オペラに行って参りました-2019年(その1)

目次

ローカル色 2019年1月12日 南大沢コミュニティオペラ2019「こうもり」を聴く
ワーグナーが歌える日本人ソプラノ 2019年1月20日 新交響楽団第244回演奏会「トリスタンとイゾルデ」抜粋を聴く
若手の力量とバランス 2019年1月26日 藤原歌劇団「ラ・トラヴィアータ」を聴く
合唱の魅力 2019年1月30日 新国立劇場「タンホイザー」を聴く
ミュージカル曲をオペラ歌手が歌うということ 2019年2月16日 「The Glamorous Night」を聴く
新作オペラのむつかしさ 2019年2月20日 新国立劇場「紫苑物語」を聴く
心の闇と舞台の闇 2019年2月22日 東京二期会オペラ劇場「金閣寺」を聴く
NHK大河ドラマ風 2019年3月2日 日本オペラ協会「静と義経」を聴く
童謡とチェンバロ 2019年3月3日 「ひなまつりコンサート」を聴く
若手の試練 2019年3月9日 新国立劇場オペラ研修所公演「ドン・ジョヴァンニ」を聴く

オペラに行って参りました。 過去の記録へのリンク

2019年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2019年
2018年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2018年
2017年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2017年
2016年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2016年
2015年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2015年
2014年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2014年
2013年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2013年
2012年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2012年
2011年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2011年
2010年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2010年
2009年 その1 その2 その3 その4   どくたーTのオペラベスト3 2009年
2008年 その1 その2 その3 その4   どくたーTのオペラベスト3 2008年
2007年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2007年
2006年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2006年
2005年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2005年
2004年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2004年
2003年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2003年
2002年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2002年
2001年 その1 その2       どくたーTのオペラベスト3 2001年
2000年            どくたーTのオペラベスト3 2000年

鑑賞日:2019年1月12日
入場料:自由席 4500円

主催:公益財団法人八王子市学園都市文化ふれあい財団

オペレッタ3幕、日本語訳詞上演
ヨハン・シュトラウス二世作曲「こうもり」(Die Fledermaus)
原作:アンリ・メイヤック/リュドヴィック・アレヴィ
台本:カール・ハフナー/リヒャルト・ジュネ

会場:八王子市南大沢文化会館主ホール

スタッフ

合唱指揮・ピアノ 江澤 隆行
ヴァイオリン 関 賢基
ピアノ 高久 智子/林 翔子
合 唱 南大沢コミュニティオペラ合唱団2019
ダンサー Yuriko Dance Arts
児童合唱 八王子市立上柚木小学校合唱団
児童合唱指揮 槙田 紀子
児童合唱ピアノ 村杉 亜由子
演出・バレエ振付 高宮 由利子
台本・訳詞 渡邊 史
舞台監督 岡 皆実

出 演

アイゼンシュタイン 大沼 徹
ロザリンデ 佐田山 千恵
ファルケ 青山 貴
アデーレ 藤原 唯
アルフレード 村上 敏明
オルロフスキー 渡邊 史
フランク 森口 賢二
イーダ 小原 明実
ゲスト歌手 二瓶 純子

感 想

ローカル色 -南大沢コミュニティオペラ2019 「こうもり」を聴く。

 昨年見た最後のオペラが、横浜は泉区テアトル・フォンテでの「こうもり」、今年最初に見るオペラが八王子は南大沢での「こうもり」となりました。どちらも町の中心ではなく、外れの住宅地のホールを用いて行われた地域オペラ公演ですが、その内容はかなり対照的と申し上げられます。昨年最後の「こうもり」は、地域オペラながら正統的なオペレッタの上演を目指したもの。今回の上演は、地域文化の活性化を重視したオペレッタとしてはある意味異端なものでした。しかし、地域のコミュニティの中で行われる演奏は、今回のような手作り感の強い上演は決して悪くないな、と思いました。

 今回は、このオペレッタの中で重要なアクセントとなるブリントとフロッシュを登場させず、その二人の演じる部分は全てカット。私自身は、第二番のブリント/アイゼンシュタイン/ロザリンデの三重唱が好きなので、これがカットされたのは残念ですし、第三幕の冒頭のフロッシュのとぼけた演技もこの作品には欠かせないと思っていますので、これがないのも残念ですが、その分、第二幕のガラ・パフォーマンスが長かった。もちろんまったく正統派ではありません。

 第二幕の幕が開くと、最初に合唱団のメンバーが順繰りに適当なセリフを言う。特に中身がある内容ではありませんが、4,5人ずつのグループで前に出て何かを言う。これは、合唱団の関係者が多いと思われる客席に対するサービスなのでしょう。合唱団に一人の知り合いもいない自分にとっては余計なパフォーマンスですが、地域コミュニティを意識するのであれば大切なことなのでしょう。続いて、地元の小学校の合唱団が登場して「アメイジング・グレイス」を披露しました。この八王子市立上柚木小学校は本年度NHK全国学校音楽コンクール・関東甲信越大会銅賞という実力校で、素敵な合唱でした。

 その後、ゲスト歌手のメゾソプラノ・二瓶純子が登場し、「カルメン」のハバネラを歌い、その後はフランク役の森口賢二が、自前の闘牛服を着用してお得意の「闘牛士の歌」を歌唱。これらのアリアには合唱もつき、「闘牛士の歌」のあとには、アデーレがフラスキータ、イーダがメルセデスパートを歌うという豪華なものではありました。更にその後は地元のバレエ教室による「パ・ドゥ・カトル」のバレエの披露もあって、長かったです。部外者にとってはどうでもよいパフォーマンスではありましたが、こういうやり方こそ、地元コミュニティの活性化に意味があると考えたのでしょう。

 地域オペラの一つの在り方を示したという意味で面白かったのですが、逆にそこに注力するあまり、ストーリーがやや分かりにくくなっていたことは否めません。序曲が演奏されている間に、客席にアイゼンシュタインとファルケとが登場して、「こうもり博士」のエピソードを演技で示すというのは、このオペレッタ全体が、ファルケ博士の復讐劇であるということを知らせるのにちょうど良かったと思いますが、演奏が始まってからはいろいろと端折った部分も多く、結果としてストーリーのつじつまが合っていないように見えたところがあったのは残念でした。演出でもう一点だけ付け加えると、フランクがフランス人に化けて登場するときの名前は、シュヴァリエ シャグランと言うと思いますが、今回はバスティーユ男爵とかいう名前にしていました。この変更は何か意味があったのでしょうか?

  歌唱に関しては細かく申し上げればいろいろありましたけど、ソリストは実力者揃いであり、全体的には上質でした。最も魅力的だったのは青山貴のファルケ。現在日本の中堅バリトンの中で一番活躍されている方と見てよろしいと思いますが、それだけのことはありました。立ち居振る舞いはファルケ、という雰囲気ではありませんが、 歌は見事でした。特にしっとりと歌われた時に声と表現のすばらしさを感じました。アイゼンシュタインの大沼徹もよかったです。12月の時聴いた泉良平は、野卑なアイゼンシュタインを目指してそのように歌唱・演技されていましたが、今回の大沼徹は軽薄な実業家の線を崩しておりませんでした。アイゼンシュタインは軽薄さに特徴があると思っているので、その点で今回の大沼の行き方の方が私の好みです。もちろん、歌唱も素敵でした。フランクの森口賢二も安定していた感じ。刑務所長というのは本来下級官吏で、それがオルロフスキーの夜会に出されるオロオロ感がもっと出ていればさらに良かったと思うのですが、そこがちょっと残念でした。

 村上敏明のアルフレード。台詞では「絶好調」と行っていましたが、現実の声は必ずしも絶好調ではなかったです。しかし、本来のアルフレードの歌唱のほかに、マントヴァ公、ラダメス、マンリーコ、タミーノ、オテッロ、カヴァラドッシのアリアのさわりの部分をアカペラで(マンリーコの「見よ、恐ろしい炎よ」だけはピアノ伴奏つき)で歌いまくったのは凄いなと思いました。

 女声陣ではオルロフスキーの渡辺史がよかったです。ロザリンデの佐田山千恵も悪くないですが、細かい処理のところで、先月聴いた長島由佳/川越塔子のレベルには至っていないのかな、という感じがしました。また、これは佐田山の問題ではないのですが、第二幕のアイゼンシュタインとロザリンデのやり取りの中で、ロザリンデが外国人のような口調で話すのは如何なものかという気がしました。申し上げるまでもなく、ハンガリーはオーストリア=ハンガリー帝国としてあった時代もあるわけで、そんなにたどたどしい言葉を話すとは思えないのです。

 アデーレの藤原唯。丁寧でよかったのですが、線が細い感じがしました。「侯爵様、あなたのようなお方は」も第三幕の「田舎娘を演じるときは」のクプレももっと芝居っけたっぷりに歌った方が良かったと思います。

