オペラに行って参りました-2018年(その2)

目次

ライバル心とチームワーク 2018年3月16日 新国立劇場「愛の妙薬」を聴く
素晴らしき哉、市民オペラ 2018年3月17日 立川市民オペラ「椿姫」を聴く
ドタキャンの影響 2018年3月18日 東京二期会コンチェルタンテ・シリーズ「ノルマ」を聴く
なんてったってスペクタクル 2018年4月8日 新国立劇場「アイーダ」を聴く
小屋で見せるドタバタ 2018年4月28日 東京室内歌劇場「天国と地獄」を聴く
童話の世界と大人の世界 2018年4月29日 藤原歌劇団「チェネレントラ」を聴く
大人と子供の学芸会 2018年5月3日 オペラMANO八王子「ヘンゼルとグレーテル」を聴く
オペレッタ「魔笛」 2018年5月12日 SINZO KINEN OPERA vol.4「魔笛」を聴く
若いって素晴らしい 2018年5月20日 二期会ニューウェーブ・オペラ「アルチーナ」を聴く
私の好きな歌 2018年5月26日 「高橋薫子・但馬由香美術館コンサートvol.2」を聴く

オペラに行って参りました。 過去の記録へのリンク

2018年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2018年
2017年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2017年
2016年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2016年
2015年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2015年
2014年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2014年
2013年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2013年
2012年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2012年
2011年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2011年
2010年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2010年
2009年 その1 その2 その3 その4   どくたーTのオペラベスト3 2009年
2008年 その1 その2 その3 その4   どくたーTのオペラベスト3 2008年
2007年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2007年
2006年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2006年
2005年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2005年
2004年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2004年
2003年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2003年
2002年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2002年
2001年 その1 その2       どくたーTのオペラベスト3 2001年
2000年            どくたーTのオペラベスト3 2000年

鑑賞日:2018年3月16日
入場料:C席 6804円 4F 1列29番

主催:新国立劇場

新国立劇場開場20周年記念公演

オペラ2幕、字幕付原語(イタリア語)上演
ドニゼッティ作曲「愛の妙薬」(L'Elisir d'amore)
台本:フェリーチェ・ロマーニ

会 場 新国立劇場オペラ劇場

スタッフ

指 揮  :  フレデリック・シャスラン   
管弦楽  :  東京フィルハーモニー交響楽団 
チェンバロ  :  小埜寺 美樹 
合 唱  :  新国立劇場合唱団 
合唱指揮  :  冨平 恭平 
演 出  :  チェザーレ・リエヴィ 
美 術  :  ルイジ・ベーレゴ 
衣 装  :  マリーナ・ルクサルド 
照 明  :  立田 雄士 
再演演出  澤田 康子 
音楽ヘッドコーチ  :  石坂 宏 
舞台監督  :  高橋 尚史 

出 演

アディーナ  :  ルクレツィア・ドレイ 
ネモリーノ  :  サイミール・ピルグ 
ベルコーレ  :  大沼 徹 
ドゥルカマーラ  :  レナート・ジローラミ 
ジャンネッタ  :  吉原 圭子 

感 想

ライバル心とチームワーク・・・-新国立劇場「愛の妙薬」を聴く

 「愛の妙薬」は大好きなオペラで、これまで何回聴いたか分かりません。実演でも10回は絶対に超えている。20ぐらい行っているかもしれない。その中で素晴らしいパフォーマンスを何度も聴いてきました。しかしながら、外人歌手がアディーナを歌った舞台で、よかったことってあったかな、と思います。日本人アディーナであれば、高橋薫子、森麻季、光岡暁恵といった盤石のソプラノが何人もいるので、何度も感動的舞台を経験しているのですが。

 しかし、今回は違いました。外人ソプラノがアディーナを歌ったのを聴いて、初めて満足しました。更に申し上げれば、テノールもいい。ドゥルカマーラも素晴らしければ、ベルコーレもよく、その上合唱が新国立劇場合唱団ですから、もう文句のつけようがない。素晴らしい公演だったと申し上げられると思います。

 もちろん、指揮者とオーケストラがしっかり支えていたというのも大きかったと思います。シャスランはオペラを得意とする指揮者ですが、引っ張るタイプの指揮者ではなくて、歌手に比較的寄り添う指揮者のようです。演奏自身は中庸で無理がありません。楽譜の指示以上に緩急は付けていたと思いますが、それは台詞やストーリーに寄り添ったリーズナブルなもので、まったく違和感を感じさせません。やるべきことをやって歌手がしっかり歌える土台を下支えしているのよく分かりました。東京フィルの演奏も明晰で朗らか。余裕を感じさせる音楽で、「愛の妙薬」によく合っていると思いました。

 さて歌手陣ですが、まずアディーナを歌ったドレイがよい。正統的なリリコ・レジェーロのソプラノで、声質がアディーナにぴったりです。また容姿も可愛らしく、アディーナによく似合っていると思いました。力のあるソプラノのようで全体的に余裕たっぷりの歌唱。切れ味の良い端正な歌唱なのですが、ここぞという処の歌いっぷりが重くならず、それでいてアクートの高音がしっかり伸びていきます。アディーナのちょっと高飛車な感じも上手に出しており、それでいてネモリーノと上手く結ばれた時の表情も可愛らしく、大変満足しました。Bravaです。

 ネモリーノを歌ったピルグもよい。こちらも軽いテノールでネモリーノにぴったりの感じです。もちろん5年前に聴いたシラクーザのネモリーノほどの自在さはなかったかなと思いますが、十分に余裕のある自在な歌唱で素晴らしい。こちらも声もいいし、田舎の純朴な青年感をしっかり出していたと思います。「人知れぬ涙」はもちろんよかったのですが、例えば冒頭のカヴァティーナや妙薬が効かなくて焦っているときのオロオロ感もしっかり出ていて、そこもよかったと思います。

 このアディーナとネモリーノが重唱を歌うと、二人ともしっかり響かせようとするよいライバル心が働くのか、更に魅力的です。曲の終わりのアクート、二人でしっかり伸ばして見事に終わるところなど、力がある二人がやりあうからこそできるのだろうな、と頗る感心いたしました。

 ジローラミのドゥルカマーラ。こちらは五年前に引き続き再登場。低音が一部下がりすぎたのが玉に瑕ですが、全体としての雰囲気はさすがです。長大な登場のアリア「お聴きなさい、村の衆」。基本的に楽譜に忠実な歌唱で逸脱がないのですが(もう一つ申し上げれば、楽譜通りに最後まで歌いました。これは珍しい)、テンポの動かし方が巧いのでしょう。バッソブッフォの魅力がふんだんに現れていて、そこも素敵です。アディーナとの二重唱もしっかり受け止めている感じで、そこもよい。この作品はドゥルカマーラの存在感が全体に大きく影響するのですが、ジローラミはとてもいい感じでした。

 大沼徹のベルコーレも立派。ベルコーレはもっとキャラを立てたほうが道化役の雰囲気がさらに増すとは思いましたが、歌唱的には大変満足のいくものでした。吉原圭子のジャンネッタもしっかり存在感を示していました。新国立劇場合唱団は力量があることは申し上げるまでもないのですが、どんな部分でもしっかりと役割を果たし素晴らしかったと思います。

 お互い音楽的には丁々発止やりあいながら、しかしながらチームワークをしっかりとって魅力的な舞台に仕上げていった感じです。粗の少ない舞台で、愛の妙薬というオペラを聴く醍醐味をしっかりと味わいました。Braviです。

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鑑賞日:2018年3月17日
入場料:B席 2000円 2F 33列7番

主催:立川市民オペラの会、公益財団法人立川地域文化振興財団

立川市民オペラ公演2018

オペラ3幕、日本語字幕付原語(イタリア語)上演
ヴェルディ作曲「椿姫」(La Traviata)
台本:フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ

