オペラに行って参りました-2021年(その3)

目次

猥褻?、猥雑? 2021年4月24日 日本オペラ協会「魅惑の美女はデスゴッデス」/藤原歌劇団「ジャンニスキッキ」(1日目)を聴く
若手の魅力、ベテランの力量 2021年4月25日 日本オペラ協会「魅惑の美女はデスゴッデス」/藤原歌劇団「ジャンニスキッキ」(2日目)を聴く
感情と正確さの間 2021年5月20日 新国立劇場「ドン・カルロ」を聴く
本質を突いているのかもしれないか・・・ 2021年5月22日 二期会ニューウェーブ・オペラ劇場「セルセ」を聴く
日本語翻訳のむつかしさ 2021年6月12日 NISSAY OPERA 2021「ラ・ボエーム」を聴く
素晴らしい熱気は褒めましょう 2021年6月13日 町田イタリア歌劇団「仮面舞踏会」を聴く
会場の違い、音響の違い 2021年6月25日 藤原歌劇団・NISSAY OPERA 2021「蝶々夫人」(1日目)を聴く
チームの違いの音楽への影響について 2021年6月26日 藤原歌劇団・NISSAY OPERA 2021「蝶々夫人」(2日目)を聴く
プレ・ガラ・コンサート 2021年7月3日 音大系ではないオペラ歌手ユニット「I Traviati」コンサートを聴く
アットホームな温かさ 2021年7月3日 夏の宵コンサートを聴く

オペラに行って参りました。 過去の記録へのリンク

2021年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2021年
2020年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2020年
2019年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2019年
2018年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2018年
2017年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2017年
2016年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2016年
2015年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2015年
2014年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2014年
2013年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2013年
2012年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2012年
2011年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2011年
2010年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2010年
2009年 その1 その2 その3 その4   どくたーTのオペラベスト3 2009年
2008年 その1 その2 その3 その4   どくたーTのオペラベスト3 2008年
2007年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2007年
2006年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2006年
2005年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2005年
2004年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2004年
2003年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2003年
2002年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2002年
2001年 その1 その2       どくたーTのオペラベスト3 2001年
2000年            どくたーTのオペラベスト3 2000年

鑑賞日:2021年4月24日
入場料:B席 3F 3列52番 6800円

主催:公益財団法人日本オペラ振興会
日本オペラ振興会設立40周年記念公演
日本オペラ協会&藤原歌劇団公演

全2幕、字幕付原語(日本語)上演(新制作)
池辺 晋一郎作曲「魅惑の美女はデスゴッデス」
原作:三遊亭圓朝「死神」
台本:今村昌平

全1幕、字幕付原語(イタリア語)上演(新制作)
プッチーニ作曲「ジャンニ・スキッキ」(GIANNI SCHICCHI)
原作:ダンテ「神曲」
台本:ジョヴァッキーノ・フォルツァーノ

会場 テアトロ・ジーリオ・ショウワ

スタッフ

指 揮 松下 京介  
管弦楽 テアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ
ピアノ/チェレスタ 星 和代
シンセサイザー 玉崎 優人
合唱 日本オペラ協会アンサンブル
演 出 岩田 達宗
美 術 松生 紘子
衣 裳 下斗米 大輔
照 明 大島 祐夫
振 付 鷲田 実土里
舞台監督 菅原 多敢弘

出演

魅惑の美女はデスゴッデス

死神 長島 由佳
早川 村松 恒矢
たつ(早川の女房) 家田 紀子
やくざの鉄/若い葬儀屋 川久保 博史
医者 江原 実
鉄の父親 柿沼 伸美
轟社長 普久原 武学
金丸社長 井上 白葉
老婦人 西野 郁子
やくざの兄貴分/書生/執事 嶋田 言一

ジャンニ・スキッキ

ジャンニ・スキッキ 上江 隼人
ラウレッタ 砂川 涼子
ツェータ 松原 広美
リヌッチョ 海道 弘昭
ゲラルド 及川 尚志
ネッラ 楠野 麻衣
ベット・ディ・シーニャ 坂本 伸司
シモーネ 久保田 真澄
マルコ 大塚 雄太
ラ・チェスカ 山口 佳子
スピネッロッチョ先生 安東 玄人
アマンティオ・ディ・ニコラーオ 鶴川 勝也
グッチョ 渡邉 朋哉
ビネッリーノ 鈴川 慶二郎
ゲラルディーノ 網永 悠里

感 想

猥褻? 猥雑?‐日本オペラ協会「魅惑の美女はデスゴッデス」/藤原歌劇団「ジャンニスキッキ」を聴く

 落語の「死神」は「笑点」の司会だった桂歌丸の高座を聴いたことがあります。多分40年以上前。私が中学生か高校生の頃、場所は新宿の末廣亭でした。歌丸がよぼよぼのおじいさん死神を演じるのが上手くて、怖かった覚えがあります。翻ってオペラの「死神」。高度成長時代末期の1971年、NHK教育テレビで放送することを前提に作曲されたテレビオペラで、落語の「死神」をモチーフに台本は当時すでに映画監督として高名だった今村昌平、作曲家はまだ若手だった池辺晉一郎によって手がけられ、その後、舞台化されたものとのことです。日本オペラとしては再演の多い作品で、もう7回か8回再演されているようですが、私自身は縁がなく、今回初めて聴く作品です。

 作品は台本を社会派の巨匠・今村昌平が書いただけのことはあって、かなり映画的に仕上がっていると思いました。付けられた音楽も劇付随音楽や映画音楽に長けた池辺晋一郎の作品だけあって、色々な作曲技法がごちゃまぜになった映画音楽のような雰囲気。「インポ」だの「チンポ」だの、NHKでは当然放送できなかっただろうなと思われる淫語も飛び出し、主役の美女の死神は、黒い下着姿で早川を誘惑します。その猥褻や猥雑な感じがいかにも今村昌平ですが、演出の岩田達宗は、大げさな演技を出演者に求めていた様子で、下品な笑いに包まれます。オペラというよりはやはり映画を舞台化したようにも見えました。

 舞台装置は3つの棺桶を色々なものに見立てるもので、基本は簡素。元が落語ですから、これで想像の世界を膨らませるのも乙ですが、伝統的なオペラのように、声や歌で聴かせる作品ではなく明らかに映画的な作品なので、もう少し場面ごとの差をつけるなどのヴィジュアルな工夫があった方が猥褻、猥雑が強調されてより面白かったかも知れません。

 演奏は死神役の長島由佳が歌唱・演技ともよかったと思います。セクシーさを見せつける演技と正統的な歌唱とが相俟って、強い印象を残しました。日本語が明確に聴こえるのも素晴らしいです。なお、第一幕ラストのキャバレーのシーンで、歌姫に扮する死神が歌うのはオリジナルは西條八十作詞、中山晋平作曲の「東京行進曲」のようですが、今回は新百合ヶ丘を舞台にした新曲?になっていたのがおかしかったです。

 同じく主役の早川を演じた村松恒矢も明快な演技とはっきりした発音でよかったと思います。その他の脇役は早川の女房役を演じた家田紀子がしっかりした存在感を見せ、やくざの鉄/若い葬儀屋を演じた川久保博史も見事でした。偽医者・早川が活躍するシーンでのアンサンブルもよかったと思いますし、また合唱もセクシーな女声陣が黒服の男声陣とともに素敵なアンサンブルを聴かせて存在をアピールしました。

 後半のジャンニ・スキッキ。何と言ってもよかったのはアンサンブル。ツェータが軸になり、シモーネ、ゲラルド夫婦、マルコ夫婦、ベットによるアンサンブルはタイミングが合って声がよく重なると、見事に響きあうわけですが、今回は松原広美が軸となり、ベテラン久保田田真澄がしっかり支え、中堅の及川尚志、山口佳子の見事な歌心と、若手の大塚雄太、楠野麻衣の正確な歌唱が相俟って、ハッと思わせるような見事なアンサンブル。演技は猥雑で大げさなところは「魅惑の美女はデスゴッデス」と同様ですが、その猥雑さがしっかり音楽と調和しているのが良かったと思います。

 上江隼人のジャンニ・スキッキは2018年の二期会公演以来二度目です。前回も感じたのですが、悪くはないのですが、ジャンニ・スキッキに期待される人を食った感じの表出が、今一つ踏み込みが足りない感じです。そうしたほうがより存在感が示せたのではないかと思いました。

