NHK交響楽団演奏会を聴いての拙い感想-2024年(前半)

目次

2024年1月13日 第2001回定期演奏会 指揮:トゥガン・ソヒエフ
2024年1月20日 第2002回定期演奏会 指揮:トゥガン・ソヒエフ
2024年2月3日 第2004回定期演奏会 指揮:井上 道義
2024年2月9日 第2005回定期演奏会 指揮:大植 英次
2024年4月13日 第2007回定期演奏会 指揮:マレク・ヤノフスキ
2024年4月19日 第2008回定期演奏会 指揮:クリストフ・エッシェンバッハ
2024年5月11日 第2010回定期演奏会 指揮:ファビオ・ルイージ
2024年5月17日 第2011回定期演奏会 指揮:ファビオ・ルイージ
2024年6月8日 第2013回定期演奏会 指揮:原田 慶太楼
2024年6月14日 第2014回定期演奏会 指揮:沖澤 のどか

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2024年1月14日 第2001回定期演奏会

指揮:トゥガン・ソヒエフ

曲目: ビゼー(シチェドリン編曲) バレエ音楽「カルメン組曲」
ラヴェル 組曲「マ・メール・ロワ」
ラヴェル バレエ音楽「ラ・ヴァルス」

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:伊藤、2ndヴァイオリン:森田、ヴィオラ:村上、チェロ:藤森、ベース:客演(仙台フィルの助川龍さん)、フルート:神田、オーボエ:𠮷村、クラリネット:伊藤、ファゴット:宇賀神、ホルン:客演(京都市交響楽団の水無瀬一成さん)、トランペット:長谷川、トロンボーン:新田、テューバ:池田、ハープ:早川、チェレスタ:客演(フリー奏者の梅田朋子さん)ティンパニ:植松

弦の構成:16-13-12-10-8

会場:NHKホール 

感想

 名演でした。名演とは要するに、2024年1月13日、NHKホールに響いたような音楽を言います。ソヒエフは1977年生まれだそうですから46歳。指揮者としてはまだ若手ですが、40台の指揮者としては世界トップの実力の持ち主なのでしょう。N響には既に何度も登場していて、昨年1月もなかなか見事な演奏を聴かせてくれたと思いますが、今回は更に一皮むけた感じがします。

 最初のシチェドリンによる「カルメン組曲」。初めて聴く作品です。シチェドリンはロシアの現代作曲家でこの作品はバレリーナの妻のためにビゼーのオペラ「カルメン」をバレエ音楽に編曲した作品です。オーケストラの編成がユニークで弦楽5部以外は全て打楽器です。打楽器はティンパニのほか、大太鼓、ハイハット・シンバル、中太鼓、グロッケンシュピール、シロフォン、マリンバ、ヴィヴラフォン、チャイム、アンティーク・シンバル、テンプル・ブロック、鞭、マラカス、クラベス、カスタネット、フィールド・ドラム、サスペンデット・シンバル、カウベル、ボンゴ、小太鼓、グイロ、ウッドブロック、シェイカー、トライアングル、タンバリン、トムトム、タムタムの26種類の楽器が使用されているそうで、ティンパニが一人、残り26の楽器を4人で持ち替えで演奏します。

 曲もかなりユニークです。オペラのストーリー順に曲は流れますが、結構デフォルメされていますし、もちろんカットされている部分も多い。「アルルの女」の「ファランドール」が導入されたりもします。アリアは主に舞曲となって弦楽で演奏されることが多いのですが、所々にヴィブラフォンが使われたりマリンバが使われたり、本来の音色とかなり異なるところがあって、聴いていると凄くユーモラスです。私個人は笑いそうになりました。

 演奏はN響打楽器陣がアクロバティックと申し上げてよい動きで楽器をどんどん持ち替えて、素敵な音を奏でます。そしてその合い方が素晴らしい。ティンパニ、大太鼓、中太鼓、小太鼓、フィールド・ドラムの5種類の太鼓を一斉にドラムロールで叩く部分があるのですが、それが完璧に揃っていたのに感心しました。弦楽器のトゥッティの揃い方も半端ではありません。、N響の弦楽の実力は重々承知していますが、普段は管楽器に耳が行ってしまい、弦のユニゾンまでは気が廻りません。でも弦楽器が裸になるとユニゾンの美しさが最高レベルであることに気づかされます。素晴らしい演奏でした。

 「マ・メール・ロア」こちらも素晴らしい。ソヒエフがラヴェルが得意だというのはしていましたけど、これほどだとは思いませんでした。しっかりとオーケストラをコントロールして、弱音を十分に聴かせる。そして抑制のきいたフォルテ。その一貫した音楽の流れはただただ感心するしかありませんでした。N響メンバーも指揮者の想いにしっかりと応えて、素晴らしいヴィルトゥオジティを示したと思います。

