オペラに行って参りました-2013年(その2)

目次

故郷へのサービス精神  2013年3月3日  日野市文化協会「音楽文化の花を咲かそう」〜村上敏明テノールトークコンサートを聴く 
頑張れ、地域オペラ  2013年3月10日  府中シティ・ミュージック・ソサエティ第4回公演「サンドリヨン」を聴く 
なんちゃってヴィオレッタ   2013年3月16日  第18回知求アカデミーコンサート「椿姫」(演奏会形式)を聴く  
演出と音楽との繋がり方  2013年3月23日  神奈川県民ホール「椿姫」を聴く 
喉の強さは七難隠す   2013年3月24日  新国立劇場「アイーダ」を聴く  
学生のようには聴けない  2013年4月4日  国立音楽大学コンサート「音楽の情熱、音楽への情熱」を聴く 
素敵な日曜日   2013年4月7日  ステージドレスサロン「ブランシュネージュ」「春風の贈り物」を聴く  
全日本人キャスト公演  2013年4月21日  新国立劇場「魔笛」を聴く 
合唱の重要さ   2013年4月27日  小空間オペラVol.36「カプレーティとモンテッキ」を聴く  
役に負ける  2013年4月28日  江東オペラ「アンドレア・シェニエ」を聴く 


オペラに行って参りました。 過去の記録へのリンク

2013年  その1  その2  その3  その4  その5   
2012年  その1  その2  その3  その4  その5  どくたーTのオペラベスト3 2012年 
2011年  その1  その2  その3  その4  その5  どくたーTのオペラベスト3 2011年 
2010年  その1  その2  その3  その4  その5  どくたーTのオペラベスト3 2010年 
2009年  その1  その2  その3  その4    どくたーTのオペラベスト3 2009年 
2008年  その1  その2  その3  その4    どくたーTのオペラベスト3 2008年 
2007年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2007年 
2006年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2006年 
2005年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2005年 
2004年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2004年 
2003年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2003年 
2002年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2002年 
2001年  前半  後半        どくたーTのオペラベスト3 2001年 
2000年            どくたーTのオペラベスト3 2000年  

鑑賞日:2013年3月3日 
入場料:38列5番 1000円

主催:日野市文化協会
平成24年度日野文化協会文化講演会

「音楽文化の花を咲かそう」
村上敏明テノールトークコンサート

会場:ひの煉瓦ホール 大ホール

出演者

テノール 村上 敏明
ピアノ伴奏 土屋 麻美


プログラム

 

作詞者 

作曲家 

作品/歌曲名 

1  ヴェルディ  歌劇「仮面舞踏会」より前奏曲(ピアノ独奏)とリッカルドのアリア「再び彼女に会える」
2    ドニゼッティ  歌劇「ラ・ファヴォリータ」よりフェルナンドのアリア「天使のような乙女」 
3  マスカーニ 歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」から間奏曲(ピアノ独奏))
4  プッチーニ  歌劇「トスカ」からカヴァラドッシのアリア「星は光りぬ」
5  プッチーニ 歌劇「トゥーランドット」よりカラフのアリア「誰も寝てはならぬ」

休憩

6  ジャンバッティスタ・デ・クルティス  エルネスト・デ・クルティス  帰れソレントへ
7  コルリフェッロ カルディルロ  つれない心(カタリ・カタリ) 
8  カプッロ カプア  オ−・ソレ・ミオ
9    グラナドス  12のスペイン舞曲 第5番 ホ短調「アンダルーサ」(ピアノ独奏) 
10  北原 白秋  山田 耕筰  この道 
11 野上 彰  小林 秀雄  落葉松
12  春畑 道哉  前田 亘輝  みんなのうみ
13  小椋 佳 小椋 佳  愛燦燦 

アンコール

14  河野 進   川口 耕平  よかった
15 ララ  ララ  グラナダ
16 谷村 新司  谷村 新司  昴 
17 カプッロ カプア  オ−・ソレ・ミオ

感 想

故郷へのサービス精神-日野市文化協会「音楽文化の花を咲かそう」〜村上敏明テノールトークコンサート〜を聴く

 東京都日野市は、馬場市長が、数年前「藝術文化の薫る町」をスローガンに掲げ、実質的な内容やレベルはともかく、市民参加の文化活動を進めて来た経緯があります。その活動の中心は、市内の文化活動団体の連合会である「日野市文化協会」で、文化協会は毎年「文化講演会」を行ってきました。例えば昨年は、「漢詩の味わい」などという演題での講演会が開かれていたようです。で、本年は、日野市出身のテノール歌手・村上敏明に白羽の矢が立ったようです。村上であれば、十分な集客能力があるだろう、ということがあったのかもしれません。

 とはいえ、村上敏明が「講演」をやるのはあまり似合わない、とご本人も思っていたのでしょうね。タイトルこそ「文化講演会」でしたが、「音楽文化の花を咲かそう」というタイトルの元、実際に行われたのは、村上のコンサートでした。ピアノ独奏をところどころにはさみながらの全17曲、なかなか楽しめるコンサートでした。

 全体としては、後半になればなるほど盛り上がり、村上の調子も上がったな、という感じでまとまりました。

 前半はオペラアリア。最初の「仮面舞踏会」のアリアは先日東京文化会館で聴いたばかりですが、声がざらついていて、あの時の水準からすると、今一つの感じです。次の「ファヴォリータ」のアリアも伸びやかさに欠けていて、昨年杉並公会堂で歌った時の素敵な歌声を知っているものとしては、物足りなさが残りました。この二曲に関してはピアノ伴奏も硬く、今日の「村上は調子が悪いな」、と思わずにはいられませんでした。

 「カヴァレリアルスティカーナ」間奏曲を挟んでの、オペラアリアの後半は少し立て直してきました。「星は光りぬ」はなかなかの名唱。とはいえ、村上の調子の良い時と比較すればまだ本調子とは言えないものだったと思います。ようやくエンジンがかかった来たな、と思えたのは「誰も寝てはならぬ」からです。これは彼のお得意の一曲で、これまでも何度となく訊いておりますが、村上の良さであるつややかで情熱的な高音を聴けてよかったと思いました。

 後半はかなりリラックスした様子で、また作品の歌唱水準も前半ほど難しくはないということがあるのでしょうね。歌の調子がどんどん上がってきた気がします。「帰れ、ソレントへ」や「カタリ・カタリ」のようなカンツォーネは流石に聴き映えします。ちなみに「オー・ソレ・ミオ」は、お客さんに歌詞を配って歌わせようとしたもの。こういう企画で1000人が盛り上がるのは結構なことだと思います。

 後半の後半は日本の歌曲と歌謡曲。「この道」や「落葉松」は結構だと思うのですが、ポピュラー音楽や歌謡曲は、正統のテノール歌手が歌うべきではないように思いました。それなりに立派ですが、例えば、美空ひばりが歌った「愛燦燦」の持つ情感は村上敏明には出せない。結局村上節になってしまっていて、美空ひばりの境地とは別のところに行っているように思いました。私は美空ひばりのファンでも何でもありませんが、今回村上敏明を聴いて、彼女が大歌手だったんだな、という感を強く持ちました。

 とはいえ、村上敏明の故郷に対するサービス精神は凄いものがありました。特に、アンコールの最後に歌った「オー・ソレ・ミオ」は、舞台から降りて、客席で歌いながら一周するというパフォーマンスを見せてくれました。途中は走り出し、疲れも見えましたけれども、その観客に対するサービス精神は観客が盛り上がるのに、大変有意義でした。

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鑑賞日:20133月10 
入場料:全自由席 4000円

主催:府中シティ・ミュージック・ソサエティ
共催:公益財団法人府中文化振興財団

府中シティ・ミュージック・ソサエティ 第4回公演

全4幕、日本語訳詞上演
マスネ作曲「サンドリヨン」(Cendrillon)
原作:シャルル・ペロー
台本:アンリ・カイン
日本語訳詞:南條年章

会場:府中の森芸術劇場 ふるさとホール


スタッフ

指 揮 佐々木 修  
アンサンブル セルコバカルテット(弦楽四重奏)
ピアノ    小滝 翔平 
合 唱    エアフルト合唱団
演 出 小澤 慎吾
照 明  :  三輪 徹郎
振 付  :  白井 なぎさ
バレエ指導  :  渡辺 郁子 
バレエ  :  渡辺郁子バレエスタジオ 
舞台監督  :  穂苅 竹洋

