オペラに行って参りました-2021年(その4)

目次

これは良い演出かも! 2021年7月8日 新国立劇場「カルメン」を聴く
指揮者の違いは音楽の違い 2021年7月9日 新国立劇場高校生のためのオペラ鑑賞教室2021「カルメン」を聴く
やっぱり名作です 2021年7月18日 東京二期会オペラ劇場「ファルスタッフ」を聴く
ドラマティック・ハイライト 2021年7月30日 杉並リリカ:「サマーナイト・ガラコンサート」を聴く
良い方向に予想が外れ 2021年7月31日 相模原シティオペラ「サンドリヨン」を聴く
ホステスの心意気 2021年8月14日 YKA企画「八王子deオペラvol.4」「真夏のリコレクション」を聴く
エロスの消失 2021年8月28日 東京二期会オペラ劇場「ルル」を聴く
楽譜に忠実に演奏することの良し悪し 2021年9月5日 座間市市制施行50周年記念「椿姫」を聴く
終演時間とすり合わせ 2021年9月8日 東京二期会オペラ劇場「魔笛」を聴く
大変な作品の実感 2021年9月10日 藤原歌劇団「清教徒」を聴く

オペラに行って参りました。 過去の記録へのリンク

2021年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2021年
2020年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2020年
2019年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2019年
2018年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2018年
2017年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2017年
2016年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2016年
2015年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2015年
2014年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2014年
2013年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2013年
2012年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2012年
2011年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2011年
2010年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2010年
2009年 その1 その2 その3 その4   どくたーTのオペラベスト3 2009年
2008年 その1 その2 その3 その4   どくたーTのオペラベスト3 2008年
2007年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2007年
2006年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2006年
2005年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2005年
2004年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2004年
2003年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2003年
2002年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2002年
2001年 その1 その2       どくたーTのオペラベスト3 2001年
2000年            どくたーTのオペラベスト3 2000年

鑑賞日:2021年7月8日
入場料:C席 3F R10列3番 7920円

主催:新国立劇場

全4幕、字幕付原語(フランス語)上演
ビゼー作曲「カルメン」(Carmen)
原作:プロスペル・メリメ「カルメン」
台本:アンリ・メイヤック/リュドヴィク・アレヴィ

会場 新国立劇場オペラハウス

スタッフ

指 揮 大野 和士  
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団/びわ湖ホール声楽アンサンブル
合唱指揮 冨平 恭平
児童合唱 TOKYO FM少年合唱団
児童合唱指導 米屋 恵子/伊藤 邦恵
演 出 アレックス・オリエ
装 置 アルフォンス・フローレス
衣 裳 リュック・カステーイス
照 明 マルコ・フィリベック
舞台監督 高橋 尚史

出演

カルメン ステファニー・ドゥストラック
ドン・ホセ 村上 敏明
エスカミーリョ アレクサンドル・ドゥハメル
ミカエラ 砂川 涼子
スニガ 妻屋 秀和
モラレス 吉川 健一
ダンカイロ 町 英和
レメンダード 糸賀 修平
フラスキータ 森谷 真理
メルセデス 金子 美香

感 想

これは良い演出かも!‐新国立劇場「カルメン」を聴く

 「カルメン」をこれまで何回見たか分からないけれども、大胆な読み替え演出はこれまで見たことがないような気がします。カルメンの物語自体がかなり綿密に構成されていて、新しい設定を持ってくると矛盾が広がってしまって、却って訳分からなくなってしまう、ということがあるからだろうと思います。とはいえ、カルメンがジプシー女でタバコ工場の女工であるという設定自体あまり意味はありません。確かにタバコ工場の前でたくさんの男たちがカルメンを待っている光景は、カルメンがアイドルで、男たちはスターの出待ちをしているファンであっても全然かまわない。そして、カルメンがスターであった方が、ホセという一般人を惑わせるのに適当だし、エスカミーリョというスターと付き合うのも納得いくところです。

 それがアレックス・オリエの発想だったわけですが、カルメンをライブをやるスター歌手という設定にしたことで、カルメンの物語を極めて今日的に見せることに成功しました。ライブを行うスター歌手がジャンキーで、麻薬の密輸に関係しているなんて現実の世界でもありそうです。スターも周りには音響技術者や警備員やプロデューサーやそして多数のファンがいる。その純朴な警備員がスターから声を掛けられれば舞い上がってしまうのは無理がありません。退廃的なスターの世界に舞台を変更したことで、カルメンはより現代的になり、カルメンの強さが強調されているように思いました。またオリエはそのライブ会場を、建物の足場のような鉄パイプ構造は、ロックフェスティバルでよく使用される舞台ですが、一方で、カルメンの世界を覆いつくす檻でもあります。野放図な若者たちにとってもその活動は檻の中から外れることはできません。息苦しい現代社会は、アウトローですらその枠から出さないことを示しているようにも見えます。

 読み替え演出は基本的に嫌いなのですが、今回の演出は素直に受け入れることができました。アレックス・オリエの才覚にまずはBravoを申しあげましょう。

 演奏ですが、個別にはいろいろあったものの、全体としては上々だったと思います。

 それは何と言っても大野和士の音楽づくりの見通しの良さにあると思います。大野の指揮ぶりはオペラ全体の流れを見据えたうえで、細分化して、場合によっては微分化して、その中に音を嵌めこんでいって全体を構成しているような感じに聴きました。もちろんリタルダンドを掛けてじっくり聴かせるところもあるのですが、基本的にはアレグロのインテンポで進み、音楽を枠の中から外すことがないのです。ですから全体的に見通しがいいし、「カルメン」という有名な作品を何度となく聴いている聴き手にとっては、自分の中にあるカルメンとのずれがすぐに修正されるので、聴いていて安心できるのでしょう。納得の演奏でした。

 もちろんオーケストラもいい。オーケストラは指揮者でかなり変わりますけど、今日の東京フィルは大野との信頼関係がはっきり分かる演奏で、大野を盛り立てます。オーケストラが大野の意図をよく理解してしっかり支えてくれたことによって、演奏全体がグッと締まったものに鳴りました。大野にBravoを、オーケストラにBraviを差し上げたい。

 タイトル役のドゥストラック。手足が長く、かなり引き締まった身体をしていて(筋肉の盛り上がりがオペラグラス越しでも分かります)、女らしい色気でホセをたぶらかすタイプのカルメンというよりは、歌も含めた動き全体で色っぽさを醸し出すタイプのカルメンです。声的には十分な声量があり、登場のアリア「ハバネラ」は、コンサートの舞台の上で、マイク(本物ではありません、念のため)に顔を近づけてゆっくりとしたテンポで歌って見せ、その姿はカルメンのファンにはたまらないものだろうと思いました。警備の責任者に過ぎないホセが舞台の上からのカルメンの熱い視線に掴まってしまうのも無理はないな、と思わせるもの。その後の演奏は、アンサンブルにおけるバランスとか自分自身としては100%満足できたわけではないのですが、この演出におけるカルメンの立ち位置を十分に理解した演技・歌唱で、全体としては上々で、ドゥストラックのカルメンの姿を示しました。Bravaと申し上げられると思います。

 対する村上敏明のホセ、不調でした。7月3日の公演では咽喉の調子が悪く、歌唱は村上公太が行ったそうですが、5日たっても完璧には戻っていなかったようです。軽い高音のきらびやかな響きは流石に村上敏明だと思いましたが、基本的に咽喉の調子がよくなかった様子で、歌の所々で音が外れてしまったり、ちょっとしたところで抜けてしまったりして、聞き苦しいところの多いホセでした。もちろん曲の中ですぐに修正して大きく崩れることはないのですが、かなりいろいろなところでコントロールが効かないところがあって、残念だったと思います。

 ドゥハメルのエスカミーリョ。存在感がありました。カルメンと並ぶスターの闘牛士という立ち位置で登場するエスカミーリョですが、「闘牛士の歌」で全部を持っていく感じが素晴らしいです。第三幕でのホセとのやり取りや第四幕での自信に満ちたカルメンへの愛の告白は、カリスマ線を感じさせるもので、よかったです。

 砂川涼子のミカエラは、日本のミカエラ歌いの第一人者としての矜持を示したと思います。第三幕の「何を恐れることがありましょう」は流石の歌唱で、会場から大きな拍手を貰っておりました。ミカエラは現代の女の子としてありふれているという設定だったと思いますが、そのちょっとダサい今風が丁度良かったのかな、と思いましたが、一方で、砂川もかなりのベテラン。流石に娘役の雰囲気の出し方が、昔と比べると難しくなってきているのかな、と第一幕のホセとの二重唱で劇的な表情が勝っているところなどに感じました。

