オペラに行って参りました-2011年(その5)

目次

教育的演奏? 2011年11月20日  人材育成オペラ公演「魔笛」を聴く 
演出に見るアナーキーな普遍性  2011年11月24日  東京二期会オペラ劇場「ドン・ジョヴァンニ」を聴く 
演出に見られるサービス精神  2011年12月1日  新国立劇場「こうもり」を聴く 
ドヴォルジャークは、メロディメーカーである  2011年12月6日  新国立劇場「ルサルカ」を聴く 
二人オペラの最高傑作  2011年12月10日  NHK交響楽団第1716回定期演奏会「青ひげ公の城」を聴く 
     


オペラに行って参りました。 過去の記録へのリンク

2011年  その1  その2  その3  その4     
2010年  その1  その2  その3  その4  その5  どくたーTのオペラベスト3 2010年 
2009年  その1  その2  その3  その4    どくたーTのオペラベスト3 2009年 
2008年  その1  その2  その3  その4    どくたーTのオペラベスト3 2008年 
2007年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2007年 
2006年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2006年 
2005年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2005年 
2004年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2004年 
2003年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2003年 
2002年  その1  その2  その3      どくたーTのオペラベスト3 2002年 
2001年  前半  後半        どくたーTのオペラベスト3 2001年 
2000年            どくたーTのオペラベスト3 2000年  

 

鑑賞日:2011年11月20日

入場料:B席 3F1列57番 4300円

文化庁委託事業
平成23年度時代の文化を創造する新進芸術家育成事業


人材育成オペラ公演

制作:財団法人日本オペラ振興会

全2幕 日本語字幕付き歌唱原語(ドイツ語)台詞日本語上演
モーツァルト作曲「魔笛」K.620 (Die Zauberflöte)
台本:ヨハン・エマヌエル・シカネーダー

会場:テアトロ・ジーリオ・ショウワ

スタッフ

指揮  :  星出 豊   
管弦楽  :  テアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ 
合唱  :  藤原歌劇団合唱部 
演出  :  横山 由和 
美術  :  本江 義治 
衣裳  :  鷺 典子 
照明  :  倉本 泰史 
技術監督  :  古賀 裕治 
舞台監督  :  大友 仁義 
指揮補  :  大勝 秀也 
副指揮  :  一色 知希/田邉 賀一
公演監督  :  岡山 廣幸 

出演

ザラストロ  :  東原 貞彦 
タミーノ  :  藤原 海考 
夜の女王  :  乾 ひろこ 
パミーナ  :  大音 絵莉 
侍女T  :  飯嶋 幸子 
侍女U  :  小林 教代 
侍女V  :  丹呉 由利子 
パパゲーノ  :  大石 洋史 
パパゲーナ  :  枝松 瞳 
弁者  :  田中 大揮 
モノスタトス  :  長谷川 雅敏 
童子T  :  高橋 初花 
童子U  :  山邊 聖美
童子V  :  山ア 智世
武士T/僧侶T  :  沢崎 一了 
武士U/僧侶U  :  池田 哲 

感想

教育的演奏?−人材育成オペラ公演「魔笛」を聴く


  若い歌手の演奏を聴くことは、大抵楽しいことです。歌唱の世界もスポーツと同じで、かつては出来る方が例外であった超絶技巧が、今の若い方にとっては、何でもない技術になっている。勿論、個々の歌手について言えば、それぞれの得手不得手がありますから一概に申し上げられませんが、全体的な技術レベルは確実に向上していると言ってよいと思います。だから、学生オペラでいい演奏が聴けたりすることは、私にとって不思議なことではありません。文化庁の「人材育成オペラ公演」も、同じような意味で、若手の、チャンスが余り与えられない歌手による、素晴らしい公演になる期待があります。

 演目が「魔笛」と言うのも いい。「魔笛」は、「夜の女王のアリア」のように超難曲が含まれていることは事実ですが、全体的にはさほど複雑な曲ではないし、調性もしっかりしている。登場人物も多く、若い歌手たちの顔見せ公演には、打ってつけの作品と申し上げてよいでしょう。それだけに期待して伺いました。

 しかし、全体を総括して一言で本日の演奏をまとめれば、「期待外れだった」、この一言に尽きます。まず気に入らないのが、星出豊の音楽づくりです。多分、星出の頭の中には、この演奏会が、若手歌手の勉強の場だと言う意識が強く合ったのでしょうね。彼にとっては、今回の演奏は、音楽の感興の前に若手歌手の教育が先に有った。だから、テンポが全体的に遅めで、歌手たちにじっくり歌わせることに主眼を置いた訳です。

