オペラに行って参りました-2022年(その6)

目次

歌は才能+努力 2022年8月13日 ブリランテムジカ「スタートが音大ではない系オペラ歌手」を聴く
合唱の下支え 2022年8月16日 DOTオペラ「仮面舞踏会」を聴く
重唱こそがオペラの華 2022年9月10日 Bocca del Monte「OPERA amici 重唱 vol.5 ~音の重なりを楽しむ演奏会~」を聴く
木下美穂子こそ最高のバタフライ歌い 2022年9月11日 東京二期会オペラ劇場「蝶々夫人」を聴く
脱力系MCとしっかり音楽 2022年9月17日 レストランマエストロ「秋のランチタイムコンサート」を聴く
若手を聴く楽しみ 2022年9月23日 Scuola del pontealto「歌の花束をあなたに」を聴く
若手と実力者たち 2022年9月24日 杉並リリカ「オペラマニア8」~レナータ・テバルディ生誕100年記念ガラコンサートⅡ~を聴く
おもちゃ箱をひっくり返したような 2022年9月25日 東京文化会館オペラBOX「子供と魔法」を聴く
典型的な市民オペラ 2022年10月2日 調布市民オペラ「カルメン」を聴く
オペラが音楽劇であるということ 2022年10月8日 新国立劇場「ジューリオ・チェーザレ」を聴く

オペラに行って参りました。 過去の記録へのリンク

2022年 その1 その2 その3 その4 その5 その6 どくたーTのオペラベスト3 2022年
2021年 その1 その2 その3 その4 その5 その6 どくたーTのオペラベスト3 2021年
2020年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2020年
2019年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2019年
2018年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2018年
2017年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2017年
2016年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2016年
2015年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2015年
2014年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2014年
2013年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2013年
2012年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2012年
2011年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2011年
2010年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2010年
2009年 その1 その2 その3 その4   どくたーTのオペラベスト3 2009年
2008年 その1 その2 その3 その4   どくたーTのオペラベスト3 2008年
2007年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2007年
2006年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2006年
2005年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2005年
2004年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2004年
2003年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2003年
2002年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2002年
2001年 その1 その2       どくたーTのオペラベスト3 2001年
2000年            どくたーTのオペラベスト3 2000年

鑑賞日:2022年8月13日
入場料:自由席 4000円 

主催:ブリランテムジカ

ブリランテムジカ公演

スタートが音大ではない系オペラ歌手~I TRAVIATI 道を踏み外した者たち~

会場 ルーテル市ヶ谷センターホール

出演

ソプラノ 川越 塔子
ソプラノ 山口 安紀子
メゾソプラノ 松浦 麗
カウンターテナー 弥勒 忠史
テノール 西影 星二
テノール 藤田 卓也
バスバリトン 三浦 克次
ピアノ 藤原 藍子

プログラム

作曲 作品名 曲名 歌手
モーツァルト 魔笛 タミーノのアリア「何て美しい絵姿」 西影 星二
モーツァルト コジ・ファン・トゥッテ フィオルディリージのアリア「岩のように動かず」 山口 安紀子
マスネ ウェルテル ウェルテルのアリア「春風よ、なぜ私を目覚めさせるのか」 藤田 卓也
マスネ ウェルテル シャルロットのアリア「お願い、涙を流させて」 松浦 麗
ブリテン 夏の夜の夢 オベロンのアリア「ようこそ、放浪者よ~私の知る茂みに」 弥勒 忠史
プーランク ティレジアスの乳房 ティレジアスのアリア「いいえ、旦那様」 川越 塔子
ビゼー カルメン カルメンのセギディーリャ「セビリャの城壁の近くに」 松浦 麗/藤田 卓也
ビゼー カルメン ホセとエスカミーリョの決闘の二重唱「エスカミーリョ、グラナダの闘牛士」 藤田 卓也/三浦 克次
休憩
モンテヴェルディ ポッペアの戴冠 ポッペアとポローネの二重唱「あなたを見つめ」 川越 塔子/弥勒 忠史
ドゥランテ   愛に満ちた処女よ 松浦 麗
レスピーギ 作詞:ネグリ 最後の陶酔 西影 星二
ロッシーニ 音楽の夜会 第1集 踊り(ナポリのタランテラ) 藤田 卓也
穴見 めぐみ 作詩:金子 みすゞ 星とたんぽぽ 藤田 卓也
モーツァルト コジ・ファン・トゥッテ フィオルディリージとフェランドの二重唱「もうすぐ腕に抱かれ」 山口 安紀子/西影 星二
ベラスケス 作詞:ベラスケス ベサメ・ムーチョ 三浦 克次
湯山 昭 作詩:薩摩忠 電話 三浦 克次
オッフェンバック ホフマン物語 ジュリエッタとニコラウスの二重唱「美しい夜、愛の夜」 山口 安紀子/弥勒 忠史
ロウ マイ・フェア・レディ イライザの歌う「踊りあかそう」 川越 塔子
アンコール
ヨハン・シュトラウス こうもり 葡萄酒の流れるなかに 全員

感 想

歌は才能+努力‐ブリランテムジカ「スタートが音大ではない系オペラ歌手」を聴く

 音楽をやるには実は何の資格も経験も必要がありません。医師も弁護士も公認会計士も公害防止管理者も教師も保育士も皆国家資格が必要ですけど、作曲家にも指揮者にも演奏家にもなんの資格も必要ないし、なんの資格もない。日本を代表する大作曲家である武満徹は正規の音楽教育を受けていないそうですし、男声合唱の神様とも言うべき多田武彦も京都大を卒業して富士銀行に勤めながら作曲をしていたそうです。現代の人気作曲家の一人である信長貴富も正規の音楽教育は一切受けていないと言います。

 それでも楽器奏者は子供のころからその楽器に向き合っていないとなかなか一流の域には達しませんが、身体が楽器の歌手は身体が成熟しないとどうしても十分な声が出ないので、成年後目指しても一流になれる可能性があります。その時音大が必須でないことは申し上げるまでもありません。だからスタートが音大ではないオペラ歌手は他にも何人もいらっしゃいます。ソプラノなら池田香織、大津佐知子、メゾソプラノの田村由貴恵、テノールはキリンビールを定年退職後オペラ歌手になった平尾啓、バリトンには日本を代表するバリトンの一人である堀内康雄とぱっと思いつくだけでもこれだけいます。そして、今回歌われた人を含めて彼らが音大出身者に劣るかと言えばもちろんそんなことはなく、歌は持って生まれた声や身体と、その後の努力で決まるのだな、とつくづく思うところです。

 今回最初に登場した西影星二は現役の糖尿病専門医だそうです。音楽の専門教育は一切受けていないとのことですが、美しいテノーレ・リリコ・レジェーロでタミーナにぴったりの声です。準備も十分だったようで、綺麗な「絵姿のアリア」を聴かせてくれました。続く山口安紀子のフィオルディリージ。こちらはちょっと気合が入りすぎ。高音部は良いとしても低音部がドスが効きすぎていて、「トスカ」じゃないんだから」と突っ込みたくなるほど。

 藤原歌劇団を代表するスピントテノールの藤田卓也は、見事な「オシアンの歌」。流石です。続く松浦麗も良い感じのシャルロットでよかったです。弥勒忠史はカウンターテノールの本流の歌。この役柄に関しては新国立劇場における藤木大地の素晴らしい歌唱の印象が強くて、弥勒の歌に新国で聴いた時ほど共感できたわけではないのですが、カウンターテノールの力強さはきっちり出ていたのではないかと思います。

 川越塔子のプーランク、偽の乳房を付けて登場し、後半はそれを脱ぎ捨ててマッチョな肉襦袢を付けるという凝った演出。これも面白かったですが歌もいい。彼女の得意の一曲であることがよく分かる歌唱と演技でした。

 カルメンはホセを名手藤田卓也に据えての2曲。メゾソプラノ歌手にとって「カルメン」は絶対に避けて通れない課題曲で、松浦も役目をきっちり果たした印象。一方決闘の二重唱はエスカミーリョの三浦克次がパワフルでヒートアップしました。

 後半冒頭の「ポッペア」の二重唱は妖艶な感じで見事。低音歌手によって歌われることの多いイタリア古典歌曲の「愛に満ちた処女よ」ですが、元々短調の暗めの曲ではありますが、トーンを一定に暗めに保つよりももう少しメリハリを付けた方がいいのかな、という感じがしました。レスピーギの「最後の陶酔」は甘い愛の歌。曲の甘さがリリックテノールの声といい感じにマッチしています。

 後半で藤田卓也が歌った2曲はまったく逆の意味で藤田らしくない選曲。「踊り」はリズムに乗って軽々と歌わなければいけない難曲で、重めのテノールである藤田には向かないのではないかと思ったのですが、その迫力のある重めの声でしっかりスピードに乗せてきたところが立派。「星とたんぽぽ」は中田喜直の曲が有名ですけど、今回は若手作曲家・穴見めぐみの童謡風の1曲。こんな曲を藤田が歌うとは思わなかったので、こちらも驚きました。もちろん立派な歌ですが、曲の内容と比べると似合っているとは言えないのが本当かもしれません。