 砂川涼子のラウレッタは流石に安定した歌唱。海道弘昭のリヌッチョはブレスが甘いのか、高音があまりうまくいっていなかったのが残念だったのと、アリア的な部分はもっと歌に音が乗って行って欲しいところ。先に進む方向に意識が行っている感じで、丁寧さに欠けている感じがしました。

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鑑賞日:2021年4月25日
入場料:B席 3F 2列56番 6800円

主催:公益財団法人日本オペラ振興会
日本オペラ振興会設立40周年記念公演
日本オペラ協会&藤原歌劇団公演

全2幕、字幕付原語(日本語)上演(新制作)
池辺 晋一郎作曲「魅惑の美女はデスゴッデス」
原作:三遊亭圓朝「死神」
台本:今村昌平

全1幕、字幕付原語(イタリア語)上演(新制作)
プッチーニ作曲「ジャンニ・スキッキ」(GIANNI SCHICCHI)
原作:ダンテ「神曲」
台本:ジョヴァッキーノ・フォルツァーノ

会場 テアトロ・ジーリオ・ショウワ

スタッフ

指 揮 松下 京介  
管弦楽 テアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ
ピアノ/チェレスタ 星 和代
シンセサイザー 玉崎 優人
合唱 日本オペラ協会アンサンブル
演 出 岩田 達宗
美 術 松生 紘子
衣 裳 下斗米 大輔
照 明 大島 祐夫
振 付 鷲田 実土里
舞台監督 菅原 多敢弘

出演

魅惑の美女はデスゴッデス

死神 相楽 和子
早川 山田 大智
たつ(早川の女房) 沢崎 恵美
やくざの鉄/若い葬儀屋 井出 司
医者 立花 敏弘
鉄の父親 下瀬 太郎
轟社長 普久原 武学
金丸社長 別府 真也
老婦人 佐藤 みほ
やくざの兄貴分/書生/執事 平尾 啓

ジャンニ・スキッキ

ジャンニ・スキッキ 牧野 正人
ラウレッタ 別府 美沙子
ツェータ 古澤 真紀子
リヌッチョ 渡辺 康
ゲラルド 工藤 翔陽
ネッラ 中畑 有美子
ベット・ディ・シーニャ 泉 良平
シモーネ 東原 貞彦
マルコ 龍 進一郎
ラ・チェスカ 清水 理恵
スピネッロッチョ先生 和下田 大典
アマンティオ・ディ・ニコラーオ 杉尾 真吾
グッチョ 渡邉 朋哉
ビネッリーノ 鈴川 慶二郎
ゲラルディーノ 網永 悠里

感 想

若手の魅力、ベテランの力量‐日本オペラ協会「魅惑の美女はデスゴッデス」/藤原歌劇団「ジャンニスキッキ」(2日目)を聴く

 同じ演目を二日連続で見て、そのテイストや完成度の違いを楽しみました。

 「魅惑の美女はデスゴッデス」。こちらは昨日が初めて見たわけなので、二日連続で見ることで見えてきたことも色々あり、特に細かい演出の工夫などが見えたのはよかったのかなと思います。そして思うのは、全体の完成度が二日目が断然上だったということです。総じて若手歌手の頑張りが目立ちました。

 まず褒めなければいけないのは、死神を演じた相楽和子。初めて聴く方ですが、素晴らしいソプラノ・リリコ・レジェーロです。昨日、長島由佳の死神を聴いて、決して悪いとは思いませんが、この相楽の歌を聴いてしまうと、すっかり色あせてしまうほどです。とにかく高音がスパンと出て、グリッサンドやトリルの技術も長島よりも丁寧で綺麗。高音が華やかに響くのが聴いていて気持ちがいい。登場のシーンでぐっと引き付けられ、キャバレーのシーンでの歌謡曲(新百合行進曲?)も味があり、後半冒頭の自己紹介のアリアも立派で楽しめました。2016年国立音大大学院オペラがデビューということですからまだ30前でしょう。こういう有能な若手の歌を聴けることは本当に楽しいです。

 早川役も本日の山田大智の方がよかったと思います。新国立劇場の研修所時代に2回ほど聴いているバリトンですが、当時は結構生硬な歌を歌っていたと思います。今回は役に同化した感じです。歌唱的には昨日の村松恒矢と大きな違いはないのですが、演技のメリハリの付け方が初日の村松よりも自然かな、という印象。なお、偽医者になって死者を生き返らせる時の決め台詞は、早川役に任せられていたようで、それぞれ違っていました。どっちも爆笑ものですが、私の好みから言えば村松かな。まあ、存在感のあるいい歌でした。

 脇役陣も二日目が上だったように思います。まず井出司のやくざの鉄/若い葬儀屋がいい。チンピラ演技も昨日の川久保博史よりも壺に嵌っている感じで、歌も高音の伸びが見事に映えました。たつの沢崎恵美も流石の貫禄です。蓮っ葉な感じは家田紀子の方がよく出ていたと思いますが、日本オペラのヒロインを長年歌って来ただけのことはあって、言葉がクリアで、しっかりした存在感が良かったです。

 その他のメンバーも、昨日見ていて動きがだいたい見当がついていたことがありますが、皆さんよくやっておられました。チームワークの良さも二日目の方が上だったかもしれません。

 後半の「ジャンニ・スキッキ」。初日はアンサンブルの見事さに感心しましたが、二日目は個々の歌手の力量に満足した感じです。

 まずは何と言ってもタイトルロールの牧野正人が見事でした。ジャンニ・スキッキは今回初役だということですが、初役とは思えないほど素晴らしい。人を食った演技がまたいいです。声の迫力もまだまだ一級品です。役の感じ方や間の取り方が絶妙なのでしょう。それが経験の積み重ねなのだろうと思いますし、牧野の才能と努力なのだろうと思った次第です。文句なしのBravoです。

 別府美沙子のラウレッタも綺麗です。ただ、初日の砂川涼子の安定感には及ばなかった、というのが本当のところでしょう。リヌッチョを歌った渡辺康もいい。昨日の海道道昭で気になった高音の処理は渡辺では感じることがなく、綺麗に伸びていく。フィレンツェ賛美のアクートはこうじゃなくてはいけません。

 アンサンブル陣は、個性の強い方が多かったのか、昨日よりも個々の声が響いた感じ。その分アンサンブルとしての一体感は緩んでいたのかな、という印象。個別に申しあげれば、全体の中心となるべきツェータの古澤真紀子の重しが弱く、他の人たちの声に負けていた感が強いです。そう言う中で、ベットの泉良平やシモーネの東原貞彦のベテラン低音勢が強い声で存在感を示したのかなと思います。

 以上個性のぶつかり合いが強かったのかな、というのが二日目の印象です。

 指揮の松下京介は二日間とも手堅くまとめていました。オーケストラも特に気になることはありませんでしたが、「魅惑の美女はデスゴッデス」は1管16人編成での演奏。「ジャンニ・スキッキ」は、3管12型の編成でオケピットがいっぱいになりました。なお、書き忘れておりましたが、昨年の第1回目の緊急事態宣言の解除後、日本オペラ振興会の上演では初めてフェースシールドなしで演奏されました。これも公演成功に大いに役立っていたと思います。

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鑑賞日:2021年5月20日
入場料:C席 4F 1列44番 6930円

主催:新国立劇場

全4幕、字幕付原語(イタリア語)上演
ヴェルディ作曲「ドン・カルロ」(Don Carlo)
原作:フリードリヒ・フォン・シラー「ドン・カルロス」
台本:(フランス語)フランソワ・ジョセフ・メリ/カミーユ・デュ・ロクル
台本:(イタリア語)アキッレ・デ・ラウジェレス/アンジェロ・サナルディーニ

会場 新国立劇場オペラハウス

スタッフ

指 揮 パオロ・カリニャーニ  
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 三澤 洋史
演出・美術 マルコ・アルトゥーロ・マレッリ
衣 裳 ダグマー・ニーファイント=マレッリ
照 明 八木 麻紀
再演演出 澤田 康子
舞台監督 高橋 尚史

