オペラに行って参りました-2004年(その3)

目次

2004年 9月19日 ビゼー   「カルメン」
2004年 9月28日 シューベルト「四年間の哨兵勤務」/「サラマンカの友人たち」
2004年10月 1日 清水脩「青空を射つ男」/ブゾーニ「アルレッキーノ」
2004年10月 6日 プッチーニ 「ラ・ボエーム」
2004年10月10日 モーツァルト「フィガロの結婚」
2004年11月12日 モーツァルト「イドメネオ」
2004年11月17日 リヒャルト・シュトラウス「エレクトラ」
2004年11月20日 オッフェンバック「地獄のオルフェ」
2004年11月22日 フランコ・コレッリ 没後一周年メモリアル・コンサート
2004年11月25日 ヴェルディ 「椿姫」
2004年12月 3日 ヤナーチェク「イェヌーファ」
2004年12月10日 ヨハン・シュトラウス「ヴェニスの一夜」

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鑑賞日:2004年9月19日
入場料:C席 7000円 3F R3列52番

文化庁舞台芸術国際フェスティバル2004

藤原歌劇団創立70周年記念

藤原歌劇団/オランジュ音楽祭共同制作オペラ公演

主催:文化庁舞台芸術国際フェスティバル実行委員会/財団法人日本オペラ振興会
制作協力:韓国国立オペラ団

オペラ4幕・字幕付原語(フランス語)上演 (ジューダン版によるオペラ・コミック・オリジナルバージョン)
ビゼー作曲 歌劇「カルメン」(Carmen)
台本:リュドヴィク・アレヴィ/アンリ・メイヤック

会 場 東京文化会館大ホール

指 揮:チョン・ミョンフン  管弦楽:フランス国立放送フィルハーモニー管弦楽団
合 唱:藤原歌劇団合唱部/韓国国立オペラ合唱団
合唱指揮:佐藤正浩/コ・ソンジン
児童合唱:東京少年少女合唱隊  児童合唱指導:長谷川冴子/長谷川久恵

演出・装置:ジェローム・サヴァリ  衣装:ミシェル・デュサラー
照 明:アラン・ポアソン  振付:小松原庸子/ローランス・ルサリ
舞台監督:菅原多敢弘

出演者

カルメン 藤村 実穂子
ドン・ホセ チョン・イグン
エスカミーリョ エルウィン・シュロット
ミカエラ 井上 ゆかり
スニガ 妻屋 秀和
モラレス 三浦 克次
ダンカイロ 柴山 昌宣
レメンダード 小山 陽二郎
フラスキータ カン・ヘミョン
メルセデス 鳥木 弥生

感想

 6月の新国立劇場の「カルメン」、沼尻竜典の演奏をそれ程悪くない、と評価しました。その感覚は今もそれ程間違っているとは思わないのですが、チョン・ミョンフン指揮するところのフランス国立放送フィルとは全くレヴェルの異なるものと申し上げて良いと思います。勿論、フランス国立放送フィルが数段上。オケピットに入ったオーケストラからこれほどの音が聞こえてきたのは、久しぶりのような気が致しました。私がチョン・ミョンフン指揮するオペラを聴くのは2度目ですが、2回とも期待どおりの出来でした。チョンが非常に優れたオペラ指揮者であることを再確認致しました。

 チョンの歌心のセンスが抜群と申し上げてよいと思います。前奏曲の疾走から終幕の幕切れまで、間然とするところがない。どこを取っても素晴らしいのですが、例えばそれぞれの幕間の感想曲は、それぞれ次の幕を予想させる感情が篭った素晴らしいものだったと思います。歌の伴奏も実に自在で、例えば、終幕のカルメンとホセの二重唱における伴奏は、劇的な表現といい、歌手との音のバランスといい、見切り方が絶妙で非常にすばらしいと思いました。

 オーケストラも、技術的な点では必ずしも日本のオーケストラより格段に優れているということはないと思いますが、雰囲気の出し方、もっと言えば、音楽の持つエスプリの表現の仕方が全然違うな、と思いました。フランス国立放送フィルの演奏を聴いていると、カルメンはフランスオペラなのだ、という至極当然のことを思い出さずにはいられません。細かいミスが散見され、満点とはいい難いのですが、それ以上にオーケストラの迫力が勝っていて、生気あふれる素晴らしい演奏になっていたと思います。鋭いパーカッションの音はリズムのメリハリに効果的に影響していましたし、弦楽器の音色も、日本のオーケストラとは一線を画したものだったと思います。

 そういうわけで、今回の「カルメン」は、指揮者とオーケストラが音楽の枠組をきちっと作ったとき、どんな演奏が出来るかということのひとつのモデルみたいなものだと思うのですが、個々の演奏者の表現も決して悪いものではありませんでした。

 まず、主役の藤村実穂子。私は、彼女のワーグナーの印象から、もっとギラギラしたカルメンを作って来るのかと思っておりましたが、実際は良く考え抜かれた知的なカルメンでした。音程の正確さといった基本的な技術がしっかりしているので、こういった知的なアプローチが全く違和感なく聞こえました。しかし、藤村が自分自身で考えた枠の中で歌っているので、上手いのですが、それを突き抜けたものがないのですね。ハバネラもセギディーリャも感心はするのですが感動出来ない。聴き手の心を鷲掴みしてくれない。別の言い方をすれば色気の薄いカルメンと申し上げることができるかもしれません。

 しかし、藤村はそれだけでは終らせませんでした。最初の淡白なカルメンが幕が進むにつれてどんどん迫力が増して行きます。カルタの歌の独白は、チョンの絶妙のサポートもあって非常に素晴らしいものに仕上っておりましたし、最終幕のホセとのやりとりは迫力十分でした。カルメンは最初から最後まで変らない(ずっと自由人)と前提で役作りされることが多いと思いますが、藤村の歌唱は、カルメンが、終幕のナイフで刺されるシーンに向けてどんどん成長していく、というコンセプトで作られたような気が致しました。

 ホセ役のチョン・イグン。初めて聴きましたが、声といい表現といい、感心いたしました。声量があって、声の伸びも良好。全般にホセという役柄のもつ不器用な雰囲気が良く出ておりましたし、声が伸びる割には歌がぎこちない「花の歌」は、聴きごたえ十分でした。特に最終幕のカルメンを刺殺する部分での表現は濃密でよかったと思います。

 井上ゆかりのミカエラ。もう少しすっきりした表現で押したほうがミカエラとして好ましいとも思うのですが、初めての大舞台としては、十分に歌えていたと思います。第1幕の登場の所も可憐な雰囲気を見せておりましたし、3幕のアリアも高音のコントロールが甘くなったところがあるものの、十分合格点を与えられる歌唱でした。

 シュロットのエスカミーリョ。悪くないと思います。「闘牛士の歌」も颯爽としておりましたし、第3幕のホセとのやりとりなどもかっこよく決めてくれました。

 それ以外の脇役陣も水準の歌を保っていました。モラレスの三浦克次、スニガの妻屋秀和といったベテランもさることながら、フラスキータ/メルセデスを演じた二人の若手歌手の努力を褒めましょう。もうひとつ頑張っていたのが合唱。今回は藤原歌劇団合唱部と韓国の国立オペラ合唱団との合同だったのですが、お互いに刺激しあったせいか、両方とも燃えて、自分たちの実力に見合った力量を発揮したのかも知れません。東京少年少女合唱隊の子供の合唱もよかったです。

 以上述べた様に、「カルメン」は、チョン・ミョンフンが作った土台の上で、皆が緊密な舞台を組み上げて行ったように思います。一方演出は必ずしも満足出来るものでは無かったのですが、音楽良ければすべて良し。チョン・ミョンフンに御礼申し上げましょう。

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鑑賞日:2004年9月28日
入場料:S席 3000円 1F 1列9番

東京藝術大学学生有志によるオペラ本邦初演企画

主催:東京藝術大学学生オペラ実験工房
協力:東京藝術大学大学院オペラ科/朝日新聞社浜離宮朝日ホール

オペラ1幕・字幕付歌詞原語(ドイツ語)上演 (台詞は日本語)/演奏会形式
シューベルト作曲 歌劇「四年間の哨兵勤務」D.190(Der vierjahrige Posten)
台本:T・ケルナー
オペラ2幕・字幕付歌詞原語(ドイツ語)上演(ナレーションは日本語)/演奏会形式/日本初演
シューベルト作曲 歌劇「サラマンカの友人たち」D.326(Die Freunde von Salamanka)
台本:残されていない

会 場 浜離宮朝日ホール

指 揮:角田 鋼亮  管弦楽:東京藝術大学有志
合 唱:東京藝術大学有志
合唱指揮:小林 明裕 舞台監督:賀川 祐之

企画・学生代表:大隅 智佳子 アドヴァイザー:多田羅迪夫
発 案:嶺 貞子/井形 ちづる/永竹 由幸

出演者

四年間の哨兵勤務

ゲーテ 臼木 あい
デュヴァル 布施 雅也
ファイト 藤井 雄介
ヴァルター 松原 友
隊長 新海 康仁
将軍 増原 英也

サラマンカの友人たち

オリーヴィア 岡崎 安希子
ラウラ 佐藤 康子
オイゼビア 大隅 智佳子
アロンソ 中嶋 克彦
ディエーゴ 武吉 史雄
フィデーリオ 松原 友
トルメス伯爵 安保 克則
アルカーデ 小林 昭裕
クシーロ 金沢 平