 合唱は市民合唱としては標準的でしょう。ただ、皆さん、楽しげだったのがよかったです。伴奏は、ヴァイオリン1本とピアノでオーケストラ伴奏の迫力はありませんでしたが、江澤隆行、関賢基とも立派な演奏でよかったです。

「こうもり」TOPに戻る
本ページTOPに戻る

鑑賞日:2019年1月20日
入場料:SS席 2FC列44番 4000円

主催:新交響楽団

オペラ3幕 字幕付き原語(ドイツ語)上演、演奏会形式(第1幕への前奏曲、第2幕全曲、第3幕第3場のみ演奏)
ワーグナー作曲「トリスタンとイゾルデ」(Tristan und Isolde)
台本:リヒャルト・ワーグナー

会場:東京芸術劇場コンサートホール

スタッフ

指揮 飯守 泰次郎
オーケストラ 新交響楽団

出 演

トリスタン 二塚 直紀
イゾルデ 池田 香織
マルケ王 佐藤 泰弘
ブランゲーネ 金子 美香
クルヴェナール 友清 崇
メロート 今尾 滋
牧童 宮之原 良平
舵取り 小林 由樹

感 想

ワーグナーが歌える日本人ソプラノ -新交響楽団244回演奏会 「トリスタンとイゾルデ」を聴く。

 アマチュアオーケストラが、ワーグナーの楽劇の前奏曲を演奏するというのはありがちなプログラムです。また、「エルデ・オペラ管弦楽団」のように、オペラを上演するために集まったアマチュア・オーケストラもある。しかし、アマチュア・オーケストラがワーグナーの楽劇一幕を全部演奏するというプログラムはあまり見たことがありません。特に「トリスタンとイゾルデ」はいろいろな意味で一筋縄ではいきません。それだけに、新交響楽団のアグレッシブな姿勢を称賛したいと思います。さすがにアマチュアオーケストラでトップレベルの実力を誇る楽団だと申し上げましょう。

 さて、オーケストラの演奏ですが、さすがにワーグナーの音楽は歯ごたえがあったようです。綻びはあちらこちらに垣間見られました。ホルンがひっくり返るみたいなありがちな事故だけではなく、出が微妙に遅れてアンサンブルが乱れたりして、ひとつ間違えれば空中分解するのではないかと思った部分もなかったわけではありません。しかし、アマオケナンバーワンの実力は伊達ではないと思いました。基本的にはハーモニーにせよデュナーミクにせよ十分聴き手を納得させる技量を示しました。楽団のレベルとしては、30年前の日本のプロオーケストラ位の力量はあると思います。アマチュアでこれだけの演奏ができるということは、本当に素晴らしいことだと思います。

 もちろん、飯守泰次郎の指揮もよかったのでしょう。日本人指揮者で最もワーグナーに造詣の深い指揮者です。それだけのことはありました。半音階で動く、ワーグナーの何とも言えない音階が、訳が分からないけれどもどこか聴き手のの心を揺さぶるのです。そこが飯守泰次郎が指揮する意味なのだろうと思いました。

 歌では何といってもイゾルデ役の池田香織が素晴らしい。池田は2016年の二期会の本公演でもにイゾルデを歌っています。その歌は聴いているのですが、正直申し上げて、今一つだったな、という印象が強かったです。もちろん、ほぼ出ずっぱりのオペラ全曲歌うのとその一幕だけを歌うのでは必要な体力からして違い、今回の方が余裕があるのは当然ですが、そのアドヴァンテージを考慮しても今回の池田は素晴らしかったと思います。声の飛び方が半端ではありません。今回、歌手はオーケストラの後ろで歌いました。客席からはかなり距離があり、最初配置を見たとき、オーケストラの咆哮に声が消されてしまうのではないか、という危惧の念を持ちました。確かにトリスタン役の二塚直紀の声はそいうところもありました。しかし、池田は違いました。金管がフォルテで吹いても、その音に消されることなく余裕のある声が客席まで届いてくる。素晴らしいです。

 二期会本公演後も「わ」の会などでワーグナーの研究を続けている彼女だからこそ示すことのできた境地ではないかと思います。私は、日本人ソプラノにワーグナーの主役はそもそも無理だという意見を持っていたのですが、ようやく池田香織というワーグナーソプラノを持ったような気がします。

 二塚直紀のトリスタン。頑張っていましたし、しっかりと歌われていたとも思いますが、根本的にヘルデンテノールではないと思います。トリスタンは一部を関西で歌ったことがあるようですが、今回は歌にかなり起伏があって緊張が伝わってきました。安定した歌いぶりの池田と比較すると、その不安定さがちょっと残念だったかな、と思います。

 佐藤泰弘のマルケ王。ワーグナーをあまり研究していない歌い方ではないでしょうか。低音がよく飛びますが、その響かせ方は結構力任せなところがあり、マルケ王の老いに対する諦念のような側面は感じることができませんでした。

 ブランゲーネの金子美香。歌い方はブランゲーネをよく理解していると思いました。声量も十分なのでしょうが、全体として見てみると今一つ存在感が薄い感じがいたしました。その他の脇役陣は十分に自分の役割を果たしたと思います。

 今回のキャストの人選は「わ」の会が大きくかかわっているそうですが、それだけのことはあったのかな、と思います。まず、男性歌手の半分以上が、二期会の本公演「トリスタンとイゾルデ」に出演していた方々ですし、何といっても「わ」の会が主力の池田香織が素晴らしい演奏を聴かせてくれたのですから。

「トリスタンとイゾルデ」TOPに戻る
本ページTOPに戻る

鑑賞日:2019年1月26日
入場料:B席 3F1列19番 9800円

主催:公益財団法人日本オペラ振興会/公益社団法人日本演奏連盟
2019都民芸術フェスティバル参加公演

オペラ3幕 字幕付き原語(イタリア語)上演
ヴェルディ作曲「ラ・トラヴィアータ」(椿姫)(La Traviata)
原作:アレキサンドル・デュマ・フィス
台本:フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ

会場:東京文化会館大ホール

スタッフ

指揮 佐藤 正浩
オーケストラ 東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱 藤原歌劇団合唱部
合唱指揮 須藤 桂司
バレエ 竹内菜々子/渡邉峻郁
演 出 粟國 淳
美術・衣裳 アレッサンドロ・チャンマルーギ
照 明 原中 治美
振 付 伊藤 範子
舞台監督 菅原 多敢弘

出 演

ヴィオレッタ 伊藤 晴
アルフレード 澤﨑 一了
ジェルモン 折江 忠道
フローラ 高橋 未来子
ガストン 真野 郁夫
ドゥフォール 泉 良平
ドビニー 上田 誠司
グランヴィル 清水 良一
アンニーナ 鈴木 美也子
ジュゼッペ 有本 康人
使 者 相沢 創
召 使 市川 宥一郎

感 想

若手の力量とバランス-藤原歌劇団 「ラ・トラヴィアータ」を聴く。

 藤原歌劇団を代表する演目は、やはり「椿姫」だと思います。1990年に始まって2006年まで17回続いたニューイヤー・スペシャルオペラは、1月にオーチャードホールで「椿姫」を上演するというのが恒例で、私は1994年から2006年まで、行かなかった年もありますがほぼ毎年通いました。ただ、1990年代は自分自身が外国のスター歌手に目を向けていた時代で、日本人のヴィオレッタにはあまり興味を示していませんでした。そのころの藤原は主演級は外国人を招待することが多く、「椿姫」も外国人と日本人とのダブルキャストで演奏されることが多く、私はほぼ外人一辺倒でした。その思い出はともかく、おかげで、私にとって「椿姫」は最もポピュラーな演目になったと思いますし、藤原歌劇団にとってもいろいろな蓄積ができたのではないかと思います。

 2007年以降は毎年上演されるわけではありませんが、折に触れて取り上げられ、2008年のペッペ・デ・トマージの舞台の再演、2013年、15年の岩田達宗の演出の舞台を経て、今回の粟國淳の舞台につながりました。今回は主要三役がトリプルキャスト、というところに特徴があるのだと思います。私はどの回に行くべきか迷ったのですが、結局一番若手のコンビである伊藤晴のヴィオレッタ、澤崎一了のアルフレードのコンビの回を選びました。  

 これはおそらく正解だったと思います。特に澤崎一了が非常に良い。スパンと高音が響くのですが、それが無理なく柔らかく抜けるところが素晴らしい。特に第二幕の冒頭のアリアは、若者のときめきを見事に歌い上げて秀逸でした。第一幕の「乾杯の歌」も悪くないのですが、指揮者のスピード感と澤崎のスピード感とが微妙にずれていて、結局オーケストラのスピード感に澤崎が合わせてしまい、曲の華やかさがやや失われてしまったのが残念です。これが澤崎の呼吸で歌えれば、もっと晴れやかな歌になっていたに違いありません。そのほか、細かい処もしっかり歌われていて、二幕、三幕は本当に良かったと思います。アルフレードの世間知らずな感じがリリック・テノールのちょうど良さと見事にマッチして歌われたものと思います。

