オペラに行って参りました-2024年(その1)

目次

今年は春から・・・・ 2024年1月6日 園田隆一郎のオペラを100倍楽しむ方法Vol.18を聴く
何とも中途半端 2024年1月7日 オルケストル・デ・ベル第7回定期演奏会「カルメン」抜粋を聴く
声の密度の問題 2024年1月14日 小池芳子ソプラノリサイタルvol.10「故郷へ~原点回帰~」を聴く
ヴェルディはどうしたかったのだろうか? 2024年1月21日 やまと国際オペラ協会「ドン・カルロ」YAMATO5幕版を聴く
平和的に友好的に 2024年1月27日 新国立劇場「エウゲニ・オネーギン」を聴く
伝統を受け継ぐ若手の実力 2024年1月28日 藤原歌劇団「ファウスト」を聴く
ブッフォとしてのペルトゥージ 2024年2月4日 新国立劇場「ドン・パスクワーレ」を聴く
言葉に寄り添うということ 2024年2月10日 種谷典子ソプラノリサイタルを聴く
新作日本オペラの方向性 2024年2月11日 日本オペラ協会「ニングル」(新作・初演)を聴く
火炎放射器 2024年2月16日 内幸町ホール「アンナ・ボレーナ」(ハイライト)を聴く

オペラに行って参りました。 過去の記録へのリンク

      
2024年 その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7 その8 どくたーTのオペラベスト3 2024年
2023年 その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7 その8 どくたーTのオペラベストト3 2023年
2022年 その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7 その8 どくたーTのオペラベスト3 2022年
2021年 その1 その2 その3 その4 その5 その6   どくたーTのオペラベスト3 2021年
2020年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2020年
2019年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2019年
2018年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2018年
2017年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2017年
2016年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2016年
2015年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2015年
2014年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2014年
2013年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2013年
2012年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2012年
2011年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2011年
2010年 その1 その2 その3 その4 その5   どくたーTのオペラベスト3 2010年
2009年 その1 その2 その3 その4     どくたーTのオペラベスト3 2009年
2008年 その1 その2 その3 その4     どくたーTのオペラベスト3 2008年
2007年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2007年
2006年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2006年
2005年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2005年
2004年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2004年
2003年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2003年
2002年 その1 その2 その3       どくたーTのオペラベスト3 2002年
2001年 その1 その2         どくたーTのオペラベスト3 2001年
2000年              どくたーTのオペラベスト3 2000年

 

鑑賞日:2024年1月6日

入場料:指定席 1F9列9番 3500円

主催:公益財団法人藤沢市みらい創造財団

ニューイヤー・コンサート2024

園田隆一郎のオペラを100倍楽しむ方法Vol.18

会場 藤沢市民会館・大ホール

出 演

メゾソプラノ 脇園 彩
テノール 小堀 勇介
ピアノ・お話 園田 隆一郎

プログラム

作曲 作品名 曲名 歌手
ロッシーニ アルミーダ アルミーダとリナルドの二重唱「甘美な鎖よ」 脇園彩、小堀勇介
ロッシーニ 湖上の美人 ジャコモ5世のアリア「おお、胸を熱くする優しい炎よ」 小堀勇介
ドニゼッティ マリア・ストゥアルダ マリアのアリア「空を軽やかに流れる雲よ」 脇園彩
ドニゼッティ マリア・ストゥアルダ マリアとレスター伯爵の二重唱「全てから見放され翻弄されて」 脇園彩、小堀勇介
ロッシーニ ランスへの旅 メリベーア侯爵夫人とリーベンスコフ伯爵の二重唱「私にいったい何の罪が~卑怯な疑いを持ったことです」 脇園彩、小堀勇介
休憩   
ロッシーニ 湖上の美人 エレナのアリア「たくさんの思いが今この胸に溢れ」 脇園彩
ドニゼッティ ラ・ファヴォリート フェルナンのアリア「王の妾だと~夢の中の清らかな天使」 小堀勇介
ロッシーニ エルミオーネ エルミオーネとオレステの二重唱「何をしてしまったの?私はどこに?~復讐は果たされました」 脇園彩、小堀勇介
アンコール   
ロッシーニ ラ・チェネレントラ アンジェリーナとドン・ラミーロの二重唱「全てが静かだ~得も知れぬ甘美なものが」 脇園彩、小堀勇介

感 想

今年は春から・・・・-園田隆一郎のオペラを100倍楽しむ方法Vol.18を聴く

  今年は新年早々能登での大地震、またそれに関連する飛行機事故があり、また海外に目を向けると、ガザ地区やウクライナでの戦争の悪化などが続き、なかなかお目出度い気分にはなれませんが、自分自身としては平穏で特に変化もなく、例年通りのコンサート三昧の日々が続く見込みです。その聴き初めとして「園田隆一郎のオペラを100倍楽しむ方法Vol.18」を選びました。こちらを選んだのは、脇園彩、小堀勇介という日本が誇るベルカント歌手と、ベルカントオペラの指揮では日本一と言ってよい園田隆一郎がピアノで共演する内容の濃いコンサートだからです。

 休憩を含め2時間15分のコンサートでしたが、極めて内容の濃い演奏会で大いに満足しました。

 何といってもプログラムがいい。ロッシーニとドニゼッティという私の大好きな二人の作曲家の曲だけを集め、それもあまり知られていないオペラ・セリアの曲を中心にする、というのがなんたって最高。私自身は取り上げられた6作品のうち、「アルミーダ」と「エルミオーネ」以外は生の舞台を拝見しておりますが、それでも「ランスへの旅」を別にすればそれぞれ1-2回しか聴いたことがないかなりマニアックな選曲です。更にどの曲にも超絶技巧があり、表現力も必要であり、ひとつ間違ったらボロボロになりそうな曲ばかり並んでいるのですが、どの曲も脇園ならでは、小堀ならではの絶妙の技術と表現力で歌い上げ、ただただ感心するしかありませんでした。

 どの曲も切れ味のいいアジリダと正確な音程で素晴らしかったのですが、特によかったと思うのは、前半ならば「ランスへの旅」の二重唱。時期は違うそうですが、園田を含め3人ともペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティヴァルのアカデミーに参加し、それぞれアルベルト・ゼッタの薫陶を受けたそうで、そのせいか曲の細かな感じ方がよく一致するのだそうです。そして、アカデミーでは毎年、アカデミー生による「ランスへの旅」が上演されるのですが、脇園と小堀はそれぞれメリベーア侯爵夫人とリーベンスコフ伯爵で同じ演出の「ランス」に出演しています。そんな関係がいい感じに組み合わさって素敵な二重唱になったものと思います。

 後半ではまず小堀の歌う「ラ・ファヴォリート」を上げます。「ファヴォリート」は本来フランス語で書かれたオペラですが、イタリアで上演されるときにイタリアの検閲の許可を得るためにかなり改変したイタリア語版が作られたのですが、ストーリーが不自然になっています。しかしながらかつてはイタリア語版が一般的でなり、フランス語のオリジナルが一般化したのはヨーロッパでも21世紀に入ってからだと思います。そんなわけで日本ではまだフランス語版が上演されたことはなく、このアリアをフランス語で聴いたのは初めての経験です。素晴らしかったです。小堀の柔らかい高音がフランス語の語感とがよくマッチしているようで、響きがとても素敵です。イタリア語で歌われるより、こっちのほうが全然いいなと思いました。

 そして、最後の曲の「エルミオーネ」のフィナーレの二重唱になるのですが、その前の三人の話がとても素晴らしい。脇園彩は大学院の修了論文が「エルミオーネ」の分析だったそうで、その研究をやっている時からこの曲が好きで好きでたまらなかったそうです。ロッシーニのナポリ時代の作品で、自分の曲の転用が当たり前のロッシーニにしては珍しく、全てが新曲でかつ和音がかなり複雑な力作なのだそうです。その上この主役のエルミオーネという女性はとても性格の悪い激烈な女性でそれをきちんと表現しようと思うとなかなか大変で、是非歌いたかったそうです。

 その他、ベルカント三人衆、ロッシーニ、ドニゼッティ、ベッリーニの歌手が感じる特徴を話してくれましたが、これまたとても納得いくところ。ロッシーニは感情表現をアジリダで聴かせるようなところがあって、密度は薄いけど、スピード感をもって正確に歌わないと格好がつかない。ドニゼッティは歌に密度があって、ヴェルディへの橋渡しを感じるようなところがある、ベッリーニは更に太さはあるのだけど、テクニカルにはロッシーニとドニゼッティの中間にあるように思うといった、なかなか普段は聴けない歌手の感じ方が聴けて興味深かったです。

 そんな話を合計15分ぐらいしてからようやく「エルミオーネ」のフィナーレの二重唱に入ったのですが、これが素晴らしい。脇園彩が思い入れのある役と言っているだけのことはあって、細かいところのニュアンスの付け方が丁寧で且つ理論的でした。同じ言葉を繰り返す場合は、最初は地声に近い声で深くいったかと思うと、二度目はベルカント的な発声に変えるなど細かいところをきっちり考えながら歌っているようで、本当に感心するばかりでした。もちろんエルミオーネに翻弄される小堀勇介のオレステもとても素晴らしく、素晴らしいフィナーレになりました。

 今年最初の演奏会がこんな素晴らしい演奏で、個人的には「今年は春から・・・・」といい気分で会場を後にしました。Bravissimi!