出 演

シンデレラ    沖山 周子 
王子    中村 春美 
父    立花 敏弘 
アルティエール夫人(継母)   矢野 裕紀子 
ノエミ(姉)   伊藤 邦恵 
ドロテ(妹)   津久井 明子
国王    水澤 聡 
妖精    瀧本 紘子 
精霊1   原田 智代
精霊2   成田 瞳
精霊3   下澤 明夜 
精霊4   田中 佑季 
精霊5   一條 真紗子 
精霊6    鈴木 絵理
ヘラルド    宮川 太一 

感想

頑張れ、地域オペラ-府中ミュージックソサイェティ「サンドリヨン」を聴く。

 「シンデレラ」物語を題材にしたオペラは、かなり書かれているようですが、有名なのはロッシーニとマスネの二作品です。この中で、ロッシーニの作品はオペラ・ブッファの枠組みで書かれているために、オペラ向きの改変がかなりされていますが、マスネのオペラは、ロッシーニよりもずっとペローの原作に忠実です。そうは申し上げても、童話とオペラとでは全然違うところがいくつかあります。

 一番の違いは登場人物に名前があるということだろうと思います。ペローの作品も、グリムの童話も主人公が「灰かぶり」と呼ばれていたことは書かれていても、その本名については全く情報がありません。二人の意地悪の姉についても、通常は意地悪な継姉として記号化されています。この記号化は別にグリムやペローの特徴ではなく、おとぎ話一般がそうです。日本の昔話だってそうですよね。桃太郎や浦島太郎は固有名詞ではなく、ニックネームですし、例外は金太郎ぐらいか。

 ところが、ロッシーニの「チェネレントラ」にしても、マスネの「サンドリヨン」にしても、シンデレラにも二人の継姉にしても名前がある。ロッシーニの場合は、主人公がアンジェリーナで二人の姉はクロリンダとディーズベ。今回のサンドリヨンはリュシェットが本名で、二人の姉はノエミとドロテ、意地悪な継母の名前だってアルティエール夫人と名前がついている。名前が付くと、記号化された一般から、個性が生じてくる。勿論、その個性は、意地悪な継母と意地悪な姉という基本的な枠は超えられないにせよ、存在感を生き生きとさせるものだと思います。

 その点において、今回の矢野裕紀子によるアルティエール夫人と伊藤邦恵、津久井明子による二人の姉は、面白いキャラクターを組み立てて、十分な存在感がありました。ことに矢野の母親は、高音部に怪しいところがありましたが、中低音部は安定していて、声の通りもよく立派。堂々とした三枚目的演技も素敵で面白かったと思います。二人の姉役も基本的にアンサンブル的参加にも関わらず、タイミング・バランスが絶妙で、上手さを感じさせるものでよかったと思いました。

 沖山周子のシンデレラは、歌唱の力はそれなりに認められる方でした。トータルの歌唱力から言えば、今回の公演の第一の実力者と申し上げて間違いないのかもしれません。しかし、惜しむらくは、見た目がシンデレラにふさわしい雰囲気を出せていない。女中服を着ているときはそうでもないのですが、ドレスを着た途端野暮ったくなります。その野暮ったさを吹き飛ばせるほど洗練した歌唱力があればよかったのですが、流石にそこまでの力量は無く、シンデレラとしてのちぐはぐさを感じてしまいました。

 反対に中村春美の王子は、見た目も演技も宝塚的雰囲気があってカッコいいのですが、沖山シンデレラとは全く反対で、歌それ自身の魅力に欠けること著しい。声を一寸張り上げると、ヴィヴラートで制御が利かなくなるようでは困ります。

 しかし、個々の歌手の問題よりも全体のコンセプトの煮詰め方の甘さが、今回の公演を詰まらなくした原因のように思いました。まず、私にはなぜ日本語上演にしたのかが分かりませんでした。とにかく日本語の歌詞が聴き辛い。日本語自身がオペラの音楽進行に合わないことは、字幕スーパー公演が始まった後、日本語上演がほとんどなくなったことからも明らかです。それでもオペレッタのように、日本語上演のノウハウやスキルが蓄積された作品はいざ知らず、サンドリヨンのようにあまり上演されない作品を日本語でやると、こなれていないこと著しい。

 それでもバリトンやメゾなどの低音系歌手による比較的平板な歌唱ではさほど問題になりませんが、ソプラノ歌手が少しでも装飾的な歌唱をしようとすると、とたんに何を歌っているのかが分からなくなります。先ほど沖山周子のシンデレラは歌唱は良かったと書いたところですが、彼女も、一寸技巧を凝らすと何を歌っているのか分からなくなります。その一番ひどかったのが、瀧本紘子の妖精。妖精役はレジェーロ・ソプラノの持ち役のようですが、瀧本はレジェーロとしての技巧が今一つ。とにかく技巧的に歌おうとすると、それだけで、声が全く飛ばなくなります。私はふるさとホールの前から10列目ほどで聴いていたのですが、本当に声が飛んでこない。それでも技巧的に優れていればよいのでしょうが、そこも今一つ。更に何を歌っているか分からない。聴いていて、本当にイライラするほどでした。

 また音楽全体に今一つ緊張感が足りない感じがしました。ピアニストはそれなりに緊張感を出そうとして、ダイナミックな演奏を心掛けていたように思いますが、演奏に求心力がなく散漫な感じがしました。個別の歌手を見ていくと父親の立花敏弘、矢野裕紀子、伊藤邦恵、津久井明子、沖山周子とがんばっている方も多かったのですが、全体的に見ると今一つ感が強い舞台でした。

 いろいろと批判を連ねてきましたが、それでもがんばっている舞台だったとは思います。明らかに地域を意識した舞台でした。合唱にせよバレエにせよ、地域に根付いたメンバーを集め、それをまとめ上げていましたし、舞台装置・演出だって、多分限られた予算の中、最大限に頑張っていたと思います。演目をサンドリヨンにしたのは、皆が物語を知っていて楽しめる、ということがあると思いますし、日本語上演にしたのも、成功はしなかったものの、そういった親しみやすさの考えがあったのだろうと思います。

 団体自身は、府中在住の音楽家の発表の場を設けようという趣旨ですが、その理念を地域のオペラとして昇華できればとても素晴らしいことだと思います。今回の上演を見る限りまだ試行錯誤の段階。主催者やサポーターの皆さんの頑張りを期待する次第です。

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鑑賞日:2013年3月16日
入場料:S席2FBR1列21番 4000円

主催:(株)ワールド航空サービス

第18回知求アカデミーコンサート ヴェルディ生誕200年記念スペシャル 

全3幕、字幕付原語(イタリア語)上演/演奏会形式
ヴェルディ作曲「椿姫」(La Traviata)
原作:アレクサンドル・デュマ・フィス
台本:フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ

会場:紀尾井ホール

スタッフ
 
ピアノ    服部 容子 
合 唱    ヴェルディ記念合唱団
演 出 十川 稔
照 明  :  矢口 雅敏
台 本  :  十川 稔
企画・総合プロデュース  :  青木 記代美 
芸術監督  :  井ノ上 了吏

出 演

ヴィオレッタ    高橋 薫子 
アルフレード    井ノ上 了吏 
ジェルモン    小森 輝彦 
フローラ    小林 由佳 
アンニーナ   新宮 由理 
ガストン子爵    曽我 雄一 
ドゥフォール男爵    岡崎 智行 
ドビニー侯爵    児玉 興隆 
グランヴィル医師    金子 慧一 
ジュゼッペ  :  武藤 光俊 

