オペラに行って参りました-2016年(その4)

目次

妖しげな美しさ 2016年9月10日  藤原歌劇団「カプレーティとモンテッキ」を聴く 
ムズムズ 2016年9月11日 東京二期会オペラ劇場「トリスタンとイゾルデ」を聴く
ビフテキ二人前  2016年9月25日  杉並リリカ「OPERAMANIA 詩人たちの愛と死〜5人の詩人たちの肖像〜」を聴く 
初日からトップスピード 2016年10月2日 新国立劇場「ワルキューレ」を聴く
一寸べたべた  2016年10月8日  昭和音楽大学オペラ公演2016「コジ・ファン・トゥッテ」を聴く 
聖と邪、真面目と笑い 2016年10月9日 東京オペラプロデュース「グリセリディス」を聴く
一寸退屈  2016年10月16日  2016国立音楽大学大学院オペラ公演「ドン・ジョヴァンニ」を聴く 
やっぱりロッシーニはむつかしい 2016年10月30日 藤沢市民オペラ「セミラーミデ」を聴く
演技と音楽と  2016年11月13日  NISSAY OPERA 2016「後宮からの逃走」を聴く 
歌わせるのは結構ですが 2016年11月20日 新国立劇場「ラ・ボエーム」を聴く

オペラに行って参りました。 過去の記録へのリンク

2016年  その1  その2   その3  その4  その5  どくたーTのオペラベスト3 2016年 
2015年  その1  その2   その3  その4  その5  どくたーTのオペラベスト3 2015年 
2014年  その1  その2   その3  その4  その5  どくたーTのオペラベスト3 2014年 
2013年  その1  その2   その3  その4  その5  どくたーTのオペラベスト3 2013年 
2012年  その1  その2  その3  その4  その5  どくたーTのオペラベスト3 2012年 
2011年  その1  その2  その3  その4  その5  どくたーTのオペラベスト3 2011年 
2010年  その1  その2  その3  その4  その5  どくたーTのオペラベスト3 2010年 
2009年  その1  その2  その3  その4    どくたーTのオペラベスト3 2009年 
2008年  その1  その2  その3  その4    どくたーTのオペラベスト3 2008年 
2007年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2007年 
2006年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2006年 
2005年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2005年 
2004年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2004年 
2003年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2003年 
2002年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2002年 
2001年  前半  後半        どくたーTのオペラベスト3 2001年 
2000年            どくたーTのオペラベスト3 2000年  


鑑賞日:2016年9月10日

入場料:D席 4F1列4番 5800円

主催:公益財団法人日本オペラ振興会

平成28年度文化庁文化芸術振興費補助金(舞台芸術創造活動活性化事業)

藤原歌劇団公演

全2幕、日本語字幕付き原語(イタリア語)上演
ベッリーニ作曲「カプレーティ家とモンテッキ家」 I CAPULETI E I MONTECCHI)
台本:フェリーチェ・ロマーニ

2003年リコルディ版クリティカルエディション

会場 新国立劇場オペラパレス


指 揮 山下 一史
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱 藤原歌劇団合唱部
合唱指揮  :  須藤 桂司 
演 出 松本 重孝
美 術 荒田 良
衣 装    前岡 直子 
照 明 山口 暁
舞台監督 菅原 多敢弘

出 演

ロメオ 向野 由美子
ジュリエッタ 高橋 薫子
テバルド 笛田 博昭
カペッリオ 安東 玄人
ロレンツォ 東原 貞彦

感 想

妖しげな美しさ−藤原歌劇団「カプレーティ家とモンテッキ家」を聴く

 「カプレーティとモンテッキ」は「やらない、やらない」という割にはちょこちょこやっていて、私は通算4回目の聴取。藤原歌劇団では2002年にも取り上げていて、その時のデヴィーアのジュリエッタとガナッシのロメオは確かに聴きものだったと思いますし、舞台はコヴェントガーデンのものを借りてきて、ヴィジュアルのも楽しめたものでした。ただ、その時はガナッシが絶好調とは言えず、最高ではなかった、というところです。14年ぶりの再演になった今回は観客には分からないような小さなトラブルはあったようですが、全体としては、藤原歌劇団の力量が見える好演だった、と申し上げてよいのではないかと思いました。

 ところで、「カプレーティとモンテッキ」は、ベッリーニが前作の「ザイーラ」から多くのアリアを流用させて作った作品です。「ザイーラ」は初演時から失敗作とされ、世界中でも滅多に演奏されることはないのですが、この七月、南條年章オペラ研究室の公演で日本で初めて演奏されました。私も勿論聴いたわけですが、全体としてモヤモヤとした作品で、やっぱり失敗作と言うしかありません。「カプレーティとモンテッキ」で使われているアリアの半分位は「ザイーラ」から来ているそうなのですが、「カプレーティとモンテッキ」の方が自然に嵌っており、ベッリーニの音楽書法が成熟した感じを受けました。また、「カプレーティとモンテッキ」で一番美しい、第一幕第二場のジュリエッタのアリアからロメオとジュリエッタとの二重唱に至る部分は、「カプレーティとモンテッキ」オリジナルですから、「ザイーラ」以上に惹かれるのは、そこに魅力があるからかもしれません。

 それで、その部分が正に美しかったです。向野由美子のロメオと高橋薫子のジュリエッタ抜群でした。向野由美子のロメオは2013年に風の丘ホールでの小劇場オペラでも聴いていて、その時の凛々しい歌いぶりに大いに感心したのですが、今回もとても立派。見た目が宝塚の男役みたいでそれだけでも格好いいのですが、歌も良いです。笛田博昭のテバルドとやり合う場面などは、流石に声量的には勝っているとは言えない訳ですが、その表情や力強さは、素晴らしいものがありました。翻って、第一幕第二場ですが、高橋と向野の声は良く混じり合うんです。だから二重唱がどんどん寄り添う感じになって、官能的というより妖しい感じになってくる。そこは妖艶な美を感じてしまいました。Braveでしょう。もちろんその前のソプラノのシェーナとカヴァティーナも素敵で、ベテランの高橋をして、少女に見せていました。

 それ以外のところも上々でした。東京フィルの演奏する序曲は、今ひとつボンヤリした演奏で、あまり良いものではなかったのですが、冒頭の男声合唱が始まった途端音が締まり始めました。山下一史指揮する東京フィルは殊に前半もたもた感があったのですが、舞台上のメンバーのきりりとした感じに、どんどん研ぎ澄まされて言った感じです。

 笛田博昭のテバルドも良かったです。笛田と言えばヴェルディやプッチーニという印象が強くベルカント向きだという印象はありませんでした。確かに歌いっぷりは、軽さを感じさせるものではないのですが、彼がアクートを決め、それに向野ロメオが凛々しく対応すると、火花の飛び散り方が違うのです。冒頭のアリアは、ミスもあり今一つだったのですが、その後は笛田のベルカントを意識しない歌(意識しているのかもしれないけど、そうは聴こえない歌)が舞台を燃え上がらせるためのスパイスになっているようでした。

 東原貞彦のロレンッオも素敵でした。東原の歌もこれまで何回も聴いていますけど、こんなに美声の方だったかしら。そのように聴こえたということは、それだけこの役に向いていて、雰囲気豊かに歌えたということなのでしょう。安藤玄人のカペッリオは特に際立った感じはなかったですが、必要なことはやっていたようです。

 こういうメンバーと力のある合唱団が合いまみえるととても素敵なアンサンブルになります。第一幕のアンサンブル・フィナーレ本当に素晴らしかったです。だんだん盛り上がってくる感じが流石です。最後の五重唱などは、声もよくハモっていましたし、音楽の進み方も集中していく感じでおおいに感心いたしました。

 松本重孝の演出。14年前のコベントガーデンの舞台程お金はかけていないと思いますが、場ごとに幕を閉めて舞台転換をきっちり行うことで、非常に分かりやすい舞台になっていたと思います。人の動かし方などもオーソドックスな自然さを感じました。「ロメオとジュリエット」のお話であることがしっかり分かる舞台になっていました。

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鑑賞日:2016年9月11日

入場料:C席 4FR1列18番 8000円

主催:公益財団法人東京二期会

平成28年度文化庁文化芸術振興費補助金(舞台芸術創造活動活性化事業)

ライプツィヒ歌劇場との提携公演

東京二期会オペラ劇場

全3幕、字幕付原語(ドイツ語)上演
ワーグナー作曲「トリスタンとイゾルデ」 Tristan und Isolde)
台本:リヒャルト・ワーグナー

会場 東京文化会館大ホール


指 揮 ヘスス・ロペス=コボス
管弦楽 読売日本交響楽団
合 唱 二期会合唱団
合唱指揮  :  大島 義彰 
演 出 ヴィリー・デッカー
美 術 ヴォルフガング・グスマン
照 明 ハンス・トェルステデ
演出補 シュテファン・ハインリッヒス
舞台監督 幸泉 浩司
公演監督 大野 徹也

