オペラに行って参りました-2016年(その3)

目次

若手への期待 2016年6月11日  藤原歌劇団・日本オペラ協会「デビューコンサート2016」vol.1を聴く 
玉砕 2016年6月19日 NISSAY OPERA 2016「セビリアの理髪師」を聴く
日本の美  2016年7月1日  新国立劇場「夕鶴」を聴く 
看板に偽りなし 2016年7月10日 第6回立川オペラ愛好会ガラコンサート「名歌手たちの夢の饗宴」を聴く
トラウマ? 2016年7月16日 東京二期会オペラ劇場「フィガロの結婚」を聴く 
歌好し、踊り好し、字幕好し 2016年7月23日 杉並区民オペラ第12回公演「メリー・ウィドゥ」を聴く
よく分からないベッリーニ 2016年7月24日 南條年章オペラ研究室「ザイーラ」を聴く 
市民オペラだからこそ 2016年8月7日 荒川区民オペラ第17回公演「アイーダ」を聴く
アマチュアのお手本 2016年8月11日 エルデ・オペラ管弦楽団第9回演奏会「イル・トロヴァトーレ」を聴く
バランス、バランス、バランス 2016年8月27日 La Primavera第10回公演「トゥーランドット」を聴く

オペラに行って参りました。 過去の記録へのリンク

2016年  その1  その2   その3  その4  その5  どくたーTのオペラベスト3 2016年 
2015年  その1  その2   その3  その4  その5  どくたーTのオペラベスト3 2015年 
2014年  その1  その2   その3  その4  その5  どくたーTのオペラベスト3 2014年 
2013年  その1  その2   その3  その4  その5  どくたーTのオペラベスト3 2013年 
2012年  その1  その2  その3  その4  その5  どくたーTのオペラベスト3 2012年 
2011年  その1  その2  その3  その4  その5  どくたーTのオペラベスト3 2011年 
2010年  その1  その2  その3  その4  その5  どくたーTのオペラベスト3 2010年 
2009年  その1  その2  その3  その4    どくたーTのオペラベスト3 2009年 
2008年  その1  その2  その3  その4    どくたーTのオペラベスト3 2008年 
2007年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2007年 
2006年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2006年 
2005年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2005年 
2004年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2004年 
2003年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2003年 
2002年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2002年 
2001年  前半  後半        どくたーTのオペラベスト3 2001年 
2000年            どくたーTのオペラベスト3 2000年  

鑑賞日:2016年6月11日
入場料:自由席 3000円

主催:公益財団法人日本オペラ振興会

藤原歌劇団・日本オペラ振興会

Japan Opera Foundation
デビューコンサート2016
vol.1

会場:イイノホール

プログラム

歌唱 

ピアノ 

作曲 

オペラ作品名 

役名 

曲名 

第一部 
石川 実智代  高島 理佐  モーツァルト  フィガロの結婚  ケルビーノ  恋とはどんなものかしら 
矢作 有沙  高島 理佐  ヴェルディ  リゴレット  ジルダ  慕わしき人の名は 
小林 未奈子  浅野 菜生子  グノー  ファウスト  マルガリーテ  宝石の歌 
安藤 香織  浅野 菜生子  ドニゼッティ  アンナ・ボレーナ  アンナ  私の生まれた あのお城 
石福 敏伸  高島 理佐  モーツァルト  ドン・ジョヴァンニ  ドン・オッターヴィオ  恋人を慰めて 
小平 菜摘  高島 理佐  ドニゼッティ  シャモニーのリンダ  リンダ  この心の光 
藤田 沙綾  浅野 菜生子  ロッシーニ  結婚手形  ファニー  歓喜が私の心を輝かせていること 
増田 未玲  浅野 菜生子  ベッリーニ  カプレーティ家とモンテッキ家  ジュリエッタ  ああ、幾度か 
大嶋 瞳  高島 理佐  ロッシーニ  アルジェのイタリア女  イザベッラ  酷い運命よ 
富原 淑子  高島 理佐  ヴェルディ  イル・トロヴァトーレ  レオノーラ  恋はバラ色の翼に乗って 
休憩 
第二部 
松田 健  浅野 菜生子  ヴェルディ  椿姫  アルフレード  燃える心を 
内田 真由  浅野 菜生子  ドニゼッティ  ランメルモールのルチア  ルチア  あたりは沈黙に閉ざされ 
池田 知穂  高島 理佐  グノー  ロメオとジュリエット  ジュリエット  私は夢に生きたい 
高江洲 里枝  高島 理佐  ドニゼッティ  リタ  リタ  この清潔で愛らしい宿よ 
齊藤 智子  浅野 菜生子  レオンカヴァッロ  道化師  ネッダ  鳥の歌 
田村 洋貴  浅野 菜生子  ベッリーニ  清教徒  リッカルド  ああ、永遠にお前を喪ってしまった 
田代 直子  高島 理佐  ロッシーニ  ラ・チェネレントラ  アンジェリーナ  悲しみと涙のうちに生まれ 
岩崎 展央  高島 理佐  ドニゼッティ  愛の妙薬  ネモリーノ  人知れぬ涙 
諸田 広美  浅野 菜生子  ドニゼッティ  ラ・ファヴォリータ  レオノーラ  私のフェルナンド 
中井 奈穂  浅野 菜生子  ベッリーニ  夢遊病の女  アミーナ  私にとって何と晴れやかな日 


感 想

若手への期待-藤原歌劇団・日本オペラ協会「デビューコンサート2016」vol.1を聴く

 20人がオペラアリアを1曲ずつ歌ったら、当然3時間ぐらいの長丁場になるかと思ったら、皆さんそれぞれにカットもあり、休憩を入れても2時間ちょぼちょぼの演奏会でした。私としては、やはり最初のレシタテーヴォを歌い、カヴァティーナを歌い、カバレッタも歌って完結されてほしいと思いましたが、一部の方を除くと、カヴァティーナの部分だけの歌唱で、その意味ではかなり満足しがたいかな、という感じです。それでも若い初々しい声を聴けるのは嬉しいものです。

 歌を聴いていると、プロの歌手としてやっていくには未だ一寸という人から、技術的にはまだまだだけど、才能を感じられる人、なかなか立派な歌唱を聴かせてくれる人まで様々だったと思います。20人それぞれが、それなりに課題があり、またいいところ、悪いところがあったと思いますが、純粋に聴き手の気持ちだけで言えば、満足できたのは1/3強ぐらいだったというのが本当のところです。

 以下、それなりに満足できた人と、満足した理由を簡単に書いていきます。それ以外の人は、私が少なくても論評したくなるぐらいには歌えて欲しいということで、頑張って下さい。

 さて、まずよかったのは、小林未奈子の「宝石の歌」。歌詞の意味を踏まえた表情が豊かで声量もありました。マルガリーテの喜びが伝わってくるように歌で前半の白眉だったと思います。

 次によかったのは小平菜摘の「この心の光」。彼女は今年オペラ育成部を卒業したばかりのひよこで、表現的には聴き手を満足させるものは未だありませんでしたが、持っている響きに素晴らしいものがあります。精進して磨きをかければ期待できそうな才能を感じました。

 藤田沙織の「結婚手形」のアリアもなかなかのもの。ファニーの雰囲気が上手に表現できていて、声の伸びも良かったと思います。

 大嶋瞳の「酷い運命よ」も結構でした。前半は今一つの感じでしたが、後半がよく、アジリダの切れ味も出てきました。メゾ・ソプラノというよりもアルトの雰囲気の強い方ですが、イザベラは低音の迫力があると光るので、宜しいと思います。

 宮原淑子のレオノーラ。前半は嵌っていない感じがあったのですが、途中で上手く廻り出しました。柔らかい弱音のコントロールがよく魅力的でした。

 後半でまずよかったのは高江洲里枝の「リタ」のアリア。歌詞の内容をよく理解し、それを表現して雰囲気も出ていたという点で大変素敵だったと思います。

 齊藤智子の「鳥の歌」。声に力があり、その熱は聴き手を引き込むものがありますが、表現が今一つ硬い感じがしました。私はもう少し柔らかくシルヴィオを求めて欲しいと思います。