感想

 小学校の音楽室に貼ってあった音楽史年表に、シューベルトは「歌曲の王」というタイトルがついていました。普通に考えれば、シューベルトと言えば歌曲です。しかし、私の好きなシューベルトの音楽は基本は器楽ですね。一番好きなのは、ピアノソナタ第21番、次が交響曲第9番「グレート」、もう1曲挙げるならば、弦楽五重奏曲。どれも晩年の傑作です。反面彼の歌曲を、私はあまり得意ではない。ドイツ・リートという形式が私の肌に合わないようです。にもかかわらず、シューベルトのオペラ公演を聴きに行ったのは、変ったオペラ作品に対する興味が第一です。

 こういった変った作品を取上げようとした、東京藝術大学の学生たちのバイタリティを高く評価したいと思います。プログラムは、綴じていないものでしたが、自分たちがパソコンで作ったというのがありありと分るもので、少ない経費を大事に使って、よい演奏会にしたいという意気込みがよく分りました。

 聴いて思ったのは、作品としての弱さです。「四年間の哨兵勤務」は、十分に面白い内容を持っているので、同じ題材をロッシーニやドニゼッティが取上げたなら、もっと盛りあがりのあるオペラに仕上たのではないかしら。シューベルトは、オペラを盛上げようという観点で弱く、構成も淡白で、盛りあがりも今一つという作品を書きました。勿論、アリアや重唱には、シューベルトにしか書けなかったような美しいメロディーが聞こえます。しかし、オペラとして見たときは、それだけでは不十分と申しあげないわけにはまいりません。日本で、シューベルトの歌劇がほとんど上演されない訳が分ったような気が致しました。

 演奏は、学生としては満足できるレベルにあった、と思います。勿論、私はこの作品を初めて聴きましたので、どういう演奏が良い演奏か、正直申し上げて想像出来ないところがあります。

 角田鋼亮の指揮は指揮棒を使わず、柔らかい表情の音楽を作ろうとしていたようにみましたが、それが成功するより寧ろ音楽が合わなくなるデメリットの方が多かったようです。楽器もそれ程上手とは言えない位のレベルでしたが、オペラの筋を楽しめないほどではなく、結構だったのではないでしょうか。

 歌手陣もまあまあと申し上げます。男性陣はみなそれなりに上手な方だと思います。ただ、総じて申し上げられることは、聴かせどころの次の音声の処理のような、あまり注目されない部分での表現が今一つだった、ということと、歌の迫力が今一つ足りなかったという所でしょうか。その中では、デュヴァルの布施雅也が比較的ましに思いました。群を抜いて上手だったのは臼木あい。音コン一位の称号は伊達ではないな、と思いました。非常に丁寧な歌い廻しの所も良かったと思いますし、細かいフレーズも手を抜かずにきちっと歌い上げるところなど、大変結構だと思いました。

 「サラマンカの友人たち」は、音楽的には「四年間の哨兵勤務」より進化した作品のようですが、台本がすでに失われ、オペラとしての面白さが「四年間の哨兵勤務」より上か、と言えば、そんなことはない様に思います。大隈智佳子は、失われた台詞部分をナレーションとして作成し、物語の進展を分りやすく説明してくれ、聴き手としては非常に助かったのですが、オペラというよりは、何となく歌曲集を聴いているような気分でした。これは、歌手たちが、男性はタキシードか燕尾、女性もドレスで登場したことと無関係ではありません。

 勿論、登場した方々は一所懸命歌われていることが明らかで、非常に好感を持ちました。ただ、「四年間の哨兵勤務」における臼木あい程の才能はいないな、というのが正直なところです。オリーヴィア役の岡崎安希子は、美貌でスリムで伯爵令嬢の気品も備えていて、また、声質もリリコ・レジェーロで雰囲気もよく出ていたとおもうのですが、声が一寸こもってすっと伸びないところが残念に思いました。佐藤康子は、ソプラノを名乗っていますが、声の響きはメゾソプラノだと思いました。力はある方だと思いますが、娘役には一寸似合わない感じがいたしました。オイゼビアの大隈智佳子は、バイ・プレイヤー的役割を上手に果していたように思いました。

 男声陣はみなそれなりに歌えていると思うのですが、取り立てて注目すべき才能は感じられませんでした。その中では、安保克則に一日の長があるように思いました。

 将来プロのオペラ歌手を目指しているという前提で、歌手については厳しく書きました。しかしながら、冒頭に申し上げたように、決して傑作とは言えないシューベルトのオペラを紹介した意気込みと努力は高く評価しなければなりません。また、その上演は高水準のものではなかったにせよ、知られざるシューベルトの魅力を示すのには十分だったと申し上げましょう。私は十分楽しませていただきました。

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鑑賞日:2004年10月1日
入場料:A席 5500円 1F Q列33番

東京室内歌劇場36期第109回定期公演
平成16年度文化庁芸術団体重点支援事業

主催・制作:東京室内歌劇場
協力:(財)江東区地域振興会/ティアラこうとう

オペラ1幕・原語(日本語)上演、日本室内オペラシリーズIII 
清水脩作曲 歌劇「青空を射つ男」
台本:谷川俊太郎
オペラ1幕・日本語上演
ブゾーニ作曲 歌劇「アルレッキーノ」(Arlecchino)
台本:フェルッチョ・ブゾーニ

会 場 ティアラこうとう・大ホール

指 揮:田中 良和  管弦楽:東京室内歌劇場アンサンブル
演 出:西川 信広  美 術:朝倉 摂
衣 装:山田 靖子  照 明:山口 暁
音 響:山本 浩一  舞台監督:津田光正

出演者

青空を射つ男

いずみ 大貫 裕子
みのる 太田 直樹
いずみの夫 羽山 晃生
みのるの父 宮本 哲朗
みのるの友人 吉田 伸昭
警官 大橋 正明

アルレッキーノ

アルレッキーノ 田中 光
仕立て屋マッテォ 水野 賢司
ポンパスト博士 堀野 浩史
修道院長 松本 進
コロンビーナ 森山 京子
レアンドロ 行天 祥晃
アヌンツィアータ 菅 有実子
助演 松下 聡
助演 矢田部健太

感想

 日本人なのだから、日本のオペラもきちっと聴いておくべきだとは思うのですが、実際に出掛けた経験はあまり多くありません。現実には、なかなか食指が動かない。ヴェルディと日本オペラとを同日にやられたら、十中八九ヴェルディに行きそうです。それなのに、今回、東京室内歌劇場公演に出かけたのは、当日ほかにめぼしいオペラ公演がなかったことと、10月の後半は、オペラに行けそうもないという私の事情によるものです。

 新宿区の大久保で働く私にとって、ティアラこうとう18:30開演というのは、一寸厳しく、最初の10分ほど遅刻いたしました。冒頭を聴き損なったにも関わらず、「青空を射つ男」は、なかなか面白い作品だと思いました。勿論初耳です。元々は、朝日放送のラジオ放送のためのオペラで1956年11月26日放送。舞台初演は、1959年4月24日、日本青年館における二期会研究生の卒業公演、その後1979年に日本オペラ協会が取上げていますが、それ以降上演されたことがあるのでしょうか。少なくとも1984年以降は、取上げられた記録はないようです。

 倦怠期の夫婦の家庭に侵入する殺人犯・みのる。そのみのるに惹かれて行くいずみ。谷川俊太郎の台本と清水脩の音楽は、そのいずみの心の動きを説得力をもって描いていきます。犯罪と社会常識との対立が根本のモティーフにあるわけですが、谷川/清水は、青空を死のイメージとしてとりあげることによって、殺人を犯したみのるの心の動きを、既成常識にとらわれない前衛芸術の象徴として捉えたようです。

 今回の演奏は、非常に立派なものでした。私が日本オペラにあまり行かないのは、日本語がきちっと聴き取れない、ということが原因としてあるのですが、本日の上演は、わりと聴きやすかったと思います。特にいずみ役の大貫裕子の日本語は常に聴き取り易く、舞台を楽しむのに大いに助かりました。大貫は、歌唱の面も非常に良かったと思います。日本語のオペラをどう歌うのがよいのか、という点を十分に研究されていて、ベル・カントの発声には向かない日本語を、すっきりとした歌唱の中できちっと示しつづけたことは十分称賛に値するものと思います。また、抑制された演技が、この作品のもつ特徴とよく合っていて、感心いたしました。

 太田直樹のみのるも好演。日本語の発声に関して言えば、大貫ほどクリアではなく、何箇所か何を歌っているのか分らないところがあったのですが、全体としては十分だろうと思います。音楽表現の面でも、みのるの内面に持っている傷を示すのに納得できるほどの歌だったと思います。ただ、演技自体は、大貫と比較すると一寸ぎこちなかったようです。

 他の出演者は、主演二人と比較すると割が悪いのですが、その中では、父親役の宮本哲朗が、いい味を出していたと思います。

 「アルレッキーノ」は、イタリアの即興喜劇・コメディア・デラルテをそのままオペラにした作品だそうです。アルレッキーノは、コメディア・デラルテの代表的な道化のキャラクターで、ストーリーは完全なドタバタ喜劇です。レオンカヴァルロの「道化師」は、コメディア・デラルテの一座の悲劇を描いたものでしたが、「アルレッキーノ」は、コメディア・デラルテの伝統に則って、ロマン派までの古い音楽を笑い飛ばそうという意志があるそうです。

 しかし、こちらは、有体に申し上げれば、全く完成度の低いもので、笑えるような上演ではありませんでした。まず、何を歌っているか全然分らない。台詞役のアルレッキーノ・田中光の台詞すら明瞭じゃないところがあるのですから、歌い手の方はもう全然だめです。おはなしにならない。これは、歌手自身の問題であると同時に、翻訳を作成した荒井秀直の責任でもあります。練習の中で、少しでも聴き易く改善する努力はしたのでしょうか。