出 演

トリスタン 福井 敬
マルケ王 小鉄 和広
イゾルデ 池田 香織
クルヴェナール 友清 崇
メロート 村上 公太
ブランゲーネ 山下 牧子
牧童 秋山 徹
舵取り 小林 由樹
若い水夫の声 菅野  敦

感 想

ムズムズ−東京二期会オペラ劇場「トリスタンとイゾルデ」を聴く

 後世に影響を与えたという点でワーグナーが音楽史上欠かすことの出来ない大作曲家であることは知っています。また、その中核をなす作品が「トリスタンとイゾルデ」であることも。「トリスタン」がなければ、ドビュッシーは「ペレアスとメリザンド」を書かなかったと思うし、シェーンベルグは12階音楽を考え付かなかったかもしれない。だから、「トリスタン」が重要な作品だということは分かるのですが、「好きか」と言われれば「嫌いです」と答えるしかない。

 聴いていると、あの無限旋律がこれでもかこれでもか、という具合に耳を責め立てて、背中がどんどんむずむずしてくる。あのねちっこさが好きな人には堪らないのでしょうが、「私は勘弁してくれ」です。でもオール日本人キャストで取り上げた全曲演奏ではなかなかないし、東京二期会が初めて取り上げるということになれば聴かないという選択はありません。という訳で行ってきました。

 聴いた結論を申し上げれば、二期会が満を持して問うた上演だけあって、敢闘賞ものと申し上げてよいと思います。トリスタン・福井敬、イゾルデ・池田香織共に頑張っていました。

 その前に褒めなければいけないのは、ヘスス・ロペス=コボス指揮する読売日本交響楽団でしょう。ヘスス・ロペス=コボスが優れたワーグナー指揮者であるという認識はあまりなかったのですが、それは私の認識不足でした。彼は1980年から90年にかけてベルリン・ドイツ・オペラの総監督を務めていますから、ワーグナーを勉強していない訳がなく、今回の演奏は彼のワーグナー感が前面に出るようなものだったと思います。

 乱暴にまとめてしまえば、厚くて深いのです。厚塗りの油絵のような演奏です。楽器一つ一つの音が柔らかいけれども重く圧し掛かってくるような感じの演奏で、トリスタンの音楽に良く合っている。私の背中のムズムズもどんどん増していき、「ああ、勘弁してくれ!」と叫びたくなるほどでした。私は「トリスタン」の実演経験は実は2回目で、前回は新国立劇場の大野和士が指揮したものですが、あの時はオーケストラにミスが多く、今回ほど音に厚みが感じられず「ムズムズ」が足りないと書いたのですが、今回は十分「ムズムズ」で、ムズムズが多い演奏はやっぱり聴いていて疲れるな、と思った次第です。

 歌手陣ですが、相当頑張っていたと思います。私は正直なところ、日本人がワーグナーの主役を歌うのは体力的に無理なんじゃないかと思っており、その懸念は今回も感じたのですが、でも周回遅れではあったかも知れないけど、完走はしたと申し上げられると思います。とにかく最後まで大きな破綻なく進んだのですから、最低限の義務は果たしました。

 特に頑張っていたのは池田香織のイゾルデ。池田は元々メゾソプラノですからイゾルデの高音に向いていない。そこをガンガン飛ばして歌う。私の耳には音が下がっているようには聴こえなかったのですが、響きはどうしても金切り声系になってしまって、落ち着きがない感じはしました。特にイゾルデが活躍する第一幕にその傾向が強かったと思います。一方で中低音はしっかり伸びていて、存在感のある感じでした。結果として聴かせ所である第二幕のトリスタンとの「愛の二重唱」とか、幕切れの「愛の死」の部分は雰囲気が十分盛り上げっている感じで良かったです。

 トリスタンの福井敬もよかったです。福井敬は艶やかな高音に魅力があるわけですが、今回はその声に封印したようです。もちろんそのような輝かしい響きがなかったわけではないのですが、多くは、もっと重たい歌でした。特に第三幕のモノローグなどは、かなり考えてのあの表現なのでしょう。重苦しさがあり、悲痛がありました。よい歌唱だったと思います。ただ、それが似合っているかと言うと難しいところかもしれません。福井も年を取りワーグナーもレパートリーに入れて来た、ということなのでしょうが、それが本当に的確な判断かどうかはよく分からないところです。

 マルケ王の小鉄和広、よかったです。マルケ王の悲しさと優しさが浮かんでくるような歌唱で、魅力的でした。

 ブランゲーネの山下牧子。悪くはなかったのですが、かなりぎりぎりの歌唱という印象を受けました。彼女は非常に上手で又歌える役柄も多い方なのですが、ブランゲーネはかなり大変だったように見受けられました。第一幕はイゾルデと同じぐらい出ずっぱりですから当然大変なのですが、今回はその大変さを十分御しきれなかったというところでしょうか。

 その他の脇役の方々はしっかり歌われていました。まあ、日本人歌手がトリスタンやイゾルデを歌うというのは未だ十分ではないのかもしれませんし、ミスもそれなりに見受けられた訳ですが、ヘスス・ロペス=コボス指揮する読売日本交響楽団の厚い音にも助けられて、全体としてはしっかり破綻なくまとめたのかな、というところです。私はムズムズがひどくて大変でしたけど。

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鑑賞日:2016年9月25日
入場料:指定席 1階11列9番 5000円

主催:杉並リリカ

OPERAMANIA
詩人たちの愛と死
〜5人の詩人たちの肖像〜

会場:杉並公会堂大ホール

出演者

ソプラノ 安藤 赴美子
ソプラノ 大隅 智佳子
ソプラノ 佐藤 亜希子
ソプラノ 野田 ヒロ子
ソプラノ 山口 安紀子
メゾソプラノ 小林 由佳
メゾソプラノ 鳥木 弥生
テノール 及川 尚志
テノール 小笠原 一規
テノール 岡田 尚之
テノール 笛田 博昭
テノール 城 宏憲
バリトン 山口 邦明
ピアノ 藤原 藍子
解説・プロデューサー フランコ酒井

プログラム

作曲 

オペラ作品名 

役名 

曲名 

歌唱 

チャイコフスキー  エフゲニ・オネーギン  タチアナ  私は死んでもいいの  大隅 智佳子 
チャイコフスキー  エフゲニ・オネーギン  レンスキー  青春は過ぎ去り  及川 尚志 
チャイコフスキー  スペードの女王  リーザ&ゲルマン  時計がもうすぐ12時を告げるわ  大隅 智佳子、及川 尚志 
マスネ  ウェルテル  シャルロット&ウェルテル  「お別れしなければ」〜「もう一人!夫か」  鳥木 弥生、岡田 尚之
マスネ  ウェルテル  ウェルテル  遠く離れていた子供が予定より早く旅から帰れば  岡田 尚之 
マスネ  ウェルテル  シャルロット  手紙の歌  鳥木 弥生 
マスネ  ウェルテル  ウェルテル&シャルロット  オシアンの歌〜二重唱  岡田 尚之、鳥木 弥生 
プッチーニ  ラ・ボエーム  ミミ&ロドルフォ  「冷たい手を」〜「私の名はミミ」〜「愛らしい乙女」  安藤 赴美子、小笠原 一規 
プッチーニ  ラ・ボエーム  ムゼッタ  私が街を歩くと  佐藤 亜希子 
プッチーニ  ラ・ボエーム  ミミ、ロドルフォ、ムゼッタ、マルチェッロ  それでは本当に終わりなんだね  安藤 赴美子、小笠原 一規、佐藤 亜希子、山口 邦明

休憩 

ジョルダーノ  アンドレア・シェニエ  シェニエ  ある日青空を眺めて  笛田 博昭 
ジョルダーノ アンドレア・シェニエ  シェニエ、マッダレーナ  胸像はそこね  野田 ヒロ子、笛田 博昭 
ジョルダーノ  アンドレア・シェニエ  ジェラール  祖国の敵  山口 邦明
ジョルダーノ アンドレア・シェニエ  マッダレーナ  母が死んで  野田 ヒロ子 
ジョルダーノ アンドレア・シェニエ  シェニエ、マッダレーナ  愛の勝利  野田 ヒロ子、笛田 博昭 
ヴェルディ イル・トロヴァトーレ  レオノーラ  穏やかな夜  山口 安紀子 
ヴェルディ  イル・トロヴァトーレ  アズチェーナ  炎は燃えて  小林 由佳
ヴェルディ イル・トロヴァトーレ  マンリーコ、アズチェーナ  それでは、私はあなたの息子ではないのか?  城 宏憲、小林 由佳 
ヴェルディ  イル・トロヴァトーレ  マンリーコ  貴女こそ私の恋人〜恐ろしい焚火を見れば  カヴァティーナ:城 宏憲、カバレッタ:小笠原 一規
ヴェルディ イル・トロヴァトーレ  レオノーラ、ルーナ伯爵  聞いておるな?  山口 安紀子、山口 邦明 

