オペラに行って参りました-2010年(その3)

目次

ダイナマイトボディで圧倒 2010年06月18日  新国立劇場「カルメン」を聴く 
歌手より落語家  2010年06月20日  東京アンサンブルオペラプロジェクト vol.2 「奥様女中」「パスティアンとパスティアンヌ」を聴く 
若手ナンバーワンテノールの実力  2010年07月09日  「村上敏明テノールリサイタル」を聴く 
ベルリオーズの臭み  2010年07月16日  東京二期会オペラ劇場「ファウストの劫罰」を聴く 
指揮者のツボ 2010年07月19日  都響スペシャル/コンサートオペラ「売られた花嫁」を聴く 
やっぱり舞台を見たい 2010年07月24日  南條年章オペラ研究室20周年記念「ギヨーム・テル」を聴く 
アマチュアを超える魅力を出すためには  2010年08月29日  矢澤定明&ヴィッラ・ディ・ムジカ室内管弦楽団オペラプロジェクトU「ドン・ジョヴァンニ」を聴く 
20世紀の影  2010年09月04日  首都オペラ「フランチェスカ・ダ・リミニ」を聴く 
内向きのクール・ジャパン  2010年09月12日  東京二期会オペラ劇場「魔笛」を聴く 
魔女が主役?  2010年09月18日  大田区民オペラ協議会「マクベス」を聴く 


オペラへ行ってまいりました 過去の記録へのリンク

2010年      その1    その2             
2009年    その1    その2    その3    その4    どくたーTのオペラベスト3 2009年 
2008年    その1    その2    その3    その4    どくたーTのオペラベスト3 2008 
2007年    その1    その2    その3        どくたーTのオペラベスト3 2007 
2006年    その1    その2    その3        どくたーTのオペラベスト3 2006 
2005年    その1    その2    その3        どくたーTのオペラベスト3 2005 
2004年    その1    その2    その3        どくたーTのオペラベスト3 2004 
2003年    その1    その2    その3        どくたーTのオペラベスト3 2003 
2002年    その    その2    その3        どくたーTのオペラベスト3 2002 
2001年    前半    後半            どくたーTのオペラベスト3 2001 
2000年                    どくたーTのオペラベスト3 2000 


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鑑賞日:2010年6月18日
入場料:D席 3780円 4F 38

主催:新国立劇場

オペラ3幕、日本語字幕付原語(フランス語)上演
ビゼー作曲「カルメン」Carmen)
台本:アンリ・メイヤック/リュドヴィック・アレヴィ

会場:新国立劇場オペラ劇場

スタッフ

指 揮 マウリツィオ・バルバチーニ
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 三澤 洋史
児童合唱 NHK東京放送児童合唱団
児童合唱指揮 加藤 洋朗/金田 典子
演 出 鵜山 仁
美 術 島 次郎
衣 裳 緒方 規矩子
照 明 沢田 祐二
振 付 石井 潤
再演演出 澤田 康子
舞台監督 斉藤 美穂

出 演

カルメン   キルスティン・シャペス
ドン・ホセ   トルステン・ケール
エスカミーリョ   ジョン・ヴェーグナー
ミカエラ   浜田 理恵
スニガ   長谷川 顯
モラレス   青山 貴
ダンカイロ   谷 友博
レメンダード   大槻 孝志
フラスキータ   平井 香織
メルセデス   山下 牧子

感 想

ダイナマイトボディで圧倒-新国立劇場「カルメン」を聴く。

 2007年11月にプレミエを行った公演の再演です。2007年公演は、カルメンをスペインの若手メゾ、マリア・ホセ・モンティエルが歌い、清新で知的なカルメンを聴かせてくれました。あの時のモンティエルは、技術のしっかりした歌唱で良かったのですが、全体に肉付きが薄く、コクが薄い歌唱に終始したと思います。ありていに申し上げれば、あまりカルメン向きではなかった、ということだと思います。

 それに対して、今回のシャペス。カルメンらしいカルメンでした。妖艶で、身体全体から色気が出まくっておりました。ニューメキシコ出身のアメリカ人ということですが、色があさ黒く、多分南米の血が混じっているのでしょうね、エキゾチックな雰囲気があり、そこもカルメンとしては有利なところです。胸ぐりの大きく開いた衣裳は、大きな乳房を徹底的に強調しており、ホセでなくても、男なら誰でもなびいていきそうです。色気を示す細かい演技は大変上手で、例えば、ハバネラやセギリーディヤで男たちやホセを誘惑しようと、ロングスカートのスリットから足を出して誘って見せるようなところは、まさに堂に入ったものでした。

 今の流行語で言えば、典型的『肉食系』カルメンでした。情が濃くて、牝の雰囲気をぷんぷん出して、怒りも甘えもテンションが高いです。こういうアグレッシブなカルメンは、カルメンのスタイルとしてひとつの典型だと思うのですが、逆に日本人観客には激しすぎたようで、一部の観客には引かれておりました。またシャペスのカルメンの良いところは、前半のホセを誘惑し、ホセを愛する部分と後半のホセから心が離れていく部分の演技をしっかり対照的に見せたとことにあります。前半のあれだけ色っぽかったカルメンが、第3幕の「カルタの歌」で見せる絶望の表情や第4幕のホセを拒絶する雰囲気に変わるところなど、カルメンがすっかり身体に入り込んでいるように思いました。

 この演技と比べれば歌唱はごく当たり前のものでした。というよりも演技の方の印象が強すぎて、歌唱の印象が弱くなった、というのが本当のところです。声の質は見た目ほど濃艶なものではなく、わりとすっきり系で無理なく響くタイプ。聴いていて気になるところがあまりなかったので、技術的にも優れている方なのでしょう。ただ、演技が細かい分、バルバチーニの切っ先の鋭い音楽づくりより、若干入りの部分が遅れるところがありました。

 この『肉食系』カルメンと比較すると、ケールのホセはあまりに鈍重。カルメンの堂に入った演技に全くついていっていませんでした。「もう4回目の本番でしょう」と突っ込みを入れたくなるほど演技が鈍くさい。レパートリー的にはヘルデンテノールなのですが、声を聴いてみると、ヘルデンとは思えない線の細さ。歌唱技術的には悪くないのですが、『肉食系』カルメンに食べられる子鹿のようです(見た目は子鹿ではありません)。2007年公演は、ホセをトドロヴィッチが歌い、カルメンの線の細さに対して強すぎてバランスが悪いと思ったのですが、今回はカルメンが強すぎてバランスが悪い。なかなかうまくいかないものです。

 ヴェーグナーのエスカミーリョは、エスカミーリョらしいエスカミーリョ。堂々としていて古典的、と申し上げたらよろしいでしょうか。悪い表現ではないのですが、07年のヴィノグラーノフのほどスマートではありませんでした。というより、今回のカルメンは、07年のプレミエ公演が全体的に現代的でスマートな印象の強い公演だったのに対し、全体的にもっさりとした時代がかった印象の強い公演になりました。同じ舞台ですし、又オーケストラの演奏も、前回のジャック・デラコートの演奏よりもずっと快活で盛り上がるスピード感あふれる演奏だったのに、全体的な印象が重たいのは、カルメンの演技がアクが強すぎたことと、ホセ、エスカミーリョが今一つこの作品に適性があっていなかったことによるものだと思います。

 浜田理恵のミカエラ。良かったです。典型的なリリックな表現で、感情表現も上手だったと思います。第3幕のアリアは流石のもの。私個人としては、もう少し透明感のあるミカエラが趣味なのですが、カルメンの妖艶さと比較して清純さが表に出ておりました。前回の大村博美よりはずっと良かったと思います。

 脇役陣では、前回スニガの斉木健嗣が抜群に良かったのですが、今回の長谷川顕はそれなりでした。モラレスの青山貴は良好。ダンカイロとレメンダートのアンサンブルもよかったです。女声陣のフラスキータ、メルセデスは前回に引き続き平井香織と山下牧子のコンビ。こちらは良かったと思います。新国立劇場合唱団は高レベル。児童合唱もよかったと思います。

