オペラに行って参りました−2000年−

目次

2000年7月21日 ロッシーニ「オテロ」

2000年8月4日 ブリテン「真夏の夜の夢」

2000年9月7日 ロッシーニ「幸せな間違い」

2000年9月26日 プッチーニ「トスカ」

2000年10月10日 モーツァルト「魔笛」

2000年11月5日 ドニゼッティ「シャモニーのリンダ」

2000年11月15日 高橋薫子ソプラノリサイタル

2000年11月16日 ロッシーニ「ランスへの旅」

2000年11月27日 バルトーク「青ひげ公の城」

2000年12月25日 ウェーバー「アブ・ハッサン」/ロルツィング「オペラの稽古」

観劇日:2000年7月21日
入場料:A席 8000円 2F 1列23番

東京オペラ・プロデュース設立25周年記念・第62回定期公演

ロッシーニ作曲「オテロ」
オペラ3幕、原語上演
原作 シェイクスピア
脚本 ベリオ・ディ・サルサ

会場 新国立劇場中ホール

指揮:松岡 究  管弦楽:東京ユニバーサル・フィルハーモニー管弦楽団
合唱:東京オペラ・プロデュース合唱団  合唱指揮:伊佐地邦治  字幕:千代田晶弘
演出:松尾 洋  美術:土屋 茂昭  衣装 溝口由之・清水崇子

出演者

オテロ   :羽山 晃生(T)
デズデーモナ:小野さおり(S)
ロドリーゴ :小林 彰英(T)
ヤーゴ   :林 永清(T)
エルミーロ :米谷 毅彦(Br)
エミーリア :平川 志保(MS)
ドージェ  :白井和之(Br)
ゴンドリエ/ルチオ:佐藤 敦史(T)

感想
 
シェイクスピアは、史上最高の劇作家ですから、その作品を原作にしたオペラは数知れず。勿論リチャード二世やヘンリー八世のようにオペラがない作品もあるのですが、「ロメオとジュリエット」なんかは32本もオペラがかかれています。オテロは比較的少ない方で4本書かれているそうですが、その内、主要なものがヴェルディとロッシーニの「オテロ」です。ヴェルディのオテロは、ボーイトがシェークスピアの原作に忠実に台本を書き、そこに、ヴェルディ晩年の緻密な音楽が流れ、オペラ史上屈指の名作になっているのは御存知のとうりです。

 ロッシーニの「オテロ」は、1816年に初演されてから19世紀中はかなりの人気作だったそうです。でも、ヴェルディの作品が発表されてからは人気は下火。1954年ニューヨークで蘇演されるまで60年あまり、忘れられた存在でした。内容はシェイクスピアの原作とはかなりかけ離れた設定になっているようです。例えば、キプロス島は全く出てこず、ヴェネチアですし、ヤーゴは完全な脇役で策謀をめぐらすのはロドリーゴです。

 音楽は、馬鹿にしたものではありません。私は、ヴェルディのオテロを非常に敬愛するものですが、ロッシーニの作品もロッシーニらしい乾いた音楽が続き、セリアの傑作といって全く問題ないと思います。日本での初演は、1989年6月、東京オペラ・プロデュースによってなされ、その後2回の再演を重ね、本日の公演は、4度目の公演となるそうです。

 それで、演奏の内容ですが、はっきり言って駄演でした。まず、演出の意図がよく見えない。舞台の上にある柱を場面ごとに動かし、天井から吊られている布とともに場面を象徴しているようですが、全く何を意味しようとしているのかわかりませんでした。本来第1幕1場はサンマルコ広場、1幕2場はエルミーロの家、1幕3場は豪華な広間なのですが、違いがほとんど見えない。演出家はそれなりの考えがあってあのような舞台にしたのでしょうが、私には、舞台装置の代金を安く上げるための便法にしか見えませんでした。

 歌に関して言えば、今回最もよかったのはデズデーモナでしょう。小野さんは、スピントの利いた歌声で、しっかりと歌い、ダジリダも一番崩れず、好演でした。「柳の歌」は一番の聴かせどころですが、情感豊かに歌い、感心いたしました。

 男性陣では、オテロを歌った羽山さんが一番。この人は声自身がよいです。全体的には大きな破綻もなく歌いきりました。でも演奏技巧と言う点で見ると、日本の歌劇界にももっと上手な人が沢山おり、もっと練習していただきたいというところです。

 その他は論じるに値しない。あの程度の歌でお金を取れると思ったら大間違いよ、といったところでしょう。作品が、音楽的にも名作であることは疑いないところです。だからこそ、もっと上手に歌える人たちでの上演を聴きたいと思いました。

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観劇日:2000年8月4日
入場料:C席 6000円 3F 3列11番

東京二期会オペラ劇場

ブリテン作曲「真夏の夜の夢」
オペラ3幕、字幕付き原語上演
原作 シェイクスピア
脚本 ベンジャミン・ブリテン/ピーター・ピアーズ

会場 Bunkamuraオーチャードホール

指揮:若杉 弘  管弦楽:東京フィルハーモニー室内管弦楽団
合唱:二期会合唱団  合唱指揮:松井和彦  字幕:岩田達示
演出:加藤 直  美術:レギーナ・エッシェンベルグ  照明 成瀬一裕
振付:伊藤多恵  舞台監督:大仁田雅彦  公演監督:伊藤 叔

出演者

オベロン   :菅 有実子(MS)
タイタニア  :森  麻紀(S)
ライサンダー :星  洋二(T)
ハーミア   :永井 和子(MS)
ディミトリウス:黒田  博(Br)
ヘレナ    :佐々木典子(S)
シーシアス  :長谷川 顕(Bs)
ヒポリタ   :竹本 節子(MS)
クインズ   :峰  茂樹(Bs)
フルート   :近藤 政伸(T)
スナウト   :牧川 修一(T)
スターヴリング:松井 康司(Br)
スナッグ   :筒井 修平(Bs)
ボトム    :池田 直樹(Br)
くもの巣   :愛甲 久美(MS)
からしの種  :小林 菜美(S)
豆の花    :原 くにこ(S)
蛾      :浅野美帆子(S)
パック    :内田紳一郎(語り役)