アンコール 

カプア      オー・ソレ・ミオ  及川 尚志、小笠原 一規、岡田 尚之、城 宏憲、笛田 博昭 


感 想

ビフテキ二人前-杉並リリカ「OPERAMANIA 詩人たちの愛と死〜5人の詩人たちの肖像〜」を聴く

 色々な意味で脂っこい演奏会でした。主宰者のフランコ酒井さんの趣味がもろに出ており、それが良くも悪くも、という感じがします。脂っこさの第一は、演奏会の時間です。普通この手のガラ・コンサートは2時間でプログラムを考えます。しかし今回は、15時に始まって、終演が18時40分。休憩は途中15分だけ。要するに通常の演奏会の二本弱の時間をかけて行った演奏会です。

 更に、取り上げたオペラが5本(「スペードの女王」は「エフゲニ・オネーギン」と同じ勘定。)ですが、歌手たちは役柄が固定されてその一役だけを歌う。つまり、五つのオペラのハイライトコンサートとなっている。そして、その5本の中には、「エフゲニ・オネーギン」だの「ウェルテル」だの、あまり演奏回数の多いとは言えない(だから、ガラ・コンサートでは取り上げにくい)曲を取り上げている。私も「スペードの女王」の二重唱を舞台で歌っているのを聴いたのは初めての経験です。これは凄いことです。

 ただ、取り上げた作品が「登場人物のテノールが詩人である」という条件で縛ったせいか、後期ロマン派の作品に集中し、ガンガン歌い上げる重めのアリアばっかり、となって、軽い軽妙な語り口のオペラ好きのどくたーTにとっては胃もたれする内容ではありました。いやあ、脂っこい。

 こういう脂っこい作品を並べると、歌い手の方も大変の様子。その脂身をぐんぐん呑み込んでいく人もいれば、脂っこさに腹を壊す方もいるようで、そこはいろいろではありました。

 最初の「エフゲニ・オネーギン」&「スペードの女王」。よかったです。大隅智佳子の行き届いて繊細な「手紙の場面」と及川尚志レンスキーの寂しげな表情。その二人が二重唱で絡まると、バランスが丁度良く美しく響きます。冒頭からとても良いものを聴かせてもらった、という印象でした。

 続いてのウェルテル。鳥木弥生と岡田尚之ががっぷり四つに組んで火花を散らした演奏と言ってよいのではないでしょうか。凄く燃え上がって聴き手を引き込む演奏だったとは思うけど、一寸燃え上がりすぎかな、という感じがしない訳ではない。鳥木シャルロット。立派なんだけど、脂が多すぎる印象。炎が上がって素敵なんだけどもう一つ何かがありそうな感じがします。岡田尚之のウェルテルも素敵なんだけど、鳥木シャルロットに煽られたのか、一寸余裕が失われていた感じです。中声部から高声部への切り替えのところが一寸見えすぎていた印象です。

 ボエーム。まず思ったのは、佐藤亜希子と安藤赴美子は役柄が逆ではないかということ。安藤赴美子は高音が華やかすぎて、「私の名はミミ」を聴くと、しっとり感が足りない感じがします。一方で、佐藤亜希子のムゼッタのワルツは、一寸重くて、ムゼッタのコケティッシュな魅力が出ていたか、と言えば首を傾げざるを得ません。第三幕の「別れの四重唱」もミミとロドルフォのしっとりした別れとムゼッタとマルチェッロの痴話げんかが対照的に聴こえるのが好ましい訳ですが、佐藤・山口の方はともかく、安藤・小笠原の方は浮ついた感じがあって今一つだったと申し上げましょう。

 小笠原一規のロドルフォ。私は初めて聴く方ですが、レガートを意識した柔らかい歌唱で、とても素敵でした。ただ、重唱になるとポジションの取り方がまだ固まっていないのか、一寸慌ててしまうところがあるようで、ソロほどではなかったというのが本当のところ。上述の四重唱でも、美人ミミを相手に一寸上がっていたのか、もう少し落ち着くといいのになあ、と思いながら聴いていました。

 後半の「アンドレア・シェニエ」。笛田博昭に圧倒されたというところ。笛田の良さを引き出すためにアリアがあるのではないかと思わせるぐらい素晴らしい。今回の白眉と言ってよいでしょう。ただ、聴き手を圧倒させるのは全然かまわないんですが、パートナーまで圧倒するのは如何なものか。野田ヒロ子、不調だったのかもしれませんが、笛田の声に完全に圧倒されていました。笛田の声に負けないように声を張り上げるものだから、どうしてもフォルムが崩れてしまう。結果として二重唱はあまり良くなかったと思います。山口邦明のジェラール。何度も聴いているような気がしますが、今回も立派でした。

 最後が「イル・トロヴァトーレ」。山口安紀子のレオノーラがまず素晴らしい。「穏やかな夜」とても感心しました。小林由佳のアズチェーナも立派。八月に聴いた巖渕真理のアズチェーナより全然良い。マンリーコ役の城宏憲は風邪をひいていたということで、ハイCに期待が行く「見よ、恐ろしい火」のカバレッタを歌わず、その部分だけを小笠原一規が代役。城は8月の公演でここを見事に外したので、リベンジを期待していたのですが、無理をしてはいけません。小笠原はぶっつけ本番で歌いましたが、それだけにロドルフォほどではなかったのかなというのが本当ですが、急なご指名であれだけ歌えるのですから大したものです。

 以上、聴き手が圧倒される三時間四十分でした。このバラエティ溢れるプログラムを一人で支えた藤原藍子にも大拍手を送りましょう。

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鑑賞日:2016年10月2日
入場料:C席 7776円 4F 1列 10番

主催:文化庁芸術祭執行委員会/新国立劇場

平成28年度(第71回)文化庁芸術祭オープニングオペラ公演

2016/2017年シーズンオープニング公演

新国立劇場公演 

全3幕、字幕付原語(ドイツ語)上演
ワーグナー作曲楽劇「ニーベルングの指環」第一夜「ワルキューレ」("Der Ring des Nibelungen" Erster Tag Die Walküre)
台本:リヒャルト・ワーグナー

会場 新国立劇場オペラパレス

スタッフ

指揮 飯守 泰次郎
オーケストラ 東京フィルハーモニー交響楽団
演出 ゲッツ・フリードリヒ
美術・衣裳  :  ゴッドフリート・ピルツ
照明 キンモ・ルスケラ
演出監修 アンナ・ケロ
演出補 リーッカ・ラサネン
音楽ヘッドコーチ 石坂 宏
舞台監督 村田 健輔
芸術監督 飯守 泰次郎

出 演

ジークムント :ステファン・グールド
フンディング :アルベルト・ペーゼンドルファー
ヴォータン :グリア・グリムスレイ
ジークリンデ :ジョゼフィーネ・ウェーバー
ブリュンヒルデ :イレーネ・テオリン
フリッカ :エレナ・ツィトコーワ
ゲルヒルデ :佐藤 路子
オルトリンデ :増田 のり子
ヴァルトラウテ :増田 弥生
シュベルトライテ :小野 美咲
ヘルムヴィーゲ :日比野 幸
ジークルーネ :松浦 麗
グリムゲルデ :金子 美香
ロスヴァイセ :田村 由貴絵

感 想

初日からトップスピード-新国立劇場「ワルキューレ」を聴く

 新国立劇場の上演というと、少し前までは、初日は期待してはいけない、というのが通り相場でした。だいたいが準備不足でまとまりが悪く、ぎくしゃくとした中で外人歌手が勝手に自分のスタイルで歌って見せるというもので、日本のフラッグシップ劇場も随分馬鹿にされていたな、という感じがします。最近は昔ほどではなくなってきていますが、「指環」ともなれば、色々あるのではないかと恐る恐る聴きに出かけました。特に、今回の「ワルキューレ」はシーズン開幕公演ですから、正直申し上げてひやひやと伺ったというのが本当のところ。