 コジの陥落の二重唱は、前半の怖いフィオルディリージよりはずっといい感じ。フェランドもよかったです。三浦克次の歌った2曲は味がある。特に2曲目のコミカルな「電話」は駄洒落の得意な三浦にぴったり。ただ最後の「もう電話に出んわ!」はもっと親父ギャグ風に決めてほしかったかな。ホフマンの舟歌はニクラウスをカウンターテノールによって歌われる点んが斬新。雰囲気が妖艶になります。最後の「踊りあかそう」も川越の大得意の曲。綺麗に決めてくれました。

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鑑賞日:2022年8月16日
入場料:S席1F 17列10番 4500円 

主催:NPO法人東京オペラプロデュース

DOTオペラ公演

全3幕、日本語字幕付原語(イタリア語)上演/演奏会形式
ヴェルディ作曲「仮面舞踏会」(Un ballo in maschera)
台本:アントニオ・ソンマ

会場 立川RISURUホール 大ホール

スタッフ

指 揮 辻 博之
ピアノ 小埜寺 美樹
合 唱 Coro in Maschera
舞台総合アドヴァイザー  伊藤 桂一朗 
映像空間プランナー 荒井 雄貴
音響 青木 央

出 演

リッカルド 与儀 巧
アメーリア 百々 あずさ
レナート 高田 智宏
ウルリカ 鳥木 弥生
オスカル 中江 早希
シルヴィーノ 氷見 健一郎
サミュエル 伊藤 貴之
トム 松永 哲平
判事・召使 所谷 直生

感 想

合唱の下支え‐DOTオペラ「仮面舞踏会」を聴く

 ピアノ1台による伴奏での演奏でしたが、全体的にはよくまとまった演奏で、オーケストラ伴奏でなかったのが残念でした。これだけ整った「仮面舞踏会」を聴いたのは久しぶりだと思います。

 まず合唱がいい。ピアノ伴奏でオペラ上演するときの合唱って数人しかいないということが多く、合唱が足を引っ張ることも少なくないのですが、今回は総勢58人、特に男声が34人と充実していたのが良かったです。今回の「Coro in maschera」はいうまでもなく臨時編成の合唱団ですが、その母体は東京交響楽団の付属コーラスである東響コーラスであり、流石の実力を発揮したということだろうと思います。

 ピアノ伴奏と合唱の下支えの元、ソリストもいい演奏をされたのだろうと思います。

 その中でも特によかったのが伊藤貴之のサミュエル。暗殺団の代表格でアリアもない脇役ですが、伊藤が深みのある低音で歌うと不気味な感じが漂います。割とコメディ的な側面もあるこのオペラで伊藤が歌うと悲劇に引き戻される感じがして良い感じでした。サミュエルとほぼ同じ歌唱をしているトムの松中哲平もサミュエルほどの存在感ではありませんでしたが、十分役目を果たしていました。

 第1幕でちょっと歌うだけですが、氷見健一郎のシルヴィーノにも存在感があってよかったです。

 アリアがあるメンバーで特によかったのはレナートの高田智宏。新国立劇場で聴いた紫苑物語の宗頼や「ドン・カルロ」のロドリーゴの時ほど調子が良かったわけではなかったようですが、それでも丁寧でしっかりした歌唱は全体の中で光っていました。特に第3幕第1場のアメーリアとの二重唱からアリア「おまえこそ心を汚すもの」の流れは素晴らしいものであり、今回の白眉と申し上げてよいと思います。

 主役のリッカルドの与儀巧ももちろん立派に役目を果たしておりましたが、彼の声にリッカルドはちょっと似合わないのではないかという気がしました。リリックな声でとてもよい領主像を作り上げていましたが、善人感が強くて違和感がありました。1幕のアリア「恍惚とした喜びの中で」や「今度の航海は無事だろうか?」柔らかいリリックな声が丁度いい感じでしたが、2幕と3幕はもう少し重みのある声で威厳を出せるようにしたほうがよかった感じがします。またアメーリアとの二重唱で一部落としたところもあり、完璧ではなかったというのが本当のところでしょう。

 百々あずさのアメーリアも丁寧にしっかり歌われていてよかったのですが、このかた、中低音が弱いです。高音を張るときは十分な声で説得力十分なのですが中低音は引っ込む感じです。ヴェルディのソプラノ役はしっとりした中低音があってこその魅力なので、そこは少し残念だったかもしれません。

 オスカルの中江早希も課題は中低音。オスカルは確かにコロラトゥーラソプラノの役ですが、一応ズボン役なので、中低音がしっかり響いてくれないと、やっぱり良い感じの存在感にならない。中江は中低音もしっかり歌える方だと思っていたので、ちょっと思いがけなかったです。

 鳥木弥生のウルリカ。しっかりおどろおどろしさが表現されていて、さすが鳥木弥生というべき。もう少し歯切れがよい歌になるともっといいと思うけど、おどろおどろしさと歯切れの良さは両立しないのでしょうね。

 まあ、いろいろ書きましたが、全体としては非常のバランスの良い整った「仮面舞踏会」で音楽を堪能できました。

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鑑賞日:2022年9月10日
入場料:自由席 5000円 

主催:Bocca del Monte

Bocca del Monte公演

OPERA amici 重唱 vol.5 ~音の重なりを楽しむ演奏会~

会場 音楽館セレレム

出演

ソプラノ 北野 綾子
メゾソプラノ 吉村 恵
テノール 岡坂 弘毅
バスバリトン 安東 玄人
ピアノ 小森 美穂
司会 岡坂 幸蔵

プログラム

作曲 作品名 曲名 歌手
ビゼー 真珠とり ナディールトズルガの二重唱「聖なる神殿の奥深く」 岡坂 弘毅/安東 玄人
プッチーニ 蝶々夫人 ピンカートン、シャープレス、スズキの三重唱「慰めようのないことはよく分かる」 岡坂 弘毅/安東 玄人/吉村 恵
ベッリーニ ノルマ ノルマとアダルジーザの二重唱「アダルジーザ!」 北野 綾子/吉村 恵
ベッリーニ ノルマ ノルマ、アダルジーザ、ポリオーネの三重唱「震えるのではない、邪悪なものめ」 北野 綾子/��吉村 恵/岡坂 弘毅
休憩
ヴェルディ イル・トロヴァトーレ レオノーラとルーナ伯爵の二重唱「私の願いを聞いてください」 北野 綾子/安東 玄人
ヴェルディ 仮面舞踏会 アメーリアとリッカルドの二重唱「ああ、なんと心地よいときめきが」 北野 綾子/岡坂 弘毅
レオンカヴァッロ 道化師 ネッダとシルヴィオの二重唱「ネッダ!、シルヴィオ!、こんな時間に・・・」 吉村 恵/安東 玄人
モーツァルト ドン・ジョヴァンニ ドン・ジョヴァンニ、ドンナ・アンナ、ドン・オッターヴィオ、
ドンナ・エルヴィラの四重唱「お気の毒な方、信用してはなりません」
安東 玄人/北野 綾子/岡坂 弘毅/吉村 恵
アンコール
山下 久幸 作詩:北野 武 合唱曲「ほしのはなし」 北野 綾子/吉村 恵/岡坂 弘毅/安東 玄人

感 想

重唱こそがオペラの華‐Bocca del Monte「OPERA amici 重唱 vol.5 ~音の重なりを楽しむ演奏会~」を聴く

 オペラはアリアで心情を歌いあげて、レシタティーヴォや重唱でストーリーが進むものです。その意味で重唱は非常に重要で、オペラの半分は重唱で構成されているわけですが、演奏会で重唱が取り上げられることはあまりありません。ガラ・コンサートで重唱が取り上げられるときはだいたい決まり切った曲です。すぐに思いつくのは、ソプラノ2人であれば「フィガロの結婚」の「手紙の二重唱」、テノールとバリトンであれば「ドン・カルロ」の「友情の二重唱」。それでも二重唱の曲は様々ありますが、四重唱となると「ラ・ボエーム」の第三幕の四重唱か「リゴレット」の第三幕の四重唱のこの二曲のどちらかに決まっています。少なくとも私がこれまで聴いたコンサートで、この2曲以外の四重唱曲を聴いたことはありません。

 それだけに普通ガラコンサートで取り上げられにくい重唱で構成されたコンサートはとてもありがたい。更に申し上げると、今回のプログラム、私が全曲を見たり聞いたりしたことのないオペラは「真珠とり」だけで、他は何度も拝見させていただいている作品ばかりです。その曲を、場合によっては前後におかれたアリアまで、一曲、一曲をかなり長時間にわたって歌っていただく。そうすると、過去見た舞台を思い出すのです。それが楽しかったです。

 最初に取り上げられたのが「真珠とり」の「友情の二重唱」。滅多に演奏されない曲ですが、私は昨年村上敏明と須藤慎吾のコンビによる歌唱で聴いたいます。あの二人はテノーレ・リリコ・スピントと正統派バリトンの組み合わせで、割と類似性を感じながら聴いた印象があります。今回はテノーレ・リリコ・レジェーロとバスバリトンの二重唱で、その声の違いがより明確となり、二人の差異が明確になった歌唱だったと思います。色々な演奏を聴くのがクラシック音楽の楽しみのひとつですが、二つの違った演奏を聴いて、それぞれの組み合わせの妙を感じました。

 「蝶々夫人」の三重唱は、終幕のひとつのポイントとなる重唱です。良い演奏でした。この演奏を聴いた翌日、東京二期会の「蝶々夫人」を見て、この部分の演奏も当然聴いたのですが、歌手との聴き手との距離の近さも関係するのか、私はこの「重唱コンサート」で歌われた三重唱の方が好ましくおもいました。