出演

フィリッポ二世 妻屋 秀和
ドン・カルロ ジュゼッペ・ジバリ
ロドリーゴ 高田 智宏
エリザベッタ 小林 厚子
エボリ公女 アンナ・マリア・キウリ
宗教裁判長 マルコ・スポッティ
修道士 大塚 博章
テバルト 松浦 麗
レノマ伯爵/王室の布告者 城 宏憲
天からの声 光岡 暁恵
フランドルからの6人の使者 上野裕之/千葉裕一/照屋睦/井出壮志朗/香月健/山下友輔
修道僧たち タン・ジュンボ/飛鳥井亮/小林宏規/佐藤哲朗/別府真也/龍進一郎

感 想

感情と正確さの間‐新国立劇場「ドン・カルロ」を聴く

 新国立劇場「ドン・カルロ」。7年ぶりの再演だったのですが、舞台美術はほぼ忘れていました。あんな岩の壁がぐるぐる回る演出だったかしら。7年前も素敵な演奏だったのですが、断片的には覚えていても、あまり印象深くない。そこがその時点での私の「ドン・カルロ」理解度だったのでしょうね。その意味では今回は作品をもっと堪能できたような気がします。

 演奏自体はいいところもたくさんあるけど、イマイチのところも沢山あったな、という感じです。何と言ってもオーケストラの細かいミスが耳に触りました。東フィルは最近は、昔と比較するとミスが少なくなったのですが、今回は少し目立ったなという感じです。初日ということが関係するのかもしれません。

 残念なところをちょっと上げると、第三幕の宗教裁判長の登場するシーン。この宗教裁判長は90歳を超える教会権力の長、という設定ですから、極めて重々しく登場するのが本当だろうと思います。ところが、スポッティという歌手。何か軽いんです。杖を突く感じなどを見ても全然重厚な感じがしない。前回の2014年は、この宗教裁判長を今回フィリッポ二世役になった妻屋秀和が歌った訳ですが、妻屋の宗教裁判長はまさに重厚そのもので、ラファウ・シベックのフィリッポとの低音二重唱は、本当に迫力のある素晴らしいものでした。今回はフィリッポを妻屋が歌ったわけですが、妻屋のフィリッポがまた素晴らしく良くて、宗教裁判長の登場する前の「一人寂しく眠ろう」は、まさに心に染み入る歌唱で、国王の孤独感を浮き彫りにしてみせました。だからその流れを壊して欲しくなかったのですが、スポッティの行為が台無しにした感じです。更に申し上げれば、スポッティの声は素晴らしく、その後の二重唱は全然悪くなかったのですが、音楽に寄り添い過ぎた印象で、教会権力の禍々しさみたいなものはあまり感じられず、私としてはちょっと残念でした。

 この演技と歌唱のバランスは難しい問題で、多くの場合日本人歌手、特に若い方は歌唱優先で演技が今一つのことが多く、一方外国からの招聘歌手の方は演技過剰で、音楽的にな正確さは今一つ、ということがよくあるわけですが、今回もそれは同様だったと思います。ただ、今回の日本人歌手は歌唱もしっかりしていて、かつ演技もそこそこにはしっかりやっていたので、全然悪くなかったと思います。

 特によかったのが、ロドリーゴの高田智宏。彼が若いころ2-3度聴いたことがあると思いますが、あまり印象の残ったバリトンではありませんでした。しかし、2019年の「紫苑物語」でなかなか素晴らしい歌唱を聴かせてくれて今回だったわけですが、本当に感心しました。とにかく声量が豊かで張りがある。ジバリのドン・カルロとの二重唱は綺麗にハモるのですが、バリトンの支えと声量が立派なので、安定感があります。存在感が半端ではない。同様に、第一幕後半のフィリッポとの二重唱も素晴らしい。声量がありよく伸びる妻屋秀和と張りのある高田智宏の二重唱はまさに迫力満点で魅力的でした。更に申しあげれば、第三幕後半のアリア、「終わりの日が来た」からロドリーゴの死に至るシーンの歌唱も感情と技術とのバランスが素晴らしく立派でした。

 エリザベッタの小林厚子も頑張りました。本年3月に聴いたジークリンデほど上手く行ってはいなかったとは思いましたが、今回が初日だったということや、ジークリンデは小林にとって初役でそれだけ真剣に取り組んだ、ということが関係するのかもしれません。とはいえ、悪い歌ではもちろんありません。まず、若き王妃の雰囲気をしっかり見せてくれていたのが良かったです。第1幕のドン・カルロとの二重唱は二人の意識の違いを感じさせてくれる歌唱も魅力的だったし、一番の聴かせどころである第4幕の「世の虚しさを知る神」はちょっとアクシデントがあったようで一瞬どうなるかと思いましたが、何事もなかったかのように処理し音楽の流れを変えなかったところ、立派です。またこのアリアの歌唱も非常に伸びやかな立派なもので、素晴らしいと思いました。

 一方で、外人の招聘歌手。まず、タイトルロールのジュゼッペ・ジバリ。リリックな声の持ち主で、軽いひ弱な感じを与える歌唱でした。悩める皇太子の役を上手に歌ったと思います。第一幕のアリア「彼女を永遠に失ってしまった」が甘っちょろいドン・カルロの性格を示した示したいい歌で、その後もひ弱さを示し続けました。よかったと思います。

 問題はエボリを歌ったアンナ・マリア・キウリでしょう。エボリは性格の複雑な役柄で、歌唱も「ヴェールの歌」から「酷い運命よ」と全く違った感じの歌を歌うわけですから、役作りが難しいのはよく分かりますが、この方感情過多なような気がしてなりません。「ヴェールの歌」の陽性の部分のテンションと「酷い運命よ」の劇的な表現のテンションが、ベクトルとしては違ってもスカラーとしてはどちらも必要量を超えている感じで鼻につきます。もっと冷静にポジションを下げて、低音を響かせて歌った方が良い結果になるような気がしました。

 それ以外の脇役陣ですが、松浦麗のテバルドが軽快で魅力的。レノマ伯爵/王室の布告者を歌った城宏憲は、出番は少ないですがしっかりと美声を響かせて秀逸。これまた僅かな出演ですが、光岡暁恵の天の声もよかったです。大塚博章の修道士は冒頭の合唱とともに歌ったところは魅力的でしたが、最後は声の響きが今一つ美しくなかったのが残念です。合唱はいつもながらの迫力。演出は、感染症対策で、本来よりも広がることが多いわけですが、そこは仕方がありません。

 以上いいところも悪いところもひっくるめて、ヴェルディの最大の作品を楽しみました。

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鑑賞日:2021年5月22日
入場料:B席 2F 10列25番 8000円

主催:公益財団法人東京二期会
後援:日本ヘンデル協会
共催:公益財団法人目黒区芸術文化振興財団

全3幕、字幕付原語(イタリア語)上演
ヘンデル作曲「セルセ」(SERSE)
台本:ニニコ・ミナート/ゲオルグ・フリードリヒ・ヘンデル

会場 めぐろパーシモンホール

スタッフ

指 揮 鈴木 秀美  
管弦楽 ニューウェーブ・バロック・オーケストラ・トウキョウ
合 唱 二期会合唱団
合唱指揮 根本 卓也
演 出 中村 蓉
装置デザイナー 松生 紘子
衣裳デザイナー 田村 香織
照明デザイナー 喜多村 貴
舞台監督 幸泉 浩司

出演

セルセ 新堂 由暁
アルサメーネ 櫻井 陽香
アマストレ 和田 美樹子
アリオダーテ 高崎 翔平
ロミルダ 牧野 元美
アタランタ 雨笠 佳奈
エルヴィーロ 菅原 洋平
ダンサー 中村理/北川結/池上たっくん/久保田舞/田花遥/山田暁

感 想

本質を突いているのかもしれないか・・・‐二期会ニューウェーブ・オペラ劇場「セルセ」を聴く

 「セルセ」を見たのは15年ぶりです。15年前は新国立劇場の小劇場オペラシリーズとして取り上げられ、まだ新進だった大隅智佳子が素晴らしいロミルダを演じたことだけを覚えています。その時の演出は三浦安浩だったようですが、三浦の演出はよく分からないもので、筋はちゃんと理解できなかったようです。何となく、ヘンデルのオペラ・セリアの代表作みたいな理解だけで今日に至っていました。

