オペラに行って参りました-2010年(その4)

目次

日本人としてのポピュラリティ 2010年10月07日  賛育会チャリティコンサート2010を聴く 
青の毒  2010年10月08日  新国立劇場「アラベッラ」を聴く 
大学オペラはやめられない  2010年10月10日  2010昭和音楽大学オペラ公演「ピーア・デ・トロメイ」を聴く 
オーケストラの実力  2010年10月15日  NHK交響楽団第1682回定期演奏会「アイーダ」を聴く 
清新な恋人たちの学校  2010年10月17日  2010国立音楽大学大学院オペラ公演「コジ・ファン・トゥッテ」を聴く 
ドラマティック・フィガロ  2010年10月19日  新国立劇場「フィガロの結婚」を聴く 
声の迫力に惑わされるな  2010年11月12日  新国立劇場「アンドレア・シェニエ」を聴く 
端正なオケストラの魅力  2010年11月13日  日生劇場「オルフェオとエウリディーチェ」を聴く 
果敢な挑戦を称賛しよう  2010年11月16日  「佐藤亜希子ソプラノ・リサイタル〜ジュディッタ・パスタを歌う〜」を聴く 
やっぱり若手  2010年11月23日  東京二期会オペラ劇場「メリー・ウィドー」を聴く 


オペラへ行ってまいりました 過去の記録へのリンク

2010年      その1    その2    その3         
2009年    その1    その2    その3    その4    どくたーTのオペラベスト3 2009年 
2008年    その1    その2    その3    その4    どくたーTのオペラベスト3 2008 
2007年    その1    その2    その3        どくたーTのオペラベスト3 2007 
2006年    その1    その2    その3        どくたーTのオペラベスト3 2006 
2005年    その1    その2    その3        どくたーTのオペラベスト3 2005 
2004年    その1    その2    その3        どくたーTのオペラベスト3 2004 
2003年    その1    その2    その3        どくたーTのオペラベスト3 2003 
2002年    その    その2    その3        どくたーTのオペラベスト3 2002 
2001年    前半    後半            どくたーTのオペラベスト3 2001 
2000年                    どくたーTのオペラベスト3 2000 


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鑑賞日:2010年10月7日
入場料:2000円 全自由席 私が聴いたのは、1F8列38番

主催:賛育会後援会

社会福祉法人賛育会チャリティコンサート2010

会場:すみだトリフォニーホール 大ホール

出 演
 
【第一部】  :  ピアノ(デュオ) 
ピアノ  :  御邊 典一 
ピアノ  :  田邉 祥子 
打楽器  :  荻原 松美 
第二部】  :  ソプラノ&バリトン 
ソプラノ  :  高橋 薫子 
バリトン  :  立花 敏弘 
ピアノ  :  平塚 洋子 
   

プログラム

作詞・作曲・編曲 

 

曲名 

 

演奏者 

グリーグ    ピアノ協奏曲イ短調 作品16(第一楽章)    御邊 典一/田邉 祥子/荻原 松美 
三善 晃   「唱歌の四季」(朧月夜/茶摘み/紅葉/雪/夕焼け小焼け)    田邉 祥子/御邊 典一/荻原 松美 
ピアソラ    リベルタンゴ    御邊 典一/田邉 祥子/荻原 松美 

休憩

北原 白秋 作詞 山田 耕筰 作曲    松島音頭    立花 敏弘 
北原 白秋 作詞 山田 耕筰 作曲    鐘が鳴ります    立花 敏弘 
野口 雨情 作詞 本居 長世 作曲 岩河 智子 編曲    七つの子    高橋 薫子 
北原 白秋 作詞 草川 信 作曲 岩河 智子 編曲    揺籠の歌   高橋 薫子 
北原 白秋 作詞 中山 晋平 作曲 岩河 智子 編曲    砂山    高橋 薫子/立花 敏弘 
ジョルダーニ 作詞・作曲    私の愛しい人(Caro mio ben)    立花 敏弘 
メタスタージオ 作詞 ロッシーニ 作曲    約束(La oromessa)   高橋 薫子 
モーツァルト 作曲 歌劇「ドン・ジョヴァンニ」より    窓辺においで   立花 敏弘 
  手を取り合って    高橋 薫子/立花 敏弘 
  ぶってよ、マゼット    高橋 薫子 
ビゼー 作曲 歌劇「カルメン」より    闘牛士の歌    立花 敏弘 
グノー 作曲 歌劇「ロメオとジュリエット」より    私は夢に生きたい    高橋 薫子 

アンコール     

野 辰之 作詞 岡野 貞一 作曲    ふるさと    高橋 薫子/立花 敏弘 


感 想

日本人としてのポピュラリティ-賛育会チャリティコンサート2010を聴く。

 賛育会病院は、墨田区錦糸町にある産科を中心とした総合病院です。下町の基幹病院としての機能を90年以上にわたって維持してきたそうですが、本館の建て替えの費用の一部とするために、チャリティ・コンサートを行っているそうです。その地域の病院が、病院の近くのすみだトリフォニーホールで開いたコンサートですから、聴衆は、病院の関係者と患者さんが中心になるのでしょう。クラシック・コンサートと言いながら、随分日本人の庶民を意識したプログラムになっていました。そして、それは、大変よいことのように思いました。

 第一部はピアノを中心とした組み合わせです。

 グリーグのピアノ協奏曲は、コマーシャルにも使用されたことがある非常にポピュラーな作品で、通常はオーケストラのコンサートで取り上げられます。今回は、ソロのパートを御邊典一が、オーケストラの部分を田邉祥子が演奏するという、ピアノのソリストが練習する時によくやるスタイルでの演奏です。私は、ソリストがこのような練習をすることは知っておりましたが、舞台で演奏するのを聴いたのは初めての経験です。

 流石にピアノとオーケストラで演奏されたものと比較すると、二台のピアノ版は、どうしても本来のオーケストラパートが痩せて聴こえてしまいます。これは仕方がないことでしょう。ソリストの御邊は、綺麗な音色の持ち主で、グリーグのピアノ協奏曲のように綺麗に演奏すると、聴き映えする作品の演奏に向いているように思いました。

 第二曲の「唱歌の四季」は合唱曲として有名で、私もどこかの合唱団の演奏で聴いたことがあります。しかし、二台のピアノヴァージョンがあったとは知りませんでした。1986年に作曲者と田中瑤子とのデュエットのために作曲された作品とのことです。今回は、第一ピアノを田邉が、第二ピアノを御邊が受け持ち、本来存在しない打楽器を荻原が担当しました。元の二台のピアノ版を全く知らないのですが、打楽器が入ったことで、音の広がりが大きくなったような気がしました。

 なお、この作品は、大本が文部省唱歌ですから、基本のメロディをみんな知っています。私の隣席の高齢の女性は、とても懐かしく感じたようで、小さい声で口ずさみながら聴いておりました。こういった行為は、通常のクラシックコンサートでは、私は許せないのですが、このコンサートでは当然ありだと思います。ほのぼのした雰囲気が良かったと思います。

 最後はリベルタンゴ。ピアソラの名曲です。本来あるべき、バンドネオンもヴァイオリンもない2台のピアノと打楽器(箱を叩く)だけのヴァージョンでしたが、乗りが良く、面白く聴けました。