 もちろんヴィオレッタの伊藤晴も見事でした。伊藤は真正リリコの声なのでしょうね。一幕の華やかなところは技巧的な部分も含めてやや危ういところもありましたが、後半になるにつれて彼女の良さが光るようになりました。一幕はもちろん可哀想な部分もある。舞台の音楽の進むイメージとオーケストラの音楽の進むイメージが微妙にずれていて、それが乾杯の歌や、「ああ、そは彼の人か~花から花へ」のアリアに影響していました。「ああ、そは彼の人か」のアリアでは、既に指揮者のテンポ感覚と歌手のテンポ感覚とは一致していたのですが、その前がずれていたためか、ちょっと歌に不安げな感じがあって、結果として彼女の実力が100%出し切れた感じにはなっていなかったと思います。もっと伸びやかに歌えれば、もっと素晴らしかっただろうなと想像できるような演奏で、そこがちょっと残念です。

 しかし、二幕、三幕の伊藤は良かった。このオペラの一番の聴かせどころは二幕第一場のヴィオレッタとジェルモンとの二重唱ですが、これが素晴らしい。これは伊藤だけではなく折江忠道のジェルモンがよかったことが関係しています。折江ジェルモンは舞台に、冷酷さをしっかり感じさせるような歌で登場しました。そして二重唱が進むにつれて、伊藤の切々した表現に動かされるようにジェルモンの冷たさが少しずつ少なくなっていくように歌って見せるのです。折江忠道が前にスカルピアを聴いたときに思ったのですが、この人は悪役を悪役のように聴かせるのに長けた方です。ジェルモンはスカルピアのような絶対悪ではありませんが、それでもヴィオレッタに会うまでは、世間知らずの息子をだました悪い奴だと思っている。それがしっかり表現された方が、ヴィオレッタの歌の効果が上がります。折江の声そのものの力は往年のものではなくなっていると思いますが、この表現力の凄さでジェルモンに命を吹き込んだように思いました。伊藤の歌唱もよかったのですが、そこには折江のサポートが有効に働いていたことを特記しましょう。

 なお、三幕のヴィオレッタのアリア「さよなら、過ぎ去った日々」は過不足のない歌唱で感動的。「パリを離れて」の二重唱もとてもよかったです。

 その他の脇役陣ではアンニーナの鈴木美也子がよい。アンニーナは存在感の薄い歌唱をする場合も少なくないと思うのですが、この方のアンニーナは割と存在感がある。第三幕でのアンニーナは死にかけたヴィオレッタを保護する役目もあるわけですから、それなりの存在感を出すのは正しいと思います。良かったです。

 佐藤正浩の指揮は第一幕が舞台との息が合わなかったようで、舞台が崩壊するのではないかというスリリングな感じがありました。結局歌手たちがオーケストラに合わせていきましたから、もちろん崩壊することはなかったのですが、もう少しオーケストラが譲ってやればもっと良い演奏になったのではないかという気がします。第二幕以降はそんな違いはなく、最後までしっかりとした演奏で進み、結果として歌手たちの力量を示すことができたものと思います。

 粟國淳の演出ですが、舞台には各幕違った絵が飾れてその絵が舞台の仕切りになるというスタイル。絵がなければかなりシンプルな舞台と見ました。歌手たちの動きもあまり大きなものはなく、オーソドックスで、音楽を前面に出すことを意識した舞台だったと思います。照明が各幕とも暗く、その分音楽に集中できるような仕組みにはなっていましたが、各幕とも演技面でそれぞれの特徴がもっと出てもよかったのかな、という気はしました。もちろん、奇を衒ったへんてこな現代風演出よりは100倍ましです。

 以上100%満足とは申し上げませんが、全体として楽しめましたし、若手の実力を堪能できました。Braviと声高らかに叫べる公演でした。

「ラ・トラヴィアータ」TOPに戻る
本ページTOPに戻る


鑑賞日:2019年1月30日
入場料:C席 4F1列11番 7771円

主催:新国立劇場
2019都民芸術フェスティバル参加公演

オペラ3幕 字幕付き原語(ドイツ語)上演
ワーグナー作曲「タンホイザー」(Tannhäuser)
台本:リヒャルト・ワーグナー

会場:新国立劇場オペラパレス

スタッフ

指揮 アッシャー・フィッシュ
オーケストラ 東京交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 三澤 洋史
バレエ 新国立劇場バレエ団
演 出 ハンス=ペーター・レーマン
美術・衣裳 オラフ・ツォンペック
照 明 立田 雄士
振 付 メメット・バルカン
再演演出 澤田 康子
音楽ヘッドコーチ 石坂 宏
舞台監督 高橋 尚史

出 演

領主ヘルマン 妻屋 秀和
タンホイザー トルステン・ケール
ウォルフラム ローマン・トレーケル
ヴァルター 鈴木 准
ピーテロルフ 萩原 潤
ハインリヒ 与儀 巧
ラインマル 大塚 博章
エリザベート リエネ・キンチャ
ヴェーヌス アレクサンドラ・ペーターザマー
牧童 吉原 圭子
4人の小姓 前川 依子/福留 なぎさ/花房 英里子/長澤 美希

感 想

合唱の魅力-新国立劇場 「タンホイザー」を聴く。

 「タンホイザー」を聴くのは久しぶりです。有名な作品ですので、しばしば上演されている印象がありますが、実際はそんなことはなくて、直近では2017年のバイエルン国立歌劇場の来日公演、国内制作のものだと2013年の新国立劇場の再演までさかのぼり、私が聴くのもそれ以来です。音楽は親しみやすいメロディーが多いし、上演時間もワーグナー作品にしては短めなのに、なぜ上演されないのだろう、と思うと、描かれているキリスト教世界観が日本人には分かりにくいのではないか、という気がします。

 この作品の対立軸は、ヴェーヌスのエロスとマリアのアガペーという二つの愛にあるわけですが、それが対立する概念としてあるというのが、そもそも日本人には実感として分からないのではないかという気がします。タンホイザーはエロスの世界からアガペーの世界に抜け出そうとしますが、と言ってエロスを否定しない。一方中世の騎士や宮廷夫人は公にはエロスを否定し、アガペーを奉る。ローマ法王も巡礼してわざわざ懺悔しに行ったタンホイザーを許さない。私は俗物なのか、タンホイザーのアガペーの崇高さにあこがれるけれどもエロスを否定しないという姿勢の方が自分にはぴったり来ますし、現代のキリスト教だってエロスを否定したりはしないでしょうが、中世はそうではなかった、ということなのでしょうね。それは説明されれば理解はできるけど、どこか変だな、と思ってしまう。そういう違和感があまり上演されない理由かな、と久しぶりに聴いて思いました。

 上演全体は、新国立劇場の再演物の中では比較的出来が良くなかった、と申し上げてよいでしょう。

 まず、オーケストラの響きが今一つでした。今回ピットに入ったのは東京交響楽団です。東京交響楽団は管楽器のレベルの高いオーケストラという印象が強いのですが、今回はその管楽器があまりよくなかったのかな、という風に感じました。ホルンのミスがあったのですが、それ以外でも東響らしからぬ音があったように思いました。フィッシュの指揮はあまり特徴のない印象で、それは舞台を邪魔していないという点で悪くなかったと思いますが、オーケストラの奏者は退屈して凡ミスをしてしまったということかもしれません。ワーグナーのオペラは半分以上オーケストラの力だと思います。その点でもう少し厚みがあって、かつ生き生きした響きがあった方が全体として盛り上がったかもしれません。

 歌手はなんといってもタイトル役のケールがいい。澄んだ高音を持った柔らかい響きも美しいテノールですがそれに力強さも兼ね備えている。現代最高のヘルデン・テノールという評価も一部にあるそうですが、なるほどと思える美声でした。この作品の中で与えられているタンホイザーの歌唱はアリア的なものが少ないですが、それでも彼が歌うとタンホイザーが存在を際立たせてくれる。そこが立派でした。第三幕の悔恨の歌唱の表情も素敵だったと思います。

 次によかったのはヘルマン役の妻屋秀和。妻屋はバスとしてほんとうに安定しています。低音なのにあれだけ響きを飛ばせる技量は常々感心するところですが、今回も例外ではありませんでした。息の安定感という点ではナンバーワンなのかもしれません。ウォルフラム役のトレーケルが息が短くて、声の安定感も今一つだったこともあって、妻屋の安定ぶりが強く印象付けられました。そのほか日本人歌手の脇役陣では、鈴木准のヴァルターが鮮烈な印象を残して好調、萩原潤のピーテロルフもよかったです。