 バロック時代のオペラ・セリアと言えば、慈悲深い王様のお陰で全てが丸く収まった、シャンシャンシャン、みたいな印象があり、「セルセ」だって大きく言えば、その範疇から外れてはいませんが、実際はもっとドロドロです。セルセ王が弟アルサメーネの恋人ロミルダに横恋慕を押し、ロミルダの妹アタランタもアルサメーネに横恋慕する。そして、セルセとアタランタはロミルダとアルサメーネの気持ちを自分に向けるために画策する。セルセの策略は最後は失敗しすべては元のさやに戻るわけですが、セルセが元々の婚約者のアマストレと結婚することについて本当に納得しているかと言えば、そんなことはないだろうな、と思います。様式的にはオペラ・セリアの枠の作品ではありますが、内容はまさに喜劇的で、そこをどう見せるのかが演出家の腕の振るいどころでしょう。

 中村蓉は、この喜劇的セリアをかなり下世話な演出で見せました。時代はよく分からない。王様は記号的に王冠を付けたりマントを被ったりしていますし、ロミルダとアタランタの姉妹も落ち着いた姉の衣裳と活発な妹の衣裳という感じで、全体的にファンタジーゲームの中のキャラクターのようにも見えます。姉妹の部屋や酒場のセットはかなり現代風。そこにダンサーも登場して、歌手もダンサーと一緒に踊ります。中村はコンテンポラリーダンスの振付師でダンサーなのだそうですが、その踊りはバレエを根本にあるようには思いましたが、なんか多様すぎてよく分からない、というのが正直な感想です。この踊りがこの作品の下世話な感じを強調して面白いとは思いましたが、一方で、そのダンスがあったために音楽のバロック的な様式感がかなり壊されていたのではないか、という風に思いました。

 とにかく、全体的に軽いのです。バロック音楽を重厚に演奏しないというのが、オーセンティック演奏が開始された1980年代以降のトレンドだとは思っていますが、こんなに軽くていいのかな、と思いました。とりわけ、演出が軽いので、音楽もより軽く聴こえたという側面があるのかもしれませんが、歌手たちも地にしっかり根を張らずに歌っている感じで、全体的に浮ついています。そのため、音楽的正確性がかなり失われているのではないかと感じました。作品はコメディでもオペラ・セリアの枠組みの中で書かれている作品ですから、音楽的な側面をきっちり固めたうえで、一定の重厚さを示した舞台づくりをしたほうが良かったのではないかというのが最大の感想です。

 更に申し上げれば、中村蓉の要求は歌手たちには厳しすぎたのではないかと思います。欧米の本当に力量のある歌手であれば、踊っても息を切らさずにアリアを歌えるのでしょうが、日本人の若手はそれができるほどの力量はないようです。もちろんそういう歌手が沢山現れるのを期待しないわけではありませんが、現実にそれができる力量がないのですから、そこは演出が引いて、歌手たちに歌いやすい環境を提示すべきではないのか、と思いました。もっと言えば、歌手の踊りも本物のダンサーの中に入ると全然よくない。結局歌も踊りも中途半端で、ダメだった感じです。「二兎を追って一兎も得ず」というのが今回の舞台を見た正直な感想です。

 この演出の影響を最も受けたのがタイトル役の新堂由暁。元々の実力がさほどある方ではないのでしょうが、完全に息が上がった歌で全然よくありませんでした。最初の「緑の木陰で」位、もっとたっぷりとした歌を聴かせてほしかったと思いますが、そこすら声が飛んでこない。その後もメリスマが全然上手く行っていない。メリスマは一定の強弱とスピードで進んで欲しいところですが、この方のメリスマ、コントロールが滅茶苦茶で、聞き苦しいことこの上ない。歌に影響を与えるような踊りならやめるべきでしょう。歌い込みも不十分だったのではないか?何か、とってつけたような歌唱の部分もあり、聴いていて暗然とさせられました。

 一方で、ロミルダ役の牧野元美は頑張っていたと思います。もちろん演出に振り回されているので、いろいろ難しいところはあったと思いますが、よく声は伸びていました。聴かせどころのレシタティーヴォ・アコンパニャート付きアリア「あの人を愛するの?~それは妬みです」はしっかり盛り上げてまとめましたし、高温も中低音もしっかりした厚みのある声で歌い上げました。本日聴けた中で一番の収穫だったと思います。

 アタランタの雨笠佳奈も悪くない。ソプラノ・リリコ・レジェーロの声で、嘘吐き妹を生き生きと歌っていきます。第一幕の最後のアリアは軽い声で邪悪な決心を歌いますが、これは声は若干浮ついている感がありましたが、高音の生き生きしたところが見事でした。

 アルサレーメの櫻井陽香もまあまあでした。前半はあまり存在感を感じさせてくれませんでしたが、後半はしっかりと自分の役目を果たしたというところでしょうか。

 それ以外の枠役も方々も頑張っていましたが、上にも書いたとおり、主役、脇役を通じて総じて軽いと思いました。歌が軽いというより、存在が軽い。結果として軽薄な感じがずっと付きまとっていて、それがこの作品の下世話さを強調していましたが、じゃあ、それが本当によいのか、と言われれば、違和感は拭われません。鈴木秀美の前に進む音楽づくりは悪くなかったのかもしれませんが、どうしても演出に引っ張られているような感じがあって、そこも納得いったとはいえません。

 ちなみにカットはそれなりにありました。ノーカットで演奏すれば3時間かかる作品が正味2時間で上演されたことになります。二期会のサイトに演奏曲の情報が記載されていましたので、リンクを貼っておきます。興味のある方はご覧ください。

オペラの散歩道(二期会blog) | 5月 二期会ニューウェーブ・オペラ劇場 ヘンデル『セルセ』演奏予定楽曲について (nikikai21.net)

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鑑賞日:2021年6月12日
入場料:B席 2F H列33番 6000円

主催:公益財団法人ニッセイ文化振興財団
助成:芸術文化振興基金/文化庁文化芸術振興費補助金
協賛:日本生命保険相互会社

全4幕、日本語字幕付日本語翻訳上演(訳詞:宮本 益光)
プッチーニ作曲「ラ・ボエーム」(La Bohème)
原作:アンリ・ミュルジェール作『ボヘミアン生活の情景』
台本:ジュゼッペ・ジャコーザ/ルイージ・イッリカ

会場 日生劇場

スタッフ

指 揮 園田 隆一郎  
管弦楽 新日本フィルハーモニー交響楽団
合 唱 C.ヴィレッジシンガーズ
合唱指揮 水戸 博之
演 出 伊香 修吾
美 術 二村 周作
衣 裳 十川 ヒロコ
照 明 斎藤 茂男
ヘアメイク 田中 エミ
振 付 伊藤 範子
日本語訳詞・字幕 宮本 益光
舞台監督 幸泉 浩司、蒲倉 潤

出演

ミミ 安藤 赴美子
ロドルフォ 宮里 直樹
ムゼッタ 横前 奈緒
マルチェッロ 今井 俊輔
ショナール 北川 辰彦
コッリーネ デニス・ビシュニャ
ベノア 清水 宏樹
アルチンドロ 小林 由樹
パルピニョール 工藤 翔陽

感 想

日本語翻訳のむつかしさ‐NISSAY OPERA 2021「ラ・ボエーム」を聴く

 色々な意味でチャレンジングな舞台だったと思います。ただ、そのチャレンジが期待したほどの効果が上がっていなかったというのが正直なところでしょう。

 まず最初の大きなチャレンジは、宮本益光による日本語翻訳を用いて上演したということ。宮本はずいぶん前からオペラの日本語翻訳に取り組んでいて、2,3回彼の翻訳によるオペラ上演を見ていますが、正直なところ、成功しているとは言い辛いところがありました。今回の「ボエーム」の翻訳も同様で、耳だけで理解するのはかなり困難。これはイタリア語の音韻体系の中作曲されている音楽にまったく別の構造の日本語を嵌めるむつかしさと、日本語に同音異義語が多くて、文脈が明確にならないとその意味が理解できないようになっている、ということがあるわけです。宮本もそのことは当然理解していて、かなり工夫されて分かりやすくなっていたとは思いますが、それでも解決しきれないところは何か所もあって、字幕を頼らざるを得ませんでした。ただ、「ラ・ボエーム」というよく知られたオペラに関して、原語で言っていることをかなり正確に日本語に移し替えているところは素晴らしいと思います。辛口で申し上げればまだ合格点には達していないと思いますが、ここまでの翻訳に仕上げてきたことを評価すべきでしょう。