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鑑賞日:2024年1月7日

入場料:S席 2FK列14番 2000円

主催:オルケストル デ ベル

オルケストル デ ベル第7回定期演奏会

オペラ4幕からの抜粋 フランス語上演、演奏会形式
ビゼー作曲「カルメン」 (Carmen)
台本:アンリ・メイヤック/リュドヴィク・アレヴィ
原作:、プロスペル・メリメ『カルメン』

会場 東京芸術劇場コンサートホール

スタッフ

指 揮 水戸 博之
管弦楽 オルケストル デ ベル
合 唱 オルケストル デ ベル
合唱指揮・副指揮 中城 良
合唱指揮 佐藤 洋人
ステージマネージャー 土屋 卓之・金谷 研

出 演

カルメン 鳥木 弥生
ドン・ホセ 城 宏憲
エスカミーリョ 加耒 徹
ミカエラ 鷲尾 麻衣

感 想

何とも中途半端-オルケストル デ ベル第7回定期演奏会を聴く

 色々な意味で中途半端で、何をしたいのかが見えない演奏会だったと思います。

 「オルケストル・デ・ベル」は、2017年に設立された水戸博之の指揮で演奏したいという思いで集まったセミプロ級のメンバーによるオーケストラのようです。合唱団についてはこの団の第1回演奏会の演目がベートーヴェンの「第九」で、その時のメンバーを核に都内で様々な合唱シーンで活躍しているアマチュアを集めた団のようです。

 そういう団が主催する演奏会形式のオペラ、それも抜粋というときにどこに焦点を当てるのかというのがポイントになると思います。

 そもそも「カルメン」という作品は、主要四役に聴かせどころのアリアはあるし、脇役を中心とした名アンサンブルもある(例えば、第二幕のカルメン、フラスキータ、メルセデス、レメンダート、ダンカイロによる五重唱、第三幕の「カルタの歌」など)、合唱も子どもたちによる「衛兵たちの交替」の合唱や第4幕の闘牛士の入場の合唱などがある。オーケストラだって、前奏曲と幕間の間奏曲があって、聴き所ではない場所なんてほとんどない作品です(だからこそ世界一の人気オペラとも言われる)。今回はどこが演奏されたかを書くと、

第一幕への前奏曲(運命の動機は演奏されず)
No.4:タバコ女工たちの合唱
No.5:ハバネラ
No.6:情景
No.7:ホセとミカエラの二重唱「母さんの話を聞かせてくれ」
No.10:セギディーリャ
第二幕への間奏曲
No.12:ジプシーの歌
No.13:導入の合唱
No.14:乾杯の歌
No.17 :カルメンとホセの二重唱「花の歌」
第三幕への間奏曲
No.22:ミカエラのアリア「何も恐れるものはありません」
No.23:ホセとエスカミーリョの決闘の二重唱
第四幕への間奏曲
No.27:フィナーレのカルメンとホセの二重唱「あんたね、俺だ」

 で、今回はアリアと間奏曲に軸足を置いたようです。重要な部分が網羅されているのは認めますが、聴いていると何か落ち着かない。それはきっと舞台の始まりと終わりがはっきりしないためだと思います。第一幕はセビリアの情景から始まって、最後はカルメンを逃がしたホセが逮捕されるまでが描かれますが、セビリアの情景もなければ逮捕もないので、なんか拍子抜けするのです。第二幕もホセが密輸団に入るシーンが完全にないので、何かよくわからないし、第三幕も前半も後半もないので、カルメンが運命に悲劇の運命におののくところが見えません。

 「カルメン」という作品は何度となく聴いており、内容も完全に分かっているので、演奏されなかったところは補えるのですが、この音楽に続くよね、というところが続かないと拍子抜けはします。また、合唱団も十分な人もいて、子どももしっかり入っているのに、まともな合唱曲はタバコ女工たち女声合唱だけ、というのも残念です。もちろん、アリアや二重唱で合唱が絡むところはの合唱も歌っているので楽譜通りと言えば楽譜通りなのですが、もう少し合唱曲があってもよかった気がします。

 演奏に関しても中途半端と申し上げてよいでしょう。全体的に正確性に甘く、粗いのです。オーケストラは第三幕への間奏曲、フルートとハープの関係などはとてもよかったと思いますが、所々ほころびがありました。合唱も揃っていないところが結構多く、例えば、伸ばして切るところの拍数は皆さんバラバラで、整っていませんでした。タバコ女工の女声合唱も今一つ流麗さが足りなかった、というのが本当のところです。

 鳥木弥生のカルメンは、すっかり身体に入ったカルメンで、ジプシーダンスにおける踊りも十分見せてくれてさすがに魅力的だったのですが、ハバネラの音は若干不正確なところがありました。城宏憲のホセも雰囲気があっていいのですが、竜騎兵伍長の格好いい姿がどんどん落ちぶれていく感じをもう少し見せて欲しかったとは思います。加耒徹のエスカミーリョは悪くないと思うのですが、合唱の熱狂が今一つで、もう一段も盛り上がりが欲しかったところ。鷲尾麻衣のミカエラはしっとりした素敵なアリアで見事でしたが、劇の中に入り込む感じが見えなかったと思いました。こう見ると劇という観点から見れば、そこそこの演技は皆さんやっていたのですが、鳥木カルメン以外は歌劇というより演奏だった感じがします。

 演奏会形式なので、オペラの劇の部分を見せるというのは過剰要求なのかもしれませんが、全体的に劇をやっている雰囲気を頑張って出して貰えればもっと楽しめたかなと思う次第です。

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鑑賞日:2024年1月14日

入場料:自由席 3500円

主催:オフィスK

小池芳子ソプラノリサイタルvol.10「故郷へ~原点回帰~」

会場 小金井宮地楽器ホール 小ホール

出 演/スタッフ

ソプラノ 小池 芳子
テノール 倉石 真
ピアノ 田中 梢
日本舞踊 紫波
振付 鷲田 実土里

プログラム

作曲 作品名/作詩 曲名 歌手
ドヴォルザーク ルサルカ ルサルカのアリア「月に寄せる歌」 小池 芳子
シャンパルティエ ルイーズ ルイーズのアリア「その日から」 小池 芳子
ビゼー カルメン ホセのアリア「お前の投げたこの花は」 倉石 真
ビゼー カルメン ホセとミカエラとの手紙の二重唱「母の便りは」 小池 芳子/倉石 真
プッチーニ トスカ カヴァラドッシのアリア「星は光りぬ」 小池 芳子
プッチーニ トスカ トスカのアリア「歌に生き、愛に生き」 小池 芳子
休憩   
松下 倫士 八木 重吉 ふるさとの 山 小池 芳子
朝岡 真木子 岡崎 カズエ しだれ桜 小池 芳子
朝岡 真木子 西岡 光秋 花のなみだ 小池 芳子
越谷 達之助 石川 啄木 初恋 小池 芳子
レハール 微笑みの国 スーチョンのアリア「君こそわが心の全て」 倉石 真
神戸 孝夫 神戸 孝夫 ふるさと 倉石 真
橋本 國彦 深尾須磨子  小池 芳子
アンコール   
ヴェルディ 椿姫 ヴィオレッタとアルフレードの二重唱「乾杯の歌」 小池 芳子/倉石 真

感 想

声の密度の問題-小池芳子ソプラノリサイタルvol.10「故郷へ~原点回帰~」を聴く

  小池芳子を聴くのは実は3回目。これまでは多くの方が出演されるコンサートで1,2曲を歌われたのを聴いていたのですが、初めてリサイタルをじっくり聴きました。前半がよく歌われる有名なアリアや重唱の組み合わせ。後半が日本歌曲でした。

 小池は非常に丁寧に歌われていて彼女の意気込みや準備はよく分かるのですが、全般的に言えることは声に密度が足りないということだろうと思います。もちろんクライマックスは十分会場を声で満たせるだけの声量はあるのですが、年齢的な問題なのか、高齢女性歌手によくみられるふわふわした感じが出始めている。そこをビブラートに逃げずにしっかり歌っているのは好感が持てるのですが、声に密度がないとなかなか聴いている方の心までは入ってこない。特に前半に歌われたオペラアリアはどれも有名な曲で、様々な方の色々な歌唱を聴いているこちらとしては、物足りなかったというのが正直なところです。

 共演された倉石真は柔らかい声のテノールです。しかし、声に密度は十分あり、「花の歌」や「星は光りぬ」といった悲痛な感情を歌うのによく声があっていると思いましたし、感情も籠っていてなかなか素敵な歌だったと思います。 そういう声の小池と倉石の重唱は、テノールがリッチになりすぎている傾向。ソプラノがもう少し声が出ないとバランスが悪いと思いました。

 後半の日本歌曲も小池の声の密度の薄さが気になりましたが、一方で、20年間日本歌曲の歌唱法を研究してきたと言う自信と「故郷へ」というタイトルが示す故郷への思いが相俟って、味わい深い歌唱になりました。後半歌われた7曲のうち、「微笑みの国」とのアリアと「舞」を別にすれば、直接、間接に故郷に関係します。タイトルに「故郷」という名称がついた曲は申し上げるまでもなく、桜の歌は、彼女の故郷である信州の桜と、彼女が現在居住する小金井の桜の双方を想って歌ったのでしょうか。朝岡真木子本人が来場する中、彼女の代表的な歌曲である「しだれ桜」や「花のなみだ」を歌うのはなかなか緊張するのではないかと思いますが、こちらの歌唱は味わいがあってとてもよかったと思います。一方で、「初恋」は有名で誰でも知っている曲だけにもっと歌い上げて欲しいところ。

 そういう中で、今回の一番の聴きものは最後の「舞」だったと思います。日本舞踊とのコラボレーションと言う普段見られないスタイルで、紫波がスタイルをきっちり決めた踊りを踊り、それに合わせるように小池も踊りながら歌うところが見ものだったと思います。まさにクライマックスにふさわしい音楽でした。

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鑑賞日:2024年1月21日

入場料:SS席 2F2列30番 6500円

主催:YAMATO国際オペラ協会

YAMATO5幕版公演

オペラ5幕 字幕付きイタリア語上演
ヴェルディ作曲「ドン・カルロ」 (Don Carlo)
台本:フランソワ・ジョセフ・メリ/カミーユ・デュ・ロクル
イタリア語訳:アキッレ・デ・ロージェール
原作:フリードリヒ・フォン・シラー『ドン・カルロス』

会場 大和市文化創造拠点シリウス やまと文化芸術ホールメインホール

スタッフ

指 揮 粂原 裕介
管弦楽 やまと国際フィルハーモニー管弦楽団
合 唱 やまと国際オペラ協会合唱団
合唱指揮 箕輪 健太
バレエ 大和シエィー・バレエ
バンダ ユース・ウインド・オーケストラ
演 出 舘 亜里沙
照 明 大久保 尚宏
衣 裳 松竹衣裳
舞台監督 八木 清市

出 演

フィリッポII世 デニス・ヴィシュニャ
ドン・カルロ 城 宏憲
ロドリーゴ 森口 賢二
宗教裁判長 志村 文彦
修道士 長谷部 浩士
エリザベッタ 西本 真子
エボリ公女 丹呉 由利子
テバルド 小林 英理子
レルマ伯爵&王室の布告者 富澤 祥行
天よりの声 大音 絵莉
フランドルからの6人の使者 今 井隆/佐々木 淳/佐藤 靖彦/地主 光太郎/高橋 悠貴/長谷部 浩士

