オペラに行って参りました-2019年(その5)

目次

声の饗宴 2019年9月21日 町田イタリア歌劇団「トスカ」を聴く
マニアというほどマニアックではありません 2019年9月29日 杉並リリカ「Operamania4 ガラコンサート~ジュゼッペ・ディ・ステーファノに捧ぐ~」を聴く
宮本亜門も年を取った 2019年10月3日 東京二期会オペラ劇場「蝶々夫人」を聴く
心理劇としての「エフゲニ・オネーギン」 2019年10月9日 新国立劇場「エフゲニ・オネーギン」を聴く
今後の精進を期待します。 2019年10月20日 国立音楽大学大学院オペラ「ドン・ジョヴァンニ」を聴く
演出と音楽との高度な調和 2019年11月10日 NISSAY OPERA2020「トスカ」を聴く

オペラに行って参りました。 過去の記録へのリンク

2019年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2019年
2018年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2018年
2017年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2017年
2016年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2016年
2015年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2015年
2014年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2014年
2013年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2013年
2012年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2012年
2011年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2011年
2010年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2010年
2009年 その1 その2 その3 その4   どくたーTのオペラベスト3 2009年
2008年 その1 その2 その3 その4   どくたーTのオペラベスト3 2008年
2007年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2007年
2006年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2006年
2005年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2005年
2004年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2004年
2003年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2003年
2002年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2002年
2001年 その1 その2       どくたーTのオペラベスト3 2001年
2000年            どくたーTのオペラベスト3 2000年

鑑賞日:2019921
入場料:自由席 3000円

主催:町田イタリア歌劇団

町田イタリア歌劇団秋の特別公演

オペラ3幕、原語(イタリア語)上演
プッチーニ作曲「トスカ」(Tosca)
台本:ルイージ・イッリカ/ジュゼッペ・ジャコーザ

会場:町田市民フォーラムホール

スタッフ

ピアノ 土屋 麻美
キーボード 鈴木 弥生
合 唱 町田イタリア歌劇団合唱部
演 出 柴田 素光
照明・舞台・演技指導 川島 慶子
音 響 桑原 理一郎

出 演

トスカ 正岡 美津子
カヴァラドッシ 及川 尚志
スカルピア 木村 聡
アンジェロッティ 小幡 淳平
堂守 横田 圭亮
スポレッタ 岡村 北斗
シャルローネ 落合 一成
牧童 若田 瞳
看守 山崎 大作

感 想

声の饗宴-町田イタリア歌劇団「トスカ」を聴く

 「トスカ」という作品を聴いて、割とよく思うのは、「トスカはなぜスカルピアに惹かれなかったのか?」、ということです。カヴァラドッシは女々しい役で、「妙なる調和」にしろ、「星は光りぬ」にしろ名曲かもしれませんが、英雄的ではない。一方でスカルピアに与えられている音楽は邪悪でサディスティックではありますが、いかにも権力者的です。歌詞がちゃんと分かっていれば、そんなことは思わないのかもしれませんが、字幕を見て音楽だけ聴いている限りでは、かっこいいスカルピアとダメ男のカヴァラドッシになっていて、トスカがカヴァラドッシに純愛を捧げる理由が分からない。

 現実の上演でも、トスカがカヴァラドッシのために、あるいは自分の純愛を貫くためにスカルピアを殺して当然、という風にお客さんに納得させられる演奏はなかなか少ないのです。ひとつはスカルピアを歌うバリトンがそこまで邪悪にふるまえない、というのが理由です。だから、いい演奏をするためには、演出家が歌手に徹底的に邪悪な役作りをさせるか、歌手自身がそういう風に演じることが重要な作品だとずっと思っていました。

 しかし、「トスカ」という作品には、トスカがカヴァラドッシに惹かれて当然、と思わせるように聴かせるやり方がもう一つあるのですね。それはテノールが頑張ることです。テノールが美声や技術でお客さんを納得させてしまえば、やっぱりトスカがカヴァラドッシに惹かれるのは当然と思えるのです。それを理解させてくれたのが、今回の及川尚志のカヴァラドッシ。ある意味やりたい放題の歌でした。アクートをこれでもかと引っ張り、声で圧倒する。大向こうからBravoがかかるような歌。時代がかった表現と言ってもいいかもしれません。こんな風に歌えるのは、及川が町田イタリア歌劇団の芸術監督であるということと、会場が狭くて、及川の実力からすると、会場を声で溢れさせるのは困難ではない、ということが挙げられると思います。音楽的には決してスマートではなく、ミスもあるのですが、それを声でねじ伏せお客さんを納得させてしまう。凄いなと思いました。その熱と心意気にBravoでしょう。

 一方のスカルピアを邪悪さを一所懸命前面に出そうとしていました。今回は第一幕の「テ・デウム」が大人の合唱だけで歌われ、スカルピアのモノローグが天使の声の中に響く邪悪、という感じにはならなかったのですが、そういった不利な点もありながらも木村聡は、邪悪に見せようと努力していたことは間違いありません。とはいえ、そこまで邪悪に見えたかというとそうではなく、プッチーニが音楽でそこをきっちり仕上げておいてくれれば、バリトンもここまで苦労しなくても済むのになあ、とは、今回も思ってしまいました。