 演技もどうかと思います。元オリンピック体操選手の田中光の身軽な動きは良かったですが、他のメンバーは喜劇的演技になっていないように思いました。みなさん臭い演技をするのですが、その臭さが喜劇的臭さに昇華していないので鼻につきます。水野賢司、堀野浩史、松本進、誰も評価するに値しません。ひとりマシだったのは、森山京子。歌は流石に聴かせます。しかしながら、演技や明確な日本語という点ではやはり問題があると思いました。

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鑑賞日:2004年10月6日
入場料:5670円、D席 4F3列39

主催:新国立劇場
平成16年度(第59回)文化庁芸術祭協賛公演

オペラ4幕、字幕付原語(イタリア語)上演
プッチーニ作曲「ラ・ボエーム」(La Boheme)
台本:ジュゼッペ・ジャコーザ/ルイージ・イリッカ
原作:アンリ・ミュルジュ

会場 新国立劇場・オペラ劇場

指 揮:井上道義  管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱:新国立劇場合唱団  合唱指揮:三澤 洋史
児童合唱:NHK東京児童合唱団
演 出:粟國 淳   装 置:パスクアーレ・グロッシ
照 明:笠原 俊幸  衣 装:アレッサンドロ・チャンマルーギ
舞台監督:大仁田雅彦

出 演

ミミ アディーネ・ニテスク
ロドルフォ ジェイムズ・ヴァレンティ
マルチェッロ カール=マグヌス・フレドリクソン
ムゼッタ 水島 育
ショナール 河野 克典
コッリーネ シャオリャン・リー
ベノア 大久保 眞
アルチンドロ 晴 雅彦
パルピニョール 樋口 達哉

感想

 ボエームが一番好きなオペラだと仰っている方が大勢いらっしゃいます。その気持、分らないではない。しかし、私はあまり好きな作品ではありません。描かれている青春群像は、共感出来る部分がない訳ではないのですが、あの甘ったるさは私の趣味ではありません。そう申しながらも出かけたのは、第2幕のアルチンドロの驚きの表情のストップモーションを見たかったからに違いありません。その点、今回のアルチンドロ役・晴雅彦の表情は正に驚きの表情でなかなか楽しめました。

 井上道義の演奏は、ややゆっくり目のプッチーニのシンフォニックな側面を強調する演奏だったように思います。プッチーニの複雑なオーケストレーションを巧みにドライヴし、内声部の細やかな部分を明確に示しておりました。東フィルの音色もなかなか美しいもので、プッチーニのメロドラマを上手く飾っていたのではないかと思います。立体的で凹凸のしっかりした演奏で、主張のはっきりした演奏でした。

 このような強い演奏には、しっかりしたソプラノとテノールとが対抗してくれれば文句なし。オーケストラと歌手とのスリリングな対決が楽しめます。しかしながら、本日はソプラノとテノールとが決定的に弱い。完全にオーケストラに押されて負けた歌唱でした。

 ミミ役のニテスクは、見た目はなかなか清楚な感じで、ミミ向きかな、と思うのですが、歌は一寸いただけません。音程が不正確なところがまず気持悪いところですし、ビブラートの振幅も大きく、ミミの清楚な雰囲気が全く出て来ないのが幻滅でした。「私の名前はミミ」などは、若作りの年増のお姉さんがシナを作って歌っているような雰囲気があって、納得の行かないところでした。ミミは見た目だけでなく、歌も清楚であってほしいと思います。前半より後半の方が幾分マシだったと思いますが、魅力的なミミではなかったと思います。

 ロドルフォも納得いきません。長身でいかにもヤンキー歌手の雰囲気があって見た目もよく、更に、もっている声は良いものがあるとおもうのですが、歌唱技術が未熟で、「冷たい手」などは、高音の不安定なところ、まさにスリリングでした。勿論ハイCはありませんし、声の飛び方も今一つでした。男四人のボヘミヤンの中に入ってしまうと、声を聴いてもどこにいるのか分らないというのは好ましいことではありません。

 ボエームは所詮ミミとロドルフォのオペラですから、この二人が弱いと一寸辛いものがあります。しかし、この二人が弱かった反面脇役がなかなか良かったので、男四人のボエームたちの友情劇としては上手く成立していたように思いました。こういう側面を成立させたのは、河野克典のショナールとシャオリャン・リーのコッリーネだと思います。

 お二人の歌、共に、私は100%満足ではないのですが、妙に存在感がある。演技もそうで、ロドルフォやマルチェッロを食っていたような感じがいたしました。特に河野。密度の高い歌で良かったと思います。彼は、あのメンバーの中では一番小柄なのですが、全然そうは見えませんでした。シャオリャン・リーのコッリーネも良好。歌では、「外套」のアリアをよく聴かせて下さいました。それ以外の部分は、すっきりと抜けないところもありましたが、全体としては、なかなか聴きごたえのある歌だったと思います。

 マルチェッロは一寸パッとしない。フレドリクソンという方、一寸声がこもりがちであまり存在感が感じられない。このオペラでマルチェッロは相当重要な役柄で、これまで聴いてきた「マルチェッロ」は、いつもドラマのキーマンのような立場にいたように思います。今回のマルチェッロは、音楽的なアピールが弱く、コッリーネやショナールと同格という感じがいたしました。

 水島育のムゼッタはよく歌っていたと思います。素直な歌い廻しで音程もしっかりしていたと思います。また声質は、リリコ・レジェーロで、本来ムゼッタにあうはずなのですが、今一つピンとこないムゼッタでした。もっている声に艶やかさが若干不足しており、ムゼッタのコケティッシュな魅力を伝えるには一寸力不足だったということかもしれません。

 弱い歌手陣とシンフォニックなオーケストラ。この組み合せは、「ボエーム」というメロドラマのメロドラマの部分を抑えた形になったようです。近年とみに涙脆くなっている私でしたが、全く泣けませんでした。反面、音楽の構造が浮かびあがり、群集劇の側面が見え、決して悪くない演奏だったように思います。

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鑑賞日:2004年10月10日
入場料:2000円、自由席 け25番

2004 国立音楽大学 大学院オペラ

オペラ4幕、字幕付原語(イタリア語)上演
モーツァルト作曲「フィガロの結婚」(Le Nozze di Figaro)
台本:ロレンツォ・ダ・ポンテ

会場 国立音楽大学講堂・大ホール

指 揮:児玉 宏  管弦楽:国立音楽大学オーケストラ
チェンバロ:児玉 宏
合 唱:国立音楽大学合唱団
演 出:中村 敬一  装 置:鈴木 俊朗
照 明:山口 暁   衣 装:半田 悦子
舞台監督:徳山 弘毅

出 演

アルマヴィーヴァ伯爵 押川 浩士
伯爵夫人 高橋 絵理
スザンナ 白川 恭子
フィガロ 菅原 浩史
ケルビーノ 小林 紗季子
マルチェリーナ 野ア 織音
ドン・バジーリオ 平尾 憲嗣
ドン・クルーツィオ 柿迫 秀
バルトロ 岡ア 智行
アントーニオ 折河 宏治
バルバリーナ 中川 悠子
花娘1 鈴木 沙喜代
花娘2 知念 祥子

感想

 一流の指揮者、一流のオーケストラ、一流の歌手を集めたからといって、オペラが成功するとは限らないところがオペラの恐い所だとよく言われます。これを裏返せば、一流の指揮者、一流のオーケストラ、一流の歌手でなかったとしても、十分聴きごたえのあるオペラを上演することは十分可能だと言うことを示しているのだろうと思います。本日の国立音大大学院オペラもその成功例に数えて良い。単なる学生オペラに過ぎませんが、私がこれまで実演で聴いた全ての「フィガロの結婚」の中で、最も素晴らしいもののひとつでした。

 条件は、決してよくはありません。本来の予定は、昨9日と本10日の2日に渡って上演される予定だったのですが、昨日の台風接近のため、上演自体が中止。本日夕方18:30からに延期となりました。従って、本日はダブルヘッダー公演となります。私はマチネだったからいいけれども、ソワレの方はオーケストラも疲れてしまうかもしれません。そして、昼夜2公演を行うために、第一幕第4曲のバルトロのアリアと、第4幕の第27曲、フィガロのレシタティーヴォとアリアが省略されました。この2曲は確かにストーリー展開の点からはさほど重要な曲ではないのですが、私はどちらも好きな曲なので、削除されたのは一寸残念でした。

 このような問題があったにも拘らず、何故私は「私がこれまで実演で聴いた全ての「フィガロの結婚」の中で、最も素晴らしいもののひとつ」と言い切ったのでしょうか。

 それはまず、指揮者の力量です。児玉宏の音楽作りは、基本的にはシャープでスピード感のあるもの。しかし唯速いだけではなく、自らチェンバロを弾きながら、歌手陣の呼吸を上手く整えていきます。全体が有機的につながっていて融通無碍で、しかしながらモーツァルトの本質をしっかりとらえている演奏で、私は本当に感心いたしました。本場のカペルマイスター(児玉さんはドイツの歌劇場で多数指揮しています)は違うな、と素直に思えました。とにかく指揮がよく音楽が溌剌としているので、細かいミスが気にならないのです。オーケストラは結構弾けていない方がいらして、細かいミスが続出だったのですが、そういうミスを気にする間もない、というところです。