感想

なんちゃってヴィオレッタ-第18回知求アカデミーコンサート 「椿姫」(演奏会形式)を聴く

 高橋薫子が日本を代表するソプラノ歌手の一人であることは疑いのないところで、アディーナ(愛の妙薬)、ロジーナ(セビリアの理髪師)、ゼルリーナ(ドン・ジョヴァンニ)、デスピーナ(コジ・ファン・トウッテ)などのスーブレット系の役柄を歌わせれば、比類のない歌唱を聴くことが出来ますが、残念ながらヴィオレッタという雰囲気ではない。これまで公開の場で全曲を歌ったことは無いはずですし、今後もメジャーなオペラ舞台でヴィオレッタでキャスティングされることは多分ないのだろうな、と思います。

 その意味では、ご本人が仰るように「なんちゃってヴィオレッタ」なのでしょうが、しかし、その歌唱の美しさは、さすが高橋、と言うべきものでした。勿論細かく見てみれば、この部分はもう少し厚めに歌った方がよいのではないか、であるとか、この部分はブレスが目立ちすぎるとか、文句を着けようと思えばつけられますけど、歌のポイントはどこも立派。最初の「Flora, amici, la notte che resta」の部分から、最後の死の「Ah! io ritorno a vivere, Oh gioia!」まで、一本の芯の通った歌唱で、大変素敵なものでした。演奏会形式ですから、誰がどういう風に歌っているかは直ぐに分かるのですが、今回の高橋の歌は、細かいところまでゆるがせにしない基本的には教科書的な中庸な歌唱でした。更に、ところどころにちらりと見える、高橋薫子節がまた魅力的でした。Bravaでした。

 また、小森輝彦のジェルモンも良い。小森の声の響きのポイントは高橋の声のトーンから見ると、もう少し高い方がより良いバランスになったと思いますが、とにかく立派。逆にこのやや重めのトーンが、第二幕第一場のヴィオレッタとジェルモンとの二重唱の中で、ジェルモンの父親的威厳とヴィオレッタとの真情との理解できない壁を見せていたのかもしれません。「プロヴァンスの海と陸」だって、一寸こんな立派なプロヴァンス、なかなか聴けないものです。素晴らしいジェルモンでした。

 フローラ役の小林由佳も見事。歌う部分は少ないですが、主役三人に負けない輝きを放っていたと思います。それ以外の脇役陣は、はっきり申し上げて、主役級との実力の違いが明らかでした。ガストンやグランヴィルなどは、もっと魅力的な表現を何度も聴いておりますので、その辺がまだ若手なんだろうな、と思ったところです。

 さて、今回の演奏会の一番のブレーキは井ノ上了吏のアルフレードでした。最初の「乾杯の歌」は調子よく始まったと思ったのですが、そのラストぐらいから声にざらつきが出て、突然舞台上で声が出なくなりました。胸で高音が全くでないので、一幕の後半は一オクターブ下げて歌うか、どうしても音程を下げられない場合は、ファルセットで逃げました。二幕の冒頭のアリアはカット。第三幕の「パリを離れて」の二重唱は、本当に気の毒でした。井ノ上にも、相手役の高橋薫子にも、聴いている観客にも気の毒だったと思います。

 これが二期会や藤原歌劇団の本公演であれば、カヴァーキャストやアンダースタディがいるはずですから、二幕からその方にバトンタッチ、ということもあるかと思いますが、こういう小さな会では、そういう方も居るはずもなく、最後まで歌わなければならない。井ノ上が一番不本意だったと思います。本当にお気の毒でした。

 伴奏はピアノ一台。コレペティトゥアや伴奏ピアニストとしてよく知られる服部容子が務めましたが、正味二時間をダイナミックな音で演奏しきったのは立派でした。

 あと、演出家の十川稔が語り手として登場し、ヴェルディの生涯や「椿姫」にまつわるエピソード、各幕初めには、その幕の聴きどころを紹介してくれました。そのやり方は学究的ではない娯楽的なものであり、オペラをよく知らない聴き手にとっては、「椿姫」に対する理解が深まったのではないかと思います。

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鑑賞日:2013年3月23日
入場料:B席3F8列19番 7000円

主催:公益財団法人神奈川芸術文化財団・公益財団法人びわ湖ホール・公益財団法人東京二期会・財団法人神奈川フィルハーモニー管弦楽団・公益財団法人京都市音楽芸術文化振興財団

神奈川県民ホール・びわ湖ホール・東京二期会・神奈川フィルハーモニー管弦楽団・京都市交響楽団共同制作公演
ヴェルディ生誕200年記念 

全3幕、字幕付原語(イタリア語)上演
ヴェルディ作曲「椿姫」(La Traviata)
原作:アレクサンドル・デュマ・フィス
台本:フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ

会場:神奈川県民ホール大ホール

スタッフ
指 揮 沼尻 竜典  
管弦楽   神奈川フィルハーモニー管弦楽団 
合 唱    びわ湖ホール声楽アンサンブル/二期会合唱団
合唱指揮    佐藤 宏
演 出 アルフォンソ・アントニオッツィ
装 置  パオロ・ジャッケーロ
衣 裳  :  クラウディア・ペルニゴッティ
照 明  :  アンドレア・オリーヴァ 
音 響  :  小野 隆浩
演出補  :  バールバラ・バトルーノ
演出助手  :  菊池 裕美子 
舞台監督  :  幸泉 浩司

出 演

ヴィオレッタ   砂川 涼子
アルフレード   福井 敬
ジェルモン   黒田 博
フローラ   小野 和歌子
アンニーナ   与田 朝子
ガストン子爵   与儀 巧
ドゥフォール男爵   北川 辰彦
ドビニー侯爵   斉木 健詞
グランヴィル医師   鹿野 由之
ジュゼッペ  :  村上 公太 

感想

演出と音楽との繋がり方-神奈川県民ホール「椿姫」を聴く

 二週連続で「椿姫」を聴きました。この二つの公演は対照的と申し上げてよいでしょう。先週は演奏会形式でピアノ伴奏による公演。指揮者もいない。会場だって、比較的狭い紀尾井ホールです。一方、今週は立派なセットで演ずるフルオーケストラが付いた本格的な公演。会場も2242席を誇る神奈川県民ホール。しかしヴィオレッタ、アルフレード、ジェルモンの三人は、どちらも日本を代表する歌手でした。即ち、先週が高橋薫子、井ノ上了吏、小森輝彦。今週は砂川涼子、福井敬、黒田博です。

 勿論全体的な聴き応えは今週が上です。指揮者がいることや、オーケストラ伴奏であることは、オペラの劇的な表現を考えると非常に重要なことなのだな、と思わされます。更に先週は井ノ上了吏が突然歌えなくなってしまうというアクシデントも起きましたから、今週が上なのは当然です。しかし一方で、先週の高橋薫子と小森輝彦の歌唱は、今週の砂川涼子と黒田博の歌唱と比較するだけの価値のある名唱だったと今更に思うのです。

 ヴィオレッタの歌唱を比較するとよく分かります。高橋の歌は、音符一つ一つを大切にした歌唱でした。だから全体的にはふくよかで、安定した歌にまとまっていました。面白味という意味では面白い歌ではなかったのかもしれませんが、基本的な技術に裏打ちされた丁寧な歌唱は、非常に美的なセンスを感じさせるもので立派なものでした。砂川の歌はもっとドラマに入り込んだ歌唱でした。砂川自身の持っている音域が高橋よりも若干低くて、「ああ、そは彼の人か〜花から花へ」の最高音は金切り声になってしまいますが、一方、心情的な表現をする部分では、高橋の先週の歌唱よりも彫りの深い歌唱になっていたと思います。危うい部分もあるのですが、そういった部分も含め、今回の演出によく合ったドラマティックな歌にまとまっていたように思います。

 ジェルモンに関してもやはり違います。小森輝彦と黒田博を比較すると、小森の方が安定感のあるジェルモンでした。黒田の歌唱は小森よりもやはり彫りの深さを感じさせられる。小森も黒田も基本的にはどっしりした歌唱なのですが、小森の歌はそのどっしりさが一筆書きでずっと続く感じなのに対し、黒田の歌は、どっしりさの中に微妙な不安定さを感じさせられるもので、それが彫りの深さに繋がっているようにも思いました。