 正岡美津子のトスカ。よかったです。冒頭の歌は一瞬ひ弱に聴こえて、及川カヴァラドッシに押し込まれるのではないか一瞬思ったのですが、すぐにエンジン全開になり、二重唱の迫力は声の爆弾と申し上げてよいほど。音楽的には不用意なところがいくつかあって、その辺を気をつければもっと素晴らしい歌になったと思いますが、トスカらしいトスカだったと思います。一番の聴かせどころである「歌に生き、愛に生き」は前半を抑え気味に、後半を盛り上げるというアプローチでしたが、前半は押さえた分ちょっとくすんで聴こえたので、そこはもう少し張った歌い方をしてもよかったのかもしれません。でも十分Bravaを申し上げられる歌でした。

 この主要三人と比較すると脇役陣は明らかに力が落ちますが、アンジェロッティ役の小幡淳平はなかなか立派なバス声で秀逸。堂守の横田圭亮も演技がもっとこなれるといいとは思いましたがよいものでした。

 音楽的には二時間途切れがなく、ピアノ伴奏はたいへんですが、土屋麻美はそこを大過なく勤めて立派。全体的に声の饗宴を楽しんだ公演でした。

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鑑賞日:2019929
入場料:1階19列24番 5000

主催声楽研究団体「杉並リリカ」

OPERAMANIA 4
ガラ・コンサート~ジュゼッペ・ディ・ステーファノに捧ぐ~

会場:杉並公会堂大ホール

スタッフ

ピアノ 藤原 藍子
司 会 フランコ酒井

出 演

ソプラノ 大隅 智佳子
ソプラノ 刈田 享子
ソプラノ 鈴木 玲奈
ソプラノ 砂川 涼子
メゾソプラノ 山下 裕賀
テノール 大澤 一彰
テノール 城 宏憲
テノール 笛田 博昭
テノール 宮里 直樹
バリトン 山口 邦明
スペシャルゲスト・テノール 工藤 健詞
スペシャルゲスト・ピアノ 小林 久美恵

プログラム

作曲家 作品名 曲名 歌手
マスカーニ カヴァレリア・ルスティカーナ おお、ローラ 大澤 一彰
ドニゼッティ ラ・ファヴォリータ ああ、私の愛しいフェルナンド 山下 裕賀
ドニゼッティ 愛の妙薬 人知れぬ涙 宮里 直樹
ドニゼッティ ランメルモールのルチア 苛酷で致命的な欲求を 山口 邦明
ドニゼッティ 愛の妙薬 ラ、ラ、ラ 鈴木 玲奈/宮里 直樹
マイアーベーア ユグノー教徒 アルプスの雪よりも白く 笛田 博昭
ビゼー カルメン お前の投げたこの花は 城 宏憲
ベッリーニ ノルマ 清らかな女神 大隅 智佳子
ビゼー カルメン 何を恐れることがありましょう 砂川 涼子
ヴェルディ 仮面舞踏会 私はここに 刈田 享子/笛田 博昭
休憩
スペシャル・ゲストコーナー   工藤健詞ピッポを語る 工藤 健詞/小林 久美恵
ヴェルディ リゴレット 慕わしき人の名は 鈴木 玲奈
ヴェルディ イル・トロヴァトーレ 恋はバラ色の翼に乗って 刈田 享子
プッチーニ ラ・ボエーム 冷たい手 宮里 直樹
プッチーニ ラ・ボエーム 私の名はミミ 砂川 涼子
プッチーニ ラ・ボエーム 愛らしい乙女よ 砂川 涼子/宮里 直樹
プッチーニ トスカ 歌に生き、愛に生き 大隅 智佳子
ヴェルディ リゴレット 四重唱 鈴木玲奈/山下裕賀/宮里直樹/山口邦明
マスネ マノン 眼を閉じると 城 宏憲
ドニゼッティ ラ・ファヴォリータ 優しい魂よ 笛田 博昭
ベッリーニ 清教徒 愛しい人よ、貴女に愛を 鈴木 玲奈/大澤一彰

感 想

マニアというほどマニアックではありません-杉並リリカ「Operamania4 ガラコンサート~ジュゼッペ・ディ・ステーファノに捧ぐ~」を聴く

 非常に有名な方も、そうとは言えない方もいらっしゃいますが、主宰者のフランコ酒井氏のお眼鏡にかなった歌手ばかりを集めたガラコンサート、悪いはずがありません。本当に魅力的な声、魅力的な歌・音楽を皆で奏でてくれて、平均的なガラ・コンサートよりも十分に素晴らしい演奏会でした。しかし、聴いていればそれなりに気になることもあり、その辺を忘備録的に記録しておきましょう。

 最初が大澤一彰の「シシリアーノ」、会場の後ろのドアから入場して、舞台の下手からいなくなるという演出を見せてくれました。色気もあり、民謡的な雰囲気もよく出ていて、本当に素敵なシシリアーノでした。続く山下裕賀の「愛しのフェルナンド」。これもメゾソプラノ的雰囲気をたっぷり出して秀逸。惜しむらくは、若いんですね。ちょっと硬くなったところがあって、そこの余裕がちょっと足りなかった感じです。

 ドニゼッティ・シリーズ。まずは宮里直樹の「人知れぬ涙」。リリックテノールの魅力あふれる歌だけど、引いていくときのディミニエンドが、ちょっと不用意でそこはもっと張りながら小さくした方が素敵だと思いました。「ラララの二重唱」。宮里の声が響きすぎて、鈴木玲奈アディーナが太刀打ちできない感じでした。ここは宮里が押さえるか、鈴木が更に頑張るべきでしょう。山口邦明のエンリーコのアリア。詩の内容から言えば、あのような解釈は当然ありだとは思いましたが、もう少しおおらかな歌でもよかったかな、と思いました。