 なお、日本語の特性なのか、低音は分かりやすく高音は分かりにくい。今回も男声歌手の言っていることはかなり早口や、二つの声が重なっていても相当のところまで分かるのですが、女声が分かりにくい。安藤赴美子の「私の名はミミ」。有名なアリアなので書かれている内容はもちろん理解できているのですが、彼女の声で聴くと歌詞の半分は何と言っているか分からない。これは彼女はそもそもちょっと籠り気味の声で、それがイタリア語の発声であれば十分外に飛ばせるのでしょうが、日本語になると母音が籠ってしまう感じになるのです。それでもごもごとなってしまい分からなくなっているという、彼女の日本語歌詞を歌うときのテクニックの問題がひとつと、日本語が高音に乗りにくい、という両方の問題だろうと思います。横前奈緒のムゼッタは安藤ほど籠っている感じはありませんが、「私が街を歩くと」などは、高音が連続すると日本語が不明瞭でした。

 伊香修吾の演出は、このオペラを死ぬ直前のミミの回想としたことが特徴です。文学的に申しあげれば「死ぬ寸前に一生の思い出が頭の中をぐるぐる廻る」ということです。だから、ミミは自分が歌わないときでも常に舞台にいるし、ミミが見えていないところのシーンの演技はカットされる。例えば今回第二幕の合唱やパルピニョールの歌は全て舞台裏で歌われます。カフェ・モニュスの店の中で飲んでいるミミたちにとって、町の喧騒は音として聴こえてはいるけど姿は見えない、ということですし、二幕の幕切れの、アルチンドロが合算された請求書を見て驚く演技も、ミミたちは既に店を逃げ出した後ですから、彼女たちが見えていない演技なのでやらないのです。

 こういう演出はもちろんありですけど、ミミが本当に出ずっぱりだという大変さで、歌に影響を与えていなかったか、というのは気になるところです。また演出の趣旨は、オペラの冒頭で、通常演奏される前奏の前にミミの死のシーンでも流れるミミとロドルフォとの出会いのテーマが流れ、そこに、ベッドに横たわったミミを見せたことからも明らかですが、休憩時に耳に飛び込んでくる観客の話を聞いていると、そこに気づいていない人は多かったようで、プログラムに演出ノートを入れたほうがよかったかもしれません。

 さて演奏ですが、まず褒めるべきは宮里直樹のロドルフォ。本当に素晴らしい。今、日本人のロドルフォと言えばまず宮里が上がると思いますが、その評判にたがわない歌いっぷり。高音はよく伸びますし、アクートは綺麗に決まる。日本語歌唱による違和感が全くなかったわけではないのですが、それ以上に声が素晴らしくて、歌詞のことなどどうでもよくなってしまいます。声だけであそこまでお客さんを引き付けられること、「素晴らしい」としか言うべき言葉を持ちません。冒頭のマルチェッロとの掛け合いの部分からしっかり存在感を見せ、最後の「ミミ、ミミ」と慟哭するところまで一貫してテノールの魅力を見せました。Bravoです。

 男声低音陣で一番良かったのは北川辰彦のショナール。アリアもなく、人が多い中でのアンサンブルにしか絡んできませんが、歌が丁寧で正確なのでしょう。日本語も明瞭で、歌にも一定の抑制が効いていてバランスがいい。それでいてしっかり存在感を見せている。素晴らしいと思いました。一方で、今井俊輔のマルチェッロは悪くないのだけれども、宮里ロドルフォに対抗してしまうのか、声を張り上げすぎて雑になってしまうところが何か所もありました。そこがもう少し抑制された歌になった方が完成度は上がったように思います。デニス・ビシュニャのコッリーネもしっかりした低音で悪くないのですが、日本語で歌うことに慣れていないのか、存在にどこか引いた感じがありました。「外套のアリア」は悪くはないけど、本来のイタリア語歌唱で感じられる情緒が日本語では希薄になっている感じで、そこが残念だったかもしれません。

 清水宏樹のベノア。いやらしさが足りない。またベノアが入ってきて追い出すところまでの流れですが、イタリア語歌唱ではここにスケルツォ的面白さがあるのですが、日本語の歌唱・演技ではあまりメリハリがなく、あのシーンの面白さを表現できていなかったように思います。

 ミミに関しては基本全然悪くない。雰囲気も出ていますし、出ずっぱりであるという緊張感がそうさせたのでしょうが、立ち居振る舞いも綺麗です。ただ、歌については上述の通り、声が籠る傾向があって日本語がはっきり聞き取れなかったのが残念です。また、気持ちの入り込み方がどこかよそよそしいと思った部分もあります。そのあたりの表現は工夫がありそうです。

 横前奈緒のムゼッタは、「ムゼッタのワルツ」の歌詞がはっきりしなかったきらいはありますが、その他は比較的わかりやすかったのかなと思います。第三幕四重唱でのマルチェッロとの痴話喧嘩。ミミとロドルフォとの愛の二重唱が、ちょっと暗めだったのに対し、こちらは明晰ではきはきしていて、その対比はよかったです。

 園田隆一郎の音楽づくりは、日本語上演ということを意識していないような指揮だったと思います。というより、それを意識しすぎると色々問題が生じるので、音楽を音楽として進めることに注力したのでしょう。結果としてこの作品の持つ流れが上手に転がっている感じで、スムーズに音楽が流れました。20分の休憩込みで2時間10分の上演時間がアナウンスされていたのですが、開始時間が5分遅れたことを含めると、ほぼその時間に収まりました。カットはほとんどなかったと思います。

 以上実験的な舞台であることを分かったうえで伺ったのですが、それでも日本語訳詞でオペラを上演するむつかしさと強く感じました。これが原語だったらもっと楽しめただろうとは思いますが、それを申し上げてはいけませんね。

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鑑賞日:2021年6月13日
入場料:自由席 3000円

主催:町田イタリア歌劇団

全3幕、日本語字幕付原語(イタリア語上演)
ヴェルディ作曲「仮面舞踏会」(Un ballo in maschera)
原作:ウジェーヌ・スクリーブ作「グスタフ3世 または 仮面舞踏会」
台本:アントニオ・ソンマ

会場 町田市民フォーラム

スタッフ

指 揮 遠藤 誠也  
ピアノ 土屋 麻美
合 唱 町田イタリア歌劇団合唱部
演 出 川島 慶子
舞台監督 原田 統

出演

リッカルド 榛葉 樹人
アメリア 宮川 典子
レナート 新井 健士
オスカル 若田 瞳
ウルリカ 織田 麻美
サムエル 横田 圭亮
トム 熊田 享徳
シルヴァーノ 中山 晋司
判事・使者 須藤 章太

感 想

素晴らしい熱気は褒めましょう‐町田イタリア歌劇団「仮面舞踏会」を聴く

 コロナ禍で公演が出来なくなった町田イタリア歌劇団が存亡の危機にある、というローカル記事が出たようです。私は直接記事を見ていないのですがSNSで教えてくださる方がいて、今までアグレッシブな活動をしてきた団体がなくなるのはたいへん惜しいと思い、この「仮面舞踏会」が上演されると聞いて、早速伺いました。なお、この舞台は、本来5月初めの連休中に予定されていたものですが、6月5日と13日に分散して上演されたものです。

 まず言えることは出演者全員が意欲的にこの上演に取り組み、がんばったということだろうと思います。もちろん力量的には差があり、気になるところも多々あったわけですが、声の出し方などを見ていると少なくとも全員が同じベクトルで目標に向かっていたことはよく分かりますし、舞台上のチームワークもよくとれていたと思います。「何とか、いい演奏で終わらせてやろう」という燃える心が全体に感じられました。その点は間違いなくBraviな演奏だと思います。