 この高橋/小森のコンビと砂川/黒田のコンビとの違いを一番感じたのは、第二幕前半のヴィオレッタとジェルモンの二重唱。高橋と小森の関係は、声の間の微妙な不協和があって、二人の噛み合わない関係が全体として音楽的に示されていることがはっきり分かるわけですが、一方、砂川/黒田は、個々の歌詞それぞれに感情が込められていて、会話として揺れ動いていく感じが示されています。

 このヴィオレッタとジェルモンの歌唱に認められた不安定さと彫りの深さこそが、今回の演出にマッチした部分と申し上げてよいと思いました。ボローニャ歌劇場プレミエのアルフォンゾ・アントニオッツィの演出はいわゆる読み替え演出で、舞台を1960年代末のヨーロッパにおきました。演出家に依れば、タブーを犯すことに果敢にチャレンジした時代だそうです。その時代に真の愛を語る男性が現れて、自分の人生設計を狂わせてしまう娼婦をヴィオレッタとする演出。確かにそのような演出になっておりましたし、その不安さと歌手たちの表現の不安定さとがうまくマッチしていたとも思いました。

 しかし、この演出が好きかと問われれば、私は「否」と答えます。第二幕第一場までは読み替えとはいえ普通の演出だと思いますが、第二幕第二場と第三幕は、ヴィオレッタの心象風景を強く示したものになって、寒々しいです。二幕第二場は、普通の演出であればバレエを入れて華やかなフローラの屋敷の中に孤独を感じるヴィオレッタ、という風にすると思いますが、ヴィオレッタの孤独感をもっと前面に出してくる。登場人物が皆仮面をつけて、社交界の虚飾の中にいることを示すなど、趣旨は分かりますけど、全体に舞台が暗くて、見ている方まで気分が沈みます。第三幕は、舞台にもうベッドすらありません。第三幕は死にかけたヴィオレッタの見る夢として描かれます。

 そこで歌われる「さよなら、過ぎ去った日々」は、基準音がやや低く歌われていました。もう少し高いピッチで美しく歌うことは砂川にとってはたやすいことだと思いますが、敢てヴィオレッタの悲しみを強調したのでしょう。

 沼尻竜典/神奈川フィルの演奏は、ところどころ歌手とのテンポが微妙にずれるところがありましたが、全体としては立派な演奏だったと思います。

 福井敬のアルフレードは、上手でしたが私の好きなタイプのアルフレードではありませんでした。一言で申しあげれば若さを感じさせないのです。コントロールは出来ているもののヴィブラートの振幅が大きいのが気に入りませんし、そのヴィブラートをこれでもか、という感じで使ってくるのもどうかと思います。しかし、そのヴィブラートに流されないのが福井の真骨頂ですけど、だからと言って首肯は出来ません。

 脇役陣ははっきり申し上げて目立たない感じ。小野和歌子、斉木健詞、北川辰彦と私の買っている方も多数出演しているのですが、砂川/福井/黒田の存在感に押されてしまっているのでしょうね。

 以上演出と音楽がうまく繋がった立派な舞台でしたが、私の個人的な趣味とはちょっとずれた舞台に仕上がっていました。

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鑑賞日:2013324
入場料:
C席 9450円 4F 19

主催:新国立劇場

新国立劇場開場15周年記念特別公演

オペラ4幕、字幕付原語(イタリア語)上演
ヴェルディ作曲「アイーダ」AIDA)
台本:アントニーオ・ギスランツォーニ

会場 新国立劇場オペラ劇場

指 揮 ミヒャエル・ギュットラー
管弦楽 東京交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 三澤 洋史
バレエ 東京シティ・バレエ団
児童バレエ ティアラこうとう・ジュニアバレエ団
演出・美術・衣装 フランコ・ゼッフイレッリ
再演演出 粟國 淳
照 明 奥畑 康夫
振 付 石井 清子
舞台監督 大仁田雅彦

出 演

アイーダ ラトニア・ムーア
ラダメス カルロ・ヴェントレ
アムネリス マリアンネ・コルネッティ
アモナズロ 堀内 康雄
ランフィス 妻屋 秀和
エジプト国王 平野 和
伝令 樋口 達哉
巫女 半田美和子
バレエ・ソリスト 土肥 靖子(第1幕第2場)
    志賀 育恵(第2幕第2場)
    黄 凱(第2幕第2場)

感 想

喉の強さは七難隠す-新国立劇場開場15周年記念公演「アイーダ」を聴く

 新国立劇場のオペラの舞台の中で一番お金がかかっているのが多分ゼッフィレッリ演出の「アイーダ」です。1998年1月新国立劇場開場第三作として製作されたこの舞台は、その豪華絢爛さから話題になり、「アイーダ」というオペラの祝祭性も相俟って、五年毎の節目節目に上演されるようになりました。前回取り上げられたのが、開場10周年記念の2008年。2012-13年のシーズンは、開場15周年のシーズンということもあって、久しぶりに取り上げられました。

 私はこのキンキラキンの舞台が実は大好きで、五年ぶりに見てやはり眼福だなあ、と思います。その上、演奏自体も立派。少なくとも2008年の10周年記念公演の時の演奏より、本日の演奏の方が、聴き応えのある演奏だったと思います。

 まず何といってもオーケストラがよかったです。ミヒャエル・ギュットラー指揮東京交響楽団の演奏は、舞台を煽り立てるような気配はなく、基本的に落ち着いた演奏だったと思いますが、パワフルに音をしっかり出し、それを伸びやかに続けるという点で魅力的でありました。かすれのない墨汁のような音楽と申し上げればよいと思います。弦管打楽器それぞれに魅力的でした。オーボエ・荒、クラリネット・ヌヴー、金管勢、ハープのお二人などが特に魅力的だったように思いました。

 オーケストラがよかったので、歌手たちも歌いやすかったという側面もあると思いますが、歌手たちも総じて良かったと思います。

 まずタイトルロール役のラトニア・ムーアが良い。技術的には、ディミニエンドの消え方はもっと一次関数的であって欲しいであるとか、高音に段々上がっていくときの高音の捕まえ方であるとか、粗削りなところが沢山あって、そういう意味での改良面は沢山あるのですが、声の強さが半端ではありません。身体の幅と厚みがほとんど一緒というドラえもんのような体形から出る声は、黒人特有の粘っこさもあって魅力的でした。こういう歌は日本人歌手には一寸歌えないだろうな、と思いました。

 上方跳躍をして高音をふわっと出すところなどは天性のものなのでしょうね。凄く美しいと思いましたし、「勝ちて帰れ」における後半の抒情的な表現や、「ああ、わが祖国よ」におけるロマンティックな表現なども、粗削りのところはあったとしても基本的なプロポーションがいいので聴き応えがあります。声の強さと良さが、若干の欠点は目を瞑ろうという気分にさせてくれます。

 ラダメス役のカルロ・ヴェントレも立派です。「清きアイーダ」はテノールの魅力を100%振りまけたと言えるほどよかったとは思いませんでしたが、声も強いし、高音もよく伸びて、全般的には立派だったと思います。特に第三幕のアイーダとの二重唱や、ラストシーンでの弱音での二重唱は、アイーダを支えてリードするような歌いっぷりで感心いたしました。

 アムネリス役のコルネッティは高音が籠って濁りやすく、一世代前のメゾソプラノ、という感じがしましたが、基本的にパワフルな歌。表現力はあると思いましたが、ヴィヴラートの振幅が広く、私好みのアムネリスではありませんでした。又表現の細やかさという点でも、5年前のマリアンナ・タラソワほどではなかったように思いました。

 脇役陣はよかったです。まず、ランフィス役の妻屋秀和。とてもよかったです。安定した美しい低音が舞台を引き締めます。声量もあって主役三人に引けを取らない感じがしました。アモナズロの堀内は、いつもの堀内です。日本を代表するヴェルディバリトンであることを示していました。平野和の国王も、歌う場所は少ないながら、しっかりと存在感を示しておりました。

