オペラに行って参りました-2021年(その2)

目次

ソプラノの魅力、メゾソプラノの魅力 2021年3月3日 高橋薫子・但馬由香ジョイントコンサートを聴く
知られざる曲の日本初演 2021年3月5日 新国立劇場オペラ研修所修了公演「悩める劇場支配人」を聴く
ミュージカルの矜持 2021年3月13日 ハミングホール開館20周年記念公演「キャンディード」を聴く
ハイライト公演になった理由 2021年3月21日 立川市民オペラ公演2020-2021「トゥーランドット」を聴く
ここまでやってしまう凄さ 2021年3月23日 ブルーアイランド版「こうもり」を聴く
日本人ワーグナーのレベル向上を知る 2021年3月23日 新国立劇場「ワルキューレ」を聴く
残念なキャスティング 2021年4月4日 新国立劇場「夜鳴きうぐいす/イオランタ」を聴く
伸び盛りのテノールの声 2021年4月10日 澤﨑一了 白石佐和子デュオリサイタル「Armonia~調和」を聴く
水準以上の演奏だとはおもうけど・・・ 2021年4月21日 新国立劇場「ランメルモールのルチア」を聴く
小屋芸の楽しみ 2021年4月22日 東京室内歌劇場スペシャルウィーク2021「りんご娘」を聴く

オペラに行って参りました。 過去の記録へのリンク

2021年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2021年
2020年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2020年
2019年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2019年
2018年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2018年
2017年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2017年
2016年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2016年
2015年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2015年
2014年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2014年
2013年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2013年
2012年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2012年
2011年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2011年
2010年 その1 その2 その3 その4 その5 どくたーTのオペラベスト3 2010年
2009年 その1 その2 その3 その4   どくたーTのオペラベスト3 2009年
2008年 その1 その2 その3 その4   どくたーTのオペラベスト3 2008年
2007年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2007年
2006年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2006年
2005年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2005年
2004年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2004年
2003年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2003年
2002年 その1 その2 その3     どくたーTのオペラベスト3 2002年
2001年 その1 その2       どくたーTのオペラベスト3 2001年
2000年            どくたーTのオペラベスト3 2000年

鑑賞日:2021年3月3日
入場料: 自由席 4000円

高橋薫子 但馬由香Joint Concert

会場 としま区民センター小ホール

出演

ソプラノ 高橋 薫子  
メゾソプラノ 但馬 由香
ピアノ  :  服部 容子

プログラム

作曲 作詞/作品名 曲名 演奏
ドニゼッティ 歌曲集「ポジリポの夏の夜」 誓い 高橋 薫子/但馬 由香
ドニゼッティ 歌曲集「ポジリポの夏の夜」 あさやけ 高橋 薫子/但馬 由香
ドニゼッティ 歌曲集「ポジリポの夏の夜」 酒飲み 高橋 薫子/但馬 由香
ドニゼッティ リタ リタのアリア「この家も宿屋も栄えて」 高橋 薫子
ドニゼッティ ラ・ファヴォリータ レオノーラのアリア「ああ、私のフェルナンド」 但馬 由香
リスト   「ランメルモールのルチア」のモチーフによるワルツ 服部 容子(pf)
休憩
中田 喜直 加藤 周一作詩 さくら横ちょう 但馬 由香
木下 牧子 新美 南吉作詩 お伽噺 高橋 薫子
別宮 貞雄 加藤 周一作詩 さくら横ちょう 但馬 由香
中山 晋平 野口 雨情作詞/岩河 智子編曲 雨降りお月さん 高橋 薫子/但馬 由香
中山 晋平 西條 八十作詞/岩河 智子編曲 鞠と殿様 高橋 薫子/但馬 由香
オッフェンバック ホフマン物語 美しい夜、おお、愛の夜よ 高橋 薫子/但馬 由香
アンコール
木下 牧子 武鹿 悦子作詞 うぐいす 但馬 由香
木下 牧子 岸田 襟子作詞 竹とんぼに 高橋 薫子
滝 廉太郎 武島 羽衣作詞 高橋 薫子/但馬 由香

感 想

ソプラノの魅力、メゾソプラノの魅力‐高橋薫子 但馬由香 Joint Concertを聴く

 高橋薫子と但馬由香はこれまで光が丘美術館で「美術館コンサート」を3回行ってきました。昨年も予定していたのですが、新型コロナウィルスによる緊急事態宣言の影響でコンサートは中止となり、今回は、場所をとしま区民センター小ホールの変えての開催。このホールは初めて伺ったのですが、木質系の落ち着いた音のするホールです。プログラムは記載の通りで、ドニゼッティと日本歌曲が半々の構成で、またソロとデュエットも半々という丁度いい感じ。全体的にまったりしたアットホームな雰囲気の演奏会で、また、春に関する曲を多数取り上げ、その点でもひな祭りにぴったりの演奏会になりました。

 最初に歌われたのが、ドニゼッティの歌曲集「ポジリポの夏の夜」から二重唱曲3曲。「ポジリポの夏の夜」は1836年に発表された歌曲集で、コレラの蔓延で劇場が閉鎖された時、ドニゼッティが手慰みに書いたとも言われています。6曲のソロと6曲の二重唱曲からなり、昨年秋、楠野麻衣・丸尾有香のコンビ、「モデスティーネ」のコンサートで二重唱曲3曲を聴いて、この曲集の存在を知りました。モデスティーネと高橋・但馬コンビで重なったのは「あさやけ」1曲。奇しくも、2回で合わせて5曲の演奏を聴いたことになります。そこが嬉しい。

 この「あさやけ」の演奏に関しては、モデスティーネの演奏の方が私の好みに合っていたように思います。曲の内容から弾ける若さがあった方が良いと思うのですが、今回の演奏は、ベテランの歌う味があってもちろん悪いものではなかったのですが、弾け方のパワーがもう一つだった感じです。他の2曲では「酒飲み」を採りたい。こちらはベテランの味が曲の雰囲気とよくマッチして、楽しい歌になりました。

 アリアはそれぞれお得意のもの。やはり上手です。高橋の歌ったリタの登場のアリアは、入りでちょっとしたトラブルがあったのですがすぐに立て直し、華やかな歌唱で、リタの溌溂とした雰囲気を示したと思います。但馬のファヴォリータのアリアもメゾソプラノの定番ですが、レオノーラの苦悩を感じさせるしっとりとした歌唱で素敵でした。箸休めはリストのパラフレーズピアノ曲。服部容子の技術が光ります。

 以上前半もよかったのですが、後半は更に素晴らしい。まず、「さくら横ちょう」。中田喜直と別宮貞雄の2曲が一度に演奏されました。加藤周一の詩は、花の女王「さくら」に別れた恋人の面影をみるものですが、この詩に中田はセンチメンタルな曲を付けてどちらかというと世界に通じる感じの歌曲に仕上げたのに対し、別宮は抑制された音型進行で、恋人の色っぽさを醸し出させるというもの。どちらも名曲ですが、私に響くのは別宮作品の方。

 但馬由香の歌はどちらも曲の雰囲気を掴まえた歌唱で見事だったのですが、ことによかったのが別宮作品でした。別宮の「さくら横ちょう」は、これまで何度もソプラノによって歌われるのを聴いていますが、メゾソプラノによって歌われるのを聴いたのは今回初めてだと思います。但馬のメゾらしいしっとりした声がこの曲の切ない雰囲気にあまりに合っているのです。京都あたりで地味な和服姿の美女がゆっくりと去っていくような絵が頭に浮かぶような歌唱で、この曲の本当の素晴らしさを初めて教えてもらったような気がしました。Bravaです。

 間に歌われた高橋薫子の「お伽噺」も実に素晴らしい。新美南吉らしい詩に付けた木下牧子の音楽は伴奏は洒落ているのですが、歌そのものはとつとつとした感じ。これを高橋が丁寧に処理をして曲の雰囲気を見事に表現していました。こちらも文句なしのBrava。童謡の合唱曲編曲ものを二重唱で歌うのは、第2回目の美術館コンサートで聴いた「ふるさとの四季」以来ですが、今回もあの時と同様、どちらも見事なものでした。和音はさほど難しいものではないのでしょうが、それにしてもここまで見事にハモるのは、実力者の力なのでしょう。

 「ホフマンの舟歌」はこのコンビで歌うのは初めてと仰っていましたが、第3回の美術館コンサートでも歌われていました。アンコールは合計3曲。こちらもそれぞれの曲の特徴を捉えた見事な歌唱でした。ひな祭りの日の午後、ゆったりとした時間を過ごせました。

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鑑賞日:2021年3月5日
入場料:指定席 1F 10列57番 3960円

主催:文化庁/新国立劇場オペラ研修所
新国立劇場オペラ研修所修了公演

全1幕、字幕付原語(イタリア語)上演/日本初演
チマローザ作曲「悩める劇場支配人」(L'impresario in angustie)
台本:ジュゼッペ・マリーア・ディオダーティ