 後半もポピュラリティを意識した選曲。「七つの子」も「揺籠の歌」も「砂山」も童謡・唱歌として人口に膾炙した名曲。それが、岩河智子の手にかかると、ソプラノ・バリトンが歌っても様になる歌曲に変身しています。彼らのヴィルトゥオジティと作品としての知名度の高さは、聴き手に唱歌の魅力の本質が、そのメロディーの音楽性の高さにあることを、直観的に理解させることが出来たのではないかと思います。隣席のご婦人の聴いている態度からもそう感じました。

 外国曲になり、イタリア古典歌曲の名曲「愛しい人」の直截的表現、「約束」におけるベル・カント的魅力は、いつものごとく十分。「ドン・ジョヴァンニ」の三曲は、軽量級ドン・ジョヴァンニと重量級ゼルリーナとの対決になりましたが、立花の軽妙な司会と共に楽しめるものになっておりました。

 立花「エスカミーリョ」は、やはり軽量級の印象。高橋「ジュリエット」は、かつて高橋がよく歌っていたころの「ジュリエット」と比較してやや重くなっていて、「15か16、合わせても31」のジュリエットとはいかなかったようです。

 しかしながら、肩が凝らず楽しめました。日本人の良い意味での庶民性と、バタ臭い雰囲気が上手く混ぜこぜになっていたのが良かったのだろうと思います。

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鑑賞日:2010年10月8日
入場料:D席 3780円 4F 37

主催:文化庁芸術祭執行委員会/新国立劇場

2010/2011シーズン開幕公演(新制作)
平成22年度(第65回)文化庁芸術祭主催公演

オペラ3幕、日本語字幕付原語(ドイツ語)上演
リヒャルト・シュトラウス作曲「アラベッラ」Arabella)
台本:フーゴ・フォン・ホフマンスタール

会場:新国立劇場オペラ劇場

スタッフ

指 揮 ウルフ・シルマー
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 三澤 洋史
演出・美術・照明 フィリップ・アルロー
衣 裳 森 英恵
ヴィジュアル化 ヴァルター・ヴィマー
音楽ヘッドコーチ 石坂 宏
舞台監督 大澤 裕

出 演

ヴァルトナー伯爵 :  妻屋 秀和
アデライデ :  竹本 節子
アラベッラ :  ミヒャエラ・カウネ
ズデンカ :  アグネーテ・ムンク・ラスムッセン
マンドリカ :  トーマス・ヨハネス・マイヤー
マッテオ :  オリヴァー・リンゲルハーン
エレメル伯爵 :  望月 哲也
ドミニク伯爵 :  萩原 潤
ラモラル伯爵 :  初鹿野 剛
フィアッカミリ :  天羽 明恵
カルタ占い  :  与田 朝子 
ヴェルコ    小田 修一 
デュラ    梅原 光洋 
ヤンケル    丸山 哲弘 
客室係    近藤 圭 
カードゲームをする男    大森 いちえい 
同上    ダン・ジュンポ 
同上    黒田 諭 

感 想

青の毒-新国立劇場「アラベッラ」を聴く。

 新国立劇場の「アラベッラ」は、最初は1998年、2回目は、2003年に上演されました。パンテリス・デシラスの装置は、落ち着いた感じの悪くないもので、鈴木敬介の演出と共に、私にとっては愛すべきものでした。一番度肝を抜かれたのは、第2幕から第3幕に移る時、第2幕が後ろ舞台にゆっくりと下がっていくと、第3幕が下からせり上がってくるところ。これは、新国立劇場の高いポテンシャルを、本格的に用いた最初だったのかも知れません。

 今回の、フィリップ・アルローの舞台は、青を基調としたもの。どこもかしこも青、と言ってもいいぐらいです。第二幕の舞踏会は、階段に敷かれる絨毯が青、登場するアラベッラのドレスも青、それ以外のご婦人がたのドレスもほとんどが青か緑です。例外は、フィアッカミリが赤い衣装で登場することぐらいでしょう。フィアッカミリは、この作品のストーリーには影響を及ぼさない完全脇役のキャラクターですが、この赤い衣裳のおかげで、強い存在感を示しました。

 とにかく、美しいアール・デコ調の舞台は大変印象的でした。また、登場人物の演技もよく考えられたもので、元々の分かりやすいお話と相俟って、よくできた舞台に仕上がっていたように思います。

 というわけで、大変結構な舞台と申し上げたいのですが、この青の鮮烈さは、「アラベッラ」というオペラの持つ多面性を消してしまったのではないか、という気がします。この作品の背景にはウィーンの貴族の没落というか、黄昏があります。今回アラベッラの父親のヴァルトナー伯爵は、娘を大金持ちのマンドリカに嫁がせようとしますが、「田舎の大農場主に嫁ぐ貴族の娘」という構図自体が、貴族の没落の象徴です。前回の鈴木・デシラスの舞台は、基本的にウィーンの黄昏の意識が良く出ていて、そこが良かったところでもあるのですが、今回のアルローの舞台は、そのような側面が印象深くならない。結局、「青」の印象に圧倒されてしまったというところです。

 音楽的にも、この「青」の影響が出たように思います。全体に抑えた印象の強い演奏でした。勿論そうではなかったのかも知れないのですが、舞台の色の印象が強すぎて、音楽に対する意識が今一つ弱くなってしまったのではないか、という気がします。

 シルマーの音楽づくりはたっぷりした流麗なもので、16型のオーケストラから醸し出される音楽はふくよかな余裕を感じさせるもので、悪いものではありませんでした。しかし、前回の若杉弘の指揮したアラベッラと比較すると、デュナーミクの印象が弱い感じがします。前回はオーケストラのミスは多かったけれども、もっと劇的な印象の強い演奏をされていたと思うのですが、今回のシルマーの音楽は、上り坂や下り坂の角度が緩やかで、いつの間にかフォルテシモになっているような感じの演奏です。この流麗感はある意味大したものですが、もっとメリハリをつけてもよいのでは、と思いました。

 歌手陣も印象が薄い方が多いです。

 タイトル役のカウネも意識してあのような歌い方をされているのでしょうが、メリハリがない。基本的には端正な歌唱できっちりと歌われていると思うのですが、すっと歌に入って、すうっと抜けていく歌い方で、あっさり感が強いです。これはズデンカとの二重唱では美しい響きを醸し出して結構なのですが、アラベッラの存在を示さなければいけない時、どうも弱さを感じます。アラベッラに期待される豊潤さには一寸縁遠い感じでした。失礼ながら、あまり美人な方ではないので、歌でもっと存在感を出さないと、「オペラのウソ」を信じられないのではないか、という気がしました。

 ズデンカも今一つ。私は、前回の中島彰子のズデンカがよかったと思っているのですが、今回のラスムッセンは、あの中島ズデンカが見せた切実な表情があまり感じられないのです。この作品のクライマックスは、オーケストラが止まり、一瞬の静寂の中、女の子に戻ったズデンカがネグリジェ姿で部屋から飛び出してくるところです。そこは確かに、きっちりと演じていたわけですが、第一幕、第二幕での男の子として育てられてきたズデンコが、マッテオに示す愛情の表現が今ひとつ淡白でした。なかなか感心できるとは申し上げられないレベルの歌唱でした。

 マンドリカのマイヤーはよかったです。地方の農場主の一寸野卑な雰囲気を上手に出していましたし、声の響きも結構。主役の女性二人が今一つ響きが弱かったので、マンドリカの印象が更に強まった、ということなのかもしれません。リンゲルハーンのマッテオは、役柄がそういう役柄、というところはありますが、ひ弱さが表に来る印象。第三幕のメランコリックな表情は悪いものではなかったです。

