オペラに行って参りました-2023年(その1)

目次

それぞれの才能と努力 2023年1月7日 町田イタリア歌劇団 NEW YEAR CONCERT 2023 vol.1を聴く
20周年の心意気 2023年1月15日 Le voci「アイーダ」を聴く
難曲をきっちり聴かせるということ 2023年1月20日 Belcanto Opera Festival in JAPAN「オテッロ」を聴く
会場の問題 2023年1月22日 足利オペラ・リリカ第9回定期公演「道化師」、「ジャンニ・スキッキ」を聴く
目利きのプロデューサー 2023年1月26日 杉並リリカ「マリア・カラス生誕100周年記念ガラ・コンサート」を聴く
ひび割れた骨董品!? 2023年1月28日 藤原歌劇団「トスカ」を聴く
素晴らしいヘルデンテノールであることは認めるが・・・。 2023年1月31日 新国立劇場「タンホイザー」を聴く
まだまだこれから?・・・それともこのレベル? 2023年2月10日 オペラバフ「魔笛」を聴く
素晴らしき演出と音楽 2023年2月15日 新国立劇場「ファルスタッフ」を聴く
ノーカットでオーソドックスに 2023年2月17日 新国立劇場オペラ研修所「コジ・ファン・トゥッテ」を聴く

オペラに行って参りました。 過去の記録へのリンク

      
2023年 その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7 その8 どくたーTのオペラベスト3 2023年
2022年 その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7 その8 どくたーTのオペラベスト3 2022年
2021年 その1 その2 その3 その4 その5 その6   どくたーTのオペラベスト3 2021年
2020年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2020年
2019年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2019年
2018年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2018年
2017年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2017年
2016年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2016年
2015年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2015年
2014年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2014年
2013年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2013年
2012年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2012年
2011年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2011年
2010年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2010年
2009年 その1 その2 その3 その4     どくたーTのオペラベスト3 2009年
2008年 その1 その2 その3 その4     どくたーTのオペラベスト3 2008年
2007年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2007年
2006年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2006年
2005年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2005年
2004年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2004年
2003年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2003年
2002年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2002年
2001年 その1 その2         どくたーTのオペラベスト3 2001年
2000年              どくたーTのオペラベスト3 2000年

鑑賞日:2023年1月7日

入場料:自由席 3000円

主催:町田イタリア歌劇団

町田イタリア歌劇団

NEW YEAR CONCERT 2023 Vol.1

会場 町田市民フォーラム3Fホール

出演者

ソプラノ 石井 揚子
ソプラノ 石川 真理子
ソプラノ 川上 智子
ソプラノ 川口 翠
ソプラノ 志田 絵里子
ソプラノ 田原 ちえ
ソプラノ 玉田 弓絵
ソプラノ 福岡 万由里
ソプラノ 宮川 典子
ソプラノ 森澤 かおり
メゾソプラノ 織田 麻美
ピアノ 前田 明子
司会 柴田 素光

 

プログラム

作曲 作品名/作詩者名 曲名 歌手
ガスタルドン フリック=フロック作詩 禁じられた音楽 玉田 弓絵
プッチーニ ラ・ボエーム ミミのアリア「私の名前はミミ」 川上 智子
ヴェルディ イル・トロヴァトーレ アズチェーナのアリア「炎は燃えて」 織田 麻美
モーツァルト コジ・ファン・トゥッテ フィオルディリージのアリア「岩のように動かず」 川口 翠
山田 耕筰 大木 惇夫作詩 みぞれに寄する愛の歌 石井 揚子
プッチーニ トゥーランドット リューのアリア「氷のような姫君の心も」 森澤 かおり
プッチーニ ラ・ボエーム ムゼッタのワルツ「私が街を歩けば」 志田 絵里子
モーツァルト ドン・ジョヴァンニ ドンナ・アンナのアリア[ひどい女ですって」 石川 真理子
小林 秀雄 峯 陽作詩 すてきな春に 田原 ちえ
ゴメス   アヴェ・マリア 福岡 万由里
コルンゴルド 死の都 マリエッタのアリア「私に残された幸せ」 宮川 典子
休憩   
レハール ジュディッタ ジュディッタのアリア「熱き口づけ」 玉田 弓絵
プッチーニ ラ・ボエーム ミミのアリア「あなたの愛の呼ぶ声に」 川上 智子
ヴェルディ イル・トロヴァトーレ アズチェーナのアリア「重い鎖につながれて」 織田 麻美
メンデルスゾーン 『6つの歌』作品34の2 歌の翼に 川口 翠
モーツァルト フィガロの結婚 スザンナのアリアの別稿「君を愛する人の願いに」k.577 石井 揚子
ヴェルディ イル・トロヴァトーレ レオノーラのアリア「恋は薔薇色の翼に乗って」 森澤 かおり
ヴェルディ イル・トロヴァトーレ レオノーラのアリア「穏やかな夜」 志田 絵里子
チレア アドリアーナ・ルクヴルール アドリアーナのアリア「私は芸術の卑しいしもべ」 石川 真理子
グノー ファウスト マルガリーテのアリア「宝石の歌」 田原 ちえ
レオンカヴァッロ 道化師 ネッダのアリア「鳥の歌」 福岡 万由里
ヴェルディ 運命の力 レオノーラのアリア「神よ、平和を与えたまえ」 宮川 典子

感 想

それぞれの才能と努力ト‐町田イタリア歌劇団 「NEW YEAR CONCERT 2023 Vol.1」を聴く

 今年最初の演奏会は町田でした。町田イタリア歌劇団は他ではお目にかかれない歌手の方をたくさん登場させます。一般に二期会や藤原歌劇団のコンサートに出演される方がガラコンサートに出演して、1曲、2曲歌うときって、よほどの準備不足やトラブルがない限り、教科書的と申し上げてよいしっかりした歌を聴かせてくれます。しかし、町田でしかお目にかかれないクラスの方になると、一所懸命に歌われていても色々な問題点や粗が見えてしまうことが多い。でもそれなりの歌だったとしても頑張って準備して、その時点でできる最高のパフォーマンスを披露することは大切だし、そういう歌は聴き手を満足させる。

 だから私も伺うのですが、それでも聴いているといろいろと技術的な問題点は見えてきます。もちろんご本人は気づいているとは思いますが、気になった点を書いておこうと思います。

 玉田弓絵。「禁じられた音楽」は緊張していたのか、全体的に生硬な歌で高音域も中声部の響きも足りない感じ。彼女には似合っていない感じがしました。似合っているという意味では2曲目の「熱き口づけ」の方が良かった。ただ、高音をぶつけて跳躍する癖があるのと、全体の歌いまわしはこれから解決すべき課題だろうと思いました。

 川上智子。2曲ともミミのアリアでしたが、持ち声がミミを歌うには軽すぎると思います。声に重しがかからないので、結果として情感の薄いミミになっていました。

 織田麻美。2曲ともアズチェーナ。演奏が速すぎました。ただただサクサクと進むので、この2曲に期待されるおどろおどろしさとか不気味さとかが全然表現されていない。唯音符をなぞって歌えばよいというものではありません。

 川口翠。「岩のように動かず」は高音と低音を行ったり来たりして技巧的な難曲ですが、しっかり歌い切った感じです。低音がしっかり響いて良かったと思います。跳躍後の音程が今一つ不安定なところと、高音は音が下がり気味なところが改善点。2曲目の「歌の翼に」は、1曲目でエネルギーを使い切ってしまったのか、歌に疲れを感じました。歌う順番を逆にした方が良かったかもしれません。

 石井揚子。チャレンジングな選曲で歌唱もよかったと思います。2曲目のスザンナのアリアは、「フィガロの結婚」がウィーンで再演された時、再演の時のスザンナ役のアドリアーナ・ガブリエリのために作曲したもので、現在、「フィガロの結婚」の上演の中で歌われることは稀で、通常はコンサートロンドとして歌われるようですが、私自身は初めて聴いたと思います。中声部の豊かな響きが良かったと思います。1曲目の日本歌曲は歌詞が明瞭に聴こえてよかったですが、ブレスコントロールのレベルをもう一段上げると更によかったのではないかと思いました。

 森澤かおり。1曲目のリューのアリアは途中まではよかったのですが、最後が走り気味になって情感が薄れてしまったのが残念。二曲目のレオノーラのアリアは、とてもいい感じに響きました。

 志田絵里子。今回のメンバーの中では一番良かったのではないでしょうか。二曲ともよかったと思いますが、二曲目のレオノーラのアリアの方が彼女には似合っているように聴きました。ムゼッタのワルツも悪くないのですが、ちょっと落ち着きすぎている感じでもっと高慢な感じがあった方が更によかったと思います。

 石川真理子。多分挑戦だったのでしょう。ただ、二曲とも持ち声と曲があっていない感じでした。もっと軽い曲を歌った方が彼女の声には似合っていると思います。凄く丁寧に歌われいていいのですが、ドンナ・アンナもアドリアーナも迫力不足で食い足りない歌でした。