感想
 
結局2回連続で、シェイクスピアを原作とするオペラを聴きました。いうまでも無く「オテロ」は悲劇で、「真夏の夜の夢」は喜劇です。ロッシーニが悲劇をもロッシーニの作品らしくからっと仕上げないわけにはいかないように、ブリテンは本来のドタバタ喜劇を、20世紀の作曲家の性というべきか、さまざまな音楽を重層的に流します。だから、本来単純な筈の喜劇が、ロッシーニの悲劇より重厚に聞えたりもします。我々が「真夏の夜の夢」というとメンデルスゾーンの劇付随音楽を思い出すのですが、ブリテンの音楽は、メンデルスゾーンの音楽と比べてはるかに懐疑的です。

 今回のオーケストラは、東フィルのメンバー。構成は、1stバイオリン:8、2ndバイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバスが各4、フルート、クラリネット、ホルン:各2、オーボエ、ファゴット、トランペット、トロンボーン:各1、打楽器:2(ただし持ち替え多し)、ハープ:2、チェンバロ:1というものです。音的には、非常にきらびやかな音と地味な音、擬古典的音(対位法の多用やチェンバロの使用)と無調的音、コロラトゥーラの歌唱とほとんど語るような歌唱、というように色々な音が対照的に現れ、全体の一体感がなかなかとりにくいようにも思えました。しかし、そこはオペラの手だれ、若杉弘ですから、上手にコントロールし、一つ間違うとばらばらに成りかねないオペラを上手にまとめて行ったと思います。

 ブリテンの「真夏の夜の夢」のもう一つの特徴は、合唱団以外の出演者が19人もいることです。通常のオペラが、合唱団を別にすると数人の登場で済むことを考えますといかにも多い。全員がソロを受け持つのではなくても、アンサンブルの中でソロパート歌ったりして実質的な役割を果たします。この19人は、大きく妖精グループと人間グループに分けられ、人間グループもカップルグループと職人グループに分かれます。こういう風に括れるようになると話はわかりやすいのですが、初めの内は、あまりに登場人物が多いのでだれが何をやっているのかよく分からず、ストーリーもはっきりせず、一寸閉口しました。2幕以降は、大体理解しましたが。

 舞台は非常に抽象的。オケピットの上に、円形に花道を作り、主なアリア(アリアといっていいかどうかという問題は有りますが)は、この上で歌われました。本舞台の上には、円形の舞台がおかれ、「真夏の夜の夢」を実現する舞台となっておりました。舞台は、幕が進むことによって変わることが無く、舞台が森の中の夜であることがよく分かります。

 肝心の歌ですが、総じて好調。少なくとも舞台を壊すような下手糞はいませんでした。その中でも特によかったのは森麻紀。技巧的には一番大変な役だったと思うのですが、絶好調でした。一寸声量が足りないのでは、と思わせられる部分が0ではなかったのですが、それ以上に高音に伸びがありコロラトゥーラがばっちり決まり、聴いていて楽しくなりました。
 次ぎによかったのは永井和子。ベテランらしくメリハリを利かせてそつ無くこなしていたと思います。人間の二組のカップル役をやった4人は、演技的にも悪くなかったと思います。
 職人グループの6人は、みな歌、コミカルな演技とも達者。特にロバの頭を被された池田直樹の歌唱がよかったです。
 ひとつ難をいうならば、オベロン役の菅有実子。本来この役はカウンター・テナーの役だそうですが、それがメゾが歌ったわけです。この場合、一般に低音部は問題無いのですが、高音部は女性の歌になり、カウンターテノールの中性的な歌唱とくらべて私は違和感を感じます。今夜の菅もこの点からは逃げられず、そこの工夫を考えて欲しかったと思います。
 あとパック役の内田紳一郎、この方は語り役ですが、非常によく体が動き、声もとおり、決して見通しのよいとは言えないオペラをよく仕切っていました。このオペラは、パックがしかけててんやわんや劇が始まり、パックが締めて大団円ですから、パックの良し悪しがオペラのメリハリを決めるのでは無いかと思います。その意味でよかったです。

 なかなか聴く機会の無いオペラで、私は録音を聴いたこともありませんでしたから、今日が完全に初めての体験でした。だから、完全に楽しめなかったのかもしれませんが、このオペラの持つ魅力はある程度感じ取れたと思います。

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観劇日:2000年9月7日
入場料:3780円、座席:D5列7番

小劇場オペラシリーズ第2回

ロッシーニ作曲「幸せな間違い」(L'Inganno Felice)
オペラ1幕、字幕付原語上演
原作 パイジェッロ
脚本 ジュゼッペ・フォッパ

会場 新国立劇場小ホール

指揮:星出 豊  管弦楽:新国立劇場小劇場オペラ・アンサンブル
字幕:本谷麻子  舞台監督:田中 義浩
演出:粟國 淳  装置:白石恵子  衣装:増田恵美  照明:笠原俊幸

出演者

イザベッラ :森  麻紀(S)
ベルトランド:小山陽二郎(T)
オルモンド :鹿野 由之(Bs)
タラボット :久保田真澄(Br)
バトーネ  :鹿又  透(Br)

感想
 
どこにも日本初演と書いていないので、言いきれないところが一寸癪だが、恐らく日本初演です。オペラ事典によれば、パイジェッロの同名のオペラに基づく、とあります。ロッシーニ20歳の時の作品で、彼の通算4番目のオペラ。1812年1月にヴェネチアのサン・モイゼ劇場で初演されています。お話は、一種の救出劇で内容的にはセミセリアです。しかし、ファルサのルールにしたがって、一幕、合唱なしで正味80分の上演時間。CDは何枚かあるらしいが、私は聴いた事がありません。非常に楽しみにして行きました。

 結論を言えば、聴いてよかった。でも不満も沢山残った。

 今回のオーケストラの構成は、1stバイオリン:3、2ndバイオリン、ビオラ、チェロが各2、コントラバスが1、クラリネット:2、オーボエ、フルート、チェンバロ各1という小編成。こういった小編成のアンサンブルは、個人の技量があからさまに現れるので、ある程度上手な人で組まないとなかなか難しいところがあります。しかしながら、アンサンブルのレベルは決して高いものではなく、管の音落ちが明かにわかるようなレベル。もう少しがんばって欲しいところです。