 田村洋貴の清教徒のアリア。前半は何か今一つ満足できない感じでしたが、後半は盛り返しました。カヴァティーナの終わり方は素敵だったと思います。

 田代直子のアンジェリーナのアリア。歌いこんでいる自信が感じられました。技術的には、もう少しアジリダに切れが欲しいとは思いましたが、全体的には十分Bravaと申し上げてよいと思いました。

 諸田広美の「私のフェルナンド」別格です。諸田に関しては二期会時代から何度か聴いていてその力量は知っておりましたが、流石の歌でした。藤原に移籍したので、今回このコンサートへの出演となったのでしょうが、本来はこのコンサートに出るような方ではありません。それだけ、貫禄も力量もあったということです。

 中井奈穂のアミーナ。中井は声そのものは決して美声だとは思いませんが、それを凌駕する技術がありました。歌のタイミングの取り方が上手で、雰囲気の出し方の上手だったと思います。立派なアミーナだと申し上げられると思いました。

 大雑把に申し上げて今回正団員になった方は、それなりに引き出しがあって、聴かせるものを持っていたと思いました。準団員になった方はそこまでの技量がないのですが、磨けば光る可能性を秘めた才能の持ち主がいるというところでしょうか。そして、若いひたむきな表現を感じられたことはよかったと思います。是非今後も精進していただいて、素敵な歌を聴かせて頂きたいと思いました。

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鑑賞日:2016年6月19日

入場料:B席 2FG列42番 5000円

主催:公益財団法人ニッセイ文化振興財団

NISSAY OPERA 2016

全2幕、日本語字幕付き原語(イタリア語)上演
ロッシーニ作曲「セビリャの理髪師」 Il Barbiere di Siviglia)
台本:チェザーレ・ステルビーニ

会場 日生劇場


指 揮 園田 隆一郎
管弦楽 新日本フィルハーモニー交響楽団
合 唱 C.ヴィレッジシンガーズ
合唱指揮  :  及川 貢 
演 出 粟國 淳
美 術 横田 あつみ
衣 装    増田 恵美 
照 明 大島 祐夫
振 付 伊藤 範子
舞台監督 幸泉 浩司

出 演

アルマヴィーヴァ伯爵  山本 康寛
ロジーナ  中島 郁子
フィガロ  上江 隼人
バルトロ 久保田 真澄
バジリオ デニス・ビシュニャ
ベルタ 藤谷 佳奈枝
フィオレッロ 清水 勇磨
隊長    妹尾 寿佳 
アンブロージョ    木谷 桂嗣 
公証人    及川 貢

感 想

玉砕−NISSAY OPERA 2016「セビリャの理髪師」を聴く

  「セビリアの理髪師」はロッシーニのオペラの中ではもっとも有名で、ロッシーニのオペラが忘れられていた1850年から1950年の百年の間でも唯一上演され続けられてきたオペラとして有名です。そんな訳で、私もオペラの聴き始めの頃からずっと親しんできた作品ですが、よくよく考えてみるとさほど実演を聴いたことがあるわけではありません。新国立劇場では何度も取り上げられていますからそれは毎回聴いていますが、それ以外は藤原歌劇団の2回の公演と、錦織健プロデュースオペラ、そして25年ほど前、ウィーン国立歌劇場で聴いた1回、以上で全てのような気がします。

 有名作で、親しみやすい音楽に満ち溢れているのに、なかなか上演されない理由。それは演奏が思いっきり難しいからです。特にアルマヴィーヴァ伯爵。難役中の難役。もちろんシラクーザみたいに、「どこが難しいの?」という顔をして涼しげに歌う方もいる訳ですからそうは言えないのかもしれませんが、日本人が歌うアルマヴィーヴァ伯爵をあまり聴いたことが無いところがこの役の難しさを示しているのでしょう。私が聴いたことがある日本人アルマヴィーヴァは五郎部俊朗と錦織健の二人です。全盛期の五郎部は日本人唯一といってよいロッシーニテノールで立派なアルマヴィーヴァを聴かせてくれましたが、錦織健は、難しいところは皆カットしましたが、演技でアルマヴィーヴァらしさを出して恰好を付けていました。

 だから、そんじょそこらのテノールに歯が立つ役ではないのですが、今回の山本康寛、果敢に挑戦して見事に玉砕したというところ。今回の上演はノーカット上演で、滅多に歌われることのない二幕のクライマックスの大アリア「もう、逆らうのは止めよ」が歌われたんですね。このアリア、シラクーザは必ず歌うんですけど、それ以外の方で歌われたのは私は初めて聴きました。

 山本、必死に食らいついていきましたけど、曲の難しさに歯が立たず、跳ね返されたというのが本当のところでしょう。そのチャレンジ精神だけは褒めなければいけません。しかし、この山本、この大アリアが歌えなかっただけではなく、それ以外もあまりぱっとしません。登場のアリア「空は微笑み」も微妙に重くて今一つでしたし、フィガロとの二重唱「金があれば智恵が湧く」もあまりぱっとしませんでした。

 アルマヴィーヴァ伯爵に人を得られるかどうかで、このオペラは全然違うんだな、というのが正直な感想です。

 フィガロの上江隼人もロッシーニのスタイルとはかなり違う歌い方。上江と言えば現在の東京二期会を代表するヴェルディ歌いですが、ロッシーニを歌っているはずなのに歌が直ぐヴェルディになってしまう。登場のアリア「私は町の何でも屋」がそう。早口が遅くなるとかそう言うことではないんですが、一寸したところがどっしりとしてしまう。ジェルモンを歌っているわけじゃないんですから、と突っ込みたくなりました。「金があれば智恵が湧く」の二重唱が上手く行かなかったのは、ロッシーニスタイルを咀嚼しきれていないテノールとヴェルディスタイルのバリトンのコンビのせいとということなのかもしれません。この上江、ロジーナとの二重唱でロッシーニ的な雰囲気も出てきたのでこんな感じで行けばいいな、と思ったのですが、すぐに立派なバリトンになってしまって、フィガロの溌剌した雰囲気はほとんど感じることが出来ませんでした。

 一方で、ロジーナを歌われた中島郁子はまあまあの出来、というより、フィガロ、伯爵と比較すると断然いい。上滑りのところもあったのですが、ロジーナの持つ溌剌とした雰囲気はしっかり出せていたと思います。アジリダの切れがもっといいと、更に楽しめたと思います。

 バルトロ役の久保田真澄は流石に雰囲気が違います。日本を代表するバルトロ歌いと申し上げてよいですから。歌に関して言えば、今回の出演者の中で一番ロッシーニを御存じの方々ですし、やっぱり別格という感じがしました。ただ、演出の影響もあるのかもしれませんが、一寸影の薄いバルトロだな、という印象。

 デニス・ビシュニャのバジリオ、いいですね。やはりバジリオはこれ位低音が響く人が似合います。「陰口は微風のように」は勿論良かったのですが、それ以外のアンサンブルでのちょっとした参加でも、こういう声の素敵なバスは、居ると全然違います。

 粟國淳の演出は、舞台裏をどんどん見せようとする楽屋落ち的演出。趣旨は分からないではないですが、一寸構想が上滑りしているのではないかという印象。粟國の「セビリア」と言えば、新国立劇場の最初の演出が彼のものでしたが、オーソドックスな新国立劇場の演出の方が私は好きです。

 園田隆一郎指揮新日本フィルの演奏、全体的には悪くないのですが、第一幕フィナーレでは、ピッコロの音が一寸響き過ぎで、バランスが欠いているような気がしました。

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鑑賞日:2016年7月1日

入場料:D席 4F3列4番 2916円

主催:新国立劇場

2015/2016 SEASON OPERA

全1幕2場、原語(日本語)上演
團伊玖磨作曲「夕鶴」 Il Barbiere di Siviglia)
台本:木下順二

会場 新国立劇場オペラパレス


指 揮 大友 直人
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
児童合唱 世田谷ジュニア合唱団
児童合唱指揮  :  掛江 みどり 
演 出 栗山 民也
美 術 堀尾 幸男
衣 装    植田 いつ子 
照 明 勝柴 次朗
振 付 吾妻 徳穂
再演演出 澤田 康子
舞台監督 大澤 裕