 それ以外の脇役は皆それぞれの個性と役柄の個性がマッチして雰囲気のある歌唱。妻屋秀和のスニガ、吉川健一のモラレスどちらもいい感じでしたし、それ以上に業界関係者、という雰囲気で見せてくれた町英和のダンカイロ、糸賀修平のレメンダートがいい。第二幕の五重唱がきっちり決まったのは、この二人の進め方が巧かったことにあります。

 フラスキータとメルセデスはカルメンのバックコーラス歌手という設定。ハバネラを歌うカルメンの後ろで踊る姿がいい感じ。ただ歌唱に関しては、フラスキータの森谷真理がちょっと悪目立ちするところがあって、バランス的にはもう少し抑えたほうがいいかな、という印象。しかし、森谷も金子美香も実力者であって、よいコンビだったと思います。

 以上新演出の読み替え「カルメン」、全体的には非常に楽しむことができました。

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鑑賞日:2021年7月9日
入場料:指定席 4F 3列26番 4400円

主催:新国立劇場

新国立劇場 高校生のためのオペラ鑑賞教室2021

全4幕、字幕付原語(フランス語)上演
ビゼー作曲「カルメン」(Carmen)
原作:プロスペル・メリメ「カルメン」
台本:アンリ・メイヤック/リュドヴィク・アレヴィ

会場 新国立劇場オペラハウス

スタッフ

指 揮 沼尻 竜典  
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団/びわ湖ホール声楽アンサンブル
合唱指揮 冨平 恭平
児童合唱 多摩ファミリーシンガ0ズ
児童合唱指導 高山 佳子
演 出 アレックス・オリエ
装 置 アルフォンス・フローレス
衣 裳 リュック・カステーイス
照 明 マルコ・フィリベック
再演演出 澤田 康子
舞台監督 高橋 尚史

出演

カルメン 山下 牧子
ドン・ホセ 村上 公太
エスカミーリョ 須藤 信吾
ミカエラ 石橋 栄美
スニガ 大塚 博章
モラレス 星野 淳
ダンカイロ 成田 博之
レメンダード 升島 唯博
フラスキータ 平井 香織
メルセデス 但馬 由香

感 想

指揮者の違いは音楽の違い‐新国立劇場 高校生のためのオペラ鑑賞教室2021「カルメン」を聴く

 新国立劇場の「カルメン」、アレックス・オリエの新演出に変ったわけですが、それに合わせるかのように本年度の「高校生のためのオペラ鑑賞教室」は新演出の「カルメン」を、本公演のカヴァーキャストで行うということになりました。変更になったのは歌手だけではありません。指揮者も本公演の大野和士から沼尻竜典に代わりました。そして、二日連続で大野の演奏と沼尻の演奏を聴いたわけですが、演奏の味わいの違いは、二人の指揮の違いに由来するように思いました。

 昨日も書いたように大野の指揮は音楽を細かい枠に分けて、その中で完結させ、それをつなぎ合わせて全体を構成するような感じでした。それに対して沼尻の指揮はもっと自由な感じで、音楽の表情の変化が自然です。割とよく聴くタイプの演奏だと思います。使用している楽譜は一緒(オペラコミック版と、ギロー版の折衷譜)で、実際の演奏時間はほぼ一緒で、同じ「カルメン」であることは間違いないのですが、指揮者の違いはオーケストラの音の違いに結びついていましたし、味わいにかなり違いがありました。私は劇的なテイストをより強く示した大野の解釈が好きですが、沼尻の演奏も悪いものではありません。

 舞台ですが、山下組の初本番。ゲネプロですり合わせはしていると思いますが、本番の舞台はちょっと勝手が違うみたいで、重唱でまだ音の取り合いが上手くいっていなかったところがありました。その辺は今後修正されていくのでしょう。

 歌手ではホセ役の村上公太が素晴らしい歌唱を披露しました。一番の聴かせどころの「花の歌」が雰囲気も感情表現もこれぞ、というべき名唱。大いに満足しました。それだけではありません。重唱でも彼の良さが出ていました。第一幕のミカエラとの二重唱。こちらも情愛の籠ったとてもよい歌で、この柔らかい歌に石橋栄美のミカエラがやはり柔らかく反応します。昨日の本公演は村上敏明の調子が悪く、砂川ミカエラがちょっと頑張りすぎたきらいもあって、バランス的にもあまりよい二重唱ではなかったのですが、本日の村上公太・石橋栄美のコンビはバランスと言い、雰囲気と言いとてもよかったです。そして、カルメンとの最後の二重唱。こちらも山下カルメンの鬼気迫る歌唱と、村上公太のやるせないホセの緊張感のあるやり取りが素晴らしく、とても感心いたしました。

 山下牧子のカルメンもよかったと思います。退廃的な「ハバネラ」もよかったですし、ホセを誘惑する「セギディーリャ」もよかった。ジプシーソングも素敵で、さすがの実力を見せたのですが、舞台の反響がよくないみたいで、声の張り上げ方が強く、結果として息が乱れてしまっているところがありました。今回の舞台の難しさなのだろうと思いますが、フラスキータ平井香織、メルセデス但馬由香の歌も全然悪くないのですが、立つポジションで、声の飛んできかたが違うようで、重唱における声のバランスが上手くとれていないところがありました。例えばその典型が二幕の五重唱。最初の入りでもたつき、その後も後ろにアルトが弱い感じです。そのあたりの立ち位置と声のバランスはもう少し見直した方が良いかもしれません。

 須藤慎吾のエスカミーリョもよかったです。須藤はいつも端整な歌唱をする方ですし、今回も須藤らしい歌を聴かせてくれたと思いますが、昨日のドゥハメルと比較すると線が細い印象です。これまで須藤を何回も聴いてきて、線が細いと思ったことは一度もないのですが、外人が歌うのと二日連続で聴いてしまうとそのような印象が生じてしまうのでしょう。石橋栄美のミカエラは上記の通り、無理がない分前日の砂川涼子よりも田舎の純朴な娘らしさが出ていたと思います。ただ、第三幕のアリアはもちろん立派なものではあったのですが、砂川の自分の世界に引き込むような歌と比較すると、もう一段の味わい深さがあってもよかったのかな、とは思いました。

 その他の脇役陣は、星野淳モラレスが、独特の存在感で気を吐いてていました。

 以上、全体的にはパワフルさで本番組には負けるけど、チームワークはこちらも悪くなくてノリノリの感じが良かったです。あとは舞台にもっと慣れて貰えれば、もっと嵌った音楽になるのではないかと思いました。

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鑑賞日:2021年7月18日
入場料:指定席 4F R2列20番 8000円

主催:文化庁/公益財団法人東京二期会

二期会創立70周年記念公演
テアトル・レアル、ベルギー王立モネ劇場、フランス国立ボルドー歌劇場との共同制作

東京二期会オペラ劇場

全3幕、字幕付原語(イタリア語)上演
ヴェルディ作曲「ファルスタッフ」(Falstaff)
原作:ウィリアム・シェイクスピア「ウィンザーの陽気な女房たち」
台本:アッリーゴ・ボーイト

会場 東京文化会館大ホール

スタッフ

指 揮 レオナルド・シーニ  
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱 二期会合唱団
合唱指揮 佐藤 宏
演出・衣裳 ロラン・ペリー
演出補 クリスティアン・レート
装 置 バルバラ・ドゥ・ランブール
照 明 ジョエル・アダン
衣裳補 ジャン=ジャック・デルモット
演出助手 三浦 安浩
舞台監督 幸泉 浩司

出演

ファルスタッフ 今井 俊輔
フォード 清水 勇磨
フェントン 宮里 直樹
カイウス 吉田 連
バルドルフォ 児玉 和弘
ピストーラ 加藤 宏隆
アリーチェ 髙橋 絵理
ナンネッタ 三宅 理恵
クイックリー 中島 郁子
メグ 花房 英里子

感 想

やっぱり名作です‐東京二期会オペラ劇場「ファルスタッフ」を聴く

 東京二期会オペラ劇場は2021年7月16日から19日の予定で、ヴェルディ「ファルスタッフ」の上演を予定しており、私自身も初日のチケットを購入していたのですが、合唱団員一名にいわゆる新型コロナウィルス陽性者が発生し、16日の公演は急遽中止になりました。二期会ではほぼ連日スタッフ・キャストのPCR検査を行っており、他の陽性者がいないということで2日目より公演が開始されました。そのため、ソリストはマスクなしの歌唱ですが、合唱団員は全員マスクをつけての歌唱。それも合唱マスクではなく不織布マスク。本来であれば公演全体が中止になってもおかしくない状況でしたが、公演中止を1日だけで終わらせたことで私は振り替えで18日鑑賞。公演の全体が中止にならなかったこと、よかったと思います。これ以上、感染者が増えないこと心からお祈り申し上げます。