 田原ちえ。低音が全然響かず、低くなると何を言っているのか分からなくなります。宝石の歌はリリコ・レジェーロの方が多く歌う曲ですが、それでも低音部がもっとしっかり響いてほしいところ。高音は軽快でいいのですが。

 福岡万由里。1曲目はスペイン語のアヴェ・マリアだそうで、私は初耳の曲。調べてみると、ジブラルタルのギタリストで作曲家のウィリアム・ゴメス(William Gomez,1939-2000)が最晩年の2000年に作曲した歌曲だそうです。曲はクラシックの歌曲というよりもポピュラーソングのような響きがします。ききゃすい素敵な曲ですが、惜しむらくは福岡万由里の声に密度が足りず、スカスカに聴こえてしまう。鳥の歌も同じ問題があり、声がスカスカで音程も不安定でちょっと残念な歌でした。

 宮川典子。1曲目は「死の都」で一番有名なアリアですが、単独で聴くのは初めての経験。オペラ自体は新国立劇場の公演を見ているのですがこの曲を聴いた記憶が全くなく、新鮮でした。2曲目の運命の力のアリア。宮川は歌いなれているのでしょう。大向こうを唸らせるようなしっかりした響きで最後をまとめました。良かったと思います。

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鑑賞日:2023年1月15日

入場料:自由席 4000円

主催:モーツァルトホールでオペラを上演する会(Le voci)

Le voci20周年記念公演

オペラ4幕 字幕付き原語(イタリア語)/演奏会形式上演
ヴェルディ作曲「アイーダ」
AIDA)
台本:アントニオ・ギスランツォーニ 

会場 かつしかシンフォニーヒルズ・モーツァルトホール

スタッフ

指揮 安藤 敬
管弦楽 テアトロ・フィガロ管弦楽団
合唱 テアトロ・フィガロ合唱団
舞台監督 角田 和久
字幕制作 畠山 茂

出演者

アイーダ 関 定子
ラダメス 小野 弘晴
アムネリス 石橋 佳子
アモナズロ 堀内 士功
ランフィス 田中 大揮
エジプト国王 高橋 雄一郎
巫女長 北野 綾子
伝令 飯沼 友規

感 想

20周年の心意気‐Le voci「アイーダ」を聴く

 細かい気になる点はいろいろあったのですが、全体としては「アイーダ」という作品の真価を知らしめる素晴らしい演奏だったと思います。Le voci主宰者で今回の指揮者でもある安藤敬の心意気を強く感じ取ることのできた演奏でした。

 安藤はいろいろこだわりがあったのだろうと思います。演奏会形式で、バレエは全く入らないのですが、バレエ音楽も全部ノーカット。楽譜通りに全編演奏しました。指揮も非常に気合が入っており、彼のこの上演にかける思いがいっぱいに詰った指揮だったと申しあげてよいのではないかと思います。オーケストラは弱音部がちょっと貧弱で音が安定していないこと、また弦楽器のバランスがちょっと悪かったこと(低音部がもっと充実して欲しかった)、などはありましたが、管楽器のソロ部分は皆美しかったと思いますし、私が気づくような大きな失敗もなかった印象です。何といってもこの曲はアイーダトランペットをはじめとする金管楽器の華やかさが魅力の曲ですから、金管のファンファーレがぴったり決まるのは気持ちがいい。

 また、今回第3幕と第4幕とが充実して聴こえたのもよかったと思います。新国立劇場の「アイーダ」の舞台はスペクタクルで見事なものだと思いますが、第2幕の凱旋のシーンがきらびやかすぎて、第3幕、第4幕がちょっと貧弱に聴こえてしまうことがある。しかし、演奏会形式で、音だけでこの作品の魅力を示そうとした今回の演奏は、オペラの手練れ、ヴェルディ先生の第3,4幕にかけた作曲家としての力がストレートに伝わってきて、この作品がヴェルディオペラの集大成であることを再認識することができました。その点でも楽しめた演奏でした。

 歌手陣も総じて良かったのですが、特筆すべきは外題役の関定子、ラダメス役の小野弘晴、ランフィス役の田中大揮の三人。

 関定子のアイーダは、御年77ということを踏まえれば、素晴らしいとしか言いようがないものです。年齢を踏まえなくてもあまたいるアイーダ歌いの中で十分存在感を示すレベルでした。高音は張りがあって、いわゆるおばさん声の抜けたふわふわした感じが全くない。ビブラートに逃げるようなこともない。本当に素晴らしい高音です。更に低音もしっかり響いてそこも凄く、よくもまあ、この年齢でこの声を維持しているものだと感心するしかありません。もちろん長年培ってきた表現力も素晴らしく、有名な「勝ちて帰れ!」の心情表現も、「おお、わが故郷」の表情も素晴らしかったし、第4幕のラダメスとの二重唱も弱音になってからが素晴らしかったと思います。敢えて難を申し上げるとすれば、地声と裏声が混じりあうミックスボイスの領域があまりなくてどちらかにすぐ移ってしまうところぐらいでしょうか。とにかく、感心いたしました。

 小野弘晴のラダメスも素晴らしい。小野の歌は数年ぶりに聴いた気がしますが、かつて聴いたとき、ここまで魅力的だったかしら、と思います。この数年で一皮むけて更に実力をつけたのでしょう。癖のない美声で、高音が綺麗に抜けていく。また、アクートが素晴らしい。惜しむらくはアクートを頑張りすぎて、最後息が乱れてしまうことが何度かあったところでしょうか。ここはそうなる前にやめるのがクレバーな歌い方なのでしょうが、テノールの心意気なのでしょうね。また高音と中音との切替のところが上手くいっていないところが何か所かあって、そこが残念ではありましたが、それ以外はテノールを聴く魅力をふんだんに見せる歌唱で、素晴らしかったです。

 だからアイーダとラダメスとの重唱がすこぶる美しい。第4幕の二重唱「さらばこの世よ涙の谷よ」が最高に魅力的でしたし、第3幕のアモナズロを含めた三重唱もとても魅力的でした。

 もう一人、田中大揮のランフィスも良かった。とにかくぶれない低音でしっかりと存在感を示す歌。響きが安定していて、中音部も低音部も同じ響きの感じで終始進むのはランフィスの理想的な姿だと思います。

 他の脇役陣も皆さん自分の役目を果たして十分でしたが、流石に上記の三人ほどではなかったというところです。

 アムネリスの石橋佳子は雰囲気は悪くないのですが、全体的に声のパワーが足りず、特に低音の迫力が感じられませんでした。このドスの効いた低音がないとアムネリスとしては厳しいところです。実態としてアンサンブルの中で低音を歌うときは合唱やオーケストラの中に完全に埋没してしまって、何を歌っているのか分かりませんでした。

 アモナズロの堀内士功。表現自体は悪くないと思うのですが、歌い始めの身体のポジションの作り方が目立ちすぎていて違和感を感じました。演奏会形式ですから気にする必要はないと思うのですが、演出付きでやる場合は問題になりそうです。

 髙橋雄一郎のエジプト国王、北野綾子の巫女の長、飯島友規の伝令はそれぞれの役割を果たす十分なものでよかったです。

 以上、細かく見て行けば色々あるのですが、アイーダとラダメスの素晴らしい歌唱と、安藤敬の思い入れのある指揮で、感動的な舞台となりました。Bravissimi。

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鑑賞日:2023年1月20日

入場料:C席 3F3列39番 5000円

主催:文化庁/公益財団法人日本オペラ振興会
共催:昭和音楽大学
 

Belcanto Opera Festival in JAPAN 2022

藤原歌劇団×ヴァッレ・ディトリア(マルティーナ・フランカ)音楽祭提携公演

オペラ3幕 字幕付き原語(イタリア語)上演
ロッシーニ作曲「オテッロ」
Othello)
原作:ウィリアム・シェイクスピア
台本:フランチェスコ・ベリオ・ディサルサ 

会場 テアトロ・ジーリオ・ショウワ

スタッフ

指揮 イパン・ロペス=レイノーソ
管弦楽 ザ・オペラ・バンド
合唱 藤原歌劇団合唱部
管弦楽 ザ・オペラ・バンド
合唱指揮 河原 哲也
演出 ルイス・エルネスト・ドーニャス
美術 キアーラ・ラ・フェルリータ
衣裳 エリーザ・コペッロ
照明 カミッラ・ピッチョーネ
舞台監督 八木 清市/山貫 理恵
芸術監督 カルメン・サントーロ
公演監督 折江 忠道

出演者

オテッロ ジョン・オズボーン
デズデーモナ レオノール・ボニッジャ
ロドリーゴ ミケーレ・アンジェリーニ
イアーゴ アントーニオ・マンドゥリッロ
エルミーロ トーニ・ネジチュ
エミーリア 藤井 泰子
ドージェ/ゴンドラ乗り 渡辺 康
ルーチョ 西山 広大

