オペラに行って参りました-2023年(その4)

目次

頑張っていることは認めたいが・・・ 2023年5月11日 「アトリエ・エルvol.28」を聴く
大オーケストラに対抗するということ 2023年5月12日 東京交響楽団「エレクトラ」を聴く
高水準であることは認めるが・・・ 2023年5月25日 新国立劇場「リゴレット」を聴く
大成功の日本初演 2023年5月27日 NISSAY OPERA 2023 「メデア」を聴く

オペラに行って参りました。 過去の記録へのリンク

      
2023年 その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7 その8 どくたーTのオペラベスト3 2023年
2022年 その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7 その8 どくたーTのオペラベスト3 2022年
2021年 その1 その2 その3 その4 その5 その6   どくたーTのオペラベスト3 2021年
2020年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2020年
2019年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2019年
2018年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2018年
2017年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2017年
2016年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2016年
2015年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2015年
2014年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2014年
2013年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2013年
2012年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2012年
2011年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2011年
2010年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2010年
2009年 その1 その2 その3 その4     どくたーTのオペラベスト3 2009年
2008年 その1 その2 その3 その4     どくたーTのオペラベスト3 2008年
2007年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2007年
2006年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2006年
2005年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2005年
2004年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2004年
2003年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2003年
2002年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2002年
2001年 その1 その2         どくたーTのオペラベスト3 2001年
2000年              どくたーTのオペラベスト3 2000年

鑑賞日:2023年5月11日

入場料:自由席 3000円

主催:コンセール・ヴィヴァン

アトリエ・エル vol.28

会場 すみだトリフォニー小ホール

出演者

ソプラノ 加地 笑子
ソプラノ 小松 美紀
ソプラノ 田中 世怜奈
ソプラノ 中原 沙織
ソプラノ 花岡 麻衣
ソプラノ 保坂 百花
ソプラノ 真野 綾子
ソプラノ 八木下 薫
ソプラノ 山田 麻美
メゾソプラノ 山村 晴子
ピアノ 岩上 恵理加
ピアノ 渡辺 啓介

プログラム

作曲 作品名 曲名 歌手 ピアノ
チマーラ サルバトール作詩 春の歌 花岡 麻衣 岩上 恵理加
リヒャルト・シュトラウス H.ハルト作詩 四つの歌作品27-2「ツェツィーリエ」 保坂 百花 岩上 恵理加
ラフマニノフ   14の歌曲集 作品34-14「ヴォカリーズ」 山田 麻美 岩上 恵理加
デラックア F・ファン・デル・エルスト作詩 ヴィラネル 真野 綾子 岩上 恵理加
アーン ヴェルレーヌ作詩 恍惚の時 田中 世怜奈 岩上 恵理加
ブラームス L.H.C.ヘルティ作詩 四つの歌曲作品43-2「五月の夜」 山村 晴子 岩上 恵理加
山田耕筰 北原白秋作詩 かやの木山の 小松 美紀 渡辺 啓介
平井康三郎 西條八十作詩 秘唱 小松 美紀 渡辺 啓介
モーツァルト フィガロの結婚 スザンナのアリア「恋人よ、早くここへ」 八木下 薫 岩上 恵理加
モーツァルト コジ・ファン・トゥッテ フィオルディリージのアリア「岩のように動かず」 加地 笑子 岩上 恵理加
モーツァルト ドン・ジョヴァンニ ドンナ・エルヴィーラのアリア「あの恩知らずは私を裏切り」 中原 沙織 岩上 恵理加
休憩    
モーツァルト 後宮からの逃走 コンスタンツェのアリア「あらゆる種類の拷問が」 保坂 百花 岩上 恵理加
ロッシーニ 結婚手形 ファンニのアリア「この喜びを聞いてください」 小松 美紀 岩上 恵理加
プーランク ティレジアスの乳房 ティレジアスのアリア「いいえ、旦那様」 山田 麻美 岩上 恵理加
プッチーニ つばめ マグダのアリア「ドレッタの夢」 加地 笑子 岩上 恵理加
ベッリーニ カプレーティとモンテッキ ジュリエッタのアリア「ああ、幾たびか」 八木下 薫 岩上 恵理加
マスネ マノン マノンのアリア「私が女王のように町を歩けば」 花岡 麻衣 岩上 恵理加
マスカーニ カヴァレリア・ルスティカーナ サントゥッツァのアリア「ママも知るとおり」 山村 晴子 岩上 恵理加
ドニゼッティ ランメルモールのルチア ルチアのアリア「あたりは沈黙に閉ざされ」 田中 世怜奈 岩上 恵理加
レオンカヴァッロ 道化師 ネッダのアリア「大空を鳥のように」 真野 綾子 岩上 恵理加
ジョルダーノ アンドレア・シェニエ マッダレーナのアリア「亡くなった母を」 中原 沙織 岩上 恵理加