 ウォルフラム役のトレーケルは不調でした。一番の聴かせどころである「夕星の歌」も今一つぱっとしていませんでしたし、歌合戦の場での歌唱ももう少し主張が強い方がタンホイザーとの対立がよく分かるのに、と思いました。

 女声陣は二人ともあんなものなのだろうな、という感じ。声質も表現も二人とも似ている感じでした。ヴェーヌスはエリザベートと比較すると力強い表現が多いと思うのですが、力強く歌ったときの高音の響きが結構金切り声っぽくなって、私の好みの声とは違います。言ってみればあまりエロスを感じることはできませんでした。一方キンチャのエリザベート、中低音のふくよかな感じは素敵なのですが、高音が金切り声的になるのが私は好きになれません。有名な「殿堂のアリア」はもう少し喜悦感があってもよいのではないのかしら。もちろん後ろ側の不安感を強調する考え方もあるのでしょうが、次に大行進曲の合唱があることを踏まえると、喜悦感を強調する方が流れが自然のような気がします。

 合唱はいつもながらお見事。殿堂の合唱で、舞台の前の方にいるバスと後ろの方にいるバスの歌が微妙にずれたのが残念ですが、低音の音の飛びにくさが影響しているので仕方がないのかもしれません。他は本当に良好で、さすがに新国立劇場合唱団と言うべき。「タンホイザー」は合唱オペラの側面がありますが、合唱団が魅力的に歌うと舞台が盛り上がるのだな、と思いました。ソリストは今一つの方もいらしたのですが、合唱が盛り上げてくれると、それは「まあいいか」と思えてしまいました。

「タンホイザー」TOPに戻る
本ページTOPに戻る


鑑賞日:2019年2月16日
入場料:全自由席 5000円

主催:GLAMOROUS NIGHT Project
後援:A to K labo

The Glamorous night

会場:JTアートホール アフィニス

スタッフ

企画 横山 修司
司会・ピアノ・鍵盤ハーモニカ 野口 幸太
ピアノ 織井 香衣
ピアノ 谷川 瑠美

出 演

ソプラノ 川越 塔子
ソプラノ 西本 真子
テノール 鈴木 俊介
バリトン 井出壮志郎

プログラム

作詞 作曲 作品名 日本語名 曲名 日本語名 演奏者
  ルロイ・アンダーソン Belle of The Ball 舞踏会の美女     ピアノ3人
クリストファー・ハッサール アイヴァー・ノヴェロ Glamorous Night   Glamorous Night   4人
クリストファー・ハッサール アイヴァー・ノヴェロ The Dancing Years   Waltz of My Heart   川越塔子/鈴木俊介
クリストファー・ハッサール アイヴァー・ノヴェロ Glamorous Night   Fold your wings   4人
ジョージ・フォレスト ロバート・ライト KISMET 宿命 Overture 序曲 ピアノ2人
ジョージ・フォレスト ロバート・ライト KISMET 宿命 And This Is My Beloved   4人
  アイヴァー・ノヴェロ Perchance to Dream   We'll Gather Lilacs   4人
休憩
  リチャード・ロジャース THE BOYS FROM SYRACUSE   Falling in Love with Love 恋に恋して ピアノ2人/鍵盤ハーモニカ
アラン・ジェイ・ライナー フレデリック・ロウ My Fair Lady マイ・フェア・レディ  Show Me 証拠を見せて 川越塔子/西本真子
バート・ライスフィールド エリック・ウォルフガングコルンゴルド Die stumme Serenade 無言のセレナード Serenade   川越塔子
バート・ライスフィールド エリック・ウォルフガングコルンゴルド Die stumme Serenade 無言のセレナード Das Lied von Gluck   西本真子
バート・ライスフィールド エリック・ウォルフガングコルンゴルド Die stumme Serenade 無言のセレナード Die Schonste Nacht   川越塔子/井出壮志郎
  ミシェル・ルグラン Les Demoiselles de Rochefort ロシュフォールの恋人たち Nous voyageous de ville en ville キャラバンのふたりの歌 ピアノ2人
ジャック・ドゥミ ミシェル・ルグラン Les Demoiselles de Rochefort ロシュフォールの恋人たち Chanson des jumelles 双子姉妹の歌  川越塔子/西本真子
ジャクエス・ディバール クルト・ヴァイル Marie Galante   Le Roi d'Aquitaine   西本真子
ジャクエス・ディバール クルト・ヴァイル Marie Galante   J'attends un navire   川越塔子
アラン&マリリン・バーグマン ミシェル・ルグラン Yentl 愛のイエントル Where Is It Written   西本真子
フランソワーズ・サガン ミシェル・ルグラン Un peu de soleil dans l’eau froide 水の中の小さな太陽 Dis-Moi 愛のささやき 川越塔子
ランストン・ヒューン クルト・ヴァイル Street Scene ストリート・シーン  Lonely House   西本真子
フィリップ・リテル アンドレ・プレヴィン A Streetcar Named Desire 欲望という名の電車 I want magic!   川越塔子
オスカー・ハマーステイン クルト・ヴァイル 9 Propaganda Songs 歌曲集「9つの宣伝曲」 Buddy on The Nightshift 夜勤の相棒に 4人
アンコール
        I'll See You Again またお会いしましょう 4人

感 想

ミュージカル曲をオペラ歌手が歌うということ-「The Glamorous Night」を聴く

 コレペティトゥアの横山修司が、企画し、その弟子でピアニストの野口幸太が制作したミュージカルの比較的知られていないけれども洒落たナンバーを、横山が長年教鞭をとっている武蔵野音大の卒業生のオペラ歌手たちに歌ってもらおうというコンサート。主役は川越塔子と西本真子の二人が務めました。

 オペレッタとミュージカルの区別を厳密につけるのは難しいらしいです。オペラを普段見ている人にとってコルンゴルドやヴァイルはオペラ作曲家のイメージが強く、コルンゴルドが数年前「死の都」が国内で立て続けに上演されて脚光を浴びたとき、「忘れられたクラシック作曲家」みたいな文脈で語られることが多かったと思いますが、実際コルンゴルドが活躍したのはハリウッドの映画音楽で、オスカーも取っています。また今回そのナンバーが歌われた「沈黙のセレナード」もコルンゴルドの作品分類では「オペラ」とされています。どちらにしても、20世紀前半から中盤にかけての流行歌的な舞台作品のかっこいいけれども、忘れられた曲を集めたコンサート、とまとめられるのでしょう。

 ちなみに自分がどこかで聴いたことがあるな、と思ったのは、冒頭の「舞踏会の美女」、「マイ・フェア・レディ」、「ロシュフォールの恋人たち」からの二曲、「愛のささやき」ぐらいです。「欲望という名の電車」は東京室内歌劇場で上演した舞台を二回も見ているのですが、この曲のことは聴いた覚えがありません。ブランチ役を歌った松本美和子の素晴らしい歌唱の印象はいまだに強く残っているのですが、具体的な曲となると記憶はあいまいです。

  今回の目玉は、アイヴァ―・ノヴェロの作品です。ノヴェロは日本ではほとんど知られていませんが、Wikipediaによれば、「ウェールズの作曲家・歌手・俳優。20世紀初頭において、最も人気のあったイギリスのエンターテイナーの1人である」とのことです。作曲家としてはともかく、俳優としては、ヒッチコックの1927年の映画「下宿人」や「ダウンヒル」で主役を演じていますし、舞台俳優としても有名だったようで、そちらの方では、知っている、という方もいらっしゃるかもしれません。ちなみに、私は全く初耳の人です。作曲したミュージカルは10作以上あるようですが、最初に演奏された「Glamorous Night」は1935年ロンドンで初演され、1930年代に上演されたノヴェロのミュージカルの中で、最も豪華でスペクタクルなショーだったそうです。初演の時の主役はノヴェロ自身で、女声はジプシーの姫、とそのメイドが登場するようです。そんなことは何も知らずに音楽を聴いたのですが、確かに「豪華な」感じのする曲ではありました。川越塔子がプリンセスを西本真子がメイドを歌ったのでしょうね。なお、最初の3曲は「Glamorous Night」のナンバーだと思って並べたのかもしれませんが、二曲目は「The Dancing Years」という1939年初演のミュージカルナンバーです。どうしてこんな並べ方をしたのかは、プログラムに一切説明がなかったので分かりません。

 実は今回の演奏会で、私が一番気に入らないのはプログラムです。曲名の原題と作詞、作曲者名しか書いていない。誰が歌うかも書いていないし、何というミュージカルの曲かも書いていない。私が演奏されてから一週間も後に感想を書くのは、自分が多忙だったということもありますが、これだけの曲の来歴を調べるのにそれだけ時間がかかったということです。デザイン的には理解できないでもありませんが、プログラムの大切な役割である情報伝達の機能は半分ぐらいなかったのかな、と思います。