 樋口達哉の伝令。一寸しか歌いませんが、流石に二期会を代表するテノール。普段この役で聴かれる声とは全然違っていました。良かったと思います。半田美和子の巫女。悪いものではありませんでしたが、この曲は半田のような軽い声のソプラノより、もう少しスピント系の歌手が歌った方が味が出ます。そこはキャスティングの時考えてもよかったのかもしれません。

 合唱がよいのはいつものこと。

 以上、指揮、オーケストラ、歌手が皆立派で、舞台の華やかさも相俟って、新国立劇場開場15周年を祝うにふさわしい舞台に仕上がっていました。

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鑑賞日:2013年4月4日 
入場料:指定席 す列6番 1000円

国立音楽大学と立川市による連携・協力に関する協定締結記念【特別演奏会】

主催:立川市、(公財)立川市地域文化振興財団
制作:国立音楽大学

国立音楽大学コンサート
-音楽の情熱、音楽への情熱-
 

会場:国立音楽大学講堂大ホール

出演及びキャスト

 
指揮  :  栗田 博文 
オーボエ  :  小林 裕 
管弦楽  :  クニタチ・フィルハーモニカー 

セビリアの理髪師キャスト

ロジーナ  :  高橋 薫子 
アルマヴィーヴァ伯爵  :  小堀 勇介 
フィガロ  :  須藤 慎吾 
バルトロ  :  久保田 真澄 
バジリオ  :  矢田部 一弘 
ベルタ  :  与田 朝子 
合唱  :  国立音楽大学合唱団 


プログラム

 

作曲家 

作品名 

曲名/歌唱者 

1  リムスキー=コルサコフ  スペイン奇想曲 作品34 
2  モーツァルト  オーボエ協奏曲 ハ長調 K.314  オーボエ独奏:小林 裕 
    
3  ロッシーニ  歌劇「セビリアの理髪師」ハイライト  演奏会形式
       
      序曲 
      アルマヴィーヴァ伯爵のカヴァティーナ「空は微笑み」
    バルトロのアリア「私のような偉い人に向かって」 
    第二幕冒頭の伯爵とバルトロの二重唱「平和と喜びをあなたに」 
  ロジーナ、伯爵、フィガロ、バルトロ、バジリオの五重唱「ドン・バジリオ!」
    ベルタのアリア「老人は嫁さんを求め」
      嵐の音楽〜ロジーナ、伯爵、フィガロの三重唱「ああ、何と意外な展開でしょう」
    第二幕の小フィナーレ「この幸せな結びつきを」
    フィガロのカヴァティーナ「私は町の何でも屋」 
  ロジーナのカヴァティーナ「今の歌声は」

感 想

学生のようには聴けない-国立音楽大学コンサート-音楽の情熱、音楽への情熱-を聴く

 国立音楽大学では、新入生へのオリエンテーション企画の一つとして、毎年オーケストラによる学内演奏会を開催してます。新入生向けの昼の演奏会に引き続き、地域交流を目的とした夜の演奏会を始めたのは、数年前になると思います。最初は国立音楽大学の単独企画。何年か前に出かけたことがありましたが、その時は宣伝が行き届いていなかったのか、会場のお客さんはかなりまばらな感じでした。

 今年は、夜の演奏会については、立川市が国立音楽大学と締結した「連携・協力に関する協定」に基づいて、主催者が立川市と立川市地域文化振興財団に替わり、「ムーザ」のような情報紙での宣伝も行き届いたのでしょう。満席というわけには行きませんでしたが、それなりの座席が埋まっておりました。こういう大学の地域貢献、大歓迎です。

 ちなみに、この演奏会の一つの目的は、元々はオリエンテーション企画ですから、学校の教員や卒業生の優秀なことを示すことによる教育への期待と、愛校心の醸成にある訳です。国立音楽大学といえば、まずは歌、ついで管楽器に定評がありますから、オーケストラの魅力とオペラの魅力の両方を見せようというのは、当然でしょうね。

 なお、私に関しては仕事の都合で開演時間には到底間に合わず、現実に聴いたのは「セビリアの理髪師」だけでした。

 最初のアナウンスでは、「セビリアの理髪師」第二幕を演奏する、というお話でしたが、「序曲」から始まりました。曲の間で簡単な解説が、小林一男教授から入ります。かつてアルマヴィーヴァ伯爵を持ち役としていた小林教授の話し声を聞いていると、それだけで演奏に期待が増していきます。

 その期待に相違せず、演奏は、なかなか高レベルだったと思います。正直申し上げれば、栗田博文指揮のクニタチ・フィルハーモニカーは、元N響団員のコントラバス・志賀信雄さんや、ホルン・中島大之さんが、入っていたものの、全体としては、今一つの演奏に終始しておりましたが、歌手陣は流石に違いました。

 まず、高橋薫子のロジーナ。これまで何度も聴いている、彼女の得意とする役ですが、何度聴いても素晴らしいと思います。最後にアンコールのように歌われた「今の歌声は」は勿論素敵だったのですが、アンサンブルにおける存在感、例えば、「嵐の音楽」に続く三重唱における幸福な雰囲気などは、流石に高橋というべきものでした。

 須藤慎吾のフィガロも素敵です。彼は、声のパンチがさすがです。バリトンの声に貫通力があって、アンサンブルの支えがしっかりしているところが流石だと思います。勿論、「何でも屋」のアリアも楽しめました。

 アルマヴィーヴァ伯爵を歌われた小堀勇介は、昨年度新国立劇場オペラ研修所に入ったばかりの若手テノール。先日の「カルディヤック」では、二日目の「士官」役を歌っているようですが、私は聞いておりません。さて、彼の魅力は何といっても声の明るさでしょう。リリコ・レジェーロの声を持つテノールはそんなに多くないですし、アルマヴィーヴァ伯爵にぴったりの声だと思いました。ただ、その声の良さだけで勝負しているところがあり、技術的な甘さは勿論ありますし、表現力についてももっと研鑽が必要に思いました。

 久保田真澄のバルトロ、須藤のフィガロと比較すると、声のパワーが今一つ不足している感じがしました。もっと重量感があればいいのにな、と思いました。とはいえ、流石ベテランですし、藤原の本公演などでも歌われている持ち役ですから、しっかりまとめては来ていました。

 与田朝子のベルタのアリア。コミカルな味が出ると、もっとよかったと思いました。矢田部一弘のバジリオ。アリアはありませんでしたが、アンサンブルで気を吐きました。

 以上、新入生が音楽大学の魅力を知るためのオリエンテーション企画としての役割を十分以上に発揮したもののように思いました。ただ、私のように擦れている観客は、どうしても他と比較して色々なことを言いたくなります。学生のように憧れの先生・先輩、という感じでは聴けないのです。勿論それでいいのでしょうが、因果なものだなと思いました。

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鑑賞日:2013年4月7日 
入場料:自由席 3500円

ステージドレスサロン「ブランシュネージュ」
オープン3周年ガラコンサート

主催:ステージドレスサロン「ブランシュネージュ」

春風の贈り物
-光り輝く音楽家より-
 

会場:武蔵野公会堂

出演

ソプラノ(友情出演) 天羽 明恵  
ギター(友情出演)  :  鈴木 大介 
ピアノ  :  堀 里美 
ソプラノ  :  海野 真理子 
ピアノ伴奏  :  土屋 麻美 
ソプラノ  :  品田 昭子 
ピアノ伴奏  :  水戸 見弥子 
ピアノ  :  蛯原 万里 
ソプラノ  :  悦田 比呂子 
ピアノ伴奏  :  坂元 陽子 


プログラム

 