出 演

つう 澤畑 恵美
与ひょう 小原 啓楼
運ず 谷 友博
惣ど 峰 茂樹

感 想

日本の美−新国立劇場「夕鶴」を聴く

 例えば「蝶々夫人」で日本人ソプラノが採用されるのは、日本人的雰囲気を出しやすいということはあるのでしょう。蝶々夫人の声は、ソプラノ・リリコ・スピントですから、日本人ソプラノにはあまり力量のある人が多くない声種なんですが、世界的によく採用されるのは、立ち居振る舞いの日本人らしさが関係するのではないかという気がします。新国立劇場では外国人ソプラノの蝶々さんも何度か聴きましたが、歩き方がどう見ても日本人じゃないよな、という方ばかりで、スズキが日本人的に演技すると、そのバランスの具合がかなりおかしかったりします。

 何故、こんな話から始めたかと言えば、今回の新国立劇場「夕鶴」。澤畑恵美「つう」の立ち居振る舞いがとても美しかったからです。裾捌き一つとっても、これは日本人しかできないよな、と思わせるものでした。澤畑にしてみれば、演出家の指示に沿って動いて歌っているだけなのでしょうが、凄く嵌っているんですね。その動きの美しさが何を申し上げても一番です。

 動き、という観点からは「惣ど」、「運ず」もいい。峰茂樹の「惣ど」はそのふてぶてしい感じが良く出ていたと思いますし、谷友博の「運ず」は田舎のお百姓さんの雰囲気が良く出ていていいですね。「惣ど」、「運ず」は悪役ですけど、彼ら自身は自分たちが悪人だという意識はないですから、あんな一寸あか抜けない感じがぴったりくるのかもしれません。

 新国立劇場のオペラ作品で、栗山民也の演出というと、「蝶々夫人」と「夕鶴」ということになるのですが、私は、この夕鶴の演出の方がとてもしっくりきます。「夕鶴」は、元々が木下順二の名作戯曲で、内容も「鶴女房」の民話に由来することから、日本人にとってしっくりくる内容であるということはあると思うのですが、それ以上に作品の良さを引き出すような舞台だなあ、と思った次第です。

 「夕鶴」という作品は音楽的にはポストワーグナー的な作品で、管弦楽がかなり強く鳴るのですが、この作品が作られた1950年頃は日本のオペラがようやく立ち上がった揺籃期とも言ってよい頃で、当時の決して力があるとは言えない日本人歌手が歌うことを前提に、歌手が歌うところでは管弦楽を押さえるなどの工夫がされています。今は日本人歌手もその当時とは比較にならないくらい力をつけていますから、声と管弦楽のバランスが上手く取れているなという印象です。

 大友直人はかなりしっかりオーケストラを鳴らしていましたが、四人の出演者はそれに負けることは全くないという感じでした。

 澤畑恵美の「つう」は素晴らしいと申し上げてよいと思います。立ち居振る舞いは前述の通りですが、歌もよかったです。日本語がとても美しく響く。私は澤畑恵美のとても良い聴き手ではないのですが、それでも何度か彼女の歌を聴いています。過去の経験も含めて思うのは、彼女は日本の歌が似合います。今回の「つう」も彼女の日本語が一番立っていたのではないか、という気がします。何を歌っているかがよく分かる。結構なことです。

 小原啓楼の「与ひょう」も悪くない。ただ、「与ひょう」はイノセントな存在で、周りに流される役柄です。そのせいか、何ともいわく言い難い存在感の薄さがありました。与ひょうがイノセントであるが故、この悲劇があり、それは演出の効果も含め、よく浮かび上がっていましたからよかったいうことなのでしょう。

 存在感という観点からは「惣ど」、「運ず」にそれがありました。今回、「惣ど」、「運ず」が単なる悪役ではないのだ、ということに気付かされたのは、聴き込んできた経験と舞台の良さということなのでしょう。音楽的に言えば、二人のデュエットが上手く調和しなかったとかはあるのですが、彼らの意味づけがよく理解できるように歌唱・演技してくれたという意味で二人に感謝しなければいけません。

 「夕鶴」はよく知っているオペラの積りでいたのですが、更に深く感じいることが出来、今回のスタッフ・キャストに感謝申し上げたいと思います。

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鑑賞日:2016年7月10日
入場料:B席29列7番 2000円

主催:立川オペラ愛好会

〜立川をオペラの町に〜

第6回立川オペラ愛好会 ガラコンサート
名歌手たちの夢の饗宴

会場:たましんRISURUホール 大ホール

出演者

ソプラノ 砂川 涼子
ソプラノ 光岡 暁恵
メゾソプラノ 谷口 睦美
テノール 福井 敬
テノール 村上 敏明
テノール 望月 哲也
バリトン 牧野 正人
バリトン 森口 賢二
ピアノ 河原 忠之

プログラム

作曲 

オペラ作品名 

役名 

曲名 

歌唱 

グノー  ロメオとジュリエット  ジュリエット  私は夢に生きたい  光岡 暁江 
マスネ  ウェルテル  ウェルテル  オシアンの歌-「何故私を目覚めさせるのか」  望月 哲也 
ビゼー  カルメン  カルメン  ハバネラ-「恋は野の鳥」  谷口 睦美 
ビゼー  カルメン  エスカミーリョ  闘牛士の歌-「喜んで諸君の乾杯を受けよう」  森口 賢二
ビゼー  カルメン  ドン・ホセ  花の歌-「お前のくれたこの花を」  村上 敏明 
ビゼー  カルメン  ミカエラ  何を恐れることがありましょう  砂川 涼子 
ビゼー  カルメン  カルメン、ホセ  終幕の二重唱「お前か、あたしよ」  谷口 睦美、村上 敏明 
休憩 
ヴェルディ  椿姫  ヴィオレッタ  ああ、そは彼の人か〜花から花へ  光岡 暁江 
ヴェルディ  椿姫  ジェルモン  プロヴァンスの海と陸  牧野 正人 
ヴェルディ ドン・カルロ  ドン・カルロ、ロドリーゴ  友情の二重唱「我等の胸の友情を」  福井 敬、森口 賢二 
プッチーニ  蝶々夫人  ピンカートン、シャープレス  二重唱「ヤンキーは世界のどこへ行っても」  望月 哲也、牧野 正人 
プッチーニ  蝶々夫人  蝶々夫人、スズキ  花の二重唱「桜の枝を揺さぶって」  砂川 涼子、谷口 睦美 
プッチーニ  トゥーランドット  カラフ  誰も寝てはならぬ  福井 敬 
アンコール 
カプア      オー・ソレ・ミオ  福井 敬、村上敏明、望月 哲也 
ヴェルディ  椿姫  ヴィオレッタ、アルフレード、他の出演者、合唱  乾杯の歌  全員 


感 想

看板に偽りなし-第6回立川オペラ愛好会ガラコンサート「名歌手たちの夢の饗宴」を聴く

 この手のガラ・コンサートは時々行われるのですが、ありていに申し上げて、名歌手も出るけれどもそうじゃない人も出る、というパターンが多い気がします。でも、この立川のガラ・コンサートは違います。登場する顔ぶれは、間違いなく日本を代表する面々です。それが凄い。当然ながら、演奏も高レベルのものでした。どれを聴いてもお手本のような歌唱ばかりで、本当に嬉しくなります。

 それに加え、司会進行をする、牧野正人がまた巧い。牧野の話は、子供の時の話とか、オヤジ的なエピソードが多いのですが、それが、牧野とほぼ同年代のどくたーTにとっては凄く嬉しい。彼は浜松出身で、私は仙台出身なので、もちろん地域的差はあるのですが、でも同年代だからこそ、ディーテイルが分かることはある訳で、彼の話を聞くだけで嬉しくなります。