会場 新国立劇場中劇場

スタッフ

指 揮 辻 博之  
管弦楽 新国立アカデミーアンサンブル
チェンバロ 大藤 玲子
演 出 久恒 秀典
装 置 黒沢 みち
衣裳コーディネーター    増田 恵美 
照 明 稲葉 直人
音 響 伊藤 南望
舞台監督 穂積 千寿

出演

フィオルディスピーナ 井口 侑奏
メルリーナ 和田 悠花
ドラルバ 杉山 沙織
ドン・ペリツォニオ 仲田 尋一
ドン・クリソーボロ 井上 大聞
ジェリンド 増田 貴寛
ストラビーニオ 森 翔梧

感 想

知られざる曲の日本初演‐新国立劇場オペラ研修所「悩める劇場支配人」を聴く

 ドメニコ・チマローザは18世紀後半にイタリアで活躍したオペラ作曲家。時代的にはモーツァルトとほぼ重なります。当時のオペラ・ブッファの第一人者で作品の数は70を数えると言われます。ただし、日本で演奏されるのはほとんどが「秘密の結婚」で、それ以外には、「宮廷楽士長」がかつて何度か演奏されたぐらいで、他の作品が上演されるのは初めてです。そのような日本初演の作品を新国立劇場オペラ研修所の修了公演に取り上げたという、研修所スタッフの英断をまず褒めなければいけません。なお、「悩める劇場支配人」は1786年にナポリのヌオーヴォ劇場で初演され、その後1793年にウィーンで再演されたのですが、この時他の作曲家によりいくつかの曲が追加され、原曲の修正も行われ、現在の楽譜になったようです。今回は基本的にこのウィーン版に基づき、一部原典版も参照した演奏のようでした。

 ちなみに、今回この曲が取り上げられたのは、コロナ禍の中、活動が規制されている研修生のために勉強になる曲、合唱が不要でレシタティーヴォがしっかりある曲、上演時間があまり長くない曲ということから選ばれたようでした。確かに1幕もので7人だけの出演。しかしながら全員にアリアかがあり、またオーケストラも、オーボエ:2、ファゴット:1、ホルン:2、弦楽5部、他にレシタティーヴォの伴奏としてチェンバロ、チェロ、コントラバスという小編成ですのでいい選択だったと思います。

 さて演奏ですが、上手く行っているところとそうではなかったところが半々だったのかな、というところです。総じていうなら、アリアはおおむね見事で、レシタティーヴォはもっと素晴らしい。しかし、重唱はイマイチのものが多かったのかなという印象です。軽快な序曲の後の冒頭の四重唱。ここがまず上手く行っていませんでした。最初、クリソーボロがレシタティーヴォ風に歌い、そこにメルリーナが入ってくるのですが、クリソーボロの音がどうも嵌っていない感じで、そこにメルリーナが割り込むように入ってくるのですが、それもあまりバランスが良くなかったと思います。そこにジェリンドが無関係な感じで能天気に歌い、それに引っ張られるようにドラルバが入ってまとまってきた感じです。そう思うとクリソーボロに問題があったのでしょうね。

 クリソーボロを歌った井上大聞はレシタティーヴォの口の廻り方は見事だったと思うのですが、全体的に音程があやふやな感じで、というかちょっとおっかなびっくり歌っているように見えました。役の立ち位置はバッソ・ブッフォだと思うのですが、ブッフォ的な極端さのない歌唱演技で、その存在感は薄かったのかな、と思います。4曲目のアリア「わたしは行って、劇場の周りを歩きます」はしっかり処理して拍手を貰っていましたが、もっとブッフォらしい過剰な歌い方をする方が役柄に合っているのではないかと思いました。

 メルリーナを歌った和田悠花も今一つだったと思います。メルリーナは役柄的には「強い女」だと思うのですが、彼女の声はその強さを主張できない。声そのものは美しく、高音のアクートなどもしっかり決めてくれ、テクニック的にはしっかりしていると思います。 アリア「私の最高の役柄」はコロラトゥーラの技術を発揮して華麗にまとめまて見事でしたが、重唱に入ると直ぐ声が埋もれて聴こえなくなってしまう。そこがどうにも残念です。

 一方でよかったのは増田貴寛のジェリンド。増田の声は典型的なリリックテノールで美しく艶やかです。ところがその動きはコミカルでリズムも鋭い。肥満体でそんなに動けるとも思えないのですが、実際は動きは軽やかで、存在感もしっかりある。音程の感じ方もしっかりしていて、惑わされずにしっかり歌う。アリアはコミカルな持ち味で楽しく歌い上げていました。

 ドラルバを歌った杉山沙織もしっかりした声で存在感を示しました。ドラルバは最初こそ重唱に絡みますが、フィナーレで再度全体に絡むまでストラビーニオとだけ関係する独立した存在ですが、メインで動くドタバタに対し、落ち着いた歌唱でしっかりと対立軸を示していました。森翔梧のストラビーニオは、しっかりアリアも与えられていて大事な役柄なのですが、薄い存在に見えてしまったのが残念。

 一番大きなアリアが与えられているのが、フィオルディスピーナですが、井口侑奏はしっかりその役目を果たしました。井口は登場の二重唱で、そのコケティッシュな雰囲気と溌溂とした声で強い印象を与え、ヒロインの意地を見せました。井口の声はソプラノ・リリコ・レジェーロですが、声が大きく、重唱の中でも埋もれることはありません。しっかりした存在感も見事でしたし、支配人を脅す大アリアもよかったです。また、ドン・ペリツォニオは全体的な狂言回し、一番存在感が強かったと思います。仲田尋一はその狂言回しの役をしっかりと果しました。

 辻博之の曲運びはやや重い印象がありましたが、レシタティーヴォの速さを考えればこれぐらいが限界なのかもしれません。この作品の面白さを音楽的に十分伝えられたかどうかはよく分かりませんが、全体としての一体感もありましたし、悪くはなかったのだろうと思います。ともかく、日本では無名な曲の日本初演に立ち会えたこと、非常に嬉しく思います。

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鑑賞日:2021年3月13日
入場料:指定席 M列14番 7000円

主催:東大和市民会館ハミングホール
ハミングホール開館20周年記念公演

全2幕、ナレーション付原語(英語)上演/演奏会形式
バーンスタイン作曲「キャンディード」(Candide)
原作:ヴォルテール
台本:リリアン・ヘルマン
作詞:リチャード・ウィルパー、補作:レナード・バーンステイン/スティーヴン・ソンドハイム

会場 東大和市民会館ハミングホール・大ホール

スタッフ

指 揮 横山 泰  
管弦楽 東京21世紀管弦楽団
合 唱 アンサンブル・ハミング
演 出 田尾下 哲
翻訳・上演台本 保科 由里子
照 明 稲葉 直人

出演

キャンディード 大田 翔
クネゴンデ 鈴木 玲奈
バングロス 田中 俊太郎
オールドレディ 成田 伊美
マキシミリアン 今井 学
バケット 内田 智子*
ヴァンデルデントール/チャールズ3世 小野 友輔*
総督/アフメト4世 竹内 篤志*
アウグスト2世 山田 健人*
イヴァン4世 寺西 一真*
ヴォルテール(語り) 石川 界人
*は合唱団メンバー

感 想

ミュージカルの矜持‐ハミングホール開館20周年記念公演「キャンディード」を聴く

 レナード・バーンスタインのミュージカル、「キャンディード」の序曲はオーケストラピースとして時々演奏されますし、それよりも佐渡裕が司会者だった時代の「題名のない音楽会」で主題歌に使われていましたので、よく知っています。また、クネゴンデのアリア「きらびやかに着飾って」は若いレジェーロ系のソプラノによってよく歌われますので、これまで何度か聴いています。しかし、それ以外の部分はストーリーも含めて全く知らずに聴きに伺ったのですが、バーンスタインの作曲技法を楽しめましたし、歌手の皆さんも皆上手で素敵な3時間だったと思います。

 ヴォルテールの啓蒙主義的ピカレスク小説「カンディード」はライプニッツ哲学を風刺した小説で、カンディードの家庭教師であるバンクロス博士の「この最善なる可能世界においては、あらゆる物事はみな最善である」という命題が、あらゆる不幸が襲いかかるカンディードの一連の冒険と、最後にたどり着いた結論「労働こそ人生を耐え得るものにする唯一の方法であり、日々の仕事とその成果の中にささやかな幸福を見出すべきである」というまさに啓蒙主義的結論でまとまるそうですが(原作は読んでいないので知りません)。台本は基本的に原作のストーリーに忠実にキャンディードやその彼女クネコンデが経験した不幸をつづり、それをバーンスタインの軽妙な音楽で繋いでいくものです。

 バーンスタインは1989年に決定版を出版し、繰り返しも含め35曲で構成されるそうですが、今回は繰り返しの曲などがカットされ、32曲が演奏されました。ほぼ全曲演奏と言っていいのでしょう。ハミングホールの特性からオーケストラピットは置くことはできず、オーケストラの前に歌手が並んで歌唱するスタイルです。譜面台とスタンディングマイクが置かれ、演技は表情を変えたり、手を動かしたりする程度で動いて何かをする、ということはありませんでした。舞台はホリゾントに黒い紗幕が張られているのか全体に暗く、歌う時だけ歌手にスポットライトが当たります。またオーケストラのメンバーは黒服で譜面を照らす手元灯だけで演奏していました。