 「ファルスタッフ」という作品、あまり上演されない作品と思われている方も多いようですが、ヴェルディの作品の中では比較的上演回数の多い演目です。もちろん「トラヴィアータ」、「アイーダ」、「リゴレット」には敵わないと思いますが、「トロヴァトーレ」や「オテッロ」と比較すれば遜色ない程度には上演されているのではないかしら。ちなみに自分の実演経験で言えば、今回が多分12回目。アンサンブル・オペラで日本人歌手のアンサンブル能力の高さが上演しやすいと考えられるのだろうと思います。ちなみに二期会は節目節目で取り上げているそうで、二期会50周年の時もやり、聴いていますし、30周年の時もやっています(流石に聴いておりません)。次回は90周年の時かしら。元気でいればまた聴きに来たいものです。

 さて、今回の演奏ですが、そのアンサンブルに課題を残したな、というのが正直なところ。特に女声のバランス。高橋絵理、三宅理恵、中島郁子と言えばアンサンブルにも長けた方だという印象があるのですが、実際は声の強さに差があり、もっと強弱のバランスを取らないといけないのではないか、という風に思いました。第1幕の女声四重唱から始まり男声も入って九重唱に入るくだり、女声のバランスが悪く、更に全体的に声量も乏しいので、男声が入ってくると女声の色がかなり弱まる印象です。「ファルスタッフ」は女房達の強さを示した作品でもあるので、こういうところで女声の輝きが失われるのは残念です。

 同じような意味でフィナーレのフーガも気になるところです。ここは10人のソリストと合唱が3部で入って13パートによる大フーガですが、合唱がマスクを着けて歌っているせいか、どうもぼやけて聴こえています。更に言えば、合唱3部と書きましたが、実際はその中で分唱があり、その和音がぼやけていたのかな、という印象です。マスクをとればもっと鋭く行けたかもしれません。

 ちなみに男声は総じて良かったと思います。タイトルロールの今井俊輔、全体的に言えば、スケベ親父感がちょっと足りなかったかな、という感じ。真面目な方なのかもしれません。もちろん歌は全体的にはいいんですけど、第三幕冒頭のモノローグはもう少しうらぶれた感じが出れば更によかったと思います。またフィナーレの大フーガの直前は疲れていた様子で、声の迫力がなくなっていました。体力配分は課題かもしれません。

 清水勇馬のフォード。とてもよかったと思います。「怒りのモノローグ」が魅力的に響きました。他のアンサンブルをリードするところもよかったです。キャスティングは今回の演出を踏まえて決めたと思いますが、そこにもぴったりはまっていたと思います。宮里直樹のフェントン。流石の美声。その声だけで、別世界に連れて行きます。下世話な作品の唯一異質なのが、フェントンとナンネッタとの恋愛シーンですが、今回の演出、ナンネッタがかなり積極的にフェントンに迫るというもので、ナンネッタが結構エロティックに描かれるのですが、それを受け止めたフェントンは割とナンネッタの演技とは無関係に美声で歌いだし、という風で、その異質感が目だってよかったのかな、と思いました。

 キャラが立っていてよかったのがカイウス医師。振られ役で本当は大事ですが、あまり目立つ感じではありません。でも今回はフォードの腰巾着みたいな感じで描かれ、それを吉田連が結構特徴のある声で歌うので、しっかりした存在感を示しました。こちらもBravoです。バルドルフォとピストーラのコンビもちょっと無理している感はありましたけど、この二人が持たされている面白さはきちんと歌っていたように思います。

 女声は独りで歌っているシーンやクイックリー夫人がファルスタッフのところへ行って誘う部分などは全然悪くないのですが、アンサンブルになるとバランスが悪くなるのは、歌う位置関係が関係しているのかもしれません。フォード家は階段が非常に多くて、立体的な位置関係で離れて歌うので、合わせにくいというのはあるでしょう。

 指揮は当初予定していたベルトラン・ド・ビリーからレオナルド・シーニに代わりました。シーニの演奏は、フランス系指揮者に多い割と鳴らす演奏。ファルスタッフの音楽はオーケストラがとても大事で、オーケストラがはっきりしていたほうがメリハリがついていいのだろうとは思いますが、もう少し抑えてもいいのかな、という印象。

 最後には演出ですが、こちらは面白かったです。時代は多分1960-70年代。着ている衣裳がそんな感じですし、ガーター亭も現代のパブ風です。その意味では読み換え演出ですが、ビヤ樽のようなファルスタッフの体型をはじめとする描かれている内容はファルスタッフのオリジナル通り。プログラムで解説を書いていた香原斗志によれば、「ボーイトの台本のト書きに手を入れることなく自然に現代劇に移され」としていますが、まさにその通りだと思います。確かに「ファルスタッフ」はヘンリー五世の時代の騎士ではありますが、その行動の可笑しさは男の本質を突いているのかもしれません。

 更に、細かいところが面白い。フォードが9:1分けの禿げ親父で、フォードの家の使用人も全てがフォードの分身であったり、カイウスとフォードとが同じ格好で動き回ったり、ガーター亭の大きさが、ファルスタッフの腹自慢に連動して変化したり、細かい演出が楽しめます。初めて「ファルスタッフ」をみた人にとっつきやすい演出かどうかは分かりませんが、お芝居と音楽とが連動していることを強く示す演出で、私は視覚的には大満足でした。

 この音楽とお芝居の融合した世界。無駄なところがないこの作品はやはり名作だなあ、と思いました。

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鑑賞日:2021年7月30日
入場料:指定席 9列13番 6000円

主催:杉並リリカ

サマーナイト・ガラコンサート
~《リゴレット》・《トスカ》ハイライト~

会場 渋谷区文化総合センター大和田6階 伝承ホール

ヴェルディ作曲「リゴレット」ハイライト

出演

マントヴァ公 工藤 和真  
リゴレット 木村 聡
ジルダ 中畑 有美子
マッダレーナ 吉田 安梨沙
ピアノ 藤原 藍子

プログラム

マントヴァ公のバラータ「あれか、これか」 工藤 和真
マントヴァ公とジルダの二重唱「貴女は私の太陽」 工藤 和真/中畑 有美子
ジルダのアリア「慕わしき人の名は」 中畑 有美子
マントヴァ公のアリア「頬に涙が」 工藤 和真
リゴレットのアリア「悪魔め、鬼め」 木村 聡
リゴレットとジルダの二重唱「父上!ジルダ!復讐だ」 木村 聡/中畑 有美子
マントヴァ公のカンツォーネ「風の中の羽根のように」 工藤 和真
四重唱「美しい恋する娘よ」 中畑 有美子/吉田 安梨沙/工藤 和真/木村 聡

 

プッチーニ作曲「トスカ」ハイライト

出演

トスカ 山口 安紀子
カヴァラドッシ 工藤 和真
スカルピア 木村 聡
ピアノ 藤原 藍子

プログラム

カヴァラドッシのアリア「妙なる調和」 工藤 和真
トスカとカヴァラドッシの二重唱「マリオ!マリオ!」 山口 安紀子/工藤 和真
スカルピアのアリア「テ・デウム」 木村 聡
トスカとスカルピアの二重唱「いくら出せば」 山口 安紀子/工藤 和真
トスカのアリア「歌に生き、愛に生き」 山口 安紀子
カヴァラドッシのアリア「星は光りぬ」 工藤 和真
トスカとカヴァラドッシの二重唱「優しい手を!」 山口 安紀子/工藤 和真

感 想

ドラマティック・ハイライト‐杉並リリカ「サマーナイト・ガラコンサート」を聴く

 ヴェルディ中期の傑作とプッチーニの代表作の聴きどころだけを集めたコンサート。オペラの流れを知っていればこれでも十分楽しめます。もちろん音楽的なことを言えば、リゴレットであれば第一幕冒頭のコンチェルタートはやっぱりきちんと聴きたいと思いますし、「トスカ」であれば、「テ・デウム」は合唱付きの方が断然面白い、と言ったことはありますが、ドラマを楽しみ、その音楽を味わうということであれば十分です。

 それで演奏ですが、どちらもそれぞれ一所懸命の歌でパワフルなものでしたが、ベテランの多かった「トスカ」に一日の長がありました。

 「リゴレット」。全体的に重い印象。工藤和真の声はリリコ・スピントの印象で、マントヴァ公の軽薄さを表現するにはちょっと重すぎるように思いました。もっとポジションを高くとって軽やかに歌われた方がマントヴァらしい印象になります。それでも「頬に涙が」は雰囲気があってよい歌でした。