 司会は野口幸太。彼はピアノを時々弾きながら、あるいは鍵盤ハーモニカを吹きながら司会を行いました。その軽妙な語り口はヴォードヴィルの司会として素敵だなと思いましたが、彼の説明もいろいろな意味で中途半端であり、誤りもあり、司会をする準備という観点では十分ではなかったのかなと思います。

 演奏は見事でした。さすがに力量のあるオペラ歌手たちです。細かな失敗は所々あったようですし、重唱で揃わないところもありました。それでも楽譜に沿って歌うのに長けている人たちですし、声も通る方々なので、全体的には十分満足できました。細かな演技も楽しめました。個別の歌では後半の方が聴きごたえがあったように思います。川越塔子であれば「Dis-Moi」や「I Want Magic」が、西本真子であれば「Lonely House」が白眉だったのではないでしょうか。

 とはいえ、ミュージカルの楽曲として見た場合はどうだったのか、というとなかなか難しいところなのかもしれません。どの曲も確かに洒落ていて、大人の豪華な香りを感じることはできたのですが、それが十分だったか? 例えば、「Where Is It Written」はバーブラ・ストライサンド主演の1983年公開のミュージカル映画のナンバーですが、バーブラの歌をYou Tubeで聴くと、この何とも言えないアンニュイな雰囲気は独特なもので、西本の歌とはずいぶん印象が違うように思いました。どちらが正しいかはわかりませんが、どちらがかっこよいかといえばバーブラに軍配が上がります。

 なお、今回使用された楽曲のアレンジは、野口幸太、織井香衣、谷川瑠美の今回ピアノ伴奏をされた三人で行われました。ボーカルスコアのピアノ伴奏を2台または3台ピアノ用に書き改めたわけですが、それは良かったのかなと思います。二台のピアノを連弾したり、一台ずつで演奏したり、曲ごとに奏者が入れ替わるのは美人ピアニストだったということもあり、なかなか目も楽しめました。

「The Glamorous Night」TOPに戻る
本ページTOPに戻る

鑑賞日:2019年2月20日
入場料:C席 3F L10列1番 2916円

主催:新国立劇場
文化庁委託事業「平成30年度戦略的芸術文化創造推進事業」

新国立劇場創作委嘱作品・世界初演

オペラ2幕 字幕付き原語(日本語)上演
西村朗作曲「紫苑物語」
原作:石川淳
台本:佐々木幹郎

会場:新国立劇場オペラパレス

スタッフ

指揮 大野 和士
オーケストラ 東京都交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 三澤 洋史
演 出 笈田 ヨシ
美 術 トム・シェンク
衣 裳 リチャード・ハドソン
照 明 ルッツ・デッペ
振 付 前田 清実
監 修 長木 誠司
音楽ヘッドコーチ 石坂 宏
舞台監督 高橋 尚史

出 演

宗頼 高田 智宏
平太 松平 敬
うつろ姫 清水 華澄
千草 臼木 あい
藤内 村上 敏明
弓麻呂 河野 克典
小山 陽二郎
家来 川村 章仁

感 想

新作オペラのむつかしさ-新国立劇場 「紫苑物語」を聴く。

 国立歌劇場の大きな役割の一つは、新作を委嘱して新たなレパートリーに育てていくことが挙げられます。新国立劇場は初期のころは十分その役割を果たしていて、開幕のこけら落とし公演であった團伊玖磨の「建(タケル)」(1997)を皮切りに、原嘉壽子「罪と罰」(1999)、一柳慧「光」(2003)、久保摩耶子「おさん」(2005)、三木稔「愛怨」(2006)、池辺晋一郎「鹿鳴館」(2010)、香月修「夜叉ヶ池」(2013)と委嘱作品を上演しています。惜しむらくは再演作品が「鹿鳴館」一作だけ、ということぐらいでしょうか?一方で、「夜叉ヶ池」以降は新作の発表がなく、今回ほぼ6年ぶりに「紫苑物語」が初演されました。

 原作の短編小説「紫苑物語」は、芸術選奨文部大臣賞を受賞した、石川淳の代表作の一つとして知られています。石川淳は戦後は太宰治、坂口安吾らととともに無頼派の作家とみなされましたが、本来はフランス文学と漢籍、それに日本古典に通暁した日本を代表する知の巨人の一人です。それだけに文章は比較的難解で、「紫苑物語」が評価されたのは、その独特の文体によるのではないかと思います。優美かつ艶やかで独特のテンポがある。散文詩的と言ってもよいかもしれません。したがって、このテンポ感は音楽的でもあるのですが、地の文が長い小説をそのままオペラにすることはできません。したがって台本が重要になりますが、今回の佐々木幹郎の台本、正直申し上げて原作とかなりテイストが違うように思いました。それが劇的であり、オペラ的でもあるのですが、一方で原作の持つ一種幻想的な散文詩の雰囲気が損なわれ、確かに物語は「紫苑物語」なのですが、ちょっと違う作品を読んだような気がしました。

 西村朗の音楽、かなり多彩であると思いました。速いパッセージの音楽、「ケチャ」のリズム、そういうものもあれば落ち着いた部分もある、さまざまな音楽がモザイクのように組み合わされ、それが面白くもありましたが、落ち着かない感じもしました。またただ綺麗な旋律はほぼなく、滑稽な部分はあるのですが、オペラ的に歌い上げる部分はなく、正直に言ってしまえば、今一つピンとこなかった、と思っています。監修者の長木誠司は「西洋オペラと全く発祥の仕方が違っている「日本のオペラ」の文脈にちゃんと乗せるような作品はこれまでなかった」と言います。私は彼の問題意識の意味合いはよく分からない(「日本のオペラの文脈」というのがまず分からないし、これまで現実に数百のオペラ作品が日本語で作れている中で、それに乗っかった作品がない、という意味もよく分からない)のですが、彼の問題意識が仮に妥当だったとしても、今回の「紫苑物語」がその回答になっているかといえば、私自身は腑に落ちません。言ってしまえば、私がこれまで聴いてきた日本オペラ作品の中で、この作品が特に楽しめた、ということはなかった、とは申し上げます。

 笈田ヨシの演出。作品世界をあえて無国籍化させた舞台と申し上げてよいのではないでしょうか。本来は日本の中世の(もっと申し上げれば平安末期から鎌倉時代ぐらいの)時代背景ですが、この舞台にその時代を感じさせるものはほとんどありません。女声合唱の衣裳などはビクトリア朝のイギリスみたいな感じもあり、美術、衣裳、照明に外国人を起用した特徴が出ていたということなのでしょう。この作品が世界に出ていくのであれば、日本的であるより、日本的であることを強調すべきではないという演出家の考え方には一理があるのかな、とは思いました。

 もう一点、この舞台の特徴は鏡の多用です。これは平太が宗頼の鏡像の関係であることを笈田が言ったかったからなのでしょうね。この鏡は、舞台で現実に起こっていることを映しながら、指揮者の大野和士やオーケストラのメンバー、更には客席まで映して見せ、舞台での出来事を客観視させます。考えた演出なのだろうと思いました。

 演奏は、初演ですから、自分としてその良し悪しを判断するポイントはつかめませんでした。その中で、うつろ姫役の清水華澄の歌唱は、そのパワフルな演技のしぐさがすさまじく、ある意味驚きを覚えました。Bravaです。同様な意味で村上敏明の藤内もその小狡い感じを表現し、そのユーモラスなしぐさとともに印象に残りました。主役の宗頼を演じる高田智宏はほとんど出ずっぱりにもかかわらず、しっかりと自分の役割を務めました。千草役の臼木あいも久しぶりに聴きましたが、その高音が健在であることを確認いたしました。

 大野和士の指揮と東京都交響楽団の演奏は迫力があり、新国立劇場合唱団も実力を遺憾なく発揮して、この作品の初演を彩りました。

「紫苑物語」TOPに戻る
本ページTOPに戻る


鑑賞日:2019年2月22日
入場料:D席 3F L3列28番 6000円

主催:公益財団法人東京二期会/公益社団法人日本演奏連盟
2019都民芸術フェスティバル参加公演

東京二期会オペラ劇場
フランス国立ラン歌劇場との共同制作

オペラ2幕 字幕付き原語(ドイツ語)上演
黛敏郎作曲「金閣寺」
原作:三島由紀夫
台本:クラウス・H・ヘンネベルク

会場:東京文化会館大ホール

スタッフ

指揮 マキシム・パスカル
オーケストラ 東京交響楽団
合 唱 二期会合唱団
合唱指揮 大島 義彰
演 出 宮本 亜門
装 置 ボリス・クドルチカ
衣 裳 カスパー・グラーナー
照 明 フェリース・ロス
映 像 パルテック・マシス
舞台監督 村田 健輔

