オペラに行って参りました-2013年(その5)

目次

第一歩を踏み出した人達のための  2013年9月14日  アトリエ・エル Vol.6を聴く 
最高のマクベスとマクベス夫人  2013年9月22日  オペラ彩「マクベス」を聴く 
読み替え演出の難しさ  2013年10月3日  新国立劇場「リゴレット」を聴く 
「晩年」というには早すぎるけれども  2013年10月11日  日本ロッシーニ協会「マホメット2世(抜粋)」を聴く 
円熟の魅力  2013年10月12日  洗足学園音楽大学「高橋薫子 ミニリサイタル」を聴く 
30年続けた、ということ  2013年10月19日  「2013モーツァルト劇場 創立30周年記念コンサート」を聴く
詰まる所、レパートリー公演  2013年10月23日  新国立劇場「フィガロの結婚」を聴く 
目利きの目  2013年10月27日  チッタディーノオペラ振興会「G.ヴェルディ生誕200周年記念ガラコンサート」を聴く
演奏会形式の向き・不向き  2013年11月8日  NHK交響楽団第1766回定期演奏会「シモン・ボッカネグラ」を聴く 
物語の凄まじさと音楽  2013年11月9日  NISSAY OPERA 2013「リア」を聴く
ファルサを上演する広さ  2013年11月16日  小空間オペラVol.38「なりゆき泥棒」を聴く 
50周年を記念するならば・・・  2013年11月24日  NISSAY OPERA 2013「フィデリオ」を聴く
繰り返して見て分かること  2013年12月4日  新国立劇場「ホフマン物語」を聴く 
面白く聴かせるために 2013年12月7日  「オペラの楽しみ-イタリア恋占いの旅」を聴く

オペラに行って参りました。 過去の記録へのリンク

2013年  その1  その2   その3  その4  その5   
2012年  その1  その2  その3  その4  その5  どくたーTのオペラベスト3 2012年 
2011年  その1  その2  その3  その4  その5  どくたーTのオペラベスト3 2011年 
2010年  その1  その2  その3  その4  その5  どくたーTのオペラベスト3 2010年 
2009年  その1  その2  その3  その4    どくたーTのオペラベスト3 2009年 
2008年  その1  その2  その3  その4    どくたーTのオペラベスト3 2008年 
2007年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2007年 
2006年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2006年 
2005年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2005年 
2004年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2004年 
2003年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2003年 
2002年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2002年 
2001年  前半  後半        どくたーTのオペラベスト3 2001年 
2000年            どくたーTのオペラベスト3 2000年  

鑑賞日:2013年9月14日
入場料:自由席 3000円

主催:コンセール・ヴィヴァン

アトリエ・エル Vol.6

会場:紀尾井町サロンホール

プログラム

歌手

ピアニスト

曲名

 
畑中 紫甫 小林 文実子

三木露風作詞 山田耕筰作曲「露風の巻き」より「樹立」

竹下夢二作詞 多忠亮作曲「宵待草」

新倉 明香 川端 友紀子 アルディギエリ作詞 アルディーティ作曲「口づけ」
宮崎 陽子  齊藤 舞 

堀内幸枝作詞 中田喜直作曲 「サルビア」

ブラームス作曲「永遠の愛について」作品43-1

八木下 薫 内海 祥子 プーランク作曲「愛の小径」
小林 未奈子  松岡 なぎさ 

井沢満作詞 武満徹作曲「島へ」

武満徹作詞作曲「小さな空」

薮田 瑞穂 式町 典子  ドニゼッティ作曲 歌劇「アンナ・ボレーナ」より、
アンナの狂乱の場「私の生まれたあのお城」 

休憩

小松 美紀  河合 千恵子  ドニゼッティ作曲 歌劇「ドン・パスクァーレ」より
ノリーナのアリア「騎士はあの眼差しに」
畑中 紫甫 小林 文実子

ベッリーニ作曲 歌劇「カプレーティとモンテッキ」より
ジュリエッタのアリア「ああ、幾度か」

新倉 明香 川端 友紀子 ヴェルディ作曲 歌劇「ファルスタッフ」より
ナンネッタのアリア「季節風の息に乗って」
宮崎 陽子  齊藤 舞 

サン・サーンス作曲 歌劇「サムソンとデリラ」より
デリラのアリア「貴女の声に心は開く」

八木下 薫 内海 祥子 ビゼー作曲 歌劇「カルメン」より
ミカエラのアリア「何を恐れることがありましょう」
小林 未奈子  松岡 なぎさ 

プッチーニ作曲 歌劇「ラ・ボエーム」より
ムゼッタのワルツ「私が街を歩くと」

薮田 瑞穂 式町 典子  プッチーニ作曲 歌劇「蝶々夫人」より
蝶々さんのアリア「ある晴れた日に」 

感想

第一歩を踏み出した人達のための-アトリエ・エルvol.6を聴く

 音楽大学を卒業してプロの歌手になりたいと考える人は沢山いて、皆それぞれ研鑽を積んでいきます。そういう人たちのための支援グループというのか、研鑽のための舞台を用意してくれる人たちもそれなりにあって、アトリエ・エルを主宰している「コンセール・ヴィヴァン」という団体もその一つのようです。そこのコンサートがあると言うので、聴きに行ってまいりました。

 出演者は、音楽大学卒業したての小松美紀から、本年のイタリア声楽コンコルソで金賞を受賞した薮田瑞穂まで7人が登場しました。

 楽しみましたが、若手だけあって、弱点もそれなりに見えて、面白く聴くことが出来ました。

 小松美紀は、透明感のある素直な歌唱で良かったと思います。問題点は声量が今一つ足りないことと、役柄に完全に入り込めていないことでしょう。きっちりは歌っているのですが、ノリーナという娘のしたたかさを歌の中にもっと表現して欲しい。歌唱技術的には上方跳躍の時のまとめ方をもっとすっきりとさせるとより美しいと思いました。

 畑中紫甫は、中声部に密度のある良い声です。その声を活かしきる息の長さがあれば素敵なのですが、どこか息が漏れている感じがあって、そこが課題だと思いました。

 新倉明香は、ヴィヴラートの使い過ぎです。若いだから、ヴィヴラートを掛けない歌い方を勉強すべきでしょう。またトリルが下手。振幅の広いヴィヴラートの中にトリルを入れようとするから、変に歪みます。最初の「口づけ」は音程もいまいちでしたし、もっときちんと歌うことを勉強して欲しいと思いました。

 宮崎陽子は、前半の二曲が今一つ。「サルビア」は歌詞に含まれている情念が歌いきれていませんでした。ブラームスは低音部はしっかりとしていて素敵なのですが、高音に上がって声が切り替わると、別人の声のようになってしまいます。そこが自然に切り替わるとよいのになあ、と思いました。ダリラのアリアの課題も情念です。見た目は結構色っぽい雰囲気のある方なのですが、ダリラの誘惑する雰囲気が今一つ足りない感じでした。

 八木下薫は、フランス語作品二曲で挑戦しましたが、最初の曲は雰囲気作りに躓いた感じです。簡単に言えばシャンソンぽくない。「愛の小径」はアヌイの戯曲「レオカディア」の劇付随音楽の中の一曲で、もともと女優が舞台上で歌うために作曲された音楽です。その意識が八木下にどこまであったのでしょうか。ミカエラのアリアはヴィヴラートがかかりすぎて、高音部が濁るのが残念でした。

 小林未奈子は今回の最大の収穫。武満徹がまず素敵でした。声が素直で美しく、歌っているときの表情の変化も見事で、そこが気持ちよく聴けるところです。敢て申し上げるなら、もう一寸表現の彫りが深くなると更によいです。これもやりすぎると品がなくなるので、どこまでやるかがは難しいのですが。後半のムゼッタのワルツも立派。基本に忠実なのでしょうね。声の伸び方が素直で、それでいて一寸コケティッシュで、いいムゼッタだと思いました。

 薮田瑞穂は藤原歌劇団の正団員にして、今年のイタリア声楽コンコルソで金賞を受賞しただけのことはあって、流石に声量が違います。また取り上げたのも、「アンナ・ボレーナ」の狂乱の場という超難曲。歌える自信があったから挑戦したのだと思いますし、それ自身は凄いと思いますが、なかなか十分とは申し上げられないレベル。アジリダが乱れていましたし、声がキンキン声になってしまい、制御は十分と言い難いところがありました。「ある晴れた日に」は、普通の「ある晴れた日に」で、こちらは良かったのではないかと思いました。

 いろいろ書いてきましたが、今回聴いた若手歌手たちが何年か後にどんな歌い手となって私の前に登場してくれるかを期待しています。若い歌手の歌を聴くのは、その先物買いの意味もあるのです。頑張って精進してほしいと思います。

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鑑賞日:2013年9月22日 
入場料:C席R1 10列6番 5000円

主催:特定非営利活動法人 オペラ彩

《サンアゼリア国際芸術祭》
オペラ彩設立30年記念公演

全4幕、字幕付原語(イタリア語)上演
ヴェルディ作曲「マクベス」(Macbeth)
原作:ウィリアム・シェイクスピア
台本:フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ

会場:和光市民文化センター サンアゼリア 大ホール


スタッフ

指 揮 ヴィート・クレメンテ  
管弦楽 アンサンブル彩
合 唱   

オペラ彩合唱団、SAI-コーラスジャパン、
東邦音楽大学附属東邦第二高等学校/東邦音楽大学附属東邦高等学校/東邦音楽大学有志

合唱指揮    苫米地 英一
演 出 直井 研二
美 術  :  大沢 佐智子
衣 裳  :  藤井 百合子 
照 明  :  坂本 義美
音 響  :  齊藤 順子 
舞台監督  :  佐藤 卓三
技術監督  :  加藤 正信
総合プロデューサー  :  和田 タカ子

出 演

マクベス   須藤 慎吾
マクベス夫人   小林 厚子
マクダフ   田代 誠
バンクォー   佐藤 泰弘
マルコム   布施 雅也
マクベス夫人の侍女   石川 紀子
医者   矢田部一弘
従者・伝令   藤崎 優二

感想

最高のマクベスとマクベス夫人-オペラ彩「マクベス」を聴く。

 本年五月、東京二期会はコンヴィチュニー演出で鳴り物入りで「マクベス」を上演したわけですが、あの上演は、私にとっては完全にフラストレーションの残る上演でした。演出も演奏も納得がいきませんでした。ありていに申し上げれば、「ふざけんな」と言いたくなるような上演でした。その傷が今日のチャーミングな演奏を聴いて、はっきり癒されました。素敵でした。