 中畑有美子のジルダ。こちらも立派な歌だったと思うのですが、ジルダの娘らしさを表現するのであれば中音部をもっと軽く歌わなけらばいけない。このかたおそらく純正リリコの声なのでしょう。ジルダは彼女の持ち声からすると軽い役だと歩もいます。確かに高音はしっかり出ているようなのですが、ジルダのようなレジェーロ系のソプラノで映える役は中音部の処理で決まります。そこは十分考えてはいないようで、音が低くなると娘が一気に老けてしまううように聴こえる。そこが残念でした。

 木村聡。さすがベテラン、ベテランの味をしっかり出した、リゴレットの悲しみが憑依したような歌唱で素晴らしいと思いました。

 全体的に重たい感じがした「リゴレット」に対し、「トスカ」は丁度いい感じ。工藤和真の声もマントヴァには似合っていないと思いましたが、カヴァラドッシには丁度いい。何も考えずに歌っても綺麗に聴こえる音域であり、曲なのでしょうね。だから素晴らしいと思うのですが、それ以上何も考えていないように思えました。

 そこをしっかり考えて表現に落とし込んだのが山口安紀子。特に一番の聴かせどころである「歌に生き、愛に生き」。この曲の冒頭の「Vissi d'arte」の表情は「dolciss con grande sentimento」ですから、普通は細いところから、sotto voceで歌い始める。しかし、山口はここを怒りを込めてしっかりと歌い始めました。聴いていると「何であんたみたいな下種に、売れっ子の歌姫がいたぶられなければいけないの」という内心の怒りが凄く伝わってくる表現で、これはプッチーニ先生の考えとは違っていましたが、ドラマの視点から考えれば当然あっていい表現だと思いました。この曲は一例で、その他の部分も、トスカの心情をどう歌うのが一番ドラマとして適切か、という観点で考えられた歌唱だったと思います。だから、一幕の嫉妬の二重唱も雰囲気が出ていましたし、フィナーレの二重唱も切迫感があったのかと思います。

 そのため、カヴァラドッシは常に押され気味でした。カヴァラドッシがもっと考えて歌ってくれれば、もっとがっぷり四つ感が出たのではないかと思いました。

 木村聡のスカルピアは邪悪な印象をしっかり示してよし。聴き始めはリゴレットの方が良かったかな、と思ったのですが、どんどん引き込んでくれて、スカルピアの邪悪感を味あわせてくれました。

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鑑賞日:2021年7月31日
入場料:自由席 4800円

主催:相模原シティオペラ

全4幕、字幕付原語(フランス語)上演
マスネ作曲「サンドリヨン」(CENDRIILON)
原作:シャルル・ペロー「シンデレラ」
台本:アンリ・カーン

会場 相模原市民会館大ホール

スタッフ

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指 揮 高橋 勇太  
管弦楽 東京ピット・オーケストラ
合 唱 相模原シティオペラ合唱団
バレエ ヒロコ・バレエスタジオ
演 出 舘 亜里沙
衣 裳 池上 知津
照 明 株式会社 フルスペック
振 付 中薗 博子
ヘアメイク 濱野 由美子
副指揮 柴田 慎平
舞台監督 大河原 敦

出演

サンドリヨン(リュゼット) 赤根 純子
シャルマン王子 狩野 武
パンドルフ 岡野 守
ド・ラ・アルティエール夫人 坂本 のぞみ
ノエミ 小山 道子
ドロテ 岡本 麻里菜
妖精の女王 小澤 美咲紀
妖精Ⅰ 福田 亜香音
妖精Ⅱ 小林 可奈
妖精Ⅲ 石井 揺子
妖精Ⅳ 小松 美紀
妖精Ⅴ 新垣 慶
妖精Ⅵ 平石 愛
宇田川 慎介
大学長 岡嶋 晃彦
儀典長 戸村 優希
大臣 地主 光太郎

感 想

良い方向に予想が外れ‐相模原シティオペラ「サンドリヨン」を聴く

 相模原シティオペラを聴いたのは三度目。一番印象が深いのは、一昨年の「カルメン」公演。とにかく全てが問題で、音楽になっていなかった、というのが本当のところです。今回も正直申し上げれば、かなり怖いもの観たさで伺ったところはあったのですが、思いがけずよい演奏を聴くことができました。主宰者がそれなりに手を加えたことと、本来、昨年上演の筈が、1年遅れになったため、歌手たちもより勉強する時間を多くとれたということが関係しているかもしれません。もちろんこういう予想外れは大歓迎です。

 今回の演奏は、コロナ対策もあって、オーケストラが舞台の向かって右側に位置し、舞台は左側で演奏されました。こういう特殊条件でかつ低予算で舞台を作らなければいけない中、舘亜里沙の演出はなかなか素晴らしかったと思います。基本お伽噺の世界として、ほとんどの登場人物は人形のように動かし、コミカルに見せる。一方で、サンドリヨン、王子、父親は人間的に描き、切迫した感覚を示す。若い女性演出家ならではの視点で舞台を組み上げました。照明の使い方も非常に美しく、基本は、市民会館に付属の装置を使用したのに過ぎないと思いますが、その使い方と自分のやりたいことの組み合わせが上手く行って、見事な演出になったものと思います。

 音楽的にもまとまっていました。主要歌手が自分の役柄をどう歌唱し、演じるかという点について、しっかり考えていたのではないかと思います。その意味で特に優れていたのが、父親役の岡野守。優しさゆえに再婚相手のアルティエール夫人に押しまくられる役柄ですが、押しまくられるときの受けの雰囲気や、第三幕のサンドリヨンに二人で田舎に帰ろうと歌いかける歌唱演技は父親の情感がよく出ていて素晴らしいと思いました。

 タイトル役の赤根純子もよかったです。いくつかあるアリアをどれも丁寧にきっちり歌い上げていたところ、素晴らしいと思いましたし、それらの歌も感情に流されることなく、と言って冷たくもならず、いいバランスの中で歌われていたところが見事であると思いました。また王子との重唱や、父親との重唱もいいバランスで上手にまとめていました。

 テクニカルには妖精の女王役を歌われた小澤美咲紀が見事でした。力のこもった迫力はあまり感じられませんでしたが、コロラトゥーラのテクニックは前に聴いた時よりも一段と切れ味の良いもので、聴いていて気持ちの良いものでした。

 母親は典型的な人形役。カリカチュアライズされていて、化粧の感じなども人形感抜群でした。坂本のぞみは声量的な迫力はあまり感じられませんでしたが、その雰囲気と丁寧な歌唱で、十分役柄を演じていたと思います。同じ意味でノエミとドロテの姉妹も人形的ですが、小山道子と岡本麻里菜のコンビもノリノリの歌唱と演技で盛り上げてくれました。

 妖精の六人のアンサンブルも結構でしたし、岡嶋晃彦、戸村優希、地主光太郎といった人たちも合唱の応援に入ったり、あるいは話を進めるためのバイプレーヤーになったりして、作品の進行に貢献していたと思います。

 高橋勇太指揮の東京ピットオーケストラは冒頭結構乱れましたが、その後はきっちり立て直し、いい演奏を聴かせてくれたと思います。

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鑑賞日:2021年8月14日
入場料:自由席 5500円

主催:YKA企画

八王子でオペラVol.Ⅳ 真夏のリコレクション~夏の日の憩いの一時をあなたに~

会場 八王子市芸術文化会館いちょうホール(小ホール)

出演

ソプラノ・司会 山口 佳子  
メゾソプラノ 鳥木 弥生
テノール 村上 敏明
バリトン 須藤 慎吾
ピアノ 田村 ルリ

プログラム

作曲 作詞/作品名 曲名 演奏
プッチーニ つばめ マグダのアリア「ドレッタの夢」 山口 佳子
ヴェルディ 椿姫 ジェルモンのアリア「プロヴァンスの海と陸」 須藤 慎吾
ビゼー カルメン カルメンのハバネラ「恋は野の鳥」 鳥木 弥生
ジョルダーノ アンドレア・シェニエ シェニエのアリア「ある日、青空を眺めて」 村上 敏明
ロジャース サウンド・オブ・ミュージック メドレー(「サウンド・オブ・ミュージック」~「もうすぐ17歳」~「私の好きなもの」~「エーデルワイス」~「ドレミの歌」~「すべての山に登れ」) 全員~山口/村上~ピアノ独奏~須藤~全員~鳥木
休憩
オッフェンバック ホフマン物語 ジュリエッタとニコラウスの二重唱「美しい夜、愛の夜」 山口 佳子/鳥木 弥生
ビゼー 真珠とり ナディールとズルガの二重唱「聖なる神殿の奥深く」 村上 敏明/須藤 慎吾
ロッシーニ セビリアの理髪師 フィガロとロジーナの二重唱「それでは私なのね?」 山口 佳子/須藤 慎吾
マスカーニ カヴァレリア・ルスティカーナ サントゥツァとトゥリッドゥの二重唱「ここにいたのか、サントゥッツァ?」 鳥木 弥生/村上 敏明
プッチーニ ラ・ボエーム 四重唱「さようなら、甘い目覚めよ」 全員
アンコール
モーツァルト ドン・ジョヴァンニ ドン・ジョヴァンニとゼルリーナの二重唱「お手をどうぞ」 全員
ヴェルディ 椿姫 ヴィオレッタとアルフレードとの二重唱「乾杯の歌」 全員