 しかし、その心配は100%杞憂でした。流石に新国立劇場オペラ芸術監督が自ら指揮棒を取った公演だけあって、初日からトップスピードにギアを入れた演奏でした。正味4時間強、休憩を入れれば5時間30分になろうという長丁場ですから、何もなかったと言えば嘘ですが、全体としては非常に充実した聴き応えのある上演だったと思います。

 まずは、飯守泰次郎の指揮が流石です。飯守は日本人ワーグナー指揮者として最初に指を折られる人ですが、その名に恥じない見事な指揮だったと思います。非常にダイナミックかつ推進力のある指揮で、音楽が霞まないのです。常に前に進む感じで澱みがなく、くっきりとした演奏でした。東京フィルハーモニーも、細かいミスはあったものの、音がすっきりしていて、澄明感のある演奏で良かったです。新国のオケピットに入る東京フィルはかつては非難も多かったのですが、それにはフォルテが美しく響かなかった、というのがあると思っています。しかし、今回はフォルテが綺麗に響いて美しい。それだけオーケストラ自体の地力が上がったということなんでしょう。とにかくこれだけ明晰に演奏してくれれば、私としては何も文句はありません。

 さて、歌手陣ですが、主要役に起用された外人勢がそれぞれパワーがあり圧倒されました。ブリュンヒルデ以外のワルキューレたちは日本人の中堅どころが務めたわけですが、声量で全く歯が立たない感じでした。こういう演奏を聴くと、ワーグナーは日本人には向かないんだなあ、と又思ってしまいます。まあ、カーテンコールで並んだ時の体格を比較すると、楽器が全く別物ですから仕方がないんですけど、もうちょっと声が出て、外人勢と太刀打ちして欲しいなあ、と思うところはありました。

 それで、外人勢ですが、まずジークムントを歌ったステファン・グールド。圧倒的に素晴らしい。昨年、「ラインの黄金」でのローゲが文句なしの素晴らしさだったのですが、今回のジークムント、それに輪をかけた素晴らしさ。声が強くて伸びるのですが、十分透明感があって美しい。オーケストラの流れに乗りながら、きっちりと存在を主張する歌。高いところも低いところもバランスよくこなす感じで、ヘルデンテノールのお手本みたいな感じでした。文句なしのBravoです。

フンディングを歌ったペーゼンドルファーも素晴らしい。低音の力強い響きが魅力的です。グールドも透明感があったのですが、ペーゼンドルファーも短いけど美しくて印象的な表情が幾つもありました。「リング」の男声低音役って、ヴォータン以外は余りパッとしないというか脇役然としている印象はあるのですが、今回のフンディングは、敵役として十分な存在感を示していたと思います。

 そして「リング」の中心人物グリムスレイのヴォータン。悪くはないのですが、グールドやペーゼンドルファーほどではなかったのかな、というのが率直な印象です。神々の長でありながら、色々なことが自分の自由にならなくなり始めているジレンマはその表現から感じることは出来ました。第二幕のモノローグなどは表情に深みがあって素晴らしいですし、第三幕のブリュンヒルデとの二重唱も聴き手に迫るものがありました。渋い表現で良かったんですけど、グールドやペーゼンドルファーのような透明感のある美しさとは縁のない歌唱。ヴォータンはそれでよいという考え方もあるでしょうけど、オーケストラの音とのバランスから言えば、あの渋さに透明感が入れば鬼に金棒だったのではないか、という気はしました。。

 ジークリンデを歌ったウェーバー。面白かったです。キャリアはワーグナーで積んできた方のようですが、声が妙に可愛らしい。キャピキャピ系と言うのか、スーブレットが似合いそうな声質。「ヘンゼルとグレーテル」ではゲルトルートが持ち役のようですが、体格はともかく声だけで言えばグレーテルが歌えそうな可愛らしい声です。しかし、そのキャピキャピ声が伸びるのびる。オーケストラに負けない強さを見せる。突進力と言うか、突き抜ける力が半端ではありません。ただ、この声質のせいでそう聴こえるだけなのかもしれませんが、微妙に音程がずれている感じがしました。

 フリッカのツィトコーワ。こちらは前回のリング「ワルキューレ」でもフリッカを歌って、大変素晴らしかった訳ですが、今回もそれを継承した感じです。流石の上手さと申し上げましょう。

 そして、テオリンのブリュンヒルデ、これは最高な感じはしなかったのですが、声質といい、声量といい、ワーグナーソプラノの感じが良く出ていました。安心して聴けるということですね。ブリュンヒルデらしいブリュンヒルデと申し上げても良いかもしれません。また役をよく知っているというべきか、第三幕の後半は、グリムスレイももちろん頑張っていたのでしょうが、音楽的には、テオリンが道筋を刻んていた感じがします。

 舞台に関しては、ゲッツ・フリードリッヒ三度目のリングということで、かなり平明な舞台。「ラインの黄金」の時も申し上げたのですが、リブレットに忠実な分かりやすい舞台で良かったです。「指環」四部作は、よく知られていると言っても決して分かりやすいストーリーの作品ではないので、ストーリーにほぼ忠実な舞台演出は、聴き手を助けてくれると思いました。それでいて、第一幕のフンディングの家が傾いているように、何らかの精神的な意味を持たせているところが面白と思いました。

 以上、音楽・舞台共に水準の高い演奏であり、新国立劇場の新シーズンの幕開けとして、これ以上ない舞台となったものと思います。

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鑑賞日:2016年10月8日
入場料:B席 2800円 3F 2列 32番

主催:昭和音楽大学

平成28年度 文化庁 大学を活用した文化芸術推進事業

昭和音楽大学オペラ公演2016

昭和音楽大学・上海音楽院交流プロジェクト

全2幕、字幕付原語(イタリア語)上演
モーツァルト作曲「コジ・ファン・トゥッテ」(恋人たちの学校)(Cosi Fan Tutte)
台本:ロレンツォ・ダ・ポンテ

会場 昭和音楽大学 テアトロ・ジーリオ・ショウワ

スタッフ

指揮 大勝 秀也
オーケストラ 昭和音楽大学管弦楽団
チェンバロ 石井 美紀
合唱 昭和音楽大学合唱団
合唱指揮 山舘 冬樹
演出 マルコ・ガンディーニ
美術  :  イタロ・グロッシ
衣裳  :  アンナ・ビアジョッティ
照明 奥畑 康夫
演出補・字幕 堀岡 佐知子
舞台監督 斎藤 美穂

出 演

フィオルディリージ :石岡 幸恵
ドラベッラ :宇津木 明香音
デスピーナ :中桐 かなえ
フェルランド :工藤 翔陽
グリエルモ :田村 洋貴
ドン・アルフォンゾ :楊 燿 

感 想

一寸べたべた-昭和音楽大学オペラ公演2016「コジ・ファン・トゥッテ」を聴く

 モーツァルトのダ・ポンテ三部作は、どれも「オペラ・ブッファ」のルールに従って作曲された作品ですが、味わいはそれぞれ全くといってよいぐらい違います。典型的なオペラ・ブッファといってよいのは「フィガロの結婚」。「ドン・ジョヴァンニ」はその内容が悪魔的でもあり、ブッファの枠を明らかに突き抜けています。それに対して、「コジ」は、モーツァルトが「オペラ・ブッファ」の枠にはめ込んで音楽的な実験をやった作品のような気がします。例えば、「コジ」は重唱が非常に多い、それも二重唱から六重唱まで登場人物の数だけある。そんな作品、それまでなかったはずです。

 だから、私は、「コジ」という作品は、感情表現などをあまり前に出さないで、音楽技術で勝負する方が良い演奏になる気がします。誰の演出だったか忘れましたけど、登場人物をドン・アルフォンゾの人形にして、ぜんまいを巻いて開始する、という舞台をかつて見たことがありますけど、その演出は確かにモーツァルトの音楽の本質を突いていた。歯車がかみ合うように流れる。私の偏見かもしれないけど、そういう「コジ」が好きです。

 今回の昭和音大オペラ、「コジ」。そういう自分の好みとは一寸異質の公演。まず、感情表現がかなり前に出ている。粘っこい演奏。それが音楽の流れを上手く加速すればよいのですが、残念ながら、音楽のフォルムを崩す方に向かっている。これがロマン派のオペラであれば、敢てフォルムを壊して感情を強く表現するのはありだと思いますけど、「コジ」ですから。どうなのだろうと思いました。また、全体的に声が重い感じ。これまた好みの問題でしょうが、もう少し明るい声で歌われた方が、この曲の持つロココ的美が前面に出たのではないでしょうか。