感 想

頑張っていることは認めたいが・・・-「アトリエ・エル vol.28」を聴く

 日本には音楽大学で声楽を学んで、クラシック音楽の歌手やオペラ歌手になりたいと考えている方は星の数ほどいるのですが、現実に音楽の収入がメインの収入になっている方は非常に少ないのが現実です。「アトリエ・エル」のコンサートは、プロではあるけれども、音楽の収入がメインの収入ではないクラスの若い歌手たちによるコンサートで、今回のVol.28を一言でまとめるなら、前半は一部の方を除きかなり残念な演奏が多かったけど、後半はみんな頑張っていて、課題は見えるものの、なかなかいい演奏になっていたと思います。

 前半の最初の6人は、かなり残念な歌が多かったです。「春の歌」は、細かいミスが目立ち、全体としてのバランスがうまく取れていませんでした。「ツェツィーリエ」は中低音部の響きがプアで滑らかさにもかけ、この曲の情熱的な面が見えにくかったと思います。「ヴォカリーズ」。歌っている本人が、歌っている最中から上手くいっていないので、もう止めたいというオーラが出ていました。音程も悪かったし、抜けるところもあり、ブレスも上手くいっていない。今回の中で一番残念だったことは間違いありません。「ヴィラネル」はコロラトゥーラ・ソプラノが歌うと映える曲なのですが、真野は、声がそこまで軽くなく、テクニカルな正確さも今一つだった、というのが本当のところ。田中は上行跳躍が上手くいっていなくて、上がり切れていないところが何か所かありました。山村はメゾソプラノの意識が強すぎたのではないかと思います。低音は響くのですが、響きの方向が下に行き過ぎていて、歌が重くなっていましたし、音程的にも不安定だったと思います。

 次の小松美紀はよかったです。和服での歌唱。日本語で歌いやすいということもあるのでしょうが、素直な発声と丁寧な歌いまわしで、言葉がはっきりとして、止め払いの明確な楷書のような歌になっていました。

 八木下薫もいい。ここから3曲モーツァルトのオペラ・アリアが続いたのですが、八木下の歌ったスザンナのアリアが一番良かった。伸びやかで素直な歌で、モーツァルトのロココ的美しさを見せるもので素敵でした。

 加地笑子のフィオルディリージは、気合が入りすぎていた印象。確かにフィオルディリージの決意を示す歌ではありますが、あんなに怖い顔をして歌う必要はないと思います。またこの曲は跳躍が多く、若い方が歌われると跳躍に振り回されることがよくあるのですが、今回の加地の歌もそう。もう少しスムーズな跳躍になればいいのにな、と思いました。

 中原沙織のエルヴィーラもここまで怖い顔をして歌う曲ではないと思います。確かに、ドン・ジョヴァンニに捨てられた怒りはあるのですが、同時にそれでもドン・ジョヴァンニを忘れられない悲しみもある曲です。中原の歌は上手ではあるのですが、怒りだけが全面に迸って、悲哀が全く見えない。そこが残念でした。

