオも役目を果たしました。

 雨笠佳奈のバルバリーナ。しっとりとした声の持ち主で、第4幕の冒頭のアリアが非常にいい感じに響きました。

 川瀬賢太郎指揮する新日本フィルの演奏は、全然気を衒わないオーソドックスな演奏で良かったのではないかと思います。もっと攻めるかと思ったのですが、バランスよく目配りしていたようで、オーケストラが気にならない演奏でした。過去二回の二期会の「フィガロ」はそこが気になって今一つだったので、気にならない演奏って良いと思いました

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鑑賞日:2022年2月11日
入場料:C席 3F R10列 4番 6930円

主催:新国立劇場

全3幕、日本語/英語字幕付原語(イタリア語)上演
ドニゼッティ作曲「愛の妙薬」(L'Elisir d'amore)
台本:フェリーチェ・ロマーニ

会 場 新国立劇場オペラ劇場

スタッフ

指 揮 ガエタノ・デスピノーサ  
管弦楽 東京交響楽団
チェンバロ  :  小埜寺 美樹 
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 三澤 洋史
演 出  :  チェザーレ・リエヴィ 
美 術  :  ルイジ・ベーレゴ 
衣 装  :  マリーナ・ルクサルド 
照 明  :  立田 雄士 
再演演出  澤田 康子 
音楽ヘッドコーチ  :  石坂 宏 
舞台監督  :  高橋 尚史 

出演

アディーナ  :  砂川 涼子 
ネモリーノ  :  中井 亮一 
ベルコーレ  :  大西 宇宙 
ドゥルカマーラ  :  久保田 真澄 
ジャンネッタ  :  九嶋 香奈枝 

感 想

仲間に囲まれたロールデビュー‐新国立劇場「愛の妙薬」を聴く

 一言で申しあげればBraviな演奏でした。期待以上でした。

 新型コロナウィルス感染症拡大による外国人入国規制のため、当初アナウンスされていたメンバーから指揮者も歌手も皆交代という、当初とは全然違う形での演奏です。指揮のデスピノーザは昨年十一月末、N響を指揮するために来日され、そのまま居残って新国立劇場で「さまよえるオランダ人」を指揮され、引き続き「愛の妙薬」も指揮することになりました。この間図らずもデスピノーザの指揮する演奏を4回聴くことになったのですが、その感想は、レパートリーが広い指揮者なんだな、ということと、どちらかと言えば交響曲のような純粋音楽系よりもオペラをはじめとする標題音楽系が得意な人だな、ということです。これは彼がドレスデン国立歌劇場管弦楽団のコンサートマスターから指揮者に転向したことが関係するのかもしれません。先週聴いた「さまよえるオランダ人」の音楽作りも割と攻めた指揮で音楽の躍動感につなげていましたし、「愛の妙薬」も攻めた指揮でこのオペラの湧き上がる楽しさを上手に表現していたと思います。流石にドイツの歌劇場にいたイタリア人指揮者だな、と思いました。

 東京交響楽団のメンバーは先週とかなり入れ替わっています。「オランダ人」ではそれなりにミスがあったのですが、今回は私が気づくようなミスはなし。もちろん「愛の妙薬」の方がオーケストラパートがはるかに易しい、ということはあるのでしょうが、いい遠藤でした。

 歌手陣はみんなうまい。正しく申し上げれば、主要4人はみんな危いところがありました。歌詞が一部落ちた方もいました。しかし、どの方も危ないところは上手くやり過ごし、トーンを変えたり、音楽の流れに影響を与えるような方は誰もいらっしゃいませんでした。さざ波は立ててもそれは微かで、全体の流れには全く影響を与えなかったと申しあげればよいでしょうか。

 砂川涼子のアディーナ。素晴らしいです。砂川は見た眼こそ可愛らしくてアディーナにぴったりですが、声質は純粋リリコでアディーナには重すぎるのではないか、と思っていました。しかし実際はレガートな表現が素晴らしく、この作品の抒情的な側面がグンと前に引き出されるような演奏になりました。特に第二幕後半の第10曲ドゥルカマーラとの二重唱からフィナーレに至るまでは本当に美しい表現で歌い、Bravissimaとしか言いようがない。また途中入るカバレッタは、指揮者が激しいアッチェラランドを掛けて攻め込む中、きっちりテンポを合わせて口を廻す。このゆるぎない技量も素晴らしい。