 バルバチーニは、前奏曲からオーケストラを追い込んでいきました。スピード感あふれるカルメンに仕上げたかったようです。東京フィルも指揮者のその方針に良く対応して、すっきりした表情の演奏で良かったと思いました。しかし、歌手陣はそのスピードに必ずしも乗り切れておらず、オーケストラのテンポ感覚とずれがありました。バルバチーニも舞台の進行に合わせて、テンポをセーブしたところもあったようです。先に「全体的にもっさりとした時代がかった印象」と書きましたが、舞台とオーケストラ・ピットの意思が十分に通じ合っていなかったことが、そういう印象を与える一因だったのかも知れません。

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鑑賞日:2010年6月20日
入場料:指定席 5000円 Bブロック 46

主催:NPO法人東京アンサンブル

東京アンサンブル オペラプロジェクト vol.2
ミッドタウンスペシャルコンサート

オペラくご(コンサート形式)

オペラ2幕、日本語語り付原語(イタリア語)上演
ペルゴレージ作曲「奥様女中」La Serva Padrona)
台本:ジェンナーロ・アントニオ・フェデリーコ

オペラ1幕、日本語語り付原語(ドイツ語)上演
モーツァルト作曲「バスティアンとバスティエンヌ」K.50Bastien und Bastienne)
台本:フリードリヒ・ヴィルヘルム・ヴァイルスケン 他

会場:東京ミッドタウン・ホールA

スタッフ

コンサートマスター 服部 譲二
管弦楽 東京アンサンブル
衣 裳 清水 崇子
照 明 八木 清市
舞台監督 八木 清市

出 演

奥様女中

セルピーナ  :  國光 ともこ 
ウベルト  :  佐藤 泰弘 
語り/ヴィスポーネ(黙役)  :  古今亭 志ん輔 

バスティアンとバスティエンヌ

羊飼いの娘バスティエンヌ  :  沖 藍子 
バスティアン  :  ホアン・カルロス・ファルコン 
魔法使いコラ  :  保坂 真悟 
語り  :  古今亭 志ん輔 

感 想

歌手より落語家-東京アンサンブル・オペラ・プロジェクトvol.2 「奥様女中」/「バスティアンとバスティアンヌ」を聴く。

 かつて、新国立劇場では、小劇場オペラ-The Pit-というシリーズを行ってきました。最初は2000年6月の「オルフェオとエウリディーチェ」で、最後が2007年2月の「フラ・ディアボロ」です。約7年の間に16本のオペラが取り上げられました。聴き手にとってこのシリーズの良かったところは、なかなか大劇場では取り上げにくいマイナーな作品を数多く取り上げてくれたところで、私もこのシリーズがなかったら、「幸福の錯覚」だの、「ザザ」だのいう作品は聴く機会は無かっただろうな、と思います。

 勿論、演奏者たちにも意味があって、若い歌手や指揮者、演出家にとってもギャラは安かったかもしれませんが、舞台に上がる機会を作ってもらった、ということは大きい利点です。舞台芸術家は、何といっても舞台で鍛えられるのです。10度の練習よりも一度の本番とよく言われますが、これは本当のことでしょう。

 しかし、新国立劇場は、予算の削減とかいろいろな事情があったのでしょう。最初は年三回に行っていた「小劇場シリーズ」は年に二回になり、一回になり、遂には廃止されました。この措置により、若い歌手が舞台に上がる機会は少なくなりました。

 こういった状況を何とか打破しようとして、小劇場オペラシリーズの復活を願ったのが、指揮者でヴァイオリニストの服部譲二です。プロデューサーとして、小劇場オペラのプロデューサを務めていた竹中史子さんを迎え、服部は自ら率いる東京アンサンブルで、オペラシリーズを企画しました。最初は、2009年1月に新国立劇場小劇場でモーツァルトの「偽の女庭師」を取り上げました。そして、今回が二回目です。会場を六本木の東京ミッドタウンホールに移し、モーツァルト「バスティアンとバスティアンヌ」と「奥様女中」の喜劇二本立てで上演されました。

 会場の東京ミッドタウンホールは、一言で申し上げればホテルの大宴会場です。フラットな長方形の部屋。その真ん中に舞台を設営し、その舞台を囲むような形で可動性の椅子が設置されました。その総数は500ほどでしょうか。こういうところですから響きは比較的デッドです。それだけに音楽家の持っている基本的な技量をさらけ出してしまう、というところがあるようです。

 さて、今回は落語家の古今亭志ん輔が説明役(レシタチーヴ)として登場しました。志ん輔は落語家としてもそろそろベテランですが、NHK教育テレビの「お母さんといっしょ」のレギュラーを長年勤めていたことや、NHKFMの「名曲リサイタル」の司会を勤めていて、クラシック音楽にも造詣が深いことでも知られています。志ん輔はしかし、クラシックが詳しい落語家、というスタンスではなく、落語家のスタイルで、レシタチーヴの役を果たしていました。

 この説明がすこぶる上手です。必ずしも立て板に水、というわけではないのですが、お客さんの注目を集めて気をそらせないだけの技術があります。それはお客さんの反応を見ながら、少しずつ口調を変えたり、アドリブを入れたりしているからだとは思いますが、そのテクニックはクラシックの音楽家とは技術水準が全く違います。クラシックの音楽家たちは、音色やリズムや音のデュナーミクでお客さんの気をそらせないようにするわけで、そういうのが表現力というのでしょう。本質的に言葉を扱う落語家よりは難しいとは思いますが、今回登場していた歌手たちは、それでも志ん輔の表現力には足元にも及ばなかったというのが正直なところです。

 前半に演奏された「奥様女中」。なかなか微妙な演奏でした。國光ともこの歌はそれなりに力はあると思うのですが、スーブレットの歌唱としては今一つ。もっと透明に高音を響かせてほしいとまず思いましたが、そこはこの方の声の特徴もあるので、ある程度仕方がありません。しかし、全体的な印象としては切れが足りない感じで面白みが足りないのです。舞台になるスペースが小さくて、思い切って動けない、というところはあるのかもしれませんが、一寸重たさを感じました。
 
 佐藤泰弘のウベルトも今一つです。喉の調子が必ずしも良くなかったようで、低音の発声練習をやっているのではないか、と思われるようなところもありました。またウベルトという役はいわゆるバッソ・ブッフォの役なわけですが、佐藤自体は持っている雰囲気がバッソ・ブッフォ的ではないというところがあります。声が大きく、良く響く実力者で、そのことは今回もよおく分かりましたが、志ん輔の語りほど楽しめたか、ということになると微妙です。

 後半の「バスティアンとバスティアンヌ」はもっと微妙です。バスティアン役のカルロス・ファルコンの声は軽くて、モーツァルトの若書きのジング・シュピールにちょうど良い感じです。でも表現力という点では、やはり今一つ足りない印象です。沖藍子、保坂真悟の歌も歌えていないとは申しませんが、表現者として観客に何かを伝えたいという意思も技量もないのですね。結局音符をなぞって、歌の上っ面を歌っているだけですからつまらない。私は、アリアになると眠くなり、志ん輔の語りになると目が冴える、というのを繰り返しておりました。

 服部譲二率いる東京アンサンブルの演奏は良かったと思います。室内アンサンブルとして、指揮者のいない中、お互いの音を聴きながら流れを作り、音色を作るところ、大変結構だったと思います。お客と近い位置での演奏、というのもよかったと思いました。

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鑑賞日:2010年7月9日
入場料:指定席 4000円 F列1番

主催:日本経済新聞社
    財団法人五島記念文化財団


”魂を揺さぶる情熱の歌声!!”
村上敏明テノールリサイタル

共演  :  砂川 涼子(ソプラノ)   
     
ピアノ  瀧田 亮子 
     
会場  :  日経ホール 

プログラム

作曲者 

 曲名 

歌手 

ベッリーニ  歌曲集「6つのアリエッタ」より  第1番「マリンコーニア」  村上 敏明 
第5番「私の偶像よ」  村上 敏明 
第6番「喜ばせてあげて」  村上 敏明 
ビゼー  歌劇「カルメン」より  ホセのアリア「お前が投げたこの花を」  村上 敏明 
グノー  歌劇「ロメオとジュリエット」より  ロメオのアリア「太陽よ昇れ」  村上 敏明 
グノー  歌劇「ファウスト」より  マルグリートのアリア「宝石の歌」  砂川 涼子 
ファウストのアリア「この清らかな住まい」  村上 敏明 

