オペラに行って参りました-2024年(その4)

目次

地域オペラの限界 2024年6月16日 板橋区演奏家協会「フィガロの結婚」を聴く
ノーカット版を上演するなら 2024年6月22日 アーリ・ドラーテ歌劇団「シシリアの晩鐘」を聴く
全員が悪人の楽しさ 2024年6月23日 内幸町ホール「ジャンニスキッキ&カヴァレリア・ルスティカーナコンサート」を聴く
下町風 2024年6月28日 オンプラゾリスデン「カルメン」-オンプラ版-を聴く
旦那芸ならぬマダム芸 2024年6月29日 KONO国際交流「仮面舞踏会」を聴く
主役を歌うために 2024年7月12日 オペラ企画ルーチェ「トスカ」を聴く
トスカの声 2024年7月14日 新国立劇場「トスカ」を聴く
ラヴェルはやっぱりお洒落だけれど 2024年7月15日 エルデオペラ管弦楽団「スペインの時」を聴く
頑張れ!若手歌手 2024年7月17日 Atelier Elles 「Hearty concert」を聴く
やっぱり賛成できないこの演出 2024年7月18日 東京二期会オペラ劇場「蝶々夫人」を聴く

オペラに行って参りました。 過去の記録へのリンク

      
2024年 その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7 その8 どくたーTのオペラベスト3 2024年
2023年 その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7 その8 どくたーTのオペラベスト3 2023年
2022年 その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7 その8 どくたーTのオペラベスト3 2022年
2021年 その1 その2 その3 その4 その5 その6   どくたーTのオペラベスト3 2021年
2020年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2020年
2019年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2019年
2018年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2018年
2017年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2017年
2016年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2016年
2015年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2015年
2014年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2014年
2013年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2013年
2012年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2012年
2011年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2011年
2010年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2010年
2009年 その1 その2 その3 その4     どくたーTのオペラベスト3 2009年
2008年 その1 その2 その3 その4     どくたーTのオペラベスト3 2008年
2007年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2007年
2006年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2006年
2005年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2005年
2004年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2004年
2003年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2003年
2002年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2002年
2001年 その1 その2         どくたーTのオペラベスト3 2001年
2000年              どくたーTのオペラベスト3 2000年

鑑賞日:2024年6月16日

入場料:自由席 6000円

主催:板橋区演奏家協会
共催:公益財団法人板橋区文化・国際交流財団

第125回ライブリーコンサート

オペラ4幕 字幕付原語(イタリア語)上演
モーツァルト作曲「フィガロの結婚」(Le nozze di Figaro)
原作:ボーマルシュ
台本:ロレンツォ・ダ・ポンテ

会場 板橋区立文化会館大ホール

スタッフ

指 揮 成田 徹
管弦楽 IPA室内管弦楽団
レシタティーヴォ・セッコ 越前 皓也
合 唱 IPAオペラアンサンブル
区民文化講座「オペラ『フィガロの結婚』修了メンバー
合唱指導 片岡 ひろみ
演 出 林 永清
美 術 ポンチョ中西
衣 裳 シェヘラザード
照明デザイン 中野 昇

出 演

アルマヴィーヴァ伯爵 MO-TOY
伯爵夫人 長野 佳奈子
スザンナ 月村 萌華
フィガロ 浜田 耕一
ケルビーノ 小川 嘉世
ドン・バルトロ 佐藤 哲朗
マルチェリーナ 内田 裕見子
ドン・バジリオ 北野 晃司
アントニオ 和気 友久
バルバリーナ 渡辺 智美
ドン・クルツィオ 石川 智範
花娘Ⅰ 山村 紗矢香
花娘Ⅱ 濱田 衣里菜

地域オペラの限界-板橋区演奏家協会「フィガロの結婚」を聴く

 地域演奏家協会はいくつもあるようですが、板橋区演奏家協会はその活動の活発さで群を抜いているように思います。40年ほど継続して活動し、年に数回のコンサート、そしてオペラ公演も数年に1回はやっているようです。そういった活動に関しては以前から知っていたのですが、なかなか公演に伺う機会はなく、今回初めて板橋区民会館まで足を運びました。

 大山駅周辺は何度か行ったことがあるのですが、こんな文化会館があることは知りませんでした。大ホールは席数が1263。オーケストラピットを設置ができる構造をもち、かなり立派です。ただ、いわゆる多目的ホールであり、建物は古く、音響的にもかなり響かない感じです。さらに音響バランスもあまりよくない様子で、オーケストラピットはそれなりの深さがあるようですが、オーケストラの音がしっかり聴こえるのに対し、舞台上の声は今一つ飛んでこないですし、特に低音系が響かない感じもしました。

 さらにこのオペラは板橋区演奏家協会会員の演奏機会を与えるための企画でもあり、出演者の多くは板橋区演奏家協会の会員。プロの演奏者団体といっても地域的限界もあります。そんなこともあって、決して満足できる公演だったとは言うことはできません。

 そうであっても演奏に活力があればそれなりに楽しめたと思うのですが、何か今一つ音楽が停滞する感じがある。特に第一幕は全然いいとは思えませんでした。全体的に声が聴こえてこないきらいがあります。特にフィガロの声が聴こえない。それが影響しているのでしょうが、最初の「5・・・、10・・・」にはフィガロの「今日、結婚するのだ」という喜びが感じられなかったし、第1幕のフィガロ「踊りを踊られるのであれば」も、フィガロの反骨精神みたいなものが感じられなかったし、バルトロのアリアももう一つブッファ的な誇張が欲しかったし、マルチェリーナとスザンナの当てこすりの二重唱も面白みに欠けていました。ケルビーノが登場して「自分で自分が分からない」を歌って、少しいい感じになり始めましたが、また「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」が詰らない。

 フィガロの結婚の第1幕は、登場人物が順々に出てきて登場のアリアを歌って、それぞれのキャラを示す顔見世の場面の訳ですが、頑張っている人もいましたが、全体的には噛み合わず上滑りして、空回りしていた印象です。それでもオーケストラがもう少し強引に進めてくれればまだいいのでしょうが、それもなく停滞感が多い印象です。かなり退屈な第一幕でした。

 第2幕以降は少し噛み合い始めてきて「フィガロの結婚」らしくはなってきましたが、声が飛んでこない人は最後まで声が飛んでくることはなく、全体的にはフラストレーションがたまる舞台だったと申し上げましょう。

 以上全体的には残念でしたが、その中で素晴らしい才能も確認できました。

 まず、スザンナを歌った月村萌華。日本オペラ振興会育成部を終了してまだ3,4年の若手ですが今回随一の才能と申し上げてよいでしょう。第一幕こそ先輩方に挟まれて緊張していたのか伸びやかさに欠けていたきらいがありましたが、第二幕以降は声が伸び始めて、しっかりとスザンナの役割を果たしていく。持ち声は必ずしもレジェーロ系ではないと思いますが、力強さと軽さを両立させて、若々しいスザンナを最後まで演じ切りました。第2幕、第4幕のアリア、共に良かったですし、重唱部分でも存在感がある。たとえば、「手紙の二重唱」は伯爵夫人の声が響かない中、上手に声をコントロールしてバランスを取り、いい感じに響かせていました。

 バルバリーナを歌った渡辺智美も良かったです。出番はあまりないし、アリアも小さい曲が1曲だけですが、この唯一のアリアが素晴らしい。易しい曲ではありますが、声がピンとして伸びやか。もっと聴いていたいと思わせる声。Bravaと申し上げられる。

 そして、ケルビーノを歌った小川嘉世。彼女は動きはいじり方もいじられ方も大人しい感じで、動きはもっと考えたほうがいいと思いましたが、歌そのものは場面の雰囲気を変えるだけの力があると思いました。彼女も先輩と絡むときは今一つ感があるのですが、若手同士になると伸び伸びした感じになって、例えば第二幕のスザンナとの速い二重唱は声もテンポの捉え方もとてもよかったと思います。