 星出さんの指揮も私は疑問です。私は、ロッシーニは音の切れ味が身上だと思っています。シャープに研ぎ澄まして、余計な贅肉を取って軽快に演奏してほしい所です。しかし、星出さんの演奏はどちらかというとロマンチックで濃厚な演奏。そのため、ロッシーニの持つ推進力がすっかり隠れてしまっているように思えました。

 演出は素敵。粟さんの演出は2月のセヴィリアの理髪師を見たときもいいなあと思ったのですが、今回も感心しました。出演者の位置どりの見事さ、シンメトリー、光と影の上手な活用。非常に垢抜けていました。将来が期待できます。

 歌は色々でした。今回一番よかったのはタラボット役の久保田さん。アリアはなく、アンサンブルだけの登場ですが、歌が安定しており、演技も上手で、舞台の上での実質的な軸となっていました。森麻紀さんは、「真夏の夜の夢」に続いての鑑賞となりましたが、これは前回の方が遥かによかった。前回が95点とすれば、今回は70点でしょう。森さんは、アジリダがぴたっとは決まっていませんでしたし、後半のアリアでは、カバレッタで息切れしていました。例えば、おきゃんな演技など、いい所もあったのですが、ロッシーニソプラノとしては、更に勉強していただきたいと思いました。バトーネの鹿又さんも割とよかった。登場した時は、歌が立派過ぎて、あんた、「ロッシーニ歌っていることを、分かってるんだろうね」と突っ込んでやりたくなるような歌でしたが、上手に軌道修正して、後半は好調。鹿野さんもまあまあの出来でした。歌手で今回一番問題だったのは、小山さん。随分落ちてましたし、歌が決まらない。他の4人と比べて、レベルに差がありました。

 それでも私は聴けてよかったです。私の好きなタイプの演奏ではなかったけど、知られざるロッシーニの名曲をまた一つ制覇出来たのですから。

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観劇日:2000年9月26日
入場料:6615円、座席:D席 4F2列36番

新国立劇場2000/2001シーズンオープニング公演

プッチーニ作曲「トスカ」(TOSCA)
オペラ3幕、字幕付原語上演
原作 ヴィクトリアン・サルドゥ
脚本 ジュゼッペ・ジャコーザ/ルイージ・イッリカ

会場 新国立劇場オペラ劇場

指揮:マルチェッロ・ヴィオッティ  管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
合唱:新国立劇場合唱団/藤原歌劇団合唱部  合唱指揮:及川貢
児童合唱:多摩ファミリーシンガーズ  児童合唱指導:高山佳子
字幕:田口道子  舞台監督:菅原多敢弘
演出:アントネッロ・マダウ=ディアツ  美術:川口直次
衣装:ピエール・ルチアーノ・カヴァッロッティ  照明:奥畑康夫

出演者

トスカ     :林康子(S)
カヴァラドッシ :アルベルト・クピード(T)
スカルピア   :直野資(Br)
アンジェロッティ:長谷川顕(Bs)
スポレッタ   :池本和憲(T)
シャルローネ  :峰茂樹(Bs)
堂守      :新保尭司(Bs)
看守      :中村靖(Br)
羊飼い     :平井香織(S)

感想
 
私はプッチーニのよい聴き手ではなく、いつも楽しめないところがあります。トスカが名作であることを否定するものではないのですが、音楽自体が偽物臭いところがあって、鼻につきます。そんな私でも今回の公演はそれなりに楽しむことが出来ました。

 一番楽しめたのは、新国の舞台機構をうまく利用した装置と演出でした。第一幕の教会のも第三幕のサン・タンジェロ城も舞台を動かすことによって視点を変えており、舞台をヴィジュアルに楽しむことが出来ました。

 肝心の音楽ですが、ヴィオッティの作り方は、メリハリをはっきりさせたドラマチックな造形。トスカによく合っていて好感が持てました。又、オーケストラと歌のバランスがよく合っていたと思いました。

 歌手ですが、これは色々。私は、1996年2月7日に藤原歌劇団のトスカを見ています。会場は東京文化会館。この時のトスカは林康子、カヴァラドッシが市原多朗、スカルピアが直野資でした。今回の公演と二役が同じでした。
 林康子は、明らかに96年がよかった。本日の歌唱は、高音部などソプラノの技量を示すところは流石だと思いましたが、どうでもいい部分、つなぎの歌唱の部分では粗い部分が目立ち、一寸残念でした。年齢的な問題なのでしょうか。でも彼女はまだ57歳。十分歌えると思うのですが。
 スカルピアの直野さんは、今回の方がスケールの大きい歌唱。オペラの悪役の中でもとりわけ悪役度の高いスカルピアですが、貫禄の無い歌手が歌うと、悪役に見えないという問題があります。本日の直野さんは、悪役ぶりが板についていて、歌もよく響き、非常に存在感がありました。その上恰好もいい。
 クピードのカヴァラドッシも好演。「妙なる調和」と「星は光ぬ」の二つのアリアはどちらも熱唱。特に「星は光ぬ」がよかったです。それ以外の部分も総じて良好な出来だったと思います。

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観劇日:2000年10月10日
入場料:5670円、座席:D席 4F2列16番

平成12年度(第55回)文化庁芸術祭協賛公演

モーツァルト作曲「魔笛」(Die Zauberflöte)
オペラ2幕、字幕付原語上演
台本 エマヌエル・シカネーダー

会場 新国立劇場オペラ劇場

指揮:村中大祐  管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
合唱:新国立劇場合唱団/藤原歌劇団合唱部  合唱指揮:三沢洋史
字幕:平尾力哉  舞台監督:大仁田雅彦
演出:ミヒャエル・ハンペ  美術・衣装:ヘニング・フォン・ギールケ
照明:高沢立生  音響:山中洋一  チェレスタ:大藤玲子