 もう一つ全体の印象をよくしたのは、チームワークだと思います。とにかく全体としてベクトルが一致していてずれがない。だからアンサンブルがとても綺麗です。細かいところまでじっくりと作り上げてきたことがよく分る歌唱で、大変結構でした。個々のアリアもどれもみなきちんとしていて音程もしっかりとしていて、ハッタリをかます人がいない。これは「フィガロ」のようなアンサンブルオペラでは重要で、全体のトーンが統一されていたことがまた、全体の好印象に繋がっていたと思います。

 勿論、問題は多々ありました。それを以下指摘しますが、そのようなミスやトラブルがあったとしても、今回の「フィガロの結婚」の素晴らしさを否定するものではありません。とにかくブラヴィーです。

 押川浩士の伯爵。悪くないです。第三幕のアリアも細かい問題はあったにせよまあまあ良かったですし、声も悪くない。しかし、大学院卒業したての若者が伯爵を演じるのはどこか無理があります。演技がどうしても薄っぺらで、伯爵の屈折した部分が表に出て来ない。大学院オペラという性格上仕方がないことですが、もう少し経験豊富な方が歌えば、その陰影を表現で来たのかな、という気がします。

 これは伯爵夫人も同様。高橋絵理は一所懸命役作りをしているのですが、やっぱり若すぎるのですね。立ち姿にも歌にも気品が出てこないです。またこの方、響きがやや篭りがちで、すっきりと抜けない。そのため、登場のアリアも今一つでしたし、第三幕のアリアも十分とはいえないと思いました。

 一方、スザンナの白川恭子は溌剌とした雰囲気と切れのいい歌唱で大変結構でした。表情豊かに歌う所も好感が持てました。本日の歌手陣の中で唯一人選ぶとすれば、私は白川を採ります。惜しむらくは声量が足りない。そのため、第4幕のアリアが迫力がでないのです。もう少し声が出ると、更にメリハリがついて良かっただろうと思います。

 フィガロの菅原浩史も良好。ただこの方、声がバスバリトンで、私の好きなフィガロの声のタイプとは異なります。また技術的な面で甘い所があり、「もう飛ぶまいぞ」などは、全体的に見ればいい歌を歌っているのですが,物足りなさも感じました。

 小林紗季子のケルビーノ。悪くはないのですが、アリアで声が抜けきれないところがあり、二つの瑞々しく美しいアリアを十全に歌えたとは申し挙げられないでしょう。

 その他の脇役陣。みなそれぞれに課題はあったのでしょうが、全体としては良い出来だったと申し上げましょう。演出は、写実的でかつオーソドックスなもの。学生オペラに身の丈が合っていて良かったと思います。

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鑑賞日:2004年11月12日
入場料:3500円、B席、2F I列16番

主催:財団法人北区文化振興財団
北とぴあ国際音楽祭記念事業

字幕付原語(イタリア語)上演/演奏会形式
モーツァルト作曲「イドメネオ」K.366(Idomeneo, re di Creta)
台本:A.ヴァレスコ

会場 北とぴあさくらホール

指 揮:寺神戸 亮  管弦楽:レ・ポレアード
合 唱:レ・ポレアード

出 演

イドメネオ ジョン・エルウィス
イダマンテ 波多野 睦美
イリア 高橋 薫子
エレットラ トゥーナ・ブラーデン
アルバーチェ 畑 儀文
大祭司 鈴木 准
神託の声 小笠原 美敬

感想

 モーツァルトといえば、「神童」で、幼少のころから天才的な作品を作曲したことになっていますが、ことオペラに関する限りは大人になってから作曲した作品のほうが完全に面白い。もう一つ申し上げれば、彼の本領は喜劇に発揮されており(ドン・ジョヴァンニもある意味喜劇です)、オペラ・セリアは今一つと申し上げてよいでしょう。「イドメネオ」は、モーツァルトの大人になってからの作品であり、音楽一つ一つは、流石モーツァルトと思う部分も沢山あるのですが、作品全体としてみれば、オペラ・セリアの旧弊から逃れているとはいえず、さほど面白い作品ではないと思います。

 しかしながら、今回の演奏は、音楽自体の持つ詰まらなさを上回る演奏の面白さを堪能させてもらい、良かったと思います。まず、オーケストラがよい。「レ・ポレアード」は、フリーランスの演奏家による臨時構成の古楽器オーケストラですが、フラウト・トラベルソの有田正広さんを初めとする古楽器の名手が参加されており、個々人の実力はなかなかのもののように聴きました。私は、楽器の歴史にあまり詳しくないので、彼らの使用していた楽器が本来のイドメネオの時代に使用されていたものと同じなのか、という点については良く分りません。しかし、少なくとも現代楽器で聴かれる息の長いフレーズやビブラートがなく、割とストレートな音の出し方は、典型的オペラ・セリアの末期の作品を聴くには打ってつけのように思いました。

 寺神戸亮の指揮は、柔らかさとドラマティックな表現を両立させようと考えて指揮していたように見ました。これは、レガートな表現を作り難い古楽器の特性と、ドラマティックな情念が含まれる「イドメネオ」という作品を考えれば、なかなか考えられたものと申し上げてよさそうです。ただ、オーケストラの演奏は、指揮の指示が必ずしも明瞭でなかったせいか、ゆったりとした表現の部分では合わない部分が度々あり、その辺りの練度を上げていれば、もっと聴きごたえのある演奏になったと思います。

 結果としてもう一つ良かったことは、ピッチをさげてあったこと。これは、古楽器ですから当然なのです。音楽の輝かしい高音は無くなって、神々のオペラであるオペラ・セリアの一つの特徴ははっきりしなくなっていたようですが、反面、歌手の表現が技巧に走ることなく落ちついて、登場人物の内面表現に真実味が出てきておりました。

 歌手は、私の見る所女高男低でした。一番素晴らしかったのはイダマンテ役の波多野睦美。バロック音楽の歌手として有名な方のようですが、私は初めて聴きました。メゾ・ソプラノながら相当の高音も出、中低音もすっきりしていて、音程にふらつきもなく、それでいて密度のある美声でした。表現も情感は十分にあるのですが、それにおぼれることなく、しかしながらドラマティックな表現もきっちり聴かせて、大いに感心いたしました。1幕の歌も悪くなかったですが、2・3幕の表現は特に良かったと思います。

 トゥーナ・ブラーデンの歌も秀逸。のどを一寸絞った感じの歌い方で、伸びが十分になかったのが一寸残念でしたが、高音から低音までの幅広い範囲で、きっちりと声を出していましたし、ノンビブラートの歌唱ながら、劇的な表現にも秀でており、良かったと思います。特に第2幕のアリアは、聴きごたえがありました。「これでもう一つ声量があれば」というのは、欲張り過ぎでしょうか。

 高橋薫子。上手でした。特に3幕のアリアは良かったです。イリアという役柄も今の高橋によく合っていると思いました。ただ、今回の演奏全体を貫いているオーセンティックなスタイルと高橋の歌とは、必ずしも上手くマッチングしていないようでした。高橋の歌は、イタリア・オペラ的な歌唱であり、ロマンティックな彩りが強い。一方演奏のスタイルは、そういうロマンティックな部分を表にあまり出さない形で成立していました。その辺りの歌手とオーケストラとの調整が不十分だったということかもしれません。

 男声陣は、女声陣から比べると魅力が乏しい感じがいたしました。エルウィスは、2幕の有名なイドメネオのアリアで、大きく拍手をもらっていましたが、私にはいま一つ納得いきませんでした。歌唱のスタイルはこの演奏によく合っているのですが、技術的な精度が足りない。アジリダはもっと軽やかにかつ正確に歌って頂きたいものです。また、声の艶も今一つだったと思います。それでも、イドメネオという苦悩する王様の様子を見事に表現されており、流石にベテランだとおもいました。畑儀文のアルバーチェも今一つでした。技術的な問題があって、一寸感心できませんでした。

 以上、細々とした気になる部分もありましたし、演奏のミスも散見されましたが、私の知的好奇心を大いに満足させてくれる演奏でした。そうそう、書き忘れましたが、合唱も素敵でした。

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鑑賞日:2004年11月17日
入場料:5670円、D席 4F3列30番

主催:文化庁芸術祭執行委員会/新国立劇場
平成16年度(第59回)文化庁芸術祭主催公演

オペラ1幕、字幕付原語(ドイツ語)上演
リヒャルト・シュトラウス作曲「エレクトラ」ELEKTRA)
台本:フーゴー・フォン・ホフマンスタール

会 場 新国立劇場・オペラ劇場

指揮 ウルフ・シルマー
演出 ハンス=ペーター・レーマン
美術・衣裳 オラフ・ツォンベック
照明 立田雄士
舞台監督 大澤 裕
合唱指揮 三澤洋史
合唱 新国立劇場合唱団
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団

出 演

クリテムネストラ カラン・アームストロング
エレクトラ ナディーヌ・セクンデ
クリソテミス ナンシー・グスタフソン
エギスト リチャード・ブルナー
オレスト チェスター・パットン
オレストの養育者 長谷川 顯
クリテムネストラの腹心の侍女 本城菊乃
クリテムネストラの裳裾持ちの女 前田祐佳
若い下僕 水口 聡
年老いた下僕 片山将司
監視の女 平井香織
第1の下女 片桐仁美
第2の下女 三輪陽子
第3の下女 加納悦子
第4の下女 高橋知子
第5の下女 諸井サチヨ