 向こうは日本を代表する歌手団体で公益財団法人、こちらは和田タカ子という女性プロデューサーが率いて30年になる市民オペラ団体。お金だって、ノウハウだって全然違う筈です。舞台装置の簡素さを見ただけで、そのあたりは直ぐに想像がつきます。また合唱は、二期会会員で構成する二期会合唱団と、正規の音楽教育を受けていないような音楽好きで構成する合唱団では、迫力の違いがあるのは否めませんし、精度だって落ちます。

 それでも、全体の感動は、今日の方がはるかに上でした。はっきり申し上げれば「月とすっぽん」の差があったと申し上げましょう。勿論今回が月です。

 この差を生んだまず最初の理由は、マクベスとマクベス夫人に人を得た、ということがあげられます。須藤慎吾のマクベス、小林厚子のマクベス夫人は、本当に素晴らしいもので、私が実演で聴いた7回のマクベスのうちで最高かもしれない、と思うほどです。

 小林厚子のマクベス夫人は、細かい傷が皆無ではなかったのですが、そんなことはどうでも良い程素敵な歌でした。マクベス夫人は悪役ですから、一つ間違うと下品になってしまうのですが、音楽的に下品にならない。マクベスからの手紙を読む登場のシーンは、どう読むかがそのソプラノの感性に依るわけですが、小林は、頗る音楽的に読んで見せました。これがポイントでした。小林は終始ソプラノとしてのポジションを大事に取りながら、低音のソプラノとしては歌いにくいフレーズも上から支えるように歌って、全体の雰囲気の一貫性を見せました。全体に丁寧で、密度が十分な歌唱で、本当に立派でした。昨年荒川区民オペラで大隅智佳子のマクベス夫人を聴いて、なかなか素敵だと思ったのですが、今日の小林厚子の歌を聴いてしまうと、あの歌は品格が足りなかったのだな、と思います。今日の歌は世界に出して恥ずかしくないマクベス夫人だと申し上げたら褒めすぎでしょうか。本当に素晴らしかったと思います。

 須藤慎吾のマクベスもとても立派でした。須藤慎吾のマクベス観がよく表れている歌唱だったと思います。マクベスは、マクベス夫人にそそのかされて、国王を殺害しますが、第1幕、第2幕の須藤の歌唱は、柔らかな表現を多用して、マクベスの優柔不断な性格を示しました。後半は自分が上り詰めた王座を死守するために、強い表現が多用されますが、そこを明確に示しました。第1,2幕と3,4幕とで表現が対照的になり、マクベスの正確の弱さを表現するのに十分でした。このよく考えられたマクベスも素敵でした。

 佐藤泰弘のバンクォーも良かったと思います。佐藤は結構波のある方で良い時とそうでないときの差が大きいのですが、今回は良い時だったと思います。酔うことのできるバスの響きでした。

 主要役で一人問題だったのは田代誠のマグダフ。丁寧に歌おうという意識は分かるのですが、結果としてそれが歌唱に結びついていない。音のつなぎがボツボツと切れる感じで、若々しさが欠けていたように思いました。

 ヴィート・クレメンテの音楽は、如何にも初期のヴェルディを演奏している、という感じで、結構力が入ったもの。ただ、思い入れが強すぎるせいか、指揮するときに掛け声が漏れてしまうのが問題。オーケストラは寄せ集めですが、基本技術の高いメンバーを集めており、演奏の水準はなかなか立派だったと思います。

 大沢佐知子の舞台は、舞台の中心に置いた輪とそれを吊るす縄輪の中心の椅子、という簡素なものでしたが、照明の上手な使用と、輪のポジショニングの巧みさで退屈させませんでした。直井研二の演出の力なのでしょう。

 今回の上演が上手くいったのは、まずは須藤、小林といった脂の乗り切った歌手をキャスティングできたことがあげられるわけですが、それも含めて和田タカ子以下の裏方の力が関係しているような気がします。

 たとえば、今回使用したオーケストラ、アンサンブル彩は今回の上演のために組まれた臨時オーケストラですが、メンバーにチェロの村井将、ヴィオラの谷口真弓といったN響の現役正団員が入っています。私はN響メンバーぐらいしか知りませんが、その他のメンバーもプロオーケストラのOBだったり、現役メンバーだったりしているはずです。そういうメンバーを集めてからこそオーケストラが臨時編成でも、それなりに立派な演奏をする訳で、そういうメンバーを集めてこれるのも裏方の力量でしょう。

 合唱はアマチュアであり、力強い須藤・小林の前では、声量不足が否めませんでしたが、東邦音大の協力を受けているところなどは素晴らしいことだし、そう言う風に仕組んだ裏方の仕事っぷりも大したものだと思います。

 以上、和田以下スタッフの思いに支えられた本当に素敵な上演でした。市民オペラでもここまで出来るのだ、ということを天下に示しました。

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鑑賞日:2013年10月3日 
入場料:C席4F 1列21番 7560円

主催:文化庁芸術祭執行委員会/新国立劇場

《平成25年度第68回文化庁芸術祭主催公演》
2013/2014シーズン・オープニング公演

全3幕、字幕付原語(イタリア語)上演
ヴェルディ作曲「リゴレット」(Rigoletto)
原作:ヴィクトル・ユーゴー
台本:フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ

会場:新国立劇場・オペラパレス


スタッフ

指 揮 ピエトロ・リッツォ  
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱   

新国立劇場合唱団

合唱指揮    三澤 洋史
演 出 アンドレアス・グリーゲンベルク
美 術  :  ハラルド・トアー
衣 裳  :  ターニャ・ホフマン 
照 明  :  シュテファン・ホリガー
振 付  :  ツェンタ・ヘルテル 
音楽ヘッドコーチ  :  石坂 宏
舞台監督  :  村田 健輔
芸術監督 :  尾高 忠明

出 演

リゴレット   マルコ・ヴラトーニャ
ジルダ   エレナ・ゴルシュノヴァ
マントヴァ公   ウーキュン・キム
スパラフチーレ   妻屋 秀和
マッダレーナ   山下 牧子
モンテローネ伯爵   谷 友博
ジョヴァンナ   与田 朝子
マルッロ   成田 博之
ボルサ   加茂下 稔
チュプラーノ伯爵   小林 由樹
チュプラーノ伯爵夫人   佐藤 路子
小姓   前川 依子
牢番   三戸 大久

感想

読み替え演出の難しさ-新国立劇場「リゴレット」を聴く。

 本来の舞台である16世紀のマントヴァ公の城の広間を現代のホテルのロビーに置き換えた読み替えた舞台です。視覚的には、現代の都会的なスタイリッシュな雰囲気が良く出ていて、悪くない。演出のグリーゲンベルクの言うように、ホテルでは、ドアの向こうの部屋の中では何が起きているのか分からない、というのもその通りですし、ホテルの匿名性、というのも感じさせられます。

 リゴレットがスパラフチーレと最初に出会うのがホテルのバーであるという設定も良いと思います。また、三幕の悲劇がホテルの屋上の看板の陰にある屋根裏部屋で行われるというのもそれなりに考えているな、と思いました。しかし、ここで分からなくなってしまうのはマントヴァ公の属性です。

 マントヴァの宮殿の広間であれば、マントヴァ公が王様で治外法権的立場にいる、というのは理解できます。でもホテルの客ですよね。だから、ホテルのパーティで見初めたチュプラーノ伯爵夫人を誘惑するのは分かるのですが、あれだけ沢山の部下を引き連れ、自分の道化師のリゴレットの娘をかどわかす、というのが、しっくりこないのです。マントヴァ公はこのオペラの中で何物なのでしょう。この演出で一番わからなかったのはそこになります。

 そのようなことを考えてしまった最大の理由は、マントヴァ公を演じたウーキュン・キムの雰囲気です。現代に置き換えていますから、彼も背広やタキシードで登場するわけですが、雰囲気が遊び人とかジゴロとかいう感じではなくて、「田舎のあんちゃん」にしか見えないのです。つまり、ジルダやマッダレーナがあれだけ夢中になる理由が分からない。それでも音楽的に万全であれば、そういう違和感は吹っ飛んでしまうのでしょうが、歌も聴き手をねじ伏せるほどの力量はない。

 マントヴァ公は、登場のアリアである「あれか、これか」でその能天気な女好きを示してほしいところですが、中音の素敵な艶めかしさはあっても、高音が掠れてしまい、説得力がいまいちでした。ウーキュン・キムは基本的には才能のある方だと思います。例のテノールの課題曲とでも言うべき「女心の歌」などは、色気のある歌でとても素敵ですし、第二幕冒頭のアリアも、マントヴァ公の心情を示すのに十分な歌唱をしていたと思うのですが、一寸したところで突っ込み過ぎて音が上がり切れなかったり、表現がムキになってアクートが汚くなるなったりして、違和感を感じさせられるところも多く、野暮ったい演技も含め、あまり感心はできませんでした。

 それに対してゴルシュノヴァのジルダはとても素敵でした。どこをとっても繊細に構築していましたし、過不足のない美しさとバランスがありました。「慕わしき人の名は」のような有名なアリアだけではなく、重唱部分での表情なども本当にチャーミングで立派だったと思います。本人も出来には相当自信があったのでしょう。カーテンコールではガッツポーズを見せていました。

 外題役のヴラトーニャも素晴らしい歌唱をされたと思います。リゴレットという複雑な精神の持ち主の感情を豊かに歌って見せました。「悪魔め、鬼め!」と歌った後、舞台の床を叩いて慟哭するのですが、この床を叩いた時の響きが良くて、リゴレットの悲しみを印象的にしていたと思いました。その他の表現も、細かいところまで行き届いていて、立派なリゴレットだったと思います。

 その他脇役陣では、妻屋秀和のスパラフチーレ、谷友博のモンテローネ伯爵が良かったです。ではマッダレーナはどうだったかというと、凄い色っぽいマッダレーナで悪くないのですが、舞台全体の中で山下牧子のマッダレーナは一寸浮いていた感じがしました。つまり、この舞台は全体的に楷書で書かれている感じがするのですが、彼女だけが行書体なのです。

 私は楷書体を好しとするものではありません。今回はピエトロ・リュツォの指揮が正に楷書体で、安定感はあるのですが、面白味が足りない。ところどころアッチェラランドを掛けたりはしていますが、全体としては熱が不足している感じがしました。本当はオーケストラがもう少し危うい感じになって、その上で、楷書体のリゴレットやジルダが歌えばもっと楽しめたのではないかと思いました。

 即ち、山下の線で、全体が上手に崩れてくれればもっと楽しめたような気がします。マントヴァ公を別にすれば相当立派な演奏だったので、崩れた立派さを期待してしまうのかもしれません。

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鑑賞日:2013年10月11日 
入場料:指定席一般7列19番 5000円