 笛田博昭の「ユグノー教徒のアリア」。今日本で一番輝いているテノールですから、もちろん見事で十分満足できるものでしたが、イタリアものと比較すると歌い込みが足りない感じです。どこか突っ込み不足の感じがしました。城宏憲の「花の歌」。歌い上げない冷静かつ繊細な表現で、10月の神奈川県民ホールでの公演が気になるような歌いっぷりでした。

 大隅智佳子の「CASA DIVA」。もちろん素晴らしい歌なのですが、お子さんを産んだせいなのか、昔と比較するとちょっと声質が変わってきているような気がしました。昔の蕩けるような脂の感じがなくなったというか。その点では、昔の声の方が個人的には好きですね。砂川涼子のミカエラのアリア。今回の出演者の最長老。さすがに貫禄です。今日本のソプラノでミカエラに一番似合っている歌手は砂川ですが、その実力を遺憾なく発揮しました。

 仮面舞踏会のリッカルドとアメーリアの二重唱。笛田博昭はもちろんさすがの歌。刈田享子は丁寧で悪くない歌でしたが、もう少し声があった方が、笛田との絡みには向いています。そこが少し残念かもしれません。

 後半は最初がディ・ステーファノの最後のお弟子さんである工藤健詞と奥様の小林久美恵の登場。フランコ酒井との鼎談で、ディ・ステーファノの思い出話をしました。その合間に、工藤は、「カタリ」など、師匠直伝の歌を披露しました。工藤はもう69ということで、若い歌手のようなベルベット・ボイスはもう無理ですが、正確で繊細な歌を歌いました。良かったと思います。

 鈴木玲奈のジルダのアリア。アディーナより全然よかったです。歌い込んでいる様子がよく分かりました。刈田享子の「恋はバラ色の翼に乗って」。テクニックは立派ですが、そもそも大ホールであまり歌った経験がないようで、会場の音響を味方に付けることはできていなかったと思います。ボエームからの三曲。日本一のミミ歌いの砂川涼子。さすがです。貫禄の歌と申し上げるしかない。宮里直樹のフルボイスにも全然負けないところが砂川の真骨頂です。宮里も伸び伸びとした歌でBravo. カヴァラドッシはネモリーノよりは全然似合っていました。

 大隅智佳子のトスカのアリア。これもCasa Diva以上の名唱。大隅の実力を遺憾なく発揮しました。リゴレットの四重唱。マントヴァ公が目立ちすぎです。マントヴァ公が基準になって皆が声を張り上げるので、バランス的にもよくなかったですし、求心力も働いていませんでした。城宏憲の「目を閉じると」。素敵な歌唱でしたが、「花の歌」ほどは歌い込んでいない印象。笛田博昭の「優しい魂よ」。笛田はイタリアものが似合いますね。とても立派で魅力的な歌。大澤一彰と鈴木玲奈との清教徒の二重唱。大澤がリードしている感じの歌唱でしたが、大澤は宮里のような声の出し方をしませんので、鈴木も歌いやすい様子でした。

 以上割と有名な曲を中心に20曲。オペラアリアや重唱の楽しさを満喫しました。結構辛口で書きましたが、基本は素晴らしい歌でした。そこは強調しておきます。また、一人オーケストラの藤原藍子。例年通り立派なピアノ。ほんとうに惚れ惚れとするようなもの。出演者全員にBravo, Brava, Braviと申し上げましょう。

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鑑賞日:2019年10月3日
入場料:E席 6000円 5F R2列6番

文化庁委託事業「2019年度戦略的芸術文化創造推進事業」
主催:公益財団法人 東京二期会

東京二期会オペラ劇場
(共同制作:ザクセン州立歌劇場(ゼンパー・オーパー・ドレスデン/デンマーク王立歌劇場/サンフランシスコ歌劇場)

オペラ3幕、字幕付原語(イタリア語)上演
プッチーニ作曲「蝶々夫人」 (Madama Butterfly)
台本:ルイージ・イッリカ/ジュゼッペ・ジャコーザ

会場 東京文化会館大ホール

指 揮 アンドレア・バッティストーニ
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合唱指揮 河原 哲也
合 唱 二期会合唱団
演 出 宮本 亜門
装 置 ボリス・クドルチカ
衣 裳 高田 賢三
照 明 マーク・ハインツ
映 像    バルテック・マシス 
美 粧    柘植 伊佐夫 
舞台監督 村田 健介

出 演

蝶々夫人 森谷 真理
スズキ 藤井 麻美
ケート 成田 伊美
ピンカートン 樋口 達哉
シャープレス 黒田 博
ゴロー 萩原 潤
ヤマドリ 小林 由樹
ボンゾ    志村 文彦 
役人    香月 健 
子供   根本 葵空 
青年    牧田 哲也 

感 想

宮本亜門も年を取った-東京二期会オペラ劇場「蝶々夫人」を聴く

 蝶々夫人を日本人が演出すると、「日本の美」を意識した舞台になることが多い。東京二期会では、栗山昌良の伝統の舞台がその実例ですし、藤原歌劇団の粟國安彦の舞台もそうでしょう。どちらも美しい見事な舞台ですか、「文明開化」という印象は少ないか、あるいは、「文明開化初期」という印象になる。ただ、舞台の時間が1890年代の日清戦争の頃と考えると、日本の西洋文化の浸透もそれなりに進んでいて、今回の宮本の舞台のようにもう少し「日本の美」の印象を弱くして、代わりに西洋的な色彩を入れるのはありかな、という風に思いました。