 「ラ・ヴァルス」。こちらも素晴らしい。「マ・メール・ロア」の幻想的な雰囲気が一転して、ワルツのパロディとしての音楽が流れます。優雅だけどちょっと品のないフォルテッシモまで盛り上がる前半と後半の荒々しさとの対比がしっかりしていて、聴いていて楽しくなります。指揮者のしっかりした棒がオーケストラの揺るがない音を導いたのでしょう。指揮者とオーケストラが対峙して素晴らしい化学反応が起きたものと思います。

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2024年1月20日 第2002回定期演奏会

指揮:トゥガン・ソヒエフ

曲目: リャードフ 交響詩「キキモラ」作品63
プロコフィエフ(ソヒエフ編曲) バレエ組曲「ロメオとジュリエット」

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:郷古、2ndヴァイオリン:大宮、ヴィオラ:中村翔、チェロ:藤森、ベース:吉田、フルート:客演(東京交響楽団の竹山愛さん)、オーボエ:客演(東京フィルの荒川文吉さん)、クラリネット:松本、ファゴット:水谷、ホルン:今井、トランペット:菊本、トロンボーン:古賀、テューバ:池田、ティンパニ:植松、ハープ:早川、ピアノ/チェレスタ:フリー奏者の梅田朋子さん

会場:NHKホール 

感想

 19日の晩は別件があったので振替でマチネを聴きました。先週のAプログラムも素晴らしかったのですが、今週も見事でした。

 オゥガン・ソヒエフは、N響に最初に登場した2013年以来何度も聴いていますが、正直ここまでの指揮者になるとは思っていませんでした。しかし、今や押しも押されもせぬ世界的指揮者、昨年は、ウィーン・フィルハーモニー交響楽団と共に来日したのも記憶に新しいところです。今年のソヒエフは、今の実力を日本のファンにも知らしめるべく選んだのが、近代フランス音楽、近代ロシア音楽、ドイツ古典派なのでしょう。

 リャードフの「キキモラ」は、私は初めての曲です。遅い-速いの二部構成で、そこに特殊管楽器が活躍する小品ですが、表情のメリハリの制御が上手だと思います。勿論そこには、ピッコロの中村さん、イングリッシュホルンを吹かれた和久井さんの実力があってのことだとは思いますが。

 そしてメインのプロコフィエフ。先週のラヴェルのフランスもののモダニズムとは異なったロシア風の土臭さのあるモダニズムがプロコフィエフの特徴だと思いますが、ある意味先週と同じような切り口で攻めたような気がします。即ちきっちりしたオーケスオラ・コントロール。「ロメオとジュリエット」という作品はもっと野放図にコントロールしてそのスリリングな感じを楽しむのもいいものですが、ソヒエフはきっちりと弱音を作ってきます。これがソヒエフの真骨頂なのだろうと思います。丁寧で明確な弱音とコントロールされたフォルテ。この整然とした流れに彼の魅力があるのだろうと思って聴きました。N響自体が真面目なオーケトラで、ソヒエフみたいなタイプの指揮者との相性がいいということもあるのでしょう。整然としていて視界のよい、それでいて迫力も十分な演奏でした。楽しみました。

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2024年2月3日 第2004回定期演奏会

指揮:井上 道義

        
曲目: ヨハン・シュトラウスII世 ポルカ「クラップフェンの森で」作品336
ショスタコーヴィチ 舞台管弦楽のための組曲 第1番 −「行進曲」「リリック・ワルツ」「小さなポルカ」「ワルツ第2番」
ショスタコーヴィチ 交響曲 第13番 変ロ短調 作品113 「バビ・ヤール」
バス・ソロ:アレクセイ・ティホミーロフ
男声合唱 : オルフェイ・ドレンガル男声合唱団

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:郷古、2ndヴァイオリン:大宮、ヴィオラ:佐々木、チェロ:辻本、ベース:吉田、フルート:神田、オーボエ:客演(読売日響の金子亜未さん)、クラリネット:伊藤、ファゴット:水谷、ホルン:客演(読売日響の松坂隼さん)、トランペット:菊本、トロンボーン:古賀、テューバ:池田、ティンパニ:植松、ハープ:早川、ピアノ/チェレスタ:客演(フリー奏者の梅田朋子さん、楠本由紀さん)、アコーディオン:客演(クラシック・アコーディオン奏者の大田智美さん)、ハワイアンギター:客演(マルチ弦楽器奏者の高木大丈夫さん)、サックス:客演(佼成ウィンドオーケストラの松井宏幸さん・他3名)