主催:日本ロッシーニ協会

全2幕、字幕付原語(イタリア語)上演/ピアノ伴奏による楽曲セレクション/演奏会形式
ロッシーニ作曲「マホメット2世」(Maometto secondo)
原作/台本:チェーザレ・テッラ・バッレ

会場:紀尾井ホール

スタッフ/キャスト

出演者 天羽 明恵(ソプラノ/アンナ)  
家田 紀子(ソプラノ/アンナ)
    富岡 明子(メゾソプラノ/カルボ)
    阪口 直子(コントラルト/カルボ)
中井 亮一(テノール/パオロ・エリッソ)
  :  須藤 慎吾(バリトン/マホメット)
  :  工藤 翔陽(テノール/コンドゥルミエーロ&セリモ)
合 唱  :  日本ロッシーニ協会合唱団
ピアノ  :  金井 紀子 
解 説  :  水谷 彰良

プログラム

歌劇「マホメット2世」抜粋(シェーナの多くをカットし、楽曲の一部を割愛して演奏)

第一幕   
 

曲名 

 

歌唱 

N.1 導入曲「エリッソよ、あなたの命により集まりました」    中井亮一、富岡明子、工藤翔陽、男声合唱 
N.2 アンナのカヴァティーナ「ああ!虚しくも悲しげな目に」    家田紀子 
N.3 シェーナ「いいえ、黙っておられません」と大三重唱「ああ!なんという稲妻が」   天羽明恵、富岡明子、中井亮一、女声合唱 
N.4  合唱「剣により、火により」とマホメットのカヴァティーナ「皆の者、立ってくれ、かくもよき日に」    須藤慎吾、男声合唱 
N.5  第一幕のフィナーレ「正義の神よ、これは何という責め苦!」    家田紀子、阪口直子、中井亮一、須藤慎吾、工藤翔陽、混声合唱 

休憩   

第二幕   
N.6  導入曲「狂ってますわ、花の盛りの年齢で」    女声合唱 
N.7  アンナとマホメットの二重唱「アンナ!泣いておるのか?」    天羽明恵、須藤慎吾 
N.8  合唱「ああ、なぜ時を引き延ばして」とマホメットのアリア「勇敢な申し出に」    須藤慎吾、家田紀子、男声合唱 
N.9  シェーナ「ついてこい、ああ、カルボ」とカルボのアリア「心配無用です:卑しい感情に」    中井亮一、富岡明子 
N.10  三重唱「このいまわの時に」    家田紀子、阪口直子、中井亮一、女声合唱 
N.11  シェーナ「やっとすべきことを半分終えました」    家田紀子、女声合唱 
〜第二幕のフィナーレ「裏切り女はここだ」    天羽明恵、須藤慎吾、混声合唱 

感想

「晩年」というには早すぎるけれども-日本ロッシーニ協会「マホメット2世」抜粋を聴く。

 1820年と言えば、ロッシーニが未だ28歳。彼の生涯からすれば、未だ1/3を過ぎたばかりで、飛ぶ鳥を落とす勢いの人気者だった頃です。また、彼自身もあと10年後には、自分がオペラ作曲家の道を自ら閉ざしてしまう、と思っていなかったでしょう。しかしながら、この「マホメット2世」から聴こえてくる音楽は、古典的な様式感と、ヴェルディの出現を預言するような劇的な魅力を兼ね備えているものであり、正に成熟した作曲家の作品であることが分かります。

 私は、2008年11月に行われたロッシーニ・オペラ・フェスティヴァルの日本公演による日本初演を聴いていないのですが、演奏会形式でもこれほど楽しめる作品なのですから、本来の舞台上演だったらもっと楽しめたに違いありません。しかし、一方で、ロッシーニを良く知っている方々による演奏会形式の演奏だからこそ、純粋にロッシーニの音楽を楽しめた、ということはあったと思います。

 それにしても、今回の演奏を聴いて思うのは、日本のロッシーニ演奏もどんどん進化しているな、ということです。私が本格的にクラシックを聴き始めた1970年代、ロッシーニは、「セビリアの理髪師」と「ウィリアム・テル序曲」の作曲家であって、それ以上ではありませんでした。1992年のロッシーニ生誕200年頃から日本でもいろいろなオペラが上演されるようになりましたが、当時は、ロッシーニをロッシーニらしく歌える歌手は未だ少なかったように思います。

 日本ロッシーニ協会は、日本におけるロッシーニの研究、批評、著述、演奏について様々な角度から貢献することを目的に、1995年に設立された任意団体ですが、今日のような演奏を聴いていると、協会の貢献度はあったのだろうな、と思います。日本のロッシーニ歌手と言えば、牧野正人、高橋薫子、五郎部俊朗、三浦克次といったメンバーが本当の意味での第一世代だと思いますが、中井亮一や富岡明子と言った若手が登場して、第二世代が確実に育っていることが分かったのも嬉しいことです。

 さて、今回の演奏ですが、総じて楽しめたものでした。「マホメット2世」は、主要出演者が、ソプラノ、メゾソプラノ、テノール、バリトンがそれぞれ1名ずつであり、特にソプラノは負担が大きい役柄です。そこで、アンナ役を家田紀子と天羽明恵に分けたのはよいやり方だったと思います。さて、この二人のアンナですが、ロッシーニらしさをより強く示したのは天羽明恵。天羽は、第二幕の技巧を駆使するアリア・フィナーレが流石に印象深かったです。開始部のアジリダの切れが良く、その後の抒情的な表現もきっちり決めて良好、そしてドラマティックな死のシーンも立派でした。天羽の実力を知らしめる歌唱と申し上げてよいと思いました。

 家田のアンナは、受け持ちが技巧的というよりも抒情的な部分でした。第一幕の登場のアリアは、あまりぱっとしませんでしたが、第一幕のフィナーレは、劇的な表情が出ていて悪くない感じでした。

 カルボも二人のメゾソプラノ/アルト歌手が歌いました。阪口直子のカルボは、柔らかい表情が良いと思いましたが、彼女は、技巧的な部分を歌いませんでした。カルボの歌唱において素晴らしい技巧を示したのは富岡明子でした。富岡の本領発揮は、勿論第二幕の大アリア。カンタービレ〜カバレッタ形式の歌唱時間も長いアリアでですが、彼女は、細かい所をゆるがせにしない歌唱で、歌いきりました。あの上下する広い音域、技巧も派手で、抒情的な表現から劇的な表現まで、正にロッシーニの歌唱表現のデパートという感じのアリアを、あれだけ歌っていただけると、とても嬉しいです。

 中井亮一のパオロも良かったです。彼が新世代ロッシーニ・テノールとして名を上げてまだ短いですが、流石の歌唱だと思いました。今回のパオロという役、ソロのアリアはないのですが、あちこちで、ロッシーニらしいフレーズを沢山歌わなければなりません。それぞれを軽やかな技巧だけではなく、王様のずっしりした重量感も含めて表現したところを見せて頂き、楽しみました。

 そして、須藤慎吾のマホメット。彼はロッシーニのこの役をヴェルディのように歌いました。その結果として、マホメットの存在感が敵役であるにも関わらず、ぐっと人間味を帯びた力強さを感じさせてくれたと思います。しかし、それだけに、須藤ほどのテクニックをもってしても、マホメットの第二幕のアリアは、声に疲れが出始めていました。

 以上みんな素敵な歌唱だったので、重唱になった時、その素晴らしさが引き立ちます。一番それを感じさせてくれたのは、第一幕の大三重唱(テルツェットーネ)でした。中井亮一、天羽明恵、富岡明子の絡むこの大三重唱は、名手の重唱の素晴らしさを堪能致しました。 

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鑑賞日:2013年10月12日
入場料:自由席 2000円

主催:洗足音楽大学

SILVER MOUNTAIN Opening concert
高橋 薫子 ミニリサイタル

会場:Silver Mountain 2F

出演者

高橋 薫子(ソプラノ)
瀧田 亮子(ピアノ)

プログラム

曲名

作詞・作曲・編曲

 
ゆりかご 平井康三郎 作詞/作曲
未知の扉 宮本正清 作詞/ 中田喜直 作曲

すてきな天使たち
 T 天使とプレゼント
 U 天使というよりむしろ鳥
 V 泣いている天使
 W おませな天使
 

谷川俊太郎 作詞/ 前田佳世子 作曲 
七つの子 野口雨情 作詞/ 本居長世 作曲/ 岩河智子 編曲
揺籠の歌  北原白秋 作詞/ 草川信 作曲/ 岩河智子 編曲 
喜歌劇「メリー・ウィドウ」よりハンナのアリア「ヴィリアの歌」 野上彰 訳詞/レハール 作曲 

休憩

ヴィラネル デッラックァ 作曲
クロリスへ アーン 作曲
赤ちゃんの歌  ロッシーニ 作曲 
約束 ロッシーニ 作曲
フィレンツェの花売り娘  ロッシーニ 作曲 
歌劇「シャムニーのリンダ」からリンダのアリア「ああ、この魂の光」 ドニゼッティ 作曲

アンコール  

歌劇「ラ・ボエーム」からムゼッタのアリア「私が街を歩くと」 プッチーニ 作曲
僕の詩に翼があったら  アーン 作曲 

感想

円熟の魅力-「高橋薫子ミニリサイタル」を聴く

 洗足学園音楽大学という大学があることは勿論知っていましたが、その所在地までは認識していませんでした。武蔵溝の口の駅は、仕事の関係で何度も降り立ったことがあるのですが、北口ばかり利用していたせいか、南口のこんな近くに大学があることを全く認識していませんでした。この溝の口の洗足学園音大に、新たにシルバーマウンテンというスタジオビルが建てられました。外観は、銀色の山というよりは、銀色のゆで卵を半分土に埋めたような感じの建物で、BF、1F、2Fにそれぞれスタジオがあるそうです。

 この10月にオープンしたばかりで、10月1日から12月25日まで毎日オープニングコンサートが開催されます。ピアノ、ヴァイオリン、管楽器、アンサンブル、独唱、さまざまな形式で、合計300回の演奏会が行われるそうですが、日本を代表するソプラノの一人である高橋薫子も、その一夜を担うと聞いて出かけてまいりました。

 ホール自体は流石に新しいだけあって、音の反響が生々しい感じです。もっと落ち着いてくるとよくなるのかもしれません。

 一方で、高橋の歌は流石と申し上げて良いと思います。歌っている曲は、私もこれまで何度か耳にしている曲が多いのですが、昔聴いた時とほとんど同じ印象を持った作品と、印象が変わった作品があって面白かったです。

 印象が変わった代表は、「ヴィラネル」ですね。10年ぶりぐらいで彼女の「ヴィラネル」を聴きましたが、昔はもっと軽く歌っていたように思います。今回は全体的な雰囲気がしっとりとしていて、円熟を感じました。変わらない印象の代表はロッシーニの「フィレンツェの花売り娘」や「約束」です。「七つの子」や「揺籠の歌」もそうかもしれません。高橋の正確だけど、ところどころに見え隠れする高橋の声の個性が非常に好ましく思いました。