 後半は前半とはうって変わってのいい歌の連続となりました。保坂百花のコンスタンツェ。高音の響くクリアな歌でとてもよかった。もう少し中音部にヴォリュームがあるともっといい感じだったと思います。Bravaです。小松美紀。全体的に線が細く、中低音部の響きがもっと欲しいところ。唯曲の設計は分かりやすく、彼女がどう歌いたいのかが明確で、そのように歌ったのだろうと思いました。

 山田麻美のプーランク。前半のヴォカリーズとは同じ歌手が歌ったとは思えないほどの伸び伸びした歌唱。プーランクが自分の中に完全に入っているのでしょう。余裕があって、エスプリも感じさせる素晴らしいものでした。Bravaです。加地笑子の「ドレッタの夢」。比較的易しい歌ではありますが、過不足のない歌でとてもよいと思いました。

 八木下薫の「ああ、幾たびか」。丁寧な歌いまわしと、十分な声でとても素敵なジュリエッタでした。Bravaでしょう。花岡麻衣のマノンのアリア。私は丁度1週間前に別府美沙子が同じ曲を歌うのを聴いています。別府の歌唱は本当に素晴らしいもので、流石に藤原歌劇団や日本オペラ協会で主役を務める人の力量は違うなと感心したところでした。花岡も悪くはないのですが、歌の質感において別府の歌唱とはかなりレベルに差がある、というのが本当のところです。

 山村晴子の「ママも知るとおり」。いい歌だったと思いますが、メゾソプラノ的な色を入れすぎた感じがします。この曲はソプラノの方も歌う曲ですから、もう少し、声の方向を上にされた方が更に良い歌になったと思います。田中世怜奈の「ルチア」。歌い込んでいる感じが分かる歌でした。得意の一曲なのでしょう。真野綾子の「鳥の歌」。こちらもよかったです。軽さと重厚感のバランスが取れ詠て、鳥になって飛んでいきたい感じが歌によく出ていたと思います。

 最後のマッダレーナのアリア。中原沙織はこちらも怖い表情で歌いました。こちらも悲痛さが歌われたアリアですが、ヴェリズモオペラのアリアですので、中原ぐらい劇的な表現もいいと思います。自分としてはもっと沈痛さが見える歌の方が好きなのですが。

 

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鑑賞日:2023年5月12日

入場料:C席 3FRB2列31 番 6000円

主催:川崎市、ミューザ川崎シンフォニーホール
共催:公益財団法人 東京交響楽団

東京交響楽団演奏会形式オペラズ公演

オペラ1幕 字幕付き原語(ドイツ語)上演/演奏会形式上演
リヒャルト・シュトラウス作曲「エレクトラ」
(Elektra)
原作:ソポクレス
台本:フーゴ・フォン・ホフマンスタール

会場 ミューザ川崎シンフォニーホール

スタッフ

指揮 ジョナサン・ノット
管弦楽 東京交響楽団
合唱 二期会合唱団
演出監修 トーマス・アレン

出演者

エレクトラ クリスティーン・ガーキー
クリソエミス シネイド・キャンベル=ウォレス
クリテムネストラ ハンナ・シュヴァルツ
エギスト フランク・ファン・アーケン
オレスト ジェームス・アトキンソン
オレストの養育者 山下 浩司
若い召使 伊藤 達人
老いた召使 鹿野 由之
監視の女 増田のり子
第1の侍女 金子 美香
第2侍女 谷口 睦美
第3の侍女 池田 香織
第4の侍女/クリテムネストラの裾持ちの女 高橋 絵理
第5の侍女/クリテムネストラの側仕えの女 田崎 尚美