 そんな訳で、大満足の演奏会だったわけですが、それを前提に「親父の小言」みたいなことを言いたいこともあります。そこで、思ったことを幾つか。

 光岡暁江。「ジュリエットのワルツ」も「ああ、そは彼の人か」も巧い。音程も正確だし、息が長くたっぷりと聴かせてくれます。だから、文句なしに立派なんだけど、でも光岡ならベルカントでしょう。彼女は、超絶技巧を魅せるだけの力量があるわけですから、ロッシーニやドニゼッティの難曲アリアを歌って欲しいところです。もちろんプログラム全体の都合もあるでしょうから、無理は言えないのですが。でもせっかくの光岡が出演するのですから、彼女ならではの技巧は、聴きたいものです。

 テノール三人衆に関しては、福井敬の凄さを再認識しました。望月哲也だって、村上敏明だって、二期会と藤原歌劇団の看板テノールで、私は何度も素晴らしい演奏を聴いているし、今回の演奏だって、悪い訳では全然ありません。また、福井敬だって、調子の悪かった演奏を聴いたことが無い訳ではない。しかし、今回は、三人のテノールの中で一番年長の福井がもっとも華やかな演奏をして見せたのは間違いない。

 例えば、三人テノールの競演の「オー・ソレ・ミオ」このように一緒に歌われると、村上敏明はドラマティックな表情に富んでいるとか、望月哲也がリリックな声の持ち主であるとか、それぞれの特徴が出るのですが、声の輝きの点で、福井敬の美しさにはかないません。福井が日本一のテノールとしての評判を取るようになって20年ぐらいになると思うし、その間、私も何度も彼ならではの演奏を聴いて来ているわけですが、今回、その凄さを再認識したということです。はっきり申し上げて、あの声、そろそろ55歳のオヤジの声じゃないよ。脱帽です。。

 前半のプログラムのメインは「カルメン」ですけど、ここでは谷口カルメン、村上ホセ、森口エスカミーリョ、砂川ミカエラがそれぞれにあっていました。

 谷口睦美はお化粧を派手目に作ると、元々大柄で顔立ちも華やかな方ですから、カルメンの雰囲気にぴったりです。それに対する村上ホセのダメっぷり。彼は演技も上手な方ですから、幕切れの27番の二重唱は本当に引き込まれる魅力がありました。森口のエスカミーリョはいつもながらの自前の闘牛士衣裳で登場。今回の「闘牛士」、一寸ポジションが低いかな、という印象。砂川ミカエラは、彼女にもっとも良く合った曲ですから、もちろん文句なしです。

 後半のプログラム。牧野正人の「プロヴァンス」大人(たいじん)の芸。日本を代表するジェルモン歌いであることを示しました。二重唱関係では、福井、森口の友情の二重唱が見事にハモって立派。こけしみたいなお化粧で登場した砂川蝶々さんと、地味化粧に変えて来た谷口スズキによる花の二重唱も、あんまりピンカートンという印象のない望月哲也とまたシャープラス役も何度も歌っている牧野の二重唱も良かったです。

 という訳で、大満足で幸せな二時間半でした。

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鑑賞日:2016年7月16日

入場料:D席 4000円 5F R26

平成28年度文化庁文化芸術振興費補助金(舞台芸術創造活動活性化事業)

二期会名作オペラ祭
東京二期会オペラ劇場

主催:(公財)東京二期会

オペラ4幕、字幕付原語(イタリア語)上演
モーツァルト作曲「フィガロの結婚」(Le Nozze di Figaro)
台本:ロレンツォ・ダ・ポンテ

会場 東京文化会館大ホール

指 揮 サッシャ・ゲッツエル
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱 二期会合唱団
合唱指揮 大島 義彰
演 出 宮本 亜門
装 置 ニール・パテル
衣 装 前田 文子
照 明 大島 祐夫
振 付 麻咲 梨乃
舞台監督 村田 健輔
公演監督   大島 幾雄

出 演

アルマヴィーヴァ伯爵 与那城 
伯爵夫人 増田 のり子
フィガロ 萩原 
スザンナ 高橋 
ケルビーノ 青木 エマ
マルチェリーナ 石井 藍
バルトロ 長谷川 
ドン・バジリオ 高田 正人
ドン・クルツィオ 升島 唯博
アントーニオ 畠山 
バルバリーナ 金 詠玉
二人の花娘 辰巳 真理恵/加藤 早紀

感想

トラウマ?-東京二期会オペラ劇場公演「フィガロの結婚」を聴く

 私がこれまで実演で拝見したオペラで一番多いのはおそらく「フィガロの結婚」。2010年以降に限っても、今回が多分8回目です。毎年1回は必ず聴き、多い年は3回ぐらい聴いています。その中には、感心した演奏も、ダメダメの演奏もあるわけですが、私にとってワーストの演奏が、2011年の東京二期会の演奏でした。デニス・ラッセル・ディヴィスの指揮が滅茶苦茶遅く、演奏が重くなり、歌手たちも皆テンポに惑わせられて混乱した前回の二期会公演です。今回のの舞台を拝見していてまず思い出したのは、この5年前の演奏。トラウマなんでしょうか?

 何故か、と真面目に考えてみると、納得のいかない感じが五年前と似ているのです。今回指揮したゲッツェルという方、初めて聴く方ですが、音楽の組み立て方がかなり独特です。基本的にはゆったりとしたテンポで進むのですが、前回のラッセル・デイヴィスのように滅茶苦茶遅いという感じはしません。でも、かなりテンポを揺らします。その揺らし方が独特なんですね。聴いていると、こんなところで「リタルダンド掛けないでしょう、普通」みたいなところが何箇所もあって、私は気持ちが悪かったです。また、このようにテンポを揺らすものですから、歌唱とオーケストラがずれてしまうことがしばしばある。変な小細工をして曲を乱すなと申し上げたいところです。

 歌い手はまずスザンナがブレーキでした。高橋維、声も悪くないし、演技も溌剌しているのだけれども、声量が絶対的に足りない。冒頭の二重唱、ここはバリトンの声にソプラノが乗って更に響かなければいけないところですが、萩原潤の豊かな声に完全に押されてしまっている。それから始まって第一幕の重唱部分はどれもこれもダメ。マルチェリーナとの当てこすりの二重唱もソプラノの声が飛んでこないので、歌詞の上ではスザンナの勝ちなのに、聴いているとマルチェリーナが圧勝しているように聴こえてしまう。これではいけません。三幕、四幕は少し声が伸びる様になってきて、前半程聴きにくいことはありませんでしたが、やはり声が細い感じは終始私に付きまといました。

 これは、演技をしていると、歌に集中できない、ということがあるのかもしれません。二幕の第13曲目のアリアはいろいろ演技をしながら歌って声が飛んでこない感じですが、第4幕の28曲目のアリアは、客席をむいて落ち着いて歌うので、ポジションが安定してしっかり聴こえる、そういうところはあったと思います。この高橋、11月の「ナクソス島のアリアドネ」ではツェルビネッタを歌うそうですから、どんな風に変わってくるのか、期待しようとは思います。

 スザンナ以外でも納得いかない感は幾つかありました。例えば与那城敬の伯爵。ずっと怒っている印象。それも一寸切れかかった怒り方。もちろんこれは演出家の指示でそうしているのでしょうが、何か過剰な感じがします。第3幕のアリアなどあんなに激高した表現にする必要があるのかしら。与那城は基本的なフォルムがしっかりしている方ですから、歌のスタイルが壊れるということはないのですが、あそこまで激高した演技をせずに音楽的な表情を豊かに歌った方が、伯爵の戸惑いに満ちた怒りが聴こえるのではないかと思いました。

 こうやって与那城の演技を思い出していると、今回の上演の一つの特徴はくどさです。指揮者の問題が妙にけれんみの強い指揮をするのでことにそう思うのかもしれませんが、モーツァルトの音楽の持つかるみがあまり出ていなかった感はありました。萩原潤のフィガロはわりと普通のフィガロで良かったのですが、第一アリア「お殿様が踊りたければ」などは少しねっとり感が出過ぎたかな、という感じ。

 増田のり子の伯爵夫人は良かったと思います。存在感の強い伯爵夫人ではないのですが、二つのアリアはどちらも声の響きが美しく、又技巧的にも装飾を入れたり、としっかりとまとめてきました。大向こうから声がかかるような歌ではなかったのですが、雰囲気のある、しっとりとした素敵な歌でした。伯爵夫人は、この演出では結構虐げられ感が強いのですが、そんな感じが彼女の持ち味にあっているというのもあるかもしれません。