 確かに、皆じっくり歌っていました。しかし、その結果、モーツァルトの音楽が内包する柔軟な軽やかさがスポイルされていたことは間違いありません。要するに、上質な「魔笛」を聴いたときに心に湧き上がるウキウキ感が感じられないのです。全員が全員そうだったとは申し上げませんが、上演全体が重たさを感じさせるものでしたし、個別の歌唱も重たさを感じさせられた方が多かったのは事実です。

 その一番いい例が「夜の女王」役の乾ひろこでしょう。乾は、正確な歌唱と言う点に関しては文句なしのレベルでした。二曲のアリアはどちらも素晴らしいものでした。特に第12曲のアリア「復讐の心は地獄のように我が胸に燃え」は、正確だし、最高音もそれほど痩せずにしっかり出してきました。楽譜通り歌えている、と言う観点からは、私が今年聴いた夜の女王のベストです。しかし、それでも物足りない。ポジショニングに甘さがあるのです。

 登場のアリアである、「ああ、怖れおののかなくてもよいのです、わが子よ」に、その問題点がよく出ていました。中音部で声が濁るのです。もう少し意識を高いポジションにおいて歌えば、汚い音にならずに、後半のコロラトゥーラにつなげられるのに、と思え、残念でした。

 藤原海考のタミーノにも、類似の問題を感じました。藤原はわりとドラマティックなタミーノを表現したいようで、細かい表情変化の多いタミーノを歌って見せたのですが、タミーノとしては如何なものか、と言う気がしました。要するに、細かな表情を強調するために、音楽の流れとマッチしていかない部分があるのです。ロマン派のオペラであれば、彼のような歌い方は勿論ある訳ですが、タミーノとして適切かと言えば、別だと思います。結果として落ち着きの悪いタミーノになっているように思いました。もっと大きな流れに乗った歌唱を期待したいと思いました。

 東原貞彦のザラストロ。大変なのは良く分かるのですが、もっと低音が響いてほしい。中高音がフォルテで響いているのに、低音が痩せた感じになるのは、如何にも惜しいところです。また、13番の「この聖なる神殿では」では、途中がスタカートのようになってしまって、やや走り気味。全体的に重い演奏だったわけですが、ザラストロは比較的軽量級の感じがし、もっと重くあって欲しいと思いました。

 大音絵莉のパミーナ。残念ながら、パミーナを歌うには力量不足でしょう。声質は、一寸暗めのリリックな声でパミーナ向きだと思うのですが、ソプラノですから高音がもっと伸びて響いてほしい。頭に重しを乗せられたような歌で、今一つだったと思います。

 そのほか、童子三人は、登場で歌い始めのタイミングがずれて遅くなってしまいました。舞台経験の無さが影響したのでしょうか。侍女三人の三重唱は、侍女Tに声が傾いていたきらいがありました。低音部担当がもう少し声が出ていた方が、アンサンブルの立体感が増したように思います。枝松瞳のパパゲーナはあんなものでしょう。

 一方良かったのは、まず、大石洋史のパパゲーノ。一寸素人っぽい歌唱が、パパゲーノに似合っていた、と思いますし、台詞、演技も、パパゲーノの天衣無縫さを示すのにそれなりに十分でした。モノスタトスを歌った長谷川雅敏も良好。キャラクター・テノールの役どころですから、もっと突っ込んだ臭い歌唱・演技をしてくれても良いとは思いましたが、歌はなかなか立派でした。

 そしてもう一人忘れていけないのは、沢崎一了の武士/僧侶Tです。アクートの効いたテノールの声が素晴らしいです。歌うところは僅かですが、その声の存在感は群を抜いていました。武士Uとのバランスが悪かった、と言うことはあるのですが、逆にあそこまで歌ってくれれば、「ほう」と思います。サプライズでした。

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鑑賞日:2011年11月24日 

入場料:C席 2F F列14番 8000円

平成23年度文化芸術振興費補助金(トップレベルの舞台芸術創造事業)
平成23年第66回芸術祭協賛公演


主催:公益財団法人東京二期会
共催:日生劇場(公益財団法人ニッセイ文化振興財団)