弦の構成:バビヤール以外;12型、バビヤール;16型

会場:NHKホール  

感想

 本年末で指揮からの引退を表明している井上道義の最後のN響定期への登場。

 井上が38年ぶりにN響定期に登場したのが2016年。その後は定期的にN響に客演してショスタコーヴィチの交響曲を演奏し(演奏したのは、1番、10番、11番、12番)、どれも素晴らしかったわけですが、最後に選んだのが交響的カンタータとでも言うべき13番「バビ・ヤール」で、これまたたぐいまれなる名演になったと申し上げてよいでしょう。

 前半はロシアに関係したワルツなどの小品。

 「クラップフェンの森で」はシュトラウスがロシアのパブロフスクに演奏旅行に行ったときに「パブロフスクの森で」とした作曲したものを後年ウィーン風に改作したものだそうです。元々ポルカとしてはそんなに早いテンポの曲ではありませんが、井上はややスローなテンポで平和な森を散策する善人たちを描写したように思います。鳥笛が活躍する曲ですが、その鳥笛を吹いた竹島悟史さんの演奏がのんびりした感じで、後半に演奏される「バビ・ヤール」ととてもよい対称になっていたと思います。

 続くのはロシアの大衆音楽の集合である「舞台管弦楽のための組曲」。自らバレエも踊る井上が振るとこういう曲は本当に見事です。指揮者の両側にアコーディオンとギターを配し、ちょっと安っぽい響きで演奏すると独特のグルーミーな感じが生まれて何とも言えない哀愁があります。N響は昔こういう曲を演奏すると「上手だけど詰らない」演奏をしたものですが、結構打楽器陣などはノリノリでいい演奏になりました。

 「クラップフェン」は明るさを、この曲は場末の明るさとその裏に隠された悲しさを予感させるものがありますが、この流れで「バビ・ヤール」にもっていくのか、と井上の選曲のセンスにも驚きました。

 そして最後がお目当ての「バビ・ヤール」。素晴らしい演奏だったと思います。暗さと諧謔的なショスタコーヴィチらしい批判精神のある曲ですがバランスよく響いたと思います。それはショスタコーヴィッチ解釈の第一人者の井上の指揮だから、というのはもちろんあるのですが、それに加えて、ソリストと合唱の魅力が大きかったと思います。。

 まずバス・ソロのティホミーロフ。本当に素晴らしいロシアン・バス。彼の歌は5年前に新国立劇場の「エウゲニ・オネーギン」のグレーミン公爵役で歌われた時に聴いてその素晴らしさに感動したのですが、あのオペラでグレーミンは1曲アリアがあるだけで重唱で絡むところもほとんどなく、「美味しい役」と申し上げてよい。しかし、「バビ・ヤール」は違います。最初から最後まで1時間出ずっぱりで歌い続けなければならない。低音は声が飛びにくいのでそれなりのパワーがなければ歌えないのですが、1時間痩せることなくたっぷりと歌い切ったのは素晴らしいと思いました。その上低音だけど美声だし、フォルテからピアノまでのデュナーミクも立派で、聴き惚れてしまいます。

 合唱も見事。「オルフェイ・ドレンガル合唱団」はスウェーデンらしい大男の集団。合唱団が燕尾というのはかなり珍しいのですが、全員が燕尾服で登場。NHKホールの一番後ろに61人の燕尾服の大男たちが並ぶと遠目ながらも迫力があります。井上道義の指揮がテンポを刻んでいくタイプの指揮ではないので合わせやすくはないと思うのですが、そこがきっちりあっているのも素晴らしいし、和声もいい感じだし、迫力も流石男声合唱というべきもの。テフォミーロフとの掛け合いも見事で、いいものを聴かせていただきました。

 勿論N響も負けてはいません。特殊管も含めた低音楽器陣が素晴らしい。バス・クラリネット、ファゴットなど。特によかったのがテューバ・ソロ。池田幸広さんのテューバはレガートで弱音が美しくて、テューバは普段は目立つ楽器ではありませんが、池田さんはやはり実力のある方なのだな、と感心しました。

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2024年2月9日 第2005回定期演奏会

指揮:大植 英次

曲目: ワーグナー ジークフリートの牧歌
リヒャルト・シュトラウス 交響詩「英雄の生涯」作品40

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:郷古、2ndヴァイオリン:森田、ヴィオラ:中村翔、チェロ:藤森、ベース:客演(読売日響の石川滋さん)、フルート:甲斐、オーボエ:𠮷村、クラリネット:伊藤、ファゴット:宇賀神、ホルン:今井、トランペット:長谷川、トロンボーン:新田、テューバ:池田、ティンパニ:久保、ハープ:早川

弦の構成:ジークフリート牧歌;12型、英雄の生涯;16型

会場:NHKホール 

感想

 日本を代表する世界の大指揮者であった小澤征爾が亡くなったそうです。私は決して小澤のいい聴き手ではなく、生で聴いた経験も10回に満たないと思いますが、聴くと世界的な指揮者が振るということはこういうことなのだな、と思わせてくれる指揮をされていたと思います。謹んでご冥福をお祈りしたいと思います。