出演者

ザラストロ 妻屋 秀和
タミーノ 永田 峰雄
弁者 多田羅迪夫
僧侶 吉田 伸昭
夜の女王 崔  岩光
パミーナ 澤畑 恵美
侍女T 島崎 智子
侍女U 池畑 都美
侍女V 栗林 朋子
童子T 外山  愛
童子U 金子 寿栄
童子V 藤井 亜紀
パパゲーナ 高橋 薫子
パパゲーノ 青戸  知
モノスタトス 市川 和彦
武士T 中鉢  聡
武士U 大澤  健

感想
 
「魔笛」は、私が比較的多数見ているオペラです。音楽はもう最高です。モーツァルトが天才であることは、この「魔笛」の音楽を聴けば一目瞭然でしょう。だから、私にとって、「魔笛」は聴くチャンスがあれば聴きたいオペラの一つなのです。

 でもこのオペラのお話は、決して判り易いものではない。フリーメイスンとの関係はよく言われますが、フリーメイスンの秘匿性がこのオペラの単純化を防ぎ、親しみ易い音楽と一寸判りにくいストーリーの二面性を持たせたのかもしれません。

 しかし、今回の「魔笛」のお話は本当に判りやすかった。私の魔笛の実演経験は今度で4回目だと思いますが、お話の中身がこれほどすんなりと入ってくるのは初めての経験です。いつもは、娘を取られた夜の女王が、悪に変化する所に違和感を感じるのですが、今回はそれもなかった。自然と、ザラストロは昼の象徴であり、夜の女王が夜の象徴であることが理解出来ました。ハンペの演出はさすがです。

 音楽は文句なしの高水準。まず、村中さんの音楽が非常に素直でありながら、全体を集中させる求心力のあるもので、一つ間違えると散漫になってしまうジングシュピーゲルを締めていました。今回の成功のベースには、私は村中さんの音楽の音楽作りがあったのだと思います。

 歌手も総じて秀逸。弁者を歌った多田羅さんを別にすれば、すべて若手の演奏家だったわけですが、技術的にもレベルが高かったと思いますし、表現力も見事でした。実力派ぞろいといってよいでしょう。歌もさることながら、演技も良い人が多く、魔笛が歌芝居であるという事実を再認識させられました。
 ザラストロを歌った妻屋さん。超低音部のコントロールに若干問題がありましたが、貫禄があり、ザラストロの感じがよく出ていました。タミーノとパパゲーノは、どちらも素敵でした。歌唱自身は永田さんの方がよかったように思いますが、声のつやや演技まで含めると、特にパパゲーノを歌った青戸さんに惹かれます。勿論、「艱難辛苦をあたえたまえ」という殉教者的タミーノよりも、美味いものをたらふく食って、あとは恋人か女房がいれば、と歌うパパゲーノに惹かれるのは当然かもしれません。女声はパミーナの澤畑さんが、パミーナの不安を上手に表現していてよかったと思います。パパゲーナの高橋さんは、歌もよかったのですが、それ以上にコミカルな演技で楽しませていただきました。
 夜の女王を歌った崔さん。最初のアリア「恐れるな、若者よ」は最高音をはずしてしまい、こりゃ大変かな、と思ったのですが、例の「地獄の復讐」のアリアは、しっかり決めてくれました。ブラバァの嵐は当然でしょう。
 その他、三人の侍女や童子、モノストタスも悪くなかったです。

 日本の若手オペラ歌手が、揃って高水準の歌を聴かせてくれ、大きな破綻を見せた人がいなかったというのは非常に素晴らしい事だと思います。今回の「魔笛」は本当に楽しめました。

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観劇日:2000年11月5日
入場料:20000円、座席:E席 3F12列25番

ウィーン国立歌劇場2000年日本公演

ドニゼッティ作曲「シャモニーのリンダ」(Linda di Chamounix)
オペラ3幕、字幕付原語上演
台本 ガエタノ・ロッシ

会場 NHKホール

指揮:ブルーノ・カンパネッラ  管弦楽:ウィーン国立歌劇場管弦楽団
合唱:ウィーン国立歌劇場合唱団  合唱指揮:エルンスト・ドゥンスヒルン
字幕:かわはら洋  
演出:アウグスト・エヴァーディング  美術:フィリップ・アルロー
衣装:アネット・ボーファイ

出演者

ボワフレーリー侯爵 ブルーノ・デ・シモーネ(Br)
カルロ、シルヴァル子爵 ジュゼッペ・サッヴァティーニ(T)
司教 エギルス・シルンズ
アントーニオ トーマス・ハンプソン
ピエロット スヴェトラーナ・ゼルダー
官吏 ペーター・イェロシッツ
マッダレーナ ミヒャエラ・ウングリアヌ
リンダ エディタ・グルベローヴァ

感想
 
2000年の日本でのオペラ上演の最高の呼び物は、スカラ座とウィーン国立歌劇場の聴き比べだったと思います。しかし、極普通の庶民に過ぎないTにとって聴き比べなんてはなから無理。一番聴きたいのは何か、という視点で慎重に考え、最後に絞ったのが「ナクソスのアリアドネ」と「シャモニーのリンダ」でした。この2作から「シャモニーのリンダ」を選んだのは、いくらなんでもグルベローヴァがツェルビネッタを歌うのには、無理があるのじゃないかという危惧の念と、どうせ聴くならベルカントという生来のイタオペ好きの気持ちからです。新聞の公演批評を読んでいると、「ナクソス島のアリアドネ」も素晴らしい演奏だった様ですが、この「シャモニーのリンダ」も非常に素晴らしい演奏でした。今年の私の聴いた全ての演奏会のTOPでした。それもダントツといいましょう。これほどの感動を覚えたのは、オペラでは、95年の藤原歌劇団の「愛の妙薬」以来、ひょっとすると、あのクライバーが振った「薔薇の騎士」(94年ウィーン国立歌劇場日本公演)以来かもしれません。