感想

 「エレクトラ」は、リヒャルト・シュトラウスの重要な作品であり、かつそれなりに有名な作品なわけですが、相当の難曲で、日本で舞台上演されるのは24年ぶり2度目(正しくは2プロダクション目)です。こういう作品を上演できるようになった所が、新国立劇場が出来た成果なのだろうな、と思います。

 全体として、それなりに楽しめた演奏だったのですが、私個人としては満足とはいえない演奏でした。ウルフ・シルマー指揮する東フィルは、ダイナミックな表現と丁寧な表現とを上手く交錯させながら、とても複雑な構成のこのオーケストラ部をしっかりと聴かせてくれたと思います。熱演でした。オーケストレーションの手だれ、シュトラウスの複雑な音楽を、基本的には大きな破綻なく演奏したのですから、合格点でしょう。ですから、文句をつけるほどの筋合いではないですが、やっぱり第一級の演奏とは申し上げられない。昨年6月のNHK交響楽団でデュトワが振った「エレクトラ」を聴いている身としては、前回を95点とすれば、今回は65点ぐらいの感じです。とりあえず合格点だけれど、というレベルだとおもいます。音の濁り方、音色のバランス、細かいミス、どれを取ってもN響の演奏には到底及ばないレベルでした。

 全体の音楽の聴かせ方、という点では、シルマーは流石ウィーンの指揮者。よくまとめてきていると思いますが、それでもデュトワに軍配が上がりそう。それだけ、2003年6月のデュトワの「エレクトラ」は素晴らしかった、と言うことなのでしょう。

 外題役のセグンデ。脱帽です。N響のときの外題役コンネルと比較すると、セグンデの方が柔らかいエレクトラではなかったか、と思います。非常にニュアンスに富んだ歌で、高音の張りも、中音の密度も十分、音程もしっかりしていてすっきりと声が出る所もいい。はっきり申し上げれば、東フィルの一寸乱暴な音に全然負けていなかったのは、セグンデ一人でした。クリテムネストラと対決する時の凛とした声とオレストと再会した時の安堵の声の対比もよく、とにかく感心いたしました。

 セグンデと比較すると、その他の人々は一寸弱い。アームストロングの歌うクリテムネストラは、もう少し存在感があるのかな、と思っていたのですが、声の飛び方が今一つで、エレクトラと対峙する時、演技はなかなか見せるものがあるのですが、声の強さが今一つで、エレクトラに対抗出来ない感じでした。私は、クリテムネストラはエレクトラに対して最初は負い目を感じていない、と思っているのですが、本日のアームストロングは、エレクトラに対して弱い母親になっていたように思いました。

 クリストテミスのグスタフソンもなかなか良い歌を歌っていたと思います。声もリリックな雰囲気が出ていましたし、表現もエレクトラの対比の中でなかなか良いものをもっていました。ただ、声の強さと言う点で、一寸弱かったかも知れません。

 男声陣は女声陣と比較すると、一寸弱め。パットンのオレストは、かっこいいのですが、エレクトラとの対比で見ると何か一つ欠けていたような気がしてなりません。その「何か」が何であるかを私自身が理解していないのが残念ですが。

 そんな訳で決して悪い演奏ではありませんでしたが、十分スマートともいい難い。「エレクトラ」は、オーケストラの力量と主役の声で大体が決まってしまう作品だそうですが、その意味からすれば、私の基準で見た場合、主役の歌手は悠々合格点、オーケストラはぎりぎりかな、という訳で、冒頭の「私個人としては満足とはいえない演奏」という感想になるのです。

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鑑賞日:2004年11月20日
入場料:5000円、B席 1F18列50番

主催:東京オペラ・プロデュース
平成16年度文化庁芸術団体重点支援事業

東京オペラ・プロデュース第71回定期公演

オペラ2幕、歌唱・フランス語(字幕付)、台詞日本語(字幕無し)上演
オッフェンバック作曲「地獄のオルフェ(天国と地獄)」Orphee aux Enfer)
台本:リュドヴィック・アレヴィ/エクトル・クレミュー

会 場 なかのZEROホール大ホール

指揮 時任 康文
演出 松尾 洋
美術 土屋 茂昭
衣裳 清水 崇子
照明 稲垣 良治
舞台監督 八木 清一
合唱指揮 伊佐地 邦治
合唱 東京オペラ・プロデュース合唱団
管弦楽 東京ユニバーサル・フィルハーモニー管弦楽団

出 演

ジュピテール(神々の長) 秋山 隆典
オルフェ(音楽教師) 石川 誠二
ユリディス(オルフェの妻) 松尾香世子
アリステ=ブリュトン(地獄の王) 二階堂洋右
世論 石井 真弓
キュピトン(愛の天使) 秋吉 邦子
ジュノン(ジュピテールの妻) 平川 志保
ディアヌ(狩猟の女神) 角野圭奈子
ミネルヴ(賢明の女神) 宮本 彩音
ヴェニュス(愛の女神) 勝倉小百合
ジョン・スティックス(ブリュトンの手下) 岡戸 淳
メルキュール(神々の使者) 曽我 雄一
マルス(戦いの神) 白井 和之
バッカス(酒の神) 笹倉 直也
ダンサー 山口 恭子
  武田 直美
  岸田 隆輔
  本田 一樹

感想

 私は、随分色々なオペラ作品に親しんできていると自分では思っているのですが、有名な作品でも聴いたことの無い作品、実演に接したことのない作品が実際にはまだ相当あります。「天国と地獄」もその一つ。オペラを聴き始めた頃に録音を聴いてはいたのですが、舞台を見るチャンスには恵まれませんでした。オペレッタは、実際の舞台を見ないと、その本当の楽しさが分らない所があります。今回、ようやく見ることが出来て嬉しく思っています。

 では、今回聴いた、東京オペラ・プロデュース公演、私は楽しめたのでしょうか? 勿論、楽しみました。でも、本当に可笑しかったか、と言えば、決してそうではない。笑いを取る為の努力は認めます。一所懸命駄洒落を考え、あちらこちらで使われていました。ジュピテールは、「あたり前田のクラッカー」などという、私のようなおじさん世代以上でなければ分らないようなギャグも飛ばしていましたし、ジョン・スティックスは、サタデー・ナイト・フィーバー時代のジョン・トラボルタを彷彿させる衣装で登場して、自分でジョン・ステッィクスではなく、ジョン・トラボルタだ、などとほざいておりましたし、オルフェは「あやや、あやや」と叫んでおりますし、その他細かいくすぐりは、あちらこちらに入っていました。

 でも、そういう仕掛けを一杯作りながらも、演技を見ているかぎリ、あまり笑えない。とにかく登場人物が、喜劇のオーラが出ていないのです。かつて、坂上二郎が、二期会「こうもり」に出演して、フロッシュを歌ったことがありましたが、坂上クラスになると、登場するだけでおかしい。可笑しさが自然に臭い立つのですね。あの時の坂上二郎と比較すると、今回の歌手たちはみな硬いです。一所懸命やっていることを客に見せることは、多くの場合はよいのですが、喜劇、特にこういうドタバタ喜劇では、それを隠すかあるいはプラスαをつけて対応しないと、どうしても素人芸っぽくなってしまうように思います。

 でもこういった悪口は、個々の登場人物に申し上げるより、演出に申し上げるのが適切かも知れません。東京オペラ・プロデュースでは、松尾洋の演出が定番になっているのですが、毎回少ない予算で苦労していることは分るものの、才能のきらめきとかアイディアの素晴らしさとかを感じることはいまだかつて一度もありません。でも中庸なところでまとめて来たというイメージです。今回は特に凡庸。せっかく歌唱をフランス語にして、本来の持ち味を表に出す、というコンセプトを表に出した割には、フランス的エスプリもウィットも感じられませんでした。総じてダサい。勿論猥雑さを表に出す演出があってもよい訳ですが、猥雑さの点でも中途半端で徹底していない。要するに詰めが甘い。有名なカンカンの演技などは、余りのダサさに目をつぶりたくなるほどでした。

 しかしながら、音楽はそう悪くはなかった。時任康文指揮する東京ユニバーサル・フィルは、きびきびした演奏で、この傑作オペレッタの持ち味を表現するのに十分な演奏をしていたように思いました。有名な序曲は全部演奏しなかったのですが、これがオリジナルの形なのか、演出の都合でそうしたのかは、私には分りません。

 歌手陣も玉石混交。まず大いに褒めるべきは、松尾香世子。彼女も演技は一寸硬かったと思いますが、それでも今回の出演者の中で一番こなれていたと思います。せりふでの甘ったるい口調や、コケティッシュなしぐさは、ユリディスというキャラクターを表現するのに適切でした。歌もよい。登場時点で声の飛びが今一つであったことを除けば、あとは文句無し。音程もしっかりしていましたし、高音の伸びもよく、感情表現も適切、コロラトゥーラの回り方も抜群で、大いに感心いたしました。「後悔のクプレ」や、ジュピテールとの二重唱が特によく、聴きごたえがありました。

 他の女声陣で良かったのは、秋吉邦子のキュピトン、平川志保のジュノンは、余り目立たなかったのですが、良い歌を歌っていたと思います。石井真弓の「世論」は、一寸ヒステリックな雰囲気がよかった。

 男声陣で一番良かったのは、秋山隆典のジュピテール。この方、見栄えがよく、声も艶があってよく通り、魅力的なバリトンです。下から突き上げられる時に見せる一寸した弱さや、ハエに変身したあとの一寸恥ずかしげな表情なども悪くはない。歌も声がよく通り、一寸ずれた「神々の神」の雰囲気をよく出していたと思います。