 青木エマのケルビーノ。第一アリアの「自分で自分が分からない」は、もう少しくっきりと歌った方が良いと思いましたが、第二幕の「恋とはどんなものかしら」は当然ながら立派。演技もズボン役のポイントを押さえていて秀逸でした。

 その他の脇役陣ですが、長谷川顯のバルトロは今一つ存在感の薄いバルトロ。一方、石井藍のマルチェリーナは重唱とアンサンブルでしか活躍しないにもかかわらず存在感がありました。よかったと思います。また高田正人のバジリオも甲高い声での受け答えなどの表現の面白さで、聴かせてくれました。

 全体的には今一つの演奏だった、ということでまとめられると思います。そう言えば、オペラのカーテンコールでは結構Bravoの声が飛ぶものですが、今回はほとんど飛ばなかった。その辺からしても全体として今一つ、というのは妥当な評価でしょう。

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鑑賞日:2016年7月23日
入場料:A席 2階C3列3番 5000円

主催:杉並区民オペラ(特定非営利活動法人)
共催:杉並公会堂(株式会社京王設備サービス)

杉並区民オペラ第12回公演

全3幕、日本語字幕付日本語訳詞上演
レハール作曲「メリー・ウィドウ」(Die lustige Witwe)
原作:アンリ・メイヤック「大使館付随員」(L'Attache d'ambassade)
台本:ヴィクトル・レオン、レオ・シュタイン
日本語台本・訳詞:三浦 克也
会場:杉並公会堂大ホール

スタッフ

指 揮 柴田 真郁  
管弦楽   杉並区民オペラ管弦楽団
合 唱    杉並区民オペラ合唱団
児童合唱    杉並区立済美小学校
合唱指導    大久保眞/佐藤宏充/須永尚子/東浩市
児童合唱指導    前島 彩香 
演 出 三浦 克也
衣 裳  :  下斗米 大輔
照 明  :  茂木 和子
振 付  :  三浦 克也
舞台監督  :  奥住 昌敏

出 演

ハンナ・グラヴァリ   津山 恵
ダニロ・ダニロヴィッチ伯爵   星野 淳
ミルコ・ツェータ男爵   東 浩市
ヴァランシェンヌ   大音 絵莉
カミーユ・ド・ロション   佐々木 洋平
カスカーダ子爵   加茂下 稔
サン・ブリオッシュ   山崎 敏弥
ボグダノヴィッチ   武田 直之
シルビアーヌ  :  安陪 恵美子 
クロモウ  :  井上 白葉 
オルガ    前坂 美希 
ブリチッチュ   大久保 光哉
プラシコーヴィア   佐藤 泰子
ニェーグシュ   星 竜介
女1    宇高 陽子 
女2   溝呂木 さおり
ダンサー1(ロロ?)   宮下 美和
ダンサー2(ドド?)   中谷 真希枝
ダンサー3(ジュジュ?)   貴絵
ダンサー4(クロクロ?)  :  川口 愛美 
ダンサー5(マルゴ?)    谷合 あずさ 
ダンサー6(フルフル?)  :  大倉 照結 

感 想

歌好し、踊り好し、字幕好し-杉並区民オペラ第12回公演「メリー・ウィドウ」を聴く

 批判できる点は幾つもあります。でも全体的に見れば、私がこれまで見た「メリー・ウィドウ」のなかでは、総合的な点で1位、2位を争うような舞台だったと思います。正直申し上げて、「メリー・ウィドウ」でこんなに感心するとは思いませんでした。

 まず演出が良い。オペレッタの演出は本当に難しくて、オペラ系の演出家が演出するとオペラ風になりすぎて、ストレートな楽しさが伝わらないことがよくあるし、一方で、ミュージカル系の演出家を連れてくると、オペラ歌手の息がよく分からなくて、結局ボロボロになってしまうというのもあります。台詞と音楽とが完全に分かれているので、そのバランスのとり方の難しさというのもあります。今回の演出も100点満点とは申しませんが、でもかなりうまく行っていたと思う。まず先に演劇がありました。全体としてのドラマの中に音楽を嵌めこんでいった感じの舞台で、音楽同士の繋がりなどは余り感じられないのですが、舞台としての台詞回しなどがなかなかしっかりしていて、それが流れを上手く作っていたような気がします。台詞に関しては一部冗長だと思うところや、逆にもう少し説明を付けてもよいのでは、と思う部分もない訳ではなかったのですが、トータルのバランスは良かったのだろうと思います。舞台の上の歌手や合唱団員の動かし方なども、条件が悪い割にはまあまあ整理されていて、すっきりしていました。

 もう一つ驚いたのは踊り子たちの歌です。マキシムの踊り子たちに扮したのは、ダンサーと記されていた6人です。ダンサーですから唯踊るだけかと思いましたが、ちゃんと歌って踊っている。その歌だってかなり立派。二期会の本公演では若い歌手たちがグリゼットを歌って踊るわけですが、カンカンの足の上がり方などは今一つのことも多い。まあ、クラシックの歌手ですから当然ですね。でも、ダンサーはリズム感は歌手以上にあるだろうし、激しく動いた時の呼吸の整え方などもよく知っているでしょう。だからちょっと練習すれば歌だってそこそこ以上にはなる。私はそんなことをこれまで考えても見ませんでしたが、今回の演出家は、クラシック系の人じゃないので、クラシック系の方なら考えないことを思いついてやらせてみたんでしょうね。そして、それが上手く行ったということです。

 その踊り子たちと一糸乱れぬ足を上げて見せたヴァランシェンヌが大音絵莉。大音は声質からすればヴァランシェンヌよりもハンナに向いていると思うのですが、あれだけ踊れるからこそのヴァランシェンヌなんでしょうね。第1幕、2幕では、ヴァランシェンヌにしては一寸華やかさに欠けるかな、と思って聴いていたのですが、あの踊りを見せられれば納得です。踊りはBravaと申し上げられると思います。

 脇役陣も人が揃いました。何といってもしっかりとスパイスになっていたのは、加茂下稔のカスカーダと山崎敏弥のサンブリオッシュです。カスカーダとサン・ブリオッシュは重要な役なのですが、普通の演出では、もっと目立たない存在で扱われるような気がします。でも今回はかなり目立っていて、それが舞台のドタバタの感じを盛り上げていて愉快でした。ちなみに脇役陣は女声より男声がはっきり上。今回「女、女、女」の七重唱は、男声が歌った後、女声六人でも歌ったのですが、声量も歌の雰囲気も、元々男声七重唱の曲であるとはいうものの、段違いという感じでした。ここは、脇役陣の個性が男声側の方が強いことの表れかもしれません。他にも男声脇役は武田直之のボグダノヴィッチにしろ、井上白葉のクロモーにせよ、大久保光哉のブリチッチュにしろ、みんな個性的であり、それぞれに存在感がありました。よかったと思います。女性についても同じように描き分けを演出家はしているのですが、男声のようにはクリアに決まらなかった感じです。

 そんな訳で、脇役陣も良かったのですが、何といっても素晴らしかったのは津山恵のハンナ。津山はここ数年間で聴いた歌唱で裏切られた経験がないので、今回も期待して行ったのですが、期待以上と申し上げてよい。津山の声はちょうどハンナに合っているということはあるのですが、それでもあの艶やかなレガートは見事と言うしかないです。更にハンナを上手に歌う歌手は沢山いますが、津山のような可愛らしい雰囲気を出せる方はなかなかいないのではないか。ハンナと言えば結構大御所の方が堂々と歌うという感じがあるけど、津山ぐらいの可愛らしさで歌われると、やっぱり「陽気な未亡人」という感じがしていいんです。「ヴィリアの歌」が良いのはもちろんですが、それ以外の重唱等でも可愛らしい存在感があってとっても良かったと思います。