感 想

難曲をきっちり聴かせるということ‐Belcanto Opera Festival in JAPAN「オテッロ」を聴く

 私がこのサイトを始めたのが2000年7月15日なのですが、掲載した最初のオペラの感想が、東京オペラプロデュースによるロッシーニ「オテッロ」でした。どんな演奏だったかもう全く覚えていないのですが、当時の感想を確認すると「はっきり言って駄演でした」と書いてあるので、かなり低レベルの演奏だったのでしょう。その時の公演は、東京オペラプロデュースにとっては四度目の再演だったそうですが、それでも上手くいかなかったというのは、それだけこのロッシーニの「オテロ」という作品が高難度の曲だということを示していると思います。

 そして今回23年ぶりに舞台上演を見て、この作品がすこぶる難曲であることと、世界的にロッシーニの歌唱レベルがすこぶる上がっているのだな、ということを強く感じました。また、作品としてはヴェルディの「オテッロ」が出た後はあまり演奏されなくなったのというのは、よく理解できるものでした。原作はシェイクスピアの「オセロー」ではありますが、登場人物の役割分担はかなり変更があり、伝統的なオペラ・セリアの枠組みにとどめようとして、原作のドラマティックな味わいはかなり削がれている印象です。その分極めて技巧的な歌唱が求められ、そういうベルカント歌唱が大好きなどくたーTにとっては嬉しくて仕方がないのですが、総合的な感銘はやはりヴェルディの方が上だと思います。

 演奏時間に関しては、Wikipediaによれば約3時間、実際に残されている録画でも3時間前後が多いのですが、今回はそれなりにカットを入れて実上演時間はほぼ2時間30分でした。

 演奏は、細々としたかみ合わせがもっとうまくいけば更にいい演奏になったとは思いますが、出演者全員が高レベルでのアンサンブルをしていたと思います。この作品は要するにテノールのオペラで、主役のオテッロ、対抗役のロドリーゴ、悪役のイアーゴと基本はベルカントテノールでありながら、それぞれ違った歌い方で性格付けをしなければいけません。この性格付け、という点では必ずしも十分というわけではなく、もっと歌い方の変化を見せて違いを出した方がいいと思います。また総じて言えることとしては、アジリダが割と流れるように歌われていて、私自身はもっとアジリダの細かい動きが明確に見えるような歌い方が好きなので、その意味では私の好みではありませんでした。

 とはいえ、オズボーンのオテッロ、アンジェリーニのロドリーゴ、マンドゥリッロのイアーゴはそれぞれ素晴らしい歌唱でした。

 オテッロは役柄的にはドラマティックで強い声が必要ですが、そこはロッシーニテノール、軽やかさも欠かせません。オズボーンはその全然違うふたつの歌い方を同じ曲の中で自在に歌い分けます。きっと持ち声が柔らかくて切替が上手い方なのでしょう。登場のカヴァティーナ、第1幕のフィナーレにおける存在感、第二幕のイヤーゴやロドリーゴとの重唱、あと第三幕フィナーレの劇的な表現、皆素晴らしかったと思います。

 ロドリーゴはオテッロと違って、劇的な部分も含めて全てロッシーニ的に歌って軽さを前面に出すことによってオテッロとの違いが出る役なのでしょう。その点において、アンジェリーニの軽い声は十分にその役目を果たしたのではないかと思います。特に第二幕冒頭のアリアは、アンジェリーニの魅力を示すに十分な歌唱だったと思います。

 一方でイアーゴを歌うマンドゥリッロですが、もう少しキャラクターの濃さを感じさせてほしいところ。レジェーロテノールでロッシーニ歌手の才覚は十分あると思いますが、癖の強さがあまり感じられない(ロッシーニがそうは書いていない、というのが一因だとは思いますが)ので、重唱で絡んだ時にロドリーゴとの区別がつかなくなります。そこはドラマ的には残念であるのですが、音楽的同質性も感じられて面白いとも思いました。

 ヒロイン役のボニッジャも素晴らしい歌唱。これまた強さと軽さを両立させていて見事というしかありません。特に第二幕フィナーレの大アリアと第三幕の「柳の歌」そして、オテッロと対峙するときの強い表現は、デズデーモナの矜持を示すに十分な魅力を感じさせるもので実に素晴らしい。

 脇役組では渡辺康のドージェ、ゴンドラ乗りが良かったです。冒頭のドージェが歌う場面、私は渡辺であることに気づかずに聴いていたのですが、主要三役と引けを取らない滑らかなテノールで、大いに感心。フィナーレの陰歌で歌われる「ゴンドラ乗りの歌」も立派でした。

 藤井泰子のエミーリアもしっかりとした存在感を感じさせる歌唱で、第1幕のデズデーモナとの二重唱でバランスの良い響きを披露しました。

 ロペス=レイノーソの音楽作りはロッシーニクレッシェンドのような畳み込むような音楽にしていたとは思いますが、それでもちょっとドラマティックな部分を優先させすぎているかなという感じはしました。「オテッロ」はオペラセリアとはいえ、あくまでもロッシーニのオペラです。躍動感やロッシーニ特有のドライな感じなどはもっとあってもいいのかなとは思いました。

 演出は天井から吊り下がったロープを多用するもの。逆にそれ以外の舞台装置はほとんどなく、視覚的に何をしているのかが分かる舞台ではありませんでした。このロープはイアーゴの邪悪な気持ちの象徴なのでしょうか。イアーゴはこのロープを手にして、デズデーモナを縛ったり、合唱のメンバーを追い払ったりもします。また、デズデーモナは本来のオテロのナイフにかかって殺されるのではなく、このロープで絞殺されます。基本的には象徴的な印象の強い舞台でしたが、本来の「オセロー」とは違ったシチュエーションであることを踏まえた場合、もう少し小道具などを利用して、視覚的にももっとストーリーが見えるようにしたほうがよかったと思います。

 以上、細かい不満はありますが、難曲の組み合わせで大変だったとは思いますが、ロッシーニのオペラセリアの魅力をしっかり伝えてくれた舞台ではありました。

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鑑賞日:2023年1月22日
入場料:指定席 2FC列21番 5000円

主催:公益財団法人足利市みどりと文化・スポーツ財団/足利市教育委員会 

「足利オペラ・リリカ」第9回定期公演

オペラ2幕 字幕付き原語(イタリア語)上演
レオンカヴァッロ作曲「道化師」
(I Pagliacci)
台本:ルッジェーロ・レオンカヴァッロ 

オペラ1幕 字幕付き原語(イタリア語)上演
プッチーニ作曲「ジャンニ・スキッキ」
(Gianni Schicchi)
原作: ダンテ・アリギエーリ『神曲』地獄篇、第30歌に基づく
台本: ジョヴァッキーノ・フォルツァーノ 

会場 あしかがフラワーパークプラザ(足利市民プラザ)文化ホール

スタッフ

「道化師」指揮 佐藤 宏充
「ジャンニ・スキッキ」指揮 小森 康弘
管弦楽 足利オペラ・リリカ・アンサンブル
合唱 足利市民オペラ合唱団
合唱指導 小林 昭裕
児童合唱 こどもオペラ合唱団
児童合唱・子役指導 小田 知希
演出・美術・衣裳 原 純
衣裳 門脇 真奈美
照明 佐原 久美子
ヘアメイク きとう せいこ
舞台監督 菅野 将
音楽監督 大隅 智佳子

出演者

道化師

カニオ 内山 信吾
ネッダ 大隅 智佳子
トニオ 小林 昭裕
ペッペ 小田 知希
シルヴィオ 井出 壮志朗

ジャンニ・スキッキ

ジャンニ・スキッキ 小林 大祐
ラウレッタ 大隅 智佳子
リヌッチョ 村上 公太
シモーネ 斉木 健詞
ツィータ 田辺 いづみ
ゲラルド 青地 英幸
ネッラ 福士 紗希
マルコ 金沢 平
チェスカ 相田 麻純
ベット 小林 昭裕
ゲラルディーノ 髙田 かのん
スピネロッチョ医師/公証人アマンティオ・ディ・ニコライ 和田 ひでき
靴屋ピネッリーノ 石塚 幹信
染物屋グッチョ 星田 裕治
ブオーゾ・ドナーティ 倍田 大生

感 想

会場の問題‐足利オペラ・リリカ第9回定期公演「道化師」、「ジャンニ・スキッキ」を聴く

 足利のオペラがなかなか優れものであるという話は以前から漏れ聞いていて、これまでも行きたかったのですがなかなか時間があわず、今回初めての鑑賞となりました。聴かせていただいて思うのは、地方でオペラをやる条件の悪さが如実に現れたな、ということです。