 日本語の歌詞が明瞭でした。若い頃の高橋は、オペラアリアのような曲はきらびやかに見せましたが、日本語の曲は必ずしもあまり得意ではなかったように思います。しかし、今回聴いた日本語の曲はどれも歌詞が明瞭で、又、声が艶やかで滑らかな魅力がありました。だからこその「ヴィリアの歌」でした。

 今回「すてきな天使たち」という新曲が披露されました。4曲からなる歌曲集です。「おませな天使」だけは既に出版されているようですが、歌曲集としては昨日の10月11日高橋によって初演されたようです。現代音楽的な調性のはっきりしない歌曲ですが、高橋によって歌われると、曲の特徴が良く示されたように思いました。

 彼女の歌唱を聴いていると、「円熟期のソプラノ」という言葉が一番しっくりくるように思います。若い頃と比較すれば、声が重くなり始めているようには思いますが、技巧の切れには衰えが無いので、充実を感じます。声の伸びの素晴らしさ、声が段々消えていくときの無くなり方など、感心するしかありません。

 今回は、200人ほどの入場者で、ご自身で曲の説明をしながらの歌唱でしたが、その説明や所作にも高橋らしさが垣間見られて、全体で1時間30分、濃密な時間を楽しみました。

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鑑賞日:2013年10月19日
入場料:自由席 4000円

主催:モーツァルト劇場

2013モーツァルト劇場
創立30周年記念コンサート

会場:浜離宮朝日小ホール

企画構成・訳詞

高橋 英郎

プログラム

司会:吉田伸昭

第一部

作品名  歌曲名  歌唱  ピアノ 
モーツァルト作曲「後宮からの解放」より  ベルモンテのアリア「喜びの時に愛は微笑む」  吉田 伸昭(テノール)  山口 佳代/福崎 由香
高木 美来 
ブロンデのアリア「娘心を捉えるには」  品田 昭子(ソプラノ) 
モーツァルト作曲「クレタの王イドメネウス」より  イドメネウスのアリア「やっと海から解放されたというのに」  蔵田 雅之(テノール) 
モーツァルト作曲「フィガロの結婚」より  フィガロのアリア「もう飛べないぞ、恋の蝶々」  松井 康司(バリトン)   
スザンナのアリア「いとしい人、早くここへ」  足立 さつき(ソプラノ) 
モーツァルト作曲「コジ・ファン・トゥッテ」より  フィオルディリージのアリア「どうぞ許していとしい人」  石上 朋美(ソプラノ) 
デスピーナのアリア「女も15になれば」  高橋 薫子(ソプラノ) 
モーツァルト作曲「皇帝ティトゥスの寛容」より  アンニオのアリア「陛下は裏切られました」  田村 由貴絵(メゾソプラノ) 
ティトゥスのアリア「皇帝たるもの」  蔵田 雅之(テノール) 
セルヴィリアのアリア「涙を流すことしか」  鵜木 絵里(ソプラノ) 
ヴィッテリアのアリア「匂い立つ花の冠を」  高橋 照美(ソプラノ) 
休憩 
モーツァルト作曲「羊飼いの王様」より  アミンタのアリア「いつまでも変わらぬ愛を」  小宮 順子(ソプラノ)/
佐近 協子(ヴァイオリンオブリガート) 
オッフェンバック作曲「チュリパタン島 愛の賛歌」より  エルモーザのクプレ「やかましい音が大好きよ!」  小貫 岩夫(テノール) 
アレクシスとエルモーザの小二重唱  小貫 岩夫/鵜木 絵里 
オッフェンバック作曲「地獄のオルフェ」より   ハエの二重唱「ジー、ジー、ジー」  森 朱美(ソプラノ)/
松井 康司
モーツァルト作曲「魔笛」より  タミーノのアリア「まばゆいばかりの美しい姿」  布施 雅也(テノール) 
パパゲーノの首つり「ひとつ、ふたつ、みっつ」  黒田 博(バリトン) 
パパゲーナとパパゲーノの二重唱「パ、パ、パ」 高橋 薫子/黒田 博 

第二部

乾杯!    発声:音楽評論家 三善清達
映像紹介 ハイライトで観るモーツァルト劇場30年

感想

30年続けた、ということ-「モーツァルト劇場創立30周年記念コンサート」を聴く

 高橋英郎が主宰する「モーツァルト劇場」は、モーツァルトとその周辺の作品、及びフランスのオペラとオペレッタを全て高橋による新訳で日本語上演することにこだわり続けて来た団体です。私は、日本語訳による上演、ということについては基本的に批判的な立場なのですが、その一つのコンセプトに拘り続けて30年間、個人で団体を率いてきたことは、大変なことだと思います。

 その間取り上げてきた作品は、モーツァルトの五大オペラを初めとして、「パスティアンとパスティアンヌ」、「救われたベトゥーリア」の舞台化による初演、「愚か娘になりすまし」といったモーツァルト作品、カッツァニーガ「ドン・ジョヴァンニ」、サリエリ「ファルスタッフ」といったモーツァルトに関連の深い作品、トマ「ハムレット」、ドビュッシー「ペレアスとメリザンド」、プーランク「ティレアスの乳房」といったフランスオペラ、最近はオッフェンバックのオペレッタと多岐にわたり、日本初演も多く、多くの歌手の方が参加されてきました。

 大変ではあったけれども、そういう蓄積が大きかったのでしょう。かつてモーツァルト劇場のオペラに出演した沢山の歌手の方が、今回のガラコンサートにも登場されました。

 全体を聴いて思うのは、まず日本語訳の難しさですね。高橋英郎のご苦労はよく分かるのですが、日本語としてよく聴こえ、意味がすんなり分かり、元の歌詞の特徴が活かしきれているというものは相当少ないような気がしました。例えば、「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」ですが、日本語としては分かりやすく、悪くないのですが、イタリア語の韻を踏んでいる部分がほとんど活かされておらず、原語の細かい言い回しが相当丸められています。

 そういう難しさがどうしても目についてしまって、なかなかしっくりこない感じがしました。特にモーツァルト作品を取り上げた前半の日本語の歌詞は、もう少し何とかならないのかと思いました。一方、オペレッタと魔笛の歌詞は日本語が良くこなれていて、良いと思いました。

 歌手陣は、まず女声陣が豪華で素敵な歌を聴かせてくださいました。まず、日本語の歌唱に定評のある品田昭子が素敵なブロンデを歌い、足立さつきのスザンナもチャーミングで魅力的。石上朋美のフィオルディリージは、フィオルディリージとしては声が重量級な感じはしましたが、歌そのものは端正で立派の一言。高橋薫子のデスピーナは定評のあるところ。田村由貴絵のアンニオは、密度のある中声が魅力的で、メゾソプラノの力量を示しました。鵜木絵里のセルヴィリアのアリアもモーツァルトの魅力を感じさせるものでした。

 これらの日本を代表する歌手たちが勢ぞろいした女声陣と比較すると、男声陣は魅力に欠けたのは否めません。吉田伸昭のベルモンテも、蔵田雅之のイドメネウスとティトゥスも、松井康司のフィガロも今一つの感が強かったです。

 後半のアミンタのアリア。小宮順子の歌唱は、歌詞がはっきり聞こえずフラストレーションがたまるもの。最近の日本人のオペラ歌手は、日本語の歌唱が上手な方も多く、訳詞さえよければ、はっきり分かるように歌ってくれるのですが、この小宮の歌は、メロディーの美しさは堪能できるのですが、何を歌っているのかが分からない。訳詞に問題があったのでしょうか、それとも歌唱技術の問題なのでしょうか?

 オッフェンバックのオペレッタはどちらも楽しいもの。小貫岩夫も鵜木絵里も楽しそうで、聴いている方も楽しくなりそうでしたし、森朱美と松井康司のハエの二重唱もコミカルな魅力がありました。

 最後の魔笛は、モーツァルトを良く歌うテノールの布施雅也と、日本を代表するモーツァルト・バリトンである黒田博と高橋薫子。これは聴きものでした。黒田、高橋の貫録は流石で、ガラコンサートのトリをとるのにふさわしいものでした。

 第二部は、過去30年間を振り返ったビデオ上映。本日歌った歌手の10年以上も前の姿が出てきたりもして、楽しむことが出来ました。

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鑑賞日:2013年10月23日
入場料:
C席 5670円 3F3列48番

主催:新国立劇場
平成25年度(第68回)文化庁芸術祭協賛公演

オペラ4幕、日本語字幕付原語(イタリア語)上演
モーツァルト作曲「フィガロの結婚」Le Nozze di Figaro)
台本:ロレンツォ・ダ・ポンテ

会場:新国立劇場オペラ劇場

スタッフ

指 揮 ウルフ・シルマー
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
チェンバロ  :  石野 真穂 
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 冨平 恭平
演 出 アンドレアス・ホモキ
美 術 フランク・フィリップ・シュレスマン
衣 裳 メヒトヒルト・ザイペル
照 明 フランク・エヴァン
再演演出 三浦 安浩
音楽ヘッドコーチ    石坂 宏 
舞台監督 佐藤 公紀

出 演

アルマヴィーヴァ伯爵 : レヴェンテ・モルナール
アルマヴィーヴァ伯爵夫人 : マンディ・フレドリヒ
フィガロ : マルコ・ヴィンコ
スザンナ : 九嶋 香奈枝
ケルビーノ : レナ・ベルキナ
マルチェリーナ : 竹本 節子
ドン・バルトロ : 松位 浩
バジリオ : 大野 光彦
ドン・クルツィオ : 糸賀 修平
アントニオ : 志村 文彦
バルバリーナ : 吉原 圭子
花娘T : 前川 依子
花娘U : 小林 昌代

感想

詰まる所、レパートリー公演-新国立劇場「フィガロの結婚」を聴く。


 新国立劇場のホモキ演出の「フィガロの結婚」は5度目の再演になります。最初見たとき、非常にインパクトを感じたものですが、流石に毎回見ていると、慣れてしまってインパクトが小さくなります。それだけに気になるのが音楽。シルマーはこのホモキ「フィガロ」のプレミエを振った指揮者なわけですが、その時の音楽作りはこんな感じだったのでしょうか?2003年のプレミエは、ツィトコーワの可憐なケルビーノであるとか、舞台のインパクトであるとか、今でも覚えていることはあるのですが、シルマーの音楽のことは流石に覚えていません。