 妻屋秀和の父親、竹本節子の母親はどちらも秀逸です。特に妻屋は、没落した貴族の、娘には厳しくて甘い表情の出し方と、しかし一方で、ギャンブルから逃れられない身勝手な理屈を述べる男の(これは対照的な持ち味と言うよりは、類似的なものですが)表情を、明確に示していたのではないかと思いました。

 日本人脇役陣では、フィアッカミリが印象的。天羽明恵のコロラトゥーラは元気いっぱいでしたが、やや傷もあった印象です。男性求婚者陣は悪くないですが、その中では望月哲也が比較的印象的でした。

 全体的に見て、音楽的にも演出的にも、まとまりの良いポテンシャルのある舞台だと思います。しかし、オペラの高揚感を感じさせられる舞台ではありませんでした。青の毒に感性が麻痺されてしまったのでしょうか。

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鑑賞日:20101010
入場料:
B席 2500円 2F L28

主催:昭和音楽大学

2010昭和音楽大学オペラ公演

オペラ2幕、日本語字幕付原語(イタリア語)上演
ドニゼッティ作曲「ピーア・デ・トロメイ」Pia de Tolomei)
台本:サルヴァトーレ・カンラマーノ

会場:テアトロ・ジーリオ・ショウワ

スタッフ

指 揮 松下 京介
管弦楽 昭和音楽大学管弦楽団
合 唱 昭和音楽大学合唱団
合唱指揮 山舘冬樹
演 出 マルコ・ガンディーニ
美 術 イタロ・グラッシ
衣 裳 シルヴィア・アイモニーノ
照 明 奥畑 康夫
舞台監督 斎藤 美穂

出 演

ピーア : 庄司 奈穂子
ネッロ : 水野 洋助
ギーノ : 駿河 大人
ロドリーゴ : 山崎 智世
ランベルト : 上野 裕之
ウバルト : 高嶋 康晴
ピエロ : 小田桐 貴樹
ビーチェ : 中畑 有美子
牢番 : 三浦 義孝

感想

大学オペラは止められない-2010昭和音楽大学オペラ公演「ピーア・デ・トロメイ」を聴く。

 2007年の昭和音楽大学オペラで日本初演された『ピーア・デ・トロメイ』が再演されました。

 昭和音大オペラの出演者は、原則として、昭和音大の在学生または卒業生なのですが、2007年の日本初演の際は、流石にその原則通りには行かなかったようで、私の聴いた二日目は、藤原歌劇団の若手バリトンである党主税がネッロを、中堅テノールの小山陽二郎がギーノを歌う布陣で臨みました。しかし、この二人が参加したことで、作品の良さをより明確に示すことが出来たのは疑いありません。しかし、この時の公演は、外題役とロドリーゴ役が必ずしも人を得ず、必ずしもこの作品の良さを十分に示したとまでは言えないように思います。

 再演になって、出演者の原則が回復しました。今回の出演者は、皆昭和音大関連の施設で学んだ若手だけで組み、指揮者の松下京介も昭和音大出身、オーケストラのメンバーも昭和音大の学生と教員です。出演者を昭和音大関係者に限ってしまうと、必ずしもいい歌手が揃わず、結果として十全とはいえない演奏会になることはしばしばあるのですが、今回に関しては、同門でまとめたことが良い方向に向かったようです。私にとっては、色々な意味で日本初演時よりも魅力的な公演となりました。

 これはまず、ソプラノに人を得たことが大きいと思います。庄司奈穂子、才能のあるソプラノです。昭和音大出身の若手ソプラノと言うと、光岡暁恵や葛貫美穂以来、『これ』という方が出てこなかった印象なのですが、ようやく期待の新人が現れた、という感じですね。登場のアリア「稲妻を呼ぶ神よ」を聴いて、見事な歌いっぷりに感心いたしました。ベルカント唱法の美しい歌声で、技術的にもよい線を言っています。中声部にもう少し膨らみがあった方が良いとは思いますが、高音が伸び、よく転がるところが素敵で、細かい表情もよく出しています。フレージングも自然な感じで、聴いていて嬉しくなりました。

 そのほか、ピーアとロドリーゴの女性二重唱、ギーノとのソプラノとテノールとの二重唱、フィナーレとずっと魅力的な歌唱が続きました。『ピーア・デ・トロメイ』はプリマドンナ・オペラですが、プリマドンナ・オペラはプリマドンナに人を得たときにこそ輝くのだな、という当たり前のことを再認識いたしました。庄司に大ブラヴァを贈ります。

 対するテノールもよかった。駿河大人。昭和音大大学院在学中の若手ですが、彼を知ったのも大きな収穫でしょう。テノーレ・リリコ・レジェーロで、透明感がある高音は魅力的です。彼も登場のアリアを聴いただけで、才能がある方だ、ということが良く分かりました。技術的には洗練されていないところも少なくなく、ソプラノとの二重唱で、入りを間違えたのではないか、と思われる部分もありました。また、今回の役柄が悪役であるにもかかわらず、悪役的ケレンがあまり感じられなかったのもマイナスでしょう。しかし、まだ大学院生です。基本的なポテンシャルの高い方であるのは間違いないので、今後精進していけば、10年後には、日本を代表するテノールに成長する可能性が十分あります。今後注目していきたいと思います。

 この二人の輝きと比較すると、それ以外の方々は残念ながら、今一つの水準です。ネッラを歌った水野洋助は、声量に難があり、特に低音部の声量が今一つ足りないので、威厳が出にくいきらいがあります。前回の公演ではネッロを党主税が歌い、なかなかよいものだったのですが、水野はそのレベルには到底達していないな、というのが正直なところです。

 ロドリーゴを歌った山崎智世もピンときません。これは山崎の責任と言うよりは、「ロドリーゴ」という武将役をどう歌うのが適切か、ということの問題なのだろうと思いました。ロドリーゴは、姉・ピーアの手引きによって牢獄から脱出し、グエルフィ党の将軍となって、夫・ネッラ嫉妬により殺されようとするピーアを助けようとする、普通ならテノール、それもテノール・リリコ・スピントに与えられそうな役柄です。こういう勇壮な役柄を、メゾ・ソプラノがどう表現すべきなのか、難しいところだと思います。

 脇役陣ではランベルト役の上野裕之、ピエロ役の小田桐貴樹がよかったです。

 松下京介の指揮は、推進力があり、又オーケストラだけではなく、舞台上の歌手にも的確に指示を送る見事なものでした。きびきびとした指揮ぶりは、このオペラの推進力を作り出しており、本日の成功に大きく貢献していたと思います。オーケストラは学生オーケストラとしても、高いレベルとはいえないと思いました。伴奏音形がメインの作品ですから大きなボロは見せませんでしたが、小さな事故はありました。

 それにしても、注目すべき若手ソプラノとテノールを知ることが出来たことが本日の最大の収穫です。こういう若い人を知ることが出来るから、大学オペラ通いは止められません。

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鑑賞日:20101015
入場料:
D席 2950円 3F C134

主催:NHK交響楽団

NHK交響楽団 第1682回定期演奏会

オペラ4幕、演奏会形式、日本語字幕付原語(イタリア語)上演
ヴェルディ作曲「アイーダ」Aida)
台本:サルヴァトーレ・カンラマーノ

会場:NHKホール

スタッフ・キャスト・感想は、こちら

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鑑賞日:20101017
入場料:
2000円 か-46番