 田尾下哲はブロードウェイミュージカルの雰囲気を意識していたのでしょうか。ぼうっと舞台を見ると、オーケストラの手元灯が星空のように見えます。意識してこのようにまとめたとすれば田尾下の見識なのでしょうが、舞台が暗すぎて自分の趣味とは合いません。舞台を普通に明るくして、演出効果を考えない通常の演奏会形式の方が良かったように思いました。さらに、ミュージカルを意識したということで言うとマイクを使用して声を増幅させる。ミュージカルでは当たり前ですが、オペラを集中して聴き、滅多にミュージカルを聴かない私にとっては非常に違和感を感じるものでした。

 例えばキャンディードを歌った大田翔。美声で高音がすーうっと伸びる。美しいしセンスも悪くない。でも演奏はオペラで聴くテノールとは全然違うものです。一言で申し上げれば余裕がありすぎるのです。オペラでテノール歌手は身体全体を使ってその限界のところで声を響かせます。そんな限界まで使わなくて歌える歌であっても、敢えて装飾を付けたり、アクートを掛けたり、声をオクターブ上げたりしてその技巧を示します。マイクがあればそこまで声を張り上げる必要はないし、逆にオペラのように歌ったら、ハウリングを起こしたりして音楽が台無しになる可能性もあります。だからこれでいいんでしょうけど、肉体の限界のところで勝負しているオペラ歌手を見ている身としては、違和感を感じずにはいられません。

 オペラとミュージカルとのはざまで一番大変だったのはオールドレディ役の成田伊美でした。成田はしっとりとしたメゾソプラノで、歌そのものはとても魅力的です。しかし歌い方がミュージカルの歌い方にせず、オペラの歌い方で走ってしまったので、マイクが彼女の声に負けてしまうのです。増幅装置を通したときに一番不自然に響きました。本来彼女の力量と声であれば、マイクなしでも全然問題ないのに、マイクを通したことによって人工的になってしまい、また不自然に強くもなっていました。ミキサーがそこはきっちり調整してやるか、最初からマイクを切る選択もあったのではないかと思います。

 その意味で上手く行ったのは鈴木玲奈。鈴木は最初からマイクのスイッチを切っていたか、あるいは入力ボリュームを下げていたのではないでしょうか。増幅による不自然さは全くなく、いつもの鈴木らしい溌溂とした美しい声が自然に耳に入ってきました。一番の聴かせどころ、「きらびやかに着飾って」は鈴木の魅力が満開でした。Bravaです。

 アンサンブルは、男女4人ずつ8人の小編成ですが、出演者は皆ソリスト級。8声に分かれるような部分もある曲をしっかりハモらせて秀逸。また、5人はそれぞれソロパートを受け持ちましたが、合唱団の前には集音マイクが1本置かれているだけなので、ソロパートはマイクなしで歌います。これがいい。内田智子のバケットのソロがまず見事で、小野友輔のヴァンデルデントールのソロも立派でした。マイクを通さない自然な声の魅力が素敵でした。

 保科由里子の作成した上演台本はとても分かりやすくユーモアもあってよかったです。語りは声優の石川界人が行いましたが、流石声優。上手く声色を使い分けながら、流暢・かつ適切に物語の内容を説明してくれました。この作品に親しくない聴き手にとって、非常に素晴らしいナビゲーションでした。

 以上思うのは、田尾下のこだわりなのでしょうがミュージカル仕立てが過ぎたのかな、というところです。大田翔、田中俊太郎、今井学の三人はミュージカル経験が多いようですが、皆音大出でオペラの出演経験もあるようです。であれば、「キャンディード」もマイクなしでやった方がもっとよかったのかな、と思います。多分その方が全体的に自然だったと思いますし、歌手それぞれの魅力ももっと感じられたような気がします。

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鑑賞日:2021年3月21日
入場料:B席 2F10列13番 3000円

主催:立川市民オペラの会、公益財団法人立川市地域文化振興財団

立川市民オペラ公演2020-2021

全3幕、ナレーション/字幕付原語(イタリア語)ハイライト上演
プッチーニ作曲「トゥーランドット」(TURANDOT)ハイライト&ガラコンサート
原作:カルロ・ゴッツィ
台本:ジュゼッペ・アダーミ/レナート・シモーニ
補作:フランコ・アルファーノ

会場 たましんRISURUホール・大ホール

スタッフ

指 揮 古谷 誠一  
管弦楽 立川管弦楽団
ガラコンサート・ピアノ 越前 皓也
ガラコンサート・ピアノ 今野 菊子
合 唱 立川市民オペラ合唱団
演 出 直井 研二
装 置 鈴木 俊郎
衣 裳    下斗米 大輔 
照 明 奥畑 康夫/西田 俊郎
音 響 関口 嘉顕
舞台監督 伊藤 潤

出 演

トゥーランドット 山口 安紀子
カラフ 福井 敬
リュー 中畑 有美子
ティムール 狩野 賢一
ピン 照屋 博史
パン 持齋 寛匡
ポン 工藤 翔陽
役人 市川 宥一郎
皇帝 石川 雄蔵

プログラム

第一部 ガラコンサート
作曲 演目 曲目 歌唱 ピアノ伴奏
ヴェルディ 椿姫 アルフレードとヴィオレッタの二重唱「乾杯の歌」 山口 安紀子/福井 敬 越前 皓也/今野 菊子
ヨハン・シュトラウス二世 こうもり 一人になってしまうのね バレエ: 米倉 大陽/瀬戸 日奈子 越前 皓也/今野 菊子
ドニゼッティ 愛の妙薬 ネモリーノのアリア「人知れぬ涙」 石川 雄蔵 今野 菊子
ビゼー カルメン エスカミーリョのアリア「諸君らの乾杯を喜んで受けよう」 市川 宥一郎 今野 菊子
プッチーニ ラ・ボエーム 四重唱「さようなら、甘い目覚めよ」 山口 安紀子/工藤 翔陽/中畑 有美子/照屋 博史 越前 皓也
プッチーニ ラ・ボエーム ロドルフォとマルチェッロの二重唱「馬車にだって?」 持齋 寛匡/市川 宥一郎 今野 菊子
プッチーニ ラ・ボエーム コッリーネのアリア「古い外套よ、聞いておくれ」 狩野 賢一 越前 皓也
休憩
第二部 歌劇「トゥーランドット」ハイライト

感 想

ハイライト公演になった理由‐立川市民オペラ公演2020-2021「トゥーランドット」を聴く

 立川市民オペラ2020は、2020年3月21、22日公演の予定だったわけですが、新型コロナ感染症対策のイベント自粛要請に従って中止となりました。私はこの公演チケットを購入していましたが、残念ながら払い戻しを受けざるを得ませんでした。直前まで準備をしていた市民オーケストラ、市民合唱団、ソリストの皆さんの気持ちは如何ばかりだったでしょう。もちろんこの自粛は立川市民オペラだけではなく、全てのイベントに及んだわけですが、その結果レベルを下げたのは市民による音楽だったようです。多くの市民オペラは自前のオーケストラ・合唱団とプロの歌手の共演という形で成り立っているわけですが、真の実力に欠ける市民合唱団のメンバー等は、練習がなくなると実力がガタ落ちするようです。

 立川市民オペラ合唱団は本番中止が決まった後、9月まで練習中止。10月から再開したそうですが、実力はガタ落ち。また主力メンバーでもコロナ禍の最中、合唱はしたくないというメンバーも多かったようで、今回の演奏でも本来の団員の半分以下しか参加できなかったそうです。そんな中で舞台上に多くの人が乗り、合唱が細かく絡むこの作品を上演するのはとても難しいということで、聴きどころだけをつなぎ合わせたハイライト公演にしたできたのはないかと思います。また、演奏もアマチュアの方々はかなりギリギリのところでやっていたようで、それゆえの事故も多かったように思いました。

 前半のガラコンサート。流石の演奏が続きました。冒頭の乾杯の歌は容姿もヴィオレッタにぴったりのソプラノ山口安紀子の声と、日本のトップテノール・福井敬の素晴らしい声が響き渡る見事な重唱。男声出演者も合唱とともに出演し、花を添えました。立川市民オペラ合唱団も、助演が多かったということもあるのでしょうが、立派な合唱でよかったと思います。

 石川雄蔵の「人知れぬ涙」。悪くはないですが、特別魅力的ではないというのが本当のところ。市川宥一郎の「闘牛士の歌」は、合唱が入らなかったのが残念ですが、市川の歌自体は平成生まれの若手バリトン第一人者の実力を示しました。