演奏者

作曲家 

作品名 

1  天羽明恵(S)/鈴木大介(ギター) ヘンデル 歌劇「クセルクセス」より「オンブラ・マイ・フ」
グリーグ  組曲「ペール・ギュント」より 「ソルヴェイグの歌」 作品55-4
グリーグ  君を愛す 作品5-3
ヴィラ=ロボス  「ブラジル風バッハ第5番」より「アリア」 
2  堀 里美(pf) メンデルスゾーン 無言歌集より ホ長調 作品30-3「慰め」
メンデルスゾーン  無言歌集より イ長調 作品62-6「春の歌」
メンデルスゾーン 無言歌集より ハ長調 作品67-4「紡ぎ歌」
ショパン  舟歌 嬰ヘ長調 作品60
海野 真理子(S)/土屋 麻美(pf) サンサーンス  歌劇「サムソンとデリラ」よりデリラのアリア「春がやってくる」
フォーレ  蝶と花
グノー 歌劇「ロメオトジュリエット」よりジュリエットのアリア「私は夢に生きたい」

休憩 

品田 昭子(S)/水戸見弥子(pf) 中田 喜直  たんぽぽ(作詞:三好 達治)
中田 喜直  さくら横ちょう(作詞:加藤 周一)
中田 喜直  ゆく春(作詞:小野 芳照)
中田 喜直  歌をください(作詞:渡辺 達生)
蛯原 万里(pf)

ショパン作曲リスト編曲 

6つのポーランド歌曲より第1曲 「乙女の願い」
シューマン作曲リスト編曲  献呈 作品25-1
ショパン 華麗なる円舞曲 作品34-1
6  悦田 比呂子(S)/坂元 陽子(pf)  別宮 貞雄  さくら横ちょう(作詞:加藤 周一)
ドリーブ  カディスの娘(作詞:ミュッセ)
プッチーニ  歌劇「蝶々夫人」より、蝶々さんのアリア「ある晴れた日に」 

感 想

素敵な日曜日-春風の贈り物‐光り輝く音楽家たち-を聴く

 土曜日の大嵐が日曜日も続くはずでした。しかし、空は晴天に恵まれ、しかしながら、風はまだ強いという、春風というよりは、春の嵐といった方が似合う日のコンサートでした。会場の武蔵野公会堂は吉祥寺南口のすぐそば、最初武蔵野市民文化会館でやるのかと思っていたので、一寸残念な気もしましたが、演奏会自身は楽しめるものでした。最大の理由は、バラエティだと思います。

 出演者が歌手4名、ピアニスト2名ということで、プログラムが多彩になったのがまずは魅力的。また、登場した4人の歌手がともに、自分の持ち味を生かすために、一寸変わったプログラムで演奏したのも面白いと思いました。全員がすべて立派な演奏をしたとは残念ながら申し上げられませんが、ある水準以上での楽しめる演奏をされた、と思います。

 友情出演とクレジットされた天羽明恵のプログラムが、まずは珍しい。ギター伴奏というのがクラシックの音楽会としてなかなか珍しいと思いますし、歌われる曲だって、それなりにポピュラリティはあるものの、なかなか聴けるものではありません。

 グリーグの「ペール・ギュント組曲」は、オーケストラの演奏会で時々取り上げられますから、「ソルヴェイグの歌」は決して珍しい曲ではありませんが、この曲を歌手が歌うのを聴くためには、「組曲」ではなく、「全曲」を聴く必要があります。私が舞台で演奏される「ペール・ギュント」(全曲)を聴いたのはただ一度、1998年NHK交響楽団の定期演奏会のみ。指揮者はデュトワで、釜洞祐子がソルヴェイグを歌ったと思います。

 「ブラジル風バッハ第5番」のヴォカリーズだって、初めて聴いたわけではないけど、実演で聴いたのは珍しい筈です。「オンブラ・マイ・フ」は時々聴きますが。でも、イタリア古典歌曲、民族主義的ロマン派音楽、南米音楽となれば、その地理的、あるいは時代的広がりが雄大で、その広さを感じるだけでも楽しくなります。

 天羽明恵の歌唱は、私自身100%首肯するわけではありませんが、日本を代表するソプラノの歌だけあって、大変素敵なものであったことは間違いありません。今回のコンサートを象徴するものでした。

 堀里美のピアノ。申し訳ありませんが、全く買いません。メンデルスゾーンの無言歌は、小学生がピアノのおさらい会などでよく取り上げると思いますが、はっきり申し上げればそのレベル。楽譜の上っ面は弾けていますが、堀里美という人が演奏に全く見えてこない。厳しく申し上げれば、音楽になっていませんでした。

 海野真理子。フランス語の曲でまとめてきました。彼女の声の質から考えて一番似合っているのは、最後の「ジュリエッタのワルツ」ですが、通常はコントラルトが歌うデリラのアリアを最初に持ってきました。その意気込みは良し、と申し上げたいところですが、やっぱり声に合わない曲は聴いていて魅力的ではありませんでした。

 品田昭子の中田喜直。これは立派。多分今回の演奏会の中で一番の聴きものだったと思います。品田の中庸で密度のある声が、日本語歌曲に良くマッチしていると思いました。また、彼女の日本語発音が非常に明晰で、クラシック音楽の発声をしながらも歌詞の持つ息遣いが聞こえてくるところも素敵だったと思います。最後に歌われた「歌をください」は、詩を朗読してから歌われましたが、詩と歌がしっかり重なってくるところもよいと思いました。

 蛯原万里のピアノ。前半の堀里美と比較すると、音楽として楽しめました。取り上げたのは、リストの編曲もの2曲とショパン。リストの2曲は、ショパンの歌曲とシューマンの「ミルテの花」からの編曲ですから、歌手中心の今回のガラ・コンサートを意識したのでしょう。最初の「乙女の願い」も上手な小学生がピアノのおさらい会で取り上げるような曲ですが、大人の味があって悪くはありませんでした。「献呈」も歌心がそこはかとなく感じさせられるものでした。

 悦田比呂子。日本歌曲、スペイン歌曲、イタリア歌劇と最初の天羽と同様、バラエティに富ませてきました。一番よかったのは「ある晴れた日に」だと思いますが、このアリアはあまりに有名すぎて、そこそこのレベルでも歌われても、あまり感心できないのが残念なところです。彼女の声に合った、もっと変わった曲を取り上げればよかったようにも思いました。

 最初の「さくら横ちょう」は、期せずして、中田喜直と別宮貞雄の作品を聴き比べることになりました。作品として、私は別宮貞雄の作品の方が好きなのですが、今回の品田昭子と悦田比呂子の歌を聴くと、歌詞の明晰な表現の点で、楷書タイプの中田/品田の表現の方が、行書タイプの別宮/悦田の表現よりも素敵なものだったと思います。

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鑑賞日:2013年4月21日
入場料:2835円、座席:D席 4FL3列4番

主催:新国立劇場

オペラ2幕、字幕付原語(ドイツ語)上演
モーツァルト作曲「魔笛」(Die Zauberflöte)
台本 エマヌエル・シカネーダー

会場 新国立劇場オペラ劇場

指 揮 ラルフ・ヴァイケルト
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 冨平 恭平
演 出 ミヒャエル・ハンペ
美術・衣裳 ヘニング・フォン・ギールケ
再演演出 澤田 康子
照 明 高沢 立生
振 付 伊藤 範子
音響原設計  山中 洋一 
音楽ヘッドコーチ  :  石坂 宏 
舞台監督 斉藤 美穂

出 演

弁者 大沼 徹
ザラストロ 松位 浩
夜の女王 安井 陽子
タミーノ 望月 哲也
パミーナ 砂川 涼子
パパゲーノ 萩原 潤
パパゲーナ 鵜木 絵里
モノスタトス 加茂下 稔
侍女1 安藤 赴美子
侍女2 加納 悦子
侍女3 渡辺 敦子
童子1 前川 依子
童子2 直野 容子
童子3 松浦 麗
武士1 羽山 晃生
武士2 長谷川 顕
僧侶 大野 光彦