2010国立音楽大学大学院オペラ

主催:国立音楽大学

オペラ2幕、字幕付原語(イタリア語)上演
モーツァルト作曲「コジ・ファン・トゥッテ」K.588Così fan tutte)
台本:ロレンツォ・ダ・ポンテ

会場:国立音楽大学講堂

スタッフ

指 揮 増田 宏昭
管弦楽 国立音楽大学オーケストラ
合 唱 国立音楽大学合唱団
チェンバロ 田村 ルリ
演 出 中村 敬一
装 置 鈴木 俊朗
衣 裳 半田 悦子
照 明 山口 暁
舞台監督 コ山 弘毅/川崎 大輔

出 演

フィオルティリージ 安田 祥子
ドラベッラ 鈴木 望
フェランド 小堀 勇介
グリエルモ 大川 博
デスピーナ 三井 清夏
ドン・アルフォンソ 北川 辰彦

感想

清新な恋人たちの学校-2010国立音楽大学大学院オペラ「コジ・ファン・トゥッテ」を聴く。

 国立音楽大学の大学院オペラ公演は、モーツァルトのダ・ポンテ三部作を交互に上演するのが伝統で、最も多く上演されているのは、「フィガロの結婚」ですが、「コジ・ファン・トゥッテ」も何と14回目となりました。前回は2008年で、2年ぶりの登場です。伝統と言うのは凄いものだな、と思うのは、歌っているメンバーもオーケストラのメンバーも年々変わっている訳ですが、国立音大オペラの臭いがあって、それなりにきっちり作り上げて来る、ということだと思います。大学院1年の時は、合唱団のメンバーとして舞台に立った面々が、二年の時は、主役として舞台に立つ。それがシステムとして成立しているところが国立音大の大学院オペラなのだろうと思います。

 それだけに、人気は毎年高く、例年自由席だったのに、今年から遂に指定席になりました。私はひと月ほど前に、「チケットぴあ」で切符を購入したのですが、良い席はほとんど売り切れで(チケットぴあに良い席をまわさなかっただけかもしれませんが)、結局、一番端の席からの鑑賞となりました。

 中村敬一の演出は、細かいところは若干いじっているようですが、基本的には一昨年の「コジ」と同じ。オーソドックスな作りで見易い演出です。しかし、聴こえてくる音楽は、一昨年とは結構違っているな、というのが印象です。これは、指揮者のアプローチの仕方の違いと、助演を含めた出演者の年齢層が関係しているような気がします。2年前の大勝秀也の指揮は、自分で舞台と音楽を統率しようとする意識のはっきりした演奏だったと思うのですが、今回の増田の指揮は、意識した統率があまりはっきりしない演奏でした。そのせいか、舞台の上の音楽とオーケストラの音楽がちぐはぐなところがあり、違和感を覚えた部分があります。

 また2年前は、大学院生がフィオルティリージとデスピーナを歌った二人だけで、男声ソリストとドラベッラは、若手というよりは中堅に近いメンバーで固めていたのが特徴でした。前回の大学院生二人は、実力的にはメンバーの中で見劣りするものでしたが、助演陣がしっかりサポートしたため、全体としてはよくまとまった音楽に仕上がっておりました。

 それに対して本年は、三役が大学院生で、助演陣もドン・アルフォンゾを歌った北川辰彦以外は、卒業後1〜2年の若手です。それだけに、舞台の上に流れる音楽が、良く言えば若々しく清新であり、悪く言えば深みがなく、線の細い演奏だったと思います。

 女声三人は、類似した声質の持ち主で、それがアンサンブルになると、綺麗なハーモニーを醸し出します。一方で、声の類似性は、役柄の声での描き分けが不十分になることに繋がります。今回フィオルディリージを歌った安田祥子は、声質がどう見てもリリコ・レジェーロであり、本来フィオルディリージを歌う様な声ではないと思います。それでも、この役にずっと取り組んできたのでしょう。重要な二つのアリア、「岩のように動かず」も「あの方は行く〜恋人よどうぞ許して」も、破綻なく歌えてはいるのですが、声に深みがないので、この曲の持つ本質を表現できてはおらず、退屈な表現に終始しました。

 ドラベッラの鈴木望も似たような問題があります。メゾソプラノと言いながらも高音の抜けも良く、ソプラノと申し上げても良いような声の持ち主で結構なのですが、歌の肉付きが今一つで、痩せた感じの強い印象でした。

 デスピーナの三井清夏は、デスピーナのコケットな魅力を出したかといえば、一寸おとなしい印象で今一つでした。医者や公証人に化けたときの声の出し方や演技も、あまり上手とは申し上げられないレベルで、役作りに課題を残したという印象です。

 小堀勇介は、明るい透明感のあるテノールで、フェランドにぴったりの声と申し上げて良いと思います。歌唱技術も細かいミスはあったようですが、そう悪いものではない。しかし、やはり表現の幅は狭く、言ってみれば、初心者マークをつけた新米ドライバーの安全運転、みたいな歌唱でした。

 大川博のグリエルモも悪くはないのですが、今一つ特徴のはっきりしない歌。まだ個性を表現する域には達していないというところでしょうか。

 以上若手5人を率いる形になった北川は流石の実力です。北川だって、未だ若手の範疇の方ですが、流石に大学院を卒業した後、新国立劇場のオペラ研修所で研鑚し、活躍しているだけのことはあります。歌唱に芯があり、若手5人を押さえる役目をしっかりと果たしておりました。今回の歌手陣において、一番の聴き応えがあったことは疑いないところです。北川の活躍があったからこそ、舞台の清新さが生かされたような気がします。

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鑑賞日:20101019
入場料:
D席 2835円 4F 255

主催:新国立劇場
平成22年度(第65回)文化庁芸術祭協賛公演

オペラ4幕、日本語字幕付原語(イタリア語)上演
モーツァルト作曲「フィガロの結婚」Le Nozze di Figaro)
台本:ロレンツォ・ダ・ポンテ

会場:新国立劇場オペラ劇場

スタッフ

指 揮 ミヒャエル・ギュットラー
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
チェンバロ  :  小埜寺 美樹 
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 三澤 洋史
演 出 アンドレアス・ホモキ
美 術 フランク・フィリップ・シュレスマン
衣 裳 メヒトヒルト・ザイペル
照 明 フランク・エヴァン
再演演出 三浦 安浩
音楽ヘッドコーチ    石坂 宏 
舞台監督 佐藤 公紀

出 演

アルマヴィーヴァ伯爵 : ロレンツォ・レガッツォ
アルマヴィーヴァ伯爵夫人 : ミルト・パパタナシュ
フィガロ : アレクサンダー・ヴィノグラードフ
スザンナ : エレナ・ゴルシュノヴァ
ケルビーノ : ミヒャエラ・ゼーリンガー
マルチェリーナ : 森山 京子
ドン・バルトロ : 佐藤 泰弘
バジリオ : 大野 光彦
ドン・クルツィオ : 加茂下 稔
アントニオ : 志村 文彦
バルバリーナ : 九嶋 香奈枝
花娘T : 三浦 志保
花娘U : 小林 昌代

感想

ドラマティック・フィガロ-新国立劇場「フィガロの結婚」を聴く。


 新国立劇場のホモキ演出の「フィガロの結婚」は4度目の再演になります。最初見たとき、非常にインパクトを感じたものですが、四度目の今回も、やはりこの演出は秀逸だな、と思わせるに十分なものでした。このような読み替え舞台の好きではない私でも、感心せざるを得ない、ドラマの本質を突いた演出です。箱で構成される空間がどんどん歪んでいくことが、貴族社会の秩序の破壊の象徴であり、最初はかつらを付け、衣裳をまとって登場する出演者たちが、最終幕では禿頭をさらし、下着姿で歌うことが、人間そのものを見せようとする人間復活の象徴です。