 男声はテノール系が比較的良かった感じ。ちょっとだけの出演ですが、バジリオの北野晃司、クルツィオ石川智範は存在感がありました。

 この作品の要というべきバリトンやバス歌手の中では一番安定していたのは伯爵のMO-TOY。第三幕の怒りのアリアなどはもっと怒ってもいいとは思いましたけど、声が安定していて響くのでこの低音が響きにくいホールでもそれなりにはよかったと思います。

 残念だったのはまずフィガロを歌った浜田耕一。最初から最後まで声が飛んでこず、アリアも重唱も細部まで聴こえることがない。それでもアリアに耳をそばだてていると、正しくないところもある。ちょっといくら何でもしっかりやれよ、と思いました。伯爵夫人の長野佳奈子も声が飛んでこない。彼女は正確には歌っているようなのですが、声がよく聴こえないのでフラストレーションばかり溜まります。内田裕見子のマルチェリーナも今一つ。

 こういう中では指揮者に何とかしてほしいところですが、指揮者も全体のバランスを取るところには頭が廻っていなかったようで、何もせずオーケストラを唯鳴らします。響かないホールで、特定のメンバーを使って演奏しなければならない公演の限界を強く感じました。

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鑑賞日:2024年6月22日

入場料:A席 18列69番 9000円

主催:一般社団法人オペラ芸術文化振興協会

アーリドラーテ歌劇団第10回公演

オペラ5幕 字幕付イタリア語上演
ヴェルディ作曲「シシリアの晩鐘」(I Vespri Siciliani(イタリア語訳)、原題:Les vêpres siciliennes)
台本:ウジェーヌ・スクリーブ/シャルル・デュヴェイリエ
イタリア語翻訳:アルナルト・フジナート

会場 新国立劇場中劇場

スタッフ

指 揮 山島 達夫
管弦楽 テアトロ・ヴェルディ・トウキョウ・オーケストラ
合 唱 テアトロ・ヴェルディ・トウキョウ・コーラス
合唱指導 渡辺 祐介
バレエ ダンステアトロ21/井上バレエ団
演 出 木澤 譲
バレエ「四季」演出構成 能美 健志
衣 裳 NAOKO
バレエ衣裳 川島 映子
照 明 照井 晨市
バレエ振付 石井 竜一
音 響 青木 央
舞台監督 渡辺 重明

出 演

エレナ 石上 朋美
アッリーゴ 村上 敏明
モンフォルテ 須藤 慎吾
プロチダ デニス・ビシュニャ
ニネッタ 成田 伊美
ダニエリ 所谷 直生
ベテューヌ 北川 辰彦
ヴァドモン 高橋 雄一郎
テバルド 村田 耕太郎
ロベルト 香月 健
マンフレード 西山 詩苑

ノーカット版を上演するなら-アーリドラーテ歌劇団「シシリアの晩鐘」を聴く

 「シシリアの晩鐘」は、ヴェルディ最初のフランス語グランドペラ形式で書かれたオペラであり、ヴェルディ通算20作品目となります。ヴェルディのオペラ作曲史から見ると、「リゴレット」、「イル・トロヴァトーレ」、「椿姫」の中期三部作の次の作品で、気力・体力とも充実した時期の作品と申しあげられます。しかし、日本で上演されることは滅多になく、これまでは2003年のびわ湖ホールでの日本初演(若杉弘の指揮で評判になりましたが、私は聴いていません)。2007年のパレルモ・マッシモ劇場の引っ越し公演(こちらも未聴)だけが記録に残っています。この作品が上演されにくいのは、長大な割には華やかさに欠け、それなのに歌手には技術的な負担をかけるからだろうと思います。

 グランドペラ形式で重要なバレエはこの作品では「四季」と書かれ、約35分かかります。今回はこのバレエも全部やられました。比較的上演の多い欧州でもバレエは一部や全部カットされることが珍しくなく、2007年のマッシモ劇場公演でもバレエはカットされた由。それだけ珍しい行為なのでもちろん素晴らしいことなのですが、折角そこまでこだわったのだから、バレエがもう少し揃って欲しいとは思いました。それでもこの「四季」の群舞は比較的見せてくれたとは思いましたが、冒頭序曲で見せてくれたバレエや、第二幕のタランテラはもっと揃ってもいいのではないか、というのが率直な印象です。

 揃うというのは音楽的な課題でもあります。出とかタイミングとかが微妙にずれているのではないかと思えるところが結構あって、結果として音楽的魅力がうすぼんやりしたところがあります。山島達夫はかなり分かりやすい指揮をしていたので、細かいすり合わせが十分できていなかったのかな、とは思いました。

 とはいえ、主要歌手は一流を揃え、彼らも十分に聴かせてくれました。

 所谷直生、成田伊美、北川辰彦がそれぞれ脇役として出演していますが、主役級を歌う力量のある彼らが脇をうたうと全体が底上げされる感じです。さらに申しあげればフランス兵達の男声合唱は、北川を中心に高橋雄一郎、村田耕太郎、香月健、そしてプロ歌手の若手が入り素晴らしいもの。またシシリア人の合唱は東大歌劇団OBなどを中心にしたプロ・アマ混合でしたが、そちらも魅力的であり、終幕の合唱などは綺麗な和音が響いていました。

 主要4歌手ですが、まずプロチダ役のデニス・ビシュニャが抜群の出来。登場のアリア「おお、パレルモ」が素晴らしく、その後のエレナやアッリーゴとの重唱も素晴らしい。声量、響きとも素晴らしく、かつ自然で無理がない感じ。いかにもウクライナ人バスという印象でこれだけ朗々と歌われると存在感が別格になる感じです。プロチダは第3幕以降は音楽的にはそれほど活躍しませんが、要所要所で印象深い歌唱を聴かせ、キーマンとしての役割を果たしました。

 須藤慎吾のモンフォルテも素晴らしい。須藤の歌は声量も芯も伸びやかさも存在感もありいい、いかにもヴェルディという感じがします。第三幕冒頭のアリアとそれに続くアッリーゴとの長大な二重唱が素晴らしい。またこの第3幕の二重唱は、アッリーゴと対決姿勢の第一幕の二重唱と対になっていますが、村上アッリーゴが同じ感じで歌っているのに対し、須藤モンフォルテは支配者としての力強さを見せた第一幕、父親の感情を示した第三幕と見事に歌いわけ素晴らしいと思いました。こういう歌を聴かせられると、牧野正人、堀内康雄といった往年の日本を代表するヴェルディバリトンが実質的に引退している中、日本を代表するヴェルディ歌いは須藤であると思わざるを得ない感じがします。

 エレナの石上朋美も見事でした。特に後半。第4幕から第5幕はアリアといい重唱といいうっとりするような歌。美しい高音の響きと低音の迫力の双方を兼ね備えており、ひたすら素晴らしい。冒頭のアリア「勇気を出して」も良かったとは思うのですが、曲の持つ雰囲気がやや暗めなせいか、そこまで魅力的だったという印象はなかったのですが、第5幕のシシリエンヌは本当に魅力的でした。また石上エレナの素晴らしいところは後半重唱を上手く合わせて、必ずしも完調ではなかった村上アッリーゴを上手に助けたこと。その分迫力は減りましたが、ピアノで綺麗にハモるところはレガートでバランスよく合っていて、素晴らしいと思いました。

 そして村上敏明のアッリーゴ。完調ではなかったというのが本当でしょう。村上敏明は、1月の藤原歌劇団「ファウスト」の時に喉をやられ、その後の名古屋公演は降板するなどしましたが、私自身は本年になって彼を聴く機会がなく久しぶりに聴きましたが、正直なところ、結構出ずっぱりな印象のあるアッリーゴを歌うには無理があったなという印象。それでも前半は快調に飛ばしていたのですが、第三幕以降はそうとう安全運転に徹した印象です。第4幕のアリア「涙の日」は絶唱になってしかるべきだと思いますが、かなり抜いて歌っている印象があって、楽譜がどうなっているのかは知りませんが、ここはハイCに上げるのではないかと思えるような部分も、下に落として安全運転。また、重唱などでも歌い納めをディミニエンドするところが多く、普通ならもっと張ったまま最後まで行くと思うのですが、そういうテノール的魅力を見せるところがほとんど聴けなかった印象です。結果として明確な破綻はなく、反対に美しいピアニシモはあったのですが、本当にピアニシモでいいのかなと思うところもあり、テノールを聴く醍醐味である張りのある高音のアクートを聴くことはできず残念ではありました。