 さて、個別歌手ですが、石岡幸恵のフィオルディリージ。上手だと思います。表現の彫りが深くて、艶もある。ただ、フィオルディリージとしては一寸重い感じがします。例えば第二幕のロンド「許してください、愛しいあなた」は、一音一音ゆるがせにしない丁寧な歌で、とても美しく響かせて立派なんだけど、その分重くなってスピード感が無くなってしまう。そこが残念でした。もう少し重くて強い声を要求される役柄向きの方なのでしょうね。一方で、重唱でのバランスのとり方はかなり巧みです。今回随一の実力者なのだろうと思いました。

 ドラベッラの宇津木明香音。声質はメゾソプラノ的で石岡と対照的ですが、力量の差ははっきり出たというところ。石岡の声がかなり艶っぽいので、宇津木も低音で同じような艶っぽさが出るとバランス的にも良いと思うのですが、なかなかそうはいかなかった感じです。第二幕のアリア「恋は可愛い恋人」などは、もっと明るく響いて欲しいですし、重唱もところどころで嵌らない感がありました。

 中桐かなえのデスピーナ。デスピーナらしいデスピーナで結構。ただこの方、おふざけの歌い方や演じ方はもっと研究した方が良い。医者に化けた時や、公証人に化けた時の声色はもっともっと徹底しなければ味が出ません。アリアも重唱も良かっただけに残念です。

 工藤翔陽のフェランド。モーツァルトのテノールとしては一寸重い感じがしました。そして彼は感情表現を表に出し過ぎてフォルムを壊すことがある。フェランドのスタイルとしてはどうなのかな?、と思いました。

 田村洋貴のグリエルモ。よかったと思います。バリトンとしては声が高めで、フェランドの声に近い感じです。工藤・田村は声質が割と似ているのか、重唱が綺麗に響きます。そこが素敵でした。

 楊燿のドン・アルフォンゾ。よかったです。教えられたとおりに歌っている感じで、色々なことをやらないのですが、それがよい。妙に重くもなく、すっきりとしていて、重唱でもきっちりと役割を果たしていました。気に入りました。

 マルコ・ガンディーニの舞台は左側にドン・アルフォンゾの部屋を置き、背面を書棚絵にして、ドン・アルフォンゾの哲学者風を強調。一方は色々な小道具を出し入れしながら変化させていくというもの。全体としては簡素ですが、上手く作られているなという印象。こまごまとした演技構成も、ハッとさせるところが何箇所かあって面白く見れました。

 大勝秀也指揮のオーケストラはよく練習しているようで、細かいミスはもちろんあったのですが、全体として流麗で良かったと思います。ただ、大勝の音楽作りは、やや歌手の歌いやすさに配慮しすぎた感があって、全体としての流れに関しては、もっと指揮者の主張を前に出しても良かったのかな、という気はしました。

  昭和音大オペラはソリストは卒業生、合唱やオーケストラは在学生や大学院生、裏方も舞台のマネージメントを勉強している学生というスタイルでやってきていますが、そこで結構質の高い舞台を見せてくれます。音楽全体として、私の好みの「コジ」とは違っていたのですが、その質の高さは今回も踏襲されていたのかな、と思います。

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鑑賞日:2016年10月9 日
入場料:B席 6000円 2F 3列 32番

主催:東京オペラプロデュース合同会社

東京オペラ・プロデュース第98回定期公演

プロローグ付全3幕、字幕付原語(フランス語)上演
マスネ作曲「グリゼリディス」(Grisélidis)
台本:アルマン・シルヴェストル/ウジェーヌ・モラン
日本初演

会場 新国立劇場中劇場

スタッフ

指揮 飯坂 純
オーケストラ 東京オペラ・フィルハーモニック管弦楽団
合唱 東京オペラ・プロデュース合唱団
合唱指揮 中橋 健太郎左衛門
バレエ バレエ団芸術座
演出 大田 麻衣子
美術  :  土屋 茂昭
衣裳  :  清水 崇子
照明 成瀬 一裕
舞台監督 八木 清市
プロデューサー 竹中 史子

出 演

グリセリディス 菊地 美奈
侯爵 羽山 晃生
悪魔 北川 辰彦
フィアミーナ 羽山 弘子
アラン 上原 正敏
ベルトラード 辰巳 真理恵
修道院長 和田 ひでき
ゴンドボー 鹿野 章人
ロイス 尾上 綾香

感 想

聖と邪、真面目と笑い-東京オペラ・プロデュース第98回定期公演「グリゼリディス」を聴く

 「グリゼリディス」と言われて何となく思い出したのは、イタリアのバロックオペラ。イタリアではもちろん「グリゼリダ」になるんですけど、ヴィヴァルディやスカルラッティが同名のオペラを作曲しているようですし、「お前を讃える栄光のために」というイタリア古典歌曲は、ボノンチーニの同名のオペラのアリアとして有名です。ですから、マスネのオペラと知って一寸驚いてもいます。

 とは言うものの、マスネは近代の作曲家としては珍しくオペラを量産しており、その数39。そのうち私が実演を聴いたことがあるのは、「マノン」、「ウェルテル」、「サンドリオン」、「エロディアード」の4作のみで、今回の「グリゼリディス」で5作目です。日本ではほとんど上演しないので仕方がないのですが、実はマスネのオペラってなぜかあまり興味がなくて、「グリゼリディス」という作品を知ったのも今回東京オペラ・プロデュースが上演をアナウンスしたからです。それでも今後上演されることがあるのかどうか分からない作品ですから、これは行くしかない、ということで行ってきました。

 ちなみに、グリゼリディスのお話は、夫が自分の猜疑心によって妻に試練を与え、それに耐え抜いた妻が幸せになるというストーリーなのですが、今回のマスネの台本では、悪魔が夫婦をだましてグリゼリディスに試練を与えるというスタイルに変わっています。夫婦はお互い愛し合って神の御心に従う聖人、一方、悪魔は自分たち夫婦仲は悪いので、仲の良い夫婦関係を壊してやろうとたくらむ悪人(というよりも)俗人になっている。それで、聖人と悪人とどちらが面白いか、と言えば、これは何といっても悪人です。演出の太田麻衣子もそう思ったようで、グリゼリディスや夫の侯爵が歌う時よりも、悪魔やその妻のフィアミーナが歌う時の方が舞台が圧倒的に生き生きしています。

 歌そのものの面白さが出ているのも悪魔の歌。この悪魔を北川辰彦が歌いましたが、最高に見せてくれました。登場のアリアで舞台の雰囲気を自分の世界に引き込んだ北川でしたが、圧巻は第二幕。子供たちのバレエと一緒に踊って見せるくだりは、北川の格好良さをよく示すものでしたし、妻・フィアミーナとの痴話げんかのシーンも大変楽しめるものになっていました。このフィアミーナを演じた羽山弘子もしっかりとした歌でとても良かったです。とにかく悪魔やその妻が登場すると、舞台が俄然喜劇的になり面白くなる。その上、悪魔系の方の方が歌もしっかりしているので、ことさらそう思うのかもしれません。

 では、主役系の歌はどうだったかと言えば、正直申し上げればピンと来なかった、というところです。悪魔やフィアミーナの俗っぽい歌に対して聖的な雰囲気のある真面目な曲なのですが、聖的に伸びきれない感じがします。グリゼリディス役の菊地美奈は、雰囲気は非常に敬虔な役の表情を出して素敵なんですけど、歌はもっと綺麗に歌えるのではないかな、という気がしました。というか、オペラアリア的な歌い方で来ているのですが、もっと聖歌的な歌い方でもよいのではないか、ということですね。勿論、楽譜が指示がそうなっているのかもしれないし、聖歌的な表情を強めて面白くなるかどうかは分からないので、何とも言えないのですが。

 それ以外の方々も、十分満足かと言われれば、何とも言えないというのが正直なところです。侯爵役の羽山晃生。何箇所か音楽を上手く処理できていないのではないか、と思わせられる部分がありましたし、アラン役の上原正敏は、軽い若々しい声で表現しようとしているのですが、ところどころ、その若々しさが途切れてしまいます。辰巳真理恵の侍女は、最初印象的なシャンソンを歌うのですが、多分途中で入りが分からなくなってしまい、戸惑っている様子が伺えました。また、辰巳について申し上げれば、レシタティーヴォ的なところでの声が小さすぎます。もっと大きい声で歌わないと、何を言っているのか分からない。

それでも、全体としては十分楽しめました。聴きに行ってよかったと思います。悪魔夫妻がよく歌えていたし、それ以外の方も難はあったけど、日本初演の曲で、研究を十分しにくいところを考えれば、十分頑張っていたのでしょう。太田麻衣子の舞台は簡素ながらも要所要所を明確にして、ストーリーを分かりやすく理解できるようにしていたと思います。子供たちのバレエが可愛かったのも好印象です。