感 想

ヴェルディはどうしたかったのだろうか?-やまと国際オペラ協会「ドン・カルロ」を聴く

  ローカル団体がイタリア語の5幕版で「ドン・カルロ」を演奏する、と聞けば、普通は「モデナ5幕版」をやるのだろうな、と考えます。それでも十分大変だろうと思います。現実問題として日本でモデナ5幕版を上演したのは、東京二期会だけではないでしょうか?私が知らないだけかもしれませんが。少なくとも私が知る限りは日本で「ドン・カルロ」を上演すると言えば「ミラノ4幕版」で上演するのが一般的でした。それが、会場について知ったのは「YAMATO5幕版」と称したオリジナルの5幕版をやるということ。

 それはどういう内容なのかを見ると、公演パンフレットによれば、バレエ音楽の復活、ロドリーゴの死を悼むシーンの挿入、第一幕冒頭の木こりの合唱の挿入、エリザベッタとエボリの二重唱など、ヴェルディが諸事情でカットした部分のほぼ全部で、カットが元に戻されなかったのは、どうも第5幕の幕切れのシーンなど僅かなようです。結果として合計50分の休憩を含め、5時間弱。正味4時間を超える大作となりました。

 この変更の妥当性を評価するためには、「ドン・カルロ」の改訂の変遷を知らなければなりません。2001年藤原歌劇団/新国立劇場共催で行われた「ドン・カルロ」のパンフレットに永竹由幸さんによる論考と2014年東京二期会のモデナ版日本初演時のパンフレットの小畑恒夫さんの論考を踏まえて記述しますと、「ドン・カルロ」はヴェルディが7回改訂して計8つの版があるそうです。それを整理してヴェルディの試行錯誤を検討します。

①上演準備版(1866年12月):ヴェルディが送られて来た台本の全てに音楽を付けた版。印刷されていない。あまりに長いため、リハーサル前に8つの部分がカットされたという。永竹論文によれば2001年の段階で、カットされた8つのうち5つが発見済み、3つが未発見。

②オケ・リハーサル版(1867年2月24日):5幕、フランス語。カットされても上演時間3時間47分。印刷済み。

③初演版(1867年3月9日):5幕、フランス語。オケ・リハーサル版だとお客さんがパリからの郊外列車の最終便に乗り遅れてしまうということでパリオペラ座がカットを要求。これにより木こりの合唱などがカットされ、約20分短くなる。3時間28分。これも印刷されていないそう。ちなみに初演は大成功とは言えなかった模様。ビゼーははっきりと「駄作」と書いているとのこと。

④フランス語決定版(1867年3月13日):5幕、フランス語。初演後若干の手直しをヴェルディが行い、自ら決定版としたもの。

⑤イタリア初演版(1867年10月27日):5幕イタリア語版。別名ルッカ版。ほぼフランス初演版のイタリア語翻訳版。ボローニャで初演。ちなみにヴェルディの楽譜は、パリで初演される前にすでにイタリア語翻訳が進んでいたとのこと。初演前にカットされた木こりの合唱などのイタリア語翻訳はできていたでしょう。

⑥ナポリ版(1972年):5幕イタリア語版:ヴェルディが愛人シュトルツの希望を取り入れて細かい修正を行った版。この版で追加された部分だけがフランス語の台本がない。

⑦ミラノ・スカラ座版(1884年1月10日):4幕、イタリア語版。ウィーンで上演する依頼が来たときに準備したが、その話がボツになったためスカラ座で上演された版。

 これが最も重要な大改訂です。ここで大事なのはこの改訂がヴェルディの意思で行われていることです。「ドン・カルロス」が初演されてから10年、「アイーダ」の大成功により、ヴェルディはイタリアオペラ界最高峰に昇りつめました。そのヴェルディに「ドン・カルロ」を改訂しろ、などと言える人がいるはずもありません。だからこの改訂はウィーンでの上演の話を契機にヴェルディが自らの考えで行ったということです。

 そのヴェルディが行ったのは台本をフランス語から見直すこと。そのために、「アイーダ」の台本のフランス語翻訳を担当したデュ・ロクルが呼ばれ、4幕版へ書き換えさせた。実際は、ロクルというよりは「マクベス」のフランス語翻訳を担当したシャルル・ニュイテルがヴェルディの意図を確認しながら行ったようです。その結果この台本の改訂だけに9か月の時間をかけている。完成したフランス語台本をアンジェロ・サナルディーニによってイタリア語に翻訳され、そこにヴェルディは曲を付けて行きました。具体的には第1幕をほぼカットし、ドン・カルロのアリアを第2幕に持ってきた。それ以外の部分でもほぼ全てを見直し、オリジナルの曲のほぼ半分をカットし、新たにスコア268ページ分を追加したと言います。初版のまま全く手が入らなかったのは、フィリッポのアリア、「一人寂しく眠ろう」と最後のエリザベッタの大アリア「世の虚しさを知る神」だけだったといいます。

 要するにこの改訂は決して評判の良いとは言えなかったフランス風グランド・ペラをヴェルディの本領であるイタリアオペラに書き換える作業だったと言えると思います。エボリの名アリア「酷い運命よ」はこの時挿入されたアリアです。このヴェルディの思いが詰まっているミラノ4幕版が世界的に未だに上演されているのはこの経緯から見て当然のことと申し上げるべきでしょう。 

 そして、最後の改訂が、

⑧モデナ版(1886年):5幕、イタリア語版。ミラノ版に第1幕を復活させた版。モデナで「ドン・カルロ」を上演する際にモデナの劇場から5幕版で上演したいという要求にこたえて第1幕を復活させた版。この時ヴェルディは第1幕にあまり手を入れていないようです。ただ、カルロのアリアは第一幕に戻されました。

 以上の改訂の経緯を踏まえると、やはり決定版はモデナ版と言ってよいのだろうと思います。

 ヴェルディが最初の改訂で削った木こりの合唱や、ミラノ版への大改訂で削った「エリザベッタとエボリ」の二重唱などをYAMATO5幕版で復活させたのは、ヴェルディの意図には反するのではないかと思います。私は聴いていて、確かに、ストーリーの流れは分かりやすくなったとは思いましたが、一方で冗長だし、「ドン・カルロ」モデナ版の折角の良さが薄まっているなと思いました。特にバレエは音楽は美しかったし、踊りも揃っていて素晴らしかったのですが、どう考えてもストーリーと関連あるようには思えず、これを挿入する意味は私には理解できませんでした。「ドン・カルロ」は改訂が多く、その度に新たな曲が足されていますから、未だに批判校訂版は完成していない。だからこそ色々なパターンの上演が可能で、世界では1970年代から色々なパターンの上演が行われてきました。「YAMATO5幕版」もそのヴァリエーションのひとつに過ぎないと見るべきなのでしょう。それも良いヴァリエーションというよりは、悪しきバリエーションと申し上げます。

 さて演奏ですが、こちらは主役級の人はハイレベルの歌唱を聴かせました。特に素晴らしかったのはエボリを歌った丹呉由利子。最初から最後までしっかりした美声で歌い、有名な「ヴェールの歌」や「酷い運命よ」は言うに及ばず、今回復活された「エリザベッタとの二重唱」も相手役の西本真子との息もよく合って素晴らしい二重唱になっていたと思います。この素晴らしい二重唱が聴けたのは曲の復活があったからですから、この部分の復活は喜ぶべきなのでしょう。

 西本真子のエリザベッタも素晴らしい。芯のあるしっかりした西本の声はヴェルディの重いソプラノ役にちょうどいいわけですが、気持ちの入り方が違いました。第1幕におけるラブシーンのカルロとの愛の二重唱も相手役の城宏憲の甘い声と呼応してとてもよかったし、第2幕におけるロドリーゴとの二重唱、母と子の関係になったカルロとの二重唱などもよい。そして、最後の大アリア、「世の虚しさを知る神」は冒頭のフォルテがちょっと金切り声っぽくはなっていましたが、それだからこそ伝えられる緊迫感もあってとっても素晴らしい歌でしたし、その後のカルロとの別れの二重唱もとてもよかったです。

 城宏憲は最初から最後まで安定したテノールらしい美声で歌い、その安定感が素晴らしい。冒頭のシェーナとロマンツァ「フォンテンブロー、広大で寂しい森」はもう少し聴かせるのかと思いましたがちょっと抑制的。でも5時間も歌わなければならないとなれば最初は控えめになるのはやむを得ないでしょう。残りの聴かせどころでも突出したところはないのですが、しっかりした声で自分の役割を果たすことに徹底していて、その安定感は抜群でした。重唱で絡んだり、コンチェルタートで存在感を示したり忙しい役目なわけですが、どこでもしっかりとした受け止めて対応しており、一時と比較すると一皮むけたな、と思わせるに十分でした。

 デニス・ヴィシュニャのフィリッポも重厚感のあるフィリッポ。音程的にはやや下がる傾向が見受けられましたが、その重い雰囲気がまさに苦悩する国王という感じでよかったです。第4幕のアリアから宗教裁判長との二重唱はとてもよかったです。特に宗教裁判長が志村文彦というベテランということもあり、志村の妖怪的な歌とデニスの低音がしっかり呼応していて、何とも言えない味わいを醸し出していました。

 森口賢二のロドリーゴは以上5人と比較するとちょっと不調だったかなという歌。例えば「友情の二重唱」はバリトンの支えがもっとあった方がより輝かしく響いたと思いますし、それ以外の重唱部分もロドリーゴが歌っているのではなくて森口賢二が歌っている感じがしました。個性が出すぎている印象です。しかしながら一番の聴かせどころである「ロドリーゴの死」のアリアはベテランらしいよく考えた歌でとてもいいと思いました。

 以上6人は日本のトッププロで、更に十分準備をし体調も整えての舞台だったようでとても素晴らしかったと思います。その分それ以外の市民オペラの方との落差が大きかったというのがありました。この差は周回遅れぐらいの差と申し上げてよい。そこが残念というか、面白いというか。まずテバルドを歌った小林英理子。脇役軍団の中では一番目立つ役目ですからもっと声が欲しいところ。主力級とは声量に段違いの差があり、もう少し踏ん張って貰わないと、バランスが悪い。修道士を歌ったやまと国際オペラ協会を主宰する長谷部浩士もも存在感が薄い。その中で気を吐いていたのが富澤祥行。小さい団体ではプリモ・テノールですが、今回はレノマ伯爵兼王室の布告者という役回り。鬘を付けない禿頭姿で高音を歌う姿は、見た目はバスの悪役っぽかったのでそのギャップが面白かったです。