 山島達夫の指揮はとても明確で、彼の思いがたくさん詰まったものでした。オーケストラもプロ・アマ混合のようですが、管楽器のソロの迫力がもう少しあった方が良かったかなという印象。なお、オーケストラのコンサートなどで単独でよく取り上げられる序曲はちょっと暗い印象でまとめており、最後の虐殺を彷彿させるものではありました。

 舞台装置は雲のオブジェ以外は何もない超簡素なミニマル系。衣裳は中世の感じはありましたが、13世紀とまで言えるかどうかはよく分からないところ。こういう複雑でかつ滅多にやられないオペラはもっと視覚的にもはっきりさせてもらった方がありがたいのですが、最初に簡単な説明があったことや分かりやすいプログラムがあったことで、ストーリーを把握する困難さはありませんでした。

 あともう一つ思うのは、せっかくここまで頑張ったのだからフランス語でやって欲しかった。色々と困難なのはよく分かりますが。

 全体としてはもう少し磨けただろうなと思う部分がある半面、ここまでよくやったというのも強く思います。素晴らしい企画でした。伺えて本当に良かったです。

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鑑賞日:2024年6月23日
入場料:指定席 H列1番 6000円

主催:千代田区立内幸町ホール

OHSUMI and Produce公演

オペラ1幕 字幕付き原語(イタリア語)上演(演奏会形式/ハイライト)
マスカーニ作曲「カヴァレリア・ルスティカーナ」
(Cavalleria Rusticana)
台本:ジョヴァンニ・ヴェルガ

オペラ1幕 字幕付き原語(イタリア語)上演
プッチーニ作曲「ジャンニ・スキッキ」
(Gianni Schicchi)
原作: ダンテ・アリギエーリ『神曲』地獄篇、第30歌に基づく
台本: ジョヴァッキーノ・フォルツァーノ 

会場 千代田区立内幸町ホール

スタッフ

指 揮 佐藤 宏充
ピアノ(カヴァレリア・ルスティカーナ) 松岡 なぎさ
ピアノ(ジャンニ・スキッキ) 芦沢 真理
演出・美術・衣裳 原 純
音響・照明・舞台監督 内幸町ホール
ヘアメイク きとう せいこ
ナレーター 小田 知希
音楽監督 大隅 智佳子

出演者

カヴァレリア・ルスティカーナ

トゥリッドウ 内山 信吾
サントゥツァ 大隅 智佳子
アルフィオ 小林 大祐

ジャンニ・スキッキ

 
ジャンニ・スキッキ 小林 大祐
ラウレッタ 大隅 智佳子
リヌッチョ 大川 信之
シモーネ 飯田 裕之
ツィータ 田辺 いづみ
ゲラルド 青地 英幸
ネッラ 古屋 知恵
マルコ 金沢 平
チェスカ 相田 麻純
ベット 小林 昭裕
ゲラルディーノ 頼住 栞里
スピネロッチョ医師/公証人アマンティオ・ディ・ニコライ 石塚 幹信
マルキーナ 内山 智栄子
ブオーゾ・ドナーティ 内山 信吾

感 想

全員が悪人の楽しさ内幸町ホール「ジャンニ・スキッキ&カヴァレリア・ルスティカーナコンサート」を聴く

  「カヴァレリア・ルスティカーナ」と「ジャンニ・スキッキ」は割と時代的には近いですが、片方はヴェリズモの悲劇で、「ジャンニ・スキッキ」はプッチーニ唯一の喜劇と全然違う作品のようですが、実は近い作品だと思っています。その共通点はどちらも善人が出てこないこと。「カヴァレリア・ルスティカーナ」はそもそも言えばローラがトゥリッドウが戻ってくるのを待たずにアルフィオと結婚し、その後、トゥリッドウが戻ってくると彼に色目を使って浮気をしたのが悲劇の原因ですが、気の多いローラも問題だし、そのローラに誘惑されて浮気してしまうトゥリッドウも困ったものだし、そんなローラに嫉妬してアルフィオに告げ口するサントゥツゥアも善人ではないでしょう。でもそれが人間なのでしょう。

 「ジャンニ・スキッキ」に登場する人物は、全員欲に目がくらんでいます。唯一例外のように見えるラウレッタだって実際は例外ではありません。有名なアリア「私のお父さん」は「カレシと一緒になれないなら、橋から身を投げて死んでやる」と言って、不良娘が父親を脅す歌ですから。そして、悪人であるがゆえに、聴く方が身につまされるものがある。そして、「ジャンニ・スキッキ」における登場人物の小悪党ぶりを一番的確に示したのが、原純演出、OHSUMI & プロデュース制作の舞台だと思っています。この舞台は原によれば10年前に初演したもので、その後再演されるたびに少しずつ手直しして今日に至ったそうです。前回の公演が2023年1月の足利オペラの定期公演。これを私は拝見しておりますが、抱腹絶倒の面白さでした。

 ただ、足利市民会館は広さは十分ですが、古い市民会館の常で音響は悪く、はっきり申し上げればオペラ向きのホールではありません。正直申し上げて演劇的には大いに楽しみましたが、音楽的にはもう少し迫力があった方がいいかなとは思っていました。翻って今回の内幸町ホール公演。まずホールが小さい。満席になって188。舞台も狭く、色々な小道具がたくさん置かれた舞台はかなり狭い感じです。

 そこに最大14人の出演者が舞台に上がるのですからその熱量が半端ではない。一癖も二癖もある出演者が、見るからに成金小悪党というべき衣裳とメイクで登場すると、それだけで笑いが起きます。そして、この舞台を何度も経験している出演者が多いので、テンションのあげ方もよく分かっていて、歌のタイミングもすごくいい。さらに声も凄い。内幸町ホールは音響的にも悪くないので、声がきちんと反響してその迫力は小ホールならではの密度になります。狭い会場で歌手たちが全員本気で声を出すとどうなるか、もう音のるつぼです。笑うしかない。

 もちろんイタリア語上演ですが、字幕に出てくる金額や地名はみんな日本に置き換え。ラウレッタが飛び降りようとするのはヴェッキオ橋ではなく日本橋ですし、お寺へのお布施は8万円でいい、とか。もちろん本当は違うことを言っているわけですが、分かりやすくするためと笑わせるためには許容範囲だと思います。くどくて派手な演出を楽しみました。

 前半のカヴァレリア・ルスティカーナは、トゥリッドウのシシリアーノ、サントッツァの「ママも知るとおり」、アルフィオの「馬車屋のアリア」、間奏曲、クライマックスの決闘のシーンなどが演奏されましたが、トゥリッドウの内山信吾は年齢的な問題もあるのか、しっかりヴェリズモ・オペラらしい、熱のこもった歌唱をしているのですが、その分音程がやや安定しないのと、ちょっと落ち着いてくると、微妙にもたつくのか、歌に年齢を感じてしまうところがありました。

 サンツッツァの大隅智佳子は体調不良ということでしたが、それを気づかせない熱唱。はっきり申し上げれば彼女が好調の時のビロードのような肌触りの声とは微妙に違っており、ベストでないとは思いましたが、声量は十分でアクートは大迫力。凡百のソプラノとはレベルの違う歌唱で素晴らしい。アルフィオの小林大祐も軽快な馬車屋のアリアを力強く歌ってこちらも素敵。