 このような古典的な衣裳を外し、モーツァルト/ダ・ポンテの本質に迫った舞台には、ロココ的モーツァルトは似合わない、と考える演奏家たちがいるのは当然のことでしょう。モーツァルトの思いに素直な舞台には、劇的な表現が似合う。そう考えた指揮者が、恐らく2007年公演を振った沼尻竜典であり、今回指揮したミヒャエル・ギュットラーだと思います。それでも前回の沼尻は、オーケストラを徹底的に劇的には鳴らさなかったと思うのですが、ギュットラーはかなり踏み込んだ表現をしたと思います。

 低音部を比較的強調し、じっくりと重厚に演奏して表情を出す。レガートもスタカートも過剰に表情をつける。極端なリタルダンドやアッチェラランドで表情を出す、といったことをやっておりました。結果として、序曲は華やかさが抑制されましたし、全体に華やかな部分は抑制的に演奏され、悲哀のこもる部分は重厚に演奏されました。私はフィガロの結婚というオペラをここまでドラマティックに表現することは、必ずしも賛成できないのですが、方針が一貫しており、又、歌手陣も指揮者の意図にあった演奏が出来る技術の持ち主だったこともあって、全体として良くまとまっていた上演だと思います。Braviでしょう。

 歌手陣は、まず総じて結構でした。特に日本勢の演じた脇役陣が手馴れておりました。前回の2007年公演に出演したメンバーのうち、バジリオとバルバリーナ以外は同じ出演者です。それだけに、良く練れてきている、ということがあるのでしょう。前回私が絶賛した望月哲也のバジリオは、大野光彦に変わりました。大野バジリオは、前回の望月バジリオほどはよくないと思いますが、それでも十分気を吐いた歌唱で満足できるものでした。

 九嶋香奈枝のバルバリーナも良かったです。九嶋はもっとキャピキャピした歌唱をする方のように思っていたのですが、中音を大事にするしっとりとした歌唱が魅力的でした。

 残りの方々は、全て2007年公演でも歌った方。皆手馴れた歌唱でしたが、森山京子のマルチェリーナが特に良いと思いました。第一幕のスザンナとの面当て合戦、第三幕の親子対面、終幕のフィガロに助言する部分と、皆存在感があり、場面場面の心情を良く知らした演奏でした。佐藤泰弘のバルトロも悪くないのですが、全体の劇性と比べると比較的おとなしい印象です。第一幕のアリアなどは、もっとデフォルメした歌い方でもよいのではないかと思いました。

 さて、「劇的な表現」は主要五役に特徴的だったのですが、それが観客に支持されていたかという点に関しては、やや疑問です。というのは、客席から一番拍手をもらったのが、ケルビーノの「恋とはどんなものかしら」だったからです。このアリエッタは構造的に劇的な表現が難しく、素直な表現に成らざるを得ない。名曲で、「フィガロの結婚」というオペラを代表する名曲ではありますが、ドラマのポイントになるアリアではありません。そういうアリアが一番拍手を貰うというのは、観客はもっと古典的な表現に期待していたように思えます。

 なお、ケルビーノ役のゼーリンガーは悪くないのですが、「自分で自分が分からない」は、一寸重たい表現になっていました。

 伯爵夫人のパパタナシュは、劇的な表情を表に出す方。それが第三幕の大アリア「あの楽しい思い出はどこに」に典型的に現れました。敢えて響きを損なっても劇的表現を重視するという感じで、強く訴えるものがありました。私はもう少し押さえて、内面から悲しさが湧き出るように表現する方が上品だと思うのですが、今回の指揮者の音楽作りからすれば、パパタナシュの表現は、当然であると思います。

 スザンナを歌ったゴルシュノヴァも結構でした。表現に幅のある方で、軽い表情と劇的な表情を使い分けているところがよく、声が綺麗に響くのも魅力的。第4幕のアリアのソット・ヴォーチェの響きも良かったと思います。スザンナはこのオペラのアンサンブルの要でもあるわけですが、十分にその役を果たしていました。ひとつ残念なのは、伯爵夫人とスザンナとの「手紙の二重唱」があまり美しく響かなかったこと。これは今回の音楽的一貫性の犠牲になった、ということかもしれません。

 レガッツォの伯爵、ヴィノグラードフのフィガロはどちらも結構。特にヴィノグラードフの美しく、強い低音の響きは圧倒されました。存在感があって、フィガロらしいケレンも出ており、良い演奏だったと思います。

 2007年の前回は個々の歌唱はよかったが、オペラ全体としてはややまとまりを欠いた、と思ったのですが、今回は細かく見ていくと気に入らないところが随分あったのですが、オペラ全体を俯瞰した時、いい演奏になっていると思いました。

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鑑賞日:2010年11月12日
入場料:C席 5670円 4F 1列40番

主催:新国立劇場

オペラ3幕、字幕付原語(イタリア語)上演
ジョルダーノ作曲「アンドレア・シェニエ」(Andrea Chenier)
原作:ジュール・バルビエ/ポール・ディモフ
台本:
ルイージ・イッリカ

会場 新国立劇場・オペラ劇場

指 揮 フレデリック・シャスラン
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 三澤 洋史
     
演出・美術・照明 フィリップ・アルロー
衣 裳 アンドレア・ウーマン
照 明    立田 雄士 
振 付 上田 遙
舞台監督 斉藤 美穂

出 演

アンドレア・シェニエ ミハイル・アガフォノフ
マッダレーナ ノルマ・ファンティーニ
ジェラール アルベルト・ガザーレ
ルーシェ 成田 博之
密 偵 高橋 淳
コワニー伯爵夫人 森山 京子
ベルシ 山下 牧子
マデロン 竹本 節子
マテュー 大久保 眞
フレヴィル 萩原 潤
修道院長 加茂下 稔
フーキエ・タンヴィル 小林 由樹
デュマ 大森 いちえい
家令/シュミット 大澤 建

感 想

声の迫力に惑わされるな-新国立劇場「アンドレア・シェニエ」を聴く

 プレミエ時は駄目でも、再演するとよくなる、というのは、新国立劇場ではしばしばありますが、「アンドレア・シェニエ」も、その一つと言うことになりました。勿論それは、最初から予想されていたことです。プレミエの時の外題役、カール・タナーとマッダレーナ役のゲオルギーナ・ルカーチは、共になっておらず、全然楽しめませんでしたから、少しましな歌手を連れてくれば、もう少ししっかりした舞台になるのは当然です。

 大きい声が出る、という観点で申し上げれば、ミハエル・アガフォノフもノルマ・ファンティーニも十分な迫力でした。「アンドレア・シェニエ」というオペラは、声の熱気で持たせている作品という側面があるのは事実ですから、大きな声で、メリハリを明確にする歌唱は、悪いことではありません。しかし、迫力は出ても歌唱が乱暴になって音程が狂ったりするのは、決してよいことではないと思います。要するに、迫力は抜群だったが、結構荒っぽいところがあった演奏だった、と思います。