感 想

ホステスの心意気‐「八王子でオペラVol.Ⅳ 真夏のリコレクション~夏の日の憩いの一時をあなたに~」を聴く

 八王子出身・在住のソプラノ、山口佳子が、ホステス役として司会と曲の解説をひとりで担う、地元ならではのコンサートでした。大元の企画はYKA企画というところでやったようですが、実際の構成は山口によるもので、山口の八面六臂の活躍が目立ったコンサートと申し上げてよいでしょう。

 プログラムに関しては、自分的にはもうひとひねり欲しいところですが(何せ、「ハバネラ」は今年5度目、「ホフマンの舟歌」は今年四度目、ちなみに両曲とも鳥木弥生が絡んでいるものが二回目)、一般向けには丁度いいのでしょうね。

 さて、演奏ですが、日本を代表する歌手を集めただけのことはあって、さすがのもの。前半のアリアは特に男声の二人が光りました。最初の山口佳子の「ドレッタの夢」は司会の都合もあってか卒なくまとめた感じですが、須藤慎吾の「プロヴァンスの海と陸」は見事。須藤の「プロヴァンス」はかつて、藤原歌劇団の「椿姫」の本公演で聴いておりますが、その時は厳父の方向で歌っていたと思います。それに対して今回の歌唱は慈父をイメージしたもの。パリで高級娼婦にうつつを抜かす息子を優しく諭すという感じの歌唱で見事でした。安定感抜群の鳥木弥生の「ハバネラ」を経て、前半の白眉というべき村上敏明の「ある日、青空を眺めて」。村上は7月の新国立劇場「カルメン」ホセ以来です。7月のホセは不調でしたが今回は絶好調。調子のよい時の村上は別格です。高音のアクートの張りが朗々と響き、円熟の魅力を聴かせてくれたと思います。

 アリアの次はお楽しみ、という感じで「サウンド・オブ・ミュージック」のメドレー。日本を代表する歌手にとっては朝飯前の曲ですが、これもよかったです。「ドレミの歌」(かなりのカットバージョンです)だけペギー葉山作詞の日本語で、後はハマースタイン二世の原語歌詞で歌われました。皆よかったと思うのですっが、とりわけ須藤慎吾が自らフォークギター片手に歌った「エーデルワイス」と鳥木弥生がソロをとった「全ての山へ登れ」が魅力的でした。

 後半はまず二重唱。四人ですから六つの組み合わせが考えられますが、一番曲のありそうなソプラノとテノールの二重唱と、一番曲のなさそうなメゾソプラノとバリトンの二重唱のみカット(「セビリアの理髪師」の二重唱は本来はメゾソプラノとバリトンの二重唱ですが、今回はソプラノと」バリトンで歌われました)。ちなみに山口佳子はプログラムに今回取り上げた二重唱を「おなじみの二重唱」、「絆の二重唱」、「メモの二重唱」、「修羅場の二重唱」と名付けておりましたが、内容的にはさもありなんというところです。

 演奏はこちらも見事なもの。「絆の二重唱」と書かれた「真珠とり」の二重唱は、比較的有名であるとされていますが、実演で聴いたのは私は初めての経験です。男声二人がきっちり聴かせてくれました。やっぱり素敵なのは、「セビリヤ」の二重唱。山口佳子の溌溂としたロジーナと須藤慎吾の「やれやれ」という感じの対照が面白かったです。二重唱最後は「カヴァレリア・ルスティカーナ」の二重唱。鳥木弥生と村上敏明。どちらも情熱的な表現を得意とする歌手ですから、まさに丁々発止のやり取りが緊迫感を盛り上げます。この曲はこうでなくてはいけません。

 アナウンスされた最後はおなじみの「ボエーム」の四重唱。今回の声部から言えば「リゴレット」の四重唱の方が自然ですが、ボエームの第三幕の幕切れの四重唱になりました。この曲はミミとロドルフォとの甘い感じとマルチェッロ・ムゼッタの鋭い割り込みが聴きどころですが、まさに山口ミミ、村上ロドルフォに割り込んでくる須藤マルチェッロ、鳥木ムゼッタの鋭さがいい雰囲気を醸し出していました。

 アンコールはまずは「誘惑の二重唱」。アンコールならではのお笑いバージョンでした。須藤ジョヴァンニが山口ゼルリーナに「お手をどうぞ」と誘惑しているところに乱入するのは鳥木ゼルリーナ。ドン・ジョヴァンニは山口ゼルリーナを誘惑しようとするのですが、鳥木ゼルリーナがどんどん歌って山口ゼルリーナには歌わせません。山口ゼルリーナがいら立ったところに、村上ジョヴァンニが登場か、と思いきや歌うのはゼルリーナのパート。最後は男声の二重唱になってしまいました(笑)。締めはおなじみの「乾杯の歌」。緊急事態宣言の中の緊迫感のあるコンサートでしたが、ホステス役・山口佳子の司会もよく、手作り感のある「おらが町」的なコンサートになりました。

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鑑賞日:2021年8月28日
入場料:B席 2F 10列37番 6000円

主催:文化庁/公益財団法人東京二期会
共催:公益財団法人新宿未来創造財団(新宿区立新宿文化センター)

東京二期会オペラ劇場

全2幕、字幕付原語(ドイツ語)上演
ベルグ作曲「ルル」(Lulu)
原作:フランク・ヴェーデネント「地霊」/「パンドラの函」
台本:アルバン・ベルグ

会場 新宿文化センター大ホール

スタッフ

指 揮 マキシム・パスカル  
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
演 出 カトリーネ・グルーバー
装 置 ロイ・スパーン
照 明 喜多村 貴
衣 裳 メヒトヒルト・ザイペル
映 像 上田 大樹
振 付 中村 蓉
舞台監督 村田 健輔

出演

ルル 森谷 真理
ゲシュヴィツ伯爵令嬢 増田 弥生
劇場の衣裳係/ギムナジウムの学生 郷家 暁子
医事顧問 加賀 清孝
画家 高野 二郎
シェーン博士 加耒 徹
アルヴァ 前川 健生
シゴルヒ 山下 浩司
猛獣使い/力業師 北川 辰彦
公爵/従僕 高田 正人
劇場支配人 畠山 茂
ソロダンサー 中村 蓉

感 想

エロスの消失‐東京二期会オペラ劇場「ルル」を聴く

 長いカーテンコールでした。10分以上続いたと思います。それだけ、今回の「ルル」の演奏が、観客の胸に刺さったのでしょう。確かに素晴らしい公演だったと思います。

 今回の公演は、本来であれば昨年(2020年)の7月に東京文化会館で行われるはずだった公演の延期公演です。COVID-19の感染症の世界的な蔓延によって、昨年2月末より5月一杯、日本は自粛が要請され舞台芸術はほぼ中止の憂き目にあいました。昨年6月からは次第に再開されてきたわけですが、本公演のような大規模公演はまだ上演できる機運が高まらず1年延期になりました。結局COVID-19に対する対応はこの一年間で皆が慣れ、昨年7月よりも感染状況がずっと悪いにもかかわらず、延期公演は無事上演されました。緊急事態宣言の中、何とか上演されたこと、そしてその演奏が聴き応えがあったこと、素直に喜びたいと思います。

 私が「ルル」を見るのは、今回が3回目になります。最初が2003年11月の日生劇場公演、つぎが、2005年2月の新国立劇場公演です。この間は1年3か月しか空いていませんが、その後日本で「ルル」が上演されることはなく、今回の公演は新国立劇場公演以来16年ぶりの公演になります。私自身もその間「ルル」を見ることは映像も含めて全くなく、久しぶりに聴いて、自分が最初に見た、日生劇場公演のことを思い出しました。この時の公演は日本初の三幕版上演で、沼尻竜典の素晴らしい音楽づくりと天羽明惠の熱のこもった歌唱と、当時の二期会のベストメンバーといってよい歌手たちの緊迫したした演技で、今でも「素晴らしかった」と言える公演だったわけですが、今回の公演は正直申し上げれば2003年の時ほどのインパクトはなかったかな、という印象です。