 あまり知られていないので、オペラの筋書きを簡単に記しますと、

【第1幕】(旅立ち)
 牧歌的な雰囲気の序曲があり、鐘の音とともに幕が開きます。場所はシャモニーの村。まずアカペラで村人達の合唱があります。ここでリンダの両親アントーニオとマッダレーナが登場して、アントーニオのアリア「この山村に生まれて」で地主の侯爵夫人が小作契約を打ちきるのではないかと心配します。しかし、地主の弟のボアフレーリー侯爵が何とかしてくれるだろうと期待します。ボアフレーリー侯爵は、リンダに目をつけており、自分のものにしようと企んでいます。ここで、大人達が退場します。
 ここでヒロインリンダが登場。愛する画家カルロを思って、アリア「私の心の光」を歌います。ここに、旅芸人ピエロットが物悲しげなバラード「ある娘の物語」を歌って登場。これを聴いたリンダも不安になります。しかし、ここでカルロが登場し、恋人達は二重唱「君にあったあの日から」で愛するよろこびを歌います。
 一方、司教は、アントーニオに侯爵の企みを告げ、リンダがしばらく村を離れることを勧めます。その結果、リンダは、ピエロットや出稼ぎに行く村人達とともに、パリへ向けて旅立ちます。

【第2幕】(パリ)
 3箇月後、カルロはシルヴァル子爵であることをリンダに告げ、リンダは、彼の庇護の元、高級アパートで暮らす身分となる。リンダは窓の外を行くピエロットを見つけ、招き入れます。そして、二重唱「幸せな未来の光」で、カルロとの結婚の計画を打ち明けます。そこにリンダを探していたボワフレーリー侯爵が現れ、リンダが誰かの妾になったと信じる侯爵は、もっと良い所に住まわせるなどと言って誘うので、コミカルなニ重唱「どうぞ、出ていってください」によって、リンダに追い出されます。
 カルロは、母親の進める縁談話に困惑し、アリア「私達の愛が人を怒らすなら」を歌う。ここで、リンダが現われ、二人の愛の二重唱「愛しているといってくれ」を歌いますが、カルロは縁談話のことをリンダに伝えられません。カルロが去ると、シルヴィル子爵の召使としてアントーニオが現われます。アントーニオは、リンダが金で身を売ったと誤解し激怒します。釈明をしているところに、ピエロットがアリア「近くの宮殿で」で子爵が結婚式の準備をしていると告げるので、リンダは正気を失い狂乱の場「うそよ、そんなはずないわ」を歌って幕。

【第3幕】(帰郷)
 春になり、村人達は出稼ぎから戻った人々を歓迎する合唱を歌う。カルロが、司教に母親が納得してくれたので、リンダと結婚できることになったことを告げるが、リンダが発狂したことを知ると、自分に責任があると告白し、もし、彼女と再会出来ないなら、独りで生きてはいけないと語る。ここにボアフレーリー侯爵が現われ、アリア「白百合のような乙女」で、甥のカルロの結婚式が行われると語るが、花嫁の名前は知らない。
 ここにピエロットが発狂したリンダを連れて村にたどり着く。リンダは、両親もわからず、ただピエロットの歌に反応するのみであるという。けれどもカルロが愛の歌「君に愛を告げたこの声」を歌うと、リンダは正気に戻り、カルロと固く結ばれる。村人たちは二人を祝福して幕。

 お話は典型的なセミセリアにベルカントオペラのセリアの常道、狂乱の場をくっつけて、盛沢山の内容にしたものです。1842年の作品で、初演はウィーンのケルントナートア劇場で行われたそうです。

 今回の演奏ですが、やはりなんと言ってもグルベローヴァでした。アリア「私の心の光」は、カヴァティーナ=カヴァレッタ形式の長大なアリアですが、コロラトゥーラの技法を駆使して、悠々と歌いきりました。フィオリオーラも決まっていて、文句なし。大ブラーヴァです。これを聴いただけで、今回の成功を信じました。「狂乱の場」は、「私の心の光」ほど度肝は抜かれませんでしたが、勿論ブラーヴァの演奏でした。二重唱でからむ部分も多いのですが、大ソプラノの貫禄十分。私は、96年にグルベローヴァが来日した時、リサイタルを聴いたのですが、そのときよりもはるかに高レベルの演奏を聴かせてくれたと思います。世界のトップの実力を遺憾なく示してくれました。

 グルベローヴァを取り巻く人たちも、皆高レベルの歌唱を聴かせてくれました。アントーニオ役のハンプソンは、抑制された表現の中に父親の悲しみを十全に表現して、特に秀逸でした。ピエロットはズボン役で派手なアリアはないのですが、リンダと対照的にきちんと歌っており好感が持てました。司教もバス役ながら存在感十分で良かったと思います。サッバティーニは、悪くないのですが、グルベローヴァと素晴らしい脇役陣に挟まれると一寸弱い感じがしました。それでも、ニ幕のアリアは良かったです。ブッフォ役のシモーネは、十分コミカルでしたが、もう一段皮がむけると、素晴らしいブッフォになるに違いありません。

 カンパネッラの指揮は、歌を前面に出すスタイルの抑制されたもの。でもウィーンのオーケストラは艶やかな音で魅了してくれました。

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鑑賞日:2000年11月15日
入場料:5000円、座席:自由席 1列目中央付近で鑑賞

高橋薫子ソプラノリサイタル

会場 王子ホール
ピアノ伴奏 河原忠之

演奏曲目

  1. ソロ・カンタータ《いとしい絆よ》  F・ガスパニーニ作曲*
  2. 歌劇《オロンテーア》よりオロンテーアのアリア  A・チェスティ作曲*
  3. ソロ・カンタータ《心に感じるこの苦しみ》  A・スカルラッティ作曲*
  4. 歌劇《ジュリオ・チェーザレ》より クレオパトラのアリア  G・F・ヘンデル作曲
  5. 歌劇《ドン・ジョバンニ》よりゼルリーナのアリア  「ぶってよ、マゼット」/「薬屋の歌」  W・A・モーツァルト作曲
  6. 永遠の愛と誠/ジプシー女  G・ドニゼッティ作曲
  7. 歌劇《ドン・パスクヮーレ》よりノリーナのカヴァティーナ  「騎士はあの眼差しを」  G・ドニゼッティ作曲
  8. ロッシーニの別れ  G・ロッシーニ作曲
  9. 歌劇《セヴィリアの理髪師》よりロジーナのカヴァティーナ  「今の歌声は」   G・ロッシーニ作曲
    アンコール