 もちろん、今回の宮本亜門の演出の肝はそこにあるわけではない。それは三歳でアメリカに連れていかれ、向こうで大きくなった30歳のバタフライ・ジュニアに、死の床についているピンカートンが自分の三十年前の恋愛と息子の出生の秘密を語って聞かせるところにあります。その回想で進むから、蝶々さんが住む家も日本家屋ではない感じですし、その他の風景も基本は曖昧で、明確なのは、前奏や間奏曲の部分での死に床に就いているピンカートンの病室だけです。そして、回想の最後は、自分が本当に好きだったのは蝶々さんだった、ということになり、ピンカートンが昇天して行くとき、蝶々夫人と手を取り合って昇天していきます。

 「蝶々夫人」は、蝶々さんの一方的純愛と普通は考えるわけですし、ピンカートンの日本人蔑視的なところもあって好まない方もいらっしゃるわけですが、最後は相思相愛だったという風に終わらせたことで、宮本のこだわりが見えたと思います。もう一つ申し上げられるのは、宮本亜門の演出って、これまではもっと尖がっていて、そこに良きにつけ悪しきにつけ彼らしさが出ていたと思うのですが、今回は最後を相思相愛だったとしてしまったことで、そのとんがりもマイルドになったと思いますし、彼も年を取ったんだな、と思うところです。

 ただ、ひとつだけ申し上げておきたいのは、今回の装置、東京文化会館にはあまりあっていなかったのではないかと思います。総じて声の飛びがよくない。特に横を向いて歌うと、声が急に小さくなる感じがしました。反響の作り方がよくなかったのかな、という感じです。

 音楽的には、バッティストーニの音楽の作り方。ちょっと鼻につきます。上手に盛り上げているともいえるのでしょうが、オーケストラのスピードを結構揺らしますし、私にはやりすぎのような感じがします。プッチーニの時代、もう歌だけが主役の時代ではないのですが、それでももっと歌手を目立たせる演奏をした方がよかったのではないかと思います。更に東京フィル。最近の東京フィルの演奏の中では技術的にあまりうまくいっていなかったように思いました。音にざらつきがあるし、ミスも多かった。6月の新国立劇場の蝶々夫人の演奏の方がずっとよかったと思いました。

 歌手ですが、外題役の森谷真理、二年前より声に深みを増して、良かったと思います。特に第二幕後半から第三幕に向けての感情表現は非常に見事で感心いたしました。一方、一番の聴かせどころである「ある晴れた日に」は、演出に影響されて本当の実力を出せなかったと思います。梯子で家の上に上がり、一歩足を踏み外したら、数メートル下に落下するような、手すりも何もないところで歌うのですから、高所恐怖症の人なら足がすくんでとても歌えないと思います。森谷は何とか歌いましたが、高所にいる緊張が歌に出ており、伸び伸びとした歌とはとても言えません。こういう演出はどうかと思います。見ている方も落ちやしないかとハラハラしました。

 樋口達哉のピンカートン。こちらもよかったと思います。ただ、病人としてベッドにいて、早変わりで軍人の衣裳で「ヤンキーは世界をまたにかけ」と軽薄に歌わなければいけないところは、テンションの切り替えが上手くいかなかったのか、軽薄さの表出が今一つだったのかな、とは思います。愛の二重唱はさすがに見事。立派でした。

 黒田博のシャープレス。主要三人の中では一番安定していた歌唱。さすがベテランです。前に出すぎもせず、と言って音は十分にあり、今回一番魅力的な歌唱を聴かせてくれたように思います。

 藤井麻美のスズキ。新国立劇場研修所を最近修了したばかりの若手。そのせいなのか、所作振舞いがベテランのスズキ歌いと方と比較すると、嵌っていない印象です。「花の二重唱」などはもちろん蝶々さんとよいバランスで歌われているのですが、よくやられる花を撒く踊りもなく、スズキが目立つ様子もなく、存在感はあまり感じることができませんでした。存在感という点ではゴローもそう。ゴローは普通もっと軽薄な演技・歌唱で存在感を見せると思いますが、今回は黒い洋服系の衣裳で登場し、また歌い手もバリトンの萩原潤だったということもあって、黒子的でした。

 演出は蝶々さんとピンカートンの純愛に焦点をあてたかったということでそれは達成していましたが、音楽を楽しむ立場から言えば、脇役のアクセントをもっと見せて欲しかったな、と思うところです。

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鑑賞日:2019年10月9日
入場料:D席 7776円 4F 2列39番

令和元年度(第74回)文化庁芸術祭オープニングオペラ公演/国際音楽の日記念
2019/2010シーズン開幕公演

主催:文化庁芸術祭執行委員会/新国立劇場

オペラ3幕、字幕付原語(ロシア語)上演
チャイコフスキー作曲「エフゲニ・オネーギン」 (Евгений Онегин)
原作:アレクサンドル・プーシキン
台本:コンスタンチン・シロコスキー/ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー

会場 新国立劇場・オペラパレス

指 揮 アンドリー・ユルケヴィチ
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合唱指揮 三澤 洋史
合 唱 新国立劇場合唱団
演 出 ドミトリー・ベルトマン
美 術 イゴール・レジニー
衣 裳 タチアーナ・トゥルビエワ
照 明 デニス・エニュコフ
振 付   エドワルド・スミルノフ 
音楽ヘッドコーチ    石坂 宏 
舞台監督 高橋 尚史