感 想

大オーケスオラに対抗するということ‐東京交響楽団演奏会形式オペラ公演「エレクトラ」を聴く

 リヒャルト・シュトラウスのオペラ、「サロメ」と「エレクトラ」は内容的にも似通っていますし、音楽的にもそんなに離れた作品ではありません。にもかかわらず、「サロメ」はしばしば上演されるのに対し、「エレクトラ」は滅多に上演されません。その最大の理由はタイトルロールに対する負担が「エレクトラ」の方が桁外れに大きいというのが関係しています。サロメも楽譜通りに演奏するとすれば4管100人規模のオーケストラが必要とされますが、エレクトラは更に規模の大きな116人のオーケストラが必要とされます。Wikipediaによれば、ピッコロ1、フルート3(1番、3番はピッコロ持ち替え)、オーボエ2、イングリッシュホルン 1(オーボエ持ち替え)、ヘッケルフォン1、E♭管クラリネット1、B♭管クラリネット4、バセットホルン2、バスクラリネット1、ファゴット3、コントラファゴット1 、ホルン4、B♭管ワーグナーチューバ 2(ホルン持ち替え)、F管ワーグナーチューバ 2(ホルン持ち替え)、トランペット6、バストランペット1、トロンボーン3、コントラバストロンボーン1、バスチューバ1 、ティンパニ(2人)、タムタム、シンバル、大太鼓、小太鼓、タンブリン、トライアングル、グロッケンシュピール、カスタネット2 、チェレスタ、ハープ2、第1ヴァイオリン(8人)、第2ヴァイオリン(8人)、第3ヴァイオリン(8人)、第1ヴィオラ(6人)、第2ヴィオラ(6人)、第3ヴィオラ(6人)、第1チェロ(6人)、第2チェロ(6人)、コントラバス(8人)だそうです。

 今回東京交響楽団は楽譜通りのオーケストラを用意して演奏しました。それだけに音の厚みが半端ではない。ジョナサン・ノットもオーケストラをセーブしようという気はあまりないようで、オーケストラがバシバシ吠えます。そうなると、オーケストラの響きでは定評のあるミューザ川崎はオーケストラの音に満たされ、歌手は太刀打ちできません。更に私の席がオーケストラのサイドで、歌手が向いている方向ではないので、ますます声を聴くのには不利です。「エレクトラ」の冒頭は、侍女たちの噂話で始まりますが、ここの噂話はオーケストラの音にかき消され、何を言っているのかがほとんど分からない状況です。

 今回起用された日本人歌手のうち金子美香、池田香織、田崎尚美と言えば、日本を代表するワーグナーソプラノであり、ドラマティックな表現を得意とする方であり、増田のり子や高橋絵理にしても二期会を代表するソプラノです。彼女たちの声をしてオーケストラにかき消されるほどだったのですから、オーケストラの暴力的と申し上げてよい音の凄さが分かると思います。

 そこに絡んでくるのが、外題役のクリスティーン・ガーキー。エレクトラは彼女の当たり役だと言われているそうですが、それは本当でした。105分の演奏時間中ほぼ舞台上にいて歌い続けているのですが、声量と音圧が半端でなく強く、105分間音圧が下がることがないのには驚きました。エレクトラの心情変化をどのようなニュアンスで歌い上げたのかまでは正直分からなかったのですが、オーケストラに負けない声を1時間40分出し続けたのですから、それだけでも凄いと思います。海外からの招聘歌手は、皆それなりに立派な声で、流石にオーケストラに完全に殺されることはなかったのですが、オーケストラに負けていなかったのはガーキーだけではないかと思います。その声の凄さを目の当たりにしました。

 あと凄かったのは、クリテムネストラを歌ったハンナ・シュヴァルツ。シュヴァルツは、新国立劇場ではおなじみの歌手で、2011年、2016年の「サロメ」のヘロディアスや、「イエヌーファ」のブリヤ家の女主人で出演されていますが、その彼女も1943年生まれと言いますから今年80歳。しかし、歌声はとてもそんな年齢には聴こえません。流石にガーキーのパワーには敵わないのですが、エレクトラのむき出しの敵意を受け流す感じがまさに大歌手の貫禄で、経験豊富なのがよく分かりました。ガーキーとシュヴァルツによるエレクトラとクリテムネストラの対話こそが、この作品の最大の見せ場なのだな、ということがよく分かる演奏になっていたと思いますし、この場面を聴けたことが最高でした。