感 想 全日本人キャスト公演-新国立劇場「魔笛」を聴く

 98年プレミエのハンペの魔笛は新国立劇場5度目の登場です。

 五度目ということもあるのでしょうが、また、オール日本人キャストになりました。新国立劇場の場合、オール日本人キャストで上演される演目は、日本人作曲家が作曲した作品と相場が決まっているのですが、この「魔笛」だけは、プレミエ時からオール日本キャストで演奏されてきました。「魔笛」という作品がアンサンブルが多く、声を張り上げなければいけない役が少ないということで、日本人に合っているということがあるのでしょう。プレミエから15年、歌っているメンバーは勿論変わってきていますが、直近の2回、3回で比較すれば、変更が少なく、チームとしてこなれて来た、ということは当然あるのでしょう。それだけに、安心して聴ける演奏に仕上がっていました。

 とりあえず、過去のメンバー表を並べてみます。

1998

2000

2006

2008

2013

ザラストロ 彭康亮 志村文彦 妻屋秀和 彭康亮 アルフレッド・ライター 松位浩 松位浩
タミーノ 永田峰雄 吉田浩之 永田峰雄 高野二郎 ライナー・トロースト ステファノ・フェラーリ 望月哲也
弁者 木村俊光 多田羅迪夫 多田羅迪夫 谷茂樹 長谷川顯 萩原潤 大沼徹
僧侶 吉田伸昭 牧川修一 吉田伸昭 牧川修一 加茂下稔 大槻孝志 大野光彦
夜の女王 崔岩光 菅英三子 崔岩光 福田玲子 佐藤美枝子 安井陽子 安井陽子
パミーナ 大島洋子 斉田正子 澤畑恵美 菊地美奈 砂川涼子 カミラ・ティリング 砂川涼子
侍女T 大川隆子 緑川まり 島崎智子 山口道子 田中三佐代 安藤赴美子 安藤赴美子
侍女U 白土理香 大橋ゆり 池畑都美 水口恵子 加納悦子 池田香織 加納悦子
侍女V 志村年子 菅有実子 栗林朋子 岩森美里 渡辺敦子 清水華澄 渡辺敦子
童子T 幸田浩子 齊藤恵 外山愛 玉江直子 直野容子 前川依子 前川依子
童子U 須藤由里 安陪恵美子 金子寿栄 平塚明子 金子寿栄 直野容子 直野容子
童子V 藤井亜紀 津久井明子 藤井亜紀 山崎知子 背戸裕子 松浦麗 松浦麗
パパゲーノ 河野克典 近藤均 青戸知 今尾滋 アントン・シャリンガー マックス・ブッター 萩原潤
パパゲーナ 高橋薫子 番場ちひろ 高橋薫子 足立さつき 諸井サチヨ 鵜木絵里 鵜木絵里
モノスタトス 宮崎義昭 佐藤光政 市川和彦 於保郁夫 高橋淳 高橋淳 加茂下稔
武士T 前多孝一 太田実 中鉢聡 有銘哲也 成田勝美 成田勝美 羽山晃生
武士U 末吉利行 上江法明 大澤建 鹿野由之 大澤建 長谷川顯 長谷川顯

 こうやって並べてみると、その時代、その時代を代表するオペラ歌手が登場していること、当時の若手歌手も積極的に登用されていることが分かります。さて、今回のキャストは、17役のうち、11役までが過去にこの舞台で歌ったことのある方。6役はこの舞台は初役ということになりますが、望月哲也のタミーノ、萩原潤のパパゲーノは二期会本公演でもおなじみで、モノスタトス役の高橋淳が降板したことを除けば、今、日本人で組める最高のキャストと考えることが出来そうです。

 それだけに演奏も安心して聴けました。

 ヴァイケルトの指揮は、手堅いもので、私は悪くないと思いました。序曲は結構突っ込んだ指揮をしてきたので、スリリングな演奏になるのではないかと思いましたが、幕が開けば中庸な演奏で、歌手を思いやったものになっていたように思います。東京フィルの演奏もそれなりにミスが散見されて、その緩さが、如何にも「いつもの東フィル」という感じでした。

 歌手陣も手堅いな、という印象が一番です。

 主要役では、望月哲也が完調ではなかったようで、バランスが崩れるところが何箇所かあったと思います。もっとレガートに歌えば美しく聞こえるところで、強く突っ込んでしまったりなどして歌全体のバランスを崩すなど、一寸残念な歌唱でした。

 松位浩のザラストロは上手なのですが、響きが軽いところが、ザラストロとしては如何なものかと思います。この響きの軽さは、前回も感じたところですが、私の好みは、もっとどっしりしたザラストロです。

 最高音を歌う安井陽子の夜の女王は手堅いです。安井陽子の夜の女王は定評のあるところで、彼女も何度も歌っているのでしょうが、手堅いと書けてしまうところが凄いと思います。夜の女王といえば、難役中の難役で、かつては、最高のハイFが出たとか出ないとかでオペラ雀の話題になってしまったわけですが、安井の場合はそういうことを話題にするレベルではない。安井の場合、現時点の日本人歌手の中で夜の女王を歌わせれば一番の歌い手なのでしょうが、彼女を頂点と考えると、日本人歌手のレベルが上がっているのだな、とつくづく思います。

 砂川涼子のパミーナ。上手です。見た目もきれいだし、歌もきれいだし。先日横浜で聴いたヴィオレッタよりも彼女にはパミーナの方が断然似合っています。ソロも重唱もとっても素敵で、これぞパミーナ、という感じで良かったです。

 ダーメとクナーペ。実力者の重唱の魅力です。クナーペの歌はそんなに難しいわけではありませんが、それでもこのようにきっちり重唱の美しさを見せてくれれば、他の登場人物もしっかり歌わなければ、という気にさせてくれるに違いありません。ダーメの三人も凄い。侍女Tの安藤赴美子は、前回聴いた時よりも存在感を増して聞こえました。良かったです。

 萩原潤のパパゲーノ。上手です。役者です。今パパゲーノを上手に歌える方は沢山いらっしゃるとは思いますが、歌と演技のバランスが良く楽しく歌えるという点で、萩原は屈指の存在だと思います。鵜木絵里のパパゲーナは結構コミカルで楽しめました。

 加茂下稔のモノスタトスは、高橋淳降板による代役でしたが、楽しそうに歌われていて良かったです。

 滅茶苦茶感動したといった圧倒的なものはなかったのですが、基本的には頗る安定していて安心して聴ける舞台になっていました。日本人だけで、レパートリー公演をこのレベルでやっていけるということ。日本人のオペラ関係者の水準の向上を強く感じました。

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鑑賞日:2013年4月27日
入場料:5000円、座席:2列8 番

主催:はなみがわ風の丘ホール

小空間オペラVol.36
千葉で一寸気軽にオペラ

岩田達宗のベッリーニ

オペラ2幕、字幕付原語(イタリア語)上演(カット有)
ベッリーニ作曲「カプレーティとモンテッキ」(I Capuleti E I Montecchi)
台本 フェリーチェ・ロマーニ

会場 はなみがわ風の丘ホール

ピアニスト 御邊 典一
演 出 岩田 達宗
美 術 大澤 ミカ
制 作 小空間オペラTRIADE 大澤 ミカ

出 演

ロメオ 向野 由美子
ジュリエット 光岡 暁恵
テバルド 井出 司
カペッリオ 鹿又 透
ロレンツォ 大川 博

感 想 合唱の重要さ-小空間オペラ Vol.36「カプレーティとモンテッキ」を聴く

 私にとって通算三度目の「カプレーティとモンテッキ」。2002年の藤原歌劇団公演、2007年の日生劇場公演に続くものです。なかなか聴けないベッリーニをはなみがわ風の丘ホールでやるとなれば、あの声の饗宴がどのように聴こえるかの興味が出ます。そんな訳で片道2時間かけて聴きに行ったのですが、自分が知っている「カプレーティとモンテッキ」とは随分違う音楽のように聴こえました。

 その最大の理由は合唱がいないことです。この作品は、合唱が重要な役割を果たす作品で、開幕から熱のこもった男声合唱で始まります。この合唱は、要所要所でソロにも、重唱にも絡むのですが、それが全くなく、カットかピアノ伴奏によるメロディーのみの演奏というのは、音楽としての膨らみを大きく阻害しておりました。オペラ作品によっては、本来は合唱があるとはいえ、その重要性があまり大きくないもの(例えば、「コジ・ファン・トゥッテ」)のようなものも勿論あるわけですが、古典派末期以降のオペラ作品は、合唱を抜きにしては語れない作品が多いです。