 しかし、その熱気の部分を取り除いたとき、今回の演奏で何を褒めるべきかと考えると、あまりないな、と思います。少なくとも私の好みではありませんでした。

 「仮面舞踏会」はヴェルディの中期の悲劇であることは確かでなのですが、唯悲劇というよりは喜劇的要素もあるし、軽めな表現が大切な作品だろうと思います。しかし、その音楽的特徴はほぼ聴こえてこなかったのが最大の不満です。音楽の方向性は一致していましたが、「仮面舞踏会」として魅力的な表現ではなかったということです。

 その中で頑張ったのはリッカルドを歌った榛葉樹人。高音がやや痩せてしまうのが残念でしたが、基本端整で、重すぎることのない歌唱は本来のリッカルドらしい表現でよかったと思います。榛葉の表現を基本に他の歌手が合わせてくれればもっと良かったと思うのですが、結構みなさん重厚志向で、せっかくの味わいをダメにしていました。

 まずアメーリア役の宮川典子。この方、ドラマティックな声で凄いのですが、その分、アメーリアの清楚な感じが表現されていない。また、低音も迫力があるのですが、低音を地声で歌って迫力を示すのは如何なものか。禁じ手だとまでは申しませんが、地声と裏声とのチェンジがあそこまであからさまだと聴いていて白けてしまいます。ドスを聴かせたいなら、メゾの役を歌うべきでは、と思いました。更に申し上げれば高音もしっかり上まで届いていないところがあり、結果として常時表現が暗めでした。

 新井健士のレナートも残念。まず声が重く、上に上がろうとすると頭が押さえつけられているようで、「どっこいしょ」という感じで上がっていく。また、その中でも軽い表現があればよいと思うのですが、常にフルヴォイスで歌っている感じで、メリハリがない。熱気を示すのはいいけどバランス的には如何か。更に言えば、歌唱時の姿勢も今一つで、いつも酔っぱらって歌っているように見える。一番有名なアリア「お前が心を汚すもの」も重すぎる表現で、私は全然いいと思いませんでしたが、舞台裏から「アンコール」との声が掛かり二回歌わされました。200年前のイタリアならいざ知らず、ストーリーの進行も含めてオペラなのに、わざわざ物語を止めてしまうのは賛成できませんし、また、それでもほんとうに素晴らしい「お前が心を汚すもの」であればアンコールもありかと思いますが、決していいとは思えない歌でアンコールを歌わせるのは主宰者の見識を疑います。

 反対に織田麻美のウルリカはウルリカとしてのおどろおどろしさが十分に表現できていませんでした。というより、織田程度の表現でウルリカは十分であり、他の歌手がもっと軽い表現でウルリカの重さを助けてやるのが本当ですが、宮川のようにウルリカ以上にドスを効かせれば、ウルリカが埋没してしまうのは仕方がありません。

 若田瞳のオスカル。この中では声量が足りず埋没してしまう方向にありましたが、技巧的役割だけあって、そこはしっかり果たしていました。息が転がって流れていた人はこの方だけのように思います。軽めの高音の表現が素晴らしく、アリアもよかったです。

 サムエルとトムの二人はどちらも無理やり低音を響かせているような感じではありましたが、いいと思います。判事役の須藤章太も軽妙な歌でよかったです。

 なお、合唱も悪くないのですが、コンチェルタートになると、みんなが「俺も、俺も」という感じで歌って、熱気はどんどん上がるのですが、声がどんどん飽和して、バランスがとれなくなってしまう。全体的に音楽的な見通しが取れておらず、せっかくの熱気が空回りした感じでした。指揮者はいるのですが、テンポを取っているだけで、音楽的なバランスまでは面倒を見ていなかったのでしょうか?そこが整理されればもっと良く仕上がったと思うので、残念です。

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鑑賞日:2021年6月25日

入場料:6800円 B席 2F E列27番

藤原歌劇団公演/ NISSAY OPERA2021公演

主催:公益財団法人日本オペラ振興会/公益財団法人ニッセイ文化振興財団

全2幕、字幕付原語(イタリア語)上演
プッチーニ作曲「蝶々夫人」(Madama Buttefly)
台本:ジュゼッペ・ジャコーザ/ルイージ・イッリカ

会場 日生劇場

スタッフ

指 揮 鈴木 恵里奈
管弦楽 テアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ
合 唱 藤原歌劇団合唱部
合唱指揮 須藤 桂司
演 出 粟國 安彦
美 術 川口 直次
衣 裳 緒方 規矩子
照 明 奥畑 康夫、西田 俊郎
振 付 立花 寶山
再演演出 久恒 秀典
舞台監督 菅原 多敢弘

出 演

蝶々夫人 小林 厚子
ピンカートン 澤﨑 一了
シャープレス 牧野 正人
スズキ 鳥木 弥生
ゴロー 松浦 健
ボンゾ 豊嶋 祐壹
ヤマドリ 相沢 創
ケイト 吉村 恵
神官 立花 敏弘
子供 川岸 花

感 想

会場の違い、音響の違い‐藤原歌劇団・NISSAY OPERA2021「蝶々夫人」初日を聴く

 この粟國安彦演出の「蝶々夫人」。「蝶々夫人」の代表的な名演出だと思うけど、藤原歌劇団でずっと使い続けてきた演出ではないのですね。確か、私は藤原歌劇団の「蝶々夫人」、今回で5回目だと思うけど、昔は別の演出を使われていたと思います。この粟國演出に戻ったのは2014年の公演からですね。そこから今回が三度目。ちなみに今回の公演は2019年4月のテアトロ・ジーリオ・ショウワで行われた公演をそのまま持ってきた感じです。

 2019年公演は、私がメインで聴いたは迫田美帆が外題役を務めた公演なのですが、小林厚子が外題役を務めた公演もゲネプロを見せていただきました。ちなみにその時のキャストは、ピンカートンが笛田博昭で、今回の澤﨑一了とは異なりますが、蝶々さんからゴローまでの歌手は皆同じ。指揮も鈴木恵里奈、オーケストラも今回同様テアトロ・ジーリオ・ショウワオーケストラでそこも一緒。あの時はゲネプロということでまだ調整を行いながらの歌唱だったのですが、それでも皆素晴らしいパフォーマンスで、大いに感心いたしました。だから今回も期待を込めて伺ったのですが、正直なところ、全体としてはイマイチの出来と申しあげるべきでしょう。

 その責任はまず指揮者にあると思いました。鈴木恵里奈の指揮は二年前と基本的に変わっていないと思います。基本硬めで、リズムをしっかり刻んでいく指揮。しかし、それがテアトロ・ジーリオ・ショウワより音の響きが硬い日生劇場では、オーケストラの音が混じりあわない方向に行ってしまう。木管も、金管も劇的なシーン以外ではもっと柔らかく鳴って欲しいのですが、すぐに生々しい音で迫ってきます。それも音が集約する方向に行ってくれればよいのですが、発散する方向に行ってしまって、聴いていて居心地が悪い。このオーケストラの鳴り方は、歌手にとっても歌いやすくはなかった様子で、歌っていて戸惑っている感がありました。

 例えばピンカートンの澤﨑一了。アリア的なところはもちろんさすがの声なのですが、ちょっとしたところで、戸惑いが感じられます。それはシャープレスを歌った牧野正人も同様。最初はどこか戸惑っている感じで、なかなかいつもの牧野にならない感じです。第一幕の蝶々夫人の登場するシーンまでは、出演者の音楽的方向性が一致していなかったのではないか、という感じがしました。

 小林厚子の蝶々さんも不調、というのが本当のところでしょう。新国立劇場で聴いたジークリンデやエリザベッタと比較すると明らかに完成度が低い歌唱です。「ある晴れた日に」のような聴かせどころや高音で張るところは流石の声と技術で魅了しますが、低音部のコントロールが今一つですっぽ抜けるように音を外すのことが再三ありました。それでも所作は見事だと思います。この舞台に慣れているのだろうと思います。

 所作と言えば鳥木弥生のスズキが流石です。目立たないけれどもやらなければいけないところが多いのがスズキ役割。そこをしっかりやって素晴らしいです。歌の方は、「花の二重唱」のような聴かせどころでは蝶々さんとのいい関係を作って見事なのですが、音楽的関係性という観点で言えば、絡み合いが今一つ弱かったな、という印象はあります。おそらく、オリジナルの粟國演出よりもソーシャルディスタンスをとったのでしょうね。それが全般的な音楽的絡み方の弱さに繋がったような感じもします。更に音の混じりにくい日生劇場ということもあって、よりそう感じたのかもしれません。