出 演

溝口 宮本 益光
鶴川 高田 智士
柏木 樋口 達哉
星野 淳
腰越 満美
道詮和尚 志村 文彦
有為子 冨平安希子
若い男 高田 正人
嘉目 真木子
娼婦 郷家 暁子
ヤング溝口 前田 晴翔

感 想

心の闇と舞台の闇-東京二期会オペラ劇場 「金閣寺」を聴く。

 金閣寺放火事件は1950年7月2日未明に金閣寺において発生した放火事件です。犯人は同寺子弟の見習い僧侶であり大谷大学学生の林承賢。動機としては彼自身が自身が病弱であること、重度の吃音症であること、実家の母から過大な期待を寄せられていることのほか、同寺が観光客で世俗的であるとみていたことや、厭世感情からくる複雑な感情が入り乱れていたと言われており、三島由紀夫がこの事件を題材に小説を書いたのは、三島の美意識と戦後日本社会に対する三島の違和感が、この犯罪への潜在的共感として結びついたものと考えられます。三島由紀夫の代表作の一つです。

 黛敏郎の「金閣寺」は、「ベルリン・ドイツ・オペラ」の委嘱作品であり、原作を決めたのも黛だけではないそうですが、黛敏郎の日本的感性は三島のこの作品の姿勢と共感したことは間違いないと思います。結果として日本オペラ史上有数の傑作として誕生しました。私はこの作品をこれまで聴く機会がなく、今回が初めての観劇経験となるのですが、私がこれまで聴いてきた日本オペラ作品の中でも「夕鶴」や「沈黙」と並んで、明らかな傑作と呼んでよいと思います。音楽的にはジャズのイディオムや前衛的手法、一方で声明(しょうみょう)のような仏教音楽の技術など様々な因子が含まれており、その多様性は2月20日に聴いたばかりの「紫苑物語」とも通じるところがありますが、西村朗の理屈先行の消化されきれていない音楽と比較すると、黛の音楽は十分調和的で、作品がドラマに寄り添っていると思いました。これは当時黛敏郎が「題名のない音楽会」の司会を始めており、そこで受けたクラシック音楽以外からの刺激が大きく関係しているのではないかと思いました。

 演奏はまずマキシム・パスカルのアプローチが冴えていて良好でした。フランス人指揮者ですが、この作品の持つフランス風洒脱さをうまく引き出していたのではないかと思います。もちろんオーケストラが東京交響楽団だったというのも大きいかもしれません。東京交響楽団の管楽器群の音色と迫力が指揮者の要求によく応えられた、という部分はあるに違いないと思いました。

 歌ではまず主役の「溝口」を歌った宮本益光でしょう。宮本はちょっと屈折したバリトン役を歌うときほんとうに実力を発揮させる方ですが、今回も例外ではありませんでした。原作の「金閣寺」は溝口の一人称で進む作品です。オペラではそれぞれのエピソードはそれぞれの役の歌手に移され、溝口の心象は合唱によっても示されるわけですが、それでも主役の歌う部分は非常に多い。その存在感はさすがでした。溝口の過去の経験から蓄積していった金閣への反感を上手に表現されていたのではないかと思います。立派でした。

 この溝口に対抗する柏木役の樋口達哉もよかったと思います。もちろん柏木は敵役ですが、戦後派の能天気な学生として歌うのではなく、柏木なりの屈折がしっかりと表現されていました。もちろんこれは黛の音楽表現なのでしょうが、それをしっかり役として見せたところが素晴らしいと思います。

 鶴川は加耒徹がアナウンスされていましたが、急病のため急遽Bキャストの高田智士に交替。高田もしっかり役を果たしたと思いますが、役柄的に溝口とかぶるところが多く、特徴を十分聴き取れたとは申し上げられません。

 これ以外のメンバーでは道詮和尚役の志村文彦が見事なバスで存在感を示し、母親役の腰越満美もよかったと思います。

 この作品では合唱が非常に重要ですが、二期会合唱団は見事にその役目を果たしました。素晴らしかったと思います。

 宮本亜門の演出は闇を強調したもの。舞台は三方が壁で囲まれた大きな箱であり、溝口の回想の内容に応じて左右から小さい舞台が出てきて、その中で歌唱するというのが基本的スタイルです。この小さい舞台は闇の中に浮き上がりますが、基本そこだけで、他の部分は闇のままです。これはこの原作が溝口の心の闇を書いていることを踏まえているのでしょう。理解はできますが好きにはなれません。まず闇が多いと、どうしても舞台上で何をやっているのかが分からなくなってしまうところが出てきます。今回の舞台でもエピソードが暗い中で示されてよく分からなかった、というのがあると思います。また、原作は放火に至るまでの溝口の葛藤をつづっていきますが、オペラの中では「溝口がどうして金閣寺を憎んでいくのか」という説明が必ずしも明確ではなく、そこは演出や主役歌手の実力で表現すべきものと考えますが、残念ながら、そこまでの演出でもなかったし歌唱でもなかったのかな、という風には思いました。

「金閣寺」TOPに戻る
本ページTOPに戻る


鑑賞日:2019年3月2日
入場料:B席 1F20列8番 8000円

主催:公益財団法人日本オペラ振興会/公益社団法人日本演奏連盟
共催:公益財団法人新宿未来創造財団
2019都民芸術フェスティバル参加公演

日本オペラ協会創立60周年記念公演
日本オペラシリーズNo.79

オペラ3幕 字幕付き原語(日本語)上演
三木稔作曲「静と義経」
作・台本:なかにし礼

会場:新宿文化センター大ホール

スタッフ

指揮 田中 祐子
オーケストラ 東京フィルハーモニー交響楽団
二十絃筝 山田明美
高橋 明邦
合 唱 日本オペラ協会合唱団
合唱指揮 河原 哲也
演 出 馬場 邦雄
振付・所作 尾上 菊紫郎
美 術 鈴木 俊朗
衣 裳 飯塚 直子
照 明 奥畑 康夫
舞台監督 八木 清市

出 演

坂口 裕子
義経 中井 亮一
頼朝 森口 賢二
弁慶 泉 良平
磯の禅師 向野 由美子
政子 家田 紀子
大姫 楠野 麻衣
梶原 景時 持木 弘
和田 義盛 松浦 健
大江 広元 三浦 克次
佐藤 忠信 江原 実
伊勢 三郎 川久保 博史
片岡 経春 下瀬 太郎
安達 清経 鳴海 優一
堀ノ藤次 立花 敏弘
藤次の妻 きのしたひろこ
白拍子 稲葉 美保子/小林 未奈子/白神 晴代/中川 悠子
中ノ森 怜佳/古澤 真紀子/増田 弓/松山 美帆

感 想

NHK大河ドラマ風-日本オペラ協会 「静と義経」を聴く。

 日本史上人気のある事件はいろいろありますが、源平合戦はその中でもベスト3に入るのではないでしょうか。こんなに人気があるのは源九郎義経の存在が大きい。天狗に剣術を習ったという天狗伝説から始まり、五条大橋上での弁慶との立ち回り、合戦では木曾義仲の追討、一の谷の戦いにおけるひよどり越えの逆落とし、屋島の戦いでの那須与一の的落とし、壇ノ浦の戦いでの八艘飛びなど講談になるエピソードてんこ盛りです。こんなにかっこよい義経は最後は頼朝と不和になり、追われる身となり、奥州平泉で非業の死を遂げる。この落差の激しさに日本人は惹かれるのでしょうね。「判官びいき」というのもこの義経の悲しい話からできたわけですから、その人気もよく分かります。

 その義経伝説の、義経が頼朝に追われるようになってからの一番有名なエピソードは「静御前との別れと鶴岡八幡宮における頼朝の前での白拍子の舞」のエピソードか「衣川の戦いにおける弁慶の立ち往生」のエピソードでしょう。そしてこのオペラは、静御前と義経の別れのエピソードを題材にオペラ化しました。日本人なら誰でも知っているお話をオペラ化するというのは、ある意味凄く怖いことです。見る人がそれなりのイメージを持っている事件ですから、ひとつ間違うと聴き手に総すかん食らってしまう可能性があります。

 しかし、そこはなかにし礼。上手いと思いました。なかにし礼は何といってもお話のポイントもよく知っていますし、オペラが何たるか、ということも知っている。更に歌謡曲の作詞家としての経験も豊富。オペラをエンターティメントとして成立させるための彼なりの解答をしっかりもっているのでしょう。この作品はそのポイントをしっかり突いています。そこに三木稔の音楽もいろいろ小技は使っていますが、聴きやすい音楽になっています。三木稔は、「西洋音楽を邦楽に寄せる」と言っていたそうですが、まさに邦楽の雰囲気がしっかり立ち上っているにもかかわらず、全体としては西洋オペラのお約束を外さない。それがストーリーの分かりやすさも相俟って聴きやすくなっているとおもいます。見た印象は、端的に申し上げれば、NHK大河ドラマをオペラで見ているということです。結果として俗っぽくもなっているけれども、エンターティメントとして成立していることは間違いありません。