 しかし、10年前も今回と同じような音楽づくりをしていたとするならば、10年前は、私は演出に気を取られていて、彼の音楽づくりまで気が廻らなかったのでしょう。今回は十分に彼の音楽まで気が廻ったわけですが、端的に申し上げれば悪くはないけど、面白くない演奏です。言ってみれば唯のルーティンに過ぎませんでした。前回のギュットラーとか、その前の沼尻竜典とか、この舞台を盛り立てた指揮者たちと比べると、特徴が乏しい音楽作りと言わざるを得ません。聴いていてワクワクしない、盛り上がらない音楽でした。オーケストラの音は端正だし、まとまっているのですが、そこで終わっていて、聴き手を愉快に感じさせるには至らなかったと思います。一寸残念な音楽でした。

 歌手陣は男高女低だったと思います。

 まず、ケルビーノを歌った、レナ・ベルキナがいけません。ケルビーノの二人のアリアをまともに歌い上げている。ヴィブラートがかかってしまい、少年の純情さがスポイルされています。清新な感じが足りなくて、説得力が感じられませんでした。

 伯爵夫人とスザンナは、見た目はぴったりですが、声の質から言えば、フレドリヒがスザンナを、九嶋香奈枝が伯爵夫人を歌った方が合っていたように思います。そのせいか、フレドリヒが今一つ。登場のアリア「愛の神様、慰めを」は、落ち着いた歌唱を意識しすぎたのか、音が下がっていましたし、今一つ味が薄い歌唱。第三幕の「あの美しい時はどこに」も、しっとりとした美しさはあるのですが、彫りが浅くて味わいの薄い歌唱に終始していました。

 九嶋は、フレドリヒよりは健闘していたし、スザンナらしい溌剌さも十分出ていましたが、本質的に声質がスザンナ向きではないのでしょうね。緊張しているときはそんなことは無いのですが、一寸弛緩した時の声が重く聴こえてしまうのが残念でした。それでも、舞台上の動きは溌剌としていて、これまでよりもセクハラ色の強い舞台を上手く演じていたと思います。

 モルナールの伯爵は、歌も悪くはなかったのですが、それ以上に演技で見せたと思います。とにかく、典型的セクハラ親父。見た目からギラギラしていて、それだけでも如何にもセクハラ親父ですし、スザンナにするキスも「チュッ」と劇場中に響き渡るような音でするし、伯爵の好色さを示すのに十分な演技でした。しかし、一寸露骨すぎて、伯爵の高貴さというか威厳がかなりスポイルされている感じがしました。ただ、私は、伯爵の演技としてはやり過ぎなのかな、という気がしました。

 ヴィンコのフィガロはなかなか立派。冒頭は、喉が温まっていなかったのか、一寸がさついた声でしたが、歌うにつれて、艶やかさが増してきて魅力的な響きを示しました。「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」の歯切れの良い端正さが良かったですし、第三幕の六重唱、フィナーレと素敵な声でした。主要役の中では一番よかったと思いました。

 脇役勢では、松位浩のバルトロが良く、竹本節子のマルチェリーナも魅力的でした。アントニオの志村文彦、バルバリーナの吉原圭子も良かったと思います。

 以上微視的にここに見ていると、良い歌はいっぱいあったと思うのですが、巨視的な音楽の流れは今一つパッとしなかったように思います。音楽の流れを上手に作り出せなかったのが問題で、その意味では、シルマーの責任だったように思います。

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鑑賞日:2013年10月27日
入場料:指定席1F7列7番 3000円

主催:特定非営利活動法人 チッタディーノオペラ振興会
    独立行政法人 日本芸術文化振興会
共催:文京シビックホール

G/ヴェルディ生誕200年記念
ガラコンサート

会場:文京シビック大ホール

スタッフ

指 揮 高野 秀峰
管弦楽 CITTADINO歌劇団オーケストラ
合 唱 CITTADINO歌劇団合唱団
司会・解説 酒井 章
舞台監督 佐藤 卓三

プログラム

第一部

作品名  歌曲名  歌唱 
ヴェルディ作曲「ラ・トラヴィアータ」より  ヴィオレッタとアルフレードの二重唱「友よ、いざ飲みあかそう(乾杯の歌)」  村上敏明(テノール)/野田ヒロ子(ソプラノ)/混声合唱 
ヴェルディ作曲「マクベス」より  マクベス夫人のアリア「早く帰って来て」  板波 利加(ソプラノ) 
ヴェルディ作曲「ナブッコ」より  アビガイッレのアリア「お前を見つけて良かったわ、おお宿命の文書よ」  丹藤 亜希子(ソプラノ)/男声合唱 
ヴェルディ作曲「エルナーニ」より  エルナーニのアリア「色褪せた花の茂みの露の如く」  岡田 尚之(テノール)/男声合唱 
ヴェルディ作曲「ラ・トラヴィアータ」より  ヴィオレッタのアリア「ああ、そは彼の人か〜花から花へ」  山口 佳子(ソプラノ) 
ヴェルディ作曲「イル・トロヴァトーレ」より  マンリーコのカバレッタ「見よ、恐ろしい火」  小野 弘晴(テノール)/男声合唱 
ヴェルディ作曲「リゴレット」より  マントヴァ公のアリア「頬に涙が」  大澤 一彰(テノール)/男声合唱 
マントヴァ公のカンツォーネ「女は気まぐれ」〜四重唱「美しい愛らしい乙女よ」  村上 公太(テノール)/山口 佳子(ソプラノ)/木村 聡(バリトン)/鳥木 弥生(メゾソプラノ)
ヴェルディ作曲「仮面舞踏会」より  リッカルドとアメーリアの二重唱「私があなたと共に」  村上敏明(テノール)/野田ヒロ子(ソプラノ) 
休憩 
ヴェルディ作曲「ドン・カルロ」より  フィリッポ二世のシェーナとアリア「彼女は私を愛していない」〜「一人寂しく眠ろう」  チェ・スンピル(バス) 
エボリ公女のアリア「酷い運命よ」  鳥木 弥生(メゾソプラノ) 
ロドリーゴのシェーナとアリア「終わりの日はきた」〜「私は死ぬ」 森口 賢二(バリトン) 
エリザベッタのアリア「世の虚しさを知る神」  小川 里美(ソプラノ) 
ヴェルディ作曲「アイーダ」より  アイーダのアリア「勝ちて帰れ」  小林 厚子(ソプラノ) 
アイーダのアリア「おお、我が故郷」  大隅 智佳子(ソプラノ) 
アイーダのフィナーレ「地上よ、さらば」  大隅 智佳子(ソプラノ)/小野 弘晴(テノール)/鳥木 弥生(メゾソプラノ)/合唱 
ヴェルディ作曲「オテロ」より  オテロとデズデモナの二重唱「既に夜も更けた」  及川 尚志(テノール)/小林 厚子(ソプラノ) 
ボーイト作曲「メフィストフェレ」より  エピローグ  チェ・スンピル(バス)/馬場 崇(テノール)/混声合唱 
ヴェルディ作曲「ナブッコ」より  ヘブライ人たちの合唱「行け、わが思いよ、金色の翼に乗って」  混声合唱 

感想

目利きの目-チッタディーノオペラ振興会「G・ヴェルディ生誕200年ガラコンサート」を聴く

 この10月27日「ヴェルディ生誕200年記念ガラコンサート」という名のコンサートが二カ所で開かれました。一つが、国立音楽大学音楽研究所が国立音大講堂で開催したもの。そちらからも、「よかったら聴きに来てください」、と声がかかったのですが、チッタディーノオペラ振興会の方へ行きました。こちらは理事長の「フランコ」酒井章さんから誘われていたもの。

 それにしても出演者が大勢です。ソリストが18名、オーケストラに混声合唱とこれだけ揃ったガラコンサートは滅多にありません。最初は更に6人ぐらいの歌手を呼び、演奏時間4時間を超える大コンサートを予定したそうですが、あまり長すぎると、お客さんが大変だろうというアドバイスもあって、この規模にしたのだそうです。それでも、休憩15分を含めて、14時から17時30分まで3時間30分の大コンサートとなりました。

 取り上げた曲目が多いのも大したものです。主要なオペラ作品で全く取り上げられていなかったのは、「運命の力」、「シモン・ボッカネグラ」、「ファルスタッフ」ですが、フィナーレかアンコールに、「ファルスタッフ」の大コンチェルタート「世の中は皆冗談」などを取り上げれば、泉下のヴェルディ先生もニヤリと笑ったかもしれません。

 出演者は、酒井さんが最近聴いていて良いと思っている、30代、40代の方が中心で、このメンバーを集められるところが、酒井さんの人脈なのだろうし、彼の耳の確かさだとつくづく思います。演奏も総じて立派です。特に、ソリストは1,2の例外を除いて、皆素晴らしい歌唱を聴かせてくださいました。

 問題は、オーケストラと合唱にありました。オーケストラは管の弱さが目立ち、ただ、ミスがあるというだけではなく、指揮者の棒と合わずに音がずれてしまうところが何箇所かありました。合唱は、市民合唱ですからその限界は勿論あるのですが、指揮に対する反応が個々人バラバラで揃っていないのがまず問題。最後のナブッコの「ヘブライ人の合唱」で、そのことを強く感じました。歌うタイミングが揃わないので、音がうねるのです。この辺りは、一寸練習すればかなり合ってくるはずなので、今後の練習に期待しましょう。

 歌手陣は旬の方々を集めただけあって、総じて立派。

 オープニングの「乾杯の歌」は、ヴィオレッタとアルフレードを何度も歌っている野田/村上のコンビですから悪い訳がありません。手堅いスタートになりました。続く、板波利加。流石に二期会を代表するドラマティコです。迫力と良いフレージングの豊かさといい、流石の歌唱。しかし、その板波に増してよかったのが、丹藤亜希子のアヴィガイッレでした。丹藤の声には、強さだけではなく、硬質の輝きがあって、そのコンビネーションが、彼女の歌うアビガイッレの芯を更に強めていたと思います。

 岡田尚之のエルナーニは、手堅いのですが声に熱が足りない感じがして、ヴェルディ・テノールとしては今一つ魅力不足の感がありました。山口佳子のヴィオレッタは立派でしたが、語尾の歯切れが良すぎるところが一寸気になりました。

 笛田博昭が急なキャンセルで、プログラム自身がなくなるかと思ったら、代わりに急きょ登板したのが、小野弘晴。私は初めて聴くテノールです。流石に緊張していたようで、声が、私の頭の上を飛んでいくような感じでした。

 大沢一彰のマントヴァ公。素敵でした。彼は二期会の若手テノールとして評判高いですが、その評判を裏切らない甘いけど、甘いだけではない華やかな声が素敵です。それだけに、最後の男声合唱が、もう少し力強くあって欲しかった。四重唱は、私の座っている位置が悪かったのが、マントヴァ公とマッダレーナ、ジルダの声は聴こえるのですが、リゴレットの声が凄く遠い感じでした。逆に鳥木マッダレーナの声がよく聴こえ、面白いバランスでした。ちなみに「女心の歌」ですが、こちらはもっとアクートを利かせて欲しい。村上公太はテノールの色気が不足している感じがしました。