    フィレンツェの花売り娘        ロッシーニ
      La fioraia fiorentina
    ドレッタの夢 「つばめ」より     プッチーニ
      La canzone di Doretta    "La Rondine"
    ヴィラネル               デッラックア
      Villanelle
    アンコール曲目は高橋薫子さんに教えていただきました。
    *:レアリゼーション:牧野正人

感想
 
高橋薫子を初めて聴いたのは、1993年11月の藤原歌劇団公演「ルチア」でした。当初タイトル・ロールを予定されていた山河雅子が急病のためキャンセル、急遽代役として舞台にたったのでした。この時高橋が、どのような「ルチア」を演じたか、ということについて全く記憶にありません。恐らく、初めての主役で緊張して歌ったものと思います。次に聴いたのは、95年2月の藤原歌劇団公演「愛の妙薬」でした。これは名演でした。細かいところでは色々とコントロールしきれない部分もあったのですが、声が澄んでいてよく通り、堂堂としていて誠に立派なアディーナでした。そのときから、私の中では日本の新進ソプラノNo.1として注目してきました。それから5年たった本年2月の「セヴィリアの理髪師」(新国立劇場)では、ロジーナを歌いました。私は、外人主体の演奏を聴いたのですが、色々と聞こえてくる声によるとオール日本人キャストの演奏は相当によかったらしい。それやこれやで、また彼女の歌を聴きたいと思う様になりました。

 それで、この日の演奏会に出かけたのですが、時間ぎりぎりに会場に到着したため、席は第一列目になってしまいました。ひょっとすると、声が頭の上を通りすぎてしまうのではないかとも思いましたが、全くの杞憂でした。演奏会の主催は高橋薫子後援会。会場には後援会のバッチを付けた若い人が何人もいました。観客は年配の方が多い感じで全体としては九分どおりの入りというところでしょうか。

 演奏の雰囲気は前半と後半とでかなり違いました。最初のバロック歌曲は牧野正人によるレアリゼーションの楽譜を用いた歌唱でした。声に張りがあり、歌唱を精妙にコントロールしてよい出来だったと思います。一列目で聴いていたものですから、ブレスの音が生々しく、一所懸命歌をコントロールしているところがよく見えました。最初はかなり緊張していた様でした。歌唱に緊張が現われていて、聴き手にとって楽しめる演奏だったか、というと一寸疑問符を付けざるを得ません。しかし、歌の調子は抜群だったようで、緊張はどんどん緩んで、演奏は素敵になっていきました。ヘンデルの「ジュリオ・チェーザレ」は正確な歌唱とクレオパトラの悲しみの表現がよくマッチしていて秀逸だったと思います。

 後半は御得意のベルカント中心、衣装も金色のドレスに変わり、雰囲気も楽しめるものに変わってきました。ゼルリーナはデビュー役だけのことはあって、正確だけれども楽しげに歌いきりました。ドニゼッティも精妙でかつやわらかな歌唱で素敵でした。ノリーナのカヴァティーナは特に素敵で、是非、彼女がノニーナに扮する「ドン・パスクヮーレ」を見たいとおもいました。最後の盛り上がりは、「今の歌声は」でした。ソプラノヴァージョンを歌ったわけですが、適度な装飾歌唱が素敵なカヴァテーナを盛り上げて、非常によかったとおもいました。アンコールはよく覚えていません。本番が素敵でその熱気にすっかりやられてしまった気がします。

 高橋薫子という歌手は、持っている声質がよく、その上声帯が丈夫な様で結構強い声が出せます。本質はリリコだと思いますが、幅広い表現が可能なリリコだということが、今回のリサイタルを通じて思えたことです。その彼女の特性を示すのに十分な選曲でした。基本的にクレバーなのでしょう。そのうえ、今回は歌をよくコントロールしており、ソプラノの高音が鼓膜を振動させる快感を味わうことが出来ました。このような体験は、王子ホールという小空間だったから可能だったのだろうと思います。濃密な時間を楽しみました。

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観劇日:2000年11月16日
入場料:7000円、座席:S席 1FN列9番

日本ロッシーニ協会設立5周年記念公演

ロッシーニ作曲「ランスへの旅」(Il Viaggio a Reims)
オペラ1幕、字幕付原語上演/ホールオペラ形式
台本 ルイジ・バロッキ
楽譜 ロッシーニ財団による批判校訂版

会場 北とぴあ・さくらホール

指揮:松岡究  管弦楽:日本ロッシーニ協会管弦楽団
合唱:日本ロッシーニ協会合唱団  フォルテ・ピアノ:金井紀子
字幕:千代田晶弘  
演出:マルチェッラ・レアーレ  

出演者

フォルヴィル伯爵夫人 佐藤美枝子
コリンナ 佐橋美起
コルテーゼ夫人 家田紀子
メリベーア侯爵夫人 阪口直子
リーベンスコフ伯爵 五郎部俊朗
騎士ヴェルフィオール 羽山晃生
トロンボノク男爵 黒崎錬太郎
ドン・アルヴァーロ 牧野正人
シドニー卿 三浦克次
ドン・プロフォンド 久保田真澄
ドン・プルデンツィオ 和田茂士
デリア 山本真由美
マッダレーナ 大内彩洋子
モデスティーナ 正岡美津子
アントーニオ 馬場眞ニ
ゼフィリーノ 川口政則
ルイジーノ/ジェルソミーノ  平尾憲嗣