 他の男声陣は、歌をよく聴いていると、みなそれなりに穴があるのですが、「地獄のオルフェ」という作品を歌う、という点に関しては十分合格点でしょう。石川誠二のオルフェは、奔放な妻に翻弄されるけれど、自分の浮気心をおさえ切れない音楽教師の役を見事に演じておりましたし、ブリュトン役の二階谷洋右は、にやけたジゴロとでもいうようなコンセプトで、存在感がありよかったと思います。歌は文句無し、と申し上げられるようなレベルではありませんでしたが、本オペラを楽しむのには問題なかったと思います。岡戸淳のジョン、曽我雄一のメルキュールも共にコンセプトの甘さは感じたものの、その存在感は十分に見とめられ、更に歌も悪くありませんでした。

 あともう一つ、オペレッタの醍醐味は、「乗り」を楽しむ、という所にあると思います。確かに、今回の舞台、出演者たちは乗っていました。しかし、その乗りの雰囲気が、会場を巻き込むだけの力がない。カンカンを二度踊りましたが、これは、会場の熱気によるアンコールではなく、予定された行動。もし、本当に会場を巻き込みたかったら、「アンコール」と声をかけるサクラを会場に入れて、手拍子を強要するぐらいの仕込みが欲しかったと思います。

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鑑賞日:2004年11月22日
入場料:6000円、B席 2FO列50番

主催:フランコ・コレッリ記念コンサート実行委員会/東京プロムジカ

フランコ・コレッリに捧げる夕べ
フランコ・コレッリ 没後一周年メモリアル・コンサートOmaggio a Franco Corelli Programma)

会 場 東京芸術劇場大ホール

プログラム

ヴェルディ 「アイーダ」より”清きアイーダ” 米澤 傑
  「オテッロ」より”暗い夜の帳も落ち” マウリツィオ・サルタリン&山下裕紀子
プッチーニ 「トゥーランドット」より”誰も寝てはならぬ” ニコラ・マルティヌッチ
ヴェルディ 「アイーダ」より”死の石が・・・おお、大地よ、さようなら” 米澤傑&川村純子&栃波利加
ジョルダーノ 「フェドーラ」より”愛さずにはいられない” マウリツィオ・サルタリン
ヴェルディ 「運命の力」より”ああ、あなたは天使たちの胸に抱かれて” ニコラ・マルティヌッチ
休憩
プッチーニ 「トスカ」より”星は光りぬ” フランコ・コレッリ(CD録音)
ビゼー 「カルメン」より”おまえのくれたこの花は” 米澤 傑
プッチーニ 「トスカ」より”妙なる調和” マウリツィオ・サルタリン
ヴェルディ 「運命の力」より”無駄だったな、アルヴァーロ” ニコラ・マルティヌッチ&西田昭広
ジョルダーノ 「アンドレア・シェニエ」より”ある日青空を眺めて” 米澤 傑
マスカーニ 「カヴァレリア・ルスティカーナ」より”ここにいたか、サントゥツァ” マウリツィオ・サルタリン&栃波利加
ヴェルディ 「オテッロ」より”誰も私を恐れることはない” ニコラ・マルティヌッチ
アンコール
カタリ 米澤 傑
禁じられた歌 マウリツィオ・サルタリン
オー・ソレ・ミオ ニコラ・マルティヌッチ
ピアノ伴奏 ジャンニ・クリスチャック

感想

 フランコ・コレッリ記念コンサート実行委員長の「フランコ」酒井章さんから、是非来て下さいと御誘いを受け、行って参りました。実を申すと、私は、コレッリという歌手をよく知らない。自分がオペラを聴き始めた頃にはもう引退した方でしたから、実演経験は勿論ありませんし、録音もあまり耳にしたことがないようです。第一、私はここ10年ほどCDをほとんど購入していないし、持っているCDを聴くのもあまりない。私の興味は実演、したがって、興味の対象の歌手は現役歌手であります。

 しかしながら、この日、休憩後最初にかけられたCDの「星は光りぬ」(1967年1月のライブ録音)、圧倒的でした。登場した歌手の皆さんには失礼ながら、このコンサートでナンバーワンの名唱と申し上げてよいでしょう。全体に気品があり、歌は崩しているのだけれども崩し方が絶妙で、下品になる一歩手前で止めている。声に艶があって、アクートの冴えも素晴らしい。この声を聴かされると、マルティヌッチも米澤さんも一寸刺身の妻みたいになってしまって、却ってお気の毒な感じがしました。酒井さんが、ご自分のコレッリコレクションから選りすぐりの一枚を用意したのでしょうが、それがあだになってしまった感じがいたしました。

 だからと言って、現役三歌手の歌が悪かったわけではありません。このようなガラコンサートは、ご自身得意な曲を演奏する訳ですから、そんなに悪くなる筈がありません。

 米澤さんは、本職が鹿児島大学大学院医学研究科で病理学を講義する教授。専門はガンの病理で、「ムチン抗原と癌の生物学的悪性度の関連」などの研究を行い、論文投稿も旺盛です(米澤さんの名前をクリックすると鹿児島大学の米沢教授のページにリンクします)。これだけ旺盛な研究活動を行いながら、あれだけ立派な歌唱をするのは一寸驚きです。噂では随分聞いておりましたが、自分で耳にするのは初めてでした。

 米澤さんは、日本のテノールの中では、ドラマティック・テノールに近いと言われているそうなのですが、この三人のテノールの中では一番リリックな歌唱で、それはそれで好ましいものでした。「清きアイーダ」はトップバッターの重圧もあったようで、必ずしも完璧とはいい難い歌唱でしたが、勿論水準以上の好ましいものでした。しかし、それ以上にアイーダとの終幕のデュエットは、情感のこもったしっとりした良い歌でした。後半の二曲は、前半に増していいもので、「花の歌」の味わいと、シェニエの心意気は、ともにブラボーに値するものです。日本人の気質ということもあるのでしょう。イタリア人二人のようなこれ見よがしのパフォーマンスが無く、客席の反応は一番弱かったのですが、私は十分堪能いたしました。

 サルタリンの歌もなかなか聴かせてくれました。最初の「オッテロ」の二重唱は、結構ずり上げなどもあり、どうかな、と思ったのですが、それ以外は十分好調でした。声質としては、米澤さんほどリリックではなく、マルティヌッチほどドラマティックでもなく、中間的で割と湿気の高い声でした。カヴァラドッシとかロドルフォに似合っているように思いました。一番聴かせたのは「妙なる調和」だったと思います。フェドーラのアリアは、当初発表されていたトロヴァトーレの「見よ、恐ろしい火」のかわりに歌われたものですが、怪我の功名でかえってよかったかもしれません。良い歌でした。

 マルティヌッチは流石大御所。余裕の歌で、客席の反応を楽しみながら歌っていたようです。当初最後に歌う筈だった得意の「誰も寝てはならぬ」を最初に持ってきて、客席の心をがっちりとつかみました。この「誰も寝てはならぬ」は、十八番を十八番のように歌う典型的なもので、テノールはこのように歌うものだ、という所を共演者にも客席にも示した、と申し上げて良いでしょう。脱帽です。「運命の力」からの二曲も魅力的なもので、特に前半最後に歌われたアリアは、感心いたしました。しかし、「オテロの死」は、私にはピンときませんでした。マルティヌッチのキャラクターとは一寸違うな、という感じがいたしました。

 デュエットはまあまあでした。残念ながら共演歌手の力量が三テノールと比較すると今一つで、バランスが今一つで盛りあがらない。アイーダの終幕の二重唱は、米澤さんは良かったのですが、アイーダが弱く、感銘を下げていたように思いますし、山下さんのデズデモナも軽量級。西田さんもマルティヌッチの迫力を押し返そうと頑張っていましたが、結果として押し出されたという所。その中で栃波さんが、一人気を吐いていました。サントゥツァの迫力を多彩な表現で示し、サルタリンの声とがっちり四つに組んで良かったです。

 そんな訳で結構楽しめたコンサートだったのですが、一つ気に入らないのがピアノ伴奏。これだけの歌手が歌うのですから、ピアノ伴奏ではなく、オーケストラで伴奏してほしい、というのが正直な所ですが、まあ、ピアノ伴奏でも仕方がない。しかし、もう少し伴奏の内容を考えて弾いてほしいと思いました。大まかに言って、情感の不足した伴奏で、折角の歌とぶつかっている。もっとソステヌートペダルを多用するとか、歌とのバランスを考えた奏法を考えて頂きたいと思いました。

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鑑賞日:2004年11月25日
入場料:5670円、D席 4F3列31番

主催:新国立劇場

オペラ3幕、字幕付原語(イタリア語)上演
ヴェルディ作曲「椿姫」La Traviata)
台本:フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ

会 場 新国立劇場・オペラ劇場

指揮 若杉 弘
演出 ルーカ・ロンコーニ
装置 マルゲリータ・パッリ
衣裳 カルロ・マリア・ディアッピ
照明 セルジオ・ロッシ
振付 ティツィアーナ・コロンボ
演出補 三浦安浩
舞台監督 齋藤美穂
合唱指揮 三澤洋史
合唱 新国立劇場合唱団
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団

出 演

ヴィオレッタ マリーナ・ヴィスクヴォルキナ
アルフレード 佐野成宏
ジェルモン クリストファー・ロバートソン
フローラ 林 正子
ガストン子爵 内山信吾
ドゥフォール男爵 小林由樹
ドビニー侯爵 大澤 建
医師グランヴィル 志村文彦
アンニーナ 渡辺敦子
ジュゼッペ 小田修一
使者 大森一英
フローラの召使い 黒田 諭