 これだけの歌手と共演すると、若手は緊張するようです。クリソテミスを歌ったシネイド・キャンベル=ウォレスはガーキーやシュヴァルツの前には緊張するのか、しっかりは歌っていたとは思いますが、硬いところや声がはっきりしないところが見られ、そこは残念だったかもしれません。同じことは、オレストを歌ったジェームス・アトキンソンも同様です。かっちりした歌唱で見事ではあったのですが、やっぱり硬さが感じられ、そこがもっと自由になれば、もっといい歌唱が聴けたのではないかという気がしました。

 以上、細かく見て行けば色々と凸凹のあった演奏だったとは思いますが、ノットの素晴らしいオーケストラ・コントロールと、東京交響楽団のヴィルトゥオジティ、ガーキー、シュヴァルツなどの世界の最高峰のエレクトラ歌い達の集合により、パワーあふれる演奏になったと思います。

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鑑賞日:2023年5月25日

入場料:C席 3FR10列3番 7920円

主催:新国立劇場

新立劇場開場2022/2023年シーズン新制作公演

オペラ3幕 字幕付き原語(イタリア語)上演
ヴェルディ作曲「リゴレット」
(Rigoletto)
原作:ヴィクトル・ユーゴー「王は愉しむ」
台本:フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ

会場 新国立劇場オペラパレス

スタッフ

指揮 マウリツィオ・ベニーニ
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 三澤 洋史
演出 エミリオ・サージ
美術 リカルド・サンチェス・クエルダ
衣裳 ミゲル・クレスピ
照明 エドゥアルド・ブラーボ
振付 ヌリア・カステホン
舞台監督 髙橋 尚史

出演者

リゴレット ロベルト・フロンターリ
ジルダ ハスミック・トロシャン
マントヴァ公爵 イヴァン・アヨン・リヴァス
スパラフチーレ 妻屋 秀和
マッダレーナ 清水 華澄
モンテローネ伯爵 須藤 慎吾
ジョヴァンナ 森山 京子
マルッロ 友清 崇
ボルサ 升島 唯博
チェプラーノ伯爵 吉川 健一
チェプラーノ伯爵夫人 佐藤 路子
小姓 前川 依子
牢番 高橋 正尚

感 想

高水準であることは認めるが・・・‐新国立劇場「リゴレット」を聴く

 新国立劇場10年ぶりの「リゴレット」。新国立劇場では5回目のリゴレットの上演になります。最初の3回は、アルベルオ・ファッシーニによる伝統的舞台。これが3回使用された後、前回の2013年の公演ではクリーゲンブルグによるいわゆるマフィアスタイルの演出で、私は決して嫌いではなかったのですが、一般の評判が悪かったのでしょうか、今回はビルバオオペラから借りてきたエミリオ・サージの伝統的舞台になりました。伝統的舞台といっても舞台上にはあまりモノがなく、ミニマルスタイルの伝統的舞台と申しあげたらよいのでしょうか。広々した舞台に見せたいものがポツンとおいている感じで、サージは、この作品の「深い孤独」を演出したかったそうですが、その意味では成功していたと思います。

 音楽的には悪くはないけどそれなり、というのが本当ではないでしょうか。ベニーニの指揮は堅実で歌手に歌わせる指揮。イタリア人指揮者らしい緩さが感じられます。そのせいかオーケストラが今一つピリッとしない。管は結構変な音を出していました。弦楽器はしっかり演奏されているのであまり崩れている感はないのですが、所々で事故があって、もう少し締まった演奏をしてくれることを期待したいところです。