東京二期会オペラ劇場とライン・ドイツ・オペラとの共同制作


全2幕 日本語字幕付き歌唱原語(イタリア語)上演
モーツァルト作曲「ドン・ジョヴァンニ」K.527 (Don Giovanni)
台本:ロレンツォ・ダ・ポンテ

会場:日生劇場

スタッフ

指揮  :  沼尻 竜典   
管弦楽  :  トウキョウ・モーツァルトプレーヤーズ 
合唱  :  二期会合唱団/びわ湖ホール声楽アンサンブル 
合唱指揮    松井 和彦 
演出  :  カトリーネ・グルーバー 
装置  :  ロイ・スパーン 
衣裳  :  メヒトヒルト・ザイベル 
照明  :  山本 英明 
音響  :  小野 隆浩 
舞台監督  :  大仁田 雅彦/飯田 貴幸 
副指揮  :  松井 和彦/阿部 肇/道端 大輝
公演監督  :  三林 輝夫 

出演

ドン・ジョヴァンニ  :  宮本 益光 
騎士長  :  斉木 健詞 
ドンナ・アンナ  :  文屋 小百合 
ドン・オッターヴィオ  :  今尾 滋 
ドンナ・エルヴィラ  :  小林 由佳 
レポレッロ  :  大塚 博章 
マゼット  :  近藤 圭 
ツェルリーナ  :  盛田 麻央 

感想

演出に見るアナーキーな普遍性−東京二期会オペラ劇場公演「ドン・ジョヴァンニ」を聴く

  「ドン・ジョヴァンニ」と言う作品は、実は良く分からない作品です。何が分からないかと申し上げれば、オーソドックスな演出がどういうものなのかが今一つピンと来ない。これが、「フィガロの結婚」や「コジ・ファン・トゥッテ」であれば、直ぐに想像できてしまうのですが、「ドン・ジョヴァンニ」はそうはいかない。例えば、騎士長の家とドン・ジョヴァンニの屋敷はどれぐらい離れているんですかね?「カタログの歌」によれば、ドン・ジョヴァンニはヨーロッパ中を駆け巡り、それぞれの土地で女性と懇ろな仲になるわけですが、ドンナ・エルヴィーラは最初どこで、ドン・ジョヴァンニに誘惑されたのか。それも良く分かりません。一応、セビリアが舞台と言うことにはなっているようですが、ドンナ・エルヴィーラもセビリアで誘惑されたのかしら。その時、ドン・ジョヴァンニの悪行は噂になっていなかったのかしら。そう言う風に考えていくと、オーソドックスな舞台がどのようなものであるか、どんどん分からなくなっています。

 要するに、「ドン・ジョヴァンニ」はある意味非常に観念的な作品で、人間の普遍性を示しているのですね。普通の男なら、大抵多くの女性と関係したいと思っている。しかしながら、キリスト教的な宗教観では、一夫一妻制は非常に大事な倫理観ですから、そこを破るのは神に対する冒涜です。そこの狭間を描いた作品なのですね。だから、どんな演出もありうる。例えば、2004年の宮本亜門演出のような上演だってよい。

 今回のグル―バーの演出は、「
人間の普遍性」ということに視点をおき、キリスト教的価値観と人間の本能的欲望の相克を見せました。その意味で、前回の二期会公演における宮本亜門の現代文明が崩壊した未来を舞台にした演出よりも、ずっと「ドン・ジョヴァンニ」という物語の本質を突いていました。ある意味、あけすけな演出で、当然賛否両論あるとは思いますが、私は「ドン・ジョヴァンニ」という悪魔的作品の本質を突くためには、あの演出は極めて効果的だと思いました。

 グル―バーは、時代の枠を取り払って見せました。今回の演出では、序曲が始まると、現代の恋人同士としか思えないツェルリーナとマゼットが、ドン・ジョヴァンニの屋敷に入ってきます。そこにいるのは、ロココ時代の衣裳を身につけたレポレッロです。私は、ファッションには詳しくないので、よくわからないのですが、ドンナ・アンナとドンナ・エルヴィラも少し違う時代の雰囲気の衣裳を着て登場しています。つまり、時代を超えた登場人物が一堂に会するわけです。

 また、第一幕においては、登場人物の多くが鏡の中から登場する。舞台全体が写し鏡のようになっていて、一つの鏡の後ろに更に一つの鏡があります。つまり、この鏡は、観客だって、この鏡の中にいるのだ、という主張でしょうね。時代が違おうが、立場が違おうが、人間はデモーニッシュなものに惹かれやすい、と言うことが一つの主張でしょう。