感想
 
1989年のウィーン国立歌劇場日本公演は、ロッシーニ「ランスへの旅」、ワーグナー「パルジファル」、モーツァルト「魔笛」、ベルグ「ヴォツェック」の4本で行われました。このときの最大の呼び物は、ロッシーニ「ランスへの旅」でした。ご存知のとおり「ランスへの旅」は、1825年パリのイタリア座で初演され、その後、3回上演されただけで、忘れ去られたオペラでした。楽譜も散逸していた様です。それが、集められ、つなぎ合わされ、1984年ペーザロのロッシーニフェスティヴァルで蘇演されました。指揮はアッバードでした。これが、88年ウィーン国立歌劇場の音楽監督になったアッバードが国立歌劇場で上演し、それを日本公演にもって来たものでした。この日本公演は、非常にハイレベルなもので、ガスティア、ヴァンレンティーニ=テッラーニ、クベルリ、マテウッティ、ライモンディ、ダーラといった名歌手が名唱を聴かせてくれました。私は、このときの演奏を聴いた後、もう一度「ランスへの旅」の実演を楽しむことが出来るとは思ってもみませんでした。ところが、今回日本人キャストで、クリティカルエディションの演奏を楽しむことが出来、大いに満足です。

 オーケストラはこの日のために集まった特別編成のオーケストラ。コントラバスが1プルトの小編成です。松岡究の演奏は、歌手のサポートに徹した好ましいもの。ただし、オケピットが浅いため、オーケストラの音が歌手の声にかぶる部分があり、一寸聴き苦しかったです。

 ホールオペラ形式ということで、男性歌手は燕尾服。女性歌手もステージ衣装と恐らく自前でしょう。段差のある舞台にはベンチが置いてあるだけ。後は照明と小道具とでみせるものでした。

 演奏は尻上がりによくなりました。最初のマッダレーナと合唱の掛け合いは、マッダレーナの声が全然出ておらず、続くコルテーゼ夫人のアリアも声が十分に出ておらず、私はホールの音響によっぽど問題があるのではないかと思いました。佐藤美枝子のフォルヴィル伯爵夫人のアリアは、非常によいものでしたが、声が前に出てこないという点では同様でした。五郎部俊朗のリーベンスコフ男爵も登場のアリアも今一つでした。会場が暖まっていなかったのか、歌手のウォーミングアップに問題があったのでしょうか。
 よくなり始めたのは、シドニー卿のアリアぐらいからでした。三浦克次は艶やかに歌ってよかったです。羽山晃生のヴェルフィオールは、登場の時から好調で、佐橋美起のコリンナとのニ重唱は聴きごたえがありました。更によかったのが久保田真澄。今回の出演者の中で、一番だったと思います。アジリダがとても上手で感心いたしました。このオペラの白眉である14声の大コンチェルタートは、非常によかったです。登場のとき今一つだった人たちも皆よくなり、素晴らしい演奏となりました。その次のリーベンスコフ伯爵とメリベーア侯爵夫人とのニ重唱は、五郎部・阪口さんともよく歌唱をコントロールして素敵でした。そして、フィナーレとなるわけですが、ご存知各国のお国自慢大会です。これもよかったです。

 「ランスへの旅」は重唱に聴き所の多いオペラです。今回の公演はチームワークがよく、後半の重唱の部分が特によかったと思いました。最後はシャルル10世の栄光をたたえるわけですが、今回の公演では最後に作曲者のロッシーニを称えて終りました。ロッシーニ協会5周年の記念公演だけのことはあるなあと思いました。

 来年以降もロッシーニ協会が、定常的にロッシーニの知られざるオペラを公演してくれれば嬉しいのにとつくづく思います。

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観劇日:2000年11月27日
入場料:5670円、座席:A席 1F15列70番

平成12年度(第55回)文化庁芸術祭主催公演/芸術祭国際共同公演

バルトーク作曲「青ひげ公の城」(Bluebeard's Castle)
オペラ1幕、字幕付原語上演
台本 バラージュ・ベラ

会場 新国立劇場中劇場

指揮:飯森泰次郎  管弦楽:新星日本交響楽団
字幕:杉 理一  舞台監督:大仁田雅彦
演出:ゲッツ・フリードリヒ  美術:ハンス・シャフェルノッホ  衣装:ローレ・ハース・イェルシック
照明:オラフ・ジークフリート・シュトルツフース  音響:渡邊邦男  

出演者

青ひげ公 リチャード・コーワン
ユディット クリスティン・チェジンスキー
吟遊詩人 平野忠彦
青ひげ公の前妻達 荻野祐子/岩崎晃子/牧乃ミカ

感想
 
「青ひげ公の城」は、台本がハンガリー語で書かれていて、原題が「A Kekszakallu Herceg Vara」というらしい。これだけでは正しくなくて、あちらこちらにアクセント記号のようなものがつく。完成が1911年、初演が1918年である。音楽史的に見れば、「火の鳥」より一寸遅く「春の祭典」より一寸早い。シェーンベルグの作品でいえば、完全無調の「月に憑かれたピエロ」より一寸早い。だから、音楽的には、印象派の影響を強く受けており、例えば、ドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」と共通する部分があるとおもう。

 実演を耳にするのは今回が初めて。かつてCDを聴いた時には、印象派っぽいカンタータ風の曲だな、と思っていたが、舞台を目の当たりにすると、紛れも無くオペラ。それも傑作である。オペラは舞台を見なければわからない。特に現代作品はそうである。

 音楽は4管構成のオーケストラを従える堂々たるもの。新国劇の中劇場のオケピットがメンバーでほぼ満杯だったから、その人数の多さが分る。本日のオケの編成は第一ヴァイオリン10、第二ヴァイオリン8、ヴィオラ7、チェロ7、ベース5と弦楽器は一寸少なめだったが、管は楽譜通りでフルート4、オーボエ3、クラリネット3、ファゴット4、ホルン4、トランペット4、トロンボーン4、チューバ1、打楽器3、ハープ2、チェレスタ1、オルガン1である。他に舞台裏にトランペットとトロンボーンが各4。この管に厚いオーケストラを飯森は、メリハリをつけてコントロールしており好調であった。

 歌手はコーワンの方がより好演。チェジンスキーはキャリアから見てドラマチック・ソプラノだと思うが、オーケストラの厚い音に対抗出来るほどの強靭な声ではなかった。平野さんは語り役で口上を述べるが、この口上は秀逸だった。「うた」という視点で見る限り本日の歌手は大したことは無いと思うが、「青ひげ公の城」を演じる、という視点で見る時、本日の二人は非常によい出来だった。