 前半の最後はノルマからの二曲。二曲と言ってもこの二曲は連続しているので、実際は、第一幕第二場の後半全部を演奏したことになります。これもよかったです。そもそもポリオーネはテノーレ・ロブストの役であり、岡坂弘毅の持ち役になるような役柄ではないのですが、しっかり役目を果たしていたのがいい。北野綾子と吉村恵もよくハモっていて良い感じでした。ノルマは最近は2017年の藤原公演、2018年の東京二期会公演を拝見しておりますが、藤原公演では、小川里美のノルマと米谷朋子のアダルジーザが全然ハモっていなくて満足できませんでしたし、二期会公演は富岡明子のアダルジーザはよかったのですが、ノルマの大村博美が期待はずれでやはりこの重唱はあまりうまくいっておりませんでした。今日演奏した三人とも「ノルマ」は大変だったと仰っておりましたが、大変さを味わった分、いい演奏に纏まったのではないかと思います。見事でした。

 後半の最初は「トロヴァトーレ」からの二重唱。大好きなシーンの曲で、演奏もよかったとは思いますが、過去効いた演奏と比較するとそこまで目立った演奏ではなかったかな、というのが本当のところ。続く仮面舞踏会の愛の二重唱。こちらも悪いものではありませんでしたが、リッカルドは岡坂弘毅の声には似合わないということを認識させられました。また北野綾子ももう少し、中低音がしっかり響いたほうがアメーリアの魅力が引き出せたかと。8月に聴いた仮面舞踏会と比較すると、私は百々あずさと与儀巧で歌われた8月の演奏の方が魅力的でした。

 「道化師」のネッダとシルヴィオの二重唱は、安東玄人が演奏が始まる前から不安を漏らしていましたが、やはりラブシーンは似合いません。真面目な顔をしてぎこちなくラブシーンを演じる様子は見ていて微笑ましかったですが、最後は相手役の吉村恵が吹き出しそうになったそうで、何とかまとめましたが・・・、という演奏ではありました。最後の「ドン・ジョヴァンニ」からの四重唱。安東玄人は全曲の影響を引きずっていたようで、「ドン・ジョヴァンニ」というよりレポレッロ、というべき演技・歌唱。ドンナ・エルヴィーラの厳しさを示す真面目な四重唱ですが、なんか笑いを感じさせる演奏になったと思います。

 演奏そのものにはもう少しやりようがあったのではないかと思う部分もありましたが、少人数の観客で観客と歌手の間が近いこと、また司会が岡坂弘毅・吉村恵夫妻の一粒種、幸蔵くんが担当し、一所懸命曲を紹介してくれたことが凄く可愛くてとてもアットホームな雰囲気のコンサートになり、とても楽しめました。

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鑑賞日:2022年9月11日
入場料:C席3F R10列3番 8000円 

主催:公益財団法人東京二期会
共催:公益財団法人新国立劇場運営財団/公益財団法人日本オペラ振興会

東京二期会オペラ劇場

二期会創立70周年記念公演

全3幕、日本語字幕付原語(イタリア語)上演
プッチーニ作曲「蝶々夫人」(Madama Butterfly)
台本:ジュゼッペ・ジャコーザ/ルイージ・イッリカ

会場 新国立劇場オペラパレス

スタッフ

指 揮 アンドレア・バッティストーニ
オーケストラ 東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱 二期会合唱団/新国立劇場合唱団/藤原歌劇団合唱部
合唱指揮  佐藤 宏 
演 出 栗山 昌良
舞台美術 石黒 紀夫
衣 裳 岸井 克己
照 明 沢田 祐二
舞台設計  荒田 良 
演出補 奥野 浩子
所作指導 花柳 妙千鶴
舞台監督 菅原 多敢弘

出 演

蝶々夫人 木下 美穂子
スズキ 藤井 麻美
ケイト 角南 有紀
ピンカートン 城 宏憲
シャープレス 成田 博之
ゴロー 大川 信之
ヤマドリ 杉浦 隆大
ボンゾ 三戸 大久
神官 的場 正剛
子供 角南 怜音

感 想

木下美穂子こそ最高のバタフライ歌い‐東京二期会オペラ劇場「蝶々夫人」を聴く

 「蝶々夫人」は一番嫌いなオペラと公言している通り嫌いなのですが、新国立劇場、東京二期会、藤原歌劇団の本公演は全部見に行くことにしているので、もうすでに十数回は聴いていると思います。その何度か聴いている公演の中で最高だったのが2014年、木下美穂子が主役を務めた東京二期会の舞台。これは本当に素晴らしい演奏で、栗山昌良の演出、東京都交響楽団の演奏も素晴らしく、私の中で燦然と輝く思い出の公演です。木下美穂子の蝶々夫人は2006年にも聴いており、その時も素晴らしかったのですが、2014年の公演の方が更によかったと思います。その木下の再登場の舞台、私にとっては都合三度目の木下蝶々さんになりますが、やっぱり素晴らしかった、と申し上げるしかありません。

 なんといっても歌唱コントロールが素晴らしい。声がそもそも美しいですし、その声のコントロールも絶妙。感情表現も感情過多にならず、と言って感情がないわけでもなく抜群のバランスで歌われます。第一幕の愛の二重唱は、本当に可愛らしさを感じさせる立派な歌唱。惚れ惚れするほどのものでした。第二幕の「ある晴れた日に」から「花の二重唱」に至る流れも所作を含めて見事でしたし、第三幕のケートを見てからの絶望の表現も流石木下というべきもの。2014年公演を聴いたとき、私はこれまで聴いた最高の蝶々夫人だと書きましたが、その後多数の蝶々夫人を聴いてきましたが、あの木下蝶々夫人を凌駕する方は現れず、今回の演奏もあの演奏を彷彿させる素晴らしいもので、少なくとも、私にとっては「木下美穂子こそ、最高のバタフライ歌い」です。ひとつだけ文句があるとすれば二幕、三幕の衣裳の着せ方。専門家が見ているのだろうと思いますが、もう少しすっきりと着せてあげたほうが良かったのではないでしょうか。

 演出は定評のある栗山昌良のもの。この舞台もおなじみのものですが、やっぱり素晴らしいです。東京二期会は2019年の「蝶々夫人」公演で、宮本亜門の演出に変えましたが、あの危険極まりない奇を衒った舞台より、伝統の栗山舞台の方が素晴らしいという判断になったのでしょうね。結構なことだと思います。私もいろいろな蝶々夫人の舞台を見てきましたが、結局はこの東京二期会の栗山舞台か、粟國安彦による藤原歌劇団の舞台が蝶々夫人に一番似合っている。この舞台が新国立劇場に運び込まれたことは初めてだとは思いますが、新国立劇場でもしっかり良い雰囲気を示しました。

 木下蝶々さんと舞台演出の素晴らしさは上記の通りですが、演奏全体としては若干不満の残る演奏でした。まず、バッティストーニの指揮がいただけない。バッティストーニは歌手が歌っているシーンでは歌手の歌に合わせて適切に振っているのですが、オーケストラだけになると、急に頑張ります。冒頭の前奏曲はこの作品の情感を壊すスピードで振り、歌が始まるとぐっとスピードを落とすので、聴いていると気持ちが悪くなるほどです。その他でも歌がなくなってオーケストラだけになると思いっきりフォルテで演奏させます。そういうやり方でメリハリを付けているのだろうと思いますが、何もオーケストラだけのところをあそこまで主張する必要はないのではないでしょうか。私には凄く不自然に聴こえました。

 ピンカートンの城宏憲。悪くはないのですが、もう一つ踏み込みが足りない歌だったと思います。第一幕の軽薄な表現はもっと軽薄で能天気な表現をされた方が良かったと思いますし、第三幕の後悔の表現ももっと踏み込んだ大げさな表現をしても良かったのではないかと思いました。愛の二重唱は蝶々さんの可愛らしさを引き出すフォローを行ったので、そちらは文句はありません。成田博之のシャープレスは適度なバランスでよかったと思います。優柔不断で踏み込めないけれども、蝶々夫人に同情的でピンカートンに批判的な感じがよく出ていました。

 藤井麻美のスズキ。歌はともかく、所作がまだまだです。もちろんかなり鍛えられたのだろうと思いますが、それでも女中の雰囲気が身体から臭ってこない。スズキという役柄が身体に染みこんだ演技には全くなっていなくて、こうやれ、と言われたからこうしている、という感じが露骨に見える演技でそこは更なる精進が必要であると思いました。歌は決して悪くないのですが、蝶々夫人の音楽的センスに対して、藤井の音楽的センスにかみ合っていないのではないかと何度も思いました。これも音楽のせいというより所作のぎこちなさが原因ではないかと思いました。

 脇役陣では大川信之のゴローが期待外れ。特に一幕、歌い方に工夫がなく、ゴローに期待される女衒のいやらしさ、小悪党の感じが十分に出ていませんでした。もっとけれんみを入れた歌唱にした方が良かったのではないでしょうか。一方、第二幕以降の歌や雰囲気はよかったと思います。それ以外の脇役陣。それぞれの時点で味わいを出す役柄ですが、皆それぞれ自分の役目を果たしていたと思います。合唱は、二期会と新国立劇場、藤原歌劇団の三団体合同でしたが、良い感じでまとまっており、日本のオペラ団体の合唱のレベルの高さを示しました。