 「ドン・ジョヴァンニ」は、その中心にいます。ドン・ジョヴァンニ以外の登場人物が、ある時代の、あるいはある道徳の体現者であるのに対し、ドン・ジョヴァンニだけは、黒づくめの衣裳で、時代を超越しています。その合わせ鏡の中にいる女たちは、ドン・オッターヴィオのドンナ・アンナでもなく、マゼットのツェルリーナでもなく、ドンナ・エルヴィラを含めて、皆、ドン・ジョヴァンニに惹かれているのです。女性たちの男性的なものに対する欲望は、素直な形で舞台上で示されます。例えば、第二幕のドンナ・アンナの大アリア、本来ならば、ドン・オッターヴィオに対する愛情を示す歌の筈なのに、衣裳を脱ぎ捨てながら歌うその眼の先には、ドン・ジョヴァンニがいます。また、音楽的な展開とは全く関係ないのですが、ドン・ジョヴァンニとドンナ・アンナやエルヴィーラと対峙している時、ツェルリーナは、舞台の端で、レポレッロとキスをしたりしています。

 最終曲では、黒い衣裳をまとったドン・ジョヴァンニ以外の人は皆白い下着姿になり、地獄落ちした筈のドン・ジョヴァンニが舞台の上で、大団円に喜んでいる出演者たちを冷ややかに眺めています。性的なものは時代も性別も超越する。それが今回のグル―バーの主張かもしれません。舞台美術的には美しいセンスが良いものですが、そこでなされる演技は正にアナーキーです。

 そういう過激な演出の中、歌手の皆さんはそれなりに頑張っていたと思います。

 宮本益光のドン・ジョヴァンニは、間違いなく熱演でした。演技は、ジゴロ的ないやらしさが十分含まれた色気が感じられて良い。ただし、女性に迫るパターンが常に同じなので、そこにメリハリがつけばもっとおもしろかったのではないかと思いました。歌唱は、高いところで響くドン・ジョヴァンニでした。ドン・ジョヴァンニのデモーニッシュな部分の表出が、もっと優男的、あるいはホスト的な雰囲気に鳴っていたと思います。そこをどう見るかで、今回のドン・ジョヴァンニの評価につながりそうです。私は結構気に入っています。しかし、歌唱は元気良すぎて外れる部分もそれなりに多く、正確な歌唱と言う観点からは課題を残した感じです。

 文屋小百合のドンナ・アンナ。この方も一寸飛ばし過ぎの印象です。高音が良く伸びるのですが、一寸上ずった感じになってしまっていて、歌唱に落ち着きがない感じがしました。基本のポジションの重心を低く置いて歌った方が、ドンナ・アンナらしさが出たのではないかという気がしました。ただ、今回のドンナ・アンナはキリスト教的真面目な女性でいることを否定されている役なので、ハイテンションでなければとても歌えないと言うのは、よく分かるところです。その意味では十分だったのでしょう。

 小林由佳のドンナ・エルヴィーラもよい。この方は、結構過激な演技に比べて歌唱が落ちついていたのが良かったと思います。メゾ・ソプラノと書かれていますが、高音もきっちり伸びていましたし、要所要所が押さえられていた歌のように思いました。Bravaだと思います。

 盛田真央のツェルリーナも良かったです。演技的にはこの方のかなり過激なことをやらされていましたが、歌の位置はしっかりしていて、聴かせどころのアリアは、どれも良かったです。特に「薬屋の歌」は、マゼットに対する愛を打ち明けているように見せながら、実際は、ドン・ジョヴァンニに惹かれている自分を隠している。その表情が良いと思いました。

 大塚博章のレポレッロも結構です。ドン・ジョヴァンニとレポレッロは似たようなトーンで歌われることが多いと思いますが、今回は、ハイバリトンのドン・ジョヴァンニとバスバリトンのレポレッロと声的には対照的でした。それゆえにドン・ジョヴァンニの超越とレポレッロの世俗が一つの対立軸になっていました。

 今尾滋のドン・オッターヴィオ。本来バリトンの歌手です。それをテノールの中でも比較的軽い声で歌われることの多いドン・オッターヴィオを歌うのは流石に無謀でした。高音部はそれでも何とかなっているのですが、低い声は完全にバリトンの発声です。高音の声の艶やかさも、ドン・ジョヴァンニに完全に負けていました。そう言う訳で、あまり買えないと申し上げたいのですが、今回の演出では、ドン・オッターヴィオはドン・ジョヴァンニの魅力に叩きのめされる役柄です。その意味では、声も宮本に完全に負けている今尾の起用は適切なのかもしれません。