 会場がちょっとオペラをやるには向いていません。古い建物のようで、オーケストラピットを取ることはできませんし、響きも極めてデッド。声が飛んできません。オペラを上演するには最も不利なホールと申しあげてよいでしょう。今回はオーケストラを舞台に上げ、その後ろ側を一段高くして演奏したのですが、オーケストラの位置が高く、歌手と客席との距離が遠くなるので、オーケストラが強く聴こえてしまい、歌い手にとっては条件が悪くなる。

 更に演目も不利です。市民向けに典型的な悲劇と喜劇を一緒に見せてオペラの幅の広さを感じてもらおうという意図で同時代の代表的な悲劇と喜劇を取り上げたのは分かるのですが、今回取り上げた作品が、19世紀末から20世紀初頭の大規模管弦楽伴奏でオペラを書く時代の作品。今回は本来三管編成のオーケストラをそれでも二管に減らしての演奏でしたが、オーケストラが厚い。更に道化師はドラマティックテノールによって歌われる役柄であり、ある程度響きが助けてくれないと歌いにくい、というのもあるかと思います。

 そんな点もあり、特に「道化師」については指揮者はかなりバランスに気を配って演奏したそうですが、それでも音楽的に厳しかったというのが本当のところでしょう。

 カニオの内山信吾は丁寧に歌われていて良かったのですが、会場が響かないうえに彼の持ち声がドラマティコではないので、パワフルではない。無理に張り上げて声をひっくり返したりはしなかったので破綻はないのですが、「衣裳をつけろ」などを聴いても迫力不足で鬼気迫るものがあまり感じられなかったと思います。ネッダに対する執着心はしっかり見せて演技されていたので、芝居としては悪くないのですが、声はもっと響いてほしいところ。

 トニオの小林昭裕も今一つ。彼も歌唱表現が今一つ。冒頭のプロローグは、もっと屈折した感じのある歌の方がいいのですが、美声で素直に歌ってしまう。「道化師」という作品のドロドロな感じを期待させるようなものではなかったというところです。あとトニオは本来は体形異常で見栄えが悪いのでネッダに言い寄っても断られてしまい、更に恨みを募らせるというのが本来のストーリーですが、今回のトニオは見た目はすっきりしていて、身体障碍者の悲哀の部分がなくなっていて、唯の悪役になっていたのはどうなのだろうとも思いました。ただ、悪役として色々な仕掛けを行うところの演技はしっかりやられていて、見やすかったとは思います。

 ネッダの大隅智佳子。これだけ条件が悪いホールでも全然声が痩せません。「鳥の歌」が素晴らしいのはその通りなのですが、それ以外でも気の強い看板女優役をしっかり歌唱しており見事だったと思います。

 ペッペの小田知希もいい。細かいところでミスはあったようですが、全体としては軽い感じで、聴かせどころの「おお、コロンビーナ」がしっかり聴かせてくれましたし、脇役としていい味を出していました。

 シルヴィオの井出壮志朗もしっかりした見事な歌唱。ネッダとの愛の二重唱が二人のバランスがよく、いい感じで纏まりました。

 合唱は人数は少なかったのですが、女声がしっかり響いた印象。男声は全員がプロ歌手のエキストラだったのですが、その割には声がなかったと思います。バランスを考えて弱めたのかもしれませんが、もう少し低音が響いたほうが良かったと思います。

 原純の演出はオーソドックスな見やすいもの。その中でも歌っていないところでも歌手たちに割と演技をさせており、その動かし方が、それぞれの役柄の思いを見せるものでした。

 「ジャンニ・スキッキ」は「道化師」の深刻さがなく、歌もアンサンブル中心で重くはならないこと、アンサンブルが上手な歌手が多かったようで、全体としていい感じでまとまりました。

 舞台は1299年のフィレンツェではなく、バブル華やかしころの東京。着ているものがみな派手で金ぴか。化粧も濃く、半端ではない役作り。その中でリヌッチョは学生服でラウレッタはセーラー服で登場します。歌っている歌詞はもちろん原文通りですが、字幕に出る地名は日本の地名。原文に近い音の地名を探したようで、品川、府中、青山、野方、日暮里などという感じで出ていました。また地元を意識したものもあり、「私のお父さん」の字幕では、「andrei sul Ponte Vecchio, ma per buttarmi in Arno!」の部分がベッキオ橋からアルノ川に飛び込むのではなく、渡良瀬橋から川に飛び込むになっていたのには笑いました。

 小林大祐のジャンニ・スキッキは存在感が抜群で、いい雰囲気。リヌッチョの村上公太は初役だそうですが、流石にリリックで伸びのある声が、「フィレンツェは花咲く木のように」はいい感じで響き、その前後のアンサンブルもいい感じでした。ラウレッタの大隅智佳子はもちろん十分な歌で、衣裳がセーラー服からウェディングドレスという変化も面白く、一番おいしいところを持って行った感じがします。

 ドタバタ喜劇として演出され、ドタバタしたところが見た目の面白さとの繋がるのですが、その中でも皆さんしっかりした歌唱が良かったです。特に斉木健詞のシモーネは声もよく、存在感抜群。田辺いづみのツィータもしっかり見せてくれました。医師と公証人の二役を歌った和田ひできも面白かったし、バブル期のチャラい衣裳で登場したベットも面白かった。このようなアイディアで現実に派手派手にした舞台で見せると、13世紀も21世紀も人間はそう変わるものではないな、と思います。

 オーケストラは臨時編成ですが、アマ・プロ混合だったのでしょうか。音はちょっと変なところもありましたが、総じて立派だったと思います。ただ、指揮の感じ方が人によって異なるのか、出のずれはあったように思いました。

足利オペラ・リリカ第9回定期公演「道化師」、「ジャンニ・スキッキ」TOPに戻る

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鑑賞日:2023年1月26日

入場料:指定席 10列4番 6000円

主催:杉並リリカ

杉並リリカPRESENTS

マリア・カラス生誕100年記念ガラ・コンサート

会場 渋谷区文化総合センター大和田伝承ホール

出演者

ソプラノ 平野 雅世
ソプラノ 和田 悠花
テノール 城 宏憲
バリトン 市川 宥一郎
ピアノ 藤原 藍子
司会 フランコ酒井

 

プログラム

作曲 作品名 曲名 歌手
ベッリーニ 夢遊病の女 アミーナのアリア「ああ、こんな風に萎れてしまった~ああ、これ以上ない喜び」 和田 悠花
プッチーニ 蝶々夫人 蝶々夫人のアリア「ある晴れた日に」 平野 雅世
プッチーニ マノン・レスコー デ・グリューのアリア「見たこともない、素晴らしい美人」 城 宏憲
プッチーニ トスカ トスカのアリア「歌に生き、愛に生き」 平野 雅世
プッチーニ トスカ カヴァラドッシのアリア「星は光りぬ」 城 宏憲
ドニゼッティ ランメルモールのルチア ルチアとエンリーコとの二重唱、「近くに来るのだ、ルチア」 和田 悠花/市川 宥一郎
休憩   
マスカーニ カヴァレリア・ルスティカーナ 間奏曲(ピアノ独奏) 藤原 藍子(ピアノ) 
チャイコフスキー チャロデイカ ナスターシャのアリア「どこにいらっしゃるの、愛しいお方」 和田 悠花
ヴェルディ ドン・カルロ ドン・カルロとロドリーゴの二重唱「彼だ!…まさしく…王子!~神よ この魂に吹き込まれしお方よ」 城 宏憲/市川 宥一郎
ヴェルディ ドン・カルロ ドン・カルロとエリザベッタの二重唱「お願いがあって参りました」 城 宏憲/平野 雅世
ヴェルディ ドン・カルロ ロドリーゴのアリア「終わりの日は来た~私は死ぬ」 市川 宥一郎
ヴェルディ ドン・カルロ エリザベッタのアリア「世の虚しさを知る神よ」 平野 雅世

感 想

目利きのプロデューサー‐杉並リリカ「マリア・カラス生誕100周年記念ガラ・コンサート」を聴く

 杉並リリカのフランコ酒井は、これから伸びそうな若手を見つけるのが上手い。これまでも杉並リリカで聴いた歌手は伸びることが多いような気がします。

 今回それを感じたのが和田悠花。和田は京都市芸術大学から新国立研修所を一昨年に終了した若手。私は新国立劇場オペラ劇場の修了公演で2回聴いています。1年生の時は「ドン・ジョヴァンニ」のドンナ・アンナを歌って、私は「美声だと思うし、しっかり歌っているが、表現が平板で思いが伝わるような歌にはなっていない」と書きました。また、3年生の時は、「悩める劇場支配人」のメルリーナを歌い、私は「声そのものは美しく、技術的にもしっかりしているが、目立った方がいいと思われる重唱の中で埋もれてしまうなど、改善点も多い」という趣旨のことを書きました。