 小ホールで聴く、小ホールにぴったりの演出と迫力ある歌唱を大いに楽しみました。

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鑑賞日:2024年6月28日
入場料:指定席 18列2番 7000円

主催:一般社団法人オンプラゾリスデン

カルメン-オンプラ版-

オペラ4幕 日本語・フランス語ミックス版上演
ビゼー作曲「カルメン」
(Carmen)
原作:プロスペル・メリメ
台本:アンリ・メイヤック/リュドヴィク・アレヴィ

会場 渋谷区文化総合センター大和田 伝承ホール

スタッフ

演 出 グレッグ・デール
ピアノ 瀧田 亮子
フルート/ピッコロ 千装 智子
チェロ 冨樫 亜紀
キーボード、他 竹川 由紀乃
衣 裳 浪川 佳代
舞台監督 穂苅 竹洋
音楽監督 瀧田 亮子
公演監督 納屋 義郎

出演者

 
カルメン 杣友 恵子
ホセ 村上 敏明
ミカエラ 菊地 美奈
エスカミーリョ 井出 壮志朗
レメンダード 荒木 俊雅
ダンカイロ 上田 誠司
フラスキータ 齊藤 祐紀
メルセデス 浪川 佳代
ズニガ 江原 実
謎の女 伴 真純
ヴァイオリン弾き 吉田 直矢
ソラナ 内山 侑紀
グラシア 佐藤 泰子
イレーネ 三田 真理子
パウリーノ 島 敬祐
エリセオ 上田 駆

感 想

下町風オンプラゾリスデン「カルメン」-オンプラ版-を聴く

 音楽ビヤプラザライオン(音プラ)は銀座の老舗ビアホール「ライオン」のビルの5階にあり、私も何度か伺ったことがあります。歌手や器楽の演奏家が日替わりで出演されて楽しい曲を歌ってくれる楽しいホールだったのですが、4年前に閉店になりました。コロナ禍の影響だったかもしれません。そこで歌っていた歌手有志は一般社団法人オンプラゾリスデンを立ち上げ、年に一度のオペラ・オペレッタ上演と、年に何度かのコンサートを行っています。一昨年が「ボッカチオ」、昨年が「白馬亭にて」、そして今年は「カルメン」です。音プラが営業していた当時、銀座のホールで年に一度ぐらいオペラやオペレッタを上演していて(残念ながら、私は聴いたことがありません)、お店がなくなってもそれが続いているということで、音プラに集った音楽家の皆さんの心意気に感動します。

 ちなみに当時音プラは若手歌手が自分の技量を鍛える場でもあり、ここから二期会や藤原歌劇団で主役を歌うようになった方が大勢います。今回出演された方は皆そうで、私も音プラの会場で、杣友恵子、菊地美奈、浪川佳代といったメンバーの歌を聴いています。村上敏明は私が音プラに行く頃はもう卒業されていましたが、彼ももっと若い頃は歌われていたそうです。

 会場のお客様は年配の方が多い印象で、かつて銀座でメンバーの歌を楽しんだ方のようにお見受けしました。

 さて、「カルメン」ですが、オペラ・コミック版を基本にしていますがかなり手を加えています。まず、冒頭はほぼカットで、開始は「ハバネラ」から。その後も合唱はほぼカット。例えば第4幕の「闘牛士の入場の合唱」は前半はカットで、後半のみ歌われました。結局演奏されたのは、「ハバネラ」、「ホセとミカエラの二重唱」、「セギディーリア」、 「ジプシーソング」、「闘牛士の歌」、「五重唱」、「花の歌」、「カルタの歌」、「ミカエラのアリア」、「決闘の二重唱」、「あんたね、俺だ」で、それに付属する部分はもちろん歌われましたが、カットも多かったという印象。その代わり、各幕の冒頭にはヴァイオリンソロが入り、ジプシー的な音楽が演奏され、また謎の女がアルベニス作曲「スペイン組曲」から「アストゥリアス」、またソラナ、グラシア、イレーネの三人組によるサルスエラの音楽「スペインから来た娘」が演奏され、エキゾチックな雰囲気がよく出ていたように思います。

 尚、今回は歌唱が日本語とフランス語でしたが、これは「ハバネラ」ですと前半が日本語、後半がフランス語でしたし、「花の歌」はほぼフランス語、また曲によってはほぼ日本語の曲もあり、様々で面白かったです。

 さて、演奏ですが、総じて楽しめるものでした。主役の杣友恵子は、かつてカルメンを聴いたことがありますが、それと比べると声にぎらぎらとしたところがなくなっているのかなという印象を持ちました。見た目の雰囲気はとてもカルメンの情熱を感じさせるものでしたし、せりふ回しも十分迫力があってカルメンらしいとは思ったのですが、歌はそこまで迫力を感じるものではありませんでした。特に登場のアリアである「ハバネラ」や「セギディーリア」で感じました。それでも最後のホセとの二重唱は二人で言い合っているうちにどんどん迫力が増してきて、最後まで緊迫感が切れなかったのはさすがだと思いました。

 村上敏明のホセ。後半ちょっと危ないところもあったのですが、最初のミカエラとの二重唱は凄く雰囲気があり、「花の歌」は手慣れた歌で、しっかりとデュナーミクを聴かせてくださり、ホセのお手本と申し上げてよい。最近は絶好調の村上を聴くことがなくそこは残念なのですが、それでもきっちり音楽的にまとめるところは流石というべきでしょう。最後のカルメンとの二重唱の盛り上がりは素晴らしかったと思います。

 菊地美奈のミカエラ。昔と比較すると響きのポジションが低くなっている気がする。「何を恐れることがありましょう」などは、もちろんしっとりした歌ではありますが、もう少し高い響きがあった方が、魅力的だと思います。

 井出壮志朗のエスカミーリョ。素晴らしい。声が若いって、それだけでもアドヴァンスです。かっこいい闘牛士を歌い、決闘の二重唱もしっかりまとめ、聴き応えがありました。

 齊藤祐紀と浪川佳代のフラスキータ&メルセデスコンビ。齊藤の声は高く華やかでアンサンブルの中にいてもビンビン飛んでくる。浪川もそもそもはソプラノですからやっぱり高音が魅力的。ハーモニーが綺麗で、「盗賊の五重唱」や「カルタの歌」などはいい感じの歌になりました。男声陣も悪くないのですが、ホールの問題なのか、張り切って歌うとちょっと乱暴に聴こえるところがあって、そこは残念ではありました。

 オリジナルのカルメンとはかなり違う中身でしたが、下町風の庶民的な感じが満ちていて、これはこれでありかなと思いました。日仏混合の歌唱で、どちらの言葉で歌っているのかはっきりしないところもありましたが、作品の鑑賞には邪魔しない感じだったので個人的にはOKです。しっかり楽しみました。 

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鑑賞日:2024年6月29日
入場料:自由席 無料

主催:KONO国際交流

オペラ3幕 字幕付原語(イタリア語)上演
ヴェルディ作曲「仮面舞踏会」
(Un ballo in maschera)
原作:ウジェーヌ・スクリーブ「グスタフ3世 または 仮面舞踏会」
台本:アントニオ・ソンマ

会場 調布たづくり「くすのきホール」

スタッフ

指 揮 平野 桂子
ピアノ 松本 康子
ヴァイオリン 小山 啓久
チェロ 阪田 宏彰
フルート 宗方 律
クラリネット 守屋 和佳子
ティンパニ 高田 亮
演出・照明 三浦 奈綾

出演者

 
リッカルド 飯沼 友規
アメーリア こうの香代子
レナート 立花 敏弘
オスカル 中前 美和子
サミュエル 三輪 直樹
トム 小幡 淳平
シルヴァーノ 岩田 健志
ウルリカ 安仲 琴奈
アンサンブル 林志乃/永田とよ/高橋未来子/足立悠道/釜屋琳太郎/山口義生/塚田貴司