休憩    

山田耕筰  北原白秋作詞  鐘が鳴ります  村上 敏明 
かやの木山の  村上 敏明 
この道  村上 敏明 
山田耕筰  歌劇「黒船」より  領事のアリア「死なすに惜しい侍よ」  村上 敏明 
ベッリーニ  歌劇「ノルマ」より  ポリオーネのアリア「ヴィーナスの神殿の前で」  村上 敏明 
ドニゼッティ  歌劇「ランメルモールのルチア」より  エドガルドのアリア「祖先の墓よ」  村上 敏明 
ヴェルディ  歌劇「シモン・ボッカネグラ」より  アメーリアのロマンツァ「暁に星と海は微笑み」〜アメーリアとガブリエーレの二重唱  村上 敏明/砂川 涼子 
ヴェルディ  歌劇「仮面舞踏会」より  リッカルドのアリア「君を永遠に失えば」  村上 敏明 

アンコール    

プッチーニ  歌劇「トゥーランドット」より  カラフのアリア「誰も寝てはならぬ」  村上 敏明 
ヴェルディ  歌劇「椿姫」より  アルフレードとヴィオレッタの二重唱「友よ、いざ飲みあかそう」  村上 敏明/砂川 涼子 
ディ・カプア    オー・ソレ・ミオ  村上 敏明 


感 想

若手ナンバーワンテノールの実力-村上敏明テノールリサイタルを聴く。

  現在、日本人の30歳台のテノール歌手で一番の実力者が村上敏明であることは、ほぼ衆目の一致するところです。藤原歌劇団の本公演で、アルフレード、ピンカートン、ロドルフォを歌っておりますし、新国立劇場でも「黒船」の領事や「修禅寺物語」の頼家を歌っているところからも、その実力は明らかでしょう。

 村上は、東京都日野市出身ということで、日野ではしばしばリサイタルを行い、私はそれを何度か聴いているのですが、今回は何年振りかでの都心でのリサイタル。それも、「五島記念文化賞 オペラ新人賞研修成果発表」という趣旨でのリサイタルです。期待して伺いました。又彼も心に期するものがあったのでしょう。あまりこれまで取り上げたことのないフランスオペラのアリアを含めるなど意欲的なプログラムを組んで見せました。

 全体を一言でまとめれば、「上手だ」ということに尽きます。特にイタリアものは流石の技量です。若手ナンバーワンテノールの実力は素晴らしいと思います。それでも個別には色々あります。

 まず、まずベッリーニの三曲の歌曲ですが、これは三曲目の「喜ばせてあげて」が一番良かったように思います。私は、「マリンコーニア」と「私の偶像よ」を、ソプラノ歌手が歌ったのを何度か聴いているのですが、この作品はソプラノ歌手の声の幅で表情を込めて歌う方が、雰囲気が出るようです。村上は表情の幅を大きくとって歌って見せ、それは勿論悪いものではないのですが、一寸違和感がありました。

 二曲目は、最初ホフマン物語の「クラインザックの歌」がアナウンスされていたのですが、急遽「花の歌」に変更です。「花の歌」は十分に歌いこんでいるようで、流石の歌唱でした。メリハリが利いていて高音の美感と強さとのバランスが素晴らしいと思いました。「太陽に昇れ」も悪くないです。リサイタルでは初挑戦だと思いますが、ロメオの情感を上手く表現した歌で、村上のひとつの特徴である柔らかい表情と強い高音を対比させる魅力を十分感じさせました。

 ファウストの二曲は今回のリサイタルの中で一番問題のあるところでしょう。砂川涼子の「宝石の歌」は悪くはないのですが、高音が強く響かず一寸くすんだ印象がありました。村上の「この清らかな住まい」も歌いこみが不十分だったのか、本人も自信を持って歌えないところがあったようで、ちょっとまとめ方が乱雑だったように思いました。

 白秋/耕筰の日本歌曲3曲は安心して聴けるもの。村上は、日本歌曲を明晰に聴かせるという点で非常に力のある方です。

 イタリアオペラの4曲は流石の技量と申しあげましょう。聴き応えのある歌でした。村上は、高音をきっちり響かせるところ、アクートを決めるところ、柔らかく響かせるところ、それぞれのパーツがどれも魅力的です。また彼は、高音域から中音域の広い音域を同じ幅で歌えるところが一つの強みだと思うのですが、そのような魅力がイタリアオペラのリリックテノールの役柄を歌う時に最もよく出るようです。これで表情を変えるところのつなぎの部分が、もっと滑らかでもっと自然に行けば、文句なしだろうと思いました。

 アンコールは十八番ともいうべき、「誰も寝てはならぬ」。私は村上の「誰も寝てはならぬ」を何度も聴いていますが、その中でも特に素晴らしいものの一つだと思いました。「乾杯の歌」は、まあ普通の演奏、最後のオー・ソレ・ミオは、これまた村上の得意な曲なのですが、一寸疲れて来始めたようで、音抜けがありました。

 伴奏の瀧田亮子は銀座「ライオン」で村上の伴奏を務めることも多いのでしょうが、息のあった演奏で良かったです。

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鑑賞日:2010年7月16日
入場料:D席 3000円 5F 25

主催:財団法人東京二期会

平成22年度文化芸術振興費補助金(芸術創造活動特別支援事業)/東京都芸術文化発信事業助成

東京二期会オペラ劇場
東京二期会/東京フィル ベルリオーズ・プロジェクト2010

4部からなる劇的物語、日本語字幕付原語(フランス語)上演
ベルリオーズ作曲「ファウストの劫罰」La Damnation de Faust)
原作:ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
台本:エクトール・ベルリオーズ/アルミール・ガンドニエール/ジェラール・ドゥ・ネルヴァル

会場:東京文化会館大ホール

スタッフ

指 揮 ミシェル・プラッソン
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱 二期会合唱団(終幕独唱:浪川 佳代)
合唱指揮 大島 義彰
児童合唱 NHK東京放送児童合唱団
児童合唱指揮 加藤 洋朗/金田 典子
演出・振付 大島 早紀子
装 置 松井 るみ
衣 裳 太田 雅公
照 明 沢田 祐二
映 像 栗山 聡之
ヘアメイク 川端 富生
舞台監督 八木 清市

出 演

ファウスト   樋口 達哉
マルグリート   林 正子
メフィストフェレス   泉 良平
ブランデル   北川 辰彦
     
メインダンサー   白河 直子
ダンサー   木戸 紫乃
  斉木 香里
  泉水 利枝
  池 成愛
  野村 真弓

感 想

ベルリオーズの臭み-東京二期会オペラ劇場「ファウストの劫罰」を聴く。

 2006年4月にNHK交響楽団は、創立80周年記念と銘打って、シャルル・デュトワの指揮で「ファウストの劫罰」を取り上げました。言うまでもなく演奏会形式。この演奏は非常に素晴らしいもので、私は2006年のN響の全演奏の2位に選びましたし、N響定期会員による投票でも年間第3位に選ばれました。

 演奏会形式でもあれだけの感動が得られるのだから、舞台公演を見たらもっと楽しめるに違いない、と思って今回の二期会公演に伺ったのですが、残念ながら期待外れだった、と申し上げざるを得ません。N響の名演を知る者から言えば、あまりに詰まらなく、魅力のない演奏でした。

 この責任は、指揮者のミシェル・プラソンに負ってもらわなければいけません。

 プラソンは、フランス近代物のスペシャリストとして有名になった方で、彼のドビュッシー、ラヴェル、ルーセル、オネゲル、フォーレなどは、私も実演を聴いたことがありますが、フランスな香りの高いエスプリの利いた演奏で、大変楽しめたのを覚えております。今回の「ファウストの劫罰」も、彼のフランス近代物路線と同様の感じで、確かにエスプリの利いた洒脱感のある演奏なのですが、演奏がそのレベルで止まってしまっていて、ベルリオーズの音楽に本質的に存在する臭みというか、エキセントリックな部分が音楽として聴こえて来ないのです。

 勿論、このベルリオーズの臭いを敢えて消す表現もあってよいと思います。そう言えば、2006年のデュトワも、そこはあまり強調しない演奏でした。しかし、デュトワは音楽全体の見通しが明確で、全体の構成が核としてあって、そこに音楽を乗せていくやり方をしていたと思うのですが、今回のプラソンは、そういう見通しがはっきりせず、すっきりしませんでした。ディテイルは、それなりに見せてくれるのですが、全体としての設計が不明確なので、音楽がこうなっていくのではないか、という方向性が感じられませんでした。全体的に非常に平面的な音楽づくりで、この作品の持つ味わいを十分示すことが出来ていなかったのではないかと思います。