会場:たましんRISURUホール大ホール

スタッフ

指 揮 古谷 誠一
管弦楽 立川市民オペラオーケストラ
合 唱 立川市民オペラ合唱団
バレエ ジャパン・インターナショナル・ユース・バレエ
助演 立川市民オペラ2018劇団
バンダ 国立音楽大学有志
演 出 直井 研二
装 置 鈴木 俊明
衣 裳 下斗米 大輔
照 明 奥畑 康夫/西田 俊郎
舞台監督 伊藤 潤

出 演

ヴィオレッタ 鈴木 慶江
アルフレード 金山 京介
ジェルモン 牧野 正人
フローラ 中野 瑠璃子
ガストン子爵 川久保 博史
ドゥフォール男爵 東原 貞彦
ドビニー侯爵 照屋 博史
医師グランヴィル 山田 大智
アンニーナ 佐田山 千恵
ジュゼッペ 工藤 翔陽
フローラの召使 市川 宥一郎
使者 上野 裕之

感 想

素晴らしき哉、市民オペラ-立川市民オペラ2018「椿姫」を聴く。

 いろいろな意味でスリリングな公演でした。

 まずオーケストラの演奏がスリリング。昨年までオーケストラピットに入っていたのは、立川市のアマチュアオーケストラである立川管弦楽団でしたが、今年は「立川市民オペラオーケストラ」という名称で、立川市民オペラのために新たに編成されたオーケストラです。メンバーは立川管弦楽団員が多いようですが、その他、TAMA21オーケストラなどからも個人で参加されている方がいらっしゃるそうです。昨年の公演で、オーケストラはよく言えば「お客さん」感、悪く言えば「やらされ感」が強かったのですが、今回は自分から手を上げた方々による団体ということで少し前のめり感がでたのかな、という感じでした。

 それに対して指揮者が結構ある意味あざとい指揮をやって見せました。速い部分と遅い部分とをはっきりと振り分ける。例えば第二幕第二場。普通の演奏はもっと遅いです。しかし、古谷誠一はこんなに速くていいの、と言いたくなるぐらい高速演奏。早回しみたいで落ち着きがない感じがしました。しかしながら、オーケストラはぎりぎりでついて行く。もちろん弾き飛ばした部分、弾けなかった部分はあると思うのですが、音楽は壊れませんでした。そこは大したものです。一方で遅くするところはしっかり遅くする。メリハリはつくのですが、ちょっとやりすぎではないかと思いました。

 オーケストラの音色に関していえば、それはアマチュアの音です。美しさという点では不満が残りますが、この指揮者の振り回しに堪えて、しっかりと下支えをしたという意味で素晴らしかったと思います。

 さて市民オペラの華、合唱ですが、かなり頑張っていらっしゃいました。女声の人数が多すぎる感じがしますが、市民オペラのどこにでもある欠点で、仕方がありません。それでもドレスを着たご年配の女性が楽し気に歌われている様子は大変結構なものでした。

 ソリストは何を言っても牧野正人のジェルモンが素晴らしい。日本人バリトンでジェルモンと言えば牧野の名が最初に上がるぐらいの名手ですから上手なのは当然なのですが、他の歌手と比較するとまさに別格です。調子は必ずしも良い感じはしませんでしたが、経験が余裕を生んでいるのでしょうか。凄く説得力のある歌唱でした。「椿姫」一番の聴かせどころは、第二幕第一場のヴィオレッタとジェルモンの二重唱です。ここは、牧野が一所懸命手を差し伸べているのですが、ヴィオレッタはその手にすがる気がない感じで、結果として異質な二重唱になってしまったのが残念でした。

 ヴィオレッタはスリリングでした。はらはらさせられっぱなし、というのが本当のところ。鈴木慶江はかつて紅白歌合戦に出たのも見てますし、NHKニューイヤーオペラコンサートに出演したのも見ています。その歌唱はあまり感心できるものではなく、そのころ鈴木はオペラ界では全く無名でしたから、なぜこんな人が出演するのだと不思議に思ったものです。鈴木はその後、東京オペラ・プロデュースの公演などで時々歌っていますが、私自身は全く縁がなく、今回初めて彼女の舞台での歌を聴きました。

 正直申し上げてヴィオレッタを歌うに十分なスキルのある歌手ではありませんでした。もちろん最低限のことはこなしていて、音楽の流れを思いっきり寸断することはなかったのですが、出が遅れたり、音程が不安定だったりするところは枚挙にいとまがない感じで、これで最後までたどり着けるのか、と心配しました。確かに美人ですし、華のある方なので舞台は映えますが、歌があのレベルでは如何なものかと思ってしまう。アジリダの技術が乏しく「ああ、そは彼の人か~花から花へ」は華やかさに欠け、感情表現が消化されていないのか、第二幕第一場のジェルモンとの二重唱は、ヴィオレッタの気持ちが伝わってこない。第三幕の「さよなら過ぎ去った日々」は今回の中では一番安心して聴けましたが、その次の「パリを離れて」の二重唱はあまりうまくいっていませんでした。全体的に声量ももう少し欲しい所です。

 アルフレードの金山京介。鈴木ヴィオレッタよりは全然よかったのですが、この方もかなり不調。中音部はすっきりとした甘い美声で、田舎の純朴な青年像をしっかり演じていらっしゃいましたが、高音部と低音部がどちらもだめです。高音は全てかすれてしまう抜けた音で、アクートが全く決まらない。だからと言って低い方の腰の据わった音もなく、テノールを聴く楽しみを思いきり奪われていると思いました。

 フローラ役の中野瑠璃子は声量不足で存在感をあまり感じさせないもの。アンニーナの佐田山千恵はしっかりした歌で、役目を果たしていました。男声脇役陣はドゥフォールの東原貞彦が一頭抜けている感じ。第二幕第二場のアルフレードとのやり取りに存在感がありました。川久保博史のガストンは、冒頭のアルフレードを紹介するところがちょっと上ずっている感じでした。

 いろいろ小さな事故はありましたが、とりあえず大きな破たんなくゴールにたどり着いた感じです。聴き手に音楽の魅力だけを伝えてくれるような舞台の方がよいに決まっていますが、こういうドキドキ感の強い演奏もまた楽し、です。合唱団の方は楽しそうでしたし、良かったのではないでしょうか。

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鑑賞日:2018年3月18日
入場料:B席 6000円 2F 6列35番

主催:公益財団法人東京二期会/Bunkamura

東京二期会オペラコウチェルタンテ・シリーズ

オペラ2幕、字幕付原語(イタリア語)上演/セミ・ステージ形式
ベッリーニ作曲「ノルマ」(Norma)
台本:フェリーチェ・ロマーニ

会 場 Bunkamuraオーチャードホール

スタッフ

指 揮  :  リッカルド・フリッツア   
管弦楽  :  東京フィルハーモニー交響楽団 
合 唱  :  二期会合唱団 
合唱指揮  :  佐藤 宏 
演 出  :  菊池 裕美子 
映 像  :  栗山 聡之 
照 明  :  大島 祐夫 
舞台監督  :  幸泉 幸司 

出 演

ノルマ  :  大村 博美 
アダルジーザ  :  富岡 明子 
ポリオーネ  :  樋口 達哉 
オロヴィーゾ  :  狩野 賢一 
クロティルデ  :  大賀 真理子 
フラーヴィオ  :  新海 康仁 

感 想

ドタキャンの影響・・・東京二期会オペラコンチェルタンテ・シリーズ「ノルマ」を聴く

 今、日本人ソプラノで誰に一番「ノルマ」を歌って欲しいかと問われたら、私は大隅智佳子と答えます。2018年時点でソプラノ・リリコ・スピントで技術と声の両面のバランスで一番優れている日本人ソプラノは多分大隅です。ほかにも素晴らしいソプラノはたくさんいらっしゃいますが、ガラ・コンサートなどで大隅と一緒に歌ってもらうと、現実に大隅以上の魅力のある歌手はなかなかおりません。だから、二期会がノルマをセミステージ形式で上演し、大村博美と大隅智佳子のダブルキャストで上演すると聞いたとき、何の迷いもなく、大隅の出演日のチケットを求めました。そして本日会場に赴いたところ、大隅はキャンセル。歌うのは昨日もノルマを歌われている大村博美に替ったことに大いなる驚きを感じました。