 和田はその後パルマに留学して、現在パルマで勉強中ですが、その研鑽が更なる技術向上に結びついているに違いありません。過去はオペラの舞台、今回はコンサートですから同列には比べられないのですが、成長が見える演奏だったと思います。持ち声はリリコ寄りのリリコ・レジェーロ。中音に適度な重さのある柔らかな声がいい。最初のアミーナのアリアは、カヴァティーナのしっとりした味わいとカバレッタの華やかな響きが正確な技巧も相俟って素晴らしいものでした。また、チャイコフスキーのアリアは私は初めて聴くものでしたが、ロシア的というよりはプッチーニのような響きが感じられるもの。和田のしっとりとした持ち声によく合っていたのではないかと思います。

 平野雅世は安定の歌。蝶々夫人もトスカもエリザベッタもよかった。素晴らしいアクートに換算人ソプラノの先輩としての矜持を感じましたし、丁寧でしっかりした歌は、それぞれの役柄を聴くにじゅうぶんのものでよかったです。

 城宏憲も快調。デ・グリューのアリアは一瞬ヒヤリとするところがあったのですが、その後はきっちり歌ってしっかりまとめ良好。「星は光りぬ」は大得意の一曲。

 市川宥一郎は聴くたびに上手になっていると思います。最初に聴いて7-8年は経っているとは思いますが、その頃のへなちょこバリトンとは全く別人です。ロドリーゴのアリアは、雰囲気もあって素晴らしいと思いました。

 重唱もいい。「友情の二重唱」はレシタティーヴォから全部歌われましたが、お互いの気持ちのぶつかり合いのようなものが感じられて、その丁々発止とした熱気が良かったと思いますし、ドン・カルロとエリザベッタの二重唱も、ドン・カルロの甘さとダメな感じ、エリザベッタの凛とした雰囲気がしっかりと表現されていて見事でした。

 ルチアとエンリーコの二重唱は、ルチアの悲痛な気持ちの表情とエンリーコの冷たい邪悪な感じが良かったのですが、惜しむらくは、歌っている最中に市川の声にトラブルがあったようで、低音部にかなりざらつきが感じられたこと。と言って、それで音楽的に破綻することはなく歌い切ったので問題はないのですが、トラブルの処理を間違えて更に音楽的な失敗に繋がらなかったことは素晴らしいと思いました。

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鑑賞日:2023年1月28日
入場料:B席 3F1列14番 9800円

主催:公益財団法人日本オペラ振興会/公益社団法人日本演奏連盟

2023都民芸術フェスティバル参加公演

藤原歌劇団公演

オペラ3幕 字幕付き原語(イタリア語)上演
プッチーニ作曲「トスカ」
(TOSCA)
台本:ジュゼッペ・ジャコーザ/ルイージ・イッリカ 

会場 東京文化会館大ホール

スタッフ

指揮 鈴木 恵里奈
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合唱 藤原歌劇団合唱部
合唱指導 安部 克彦
児童合唱 多摩ファミリーシンガーズ
児童合唱指導 髙山 佳子
演出 松本 重孝
美術 大沢 佐知子
衣裳 前岡 直子
照明 成瀬 一裕
舞台監督 菅原 多敢弘

出演者

トスカ 小林 厚子
カヴァラドッシ 澤﨑 一了
スカルピア 折江 忠道
アンジェロッティ 伊藤 貴之
堂守 押川 浩士
スポレッタ 松浦 健
シャルローネ 龍 進一郎
看守 坂本 伸司
牧童 網永 悠里

感 想

ひび割れた骨董品!?‐藤原歌劇団「トスカ」を聴く

 スカルピアはオペラ三大悪人のひとりのように言われるわけですが、現実に聴いてみるとなかなか格好いい。ダメダメで女々しいカヴァラドッシよりも女性にモテそうにも思います。歌っている内容は邪悪で身勝手なものですが、その音域がバリトンにとっては一番華やかに聴こえる領域なのでしょう。だから美声で格好よく歌える。昔は「トスカ」を聴くと、「トスカがスカルピアになびかないのは変だな」とずっと思っていました。この蒙を開いてくれたのが折江忠道のスカルピアでした。2006年の藤原歌劇団公演。折江忠道のスカルピア、素晴らしかったです。折江にとって一番脂がのっていた時のスカルピア。自ら邪悪に徹し、悪のオーラを出しまくっていました。私が聴いたスカルピアではこの時の折江スカルピアが、一番悪役として嵌っていたと思います。

 その10年後、2016年公演でもスカルピアは折江でした。しかし、この時のスカルピアは、悪のオーラは2006年と比較するとずっと薄れていたというのが本当のところ。だから、今回折江がまたスカルピアを歌うというのを知って、正直なところ「やめればいいのに」と思っておりました。そして、今日聴かせていただきましたが、残念ながら予想は当たりました。やっぱり「やめればよかった」です。こうは言いたくはないのですが、残念ですが年齢には勝てないのでしょう。かつて吉田秀和はウラディミール・ホロヴィッツの演奏を「ひび割れた骨董品」と評しました。これは、持っている才能は感じられたが、それを演奏として表現できなかった、ということを意味しているのだろうと思いますが、折江についても同じです。昔取った杵柄で、低音の迫力は健在です。第二幕においてトスカに迫っていく低音の迫力は流石の凄みがありました。しかし、比較的高音で合唱の上に浮き上がって聴こえなければいけない第1幕の「テ・デウム」、息が浅くなっているのか、細かいコントロールが上手くいっていない。そこまで繋がっていた緊張感を切ってしまいました。

 もう一つ気になったのは鈴木恵里奈の指揮です。オーケストラを割とあっさりと演奏させている。もちろん劇的なシーンがどんどん繋がるトスカですから、しっかり煽って迫力を持たせるべきところは迫力満点で演奏させているのですが、ひとつひとつの音のつながりが薄い感じ。もう少し粘っこく演奏させた方が作品としての厚みが表現できたのではないかと思います。また、東フィルの演奏自体もそんなに優れているわけではなかったと思います。ホルンが外れるといったよくあるトラブルはともかくとして、第3幕のチェロのソロなどもそんなにいい感じではなかったというのが正直なところです。

 一方でスカルピア以外の各メンバーはしっかりとその役割を果たしていたと思います。

 小林厚子のトスカ。期待に違わぬ素晴らしい出来。第一幕「マリオ、マーリオ」と言って登場するシーンでは、嫉妬深いけど可愛らしい感じをしっかり見せていましたし、第2幕の精神的に追い込まれていく様子。そして、一番の聴かせどころである「歌に生き、愛に生き」、更に「これがトスカのキッス」よ、と言ってスカルピアを刺し殺す様子。第3幕のカヴァラドッシを助けに行き、カヴァラドッシが殺され、絶望して聖アンジェロ城から飛び降りるまで間然とするところのない歌唱と演技で見せてくれたと思います。私は林康子、エリザベート・マトス、野田ヒロ子と藤原歌劇団が誇る素晴らしいトスカを聴いてきたのですが、小林もその素晴らしい系譜のバトンを次につなぐトスカだったと思います。

 澤﨑一了のカヴァラドッシも素晴らしい。澤﨑は正統リリコで柔らかくて綺麗に伸びる高音が彼の最高の魅力であり、カヴァラドッシのようなドラマティックな役は必ずしもベストマッチの役ではないと思うのですが、それでも澤﨑自身の魅力とカヴァラドッシの歌の魅力を高いところで融和させるものでした。第一幕「妙なる調和」が素晴らしかったですし、トスカとの二重唱も美しい。第三幕の「星は光りぬ」から銃殺されるところまでの流れもとてもいい。一方で芝居の流れの中でドラマティックな表現をしなければいけないところ、第一幕であればアンジェロッティの二重唱、第二幕ではナポレオン軍が勝利をしたことを聞き「Vittoria」と叫ぶところなどはぎりぎりのアクートになってしまって、もう少し余裕を持って切っても良かったのではないかと思いました。

 それ以外の脇役陣では伊藤貴之のアンジェロッティが安定した低音で魅力的、押川浩士の堂守のブッフォ的な表情もよく、松浦健のスポレッタも心理的に微妙な感じがよく出ていて良かったと思いました。

 松本重孝の演出はひたすらオーソドックス。舞台美術も写実的でしたし、歌手たちの動かし方もト書きに沿ってきっちりとやらせていたのではないかしら。私は奇を衒った演出が前面に出るオペラ上演は好きではないし、また聴衆がそこまでオペラに関して詳しくないであろうことを踏まえれば、今回のような写実的で、作曲家や台本作家が示そうとしたものを過不足なく示す演出が一番なのだろうと思います。その意味で、ベストな演出でした。

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鑑賞日:2023年1月31日
入場料:C席 3F3列41番 7920円

主催:新国立劇場

新国立劇場2022/2023シーズンオペラ公演

オペラ3幕 字幕付き原語(ドイツ語)上演
ワーグナー作曲「タンホイザー」
(Tannhäuser und der Sängerkrieg auf Wartburg)
台本:リヒャルト・ワーグナー 