 東京フィルの技術にも問題があったのかもしれません。しかし、東フィルの音は、フランス風になっていましたし、ところどころで出てくるソロ・パートもそんなに悪いと言うほどではなかったので、やはり指揮者が私の趣味とは違った演奏を試みた、ということなのでしょう。

 大島早紀子の演出にも疑問を持ちました。大島は、2007年にリヒャルト・シュトラウスの「ダフネ」の日本初演で演出を受け持ち、手兵のH・アール・カオスのメンバーを登場させて、斬新な舞台を作り上げ、この上演を成功に導いたことは記憶に新しいところです。私もこの時の大島の演出に非常に感動した一人です。

 今回の大島の演出も前回と同様で、手兵のH・アール・カオスのメンバーを登場させて、オペラとコンテンポラリー・ダンスの融合を試みました。今回の白河直子以下のダンスは、非常に優れたものでした。身体の曲げ伸ばし一つ一つを見ても、鍛えられていることが一目瞭然で、凡百のバレエなどとは明らかに一線を画しておりました。この踊りを見るだけでも十分価値があると思いました。

 しかし、今回のダンスは、今回の音楽には合わないと思いました。ありていに申し上げれば、音楽に対して強すぎるのです。プラソンの音楽は二次元的でひ弱で、ダイナミズムが不足しています。しかし、大島の振付は、三次元的で(ダンサーは、ワイヤーで吊られて、空中で踊ります)、強靭で、ダイナミックです。「ファウストの劫罰」が本当にオペラであると申し上げてよいのかどうかは知りませんが、もともとひ弱な音楽が、ダンスに押されてますますひ弱になってしまう。

 舞台を見ながら、「私はオペラを見に来たのだ」と叫びたい衝動を覚えていました。勿論叫びませんでしたが。

 音楽及び舞台全体としては以上申し上げたようにあまり感心出来ませんでしたが、歌手陣はそれなりに良かったと思います。

 一番気に入ったのは、マルグリートを歌った林正子。深みのある、しかし籠もらない美しいメゾの声で歌いました。登場のアリア「トゥーレの王」がよく、「グレートヒェンのつむぎ歌」も行き届いた歌で、聴き応えがありました。

 泉良平のメフィストフェレスは、歌は上々だったのですが、悪魔の雰囲気が一寸乏しく、大悪魔、というよりは、小ずるいいたずら者のような雰囲気がありました。外題役の樋口達哉は、ところどころの美声がハッとさせてくれる魅力がありましたが、全体的には平面的印象が強く、もっと立体的に声を飛ばしてくれてもよいのにな、と思いました。

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鑑賞日:2010年7月19日
入場料:C席 4500円 2FRA 323

主催:財団法人東京都交響楽団

平成22年度文化芸術振興費補助金(芸術創造活動特別推進事業)

都響スペシャル 都響創立45周年記念特別公演
コンサートオペラ

オペラ3幕、日本語字幕付原語(チェコ語)上演、コンサートオペラ形式
スメタナ作曲「売られた花嫁」Prodaná nevěsta)
台本:カレル・サビナ

会場:サントリーホール

スタッフ

指揮・演出 レオシュ・スワロフスキー
管弦楽 東京都交響楽団
合 唱 二期会合唱団
合唱指揮 冨平 恭平
振 付 大畑 浩恵
舞台監督 金坂 淳台

出 演

イェニーク   ルドヴィト・ルドゥハ
マジェンカ   アドリアナ・コフートコヴァー
ヴァシェク   オトカール・クライン
ケツァル   ヤーン・ガラ
クルシナ    セルゲイ・トルストフ 
ルドミラ   エヴァ・シェニグロヴァー
ミーハ   ブランテイシェク・ジュリアチ
ハータ   ルツイエ・ヒルシェロヴァー
     
ナビゲーター   朝岡 聡
ダンサー   三井 聡、江田あつし、水那 れお、今村たまえ
子役   秋元 萌

感 想

指揮者のツボ-都響スペシャル/コンサートオペラ「売られた花嫁」を聴く。

 「売られた花嫁」はスメタナの最高傑作にして、チェコの国民オペラの代表作です。しかしながら、日本で原語上演に接するのは難しく、チェコ系のオペラ劇場の日本公演にたまに持って来るくらいです。それでも10年以上前であれば、日本語版で時々上演されているのですが、最近はあまりお目にかかりません。ちなみに私は、初めての実演体験になります。今回、ほぼ全曲をコンサート・オペラ形式とはいえ、実演で聴けたこと。そして、その演奏が十分楽しめたことは、大変喜ばしいことだと思います。

 今回、私は、全くまぬけな話なのですが、会場をサントリーホールであることを意識せずに、いつもの癖で、購入時点で一番安い席を選択し、RAという舞台の向かって右側の二階席を購入しました。サントリーホールは、会場のどの位置でも同じように良い音が聞える、という触れ込みのホールですが、現実はそんなことは全くなく、RAやLAは、音響もそれなりなことは、言うまでもありません。特に歌ものは、左右の端には声が飛んで来にくいので、選ぶべきではないのですが、今回はうっかり買ってしまいました。

 それもあって、初めての実演を聴くという以外にあまり期待していなかったのですが、結果としてこの席は結構正解の席でした。何と言っても、指揮者がオーケストラや歌手、合唱に出す指示が良く見えるところが良い。また、レオシュ・スワロフスキーという指揮者、私は初めて聴く方なのですが、実に良い指揮をします。チェコ人で、自国の国民オペラを日本人に紹介したいという意識が明確でした。

 この曲のテンポ感覚とか、デュナーミクのあり方とか、完全にチェコ人としての無意識の中に入っているのでしょうね。ツボを押さえた指揮ということだろうと思います。都響から紡ぎ出される音は、ボヘミアの土臭さやチェコのピルスナービールのイメージを彷彿とさせてくれるものでした。

 「売られた花嫁」という作品自体の作曲技法は、民族主義的音楽というよりは、後期ロマン派の色合いが濃く、民族主義的な音楽は、群衆を描く舞曲に代表されるわけですが、この舞曲の演奏が又素敵です。今回の舞台には、4人のダンサーが、民族衣装を着て、これらの早い舞曲を踊るのですが、踊りの切れの良さと、オーケストラの音の切れの良さが見事にシンクロしいて楽しむことが出来ました。

 今回の歌手陣は、ほぼスロヴァキア国立歌劇場のソリストで、この作品は、自分の手中にあるということでしょう。皆手馴れた歌唱を見せてくれました。皆、それなりに上手だと思いますが、特に良かったのが、ケツァルを歌ったヤーン・ガラ。ケツァルはイタリア・オペラ・ブッファでいうバッソ・ブッフォの役回りですが、バッソ・ブッフォ的雰囲気といい、立て板に水の口上といい、見事なものだったと思います。

 また、ヴァシェクを歌ったクラインも秀逸。ヴァシェクは、少し頭の足りない青年として描かれるわけですが、その頭の足りない感じを演技で良く示しておりました。又声もテノーレ・リリコ・レジェーロの美しいもので、その歌唱は、ヴァシェックの純情を表現して魅力的だと思いました。

 イェニークとマジェンカのコンビは、悪いものではなかったと思いますし、二人に与えられているアリアもそれぞれきっちり聴かせていたと思いますが、その歌唱が、取り立てて素晴らしいということはなかったと思います。脇役陣では、ルドミラを歌ったシェニグロヴァーが良かったと思いました。

 東京都響は、スワロフスキーのテンポ感覚に完璧に付いていたとはいえないようでしたが、若干ずれるところはあったにせよ、全体としては見事な演奏だったと申し上げてよいと思います。特に弦楽陣は良かったと思いました。二期会合唱団の合唱もよかったです。今回は、図らずも彼らの真横で聴くことになってしまったので、とりわけ、彼らの基礎的な力量を十分感じ取ることが出来たと思います。

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鑑賞日:2010年7月24日
入場料:自由席 5000円 