 このキャンセルは本当にドタキャンだったようで、私は大隅が急にインフルエンザにでも感染し、やむを得ず降板したのかな、と思ったのですが、主催者の説明は急病による降板ではなく「諸事情により出演いたしません」とのこと。諸事情の内容を事情通の方に伺ったところ、ちょっと信じられないような内容。これが本当であれば大隅智佳子には何の責任もないのに降板したことになり、大隅ノルマを楽しみにしてきた観客を裏切ったことになります。事実かどうかは分からないので詳細の記載は避けますが、主催者の不手際としか言いようがありません。とにかく結果として、大隅はキャンセル、期待して伺った観客も困惑し、昨日に続けて歌った大村博美も大変だったと思います。

 さて、演奏の全体的な出来を申し上げれば、第一幕は「いまいち」、第二幕は「なかなか」という処でしょうか。その責任は大村の歌唱にあった、と申し上げましょう。さすがに二日連続の「ノルマ」は大変だった様子で、第一幕は声のコントロールが上手くいっていない感じでした。声をセーブしすぎていた印象もあります。例えば登場のアリア「清らかな女神」は、ピアノを強調する歌唱で、そのレガートな表情はひとつの行き方だとは思いますが、声が飛んでこず、歌に芯がない感じで今一つでしたし、アダルジーザとの二重唱はアダルジーザの方が存在感があって、違和感がありました。一方第二幕は、山を乗り越えたという安心感からか、ずっと自在な歌になって、余裕が出てきていました。結果として大村ノルマは第二幕の方が断然よかったです。特に自らを火刑に処する最終場面の歌唱は、緊張感のある立派なものでした。

 そのほかの歌手陣はみな立派でした。まずアダルジーザ役の富岡明子。響きに厚みがあり、それでいて重たくなりすぎない、大変すばらしい歌唱でした。今日の立役者と申し上げてよいと思います。特にノルマとの二重唱では声質が大村と富岡はよく似ていて、その分響きの均質化が見られました。多分声の質はもっと違った方が奥行きが出て、作曲家の意図に合うのではないかという気がしましたが、類似の声の二重唱は美しいです。Bravaと申し上げましょう。

 樋口達哉のポリオーネもさすがにベテラン、しっかりと役どころを果たして立派。狩野賢一のオロヴィーゾ、新海康仁のフラーヴィオもよかったと思います。

 今回の公演、オペラコンチェルタンテ、ということで舞台の上にオーケストラが乗り、その後ろに高台を設えてその上で歌唱演技をするというもの。男性歌手は全員燕尾服姿で女性歌手もみな多分自前のドレス姿。舞台装置はなく、ホリゾントに映される映像で場面を示します。主要歌手は簡単な演技をしますが合唱団は動かない。そうであればセミステージ形式と銘打たずに完全に演奏会形式でもよかったのかな、と思いました。

 フリッツアの指揮はかっちりとしていて揺るぎがないもの。ベッリーニを古典派につながる人と見做しているのだろうと思いました。東京フィルの演奏もかっちりしたもので、舞台に乗っている分パワフル。推進力の見える演奏でよかったと思います。

 それでノルマがアナウンス通り大隅智佳子だったらどれだけ素晴らしい演奏になったのかな、と思います。やっぱりこの交代はたいへん悔やまれるものでした。

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鑑賞日:2018年4月8日
入場料:D席 4860円 4F R6列4番

主催:新国立劇場

新国立劇場開場20周年記念特別公演

オペラ4幕、字幕付原語(イタリア語)上演
ヴェルディ作曲「アイーダ」(AIDA)
台本:アントニーオ・ギスランツォーニ

会場 新国立劇場オペラ劇場

スタッフ

指 揮 パオロ・カリニャーニ
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合 唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 三澤 洋史
バレエ 東京シティ・バレエ団
児童バレエ ティアラこうとう・ジュニアバレエ団
演出・美術・衣装 フランコ・ゼッフイレッリ
再演演出 粟國 淳
照 明 奥畑 康夫
振 付: 石井 清子
音楽ヘッドコーチ 石坂 宏
舞台監督 大仁田雅彦

出 演

アイーダ イム・セギョン
ラダメス ナジミディン・マヴリャーノフ
アムネリス エカテリーナ・セメンチェク
アモナズロ 上江 隼人
ランフィス 妻屋 秀和
エジプト国王 久保田 真澄
伝令 村上 敏明
巫女 小林 由佳
バレエ・ソリスト 土肥 靖子(第1幕第2場)
  清水 愛恵(第2幕第2場)
    キム・セジョン(第2幕第2場)

感 想

なんてったって、スペクタクル-新国立劇場開場20周年記念公演「アイーダ」を聴く

 オペラの趣味は保守的で、オーソドックスなストーリーに忠実な演出が好きです。それでかつ舞台が豪華だったらそれに越したことはありません。新国立劇場のオペラの舞台の中で一番お金がかかっているのが多分ゼッフィレッリ演出の「アイーダ」です。綺麗だし、豪華。1998年1月新国立劇場開場第三作として製作されたこの舞台は、五年毎の節目にそのシーズンの目玉として上演され、今回も20年周年の目玉として上演されました。

 何度見ても素晴らしい舞台だと思います。豪華絢爛を絵にかいたような舞台ですが、そこにゼッフイレッリならではの細かい演技が加わって、実に分かり易く納得いく舞台です。特にアムネリスの描き方が上手い。アイーダとラダメスに音楽的な魅力が集中している作品ですが、アムネリスがどう演じるかでドラマとしての奥深さが全然変わります。今回もアムネリスに感動させられました。

 演奏ですが、カリニャーニのオーケストラドライブがかなり前のめりで全体を引っ張っていく指揮。休憩も含め3時間50分の上演時間とアナウンスされていましたが、実際は3時間45分程度で終演しました。オーケストラもきびきびした演奏で、締まった感じが良かったと思います。昔、オーケストラ・ピットに入った東京フィルはあまり評判がよくないことが多かったわけですが、技量的なレベルが上がったようで、テクニカルな目だったミスがなくなったのが素晴らしいと思います。

 歌手たちも総じて良好でした。個々人を比較すると、全体的な出来は5年前の舞台の方が良かったと思いますが、だからと言って今回の舞台が悪いものでは全くありません。

 まずアイーダを歌ったイム・セギョン。初めて聴く韓国人ソプラノですが、声の力が半端ではありません。最初の聴かせどころである「勝ちて帰れ」は、オーケストラも合唱も厚くてソリストにとって歌いやすい曲ではないと思いますが、声に力があり、朗々と響く歌声は、合唱やオーケストラを従える感じがあってよかったです。ただ、この方は声の力と美しさで勝負する方のようで、細かい感情表現はまだこれからなのかな、という感じを持ちました。第三幕の「おお、わが祖国よ」も力強い、悪く言えば一本調子の歌唱になってしまい。もっと繊細な表情を出していかないとこの曲の持つ切なさが見えてこないと思いました。とはいうものの、アジア人ソプラノでアイーダをこれだけのレベルで歌えるというのは、素晴らしいことだと思います。大変感心いたしました。

 ラダメス役のマヴリャーノフはかなりリリックな声の持ち主。ラダメスが 武将だとすれば少しなよなよ感があって似合わないかなという印象。歌唱は冒頭の「清きアイーダ」がリリックな表現で清新に聞こえ悪くはなかったし、第3幕、第4幕の表情もさほど悪くはないのですが、この方、高音のアクートが貧弱です。やっぱりラダメスで高音を張らないのはダメだろう、と思います。中音がなよっとした表情でも高音をしっかり張れれば印象も変わると思いましたが、全体的に物足りない印象です。