感 想

旦那芸ならぬマダム芸KONO国際交流「仮面舞踏会」を聴く

 KONO国際交流は、今回アメーリアを歌ったこうの香代子が主宰し、1990年代から国際的に活動している団体だそうです。こうの香代子は桐朋学園大学卒業で元二期会会員だそうですが、退会後この活動を始めて、これまで海外で公演を行ったり反対に海外から演奏家や演出家を呼んで上演を行っているそうです。そして、コロナ禍以降は無料オペラコンサートを4回にわたって行い、今回が5回目。フル編成ではないとはいえオーケストラを入れ、歌手も夫々に活躍している人を招聘しているなかで無料公演、ということですから主宰者が多額の負担をしていることは疑いない。

 プライベートカンパニーで、身銭を切ってオペラを上演している団体は東京にはいくつもありますが、入場料を無償にするという、そこまで徹底したカンパニーはこうの国際交流だけだと思います。その心意気には共感を覚えます。そういう上演であるからこそ、始めからしっかり聴きたいところでしたが、私自身の開演時間の勘違いから、1時間遅れて伺い、第一幕が聴けなかったのは残念です。

 そこで二幕と三幕の感想になりますが、無料とはいえ、演奏はそこそこです。特に全体の中ではアメーリア役のこうの香代子が弱いことは否めません。この上演はこうのがアメーリアを歌いたくてやっているのでしょうから余計なお世話なのですが、こうのの旦那芸とというかマダム芸を聴かせる場ではありました。ちなみにこうのは声量的にはそこそこありますし、歌のタイミングの取り方や色々なところで、大学で声楽を学んだ方なのだな、ということは分かるのですが、全体的な質感がこのメンバーの中では一番劣るというのが本当のところ。音程が微妙に揺れますし、結果としてアメーリアに期待されるイノセントな美しさ、心の清らかさを音楽で表現できていたかと言えば、それは難しかったというべきでしょう。歌そのものにすっと入って行けるような美しさが感じられず、違和感をずっと感じてしまいました。

 そのアメーリアを囲む他のメンバーは十分です。飯沼友規は活動を耳にするテノールですが、これまで縁がなく、私が聴いたのは初めてだと思います。リリックな高音が綺麗に伸びて聴いていて気持ちがいい。二幕のアメーリアとの二重唱は、テノールがいい感じで歌ってくれて、ここでアメーリアが上手に受け止めてくれるといいのになあ、と思いながら聴いていました。第3幕第2場の刺された後の死のモノローグはもう少しプラスアルファがあってもいいとは思いましたが、悪いものではありません。

 ある意味このオペラの主人公でもあるレナートは立花敏弘。この中では一番のベテランだと思いますが、さすがに抜群の存在感。第3幕のアリア「お前こそ、心を汚すもの」はレナートの心の闇をしっかり示して魅力的でした。また低音歌手同士のアンサンブルでも中心となっていい感じでした。

 その低音歌手ではサミュエルの三輪直樹、トムの小幡淳平がそれぞれ迫力がある美声で存在感を示しました。第二幕後半の重唱や第三幕の三重唱でもしっかりと役割を果たしました。

 オスカルの中前美和子も初めて聴く方だと思いますが、軽快にオスカルのアリアを歌って、悲劇の中の清涼剤になっていました。

 オケピットが設置できない劇場で、小オーケストラは舞台中央に設置。それがオペラの舞台の邪魔になるかもしれないと思いましたが、三浦奈綾は左右ふたつの空間をうまく使い、上手に作品の雰囲気を出したと思います。指揮の平野桂子は、舞台上でも、しっかり歌手を感じながら指揮をしていて、上手にコントロールしていたと思います。

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鑑賞日:2024年7月12日
入場料:自由席 4000円

主催:オペラ企画ルーチェ

オペラ企画ルーチェ第11回公演

オペラ3幕 字幕付原語(イタリア語)上演
プッチーニ作曲「トスカ」
(Tosca)
原作:ヴィクトリアン・サルドゥ
台本:ルイージ・イッリカ/ジュゼッペ・ジャコーザ

会場 立川RISURU小ホール

スタッフ

指 揮 澤木 和彦
ピアノ 鈴木 架也子
照明 古屋 直子

出演者

 
トスカ 大澤 伴美
カヴァラドッシ 谷川 佳幸
スカルピア 平尾 弘之
アンジェロッティ 寺西 丈志
堂守 青木 貴義
スポレッタ 石川 雄蔵
シャルローネ・看守 林 猛
羊飼い 前田 史生

感 想

主役を歌うためにオペラ企画ルーチェ「トスカ」を聴く

 オペラ企画ルーチェは、今回トスカを歌った大澤伴美が主宰し、既に11回目の公演を重ねています。大澤自身は働きながら音大を卒業したというソプラノで、その前後も澤木和彦の主宰するリリカイタリアーナオペラで研鑽をつみ、自らがヒロインを歌うためにこの団体を立ち上げ、年に1回は公演を打つ。企画・制作・主役を兼任で公演を行うのは経済的にも精神的にも大変なことだろうと思いますが、それを11回も続けていることに敬意を表します。

 さて、今回は演奏会形式というふれこみでした。一般に演奏会形式というと、演技は全くないかほとんどなく、場合によっては楽譜を置いて歌います。しかし、今回の公演は舞台上に装置がなく、歌手の衣裳が普通のタキシードやドレスというだけで、演技はしっかり行われ、言うなればトスカの立ち稽古を見ている感じでした。また、今回専門の合唱は居なかったのですが、第一幕のスカルピアの「テ・デウム」の部分の合唱は、スカルピアとトスカ以外の全員が後ろで歌い、最後の盛り上がりを作りました。

 大澤のオペラに対する執念で続けている公演ですが、その思いほどはいい舞台に仕上がっていなかったというのは残念なところです。

 大澤自身はかなり頑張って本番に臨んでいるように見受けましたが、完成度はそれほどでもないというのが本当のところ。歌詞が落ちたところもありましたし、歌い方についても思いっきり声を出そうとすると、必ず顎が上がって身体を振る。一番の聴かせどころである「歌に生き、愛に生き」もその前のスカルピアとの緊迫した二重唱から少し間を置いて、しっかり息を整えてからピアニシモで歌い始めればいいのに、息を整え切らずに歌い始めるものだから前半が安定しない。さらに申し上げれば「トスカ」という作品はトスカがどう歌いどう演技するかでテイストが決まる作品なのですが、大澤は自分の歌だけで精一杯な感じで、スカルピアに対する激しい憎しみの感情やカヴァラドッシに対する強い愛の感情が見えないので、「トスカ」という作品の持つドラマティックな表情が薄まっている印象を持ちました。

 平尾弘之のスカルピアも今一つ。音楽的な観点でももっと厳しく行って欲しいと思うところがあったのですが、演技を含めてもスカルピアの邪悪さ、怖さが感じられない。有名な「テ・デウム」は迫力はあると思いましたが、怖くはない。トスカを精神的に追い詰める第二幕にしてもなんか嘘くさい。トスカも嘘臭いし、スカルピアも嘘臭いからなんか白けてしまうし、お互いが組んで相撲を取っていない感じがするから詰らないのです。こういう嘘臭さがにじみ出るところがセミプロの限界なのかもしれません。

 この二人に対して、カヴァラドッシの谷川佳幸は健闘しました。テノーレ・リリコ・スピントの割と強い声の持ち主ですが、最初から最後まで、あまりぶれることもなく、しっかりと歌われる。聴きどころのアリアではやはり「星が光りぬ」がいい。「妙なる調和」も悪くないけど、「妙なる」のウキウキした感じより、「星は光りぬ」の絶唱の方が、谷川に似合っているのでしょう。更には聴かせどころでない部分でも非常に安定感のある歌で、無理をしている感じがしないので、安心して聴ける感じがしてほっとします。そこも素晴らしい。今回の出演者の中では別格で、他の歌手とはレベルが一段上だなと感じました。