 合唱、オーケストラは普通の市民オペラと大差ありません。合唱は、元気はよかったけど揃っている感はあまりなかった。オーケストラはコンマスサイドにN響の木全利行が入るなど要所はプロで固めていたようですが、金管、木管とも音を外すところが多く、折角これだけの公演をやったのだからもう少し鍛えられて欲しかったとも思います。更には舞台が低く、オーケストラピットも平土間上にあったため、観客の視認性を確保するためだったとは思いますが、コントラバスがサイド端に追いやられるなど、音のバランスは必ずしも良くなかったのかなと思います。

 ちなみにフランドルの6人の使者は市民オペラの合唱ではよく見るメンバーで構成されており、それなりの声を出していましたが、声の制御という点ではイマイチで、低音の声量などは見事でしたけど、それ以上見るところはなかったのかな、というところ。

 当初予定されていた中津邦仁は体調不良のため降板、公演1か月前に舘亜里沙に変更になりました。今回の演出プランが中津のものだったか舘のものだったかは分かりませんが、最小の舞台装置の中で十字架を剣に見立てて、王権と宗教の対立と、カソリックとプロテスタントの対立を見せました。その象徴的な取扱いは旧守と改革とのせめぎ合いと同時に不毛の愛を見せるにはいいアイディアだったように思います。舘亜里沙は、「十字架で戦う」世界に生きる人々にとって唯一の救済は死であり、その措置が受けられない限り苦悩で彷徨い続ける」と書いていますが、その妥当性はともかくとしてその舘の思いは舞台から感じることは出来ました。

 昨年10月、東京二期会は暴力的な演出で「ドン・カルロ」を上演して、私を含めた旧守的なオペラファンに大ブーイングを集めたわけですが、その演出と比較すると過激ではない今回の演出はまあまあ納得の行くところ。ソロ歌手の歌の見事さはロドリーゴを除いてやまとが上。ただ、その他の脇役やオーケストラ、合唱は東京二期会がはるかに上で、公演全体のバランスでは東京二期会が整っていたのでしょう。しかし私は、素晴らしいソリストたちと納得できる演出を踏まえれば、今回の上演はヴェルディの意図を反映していない点で味噌は付くものの東京二期会の公演よりはずっと高く評価したいと思います。

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鑑賞日:2024年1月27日

入場料:C席 3F R10列4番 9350円

主催:新国立劇場

2023/2024シーズン公演

オペラ3幕 字幕付ロシア語上演
チャイコフスキー作曲「エウゲニ・オネーギン」 (Eugene Onegin)
台本:コンスタンティン・シロフスキー/ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
原作:アレクサンドル・プーシキン『エウゲニ・オネーギン』

会場 新国立劇場オペラパレス

スタッフ

指 揮 ヴァレンティン・ウリューピン
管弦楽 東京交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 冨平 恭平
演 出 ドミトリー・ベルトマン
美 術 イゴール・ネジニー
衣 裳 タチアーナ・トゥルビエワ
照 明 デニス・エニュコフ
振 付 エドワルド・スミルノフ
再演演出 澤田 康子
舞台監督 髙橋 尚史

出 演

タチヤーナ エカテリーナ・シウリーナ
オネーギン ユーリ・ユルチュク
レンスキー ヴィクトル・アンティペンコ
オリガ アンナ・ゴリャチョーワ
グレーミン公爵 アレクサンドル・ツィムバリュク
ラーリナ 郷家 暁子
フィリッピエヴナ 橋爪 ゆか
ザレツキー ヴィタリ・ユシュマノフ
トリケ 升島 唯博
隊 長 成田 眞

感 想

平和的に友好的に-新国立劇場「エウゲニ・オネーギン」を聴く

  「エウゲニ・オネーギン」はチャイコフスキーの全10作のオペラの中では最も頻繁に上演される作品だそうですが、日本で上演される機会は比較的少ないように思います。私が見た経験は過去2回。東京二期会の公演と新国立劇場2019年の公演。従って、5年ぶり3回目の鑑賞になります。名作なのに、日本ではなかなか上演されないのは、ロシア語の壁なのでしょう。しかし、今回は指揮者と主要役をロシアとウクライナ出身のメンバーで固めて、作品の雰囲気を上手にプーシキンとチャイコフスキーの世界に連れて行ったと思います。現在ロシアとウクライナとは戦争の真っただ中ですが、敵国の関係にあっても同じ舞台で歌う。それも日本で、というのは、国際的に活躍しているメンバーで固めてあるから当然なのですが、やっぱり素晴らしいことだなと思います。そして、演奏のレベルも満点ではなかったとはいえ相当の高水準であり、美しい舞台とちょっとコミカルな演出も相俟って、いいものを見せてもらったな、と思います。

 5年前にこの演出の初演の舞台を見たときに私はちょっと気持ち悪さを感じていたようです。それを当時の私は、「チャイコフスキーはにプーシキンの世界を自分の世界に上手に盛り込めなかった、ということなのでしょう。もちろんチャイコフスキーは稀代のメロディーメーカーですし、どこにも美しい旋律が満ち溢れているので、聴いていて退屈はしないのですが、微妙に文学の世界と音楽の世界がずれていて、そこが気持ち悪いのかもしれない。そして、ベルトマンはその微妙なるずれを明示する演出をしたということなのでしょう。」と書いています。

 しかし、今回は「微妙なるずれ」は全く感じられませんでした。演出に違いはないので、おそらく感じなかった理由は、オネーギンを歌った歌手の気持ちの違いではないかと思います。

 オネーギンはロシア文学の歴史で重要な「余計もの」の系譜の原点に立つ人なのだそうです。解説の一柳富美子の言葉を借りれば、「オネーギンは鬱屈したロシア貴族の典型で19世紀ロシア文学の「余計者」を代表するキャラクターなのである」とあります。その鬱屈した余計者としての立場が自然に感じ取ることができるのが、このベルトマンの舞台ですが、今回のオネーギン、鬱屈した余計者の演技・歌唱にはなっていたと思うのですが、5年前よりはちょっと熱がこもっているような気がします。5年前はオネーギンの優柔不断な中途半端さを凄く感じたようですが、今回はそこはそこまでは感じられませんでした。

 そこが歌手のキャラクターや舞台にかける思いの差なのでしょう。今回のオネーギン、ユーリ・ユルチュクはキーウ出身の長身イケメンのバリトン。最後のタチアーナに冷たく振られるシーンを除いて冷静沈着な歌唱ではありましたが、ロシア人に対抗する気持ちはどこかにあったのでしょう。ちょっと熱がこもっている。第1幕第3場のタチアーナをあしらうアリアや第2幕第3場の決闘の場面でのレスキーとの二重唱は、いい感じだったと思います。

 タチアーナを歌ったシウリーナ。ちゃんと役目は果たしていたとは思うけど、歌い方はちょっと気にいらない。高音がスパンと出ず、歌いながら狙いを定めなおしてその音程に行っているようなところがですが、何か所かありました。長大な「手紙の場面」はロシア歌劇の頂点とも言われるシーンで見事ではありましたが、ここでも音程の定まらない感じはありちょっと残念。また手紙の場面に至るシーンにおける歌唱はもう少し少女っぽさが出て欲しかった感じがしますが。結構妖艶でした。一方で、最終幕でのオネーギンをあしらう場面はいい感じだったと思います。

 レンスキーを歌ったアンティペンコ。中声部に力があるドラマティコで、レンスキーの若さ溢れる直情径行を歌うにはいい感じだったと思います。ただこの方も高音へのアプローチが今一つで歌の丁寧さに欠けている感じがありました。ただ第2幕後半のレンスキーのアリアは、情感の示し方が見事で素晴らしい歌唱だったと思います。

 ゴリャチョーワのオルガ、こちらはいいと思いました。音楽的に一番存在感が出るのは第1幕第1場ですが、可愛らしい歌唱を見せて、オルガの子どもっぽい快活さを上手に表現していたと思います。

 そして忘れてはならないグレーミン。前回のティホミーノフも素晴らしかったのですが、今回のツィムバリュクも素晴らしい。地を這うような低音の響きはロシアンバスの真骨頂ですが、そのボルガの大河を思わせるような安定した低音は今回の全ての歌唱の白眉でした。本当に素晴らしかったです。

 それ以外の脇役陣は日本人が中心でしたが、前回コミカルな歌唱と演技でこの作品の喜劇的側面を盛り上げた升島唯博が今回もトリケを演じていいキャラが見事に舞台に嵌っていました。ラリーナとフィリッピエヴナは郷家暁子と橋爪ゆかがしっかり役目を果たしていました。

 そして素晴らしい合唱。合唱は歌うことに加えて、細かい演技も求められて大変なはずですが、本当に見事。この作品は二つの舞踏会のシーンと冒頭の農民の合唱と合唱が活躍する場面が多いわけですが、世界一と言っていいほどの技量を持つ新国立歌劇場合唱団が合唱で基本の流れを作っているので、ソリストは歌いやすいだろうなと思います。合唱が舞台を支えていたと言ってよいと思います。

 オーケストラは東京交響楽団。相変わらず管楽器が上手。今回の指揮者ウリューピンとの相性も良かったようで、チャイコフスキーのロシア的な美しいメロディーをいい感じで盛り上げていきます。良かったと思います。

 タチアーナとレンスキーの歌い方が個人的にはどうかと思いましたが、美しく納得できる舞台演出と全体的に高い音楽性が自分にとって満足できる鑑賞になりました。それにしてもロシア人とウクライナ人が同じ舞台で違和感なく歌うのです。早く戦争も終わってもらいたいものです。

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鑑賞日:2024年1月27日

入場料:C席 3F 1列11番 8800円

主催:公益財団法人日本オペラ振興会/公益社団法人日本演奏連盟

2024都民芸術フェスティバル参加公演

都民芸術フェスティバル主催:東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団

藤原歌劇団公演

オペラ5幕 字幕付フランス語上演
グノー作曲「ファウスト」 (FAUST)
台本:ジュール・パルピエ/ミシェル・ガレ
原作:ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ『ファウスト』

会場 東京文化会館大ホール

スタッフ

指 揮 阿部 加奈子
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱 藤原歌劇団合唱部
合唱指揮 安部 克彦
バレエ NNIバレエアンサンブル
演 出 ダヴィデ・ガラッティーニ・ライモンディ
美術・衣裳 ドメニコ・フランキ
照 明 西田 俊郎
振 付 伊藤 範子
舞台監督 菅原 多敢弘