 ひとつは3幕版でなかった、ということが大きいと思います。「ルル」という作品はアルバン・ベルグの絶筆で、3幕の途中までしか書かれておらず、フリードリヒ・ツェルハによる補筆版が登場するまで、物語として完成した形では上演されることはありませんでした。補筆版が1979年に初演された後は、補筆版による上演が多くなります。当初から補筆部分がベルグの音楽と比較して弱いという批判があったわけですが、これは補筆版が必ず受ける避けられない運命みたいなもので、それを理由にベルグの書いた部分しか上演しないというのは、ベルグの作曲技法について全然理解できていない私のような一般聴衆にとっては、何とも理解しがたいところです。

 カトリーネ・グルーバーの演出はなるほどな、と思わせるものでした。幕が開くと、そこには本物のルルと肖像画の代わりとなる何体かのルルと同じ格好をしたマネキン人形が並べられています。そのマネキン人形はヌードから適当に衣装をまとったものまで様々ですが、それは全て「ルル」であることは間違いありません。即ちマネキン人形は男たちがルルを見るとき見える虚像を示しています。それらは確かにエロティックなものですがその虚像を剥ぎ取った所の生身のルルは、色っぽい仕草はすることはあっても、その本質は「愛」とか「性」とかとは無関係に、唯ひたすら生きることに必死な娘に見えます。

 グルーバーの描くルルは、下層階級出身で12歳から客を取り、無学で倫理観も愛することも愛されることも知らず、唯自分の美貌とセックスの魅力だけでのし上がってきた女です。男たちの束縛や経済力、下層出身の女の制約、社会状況による制約などがある中で、不器用ではあるが自分自身に正直に生きようともがく娘です。そこには必死さはあってもエロスは消失しています。第三幕ではルルは投資で全財産を失い、最後は生きるためにやむを得ず売春婦に身をやつし、切り裂きジャックに殺されますが、グルーバーの描くルルは第三幕があってこそ輝いたのではないかとも思いました。その点でも第三幕の上演しなかった今回の演奏は残念だったという気がします。

 とはいえ、全体としてドラマティックで緊迫感の高い演奏になっていたと思います。

 それはまず、指揮者のマキシム・パスカルと東京フィルの演奏を褒めなければいけません。パスカルは自分の身体を大きく使って、この無調音楽をダイナミックに演奏して見せました。「ルル」の音楽は、十二音音楽が基本になるものの、その和音の響きは調性音楽と無調音楽を行ったり来たりしているように聴こえるように作られています。パスカルのメリハリの効かせ方はそこを明確にして、この音楽の持つ退廃性を明らかにしたように思います。言ってみるなら、調性が明確でなくなってきたマーラーの交響曲の先にある音楽のように聴こえました。無調音楽はドイツ後期ロマン派とは一線を画する音楽のように認識されていますが、実際は連綿と続くドイツ音楽の流れに乗っていると思ったところです。

 東京フィルもパスカルの要求に沿って、鋭い音をしっかり決めており、また複雑な和声もはっきり示し、楽譜の内容は全く分からないのですが、心地よく聴くことができました。立派でした。

 題名役の森谷真理。この人はすでに「蝶々夫人」の題名役まで歌っていることからも分かる通りかなりレパートリーが広い。またそれだけ色々な役をやっているだけあって演技力もそれなりにあるのだろうと思います。その上いまだにコロラトゥーラの技巧の魅力は衰えていない。その意味でうってつけの役だったのだろうと思います。事実森谷の歌はルルの複雑で不安定な感情表現をするのに十分に多様性があり、コロラトゥーラ的なパッセージの処理を含め、その技巧も見事なものだったと思います。惜しむらくは低音の処理。もう少し低音を響かせられると悪女ぶりが更に際だったと思います。

 ルルのカウンターパートであるシェーン博士役の加耒徹。当初アナウンスされていた宮本益光に代って出演。音楽的にはよく頑張っていたと思いますが、外見的にシェーン博士としてはひ弱に見えます。シェーン博士は中産階級の紳士でありますが、その正体は社会制度や状況を受け入れたうえで、愛人を囲ったり、愛人に売春させたりする傲慢な男です。既得権益の代表と言ってもいい。その男はもっと傲慢な悪役に見えて欲しい。加耒は、外見的はどう見ても傲慢さとは縁がなさそうで、代役を立てるにしても、もう少し別な選択があったようにも思いました。

 アルヴァ役の前川健生がいい。前川は普段聴いていると自分の歌に酔っているみたいなところがあって、もっと冷静に歌った方が良いように思うことがあるのですが、今回はその前川らしい歌い方が、ひたむきな青年で、今回の作品の中では一番純情な役であるアルヴァの雰囲気にぴったりだったと思います。ルルへ自分の思いを告白する場面の歌唱は見事なものでした。

 脇役陣では、ジゴルヒ役の山下浩司が下卑た雰囲気をしっかり示して下流出身者の役割を果たして秀逸。猛獣使い/力業師の北川辰彦も見事な歌唱。郷家暁子の衣裳係/学生もよかったと思います。増田弥生のゲシュヴィッツ伯爵令嬢は悪くないと思うのですが、彼女が本領を発揮するのは本来第三幕で、二幕版ではちょっと顔見世しただけの印象です。

 以上音楽的には相当レベルの高い演奏でしたし、今日的な演出も素晴らしいと思いますが、ドラマを楽しむという観点では、二幕版を使用したことやシェーン博士のキャスティングなどイマイチのところもあり、2003年の日生劇場公演を上回ることはなかったな、というのが率直な気持ちです。

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鑑賞日:2021年9月5日
入場料:指定席 1F H列8番 4500円

主催:公益財団法人 座間市スポーツ・文化振興財団
制作:オペラ・ノヴェッラ

座間市市制施行50周年記念

全3幕、字幕付原語(イタリア語)上演
ヴェルディ作曲「椿姫」(La Traviata)
原作:アレクサンドル・デュマ・フィス「椿姫」
台本:フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ

会場 ハーモニーホール座間大ホール

スタッフ

指 揮 瀬山 智博  
管弦楽 テアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ
合 唱 ハーモニーホール座間 オペラ合唱ワークショップ参加者
合唱指導 古川 寛泰/鈴木 和音
フラメンコ 北島フラメンコスタジオ
演 出 古川 寛泰
装置プラン 鈴木 俊朗
照明プラン 望月 大輔
衣 裳 オペラ・ノヴェッラ
音響プラン 関口 嘉顕
振 付 北島 歩
舞台監督 徳山 弘毅

出演

ヴィオレッタ 田中 絵里加
アルフレード 宮里 直樹
ジェルモン 今井 俊輔
フローラ 梨谷 桃子
ガストーネ子爵 井出 司
ドゥフォール男爵 仲田 尋一
ドビニー侯爵 岡野 守
医師グランヴィル 加藤 宏隆
アンニーナ 渡部 史子
ジュゼッペ 加護 友也
使者 水島 正樹
フローラの召使 和下田 大典

感 想

楽譜に忠実であることの良し悪し‐座間市市制施行50周年記念「椿姫」を聴く

 今回の「椿姫」、解説にはどこにも書いていないのですが、2017年シカゴ大学出版発行の最新批判校訂版による演奏だったようです。「椿姫」の批判校訂版は1970年ごろには出版されていたわけですが、その後の研究を踏まえた版ということですね。従来の批判校訂版とシカゴ大学版とは細かい異同があるようです。そして、今回のスタッフたちは、この批判校訂版の楽譜に忠実に演奏しようとしました。そのため、慣用で行われるヴィオレッタの「花から花へ」のオクターブ上げるフィナーレなど、歌手の華やかさを強調する表現は行われなかった代わりに、カットされることも珍しくない第二幕のアルフレードのアリア「燃える心に」のカバレッタ「ああ、なんという後悔」は、繰り返しもしっかり演奏されました。「ああ、なんという後悔」を聴いたことはもちろん幾度となくありますが、繰り返しを聴いたのは初めてかもしれない。色々な意味で音楽的にかなり特徴的な演奏だったと思います。

 テンポや表情記号も楽譜に忠実に演奏したのでしょう。それは言うまでもなく、演奏の基本ではあるのですが、その表出されたものが、本当にヴェルディが期待したものであったのかどうかは、かなり疑問が残りました。