出 演

タチアーナ エフゲニア・ムラヴェーワ
オネーギン ワシリー・ラデューク
レンスキー パーヴェル・コルガーティン
オリガ 鳥木 弥生
グレーミン公爵 アレクセイ・ティホミーロフ
ラーリナ 森山 京子
フィリッピエヴナ 竹本 節子
ザレツキー    成田 博之 
トリケ    升島 唯博 
隊長   細岡 雅哉 
合唱の先唱者    真野 郁夫 

感 想

心理劇としての「エフゲニ・オネーギン」-新国立劇場「エフゲニ・オネーギン」を聴く

 翻訳小説は子供の時から苦手であまり読まないのですが、ことにロシア文学は苦手で、「イワンのばか」みたいな童話を別にすれば、子供向けにリライトされた「戦争と平和」を読んだことがあるぐらいだと思います。プーシキンがロシア近代文学の父と呼ばれていることは何となく知っていたのですが、恥ずかしながら、「エフゲーニィ・オネーギン」が彼の代表作の一つであることも、元々、ソネット形式で書かれた韻文小説であることも、「ロシア生活の百科事典」や「余計ものの系譜の源流」と呼ばれていることも知りませんでした。翻ってオペラの「エフゲニ・オネーギン」。もちろん初めて聴くわけではありませんし、第三幕冒頭の「ポロネーズ」のように、オーケストラ曲も何度か聴いたことはあるのですが、原作のことやチャイコフスキーは22曲中15曲に原詩を引用しているであるとか、そう言った基本的な話を知らず、今回聴くにあたって初めて知りました。そういった背景的な知識を持ってみると、今回の舞台はかなり文学的と申し上げてよいと思います。

 そのような知識を前提に考えると、今回のベルトマンの舞台、かなり「ロシア生活」を意識した写実的な舞台であり、かつ「余計ものの視点」でちょっと醒めた眼で作った舞台だと申し上げてよいと思います。また、ロシア人が中心のプロダクションですから、彼らは当然原作を知っていて、それを踏まえた歌唱演技をしっかりされていたということだろうと思います。全体的に音楽的にはもう少し熱がこもった方が聴き手は楽しめたとは思いますが、そうしなかったところが演出の特徴で皆がそれを理解していた舞台だったと申し上げましょう。

 その典型が第二幕第一場のレンスキーが嫉妬に駆られてオネーギンに決闘を申し込む場面。レンスキーは凄くいきり立つわけですが、背景にいる合唱団のメンバーなどの民衆はロシアの田舎者の下品さを演じて(それはコミカルな動きで面白かったわけですが)、そういった怒りと無関係です。オネーギンはレンスキーをいなしながらも、ロシアの田舎のパーティがくだらないと感じてしまってレンスキーとも民衆ともかみ合わない。二人の男が正面からぶつかっているように見せればまた盛り上がるのでしょうが、敢えてそうせず、田舎者・レンスキーと都会人・オネーギンの比較をして見せたのでしょう。ただ、それが好きかと言われれば、オペラとしてはどうなのかな、と思う次第です。

 「蝶々夫人」において、蝶々夫人は15歳でピンカートンに嫁ぎますが、このオペラで、オリガは15歳ですけれども、早熟な当時でも子供として描写されている。タチアーナだって第一幕ではまだ17ぐらいでしょうか。プーシキンの感覚でも子供でしたし、最初から大人だったオネーギンが必死に書いたタチアーナの恋文を鼻であしらうのは当然のところですが、オネーギンの冷たさが、上手に演技・歌唱で来ていたか、と言えば必ずしもうまくいっていなかったとは思います。素っ気ないと言えば素っ気なかったので、それでいいのかもしれませんが。

 要するにプーシキンの世界をチャイコフスキーは自分の世界に上手に盛り込めなかった、ということなのでしょう。もちろんチャイコフスキーは稀代のメロディーメーカーですし、どこにも美しい旋律が満ち溢れているので、聴いていて退屈はしないのですが、微妙に文学の世界と音楽の世界がずれていて、そこが気持ち悪いのかもしれない。そして、ベルトマンはその微妙なるずれを明示する演出をしたということなのでしょう。聴き手としてはどうかなと思うのですが、知的に考えれば、凄く立派な行為だともいえます。

 それを前提に今回の演奏を考えると、立派な演奏だったと申し上げてよいと思います。まず合唱がいい。当たり前すぎてそれ以上申し上げることはないのですが、新国立劇場合唱団のレベルの高さを痛感します。脇役陣は、升島唯博のトリケがいい。唯一明示的なコミカルな役ですが、しっかり自分の役割を果たしていたと思います。またラリーナの森山京子、フィリッピエヴナの竹本節子の二人の低音女声歌手が存在感のある深い、それでいて響きのまろやかな声で抜群の存在感でした。二人まとめてBraveです。

 忘れていけないのは、グレーミンを歌ったティホミーロフ。いかにもロシアンバスというべきどっしりとした低音で、その地を這う響きは見事としか言うしかありません。大拍手が起こりましたが、当然のところだと思います。オリガの鳥木弥生。もう少し存在感を示してもよかったのかな、という気もしますが、第一幕第一場のアリアは、低音がドスが効かない感じで響き、そこに少女性を感じさせました。

 主要三人ではレンスキーのコルガ―ティンが一番弱かった印象。声質にちょっと癖があって、キャラクターテノール向き。もっとすっきりした声質であれば、レンスキーの若さがストレートに表現できると思うのですが、癖がある分、第一幕の最初からちょっと影を感じさせてしまって、どうなのかな、と思いました。今回の役作りの中であのような表現を要求されているのかもしれませんが、もう少しストレートな押し方があった方が、レンスキーという直情径行な青年の雰囲気を出せたのではないかなと思いました。