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鑑賞日:2016年1016
入場料:A席
2000円 け列42番

2016国立音楽大学大学院オペラ公演

主催:国立音楽大学

オペラ2幕 字幕付き原語(イタリア語)上演
モーツァルト作曲「ドン・ジョヴァンニ」
Don Giovanni)
台本:ロレンツォ・ダ・ポンテ

会場:国立音楽大学講堂

スタッフ

指 揮 秋山 和慶
管弦楽 国立音楽大学オーケストラ
チェンバロ  :  田村 ルリ 
合 唱 国立音楽大学合唱団
合唱指揮 佐藤 宏
演 出 中村 敬一
装 置 鈴木 俊朗
衣 裳 半田 悦子
照 明 山口 暁
振 付 中島 伸欣
舞台監督 コ山 弘毅

出 演

ドン・ジョヴァンニ 村松 恒矢
騎士長 狩野 賢一
レポレッロ 大島 嘉仁
ドンナ・アンナ 藤原 千晶
ドン・オッターヴィオ 吉田 連
ドンナ・エルヴィーラ 内田 千陽
マゼット 小山 晃平
ツェルリーナ 三浦 梓

感 想

一寸退屈-2016国立音楽大学大学院オペラ「ドン・ジョヴァンニ」を聴く

 国立音楽大学大学院が前回大学院オペラとして「ドン・ジョヴァンニ」を取り上げたのは2012年のこと。その時の演奏は、正直なところ余り感心できるものではありませんでした。それから4年、代が変わって久しぶりの「ドン・ジョヴァンニ」ですが、4年前よりはずっとましな演奏だったと思います。と言うか、長年聴いている「国立音楽大学大学院オペラ」としては標準的な出来と申し上げてよろしいと思います。大学院生(今回3人登場)は、もちろん課題は沢山あるわけですが、良いところもたくさんありましたし、いつも大学院生を助ける役目に廻る助演陣よりも良かった部分もあると思います。そんな訳で、楽しめた公演ではあったのですが、でも、全体として一寸退屈な演奏ではありました。

 その理由の一つは秋山和慶の指揮がかなり安全運転。秋山ほどの大指揮者ですからやろうと思えば色々なことが出来ると思いますが、積極的に攻めないというか、舞台の流れに掉させない演奏に終始していたと思います。ベテラン指揮者がそのように優しく支えてくれるのですから、歌う方は歌いやすかったのではないかと思いますが、音楽としての緊張感があまり感じられず、聴き手が引き込まれる演奏ではなかったというのが正直なところです。

 中村敬一の演出は、舞台装置を2014年のものを使うなど、過去と同じようでしたが、演技は細かく変えており、今年のメンバーらしさを出していたように思います。

 さて、今年の大学院生ですが、まず、ドンナ・エルヴィーラを歌った内田千陽がなかなかよい。ソプラノというよりはメゾソプラノ的な声質ですが、安定した太さの声で凸凹のない表情でした。登場のアリアは入りがふにゃっとした感じですが直ぐに威厳のあるエルヴィーラになって素敵でした。表現がエキセントリックにならず、そこがある意味物足りなさの原因でもあるのですが、私はエルヴィーラをヒステリックな女性として表現させるやり方は好きではなく、内田ぐらいの落ち着き具合が丁度良いと思います。ただ一寸安定しすぎているのかもしれません。その兼ね合いは難しいところです。

 ゼルリーナを歌った三浦梓も良かったです。正統なスーブレットよりはやや重めの声だと思いますが、声の濃度が一定で安定感があります。一幕と二幕とでは一幕の方がより良い感じ。「打ってよ、マゼット」はコケティッシュな魅力を出すことに成功していましたし、ドン・ジョヴァンニとの誘惑の二重唱も雰囲気がありました。一方、二幕の「薬屋の歌」は一寸緊張していたのか、最初上擦った感じになってしまい、「バカなマゼットを慰める姉さん女房」的なところが薄れてしまったのがちと残念かな。

 ドンナ・アンナ役の藤原千晶は三人の中では一番説得力のない歌唱でした。声自身が一寸明るすぎてドンナ・アンナには似合わない感じです。アンサンブルではきっちり役目を果たしているようでしたが、アリアは今一つパッとしない感じ。それでも一番の聴かせ所である、第二幕のロンドは丁寧な歌い回しでよかったと思います。

この大学院生たちを支える助演男声陣ですが、ドン・オッターヴィオ役の吉田連がよい。実は4年前、彼のドン・オッターヴィオを聴いて厳しく評価したのですが、その後の努力が良かったのか今回はかなり素晴らしいオッターヴィオ。第二幕の「私の大切な人を慰めて」はもちろんしっかり聴かせてくれたわけですが、それ以外の部分でも上手くアンサンブルをリードする感じで魅力的な声を聴かせてくれました。

 狩野健一の騎士長も良い。狩野は2012年時にはレポレッロを歌って聴かせてくれたのですが、今回は騎士長。まだ若い人のせいか、騎士長の重厚さが上手く歌えたかと言えばそこはなかなか難しいところですが、歌唱そのものは、丁寧で立派なもの。十分騎士長の役割を果たしていたと思います

 それ以外のバリトン三役は正直なところイマイチ感が強かったです。村松恒矢のドン・ジョヴァンニ。重唱における表情の出し方などは必ずしも悪くはないのですが、アリアを歌わせるとイケテない感じです。一言で申し上げれば色気に欠けるんです。だから、例えばゼルリーナを誘う「誘惑の二重唱」などは、何故ゼルリーナがドン・ジョヴァンニによろめくのかが分からない。楽譜がそうなっていますから、そう歌っているんです、みたいな感じが見え見えでした。決して歌そのものは悪くないので色気が乗れば、色々なところがもっと楽しめたのではないかと思いました。

 大島嘉仁のレポレッロと小山晃平のマゼットはドン・ジョヴァンニよりさらに問題。二人とも入りの音が時々少しずれている感じがします。正しく歌っているのかもしれませんが音のエネルギーが下向きで、ずれているように聴こえるのかもしれません。アリアはまだいいのですが、重唱でも結構低い感じのところがあって如何かな、という感じです。でも、歌っているうちにいつの間にか合っている。結局合っているんだからいいや、というものではなくて、最初からぴったりと合って欲しいと思います。

 その他、バンダの演奏のタイミングであるとか、気になるところはいろいろありますが、まあいいでしょう。とにかく、大学院生の才能が聴けましたから。彼女たちを次回聴くときどこまで成長しているかが楽しみです。

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鑑賞日:2016年10月30日

入場料:B席2階5列10番 3000円

主催:公益財団法人藤沢市みらい創造財団

藤沢市民オペラ園田隆一郎芸術監督2015-2017シーズン

全2幕、日本語字幕付き原語(イタリア語)上演/演奏会形式
ロッシーニ作曲「セミラーミデ」 (Semiramide)
台本:ガエターノ・ロッシ

会場 藤沢市民会館大ホール


指 揮 園田 隆一郎
管弦楽 藤沢市民交響楽団
合 唱 藤沢市合唱連盟
合唱指揮  :  浅野 深雪 

出 演

セミラーミデ 安藤 赴美子
アルサーチェ 中島 郁子
アッスール 妻屋 秀和
イドレーノ 山本 康寛
アゼーマ 伊藤 晴
オーロエ 伊藤 貴之
ミトラーネ 岡坂 弘毅
ニーノ王の亡霊 デニス・ビシュニャ

感 想

やっぱりロッシーニはむつかしい−藤沢市民オペラ「セミラーミデ」を聴く。

 西の堺シティオペラと並んで、東の藤沢市民オペラは市民オペラの両横綱と言われてきたわけですが、私はこれまでご縁がなく、今回初めてお邪魔しました。その理由はもちろん大好きな「セミラーミデ」を上演するからです。演奏会形式ながら日本初演、歌うのは、二期会と藤原の若手・中堅ですから、期待はいやがおうにも高まります。

 聴いた感想として思うのは、聴いてよかったな、ということです。

 市民オペラのよくあるパターンで、ソリスト以外はほとんど市民というスタイルですが、この市民たちが基本的にはよく練習している。オーケストラはそれ自身の持っている音はさすがにアマチュアで、お世辞にも非常に美しいとは言えませんが、指揮にきっちりあっているし、リズム感やデュナーミクの感覚もしっかりしていて、明快で良かったと思います。まとまった立派な演奏でした。

 「セミラーミデ」は序曲だけが有名でコンサートピースにもたまに取り上げられますが、この序曲がカッコいい。本編への期待を盛り上げる演奏で素敵でした。ホルンが大こけしないのも素晴らしいです。本編の演奏も結構かっちりした重厚な音を保っており、ロッシーニの軽快さと時代を先取りする重厚さとが程よくブレンドされた演奏だったと思います。