 砂川はアディーナ初役だそうですが、彼女の所属する藤原歌劇団は「愛の妙薬」が最もポピュラーな作品のひとつです。今回相方の中井亮一はレジェーロ・テノールとしてネモリーノを何度も歌われていますし、久保田真澄もドゥルカマーラを得意にしています。そういった信頼できる仲間と一緒に舞台に出られたことで、彼女自身も安心して歌えた、ということがあるのでしょう。見事でした。

 対する中井亮一のネモリーノも流石です。「ラ、ラ、ラ」の途中で一瞬冷ッとしたところがあったのですが、すぐに立て直して音楽の流れには全く影響を及ぼさず。全体的に頭はちょっと足りないけれども、純真で誠実というネモリーノのキャラクターが歌唱的に一貫しており、そこが見事でした。一番の聴かせどころである「人知れぬ涙」は切々とした表情が実に自然で心を打つもの。素晴らしいと思いました。

 久保田真澄のドゥルカマーラもちょっととぼけたベテランの味。もっと臭い歌唱や演技で攻める方法もあると思うのですが、久保田は一歩引いたところで二人を見守るような表現で歌いました。登場のカヴァティーナ「お聴きなさい、村の衆」はもっとメリハリをつけたほうがバッソ・ブッフォ的な味が出るなとは思いましたけど、全体的に一歩引いたところでの表現だった故にこの作品の抒情的恋愛劇の側面がより明確になった、ということはあると思います。全体のバランスからすればこんな立ち位置が丁度いいのでしょう。

 ベルコーレの大西宇宙。もっとコミカルな味を出しても良かったかなと。登場のアリアは立派でしたが、演技はちょっとまともすぎるかな。最終的には笑われ役ですから、もっと臭い芝居をしても良かったかもしれません。

 九嶋香奈枝のジャンネッタも的確、合唱の見事なことは申しあげるまでもありません。

 音楽の流れが「愛の妙薬」という作品にぴったりで、歌手も皆バランスの良い抒情的な表現で歌い、合唱もオーケストラとも見事というたいへん立派な演奏でした。私は狭義のベルカントオペラが日本人歌手に一番似合っていると思うのですが、今回の演奏は、その意をますます強くさせてくれました。Bravissimi!!

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鑑賞日:2022年2月19日
入場料:B席 2F 8列 32番 8000円

主催:公益財団法人日本オペラ振興会/公益社団法人日本演奏連盟
共催:公益財団法人新宿未来創造財団

2022年都民芸術フェスティバル参加公演

日本オペラ協会公演
日本オペラシリーズNo.83

全2幕、字幕付原語(日本語)上演
伊藤康英作曲「ミスター・シンデレラ」(MR. CINDERELLA)
台本:高木 達

会場 新宿文化センター大ホール

スタッフ

指 揮 大勝 秀也  
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
キーボード 松本 康子
合 唱 日本オペラ協会合唱団
合唱指揮・副指揮 平野 桂子
演 出 高木 達
美 術 鈴木 俊朗/佐藤 みどり
衣 裳 増田 恵美
照 明 西田 俊郎
振 付 鷲田 美土里
舞台監督 八木 清市/水谷 翔子

出演

伊集院 正男 山本 康寛
伊集院 薫 鳥海 仁子
垣内教授 山田 大智
伊集院 忠義 江原 啓之
伊集院 ハナ きのした ひろこ
赤毛の女 鳥木 弥生
卓也 松原 悠馬
美穂子 神田 さやか
マルちゃんのママ 鈴木 美也子
マミ 山邊 聖美
ルミ 髙橋 香緒里
ユミ 遠藤 美紗子
女1 松山 美帆
舛田 慶子
西野 郁子
斎木 智弥
勝俣 祐哉
馬場 大輝

感 想

地方オペラらしからぬ地方オペラ‐日本オペラ協会「ミスター・シンデレラ」を聴く

 鹿児島オペラ協会創立30周年オペラとして企画され、2001年の初演以来鹿児島オペラ協会で三度、日本オペラ協会でも二度、その他、静岡などでも上演されている「ミスター・シンデレラ」は、再演されることが珍しい地方発信オペラの中では異色の存在です。それは、鹿児島の地域性を残しながらも東京でも上演できる普遍的な作品にする、という制作チームの最初の目標があり、それに沿って台本作成及び作曲を行った高木達及び伊藤康英の戦略が成功したことの証でもあります。伊藤はこの作品について「自分の作曲上の理念を追求したものではありません」と言っており、また、自分がポップス調の音楽を好むものではないとも言っています。そうであっても、戦略的に平易で笑いがある喜劇で、J-POP的な音楽を組み込んだ作品を作り出したことで確かに日本オペラの新たな可能性を示した作品であるし、再演されるのも当然かなと思います。