 近藤圭のマゼットは、現代人のよわっちい青年で、ドン・ジョヴァンニのアナーキーな強さに負けてしまう感じがよく、斉木健詞の騎士長は、本来ならば、神の代理の筈なのに、この演出ではパロディ的存在になっている。そこがおかしいと思いました。

 この演出を支えたのは、沼尻竜典とトウキョウ・モーツァルトプレーヤーズの演奏です。沼尻は、ドラマティックな音楽づくりでこの舞台を支えました。特に第一幕は熱演で良かったと思います。第二幕は、木管陣がややよたった部分もあったのですが、素敵な演奏でした。

 それにしても刺激的な演奏でした。たっぷり楽しみました。

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鑑賞日:2011年12月1日 

入場料:C席 3F 2列52番 6615円

主催:新国立劇場

全3幕 日本語字幕付き歌唱原語(ドイツ語)上演
ヨハン・シュトラウスU世作曲「こうもり」Die Fledermaus)
原作:アンリ・メイヤック/ルドヴィック・アレヴィ
台本:カール・ハフナー/リヒャルト・ジュネー


会場:新国立劇場オペラパレス

スタッフ

指揮  :  ダン・エッティンガー   
管弦楽  :  東京フィルハーモニー交響楽団 
合唱  :  新国立劇場合唱団
合唱指揮    冨平 恭平 
バレエ  :  東京シティ・バレエ団 
演出  :  ハインツ・ツェドニク 
美術・衣裳  :  オラフ・ツォンベック 
振付  :  マリア・ルイーズ・ヤスカ 
照明  :  立田 雄士 
演出補  :  田尾下 哲 
振付補  石井 浩子 
舞台監督  :  斉藤 美穂 
音楽ヘッドコーチ  :  石坂 宏
芸術監督  :  尾高 忠明 

出演

ガブリエル・フォン・アイゼンシュタイン  :  アドリアン・エレート 
ロザリンデ  :  アンナ・ガプラー 
フランク  :  ルッペルト・ベルグマン 
オルロフスキー公爵  :  エドナ・ブロホニク 
アルフレード  :  大槻 孝志 
ファルケ博士  :  ペーター・エーデルマン 
アデーレ  :  橋本 明希 
ブリント博士  :  大久保 光哉 
フロッシュ  :  フランツ・スラーダ 
イーダ :  平井 香織 

感想

演出に見られるサービス精神−新国立劇場公演「こうもり」を聴く

  「こうもり」は、オペレッタの最高傑作であることはだれもが認めるところですが、作品の音楽的バランスは今一つ良くない。第三幕は、音楽の中に台詞があると言うより、台詞の中に音楽が入っているという感じです。第三幕で一番存在感があるのは、フロッシュですが、フロッシュは歌う役ではありません。でも、この作品の中でフロッシュは、とても重要な役で、彼が登場しないと(そういう「こうもり」も見たことがあります)、作品の面白さが半減します。

 さて、フロッシュは、飲んだくれの看守ですが、彼が普段飲んでいるのは、スリボビッツというスモモから作るブランデーの一種です。チェコ原産らしい。日本国内でも飲めるところはあるようですが、私は飲んだことがありません。看守が愛飲できるぐらいですから、きっと安価なお酒なのでしょう。しかし、日本に来たフロッシュが好むのはアルコール度数が強い蒸留酒と言うことではスリボヴィッツと同様の「焼酎」です。

 この言い回しは、ツェドニク演出のこの舞台のプレミエの時も言っていましたので、演出の一部だったのですね。そう言えば、アルフレードが監獄の中で歌う歌も、前回と同じではないかと思いました。そこも演出とは、、、、。

 相当作り込んである舞台であることは分かりましたが、肝心の演奏は、と申しますと、印象が薄いです。これは、当然でして、今回の公演、私は仕事の都合で、二幕の後半からしか見ていません。ロザリンデの歌う「チャールダーシュ」からです。ここからだと、重唱曲であればクライマックスの「葡萄酒の奔流に」とか、「皆兄弟になろう」みたいな音楽はあるわけですが、個々人の歌手の特徴を掴むには、今一つ時間が短い感じです。「葡萄酒の奔流に」は、それだけ聴いても名曲だとは思いますが、「こうもり」というオペレッタの第一幕から聴いているからこそクライマックス感が強く出るんだ、と言うことが今回分かった感じがします。