 全体的には、1幕よりも2幕、2幕よりも3幕、3幕よりも4幕が良く、このように尻上がりによくなったのは、今日が初日で、かつお客さんの反応が良かった、ということが関係あるのでしょう。そういう意味では、2日目以降に期待がかかります。

 さて、細かく見て行きますと、第1幕は、全員がパッとしない感じでした。最初から全開と言う訳にはいかないのでしょうが、舞台全体が遠い感じです。ジェラールは存在がはっきり見えないような歌い方でしたし、シェニエの「あの日、青空を」も、高音はそれなりに響かせるのですが、中低音が今一つで、締まらない感じがしました。脇役では森山京子のコワニーが重要ですが、森山の声も飛びが悪い感じがしました。

 第2幕は、第1幕と比較するとかなりましになりました。それでもこの幕は、ファンティーニの声が不安定でした。全体的に見て、ファンティーニが主要三人の中では一番不調だったのではないかと思います。声の高さがやや下がり気味になり、高音がかすれる部分があったり、ビブラートのコントロールが甘く、またその響きが痩せた感じになるところも何箇所もありました。私はファンティーニを何回も聴いていますが、これまで聴いた彼女の中では、一番不調かもしれません。アガフォノフはファンティーニほどではないにせよ、中低音の制御の甘さが気になりました。その結果として、幕切れの二重唱は、声量は出て恰好はついているのですが、ハーモニーが合わない部分があり、私には納得できませんでした。

 それに対して、日本人脇役は良好です。山下牧子のベルシ、成田博之のルーシェ、高橋淳の密偵は、どの方も立派で存在感を示す歌唱でした。特に高橋の密偵が抜群によい。こういうキャラクター・テノール役を歌わせると、高橋は本当に上手だと思います。

 第3幕は、全体的に舞台が温まってきた様子で、第1,2幕とは段違いによくなりました。特筆すべきは、ジェラールのアリア「祖国の敵だと!」の名唱です。素晴らしかったと思います。声のコントロールによる心情表現の深さが抜群で、本日の白眉と申し上げても過言ではないでしょう。ファンティーニも立て直してきて、マッダレーナのアリア「亡き母は」はまずまずの出来。ビブラートの制御の甘さなど気になるところはあったのですが、会場からは大拍手を受けていました。

 脇役関係では、竹本節子のマデロンがなかなか良かったです。マデロンは5年前も竹本が歌い、その時も良い歌唱をされておりましたが、今回も結構でした。

 第4幕、結構でした。シェニエの幕開けのアリアはもう少し柔らかい表現の方が良いとは思いましたが、これは好みの問題でしょう。そして、後半は素晴らしい。特にアンドレア・シェニエとマッダレーナの二重唱が始まれ幕切れまでの10分強は、オペラを聴く醍醐味を味あわせて頂いたと申し上げて過言ではありません。ミハエル・アガフォノフもノルマ・ファンティーニも、力を温存してきたぞ、と言わんばかりの熱唱で、ここまで歌われれば、若干の傷は飛んでしまいます。感心いたしました。

 シャスラン・東フィルのコンビは、舞台の熱気が高まった後半の方が聴き応えがありましたが、総じて立派なものでした。音の艶が美しく響きを奏でます。東フィルの中では一番上手なグループがピットに入っている訳ではない、ということでしたが、音色の美しさは褒められてよいものだと思います。第1幕、2幕は、舞台の上も今一つぎくしゃくしていましたが、オーケストラと舞台の間も少しぎくしゃくしている感じでした。やはり、ぎくしゃく感があると、いい演奏も良く聴こえない、ということはあるのでしょう。

 新国立劇場合唱団の合唱は、いつもながら立派。舞台の盛り上げに、きっちり役目を果たしていました。

 演出に関する感想は、5年前とあまり変わりません。綺麗な舞台だとは思います。アルローは、光と影の扱いに長けた演出家であることはよくわかりましたが、この作品の演出として良いかと問われると、私は必ずしも好みではないようです。

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鑑賞日:2010年11月13日
入場料:C席 7000円 2F F列33番

NISSAY OPERA 2010

主催・企画・制作:日生劇場【公益財団法人ニッセイ文化振興財団】

オペラ3幕、字幕付原語(イタリア語)上演
グルック作曲「オルフェオとエウリディーチェ」〜ウィーン版〜Orfeo ed Euridice)
台本:ラニエリ・デ・カルツァビージ

会場 日生劇場

指 揮 広上 淳一
管弦楽 読売日本交響楽団
合 唱 C.ビレッジシンガーズ
合唱指揮 田中 信昭
     
演 出 高島 勲
美 術 ヘニング・フォン・ギールケ
照 明    稲葉 直人 
振 付 広崎 うらん
舞台監督 幸泉 浩司

出 演

オルフェオ 手嶋 眞佐子
エウリデーチェ 佐藤 路子
アモーレ 佐藤 優子

感 想

端正なオーケストラの魅力-日生劇場「オルフェオとエウリディチェ」を聴く

 「オルフェオとエウリディーチェ」は、音楽史的には、極めて重要な作品ですが、上演される機会はあまり多いとはいえません。私もこれまで実演に接する機会がなく、今回初めて拝見することが出来ました。上演機会が少ないのは、仕方がないのかもしれません。ひとつには音楽に華やかさが欠けるということがあると思います。また、バレエ音楽が多く、歌が相対的に多いとは言えないこと、また、その歌もほとんどがオルフェオによるもの、というのも、上演しにくい理由でしょう。

 そんな作品が、日生劇場で取り上げられるということを聞いて、いそいそと出かけてまいりました。ちなみに、日生劇場オペラ31年の歴史の中で、「オルフェオとエウリディーチェ」は、1990年以来三度目の登場です。

 演奏は、なかなか良かったと思います。まず、読売日響の演奏が良かったです。広上淳一は、オペラもよく振りますが、彼の本領はオーケストラ音楽で、オペラは必ずしも良いとは言えないのですが、今回のオーケストラドライブは、彼がオーケストラのコンサートで指揮をしているときの魅力がありました。この作品の音楽は、彼の持っている音楽的体質にあっているということなのでしょう。読売日響の技術が高い、ということもあるのでしょうが、端正ながら、熱のある演奏で、魅力的でした。バレエ音楽の雰囲気がとてもよく、歌唱の付いている部分のバランスも適当で、大変結構でした。

 指揮、オーケストラがしっかりしていると、舞台が締まります。歌手やダンサ−も音楽に乗った良い舞台を勤めたように思います。

 手嶋眞佐子のオルフェオは、真っ赤なス−ツ姿で登場しました。歌唱、演技ともそれなりに良かったと思います。手嶋は、男性役であることを意識したのか、低音を重視した籠った感じの表現でした。もともと手嶋は、華やかな声の持ち主ではないとは思いますが、それにしてももう少し華やかさを見せても良いのではないかという気がします。この作品で一番有名なアリアである「エウリディーチェを喪って」を聴いていても、もう少し素直な発声で、伸びやかに歌っても良いのではないか、という気がしました。

 なお、2日目のオルフェオは、バリトンの宮本益光ですが、オルフェオという役柄と与えられている音楽を考えると、メゾソプラノが歌うよりもバリトンが歌った方がいいかもしれないと思いました。

 佐藤路子のエウリディーチェは、リリックな落ち着いた声でこの役を歌いました。しっとりとした結構な表現だったと思います。また、アモーレの佐藤優子も、高音の華やかな表現を天使姿で歌い、なかなか素敵なものでした。また、合唱も結構でした。