 更にこの作品の優れていることは歌詞が分かりやすい。日本語のオペラは特に翻訳したものは、日本語として不自然で且つ何を言っているのか分からないということが多いのですが、「静と義経」に関して言えば、字幕がありましたけど、字幕がなくても何を歌っているか分かる。そこが、なかにし礼の作詞家としての長年の経験が育んだノウハウだとも思いますし、三木稔の技術なのだろうなと思いました。

 翻って、エンターティメントとして成立しているということは、オペラとして大切なことだと思います。前衛音楽のオペラはそのエンターティメント性を否定しているとしか思えないことがあるのですが、本来オペラは娯楽音楽として発展してきたわけですから、日本オペラといえども楽しめたほうがいいに決まっています。この作品は、鎌倉芸術館のこけら落とし公演のために作曲されたご当地オペラでもあり、今回初の再演になるそうですが、26年間も上演できなかったのは、一種の機会音楽として捉えられていたことと、西洋オペラ的な俗っぽさが「真面目な」日本オペラ関係者に嫌われていたためではないのか、と思いました。とにかく、今回この作品の上演を考えた、日本オペラ協会の郡愛子総監督に感謝したいと思います。

 さて、演奏ですが、全体的に上々だったと思います。こういう滅多に上演されない演目は頼れるものは楽譜だけでしょう。歌手の方はよく楽譜を読み込んで、本番に臨んできているんだな、ということがよく分かってよかったと思います。例えば、大江広元が頼朝を諫める場面において広元は一言しか歌わないのですが、その一言に説得力がある。ベテラン・三浦克次の面目躍如、ということでしょう。その意味では男声脇役を歌った方は皆、それぞれの役柄を上手く演じ、歌唱していたと思います。泉良平の弁慶はまさにぴったりでしたし、佐藤忠信の江原実、伊勢三郎の川久保博史、片岡経春の下瀬太郎もよかったです。頼朝の側近たちを演じた、持木弘、松浦健もベテランの存在感がありました。

 とはいえ、一番の立役者は義経を歌った中井亮一であることは間違いありません。中井はテノール・レジェーロで声は軽いですが、力強い発声もできる方です。ロッシーニテノールとして活躍されてきましたが、最近は日本オペラにもよく出演されていて、私は、「ミスター・シンデレラ」、「夕鶴」に引き続き3度目の鑑賞になりました。声がしっかり飛んで発音が明晰、響きのバランスもとても良くて、今回のMVPだと思いました。義経は身軽というイメージがありますが、それを印象付ける声と歌唱でした。第一幕での存在感が見事で歌もよく、フィナーレの幻想野中での重唱も見事で、大変感心いたしました。

 次いで印象深かったのは磯の禅師の向野由美子。歌うところはそんなに多くはないですけど、ポイントポイントでの表現がしっかりアクセントになっていて、見事だと思いました。第三幕第一場の存在感は抜群でしたし、アリアもとてもよかったと思います。静の死を見つめる場面での母としての歌もよかったです。

 主役静御前を歌った坂口裕子は歌う部分が多くて大変だったとは思いますが、中井、河野と比較すると後ろに引いた歌唱だったように思いました。第一幕は主役なのだから、もっと前に出てもよいのではないか、と思いました。とはいえ、二幕のアリアが印象的であり、フィナーレ前に歌われる大アリア「愛の旅立ち」を見事に歌い上げ、この作品の本質がプリマドンナ・オペラであることを示しました。

 それ以外での脇役では森口賢二の頼朝は、冷酷一点張りというよりはちょっと浮き立った感じを出しており、森口らしいなと思いました。家田紀子の政子はポイントポイントでの権力指向のあざとさが見事に表現しましたし、大姫役の楠野麻衣は、高音の響きが見事でした。鳴海祐一の清経は、第二幕ではちょっと戸惑った感じがよく、第三幕での「わしとて木石ではない」と始まるモノローグが心の内を表しているように歌われてよかったです。

 その他、合唱は立派ですし、白拍子たちの八重唱も綺麗でした。見どころが三幕に分散されていて、それぞれの表現もよく、明るいシーンと暗いシーンのバランスも良いと思いました。出演者が多く、その多くはベテランの実力者で、そういう支えもあって演技的にも見ごたえがあったと思います。とにかく思った以上に楽しめた作品、上演でした。

「静と義経」TOPに戻る
本ページTOPに戻る


鑑賞日:2019年3月3日
入場料:全自由席 4000円

ひなまつりコンサート

会場:東京オペラシティ 近江楽堂

スタッフ

企画 水野 直子
司会・チェンバロ 水野 直子
     
     

出 演

ソプラノ 高橋 薫子
ソプラノ 小林 厚子
ソプラノ 山口 安紀子
メゾソプラノ 但馬 由香

プログラム

作曲家 曲名 歌手
モンテヴェルディ マドリガーレ集 第6巻より、「西風が戻り」 高橋 薫子/但馬 由香
ヘンデル 歌劇「エジプトのジューリオ・チェーザレ」よりクレオパトラのアリア「私はあなたを恋い慕う」 小林 厚子
ヴィヴァルディ 歌劇「バヤゼット」よりイレーネのアリア「私は蔑まれた花嫁」  山口 安紀子
ヴィヴァルディ 歌劇「ポントの女王アルシルダ」よりミリンダのアリア「私はあのジャスミンの花」 高橋 薫子
バッハ フランス組曲第5番 ト長調 BWV 816 水野 直子(Cemb)
バッハ 「マニフィカトニ長調BWV.243」より第4曲「主は婢に目を向けて下さった」 山口 安紀子
休憩
ラモー 歌劇「エベの祭典、またはオペラの祭神」より「おいで微笑む青春よ」 但馬 由香
ラモー クラヴサン曲集 《第3組曲》 より「一つ目の巨人」 水野 直子(Cemb)
ラモー 歌劇「イポリートとアリシ」より「恋するナイチンゲール」 高橋 薫子
河村 光陽 うれしいひな祭り 高橋薫子/小林厚子/山口安紀子/但馬由香
山田 耕筰 この道 山口 安紀子
山田 耕筰 からたちの花 高橋 薫子
宮城 道雄 春の海 水野 直子(Cemb)
日本古謡 さくら 高橋 薫子
別宮 貞雄 さくら横ちょう 但馬 由香
岡野 貞一 朧月夜 小林 厚子
滝 廉太郎 高橋薫子/小林厚子/山口安紀子/但馬由香
アンコール
河村 光陽 うれしいひな祭り 高橋薫子/小林厚子/山口安紀子/但馬由香

感 想

童謡とチェンバロ-「ひなまつりコンサート」を聴く

 チェンバロ演奏家の水野直子が、桃の節句に女声歌手を集めて開いたコンサート。

 このコンサート開催のいきさつは、水野が近江楽堂の予約を取ろうとしたら、偶然3月3日が開いていたので、3月3日ならひな祭りだということで、友人の女声歌手を集めて企画した、ということです。それだけに極めて手作り感の強い演奏会でした。

  チェンバロといえばバロック時代の曲ということになるわけですが、後半は、チェンバロで伴奏する日本歌曲と童謡・唱歌です。これがなかなか良い。童謡・唱歌ですから、今回登場した歌手にとってはもちろん何の問題もなく歌いあげられるわけですが、出来栄えが素人とは全く違います。「この道」だって「朧月夜」だって自分も歌えますが、あんな風には絶対歌えない。高音の響かせ方などは別格です。凄いなと思いました。

 前半に歌われたのはバロックのオペラアリアが中心です。バロック時代はオペラの時代ですから、オペラアリアがたくさん残されているわけですが、今回歌われたのは割と有名なアリアが多かったように思います。全体的に素敵な演奏だったと思いますが、最初の高橋・但馬の二重唱が、演奏会のオープニングを飾るにふさわしいチャーミングな歌唱でした。続く小林厚子のクレオパトラのアリアが見事であり、山口安紀子の「Sponsa son disprezzata」も中声に密度のある歌いっぷりで感心いたしました。

 水野直子はバッハの「フランス組曲」の中で一番ポピュラーな5番をちょっと走り気味の印象でしたが、見事に演奏し、また、技巧的な「一つ目の巨人」もしっかり聞かせました。マニフィカトからのソプラノのアリア、「主は婢に目を向けて下さった」は山口安紀子が見事に歌い上げました。「マニフィカト」は昨年12月、N響の定期演奏会で、バルザダール・ノイマン合唱団の見事な歌唱を聴きました。あの時、ソロパートは合唱団員の選抜メンバーが歌っていました。その歌唱も見事だった印象があるのですが、山口の歌唱の方が、もっと華やかな印象がありました。さすがはプリマドンナです。