 ボエーム第三幕の四重唱。よかったです。工藤翔陽が端整なロドルフォを歌ってBravo。山口安紀子のしっとりとしたミミも素敵。中畑有美子のムゼッタはコケティッシュな可愛らしさに溢れ、照屋博史はマルチェッロのムゼッタに手を焼く様子をうまく表現して見事。重唱の重なり具合も立派で、聴きごたえがありました。次いでの第4幕の二重唱。はっきり申し上げればテノールが弱い。歌手の実力差がそのまま歌に出てしまった感じです。もう少しマルチェッロ役の市川が後ろに引っ込んで、ロドルフォ役の持齋が前に出る歌唱だとよいバランスになったと思います。狩野賢一の外套のアリアはよかったです。バスの艶やかな響きがしっとりとした雰囲気を感じさせました。

 後半の「トゥーランドット」ハイライト公演。歌われたのは、第一幕が冒頭から「砥石を回せ」の合唱部分。リューの「お聴きなさい、ご主人様」からカラフの「泣くな、リュー」を経て第一幕フィナーレまで。第二幕が、最初の三大臣の掛け合いがあり、その後カットがあって、トゥーランドット姫の登場のアリアと3つの質問部分。そして、カラフの「自分の名前を明日の朝まで当てよ」というフィナーレ部分。第三幕は、「誰も寝てはならぬ」のアリアとリューの「氷の心に包まれた姫君」のアリア。そして、ここからアルファーノによる補作部分ですとの説明が入り、フィナーレ部分です。全体として半分がカットされたわけですが、主要なアリアと場面は演奏されました。

 歌唱はまず主要三役が皆素晴らしい。山口安紀子のトゥーランドット姫は登場のアリアは、力強さの中に閉じ込められた悲しい感情が見事に表現され秀逸。次いでの3つの問答も、だんだん答えられていくことによる焦りのようなものが歌に込められていて素晴らしい。最後のカラフの熱意の応える部分もよかったです。更に言えば、カラフとの重唱部分、カラフの素晴らしい声にもオーケストラにもしっかり対抗する声で、存在感をかっちり示したところ、Bravaと申し上げるのにふさわしい歌唱でしょう。

 福井敬のカラフ。日本人テノールでこれ以上のカラフはまだ考えられないようです。流石としか言いようがない。十八番の「誰も寝てはならぬ」が素晴らしいことは言うまでもありませんが、それ以外の部分も艶やかで見事な響きであり、もう感服しました。そろそろ還暦が見えているわけですが、そんなことは信じられないような声でした。Bravoです。

 中畑有美子のリューもよかったです。トゥーランドット姫の身構えた感じとは全く対照的な切々とした情感のこもる歌で、二つのアリアとも見事でした。トゥーランドットとリューが対照的な歌唱をしてくれたというのも、この上演が上手くまとまった理由のように思いました。Bravaです。

 冒頭の合唱が良かったのも特筆ものです。この部分を市民オペラがやるとガチャガチャになることが珍しくないのですが、半数がプロの助演とはいえ、しっかり揃っていて響きもよく素晴らしいと思いました。合唱と絡み合う市川宥一郎の役人の声もよく、最初が良かったことが全体の好印象に繋がったのかな、と思います。

 その他の出演者も頑張っていました。ティムール役の狩野賢一。登場する部分が少なく割を食っていましたが、そこでしっかりした歌唱でよかったです。三人の大臣の重唱はしっかりしていましたが、けれん味が足りず、もっとメリハリをつけてもよかったのかなという印象です。

 以上、歌唱部分は全般的によかったのですが、練度の低さで足を引っ張ったのがオーケストラ。金管楽器が何度も音を外していましたし、全体のテンポも指揮者の指示通りにいっていなかったのではないかと思いました。今回オーケストラは舞台に乗り、歌手はオーケストラの前で演奏するスタイルでした。指揮者は歌手が歌う後ろにいました。歌手や合唱のテンポは副指揮者が合図して決めていたと思いますが、その伝達が悪かったのか、オーケストラのテンポが揺れていたのか、細かいところまでは分かりませんが、歌手のテンポ感とオーケストラのテンポが合わなくなって、歌手が調整している部分が随分見受けられました。歌手としては歌いにくかったのではないかと思います。

 そういうアクシデントがあっても、あれだけの歌唱を聴かせてくれたのですから文句はありませんが、オーケストラがもっと練度が上がっていて、全体が一体になれるテンポで演奏してくれれば、もっともっと聴きごたえのある演奏になっていたのではないかと思うと、ちょっと残念な気持ちが残ります。 

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鑑賞日:2021年3月23日
入場料:指定席 1F 10列57番 7000円

ブルーアイランド版公演

全3幕、日本語上演
ヨハン・シュトラウス二世作曲「こうもり」(Die Fledermaus)
原作:アンリ・メイヤック/リュドヴィック・アレヴィ
台本:カール・ハフナー/リヒャルト・ジュネ

会場 日本橋公会堂

スタッフ

指 揮 竹内 健人  
ピアノ/副指揮 小林 滉三
ピアノ 諌山 万貴
ピアノ 徳富 香恵
ピアノ 松崎 颯太
電子オルガン 赤塚 博美
ヴァイオリン 小山 啓久
チェロ 谷口 宏樹
演出・構成・上演台本 青島 広志
演出補・振付 鷲田 実土里
照 明    川原 敬貴 
舞台監督 星 雅裕/藤永 隆
制作統括 和田 淳

出演

ロザリンデ(妻・オペラ歌手) 板波 利加
アデーレ(女中) 猿山 順子
アイゼンシュタイン(夫・音楽教師) 水野 賢司
アルフレード(夫の生徒、妻の浮気相手) 行天 祥晃
ファルケ(吸血鬼) 青戸 知
ブリント(税理士) 久利生 悦子
フランク(刑務所長) 菅野 宏昭
フロッシュ(看守) 飯村 孝夫
イダ(アデーレの姉、吸血鬼) 赤星 啓子
オルロフスキー(マザコンの公爵) 実川 裕紀
オルロフスキーの母 菅谷 孝介
バッカス 磯地 美樹
ロロ(ゾンビの踊り子) 中川 美和
ドド(ゾンビの踊り子) 及川 響子
ジュジュ(ゾンビの踊り子) 中島 愛恵
フルフル(ゾンビの踊り子) 近藤 はるか
クロクロ(ゾンビの踊り子) 鐵 京子
マルゴ(ゾンビの踊り子) 櫻井 日菜子
ロリ(ゾンビの踊り子) 男澤 友泰
トド(ゾンビの踊り子) 吉田 紘晃
ブルブル(ゾンビの踊り子) 佐保 佑弥
グログロ(ゾンビの踊り子) 林 潤一郎
ゴルマ(ゾンビの踊り子) 清水 一成
美人ピアニスト 木曽 真奈美
流しのヴァイオリニスト 高畠 浩
ゲスト歌手(特別出演) 斉田 正子

感 想

ここまでやってしまう凄さ‐ブルーアイランド版「こうもり」を聴く

 青島広志は「こうもり」を「実は面白くない」といいます。確かに第1幕、2幕の面白さに対して、第3幕は冗長で音楽的にも今一つ冴えないとは思います。そこで青島のやったのは大胆な曲の組み換え(と言っても、実際に行われたのは序曲をはじめとする何曲かのカット)、新役と曲の追加です。結果として第3幕の冴えない感じが冴えたか、と申し上げれば、私は今一つだったと申し上げますが、それ以外は設定と言い、追加されている曲の多彩さと言い、これぞ青島広志世界の本領発揮と申しあげてよいのでしょう。

 とにかく追加された曲数が半端ではない。一応メモは取ってきましたが私が知らない曲もあり、聴いたことあるけどタイトルが思い出せない、という曲もあり、以下に書いたよりも4,5曲多く演奏されたのではなかったと思います。具体的に分かった曲だけ書きだすと、「ドン・ジョヴァンニのセレナード」、ドン・ジョヴァンニから「誘惑の二重唱」、童謡「おかあさん」(お母さん、なあに?)、「グリゼットの歌」、「女心の歌」、「男はつらいよテーマソング」、「リューの死」、フィガロの結婚の「スザンナとマルチェリーナのさや当ての二重唱」などが歌われました。

 背景の変更もいろいろあり、本来の「こうもり」の意味は、仮面舞踏会に「こうもり」の恰好で行ったファルケが酔いつぶれてしまい、親友のアイゼンシュタインが公園に放り投げて帰ったため、町の人に「こうもり博士」と言われるようになったというものに対する復讐劇ですが、今回は、ファルケが吸血鬼で、仮面舞踏会の帰りに犬の血を啜るのを見たアイゼンシュタインが、ファルケを「吸血こうもり」と呼んだことに対する復讐劇だという設定。ただ、友人が吸血鬼であることを知っているのに、付き合いを止めないアイゼンシュタインって一体何、とは思いました。また第三幕の冗長さは一定程度緩和されましたが、全体として作品の面白さに関与したとは言えない、というのが本当だと思います。