 歌手陣は総じて良かったけれども、完璧と言える人はほとんどおらず、そこもそれなりだったのかな、というのが正直なところです。

 例えば冒頭のコンチェルタート。私のリゴレットの直近の鑑賞はコロナの直前2020年2月の藤原歌劇団の公演ですが、この時のコンチェルタートよりはずっとましだったとは思うけど、凄く良かったとはとても言えない。やっぱりアンサンブルのかみ合わせが今一つだし、そこに浮き上がって聴こえて欲しいバラータ、マントヴァ公爵の「あれか、これか」は勢いがあるのはいいんですけど、丁寧さに欠けていて結構滑る。歌っているマントヴァ公役のリヴァスは軽い声でいかにも軽薄そうな表情でいいんですけど、勢いだけで上滑りの感じもかなりします。この軽薄な感じを保ちつつ、ブレーキをかける部分はしっかりかけてくれればいいのですが、その辺はかなりいい加減です。またここでのリゴレットの毒の表現もそんなに強烈ではなくて、何でここまでリゴレットが嫌われるのかが分からない表現。もっと嫌な道化師のオーラを出してほしいなと思いました。

 このリバスのマントヴァ公は、1幕後半のジルダとの二重唱も今一つ嚙み合っていない感じがしました。そんなわけで彼のアンサンブル部分に関してはあまり評価しないのですが、アリアは立派。「頬に涙が」はカバレッタも含めてかなりいい出来栄えだったと思いますし、テノールの課題曲とも言うべき「女心の歌」は、流石に聴かせてくれました。

 トロシャンのジルダはちょっと不調だったのかもしれません。それでも全体的に弱音のコントロールが素晴らしい。あれだけの弱音を聴こえるように歌うためには、しっかり息を流して、その上で響きをコントロールしていかなければいけないので技術的には大変だろうと思います。そこに集中しているせいか、反動で抜けるところがある。第一幕のリゴレットとの二重唱はいまひとつ息が合っていない感じがしましたし、マントヴァ公との二重唱もマントヴァ公が上滑りして、ジルダの魅力が見えなかったかなという印象。「慕わしき人の名は」は弱音のコントロールが素晴らしく、カデンツも凄くいいのですが、高音部で上手く行っていなかったところがありました。後半も素晴らしいジルダだったとは思いますが、リゴレットとの重唱で今一つのところがありました。美人でいかにもジルダの雰囲気を出していますが、2020年の佐藤美枝子のジルダと比較すると、音楽的な魅力という観点では佐藤のレベルではないのかな、という印象です。

 フロンターリのリゴレット。音楽的にはほぼ満足できる素晴らしいものだったのですが、動きは(これは演出の問題ですが)少し動き過ぎの印象です。

 最初、赤い道化服で登場するのですが、ちょっと地味な印象です。また、背中に瘤を背負った身体障碍者として演技をするのですが、その動きは結構軽やかです。その結果として身体障碍者のリゴレットのイメージが希薄になっている。それを声で対抗すればいいのですが、上記の通りチェプラーノ伯爵を馬鹿にしたり、モンテローネ伯爵を怒らせたりする場面ではリゴレットの悪人の側面を示す十分な声も演技はなく、何でリゴレットがあれだけ嫌われているのかよく分からない結果になっています。ジルダと絡み始めて父親としての表現が前に出始めると 凄い存在感が出てくる感じです。そうなると歌が素晴らしい。第2幕、第3幕の悲しみの表情、ジルダが誘拐されてお城に連れ込まれたあとの慟哭の演技・歌唱、そして、名アリア「悪魔め、鬼め!」の表現。流石としか言いようがありません。第3幕のスパラフチーレとの二重唱から四重唱を経て悲劇の幕切れまでしっかりした存在感を示していました。

 脇役陣ですが、スパラフチーレの妻屋秀和はいつもながら安定した歌唱が素晴らしい。マッダレーナの清水華澄も妖艶な雰囲気を示して良かったと思います。モンテローネ伯爵の須藤慎吾も存在感があって見事でした。その他の歌手は夫々役目を果たしたのでしょう。合唱は悪くないけど、先月のアイーダやその前のタンホイザーの合唱と比較するとそこまで褒めるレベルではありませんでした。