 なお、ガプラーが歌う「チャルダーシュ」は崩れすぎていて私の好むものではありません。もっと端正に歌うことは出来なかったのでしょうか。それ以外の歌手については、皆印象が薄いです。橋本明希というソプラノは初めて聴く方ですので、結構楽しみにしていたのですが、「侯爵様、あなたのようなお方が」を聴いていない以上、第3幕の歌だけでは、なんとも実力は分かりかねるところで、残念でした。

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鑑賞日:2011年12月6日 

入場料:C席 4F 1列17番 6615円

平成23年第66回芸術祭協賛公演

主催:新国立劇場

全3幕 日本語字幕付き歌唱原語(チェコ語)上演
ドヴォルジャーク作曲「ルサルカ」(Rusalka)
台本:ヤロスラル・クラヴィル

会場:新国立劇場オペラパレス

スタッフ

指揮  :  ヤロスラフ・キズリング   
管弦楽  :  東京フィルハーモニー交響楽団 
合唱  :  新国立劇場合唱団
合唱指揮    冨平 恭平 
演出  :  ポール・カラン 
美術・衣裳  :  ケヴィン・ナイト 
照明  :  デイヴィッド・ジャック 
舞台監督  :  村田 健輔 
音楽ヘッドコーチ  :  石坂 宏
芸術監督  :  尾高 忠明 

出演

ルサルカ  :  オルガ・グリャコヴァ 
イェジババ(魔法使い)  :  ビルギット・レンメルト 
王子  :  ペーター・ベルガー 
ヴォドニク(水の精)  :  ミッシャ・シェロミアンスキー 
外国の公女  :  ブリギッテ・ビンダー 
森番  :  井ノ上 了吏 
料理人の少年  :  加納 悦子 
第一の森の精  :  安藤 赴美子 
第二の森の精  :  池田 香織 
第三の森の精  :  清水 香澄 
狩人  :  照屋 睦 

感想

ドヴォルジャークは、メロディメーカーである−新国立劇場公演「ルサルカ」を聴く

  ドヴォルジャークという作曲家と言えば、交響曲8番や、新世界交響曲、チェロ協奏曲やヴァイオリン協奏曲といった器楽系名曲で私にとっては親しい作曲家で、あまり声楽系の作曲家と言う印象はありません。実際は、有名な「我が母に教え賜いし歌」や、「スターバト・マーテル」、「レクイエム」といった傑作声楽曲があり、決して器楽ばかりの作曲家ではないのですが、よく聴ける、という観点では、圧倒的に器楽の作曲家のような気がします。

 オペラに関しては、「ルサルカ」が代表作であることは知っていましたが、それ以外に10作ものオペラを作曲していたことは全く知りませんでした。又、「ルサルカ」についても、全曲を聴いたのは、今回が初めての体験です。考えてみますと、「ルサルカ」の日本初演は、1921年と古いのですが、あまり演奏されることの多い作品ではありません。ここ20年間ほどで見ても、札幌、尼崎、広島など地方都市での上演が多く、東京で上演されたのは、1999年のプラハ国民歌劇場来日公演の2回の公演だけでした。

 そんなわけで、初めて聴くオペラに非常に期待して伺ったのですが、なかなか素敵な体験になったと思います。

 まずは、音楽がチャーミングです。全体のオペラの作り方はワーグナーの影響を非常に受けているのがよく分かりますが、ワーグナーと決定的に違うのは、ドヴォルジャークは天性のメロディ・メーカーであるということです。全体に歌心が溢れています。素敵なアリアや重唱曲もありますが、第二幕の舞踏会のポロネーズが代表的だとは思いますが、器楽だけで演奏される部分の美しさが格別です。

 われわれは、ドヴォルジャークと言えば、「スラヴ舞曲」や、「交響曲第8番」の第3楽章、「交響曲第9番」の第2楽章などで、美しいメロディを作る方であることをよく知っている訳ですが、オペラについても、その例外ではなかった、と言うことなのだろうと思います。

 さて、演奏ですが、作品を詳しく知っている訳ではないので、あまり申し上げられないのですが、もう少し、いい演奏に出来る手段があったのではないか、と言うのが正直なところです。