出 演

ファウスト 澤﨑 一了
メフィストフェレス 伊藤 貴之
マルグリート 迫田 美帆
ヴァランタン 井出 壮志朗
シーベル 但馬 由香
ワグネル 高橋 宏典
マルト 北薗 彩佳
ザレツキー ヴィタリ・ユシュマノフ
バレエ・ソリスト 浅田 良和(ファウスト)
バレエ・ソリスト 日高 有梨(マルグリート)

感 想

伝統を受け継ぐ若手の実力-藤原歌劇団「ファウスト」を聴く

  「宝石の歌]はソプラノが良くコンサートで取り上げる定番中の定番ですし、「金牛の歌」など有名なアリアがふんだんに盛り込まれているのに、全曲演奏されるのはなかなか珍しいと思います。フランス語オペラだから、と言われることもあるようですが、「カルメン」などは毎年国内でも20回は上演されていますし、それ以外の作品はぐっと減るとはいえ、「ペレアスとメリザンド」や「子どもと魔法」はそこそこ演奏されています。そう思うと、全曲演奏するには、グランドペラの中でも比較的長いことと、取り上げられているファウスト伝説が日本人の死生観とあまり合わないからではないかと思います。普通の日本人は永遠の生を欲しいとは思わないでしょう。とにかく私も95年の藤原歌劇団公演以来、久しぶりの聴取です。なお、95年の時はバレエはカットされたように思いますが今回はバレエも踊られる本当のグランド・ペラスタイル。

 演奏は素晴らしかったと申し上げてよいと思います。

 まず指揮の阿部加奈子。N響首席指揮者・ファビオ・ルイージのお弟子さんだそうで、フランスを拠点に活躍中の方だそうですが、この公演のアナウンスがあるまで名前も知らなかったというのが本当です。でもこの方、オーケストラコントロールが上手で、各所への目配りが良くできていて、楽譜をしっかり読み込んで指揮しているのだろうなと思わせるもの。今回は東京文化会館の3階の1列目という舞台全体を視認するには一番いいポジションで拝見したのですが、舞台の上にもオーケストラピットの中にもバランスよく目配りをして的確に指示を与えます。所々にあるオーケストラメンバーによるソロがどれもよかったのは、指揮者のタイミングの出し方が音楽的な流れの中で一番いいバランスのところだったことの証拠ではないでしょうか。

 勿論それに対応した東京フィルハーモニー交響楽団も立派です。東フィルは、昔とは比較にならない位上手になっていますが、それでも指揮者によっては結構いい加減な演奏をします。そこがどんな指揮者が来ても卒なくまとめてしまうN響との差だと私は思っているのですが、今回は音もとてもよかったし、目立つミスも少なかった。その点でから見ても阿部が素晴らしいオーケストラコントロールをした証拠なのでしょう。

 歌手陣も素晴らしい。

 まずはタイトル役を歌った澤﨑一了。今、リリックな声のテノールとしては日本一の実力者でないでしょうか。美しい高音が伸びますし、その上声に芯がある。今回のファウスト役はかなり歌うところが多くて大変な役ですが、どこをとっても素晴らしかった。悪魔を呼び出す第一声から続くメフィストフェレスとの二重唱が見事。その溌溂とした表現は、メフィストフェレスの伊藤貴之がまた良かったこともあって、素晴らしい。有名なアリア「清らかで汚れを知らぬこの住家」がまた素晴らしい。Dだって出せる人ですからハイCぐらいどうということはないのですが、美しいハイCで締められると拍手を送らない訳には行きません。旋律美の素晴らしいマルグリートとの二重唱も素敵だったし、フィナーレの三重唱まで間然とするところのない見事な歌唱。素晴らしいとしか言いようがありません。

 伊藤貴之のメフィストフェレスも見事。伊藤は地を這うような低音を響かせるタイプのバスではなく、しっかりした低音を明瞭に響かせられるタイプのバスで、それがメフィストフェレスというちょっとコミカルなところもある役柄によく合っていると思いました。終始存在感が素晴らしく、この作品におけるメフィストフェレスの重要性を否が応でも感じさてくれました。勿論歌も素晴らしい。一番の聴きどころである「金の子牛の歌」は勿論よかったのですが、重唱における低音の支えを常に維持して、結果として綺麗なハーモニーを維持するのに終始貢献していたと思います。上述の冒頭の二重唱もそうですが、教会の場面でのマルグリートのののしる場面など悪魔としての役をしっかり果たして立派でした。

 ヒロインマルグリート。迫田美帆はこれまで何度か聴いてきてそれなりの実力者であるとは思っていたのですが、今回は鬼気迫る歌唱をして見せて一皮むけたという感じがします。「トゥールの歌」から「宝石の歌」に至る長いアリアは勿論よかったのですが、あの程度に歌うソプラノはいくらでもいると思います。第3幕までの歌は、ファウストとの愛の二重唱も含めて予想の範囲と申し上げてもよい。でも第4幕からはひとつ進んだ歌になっていたと思います。第4幕冒頭の悲しみのアリア「あの人は戻らない」から最後の昇天するまでの歌唱と演技が本当に素晴らしく、ここを聴けただけでも今回聴きに伺った甲斐があったな、と思いました。

 ヴァランタンを歌った井出壮志朗。こちらも素晴らしい。第2幕の市場の場面における「門出の前に」に至る長いアリアは、このバリトンの魅力を聴くに十分なもの。Bravoも飛んでいましたが魅力十分でした。

 但馬由香のシーベルは上述4人と比較すると存在感が欠けていたのかな、というところ。とはいえ、歌は全然悪いものではなく、第3幕冒頭のクープレ「シーベルの花の歌」はいかにもズボン役、というべき歌で「フィガロの結婚」のケルビーノを彷彿させてくれました。

 高橋宏典のワグネルは歌う場面はあまりない役柄ですが、しっかり存在は分かりましたし、北薗彩佳のマルトも四重唱において、役目をきっちり果たしており良かったです。

 このオペラで大事な合唱。藤原歌劇団合唱部は前日聴いた新国立劇場合唱団と比較すると揃い方にばらつきがあり、満点とは言い難いのですが、それでも高レベルであることは間違いありません。第4幕幕切れの「ヴァランタンの死」の合唱や最後の「マルグリートの死」の合唱はもっと揃っていたほうがいいと思いますが、市場の喧騒における合唱や第4幕の兵士の合唱のようなところはあれぐらいの方が臨場感があるようにも思いました。

 バレエもいい。いわゆる「ファストのバレエ音楽」(全部ではなかったように思います)が踊られたのですが、本当に綺麗な群舞で、ファウストとマルグリートのソロの踊りも見事。足の上がり方や背中の反り方が一緒の踊りを見せてもらうのはほんとうに気持ちがいい。 凄くレベルの高いバレエだと思いました。 

 「ファウスト」は日本では滅多に上演されない作品ですが、日本に紹介されたのは大正時代で当時から人気演目だったようです。藤原歌劇団では29年ぶり5度目の上演ということで伝統の演目の復活と申し上げてよいでしょう。その伝統を受け継ぐべく、若手・中堅の実力者たちがまさに今の彼らの力量をしっかり見せてくれた舞台で、本当に素晴らしいと思いました。Bravissimi!

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鑑賞日:2024年2月4日

入場料:C席 3F R10列4番 9350円

主催:新国立劇場

2023/2024シーズン公演

オペラ3幕 字幕付イタリア語上演
ドニゼッティ作曲「ドン・パスクワーレ」 (Don Pasquale)
台本:ジョヴァンニ・ルッフィーノ/ガエタノ・ドニゼッティ
原作:ステファーノ・パヴェージ)のオペラ『マルカントニオ殿』のためにアンジェロ・アネッリが書いた台本

会場 新国立劇場オペラパレス

スタッフ

指 揮 レナート・バルサドンナ
管弦楽 東京交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 冨平 恭平
演 出 ステファノ・ヴィツィオーリ
美 術 スザンナ・ロッシ・ヨスト
衣 裳 ロベルタ・グイディ・ディ・バーニョ
照 明 フランコ・マッリ
振 付 エドワルド・スミルノフ
再演演出 澤田 康子
舞台監督 村田 健輔

出 演

ドン・パスクワーレ ミケーレ・ペルトゥージ
マラテスタ 上江隼人
エルネスト フアン・フランシスコ・ガテル
ノリーナ ラヴィニア・ビーニ
公証人 千葉 裕一

感 想

ブッフォとしてのペルトゥージ-新国立劇場「ドン・パスクワーレ」を聴く

  世界的なバス歌手と言えば、20年前であればレイミーであるとかフルラネットであるとか、ライモンディであるとか色々思いつくのですが、実は最近のバス歌手ってあんまり知らない。その中で例外的に知っているのがペルトゥージ。と言っても聴いたことがあるのは録音かテレビでの放映で、多分生は初めて。聴いてみればその実力はちょっと異次元でした。この10年ほどイタリアオペラのバスとしてトップに君臨し、最近はヴェルディに精力的に取り組んでいて、昨年12月末のミラノ・スカラ座新シーズン公演の皮切りである「ドン・カルロ」ではフィリッポ2世を歌って大評判をとったというニュースがありました。だからヴェルディバスかと思えば若い頃はベルカントオペラを積極的に歌っていたそうで、今回のドン・パスクワーレは久々に歌う演目ではあるものの、かつてはウィーン国立歌劇場で歌うなどお得意の役柄なのだそうです。

 それは声を聴き、演技を見るとまさに納得。ペルトゥージの声は典型的なバッソ・カンタンテ。地を這うような低音はないのですが、高音が綺麗に響くタイプ。バッソ・ブッフォ役に一番似合っている声質です。その立ち姿はかつてのエンツォ・ダーラのようないるだけでおかしい典型的なバッソ・ブッフォではないのですが、演技を始めるとどこかおかしい。そして、第1曲の二重唱が終わった後観客への拍手を要求する仕草で爆発しました。一瞬静まった拍手があそこで膨れました。その後も基本は真面目な人なのだろうな、と思わせながら実際はどこかずれている演技・歌唱を最後までやって見せて、今回はペルトゥージの演技を見るだけでもこの舞台を見る価値があると思いました。