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鑑賞日:2022年9月17日
入場料:指定席 4500円 

秋のランチタイムコンサート

会場 新国立劇場3Fレストランマエストロ

出演

ソプラノ 八木下 薫
テノール 岡坂 弘毅
ピアノ 清水 綾

プログラム

作曲 作品名/作詩 曲名 歌手
トスティ 作詩:ガブリエーレ・ダンヌンツィオ 暁は光から 八木下 薫
中田喜直 作詞:堀内幸枝 サルビア 八木下 薫
服部正 作詞:大木淳夫 野の羊 岡坂 弘毅
ベッリーニ カプレーティ家とモンテッキ家 ジュリエッタのアリア「ああ、幾たびか」 八木下 薫
ドニゼッティ 愛の妙薬 ネモリーノのアリア「人知れぬ涙」 岡坂 弘毅
ビゼー カルメン ホセとミカエラの二重唱「伍長さん、誰だ、ミカエラ、君なんだね」 岡坂 弘毅/八木下 薫
休憩(昼食)
ロッシーニ 音楽の夜会 第1集 踊り(ナポリのタランテラ) 岡坂 弘毅
リスト      作詞:フェルディナント・フライリヒラート        愛しうる限り愛せ         八木下 薫
ドニゼッティ ランメルモールのルチア エドガルドのアリア「我が祖先の墓よ」 岡坂 弘毅
ヴェルディ ファルスタッフ ナンネッタのアリア「夏の爽やかなそよ風の中を」 八木下 薫
プッチーニ ラ・ボエーム ミミとロドルフォの二重唱「今ふたりでいる、直ぐに追いつくから席を2人分取っておいてくれ」 岡坂 弘毅/八木下 薫
アンコール 
ガスタルドン 作詩:フリック・フロック 禁じられた音楽 岡坂 弘毅/八木下 薫

感 想

脱力系MCとしっかり音楽‐新国立劇場3Fレストランマエストロ「秋のランチタイムコンサート」を聴く

 京王線が遅れ、最初からぎりぎり到着予定でしたが、しっかり遅刻。3曲目から聴くことになりました。食事つきのコンサートはあまり経験がなく、またコロナ禍以降は大人数のいるところでの食事も避けてきたので、本当に久しぶりの食事つきコンサートでした。また、マエストロに行くこともほとんど経験がなく、入るのが二度目。そういう経験の少ないコンサートなのだからもっと余裕を持って伺うべきでした。

 反省はおいておいて、コンサート自身は楽しいものでした。なんといっても二人の司会がまさに本音ぶっちゃけトーク。「大学に入るまでオペラなんか聴いたことはなかった」だの「最初のころは何でみんな死んで終わるのだろう」とか思っていたとか、「レジェーロの声だと、年をとっても若い青年の役しか来ないので、それはそれでたいへんだ。実年齢では自分よりもずっと若いバリトンが父親役だったりすると、やっぱり変な気分だ」、「ラブシーンは苦手だ」とか、飲み会では聴くことはあっても普通のコンサートでは絶対出そうもないお話がボロボロ出てきて、音楽よりもそっちの方が楽しかったかもしれません。

 プログラムは、日本歌曲、アリア、二重唱、外国歌曲、アリア、二重唱という流れで、アンコールは普通ソロで披露される「禁じられた音楽」を二人で歌いました。選曲は有名曲が多いですが、典型的なアリアや重唱ではなく、特に重唱で歌われた2曲はよく知られてはいますが、コンサートで歌われることはあまりない曲なので新鮮でした。

 八木下に関しては、「ああ、幾たびか」が白眉でしょう。レシタティーヴォ、シェーナ、ロマンツァと続くかなり長い音楽ですが、ノーカットで聴かせてくださいました。よく歌われる曲ですが、オペラ本編ではいざ知らず、コンサートでノーカットで歌われるのを聴くのは珍しいかもしれません。後半はナンネッタの「妖精のアリア」でこちらもしっかり歌われていましたが、「ああ、幾たびか」の方が気持ちが入っていたように思いました。また、リストの「愛しうる限り愛せ」は有名なピアノ小品「愛の夢3番」のメロディーにドイツ語の歌詞を付けた歌曲ですが、八木下はこの曲をレパートリーにしたいと考えているようで、私は二度目の聴取となりました。

 岡坂は唯一歌える日本歌曲という「野の羊」に始まって得意のネモリーノのアリアは、最初の第一声が上手く出ず完成度は必ずしも高くはありませんでした。一方後半は、「ルチア」の終幕のアリアは悲痛な気持ちがよく乗った熱傷で、特にカデンツにおけるアクートが「僕、男の子」という感じでしっかり伸ばして見事でした。また、先日町田でも聴いた「踊り」もよかったです。

 二重唱はどちらも岡坂の声が勝っていました。バランス的にはもっとソプラノの声が前に出てもよかったと思いました。

 以上、休日の昼下がりいい時間を過ごせました。

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鑑賞日:2022年9月23日
入場料:自由席 3000円 

主催:Scuola del pontealto

QUATTRO BEI FIORI公演

QUATTRO BEI FIORI ~歌の楽しみをあなたに~

会場 としま区民センター小ホール

出演

ソプラノ 月村 萌華
ソプラノ 福田 亜香音
ソプラノ 三浦 梓
ソプラノ 横内 尚子
ピアノ 瀧田 亮子

プログラム

作曲 作品名/作詩 曲名 歌手
ドリーヴ ラクメ ラクメとマリカの花の二重唱「おいでマリカ、花のツルが」 全員
中田喜直 歌曲集「魚とオレンジ」(作詩:阪田寛夫) はなやぐ朝 月村 萌華
中田喜直 童謡歌曲集「ほしとたんぽぽ」(作詩:金子みすゞ) つゆ/こだまでしょうか/わらい/ほしとたんぽぽ 福田 亜香音
木下牧子 不思議の国のアリス アリスとユリの花の二重唱 ユリ:福田 亜香音、アリス:横内 尚子
山田耕筰 歌曲集「風に寄せてうたへる春のうた」(作詩:三木露風) 全曲 三浦 梓
林光 歌曲集「四つの夕暮れのうた」(作詩:谷川俊太郎) 全曲 横内 尚子
フランク ミサ曲 作品12-5 天使の糧 全員
休憩
アーン 作詩:テオフィール・ド・ヴィオー クロリスに 横内 尚子
トスティ 作詩:ロッコ・E・パッリアーラ 薔薇 月村 萌華
チマーラ 作詩:ゴッフェレド・ペーシ 春の歌 月村 萌華
ゴメス サルヴァトール・ローザ イザベッラのアリア「愛しい人よ、海へおいで」 三浦 梓
モーツァルト ドンジョヴァンニ ゼルリーナのアリア「ぶってよ、マゼット」 福田 亜香音
オッフェンバック ホフマン物語 オランピアのアリア「生垣に小鳥たちが」 福田 亜香音
プッチーニ 妖精ヴィッリ アンナのアリア「もしお前たちのように小さい花だったら」 三浦 梓
ドニゼッティ ドン・パスクワーレ ノリーナのアリア「あの眼差しに騎士は」 横内 尚子
ドニゼッティ ランメルモールのルチア ルチアのアリア「あたりは沈黙に閉ざされ」 月村 萌華
アンコール
佐原一哉 作詞:古謝美佐子 童神 全員

感 想

若手を聴く楽しみ‐Scuola del pontealto「歌の花束をあなたに」を聴く

 若手の歌手を聴き続けるのは楽しい。初めて聴いたときは大した歌でなくても、だんだん上手になって、次に聴いたときに全然違ったものになっていたりすると、若手を聴き続ける楽しみがあります。年に1回ぐらい聴ければ一番なのですが、数年間隔でもそれは分かります。

 今回の出演者では福田亜香音がそう。福田を最初に聴いたのは、2015年の国立音楽大学大学院オペラでのデスピーナですが、全然声が飛んでこず、彼女に対して「もっと声を」と書かせていただきました。それから7年、精進されたのでしょう。良い歌手に変わってきました。先日聴いた日本オペラ協会の「第71回日本オペラ・日本歌曲連続演奏会」において、今回も歌われた「不思議の国のアリス」の二重唱で今回と同様に「ユリの花」を歌われたのですが、それがとてもよかった。そして今日は、横内尚子のアリスと同じ二重唱を歌われました。横内は「オペラカフェマッキアート58」という団体の副代表で、今年の5月同団の公演で「不思議の国のアリス」を上演し、白ウサギを好演した記憶が新しいのですが、今回はアリス役でユリを盛り立ててくれました。横内の好サポートもあって、福田の技巧的なユリがより輝いていたのかなと思います。

 福田の歌について更に申し上げるならば、中田喜直の童謡歌曲集「ほしとたんぽぽ」からの4曲は、可愛らしくまとめ上げました。後半ではオペラアリア2曲を歌いましたが、好ましかったのは「ぶってよ、マゼット」。彼女の歌いっぷりは師匠の高橋薫子を彷彿させるもの。今回のコンサートの主催者で会場にいらした高橋薫子さんにそう申しあげたら、「この曲をレッスンしたことはないと思うけど」と仰っていましたが、師匠の歌を見て育ったということかもしれません。尚、オランピアのアリアも悪くはないのですが、機械仕掛け人形の動きと歌のバランスはまだまだ工夫の余地ありと見ました。