 以上設定の変更については功罪相半ばするところで、必ずしも成功したというわけではないですが、細かい設定の見直しは、作品の味わいの向上に十分役立っていたと思います。例えば、ゾンビ・グリゼットたちの導入。ゾンビグリゼット12人の役割は合唱であり、普段はいかにもゾンビという感じで演技をしているのですが、歌になると、さすがにしっかりしたアンサンブル。若い声が魅力的に響きます。また、オルロフスキーをマザコンの坊やにして、オルロフスキーのママというキャラクターを出したのも面白かったかなと。もちろんこれは、母役の菅谷孝介の存在感とオルロフスキー役の実川裕紀の見事なマザコン演技が上手く嵌ったことによるものでしょう。

 以上、演出的にはなるほど考えたな、と思いましたし、上手く行ったところもそうでなかったところもあったのですが、音楽的にはかなり問題でした。特に第一幕。

 10時30分開演の公演ですから、歌手たちにとっては全然よい条件ではありません。むしろ最悪と言っていいかもしれない。しかし、その時間に開演することが分かっていて、その時間での出演を受け入れたにも関わらず、あの準備はちょっと許すことはできないレベルです。第一幕はとてもお金を頂いて聴かせられるレベルの歌ではありませんでした。これは全員がそう。音程は不安定で、平気で下がるし、高音はひっくり返るし、人によってはパワーが足りず何歌っているのか分からないし、プロならもう少しなんとかせい、と思いました。芝居に力が入りすぎて音楽がおろそかになったとすればそれも問題です。とにかく板波利加、青戸知といった二期会で主役を演じる人ですらミスが目立ち、聴いていてハラハラしました。

 ブリントを本来の弁護士から女税理士としたわけですが、久利生悦子は声量も足りないし、活舌も決して良くなく、せっかくのキャラを立てて韻を踏んでまくしたてるシーンは何を言っているのか全く分からずそこも問題です。台本がどれだけ面白くても伝えられなければお話になりません。

 しかし、この雰囲気を変えたのは、第二幕、若い歌手たちの登場でした。まず、オルロフスキーの実川裕紀がいい。マザコンのオルロフスキーというのが面白いキャラ。そこに登場する菅谷孝介の母親役のキャラが立ちすぎています。ニンニクを髪飾りのようぶら下げているって・・・。そこで、「おかあさん」が歌われるわけですが、「おかあさん、なあに、おかあさんっていい匂い、ニンニク注射の臭いでしょ・・・」と歌いながらオルロフスキーが臭そうな顔をするのがおかし過ぎます。また、実川と菅谷は歌もよく、「お客を呼ぶのが好きで」や「シャンパンの歌」の歌いだしもよかったです。菅谷は私の知らない曲を歌いましたが、それもよかった。

 次いでのゾンビグリゼットたちの合唱もとてもいい。ゾンビらしい合唱曲が一曲挿入され、それが見事にまとまったのが素晴らしい。こういった若い歌手の活躍に刺激されたのか、ベテラン陣もいい歌に変わってきました。猿山順子の声はちょっと独特の声質でしたが、「公爵様、あなたのようなお方も」も、第三幕の「田舎娘の恰好で」も悪くない。更に素敵だったのは、イーダ役の赤星啓子。イーダは本来ならば、完全な端役で、歌ではアンサンブルでしか関与しません。しかし、ブルーアイランド版では、ファルケに血を吸われた吸血鬼で、主役のように活躍します。グリゼットの歌ではヴァランシェンヌの役を取り、その他誘惑の二重唱とか色々なところで参画し、物語の中心として活躍しました。

 ベテラン勢ではなんといってもフロッシュ役の飯村孝夫がよかった。行天祥晃のアルフレードが「女心の歌」を歌うと、「おいらだって、二期会会員50年やっている。最近出ていないけど」と笑いをとった後、「男はつらいよ」のテーマソングを歌ってみせる。ベテランがこういう歌を歌うと、本当に雰囲気が出ます。その他、水野賢司のアイゼンシュタインのオロオロした感じ、菅野宏昭フランクの低音と田舎者風の雰囲気など笑えるところがいっぱいあったのが楽しい。なお、ゲスト歌手役で登場した斉田正子はベッリーニの「清教徒」からエルヴィーナの第一アリア、「私は愛らしい乙女」を歌ったのですが、あのコロラトゥーラの難曲をしっかり聴かせるところ、流石です。斉田正子を聴いたのは10年ぶり以上だと思いますが、あの声と技術が健在なこと、嬉しく思いました。

 それだけ挿入歌が多いとその分カットも多く、序曲がカット、導入部のアルフレードの歌唱もカット、三幕冒頭のフロッシュの独白もカット、というより、第三幕で歌われたのはアデーレのクプレ位ではなかったのでしょうか?でもそこがブルーアイランド版の本領なのでしょう。後半は板波利加のロザリンデも、青戸知のファルケも第一幕よりはずっとよくなりましたし、全体としては笑いの絶えない演奏だったと申しあげます。

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鑑賞日:2021年3月23日
入場料:指定席 4F 2列38番 7920円

主催:新国立劇場
新国立劇場2020/2021シーズンオペラ公演

全3幕、字幕付原語(ドイツ語)上演
ワーグナー作曲「ワルキューレ」(Die Walküre)
台本:リヒャルト・ワーグナー

会場 新国立劇場オペラパレス

スタッフ

指 揮 城谷 正博  
管弦楽 東京交響楽団
演 出 ゲッツ・フリードリヒ
美術・衣裳 ゴットフリート・ビルツ
照 明 キンモ・ルスケラ
再演演出 澤田 康子
舞台監督 村田 健輔

出演

ジークムント 村上敏明(第1幕)/秋谷直之(第2幕)
フンディング 長谷川 顯
ヴォータン ミヒャエル・クプファー=ラデツキー
ジークリンデ 小林 厚子
ブリュンヒルデ 池田 香織
フリッカ 藤村 実穂子
ゲルヒルデ 佐藤 路子
オルトリンデ 増田 のり子
ヴァルトラウテ 増田 弥生
シュベルトライテ 中島 郁子
ヘルムヴェーゲ 平井 香織
ジークルーネ 小泉 詠子
グリムゲルデ 金子 美香
ロズヴァイセ 田村 由貴

感 想

日本人ワーグナーのレベル向上を知る‐新国立劇場「ワルキューレ」を聴く

 ワーグナーのオペラを聴いていていつも思うのは、まず長いな、です。ゆったりしたテンポでじりじり進むから、せっかちな私にはあまり向いてはいません。またオーケストラの厚みがありすぎるのも実は好みではありません。とはいえ、オペラファンたるもの好き嫌いは言っていられませんので、機会がある度に聴いていますが、日本人が主役を演じると、あまり良い結果にはならないというのがこれまでの例でした。例えば、2月の二期会のタンホイザーにタイトル役の芹澤佳通はその典型で、後半は体力が維持できておらず、歌はヘロヘロでした。私はワーグナーを日本人だけでやるのは無理だとずっと思っているし、今日の段階でもその意見を完全に撤回する必要はないと思っているのですが、しかし、今回の新国立劇場の「ワルキューレ」は、これまで何度も聴いてきた日本人歌手によるワーグナー作品とは一味もふた味も違ったものになりました。

 まず、主要役の歌手たちがあれだけぶっ続けに歌っていて全然声が衰えないこと、素晴らしいと思います。特に女声が素晴らしい。世界的なワーグナーメゾとして国際的に認知されている藤村実穂子のフリッカが素晴らしいことは、ある意味容易に予想できる範囲ですが、小林厚子のジークリンデの素晴らしさは別格です。小林厚子はもちろん強い声も出るソプラノ・リリコ・スピントですが、ドラマティコという印象ではありません。だいたいドイツものを歌うという印象もありません。しかし、その歌は繊細で感情がしっかり籠っているように聴こえてきます。そして、声に無理がない。もちろん必要に応じて強弱は付けていますし、アクセントを付けたり、テヌートで歌ったり必要な表情は出しているのですが、無理に強く出したり、頑張りすぎたりしないので、バランスがいいのです。無理ない発声をしているから、最後までしっかりした歌唱ができたのだろうと思います。ドイツのワーグナーソプラノなどとはまだパワーの差があると思いますが、これだけクレバーに歌っていただければ、私に文句はありません。Bravaと申しあげるにふさわしい歌唱でした。

 ワーグナーソプラノ役とはいえ、ジークリンデはまだ叙情的な役柄です。一番ドラマティックなのはブリュンヒルデ。そのブリュンヒルデを歌った池田香織がこれまた素晴らしい。池田はもともとアマチュアで、二期会会員になってからも最初のころは合唱を歌っていたと聞いています。しかしワーグナー研究怠りなく、いつの間にか、日本を代表するワグナー・ソプラノになっていました。今回も力強い歌唱で聴かせてくれたのですが、役柄の対する自分の考えがしっかりある様子で、池田の個性を感じさせるブリュンヒルデになっていたと思います。第三幕後半がしっとりとした感情がしっかり込められてとてもよかったです。池田の歌も基本は無理に張り上げないクレバーな歌唱ですが、ここぞというときにしっかり出す力強さは、池田ならではのものだと思いました。