 村上/野田の「仮面舞踏会」の二重唱。このオペラの大きな山場の一つですから、頑張るのはよく分かりますし、お二人が頑張るからこその熱気でもあるわけですが、もう少し抑えるべきところは抑えた方が、より立体感が出るのではないか、という気がしました。

 ドン・カルロ。チェ・スンピルのフィリッポ二世が素敵。特に終わり方が良かったと思います。鳥木弥生のエボリは、上品なエボリという雰囲気で良かったと思います。森口賢二のロドリーゴもかっこよく、小川里美のエリザベッタは、凛とした雰囲気が魅力的でした。

 小林厚子アイーダはとても素晴らしかったのですが、それに輪をかけて良かったのが、大隅智佳子アイーダ。何年か前N響の定期公演で、ネッロ・サンティの指揮で演奏会形式「アイーダ」を取り上げたことがあり、大隅が巫女役で登場したのですが、その歌がとても素敵で、私は、主役をマルフィージにするのではなく、大隅にさせればよかったのに、と書いたことがあるのですが、この声を聴くと、その時の判断は誤りではなかったと思います。幕切れの三重唱も勿論立派。小野弘晴のラダメスが一寸軽量級でしたが、それに目を瞑れば、とても素敵な幕切れの三重唱でした。

 オテロの愛の二重唱は、デズデモーナの小林厚子がとても素敵。及川尚志のオテロは軽量級ですが、妙に力んだりしない素直な歌唱で、悪いものではありませんでした。

 ボーイト「メフィストフェレ」のフィナーレですが、バランスに難。合唱もオーケストラも強すぎると思いました。合唱が強すぎるので、ソリストたちの声が、埋没してしまいます。本当は、合唱の上に乗っかるような形で二人のソリストが歌えれば素敵だったのですが。

 以上くだくだ書きましたが、18人のソリストが、ヴェルディの主要な作品を網羅して、長時間のガラ・コンサートを開催したこと。これは、本当に素晴らしいことだと思います。オペラ好きの酒井さんだからこそできた舞台だとも思います。私もたっぷり楽しませていただきました。

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鑑賞日:2013年11月8日
入場料:
D席 2944円 3F1列34番

主催:NHK交響楽団

NHK交響楽団第1766回定期演奏会

ヴェルディ生誕200年記念

オペラ2部、日本語字幕付原語(イタリア語)上演、演奏会形式
ヴェルディ作曲「シモン・ボッカネグラ」Simon Boccanegra)
台本:フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ/アーリゴ・ボーイト(改訂版)

会場:NHKホール

演奏の情報及び感想は、こちらをクリック

鑑賞日:2013年11月9日 
入場料:C席2F I列14番 7000円

主催:日生劇場【公益財団法人ニッセイ文化振興財団】/公益財団法人読売日本交響楽団/公益財団法人東京二期会

日生劇場開場50周年記念「特別公演」
読売日本交響楽団創立50周年記念事業
二期会創立60周年記念事業

全3幕、字幕付原語(ドイツ語)上演、日本初演
ライマン作曲「リア」(Lear)
原作:ウィリアム・シェイクスピア
台本:クラウス・H・ヘンネベルク

会場:日生劇場


スタッフ

指 揮 下野 竜也  
管弦楽 読売日本交響楽団
合 唱    二期会合唱団
合唱指揮    林 直之
演 出 栗山 民也
装 置  :  松井 るみ
衣 裳  :  前田 文子 
照 明  :  服部 基
ドラマトゥルク・字幕  :  長木 誠司 
舞台監督  :  大澤 裕

出 演

リア   小鉄 和広 
コネリル   板波 利加 
リーガン   林 正子 
コーディリア    日比野 幸
フランス王    近藤 圭 
オルバニー公    与那城 敬 
コーンウォール公   高田 正人
ケント伯    小林 大作 
グロスター伯    大久保 光哉
エドマンド    大澤 一彰
エドガー    藤木 大地 
道化   三枝 宏次

感想

物語の凄まじさと音楽-NISSAY OPERA2013「リア」を聴く

 「リア」とはシェイクスピアの四大悲劇の一つ「リア王」のことです。私にとってシェイクスピアの四大悲劇の中で一番縁が薄いのが「リア王」です。子供のころダイジェストストーリーのようなものは読んでいるはずですが、まともな翻訳は読んだことが無く、舞台・映画共に見たことがありません。ヴェルディかトマがオペラにしておいてくれれば、もう少し親しくなっていたかもしれませんが、ヴェルディは構想は合ったそうですが、作曲はしなかった由。そんな私が、ライマンのオペラの舞台をみて、「リア王」って、こんな凄まじいお話だったんだ、というのが率直な感想です。

 日本初演ですから、私は録音も含めて初めて聴く作品ですが、かなり厄介な現代オペラです。勿論無調で、音のクラスターが響き渡り、オーケストラにとっても歌手たちにとっても、容易には演奏できないだろうな、と思わされました。しかし、こういう複雑な作品になればなるほど、日本の歌手たちは真面目に作品に取り組んで、きちんと結果を示して見せます。昨年の「メデア」の時もそうでしたが、今年の歌手陣もきちんとまとめて形を作ってきました。これは大したものです。

 まず外題役の小鉄和広がとても役に似合っていると思いました。小鉄といえば、「ノイローゼ患者の一夜」というオペラで主役を演じ、神経質な男の様子を上手に演じたのをよく覚えているのですが、今回のリア王の演技は、あの時のノイローゼ患者の男を彷彿とさせるもので、神経質な雰囲気を醸し出しながら、リア王としての歌を歌ったところが見事でした。

 藤木大地の歌うカウンターテノールは、役柄は明るくないにもかかわらず、リア王との対比の中で存在感をよく示していましたし、エドマンド役の大澤一彰も素敵でした。板波利加の悪役の凄味、林正子の残虐な感じも良い感じで、見事だったと思います。それ以外の歌手陣もきっちり練習の成果を出せているのだろうな、と思いました。

 一方、オーケストラも一所懸命演奏しておりましたが、ところどころ変に外したのではないかと思われる部分があり、そこがすこし残念です。

 舞台装置は昨年のメデアと似た感じで、舞台の中央に斜めに傾いた本舞台があり、その周りをオーケストラが囲みます。従って、オケピットの位置は、客席の高さまで上げてあります。そして、本舞台には大きな剣のようなものが釣り下がっていて、血で血を洗う争いになることを予感させます。シンプルな舞台の上で「リア王」の物語が歌われ、演じられますが、そのアクセントは回転舞台と後ろの背景です。この変化で、物語の変化を視覚的に見せようとする演出でした。

 上述の通り音楽は決して易しい分かりやすいものではありませんが、ストーリーとのマッチングという観点からは、とても音楽がよく状況を説明しており、現代音楽の奇妙さが、舞台の異常性をより強調しているようであり、その変化が聴き手の心情を動かせるように作られていました。演出の激しさも含め、「リア王」を理解するには、これ位、エグイ音楽を付けなければいけないのだろうなと思いました。

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鑑賞日:2013年11月16日 
入場料:2列目指定席 5000円

主催:はなみがわ風の丘ホール

=松本重孝の世界=

小空間オペラVol.38
-千葉でちょっと気軽にオペラ-

全1幕、字幕付原語(イタリア語)上演
ロッシーニ作曲「なりゆき泥棒」(L'Occasione fa il Ladro)
原作:ウジェーヌ・スクリープ
台本:ルイージ・フリヴィダーリ

会場:はなみがわ風の丘ホール


スタッフ

ピアノ・音楽監督 村上 尊志  
演 出 松本 重孝
舞台デザイン  :  大澤 ミカ
ヘア・メイク :  濱野 由美子 
照明操作  :  小泉 尚美
字幕投影  :  武市 佳奈 
プロデューサー  :  大澤 ミカ

出 演

ベレニーチェ   石田 亜希子 
エルネスティーナ   松浦 麗 
アルベルト伯爵   井出 司 
ドン・パルメリオーネ    鹿又 透
マルティーノ    飯田 裕之 
ドン・エウゼービオ    岡本 泰寛
給仕(黙役)   市川 宥一郎

感想

ファルサを上演する広さ-小空間オペラVol.38「なりゆき泥棒」を聴く

 ロッシーニがデビューを果たしたヴェネツィアのサン・モイゼ劇場は、1818年までヴェネツィアにあった商業劇場で、総席数がせいぜい600(平土間席:164、桟敷:107)の小規模劇場で、専属の合唱団はなく、オーケストラメンバーも寄せ集めだったそうです。この劇場は、ヴェネツィアの他の歌劇場(例えば、フェニーチェ歌劇場や、サン・ベネディット歌劇場)に対抗して、一晩で二作の一幕ものの笑劇とバレエを上演することが19世紀初頭では通常だったそうです。ロッシーニの初期の六作のファルサは、すべてこの劇場のために書かれたわけですが、合唱団がおらず、オーケストラが小規模であるというこの劇場の特徴に合わせて作曲されました。

 さてひるがえって、はなみがわ風の丘ホールですが、個人のお宅に併設したホールであり、席数85、舞台もせいぜい12畳ぐらいしかないと思います。主宰者の大澤ミカさんによれば世界一小さな歌劇場。この広さになりますと、勿論オーケストラは入れられませんし、合唱だって加えるのは困難です。それでもこれまでは合唱を必要とする大規模な作品を合唱カットで取り上げてきました。中には、カルメンや椿姫のように、合唱の重要性が比較的高い作品も取り上げられてきました。

 私は、合唱付きの大規模作品を小空間で取り上げるよりも、ロッシーニのファルサのように合唱を必要としない作品を取り上げればよいのに、と昨年初めてお邪魔した時からずっと思っていたのですが、今回、ロッシーニの傑作ファルサ「なりゆき泥棒」が取り上げられることを知り、いそいそと出かけてまいりました。この作品は、まだ見ぬ恋人の取り換え話という、如何にもロッシーニらしい喜劇で、凄く楽しい作品ですが、日本で上演されたのは過去4回、直近は、2002年の新国立劇場小劇場での公演になります。ロッシーニの才気を十分に味わえる作品で、もっと上演されても良いと思うのですが、なかなか聴けないのが残念です。