 それに対してアムネリスを歌ったセメンチェク、良かったです。艶のあるいい声で、低音がよく響きます。響く低音は一つ間違えると下品に聞こえますが、この方低音はドスが入って迫力があるにもかかわらず、品が悪くならないところに力量を感じます。最初アイーダの声に驚かされたのですが、聴いていると、セメンチェクの方がいろいろ細かいところで丁寧に歌われていて好感を持ちました。第二幕第一場でのアイーダとの二重唱や四幕第一場でのラダメスとの二重唱からモノローグに至る持って行き方や繊細な表情は、大変素晴らしいものだったと思います。今回の歌手で一番見事だったと申し上げましょう。

 アモナズロは堀内康雄のキャンセルに伴い、カヴァーで入っていた上江隼人が歌いました。二期会を代表するヴェルディ・バリトンでしっかり歌われていましたが、アモナズロとしては少し軽量級な感じがしました。もう少しポジションを低くとって重厚に歌われた方がアモナズロらしさが出たのではないのかなと思います。

 ランフィスを歌われたのは前回に引き続き妻屋秀和。さすがの声でした。安定した美しい低音はこの舞台を下からさせていました。同じ低音役でも久保田真澄のエジプト国王は、妻屋と比較すると声が飛んでいませんでした。伝令は藤原歌劇団を代表するテノールの一人である村上敏明。日本を代表するプリモだけあって、ちょっとしか歌わないにもかかわらず鮮烈な印象が残りました。小林由佳の巫女も立派でした。

 合唱がよかったのは申し上げるまでもありません。 

 以上、指揮者の音楽の進め方とそれについていったオーケストラ、魅力的な歌手、そしてゼッフイレッリの繊細で豪華な舞台が相俟って見応えのある舞台でした。

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鑑賞日:2018年4月28日
入場料:自由席 6000円 4列5番

主催:一般社団法人東京室内歌劇場

東京室内歌劇場スペシャルウィーク2018in調布市せんがわ劇場

オペレッタ2幕、日本語訳詞上演
オッフェンバック作曲「天国と地獄」(Orphée aux Enfers)
台本:クトル・クレミュー/リュドヴィック・アレヴィ
訳詞:和田ひでき

会 場 調布市せんがわ劇場

スタッフ

指 揮  :  新井 義輝  
ピアノ  :  松本 康子 
ヴァイオリン  :  澤野 慶子 
チェロ  :  三間 早苗 
クラリネット  :  守谷 和佳子 
演 出  :  飯塚 励生 
振 付  :  大畑 浩恵 
衣 装  :  下斗米 大輔 
照 明  :  辻井 太郎 
ヘア・メイク  さとう せいこ 
Want2SINGers指導  :  飯塚 純子 
舞台監督  :  三宅 周 
制作統括  :  太刀川悦代/前澤悦子/松本康子 

出 演

オルフェウス  :  谷川 佳幸 
ユリディス  :  加藤 千春 
世論  :  三橋 千鶴 
ジュピター  :  和田 ひでき 
ジュノー  :  田辺 いづみ 
ユリディス  :  加藤 千春 
ダイアナ  :  原 千裕 
ミネルヴァ  :  横内 尚子 
ヴィーナス  :  上田 桂子 
キューピット  :  植木 稚花 
マーキュリー  :  吉川 響一 
マルス  :  酒井 崇 
プルート  :  吉田 伸昭 
ジョン・スティックス  :  三村 卓也 
地♡エンジェルス  :  井口 礼菜/岩城 琴海 

感 想

小屋で見せるドタバタ・・・-東京室内歌劇場「天国と地獄」を聴く

 今回の東京室内歌劇場の「天国と地獄」を見て、1991年から2008年まで毎年夏に名古屋の大須劇場で上演されていた「スーパー一座」の「大須オペラ」を思い出しました。とは言うものの、私が見たのはただ一回ですからあんまり訳知りのようには言えないのですが、舞台と客席との距離感やそのパワフルな踊りが「大須オペラ」と似ている感じがしました。会場の「せんかわ劇場」は客席数が120ぐらいの本当に小さいホールであり、ホール全体が188平米、舞台は間口4間、奥行き3間の12坪、約40平米しかありません。その狭い空間を上手に使っていました。日本人の演じるオペレッタは今一つ乗り切れない演奏が多いのですが、今回は「大須オペラ」と似た小さい小屋ならではの演じている側からの観客へのエネルギーの直接伝達があって面白かったと思います。

 今回の舞台の天国は「ハリウッド」、地獄は「ラスベガス」という見立て。世論は旅行会社の添乗員で、ハリウッドとラスベガスを回るツアーにご招待する訳です。天国の神々はみなハリウッドの有名俳優たちのコスプレで登場です。純潔の女神・ダイアナはジョン・クロフォード、知恵の神・ミネルヴァはオードリー・ヘップバーン、ヴィーナスはマリリン・モンロー、キューピットはアニー、マーキュリーはチャップリンと言った感じです。一方で、地獄の関係者はカジノスタイル。このコスプレは楽しめました。

 演奏時間は15分の休憩を入れてほぼ2時間10分。かなり短めです。これは台詞をあまり言わないことが関係しているように思います。オペレッタには台詞は欠かせませんし、その中で社会風刺を入れるのは常識ですが、台詞ばかりが長くなると冗長になり、だれます。特にオペラ歌手はコメディアンではないので総じて台詞は下手ですから、ストーリーが分かる程度に台詞を刈り込んだ方がよい上演になるのではないかと前々から思っていたのですが、今回、台詞を担当した和田ひできもそう思ったようで、あまり余計なセリフが入りませんでした。おかげで展開がスピーディで生き生きとした音楽に乗りやすかった感じがします。

 演奏は、こまごまと申し上げればいろいろと事故もあったようで、無傷ではありませんでしたが、基本的に流れに勢いがあったのでよかったのかなと思います。

 まずよかったのはユリディスを歌った加藤千春。歌そのものだけで見れば、加藤の表現はちょっとやりすぎ感があるのですが、オペレッタの中で瞬発力を考えた場合、彼女のようなメリハリをつけたちょっと大げさな歌の方が断然素敵だと思います。金切り声から普通の歌唱への切り替えが見事で感心いたしましたし、技巧的な部分をいかにも技巧的に訊かせるところは見事だと思いました。同様に存在感をしっかり示せたのは、ジュピター役の和田ひでき。和田はこの舞台の台本作者でもありますから、舞台内容を一番よく知っているということがあると思いますが、歌唱演技ともに満足できるものでした。服装は映画監督を模したものだと思いますが、神々の王の威厳と映画監督の威厳が重なるような感じがよかったです。また、「ハエの歌」でのセコい雰囲気もその前の尊大さとの対比がよく効いていて面白いと思いました。

 一方で、オルフェウスとプルートの二人はもう少し頑張ってほしかったかな、という印象です。特にプルート役の吉田伸昭。吉田は演技的には、小狡い地獄の王様の雰囲気をよく出していたと思うのですが、歌唱はちょっと乱れていて、息切れもずいぶんみられました。激しい動きが要求される舞台なので、もう少し、調子を整えられた方がよかったと思います。

 脇役陣は総じて自分の役目をしっかり果たしていました。植木稚花のキューピット、原千裕のダイアナ、上田桂子のヴィーナスはそれぞれの雰囲気の違いを楽しめました。ここは、それぞれの扮した女優さんの違いも関係するのでしょう。男声脇役ではジョン・スティックス役の三村卓也がよかったです。その他、世論の三橋千鶴の存在感もよく、少人数の伴奏も推進力のあるものでした。

 フィナーレのギャロップは狭いスペースに15人が入り組んで踊るもので、床も平らではなく、決して踊りやすい環境ではありませんでしたが、動線が交錯し、ひやりとする部分があったものの、音楽の流れに合わせて、皆頑張って踊りました。足の上がり具合はあまり高くはありませんでしたが(キューピット役の植木を除く)その音楽への乗り方は立派です。登場人物の主な方は50代だと思いますが、その年であれだけしっかり動けるのは大変素晴らしい思いました。