主催:南條年章オペラ研究室

ピアノ伴奏形式によるオペラ全曲シリーズ Vol.10
南條年章オペラ研究室20周年記念

オペラ4幕、日本語字幕付原語(フランス語)上演、ピアノ伴奏演奏会形式
ロッシーニ作曲「ギヨーム・テル」Guillaume Tell)
台本:エティエンヌ・ジュイ/イポーリト・ビス

会場:津田ホール

スタッフ

指 揮 佐藤 宏
ピアノ 村上 尊志
ピアノ 藤原 藍子
チェロ  :  高群 輝夫 
合 唱 南條年章オペラ研究室メンバー+賛助出演メンバー
フランス語指導 江澤 隆行

出 演

テル   坂本 伸司
マティルド   小林 厚子
アルノール   青柳 明
エドウィージュ   諸 静子
ジェミー    大柴 朋子 
ワルター   羽渕 浩樹
メルクタール/ゲスラー   折河 宏治
漁師ルーディ   狩野 武
ルドルフ    琉子 健太郎 
ルートルド   小林 秀史

感 想

やっぱり舞台を見たい-ピアノ伴奏演奏会形式によるオペラ全曲シリーズVol.10「ギヨーム・テル」を聴く

 南條年章が、若手オペラ歌手の研鑚集団として「南條年章オペラ研究室」を設立して20周年になったということです。おめでとうございます。更に「南條年章オペラ研究室」設立10周年を期して始めた「ピアノ伴奏演奏会形式によるオペラ全曲シリーズ」も10回目の節目となり、今回は、ロッシーニの最後のオペラ作品として知られるグランドペラ「ギヨーム・テル」が取り上げられました。これは、大変素晴らしいことです。

 「ウイリアム・テル」は有名な作品ですし、その序曲は、小学校の鑑賞教材で取り上げられるほどポピュラーですが、全曲が演奏されることはほとんどありません。日本で舞台演奏されたのはただ一度。1983年に藤沢市民オペラが取り上げたのみです。このときは、福永陽一郎指揮、粟國安彦演出で、木村重雄の日本語訳詞上演で、主役のテルを工藤博が歌いました。まさしく傑作でありながらなかなか上演されないのは、ひとつはグランド・オペラで規模が大きく、一方で、ロッシーニ特有の技巧的な歌唱も要求され、なかなかスタッフ・キャストとも集まりにくい、ということがあるのでしょうね。

 今回の演奏は、私の知る限り、藤沢市民オペラによる日本初演、今年3月東京フィルがアルベルト・ゼッダ指揮により取り上げたハイライト公演、に続くもので、歌唱部分をオリジナルのフランス語で全部歌った公演としては日本初のものです。歌唱のないバレエ音楽を全てカットしたので、本来約4時間かかる作品をほぼ3時間で演奏したものですが、それでも大したものだ、と申し上げるべきでしょう。志の高さは、賞賛されるべきであると思います。

 ただし演奏は、はっきり申し上げれば、今一つだったと思います。それは、この「ピアノ伴奏演奏会形式によるオペラ全曲シリーズ」が抱えている本質的な問題でもあるのですが、あくまでもこの演奏会は、「南條年章オペラ研究室」の研鑚発表会であって、出演者が、原則「南條年章オペラ研究室」のメンバーに限られる、ということがあります。それでも女性歌手は、平井香織、佐藤亜希子、小林厚子と実力のある会員が揃っているのですが、男声陣は弱い。殊にテノールの弱さは致命的と申し上げてもよいところです。

 今回アルノールを歌った青柳明は、「ピアノ伴奏演奏会形式によるオペラ全曲シリーズ」で10年間トップテノール役を歌い続けていますが、大きい公演では、主役の対象になるようなレベルの声ではありません。声質は、若々しさを感じさせる悪いものではないのですが、高音の伸びが今一つ足りないこと、そして何と申し上げても、声量の足りなさはいかんともしがたいところです。津田ホール程度の広さのホールで、ホールの広さを感じさせるような声量しか出せないのでは、オペラの主役を演ずるにはあまりにも弱すぎます。

 外題役を歌った坂本伸司も今一つです。端的に申し上げれば、声に主役としての威厳が足りないと思いました。音楽的にはアンサンブルでの参加が多く、アリアは、「じっと動かず」だけですが、この「じっと動かず」では、敢えてチェロの伴奏をつけて、この作品のクライマックスであることを示そうとしているのですが、歌唱の滋味が今一つ不足している感じで、感動的に見えない。普通であれば、ここは拍手の場面だと思うのですが、拍手が全く出なかったのは、誰も感動的だと思わなかった、ということなのでしょう。

 そういう中で力を発揮して見せたのは、マティルド役の小林厚子。一部息継ぎに問題がありましたし、細かいところでのミスはあったようですが、今回の出演者の中では、段違いの力を見せたと申し上げてよいでしょう。少なくとも津田ホールの壁をならせるだけの声量で歌い続けられる、ということは、大変素晴らしいことです。登場のアリア「暗い森」が非常に魅力的でした。また、第3幕の「始まったばかりの私たちの人生は」もよかったと思いました。特に後者は、青柳の歌唱が今一つであり、それだけに小林の力量がクローズアップされた感じがあります。

 脇役陣です。諸静子のエドヴィージュ。低音の滋味あふれる表現が魅力的でした。一方高音部はあまり得意ではないように見受けられました。大柴朋子のジェミー。良かったです。本質的に線の細い方だと思いますが、子役を歌われたことで、線の細さを上手く使われた感じがしました。この作品の最高音を受け持つ人ですが、アンサンブルの中で、高いソプラノがしっかり抜けていくところなど、良い仕事をされたと思います。

 男声陣では折河宏治、羽渕浩樹の二人が流石に実力があります。折河は、メルクタールとゲスラーの二役を歌いましたが、メルクタールの方が感情のこもった魅力ある歌唱でした。ゲスラーの悪役の魅力がもっと出せれば更に良いと思いました。羽渕のワルター。出演部分は少ないのですが、出てくると存在感があったと思います。狩野武のルーディは今一つ。ルドルフとルートルドを歌われた琉子健太郎と小林秀史は無難にこなした印象です。

 なお、合唱は高レベルでした。導入の合唱は、響き過ぎて何を言っているのか全く分からないほど。ソリストも出来るような方が入られている合唱で、更に津田ホールの広さの会場で歌うのですから、上手で当然というところはあるのですが、「ギヨーム・テル」と言う作品における合唱の重みを考えると、力強い合唱はこの作品の魅力を示すうえで重要だったと思います。

 今回の「ギヨーム・テル」、現在の「南條年章オペラ研究室」の実力を示した、と言えばその通りだと思いますし、問題があったとも思いますが、私個人としては、ロッシーニの最後の傑作をそれなりの歌唱で聴けたということは大変うれしいことだと思います。それにしても思うのは、バレエを含めた全曲を是非舞台で見てみたいと言うことです。藤原歌劇団か二期会、勿論新国立劇場でもいいのですが、取り上げてくれないでしょうか?


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鑑賞日:2010年8月29日
入場料:2FC3列11番 3500円 

主催:ヴィッラ・ディ・ムジカ室内管弦楽団

矢澤定明&ヴィッラ・ディ・ムジカ室内管弦楽団 オペラプロジェクトU

オペラ2幕、原語(イタリア語)上演、簡易舞台形式
モーツァルト作曲「ドン・ジョヴァンニ」Don Giovanni)
台本:ロレンツォ・ダ・ポンテ

会場:第一生命ホール

スタッフ

指 揮 矢澤 定明
管弦楽 ヴィッラ・ディ・ムジカ室内管弦楽団
チェンバロ 小埜寺 美樹
演 出  :  飯塚 励生 
照 明 稲葉 直人
舞台監督 近藤 元

出 演

ドン・ジョヴァンニ   星野 淳
レポレッロ   細岡 雅哉
ドンナ・アンナ   黒澤 明子
ドン・オッターヴィオ   木幡 雅志
ドンナ・エルヴィラ    渡邉 玲美 
マゼット   塩入 功司
ツェルリーナ   前川 依子
騎士長   大野 隆