 脇役陣ではスポレッタの石川雄蔵が群を抜いている。一方、シャルローネの林猛は、声がかすれていて聴きにくい。堂守の青木貴義はコミカルな感じを全く出せておらず残念。

 澤木和彦の指揮は手慣れたもの。しかし、ピアノ一台ではこの作品の持つ厚みというか、重厚さと言うべきか、そのあたりが表現しきれない感じで、全体的に残念な上演だったと申し上げます。

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鑑賞日:2024年7月14日
入場料:D席 6930円

主催:新国立劇場

新国立劇場2023/2024シーズンオペラ

オペラ3幕 字幕付原語(イタリア語)上演
プッチーニ作曲「トスカ」
(Tosca)
原作:ヴィクトリアン・サルドゥ
台本:ルイージ・イッリカ/ジュゼッペ・ジャコーザ

会場 新国立劇場オペラパレス

スタッフ

指 揮 マウリツィオ・ベニーニ  
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 三澤 洋史
児童合唱  :  TOKYO FM合唱団 
児童合唱指導  :  林 ゆか
演 出 アントネッロ・マダウ=ディアツ
美 術 川口 直次
衣 装    ピエール・ルチアーノ・カヴァッロッティ 
照 明 奥畑 康夫
再演演出 田口 道子
舞台監督 菅原 多敢弘

出演者

 
トスカ ジョイス・エル=コーリー
カヴァラドッシ テオドール・イリンカイ
スカルピア 青山 貴
アンジェロッティ 妻屋 秀和
堂守 志村 文彦
スポレッタ 糸賀 修平
シャルローネ 大塚 博章
看守 龍 進一郎
羊飼い 前川 依子

感 想

トスカの声新国立劇場「トスカ」を聴く

 アントネッロ・マダウ=ディアツによる新国立劇場のトスカの舞台は、その豪華なことで「アイーダ」の舞台と双璧をなし、2000年の初演以来9回目の再演となります。私もプレミエの年からずっと聴いていますので、今回でこの舞台にお目にかかること9回目。やっぱり素晴らしい舞台だな、と思わずにはいられません。プレミエからもはや四半世紀ですが、これからも大事にしてほしい舞台です。

 この舞台で見たトスカは印象の深い演奏が多いです。特に、前々回2018年の上演、キャサリン・ネーグルスタットのトスカは、私がこれまで聴いた最高のトスカだったと思いますし、前回2021年のキアーラ・イゾットンのトスカもネーグルスタットの時ほどの驚きはなかったのですが、やはり素晴らしいトスカだったと記憶しています。

 さて、今回のジョイス・エル=コーリーのトスカはどうだったかというと、前二回のトスカとはかなりレベルの違う残念なトスカと申しあげるべきでしょう。端的に申し上げれば、声がトスカに似合わないと思いました。

 私はトスカはしっかり芯のある強い声の持ち主が歌う役だと思うのですが、このエル=コーリーは美貌だとは思いますが、声に芯がなく、艶やかさも密度も足りない。それでも管弦楽が寄り添ってくれて、ヒロインの声を聴かせるアリアはいいのです。今回も「歌に生き、愛に生き」は、最初のピアニシモの入り方と言い、その後の盛り上げ方と言い素晴らしかったと思います。でも逆に言えばそこだけだったとも言えそう。第一幕の登場の「マーリオ、マーリオ」は声に芯がないので、今一つ存在感が薄い感じ。また第二幕の前半は管弦楽が咆哮する部分ではそれなりに声が殺されていて飛んでこない感じもありましたし、緊迫感も削いでいた感があります。さらにこの方演技も今一つ。表情の変化が乏しくて、感情のジェットコースターのようなトスカの変化を演じ切れていない感じがしました。音楽技術的にも?が付きます。第三幕の刑場に赴く前の二重唱。ここの最後は、トスカとカヴァラドッシがアカペラのユニゾンで強く歌い上げるわけですが、ユニゾンが微妙にずれている。トスカが上ずって聴こえる。ここは一例ですが、他にも「エッ」と思うところもあり、支持しがたいと思いました。

 イリンカイのカヴァラドッシ。良かったです。ふたつのアリアの心情の描き分けも良かったと思いますし、第1幕のトスカに対する慈しみの表情とアンジェロッティと対峙するときの表現の差なども見事だったと思いますし、第二幕の拷問にあって瀕死の状態で歌う歌い方も真実味があってよかったです。そして、第三幕のトスカが助けに来たときの安ど感の表情、そういった細かいところがきっちり見せていたように思いました。

 そして、青山貴のスカルピア。当初ニカラズ・ラグヴィラーヴァというバリトンがアナウンスされていましたが、初日4日前に交替となりました。青山は素晴らしいバリトンですが、あまりスカルピアという印象がなくて、似合っていないのではないかと心配しながら伺ったのですが、どうしてどうして素晴らしいスカルピアだったと思います。第一幕のスカルピアが登場すると舞台上の温度が下がる感じがこの演出ではあるのですが、その緊迫感がしっかり出ていてまず期待。そして邪悪な気持ちを吐露する「テ・デウム」のモノローグが素晴らしい。第二幕の前半もスカルピアの邪悪感をゴツゴツした表現で見せており、分かりやすい悪役像になっていました。

 トスカにおけるスカルピアは、どれだけトスカが上手にスカルピアを嫌うかという演技にかかっている部分があるのですが、トスカがあまりその部分をやらなかったにもかかわらず十分悪役に見えたのは、青山自身の見事な歌唱や演技があったためであると思います。

  脇役陣は、まず定評のある志村文彦の堂守が安心して見ていられる。この作品唯一のコミカルな役柄ですが、その特徴をしっかりと魅せて素晴らしいと思います。妻屋秀和がこの舞台でアンジェロッティをやるのは初めてのようですが、流石日本を代表するバス。素晴らしく魅せました。糸賀修平のスポレッタもいい。スカルピアについて行けないと思いながら逆らえない感じを上手に出していました。大塚博章のシャルローネはあまり特徴はありませんでしたが、もちろん邪魔をするようなものではなく、しっかりと役目を果たしていたと思います。またこちらも毎回のように登場する前川依子の羊飼い。こちらも安定した歌でよかったです。

 ベニーニの音楽作りは「トスカ」という作品の重厚な音へこだわった指揮のように感じました。管楽器をしっかり鳴らさせて、この作品の持つドラマティックなダイナミズムをここぞとばかりに示したと申し上げたらいいでしょう。私はトスカはこういうオーケストラであるべきだと思いますし、逆に歌手はこの暴力的とも言うべき音に負けないように歌わなければいけないのでしょう。その意味でも今回のエル=コーリーのトスカは弱かったかなと思います。

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鑑賞日:2024年7月15日
入場料:自由席 3000円

主催:エルデ・オペラ管弦楽団

エルデオペラ管弦楽団第15回演奏会

プログラム

ガーシュイン作曲(ロバート・ラッセル・ベネット編曲) 交響的絵画「ポーギーとベス」

オペラ1幕 字幕付原語(フランス語)上演
ラヴェル作曲「スペインの時」
(L'heure espagnole)
原作/台本:フラン・ノアン

会場 立川RISURU大ホール

スタッフ

指 揮 柴田 真郁
管弦楽 エルデ・オペラ管弦楽団

出演者

コンセプシオン 東山 桃子
トルケマダ 与儀 巧
コンサルヴェ 荏原 孝弥
ラミーロ 井出 壮志朗
ドン・イニーゴ・ゴメス 奥秋 大樹

感 想

ラヴェルはやっぱりオシャレだけどエルデオペラ管弦楽団第15回演奏会を聴く

 エルデオペラ管弦楽団を最初に聴いたのは10年前、立川で「ラ・ボエーム」を上演したとき。これは演奏会形式だったのですが、音楽全体を聴くというよりはオペラを楽しむことに主目的があったと思います。それ以降もそこそこ縁があって、例えば、横浜の泉区で活動している舞台音楽研究会のピットに入るのは毎年こちらで、その時演奏しているのも数多く聴いています。しかし、普通のイタリアオペラの伴奏の場合、オーケストラは要するに伴奏であって、そちらに注目して聴くことはほとんどなかったように思います。