 上記の通り、客席と舞台が近く、通路も舞台として使うので、歌手たちの息遣いがよく分かる舞台でした。大いに楽しめました。小劇場での舞台の楽しみをふんだんに示せた公演だったと思います。

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鑑賞日:2018年4月29日
入場料:B席 6800円 3F3列33番

主催:公益財団法人日本オペラ振興会
共催:川崎・しんゆり芸術祭(アルテリッカしんゆり)2018実行委員会

藤原歌劇団公演

ロッシーニ没後150年

オペラ2幕、字幕付原語(イタリア語)上演
ロッシーニ作曲「ラ・チェネレントラ」(LA CENERENTOLA)
台本:ヤコボ・フェッレッティ
アルベルト・ゼッタ監修ペーザロ・ロッシーニ財団編纂クリティカル・エディション(リコルディ版)
ドニゼッティ劇場「ラ・ピッコラ・チェネレントラ」フルヴァージョン改訂

会 場 テアトロ・ジーリオ・ショウワ

スタッフ

指 揮  :  園田 隆一郎  
オーケストラ  :  テアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ 
合唱  :  藤原歌劇団合唱部 
合唱指揮  :  山舘 冬樹 
フォルテ・ピアノ  :  園田 隆一郎 
演 出  :  フランチェスコ・ペッロット 
演出補  :  ピエーラ・ラヴァージオ 
美 術  :  アンジェロ・サーラ 
舞台美術補・衣裳  :  アルフレード・コルノ 
照 明  クラウディオ・シュミット 
映 像  :  マリーア・ペッロット 
舞台監督  :  菅原 多敢弘 

出 演

アンジェリーナ  :  但馬 由香 
ドン・ラミーロ  :  山本 康寛 
ドン・マニーフィコ  :  柴山 昌宣 
ダンディーに  :  市川 宥一郎 
クロリンダ  :  横前 奈緒 
ディーズベ  :  吉村 恵 
アリドーロ  :  上野 裕之 

感 想

童話の世界と大人の世界-藤原歌劇団「ラ・チェネレントラ」を聴く

 シンデレラは世界でもっとも有名な童話の一つであり、ペローの採集したものと、グリム兄弟の採集したもので一般によく知られています。オペラ作品もロッシーニのほかに、有名なマスネの作品をはじめ15作あるようで、ポピュラーな題材なのでしょう。ロッシーニはこのオペラを作曲するにあたり、魔法といったファンタジックな部分を排除し、大人向けの恋愛劇にしたのは有名な話です。特に、本来非常に重要な役である魔法使いを哲学者のアリドーロにし、夜中の12時に魔法が解ける、ということもなく、本人確認の約束のアイテムがガラスの靴から腕輪に変わったところなどは大人を意識した劇に仕上げたものだと言われています。

 しかし、今回の演出は明らかに童話の世界を意識している。言ってみればディズニーの「トイ・ストーリー」のような舞台です。舞台はテーブルの上、赤白市松模様のテーブルクロスがかけられていて、その中心より奥側に本が三冊積み重ねられている。これはもちろん「シンデレラ」のお話でしょう。本のページがめくられると、そこから登場人物が出てくるという仕掛けです。舞台の上ではネズミが黒子役を果たして、いろいろな役目を果たしますが、これも童話の世界であることの意識でしょうし、多分登場人物も人形をしていると思います。本人確認のアイテムが腕輪であることはその通りなのですが、ガラスの靴も出てきて履き替えるシーンもある。結局のところ、ペッロットはオペラの世界を童話の世界とつなげて見せた、ということです。夜中の12時に魔法が解けるのは、懐中時計が舞台の上にあって、夜中の12時になる直前に針はもぎ取られてしまう。これは、童話の登場人物が童話の世界に居続けるということを示しているのかもしれません。

 さて、演奏ですが、ロッシーニの難しさに跳ね飛ばされていた方が多かった舞台と申し上げるべきでしょう。

 まず、オーケストラが今一つでした。弦楽器は音の綺麗さが今一つ不足している感じでしたし、管楽器は何度も音を外していました。また、速いパッセージになると弾ききれない方がいらっしゃるようで遅くなってしまう。第一幕のフィナーレ。歌手のスピードにオーケストラがついて行けず、歌手側がリタルダンドをかけるところがありました。オーケストラがもっと練習してスキルを上げていただかないと、「チェネレントラ」のような難しい作品は演奏できないのではないかという気がしました。昨年の「セビリャの理髪師」はもう少し充実していた音がしていたと思うので、メンバーの交代があったのかもしれません。

 歌手陣はオーケストラと比較すれば段違いに良い演奏だったと思います。しかし、その中でも巧拙がありました。

 圧倒的に良かったのは、ドン・マニーフィコを歌った柴山昌宣。声がよく通るし、細かな難しいパッセージでも十分な声量でしっかり歌う。早口のアリアが三つもあって、それぞれ大変な難曲なのですが、アジリダの切れも息遣いも他の出演者とは別格の巧さでした。アリアばかりではなく、重唱での立ち位置も見事でした。この作品ではマニーフィコこそがキーマンであることを如実に示す歌唱で、演技も見事でしたし、バッソ・ブッフォとしての魅力をたっぷり伝えてくれました。次いで、クロリンダを歌った横前奈緒がよかったです。横前はまず持ち声が良いのでしょうね。そのアドヴァンテージをしっかり使って、冒頭の二重唱も、二幕の難しいアリアも綺麗に響かせました。また重唱でも高音部を綺麗に鳴らして見事だったと思います。

 アンジェリーナ役の但馬由香。前回、2005年の藤原「チェネレントラ」ではディーズベを歌っていましたが、今回はアンジェリーナ。しっかり仕上げてきたと思います。丁寧な歌唱で役目を果たしました。特に最後の大アリア「苦しみと涙のために生まれ」アジリダもしっかり決まり、見事な歌唱だったと思います。ただ、この方全体に声量が足りない。アリアはもちろんしっかり声が飛んできますが、重唱になると声がすぐ埋没してしまう。低音歌手ですから響かせるのが大変なのはわかりますが、もっとパンチがないと主役としては物足りない。巧みな技巧はもちろん大切ですが、声あってのオペラだと思うのです。

 山本康寛のドン・ラミーロ。山本は2016年の日生オペラの「セビリヤの理髪師」でアルマヴィーヴァ伯爵を歌って見事に玉砕した演奏をよく覚えています。その時と比較するとかなり頑張ったなというのが正直な感想です。ドン・ラミーロらしい軽い声が綺麗に出ていましたし、高音の切れ味もまだまだではありますが、第二幕のアリアはレジェーロテノールを楽しめるだけの技巧を示しました。次回聴くときは更に軽々と高音を響かせてほしいなと思いました。

 市川宥一郎のダンディーニは全体的にはしっかり歌われていましたが、アジリダが決まらなかった部分もあり、技巧的な部分で更に勉強が必要だと思いました。上野裕之のアリドーロはそれなりに存在感があって見事だったと思います。以上、こまごまな巧拙はあるにせよ、総じて男声陣の方が魅力的な表情が多かったように思います。吉村恵のディーズベはアンサンブルの下支えをしっかり果たしていてよかったと思います。

 合唱はいつもながら見事。事故はそれなりにありましたが、楽しむことはできました。ロッシーニのこの難曲に跳ね飛ばされていた方が多かったのは事実ですが、それでも何とか食らいついていましたし、ロッシーニの無機的なバカバカしさもしっかり聴くことができました。若い方が中心でこれだけの歌唱が聴けたということをポジティブにとらえたいと思います。

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鑑賞日:2018年5月3日
入場料:S席 5000円 U列10番

主催:オペラMANO八王子
共催:公益財団法人 八王子市学園都市文化ふれあい財団

オペラMANO八王子公演 児童合唱団こんぺいとうの空10周年記念公演

オペラ3幕、字幕付日本語訳詞上演
フンパーディンク作曲「ヘンゼルとグレーテル」(Hänsel und Gretel)
台本:アーデルハイト・ヴェッテ

会 場 八王子市芸術文化会館いちょうホール大ホール

スタッフ

指 揮  :  倉岡 信  
オーケストラ  :  アンサンブル・マーノ 
児童合唱  :  児童合唱団「こんぺいとうの空」 
合唱指揮  :  倉岡 典子 
バレエ  矢沢バレエスクール 
演 出  :  角田 和弘 
美 術  :  大川内 麟太郎
照 明  :  田中 広太 
振 付  森本 由希子 
舞台監督  :  橋爪 悠樹/石山 陽太郎 