 以上の女声3人に対して、男声は押されていたというのが本当のところでしょう。とはいえ、第一幕のジークムントを歌った村上敏明はかなり頑張った印象です。村上は日本を代表するテノールですが、ヘルデンテノールという印象はありません。彼の本領はイタリアオペラであって、ドイツものはほとんどやった経験がなかったように思います。しかし、その歌唱は決して悪くなかったと思います。確かに朗々としたヘルデンテノールとは違った歌い方でしたし、女声のように物凄く計画性をもって歌っているという印象もなかったのですが、張りのある高音が、ジークムントを若々しい勇者のように感じさせてくれました。ただし、それを第1幕最後までは続けることができず、最後の5分間は失速してしまったのが残念ですが、ほぼ1時間張った声で歌い続けて、あそこまで破綻なく歌い続けられたこと、なかなか日本人テノールには珍しいと思います。今後の進化も期待してBravoを差し上げましょう。

 第二幕の秋谷直之もよかったです。秋谷を聴くのは随分久しぶりの気がします。彼のかつて聴いた印象は、さほど歌える方ではないな、というもの。しかし、今回のジークムント、思った以上に似合っていました。音楽的な雰囲気は第一幕を歌った村上敏明よりも上だったと思います。第一幕と比較すると第二幕で歌う部分は全然少ないわけですが、それでもあれだけの歌唱できっちり締めくくってくれたこと、大いに喜びたいと思います。

 長谷川顯のフンディングもよかったです。彼がフンディングを歌うのは今回が初めてではありませんし、それなりの歌が歌えて当然ですが、一方で、このチームの中でしっかりとした存在感を出して迫力を見せること、決して容易なことではないと思います。それをしっかりやって見せるのがベテラン、ということなのでしょう。立派でした。

 ミヒャエル・クプファー=ラデツキーのヴォータン。彼は当初アナウンスされていたエギルス・シリンスの代役ですが、彼のヴォータンもよかったです。第二幕の長大なモノローグをしっかり聴かせてくれて、そこが魅力的でした。また神々の神としての冷酷な感じも歌に込められていて、そこもよかった。第三幕の彼と池田ブリュンヒルデのやり取りは火が迸るような鋭さがありました。

 以上、今回の「ワルキューレ」。新型コロナウィルス感染症蔓延のための外国人入国禁止措置の影響で、当初予定されていた主要役の出演は藤村実穂子のフリッカだけで、それ以外は全員代役だったわけですが、単なる代役以上の役割を果たしたと思います。また指揮も当初予定されていた飯守泰次郎から城谷正博に変わったわけですが、城谷はコレペティトゥールとして定評のある方で、またワーグナー解釈についてもそれなりの経験をお持ちです。確かに彼の独自性を感じさせる音楽運びではなかったのですが、中庸で丁寧な音楽運びは、好感を持てました。今回の指揮は大野和士と城谷の分担だったわけですが、両方聴いた人の言によれば、「今日の方がよかった」ということでした。

 なお、今回の楽譜は新型コロナウィルス感染症対策のため、ワーグナーのオリジナルの楽譜ではなくアルフォンス・アッバスによる縮小版を使われて演奏されました。ワーグナー版とアッパス版の違いは、ワーグナー版がピッコロ1、フルート3(第3はピッコロ持ち替え)、オーボエ3、コーラングレ(オーボエ持ち替え)、クラリネット3、バス・クラリネット、ファゴット3、ホルン8(4人はワーグナーチューバ持ち替え)、トランペット3、バス・トランペット1、トロンボーン3、コントラバス・トロンボーン1、チューバ1、ティンパニ2、トライアングル、シンバル、中太鼓、グロッケンシュピール、ハープ6 弦五部(16-16-12-12-8)なのに対し、アッバス版の場合は、ピッコロ1、フルート2、オーボエ2(コーラングレ持ち替え)、クラリネット2(バス・クラリネット持ち替え)、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、バス・トランペット1、トロンボーン3、チューバ1、ティンパニ2、トライアングル、シンバル、中太鼓、グロッケンシュピール、ハープ2 弦五部(12-10-8-6-5)と言うものです。そのためあのワーグナーの厚塗りの感じはなくなりましたが、音全体がすっきりとしていて、色々な部分が見えやすくなったという印象です。またオーケストラの音が勝ちすぎていないので、歌手にとっても歌いやすかったのかな、とも思います。結果としてよい選択だったのだろうと思いました。

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鑑賞日:2021年4月4日
入場料:指定席 4F 2列22番 7920円

主催:新国立劇場
新国立劇場2020/2021シーズンオペラ公演

全3幕、字幕付原語(ロシア語)上演(新制作)
ストラヴィンスキー作曲「夜鳴きうぐいす」(Соловей)
原作:ハンス・アンデルセン
台本:イーゴリ・ストラヴィンスキー/ステファン・ミトゥーソフ

全1幕、字幕付原語(ロシア語)上演(新制作)
チャイコフスキー作曲「イオランタ」(Иоланта)
原作:ヘンリク・ヘルツ/ウラディミール・ゾートフ
台本:モデスト・チャイコフスキー

会場 新国立劇場オペラパレス

スタッフ

指 揮 高関 健  
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 冨平 恭平
演出・美術・衣裳 ヤニス・コッコス
アーティスティック・コラボレーター アンヌ・ブランカール
照 明 ヴィニチオ・ケリ
映 像 エリック・デュラント
演出補 三浦 安浩
舞台監督 高橋 尚史

出演

夜鳴きうぐいす

夜鳴きうぐいす 三宅 理恵
料理人 針生 美智子
漁師 伊藤 達人
中国の皇帝 吉川 健一
侍従 ヴィタリ・ユシュマノフ
僧侶 志村 文彦
死神 山下 牧子
日本の使者1 濱松 孝行
日本の使者2 高橋 正尚
日本の使者3 青地 英幸

イオランタ

ルネ 妻屋 秀和
ロベルト 井上 大聞
ヴォデモン伯爵 内山 信吾
エブン=ハキア ヴィタリ・ユシュマノフ
アルメリック 村上 公太
ベルトラン 大塚 博章
イオランタ 大隅 智佳子
マルタ 山下 牧子
ブリギッタ 日比野 幸
ラウラ 富岡 明子

感 想

残念なキャスティング‐新国立劇場「夜鳴きうぐいす/イオランタ」を聴く

 新型コロナウィルス感染症対策の外国人入国規制のため、当初予定されていた主要キャストが当初カヴァーキャストとして入ることが予定されていたメンバーに変更されて上演された今回の上演、日本人歌手たちのレベルの高さと、新国立劇場側の危機管理の限界を見せられたなと思います。

 ストラヴィンスキーの「夜鳴きうぐいす」は、オーケストラピースとして演奏会形式で上演されることは時々あるのですが、舞台上演は1972年の東京室内歌劇場による日本初演以来かもしれません。私が演技付きでこの作品を見たのは初めて。演出は特に違和感を感じさせるものではなかったのですが、内容が幻想的なだけあって、舞台を視覚的に見せなくても、作品の魅力は伝わるのだろうと思いました。その意味で、オーケストラピースとして演奏会形式で見せるのは、決して悪くないやり方だな、と思いました。

 ちなみに、演奏会形式では過去2回聴いておりますが、全体のまとまりという点では、2012年12月のシャルル・デュトワ指揮のN響定期演奏会における演奏で、今回の高関健/東京フィルの演奏はその域には達していなかったのかな、というのが正直な印象です。N響は音の響きに過不足ない感じで、今回よりもバランスがよかったと思います。この作品は、第1幕と第3幕とがドビュッシーなど印象派的で、第2幕が中国的とも言われるわけですが、今回の演奏はどこかストラヴィンスキー初期のバーバリズムを印象付けるような響きがしたようで、それが意図的なものなのか、結果としてそう聴こえたのかは分かりませんが、自分の好みとしてはもっと抑制的かつ精妙なオーケストラの音が欲しかったところです。

 さて歌手ですが、外国人歌手から交替したのは夜鳴きうぐいす役の三宅理恵、皇帝役の吉川健一ですが、この二人が抜群の頑張りを見せました。特に夜鳴きうぐいすは調性の不安定な中でコロラトゥーラの技術を駆使して歌う難役ですが、三宅理恵は丁寧な歌唱で技術的な難所をクリアし、細かいところもゆるがせにせずに歌い、抜群の魅力でした。持ち声がもっと軽いとこの技術的な正確さがより明快に響いたとは思いますが、この難役をこれだけのレベルで聴かせてくれたこと、大いに満足したいと思います。Bravaです。

 吉川健一の皇帝もよかったです。もちろん技術的難易度は夜鳴きうぐいすほどではありませんから当然かもしれませんが、丁寧な歌唱がよかったですし、皇帝らしい雰囲気と存在感も魅力的でした。