感 想

アマチュアを超える魅力を出すためには-ヴィッラ・ディ・ムジカ室内管弦楽団オペラプロジェクトU 「ドン・ジョヴァンニ」を聴く

 8月はこれぞというオペラ公演がない(「キャンディド」は安い切符の入手に失敗したのでパス)のですが、1箇月以上も生のオペラを聴けないと、どうにも調子が上がってきません。「音楽の友」を見ていたら、第一生命ホールで「ドン・ジョヴァンニ」をやるようなので、一寸出かけてまいりました。

 ヴィッラ・ディ・ムジカ室内管弦楽団という団体は全く知らないのですが、アマチュアというかセミプロクラスのメンバーによって作られた団体のようです。指揮者の矢澤定明もあまり聞いたことがなく、演奏を聴くのは多分初めてです。また歌手陣は、タイトル役を別にして、新国立劇場合唱団のメンバーがソリストとして歌う、という公演ものです。このような半分研修のような公演は、時々大化けすることがあるので、期待を持って伺ったのですが、今回は外れでした。

 まず、指揮者の矢澤定明が全然なっていない。とにかく、音楽を観客に楽しんでもらおう、という意思が全然出ない指揮者なのですね。テンポを刻むだけの指揮で、あまりにも退屈。「ドン・ジョヴァンニ」のような大傑作を、どうしてここまでつまらなく演奏できるのだろうと思うようなものでした。オーケストラの音がざらついたり、管楽器が落ちたり、そういうことはアマチャ・オーケストラなら当然あると思います。しかし、そういった技術的弱さを凌駕する音楽を楽しもうとする心や、観客に聴かせて魅せようという気持ちをぐいぐい引き出していくのが指揮者の仕事でしょう。しかし、全然そういうところが感じられない、オーケストラの息遣いを感じ取ることのできない演奏でした。聴いていてひたすら退屈でした。

 歌手陣は頑張っていました。しかし、根本的に実力が今一歩の方がほとんどだと申し上げざるを得ない。星野淳以外の方は新国立劇場合唱団のメンバーの方ですが、聴いていると、大きい公演でソリストを獲るには力量不足だな、と思わずにはいられませんでした。

 外題役の星野淳は、調子の良い時とそうでないときの出来の差が大きい方ですが、今回は中ぐらいの出来だったと思います。はっきり申し上げれば、星野のパフォーマンスとしては決して出来の良い方ではないし、また、ドン・ジョヴァンニという役の表現としても、取り立てて良いものではありませんでした。それでも、今回のメンバーの中で一番優れていたのが星野でした。とにかく大きな舞台経験はこのメンバーの中では群を抜いています。それが身体に染みついているのでしょうね。一寸した仕草などが、堂に入っています。有名な「セレナード」などはそこはかとなく色気もありました。

 細岡雅哉のレポレッロ。今一つでした。細岡は、自主公演や小さい公演でバリトン役をよく歌われていて、そういう意味では舞台経験が豊富な方です。それが災いしたのか、今回はレポレッロらしさを追求しすぎて、音楽的な魅力を失ってしまった、という感じがします。音程がかなり乱れていました。もっと素直に歌って、音楽的な様式感をしっかり見せるべきだったように思います。

 黒澤明子のドンナ・アンナ。黒澤は新国立劇場合唱団の団員ですが、新国立劇場の本公演でも時々ソロを歌います。最近では「影のない女」の「声」など。それだけに実力のある方だとは思いますが、それでもドンナ・アンナを歌うには、一寸実力不足の感じがあります。ドンナ・アンナの一番の聴かせどころである、「むごい人ですって、〜いいえ、違います、愛しい貴方」のアリアは、線の細さを強く感じました。

 木幡雅志のドン・オッターヴィオ。東京オペラ・プロデュースの公演などで、キャラクターテノール役をよく歌われる方ですが、オッターヴィオのような純粋リリコ・レジェーロのテノール役には声も見た目も全く合わない方です。最後は声を軽めにまとめて来ましたが、前半は聴くに堪えませんでした。

 渡邉玲美のエルヴィラ。悪くはないのですが、全体的に不足感の強い演奏でした。特に低音部。役柄的にはもっと低音部が響く方が良いと思うのですが、いまいちでした。新国立劇場合唱団では、アルトパートも歌われる方なのですが、あまり調子が良くなかったのかも知れません。

 前川依子のツェルリーナ。ドン・ジョヴァンニの次に良い演奏をされました。「ぶってよ、マゼット」にしても、「薬屋の歌」にしても、細かいミスはあったものの、きっちりまとめていました。

 塩入功司のマゼット。悪いものではありませんでした。若い農民の怒りをそれなりに表現できていたと思います。大野隆の騎士長も悪いものではありませんでした。

 結局のところ、今回のような演奏で、演奏者の関係者以外のお客さんを集めるのはなかなか大変でしょう。アマチュアのレベルを超える魅力を引き出すためにはどうしたら良いのか、指揮者以下本気で考えて欲しいと思います。来年は、「コジ」をやるそうですが、私は伺うことになるのでしょうか。絶対行かないとまでは申しませんが、食指は動かないですね。

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鑑賞日:2010年9月4日
入場料:C席3F10列46番 6000円 

主催:首都オペラ/神奈川県民ホール

19回首都オペラ公演

オペラ4幕、原語(イタリア語)上演、日本初演
ザンドナイ作曲「フランチェスカ・ダ・リミニ」Francesca da Rimini)
台本:ガブリエーレ・ダンヌンツィオ(ティト・リコルディ)

会場:神奈川県民ホール

スタッフ

指 揮 岩村 力
管弦楽 神奈川フィルハーモニー管弦楽団
合 唱 首都オペラ合唱団、慶應義塾ワグネルソサィエティー男声合唱団OB有志、
慶應義塾大学日本女子大学混声合唱団コールメロディオン有志
合唱指揮    川嶋 雄介、蛛@暁志 
演 出  :  三浦 安浩 
装 置    鈴木 俊朗 
衣 裳    小野寺 佐恵 
照 明 奥畑 康夫
音 響  :  関口 嘉顕 
舞台監督 徳山 弘毅

出 演

フランチェスカ

 

小林 厚子

サマリターナ

 

背戸 裕子

オスタージオ

 

矢田部 一弘

ジョヴァンニ

 

月野 進

パオロ 

 

所谷 直生 

マラテスティーノ

 

井上 剛

ビアンコフィオーレ

 

渡辺 都

ガルセンダ

 

沖山 周子

アルティキアーラ 

 

岸田 総子 

アドネッラ 

 

安念 奈津 

ズマラーグディ 

 

鈴木 美恵子 

トルド・ベラルデンゴ卿 

 

三浦 大喜 

道化師(放浪楽師) 

 

上田 飛鳥 

感 想

20世紀の影-首都オペラ「フランチェスカ・ダ・リミニ」を聴く

 タイトルだけは知っているけれども、聴いたことのないオペラ作品というのは、オペラ鑑賞歴30年を超えようとするどくたーTと雖も少なからずあります。ザンドナイの「フランチェスカ・ダ・リミニ」もその一つで、ヴェリズモ時代のほぼ末期に位置する作品である、という音楽史的知識は何となく持っていたのですが、録音ですら聴いたことがありませんでした。そんな作品が遂に日本初演される、というお話を聞いて、早速神奈川県民ホールに出かけてまいりました。

 公演した首都オペラは、神奈川県葉山を拠点にするオペラ団体だそうで、過去にもいくつも注目すべき上演を行っているようです。それでも横浜での上演ということになると、よほどのドライビングフォースがなければ行けないということで、私は初めて聴きました。

 まず、全体的な印象ですが、少なくても質の高い上演をしようとする意思のある団体だと思います。東京の主要三団体、新国立劇場、東京二期会オペラ劇場、藤原歌劇団と比較すると、流石にそのレベルには及ばないですが、フルオーケストラが入るオケピットといい、演出への資金投入と言い、東京オペラプロデュースや東京室内歌劇場と比較すれば明らかにお金がかかっています。贅沢な音、舞台というのはオペラの楽しみの明らかにひとつの方向性ですから、そういう面をきっちりとやろうとする意思は、一愛好者としてはとても嬉しいことです。

 さて、作品の味わいですが、過渡期の作品であると思いました。厚いオーケストレーションや無限旋律的な進行に、ワーグナーの影響を強く受けていることは明らかですし、また、音の進行が半音階的な進行で、無調音楽への方向性も感じ取れます。一方で、歌唱表現の誇張ぶりはヴェリズモの影響も強く受けており、初演は1914年ですが、20世紀の影が見えているけれども19世紀に留まった作品と申し上げてよいのだろうと思います。最後のロマン派ですね。