 高島勲の演出は、現代風と申し上げたらよいのでしょうか。オルフェオは、亡くなったエウリディーチェを探しに冥界に出向くわけですが、冥界の悪霊たちの衣裳も、まあ現代風で、端正な音楽と良く合っていたように思います。アモーレのみが、天使の恰好で、舞台全体の雰囲気からは浮いていましたが、空を飛ぶ天使ならば、それもまたありかな、と思いました。男性6人のダンサーによる踊りは、コンテンポラリーダンスの感じの強いものですが、広崎うらんの振付は、舞台の一体感を壊すものではなく、音楽を邪魔するものでもなく、結構だな、と思いました。

 以上、必ずしもすべてが満足という訳ではないのですが、全体的にみて素敵な舞台だったと思います。

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鑑賞日:2010年11月16日
入場料:4000円 全自由席 

主催:南條年章オペラ研究室

南條年章オペラ研究室20周年記念
佐藤亜希子ソプラノ・リサイタルジュディッタ・パスタを歌う


会場:津田ホール

出 演

佐藤亜希子(ソプラノ)
村上 尊志(ピアノ)



プログラム

作曲者 

 

作品 

 

曲名 

ジョアッキーノ・ロッシーニ    セミラーミデ(1823)    セミラーミデのアリア
「美しく麗しい光が」 
ジョアッキーノ・ロッシーニ   オテッロ(1816)    デズデモナのアリア
「柳の下にたたずんで」〜「神よ、眠りの中に平安を」 
ヴィンチェンツォ・ベッリーニ    ノルマ(1831)    ノルマのレチタティーヴォとアリア
「戦いを煽りたてる声が」〜「清らかな女神」〜
「儀式は終了した」〜「愛しい人、私のもとに戻ってください」 

休憩

ヴィンチェンツォ・ベッリーニ    夢遊病の女(1831)    アミーナのシェーナ・フィナーレ
「せめてもう一度お会いできるなら」〜「ああ花よ、萎んでしまったお前に会えるとは」〜
「どうしたのかしら? 私はどこにいるの?」〜「ああ、これほどの喜びが訪れるとは」 
カエターノ・ドニゼッティ    アンナ・ボレーナ(1830)   アンナのシェーナ・フィナーレ
「あなたたちは泣いているのね?」〜「生れ故郷のお城に導いて下さい」〜
「神よ、これほどの長い苦しみに」〜「邪な二人に永遠の復讐を」

アンコール     

ジャコモ・プッチーニ    トゥーランドット(1926)    リューのアリア「氷のような姫君の心も」 
ジョージ・ガーシュウィン    ポーギーとベス(1935)    クララのアリア「サマータイム」 


感 想

果敢な挑戦を称賛しよう-佐藤亜希子ソプラノ・リサイタルを聴く

 ジュディッタ・パスタという名歌手がいて、19世紀前半を代表するプリマ・ドンナであることは知っておりました。勿論、「アンナ・ボレーナ」、「夢遊病の女」、「ノルマ」が彼女の声を想定して書かれたことも、知識としては知っていました。しかし、私が生まれる100年近く前に亡くなっている歌手の声は勿論知るわけはありませんし、私にとっては、音楽史に登場する一歌手、という以外の何物でもありません。

 しかし、一方で、ロッシーニ、ベッリーニ、ドニゼッティという19世紀前半のイタリアオペラ大好き人間である私にとって、「ジュディッタ・パスタを歌う」というタイトルには惹かれないわけにはまいりません。その上、歌手が佐藤亜希子となれば、是非伺いたいのは当然です。私にとって、佐藤は、2004年の藤原歌劇団「イル・カンピエッロ」・ルシエータ役で最初に注目したソプラノで、その後、2008年の南條年章オペラ研究室公演「ルクレツィア・ボルジア」で、その艶やかでドラマティックな声に圧倒されました。あのパワーは大したものでした。

 あれだけのパワーがある佐藤ですから、ジュディッタ・パスタが歌った作品を取り上げるのはアリだな、と思いましたが、このプログラムははっきり申し上げれば苛酷です。どれも長大かつ技巧的なアリアで、それも、アリアの中心部分だけ歌うのではなく、シェーナから始まって、レチタティーヴォを歌い、カヴァティーナを歌い、カバレッタも歌うというスタイルですから、普通の歌手なら、このうち一曲は歌っても、続けざまには歌おうとは思わないと思います。

 佐藤の馬力があってのプログラムだと思いますが、このプログラムを取り上げた佐藤の挑戦は、高く評価されるべきでしょう。

 さて、演奏ですが、こういう挑戦をやっただけのことはあって、かなり高レベルのものでしたが、最高の出来ではなかったと思います。まず、佐藤は、喉の調子が完璧ではなかったのではないかしら。ピンと張った高音やドラマティックな表現はしっかりしていましたが、中低音でしっとりと聴かせたい部分は、ところどころハスキーになっていました。アンコールの二曲目の「サマータイム」なんかは、そのハスキーな感じが、いい味を出していたのですが。

 最初のセミラーミデのアリアは、まだ慣らし運転的歌唱でした。細かいところまで気を使って丁寧に歌っているのは分かるのですが、どうしてもテンポが遅くなります。アジリダの技術も今一つでした。たとえミスがあったとしても、もっとスピード感をもって、歌っていただいた方が良かったのではないかと思いました。

 オテッロのアリア。これは良かったと思います。ひとつは、セミラーミデのアリアよりも情感を込めて歌うことで味が出るアリアだということがあります。デズデモナの思いを切々と乗せる歌で感心いたしました。特にラストの天に昇るような声の消え方。抜群に素晴らしいと思いました。

 ノルマのアリア。本日の白眉。最高でした。佐藤が向いているのは、ノルマのようなドラマティック役柄を、リリックな声で歌えるところにあるのでしょう。表情も豊かで、カヴァティーナの微妙な表現の繊細な部分もとても素敵だと思いました。

 一方「夢遊病の女」は、佐藤の声では、一寸重いと思います。ドラマティックな表現で、一寸えぐいアミーナになっていました。こういう表現はありだとは思いますが、アミーナは、レジェーロ・ソプラノによってもっと軽やかに歌われる方が、私の好みに合っています。

 「アンナ・ボレーナ」。本来なら、佐藤に最も合っている役柄でしょう。しかし、さしもの佐藤亜希子といえども、ここまで重量級アリアを続けざまに四曲歌い、その上「アンナ・ボレーナ」のフィナーレは一寸辛いです。歌唱に疲労が見えていました。何とか歌いあげましたが、ところどころ、ひやりとさせられる部分もあって、聴き手も手に汗を握りました。

 プログラムの大変さもあって、100%完璧ということにはなりませんでしたが、やはり、これだけのプログラムを一晩で聴かせようとする意気込みは、大変素晴らしいことだと思います。なかなか見ることのできないオペラのアリアも聴かせていただいたし、私個人としては十分満足できました。

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鑑賞日:2010年11月23日
入場料:C席 8000円 2F I列25番

平成22年度文化庁芸術創造活動支援事業

東京二期会オペラ劇場公演

主催:(財)東京二期会/日生劇場

オペレッタ3幕、日本語上演
レハール作曲「メリー・ウィドウ」(The Merry Widow)
台本:ヴィクトール・レオン/レオ・シュタイン
訳詞:野上彰(ワルツは堀内敬三)/台本:佐藤万里