 狭い会場の都合で合唱を入れるのが困難な事情はよく分かるのですが、やっぱり合唱があってこそのオペラという感じは致しました。

 とはいえ、あの広さの会場で、実力者たちが歌うのですから、当然ながら歌唱の力に圧倒されます。

 まず、ロメオ役の向野由美子が抜群に良い。音がぶれず、クリアに声を出していく様子が非常に心地よく聴きました。登場のアリア「ロメオがご子息を亡き者にしたとはいえ」のカバレッタの部分などはぞくぞくするものがありました。それ以外の重唱部分でも音楽の中心となって進む様子がよく分かり、声の張りも響きも抜群で、低音、高音とも同じような感じで響かせられる様子を聴き、大いに感心しました。

 ジュリエッタ役の光岡暁恵も悪くありません。光岡は、昭和音大オペラ時代からベルカントもので注目を浴びていたソプラノですが、それだけにベッリーニに非常に相性が良いと思いました。ただ、喉の調子が絶好調とは言い難く、高音はきっちり伸びるし出ているのですが、中低音がざらつく感じが多々あり、そのあたりの滑らかさに課題を残した感じです。

 井出司のテバルト。良かったと思います。こういうベルカント系のテノールを聴けるのは嬉しいです。ただし第一幕冒頭のアリアは、もっと息を深くして溜を取って歌われた方が、カンタービレの良さが見えたのではないかと思いました。

 鹿又透のカペッリオと大川博のロレンツォ、二人とも、よい歌を歌ったのですが、ロレンツォの立ち位置が今一つはっきりしませんでした。劇を見ていれば、彼がジュリエッタの恋の理解者であることは分かるのですが、様子を見ていると、ブッフォ役のように見えてしまいました。

 以上、あの距離であの声をストレートに聴けるということは、声の醍醐味をたっぷり味あわせて貰って、楽しませていただきました。ピアノ伴奏も良かったです。心残りはやはり合唱です。今後は、合唱があまり重要ではない作品をもっと取り上げてほしいと思います。と、思ったら、今年の冬は、ロッシーニのファルサ「成り行き泥棒」を上演するそうです。このオペラは合唱が元々ありませんから、「風の丘ホール」にはピッタリでしょう。楽しみに待ちましょう。

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鑑賞日:2013年4月28日
入場料:4000円、座席:自由席

主催:NPO法人「江東オペラ」
共催:公益財団法人江東区文化コミュニティ財団ティアラこうとう

第23回江東オペラ

オペラ4幕、字幕付原語(イタリア語)上演
ジョルダーノ作曲「アンドレア・シェニエ」(Andrea Chenier)
台本 ルイージ・イッリカ

会場 ティアラこうとう大ホール

指 揮 時任 康文  
管弦楽 江東オペラ管弦楽団
合 唱 江東オペラ合唱団
演 出 馬場 紀雄
美 術 馬場 紀雄
照 明 奥畑 康夫
舞台監督 加藤 正信

出 演

アンドレア・シェニエ 土師 雅人
マッダレーナ 津山 恵
ジェラール 山口 邦明
ベルシ 布施 奈緒子
ルーシェ 飯田 裕之
マテュー 東原 貞彦
フレヴィッレ 中村 隆太
伯爵夫人 勝又 久美子
密偵 津久井 佳男
修道院長 善里 卓哉
マデロン 丸山 奈津美
フーキエ 保坂 真悟
デュマ 相原 嵩
シュミット 谷津田 真央

感 想 役に負ける-江東オペラ「アンドレア・シェニエ」を聴く

 「アンドレア・シェニエ」は名前こそ有名ですが、日本ではあまり上演されない作品です。この理由はシェニエを歌えるテノールがなかなかいない、ということがあげられると思います。

 考えてみますと、「アンドレア・シェニエ」は1961年の第3回NHKイタリアオペラ公演以来、94年の藤原歌劇団、2005年と2010年の新国立劇場、2006年のボローニャ歌劇場と大手のプロダクションとして5回の公演が日本で行われていますが、この5回の大規模公演で、シェニエを歌ったのは、デル・モナコ、ジャコミーニ、ホセ・クーラといった外国人テノールばかりです。その間、日本の小さなオペラ団体が何回かこの作品を取り上げていますが、そこでシェニエを歌われている方は、オペラ歌手としてメジャーな方はほとんどいないのが実態です。

 そういう中で、江東オペラが「アンドレア・シェニエ」を取り上げると知って、一寸驚きました。江東オペラは2000年の旗揚げ公演以来精力的に活動している団体ですから、この作品を取り上げて上演するだけの力量はあるのでしょうが、本当に大丈夫なのかしら、と一寸疑念を持って伺いました。今回シェニエを歌う土師雅人は、東京オペラプロデュースの公演などで何回かい聴いたことがあると思いますが、私の印象としてはリリコスピントのテノールだったとしてもリリコに近い、という感じでした。

 それで、実際に土師のシェニエを聴いたわけですが、はっきり申し上げれば、役柄の大きさに打ち落され玉砕してしまった、というところでしょう。精一杯頑張っているのはよく分かるのですが、役柄に声が追い付いていない。スタミナも不足していますし、バランスも悪いです。シェニエは大きな声で歌わなければいけないので、胸でガンガン声を押しながら張り上げていくのですが、高音が伸びてこない。高いところは軒並み下がっていたと思います。ですから、例えば、終幕のマッダレーナとの二重唱。マッダレーナが正確な音程で歌うものですから、当然ハモらない。

 アクートも決まるときはカッコいいのですが、失敗も少なからずあって、全体としてのバランスが悪い。自分の体力と実力を踏まえて、もっと違ったシェニエ像を考えて歌えば、いい結果が残せたのかもしれませんが、デル・モナコやジャコミーニを目指して歌ったことが実力不相応というところかもしれません。

 シェニエが締まらないので、舞台全体としてもいまいち感が強かったのですが、脇役陣は決して悪くありませんでした。

 津山恵のマッダレーナは立派。声の艶やかさが見事だと思いますし、声量も十分です。音程もしっかりしていて、だからこそ、音が上がり切らないシェニエの歌とはハモらなかったりするわけです。「母もなく」のアリアは全体の白眉でした。他の出演者とは一段上のレベルの歌唱だったと思います。

 山口邦明のジェラールも良かったです。もう少し声があって、オーケストラに負けないともっとよかったと思うのですが、有名な「祖国の敵」のアリアは立派でした。今回一番拍手をもらっていましたが、当然と申し上げてよいでしょう。ただ、ジェラールの役柄自身が善人なのか悪人なのかよく分からないところがあって、その立ち位置を山口本人もつかめていないところがあるように思いました。その結果として、存在感があまり伝わってこない感じがしました。

 存在感があるという意味では、丸山奈津美のマデロン。一曲アリアを歌うだけですが、「私はマデロンという老婆です」は鮮烈な印象を残しました。また津久井佳男の密偵も存在感がありました。こういうキャラクター系の脇役が頑張ると舞台は俄然面白くなります。

 そのほか、二幕冒頭のアリアで聴かせてくれたベルシ役の布施奈緒子、ルーシェ役の飯田裕之など、それぞれ良いところがあったと思います。

 それにしても、全体としての盛り上がりが今一つでした。個別に申し上げれば、オーケストラは結構ヘロヘロな部分はありましたが、それなりに立体的な演奏に仕上がっていましたし、シェニエだって、問題はあったものの、熱のこもった歌唱をしていたことは疑いありません。脇役陣も立派に歌っている方が多かったと思います。しかしながら、全体的な求心力がないのです。このオペラは、主役の声とオーケストラとがどんどん噛み合いながら盛り上がっていくところが醍醐味だと思っているのですが、そういう息遣いの点で、誰が引っ張っているのか分からない舞台で、散漫な印象が残りました。

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