 ムラヴェーワのタチアーナ。まさしくロシア美人でタチアーナによく似合っていると思いました。「手紙の場」の情感の表出も素敵でしたし、ヒロインらしいヒロインだったと思います。一方で、第三幕の公爵夫人の気品と第一幕の田舎娘の可憐さにあまり差がみられなくて、なぜ第一幕でオネーギンがタチアーナにお説教をして遠ざけ、第三幕で一目惚れして、昔邪険にしたことを後悔したのか、という点の説得力はあまりなかったのかなと思います。この差を音楽的にもしっかり見せられると、このオペラの深みが更に感じられたのだろうなと思いました。

 最後にタイトルロールのラデューク。この方はオネーギンが「自分が余計ものであることを自覚している」ということを前提に歌唱・演技を組み立てているように思いました。それが、タチアーナに対するちょっとおずおずしたあしらい方ですし、決闘シーンでの優柔不断な感じもそれが前提であると考えればよく分かります。そのアンチ・ヒーロー的な動きこそがこの作品の見どころであり、よく考えられて取り組んでいたとは思うのですが、そう言った優柔不断性がオペラを見るという観点からすると、落ち着かない。ヒロイックじゃないけど悪役にもなり切れない感じを出せたことは素晴らしいことなのでしょうが、聴いている方としては、カタルシスを感じられません。そこがすっきりとしない。

 ユルケヴィッチ指揮東京フィルの演奏も基本抑制的でありながら、チャイコフスキーの美しさをしっかり示せて秀逸。

 以上全体として作品の文学性及び心理劇の側面を前面に出し、チャイコフスキーの音楽の素晴らしさも感じてくれた良質な演奏だとは思いましたが、なかなかすっきりとしない演奏でもありました。

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鑑賞日:2019年10月20日
入場料:A席 2000円 え列42番

2019国立音楽大学大学院オペラ公演

主催:国立音楽大学

オペラ2幕、字幕付原語(イタリア語)上演
モーツァルト作曲「ドン・ジョヴァンニ」 (Don Giovanni)
台本:ロレンツォ・ダ・ポンテ

会場 国立音楽大学講堂

指 揮 大勝 秀也
管弦楽 国立音楽大学オーケストラ
マンドリン 堀 雅貴
チェンバロ 相田 久美子
合唱指揮 安部 克彦
合 唱 国立音楽大学合唱団
演 出 中村 敬一
装 置 鈴木 俊朗
衣 裳 半田 悦子
照 明 山口 暁
振 付   堀田 麻子 
舞台監督 徳山 弘毅

出 演

ドン・ジョヴァンニ 小林 啓倫
レポレッロ 照屋 博史
ドン・オッターヴィオ 秋山 和哉
ドンナ・アンナ 重田 栞
ドンナ・エルヴィーラ 栗本 萌
ゼルリーナ 北川 茉莉子
マゼット 島田 恭輔
騎士長    高橋 正尚 

感 想

今後の精進を期待します-国立音楽大学大学院オペラ「ドン・ジョヴァンニ」を聴く

 若い人たちのグループが「ドン・ジョヴァンニ」を上演すると、あまりうまくいかないことが多い。新国立劇場オペラ研修所の研修公演もこれまで「ドン・ジョヴァンニ」を2回取り上げていますが、どちらもあんまりよい出来ではありませんでしたし、国立音大大学院でも何度も取り上げていますが、こちらもよかった公演、というのが思い出せません。なぜなのか、と考えてみると、やはり若い人には出せない大人の色気がないと上手くいかないというのがあるのでしょう。ドン・ジョヴァンニがそもそもそういう役ですし、ドンナ・アンナにしてもドンナ・エルヴィラにしても、いろいろな意味で大人でないとその味を出すことはできないということがあるのだろうと思います。

 しかし、その難しい「ドン・ジョヴァンニ」を上演した、本年の国立音楽大学大学院オペラ、もちろん問題はたくさんあったのですが、全体的に見れば結構聴きごたえがありました。その理由が二つあげられるとおもいます。ひとつは指揮の大勝秀也が音楽をしっかりコントロールしていたこと。もう一つはドン・ジョヴァンニに人を得たことです。

 大勝に関して申し上げれば、そもそもドイツの歌劇場の副指揮者からキャリアを出発させた人でもあり、モーツァルトは手中にあるのでしょう。特に何をやっているようにも見えないのですが、必要な時に歌手に指示を与え、合唱にも指示を与え、しっかり音楽を制御していました。おそらくゲネプロを確認する中で、今回のキャストやオーケストラを踏まえて指揮の仕方を変えてきているのではないかという気がしました。そんなわけで、全体の枠がしっかりとしていて、その中で歌うので、多分まとまりがよくなったのだろうなとは思います。

 オーケストラにしてもしょせん学生団体ですから、取り立てて素晴らしい、という感じではないのですが、特別破綻もなくしっかりと音楽全体の下支えをしていました。そこは立派だと思います。

 今回の外題役は助演の小林啓倫。小林は7年前の国立音大大学院オペラでは騎士長を歌って割とよかったのですが、今回はタイトルロール。小林は艶やかなバリトンで、声の響きが美しく色っぽい。こういう声の持ち主にドン・ジョヴァンニは向いています。「シャンパンの歌」のデモーニッシュな雰囲気。「セレナード」や「誘惑の二重唱」の甘い響き、など状況に応じて歌い方をしっかり変えて、それでいながら、どんなシーンでもしっかり響きを保って、ドン・ジョヴァンニの悪魔的な側面とそれも含めた色っぽさが常時あって、聞き応えがありました。今回の出演者の中ではおそらく断トツの実力で、彼の歌いまわしが、全体を引き上げたような気がします。