 例えば、第二幕のヴィオレッタとジェルモンの二重唱。ここがこの作品の肝であり、ここをどう聴かせるかで、ヴィオレッタの特徴もジェルモンの性格も明らかになると思うのですが、ヴィオレッタもジェルモンも演出家もヴェルディの意図を勘違いしているのではないかと思いました。ここでヴィオレッタがアルフレードと別れるようにジェルモンに言われると、今回の演出ではヴィオレッタは最初怒りを示すように激しく歌います。そこに、ジェルモンは甘い声で別れるように訴えます。その後ヴィオレッタは色々な感情をあらわにしながら最後に別れを承諾するのですが、ここまで激しく感情の色分けをする必要があるのでしょうか。今回のヴィオレッタの歌い方は、ヴィオレッタがあざとく打算的に聴こえてしまう。一方でジェルモンも軽薄な親父にしか聞こえないのです。

 第二幕におけるヴィオレッタは自分が高級娼婦であったことの後ろめたさが根本にあることを忘れてはいけないと思います。ヴィオレッタが「別れろ」と言われた時取り乱すのは当然なのですが、「幸せは儚い」ものであるという予想が現実になった、という思いが基本にあるはずです。その場合この曲のヴィオレッタの感情表現は、内心は色々な思いが渦巻いていると思いますが、実際に口から出る言葉や音楽は抑制的である方が良いと思いますし、これまで聴いてきたこのシーンはヴィオレッタが抑制的にしかし、その中で湧き上がるような感情表現をした時に感動したことを思い出します。同じことがジェルモンにも言えます。ジェルモンは「何が何でも二人を別れさせる」という固い決意のもとヴィオレッタのところを訪ねて行ったはずです。そこには表情記号が「dolce」と書かれていたとしても、根っこの部分は冷たくなければいけないのではないかと思うのです。基本はポジションを落とした冷静さの中に説得のために甘く歌ってみせるということです。

 ここは一例で他にもアンバランスだな、と思うところは多々ありました。指揮者もテンポももっと揺らしてよいと思います。リタルダンドなども楽譜に書いてあるところ以外はほとんどかけてないのではないかと思います。そのためか、ヴィオレッタが走りがちで、もう少しじっくり歌い上げたほうがいいのにな、と思う部分がありました。

 楽譜通りに演奏することに縛られ過ぎて、演出も含めてドラマとしての作品の持ち味をスポイルしてしまったのではないか、というのが正直なところです。もっとストーリーの展開を踏まえた感情表現を考えたうえで、楽譜の音楽に合わせていくべきではなかったのかな、と思いました。

 歌手たちは皆さん基本的には力量のある方だと思いました。特に輝いていたのはアルフレード役の宮里直樹。声が輝かしく、ハイCを出さなくても痺れる歌声でした。演技・歌唱とも世間知らずの田舎のお坊ちゃんを上手に表現していたと思います。

 田中絵里加のヴィオレッタ。初めて聴く方ですが、持ち声が甲高い方です。これまでレジェーロやスーブレットの役を主に演じてきた方のようで、ヴィオレッタには声的にまだ早かった印象です。一幕の「ああ、そは彼のひとか」はそつなくこなしましたし、第三幕の「さよなら、過ぎ去った日々」は、軽い声にもかかわらず、しっとりと歌い上げてよかったのですが、重唱やシェーナになると落ち着きがなくなる感じで、もう少し何とかならないのかな、という印象。

 今井俊輔のジェルモンは高いポジションで歌われて、ジェルモンの威厳が今一つ足りなかったかな、というところ。先日の二期会の「ファルスタッフ」ではもっと低いポジションで歌われていたので、今回も同じようなポジションで歌われて、威厳をしっかり示すべきだったかと思います。とはいえ、「プロヴァンスの海と陸」などは素晴らしかったです。

 脇役陣では、岡野守ドビニーと仲谷尋一ドゥフォールが特によく、渡部史子アンニーナも健闘しました。井出司のガストンも悪くないですが、冒頭のアルフレードを紹介する場面は、もう少し声が前に飛んだ方が更によかったと思います。

 女声合唱は市民のようで、やはり弱いところが多い感じ。男声はほとんどがエキストラで、その分しっかりした歌唱になりました。

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鑑賞日:2021年9月8日
入場料:C席 4F R1列8番 6000円

主催:公益財団法人東京二期会

二期会創立70周年記念公演
リンツ州立劇場との共同制作

東京二期会オペラ劇場
二期会オペラ名作祭

オペラ2幕、日本語字幕付原語(ドイツ語)上演
モーツァルト作曲「魔笛」 (Die Zauberflöte)
台本:エマヌエル・シカネーダー

会場 東京文化会館・大ホール

スタッフ

指 揮 ギエドレ・シュレキーテ  
管弦楽 読売日本交響楽団  
合 唱 二期会合唱団  
合唱指揮 河原 哲也  
演 出 宮本 亜門  
装 置 ボリス・クドルチカ  
衣 裳 太田 雅公  
照 明 マルク・ハインツ  
振 付 新海 絵理子  
映 像    バルティック・マシス   
舞台監督 飯田 貴幸  

出 演

ザラストロ 妻屋 秀和
タミーノ 金山 京介
弁者 久保 和紀
僧侶Ⅰ 杉浦 隆大
僧侶Ⅱ 栗原 剛
夜の女王 安井 陽子
パミーナ 嘉目 真木子
侍女Ⅰ 北原 瑠美
侍女Ⅱ 成田 伊美
侍女Ⅲ 石井 藍
童子Ⅰ 関根 佳都(TOKYO FM少年合唱団)
童子Ⅱ 原田 倫太郎(TOKYO FM少年合唱団)
童子Ⅲ 長峯 佑典(TOKYO FM少年合唱団)
パパゲーナ 種谷 典子
パパゲーノ 萩原 潤
モノスタトス 高橋 淳
武士Ⅰ 与儀 巧
武士Ⅱ 高崎 翔平

感 想

終演時間とすり合わせ‐東京二期会オペラ劇場「魔笛」を聴く

 2015年、宮本亜門の欧州オペラ初演出の凱旋公演として上演された東京二期会オペラ劇場「魔笛」の再演です。この公演はプロジェクションマッピングのほぼ完全使用、魔笛の世界とテレビゲームの世界の融合の点で極めて今日的な演出で大変評判になったわけですが、6年ぶりに再演が行われてよかったです。考えてみると、二期会の魔笛公演は、この宮本亜門演出の前の実相寺昭雄の演出も見事でしたし、演出に恵まれていると思います。

 さて、今回の上演ですが、十分に満足できたかと言われれば、なかなか難しいところです。

 指揮者が最初アナウンスされていたリオネル・ブランギエから若手女流のギエドレ・シュレキーテに変りました。このシュレキーテという指揮者、「魔笛」に思い入れがあるようなことをインタビューで語っていたようですが、実際の演奏はやや速めのテンポで淡々と演奏している印象です。もっと思いを込めて、必要に応じてリタルダントを掛けて歌わせたり、デュナーミクももっと広げてもよかったのではないかと思います。もちろん急遽の指揮者変更で、十分な練習時間が取れなかったのかもしれません。あるいは、今回の上演は緊急事態宣言下の演奏で、本来であれば20時以降は自粛が要請されます。しかし、今回は終演時間が当初より21時20分とアナウンスされており、それ以上演奏が伸びることは許されなかったため、時間厳守のために淡々と刻んでいくしかなかったということはあるかもしれません。

 もう一点全体的な印象を申しあげれば、上記の指揮者変更の影響かも知れませんが、すり合わせの時間を十分とっていなかったのではないかという印象がありました。二期会はこの7月から「ファルスタッフ」、「ルル」、「魔笛」と公演が続いているわけですが、そのしわ寄せが「魔笛」にきて、細かいすり合わせができなかったということです。重唱の声量のバランスや、音楽のつなぎ目にぎくしゃくしたところがあって、そう感じるのだろうと思います。

 2015年の時の上演は第1幕の前半が相当上手く行っていなくてかなり残念だったのですが、今回も2015年の時よりは全然ましだったとは思いますが、それでも第1幕の前半はいろいろと問題がありました。まず序曲の間にドタバタがあって、タミーノになるお父さんは大暴れしなければなりません。そのあとすぐに冒頭の重唱を歌わなければならないので、この演出のタミーノ役は大変です。金山京介は2015年のと起きもこの役を歌っており、スタミナ配分も上手く行っていたようで、中音部の端整な美声と歌唱バランスは見事なものでした。それでも「なんと美しい絵姿」の高音部は少し声が濁り、そこさえうまくいってればと惜しまれるところです。なお、金山は尻上がりに調子を上げ、後半は安定した歌唱と演技で見せてくれました。また冒頭の侍女の三重唱。中低音を支える二人はよかったと思うのですが、北原瑠美の侍女Ⅰの声が上手く嵌らない。微妙にずれていて、ちょっと残念でした。