会場 新国立劇場オペラパレス

スタッフ

指揮 アレホ・ペレス
管弦楽 東京交響楽団
合唱 新国立劇場合唱団
合唱指導 三澤 洋史
バレエ 東京シティバレエ団
演出 ハンス=ペーター・レーマン
美術・衣裳 オラフ・ツォンベック
照明 立田 雄士
振付 メメット・バルカン
再演演出 澤田 康子
舞台監督 高橋 尚史

出演者

領主ヘルマン 妻屋 秀和
タンホイザー ステファン・グールド
ヴォルフラム デイヴィッド・スタウト
ヴァルター 鈴木 准
ビーテロルフ 青山 貴
ハインリヒ 今尾 滋
ラインマル 後藤 春馬
エリザベート ザヴィーナ・ツヴィラク
ヴェーヌス エグレ・シドラウスカイテ
牧童 前川 依子
四人の小姓 和田 しほり/込山 由貴子/花房 英里子/長澤 美希

感 想

素晴らしいヘルデンテノールであることは認めるが・・・。‐新国立劇場「タンホイザー」を聴く

 ステファン・グールドと言えば、2015年から17年にかけて行われた新国立劇場「ニーベルングの指環」チクルスにおける、ローゲ、ジークムント、ジークフリートというテノールの主役を歌ったことが記憶に新しく、特に「ワルキューレ」におけるジークムント、「ジークフリート」における外題役は特に素晴らしい歌唱で、本物のヘルデンテノールの実力を知らしめしました。ただ、そんな彼も「神々の黄昏」におけるジークフリートは、前2作ほど素晴らしい歌唱ではなく、調子が悪いのかな、と思った記憶があります。そのグールドが今回の外題役だったわけですが、声量こそは流石のヘルデン・テノールだと思いましたが、歌いまわしが「神々の黄昏」におけるジークフリートの延長線上にあるようで、今一つ納得できませんでした。

 声はさすがにパワフルですし、美声です。ワーグナーを歌うために生まれた来たような人ですが、その分才能だけで歌っているようなところがあって、細かいところが結構いい加減です。高音を狙ってあてに行き上手くいかなかったり、高音のアクートの後の次の入りが雑になったり、そういう計算して注意して歌えばそんなミスはしないと思うのですが、特にテンポが速いところでそういうミスが目立ったと思います。第3幕のゆっくり歌うところではそういうミスはしなかったと思うので、速いテンポが鬼門なのかなとは思います。あるいは指揮者と息が合っていなかったのかもしれません。

 ヴォルフラムのデイヴィッド・スタウトはとてもいい。おそらく全体に余裕を持って歌っていたのでしょう。無理のない歌でよかったと思います。タンホイザーより一歩引いた位置で歌っていたと思うのですが、ここぞというところのアクートは見事ですし、一番の聴かせどころである「夕星の歌」も情感のこもったとてもいい歌でした。

 ヴェーヌス役のシドラウスカイテ、妖艶な雰囲気をしっかり出し良かったと思いますが、細かいところで上手くいっていなかったところがあったと思います。ツヴィラクのエリザベート。登場のアリアである「歌の殿堂」が上手い。声量もあるし、声のコントロールも見事だと思いました。その後の歌合戦の場面での細かい歌唱も納得いくものでしたし、第3幕の祈りの音楽はとても美しくてよかったです。

 以上来日歌手ですが、日本人歌手はよかったです。まず何と言っても領主役の妻屋秀和。この方が上手であることはこれまでも何度も聴いて分かっていたがまたそれが更に上書きされた感じです。声量がグールドに負けていないのが凄いのですが、唯張っているだけでなく、しっかり計算されていて歌いまわしに無理がない。素晴らしいと思いました。

 青山貴のビーテロルフもいい。ビーテロルフのちょっと粗暴な感じを上手に表現していました。鈴木准のヴァルターは悪くはないのですが、グールドのタンホイザーに対抗しようとして声をぎりぎりまで張り上げたのか、ブレスを取って次に入るところが総じて空いている感じがしました。今尾滋のハインリヒと後藤春馬のラインマルは目立ちませんでしたが、アンサンブルの中で役目を果たしていたのでしょう。

 牧童の前川依子。美しい春の到来の歌を聴かせてくれてBravaです。

 以上ソロ歌手はそれぞれだったのですが、何といっても素晴らしいのが合唱。特に男声だけで歌われる「巡礼の合唱」が本当に素晴らしい。聴こえ方といい、テノールとバスのバランスといい、見事としか申し上げようがありません。昨年の「さまよえるオランダ人」における水夫の合唱も素晴らしかったですが、それに輪をかける素晴らしさ。新国立劇場合唱団の特に男声のレベルの高さに感服いたしました。もちろん女声が悪いというわけではありません。ただ、第二幕の「大行進曲」を聴いていると、この曲は男声のみ、女声のみ、混声という風に規模が大きくなって盛り上がるように書かれているわけですが、最初の男声の部分が一番揃っていた印象はあります。

 東京交響楽団はバンダで演奏されたファンファーレが失敗したところはありますが、オケピットの本体は管楽器に定評のある東響だけあっていい感じ。指揮のアレホ・ペレスは二期会の「魔弾の射手」以来ですが、その時の印象であるアグレッシブな感じは今回はあまり感じることはなく、バランスのいい指揮をされていたように思いました。

 演出は2007年初演の4度目の再演で何も申し上げることはないのですが、冒頭のエロティックなバレエは健在で、ヴェーヌスベルグの色っぽさを楽しみました。

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鑑賞日:2023年2月10日
入場料:自由席 G列22番で鑑賞 6000円

主催:オペラバフ

オペラバフ・旗揚げ公演

オペラ2幕 字幕なし原語(ドイツ語)歌唱、台詞日本語上演
モーツァルト作曲「魔笛」
(Die Zauberflöte)
台本:エマヌエル・シカネーダー 

会場 光が丘IMAホール

スタッフ

指揮 中橋 健太郎左衛門
管弦楽 大黒屋オペラオーケストラ
合唱 オペラバフ合唱団
合唱指導 吉永 研二
演出・美術 尾城 正代
照明 Light vision
音響 金子 翔一/角丸 雄亮
ヘアメイク 永野 ちはる
美術作画 惑外
演出助手 井出 信幸
舞台監督 しげ

出演者

ザラストロ 赤木 恭平
タミーノ 竹内 篤志
弁者 志村 文彦
神官1 山口 義生
神官2 木越 凌
夜の女王 齊藤 祐紀
パミーナ 後藤 裕美
侍女1 林 志乃
侍女2 川上 智子
侍女3 丸尾 有香
童子1 吉川 歌穂
童子2 石井 揚子
童子3 室岡 里菜
パパゲーナ 辰巳 真理恵
パパゲーノ 岩田 健志
モノスタトス 戸村 優希
武士1 原 優一
武士2 安藤 義克

感 想

まだまだこれから?・・・それともこのレベル?‐オペラバフ「魔笛」を聴く

 1996年から10年間ほど「東京都民オペラソサエティ」という団体が活動しておりました。私は当時から存在は知っていましたが、残念ながら聴きに行ったことはありませんでした。当時の音楽監督の西本真也が逝去したことをきっかけに東京都民オペラソサエティは活動を停止していたそうですが、その指揮者に中橋健太郎左衛門を得られたことをきっかけに「オペラバフ」として再出発したそうです。東京都民オペラソサエティは、毎回オーケストラと合唱を入れた本格的な公演をやっていた団体であり、演目も多種多様で、出演者も当時の中堅どころの実力者が多く出演されていたようです。

 その伝統を継承したのか、今回の魔笛もオーケストラも弦楽器こそ4-4-3-3-2とこじんまりとはしていましたが、管楽器は縮小版ではなくニ管入った本格的な編成で、台詞部分の翻訳はいざ知らず音楽部分は多分ノーカット。主催者の意気込みを感じさせる公演でありました。今回は字幕は出なかったのですが、音楽をしっかり聴いてほしいという指揮者の要望でそうなったということです。

 ただ今回の出演者はアマチュアを含んだ若手が中心であり、全体としての仕上がりは主催者の意気込みほどではなく「それなり」の演奏だったと思います。主要役が皆あまりうまくいっていないし、全体的に声量が足りず迫力に欠けます。

 もちろんいい歌を披露した人もいました。まずダーメの3人のアンサンブルがいい。最低音を藤原の本公演にも出演している丸尾有香が担当して下をしっかり支えたのが良かったのでしょう。一番上の林志乃の歌が綺麗に響きました。中音担当の川上智子もいい歌だったのですが、ちょっと声が強くてバランス的にはもう少し抑えたほうがアンサンブルとしては更によかったと思いますが、ここは十分のレベル。

 神官2を歌った木越凌がいい。柔らかいけどしっかりした声の持ち主で、今回歌ったテノールでは声の質感、歌いまわし、声量、どれをとっても一番良かったと思います。僧侶の二重唱ではバスの山口義生があまり目立たずテノールの良い声が響きました。一方で武士の二重唱はテノールの原優一が今一つでそれほど良いとは思いませんでした。