 指揮者の園田隆一郎の音楽解釈も極めて妥当なもので、セミラーミデというロッシーニ最後のイタリアで書かれたオペラの味わいをすこぶる表現していたと思います。

 合唱はオーケストラと比較するとイマイチ感はありますが、それでも立派です。このイマイチ感は、人数が多いことによるものです。男女合わせて138人の合唱。迫力は大したものです。しかし、人数が多すぎるせいで、歌の輪郭がぼやけます。この半分ぐらいの人数で、この迫力が出せれば、より鮮明で立派な合唱になるのにな、とそこだけ一寸残念に思いました。

 ソリストはオーケストラや合唱と比較すると練習が足りないな、というのが率直な印象。日本初演で、ソリストたちも初めて勉強する楽譜だったという方も多かったと思います。であればこそ、楽譜をもっと読み込んで登場してほしかったということです。

 今回一番よかったのは、セミラーミデの歌う有名なアリア「麗しく美しい光が」だったと思うのですが、ここで安藤赴美子は最高の美声と音楽表現を聴かせました。文句なしのBravaなのですが、この曲はソプラノのコンサートピースとしてよく歌われます。安藤もきっと歌ったことがあって、その経験があったからこそあの演奏だったのではないか、という気がします。

 それでも安藤は主役の意識があるからもちろん楽譜を読み込んで登場しており、全体的に破たんのない立派な歌だったとは思うのですが、「麗しく美しい光が」以外の部分はこの曲ほど精密な表現にはなっていませんでしたし、もっとできるのではないか思わせる部分はありました。

 妻屋秀和のアッスールも良かったです。大変忙しい方で、10月は東京フィルのマスカーニ「イリス」にも出演していたと思いますが、その合間を縫ってよく楽譜を読み込んでいる様子で、全体としては一番支持できる歌だったと思います。第二幕冒頭のセミラーミデとの二重唱やフィナーレ前の錯乱のアリアなどは特に立派で、日本一のバスの名に恥じない素晴らしい表現だったと思います。

 脇役陣は低音勢が総じて立派。歌う量は少ないですが、伊藤貴之のオーロエもくっきりした歌でよかったと思いますし、ニーノ王の亡霊を歌ったデニス・ビシュニャ深い声での印象的な表現が素敵でした。

 一方で、アルサーチェ役の中島郁子。中島はロッシーニ歌いという印象はあるのですが、今回はちょっとぐちゃぐちゃ。確かにアジリダを決めてくることはあるのですが、そういう聴かせどころに力が入るせいなのか、歌全体としてはすっきりとまとまってこないのです。上手に歌えているところとそうでないところの段差が大き過ぎて、いまいちでした。これは表現の問題というよりは多分技巧的な話なので、繰り返しの練習が多分重要なのですが、足りなかった、ということなのでしょう。

 山本康寛のイドレーノも問題。役柄としては能天気で、テノールの技巧さえ示せればそれでOKという役なのですが、テノールの技巧が示せない。持っている声は十分軽くてロッシーニ・テノールにぴったりなのですが、いかんせん技巧面がねぇ。アクートを決めて高音を歌うのは立派なんだけど、その前後の低音が本当にふにゃふにゃ。あんな低音じゃ、折角の高音の魅力が半減してしまいます。

 とにかくロッシーニは技巧的に大変で、全体がまとまるように歌うには、かなりの技量と経験が必要なのでしょう。これが演技付きであれば、演技の稽古をしながら音楽面も合わせて行くのでしょうが、今回は演奏会形式ですからソリスト同士の練習時間もあまり取れなかったと思いますし、かつ日本初演で曲に対するイメージの統一化などもなかなかできていなかったのかな、という気がします。結果としてソリストの咀嚼には若干の不満が残りました。それでも音楽を進めるオーケストラと指揮は良かったし、セミラーミデと敵役のアッスールがそれなりに良かったので、全体としては聴きごたえがあったと思います。大好きな「セミラーミデ」日本初演を楽しむことが出来ました。

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鑑賞日:2016年11月13日

入場料:B席 2FH列43番 5000円

主催:公益財団法人ニッセイ文化振興財団

NISSAY OPERA 2016

全3幕、台詞日本語、歌唱日本語字幕付き原語(ドイツ語)上演
モーツァルト作曲「後宮からの逃走」 Die Entfuhrung aus dem Serail)
台本:ヨハン・ゴットリープ・シュテファニー

会場 日生劇場


指 揮 川瀬賢太郎
管弦楽 読売日本交響楽団
合 唱 C.ヴィレッジ・シンガーズ
合唱指揮  :  田中 信昭 
演 出 田尾下 哲
美 術 幹子 S・マックアダムス
衣 装    前田 文子 
照 明 沢田 祐二
ドラマトゥルグ/翻訳/字幕 庭山 由佳
舞台監督 山田 ゆか

出 演

太守セリム 宍戸 開
コンスタンツェ 森谷 真理
ベルモンテ 鈴木 准
ブロンド 鈴木 玲奈
ペドリッロ 大槻 孝志
オスミン 志村 文彦

感 想

演技と音楽と−NISSAY OPERA 2016「後宮からの逃走」を聴く

 「後宮からの誘拐」は、モーツァルトのオペラとしては5番目に有名な作品だとは思いますが、主要4作と比較すると滅多に上演されることはありません。いや、昨今は「イドメネオ」よりマイナーな扱いになっているかもしれません。私自身も初めての聴取ではありませんが、前回いつ聞いたかと考えるとはっきりしません。調べてみると2007年に東京室内歌劇場の公演を聴いたのが唯一の経験のようです。日生劇場では比較的良く取り上げられる演目なのですが、前回が2004年で、12年ぶりということになります。ちなみに前回の公演を私は聴いておりません。

 演奏全体としては「粗削りのところはあるけれども、良くまとまった注目すべき演奏」ということになると思います。指揮が若手で現在売り出し中の川瀬賢太郎ですが、彼の音楽作りが結構推進力があって軽快。読売日響というと、重厚なイメージの強いオーケストラだと思いますが、こじんまりとした編成から、すっきりとしていて軽快な音楽を引き出していたと思います。音楽全体への貢献度は、川瀬が一番だったかもしれません。

 何と言っても良かったのは演出。「後宮」は、主要役である「太守セリム」が台詞役で俳優さんが演じることになっている。一般的に言えばオペラ歌手は歌手であって俳優ではなく、演技の切れは本職に敵わない人がほとんどです。そこで合わせるために演出家がどうするかと言えば、「音楽優先」を隠れ蓑に俳優さんに演技を抑えさせるのではないでしょうか。しかし、田尾下哲の演出は、歌手たちに結構細かい演技を要求して、俳優の演技と歌手の演技を融合しようとしてみせた。

 今回太守セリムを演じたのは宍戸開。舞台俳優としての活動も多い方ですが、舞台上の演技が鋭いですし、台詞回しに込められた感情表現なども「なるほどな」と思わせるもの。田尾下はセリムに男としての葛藤を表現させることを求めました。作品では、セリムは奴隷として買われてきたコンスタンツェに一目惚れして自分の後宮に入れる訳ですが、コンスタンツェは全然自分になびかない。セリムは自分の方を向かないコンスタンツェを何とか説得して自分を受け入れて貰おうとします。普通の演出だとセリムは高潔な人間ですので、説得はするけど、それ以上のことはしないのですが、田尾下の演出では、セリムはコンスタンツェを襲う訳です。もちろんレイプはしませんが、襲わずにはいられないのが本来の男の感情であって、そこを必死に理性で抑えている、ということが分かる仕掛けになっている。

 これに対して、襲われるコンスタンツェの方も抗って見せる。そこに演劇的緊迫感が産まれてくる。もちろん歌手陣の台詞回しは、宍戸開の台詞回しとはかなりレベルの違うものではありますが、何度も練習を積み重ね、そして、公演(本番)としてもこの組として三度目、ということもあってか、かなりこなれてきており、田尾下の目論見である「歌手と俳優との融合」はかなり上手く行っていたのではないかと思います。

 舞台美術は、幹子 S・マックアダムスのものですが、ホリゾントに砂漠の絵とその更に先に海を見せるようにして、主舞台は壁となるパネルと門扉、それに白木の椅子とテーブルを組み合わせて動かすことによって後宮の中を表現します。田尾下哲は、これらの小道具を動かしながら、歌手たちの動きをコントロールしており、様式美もしっかり見せていたと思います。