感想

 「椿姫」は、本当によく見るオペラで、このサイトを開設してからでさえ7回目。4年強で7回ですから、半年強に1回見ている計算です。それだけポピュラーで、それだけ名作ということなのだと思いますが、この過去6回に関して申し上げれば、私自身十分満足した公演は無いのです。勿論そこそこの満足は得ているのですが、いつもどこか私にとって気に入らない所があって、文句無し、と言うわけにはまいりません。それらの過去7回の椿姫体験と比較すると、今回の上演は、よく言えば、非常にまとまりのよい公演でしたし、悪く言えば、突出した輝きの無い公演でした。レパートリー公演であるとすれば、安心して聴けるだけの内容と質を保っており、十分な演奏内容でした。

 安心して聴けるということはなんと素晴らしいことでしょう。若杉弘の指揮は、実にオーソドックスでこれ見よがしなことを全然しません。淡々と演奏して行きます。音楽全体のプロポーションが明確で、それを崩すことがない。歌い手にとっても、聴き手にとっても安心できる演奏でした。スリリングな所がなく、安定していてどっしりとしています。もちろん細かくはアッチェラランドをかけたリしているのですが、その細かなテンポの変動も全体の枠を外れることはなく、安定した演奏でした。東京フィルハーモニー交響楽団も、演奏しなれている曲であるためか、ミスが少なく、たっぷりとした演奏になっていました。音楽のベースがしっかりとした演奏で、目立たないけれどもとてもよい演奏でした。

 椿姫役のヴィスクヴォルキナは、声に独特の癖があって、椿姫らしい椿姫ではありませんでした。しかし、歌唱姿はよく、ヴィオレッタの色気を十分に出しており、結構ではないかと思いました。声だけを聴くと、一寸異色ではありますが、歌自体は決して悪いものではなく、細かいミスはあったものの、全体としては音程も表現もしっかりしていました。「乾杯の歌」での佐野の声との取り合わせが一寸面白いと思いましたし、「ああ、そは彼の人か〜花から花へ」も音程をしっかりとってきちっと歌っているのですが、歌の持つ華やかさの表出が今一つのように思えました。このように感情表現については、更に検討の余地があると見ましたが、ベースの実力がある人なので、経験をつめばもっとよくなるでしょう。

 佐野成宏は抜群。今回の「椿姫」での最高の立役者は彼でした。ここ4年間の「椿姫」で一番満足出来なかったのがアルフレードでした。どれもこれも小粒なテノールが歌って、全体の感激を下げていたわけですが、流石佐野です。一寸軽めの声を駆使して、音楽に説得力を持たせた歌を歌っておりました。第2幕冒頭のアリアは、密度のある声でしっかり歌っており、「パリを離れて」の二重唱も流石、と思える歌声でした。とにかく久しぶりにまともなアルフレードを聴いて、溜飲を下げました。

 ロバートソンのジェルモンも悪くない。抜群によくはないけれども、大きな破綻は全くなく全体を通しており、良かったと思います。二幕第一場のジェルモンとヴィオレッタとの二重唱は、両者にどこかしっくり来ない所が合って、がっちりと纏った二重唱では無かったのですが、ヴィオレッタもジェルモンも正確な歌唱に務めていたため、それなりの味わいがあったと思います。

 その他の歌手陣、合唱も頑張っており、林正子のフローラ、渡辺敦子のアンニーナがよく、小林由樹のドゥフォールも良かったとおもいます。

 以上のように、一縷の不満はあるけれども、全体としては十分満足できるレベルの公演でした。別の言い方をすれば、どのような切り方をしても、どの部分も八十点台の演奏にまとまっていると、申し上げてよいかもしれません。トヨタカローラみたいな演奏でした。抜群によい部分はなかったと思いますが、極端に低いレベルの部分もない。だから、若杉/東フィルの音に乗れれば、安心して聴ける演奏になっていると思いました。

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鑑賞日:2004年12月3日
入場料:D席 5000円 5F R2列10番

平成16年度文化庁国際芸術交流支援事業

ベルリン・コーミッシェ・オーパー共同制作

チェコ音楽祭2004参加公演

東京二期会オペラ劇場

主催:財団法人二期会オペラ振興会

オペラ3幕・字幕付ドイツ語上演 (ジューダン版によるオペラ・コミック・オリジナルバージョン)
ヤナーチェク作曲 歌劇「イェヌーファ」(Jenufa)
台本:レオシュ・ヤナーチェック
原作:ガブリエラ・プライゾヴァー「彼女の養女」
フォルクマール・ライメルト,カール・リハ訳 ベルリン・コーミッシェ・オーパ版

会 場 東京文化会館大ホール

指揮 阪 哲朗
演出 ヴィリー・デッカー
美術 ヴォルフガング・グズマン
照明 フランク・エヴィン
演出助手 ヴェルナー・ザウアー(ベルリン・コーミッシェ・オーパー)
演出助手 高岸未朝
舞台監督 大仁田雅彦
合唱指揮 森口真司
合唱 二期会合唱団/二期会オペラ研修所オペラ・ストゥーディオ第49期本科研修生
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団

出演者

イェヌーファ 津山 恵
コステルニチカ 渡辺 美佐子
ラツァ・クレメニシュ 羽山 晃生
シュテヴァ・ブリヤ 高橋 淳
ブリヤ家の女主人 与田 朝子
粉屋の番頭 峰  茂樹
村長 久保 和範
村長夫人 押見 朋子
カロルカ 斉藤 京子
ブリヤ家のお手伝い 木村 圭子
バレナ 二見 忍
ヤナ 菊地 美奈
年配の女 平田 真理

感想

 イタリアオペラからオペラを聴き始め、ドイツ、フランスと聴き進んで来た管理人が、まだ辿りついていないのがロシア・東欧系のオペラです。勿論、チャンスがあれば幾らでも聴く気はあるのですが、公演自身が余り多くないこともあって、十分聴いているとは言えない。ことに、10年ほど前からCDをほとんど購入し無くなりましたので(10枚のCDよりも1回の実演だと思っております)、ヤナーチェクのオペラは完全に初めての経験です。勿論、ヤナーチェックが、19世紀末から20世紀初めにかけての重要なオペラ作曲家であることはよく存じておりましたし、「シンフォニエッタ」や弦楽四重奏曲は昔から親しんでおり、そのセンスが素晴らしいことも、昔から感じておりました。

 そんなことで、初めて「イェヌーファ」を聴いた訳ですが、名曲ですね。ドラマと音楽とが一体となって盛り上がる作品のつくりがまず素晴らしい。同世代のプッチーニが、イタリアオペラの伝統に潰されていったのに対し、伝統の乏しい所でオペラ作曲家になった人は、恐らくワーグナーの影響はあるにせよ、オーケストレーションと歌との渾然一体となった音楽を作りだし、20世紀オペラの先駆となったものであると思います。

 この素晴らしい作品を素晴らしく盛上げて行ったのが、阪哲朗指揮するところの東京フィルハーモニー交響楽団。金管が外れたり、という風なトラブルは勿論あったのですが、全体的に彫りの深い音楽で、音の切れこみが素晴らしい。きびきびと筋肉質の演奏で、その削ぎ落とされた感じが、この作品のもつ悲劇性によくマッチしていたと思いました。阪哲朗は、イタリアオペラには全然向いていない方ですが、「イェヌーファ」には彼のセンスが,よく合っているように思いました。また、もう一つ申し上げるなら、元々の舞台が阪がかつてカペルマイスターを勤めていたベルリン・コーミッシェ・オーパーであるということが、演奏の一体感に寄与していたものと思います。

 ウィリー・デッカーの演出も素晴らしい。基本的に象徴的な舞台構成で、両脇と奥の壁が下りているシーンは室内、上がっているときは屋外ということなのだと思います。第1幕はモラビアの土が舞台に敷かれ、その上でドラマが進行します。この土は田舎の象徴でもあり、田舎の因習の象徴でもあるわけですが、第3幕でイェヌーファとラツァの恋人同士は、この土を越えて、舞台の奥へ消えて行きます。全体として、田舎の因習の中の悲劇を、真の恋人たちの愛で乗り越える、というコンセプトなのでしょう。第2幕のブリヤ家の部屋は、灰色の壁と床には散乱したリネンが印象的で、第3幕前半は,石の転がった部屋を使います。人の動かし方などは、特に第1幕はよくわからないところもあったのですが,二幕、三幕は納得。特に三幕の群衆の扱いや、最後のイェヌーファとラツァとの愛の二重唱からエンディングまでの素晴らしさは、流石人気の演出家の舞台であると申し上げてよいと思います。演出は大ブラボーです。

 歌手ははっきり申し上げれば軽量級。声の力が皆今一つで、飛びが悪い。この作品は、オーケストラの音楽と歌とがバランスよく進むことで、より感動を得られる作品と見ましたが、オーケストラの力に歌手がついて行けていないようでした。また、ドイツ語がドイツ語らしく聞こえてこないことにも違和感を感じました。しかし、そのような点を別にすれば、主役の二人の女声の歌唱は、その繊細な表現で、大変素晴らしかったと思います。

 新進・津山恵。今回の出演者の中では声が通る方で、強い声ではないのですが、存在感がありました。細かいニュアンスをきちっと歌っているようで、パッセージの細かな変化がよく分りました。演技的なところでは、第1幕では役の性格をはっきりさせることに成功しておらず曖昧な印象でしたが、第2幕、第3幕の演技・歌唱は良いものだったと思います。