 レポレッロの照屋博史もまずまず。小林ジョヴァンニと比べるとミスも多く、気になるところもありましたが、「カタログの歌」の人を食った雰囲気もよかったですし、バッソ・ブッフォ的な演技も見事で、レポレッロとしての雰囲気をしっかりと表現していたと思います。助演としての十分役目を果たしたと申し上げられると思いました。

 高橋正尚の騎士長も良好。7年前は院生で、外題役を歌って見事に玉砕した感じだったのですが、その後の精進が良かったのか、今回の騎士長は立派だったと思います。フィナーレのドン・ジョヴァンニとの二重唱は緊迫感の溢れる見事なものに仕上がっていました。

 秋山和哉のドン・オッターヴィオ。昨年の大学院卒業生。昨年の「院オペ」は彼の日を聴いていないのですが、外部公演などで注目しているテノールです。甘い柔らかさ響きを持ったテノールで、どの声の雰囲気はドン・オッターヴィオにぴったり。しかし今回は、第一アリア「彼女は私の宝」の後半部分が今一つうまく処理できていなかった印象です。

 もっと問題だったのは、マゼット役の島田恭輔。あまり調子がよくなかったようで、アンサンブルでは声が埋もれていましたし、アリアもあんまりよい感じではありませんでした。

 さて、今回の院生3人ですが、若いから仕方がないのですが、三人とも声も表現も幼い、と思いました。

 特にそれを感じたのは、エルヴィーラを歌った栗本萌。雰囲気はドンナ・エルヴィーラっぽい感じはしましたが、仕草に今の女の子っぽさが見えてしまって、捨てられた一途な女の感じがなかなか出せないところがあります。それでもレシタチーヴォはいい感じのところも多いのですが、アリアや重唱になると一気に雰囲気が壊れます。別に不正確な歌を歌っていた、というようなことではないのですが、お客に聴かせる「何か」が歌にない。だから歌が軽くて面白みに欠けるのだろうと思います。

 これはドンナ・アンナを歌った重田栞もそうです。重田は中音部ではあまり感じないのですが、音が高くなると歌が単調になってしまって、ふくらみに掛けます。ドンナ・アンナはある意味、エルヴィーラ以上にドラマティックな表現を求められる役ですが、ドラマティックにならない感じがします。踏み込みが足りないとも言えると思いますが、踏み込めるだけの経験もないということなのでしょう。

 北川茉莉子のゼルリーナ。師匠の高橋薫子のゼルリーナと似た歌いまわしで、その類似をひそかに楽しんだのですが、もちろん技術は足元にも及びません。例えば誘惑の二重唱で、ドン・ジョヴァンニとのバランスのとり方が今一つですし、「ぶってよ、マゼット」のコケティッシュな魅力とか、「薬屋の歌」の色っぽさの表出もまだまだだなというレベル。

 以上三人は、きちんと歌っているなあ、とは思うのですが、面白くない。長いアリアになると眠くなるほど退屈でした。又三人とも精一杯歌っているのは分かるのですが、声量に余裕がない感じ。そこも踏み込みの甘さに繋がっていると思いました。とはいえ、ドン・ジョヴァンニの女たちは非常に難しい役柄で、経験の乏しい若い方が十全に歌うのはそもそも無理な役だと思います。今後もっとヴォイストレーニングを積んで、勉強もしていけば、きっと、もっと表現に飛んだ役柄として演じられるようになると思います。今後の精進に期待しましょう。

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鑑賞日:2019年11月10日
入場料:B席 6000円 2FH列43番

NISSAY OPERA2019

主催:公益財団法人ニッセイ文化振興財団

オペラ3幕、字幕付原語(イタリア語)上演
プッチーニ作曲「トスカ」 (Tosca)
台本:ルイージ・イッリカ/ジュゼッペ・ジャコーザ

会場 日生劇場

指 揮 園田 隆一郎
管弦楽 読売日本交響楽団
オルガン 平塚 洋子
合唱指揮 大川 修司
合 唱 C.ヴィレッジ・シンガーズ
児童合唱指揮 籾山 真紀子
児童合唱 パピーコーラスクラブ
演 出 粟國 淳
美 術 横田 あつみ
衣 裳 増田 恵美
照 明 大島 祐夫
演出助手   橋詰 陽子 
舞台監督 菅原 多敢弘

出 演

トスカ 岡田 昌子
カヴァラドッシ 藤田 卓也
スカルピア 須藤 慎吾
アンジェロッティ 妻屋 秀和
堂守 柴山 昌宣
スポレッタ 澤原 行正
シャルローネ 高橋 洋介
看守    氷見 健一郎 
牧童    倉金 はるか 

感 想

演出と音楽との高度な調和-NISSAY OPERA 2019「トスカ」を聴く

 「トスカ」は余計なものが一切そぎ落とされて、ドラマチックに仕上げられたオペラです。激しいドラマですが、それは内容が凝縮されているからでもあります。しかし、その見せるべきドラマを観客にしっかり伝えられた上演は、自分が見た範囲ではあまりなかったと申し上げられます。何度も申し上げておりますが、トスカを見ていると、ダメ男のカヴァラドッシと強いスカルピアという対比があって、何故トスカがスカルピアに惹かれなかったのかが理解できない、という演奏になってしまう。