 ハンナと比較すると、星野淳のダニロはくすんでいるダニロ。ヴィジュアルのはもう少し若いイケメンをキャスティングしたいけど、歌的にはとても立派。考えてみると、今回のメンバーの中で、一番オペレッタの場数を踏んでいるのは星野かもしれません。二期会の「メリーウィドウ」でも2005年と10年と2回ダニロ歌っていますから。それだけに貫禄があり、落ち着いて、演技や歌を楽しんでいる感じがしました。また、それが、プロダクションの安定感につながっていたのかもしれません。ハンナとの二重唱などでも可愛く切り込むハンナに対し上手く受け止める感があって、音楽的にこのコンビの良さが出ていたように思います。

 東浩市のツェータはもっとおろおろ感を前に出してくれた方が良いように思いました。佐々木洋平のカミーユは後半ややお疲れは見えましたが、前半はとても素敵な伊達男風の歌を聴かせてくれて、ヴァランシェンヌがよろめくのも無理ないかな、という感じです。

 柴田真郁の指揮は凄く妥当な感じがします。オーケストラは区民オーケストラで、色々と問題はありましたが(例えば、コンミスのヴァイオリンソロは、もう少し音量が欲しい)、音楽を楽しんで演奏している感じはあって、悪くなかったと思います。合唱は市民合唱中心の女声はそこそこでしたが、若いエキストラを何人も加えた男声の方は、演技も含めて頑張っていたと思います。今回、本来出てこない筈の児童合唱が登場し、少し歌に参加しましたが、違和感はありませんでした。

 以上、歌手陣、踊り、演出共によく、かなり満足度が高い演奏だったのですが、この満足を増幅させてくれたのは字幕の存在です。通常、日本語上演の時字幕は付かないのですが、「杉並区民オペラ」は元々日本語上演で字幕も使おうという団体ですから今回も同様に字幕を付けたということだと思います。それは実に効果的でした。字幕があると、眼の助けがあるので、非常に聴きやすくなるのです。そんな訳で、今回の杉並区民オペラは「歌好し、踊り好し、字幕好し」で大成功だった、と申し上げましょう。

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鑑賞日:2016年7月24日

入場料:自由席 6000円

主催:南條年章オペラ研究室

南條年章オペラ研究室
ピアノ伴奏演奏会形式によるオペラ全曲シリーズ Vol.16

ヴィンチェンツォ・ベッリーニ全オペラ連続演奏企画 第6回

全2幕、日本語字幕付き原語(イタリア語)上演、演奏会形式
ベッリーニ作曲「ザイーラ」 Zaira)
台本:フェリーチェ・ロマーニ

会場 サントリーホール ブルーローズ


出 演

指 揮 佐藤 宏
ピアノ 村上 尊志
合 唱 南條年章オペラ研究室メンバー
ザイーラ 佐藤 亜希子
ネレスターノ 諸 静子
オロスマーネ 坂本 伸司
コラスミーノ 青蛛@明
ルジニャーノ 小林 秀史
ファティマ 小酒部 晶子
カスティリオーネ 琉子 健太郎
メレドール    青鹿 博史 

感 想

よく分からないベッリーニ−南條年章オペラ研究室「ザイーラ」を聴く

 「ザイーラ」というオペラ、今回初耳です。というよりも、南條年章オペラ研究室が「ヴィンチェンツォ・ベッリーニ全オペラ連続演奏企画を始めるまでは恥ずかしながらタイトルも知らなかった。

 ロッシーニの名作「ランスへの旅」は、初演後すぐ封印されて演奏されることなく、20世紀後半まで150年ほど忘れ去られていたことは有名ですが、このザイーラもパルマでの初演が大失敗に終わった後、二度と日の目を見ることはなく、その音楽は、次に作曲された「カプレーティとモンテッキ」に流用されて、この作品自体は作曲家自身も「ないもの」としていたそうです。

 オペラとして変わっている点は、ソプラノのヒロインに対する相手役がバスであること。ソプラノとバスが恋愛関係にあるオペラって、一寸思いつきませんから、これはかなり変わっている。そこが観客に嫌われたのはあるのかな、と思いました。自分(どくたーT)はバスなので、こういうオペラがあることは嬉しいですけど。で、作品はどうかと言うと、よく分かりません。確かにどこかで聴いたことがあるメロディが含まれていることは事実ですし、ベッリーニらしいカンタービレを感じないわけではないですが、一度聴いただけでどうこう言えることはありません。だいたいベッリーニってなかなか上演されません。私は「夢遊病の女」だけは何度も聴いたことがあるけれども、それ以外はアリアならともかく、全曲通して実演舞台を見たことがあるのはせいぜい2回ですから。

 という訳で、今回も珍しいものを聴かせて頂いた、という線から動くことはないのですが、演奏はかなり立派なものだったと思います。特に主役のザイーラを歌った佐藤亜希子。ザイーラは力強くかつ繊細な歌唱を要求される役柄の様ですが、佐藤は、元々声に力があり、技術力も高いソプラノですから立派に歌いきりました。細かい解釈やアプローチに関して、彼女自身が100%解決しきっている感じではなかったですが、そんな中でも登場のアリアといい、第二幕のアリアといい流石に聴かせる歌だったと思います。会場が飽和するような歌で、凄かったと申し上げましょう。

 対する坂本伸司のオロスマーネ。頑張っていたとは思うのですが、ザイーラに愛されている役としては甘さが感じられない。王様ですから威厳があるのは結構だと思うのですが、なんか、いつも怒っている印象が全体として強くて、個人的にはもう少し落ち着いた歌で纏めて欲しかった印象です。

 青柳明のコラスミーノは高音が苦しい感じ。琉子健太郎のカスティリオーネがふくよかな声の出し方が魅力的でした。小林秀史のルジャニーノも落ち着いた表情で良かったと思います。

 諸静子のネレスターノは決して悪くないと思うのですが、佐藤ザイーラと坂本オロスマーネの間に挟まれてその激しいぶつかり合いに飛ばされた感じです。二人の間に入り込んで、声でも三つ巴の争いになればもっと楽しめたのかもしれません。

 結局、ベルカントの声の饗宴は聴かせて貰い嬉しかったのですが、オペラとしてはよく分からずに終わったなというところです。演出付きの上演が見られれば、又違った感想になるかもしれません。その日が来ることを待ちましょう。

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鑑賞日:2016年8月7日
入場料:B席 19列33番 3500円

主催:荒川区民オペラ
共催:荒川区、荒川区民交響楽団、公益財団法人荒川区芸術文化振興財団

荒川区民オペラ第17回公演

オペラ4幕 字幕付き原語(イタリア語)上演
ヴェルディ作曲「アイーダ」(AIDA)
原案:オーギュスト・マリエット
台本:カミーユ・デュ・クロール、アントニオ・ギスランツォーニ
会場:サンパール荒川大ホール

スタッフ

指 揮 小崎 雅弘  
管弦楽   荒川区民交響楽団
合 唱    荒川オペラ合唱団
バレエ    荒川オペラバレエ
合唱指導    新井 義輝
演 出 澤田 康子
衣 裳  :  下斗米 大輔
舞台美術 :  大仁田 雅彦
照 明  :  稲葉 直人
振 付  :  秋山 まみ枝
音 響  :  山崎 英樹/斎藤 貴洋
舞台監督  :  大仁田 雅彦

出 演

アイーダ   板波 利加
ラダメス   田代 誠
アムネリス   河野 めぐみ
アモナズロ   福山 出
ランフィス   狩野 賢一
エジプト王   村林 徹也
伝令   金井 龍彦
巫女長   櫻井 日菜子

感 想

市民オペラだからこそ-荒川区民オペラ第17回公演「アイーダ」を聴く

 私は自分がアマチュア音楽家でもあるので、その楽しさも大変さもよく知っている積りです。だから、アマチュアの演奏は腹の中ではどう思っていてもネットではあまりけなさないようにしています。でも今回の荒川区民オペラのアイーダ、アマチュアだからこそ言わなきゃいけないレベルだな、と思いました。

 まずオーケストラ。アマチュアと言ってもちょっとひどすぎる。別にプロの演奏家のような艶やかな音とかを求めているわけじゃないけど、弱音であんな不安げな音しか奏でられないのは、「いくら何でも」です。木管楽器に関してはそこそこだったと思います。オーボエやクラリネット、ファゴットなんかは結構聴かせる演奏をしていたように思います。金管はホルンがアマチュアと雖もこけ過ぎだとは思いますが、まあ、眼を瞑りましょう。でも弦楽器に関しては絶対練習量が足りないと思います。だから自信なさげな音しか出ない。下手なら練習して少しでもいい演奏をお客さんに聴いてもらおうと思う。その意思がまるで感じられない演奏なんですね。下手でもお客さんを満足させてやろう、自分たちのできる最高の演奏やろう、そういう思いがでないアマチュアの演奏はダメだと思います。演奏している方は楽しかったんでしょうか?