 三浦梓も福田と違う意味で成長をみた人。彼女を最初に聴いたのは、2016年の国立音楽大学大学院オペラでのゼルリーナ。その時も安定したいい歌を歌っていたのですが、今回の歌も立派。落ち着いた歌いまわしで丁寧な歌になっていました。彼女が最初に取り上げたのが、山田耕筰の歌曲集「風に寄せてうたへる春の歌」。陶酔感のある流麗なメロディーを軽やかに歌われていて、良い感じです。ただ、歌詞が流麗感に流されている感じがしました。三木露風の文語調の歌詞がしっかり立って聴こえるともっと良かったかなと思いました。

 また三浦はオペラアリアも素晴らしい選曲でした。最初のゴメスという南米出身でヴェルディ時代のイタリアで活躍された作曲家の代表作のアリアです。恥ずかしながら、私はこのゴメスという作曲家がいたことも、その代表作のオペラが「サルヴァトール・ローザ」という作品であることも知りませんでした。何枚かCDは出ているようですが、youtubeにはほとんど録音が上がっておらず、よくこんな曲を選曲してきたな、というのがまず驚きです。同じ意味で「ヴィッリ」のアリアも珍しい。この作品のことはさすがに知っていますが、生の舞台を拝見した経験はまだありませんし、このアリアを聴いた記憶もほとんどありません。そういう2曲を取り上げるところが三浦の探求心のなせるわざだと思いますし、そして、どちらも繊細で美しい曲で、その繊細な歌唱の技巧が歌を盛り立てたように思います。

 一方で初めて耳にしたのは月村萌華。しっかりした声の持ち主で、中音から高音までバランスよく響き、パワフル。若さを感じる声でした。スパーンと前に飛ぶ声で、ビブラートはほとんどかからず、黒々とした墨で書かれた一筆書きのようなうたでした。中田喜直の「はなやぐ朝」は歌詞が明快で、音の粒立ちがよく見事。トスティとチマーラの歌曲はどちらも有名な曲ですが、臆することなく歌われて立派。ルチアの登場のアリアも揺るぎのないしっかりとした歌で実力を示しました。ただ若い方だけあって、今はその恵まれた声に任せて歌っている感じがしました。上手なのですが、歌の内面の掘り進め方にはまだまだ、といったところでしょうか。期待したいと思います。

 今回の4人は、ベテランソプラノ、高橋薫子さんのお弟子さんという点で共通していますが、以上の3人が大学時代から師事しているのに対し、横内尚子は2018年のソプラノ転向を機に高橋門下に入られたという方です。今回はまず「アリスとユリの花」の二重唱から入られ、ついで、谷川俊太郎の詩に林光が曲を付けた「四つの夕暮れの歌」を歌われました。この曲も私は初耳だったのですが、音の飛び方がいかにも現代風で、なかなか難しいな、と思わせる作品。横内はその曲を良い感じの雰囲気で歌われました。ただ、歌詞の明快さという点に関しては、三浦同様課題を残した感じです。歌曲とオペラアリアは師匠の高橋が得意とするアーンの「クロリスに」と、ノリーナのアリア。どちらも頑張った歌唱だと思いますが、師の歌をしている身とすればまだ物足りないというのが正直なところ。これから更に磨いていってほしいと思いました。

 ちなみに声質は福田がレジェーロ、三浦はリリコレジェーロ、横内がリリコ、月村がリリコスピントだと思います。この4人が重唱を歌うととても美しい和音になります。今回は本来二重唱曲であるラクメの「花の二重唱」をラクメを福田と三浦が、マリカを横内と月村が歌いましたが、それぞれのパートをユニゾンで歌ったり、一人が休んだり、お互いが交換したりして、広がりのある歌になっていました。同じ意味でフランクの「パニス・アンジェリクス」も美しい。女声合唱でよく取り上げられる曲ですが、4人の美しいソプラノで歌われるとその美しさが際立ちます。堪能しました。

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鑑賞日:2022年9月24日
入場料:1F15列24番 6000円 

主催:杉並リリカ

杉並リリカ公演

オペラマニア8~レナータ・テバルディ生誕100年記念ガラコンサートⅡ~

会場 杉並公会堂大ホール

出演

ソプラノ 大隅 智佳子
ソプラノ 鈴木 椎那
ソプラノ 鈴木 玲奈
ソプラノ 野田 ヒロ子
メゾソプラノ 吉田 安梨沙
テノール 城 宏憲
テノール 笛田 博昭
テノール 宮里 直樹
バリトン 山口 邦明
ピアノ 藤原 藍子

プログラム

作曲 作品名/作詩 曲名 歌手
ヴェルディ 椿姫 ヴィオレッタとアルフレードの二重唱「幸福なある日」 鈴木 椎那/宮里 直樹
ヴィオレッタのアリア「ああ、そは彼の人か~花から花へ」 鈴木 椎那
ジェルモンのアリア「プロヴァンスの海と陸」 山口 邦明
ヴィオレッタとアルフレードの二重唱「パリを離れて」 鈴木 椎那/城 宏憲
ヴェルディ イル・トロヴァトーレ アズチェーナのアリア「炎は燃えて」 吉田 安梨沙
ヴェルディ エルナーニ エルナーニのアリア「萎れた花に降りた霜のように」 城 宏憲
ヴェルディ アイーダ アイーダのアリア「おお、わが故郷」 大隅 智佳子
ヴェルディ 運命の力 レオノーラのアリア「憐みの聖母」 野田 ヒロ子
ヴェルディ イル・トロヴァトーレ マンリーコのカバレッタ「恐ろしい焚火を見れば」 笛田 博昭
休憩
ビゼー カルメン カルメンのハバネラ「恋は野の鳥」 吉田 安梨沙
エスカミーリョのアリア「喜んで、君たちの乾杯を受けよう」 山口 邦明
カルメンとホセの二重唱「あんたね?俺だ」 吉田 安梨沙/笛田 博昭
チレア アドリアーナ・ルクヴルール アドリアーナのアリア「私は芸術の創造主のしもべ」 大隅 智佳子
マスネ ル・シッド ロドリーグのアリア「全能の統べたもう神よ」 城 宏憲
バーンスタイン キャンディード グネゴンデのアリア「着飾ってきらびやかに」 鈴木 玲奈
ボーイト メフィストフェレ マルゲリータのアリア「ある夜、深い海に」 野田 ヒロ子
カタラーニ ワリー ワリーのアリア「さようなら、故郷の家よ」 大隅 智佳子
ヴェルディ アッティラ フォレストのアリア「ここにとどまろう~愛する祖国よ」 宮里 直樹
プッチーニ マノン・レスコー マノンとデ・グリューの二重唱「愛しい貴方」 野田 ヒロ子/城 宏憲
ヴェルディ リゴレット マントヴァ公とジルダの二重唱「彼女は私の太陽だ」 鈴木 玲奈/宮里 直樹
ジョルダーノ アンドレア・シェニエ シェニエとマッダレーナの二重唱「ここが祭壇ね」 大隅 智佳子/笛田 博昭

感 想

若手と実力者たち‐杉並リリカ「オペラマニア8」~レナータ・テバルディ生誕100年記念ガラコンサートⅡ~を聴く

 「フランコ」酒井章さんのオペラ歌手応援プロジェクトみたいな形で始まった「オペラマニア」シリーズ、今年で8年目を迎えました。酒井さんの人脈の広さで、日本を代表する歌手の方々が一堂に会する。こんな会は杉並リリカの企画以外考えられません。今回も二期会を代表するテノールである、城宏憲、宮里直樹、藤原の至宝、笛田博昭が揃いましたし、女声ではもうベテランと申しあげてもよい野田ヒロ子に日本のテバルディ大隅智佳子、それに若手のホープ鈴木玲奈が揃いました。顔ぶれだけでも素晴らしいことが約束されたようなコンサートfですが、実際はいろいろありました。その原因は勢力は弱かったけど、関東・東海を大雨をもたらした台風15号。

 その被害をまともに被ったのが鈴木玲奈。鈴木は前日名古屋から帰京してこの公演に出演する予定でしたが、雨で新幹線が動かず名古屋に足止め。演奏会当日も新幹線の復旧の見通しが立たなかったため、中央線で長野県に入り、やはり中央線で東京まで戻られたそうです。当然開演時間には間に合わず、15時過ぎに会場に飛び込む慌ただしさ。普通であればメンタルがボロボロでとても歌えたものではないと思いますが、プロ根性がある方なのでしょうね、流石に今回の目玉の、「夢遊病の女」のアミーナの大アリアは歌わなかったのですが、グネゴンデのアリアとリゴレットの二重唱は歌い切りました。もちろん歌唱は落ち着いて歌ったときと比較すれば三割安というべきもので、本来の鈴木の歌ではなかったとは思いますが、何とかして舞台に穴をあけまいとした根性は大いにたたえられるべきものです。その気力にBravaを申しあげたいと思います。

 さて、今回の「オペラマニア8」、「椿姫」と「カルメン」のハイライトのような演奏がありました。これを組み込んだのは、今回初出演の鈴木椎那、吉田安梨沙の力を見せたいという意味があったのでしょうが、その意図はともかくとして、「オペラマニア」を表するのですから、「カルメン」だの「椿姫」だの「蝶々夫人」だのの曲は他に任せて、オペラマニア向けの曲をもっと増やした方が良いのではないかと思いました。今回はこの2作品の曲を別にすれば、オペラの手練れにとっても聴き応えのあるプログラムだったと思います。それだけにこの二作品の曲が入ることによってマニア向けっぽさを薄めているのは残念です。