 日本語の曲については上記の通りみな見事でしたが、高橋薫子「からたちの花」、山口安紀子「この道」と小林厚子「朧月夜」が特に素晴らしかったと思います。

「ひな祭りコンサート」TOPに戻る
本ページTOPに戻る

鑑賞日:2019年3月9日
入場料: 1F 15列30番 4104円

主催:文化庁/新国立劇場

新国立劇場オペラ研修所修了公演

オペラ2幕 字幕付き原語(イタリア語)上演
モーツァルト作曲「ドン・ジョヴァンニ」(Don Giovanni)
台本:ロレンツォ・ダ・ポンテ

会場:新国立劇場・中劇場

スタッフ

指揮 河原 忠之
オーケストラ 新国立アカデミーアンサンブル
合 唱 東京音楽大学、国立音楽大学、東京芸術大学有志、ほか
演出・演技指導 粟國 淳
装 置 横田 あつみ
衣 裳 加藤 寿子
照 明 稲葉 直人
舞台監督 須藤 清香

出 演

ドン・ジョヴァンニ 野町 知弘(20期)
ドンナ・アンナ 和田 悠花(21期)
ドン・オッターヴィオ 1幕:濱松 孝行(20期)
2幕:増田 貴寛(21期)
ドンナ・エルヴィーラ 一條 翠葉(20期)
レポレッロ 仲田 尋一(21期)
マゼット 井上 大聞(21期)
ゼルリーナ 井口 侑奏(21期)
騎士長 松中 哲平(16期修了)

感 想

若手の試練-新国立劇場オペラ研修所公演「ドン・ジョヴァンニ」を聴く。

 新国立劇場オペラ研修所は、音楽大学の大学院卒業レベル以上の選りすぐりの方を集め、過去20年優れた人材を日本オペラ界に送り出してきました。今、日本のオペラ界で中堅クラスで主役を張れる方の半分ぐらいはこちら出身の方ではないかと思います。私も将来性への青田買いでここ15年ほどほぼ毎年伺って、有能な若手の方の歌を聴いて楽しんでも来ましたし、将来を楽しみにもしてきました。また、研修所公演と言いながら、滅多に演奏されることのない曲も時々取り上げ、それも楽しみでした。

 翻って今回の公演、オーソドックスに「ドン・ジョヴァンニ」です。モーツァルトの代表作にして、音楽大学の大学院クラスでも修了公演でよく取り上げられます。今回出演したメンバーにも、既に歌ったことがあるという人がいるかもしれません。そういう点で、かなり立派な演奏になるのではないか、と期待して伺いましたが、正直申し上げれば今一つ期待外れでした。

 オペラ研修所の修了公演で「ドン・ジョヴァンニ」を取り上げるのは実は二度目です。前回は2005年で、その時のドン・ジョヴァンニが与那城敬、ドンナ・エルヴィーラが小川里美、ドン・オッターヴィオが岡田尚之と今を時めくスター歌手たちですけど、彼らの時も実はあんまりよくありませんでした。国立音大の大学院オペラでも何度も取り上げていますけど、こちらもものすごくよかった年って、あんまり記憶がありません。それだけ難しい作品だということなのでしょうね。

 さて、話は戻ってどうして期待外れなのか? まず河原忠之の指揮が今一つぱっとしない。もちろん河原は日本一の伴奏ピアニストであり、コレペティトゥアでもありますから、音楽をよく知っているし、テンポ感もリズム感も正確なのでしょう。しかし、指揮者としてオーケストラを操っているという感じではなくて、無理やり引っ張っているという感じがぬぐえないのです。彼の作りたいテンポにオーケストラが上手く乗ってくれない感じが終始ありました。オーケストラは臨時編成のものなのでしょう。年配の方の多いオーケストラで、基本的に体質が重たいということがあって、煽らないと動かなかったのかもしれません。

 歌手は、若手の課題を見せました。私の聴いた公演は1年生の21期生と2年生の20期生の混成メンバーですが、若い人がいろいろなところを変えている最中に本公演が来てしまったのかなあ、と思いました。まずオペラ研修所の基本的な方針としてレガートを大切に歌わせているということがあるようです。これは絶対的に正しい方針ですが、特に21期の方はまだそれが身に染み付いていない感じで、かなり必死でレガートに歌っている感じが強くあり、そう言った意識がここぞというところのフォルテやアクセントに影響を与えている感じがしました。また、21期生の女声に特に感じましたが、声がちょっと足りない感じです。響きの悪い新国立劇場の中劇場ではありますが、もう少し声があってもいいのではないか、と思いました。

 野町知弘のドン・ジョヴァンニ、意識的にデモーニッシュなドン・ジョヴァンニを目指しているように聴きました。ただその分、色気には欠けていた感じです。多分声質の問題もある。ハイバリトンのリリックな声なのですが、それをデモーニッシュに聴かせようとする気持ちが強すぎたのか、誘惑の二重唱を聴いても、ゼルリーナが惹かれていくにふさわしい色気ではなかったと思います。それでも非倫理的なドン・ジョヴァンニの雰囲気はそこそこ出ていたと思います。よく頑張っていらしたと思います。

 一方レポレッロの仲田尋一、「カタログの歌」のような聴かせどころはしっかり歌っていて悪くないのですが、三枚目としての切れ味は今一つの感が否めません。言うなれば、レポレッロが身についていない感じ。もちろん三枚目に見せる工夫はしているのですが、ドン・ジョヴァンニに対する「ヤレヤレ感」みたいな感じはもっと前に出たほうが良かったのではないかと思います。

 マゼットの井上大聞。こちらは可もなく不可もなくという感じ。マゼットって結構難しい役で、ドン・ジョヴァンニに対する反発心をどのように表現するかが問われます。そこを思いっきり露骨に出す例もあって、それはそれで分からないではないのですが、私としては「騎士」ともあろう人が農民の娘を誘惑するはずがない、と思いたい気持ちみたいな感じがある戸惑うマゼット像の方が好きです。今回の井上は怒ってもいなければ、戸惑ってもいなかったのかなと思いますが、マゼットが強烈な印象を与えるオペラではないので、そこはよろしいのでしょう。

 以上、男声低音はいろいろありましたが、総じて声はよく出ていましたし、そこそこよかったのではないかと思いました。

 一方、女声は声が足りない感じです。その中で一番声の響きがすぐれていたのは、エルヴィーラを歌った一條翠葉。ただ、一條は中音こそはしっかり出ていましたが、高音はかすれる上に不正確、低音は全然響かずでエルヴィーラの心情を歌うには力不足と言わざるを得ません。一応メゾソプラノと書いていますが、メゾなら、ドスの効いた低音を出してなんぼでしょう。低音が出ないんじゃあ、お話になりません。

 和田悠花のドンナ・アンナも中途半端です。声は綺麗ですし、しっかり歌っているのですが、もう一つ踏み込みが足りない。第23曲の伴奏つきレシタティーヴォとアリア「残酷ですって? それは違います。~私はあなたのもの」などがその典型で、上手ではあるけれどもアンナの思いが伝わるような歌にはなっていませんでした。全般に表情が平板でドラマティックな表現にはなっていなかったと思います。

 同じ意味で、井口侑奏のゼルリーナも表現の踏み込みで課題を残しました。井口はコケティッシュな表情もあって悪くはないのですが、もう一歩踏み込めればもっと感じが出るのに、と思いました。したたかな村娘の感じが今一つ足りなかったのかな、というところです。和田、井口についてはまだ1年生ですから、これから表現を磨いてくれることを期待します。

 ドン・オッターヴィオは一幕と二幕とで歌手が変わりました。音楽的に優れていたのは第一幕で歌った濱松孝行で、声がオッターヴィオ向きだったのは二幕の増田貴寛です。濱松は正確な歌だったと思いますし、表情も悪くないと思うのですが、持っている声がオッタ―ヴィオを歌うにはちょっと重すぎる感じです。一所懸命軽く歌おうとしていた姿勢は評価しますけど。一方増田は声質がレジェーロ系の声で、そもそもオッターヴィオに向いています。しかし、表現の正確さでは濱松のレベルではなく、低い音では音程がさらに下がるなどの欠点も見えました。

 以上、課題山積の修了公演だったと思います。しかし、今回歌われた方はまだ1年生と2年生。歌い方を変えている最中なのではないか、という方もいらっしゃいましたし、今回自分で気づいた課題を今後見直していただければよいのだろうと思います。次回聴くとき、さらなる成長が聴けることを期待したいと思います。

「ドン・ジョヴァンニ」TOPに戻る
本ページTOPに戻る


目次のページに戻る  

SEO [PR] !uO z[y[WJ Cu