 オペラのお話は、ヒロインが結婚した夫の弟を愛してしまうという三角関係の悲劇ですが、同種のストーリーで20世紀オペラを切り開いたと申し上げても過言ではない、ドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」(1902)と比較すると、12年もあとに発表されながら、ずっと俗っぽく、音楽的完成度も低いもので、これまで日本で演奏されなかったのも無理ないのかな、と思いました。

 しかしながら、演奏はまずまずの好演と申し上げてよろしいと思います。

 岩村力の熱のこもった指揮にまず魅了されました。若干力が入りすぎていて、音楽がやや空回りしているのではないかしら、と思う部分もあったのですが、やや前のめりの音楽の進め方は、この分厚い管弦楽をならすのには好適なのではないかと思いました。その分抒情的な表情には乏しく、第三幕のフランチェスカとパオロの愛の場面などは、もう少し官能的な柔らかい響きが欲しかったと思います。

 神奈川フィルの演奏もまずは上々の部類でしょう。神フィルにしてみれば請負仕事ですから、それなりに流してしまえばよいのでしょうが、そんないい加減な仕事ではなく、しっかりと仕上げてきたと思います。ミスも少なかったようで、岩村の熱意に噛み合った仕事をされていたと申し上げてよいでしょう。

 歌手陣は、外題役の小林厚子が抜群の出来でした。舞台の上では圧倒的な存在感がありますし、声の伸び、響きのどちらをとっても申し分ありません。分厚いオーケストラの咆哮の中、小林の声だけは、そこから浮きあがって明確に響き渡り、ヒロインとしての魅力をふんだんに見せていたと思います。大変結構でした。

 小林の存在感と比較すると、所谷直生のパオロは弱さを感じました。もう少し声に芯があるとよいと思うのですが、高音がふらつきますし、また発声に一杯一杯感がある。小林フランチェスカとの二重唱を聴いていると、女声のしっかりした表現と男声のフワフワした表情の重なりになって、何となく違和感を感じました。言ってみれば、所谷は、オーケストラの厚い海に溺れかかった少年みたいな感じで終始しました。

 悪役の二人は、どちらも結構でした。月野進のジョヴァンニは、隈取りをした化粧で登場。猜疑心の強い当主の役をしっかりと演じました。低音の響きが良く、表情も豊かで、怒りの表現などは立派なものであり、結構だったと思います。また、マラテスティーノの演じた井上剛は、ガタイの大きなテノールで、スピントの利いた大きな声での表現が良かったと思います。声が押し気味で、そこをもう少し柔軟に表現してくれればもっと良かったと思うのですが、声の怒りのこもり方などは存在感がありました。

 脇役陣では、背戸裕子のサマリターナが良く、4人の召使たちの四重唱も美しく響いてよかったと思います。

 三浦安浩の演出は、基本的に戦場を意識したもののようで、かなり暑苦しい感じがしました。音楽自身も暑苦しいので、今年の夏の暑さにはあまり向かない感じがしました。とは言え、現実に血の臭いが溢れている作品なので、こういう演出は悪いものではないのでしょう。すくなくともなかなか見ることのできない「フランチェスカ・ダ・リミニ」という作品の魅力を伝えるには、十分である様に思いました。

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鑑賞日:2010912
入場料:
D席 5000円 4F 428

平成22年度文化芸術振興費補助金(芸術創造活動特別支援事業

主催:(財)東京二期会

東京二期会オペラ劇場公演

オペラ2幕、台詞日本語、歌詞原語(ドイツ語)上演
モーツァルト作曲「魔笛」(Die Zauberflote)
台本:エマヌエル・シカネーダー
日本語台本:実相寺昭雄

会場:新国立劇場・オペラ劇場

スタッフ

指 揮 テオドール・グシュルバウアー  
管弦楽 読売日本交響楽団  
合 唱 二期会合唱団  
合唱指揮 安部 克彦  
演 出 実相寺 昭雄  
演出補    飯塚 励生   
演出助手 勝賀瀬 重憲  
装 置 唐見 博  
衣 裳 加藤 礼次朗  
照 明 牛場 賢二  
振 付 馬場 ひかり  
舞台監督 幸泉 浩司  

出 演

弁者 原田 圭
ザラストロ 大塚 博章
夜の女王 針生 美智子
タミーノ 鈴木 准
パミーナ 嘉目 真木子
パパゲーノ 大沼 徹
パパゲーナ 鷲尾 麻衣
モノスタトス 栗原 剛
侍女1 日比野 幸
侍女2 杣友 惠子
侍女3 吉田 理絵
童子1 岸 七美子
童子2 小林 久美子
童子3 志岐 かさね
武士1 村上 公太
武士2 倉本 晋児
僧侶1 小林 昭裕
僧侶2 大川 信之
魔木    寺田 農(特別出演) 

        
 
感想

内向きのクール・ジャパン-東京二期会オペラ劇場公演「魔笛」を聴く。

 実相寺昭雄演出の東京二期会「魔笛」は、日本の現代文化、正確に申し上げるなら、怪獣で代表される特撮系の文化と、マンガを彷彿させるコスプレ的表現、その他サブカルチャーのポップな表現をふんだんに盛り込み、まさにクール・ジャパンを象徴する舞台になりました。この舞台は私も大好きですが、それ以上に世評が高く、一度上演されると再演されることがほとんどない日本制作のオペラ(新国立劇場を除く)にしては珍しく、三回目の上演となりました。その上、本日も、日曜日と言うこともあるのでしょうが、ほぼ満員の観客だったようで、また子供の姿も多く、この上演に対する関心の深さを物語っているように思いました。

 演出はオリジナルの実相寺昭雄のものを踏まえておりますが、三回目にもなると、それなりに変更を入れているようです。例えば、怪獣の登場する場面が、初演時、再演時と比較してもっと増えていると思うし、歌われない芝居の台本の部分は、実相寺の作成したものに、それなりに手を入れているように思いました。例えば、老婆のパパゲーナとパパゲーノ、僧侶の三人のやり取りの場面などは、今回随分変えてきたのではないかしら。

 結果としてギャグは洗練されてきたし、笑いも随分取れていました。ただ、そのギャグが日本人だからこそ分かるようなものが多かったのは一寸不満です。もともとの実相寺演出自身が、日本の現代のサブカルチャーをそれなりに理解していないと、理解しにくい部分があったとは思いますが、今回の変更は、それがよりディープになり、マニアックになった感じがします。私は、一概にマニアックなギャグが悪いとは思わないのですが、今回の演出がクール・ジャパンを代表するような名演出なのですから、そういう細かい部分を敢えて内向きにすることなく、世界に向けて発信するようなブラッシュアップを期待したいところです。
 

 一方の音楽ですが、こちらはなかなか良いものだったと思います。全体的に歌手の線の細い感じは否めませんでしたが、若手中心のグループですから、そこはやむを得ない部分もあります。しかし、そこに目を瞑れば、十分満足いく出来栄えでした。

 まずは、グシュルバウアーの指揮がよい。もともとモーツァルトには定評のある方ですが、読売日響のドイツ的な響きと相俟って、安心できる音を響かせていたと思います。といって、重厚な重苦しさを感じさせるようなものではなく、むしろモーツァルトのロココ的軽妙さを、しっかりとした響きの中に示していた、というところでしょうか。

 歌手陣は、まず、タミーノを歌った鈴木准がよいと思いました。鈴木は私にはモーツァルトを得意とする方だ、という認識があるのですが、今回もそれを裏切られることはなかったと思います。透明感の強いリリックな声が、タミーノによく合っていると思います。今回の演出のタミーノは、あまり強くない日本の若武者、というコンセプトですが、鈴木の声は、そのコンセプトによく似合っているようです。

 パミーナ役の嘉目真木子も上々。嘉目と言えば、「イドメネオ」のエレットラや「ドン・ジョヴァンニ」のドンナ・エルヴィラを聴いて来て、パミーナは彼女の端のレパートリーなのだろうな、と思って聴きに行ったのですが、実際は、期待以上の出来だったと思います。彼女は、メランコリックな強い表現に特徴のある方だという印象を持っていたのですが、今回のパミーナは、そういう強い表現がちらりと見えるところはあるのですが、基本的にはリリックな表現で、お姫様的な仕上がりになっていました。