 安井陽子の夜の女王は不調でした。安井の夜の女王は定評があり、私も日生劇場や新国立劇場などで何度か聴いておりますが、私が聴いた安井の夜の女王の中では一番残念な夜の女王だったと思います。第一アリアも第二アリアもコロラトゥーラの聴かせどころは上手くまとめ、F音もしっかり鳴らすのですが、そのF音もこれまで聴いた安井のF音のなかでは一番短かったと思いますし、第一アリアの中音部の抒情的な部分は息が短くて、語尾がどんどん弱くなっていきます。その分ブレスが長くなっているように聴こえてしまう。第二アリアは怒りをぶつける部分はいいのですが、やはり上手く行っていない部分もありました。

 この安井を別にすれば、歌手の面々は皆立派な歌を歌われたと思います。

 まずは最近安定していない歌唱を聴いたことがない妻屋秀和。この方のザラストロも定評のあるところですが、文句なしの見事さ。低音をあれだけ響かせてくれるところ、日本のバス歌手の第一人者としての矜持を示しました。 これまた定評のある高橋淳のモノスタトス。この方の歌も手慣れている感じで、演技も含め安心して聴いていられます。アリアも良かったし、それ以外の重唱、演技も十分でした。

 萩原潤のパパゲーノは流石です。日本を代表するパパゲーノ歌いだけのことはあると思いました。萩原も2015年の公演でこの演出でパパゲーノ歌っているということが大きいのだろうと思います。「おいらは鳥刺し」から始まって、パミーナとの二重唱、後半のワインの問答や、自殺のモノローグから、パパパの二重唱まで全体的は溌溂としていていい感じでした。台詞がドイツ語でなければ、パパゲーノの天衣無縫さが更に明確に示せたのでしょうが、今回の上演は台詞まで全部ドイツ語なので、擽りに関する母国語でない緊張感はどうしても出てしまうのかなとは思いました。

 男声重唱陣では、久保和範の弁者が安定した歌唱で見事。僧侶の二人の重唱もよかったと思います。武士の重唱もよかったのですが、与儀巧がもう少し抑制したほうがアンサンブルのバランスとしてはもっとよかったと思います。

 女声陣は嘉目真木子のパミーナが素晴らしい。嘉目も2015年の上演でもパミーナを歌っていますが、それだけのことはあって安定していると思いました。二期会本公演デビューとなる種谷典子のパパゲーナも溌溂とした演技と、萩原パパゲーノに負けない歌唱で見せてくれました。

 ボーイソプラノ3人で歌われたクナーベも立派。子供だけあって、声量が安定しているというわけには行きませんでしたが、普段合唱で鍛えているだけあって、お互いのバランスに気を遣いながら、綺麗なハーモニーを作り出していました。

 以上、もう少し条件が良ければもっと良くまとまったのではないか、と思われる舞台で、もっと伸び伸びとやらせてあげたかったな、と思った次第です。

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鑑賞日:2021年9月10日
入場料:B席 3F 1列25番 9800円

主催:公益財団法人 日本オペラ振興会
共催:新国立劇場・東京二期会

藤原歌劇団公演

全3幕、字幕付原語(イタリア語)上演
ベッリーニ作曲「清教徒」(I Puritani)
台本:カルロ・ペーポリ

会場 新国立劇場・オペラハウス

スタッフ

指 揮 柴田 真郁  
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
オルガン 藤原 藍子
合 唱 藤原歌劇団合唱部/新国立劇場合唱団/二期会合唱団
合唱指揮 安部 克彦
演 出 松本 重孝
美 術 大沢 佐知子
照 明 服部 基
衣 裳 前岡 直子
舞台監督 菅原 多敢弘

出演

エルヴィーラ 佐藤 美枝子
アルトゥーロ 澤﨑 一了
ジョルジョ 伊藤 貴之
リッカルド 岡 昭宏
ヴァルトン卿 東原 貞彦
ブルーノ 曽我 雄一
エンリケッタ 古澤 真紀子

感 想

大変な作品の実感‐藤原歌劇団「清教徒」を聴く

 「清教徒」はベッリーニ最後の作品で、名作として名高いですが、その割に上演される機会は少ないです。日本ではピアノ伴奏の小さいものを含めても滅多にやられず、本格的な上演としては2011年のボローニャ歌劇場来日公演以来でしょう。それは何と言っても難曲であるということが上げられます。それでもエルヴィーラの二つのアリアは、ソプラノにとっては一回は通る道で勉強されますし、リッカルドのアリアもバリトンの定番でコンサートではよく取り上げられますけど、テノールのアリアはそうは言っていられない。第三幕のアリアは超難曲でこれがしっかり決まったら大したものだ、というほどの曲でアルトゥーロを歌える方はなかなかいらっしゃいません。それでも今回は、澤﨑一了と山本康寛をキャスティングできたこと、まず喜びたいと思います。

 2011年のボローニャは、デジレ・ランカトーレとアントニオ・シラクーザの二枚看板で、私も聴きに行きましたが、正直申し上げて、デジレの技巧やシラクーザの歌唱には感心しましたが、舞台全体としてはそんなに素晴らしいとは思いませんでした。しかし、今回の藤原の舞台、細かい問題はあったと思いますし、歌詞が落ちた方もいらっしゃったようですが、全体としてはバランスの取れた立派な公演で、まさにBraviと申し上げてよいと思います。

 まず脇役から褒めますと、エンリケッタの古澤真紀子がいい。立ち居振る舞いに威厳があって、いかにも女王様という感じ。歌も女王様の雰囲気がしっかり出ていて見事でした。ヴァルトンの東原貞彦もベテランの味で、落ち着いた領主の雰囲気を出してよかったです。

 主要役では、男声低音の二人が見事。岡昭宏のリッカルド、最初の有名な「あの人を永遠に失ってしまった」がいい。軽く甘く歌われ、見事の一言。これでカバレッタをカットなしで歌ってくれればもっと良かったのですが、流石にそれは無理でしょうね。また、最後のアクートは決めてくれたのですが、その前数小節を歌われず、アクートだけ決めましたがそこは前も歌って欲しかったとは思います。伊藤貴之のジョルジョもいい。伊藤は、まずエルヴィーラとに二重唱でしっかり下を支え、その後のアリアも重厚な雰囲気が見事に示す事が出来ました。

 この二人の二重唱がまた見事。男声低音歌手同士の二重唱というと滅多になくて、あとすぐに思い出せるのは「ドン・カルロ」のフィリッポと宗教裁判長との緊迫した二重唱ぐらいですけど、このジョルジョとリッカルドの二重唱が甘さとかっこよさが丁度バランスされていていい曲です。岡と伊藤のバランスも丁度良くて見事だったと思います。

 佐藤美枝子のエルヴィーラは技巧的な素晴らしさが流石だと思います。第一アリアの「私は美しい娘」も第二アリアの「狂乱の場」も立派です。特に「狂乱」は、彼女の世界に観客を引き込むだけの魅力があって流石だなと思いました。ただ彼女も50代になられて、元々の持ち声が重くなっているようです。その分作り込んだ様子で強い声は封鎖しているように見えました。繊細な歌唱が見事であることは間違いないのですが、もう少し若い時にこの役を演じることができたなら、強い声も上手く使ってもっと自然に歌えただろうなとは思いました。

 そして、一番の難役アルトゥーロですが、澤﨑一了が立派に役目を果たしてくれました。澤﨑は本来リリコでレジェーロではないと思うのですが、声のポジションを上にあげて軽く軽く歌って見せました。それでもしっかり胸で鳴らして見せて、役柄のイメージをしっかり伝えてくれたと思います。登場のカヴァティーナが見事で、見事に軽く高音を響かせ、第三幕は軽いけれども芯のある声で、しっかりと最初の大アリアと二重唱でエルヴィーラへの愛を伝えたと思います。Bravoでした。

 柴田真郁と東フィルの演奏は悪くないけど、歌手との関係でぎくしゃくしたかな、と思う部分はありました。合唱は申しあげるまでもなく立派。今回も新型コロナウィルス感染症対応で、合唱のメンバーはマスクをつけての歌唱でしたが、マスクを感じさせないほどの歌。しかしながら、やっぱりマスクは外してほしかったとは思いました。

 松本重孝の演出はオーソドックスでよい。エルヴィーラが純白の衣裳を着たほかはほぼ黒ずくめで、モノトーンの印象。それはイギリスの雰囲気を示す点でも一貫していてよかったのですが、舞台装置がいかにも作り物風で安っぽく見えてしまって、そこを重厚に見せる工夫ができていたら、もっと良かっただろうと思います。

 以上僅かな傷はありましたが、藤原歌劇団の実力を知らしめる見事な演奏に仕上がり、大変素晴らしかったと思います。Bravissimo!!!

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