 弁者はベテラン志村文彦。このメンバーの中では断トツの実力者で素晴らしい声でした。その意味では流石ではあったのですが、小さなミスが見受けら、完璧とは言えませんでした。

 クナーベは白いドレスで登場。凄く大人びた印象で、見た目に童子にそぐわないと思いました。また歌そのものは悪いものではなかったのですが、完全に大人のソプラノのアンサンブルになっていて、ボーイソプラノで歌われる童子とは歌の印象が違う点で違和感がありました。「魔笛」のストーリーからいって童子は天使のメタファーで、子供であることに意味があると思うのでもっと子供らしさを出すべきでしょう。

 ソリスト系で比較的よかったのがモノスタトスの戸村優希。ミスのない歌唱でその点では素晴らしかったのですが、アリアに込められた感情は希薄だし、演技もあっさりとやっていた感じでモノスタトスのインパクトをあまり感じされなかったのは残念です。もっとけれん味を出した方が存在感を示せたのかと思います。

 戸村と反対だったのはパミーナ役の後藤裕美。情感たっぷりの歌で、声の密度もあり声量もあるのですが、惜しむらくは歌の正確性に欠けます。これで情感が更に素晴らしければ、若干のミスなんかは気にしないのですがそこまでではない。アリアも重唱ももちろん素敵な部分もあるのですが、細かいところで失敗しており、もう少し完成度を上げて欲しかったところ。

 タミーノの竹内篤志。一言で言えばパワー不足。声質的にはタミーノに向いているとは思うのですが、声量がないのでダイナミクスが取れず全般的に平板な歌に聴こえました。一番の聴かせどころで存在感を示すべきアリア「なんと素敵な絵姿」にパンチがなく、込められた情感が表に出ない感じです。

 同じように不足感が強かったのが岩田健志のパパゲーノ。まず、登場のアリアである「おいらは鳥刺し」。歌いまわしが楽譜通りではなく、最初の「Der Vogel」の部分は本当は16分音符ふたつのアウフタクトで始まり8分音符で4/4拍子で流れるように書かれているのですが、そこをフェルマータをつけたように歌いました。それで存在感を示そうとしたのかもしれませんが、そこは強調すべきところでは無いと思います。パパゲーノは軽快な歌唱こそが一番大事だと思うのですが、ドイツ語の語尾をはっきり鳴らすことに意識が行き過ぎていたようで、結果として遅れたところも何か所もありました。発音をいい加減にしないことは大切ですが、音楽のスピードに遅れるのは如何なものか、というところです。また声量的にも不満で、もっと響かせてほしいというのが本当のところ。

 「パパパ」の二重唱は、辰巳真理恵パパゲーナとの共演だったのですが、声量も声の張りも辰巳が全然上。辰巳の声に負けないように歌って欲しいなと思いました。

 ザラストロの赤木恭平も残念でした。声量があり低音をしっかり響かせる技量もありますが、バスっぽい声を出すことに意識を向けすぎているせいか、低い音を押すように歌って、その分上にしっかり上がることができず、もっと柔らかく歌った方が絶対いいのにと思いながら聴いていました。またアンサンブルにおいてもこの歌い方を変えないので、タミーノ、パミーナ、ザラストロの三重唱「いとしい人よ」は、上二人の声が調和しているのに一人だけ突出していて、そういうところも如何なものかと思いました。

 夜の女王の齊藤祐紀。2019年にも一度夜の女王役で聴いているソプラノ。その時思ったのは、コロラトゥーラの一番の聴かせどころはしっかり響かせるのですが、それ以外のところが結構いい加減だということ。そこは今回も一緒で、上ずったりしたところもありました。第一アリア「畏れるな、我が子よ」は上手く聴かせることが大変なアリアであまりうまくいかないのは予想通りだったのですが、第二アリア、一般に夜の女王のアリアとして有名な「復讐は、地獄のようにわが胸に燃え」は最近はきっちり決める方が多いのですが、中音部の歌いまわしがいい加減で上手くいっていませんでした。

 中橋健太郎左衛門の率いる大黒屋オペラオーケストラは、中橋の主宰するオーケストラのようで息があっていたと思います。ゲスト・コンサートマスターとしてN響第二ヴァイオリンの元首席奏者の永峰高志を迎えた効果があったようで弦楽がしっかりとしていました。また重要なソロのある1番フルートの音が非常に美しく、そこは満足しました。また、パパゲーノの笛を表すピッコロも一か所とちりましたがそれ以外は立派に役目を果たしました。金管も演奏自身は悪くはなかったと思いますが、演奏するところが少なくて暇だったようで、トロンボーンは演奏に集中しておらず、ファンファーレを鳴らすタイミングを遅らせたのは残念でした。

 旗揚げ公演としては頑張ったのでしょうが、イマイチ感が強く、この程度で終わらせてほしくはありません。次の公演も予定されているようです。そちらではもっといい演奏になることを期待しましょう。

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鑑賞日:2023年2月15日
入場料:C席 3F R9列3番 6930円

主催:新国立劇場

新国立劇場2022-2023シーズン公演

オペラ3幕・字幕付原語(イタリア語)上演
ヴェルディ作曲 歌劇「ファルスタッフ」
(Falstaff)
台本:アッリーゴ・ボーイト 

会場 新国立劇場オペラ劇場

スタッフ

指 揮 コッラード・ロヴァーリス
管弦楽 東京交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 三澤 洋史
     
演 出 ジョナサン・ミラー
再演演出 三浦 安浩
美術・衣装 イザベラ・バイウォーター
照 明 ペーター・ペッチニック
舞台監督 高橋 尚史

出演者

ファルスタッフ ニコラ・アライモ
フォード ホルヘ・エスピーノ
フェントン 村上 公太
医師カイウス 青地 英幸
バルドルフォ 糸賀 修平
ピストラ 久保田 真澄
アリーチェ ロベルタ・マンテーニャ
ナンネッタ 三宅 理恵
クイックリー夫人 マリアンナ・ピッツォラート
ページ夫人メグ 脇園 彩

感 想

素晴らしき演出と音楽‐新国立劇場「ファルスタッフ」を聴く

 やっぱり素晴らしい舞台だと思いました。新国立劇場には名舞台が多いですが、ジョナサン・ミラーが手掛けた二作品、即ち「ばらの騎士」とこの「ファルスタッフ」の舞台はその中でも出色のものと思います。今回、再演演出が前回の澤田康子から三浦安浩に変りましたが、オリジナルにはなかった三浦独自のアイディアとも思われる動かし方もいくつか認められ、それが更に演劇としての陰影を深めるのに一役買っていたのかな、という気がしました。そして、何といってもヴェルディ先生の音楽がいい。大向こうを唸らせるようなアリアはありませんが、管弦楽の流れと舞台の動きが一致していて、舞台の切り替わりの音楽の切り替わりが一致しています。アンサンブルにしてもソロにしても本当に必要なものだけをきっちりと嵌めこんでいって無駄がない。ヴェルディの最高傑作と言われるのは当然だな、と思います。

 演奏もそつがない。どこをとってもしっかりまとめているし、音楽的にも演劇的にも十分なパフォーマンスをしていると思います。その意味では十分満足できる公演でした。100点満点で採点すれば、75点か80点の演奏だったと申しあげてよいのではないでしょうか。しかしながら85点や90点の演奏ではなかった。そう思うのは、指揮者の舞台コントロール、音楽コントロールが甘かった部分が多かったからです。

 昨年10月の東京フィルハーモニー交響楽団の「オペラ・コンチェルタンテ」は、この「ファルスタッフ」を取り上げ、指揮者のチョン・ミヨンフンが完全に自分の音楽世界に「ファルスタッフ」の世界を融合させて演奏しました。その演奏においても演奏の精度の点では必ずしも満点ではなかったわけですが、それよりもう一段落ちるというのが本当のところでしょう。もちろん本公演は演技付きの本格的なもので、東フィルの演奏会は演奏会形式ですから同列に論じられるものではないのですが、最後の13声部による大フーガの聴こえ方は、東フィルの時ほどではなかった、とは申し上げられると思います。

 フーガは一例ですが、音楽全体の運び方や美しさという点でも、チョン・ミョンフンの経験や老練さはロヴァーリスの上を行っていたな、と思います。世界的な大指揮者と中堅の実力差を見せつけられた思いです。

 以上全体的な質感において、東フィルの演奏より劣ると思うのですが、個人の歌手は皆さん頑張っていたように思います。

 タイトル役のアライモ。歌唱演技とも十分満足できるレベル。昨年のカターナと比べても遜色ないと思います。ただ昨年も思ったのですが、老練な歌手がファルスタッフを歌った時に見せる陰影というか、一種の落ちこぼれの悲しみのようなものが見えないので、上手いけど、厚みは足りないのかな、というところ。とはいえ「名誉のモノローグ」の尊大な雰囲気も、第3幕の「ひどい世の中だ」の独白の疲れ切った様子からだんだん元気になっていく表現の仕方などは上手いな、と思いました。