出 演

グレーテル  :  白石 佐和子 
ヘンゼル  :  光村 舞 
お菓子の魔女  :  澤﨑 一了 
ペーター  :  村松 恒矢 
ゲルトルート  :  工藤 志津 
眠りの精  :  高橋 薫子 
露の精  :  山口 佳子 

感 想

大人と子供の学芸会-オペラMANO八王子「ヘンゼルとグレーテル」を聴く

 いろいろな意味で学芸会的色彩の強い公演でした。

 道具立てはほとんど手作り。森の絵も、お菓子の家も、檻もかまどもそうらしいし、出演者の衣裳もそう。「こんぺいとうの空」の保護者や関係者が手弁当でこしらえたもの。プロの作ったものでない分出来上がりは、小学校の学芸会の劇で使う大道具みたいになりました。更に演出ですが、子供たちの登場が非常に多い。「ヘンゼルとグレーテル」という作品、子供の合唱が登場する場面はお菓子の魔女の魔法が解けたときだけだと思いますが、それ以外のシーンでもことあるごとに子供たちが黙役で登場します。小さい子が舞台で魔女の姿になって演技する様子はとても可愛いですが、一方でそれは学芸会的な印象を濃くします。また、純粋にオペラの流れを考えたときには子供たちをもう少し抑制して登場させた方が舞台が締まったのではないか、という気がしました。

 演奏ですが、オーケストラに難がありました。まず、弦楽器が少なすぎます。管は二管編成でオリジナルにかなり近い。しかしながら弦楽器は各パート1本か2本。この編成ですと弦楽器が弱すぎてバランスが悪い。更にオーケストラ・ピットに奥行きがなく、全ての楽器がほぼ横一列に並んでの演奏。そのせいか、楽器間の音が溶け込まず、楽器の音が裸でバラバラに聴こえます。それがとても耳に触りました。また、管楽器の音が強く飛び出る印象が強く、結果として歌とのバランスも悪かったように思います。一方で管楽器が充実していることで、フンパーディンクの音楽の持つポストワーグナー的な響きはしっかり聴こえ、指揮者もそのあたりは意識して振っていたのか、オーケストラが中心になって動く部分の味わいは決して悪いものではありませんでした。

 キャストですが、ベテランの高橋薫子や山口佳子を眠りの精や露の精にし、若手の白石佐和子、光村舞をグレーテル、ヘンゼルに据えるというもの。高橋、山口の歌はこれだけの出演では申し訳ないというほど立派でした。白石、光村の歌唱・演技も子供らしい雰囲気を上手に出して見事な歌唱でした。ただし、白石、光村ともにオーケストラを圧倒するような声の持ち主ではないので、オーケストラが強奏すると声がどうしても埋没してしまいます。指揮者はそのバランスをもっとしっかり考えてあげるべきだろうと思いました。

 声の力という観点から言えば、男声二人が見事でした。ことに魔女を歌った澤﨑一了。澤崎は日本オペラ界若手ナンバーワンのテノールですが、キャラクターテノールの印象はあまりありません。しかし、今回の魔女のりのりでとてもよかったです。ピンと張った高音もふくよかな中音もある方で歌の膨らみはもちろん立派ですが、それに加えて演技が素晴らしい。大柄にもかかわらず身のこなしが柔軟で踊りも巧みです。魔女が登場したとたん音楽が変わりました。この上演、オペラを知っているお客さんはあまり多くはなかったと思いますが、魔女の声を聴いて会場の雰囲気が変わったのを感じました。誰が聴いてもその素晴らしさは明確だったのでしょう。

 ペーターの村松恒矢もいい。村松は新国立劇場のオペラ研修所時代に2回訊いていますが、その時よりも素敵な歌になっていたように思いました。もちろん、新国の時歌われたヒンデミットと今回のパパとでは歌の難しさが全然違いますから上手に歌っていただいて当然ですが、すっきりとした低音でよかったです。

 今回の公演は児童合唱団「こんぺいとうの空」解説10周年ということで、OBのお兄ちゃん、お姉ちゃんも登場しての歌唱。この児童合唱も鍛えられていて立派でした。「こんぺいとうの空」については毎年聴いていますが、ここまでしっかり仕上げた演奏を聴くのは初めてのような気がします。

 以上全体として上手に仕上げてきた上演でした。それだけにオーケストラのバランスの悪さが残念です。

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鑑賞日:2018年5月12日
入場料:全席自由 2500円

主催:SINZO KINEN OPERA

SINZO KINEN OPERA第5回公演

オペラ2幕、字幕付歌唱原語台詞日本語上演
モーツァルト作曲「魔笛」(Die Zauberflöte)
台本:エマニエル・シカネーダー
日本語台本:大山大輔

会 場 東大和市民会館ハミングホール・大ホール

スタッフ

指 揮  :  酒井 俊嘉  
オーケストラ  :  TSオーケストラ 
合 唱  :  Giovani Musici 
合唱指導  :  黒田 正雄 
バレエ  SHIZO KINEN KINDER
演 出  :  太田 麻衣子 
衣 裳  :  武田園子
照 明  :  八木 麻紀 
舞台監督  八木 清市 
プロデュース  :  新造 太郎 

出 演

ザラストロ  :  高崎 翔平 
弁者  :  野寺 研吾 
タミーノ  :  吉田 連 
パミーナ  :  盛田 麻央 
夜の女王  :  中江 早希 
侍女Ⅰ  :  藤原 千晶 
侍女Ⅱ  :  六車 琴美 
侍女Ⅲ  :  坂野 アンナ 
モノスタトス  :  宮西 一弘 
パパゲーノ  :  齊藤 一頼 
パパゲーナ  :  川田 桜香 
童子Ⅰ  :  吉田 拓真 
童子Ⅱ  :  島田 恭輔 
童子Ⅲ  :  沖山 元輝 
僧侶Ⅰ  :  山田 健人 
僧侶Ⅱ  :  高橋 駿 
武士Ⅰ  :  秋山 和哉 
武士Ⅱ  :  上間 正之輔
ヘビ  :  高橋 愛梨 
叡智?  :  加藤 隼 

感 想

オペレッタ「魔笛」-SINZO KINEN OPERA vol.5「魔笛」を聴く

 SINZO KINEN OPERAは昨年「メリー・ウィドウ」を取り上げ、オペレッタとしては、あまりうまくいかなかったのかな、というのが率直な感想でした。本年はモーツァルトのジングシュピール「魔笛」を取り上げましたが、その動きや大山大輔によって書かれた日本語台本は昨年のメリー・ウィドウよりもオペレッタ的なおかしさに満ちていたと思います。

 出演者がみな若いということもあり、太田麻衣子はその特徴を意識した演出で見せました。音楽的なところはまっとうでしたが、台詞部分はかなりぶっ飛んでいた、と申し上げてよいと思います。例えば、最初タミーノが大蛇に追われて侍女たちに救われるところでは、大蛇役をセクシーな衣裳をまとった美女がやります。ですから、倒れるとあられもない恰好になりますが、そこをタミーノが下着が見えないようにスカートを直す演出は笑えましたし、モノスタトスが登場する場面では、モノスタトスの手下の合唱団員がみなパミーナの親衛隊という設定で、ケミカルライトを持って登場し、ライトを発光させて踊るであるとか、ちょっと若くなければとてもできないな、というものでした。