 更に申し上げれば、今回ヴィオレッタを歌った鈴木椎那もカルメンを歌った吉田安梨沙もさほどよくない。

 鈴木に関して申し上げれば、最初の二重唱、アルフレードの宮里もある程度は抑えた歌い方をしているように見ましたが、それでもアルフレードと対等の歌にならない。ここでテノールの声を下敷きにするぐらいでないとこの部分のバランスが取れないので残念です。「ああそは彼のひとか」のアリアももちろんしっかり歌ってはいるのですが、響かせ方が十分でないのか、何か安っぽく聴こえます。「花から花へ」のきらびやかさが足りず、もう一段の軽い華やかさが欲しいところです。「パリを離れて」の二重唱は、緊張が解けたのか最初の二重唱よりはずっとましになりましたが、それでも城アルフレードに引き回されている感じで、もう少し主体性が見せられる歌になればよいかなと思いました。

 吉田に関して申しあげれば、最初のアズチェーナのアリアが全然評価できない。おどろおどろしさも怖さも全く感じさせない歌で、若すぎるのかな、という印象。カルメンは全然ましでしたが、それでもハバネラは色気が足りず、終幕の二重唱は、完全に笛田ホセに押されっぱなしで、ホセのダメ男ぶりもカルメンのしたたかな強さも表現できておらず、残念だったと申し上げるしかありません。この二人にはもっと勉強していただきたいというのが思うところです。

 「椿姫」のジェルモン、「カルメン」エスカミーリョを歌った山口邦明も評価できない。山口はなかなか力のあるバリトンなのですが、今回は力を発揮できなかったと思います。最初の「プロヴァンスの海と陸」は声に血が巡っていない感じで、薄い歌でした。「闘牛士の歌」はそれよりはずっとましでしたが、終了部分でカルメン、フラスキータ、メルセデスが出てくる場面で大隅智佳子のフラスキータに完全に食われてしまったところ、残念でした。

 以上問題の歌手を列挙しましたが、一方それ以外の歌手は素晴らしい。まず大隅智佳子と野田ヒロ子。大隅と野田は曲へのアプローチが全然違い、それぞれ面白く聴けました。

 大隅智佳子は解析的なアプローチ。楽譜を深く読み込んで、それを自分の中で再度設計図に書き直して歌っているという感じです。論理的な歌い方と言えるかもしれません。大隅の場合、頭でそう考えたことが歌えるだけの声量も技量もあるので、それができるのだろうと思います。アイーダもアドリアーナもワリーも神経を細やかに歌ったことが分かる素晴らしいもので、聴き惚れました。

 野田ヒロ子は、演劇的なアプローチだと思います。楽譜はもちろん細かく検討されていると思いますが、それよりもオペラの流れの中でどう歌うのが一番適切か、という点がまずあるように思いました。「運命の力」のアリアも「メフィストフェーレ」のアリアも流石野田ヒロ子というべき出来栄え。そして野田が歌うと舞台を彷彿とされるものがあります。そこが素敵です。この味わいは二重唱になるとさらに発揮されて、城宏憲とのマノン・レスコーの二重唱は、城の味わいのある歌も相俟って本当に良い感じの二重唱になりました。大隅と野田を比較すると、大隅の理性、野田の感性、という感じですが、どちらのアプローチも音楽を突き詰めようとするパワーがあって、素晴らしいと思いました。

 テノール三人は日本を代表するプリモです。城と宮里は、今月前半に行われた東京二期会オペラ劇場「蝶々夫人」のピンカートンをダブルキャストで勤めていましたし、笛田が藤原歌劇団のトップテノールであることも疑いないところです。ですからその歌はどれも素晴らしいものでした。

 特に宮里直樹。蕩けるような美声で女心をくすぐる。アルフレードもマントヴァ公も流石です。もちろんアルフレードは強すぎて二重唱のバランスとしてはいかがなものかと思いますが、ジルダの鈴木玲奈とはいい関係を保ったので、これはヴィオレッタの責任です。今回ソロのアリアは1曲だけですが、これがヴェルディ初期の作品「アッテイラ」の若き将軍フォレストのアリア。本来は合唱との掛け合いでどんどん盛り上がっていく曲で、合唱があるともっと格好良かったと思いますが、宮里一人でも十分素晴らしい音楽を楽しむことができました。

 城宏憲。「ル・シッド」のアリアと「エルナーニ」のアリア。「ル・シッド」のアリアは、昨年の「オペラマニア」で岡田尚之が歌ったもの。そう聴ける曲ではないと思うのですが、2年連続で聴けて嬉しい。城の歌は彼特有の情熱のこもったものでもう少し落ち着いた歌でも良かったのではないか、という気もしますが、ギリギリのところでしっかり歌われているのを聴くのはテノールを聴く醍醐味です。エルナーニのアリアもなかなか取り上げられない曲だとは思いますが、落ち着いたカンタービレが、さすが城というべきもの。この曲も合唱との掛け合いでどんどん盛り上がっていく曲なので、合唱があるともっと楽しかっただろうなと思います。そう思わせる良い歌でした。

 笛田博昭はソロは18番のマンリーコのカバレッタ。余裕の歌で、歌としてはちょっと外れているところもあったのですが、あれだけ余裕のある歌いっぷりを見せられるそんなことはどうでもよくなってしまいます。二重唱は「カルメン」の二重唱と「アンドレア・シェニエ」の二重唱。カルメンの二重唱は笛田が強すぎて、カルメンに哀願している感じが全く感じられなくて残念。一方シェニエの二重唱は、大隅智佳子と丁々発止の横綱相撲を取って見せて、これこそオペラを聴く醍醐味だと感じました。こちらは本当に素晴らしかったです。

 外は物凄い音で雷が落ちるような急な大雨でしたが、中ではピアノの藤原藍子の素晴らしいサポートもあって、いいい感じで終えることができました。

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鑑賞日:2022年9月25日
入場料:指定席 o列58番 3850円 

主催:上野中央通り商店会/公益財団法人東京都歴史文化財団 東京文化会館

東京文化会館オペラBOX

全1幕、日本語字幕付原語(フランス語)上演
ラヴェル作曲「子供と魔法」(L'enfant et les sortilèges )
台本:シドニー=ガブリエル・クロディン・コレット

会場 東京文化会館小ホール

スタッフ

指 揮 柴田 真郁
2台ピアノ 髙橋 裕子/巨瀬 励起
合 唱 オペラBOX合唱団
児童合唱 プティレネット(ワークショップ「オペラを作ろう」参加者)
児童合唱指揮  柴田 真郁 
演 出 岩田 達宗
美 術 松生 紘子
衣 裳 増田 恵美
照 明 大島 祐夫
舞台監督  穂積 千寿 

出 演

子供 富岡 明子
母親/中国茶碗/トンボ 八木 寿子
安楽椅子/羊飼いの娘/リス 盛田 麻央
火/ウグイス 中江 早希
羊飼いの男/雌猫 高橋 華子
お姫様/こうもり/フクロウ 種谷 典子
肘掛け椅子/木 奥秋 大樹
大時計 寺田 功治
ティーポット/雨蛙 工藤 和真
小さな老人 小堀 勇介
雄猫 岡 昭宏

プログラム

第1部 オープニングトーク&セッション

お話:柴田 真郁/岩田 達宗
ナビゲーター:朝岡 聡

作曲 作品名 演奏曲名 演奏者名
フォーレ 組曲「ドリー」Op.56
(コルトーによる独奏版)
第2曲「ミ・ア・ウ」 黒岩 航紀(pf)
第5曲「優しさ」
第6曲「スペインの踊り」
ドビュッシー 組曲「子供の領分」 第2曲「ゾウの子守歌」
第4曲「雪は踊っている」
第6曲「ゴリウォークのケークウォーク」

第2部 オペラ「子供と魔法」

感 想

おもちゃ箱をひっくりかえしたような‐東京文化会館オペラBOX「子供と魔法」を聴く

 確かに子供向きの作品だし、長さも50分ほどで終わるし、小劇場向きのように思われますが、これは小劇場に向かない作品なのではないか、というのが感想です。今回はピアノ2台で上演されましたが、本来は三管構成、多数の打楽器とハープ、チェレスタ、ピアノまで付いた大管弦楽で伴奏されます。そういうオーケストラの多彩な音色があってこそより歌が引き立つオペラなので、ピアノ2台だと、どうしても管弦楽の魔術師と呼ばれたラヴェルの音楽の味わいが薄れてしまいます。また上演時間は短いですけど、登場人物はとても多い。それもソリストだけではなく、合唱と児童合唱も入り、フィナーレは舞台にソリストが10人ぐらい並ぶ。そういう作品なので、東京文化会館小ホールの舞台は小さすぎ、歌い手さんたちも窮屈そうに見えました。

 そういう意味では企画側の問題なのですが、この作品が舞台上演される機会はなかなかありません。私が舞台上演を見たのは、2012年東京二期会の「ニューウェーヴオペラ」で上演されたのを見たのが唯一の経験(演奏会形式であれば他にもあり)です。そういう上演回数の少ない作品を上演されることは非常にありがたいことであり、舞台の条件は悪かったものの私も10年ぶりにこの作品を楽しみました。