 フォードのエスピーノもいい。ファルスタッフのような複雑な役柄ではないので、尊大な感じをしっかり見せられればそれでよいと思うのですが、その点では十分というところ。「夢か、まことか」のアリアの怒りの表情も十分でした。

 女声で存在感があったのはクイックリーのピッツォラート。見た目も恰幅良くて「女ファルスタッフ」という感じ。声はメゾソプラノですがコントラルトに近い感じで、その分「ごきげんよう」とファルスタッフに言う感じが「仕組んだ」感に溢れていて、そこも良かったかなと思いました。

 第1幕の女声4人によるアンサンブルは見事。三宅理恵も脇園彩もアリーチェを歌ったマンテーニャもアンサンブルが得意なのでしょうね。第一幕第二場のウィンザーのしたたかな女房達のアンサンブルは楽しめました。そしてマンテーニャは美貌で演技も上手い。ファルスタッフに言い寄られて見せるいやそうな表情の出し方はとっても良かったです。ただこの方、美声で、声の質感も素晴らしいのですが、声の飛ばし方の勢いの付け方はもう少し工夫された方が良いかもしれない。向いている方向などの微妙な違いが聴こえ方に影響するのでしょうが、失速して聴えるようなところがありました。

 ナンネッタの三宅理恵。一昨年の二期会、昨年の東フィル、今回と三回連続でアリーチェを歌われ、流石に「18番」状態です。アンサンブルにおける役目も、フェントンとの重唱も、妖精の女王のアリアも十分だったように聴きました。

 脇役の男声陣、フェントンの村上公太、バルドルフォの糸賀修平、カイウス医師の青地英幸は2018年の新国立劇場公演に引き続いての公演。こなれた演技・歌唱で舞台を引き締めました。ピストーラは前回の妻屋秀和から今回は久保田真澄に変りましたが、存在感の点では妻屋が上でした。久保田もしっかり歌われてはいましたが、2018年の時のここにピストーラがいるぞ、とのオーラがあったのですが、今回はそれは感じられませんでした。

 アンサンブルオペラとしてのバランス感は所々微妙なところはありましたが、総じて上々。第1幕第2場の女声四部から男声五部が混じって九声になるところはいい感じでまとまりましたし、第二幕のフィナーレ、ストレッタの勢いもよかったです。洗濯籠に押し込まれたファルスタッフの演技もいい感じ。一番残念だったのは13声の「世の中は全部冗談」のフーガ。ここは、バス、テノール、アルト、ソプラノとどんどん重なって最後は13声に至るわけですが、盛り上がりのピークがやや前すぎた感じがします。もっと後ろにピークが来た方がもっと盛り上がっただろうとは思いました。

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鑑賞日:2023年2月17日
入場料:1F10列56番 4400円

主催:新国立劇場

新国立劇場オペラ研修所修了公演

オペラ2幕 字幕付原語(イタリア語)上演
モーツァルト作曲「コジ・ファン・トゥッテ」
(Così fan tutte)
台本:ロレンツォ・ダ・ポンテ 

会場 新国立劇場中劇場

スタッフ

指揮 星出 豊
管弦楽 新国立アカデミーアンサンブル
合唱 新国立劇場オペラ研修所修了生を中心としたアンサンブル
通奏低音(チェンバロ) 星 和代
演出・演技指導 粟國 淳
装置 横田 あつみ
照明 稲葉 直人
音響 横山 友美
衣裳コーディネーター 増田 恵美
舞台監督 村田 健輔

出演者

フィオルディリージ 内山 歌寿美
ドラベッラ 杉山 沙織
グリエルモ 長冨 将士
フェランド 高畠 伸吾
デスピーナ 河田 まりか
ドン・アルフォンゾ 大久保 惇史

感 想

ノーカットでオーソドックスに‐新国立劇場オペラ研修所修了公演「コジ・ファン・トゥッテ」を聴く

 コジ・ファン・トゥッテは長い。モーツァルトの時代のオペラは長い作品が多いのですが、「コジ」はその中でも長い方でしょう。そのため、通常はカットが入ります。よく切られるのが、第7番のフェランドとグリエルモの二重唱「運命を支配する気まぐれな瞳」と第24番のフェランドのアリア「その美しい魂が」の二曲。そのほか、レシタティーヴォもカットされて、正味2時間30分から50分ぐらいで上演されることが多いと思います。今回は曲はノーカット、レシタティーヴォもノーカットだったのでしょう。正味3時間20分、休憩まで入れると3時間45分の長時間の上演となりました。

 演出は極めてオーソドックス。舞台装置もロココ的です。最近は、最後は騙されたことを知った姉妹が怒って、男たちを袖にしてしまう演出が多いですが、今回はしっかりハッピーエンド。「コジ」は副題が「恋人たちの学校」で、要するに純粋な、というより幼い少年・少女が人間の真の姿を知る、という作品なので私はその趣旨から外れた演出は実はあまり好きではありません。今回は回転舞台を使って場面を次々と変更しながら、ダ・ポンテ、モーツァルトの用意した仕掛けを研修生たちがしっかり理解するために直球の演出にしたのだと思いますが、それがいい方向に転がったのではないかと思います。

 指揮の星出豊はもう80を過ぎていますが、最後まで音楽が弛緩することなくきびきびと指揮されたと思います。オペラ指揮者としてのキャリアが長いだけのことはあって、研修生たちをしっかり見ながら自在にオーケストラを操ります。そのため、研修生たちも歌いやすかったのではないかと思います。

 さて演奏ですが、総じて良かったと思います。オペラ研修所の今年のテーマは「アンサンブル」だったそうですが、アンサンブルで物語が進行する「コジ」を修了公演に持って来たのは、その成果を見せることがあったと思いますし、概ねそれは成功していたと申しあげましょう。もちろんアンサンブルの課題もあります。それは個別の歌手の実力とアンサンブルへの向き合い方の違いみたいなものが影響しているのかもしれません。そのベクトルがもっと一致するとアンサンブルの質は更に上がったでしょう。

 歌手ではまず、フィオルディリージの内山歌寿美とドラベッラの杉山沙織の姉妹役がどちらも素晴らしかったです。昨年の研修公演は「ドン・ジョヴァンニ」で、内山がドンナ・アンナ、杉山がドンナ・エルヴィーラを歌われて大器の片鱗を見せてくれたのですが、今年は更にレベルアップしていました。

 内山は徹底的に計算した歌唱で、色々なところでのバランスがいい。重唱においては、ソプラノですから当然前に出る感じはあるのですが、前に出るバランスが丁度いい感じ。存在感があってパワフルですが、それが過剰にならないのがいい。アリアに関しては「岩のように動かず」も「フィオルディリージのロンド」も跳躍の連続で、低音をしっかり響かせるのが大変なのですが、それを十分なレベルでやれていたのは素晴らしいと思いました。

 杉山ドラベッラはフィオルディリージほど派手な音楽は与えられていないので分かりにくいですが、丁寧な歌唱と声のコントロールが内山フィオルディリージより勝るとも劣らないレベルでやれており見事でした。そいう二人が重唱すると、これは実に綺麗。声のバランスも和音の寄り添い方も立派なもので、堪能させていただきました。

 もう一人見事だったと思うのは、ドン・アルフォンゾを歌った大久保惇史。内山、杉山ほどの技術レベルではなかったようにも思いますが、安定して響かせる低音は素晴らしい。以上3人によるアンサンブルはバランスもよく、安定していて安心して聴いていられる。

 高畠伸吾は助演で入っているだけあって、こちらも立派。ちょっと鼻っ柱の強いフェランド、という感じでキャラクターを感じておられるようで、そんな雰囲気でロココ風の音楽を表現されておりました。

 長冨将士のグリエルモは、先輩に挟まれて緊張していたのかもしれませんが、そこまでよくはなかったというのが本当でしょう。声の響かせ方があまり上手な方ではないようで、もうひとパワーが欲しいところ。アリアはそれでもいいと思うのですが、重唱になると微妙に合っていないところが多いように思います。二重唱ぐらいであればずれはあまりないのですが、多重唱になると他の人の中に埋もれたり、あるいは和音が美しくなかったりします。

 もっと問題なのは、デスピーナの河田まりか。あの声量ではとてもプロでは通用しないでしょう。本当に迫力不足、正確にきっちりは歌っているようですが、とにかく声量がないので空気を振動させられない。デスピーナの人を食った感じを声で表現できていませんでしたし、アンサンブルでも他のメンバーより二段ぐらい声が小さいのでバランスも悪くなる。技術的にも声色が使えない。医者に化けるところも、公証人に化けて結婚証書を読み上げるところも、全然面白みを感じられませんでした。

 以上いいところも多かったのですが、デスピーナに人を得ていたらもっと良くなったかな、と思える演奏でした。 

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