 松浦健のゴロー。松浦のゴローと言えば当たり役で有名ですけど、かつて感じられたえげつない存在感が薄くなった感じがします。これも距離感のせいかもしれません。

 以上、その他の歌手も含め、もっとがっちりと締められる演奏だったとは思いますが、結局そうはならず、ちょっと残念でした。

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鑑賞日:2021年6月26日

入場料:6800円 B席 2F A列51番

藤原歌劇団公演/ NISSAY OPERA2021公演

主催:公益財団法人日本オペラ振興会/公益財団法人ニッセイ文化振興財団

全2幕、字幕付原語(イタリア語)上演
プッチーニ作曲「蝶々夫人」(MadamaButtefly)
台本:ジュゼッペ・ジャコーザ/ルイージ・イッリカ

会場 日生劇場

スタッフ

指 揮 鈴木 恵里奈
管弦楽 テアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ
合 唱 藤原歌劇団合唱部
合唱指揮 須藤 桂司
演 出 粟國 安彦
美 術 川口 直次
衣 裳 緒方 規矩子
照 明 奥畑 康夫、西田 俊郎
振 付 立花 寶山
再演演出 久恒 秀典
舞台監督 菅原 多敢弘

出 演

蝶々夫人 伊藤 晴
ピンカートン 藤田 卓也
シャープレス 井出 壮志朗
スズキ 丹呉 由利子
ゴロー 井出 司
ボンゾ 村田 孝高
ヤマドリ 村松 恒矢
ケイト 北薗 彩佳
神官 立花 敏弘
子供 普久原 傑人

感 想

チームの違いの音楽への影響について‐藤原歌劇団・NISSAY OPERA2021「蝶々夫人」2日目を聴く

 二日間別キャストの同じプロダクションを見て、色々と考えることがありました。演奏全体の出来、という点では二日目が断然上。これは両方見た人なら、100%の方が首肯するのではないでしょうか。何を言っても音楽の流れが違います。初日は音楽の流れにぎくしゃくしたところがたくさんあって、それに対応することに歌手の方がかなりエネルギーを使っていた感じです。このぎくしゃくはオーケストラが悪いということはあると思うのですが、オーケストラが悪いだけではなく、歌手同士の間でも息が合わないと言ったことがあったのではないかと思います。それが二日目はほとんど感じられなかった。

 初日は冒頭の前奏曲の部分から変でした。ホルンか何かが飛び出して、それが全体の気持ちを削いだというのはあるのでしょう。それで鈴木恵里奈もかっちりと指揮する方向に行ってしまって、流れを乱してしまったのではないかという気がします。二日目はオーケストラの事故が初日よりも断然少なかったですし、鈴木も指揮のやり方を初日と変えてきたようで、初日よりもレガートが勝つ演奏になっていました。とはいえ、弦楽器が少なすぎます。日生劇場のオーケストラピットは狭く、そこに三管のオーケストラを入れるので、どうしても弦楽器にしわ寄せが来ます。コントラバスが2本でしたので、第一ヴァイオリンが最大で10。実際は10人もいなかったのではないかしら。この弦の数で三管のオーケストラを支えるのはそもそも無理がある。本当であれば第一ヴァイオリンを14人ぐらい入れられれば弦の音が厚くなって、管楽器の音もまろやかに響かせてくれるのですが、そういう悪条件の中で、初日とは違った音楽づくりをして全体をしっかりまとめ上げた鈴木恵里奈をまずは褒めたいと思います。

 そのまとまった音楽に乗って、歌手陣も伸び伸びと歌唱演技ができたのではないか。そんな風に思います。

 とにかく音楽の流れがいいので歌に無理がない。「これからアリアを歌います」みたいな大げさな感じがどこにもなくて、流れに乗りながら声を出していくので、自然なのです。プッチーニはドラマと音楽とが一体化している時期の作曲家ですから、自然な流れに乗る方が良いのは当然です。それこそチームワークの音楽です。「蝶々夫人」は代表的なプリマドンナオペラですが、プリマドンナだけがいくら頑張ってもダメで、チームとして上手く回ることがとても大事なのだな、と、再認識したところです。

 とはいえ、断然よかったのは何と言ってもタイトルロール・蝶々夫人の伊藤晴。蝶々夫人と言えば、ソプラノ・リリコ・スピントの代表的な役柄のひとつですが、一幕では可愛らしく、二幕はどんどん劇的になっていくというのが役柄的に似合っている。伊藤はそれが上手く行っていました。登場したときの可愛らしい雰囲気からピンカートンとの愛の二重唱。自分がピンカートンだったら、本当にメロメロになって、置いてアメリカに戻るなんて考えられない可愛らしさ。一転して二幕は女の情念が迸る音楽。「ある晴れた日に」がいいのはもちろんだったのですが、ヤマドリを追い払い、花の二重唱、そして、第二幕後半の絶望の音楽に至るまで、凛とした強さが感じられてクライマックスまでの盛り上がりも見事でした。所作も綺麗。Bravaと文句なしで申しあげられる歌唱。本当に素晴らしい。

 ピンカートンの藤田卓也も手慣れた歌。予定されていた小笠原一規からの急な変更でしたが、2019年にこのプロダクションに参加していたこともあって、バランスのいいピンカートンです。ピンカートンは能天気な敵役ですが、その能天気な感じの観客をイラッとさせる感じがちょうどいい。

 シャープレスの井出壮志朗は美声です。シャープレスが美声である必要があるかどうかは疑問があるところですが、美声でオロオロした感じを出すのはなかなか聴きごたえがあると思います。丹呉由利子のスズキも、ちょっと引いた感じの歌唱演技が見事でした。そして井出司のゴロー。藤原「蝶々夫人」でゴローと言えば松浦健が第一人者だったわけですが、二日連続で聴くと井出の方がいいです。女衒としてのいやらしさの表現が井出の方が旨く行っていたと思いました。

 以上チームとして初日よりもまとまっており、音楽としても初日よりもずっとよいものにまとまりました。このチームワークにBraviを送りたいと思います。

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鑑賞日:2021年7月3日
入場料:自由席 4000円

主催:ブリランテムジカ

音大系ではないオペラ歌手ユニット「I Traviati」コンサート

会場 銀座クラシックホール

出演

ピアノ 藤原 藍子  
ソプラノ 川越 塔子(東京大学法学部卒業)
ソプラノ 藤井 泰子(慶応義塾大学総合政策学部卒業)
ソプラノ 山口 安紀子(神戸女学院大学人間科学部卒業)
メゾソプラノ 池田 香織(慶応義塾大学法学部卒業)
メゾソプラノ 松浦 麗(大阪教育大学教養学科卒業)

プログラム

作曲 作詞/作品名 曲名 演奏
モーツァルト フィガロの結婚 序曲 藤原 藍子(pf)
モーツァルト フィガロの結婚 ケルビーノのアリア「恋とはどんなものかしら」 松浦 麗
モーツァルト フィガロの結婚 伯爵夫人とスザンナの手紙の二重唱「いと柔らかき西風が」 山口 安紀子/川越 塔子
プッチーニ トゥーランドット リューのアリア「氷のような姫君の心も」 藤井 泰子
ヴェルディ アイーダ アイーダのアリア「勝ちて帰れ」 山口安紀子
バーンスタイン キャンディード クネゴンデのアリア「きらびやかに着飾って」 川越 塔子
オッフェンバック ホフマン物語 ジュリエッタとニコラウスの二重唱「美しい夜、愛の夜」 藤井 泰子/松浦 麗
サン・サーンス サムソンとデリラ デリラのアリア「あなたの声に心は開く」 池田 香織
プッチーニ 蝶々夫人 蝶々夫人とスズキの花の二重唱「桜の花を揺さぶって」 全員
アンコール
グノー ロメオとジュリエット ジュリエットのワルツ「わたしは夢に生きたい」 川越 塔子
ジョルダーニ 作詞者不詳 カーロ・ミオ・ベン(ヴァリエーション付き) 松浦 麗
ビゼー カルメン カルメン、フラスキータ、メルセデスによるジプシーソング「にぎやかな楽のしらべ」 全員