 この団体の演奏会形式のオペラも「道化師」、「トロヴァトーレ」、「シモン・ボッカネグラ」、「トスカ」とこれまで聴いていると思いますが、オーケストラよりも歌を聴いていた気がします。

 今回そういう「普通の」オペラ伴奏をいつもやってきたアマチュアのオーケストラの団体が取り上げたのがラヴェルの「スペインの時」です。「スペインの時」は「子どもと魔法」と共にラヴェルを代表するオペラ作品ですが、演奏される機会はあまり多くありません。私自身としては2012年の二期会ニューウェーブ・オペラ以来12年ぶり四度目。しかしこの作品は「管弦楽の魔術師」と呼ばれたラヴェルだけあって、三管のオーケストラに打楽器が多用される複雑な構造で、オーケストラにも味があります。アマオケには結構ハードルが高い作品なのではないかと思いますのでよく選曲したなというのが正直なところ。

 そういうこともあってか、今回オペラが歌われたのは舞台の後方で、オーケストラをメインにもってきた感じがしました。

 オーケストラに関して言えばアマチュアのオーケストラですから、弦のトゥッティの美しさとか、管楽器の個個人の技量とかは普段聴いているN響や東京フィルとはもちろん差があるのですが、指揮者の柴田真郁の音楽解釈がこの曲の持つスペイン的エキゾチズムを凄く感じているようで、事故はあったものの、所々素敵な管楽器の音があったりもして凄くお洒落に聴こえました。

 そういうことでラヴェルの多彩なオーケストレーションは楽しめたのですが、舞台の奥で歌手が歌ったために舞台が遠かったことは否めません。演奏会形式のオペラで舞台にオーケストラを乗せると、ピットに入っている時よりもオーケストラが強く聴こえてバランスが悪いということはよくあるのですが、今回もそのバランスの悪さは感じました。特に「スペインの時」は、歌がオーケストラと一体となった進行が特徴で、21のシーンが切れ目なく続き、そこに現れる音楽もレシタティーヴォでもアリアでもなく、レシタティーヴォ風のところもあればアリア風のところもあるという感じでどんどん転換していくので、歌がもう少しはっきり聴こえたほうがもっといい感じになったと思います。

 しかしながら歌手の皆さんは皆素敵な歌を歌っていました。特に印象深かったのは二人の低音歌手。即ち、バリトンの井出壮志朗とバスの奥秋大樹。井出のハイバリトンも奥秋のビロードのような肌触りの低音も素晴らしく、またそれぞれの歌唱の切れ味もよく、力自慢のロバ曳きと太っちょの銀行家の雰囲気をよく出していたと思います。

 与儀巧のトルケマダもいい。作品では最初と最後にしか登場しませんが、しっかり存在感を見せる歌唱で、第二テノールとしての役割をきっちり全うしたのではないかと思います。一方、荏原孝弥のコンサルヴェ。舞台の後ろで歌った影響を一番受けたというべきでしょう。きっちり歌っているのは分かるのですが、声に迫力が感じられず、もう少し声が前に飛んでほしいな、という印象。

 東山桃子のコンセプシオン。あまりオペラではお目にかからない人ですが、舞台で観客にどうアピールすべきかということをあまり考えたことがないのかな、という風に感じました。きっちり歌っているのは分かるし、美声だし、文句はないのですが、音楽の示す方向が、観客なのかな、という感じがしたのです。オーケストラに声が殺され、その前でお辞儀している感じがあって、折角の魅力が伝えられていないきらいを感じました。

 ちなみに第1曲目は「ポーギーとベス」の管弦楽編曲版。「ポーギーとベス」はオペラ全曲は1回しか鑑賞しておりませんが、アメリカン・フォーク・オペラの古典として素晴らしい作品だと思います。そのさわりの部分だけの接続曲ですが、曲の持つ雰囲気がいい詩、指揮者の柴田真郁の指揮が凄く乗っていて、この作品のジャジーな響きやゴスペル風の響きをいかにもという感じで示してくれて、いい音楽になっていたと思いました。

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鑑賞日:2024年7月17日
入場料:自由席 3500円

主催:コンセール ヴィヴァン

Atelier Elles 「Hearty concert」

出演者

ソプラノ 久保田 由美
ソプラノ 小松 美紀
ソプラノ 中村 香江
ソプラノ 保坂 百花
ソプラノ 真野 綾子
ソプラノ 八木下 薫
ソプラノ 頼住 栞里
メゾソプラノ 三橋 千鶴
メゾソプラノ 山村 晴子
ピアノ 岩上 恵理加

プログラム

作曲家 作品名/作詞 曲名 演奏
千原 英喜 歌曲集「みやこわすれ」 はっか草 小松 美紀
神戸 孝夫 作詩:加藤 周一 さくら横ちょう 久保田 由美
中田 喜直 歌曲集「魚とオレンジ」 「はなやぐ朝」、「艶やかなる歌」 八木下 薫
大中 寅二 作詩:島崎 藤村 椰子の実 山村 晴子
團 伊玖磨 歌曲集「わがうた」 紫陽花 真野 綾子
高田 三郎 歌曲集「ひとりの対話」 くちなし 中井 香江
フォーレ 作品18「三つの歌」 ネル 中井 香江
ドビュッシー 作詩:マリウス・デイヤール 中国風のロンデル 保坂 百花
ヴォルフ メーリケ歌曲集 「ヴァイラの歌」、「少年と蜜蜂」 三橋 千鶴
ロッシーニ 老いの過ち第1巻:イタリアのアルバム第5曲 フィレンツェの花売り娘 頼住 栞里
休憩   
グノー ファウスト マルガリーテのアリア「なんと美しいこの姿」 小松 美紀
ヴェルディ ファルスタッフ ナンネッタのアリア「夏のそよ風に乗って」 八木下 薫
ドニゼッティ シャモニーのリンダ リンダのアリア「この心の光」 頼住 栞里
ドニゼッティ マリア・ストゥアルダ エリザベッタのアリア「ああ、天から一筋の光が降りて」 三橋 千鶴
モーツァルト 魔笛 夜の女王のアリア「恐れるな、若者よ」 保坂 百花
モーツァルト 魔笛 パミーナのアリア「愛の喜びは露に消え」 久保田 由美
ドニゼッティ ラ・ファヴォリータ レオノーラのアリア「私のフェルナンド」 山村 晴子
マスネ マノン マノンのアリア「私、まだぼんやりしているの」 中井 香江
グノー ロメオとジュリエット ジュリエッタのアリア「ああ、なんという戦慄が」 真野 綾子

感 想

頑張れ、若手歌手Atelier Elles 「Hearty concert」を聴く

 日本には約30の音大及び音楽学部があり、その声楽科の定員の合計は2000人は超えそうな気がします。その全員が声楽家の道を目指すわけではないですが、仮に5%の人が目指せば100人、10%の人が目指せば200人です。即ち、毎年100人以上の声楽家の卵たちが世に輩出されています。その多くは、働きながら声楽の勉強を続け、そして本当に才能のあるごく一部の人が歌手として活動ができる。そういう構図になっています。ある実力があるソプラノ歌手は、30代後半になってようやく音楽からの収入が全収入の半分を超えた、と言っていました。今回歌われた方々は、音楽活動からの収入はあるけれども基本的な収入はその他の仕事から得ている、という人だと思います。

 そういう人たちだけあって、基本的に真摯に音楽に取り組み、出来ることをしっかり見せていたと思いますが、まだ課題が目につく方も多かったのかな、というのが素直な印象です。