 元々キャスティングされていたメンバーでは、山下牧子の「死神」が存在感がありました。ちょっとドスの効いた低音がいかにも死神の不気味さを表現していて秀逸。針生美智子の料理人役も夜鳴きうぐいすに上手くかみ合ってこちらも魅力的。針生は元々コロラトゥーラソプラノとして登場した方ですから当然夜鳴きうぐいす役もできると思いますが、三宅理恵との声の違いが丁度良い距離感で、そこもよかったと思います。

 男声陣では伊藤達人の漁師が印象的でしたが、オーケストラの音と比べると若干声が上ずっていた印象です。それ以外の脇役の面々、それぞれの役目をしっかり果たされてよかったと思います。

 後半の「イオランタ」、こちらは当初のキャスティングと比較したとき、イオランタ、ヴォデモン伯爵、ロベルト、エブン=ハキアの4名が交替しました。

 この中で抜群の存在感と歌唱を示したのが外題役の大隅智佳子。大隅は出産後声が変化したようで、若い頃とは声質が変っておりますが、強さと声量は健在です。ここぞというときのアクートはさすがですし、ピアノやピアニシモになっても明確に声が聴こえてくる感じも素晴らしいと思いました。また歌に込める抒情的な表情も立派で、レガートを基本としたロマンティックな歌唱・演技はどこをとっても素晴らしく、イオランタという盲目の娘の心情の変化を見事に示していたと思います。文句なしのBravaです。

 ロベルトの井上大聞も頑張りました。井上はこの3月新国立劇場オペラ研修所を修了したばかりの新鋭。ロベルトは、2019年6月にオペラ研修所の試演会で歌っており、その経験からの抜擢だと思いますが、試演会の時よりも進歩しているように思いました。なお、今回、カバーキャストはこの試演会の「イオランタ」を歌ったメンバーが多数入っており、若手抜擢という点では素晴らしいことですが、ロシアもののなかなか上演されない作品を日本で上演する限界も示しました。

 同じ意味で厳しかったのは、ヴォデモン伯爵の内山信吾とエブン=ハキアのヴィタリ・ウシュマノフ。内山にとってヴォデモン伯爵はちょっと荷が重かったようです。高音への跳躍などはしっかり行って高い音は見事に響かせられるのですが、それをレガートに響かせることができない。ボツッ、ボツッと音が切れる感じで、大変聴きづらい歌でした。カヴァーに入っている濱松孝行のヴォデモンは聴いたことがないのですが、若手抜擢で濱松にした方が良かったのかもしれない、とも思いました。ウシュマノフは日本在住のロシア人歌手で、母国語の歌を歌うのに何ら支障はないのですが、いかんせんこのメンバーの中では声に迫力が足りません。医者の存在感を高めるためには、もう少し強い声の表現が必要でしょう。

 もともとアナウンスされていた脇役メンバーはそれぞれ役割を的確に果たしたと思います。

 まず何と言っても素晴らしいのが、妻屋秀和のルネ王。ヘ音記号の楽譜の五線の下を歌うような時でもしっかり地鳴りをするように響かせてくる。流石に日本のバス第一人者です。高い音もしっかりしていますし、過不足ない余裕の歌に力量を見せました。山下牧子のマルタも魅力的です。山下は前半の死神に引き続いての出演でしたが、二つの役柄をきっちり演じ分け、前半のドスの効いた声でのおどろおどろしさの表現とは全く違って、母性を感じさせる優しい歌いまわしが良かったです。村上公太のアルメリックもよかったです。村上は華やかさが前面に出るテノールではないと思いますが、その正確な表現と音程はいつ聴いても素晴らしいと思います。大塚博章のベルトラン、日比野幸と富岡明子の重唱も立派で花を添えました。また合唱もいつもながらの魅力が感じられ、流石に新国立劇場合唱団の魅力を示しました。

 以上全体としては上々の出来だったと思います。試演会の「イオランタ」と比べても、ヴォデモンの歌唱など試演会に軍配が上がるものもありますが、全体としてはよくバランスがとれていて、流石に本公演ならではの魅力でした。

 演出に関しても簡素ながらメルヘンチックな舞台が美しく、イオランタの演技も自分が盲目であることを知らない、という感じがよく出ており、センスの良さを感じました。ただし、新型コロナ対策ゆえに限界があったとは思いますが、男声陣の動きにはもう一つ工夫があってもよかったのかなという印象です。

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鑑賞日:2021年4月10日
入場料: 自由席 4500円

澤﨑一了 白石佐和子デュオリサイタル「Armonia~調和」 

会場 王子ホール

出演

ソプラノ 白石 佐和子  
テノール 澤﨑 一了
ピアノ  :  瀧田 亮子
司会  :  英 由佳

プログラム

作曲 作詞/作品名 曲名 演奏
團 伊玖磨 江間 章子 花の街 白石 佐和子
岡野 貞一 高野 辰之 朧月夜 白石 佐和子
山田 耕筰 北原 白秋 この道 白石 佐和子
尾高 惇忠 堀口 すみれ子 たままゆ 白石 佐和子
トスティ パリアーラ 四月 澤﨑 一了
トスティ チンミーノ 最後の歌 澤﨑 一了
ベッリーニ 作詞者不詳 私の憧れである人よ 澤﨑 一了
プッチーニ イッリカ 魂の歌 澤﨑 一了
休憩
ヘンデル セルセ セルセのアリオーゾ「樹木の陰で」 白石 佐和子
チレア アルルの女 フェデリーコの嘆き「それはありふれた話です」 澤﨑 一了
レオンカヴァッロ 道化師 ネッダの鳥の歌「大空を晴れやかに」 白石 佐和子
プッチーニ トスカ カヴァラドッシのアリア「妙なる調和」 澤﨑 一了
マスカーニ 友人フリッツ フリッツとスゼルとのサクランボの二重唱「真っ赤に熟した」 白石 佐和子/澤﨑 一了
アンコール
菅野 よう子 岩井 俊二 花は咲く 但馬 由香
プッチーニ 蝶々夫人 ピンカートンのアリア「さらば、愛の巣よ」 高橋 薫子
ヴェルディ 椿姫 アルフレードとヴィオレッタの二重唱「乾杯の歌」 高橋 薫子/但馬 由香

感 想

伸び盛りのテノールの声‐澤﨑一了 白石佐和子デュオリサイタル「Armonia~調和」を聴く

 澤﨑一了、白石佐和子ご夫妻は、不定期にデュオリサイタルを開催しており、かつて日野で一度聴いたことがあります。今回のコンサートは、昨年9月に予定されていたものですが、新型コロナ感染症の影響で延期になり、今回開催されたものだそうです。

 前半は歌曲のプログラム。白石が4曲の日本歌曲を、澤﨑が4曲のイタリア歌曲を演奏しました。

 白石佐和子は、長らく「BS日本こころの歌」にフォレスタのメンバーとして出演していただけあって、日本の抒情歌に親和性があり、その表情や心情表現の味わいが濃く、流石の魅力を示しました。特によかったのは「朧月夜」と、最後に本年2月に亡くなったばかりの尾高惇忠を偲んで、と口上を延べてから歌った「たままゆ」の二曲で、とりわけ後者は、しっとりとした表情が見事だったと思います。ただ、テクニカルには気になる点もあって、特に語尾の表現。発音と音階の発声との取り合いが必ずしもうまくいっていないところがあって、そこが上手く行くと更に魅力が向上すると思いました。一方で、白石の声は、かつて聴いた時よりも芯が失われているように聴こえました。これはおそらく出産の影響だとおもいます。元の声の密度に戻るためには、更なるトレーニングが必要だろうと思いました。

 後半の澤﨑一了のイタリア歌曲。よくコントロールされて素晴らしい歌唱でした。プッチーニの「魂の歌」以外はよく聴く曲ですが、どの曲も今まで聴いた中で1,2を争うような素晴らしさ。特に「最後の歌」と「私の憧れである人よ」は特に秀逸だと思います。リリックで伸びやかな声が曲の魅力を存分に示します。Bravoにふさわしい歌でした。

 後半のオペラアリア。こちらは夫君の澤﨑一了に特に魅力がありました。二曲のアリアとも凄く余裕のある歌唱。見事で素晴らしい。今日本で一番勢いのあるテノール歌手の力量を見せました。白石佐和子は、オペラアリアの土俵で歌うと、夫君との力量差は歴然としています。その中ではありますが、「オン・ブラ・マイ・フ」も「鳥の歌」も彼女の声には適性があって、澤﨑のように大向こうを唸らせる歌ではありませんが、しっとりとした魅力はありました。「サクランボの二重唱」は、声量の差のコントロールが大変だったとは思いますが、澤﨑が上手に白石を守る形で歌いましたし、白石も夫君に精一杯対抗して声を張り上げ、なかなかいいバランスになっていたと思います。

 アンコールはお互い得意なところでしっかり聴かせ、見事なフィナーレとなりました。

澤﨑一了 白石佐和子 デュオリサイタル「Armonia~調和~」 TOPに戻る
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鑑賞日:2021年4月21日
入場料:指定席 4F 2列40番 7920円