 とは言え、個人的には台詞が多すぎるのはどうなのかと思います。全部とは言いませんが、あの半分をレシタティーヴォにしてくれればもっとオペラ的になったのではないか、と思います。

 演奏技術的に言えば、日本語をどう発音してどう伝達するか、というところが一番難しいところだと思いますが、そこは皆さん明晰ではっきりと聞こえたと思います。字幕がなくても聞き取れそうでしたが、同音異義語が多い日本語の特徴を踏まえると字幕があった方が理解は深まります。重唱で別の歌詞を歌い始めると、字幕があってよかったな、と思いました。

 歌唱に関しては超絶技巧が必要だったり、超高音や超低音があったりするわけではないので、皆さんしっかりと演奏されていました。特によかったのがまず合唱。たいへん見事な響きとハーモニーで、ウキウキした感情がしっかり示された立派なもの。マミルミユミの「魔笛」ダーメをイメージしたという三人組の歌唱もとてもいい。三人の響きがよく溶け合っていて素晴らしいものでした。同じく、卓也・美穂子のバカップル。これは多分「ファルスタッフ」の「ナンネッタとフェントン」にインスパイアされていると思いますが、こちらも若い能天気な雰囲気をしっかり歌唱で示していい感じです。

 山田正智の垣内教授。連想させる役柄は「愛の妙薬」のベルコーレ。かっこよく迫るけど、結局は振られてしまいます。その格好良さを強調したちょっと臭い演技が山田の長身と相俟っていい感じです。学部長就任パーティのシーンは山田のすらっとした長身が光っていました。

 鳥木弥生の赤毛の女。上手いです。鳥木弥生が芸達者な方ですが、彼女の芸達者な部分とおふざけ好きの性格が役に良く嵌ったみたいで、ミステリアスで妖艶な演技が見事だったと思います。赤毛の女は正男が変身しているということでメゾソプラノの役柄になったものと思いますが、鳥木の演技は元おとこであることを消したような歌唱演技で正男の変身願望を強調している感じで、納得させられるものでした。

 演技という点でもう一人面白かったのはやはり何と言っても正男役の山本康寛です。女に変身したときの驚きや恥ずかしがり方などが見ごたえがあります。結構笑えましたが、多分ご自身は積極的に笑わせようとは思っていなかったのではないかと思いますが、その真面目な演技歌唱が、却っておかしみを醸し出していたかもしれません。

 鳥海仁子の薫。第一幕登場のアリアはもう少し響いてほしいと思いましたが、後は上々。第二幕のアリアは立派に響きました。一番の見どころは薫とはなの嫁姑対決の二重唱。これはもちろん「フィガロの結婚」のスザンナとマルチェリーナとの二重唱もパロディですが、これはハナ役のきのしたひろこもパワフルで、二人のパワーがぶつかり合うところに聴きごたえがありました。

 江原啓之の忠義。悪くはないのですが、2017年の泉良平の忠義と比べるとインパクトが弱いです。

 大勝秀也と東京フィルの演奏は当然ながら立派でした。伊藤康英は吹奏楽の作品も多いそうですが、そのせいか、管楽器の使い方が上手なように思いました。地の台詞が多いのはどうかと思いましたが、地の台詞が無音の中で言われることは少なく、多くは後ろでオーケストラがなっています。作曲家は地の台詞+オーケストラでひとつの音楽と考えていたのかもしれません。

 トランスジェンダーの物語としてLGBT時代にぴったりの作品という見方もあるようですが、昔から連綿とある男女転換で始まるドタバタ喜劇として単純に楽しんだ方が良いと思います。そういう見方の方が時代を超越した普遍性が生まれます。それにしても、天文館や桜島といった鹿児島の地名が盛り込まれ、小原節や徳之島の子守歌など、域発オペラでは定番の民謡の使用もありながらも鹿児島ローカルに留まっていない、「研究室のコンパ」などという今や死語らしい言葉が含まれていてちょっと時代かかっているかな、とも思う部分もありますが、親しみやすいことは間違いない作品ではありました。

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