 演出はゲッツ・フリードリッヒ。現在のオペラ演出家の中でも最も現代的なひとり。本日の演出も非常に象徴的で素敵だった。開幕時には真っ黒な壁が舞台にある。そこに青ひげ公とユディットが客席を通って壁まで行く。この壁が「青ひげ公の城」の壁。この壁が後に下がり、斜めに上がっていって舞台が現れる。登場する時の青ひげ公とユディットの衣装は共に外套を着ている。青ひげ公は黒、ユディットは白。城の中に入ると、青ひげ公は外套を脱ぐ。そして、青ひげ公もユディットも城の七つの部屋を開けるたびに服を脱いでいく。青ひげ公の着ているものは外套から下着に至るまで全て黒。ユディットは、外套、上着、シャツ、スカートが白で下着が黒。この関係と部屋を開けるたびに服を脱ぐという行為は、オペラの内容にとって非常に象徴的である。

 ユディットは青ひげと結婚する為に、親も故郷も婚約者も捨てた。だから、青ひげの全てを知りたいと願う。七つの部屋は青ひげの過去の象徴。ここでのユディットの行動は自発的で一寸ヒステリック。そして、自分の過去を暴かれる青ひげは打ちのめされる。この男女の掛け合いの演技が非常に素晴らしかった。本日のコーワン/チェジンスキーの繊細な演技は、それなりの歌唱と相俟って、男女の関係の不思議さを十全に示していた様に思う。

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観劇日:2000年12月25日
入場料:3990円、座席:D1列6番

小劇場オペラシリーズ第三回

ウェーバー作曲「アブ・ハッサン」(Abu Hassan)
オペラ1幕、字幕付原語上演・台詞/日本語
台本 フランツ・カール・ヒーマー

出演者

ファティーメ 小林 晴美
アブ・ハッサン 経種 廉彦
オマール 今尾 滋
サルタン・ハルーン(台詞役) 徹夜
ゾベイーデ(台詞役) 田中伊吹
ゼルムート(台詞役) 中楯有起
メスルール(台詞役) 東海林尚文

ロルツィング作曲「オペラの稽古」(Die Opernprobe)
オペラ1幕、字幕付原語上演・台詞/日本語
台本 アルベルト・ロルツィング

出演者

ルイーズ 小林 晴美
アドルフ 経種 廉彦
伯爵 今尾 滋
伯爵夫人 林 美智子
ハンヒェン 家田 紀子
男爵 藪西 正道
ヨハン 宝福 英樹
クリストフ 東 玄彦
マルティン(台詞役) 徹夜

会場 新国立劇場小劇場

指揮:三澤 洋史  管弦楽:新国立劇場小劇場オペラ・アンサンブル
合唱:新国立劇場オペラ合唱団
字幕:井上 光  舞台監督:佐藤 公紀
演出:井上 光  装置:大沢佐智子  衣装:長谷川桂  照明:成瀬一裕 

感想
 
小劇場オペラは安いのが魅力です。二時間半楽しめて4000円足らずですから。それを思えば文句なぞ言えるはずがありません。今日のオーケストラは、フルートだけ2本で第一第二ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、オーボエ、クラリネット、ファゴットホルン、トランペット、ティンパニ各1という超小編成で、音の足りない部分はエレクトーンで補おうというもの。私は、もう少し弦を厚くして欲しいと思わないでは無いのですが、仕方がないところでしょう。それでも実に自然な音が出てましたし、木管の生々しさは素敵でした。

 「アブ・ハッサン」は、ウェーバー初期のオペラで、名作「魔弾の射手」に先立つこと七年。でも中身はしっかりした「歌芝居」であり、トルコを舞台にしていることもあって、モーツァルトの「後宮からの誘拐」を彷彿とさせるものがありました。全体の演奏時間がほぼ一時間ですが、その短時間に物語が終結するのですから、内容がきびきびとした凝縮されたオペラだと思います。プロットは決して陳腐ではなく、歌も一寸エキゾチックで軽妙で親しみ易い作品ですが、核となる歌が無いところが、あまり上演されない原因なのでしょうか。ところで、この作品のテーマは貧乏とお金ですが、作曲時、ウェーバーは非常に貧乏で、最初に書かれたのが「金、金、金」の合唱だ、というところが笑えます。

 演奏は、大いに楽しめました。台詞がみなさんはっきりしていて、話の展開が判りやすかったのがうれしかったです。演技も一寸大げさな振りつけで笑わせていただきました。小林晴美のコケットな演技、経種廉彦のコミカルな演技は「芝居をする」という視点からみれば、十分期待以上でした。しかし、歌に関していえば、小林さんも経種さんもコントロールが不十分で、良いところも沢山あるのですが、抜けたところも少なくなく、残念でした。

 「オペラの稽古」は、「アブ・ハッサン」の丁度40年後に発表された、ドイツ前期ロマン派オペラの佳品。ロルツィングの最後のオペラで、劇の構成が「アブ・ハッサン」と似通っているにも拘らず、雰囲気はかなり違った作品でした。ロルツィングのオペラを私は今回初めて聴いたのですが、この方は、『19世紀前半のドイツ前期ロマン派の市民的・娯楽的な劇音楽分野における最も友能な作曲家で、ユーモアと感傷を交えた生き生きとした人間描写、親しみ易い旋律』に特徴のある方だそうで、この「オペラの稽古」にも、その特徴がよくあらわれていたように思います。

 演奏は、「アブ・ハッサン」より良かったと思います。このオペラの音楽的支配は、ハンヒェンにありますが、ハンヒェン役の家田紀子が頑張りました。先日の「ランスの旅」の時と同様で、初めはエンジンが暖まっていなかった様で、声がなかなか前に進んでこなかったのですが、尻上がりに調子を上げ、「定め」のアリアは非常によかったと思います。男声では、ヨハン役の宝福さんが演技がコミカルで、アドリブも利いていて楽しかったと思いました。ルイーズ役の小林さんは、こちらではあまり歌う場面が無いのですが、「アブ・ハッサン」でのコケットな雰囲気が一転して清楚な雰囲気に変わったところが驚きでした。経種さんが衣装は変わっても雰囲気が変わらなかったのと対照的でした。

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