 そこではスカルピアの役作り・演技が重要なわけですが、演出家はスカルピアの細かい演技までは入り込まないことが多いようです。私は、かっこいい音楽を歌いながら、邪悪な演技で、全体を邪悪に感じさせることができればで、ベストだろうなと思っているのですが、多くのスカルピアは演技が邪悪になり切れず、音楽の良さだけが前に出てしまい、ドラマとしてバランスの悪いものになってしまう。そんな「トスカ」をこれまで幾度となく聴いてきました。

 翻って、今回のスカルピアですが、邪悪でした。演技が邪悪。表情が憎々しげで、歌わずにただ動き回っているときの様子もいかにも悪役風でした。これは演出家の指示でそうしたのであれば、それはそれで素晴らしいことですし、須藤慎吾の世界観が作り上げたのであれば、須藤のセンスを褒めなければいけません。どちらにしても今回の須藤スカルピア、素晴らしい演奏だったと思います。「トスカ」の一番の聴きどころは、第一幕終盤のバックでデ・デウムの大合唱が流れているところで歌うスカルピアのモノローグですが、あそこは本当にゾクゾクとしました。第二幕の前半の邪悪な雰囲気の出し方も見事でしたし、後半のトスカに対する下心たっぷりの言い寄り方のいやらしさも見事でした。刺された後のダメさの表現も素敵でした。

 今回のトスカは、スカルピアの存在感で持っていたと申し上げても過言ではないと思いました。Bravoです。

 それに対抗するトスカ。岡田昌子。持っている地声は私がトスカにイメージする声とはちょっと違っていましたし、繋ぎの部分の表情などに気が廻らないところがいくつかあって、若さを感じさせてしまうところもありましたが、素晴らしい演技・歌唱だったと申し上げてよいと思います。第一幕のカヴァラドッシに嫉妬して見せる二重唱はカヴァラドッシの声を消すような強さを見せましたが、そこはもう一つ制御して可愛らしさも表現できれば鬼に金棒。第二幕は心情がトスカに入り込んでおり、一番の聴かせどころである「歌に生き、愛に生き」は半分泣きの入った歌唱で、決してクリアな声ではありませんでしたが、トスカの気持ちが歌に乗り移っていて、ドラマとしては最高だと思いました。また第三幕の前半、カヴァラドッシを訪ねたときの表現は、希望と不安さを相半ばにしているということで、ちょっと暗めの表情にしたのでしょうか? あの部分はもうちょっと明るく歌った方が、最後のカヴァラドッシが銃殺された後殿トスカの嘆きとの対照性が見えて更によかったのではないかと思いました。

 須藤スカルピアの素晴らしく邪悪な歌唱、演技、岡田トスカの気持ちの入り込んだ第二幕と比較すると、藤田卓也のカヴァラドッシは役に気持ちが入っている、というより、テノールとしての声の出し方に気持ちがいたようで、役作りの点から行くと上手くいっていなかった感じがします。もちろん、「妙なる調和」にしても「星は光りぬ」にしても素晴らしい歌唱でしたが、そこに至る繋ぎの歌唱はどうかというと、かなりバランスが悪く今一つだったと申し上げざるを得ません。特に第一幕の堂守と絡む場面は、柴山昌宣の堂守が立派な声で勝つ自然な表情で歌うのに対し、藤田カヴァラドッシは自然な形で対応できずぎくしゃくしている感じがかなりありました。テノールとしての見せ場ではないところでも、ドラマとしての自分の振舞いをもっと考えて、自然な演技が欲しかったところです。

 男声低音の脇役陣は皆素晴らしかったと思います。妻屋秀和のアンジェロッティも流石でしたし、上に書いた通りの柴山昌宣の堂守も、演技・歌唱とも自然且つ明晰でした。高橋洋介のシャルローネも氷見健一郎の看守もいい表情を見せていました。

 以上歌手のことだけを書きましたが、このようなドラマにしたのは、粟國淳の演出が見事だったということに尽きると思います。舞台装置は日生劇場の舞台の限界を前提に設計されていて、新国立劇場のような豪華さはもちろんないわけですが、「トスカ」がヴェリズモ・オペラであることを踏まえた写実的な演出です。第三幕が聖アンジェロ城での出来事ですが、そこで行われたことを示すのは、最後に影絵でその天使の像を写す手法でした。もちろん装置がよかったのではなく、細かい表情に至るまで歌手たちの動かし方が見事だったということです。

 また、そこにつける園田隆一郎の音楽も相当ドラマチックに仕上げていました。普通であればもう少しゆっくり演奏するのではないかと思うところをアッチェラランドをかけて攻め込んで見せる。そういうところがいろいろなところであるので、緊迫感が途切れません。またオーケストラの音の出方も和声が綺麗に決まってという感じではなくて、楽器がそれぞれ主張しているように聴こえる場所が多い。それも緊迫感によい影響を与えていたのではないかと思います。第二幕の前半の連行されたカヴァラドッシとスカルピアとを中心とした対話の後ろでは、舞台裏でトスカと合唱によって歌われるカンタータが聴こえてきます。普通このカンタータはBGM的に流れていることが多いと思いますが、今回はかなり強めに演奏され、そういうところも緊迫感を強めることに有用だったのではないかと思います。

 以上演出も演奏もドラマティックなオペラのドラマティックな表現に注力している感じがよく見えて、それがまた歌手陣の頑張りによって上手く嵌り、全体として高度な演奏になっているのではないかと思いました。Braviと申し上げるべき演奏でした。

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