 ベテラン・渡辺美佐子。総合的には、今回の出演者ナンバーワンでしょう。かつての強い声は影を潜めましたが、繊細な表現と抑制された演技は、このオペラに非常にマッチしており、抜群の出来だ、と申し上げます。ブラヴァです。特に、第2幕の子殺しに至る心理表現や、第3幕の良心の呵責の表現は、抑制されながらもしっかりしたもので、私は舞台から全く目を離すことができませんでした。渡辺にとってみても、会心の演技ではなかったかと思います。

 この二人と比較すると、男声陣二人は今一つ。羽山晃生は、かつて聴けた高音での延びと張りが失われてきており、声の質自体が今一つ納得行かないところがあります。ラツァという役柄は、悪から善への転換するわけですが、第1幕での表現と第3幕での表現に違いが認められず、役作りへの考え方がはっきりしないものになっていました。また、義理の弟の子供を生んだイェヌーファを妻にする葛藤の表現もあまり明確ではなく、物足りなさが残りました。

 高橋淳も今一つ。この方は性格俳優的なところがあって、シュテヴァのような悪役を演じさせると非常に上手な方の筈なのですが、今回は今一つパッとしない。演技、歌唱共に中途半端な感じです。彼自身としては、もう少し別なことをやりたいのだが、演出家に止められて思いきって出来ない、そんな風に感じました。

 脇役陣も声という点から見る限り、余りパッとした方はいませんでした。

 以上、問題点も数多い上演だったと思うのですが、ヤナーチェクの音楽の素晴らしさと、指揮・オーケストラの表現力、演出の魅力、そして主役女声二人のがんばりで、緊密で非常に劇的な表現を堪能することができました。ヤナーチェクという演奏する側にとってもあまり親しみのない作曲家の作品をここまでまとめて来たことに関して、高く評価しなければならないと思います。

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鑑賞日:2004年12月10日
入場料:B席 3500円 2F 11列17番

平成16年度文化庁芸術団体重点支援事業

主催:財団法人日本オペレッタ協会

オペレッタ3幕・日本語上演 (ヴァルター・フェルゼンシュタイン版)
ヨハン・シュトラウス作曲 喜歌劇「ヴェニスの一夜」(Eine Nacht in Venedig)
台本:フリードリッヒ・ツェル/リヒャルト・ジュネー
改訂台本:ヴァルター・フェルゼンシュタイン
訳:上田浩二
訳詞:田辺秀樹

会 場 めぐろパーシモンホール 大ホール

指揮 ヴァーラディ・カタリン
演出・脚色・美術 寺崎裕則
衣装・美術 大町志津子
照明 奥畑康夫
装置 牧野良三
振付 横井茂/新井雅子
舞台監督 畑崎広和/種倉保夫
合唱指揮 角 岳史
合唱 日本オペレッタ協会合唱団
管弦楽 日本オペレッタ管弦楽団
バレエ 東京バレエグループ

出演者

ウルビーノ大公グィード 田代 誠
バルバルッチオ(元老院議員) 中村 健
フランチェスカ(その夫人) 佐々木弐奈
デスタッチオ(元老院議員) 三林 輝夫
コンスタンチア(その夫人) 日比 啓子
バルトロメオ・デラックア(元老院議員) 小栗 純一
バルバラ(その夫人) 宇佐美瑠璃
アグリコラ・ダ・ヴィンチ(伯爵夫人) 木月 京子
アンニーナ(キオッジャの漁師の娘) 針生美智子
カラメッロ(ウルビーノ大公お抱えの床屋) 五郎部俊朗
パパコーダ(パスタの料理人) 小山陽二郎
チボレッタ(デラックア家の小間使い) 蒲原 史子
エンリコ・ビッセリ(デラックアの甥) 田代万里生
コロンビーナ 永井朋子
ザンニ 松下 真
アルレッキーノ 川端槙二

感想

 ヨハン・シュトラウス二世が生涯作曲した喜歌劇は「ウィーン気質」を入れて17曲ですが、その中で現在よく演奏されるのが4曲。「こうもり」、「ジプシー男爵」、「ウィーン気質」、そしてこの「ヴェニスの一夜」です。「ヴェニスの一夜」は、日本ではあまり取上げられない作品ですが、それでも、1990年のミュンヘン・ゲルトナープラッツ劇場の来日公演により日本初演されてから、1998年バーデン市立劇場が取上げ、本年春は、川西市民オペラが日本語初演を果しました。そして今回の上演は、通算4つ目のプロダクション、日本オペレッタ協会初演であり、そこの会長である寺崎裕則さんが、決定版の台本という、フェルゼンシュタイン版によるものです。

 しかし、今回購入したプログラムには、「日本初演」という言葉が何度も出てきます。これは正しくは、日本オペレッタ協会初演であり、もう一つ譲ってもフェルゼンシュタイン版日本初演であって、それ以上ではない。また、いうまでもなくオペレッタは上演ごとにそのときの世間の関心時や流行をくすぐりとして入れ込むのが常道で、今回の上演も寺崎さんが、脚本で手を加えている。したがって、日本語に翻訳された時点で、フェルゼンシュタイン版の内容は一部変質したと見るべきで、そういったことを総合的に考えると、「日本初演」と喧伝するのはいかがなものか、と思います。

 さて、私が「ヴェニスの一夜」を見るのは二度目になります。最初が1990年のゲルトナープラッツ劇場の来日公演。しかし、あまり印象に残らない公演だったようで、いま思いだそうとしてみると、行ったこと以外何も思い出せない。従って今回は全く初見と一緒です。しかし、音楽を耳にすると、これ、聴いたことがある、と思いました。ヨハン・シュトラウスの音楽は偉大です。

 今回の指揮者は、ハンガリー国立ブタペストオペレッタ劇場の指揮者を勤めた女流、カタリンでしたが、彼女の作る音楽は、上品なウィンナ・ワルツの味わいというよりは、もっと庶民的なもの。とりすましたところがなく、だからといって下品というほどのものでもなく、なかなか乙なものでした。物語が女たらしの大公の一夜の楽しみが背景にあるわけですから、艶っぽく演奏されると結構だと思うのですが,その雰囲気はそれなりに出ていたのではないかと思います。

 演出・舞台装置は、乏しい予算の中、頑張っていたのではないかと思います。しかし、第二幕のウルビーノ大公邸の舞台は、もう少し華やかな方が、オペレッタらしくて良いのではないかと思いました。演出はフェルゼンシュタイン改訂版に則ってやられているそうですが、21世紀の目で見ると、一寸古いのかな、という感じがいたしました。舞台を19世紀のヴェネチアに置いたとしても、もう少し、舞台の上の動きをシャープにしたほうが面白みが増したのではないかと思いました。また、今回の舞台は、イタリアの即興喜劇・コメディア・デラルテの代表的なキャラクターであるアルレッキーノをこの舞台の作者に見たてて、舞台には常時アルレッキーノが黒子的に存在します。コメディア・デラルテとカーニヴァルは切っても切れない関係にあるそうで、このような演出にされたようですが,私にはその存在がうるさく感じました。ただし、アルレッキーノを演じた川端槙二の動きは立派なもので、黙役であれだけの存在感をだせることは、結果的にはマイナスだったとは思いますが、大したものであります。

 歌は、五郎部俊朗のカラメッロ、針生美智子のアンニーナ、蒲原史子のチボレッタがよく、魅力的でした。五郎部は、レジェーロの軽めの歌い回しが魅力的でしたが、コミカルな動きも軽妙で、楽しめました。歌の実力は流石です。彼が登場のアリアを歌いながら登場すると,舞台のテンションが急に上がりました。アンニーナは前半はあまりぱっとしませんでしたが、後半は大活躍。第二幕のリートからはじまる活躍ぶりは、十分楽しめました。チボレッタは、アンニーナほど歌が与えられていないのですが、その数少ない歌唱で、スープレットの魅力をふんだんに発揮して良かったと思います。小山陽二郎も悪くはないのですが、低音部がほとんど聞えないことか残念でした。

 この若い(実年齢ではありませんよ。役柄の上です。念の為)二つのカップルの演技と歌唱は,「ヴェニスの一夜」という作品の魅力を明かにするのに、一定の役割を果していたと思います。しかし、オペレッタという歌芝居を見せるにはベテランの力が大事。そこで、まず魅力的だったのは、佐々木弐奈、日比啓子、木月京子の年増トリオによる「ヴェネツィア女は臆病じゃない」における濃い演技。笑わせて頂きました。元老院議員の三バカトリオも、日本オペレッタ界の大御所、中村健、三林輝夫、小栗純一とくれば、歌はともかく、全体が醸し出す雰囲気は格別なものがあります。特に小栗純一のあたふたぶりは、流石に長年オペレッタをやっているだけのことはあるな、と感心いたしました。

 田代誠の大公は、田代の巨体とも相俟って、なかなか傲慢で好色な大公の雰囲気をよくだしていたと思いますが,演技が抑制されていたようで,今一つピンとこない演技でした。宇佐美瑠璃も存在感の薄さという点では同様。このオペレッタは縦糸が好色な大公が美人の人妻バルバラを追いかける、というところにあるわけですから、そこをもう少し前面に出るようなかたちでも良かったのではないかと思いました。

 オペレッタはオペラよりも難しいところが沢山あると思います。歌って、踊って、芝居してですから。それを完全に充足させて示していくということは、なかなか難しいことで、今回の上演もそれが十分に出来ているとは申し上げられないと思います。しかしながら、シュトラウスの魅力的な音楽と、舞台上の楽しい表現により、私は一定の満足をもって、帰路につくことが出来ました。

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