 マラテスタの上江隼人も奮闘。上江も日本では若手のヴェルディ・バリトンとして登場した方なわけですが、喜劇もなかなか上手い。ペルトゥージと並べてしまうと流石に演技はもう一つ二つ何かないのかなとは思いますが、そこが日本人歌手の限界なのかもしれません。とはいえ、歌は流石。いくつか聴かせどころがあると思いますが、冒頭の短いアリアが「天使のように美しい」が抒情的な美しさが籠っていてよかったですし、第一幕後半のノリーナとの二重唱「用意はできた」もいい感じ。ただ、第3幕のドン・パスクワーレとの早口の二重唱「静かに、今すぐに」は、前半がドン・パスクワーレが後半はマラテスタが同じメロディーを違った歌詞で歌い、最後は二人で違った歌詞を歌う二重唱となり早口で歌い上げるという曲なわけですが、ペルトゥージのスピードが乗りすぎたか、上江の早口が廻らなくなったかは分かりませんでしたが、最後ピタッと合っていなかったのはちょっと残念かもしれません。日本人同士でこの曲を歌うと、スピードはここまでではないかもしれないけど最後の二重唱はきっちりまとめる方が多いので、そう思ってしまいます。

 エルネストのガデルもいい。ガデルは最後にノリーナと結ばれるまで、常に悲しみを歌わなければいけない役ですが、軽い高音でしっかり歌う姿がいい。第1曲のエルネストとドン・パスクワーレの二重唱で存在感を示し、第2幕冒頭のアリア「哀れなエルネスト」もとても美しく響きました。フィナーレのセレナータ「何と心地よい四月の夜」からノリーナとの愛の二重唱への変化は、この作品の一番美しいところですが、そこもしっかり見せてよかった。

 ビーニのノリーナ。以上の三人と比較するとやや役に似合っていない印象。何といっても高音が今一つなのが残念。登場のアリア「騎士はあのまなざしに」は最高音まで届いていたかもしれないが、不安定だったし、他の部分でも明らかに上がり切っていなかったところがありました。この役は中音域がしっかりあるソプラノ・リリコ・レジェーロが歌うべき役ですが、ビーニはレジェーロとしてはどうなのだろうという印象。中音域はしっかりあって、演技も悪くはなかったので悪くはないのかもしれませんが、ノリーナだったら彼女よりも上手に歌える方が国内に何人もいるので、そういう日本人ソプラノにチャンスを与えてもいいのではないかと思いました。

 バルサドンナの指揮は取り立てて特徴的だとは思いませんでしたが、舞台を邪魔するものではなく、その意味ではいい指揮だったのでしょう。東京交響楽団は前回の「エウゲニ・オネーギン」から連続でピットに入りましたが、コンサートマスターが、小林壱成からグレブ・ニキティンに変更するなどでメンバーはそれなりに入れ替わっていましたが、相変わらずいいサポート。

 新国立劇場合唱団は「エウゲニ・オネーギン」に出演したメンバーから更に精選されたコアメンバーによる合唱で、高レベルのハーモニーを聴かせました。

 「ドン・パスクワーレ」は古典的な意味でのオペラ・ブッファの掉尾を飾る作品で、内容的にも出演者がバッソ・ブッフォとスーブレットに、狂言回し役のバリトンと男前のテノールと様式的にも精選され、音楽はまさにロマン派の前駆体というべきものに仕上がっており、よく書かれたある意味弦楽四重奏のような作品です。そして、ドン・パスクワーレは最後はエルネストとノリーナの結婚を認めるだけでなく、自分が騙された全部を水に流します。これはある意味慈悲深い王様を称えたオペラ・セリアのオマージュでもあります。だからこそ、演出は変に拘らず、素直にドニゼッティの意図した舞台にするのが一番いい。新国立劇場の舞台は時代設定もちょうどいいし、ひとつ間違うと老人虐めになってしまう作品のギリギリのところで踏みとどまっているのがいい。

 その素敵なフィナーレを踏まえた素敵な演出で、最高のドン・パスクワーレ役者の歌を聴けたこと、素晴らしいと思いました。

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鑑賞日:2024年2月10日

入場料:指定席 G列30番4000円

主催:種谷典子ソプラノリサイタル実行委員会

東京音楽コンクール入賞者リサイタル

種谷典子ソプラノリサイタル

会場 東京文化会館 小ホール

出 演/スタッフ

ソプラノ 種谷 典子
ピアノ 齋藤 亜都沙

プログラム

作曲 作品名/作詩 曲名
プーランク C.ドルレアン 平和の祈り
プーランク L.アラゴン ルイ・アラゴンの2つの詩より「C」
デュパルク F.ゴーティエ 戦争のある国へ
中田 喜直 渡辺 達生 歌をください
山田 耕筰 永井 隆 南天の花
クィルター P.B.シェリー 「6つの歌」作品25より「音楽はその優しい声が消えても」
リスト F.ペトラルカ 「ペトラルカの3つのソネット」S.270より「私は地上に天使の姿を見た」
R.シュトラウス J.H.マッケイ 「4つの歌」作品27-4「明日」
R.シュトラウス R.F.L.デーメル 「5つの歌」作品39-4「解き放たれて」
休憩  
ヘンデル オルランド アンジェリカのアリア「多くの危機の後に…私を裏切りものと呼ぶことはできないでしょう」
モーツァルト 魔笛 パミーナのアリア「ああ、私は感じる」
モーツァルト ドン・ジョヴァンニ ドンナ・アンナのアリア「酷いですって!~仰らないで、愛しい人よ」
ドニゼッティ ランメルモールのルチア ルチアのアリア「あたりは沈黙に閉ざされ」
ヴェルディ 椿姫 ヴィオレッタのアリア「ああ、そは彼の人か~花から花へ」
アンコール  
木下牧子   竹とんぼに

感 想

言葉に寄り添うということ-「種谷典子ソプラノリサイタル」を聴く

  種谷典子を最初に聴いたのは国立音大の大学院オペラ。2012年のことで彼女はドンナ・アンナを歌いました。その時の彼女の歌を私は「ドンナ・アンナの種谷典子。一番破綻は少なかったのですが、安全運転の歌唱で、結果として、伸びやかさに欠ける歌となっていました。第2幕後半の大アリア「私が残酷ですって、それは違います」などが、その典型。アリアに含まれる細かい装飾歌唱などが歌いきれていない。こせこせとした歌になっており、もっと技巧的な鋭さと、声の広がりを欲しいように思いました」、と評しています。要するにその時は沢山いるソプラノの原石のひとつに過ぎなかったのでしょう。

 しかしながら彼女の精進は素晴らしく、30代後半に入った今、彼女は二期会の若手ソプラノの最高実力者の一人として数えられるまでになり、残念ながら私は聴くことができなかったのですが、昨年は二期会の本公演で「椿姫」のヴィオレッタを歌い大絶賛を浴びたのは記憶に新しいところです。そんな種谷の今を聴きたくて、上野に足を運びました。

 一言で申し上げれば素晴らしい演奏でした。更に申し上げれば、意欲的なプログラムが素晴らしく、休憩を含めた1時間45分をソロだけで歌い切ったのも素晴らしい。最後が大曲の「ああ、そは彼の人か~花から花へ」を持ってきてしっかり決めるところなどは声も体力もなければできることではありません。ペース配分もしっかり考え、全体で今の自分のしっかり見せることを十分に考えた結果なのでしょう。本当に素晴らしいコンサート。彼女の現在地が若手のトップ集団にある理由がよく分かりました。

 前半が歌曲、後半がオペラアリアのコンサートでしたが、本当に素晴らしかったのは前半の歌曲。後半のオペラアリアも素晴らしかったのですが、彼女の最近の実力から言えば当然と申し上げてよい歌でした。そこで後半の話から先にしますと、ソプラノの代表的なアリアを歴史順にヘンデル、モーツァルト、ドニゼッティ、ヴェルディと並べました。

 ヘンデルの「オルランド」のアリアは多分初めてですが、レシタティーヴォとアリアの前半だけが歌われたものと思います。当時のアリアはほとんどがABA'のダ・カーポアリアでA’の部分では歌手が装飾を入れて歌う。その装飾に歌手のセンスを見せるので楽しみにしていたのですが、Aの部分だけで終わったようでした。バロックオペラ特有の細かいメリスマなどはしっかり歌っていたので、装飾歌唱も聴きたかったところです。

 「魔笛」のパミーナのアリアはかなりゆっくりしたテンポで、パミーナの悲しみをしっとりと歌い上げました。ドンナ・アンナのアリアは期せずして12年前のリベンジになりました。種谷の硬質の声は必ずしもドンナ・アンナではないのかなとも思いますが、その声の鏡面のような感じが、細かいところをくっきりと浮かび上がらせることに有効で、ドンナ・アンナの心情をしっかり見せて見事でした。

 続くは「ルチア」の第1アリア。この曲も十分大曲で且つ難曲ですが、前後がもっと大変な曲なので、箸休めのように聴こえてしまうのが難点か。というよりこれだけの曲をここまでたくさんの曲を歌って喉を使って来たのに、箸休めのように聴かせてしまうところが今の種谷の実力なのでしょう。そして、今の種谷の声に、ルチアは丁度あっているのではないかという気がしました。是非「狂乱の場」も聴いてみたいです。

 そしてコンサートの最後はヴィオレッタの大アリア。流石にこれだけのプログラムの最後で、ラストスパートの意識があったのでしょう。やや走り気味の歌だったと思います。また喉が上がり始めて来たのか、上ずっていたところもあったと思います。それでも最後のEsはしっかり決めて、有終の美を飾りました。

 そして今回の白眉の前半です。今回のプログラムは後半は有名曲が並んだのですが、前半はかなりマイナーな曲の羅列です。恥ずかしながら私が聴いたことがあるのはリストの「私は地上に天使の姿を見た」だけかもしれません。デュパルクの「戦いのある国へ」は有名な曲のようですが聴くのは初めて。クィルターという作曲家はその存在を今回初めて知りました。今回歌われたクィルターの歌曲はWikipediaの英語版にも載っていなかったので、よくこんな曲を探してきたな、と驚く次第です。

 種谷は今回前半のプログラムの趣旨を「戦争により大切な人を亡くした嘆きや平和を切に願うもの、愛する人とともに歩む人生の幸福を祈念する作品を集めましたが、それらは過去のある時点の話というだけではなく、普遍的で、今まさに起きている出来事に対しても同様に訴えかけているように感じます」と書いています。その言葉の通り前半で歌われた歌曲はフランス語、日本語、英語、イタリア語、ドイツ語と言語は多様だけれども、そこに歌われている内容は、失われたものの悲しみや平和への希求で満ちています。そして最初の3曲がより平和への希求が強い内容で、ドイツ語で歌われたシュトラウスの2曲は、愛に力点が置かれている。要するに戦争の悲しみから平和の希求、平和による安寧と愛の幸福、そして魂の救済と一貫した流れがある。