 さて、今回の上演ですが、まずは期待通りと申し上げて良いと思います。召使役のバリトン・飯田裕之が、例の「じぇじぇじぇ」であるとか、楽譜にない細かい擽りを入れて笑わせてくれますし、それ以外の歌手の皆さんも、みな面白く、会場の中は何度も笑いが起きました。松本重孝の演出が、小空間を最大限に利用しようとするもので、簡便な小道具しか使われないし、衣裳も歌手の方の自前ではないかと思われるのですが、それでも初めて聴いた方でもストーリーがよく分かったのではないかと思います。

 歌唱に関しては一番気に入ったのは松浦麗のエルネスティーナ。声に力がありますし、音楽的な歯切れもよく、とても素敵でした。重唱でしか参加しないのですが、どの重唱でもしっかり核となっている感じが良かったです。鹿又透は声に力があります。あの小空間では建物を壊しそうなバリトン。凄く立派で良かったのですが、歌いまわしが一寸荒くなるところがあってそこが玉に傷でした。飯田裕之の召使はコミカルな歌唱が愉快ですし、また声も鹿又に引けを取らないものがあって、冒頭から存在感十分でした。

 井出司のテノールもプリもテノールという雰囲気を出した甘い声が良かったです。ただ喉の調子は完璧ではなかったようで、一寸喉のざらつきが聴こえるところがありました。石田亜希子のヒロイン役は、清新な雰囲気でかつ正確な歌唱で良かったのですが、このメンバーの中では声の力が非力でした。軽快に歌わなければいけないロッシーニのヒロインですから、強く歌ってバランスを崩したくなかったのでしょうね。逆に言えば、石田の声を基準に全体を纏めれば、もっとバランスの良い舞台になっていただろうと思いました。

 以上あの小空間におけるプロ歌手の迫力、いつもながら、とても圧倒され、また、楽しみました。またファルサのような作品を取り上げてくれた時は、是非伺いたいと思います。

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鑑賞日:2013年11月24日 
入場料:C席2F H列42番 7000円

主催:日生劇場【公益財団法人ニッセイ文化振興財団】

日生劇場開場50周年記念

NISSEI OPERA 2013

全2幕、字幕付原語(ドイツ語)上演
ベートーヴェン作曲「フィデリオ」(Fidelio)
原作:ジャン・ニコラス・ブイイ
台本:ヨーゼフ・ゾンライトナー/ゲオルク・フリードリヒ・トライチュケ

会場:日生劇場


スタッフ

指 揮 飯守 泰次郎  
管弦楽 新日本フィルハーモニー交響楽団
合 唱    C.ヴェレッジシンガーズ
合唱指揮    田中 信昭
演 出 三浦 安浩
美 術  :  鈴木 俊朗
衣 裳  :  坂井田 操 
照 明  :  稲葉 直人
ドラマトゥルク  :  小宮 正安 
舞台監督  :  近藤 元

出 演

ドン・フェルナンド   大沼 徹 
ドン・ピツァロ   須藤 慎吾 
フロレスタン   今尾 滋 
レオノーレ    並河 寿美
ロッコ    斉木 健詞 
マルツェリーネ    三宅 理恵 
ヤキーノ   升島 唯博
囚人1    伊藤 潤 
囚人2    狩野 賢一

感想

50周年を記念するならば・・・-NISSAY OPERA2013「フィデリオ」を聴く

 1963年10月20日、日生劇場が開場しました。 杮落し公演は、ベルリン・ドイツ・オペラ、カール・ベーム指揮の「フィデリオ」であり、これが1980年代以降非常に盛んになる日本への歌劇場引っ越し公演の嚆矢でした。そのご日生劇場はオペラだけではなく、ミュージカルや通常演劇等でも数多く使用されてきたわけですが、オペラがその源であり、毎年2作品程度を上演して参りました。その、日本のオペラ上演に対する貢献度は高いものがありました。そして、今年はその50周年。50周年記念オペラを何にするか、となれば、「フィデリオ」しかないでしょう、ということで「フィデリオ」が上演されました。

 「フィデリオ」は高名な割には日本ではあまり上演されないオペラで、2009年に関西二期会が飯守泰次郎の指揮で演奏したのが最後、関東では2008年のウィーン国立歌劇場引っ越し公演が最後になります。ちなみに最近私が聴いたのは、2006年の新国立劇場公演ですから、7年ぶりになります。まあ、それは当然ですよね。ベートーヴェンが作曲したオペラということで有名ではありますが、決して面白いオペラではない。私は秘かにベートーヴェンの駄作リストに載せても良いのではないかと思っています。

 そこで、7年ぶりの「フィデリオ」。演奏はかなり立派だったと思います。流石に飯守泰次郎は上手だな、と素直に思います。今、日本でドイツオペラを振らせたら、この方以上の指揮者はいらっしゃらないでしょう。その素晴らしさはよく分かりました。でも、オペラとしてのバランスの悪さは、飯守泰次郎が振ったところで払拭されることはありませんでした。

 勿論、飯守泰次郎の指揮は立派でした。「序曲」が始まった時、オーケストラの音は結構スカスカで、その後もオーケストラが飯守の指揮に乗り切れていない感じがあったのですが、オーケストラが乗り始めると、どんどん音楽が生き生きとし始めます。オーケストラの細かいミスはそこそこあったと思いますが、音楽が良く流れて、その緩急自在な感じが見事です。そして、そのクライマックスが、二幕後半に間奏曲のように挟み込まれた「レオノーレ序曲第3番」でした。最初のゆっくりしたテンポからアッチェラランドがどんどんかかり、フィナーレまで一気に走り込む演奏は、通常のオーケストラ・コンサートで聴かれる「レオノーレ序曲第3番」とはかなり感じが違うもので、熱を十分に感じさせるものでした。この速いパセージを乱れながらも喰らいついて行ったオーケストラも素晴らしかったと思います。

 歌手たちも総じて立派です。まず、一番の脇役であるヤキーノを歌った升島唯博が若手ながらしっかりとした歌で、存在感を示していたことに好感を持ちました。マルツェリーネ役の三宅里恵も「もし私があなたと結ばれていたら」のアリアが、清新で素敵。冒頭は若手二人の活躍で、コミカルな雰囲気が感じられて良かったです。

 主要役では、斉木健詞のロッコが何と言っても素晴らしい。全体で一番歌っている時間が長い役だと思いますが、声が安定していて立派。アリアも良かったと思いますが、アンサンブルの要として、存在感がありました。最初から最後まで、どっしりと扇の要の役目を果たしたと思います。Bravoです。

 ドン・ピツァロ役の須藤慎吾。悪くはないのですが、少し張り切り過ぎて、軽薄になった感じが頂けません。もう一歩引いて、不気味な雰囲気を出すか、もっと尊大な感じを重々しく出せればよいと思うのですが。イタリアオペラ的な情熱を感じましたが、「フィデリオ」では、そこが反対に違和感になりました。

 フルオレスタン役の今尾滋。かつてほど、声にバリトン臭さを感じさせなくなりましたが、それでも高音の頭が押さえられている感じは否めません。声がもっと上に抜けてくれるといいのにな、と思うのと同時に、声にもっと強さが欲しいと思いました。今回の今尾の歌は、不屈の政治犯を歌っている、というよりは、嫁さんに甘える駄々っ子みたいな歌になっていたように思います。

 レオノーレ役の並河寿美。関西を代表するリリコ・スピント歌手としての実力を示してくれたと思います。ただし、この方高音はしっかりしており、良く伸びるのですが、低音が今一つ不安定なところがあると思います。そこが改善されると、もっと素敵なレオノーレになったような気がします。

  三浦安浩の演出は、舞台を現代にしていますが、基本的にはストーリーに沿ったオーソドックスな舞台。ベートーヴェンの「苦悩から歓喜へ」というキャッチフレーズをそのまま舞台にしたような感じでした。分かりやすい舞台で結構ですが、でもベートーヴェンの音楽の持つ説教臭さをそのまま助長しているような感じがあって、そこが今一つ不満でした。

 それにしても歌劇にもかかわらず、オーケストラだけで動く部分の方が素敵に聴こえてしまうというのは如何なものでしょうか。やっぱりベートーヴェンは器楽作曲家の方が良かったように思います。 

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鑑賞日:2013年12月4日
入場料:D席 5670円 3F 1列2番

主催:新国立劇場

オペラ5幕、字幕付原語(フランス語)上演
オッフェンバック作曲「ホフマン物語」(Les Contes dHoffmann)
台本:ジュール・バルビエ、ミシェル・カレ

会場 新国立劇場・オペラ劇場

スタッフ

指 揮 フレデリック・シャスラン  
管弦楽

東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱

新国立劇場合唱団
合唱指揮

三澤 洋史
     
演出・美術・照明

フィリップ・アルロー
衣 裳

アンドレア・ウーマン
振 付

上田 遙
再演演出

澤田 康子
音楽ヘッドコーチ

石坂 宏
舞台監督

斉藤 美穂

出 演

ホフマン アルトゥーロ・チャコン=クルス
ニクラウス/ミューズ アンジェラ・ブラウラー
オランピア 幸田 浩子
アントニア 浜田 理恵
ジュリエッタ 横山 恵子
リンドルフ/コッペリウス/ミラクル博士/ダペルトゥット マーク・S・ドス
アンドレ/コシュニーユ/フランツ/ピティキナッチョ 高橋 淳
ルーテル/クレスペル 大澤 建
ヘルマン 塩入 功司
ナタナエル 渡辺 文智
スパランツァーニ 柴山 昌宣
シュレーミル 青山 貴
アントニアの母の声/ステッラ 山下 牧子

感 想

繰り返してみて分かること-新国立劇場「ホフマン物語」を聴く

 8年ぶりの再演ですが、この舞台やっぱり素敵です。久しぶりに見て、アルローのこの舞台は、やっぱり美しいなあと思いました。もう一つ申し上げられることは、「ホフマン物語」の物語と音楽に合っているということです。今まではそこまで感じていたわけではありませんが、今回細かいところまで見ていると、よく作り込まれた演出だなと、感心いたしました。また音楽の組合せについても、エーザー版を中心にした新国立劇場版は良いと思います。

 今年は東京二期会がプラッソンの指揮でシューダンス版を取り上げました。シューダンス版はそれなりの良さはあるわけですが、新国立劇場版を再見すると、やっぱりこちらの方がストーリーの流れが自然ですし、辻褄が合っているように思います。

 しかしながら、このように素敵なプロダクションにも係らず、音楽全体としてはクエスチョン・マークの残る演奏だったと思います。それはまず、指揮者に責任を負って貰わなければなりません。このシャスランという指揮者、音楽を幻想的に聴かせたいという意識がありすぎたのか、全体に軽さの目立つ演奏でした。そこが特に強く感じたのが合唱。合唱の音のトーンが高いところでまとまっていました。