 そのほか、オペレッタ的くすぐりもたくさんありました。「魔笛」はもともと歌芝居で、シカネーダーの一座によって上演されたものですから、本来は深刻なものではないのかもしれません。そういうことを意識して今風にアレンジしたということだろうと思います。「魔笛」に関しては、これまでいろいろな演出のものを見てきましたが、そのはっちゃけぶりは私の見たナンバーワンであり、もう少しリファインしてもっとちゃんとした舞台で見たいものだと思いました。

 以上演出は見せましたが、もちろん問題も多い。まずは会場です。東大和のハミングホールはオーケストラピットを作れない構造で、そのため、オーケストラは舞台上で演奏し、歌手たちがその前で演奏するというスタイルです。演奏会形式ではありませんが、大道具は全くなく、かなり演奏会形式に近いと言ってよいと思います。その条件の中でハチャメチャをやっていますので、「魔笛」という作品を知らない方にはかなり分かりにくいだろうな、と思いました。

 さらに申し上げれば演出はともかく、衣装が最悪です。タミーノ、パミーナ、パパゲーノ、パパゲーナ、童子、弁者以外は全員黒い衣装で登場。オーケストラが黒い衣装で黒子的に演奏するというのは理解できるのですが、歌っている方も黒一色の印象が強く、せっかく演出でハチャメチャをやっているのに、それを黒い衣装で壊しているようにも思いました。これは衣裳にお金をかけられない事情、それで統一感を出そうとすれば、黒い舞台衣裳であればみんな持っているから、ということなのでしょうが、そうであれば入場料をもう少し高くしても、衣裳に凝るべきではなかったのかな、と思いました。

 さて、肝心の音楽ですが、指揮者はかなり意気込んで振っている感じがしました。ただ、それが全体を制御するのに適当だったか、と言えば、かなり空回り感がありました。最初の序曲、最初ものすごくゆっくり初めてアレグロに持っていくのですが、その差はちょっと不自然なほどで私はやりすぎだと思いました。序曲が終了して全く拍手が来ませんでしたが、あそこではオーケストラメンバーを立たせて拍手を観客に強要するのではなく、そのまま本編に入った方がスマートだったと思います。なお、オーケストラは感心するほど上手ではありませんでしたし、指揮者が頑張っていたほど踊りもしませんでしたが、演奏としては落ち着いていて悪いものではありませんでした。

 歌手陣は女性の主要役がよかったです。まず、パミーナの盛田麻央。歌唱が安定していて、声量も十分あり魅力的だったと思います。全体的に安定した力を発揮しましたが、ことに第二幕の「ああ、私にはわかる、消え失せてしまったことが」が大変素敵でした。重唱での役割もしっかり果たし、例えば、第一幕の「愛を感じる男の人達には」は、パパゲーノが今一つだったので重唱全体としてはいまいちでしたが、盛田の歌唱は立派だったと思います。

 中江早希の「夜の女王」も立派。夜の女王のアリアは難しいアリアとして有名で、かつてはちゃんと歌える方が世界で何人、という時代もあったわけですが、最近の若い方は当たり前のように歌います。中江も例外ではありませんでした。第二アリア「復讐の炎は地獄のように我が心に燃え」を上手に歌うのは当然ですが、それ以上に厄介な第一アリア「ああ、怖れおののかなくてもよいのです、わが子よ!」を破綻なく歌われたのは立派だと思います。Bravaを差し上げましょう。

 男声はこの二人と比較すると落ちるのかな、というのが正直なところ。その中で、ザラストロ役の高崎翔平が頑張りました。高崎は低音が響いて美しいバスで、ザラストロに期待される徳の高さのような感じはあまりなかったのですが、響きが美しく、二つのアリアはどちらも音楽的美感はあったように思います。立派なザラストロでした。モノスタトスの宮西一弘もいい。パンダメイクで弄られキャラを熱演していましたが、歌唱はすこぶる快調。「同じ誕生日のテノールなのに、あちらは王子でこちらは道化」というギャグを飛ばしていましたが、この公演に関する限り、私は吉田タミーノよりも宮西モノスタトスを買います。

 吉田連のタミーノはあまり調子がよくありませんでした。一番の聴かせどころである「なんと美しい絵姿」が今一つ。美声で技術もある方ですが、もっと押さないで声を出した方が良い結果が出るように思いました。それ以外でも今一つのところが多く、残念だったと思います。齊藤一頼のパパゲーノも今一つ。パパゲーノの雰囲気を出すために工夫はされていましたが、息が短いのと低音が響かないので不足感が強いです。根本的な力量の問題なのでしょうか、それとも純粋に技術的な問題なのでしょうか?

 その他の脇役陣ではダーメはもっと声が欲しい。アンサンブルとしては悪くないですが、声の張ったレベルでのアンサンブルのまとまりを求めたいところです。男性で歌われることのないクナーベですが、ゲテモノではありますが、音楽的には悪くない。ことにテノールの吉田拓真がよかったです。

 以上全体としてかなり楽しめる公演でした。もう少し適材を得て、かつもう少しお金をかけて衣裳に凝り、オーケストラピットのある劇場で上演すればもっともっと聞き応えのある公演になったと思います。

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鑑賞日:2018年5月20日
入場料:B席 8000円 2F11列24番

主催:公益財団法人 東京二期会

二期会ニューウェーブ・オペラ劇場

オペラ3幕、字幕付原語(イタリア語)上演
ヘンデル作曲「アルチーナ」(ALCINA)
台本:アントニーオ・マルキ

会 場 めぐろパーシモンホール・大ホール

スタッフ

指 揮  :  鈴木 秀美  
オーケストラ  :  ニューウェーブ・バロック・オーケストラ・トウキョウ 
合 唱  :  二期会合唱団 
演 出  :  エヴァ・ブッフマン 
装 置  :  ミリヤム・グローテ・ハンシー 
衣 裳  :  サビネ・スナイダース
照 明  :  喜多村 貴 
舞台監督  幸泉 浩司 
公演監督  :  大島 幾雄 

出 演

アルチーナ  :  渡邊 仁美 
ルッジェーロ  :  杉山 由紀 
ブラダマンテ :  和田 朝妃 
モルガーナ  :  今井 実希 
オベルト  :  齋藤 由香利 
オロンテ :  前川 健生 
メリッソ  :  的場 正剛 

感 想

若いって素晴らしい-二期会ニューウェーブ・オペラ劇場「アルチーナ」 を聴く

 日本ではヘンデルのオペラはあまり上演されませんし(年に1回か2回)、私自身もその日に必ずしも予定が空いているわけではないので、ほんとうに久しぶりに聴きました。「アルチーナ」としては11年ぶり二度目の鑑賞になります。ちなみにWikipediaによれば「アルチーナ」はヘンデルのオペラとしては失敗作とみなされていて、1738年の上演後1928年までほぼ200年間上演されてこなかったそうですが、その後は人気作品となり、現在ではヘンデルのオペラとしては、1,2の人気を誇る作品になっているそうです。

 とはいえ、決して聴きやすい作品ではありません。バロックオペラの常として、レシタティーヴォで物語が進み、アリアで真情を述べる、時々重唱が入るけど、合唱はほとんどないという構成はかなり単純ですし、アリアはそれぞれ特徴がありますが、基本はダ・カーポアリアですから、雰囲気的に似通ってしまうのは避けられません。結構面白いストーリーなのですが、それを音楽だけで追っていくのはかなり辛いものがあります。そこは演出で何とか盛り上げてほしいところですが、そこがよく分かりませんでした。舞台は全体が同じセットでアルチーナの屋敷内で演じられる設定。ミリヤム・グローテ・ハンシーの舞台は色彩的にも鮮やかで美しくまとまっています。そこで演出家は、メルヘンの部分と心理劇の部分を合わせるように描きたいと言っていたが現実はなかなか上手くいっていなかったと思います。

 アルチーナの紅色の巨大な鬘や、オベルトのハリー・ポッター風の衣裳など、なるほどメルヘンを意識しているのだな、と思いますが、心理劇の部分に関してはどうだったのだろうか、と思います。このオペラは要するに「ルッジェーロをめぐるアルチーナとブラダマンテの三角関係」が本旨ですが、その裏には「モルガーナを中心としたオロンテとリッチャルド(ブラダマンテ)との三角関係」があります。この二つの三角関係が絡み合って物語としての深みを出しているわけですが、演出的にその二つの三角関係を見えるようには描かない。結果としてストーリーが何なのかがよく分からなかった感があります。