 種谷はそれらの歌詞に寄り添って歌唱したように思います。特に平和の希求がつよい前半の3曲は割と激しさを込めて歌唱したと思いますし、後半はより伸びやかに歌ったようにも思います。特によかったのは、2曲目のプーランクの「C」とデュパルク。この2曲は本当に心に刺さる歌唱。私はフランス語は全く分からないのですが、彼女の歌を聴いていると切々とした訴えが直接心に届くように思いました。それだけ思いのこもった歌だったということでしょう。日本語で歌われた「南天の花」もしっとりと歌われて見事。初めて聴くクィルターは比較的軽い曲ですが、内容の優しさがいい感じ。ドイツ語の2曲のテーマは幸福と救済であり、そのような優しさを感じました。しっかり曲の様式感を感じながら丁寧に歌ったのが良かったのだろうと思います。歌詞に寄り添うことの大事さを感じさせられました。

 テクニカルなことを申し上げるなら、弱音が見事。流石に低音の弱音は上手くいっていなかったところもあるのですが、中高音の弱音は本当に素晴らしい。レガートで母音を長く伸ばしながら、息を流し続けて安定した音にする。言うは易く行うは難し。これをしっかりやって見せたところが今回の第一部の心染み入る歌唱に繋がったものと思います。

 更にピアノ伴奏も素晴らしい。特に第一部は歌手の歌に齋藤亜都沙ピアノが寄り添い、歌手の苦悩とピアニストの苦悩が一緒に感じられるような伴奏。人馬一体ならぬ、歌手ピアノ一体の演奏でした。

 第一部で唯一引っ掛かったのは「歌をください」の歌いかた。種谷はだんだん盛り上がって第3連をピークにもっていきそれから少しずつ小さくして納める歌い方をしました。基本的にこの行き方でいいと思うのですが、ピークが激しすぎると思いました。作詞家が日本人で、聴き手も日本人なので、この歌はもうすこし強弱のダイナミクスを小さくしてしみじみと歌った方が、味が出て歌詞に共感できるのではないかと思いました。

 全体を通じて言えることは今の種谷の実力と現在地とが見える演奏会でした。声質はリリコ寄りのリリコ・レジェーロで硬質の響きが素晴らしい声。この声が年齢を経るにつれてどう変化していくのか。また数年後その変化を聴いてみたいと思わせるコンサートでした。

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鑑賞日:2024年2月11日

入場料:B席 2F 7列24番 8000円

主催:公益財団法人日本オペラ振興会/公益社団法人日本演奏連盟

共催:公益社団法人目黒区芸術文化振興財団

2024都民芸術フェスティバル参加公演

都民芸術フェスティバル主催:東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団

協力:太鼓芸能集団鼓童

田中祐子:五島記念文化賞オペラ新人賞研修成果発表公演

日本オペラ協会公演

オペラ2幕 字幕付日本語上演
渡辺俊幸作曲「ニングル」(新作:初演)
オペラ脚本:吉田雄生
原作:倉本 聰『ニングル』

会場 めぐろパーシモンホール大ホール

スタッフ

指 揮 田中 祐子
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱 日本オペラ協会合唱団
合唱指揮 河原 哲也
演 出 岩田 達宗
美 術 若生 紘子
衣 裳 下斗米 大輔
照 明 大島 祐夫
振 付 古賀 豊
舞台監督 伊藤 潤

出 演

勇太(ユタ) 村松 恒矢
才三 渡辺 康
かつら 光岡 暁恵
ミクリ 相樂 和子
スカンポ 井上 華那
光介 和下田 大典
信次 勝又 康介
民吉 泉 良平
ニングルの長(カムイ) 山田 大智
かや 長島 由佳
信子 佐藤 恵利
田中 脇坂 和
湊&井戸屋 馬場 大輝
堺&医者 嶋田 言一
藤倉&井戸屋の子分 飯塚 学
ダンサー 木原 丹/田川 ちか/友部 康志/西田 知代

感 想

新作日本オペラの方向性-日本オペラ協会「ニングル」(新作:初演)を聴く

 日本オペラ協会総監督が大賀寛から郡愛子に引き継がれて7年。郡総監督時代になってから日本オペラ協会が取り上げてきた作品を見てくると、「ミスター・シンデレラ」、「夕鶴」、「静と義経」、「紅天女」、「ギジムナー、時を翔ける」、「魅惑の美女はデスゴッデス」、 「ミスター・シンデレラ」、「咲く」、「源氏物語」、「夕鶴」、そして「ニングル」となります。そして、2025年は「静と義経」の再演がアナウンスされています。このラインナップを見ると新作初演、不朽の名作、時代劇風作品、現代作品がバランスよく取り上げられている。この中で新作初演は3本あるのですが、成立事情がちょっと特殊な「咲く」を除く2作、即ち「紅天女」と「ニングル」は、有名な作曲家に作曲を委嘱するのではなく、まず企画があって、その企画に合わせた台本作家と作曲家を探すを言うスタイルを取っているようです。大賀時代もそうしていたのかもしれないけど、大賀時代はもっと作曲家の権限が強かったような感じがします。

 「紅天女」と「ニングル」の企画の特徴は、「目を引く」というところにある。「紅天女」は、美内すずえの漫画「ガラスの仮面」の劇中劇「紅天女」のオペラ化だし、今回の「ニングル」は倉本聰原作、というのがキャッチ―に使われています。逆に言えば、作曲家の名前があまり強調されないということでもあります。これは映画音楽やテレビ番組の主題歌で、あまり作曲家の名前が言われないこととの類似性を感じます。

 また、「紅天女」も「ニングル」も音楽が親しみやすいのも特徴です。これは起用した作曲家の特性が由来します。「紅天女」を作曲した寺嶋民哉はテレビ番組の伴奏音楽やゲーム音楽、宝塚のミュージカルなどを主に手がけてきた人ですし、今回の「ニングル」を作曲した渡辺俊幸もテレビ番組の主題歌などに作品が多いのと編曲者としての活動が多いことでも有名です。私は渡辺俊幸の名前を聴いたとき最初に思い出したのは、「さだまさしのコンサートの時に脇でギター演奏していたおじさん」で、本質的にポピュラー音楽畑の人だということもあるのでしょう。

 私はこの方向性は大賛成です。そもそもオペラは大衆娯楽だし、ロッシーニもドニゼッティもヴェルディも劇場で大人気だったから今も残っている。勿論難解な音楽理論を踏まえた高邁な作品も否定する気はありませんし、私個人としては12音音楽も、セリーもトーンクラスターもミニマルも楽しめる人なので、そういった作品も聴きたいとは思いますが、でも一般向けオペラとしてはどうなのだ、とも思うのです。倉本聰原作の新作オペラという話題性で今回は3日間の上演とも全席完売で大入袋が出たそうですし、今回聴けた分かりやすい音楽で「オペラって悪くないじゃん」と思ってまた来場してくれる人が増えれば、経営的な安定にも繋がり更なる新作委嘱や公演の回数増加にもつながる。そのような裾野を広げることは本当に大切です。

 そんなことを感じたのは本当に聴きやすかったということがあると思います。登場人物が多く、人間関係がはっきりするまでにやや時間がかかりましたので、そこはもう少し分かりやすく整理したほうがいいと思いますが、そこがはっきりしてくるとストーリーはまあまあ単純です。ニングルの森を切って農地にしようというユタを代表する開発派とそれに反対する才三の対立がまずあり、第三の立場として民吉とスカンポの祖父と孫との関係がある。音楽は場面ごとの特徴に合わせて様々な音がオーケストラによって奏でられますが、沢山のソロもある。個々のソロはどれも長いものではなく、比較的長いのは最初の民吉のアリア、第一幕中盤で歌われるかつらのアリア、光介のアリア、第一幕フィナーレ前で歌われるミクリのアリアと才三のアリア、第二幕ではスカンポのアリアとニングルの長のアリアでしょうか。どれもベルカントの超絶技巧を駆使するようなものではなく、鍛えられたオペラ歌手にとっては何ということもない曲ではあると思いますが、皆さんしっかり歌われ、マイクなしで会場の隅々まで声を届けるという観点では十分だったと思います。

 聴き易かったもう一つは日本語の歌詞が本当に分かりやすい。字幕はあったのですが、字幕は不要なぐらいにはっきりと言葉が立っていました。オペラ歌手はかつては日本語歌唱が苦手で「何を歌っているのか分からない」と言われたものですが、今回は全然そんなことはない。その理由は3つあると思います。

 まず第一に台本作家の選択が的確だった。今回の台本は吉田雄生によるものですが、吉田はニッポン放送でラジオドラマを作っていた方です。ラジオドラマは声だけでドラマの内容を聴取者に理解してもらわなければいけませんから、同音異義語の選択など台本における言葉の使い方に十分気を配ります。吉田はその身に付いた作劇方法で台本を作ったものと思われ、それが分かりやすさにつながったのではないでしょうか。

 第二には歌に技巧を求めなかった。オーケストラには変拍子があったり、現代音楽的な響きもあって工夫もあるのですが、歌には超絶技巧はなく、響きに走りがちな超高音や超低音もない。重唱部分もなく、特にふたつの台詞が重なる重唱がなかったのが歌詞が立ってシンプルに聴こえたもう一つの理由でしょう。

 第三には、歌手の日本語発音をしっかり鍛えた。そこは郡総監督が厳しく指導した、という噂を聞きました。

 以上3点により分かりやすい舞台になったものと思います。

 歌手たちに関しては、村松恒矢、渡辺康、相樂和子、井上華那、光岡暁恵、泉良平、山田大智、和下田大典といった面々がそれぞれの個性を示した歌唱で秀逸。日本オペラ協会の合唱もパワフルで見事でした。

 岩田達宗の演出は舞台装置が簡素な中でも比較的わかりやすいもの。ニングルの森の木々を表現したダンサーのメンバーも良かったと思います。

 今回の指揮は田中祐子が務めましたが、田中は平成30年度の五島文化記念文化賞のオペラ新人賞を受賞し、その助成でフランスに留学し、帰朝して今回がその成果発表会を兼ねたものになりました。田中は既に活躍目覚ましい指揮者でオペラも色々振っているという印象があったので割と驚きました。今回の演奏で、その成果が示せたのかどうかはよく分からないのですが、舞台を邪魔するオーケストラではなく、舞台とバランスよく音の響きを作っていたとは思いました。

 以上なかなか楽しめました。

 新国立劇場が新作日本語オペラに対する冷遇ぶりがはなはだしい中、また作曲されても現代音楽に傾く中、一般に聴きやすい新作を作っていくのは大切なことだと思います。日本オペラ協会は「紅天女」の後すぐに「ニングル」の検討を開始したようです。次回も4年後ぐらいの公演を目指して、是非様々な人に聴いて貰える平易な日本語新作オペラの委嘱をして欲しいと思います。 