 歌手ごとに簡単に感想を書かせていただくと、小松美紀。二曲とも丁寧な歌いまわしでとてもよい。特に最初の「はっか草」は情感のこもった良いものでしたが、惜しむらくは迫力に欠ける。ここぞというときの強い一声が欲しいところです。久保田由美。メゾソプラノ的な深い声が印象的。ただ、「さくら横ちょう」では特に高音部で籠る傾向があって、言葉が不明確になるのが残念かもしれません。パミーナのアリアも雰囲気はある程度出ていたのですが、高音がすっきり抜ける感じがなかったのかな、というところ。

 八木下薫は今まで歌ってきたしっかりした曲から今回は軽めの曲に変えてきたのかなという印象。ただ、その変更がまだ十分上手くいっていない感じがしました。ナンネッタのアリアがもう少し軽快に歌われた方がいい感じにまとまると思いました。山村晴子。メゾソプラノだけあって、しっかりした低音が魅力的ですが、一方で歌詞が響きに埋もれます。「椰子の実」は極めて有名な曲だけに、歌詞が明確に聴こえて欲しかったと思います。

 真野綾子。中低音がしっかりしたソプラノで、この方もメゾソプラノ的声。ジュリエッタの「毒のアリア」はもう少し軽い声の人がテンションを下げて歌う方がいい感じにまとめると思いますが、彼女のように中低音が響く人が歌っても悪くないなとは思いました。中井香江。歌曲は「くちなし」と「ネル」の二曲。アリアはマノンのアリアを歌いましたが、マノンのアリアがとてもいい。マスネ―的な雰囲気が感じられました。またフォーレの「ネル」もいい。フランス歌曲に親和性のある方なのかもしれません。「くちなし」も悪くはないのですが、この曲は男声が歌った方が雰囲気が出ます。選曲をもう一つ工夫された方が良かったかもしれません。

 保坂百花。典型的なレジェーロソプラノで、ドビュッシーの「中国風のロンデル」は軽い高音でしっかり歌って素晴らしい。また夜の女王のアリアは心情の表現が難しい第一アリアを選んでの熱演。こちらは子音を意識し過ぎたのか、「シーシー」聴こえたのはどうかと思うが、音程やアプローチは素晴らしいと思いました。三橋千鶴のドイツ歌曲。「メーリケ歌曲集」から2曲歌いましたが、ことに最初の曲がドイツ語っぽく聴こえてこない。二曲目はそうでもなかったので、歌詞の発音の難しさが影響しているのかもしれません。アリアはドニゼッティの「マリア・ストゥアルダ」から。まだ曲をなぞっている段階で、気持ちが入る感じではありませんでした。

 頼住栞里。最初の「フィレンツェの花売り娘」はきっちり楷書体の歌で、抜くところがない。この曲はもっと軽快に伸びやかにメリハリを付けずに歌った方がいい感じにまとまると思います。「この心の光に」は1曲目よりは自由度は上がったものの、こちらも割と楷書体で少し思いのかなとは思いました。

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鑑賞日:2024年7月18日
入場料:C席 9000円

主催:公益財団法人東京二期会

東京二期会オペラ劇場

オペラ3幕 字幕付原語(イタリア語)上演
プッチーニ作曲「蝶々夫人」
(Madama Butterfly)
原案:デヴィッド・ベラスコ
台本:ルイージ・イッリカ/ジュゼッペ・ジャコーザ

会場 東京文化会館大ホール

スタッフ

指 揮 ダン・エッティンガー  
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱 二期会合唱団
合唱指揮 粂原 裕介
演 出 宮本 亞門
装 置 ボリス・クドルチカ
衣 装    高田 賢三 
照 明 喜多村 貴
映 像 バルテック・マシス
美 粧 柘植 伊佐夫
舞台監督 飯田 貴幸

出演者

 
蝶々夫人 大村 博美
スズキ 花房 英里子
ケート 杉山 由紀
ピンカートン 城 宏憲
シャープレス 今井 健輔
ゴロー 近藤 圭
ヤマドリ 杉浦 隆大
ボンゾ 金子 宏
神官 大井 哲也

感 想

やっぱり賛成できないこの演出東京二期会オペラ劇場「蝶々夫人」を聴く

 東京二期会は3,4年に1回の割合で「蝶々夫人」を上演していますが、特に再演数が多い演出として、1993年プレミエの栗山昌良の演出が有名です。この舞台は日本的美しさを徹底的に追求した名舞台で、藤原歌劇団の粟國安彦の舞台と双璧だと思います。この栗山演出の舞台は2017年公演まで都合5回再演されて、2019年に今回の宮本演出に変わったのですが、2022年はまた栗山演出に戻りました。2019年の宮本演出は、蝶々夫人の息子が見た蝶々夫人という設定で、ちょっと現代的でヨーロッパ受けするのだろうなとは思いましたが、逆に色々なところが日本的な感じがせず、私は好きではありません。特に一番の聴かせどころの「ある晴れた日に」を家の上に上って、高さ5メートル近くある高所の足場のような細いところで、命綱も無しに歌うという非常に危険な歌わせ方をするのは、これが雇用関係にあれば確実に労働安全衛生法違反という行為で、「舞台だから」という理由で許されるものではないと思っています。

 そういうこともあって2022年は栗山演出に戻したのかな、と思ったのですが、今回また宮本演出。今回の蝶々夫人の大村博美はプレミエ時も同じ舞台で歌っているので、余程落ちない自信があって受けたのかなとは思いますが、実際歌っている様子を見ると、かなり腰が引けている感じで、ほとんどの時間、手すりにつかまって安全を気にしながら歌うという様子。大村ほどの実力者、ベテランですからそんな格好で歌ってもそこそこのレベルの歌にはまとめてきているのですが、安全に関する目配りが全て歌に入っていれば、もっと伸びやかに歌えたのではないかと思います。危険だし、音楽的にも悪影響しかない、この演出は本当にお蔵入りにして欲しいと思います。

 演出もさることながら音楽的にも色々問題の多い舞台でした。

 まず一番気になったのは、ダン・エッティンガーの音楽作り。結構速いテンポで進める。それはいいのですが、歌手と息を合わせずに進めるので、歌が遅れるのです。途中でつじつまは合わせるのですが、アンサンブルがあんまり綺麗ではない。特に第一幕は蝶々夫人とピンカートンの愛の二重唱が始めるまで目まぐるしく展開するので、もっときっちりと指示をしてバランスを取った方が良かったのではないかと思います。結果としてゴローの人を食った仕草があまり目立たない感じになっていましたし、ピンカートンの軽薄なアリア「ヤンキーは世界中どこでも」もあまりいい感じには響いてこなかったですし、シャープレスも存在感が今一つの感じでした。

 第一幕終わりの「愛の二重唱」も、それまでの影響を受けたのか、蝶々さんもピンカートンも今一つ情熱的になれない感じと、大村博美の全体的に密度の薄い高音がこのシーンの美しさやエロチシズムを失わせていたような気がします。

 第二幕は「ある晴れた日に」が重要なポイントですが、こちらは悪くなかったけど、多分身体をしっかり支えられればもっといい歌になっていたと思います。ヤマドリとのやり取りは、演出の関係だと思いますが、ヤマドリのバッソ・ブッフォ的な面白さが出ていなかった感じ。その後のシャープレスとの手紙のやり取りはとてもいい。花の二重唱は大村博美と花房英里子の声質が結構似ていて、その均質性がいい感じの響きに結びついていました。続くハミングコーラスももう少し聴こえたほうが個人的な好みだけど、今回程度の強さ、遠さでもいいのかもしれません。

 第三幕は、スズキ、シャープレス、ピンカートンの三重唱がなかなかいい。その後のピンカートンのアリア「さらば愛の家よ」もいい感じ。その後の「スズキ、スズキ」とよぶ蝶々さんの声からラストの自害までは蝶々さんの演技力の見せところ。大村博美のこの部分の緊迫感の作り方はベテランの実力を示すものでとてもよかったと思います。

 以上、演出は気に入らないし、指揮者と歌手のずれは気になったし、それ以外の細かいところでも色々十分ではないところがあったのですが、最後は大村蝶々さんが、しっかりまとめて有終の美をかざったのでしょう。

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