感 想

アットホームな温かさ‐「夏の宵」コンサートを聴く

 人間の身体が楽器ということもあって、声楽だけは大人になってからでも始められます。というより、本格的に学べるのは大人の身体が出来てから、という部分があります。そのためプロの音楽家の中で音大出でない方が一番多いのは声楽の分野です。現実に日本のオペラ歌手でも音大出でない方はたくさんいらっしゃる。特に男声ではそれなりに多いと思います。さて、その音大ではない大学を卒業してオペラ歌手として活躍しているメンバーを集めて、「道を踏み外してオペラ歌手になってしまった人たち(I Traviati)」の結成コンサートが行われました。今回は女声のみ5人のみの出演ですが、今後は男声も入れて活動の輪を広げて行くそうです。

 それにしても歌と学歴は全く関係ないですね。川越塔子や山口安紀子は藤原歌劇団で主役を張るプリマドンナですし、池田香織は日本を代表するワーグナー歌手で、今年になってからも二期会の「サムソンとデリラ」でのデリラ役と、新国立劇場「ワルキューレ」のブリュンヒルデで素晴らしい歌唱を披露しました。松浦麗も藤原のメゾ役で何回か聴いていますし、藤井泰子は今回初めて聴く方ですが、イタリア在住で現地で活動されているそうです。

 今回のコンサートはそのお披露目のプレコンサートで約80人のお客様対象。秋にも本格的なコンサートを予定しているそうで、その時は非音大系男声歌手も多数参加されるそうです。

 さて、演奏ですが正直申し上げれば凸凹がありました。12時開演のコンサートということも関係しているのでしょうが、特にソプラノ歌手が上手く行っていなかった感じです。最初の「恋とはどんなものかしら」安定していてよい歌でしたが、次の手紙の二重唱は、どちらかが微妙にずれているようで、三度のハモりが上手く行っていませんでした。リューのアリアも素敵でしたが、高音がもっと伸びて欲しい感じがしました。「勝ちて帰れ」は見事でしたが、低音部に迫力が出るともっと良かったと思います。「きらびやかに着飾って」は技巧をしっかり示して歌われましたが、メリハリははっきりしているのですが、そのメリハリがゴツゴツしている感じに聴こえてしまって、私の好みではありませんでした。もう少し流れが見える演奏にされたらよかったのになと思いました。ホフマンの舟歌。よかったです。低音部の支えがしっかりしていて、そこが安定した歌唱に繋がっていると思いました。デリラのアリアは流石の歌唱。池田香織の実力を示しました。

 休憩後の川越塔子の「私は夢に生きたい」。よかったです。雰囲気もよく出ていました。松浦麗による「カーロ・ミオ・ベン」は最初オリジナルで歌い、後半は自分で飼っているイヌに向かっていうというバリエーションでこちらは面白く聴きました。

 尻上がりによくなっていた印象もあり、もう少し遅い時間に開演したほうがより良いパフォーマンスになったのではないかと思いました。本コンサートを楽しみに待ちましょう。

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鑑賞日:2021年7月3日
入場料:自由席 4000円

「夏の宵」コンサート

会場 近江楽堂

出演

チェンバロ 水野 直子  
ソプラノ 高橋 薫子
メゾソプラノ 鳥木 弥生

プログラム

作曲 作詞/作品名 曲名 演奏
小山作之助 佐佐木 信綱 夏は来ぬ 高橋 薫子/鳥木 弥生
中田喜直   マチネ・ポエティックによる四つの歌曲  
福永武彦 火の鳥 鳥木 弥生
加藤周一 さくら横ちょう 鳥木 弥生
原條あき子 高橋 薫子
中村 真一郎 真昼の乙女たち 高橋 薫子
F・クープラン   クラヴサン曲集 第3巻 第13組曲 1.「百合の花開く」 水野 直子(cemb)
ダカン   カッコウ 水野 直子(cemb)
ヘンデル アルチーナ モルガーナのアリア「私を喜ばせに来て」 高橋 薫子
ビゼー カルメン カルメンのハバネラ「恋は野の鳥」 鳥木 弥生
プッチーニ ラ・ボエーム ムゼッタのワルツ「私が街を歩くと」 高橋 薫子
ガスダルトン フリック・フロック 禁じられた音楽 鳥木 弥生
D・スカルラッティ   チェンバロソナタ集第12巻 9番 ニ長調 K.492 L.14 水野 直子(cemb)
オッフェンバック ホフマン物語 ジュリエッタとニコラウスの二重唱「美しい夜、愛の夜」 高橋 薫子/鳥木 弥生
アンコール
下総皖一 権藤はなよ たなばたさま 高橋 薫子/鳥木 弥生

感 想

アットホームな温かさ‐「夏の宵」コンサートを聴く

 今回のコンサートのコンセプトは、「お友達のお宅にお邪魔して楽しむような、アットホームなコンサート」なのだそうです。それでいながら演奏された曲目は本格的という、何とも贅沢で素敵なコンサートでした。

 ですから、歌手の二人は、舞台に椅子を置いて、椅子に腰かけての歌唱です。オペラリアは立つのかな、と思いきや、そちらも座ったままでの演奏。でも実力者で体幹のしっかりしているお二人ですから、歌が拙くなることはありません。素晴らしいパフォーマンスです。伴奏は全曲チェンバロ。チェンバロはバロック時代の楽器で、撥音楽器ですから、そもそもペダルがなくて表現の幅が狭い。そこをピアノ伴奏で書かれた曲の伴奏をするのは困難を伴います。そこを水野直子は、いろいろバリエーションを付け加え、新しい音色に導いていきました。

 それを友達に説明するかのように「これ、難しいんですね」と説明しながらやってくれると、聴いている方も「確かに難しいこと、やっているんだ」と思えます。

 そんな曲目の中で今日一番面白かったのは、中田喜直の「マチネ・ポエティックによる4つの歌曲」。鳥木弥生は、「さくら横ちょう」も知らなかった、と仰っていましたが、私も「さくら横ちょう」以外は初めて聴きました。マチネ・ポエチィック運動は、加藤周一、福永武彦、中村真一郎ら、主にフランス文学を学んだ若き詩人たちが、ソネットを手本とした日本にない押韻定型詩を作ろうとした運動で、三好達治らの否定的な評価で収束した文学運動ですが、この4曲はこの運動の代表的な詩人の作品を組曲にしたものです。中田喜直は、全曲を続けて演奏して欲しいとの旨を言っていたそうですが、現実にはなかなか聴けません。今回続けて聴けて、4曲でまとまった世界観があるな、と感じました。

 生と死の感情を表現した厳粛な印象の「火の鳥」、昔の失恋を思い出すロマンティックな「さくら横ちょう」、福永武彦夫人だった原條あき子による女性的な色気を感じさせる「髪」、それに、生涯性愛に関する精神的な側面を文学的に表現し続けた中村真一郎の「真昼の乙女たち」と全体を通して聴くことによって、音楽的にはプーランクのような感じもあり、歌詞の内容も含め、日本的でありながらフランスっぽさを感じてしまいます。二人で歌いわけてその違いも楽しめました。

 チェンバロの独奏曲は、有名な曲を取り上げたと思います。ダカンという作曲家はあまり知られていませんが、「かっこう」だけは割と小さい子供がおさらい会とかで取り上げる曲ですし、「百合の花咲く」も2017年の「花咲く庭園」というコンサートにおいて、水野直子自身が演奏されています。その意味で懐かしく感じました。スカルラッティは大変な曲と言って演奏されていましたが、聴いていても大変そうに聴こえました。

 オペラアリアは「ハバネラ」と「ムゼッタのワルツ」は伴奏のアレンジが面白い。モルガーナのアリアは、A-B-A'のダカーポアリアですが、高橋はどこか飛ばして歌ったらしく、自ら告白して再度演奏しました。もちろん黙っていれば、本人とピアニストしか気づかないでしょうから全然問題ないのですが、こうやって完璧な演奏を聴かせようとする姿勢こそ、高橋薫子の真骨頂なのでしょう。

 以上、ほんとうにアットホームで優しい雰囲気のまさに夏の宵にぴったりのコンサートでした。おしゃべりを交えながらですが、それが妙に説明強調にならず、一方で、だらだらにもならず、丁度いいバランスで進みました。そこもよかったです。

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