 第一幕は特に問題でした。オーケストラは動かない、歌手は歌えない、指揮者はどうしたらよいか分からなくなって、ただひたすら棒を振りまわすだけ、という感じです。とにかく音楽がつかえて流れない。その上オーケストラの音は不正確で且つ自信なさげでどんどん遅くなって行くし、歌手は声の調子が悪くて、歌い方が無理全開だし、聴いていて気持ち悪くなりそうでした。

 この戦犯はまずオーケストラにあることは明らかです。オーケストラが音楽を引っ張っていかないと、どうしても澱んでしまう。指揮者の小崎雅弘はこういう問題ありのオーケストラに対して強引に修正を求めるというより、なびいてしまう感じです。だから音楽が混沌として澱んでしまうのだろうと思います。

 もちろん歌手陣にも責任の一端はあります。まず田代誠のラダメス。全く期待しないで行きましたが、不調でその低い期待を更に裏切りました。その歌はとてもプロとは思えないひどさ。「清きアイーダ」のあのずりあげ方なんかは許せないレベルです。体調が悪かったそうですが、本番にきっちり合わせてくるのがプロだと思います。それでも不調のことはあるでしょう。その場合はキャンセルする。そうしていただかないと、お客様に失礼でしょう。

 この悪循環に巻き込まれて1幕はみんな悪かったというのが本当でしょう。河野めぐみのアムネリスを不安定な歌で終始しましたし、板波利加のアイーダだって比較的ましだったとはいうものの「勝ちて帰れ」は、3幕のアリアと比較すれば全然ひどかったと思います。とにかく、みんなが困って、お互いがしり込みして譲り合っているような感じ。参りました。

 第二幕以降は少しは回復し、音楽も流れるようになってだいぶ聴きやすくなりました。第一幕ではかなり不安定な感じだった河野アムネリスは硬質の凛としたアムネリスになって、悪くない感じです。板波アイーダも本領発揮。第三幕の「我が故郷」はたいへんしっとりとした味わい深い歌でとても良かったと思います。

 しかしながら、第一幕で見えた基本的脆弱さは終始まとわりつき、ことあることに音楽を乱していたということは指摘しなければいけません。唯、指揮者が一幕の受けに回った指揮ぶりから強引に引っ張っていく指揮に変えたのが功を奏して、躓いても転ばなかった、ということでしょう。

 脇役陣の歌ですが、アモナズロ福山出。声がよく、格好の好いアモナズロ。素敵でしたけど、アモナズロの役作りとして適切かと言われれば、渋みがあまり感じられず私には違和感がありました。狩野ランフィスと村林エジプト王。この低音二役は安定していて気を吐いていました。巫女を歌った桜井は高音と中音の声の切り替えがはっきりとわかってしまう技術的課題がありました。

 合唱は市民オペラとしては標準レベル。ただし男性は良い方。男声に関しては半分がエキストラですが、市民オペラにしては珍しく、市民も20人も含まれています。その中の名前を見ると、オペラの合唱では知られている方も多く、そういうメンバーだからこその合唱だった、ということのようです。女声も決して下手ではないですが、声の出し方を訓練されてない方が多く、そこが鍛えられれば、もっと良くなると思いました。

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鑑賞日:2016年8月11日
入場料:自由席 3000円

主催:エルデ・オペラ管弦楽団

エルデ・オペラ管弦楽団創立15周年記念第9回演奏会

オペラ4幕 字幕付き原語(イタリア語)上演、演奏会形式
ヴェルディ作曲「イル・トロヴァトーレ」(Il Trovatore)
原作:アントニオ・ガルシア・グティエレス
台本:サルヴァトーレ・カンマラーノ(補作:レオーネ・エマヌエーレ・バルダーレ
会場:かつしかシンフォニーヒルズ・モーツァルトホール

スタッフ

指 揮 船橋 洋介  
管弦楽   エルデ・オペラ管弦楽団
合 唱    エルデ・オペラ合唱団
合唱指導    渡辺 祐介
舞台監督  :  深畑 一徳

出 演

レオノーラ   西本 真子
マンリーコ   城 宏憲
ルーナ伯爵   渡辺 弘樹
アズチェーナ   巖淵 真理
フェルランド   志村 文彦
イネス   遠藤 千寿子
ルイス   荒木 俊雅

感 想

アマチュアのお手本-エルデ・オペラ管弦楽団第9回演奏会「イル・トロヴァトーレ」を聴く

 「お手本」と言うと大げさですけれど、要するにアマチュアであればこそ音楽を楽しんでほしいということです。そして、今回のエルデ・オペラ管弦楽団はそれが出来ていた。今週の日曜に聴いた荒川区民交響楽団とはそこが全然違いました。もちろんアマチュアのオーケストラですからまだまだ課題はあるでしょう。でも時間をかけて準備をしてきた。そのことが分かる演奏で、何と言ってもそこが素晴らしい。準備をきっちりしているから音に不安がない。基本的な技術に不安がある方はいらっしゃるのでしょうが、練習でさらっているから目立たない。プロのオーケストラが時々見せる悪い意味でのお仕事感が全く無くて、アマチュアの演奏家の音楽をする楽しさに溢れた演奏だったと思います。

 同じ意味で合唱も良い。今回の合唱団は、合唱指揮の渡辺祐介が指導する二つの合唱団を中心にオペラ合唱の愛好家たちを集めた、ということですが、市民合唱としてはかなりレベルが高い方。二期会、藤原歌劇団、新国立劇場といったオペラ専門の合唱団と比較すれば、声の迫力とかパンチとか、まだまだであるのは事実ですが、基本的に歌の訓練を受けている方たちで編成されているようで、改善点はいろいろあるにせよ、とても立派な合唱だったと思います。歌っている方々が、楽しんで演奏している様子も垣間見れて、嬉しくなりました。

 ソリストは何といってもソプラノとテノールが良い。「トロヴァトーレは主要四役が皆上手でないといけない」と巷間言われるところですが、ソプラノとテノールが良いと全然違います。オーケストラがまともで、合唱が上手、更にテノールとソプラノに人を得たということで、本年2月の東京二期会本公演よりも感動は上でした。

 マンリーコ役の城宏憲、本当に素晴らしかったと思います。声は力強いのに甘さがあって、気品のある感じです。城宏憲は昨年の首都オペラでトゥーランドットのカラフを聴きましたが、その時よりも基本的なポジションが上がって、テノールとしての基本的な力が更に上がったように聴きました。今回は前半が特によく、アクートが悉く決まり、聴いていてうっとりとするほどでした。一番の聴かせ所第三幕のカバレッタ「見よ、恐ろしい炎を」のハイCが見事に失敗し、本人も残念がっていましたが、その後のリカバリーも立派で、彼だったからこその演奏だった、と申し上げることが出来ると思います。Bravoです。

 西本真子のレオノーラ。こちらも素晴らしい上々の歌唱。歌に勢いがつきすぎてディミニエンドが上手く行かなかったところとか、ブレスの取り方はそれでいいの、とか、細かいところで「あれ」と思う部分がなかったとは申し上げませんが、全体としては素晴らしいといってよい。息が良く流れて伸びて、高い方も低い方もしっかり出ているし、パワフルな歌唱が最後まで続きました。特に第4幕のアリア「恋は薔薇色の翼に乗って」は、カヴァティーナが終わって、カバレッタに入る部分、遂にエネルギーか切れたかな、と一瞬思ったのですが、それは次を歌うために体勢を整えるために一瞬弛緩しただけだったようで、その後は最高音を一音上げて、ソプラノの矜持を示しました。最初から最後までパワフルで、歌に緩みがなくて密度がありました。