 さて演奏ですが、レシタティーヴォとアンサンブルで進む作品ですので、個人名を上げて誰がいい、というようなものではないと思います。その中では終始出ずっぱりで存在感を見せた富岡明子の子供が素晴らしいと思います。富岡の歌い方は高音など要所要所でメリハリをつけてくるので、アンサンブルの中に埋没しないでしっかり浮き上がっていました。最初の椅子の二重唱は、怪しい感じが盛田麻央の安楽椅子と奥秋大樹の椅子の間で醸し出され、全体の幻想性の流れを作ったのではないかと思います。その後もそれぞれ皆さん、ちょっとずつ見せ場があり、それなりに存在感を見せて面白かったです。10年前のニューウェーヴオペラでは決してうまくいっているとは思えなかったアンサンブルが、今回は決まっている感じでそこが良かったと思います。歌手の顔ぶれを見ると上手な方が多いのです(ちなみに合唱のメンバーは藤原歌劇団の方々ですが、芝野遥香、髙橋未来子、濱田翔と上手な方が揃っています)が、そういう方がきっちりアンサンブルしようと思ったのでしょう。良い演奏でした。

 岩田達宗の演出は、おもちゃ箱をひっくり返したようなもの。演出ノートを読んだときは、彼お得意のサディスティックな舞台になるのではないかとも思いましたが、冒頭の子供の暴れるシーンもそんなことはなく、基本はメルヘンオペラのお約束を守った良い感じのもの。楽しい舞台ではありましたが、狭い舞台に小道具を色々使うのでますます狭くなった感じ。もちろん通路も使っているのですが、それでも狭さは否めません。広い舞台で上演すれば感じはまた変わったのだろうなとはつくづく思いました。

 前半はこのオペラの位置づけに関する解説。ラヴェルがフォーレやドビュッシーの影響を受けている、といったまあ穏当な解説で、そのフランス音楽の流れを割と子供向きの「ドリー」と「子供の領分」で見せようとしたのはいいアイディアです。黒岩航紀のピアノは粒立ちの良いはっきりしたものでしたが、曲の持ち味をしっかり表現できていたかと問われれば、あくまでも解説のための演奏のレベルにとどまっていたと思います。

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鑑賞日:2022年10月2日
入場料:B席 2F32列16番 3000円 

主催:NPO法人調布オペラ振興会
提携:公益財団法人調布市民文化・コミュニティ振興財団

調布市民オペラ第25回公演

全4幕、日本語字幕付原語(フランス語)上演
ビゼー作曲「カルメン」(Carmen )
原作:プロスペル・メリメ
台本:アンリ・メイヤック/リュドヴィク・アレヴィ

会場 調布市グリーンホール

スタッフ

指 揮 村上 寿昭
管弦楽 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
合 唱 調布市民オペラ合唱団
児童合唱 府中少年少女合唱団
合唱指導  谷 茂樹 
児童合唱指導  上田 京子 
演 出 久恒 秀典
舞台美術 黒沢 みち
衣 裳 前岡 直子
照 明 稲葉 直人
音 響  関口 嘉顕
舞台監督  大澤 裕 

出 演

カルメン 城守 香
ホセ 前川 健生
エスカミーリョ 後藤 春馬
ミカエラ 田井 友香
スニガ 狩野 健一
モラレス 品田 広希
フラスキータ 別府 美沙子
メルセデス 実川 裕紀
ダンカイロ 栗原 剛
レメンダード 佐藤 洋

感 想

典型的な市民オペラ‐調布市民オペラ「カルメン」を聴く

 調布市民オペラが活動していることはもちろん存じ上げていたのですが、これまで伺う機会がなく、初めての訪問でした。市民オペラとしてはそれなりの歴史があるようで、活動開始が1992年、原則として1年おきにオペラとコンサートを交互に上演しているようです。市や市の関連団体の後援、協力もいろいろあるようで、それなりの規模で活動を続けているのでしょう。結構なことです。

 その25回公演、オペラ公演としては13回目の「カルメン」ですが、典型的な市民オペラでした。市民合唱とプロの歌手やオーケストラとのコラボレーションだから、という意味ではなく、プロ歌手と市民合唱の差があり過ぎるという点で、かつてよくあった市民オペラを思い出しました。

 とにかく合唱がダメダメでした。まず冒頭の合唱「広場を人々が通り過ぎる」。この合唱で、セビリアのアンニュイな午後の昼下がりの雰囲気を醸し出さなけらばならないのですが、全然そんな感じはなく、イケていない。そこにモラレスがソロで歌い始めるわけですが、このモラレスが上手すぎて合唱から浮き上がりすぎ。本当であれば、もっと合唱に頑張って貰って、モラレスのソロが合唱の中から半分ぐらい顔を出すというのが良いバランスなのですが、残念でした。第一幕の合唱は総じてダメで、ハバネラの前の女声合唱「タバコの煙」もスカスカでしたし、喧嘩の合唱もテンポに歌詞が追いついておらず、全然上手くいっていませんでした。男声の合いの手のように入る合唱も総じて良くなく、残念でした。

 第一幕については児童合唱「兵隊さんと一緒に」もよくありませんでした。カルメンの子供たちの合唱はちょっと練習すれば必ずうまくいくように書かれているのですが、指導が悪かったのか、合唱指導の先生と本番指揮者の間に何らかの齟齬があったのかはわかりませんが、もっとリズムに乗ったはきはきした合唱が聴きたかったところです。

 第二幕は合唱がかなりよくなりほっとしたのですが、第三幕の冒頭の合唱がまた残念で、一番盛り上がる第四幕の行進の合唱は、途中で歌っている場所がずれてしまって、崩壊していました。この曲は途中でオーケストラだけで演奏する部分があるので、崩壊してもリカバリーは可能なのですが、それにしても残念な限りです。

 一方でソリストは基本立派でした。

 タイトル役を務めた城守香。彼女の歌は一昨年、「ドン・カルロ」のエボリ公女の歌唱で初めて聴き、とてもよかったので今回期待して伺ったのですが、よかったけど期待ほどではなかったのかな、というところ。強い声も出ますし、感情表現も立派だと思うのですが、全体的にカルメンに期待される毒が薄い。ハバネラもセギディーリャも素直なすっきりとした歌い口で見事なのですが、すっきりしすぎていて、自分がホセだったら絶対誘惑されない歌。カルメンにはお色気むんむんタイプとか、理知的なアプローチで誘惑するとか、色々なパターンがありますが、やはりそこには男を誘惑する手練手管があるはず。演出もそこを要求しなかったのかもしれませんが、もうちょっと外連味のある歌の方が良かったかなと思います。そのカルメンも第二幕のホセに対する我儘な怒りの表現や、第四幕の二重唱「あんたね、俺だ」は緊迫した迫力があってよかったです。尚、彼女、第二幕の一部で通常とは違った音符を歌っているところがあったように思います。そういう楽譜かも知れませんが。

 ホセの前川健生はよかったです。前川の声は純正リリコで、ホセを歌うにはちょっとストレートすぎる感じはあります。第一幕の群衆シーンではもう少し声が前に飛んで存在感を示した方が良かったかなとは思いましたが、ミカエラとの愛の二重唱はミカエラの純粋な声とよく響き合ってとてもよかったですし、第二幕の花の歌のアプローチもとても素晴らしいもの。終幕の「あんたね、俺だ」の二重唱は、カルメンとホセの声質とバランスが凄くよく調和していて、カルメンの強さとホセのダメぶりがしっかりと聞き取れるものでした。

 ミカエラを歌われた田井友香。とてもよかった。ミカエラには声が軽すぎるきらいはあるものの、その分可憐さが強調された素敵な歌唱。第一幕の登場の会話からその可憐さが強調され、愛の二重唱の甘い感じがとてもいい。第三幕のアリアは彼女の声には大変なところもあったと思いますが、ミカエラの内に秘めた強さを感じさせる立派な歌唱でBrava。私にとっては彼女を聴けたことが今回の最大の収穫です。

 エスカミーリョの後藤春馬。よかったです。ただ、バスバリトンの声質ゆえに仕方がないのですが、響きがもっと上に飛んでくれると華やかさはさらに増したように思います。

 脇役陣は総じて立派。まず、別府美沙子と実川裕紀のフラスキータとメルセデス。とてもよかったです。山賊の五重唱や、カルタの歌、どちらも見事なものでしたし、それ以外でもジプシーダンスや闘牛士の歌の最後の部分、ちょっとした歌う部分でも自分たちの役目をしっかり果たし、存在感を示して素晴らしいと思いました。スニガの狩野賢一、モラレスの品田広希もいい。二人ともしっかり存在感を示す表現で声も響き、こういう方がいると舞台が良い感じにまとまります。栗原剛のダンカイロ、佐藤洋のレメンダードはスニガ、モラレスほどは目立っていませんでしたが、五重唱など要所で役割を果たしていました。

 舞台は基本簡素なもので、段組みと赤いスカートをイメージしたのか、そういった膨らみの板だけでした。そこにおける歌手たちの動かし方はそれほど違和感はなかったのですが、合唱の動かし方はもう少しなんとか考えて欲しいとは思いました。第一幕の喧嘩のシーンなどは助演の方に取っ組み合いをしてもらって目立たせるとか、もう少しやりようがあったのではないかと思います。