 夜の女王役の針生美智子もまずまずでしょう。針生といえば、コロラトゥーラの技術が高いレジェーロ・ソプラノとして随分前から注目していたのですが、必ずしも出演作には恵まれず、二期会本公演は初めてではないかと思います。この方は、高音がスパッと出るところが魅力で、今回の夜の女王の二曲のアリアも、コロの表現に関しては流石のレベルです。これで、母の苦悩を示す低音部がもう少ししっかりと落ち着いていると尚よかったのですが、残念ながら、一寸浮ついてしまったところがあって、画竜点睛に欠いておりました。

 大塚博章のザラストロ。ザラストロとしては軽量級だと思いました。この方は、バスの脇役でよく聴く方で、力のある方です。今回も低音をしっかりと響かせているところは流石だと思いました。しかしながら、ずっしりとした重さには欠いており、ザラストロの徳の高さを表現するに至りませんでした。もっと重厚なザラストロ、という要求は、期待し過ぎなのでしょうか。

 大沼徹のパパゲーノは、全体的にはちょっと泥臭い感じ。全体的には前回の2007年上演時の山下浩司のパパゲーノには及ばなかった、というのが正直な印象です。そう思うのは、まず、歌に対する踏み込みが今一つ甘く、表情が単調になってしまうことがあるためかもしれません。登場のアリアである「おいらは鳥刺し」が特にそうでした。真面目で求道的なタミーノに対して天衣無縫なパパゲーノという構図があるわけですが、そこのかみ合わせはひとつしっくりとはしておらず、一寸空回り感があったのが、泥臭い感じに繋がったのかもしれません。

 モノスタトスは悲しい人です。その悲しさを表現できる歌手を私はいつも望んでいるのですが、栗原剛の表現は、そこまで至っていなかったと思います。三人の侍女はまずまず。

 若手中心のキャストで、しっかりと準備してきた方が多く、音楽的にも演技も悪いものではありませんでした。ただ、歌唱的にも演技的にも全体的にもう一段の踏み込みがあれば、もっと印象深く聴けたのではないかと思います。全体的に淡白な印象でした。

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鑑賞日:2010918
入場料:
B席 6000円 2F 734

主催:大田区民オペラ協議会 (公財)大田区文化振興協会

大田区民オペラ協議会20周年記念公演

オペラ4幕、字幕付き原語(イタリア語)上演
ヴェルディ作曲「マクベス」(Macbeth)
原作:ウィリアム・シェイクスピア
台本:フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ/アンドレア・マッフェィ

会場:大田区民ホール・アプリコ・大ホール

スタッフ

指 揮 菊池 彦典

 

管弦楽 プロムジカ・リナシェンテ  
合 唱 大田区民オペラ合唱団  
合唱指揮 山口 俊彦/山口悠紀子  
演 出 今井 伸昭  
演出助手 喜田 健司  
装 置 鈴木 俊朗  
衣 裳 小野寺 佐恵  
照 明 大平 智己  
舞台監督 徳山 弘穀  

出 演

マクベス 今井 俊輔
マクベス夫人 腰越 満美
バンクォー ジョン・ハオ
マグダフ 持木 弘
マルコム 渡邉 澄晃
マクベス夫人の侍女 宮澤 彩子
医師 金沢 平
ダンカン 橋爪 達夫
王子 茂木 英里香
フリーアンス 田原 茉未子/茂木 英里香
従者 田中 俊太郎
刺客 河村 洋平
伝令 黒田 正雄
幻影1 朝木 泰生
幻影2 大音 絵莉
幻影3 田原 茉未子/茂木 英里香

       
 
感 想

魔女が主役?-大田区民オペラ協議会「マクベス」を聴く

 ヴェルディのオペラは勿論しばしば上演されていて、私も毎年3-4回は聴いているのですが、「椿姫」が突出して多く、次いで「アイーダ」と「リゴレット」となり、それ以外の作品はなかなか取り上げられません。そんな中、大田区民オペラ協議会が「マクベス」を取り上げると聞き、勇んで行ってまいりました。この団体は、昨年夏、大変素晴らしい「シモン・ボッカネグラ」を上演していることもあり、期待は上々でした。

 実際の演奏は、悪いものではありませんでしたが、昨年の「シモン・ボッカネグラ」と比較すると、完成度は相当低いという印象です。大田区民オペラ協議会は、従来一年おきにオペラを取り上げているのですが、今年は設立20周年ということもあって、昨年に引き続きオペラの本公演を行ったということのようです。それがどうも裏目に出たのではないかという気がします。この完成度の低い感じは、合唱のまとまりが今一つだというところが大きく影響しています。

 冒頭の魔女たちの合唱がまずいけない。魔女の笑い声はとてもよいのですが、入りがずれていたり、全体のダイナミクスが希薄で、本来の音楽の持つおどろおどろしさが十分表現されていないのです。このほかにも、もっと力を込めて歌って欲しいところに力が入っていなかったり、合唱団員の一部の方がミスしたり、新国立劇場の合唱団だったら、二期会合唱団だったらこうは歌わないだろうと思うところが何か所もあって、全体の完成度の印象を下げたように思います。

 「マクベス」は、ある意味魔女が主人公と言うところがあって、また、魔女以外にも合唱が重要な役割を果たすので、もしこの作品を取り上げるのであれば、従来通り、もう一年練習してからのほうが良かったのではないかと思いました。

 合唱は味噌をつけましたが、そうは言っても全体としてはとても悪い演奏ではなかったと思います。まず、指揮の菊池彦典がよい。菊池はイタリアオペラのスペシャリストですが、その中でもプッチーニよりもヴェルディの方が良いと、私は以前から思っておりました。今回もヴェルディの音楽の持つ血の滾りとおどろおどろしさが、バランスされていた感じで、良いと思いました。プロムジカ・リナシャンテというオーケストラの団体も、ミスもそれなりにあったのですが、ところどころ、ハッとさせられる部分があり、多分、そう言うところに菊池の眼が行っているのだろうな、と思いました。

 主要歌手陣ですが、流石の力量と思わせたのが、持木弘のマグダフです。声量、表現力とも群を抜いており、第4幕の「ああ、父の手は」は、ヴェルディの音楽の凄さを味わうのにまさに打ってつけの歌唱でした。持木の歌は久しく聴いていなかったと思うのですが、まさにベテラン健在とも言うべき歌唱は、大いに満足いたしました。

 腰越満美のマクベス夫人は、彼女の声質からすると、かなりぎりぎりのところの役柄だと思います。腰越は、背筋を伸ばし、お腹に力を入れてしっかりと歌っておりましたが、どうしても声の軽さが影響します。登場のアリア「野望に燃えて」は、心の闇を表現するアリアですが、マクベス夫人の冷酷さを示すという印象にはならず、夫の出世を願うヒステリックな雰囲気が前面に出てしまったのが一寸残念です。それ以降も声の軽さが気になりました。腰越もリリコ・スピントの声の持ち主ですが、マクベス夫人を歌うのであれば、もっと強くて重い声が必要のように思いました。

 今井俊輔のマクベス。さほど悪いものではありませんでした。プリモバリトンとしての声が飛んでおりましたし、亡霊に苛まれる様子も、今井伸昭の演出が良かったせいもあるのでしょうが、見応えがありました。ただ、ところどころ声を押してしまって汚くなるところがあったのが残念です。

 ジョン・ハオのバンクォー。当初予定されていた山口俊彦の代役です。可もなし不可もなし、と言った感じの音楽的には印象の薄いバンクォーでした。私は、大田区民オペラ協議会をこれまで率いてきた山口俊彦の歌を聴きたかったところですが、病気降板と言うことで仕方がありません。

 市民オペラは、メンバーの熱意のベクトルがそろうと、その音楽の持つ魅力をプロの団体の演奏よりも強く示すことがあるのですが、今回の大田区民オペラは、そこまでは行かなかったというのが正直なところです。昨年の「シモン・ボッカネグラ」は良い方の例、本年の「マクベス」がそうではない例とすれば、その振れ幅があるところが、市民オペラの魅力なのかもしれません。

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