会場:日生劇場 

指 揮 下野 竜也
管弦楽 東京交響楽団
合 唱 二期会合唱団
合唱指揮 安部 克彦
演 出 山田 和也
装 置 堀尾 幸男
衣 裳 前田 文子
照 明 服部 基
振 付 麻咲 梨乃
舞台監督 菅原 多敢弘

出 演

ミルコ・ツェータ男爵(ポンテヴェドロ公使) 池田 直樹
ヴァランシェンヌ(その妻) 坂井田 真実子
ダニロ・ダニロヴィッチ伯爵
(公使館書記官、退役騎兵中尉)
桝 貴志
ハンナ・グラヴァリ(富豪の未亡人) 永吉 伴子
カミーユ・ド・ロジョン(パリの伊達男) 小原 啓楼
カスカーダ子爵(公使館付随員) 安富 泰一郎
サン・ブリオッシュ(パリの伊達男) 近藤 圭
ボグダノヴィッチ(ポンテヴェドロ領事) 三戸 大久
シルヴィアーヌ(その妻) 翠 千賀
クロモウ(公使館参事) 村林 徹也
オルガ(その妻) 北澤 幸
ブリチッチ(ポンテヴェドロの退役大佐) 藪西 正道
プラシコヴィア(その妻) 押見 朋子
ニェーグシュ(公使館下僕) 鎌田 誠樹
ロロ(マキシムの踊り子) 二見 麻衣子
ドド(マキシムの踊り子) 竹内 そのか
ジュジュ(マキシムの踊り子) 高柳 佳代
フルフル(マキシムの踊り子) 森 裕美子
クロクロ(マキシムの踊り子) 鈴木 江美
マルゴ(マキシムの踊り子) 山口 和子

感想

やっぱり若手-東京二期会オペラ劇場公演「メリー・ウィドウ」を聴く。

 メリー・ウィドウは、二期会本公演で比較的よく取り上げられる演目のようで、2005年以来9回目の公演になるそうです。今回の舞台は、基本的には、2005年にオーチャード・ホールでやられた舞台の焼き直し、山田和也演出のものの再演です。2005年に私が、この舞台を見たとき思ったのは、新演出で、舞台も割と簡素ではあるけれども、二期会オペレッタの伝統を受け継いだ舞台だな、ということでした。その再演ですから、舞台は安心して見ることが出来ました。「メリー・ウィドウ」のようなポピュラーなオペレッタは、何も奇をてらう必要がないので、私は簡素ながらも、オーソドックスにまとめた今回の舞台は結構ではないかと思っております。

 また、今回の舞台、音楽の骨格が大変素敵に出来ておりました。東京交響楽団の名手が揃って演奏していたこと(ちなみに、コンサートマスターが高木和弘、チェロ1番がベアンテ・ボーマン、オーボエ1番が荒絵里子、クラリネット1番がエマニュエル・ヌブーというメンバーだったそうです)と、指揮の下野竜也がきびきびとした音楽づくりを心掛けていたことが、関係しているのではないかと思います。ヴァイオリン・ソロは、高木さんが演奏していたのだろうと思いますが、美音でロマンティックで結構なものでした。

 歌手陣は、若手中心のBキャストでしたが、その若手が総じて立派でした。

 まず、ヴァランシェンヌ役の坂井田真実子が良かったです。彼女は、特段声が良いとも、歌唱技術に長けているとも思いませんでしたが、歌うべきところは、しっかりまとめて来ましたし、声もしっかり飛んでいました。台詞も歌詞も、今回の出演者の中では比較的明瞭でした。演技がきゃぴきゃぴ系の若々しいもので、コメディエンヌのセンスもそこそこはあるのでしょう。長身でスリムな方で、ソプラノ歌手としてはこんなに痩せていて良いのか、と思うほどの体格でしたが、それだけに身軽で、例の第3幕のマキシムのグリゼットに扮する場面での踊りは、リズムに乗っていて、大変結構なものでした。

 ダニロの桝貴志も好調です。歌は総じて立派です。声も良いし、音程もしっかりしていて、日本語の歌詞も明瞭で、台詞もはっきり聞こえる、というもので、大変結構だと思いました。惜しむらくは、見かけが老けていて、溌剌さに乏しい感じです。演技の重心をもっと高くして、ハイテンションで演じて頂かないと、ダニロの若々しさが表現できないのではないかしら、と思いました。

 脇役ですが、カスカーダを歌った安富泰一郎、サン・ブリオッシュを歌った近藤圭も、溌剌とした歌唱と演技で良かったです。女声陣では、若手とはもう言えないかもしれませんが、翠千賀、北澤幸も結構でした。

 脇役陣で特筆すべきは、ニェグーシュを演じた鎌田誠樹です。鎌田はミュージカル俳優だそうですが、オペラ歌手が演じるよりも、演技がスマートだと思いました。台詞が一番きちんと聞えてくるのも、この方の声。彼の演技を見ると、オペラ歌手が、オペレッタを演じるときの演技は甘いものと言わざるを得ません。ニェグーシュと言えば、2005年公演で演じた志村文彦のことを思い出します。あの時の志村は、はげ頭もツェータ男爵に叩かれたりした時の反応など、演技と言うよりは、自分の肉体的特徴を使って笑いを取っていたのですが、鎌田は純粋に演技だけで下僕の困惑ぶりを示し、会場の共感を誘っていたのですから、俳優の力量は、凄いものだな、と思いました。

 そのほか、池田直樹のツェータは、ベテランの味をしっかり出してなかなか立派。かつて見た佐藤征一郎や5年前の近藤均のツェータと比較すると、もっと剛毅なツェータになっていました。底から湧き上がってくるような可笑しさではなく、計算されたおかしみと申し上げたらよろしいのでしょうか。そこが、池田の持ち味なのでしょうね。

 一方、ベテラン勢の脇役陣は、今一つ存在感が薄い感じでした。2005年の時は、竹沢嘉明と松本進は、いるだけでしっかりとした存在感を出していましたが、
三戸大久や藪西正道の存在感は今一つ、またクロモウの演技もあまり目立たない感じでした。

 カンカンを踊ったグリゼットたちは今一つ。足の上がり方が足りない感じです。前回グリゼットを踊った6人は、ピンと伸びて揃っていましたから、その点に関しては今回は落ちると思います。

 永吉伴子のハンナもあまり買えません。永吉は、何せ声の飛びが今一つです。また歯切れも良くないので、せりふ回しで何を言っているのかがはっきりしないのも困りました。また、歌唱技術も今一つで、直ぐヴィブラートに逃げるし、そのヴィブラートのコントロールも振幅が太いところに問題があります。一番の聴かせどころである「ヴィリアの歌」も情感は出ていましたが、技術面が不適切で、私は感心できませんでした。

 2005年の時は、ハンナとダニロの両方が今一つであると感想には書きました。今回はハンナだけですから、それだけ、キャスト選びも慎重で、二期会も進歩したということなのでしょう。それでももうひとつ問題にしなければいけない課題は、日本語で上演しているのに、歌詞や台詞が明瞭に聞き取れない、ということです。私は、本年5月に「京王オペレッタフェスタ」の感想の中で、分かりやすい日本語で歌うべきであることを主張しました。今回の演奏は、「京王オペレッタフェスタ」の時ほど分かりにくいものではありませんでしたが、それでも何を言っているのかを理解できない部分がいくつもありました。

 『オペレッタは日本語で』、という流れを今後維持していくのであれば、二期会は、メリー・ウィドウの台詞や歌詞の改定を、今後実施したほうがよろしいのではないかと思いました。

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