 外題役のグリャコヴァですが、見た目はもの凄くチャーミングです。私は、彼女の歌う「蝶々夫人」を聴いている訳ですが、その時の彼女の雰囲気よりずっと可愛らしいです。勿論和服を切る蝶々夫人よりも青いすっきりとした衣裳の方が彼女に似合っているということはあるのですが、立居振舞も含めて、「ルサルカ」という水の精の雰囲気をよく出していたように思います。

 しかし、歌はチャーミングとは言い難い。確かに「ルサルカ」という役は、ソプラノ・リリコ・スピントの持ち役ではありますが、ただ強靭に歌えばよいという役柄ではないと思います。音楽的に強調すべきところは激しく、強靭に歌ってもらって一向に差し支えないのですが、そうでない部分は、もっとチャーミングに、あるいは、透明感を持った歌にした方が、絶対に役柄に合っていると思います。彼女の歌は、全体的に力強さはあるのですが、透明感に乏しく、ヴィヴラートが過剰なのが眼を引きます。有名な「月へ寄せる歌」のアリアも、もっとリリックに歌った方が良いだろうと思いました。演技や姿かたちと、歌が合わず、終始違和感を感じていました。

 一方、イェジババ役のレンメルトが良い。今回一番良かった歌手だと思います。高音も低音も無理な感じが無く、しっかり出ているところが良い。特に低音部の濃い墨で塗りつぶすかのような歌が、役柄のおどろおどろしさを際立たせていたように思いました。

 王子役のペーター・ベルガーもなかなかです。スロヴァキアの方らしいですが、王子を得意役とし、チェコ国内などで、何度も歌われているようです。そういう方の歌だけあって、リリシズムとダイナミズムのバランスが取れた、聴かせどころの弁えた良い歌唱だったと思います。

 ヴォドニク役のシュロミアンスキーも良いと思いました。低音が柔らかくきっちり響きます。低音歌手は、低音がしっかり響くと良いものです。ヴォドニクは、人間社会に憧れるルサルカのお守役というか父親のような役回りですが、「大きく包む父性愛」のようなものが、歌唱からにじみ出ているような感じがあってよかったと思いました。

 日本人助演陣に関しては、女声が良い。料理人の少年の役を一寸コミカルに歌った加納悦子が魅力的だし、水の精の三重唱もよい。ソロで頑張るとキンキン声になりがちの安藤赴美子が、アンサンブルの中では、素敵なバランスでソプラノ役を取っていたので、まとまりの良いアンサンブルになっていたのではないかと思いました。

 キズリング指揮の東京フィルハーモニー交響楽団の演奏も、ローカル色を感じさせるなかなか結構なもの。作品自身ワーグナー的おなものが色濃く出ている訳ですが、キズリングにはドヴォルジャークを「おらが作曲家」と思う感覚があるのでしょうね。ローカル色豊か、と申し上げると、また一寸違う様な気もしますが、単なるワーグナー的なものではない、独特の味わいを感じました。良かったと思います。

 演出は、ポール・カランのノルウェー国立オペラ・バレエの舞台を持ってきている訳ですが、これが視覚的に美しいもの。水の青を基調にした色彩ですが、この青のバランスが見事だと思いました。また、おとぎ話的物語ですが、単純な幻想物語に仕上げていないのも面白いと思いました。第二幕の結婚式の場面で、ポロネーズを踊る合唱団は、ルサルカに対する圧力になるわけですが、踊りを踊らせず、ルサルカに迫っていくような演出は、心理的圧迫感を見事に示していたように思いました。

 今回の上演の楽日でした。中には、お疲れの歌手の方もいらした様子でしたが、素敵な舞台だったと申し上げましょう。

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鑑賞日:2011年12月10日 

入場料:E席 3F 自由席 1500円

NHK交響楽団第1716回定期演奏会

主催:NHK交響楽団

全1幕 日本語字幕付き歌唱原語(ハンガリー語)上演/演奏会形式
バルトーク作曲「青ひげ公の城」(Herzog Blaubarts Brug)
台本:ベーラ・バラージュ

会場:NHKホール

スタッフ

指揮  :  シャルル・デュトワ   
管弦楽  :  NHK交響楽団 

出演

青ひげ公  :  バリント・サボ 
ユディット  :  アンドレア・メラース 

感想

二人オペラの最高傑作−NHK交響楽団第1716回定期演奏会「青ひげ公の城」を聴く

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