 これで低音系も良ければ文句なしなのですが、低音系はそれぞれに問題がありました。まず、アズチェーナ役の巖淵真理。雰囲気はアズチェーナらしいですし、声も似合っていると思うのですが、音楽に乗れていない。基本的に音が低めで終始し、高く上げなければいけないところは明らかに半音以上下がっていました。では低いところのおどろおどろしさはしっかり出ていたかと申し上げれば、低い音は下がり切れていない。アズチェーナが観客を引き付けなければいけない「炎は燃えて」は、モノクロの映像を見せられているようで不満が募りました。後半は前半と比べれば全然マシで、ようやく音楽に嵌ってきたのかな、という感じです。

 渡辺弘樹のルーナも評価しません。この渡辺という方、声は大きいのですが、喉が荒れていて響き汚いのです。だから「君の微笑み」のようなアリアはもっと甘く伸びて観客を引き付けられる筈ですが、声が伸びず、高音が更に汚く響いてしまいます。更に申し上げれば声が素直に伸びてこないので、フェルランドと二重唱を歌うと、パワーはルーナにあるのに、フェルランドの無理ない声の方が前に飛んでしまう、というところも出てしまいます。

 志村文彦のフェルランドは声が美声です。彼は見た目の理由からか、最近はオペレッタでの歌唱が多いのですが、こういうバスの立派な役をやると見せる方で、今回も低音系ソリストの中では唯一気を吐いていました。

 以上、よいところも悪いところもあった「トロヴァトーレ」公演でしたが、一番非難されるべきは指揮者でしょう。船橋洋介の音楽作りは端正でスタイリッシュなもので、オーケストラや合唱の指揮者としては十分な仕事を行ったものと思います。ただ、指揮するポジションが悪い。ソリストが前面で歌うのに対し、指揮者が舞台の中ほどで振るので、ソリストたちを見ることが出来ないのです。志村文彦は要所要所で指揮者を振り返ってみて、テンポ等を確認していましたが、基本的にソリストと指揮者のコンタクトが出来ません。そうであれば指揮者はテンポを楽譜通りにしなければいけないと思うのですが、音楽が乗ってくるとどうしてもテンポを揺らしてしまいます。そこに歌手たちが上手く反応できれば問題ないのですが、聴覚だけでやろうと思うとどうしてもタイミングがずれてしまう。それがあるので、音楽としての一体感が途切れていた、ということがあります。

 音楽的な一体感をもっと入れるためには、指揮者はソリストが見える位置で振るべきだったと思います。そうすればもっとソリストに気が廻ったと思いますし、ソリストも指揮者の意図を感じながら歌えただろうと思います。その意味で今回の演奏会で一番残念だったのは指揮者の立ち位置かもしれません。

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鑑賞日:2016年8月27日
入場料:自由席 3500円

主催:La Primavera

La Primavera第10回公演

オペラ3幕 字幕付き原語(イタリア語)上演
プッチーニ作曲「トゥーランドット」(Turandot)
原作:カルロ・ゴッツィ
台本:ジュゼッペ・アダーミ、レナート・シモーニ
会場:江東区文化センターホール

スタッフ

指 揮 苫米地 英一  
管弦楽   Ensenble Primavera
合 唱    La Primavera合唱団
合唱指導    河村 逸平、川嶋 雄介、田中 大輝
演 出 川島 慶子
照 明  :  佐原 久美子
音 響  :  桑原 理一郎
舞台監督  :  原 有人

出 演

トゥーランドット   山口 安紀子
カラフ   秋谷 直之
リュー   佐藤 亜希子
皇帝アルトゥム   浅原 孝夫
ティムール   大澤 恒夫
ピン   立花 敏弘
パン   小田 知希
ポン   小田島 佳伸
役人   月野 進

感 想

バランス、バランス、バランス-La Primavera第10回公演「トゥーランドット」を聴く

 アマチュアの自主運営の団体が行っているオペラ公演です。だから当然限界はあるし、プロが大掛かりにやるようにはいかないのはよく分かります。それにしても、なんです。もう少し、色々なところに配慮してバランスを整えて貰えれば、全然違った結果になったのではないか、と思います。そこが残念です。

 まず演目です。「トゥーランドット」。合唱が活躍する作品であり、市民オペラでは取り上げやすい作品です。ただこの「市民オペラ」では合唱が大規模だ、ということがある。上手ではなくても合唱の人数が沢山いると、群衆の雰囲気が良く出て、「トゥーランドット」の味が出る様になる。しかし、今回が合唱の人数が足りないです。女声20人、男声7人。この27人の合唱、決して下手ではないですし、室内合唱的にはいい味を出していると思うのですが、「トゥーランドット」の合唱をやるにはどう見ても頭数不足です。特に男声。個人個人に力があってもヴォリュームがないので、合唱を歌っているというより、個人個人がバラバラに歌っているように聴こえてしまう。男声がこの倍の人数いれば全然雰囲気が違っていたと思うのですが、残念です。逆に申し上げればこの人数の合唱で「トゥーランドット」をやるのかな、と思う部分があります。

 更に申し上げれば会場が狭いのも如何なものかです。舞台が狭くて、人が動ける余裕がない。更に座席数も400席前後のようで、ホールの容積に対してオーケストラの音が強すぎるのもどうかと思います。と言って、「トゥーランドット」は本来フォルテ、フォルテで押す作品ですから、フォルテで演奏しなければ形が付かないところがある。とすれば、もっと広い会場を選択すべきではなかったのでしょうか。舞台を広げ、会場を広げ、合唱の人数を厚くすれば、随分感じが変わったと思います。

 要するに「トゥーランドット」という演目を前提にすれば、それに見合った合唱、会場を考えるべきだったし、合唱の人数や会場の規模を前提にするなら、演目を考えるべきではなかったのかな、という気がします。

 このようなバランスの悪い条件で、良い演奏をしようとすれば指揮者の役割が重要になります。しかし、苫米地英一の指揮はそこまで気を配った指揮ではありませんでした。第一幕。何であんなに管楽器を咆哮させるのでしょう。木管も金管も力量のある方が多いようで、本気で吹くと音で会場が飽和してしまい、弦楽器も聞こえないし、歌も聴こえない、ということになってしまいます。オケピットがない会場で、オーケストラの音も高い位置から響いてきますから、オーケストラを抑えないとバランスが悪いし、歌手の負担も増えます。第二幕以降は少し気を付けたのか、第一幕のようなことはなくなりましたけど、最初はびっくりしました。

 このような悪い条件の中で歌手は頑張ったと思います。外題役の山口安紀子。高音が金切り声のような響きになっていて、あの音でもっと落ち着いた響きになれば更によいとは思いますが、強い高音がストレートに飛び出して素敵だったと思います。強力なオーケストラに唯一対抗できていたという感じでした。氷のような心を持った姫君の雰囲気を上手に出していた、と申し上げられると思います。

 佐藤亜希子のリュー。こちらもなかなか良かったと思います。第一幕のアリア「お聞き下さい、王子様」は、最高音が上がり切れていなかった感じはありますが、第三幕のリューの死の歌唱は情感の感じられる素敵なものでした。

 一方、難があったのは秋谷直之のカラフ。彼は中低音は厚みもあって響きも綺麗で素敵なのですが、本当に高音がない。高音になると声が漏れなくスカスカになって、響かない。だから「誰も寝てはならぬ」のような聴かせ所のアリアも締まらないで終わってしまう。会場ではブーが飛んでいましたが仕方がないと言うべきか。

 三人の大臣たちは、ピン役の立花敏弘が歌唱・演技とも見せてくれたと思います。小田知希のパン、小田島佳伸のポンも良く、アンサンブルのまとまりがありました。ただ、コメディアン的演技という点では、立花に明らかに一日の長があり、他の二人は少しもたもたしていたかな、という感じです。歌と演技の切れが同調するともっと楽しめたのですが、そこが残念です。

 あと、冒頭の役人が良かったです。誰が歌っているのかと思うと、月野進。なるほど。彼ならこれ位歌うでしょう。

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