 以上、細かく見ていくと色々ありましたが、個々の歌手のレベルが高く、全体としてもはレベルの高い演奏だったと申しあげてよいのでしょう。

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鑑賞日:2023年5月27日

入場料:B席 2F H列42番 7600円

主催:公益財団法人ニッセイ文化振興財団(日生劇場)

日生劇場開場60周年記念公演NISSAY OPERA 2023

オペラ3幕 日本語字幕付きイタリア語上演/日本初演
ケルビーニ作曲「メデア」
(仏語 : Médée, 伊語 : Medea)
原作:エウリピデス・ピエール・コルネイユ
台本:フランソワ=ブノワ・オフマン
イタリア語訳詞:カルロ・ザンガリーニ

会場 日生劇場

スタッフ

指揮 園田 隆一郎
管弦楽 新日本フィルハーモニー交響楽団
合唱 C.ヴィレッジシンガーズ
合唱指揮 キハラ 佳尚
演出 栗山 民也
美術 二村 周作
衣裳 前田 文子
照明 勝柴 次朗
振付 田井中 智子
ヘア・メイク 鎌田 直樹
音響 佐藤 日出夫
舞台監督 大澤 裕

出演者

メデア 岡田 昌子
ジャゾーネ 清水 徹太郎
グラウチェ 小川 栞奈
ネリス 中島 郁子
クレオンテ 伊藤 貴之
第一の侍女 相原 里美
第二の侍女 金澤 桃子
衛兵隊長 山田 大智

感 想

大成功の日本初演‐日生劇場開場60周年記念公演NISSAY OPERA 2023「メデア」を聴く

 オペラ史上欠かせない作品で、まだ日本で上演されていない作品はあまり多くないのですが、その数少ない例のひとつがケルビーニの「メデア」でした。私がこの作品の名前を知った最初が𠮷田秀和の「LP300選」という著書で、これがまだクラシック初心者だった私が聴くべき音楽を教えてくれたナビゲーターです。当時はまだ今のようにyoutubeで何でも聴けるという時代ではなかったので、この本を目安にLPやCDを買うしか現実の曲を知ることは難しかったのです。ただ当時の私は管弦楽曲や器楽曲を中心に色々なLPやCDを買っていたので(当時は学生だったので、ボックス入りのオペラのレコードを買うのは難しかった)、オペラマニアになった最近でもこの曲とは縁がなかった、というのが本当のところです。

 それでも「メデア」がまだ日本初演されていないということは知っていました。だから今回日生劇場が開場60周年記念として「メデア」を取り上げると知った時、凄く嬉しかったし、一方で、本当に出来るのかしら、と思ったのも事実です。この作品はマリア・カラスが実質的に蘇演したのですが、カラスが歌ったので有名にはなりましたが、欧州でもそんなに演奏機会の多い作品ではありません。度の過ぎた悲劇であって、なかなか説得力のある演出に落とし込むことが難しいことと、メデアが1幕後半からはほぼ出ずっぱりで、歌唱も常にドラマティックであることを要求される。そうなるとなかなか歌える方がいないのでしょう。

 その点で今回、外題役に岡田昌子を得られたことは大きかったのだろうと思います。岡田の声は中低音は地声的でかつ高音は金属的であり決して美声ではないと思うのですが、喉が強くテクニック的にも丁寧で安定しているので、音楽が壊れない。もちろんブレスが上手くいかなくて一瞬遅れたり、音が微妙にかすれたりしたところはあったのですが、すぐに修復できるレベルで大事故に繋がらない。その抜群の安定に非常に感銘しました。ほぼ常時強い声を出すことが要求されているのに、安定して歌い切れるのは声も技術もしっかり鍛練されている賜物なのでしょう。更に申し上げれば役柄とはいえ、自分の子供を前夫への恨みで手をかけるというありえない状況で、子殺しに至るアリアのすさまじい表現はメンタルな強さもなければとても歌いきれないのではと思いました。とにかく役に入り込んで、「メデア」という異常な女をこれだけ立体的に歌い切ったということ、岡田昌子の面目躍如というところでしょう。Bravissimaと申し上げます。