 村上寿昭率いる東京シティフィルの演奏はごくごく普通の感じ。トランペットのファンファーレが外れたのは残念でした。

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鑑賞日:2022年10月8日
入場料:C席 4F1列44番 3000円 

主催:文化庁芸術祭執行委員会/新国立劇場
新国立劇場2022/2023シーズン開幕公演

新国立劇場2022/2023シーズン開幕公演

全3幕、日本語/英語字幕付原語(イタリア語)上演
ヘンデル作曲「ジューリオ・チェーザレ」(Giulio Cesare)
台本:ニコラ・フランチェスコ・ハイム

会場 新国立劇場オペラパレス

スタッフ

指 揮 リナルド・アレッサンドリーニ
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮  冨平 恭平 
音楽コーチ  東方 亜樹子/根本 卓也 
演 出 ロラン・ペリ-
美 術 シャンタル・トマ
衣 裳 ロラン・ペリ-
ドラマトゥルク アガテ・メリナン
演出補  ローリー・フェルドマン
舞台監督  髙橋 尚史 

出 演

ジュリオ・チェーザレ マリアンネ・ベアーテ・キーランド
クーリオ 駒田 敏章
コルネーリア 加納 悦子
セスト 金子 美香
クレオパトラ 森谷 真理
トロメーオ 藤木 大地
アキッラ ヴィタリ・ユシュマノフ
ニレーノ 村松稔之

感 想

オペラが音楽劇であるということ‐新国立劇場2022/2023シーズン開幕オペラ「ジューリオ・チェーザレ」を聴く

 各種宣伝媒体やゲネプロレポートで「面白い」という評判は耳にしていたけれども、本当に面白かったです。正直言ってしまえば、バロックオペラは経験を増やすために「とりあえず聴いておく」ということが多く、今回も開演するまでは「眠くならないかな」と思いながら伺ったのですが、そんなことは全くありませんでした。面白かった理由としては舞台は2011年にパリのオペラ座で使われたものを日本に持ってきており、演出が完成しているということがまず挙げられると思います。また、当初2020年に上演予定だったのが例のコロナ禍で稽古は進んでいたものの上演が中止になり、歌手や助演陣の演技も身体に入っていたということもあるのでしょう。また、アレッサンドリーニが指揮する東京フィルも、モダン楽器を使用しながらも基本はノンヴィブラート奏法で音が綺麗。もちろん、ホルンが高音を外すなどの事故はありましたが、活気のある演奏で聴いていて心地よい。そういったことが相俟って、2回の休憩を入れて4時間30分の演奏を全く退屈することなく聴けたのでしょう。

 歌手では圧倒的に森谷真理が素晴らしかった。これは本当に「圧倒的に」でした。森谷が素晴らしい歌手であることは申し上げるまでもないのですが、今回、彼女の演技も凄いということがよく分かりました。それもただ演技が素晴らしいのではなく、演技と音楽が高い位置で融合している。まさに、オペラ歌手ではなく、オペラ役者とでも言うべき存在でした。

 まず第三幕の大アリア、「Da tempeste」が素晴らしい。何であんなに舞台の上を縦横無尽に動きながら、あの難しいメリスマを転がせるのだろう。それもあんなに軽々と、正確に、かつ声を飛ばしながら。卑俗な言い方をすれば「口あんぐり」でした。このアリアも歌っている内容は大したことはなくって、ABA'のありふれたダカーポアリアに過ぎないのですが、彼女が歌うとシーザーと相思相愛であったことの喜びが全身から湧き出ていて、歌手のセンスと技量が問われるA’の装飾がここまでやるのか、というぐらい多彩に見せてくれ、感心以外の他の言葉がでてきません。

 第1幕、第2幕もよかったです。第1幕のシーザーを侍女と偽って誘惑する場面。クレオパトラは片乳房を露出させたセクシーな衣装で登場して歌うのですが、そこでも舞台上を動きながら初役とは思えない見事なお色気と歌唱技術で見せてくれます。まさに演技と歌唱との融合です。2020年に上演するとき、最初、クレオパトラはミア・パーションがアナウンスされていたのですが、コロナ禍で来日が不可能になり森谷に替ったといういきさつがあります。森谷はこの衣裳をつけて付けて歌うことを分かって引き受けたのだろうと思いますが、森谷が受けてくれて本当に良かったと思います。日本人ソプラノには美人がたくさんいらっしゃいますし、歌の上手な方もたくさんいらっしゃいますけど、あの衣裳を着こなしたうえで、あれだけ落ち着いた歌唱をできる方がいるとはちょっと思えない。カヴァーキャストを調べると、吉田美咲子という名前が記載されていました。この方新国立劇場研修所の第18期修了生で、私は研修所公演で「フィガロの結婚」のバルバリーナを歌ったのを聴いたことがあるようですが、全く記憶にない方です。もちろん力のある方なのでしょうが、一流有名歌手の方が当たり前にカヴァーキャストに入る新国立劇場でこの無名の方が入ったということ自体が、このクレオパトラ役の難しさを示すもので、森谷が歌ってくれてよかったと本当に思います。

 更に森谷は地声は比較的低いのに高音もしっかり出るという稀有な方で、ラクメや夜の女王から蝶々夫人まで何でも歌いますけど、今回はこの低音がでるという彼女の特徴も歌を引き上げていました。クレオパトラはソプラノ役ではありますが、音域的には決して高くはなく、低音がしっかり響いたほうがクレオパトラの野心家的な側面がしっかり見せられると思います。また共演する歌手がほとんどがコントラルトかカストラートなので、そこでの調和を考えても低音が響いたほうがいい。そこも森谷は過不足なく歌い素晴らしいと思いました。

 この圧倒的なクレオパトラと比較すると、キーラントの歌うシーザーはなんともぱっとしません。見た目は格好いい。鎧を付けた武士姿は惚れ惚れするほどですが、歌はイマイチでした。はっきり申し上げれば全体的に声量が足りず、技巧的にも正確無比な森谷クレオパトラと比較すると(比較しなくとも)、かなり見劣りがします。メリスマを転がすために声を軽くするのは当然だと思いますが、だったらもっと正確に転がしてほしいと思います。また、メゾソプラノなのに低音があまり響かない。だから、歌を聴いていると全然英雄的ではない。本来このシーザーという役はカストラートが歌い、現在ではカウンターテナーが歌うことも多い役です。そこをメゾソプラノが歌うのですから、カウンターテノールが歌う以上に英雄的に聴かせてほしい。このキーラントという方、バロックオペラを得意としていて、指揮者のアレッサンドリーニがわざわざ連れてきたという話ですが、看板倒れとしか言いようがありません。

 金子美香のセストもよかったと思います。彼女の歌はこれまであまり聴いたことがないのですが、思った以上に小柄で見た目はセストにぴったりでした。歌唱に関しては、凄さを感じさせるようなものではなかったですし、演技も森谷クレオパトラの全身から染み出るような妖気とは全く無縁の普通の日本人女声歌手の演技ではありましたが、どのアリアも正確に丁寧に歌っていて好感が持てます。声がしっかり飛んでくるのもよかったですし、メリスマもきっちり歌い、感情表現も深くはないけどそれなりの掘り下げも感じられ、十分だったと思います。

 加納悦子のコルネーリアも立派。低音もしっかり響くしやっぱり上手です。歌唱演技ともに頭抜けている感じはないですけど、低音をしっかり響かせ、悲嘆の感じを見せてくれたのが良い。声量もしっかりあり、テクニカルにもしっかりしたところを見せて、日本人歌手のバランスの良さを体現したような歌で存在感がありました。

 藤木大地のトローメオもいい。裏声で歌うので、歌唱的には地声で歌うより大変なわけですが、それでも見事なテクニックで敵役の存在感を示していました。裏声でもメリスマと、低音の響きが良い感じです。敵役でより低音の強さ、渋さが必要ということで藤木をトローメオにキャスティングしたのでしょうが、今回のキーラントのシーザーであれば、彼がジューリオ・チェーザレを歌った方が良かったのではないかと思いました。

 村松稔之のニレーノもいい。カウンターテノールですが、高音が綺麗で、森谷クレオパトラと合わせるとクレオパトラよりも高音が響く感じ。また、このニレーノ。与えられたアリアは1曲だけですが、終始舞台の上に居て細かい小芝居をやっている。この小芝居が舞台のアクセントになっていて、役の重要性を示していると思いました。

 ユシュマノフのアキッラはテクニカルなミスがありましたが、声に存在感はありました。メリスマのテクニックは他の歌手と比較すると一段落ちる感じ。でもバリトンらしい響きで悪役を演じたのはよかったです。

 演出については巷間色々書かれていますが、舞台を博物館の倉庫にして、西洋美術の彫像が歌うというのが新鮮でした。現代風演出ですが、博物館を舞台にすることで、作品の時代設定を忘れずに効果的に現代に入れ込むという事が出来たものと思います。交差しないはずの二つの時空が時として交差するのが面白い。絵画や像などが舞台セットとしてたくさん出てきますが、どれも安っぽくなく、良い感じでした。第二幕ではバロック風のドレスを着た美しいバンダがでてきてアンサンブルを奏でる。その中心におかれた絵画にクレオパトラが入ってアリアを歌うという、現代、舞台の古代、作曲されたバロック時代がひとつに融合するところなど、よく考えたなと思いました。

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