 そうなると、例えば一幕の学生歌の合唱などの迫力が今一つ足りない感じがする。一幕の合唱はもっと低音が響いてくれた方が魅力的だと思うのですが、なかなかそのようには歌っていただけませんでした。それ以外でもこのオペラ、合唱がいろいろなところで重要な役割を果たすわけですが、低音の響きが足りないせいか合唱の底力のようなものが今一つ感じられませんでした。

 新国立劇場合唱団は、指揮者が指示を出せば、地から湧き出すようなバスの響きも出せる訳ですから、こういう歌い方は指揮者の趣味なのでしょう。

 ソリストに関しては、ホフマン役のチャコン=クルスが今一つ。しり上がりに調子を上げていき、フィナーレはとても立派にまとめておりましたし、細かいところも良く役作りをされていたように見受けましたが、前半は高音がスカスカで伸びが無く、存在感の乏しいホフマンでした。8年前のフォークトが素直な歌唱で、しかしながら伸びるところは良く伸びていて感心したのを覚えていたので、技巧的な今回のホフマンは違和感があったのかもしれません。

 ニクラウス役のブラウアーは悪くはないとは思うのですが、私にはあまりピンとこない歌唱。悪魔四役を歌ったマーク・S・ドスは不気味な存在感があって魅力的でした。この方の歌は良かったのですが、本来なら、低音を響かせて不気味さを出せる人ではないかと思うのですが、そういう迫力はあまり感じられませんでした。この辺りも音楽全体の流れと関係しているのだろうと思いました。

 歌姫三人は、まず定評のある幸田浩子のオランピアが立派です。安心して聴いていられます。それでも、10年前のこのプロダクション・プレミエのオランピアは声にもっと艶があったような気がします。それでも第二幕は良くまとまっていたと思います。その理由は脇役陣が皆上手だからですね。ドスの演じるコッペリウスと柴山昌宣のスパランツァーニの掛け合いや、コシュニーユの高橋淳のすっとぼけた味わいなどが、この幕の魅力を引き立てていました。

 浜田理恵のアントニアは技巧に走っていた感があって、どこまでアントニアの情念を表現できていたか疑問です。第三幕冒頭の「きじ鳩は逃げた」は、ビブラートをもう少し少なくして後半に向けて盛り上げていく方が多分アントニアの情念を引き立てると思うのですが、浜田の歌は最初に力が入りすぎて情緒過剰で、後半のもっと情念が出て良い所があっさりとした表現になっていました。そのせいか、この幕の情念のぶつかり合い方が今一つパッとせず、求心力が薄かったような気がします。8年前はアントニアを砂川涼子が歌い、その感情の起伏が幕全体の流れを変えるほど凄かったわけですが、今回の浜田の歌には、そこまでの魅力ははなかった、ということなのでしょう。

 横山恵子のジュリエッタ。良いと思います。ホフマンを翻弄する感じがとてもよいと思いました。青山貴のシュレーミルの身を持ち崩した感じも良いですし、ダベルトゥットの悪魔的哄笑も良かったと思います。

 8年前も道化四役を歌う予定でキャンセルになった高橋淳ですが、リベンジの舞台。彼は日本一のキャラクターテノールとして君臨してきましたが、今回の道化四役共に、それぞれの特徴を上手く歌い分けているなという印象。第三幕のフランツのアリアは聴き応えがありました。

 以上歌手陣は皆総じて素敵に演じていたと思うのですが、指揮者の音楽作りが今一つ焦点がぼけていて、八年前ほどの魅力は感じられなかったというのが本当のところです。それでも八月の二期会上演よりは私の気持ちにしっくりと馴染みました。もっと良い指揮者で再演されるとよいと思います。

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鑑賞日:2013年12月7日 
入場料:指定席一般11列31番 3000円

主催:NPO法人 トリトンアーツネットワーク

第一生命ホール ライフサイクルコンサート#91

全3幕、台詞日本語、歌唱字幕付原語(イタリア語)上演
「イタリア恋占いの旅」
脚本/構成:牧野真由美

会場:第一生命ホール

キャスト

出演者  
椿 愛菜 高橋 薫子(ソプラノ)
肥後 礼人    清水 良一(バリトン)
的場 公一郎    所谷 直生(テノール)
漆原 利香子 牧野 真由美(メゾソプラノ)
ピアノ(タキちゃん)  :  瀧田 亮子

プログラム

オペラの楽しみ-イタリア恋占いの旅

第一幕   
 

曲名 

 

歌唱 

1

利香子が不思議な首飾りを手に入れた経緯を語る
ポンキエッリ作曲 歌劇「ジョコンダ」よりチェーカのアリア「女の声、それとも天使でしょうか」 

  牧野真由美 
2 「愛ちゃん、可愛いなあ」と呟く礼人
ヴェルディ作曲 歌劇「イル・トロヴァトーレ」よりルーナ伯爵のアリア「彼女の微笑のきらめきは」 
  清水良一 
3 利香子、占いの開始の儀式
ヴェルディ作曲 歌劇「仮面舞踏会」よりウルリカのアリア「地獄の王よ」
  牧野真由美
4  愛菜の思い出
ヴェルディ作曲 歌劇「ファルスタッフ」よりフェントンのアリア「唇から悦びの歌が」 
  所谷直生 
5  姓名判断で好きな人の名を伝える
ヴェルディ作曲 歌劇「リゴレット」よりジルダのアリア「慕わしき人の名は」
  高橋薫子 
6  これから始まる船旅に思いを寄せて
モーツァルト作曲 歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」より三重唱「風は穏やかに、波は静かなれ」 
  高橋薫子/牧野真由美/清水良一 

休憩   

第二幕   
7  豪華客船オープニングセレモニー
ヴェルディ作曲 歌劇「椿姫」より二重唱「乾杯の歌」
  所谷直生/高橋薫子
8  憧れの人と心を通わせる夢のひととき
ヴェルディ作曲 歌劇「ファルスタッフ」よりナンネッタのアリア「夏のそよ風」 
  高橋薫子 
9  テノール歌手・的場公一郎の悩み
ヴェルディ作曲 歌劇「リゴレット」よりマントヴァ公のアリア「女心の歌」
  所谷直生
10  夢のひとときの真相
ヴェルディ作曲 歌劇「リゴレット」より四重唱「美しき愛の娘よ」
  高橋薫子/牧野真由美/所谷直生/清水良一 
11 たった一日で、花は枯れてしまった
ベッリーニ作曲 歌劇「夢遊病の女」よりアミーナのアリア「ああ、信じられないわ」 
  高橋薫子 
第三幕    
12 失意の夜が白々と明けていく
ヴェルディ作曲 歌劇「椿姫」より第三幕冒頭
  瀧田亮子(ピアノ独奏)
13 礼人必死の説得
ヴェルディ作曲 歌劇「椿姫」よりジェルモンのアリア「プロヴァンスの海と陸」 
  清水良一
14  暴風雨が豪華客船を襲う
ヴェルディ作曲 歌劇「オテロ」より第一幕冒頭 
  瀧田亮子(ピアノ独奏) 
15  全て丸く収まって、皆であの場所へ
ヴェルディ作曲 歌劇「仮面舞踏会」より第一幕のフィナーレ 
  高橋薫子/牧野真由美/所谷直生/清水良一 

感想

面白く聴かせるために-第一生命ホール「オペラの楽しみ-イタリア恋占いの旅」を聴く。

 本年は、ヴェルディ生誕200年のアニバーサルイヤーで、各地でヴェルディ・オペラが上演され、ヴェルディの曲を集めたガラ・コンサートも催されました。私もその手のガラ・コンサートを何度も聴きましたが、今回のコンサートは、基本的にヴェルディ・ガラでありながらも、一味違うコンサートでした。要するに、ヴェルディのいろいろなアリアをつなげるために、舞台劇を作ってしまったのですね。

 それを作ったのがメゾソプラノの牧野真由美。牧野は、ヴェルディのオペラの主要なアリアをつなぐために、地中海のクルージングを行うツアー会社「プロヴァンス」を考え、添乗員椿愛菜の恋物語に仕立てました。今回の登場人物(ソプラノ、メゾソプラノ、テノール、バリトン)はそれぞれ、ツアー添乗員とツァーに参加するお客の占い師、豪華客船のアトラクションで歌を披露するテノール歌手という設定で、それぞれに与えられた名前は、皆ヴェルディ・オペラの登場人物のもじりです。椿愛菜は言うまでもなく椿姫、漆原利香子はウルリカ、的場公一郎はマントヴァ公、肥後礼人はリゴレットのもじりですね。そのキャラクターも椿愛菜=ヴィオレッタとはならないと思いますが、牧野の台本でも、漆原利香子=ウルリカ、的場公一郎=マントヴァ公、肥後礼人=リゴレットというのは凄く納得のいく性格づけでした。

 即ち、脚本は、牽強付会な部分はあるにせよ、よくここまで考えて繋いだな、というものでした。全く無関係のアリアを、物語の中で活かすように使って見せたところ、大したものだと思います。牧野真由美の工夫が端々に見られ、感心いたしました。また舞台だって、小道具をそれぞれうまく使って、旅行代理店の会社の様子や、利香子の占い部屋、船上のデッキの様子などをしっかり表現しており、暗転下での出し入れを含め、見事なものだったと思います。ただ、台詞部分の演技は、正直申し上げれば感心したとまでは言い難い。洗練度がイマイチです。専門の演出家がいて、その指示で動いているわけではないコンサートの限界のように思いました。逆に申し上げれば、ここで、演出家がちゃんと舞台づくりをすれば、もっと素敵な舞台になったのではないかという気がしました。

 歌唱は、ソプラノとテノールがやや不調でした。高橋薫子にしてみれば、過去に唄ったことがある曲ばかりで取り立てて難しい曲はなかっただろうと思いますが、体調がすぐれなかったのか、いつもほど声に張りがなかったように思いました。ジルダのアリアの高音の処理も彼女には珍しく不正確でした。所谷直生も高音が今一つで、何度かひっくり返りました。

 一方、牧野真由美は自分の企画したコンサート、ということもあるのか、とても良かったように思います。安定していてかつ落ち着いていたように思います。清水良一は、声がやや籠り気味ですが、味わいが優しく、こちらも雰囲気のある歌唱をしておりました。

 結局のところ、企画はとても素敵だと思うのですが、仕上がりは必ずしも十分とまではいかなかった、ということだろうと思います。

 蛇足ながら、こういう初心者向けのコミカルなアプローチは、本当はとても大切なことだと思います。また、今回は、「ライフサイクルコンサート」と名付けられておりまして、聴き手のそれぞれにライフサイクルに合わせて聴くことを提案していますが、そのせいか、今回のコンサート、盲導犬と一緒に入場された観客が二組いらっしゃいました。身体に障害のある方にもこのように音楽がライヴで楽しめる様にサポートされていることは、非常に素敵なことだと思います。 

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