 激しいメデアを一所懸命なだめて悲劇を防ごうとするのが中島郁子が歌うアリアです。この曲はオペラ史上最も控えめな名アリアだそうですが、中島の美しい名唱は美しい波のような揺れの中で進行し、心にしみわたります。ただ、中島がどこまで説得力を持って歌っても、メデアの激しい行動に影響を与えることはないだろうな、と思ったところです。

 キャラクター的によく分からないのは、メデアの夫であり、そのメデアを捨てようとするジャゾーネ。メデアの悲劇の原因を作ったという意味で悪い奴なのでしょうが、メデアの圧倒的なキャラクターに押されて、その影が薄いこと半端ではありません。清水徹太郎はリリックでベルカント的な歌い方をしてとてもよかったですし(例えば、第1幕のアリア)、メデアとの二重唱では丁々発止のやり取りというよりはメデアの怒りをどんどん膨らませる馬鹿者という感じで盛り上げてはいるのですが、メデアの役柄及び声の強さに負けている感は否めません。

 伊藤貴之の国王。低音の美声がいつものことながら魅力的。王様としての存在感もあったと思います。王とジャゾーネの登場の場面における娘への説得力が良かったと思いますが、メデアとの二重唱で、メデアを即追放できなかった歌唱に込められた王の心の揺れの表情もいい感じだったと思います。

 メデアに毒殺される王女のグラウチェを演じた小川栞奈。久しぶりに聴きました。軽い美声に強さも加わってこの数年間の成長が感じられてよかったです。オペラの冒頭からメデアが登場するまではメデアに対する不気味な通奏低音の上にグラウチェの軽い高音が転がるのが一幕前半の魅力だろうと思います。その高音の表情は良かったと思うのですが、そこに至るアプローチはもっと自然に上がった方がいいのかなとは思いました。

 冒頭のアンサンブルに絡む二人の侍女もしっかりした重唱でよかったですし、衛兵隊長役の山田大智もチョい役ながら存在感を示していました。合唱は24名。新国立劇場合唱団等で活躍している方も多く、合唱の力強さも大変すばらしいものがありました。

 この素晴らしいがすさまじいオペラをしっかりコントロールしたのが園田隆一郎。作品をしっかり手中に収めている感じで、手綱をしっかり引き締めた指揮で本当に素晴らしい。彼の安定した音楽作りの上で、岡田昌子のあの強い表情が生きたことは間違いありません。メデア日本初演の成功の本当の立役者は園田隆一郎だと思います。

 演出は栗山民也。栗山のオペラ演出と言えばまず思い出すのは新国立劇場の「蝶々夫人」の舞台です。私はあの演出を全然評価しておらず、今回もあまり期待していなかったのですが、今回は良かったです。

 メデアが復讐の鬼になる原因は第一幕の名アリア「貴方の息子たちの母親が」で歌った夫と子供への愛と未練を完全に否定されることによるものですが、このアリアのちょっと哀切感の漂う表情における演技と第二幕以降のメデアの敵役であるジャゾーネやクレオンテに見せる凛とした表情と、彼らがいないときの身悶えする怒りの表現の対比など、メデアの怒りが演出からも伝わってくる。見事でした。

 以上指揮者の音楽作りを中心にして、演出・歌手たちがひとつに纏まり、これだけパワフルだけどそれに流されることのないしっかりした舞台を鑑賞できたこと、大いに喜びたいと思います。Bravissimi!

日生劇場開場60周年記念公演NISSAY OPERA 2023「メデア」TOPに戻る

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