 さて、肝心の歌ですが、まずコンスタンツェを歌った森谷真理が素晴らしい。ヨーロッパで活躍されていたことは聴いていましたが、実物を聴くのは初めて。大器ですね。中低音がしっかりしていて密度があるのに、一方で高音のコロラトゥーラも軽快でしっかり出る。これまでの日本人ソプラノにはあまり見かけないタイプのソプラノです。それがまず驚きでした。まだまだ粗削りの感じはしましたし、また、一番の聴かせ所である第二幕のアリア「どんな拷問が待っていようとも」は、その前が、セリムに組み伏せられようとするのを抗って立ち上がり、息を調える間もなく歌わなければならないという悪条件で、入りが乱れてしまった、ということはあった。それでも、逆に息を調える余裕がなくても最後はきちんとまとめたというのは、力がある証拠です。そういうソプラノを聴けて、凄く嬉しくなりました。

 鈴木准のベルモンテも立派です。登場のアリアは表情の深い歌だったのですが、その時の息遣いはこの曲の軽みと相容れない感じはしましたが、後は上々。モーツァルト・テノールとしては、日本を代表する方ですから上手で当然というところはありますが、やっぱり似合っていると思います。特に重唱でのバランスのとり方が上手い。素敵でした。

 大槻孝志のペドリッロもよい。キャラクターテノールの役回りですが、声に芯があって、どこまで行っても濃い墨汁のような艶やかな声で、今回の歌手の中で安定感ナンバーワンだったと思います。華やかなテノールではありませんが、そのどっしりとした感覚、全てを受け止めるキャッチャーのような役目を果たしているところ、とても素敵だったと思います。

 そして、忘れていけないのはオスミン役の志村文彦。この人の魅力は見た目と声のギャップです。禿頭をネタにするオペラ歌手は、日本人では彼が最初ではないでしょうか? しかし、それが彼の強みでもあります。今回の演出だって、オスミンに志村文彦がキャスティングされていたからこそ考えられた演出ですから。そして、今回聴いて思ったのは、彼の本質はバリトンなんだな、ということ。オスミンは、かなり低い音があるのですが、その響かせ方に随分苦労していた様子でした。それでも非常に良い声で聴き応えがある。あのカンタービレはやはり彼の特質であり、魅力的であります。

 このチームの中で一番問題なのは、鈴木玲奈のブロンドです。鈴木玲奈は、演技は田尾下哲の厳しい指導に応えたようで、かなり鋭い演技を見せて、コケットな魅力があって、かつ強いイギリス女性・ブロンドを示すことに成功していました。しかし、声はダメ。声量が不足で、パンチに欠けるのです。テクニカルにはしっかりと歌っているのでしょうが、声自体に力がないので、このメンバーの中に入ると直ぐに埋没してしまうし、技量を示そうとしてもメリハリが付かないので、面白みに欠けるのです。重唱でも声量が不足しているので、彼女の役割を十分果たしているとは言い難いですし、ましてアリアは、ほとんど魅力に欠け演技の鋭さを完全にスポイルしていると言わざるを得ない。

 以上、鈴木玲奈のキャスティングには難があったと言わざるを得ないのですが、全体としては演技と声楽のバランスが良く、粗削りでもっと磨きをかけられるのではないか、と思う部分もあったことは事実ですが、森谷真理の魅力を知ることもできましたし、全体としては素敵な演奏だったと思います。チームにBraviを差し上げましょう。

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鑑賞日:2016年11月20日
入場料:C席 6804円 4F 2列 43番

主催:文化庁芸術祭執行委員会/新国立劇場

平成28年度(第71回)文化庁芸術祭主催公演

新国立劇場公演 

全4幕、字幕付原語(イタリア語)上演
プッチーニ作曲「ラ・ボエーム」(La Bohéme)
台本:ジュゼッペ・ジャコーザ/ルイージ・イリッカ
原作:アンリ・ミュルジュ

会場 新国立劇場・オペラ劇場

スタッフ

指 揮 パオロ・アリヴァベーニ
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 三澤 洋史
児童合唱 TOKYO FM少年合唱団
児童合唱指導    米屋恵子、金井理恵子 
     
演 出 粟國 淳
美 術 パスクアーレ・グロッシ
衣 裳 アレッサンドロ・チャンマルーギ
照 明 笠原 俊幸
舞台監督 大仁田雅彦

出 演

ミミ アウレリア・フローリアン
ロドルフォ ジャンルーカ・テッラノーヴァ
マルチェッロ ファビオ・マリア・カビタヌッチ
ムゼッタ 石橋 栄実
ショナール 森口 賢二
コッリーネ 松位 浩
ベノア 鹿野 由之
アルチンドロ 晴 雅彦
パルピニョール 寺田 宗永

感 想

歌わせるのは結構ですが-新国立劇場「ラ・ボエーム」を聴く

 「ボエーム」というオペラはストーリーの分かりやすさとは裏腹に、和音の構成とか音の組み立てとかはかなり緻密に作られていて、指揮者にとってコントロールし甲斐のある作品だと思います。その意味で指揮者が重要ですが、今回のアリヴァベーニという指揮者、自分の音楽観を表出するよりも歌手に寄り添うことを重視している様な感じがいたしました。オペラ指揮者たるもの、歌手をよく理解することは大切ですが、あまりにそちらに気を廻し過ぎると音楽として今一つ感が強くなるのではないかという気がします。

 別な言い方をすれば、アリヴァベーニ、あざとい指揮をするのですね。聴かせ所ではリタルダンドを掛けてたっぷり歌わせる。そこが露骨で、私は好きになれません。でも結果としてドラマはより濃密となり、「ボエーム」というオペラのお涙頂戴的要素がより前面に出てきて、こういう臭い芝居の好きな方にはたまらないのだろうな、と思いました。第四幕では、私の周りでも涙を零している方がいました。私はその盛り上げ方が安っぽく見えてしまって、全然よいとは思えませんでした。

 一方で、このように歌わせる指揮で歌手を自由にさせると、歌手の力量を示します。まず力があることをしっかり示したのは、ムゼッタ役の石橋栄実。「ムゼッタのワルツ」のような曲をあのテンポで歌わされると結構辛いと思うのですが、息が良く流れていて、そこにしっかりと声が乗っていて素晴らしい歌唱。声も美しい。一つ間違うと、音楽が崩れてしまいそうなのですが、しっかりと支えていて見事と申し上げるしかありません。それ以外のアンサンブルで参加する部分もとても素敵で、今回一番の収穫だったと思います。Bravaです。

 また、ロドルフォ役のテッラノーヴァが見事。声が輝かしいリリコ・スピントで、ロドルフォに丁度よい感じです。新国立劇場の「ボエーム」で聴き応えのあるロドルフォが登場した記憶はない(逆に言えば、今までは今一つのロドルフォばっかりだった印象)ので、ようやく適任者が来たかな、という感じです。本当に力もある素敵な声ですが、天賦の才を使って歌っている感じが強く、適切な息遣いとかになると日本人歌手の方が上ではないかという気がしました。

 低音系男声歌手はそれぞれの役割をしっかり果たしていました。マルチェッロ役のカピタヌッチは冒頭の声量がイマイチだったとは思いますが、それ以外は上々でしっかりと舞台を支えていたと思いますし、森口賢二のショナール、松位浩のコッリーネも適切なアンサンブル作りに貢献していました。「ラ・ボエーム」を聴く楽しみの一つは、男声4人のアンサンブルの掛け合いですから、そこが緊密にまとまると、とても聴き応えがあります。気持ちよく聴けました。また、ベノア、アルチンドロは前回に引き続き鹿野、晴のコンビで、共にしっかりと役割を果たしていました。

 第二幕のカルチェ・ラタンの場、合唱はいつもながら見事なもの。FM東京少年合唱団も、存在感を示していたと思います。

 問題は要するにミミです。アウレリア・フローリアン、決して悪くはないのですが、ミミらしいかと言えば一寸そうは言えない感じでした。まず声質が、リリック・ソプラノかと言えばとてもそんな感じではなく、声が籠りがちで暗い色彩があり、メゾ・ソプラノ的と申し上げても良い。だから、「私の名はミミ」を聴くと、凄く年増に聴こえてしまって、若い娘感が出てこないのです。高音は多分出るのでしょうが、ちょっと気を緩ませるとすぐに音が下がってしまって、ロドルフォとのオクターブ・ユニゾンなどは響きが汚くなってしまう。聴いていて残念感が強いミミでした。

 男声は総じて良く、石橋ムゼッタがすこぶる頑張っていて良かったのですが、お涙頂戴的指揮と年増声ミミのせいで、全体としては今一つの演奏だった感じがしました。

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