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鑑賞日:2024年2月16日

入場料:指定席 G列7番 6000円

主催:千代田区立内幸町ホール

オペラ2幕 字幕付原語(イタリア語)上演、ハイライト公演
ドニゼッティ作曲「アンナ・ボレーナ」(Anna Bolena)
台本:フェリーチェ・ロマーニ
原作:イッポリト・ピンデモンテの小説『エンリーコ8世、またはアンナ・ボレーナ』及びアレサンドロ・ペーポリ『アンナ・ボレーナ』

会場 千代田区立内幸町ホール

スタッフ

ピアノ 松田 祐輔
合 唱 プロ・コーラス+OHSUMI&PRODUCE合唱団有志
ミュージック・コーチ 佐藤 宏充
演出・美術・衣裳 原 純
舞台監督・照明・音響 内幸町ホール
監修 大隅 智佳子

出 演

アンナ・ボレーナ 大隅 智佳子
エンリーコ8世 大塚 博章
ジョヴァンナ・セイモー 相田 麻純
ロシュフォール卿 小林 昭裕
ペルシー卿 内山 信吾
スメトン 森 朋子
ヘルヴィ 内田 吉則

感 想

火炎放射器-内幸町ホール「アンナ・ボレーナ」(ハイライト)を聴く

 チューダー朝100年の歴史を描いたドニゼッティの女王三部作即ち、「アンナ・ボレーナ」、「マリア・ストゥアルダ」、「ロベルト・デヴリュー」はどれも聴き応えのある傑作ですが、3作ともなかなか上演されません。私が全曲を生で聴いたことがあるのは「マリア・ストゥアルダ」と「ロベルト・デヴリュー」が共に1回ずつ。「マリア・ストゥアルダ」は2012年のオペラ彩の公演で、「ロベルト・デヴリュー」は2011年のバイエルン歌劇場の日本公演で聴きました。「アンナ・ボレーナ」は2007年にベルガモ・ドニゼッティ劇場の日本公演で、アンナがディミトラ・テオドッシュウで上演されているのですが、これには行けずじまいでした。このほか2019年10月から12月にかけて、オペラ・カフェマッキアート58という若手歌手のグループが三部作のハイライト版の連続上演を3か月かけて行いました。私は、「マリア・ストゥアルダ」と「ロベルト・デヴリュー」は聴けたのですが、この時も「アンナ・ボレーナ」だけどうしても外せない用事と重なってしまい、泣く泣く諦めた思い出があります。

 それだけに「アンナ・ボレーナ」を聴くことは夢だったのですが、それがようやくかないました。今回、会場は内幸町ホールという定員が180人の小ホール、ピアノ伴奏で、全曲演奏されないハイライト上演だったとはいえ、曲の魅力は十分感じることができました。その理由の第一は主役のアンナを歌った大隅智佳子の力量です。

 まず「アンナ・ボレーナ」の曲の構成と、何が演奏されたかを書きましょう。下表の黄色く色付けされたところが演奏されました(ちなみに曲名はwikipedia記載のコピーです)。

  序曲
第1幕         1 導入:「王は来られたのか?」 Né venne il Re? (合唱)
2 ジョヴァンナの登場:「王妃が私をお呼びになった」 Ella di me sollecita (ジョヴァンナ)
3 シェーナとロマンツァ - アンナのカヴァティーナ:「ああ、取繕わないで」 Deh non voler costringere (スメトン) - 「ああ、この純真な若者は」Come, innocente giovane (アンナ、合唱)
4 シェーナと二重唱:「余の持つすべての光は」Tutta in voi la luce mia (エンリーコ、ジョヴァンナ)
5 シェーナとカヴァティーナ:「彼女を失ったあの日から」 Da quel dì che, lei perduta (ペルシー、ロシュフォール、合唱)
6 シェーナと五重唱:「私は感じた、この手の上を」 Io sentii sulla mia mano (アンナ、エンリーコ、エルヴィ、ペルシー、ロシュフォール、合唱)
7 シェーナとカヴァティーナ:「ああ、恍惚の余り」Ah, parea che per incanto (スメトン)
8 シェーナと二重唱:「国王が君を憎んでも、私は君を今でも愛している」 S'ei t'abborre, io t'amo ancora (ペルシー、アンナ)
9 第1幕フィナーレ:「皆、黙っておるのか、震えているのか」Tace ognuno, è ognun tremante (エンリーコ、スメトン、 ペルシー、アンナ、ロシュフォール、ジョヴァンナ、合唱)
第2幕       10 導入:「ああ、どこに行ってしまったのか」 Oh, dove mai ne andarono (合唱)
11 シェーナと二重唱:「神がその者の頭上に」 Sul suo capo aggravi un Dio (アンナ、ジョヴァンナ)
12 合唱、シェーナと三重唱:「どうなった?裁判官の前に」 Ebben? Dinanzi ai giudici -「2人とも死ぬがよい、不実な者どもめ」Ambo morrete, o perfidi (エンリーコ、アンナ、ペルシー)
13 シェーナとアリア:「このような手に負えぬ炎は」 Per questa fiamma indomita (ジョヴァンナと合唱)
14 レチタティーヴォ、シェーナとアリア :「君は生きるのだ、私はそれを望む」Vivi tu, te ne scongiuro (ペルシー)
15 合唱:「一体誰が直視できよう」 Chi può vederla a ciglio asciutto
16 狂乱の場及び第2幕フィナーレ: 「あなたたちは、泣いているの?」Piangete voi? -「あの場所に連れて行って」 Al dolce guidami (アンナ) -「邪悪な夫婦よ」 Coppia iniqua

 この曲目表からも明らかなように、オペラのストーリーは妻のアンナに不義の濡れ衣を着せてジョヴァンナと結婚したいエンリーコの三角関係と、かつての恋人のアンナを忘れられないペルシーの恋情と、更にはアンナに憧れるスメトンの心が交錯して、アンナの悲劇が構築されるのですが、今回の上演では、ペルシ―とスメトンのアリアがカットされることで、より三角関係が強調されて内容が明確になったということがあろうかと思います。また実際はアン・ブーニンは不義を犯していたという説もあり、本当のところはよく分からないのですが、そういったサブストーリーの部分が省略されたことでアンナの悲劇と、エンリーコの身勝手さがより強調されることになりました。

 その本来よりも強調されたプリマドンナオペラを、大隅智佳子は素晴らしい声で歌いました。この「アンナ・ボレーナ」は1957年、ミラノスカラ座でマリア・カラスが実質的に蘇演し、カラスの全盛期の演奏ということもあって、それ以来ソプラノ・ドラマティコ・ダジリダの曲のプリマドンナオペラとして現在に至ります。しかしながら大隅智佳子の声はドラマティコではなくリリコです。しかし、大隅はリリコでありながら、ドラマティコに負けない爆発的な声量がある。だから比較的抑える場面ではリリックな歌い方で美しいレガートを聴かせるのですが、そこからぐっと腹に力が入って、高音に跳躍するとき、ちょっと信じられないほどの爆発的声量と迫力で歌ってくれます。しかもその歌い方に無理がないので、力強いけども声の美しさが変わらない。

 大隅智佳子が現在日本の中堅クラスのソプラノでトップの力量を持つ歌手であることはよく知っているつもりでしたが、この歌を聴くと「別格」だな、と思わずにはいられません。演出家の原純が開幕前に出てきて上演について解説してくれたのですが、一番の聴きどころとしてあげたのは第一幕フィナーレの咆哮でした。彼の言葉でいえば「大隅さん、火を噴きます」。本当でした。彼女の声は火炎放射器のように客席に広がり全てを焼き尽くすのではないかと思うほどの凄さ。素晴らしかったです。

 もうひとつ、この「アンナ・ボレーナ」には有名な狂乱の場があります。この狂乱の場は、コンサートで時々取り上げるソプラノがいますが、今回の大隅は別格でした。狂っている時の歌い方と正気に戻った時の女王としての威厳がしっかり歌い分けられていて、そこも素晴らしい。以上大隅智佳子の力量をここまで見せてくれたという点でなかなか忘れらない公演になりそうです。

 大隅と絡むメンバーも立派でした。エンリーコを歌った大塚博章、終始厳しい表情を崩さず、それでいながら歌唱はバスの豊かな声が響き、アリアはないのにもかかわらず素晴らしい存在感。ジョヴァンナとの二重唱も見事でした。

 ジョヴァンナ役の相田麻純もいい感じ。勿論大隅のようなパワフルな声の持ち主ではないので、対決の二重唱などを聴くと、アンナに負けてしまうのではないかと思うのですが、アンナに対する遠慮を感じさせるちょっと引いた感じが、王妃に対して引き目をしっかり見せていたと思いますし、その後のアリアでは、その引け目があってもエンリーコを愛さなければいられない雰囲気をよく醸し出していて見事だったと思います。

 実際はもっと重要な役であるペルシー卿の内山信吾はそれでもアンナとの重唱は大変そうでしたが、実の妻の大隅を支えるために頑張っていたと思うし、スメトンの森朋子も、国王に張り倒されて、凄い音を立ててひっくり返ったにもかかわらず次のフレーズを落とすことなく歌ったのは素晴らしかったです。

 合唱も少人数で、特に男声はプロとはいえ各パート一人で大変そうでしたが、きっちりと歌われていてよかったです。勿論一人オーケストラのピアノ、松田祐輔もしっかりサポートしていました。

 原純の演出は時代背景や史実も踏まえた極めてオーソドックスなもので、ほとんど舞台装置がない中、テューダー朝の時代雰囲気を出していました。一方で、原は演技を演技としてリアリティをもって見せることに拘っていたようで、それぞれの歌手が、それぞれの役割に合わせた表情を見せてくれました。今回、エリザベス1世役として大隅の次女、内山智栄子ちゃんが黙役で登場し、カーテンコールにも出てきましたが、舞台ではずっと凛としていて顔にも威厳を見せていた大隅が、カーテンコールで娘が出てくると、ママの表情に変わったのが印象的でした。

 以上大変感心できた上演でした。今回一番残念なのは、こんな素晴らしい上演を聴けたのが100人強であったこと。また小さい舞台でのハイライト公演も残念と言えば残念です。早いうちに大隅主演でもう少し大きな舞台で、オーケストラをバックにしてノーカット上演が行われることを切に望みます。

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