主催:新国立劇場
新国立劇場2020/2021シーズンオペラ公演

全3幕、字幕付原語(イタリア語)上演
ドニゼッティ作曲「ランメルモールのルチア」(Lucia di Lammermoor)
原作:ウォルター・スコット
台本:サルヴァトーレ・カンマラーノ

会場 新国立劇場オペラパレス

スタッフ

指 揮 スペランツァ・スカップッチ  
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合唱 新国立劇場合唱団
合唱指揮 三澤 洋史
演 出 ジャン=ルイ・グリンダ
美 術 リュディ・ザブーンギ
衣 裳 ヨルゲ・ヤーラ
照 明 ローラン・カスタン
再演演出 澤田 康子
舞台監督 村田 健輔

出演

ルチア イリーナ・ルング
エドガルド ローレンス・ブラウンリー
エンリーコ 須藤 慎吾
ライモンド 伊藤 貴之
アルトゥーロ 又吉 秀樹
アリーサ 小林 由佳
ノルマンノ 菅野 敦

感 想

水準以上の演奏だとは思うけど‐新国立劇場「ランメルモールのルチア」を聴く

 新国立劇場のグリンダによる「ルチア」の舞台は、「ランメルモールのルチア」という有名だけれども、日本人にとっては歴史的な背景が分かりにくいオペラを視覚的に理解させるという点で極めて優れていると思いますし、また舞台美術の美しさも特筆ものだと思っています。「ルチア」はドニゼッティの代表作として上演機会も多く、私もこれまで何度も見てまいりましたが、その内容とここまで密接にかかわった舞台はこの新国立劇場の舞台が初めてであり、特に、スコットランドの曇天や荒れた海を想像させる第一幕第一場や第三幕第一場、第三場の見せ方は素晴らしいというしかありません。

 この舞台は2017年プレミエで、タイトルロールをオルガ・ぺレチャッコが歌いました。このペレチャッコのルチアは極めて繊細で且つ精妙な歌唱で、この年の私にとってナンバーワンの演奏でしたし、おそらくこれまで聴いたあらゆるルチアの演奏の中で最高のものだったと思います。今回のルングのルチアも決して悪いものではありませんでしたが、あのペレチャッコの名唱が耳に残っている身としては、声の質、繊細さ、精妙さどれをとってもあのペレチャッコの域には到底達していないな、というのが正直なところです。

 ルングは2017年新国立劇場「椿姫」で聴いておりますが、その時は調子も悪かったようで、上に声が伸びず、「美人でヴィオレッタにぴったりだけど、歌はイマイチだな」という感想を持ちました。今回は、上の声もしっかり出ていたとは思いますが、声質はリリコで、その声もブリリアントではなくちょっと抜けたような声で、ルチアのような密度のある表現も必要なレッジェーロの役にはあまり似合っていないのではないかという気がしました。慣用で行われる高音でのアクートなども全部はやってはいませんでした。細かなところも必ずしも正確に処理していたかどうか、疑わしいところです。とはいえ、登場のアリアの「あたりは闇に閉ざされ」にしても、一番の聴かせどころである「狂乱の場」にしても、聴き手に集中させられるだけの声と技術はあったと思いますし、声質や技術で測れない演技力・表現力には十分見せるものはあったわけで、それなりに楽しむことができました。

 対するブラウンリーのエドガルド。声質はリリコ・レジェーロでベルカント物を得意とする方のようで、それだけのことはあると思いました。特に第三幕第三場のエドガルドによるアリア・フィナーレは切々とした心情が伝わってくる歌で見事でした。一方、元気に声を張り上げる部分は、軽く歌うことに気が廻りすぎているのか、息遣いがブツブツと切れる感じのところがあって、すっきりとは歌えていなかったなかな、と思います。例えば、第一幕のルチアとの二重唱によるフィナーレ、「裏切られた父の墓の前で~燃える吐息はそよ風に乗って」は、ルチアとエドガルドが寄り添うというよりは張り合うような歌になっていて、ちょっと残念でした。

 須藤慎吾のエンリーコ。冒頭の「冷酷で不吉ないら立ちを~彼女のために憐れみを乞うても」は、エンリーコの苦悩と無理解を感じさせる歌でよかったと思います。ただ、この冒頭のアリアで見せた荒々しさは、途中からはあまり明確ではなくなり、第二幕のルチアとエンリーコの二重唱は、割と抑えた歌唱になっており、もっと攻めた歌い方の方が、ルチアが圧迫された感がより出て、狂乱の場への流れにより説得力を与えたようにも思いました。また、第三幕のエドガルドとの二重唱は、須藤エンリーコはよかったと思うのですが、エドガルドは今一つ上手く行っていないところがあって、お互いがっぷり四つに組むという感じには聴こえてきませんでした。

 伊藤貴之のライモンドは非常に立派。今回の歌手の中で一番高く評価したいのは伊藤です。脇役ではありますが、第二幕のアリア「諦めなさい、さもないと更に一層の不幸が」が美しいバスで大変印象的に響いたのが良かったですし、それ以外の部分もしっかりした存在感が良かったです。

 又吉秀樹のアルトゥーロはしっかりした語り口で、存在感を示しました。小林由佳のアリーサもしっかり役割を果たし、菅野敦のノルマンノは、冒頭のソロ部分が合唱に埋もれてしまって残念でしたが、あとは慣れた歌唱で存在を見せました。

 指揮はスカップッチという女流。彼女の中で「ルチア」というオペラがロマンティックな印象がある作品なのか、あるいはルング、ブラウンリーという主演歌手の顔ぶれからなのかは分かりませんが、結構ロマンティックな処理をされていた印象です。ただ、フィナーレの書き方などドニゼッティ特有の定型的な繰り返し部分のようなところの演奏はあまり工夫がない感じで、聴いていてちょっと退屈しました。新国立劇場合唱団の演奏はいつもながら立派なものでした。

 全体的に2017年のプレミエ時と比べると、主役の技量も舞台全体の締まり方も今一つだったと思います。これは日本人歌手が、基本に忠実にかっちりした歌い方をしているのに対し、外人が割と自由な歌い方をして、そこに若干の齟齬があったのかな、と思いました。ただそれでも一定以上の水準の上演であったことは間違いなく、たいへん楽しい時間を過ごすことができました。

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鑑賞日:2021年4月22日
入場料:自由席 4000円

主催:一般社団法人東京室内歌劇場
共催:調布市

東京室内歌劇場スペシャルウィーク2021 in 調布市せんがわ劇場

全1幕、日本語訳詞上演
オッフェンバック作曲「りんご娘」(Pomme d'Api)
台本:リュドヴィク・アレヴィ/ウィリアム・ビュシュナック
訳詞:高橋 英郎

会場 調布市せんがわ劇場

スタッフ

指 揮 佐藤 宏充  
ピアノ 松本 康子
演 出 飯塚 励生
美 術 新納 大介
衣 裳 下斗米 大輔
照 明 辻井 太郎
ヘアメイク さとう せいこ
舞台監督 藤井 涼子

出演

カトリーヌ 新宮 雅美
ギュスターヴ 橋本 美香
ラパスタン 福山 出

感 想

小屋芸の楽しみ‐東京室内歌劇場スペシャルウィーク2021「りんご娘」を聴く

 「りんご娘」は、2007年に高橋英郎が率いていたモーツァルト劇場で日本初演が行われて以来、三人いれば上演可能という規模の小ささも関係してか、時折上演されているようです。普通は、「シュフルーリ氏のお宅で」や、「中央市場のかみさんたち」とダブルビルで上演されることが多いのですが、コロナ禍による練習場所確保の関係で、今回は「りんご娘」の単独上演となりました。私は見たいなと思ってはいたものの、なかなか実現できず、今回ようやく夢がかなったところです。

 初めて聴きますが、含まれる8曲のクプレや重唱は平易なものでした。テクニカルな難しさはほとんどないと言ってよいと思いますが、その流れる音楽は世俗的ながらも美しく、また物語もありふれていながらも、胸キュンタイプで、ほのぼのする作品でした。

 歌唱に関しては三人が三人とも自分の役柄と曲の雰囲気の関係を確実に捉えており、聴いていて楽しいです。ギュスターヴはテノールが歌う場合とソプラノがズボン役として歌う場合の二通りあるようですが、今回はソプラノの橋本美香が勤めました。橋本は非常に的確な歌唱を行って見事だったと思いますが、声がテノールよりもオクターブ高いところで歌うので、重唱でカトリーヌと音が重なってしまって、歌が聞こえなくなるところがありました。ギュスターヴは男声の方が良いのかもしれません。

 演技もオペレッタでは重要ですが、そこはオペラ歌手の限界で、頑張ってはいるけれども何となくぎこちなく学芸会的だったと思います。とはいえ、音楽は平易で美しく、会場は満席になっても150人しか入れないせんがわ劇場、また演出も見やすい、分かりやすいものだったので、演奏をたっぷり楽しめました。この作品が初演されたのは、パリのオペラコミック専用劇場の「ルネサンス座」で収容人数は約600の中劇場です。その程度の規模の劇場で上演することを前提に書かれた作品を150人規模の劇場で見られたこと、が満足の源だったように思います。

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