 音楽的には満足いたしました。まずオーケストラがいい。鈴木秀美の率いるバロック・オーケストラは落ち着いた音色でしっかり舞台を支えていきます。通奏低音の下支えが見事でした。また、伴奏も単一の楽器になる部分が少なくなく、そういう部分でのそれぞれの奏者の魅力が浮かび上がっていました。

 歌は皆さんよく練習して鍛えてきたな、という印象です。装飾歌唱が大変で、息を長く使わなければいけない部分も多く、技術的には大変で、皆が成功していたとは言えないのですが、全体として一番安定感があったのはルッジェーロ役の杉山由紀だったと思います。力がある方なのでしょう。一方で杉山の歌はまとまりのある歌でよかったのですが、保守的な感じが強く、もう一つ勝負するところがあってもよかったのかな、とも思います。

 一方、主役のアルチーナを歌った渡辺仁美、破綻も何か所か見られましたが、挑戦感がしっかりあって見事でした。声の張りもよかったですし、表情や感情表現も立派でした。二幕前半の大アリアがとても立派でしたし、後半のアリアも見事でした。冷たい魔法使いの顔から、ルッジェーロを本当に愛してしまって、魔法がかけられなくなってしまう苦悩の表情がしっかり表現できていたのがよかったと思います。

 また、モルガーナ役の今井実希もよかったです。第一幕のフィナーレのアリアが美しかったです。ブラダマンテの和田朝妃、オベルトの齋藤由香利も頑張りました。男声は女声と比較すると鍛え方が足りない感じ。時に前川健生はアジリダがボロボロで、また声の出し方もバロックの様式感を感じられず、如何なものかと思いました。

 以上難しいバロックオペラにしっかり取り組んできた若手が多く、音楽的にはなかなか満足できました。若いって素晴らしいな、と思います。

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鑑賞日:2018年5月26日
入場料:自由席 3500円

主催:ミュージックオフィス・ファイブラインズ/後援:公益財団法人日本オペラ振興会

高橋薫子 但馬由香 美術館コンサート vol.2

会 場 光が丘美術館

出 演

ソプラノ  :  高橋 薫子  
メゾソプラノ  :  但馬 由香 
ピアノ  :  渡邊 つかさ 
     
     
     

プログラム

曲名 作曲 歌唱
1. この地上ではどんな魂も フォーレ 高橋・但馬
2. ネル 作品18-1 フォーレ 高橋
3. 夢のあとに 作品7-2 フォーレ 但馬
4. ふるさとの四季 源田 俊一郎編曲 高橋・但馬
休憩
5. 歌劇「ポッペアの戴冠」より二重唱「ずっとあなたを見つめ」 モンテヴェルディ 高橋・但馬
6. 魚釣り ロッシーニ 高橋
7. 歌劇「セビリアの理髪師」よりロジーナのアリア「真実の愛に燃える心に」 ロッシーニ 但馬
8. 歌劇「カプレーティ家とモンテッキ家」よりジュリエッタのアリア「ああ、幾たびか」 ベッリーニ 高橋
9. 歌劇「カプレーティ家とモンテッキ家」より二重唱「さあ、逃げよう」 ベッリーニ 高橋・但馬
アンコール
10. くちなし 高田 三郎 但馬
11. このみち 伊藤 康英 高橋

感 想

私の好きな歌-高橋薫子 但馬由香 美術館コンサート vol.2」 を聴く

 生活の拠点を東京において30年になりますが、行ったことのない場所はまだたくさんあります。「光が丘」という地名はもちろん知っていますが、この地を訪れるのは初めて。光が丘美術館は、駅から徒歩5-6分の昔ながらの住宅地の中にある、日本の現代作家作品を中心に収蔵している個人設立の美術館のようです。ここには、オーストリア1000年祭(1996年)を機にベーゼンドルファーが12台製作した「1000年祭グランドピアノ」の一台があり、それを使用した館内コンサートが月1-2回開かれているそうですが、今回はソプラノとメゾソプラノとのコンサートということで伺ってきました。

 美術館の展示室を使用したコンサート。席数は多分70席前後でしょう。現在行われている特別展・モノトーンで語る栄枯盛哀 版画「平家物語」/井上員男展の展示物が飾られている中での館内演奏です。座席は展示室のほぼ中心に四列に並べられ、歌手と客席の距離が極めて近いです。私もレストランでのコンサートやサロンコンサートもずいぶん聴いてきましたが、ここまで距離のない演奏会は初めての経験のような気がします。結果として二人の魅力をたっぷり楽しめる演奏会になりました。

 高橋薫子に関してはこれまで何度となくオペラもコンサートも聴いておりますが、今回も彼女の特徴をよく示した演奏だなと思いました。ソロ3曲のうち、「ああ、幾たびか」以外は初めて聴く曲だと思いますが、フォーレの「ネル」は彼女の好きな曲として彼女のCDにも収載されています。ロッシーニの「魚釣り」も楽しく聴けました。

 但馬由香についてはオペラでは何度か拝見していますが(直近では4月の藤原歌劇団「チェネレントラ」におけるアンジェリーナの歌唱)、コンサートで聴くのは初めての機会でした。但馬はメゾソプラノらしい落ち着いた響きを持っている方ですが、それが艶やかに響くところが彼女の魅力なのだろうと思いました。抒情的な歌曲を歌ったときその魅力がしっかり出るのではないかと思いました。「夢のあとに」、良かったです。チェロ独奏用編曲であまりにも有名な曲ですが、チェロ向けに編曲されたことからも分かるように低音部を伸びやかにしっとりと歌うとこの曲の魅力がより香ってきます。但馬の声はその雰囲気にぴったりで、かつこの曲の持つアンニュイな雰囲気を出すのに成功していたと思います。ロジーナのアリアは、ロジーナの雰囲気をしっかり出した快活な歌唱でこちらも立派だったと思います。

 でも今回の聴きものはやはり重唱でしょう。オペラの重唱は「ポッペアの戴冠」もよかったですが、作品に対する自分の好みが影響していると思いますが、ロメオとジュリエッタの二重唱の方が劇的緊迫感が現れていて素敵だったと思います。とは言うもののオペラの二重唱は物語を進める重要性はありますが、二人のハーモニーも美しさを堪能するのにはあまり向いていません。その意味で歌曲の二重唱がよかったです。「この地上ではどんな魂を」はソプラノ二人で歌われることが多いと思うのですが、ソプラノとメゾで歌うと、ソプラノの華やかな声をメゾのしっとりした声がしっかり支え、その関係性が何とも言えない膨らみを生み、春の明るさと夜の闇がまじりあったようなこの曲の味わいにぴったりだと思いました。 

 そして今回の白眉は「ふるさとの四季」でしょう。四季の唱歌をメドレーでつなぐ源田俊一郎のこの曲集は合唱曲としてあまりにも有名で、決して上手とは言えない合唱団の演奏で何度も聴いたことがありますが、高橋、但馬クラスの歌手が歌うと全然違う曲のように聴こえます。声の力が全然違いますし、二人のハーモニーの作り方に全く揺るぎがないのです。同じタイミングで声を出し次の瞬間にはしっかりハモっている。女声合唱版の楽譜を組み合わせて歌っているのだろうと思いますが、その自在さは見事としか言いようがありません。メゾが下を歌っていると思うとぱっとメロディーに切り替わって、ソプラノがオブリガートを歌う部分のその切り替えの早さなど、感心するだけです。唱歌ですからそれぞれの曲は彼女たちにしてみれば非常に易しい曲でしょうが、あの水準で聴かせていただけると力量の凄さを感じます。

 以上選曲的にも面白く、演奏も素敵で、距離の近い濃密さも相俟って、大変楽しめるコンサートでした。

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