 さて、今月のCプログラムの指揮者は大植英次。大植は小澤征爾と同じ斎藤秀雄門下。1978年に小澤の招きでボストンのニューイングランド音楽院で学びタングルウッド音楽祭にも参加して指揮者としてのキャリアをスタートさせました。言うなれば小澤は恩師であります。

 実は私は小澤が亡くなったというニュースは今回の演奏会の後の帰りの電車の中で知ったのですが、演奏を聴き終わった時、何となく「内省的な終わり方をしたな」と思いました。今回「英雄の生涯」が取り上げられたのは偶然だとは思いますが、大植やN響のメンバーは小澤のニュースを知っていて、この音楽界の英雄の生涯を頭の片隅に置いての演奏だったからかもしれません。

 さて演奏に関するもう少し細かい話ですが、「ジークフリート牧歌」は幸福な家庭を感じさせる演奏だったと思います。それは作品がワーグナーが家庭的な幸せがあった時期の作品なので当然なのですが、N響弦楽陣の精妙な音作りが関係しているのでしょう。特に4人の首席メンバーで演奏された冒頭の弦楽四重奏がとても美しく見事でした。

 「英雄の生涯」はテクニカルには色々あった演奏だったと思います。第2楽章の英雄の敵対者の部分の入り方の指揮が分かりにくかったのか、中で意見が分かれてしまってずれてしまい音楽の流れがぎくしゃくしてしまいました。それは演奏中に修正されて揃ってしまいさすがにN響メンバーということなのでしょうが、ずれない方がいいに決まっています。あとはきっちりまとまった演奏。個々の技術的なレベルはやはりN響で文句がつけようがありません。

 長大なヴァイオリンソロをがありますが、郷古コンサートマスターによる美しい音色が好ましい。今日のコンマスサイドは、特別コンサートマスターの篠崎史紀さんだったのですが、終演後二人でハグをして郷古さんの健闘をたたえていました。ホルン陣も外すことなく主要なメロディーを奏でこちらも見事。トランペットのファンファーレもかっこいい。大編成でピッコロからテューバまでの高低様々な楽器が躍動し、過去のシュトラウスの作品の断片も響き、いい感じに進みます。最後の「英雄の死と隠遁」は英雄の生涯が回想され、静かに終わりますが、そこが上記のように内省的な緊張感があって素晴らしかったと思います。

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2024年4月13日 第2007回定期演奏会

指揮:マレク・ヤノフスキ

曲目: シューベルト 交響曲第4番 ハ短調 D.417「悲劇的」
ブラームス 交響曲第1番ハ短調作品68

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:客演(ドレスデンフィルの第1コンサートマスター・ウォルフガング・ヘンドリヒさん)、2ndヴァイオリン:大宮、ヴィオラ:村上、チェロ:藤森、ベース:西山、フルート:神田、オーボエ:𠮷村、クラリネット:伊藤、ファゴット:宇賀神、ホルン:客演(千葉響の大森啓史さん)、トランペット:長谷川、トロンボーン:古賀、ティンパニ:久保

弦の構成:シューベルト;12型、ブラームス;16型

会場:NHKホール 

感想

 今年の「東京の春・音楽祭」で、演奏会形式の「トリスタンとイゾルデ」及び「ニーベルングの指環」の抜粋を指揮して大喝采を浴びたばかりの矢野爺ことヤノフスキがN響定期にも登場しました。今回はシューベルトとブラームスというドイツ・ロマン派の王道を行くプログラム。全体的にはサヴァリッシュとかシュタインが振っていたころのかつてのN響のいかにもドイツという感じの響きがあり、オールドN響ファンにはたまらない演奏ではなかったかと思います。

 前半のシューベルト。骨格のしっかりした演奏だったと思います。整然と突き進んでいくような演奏で、シューベルトの音楽の持つ歌心やロマンティックな雰囲気を積極的に示すのではなく、ベートーヴェンの後継者としてのシューベルトを意識した演奏と言ってもいいのかもしれません。このようないかにもドイツっぽい演奏は最近あまり聴かないような気がします。個人的にはオーケストラにもっと歌わせてもいいのではないかという印象を持ちました。

 後半のブラームス。こちらは前半とはうって変わって、曲のロマンティックな側面を割としっかり見せた演奏だったと思います。ヤノフスキとしてはシューベルトはベートーヴェンを直接知っている世代の作曲家とみなし、一方ブラームスはベートーヴェンを直接知らない世代の作曲家とみなして、よりロマン派的な特徴を示した演奏にしたかったということなのかもしれません。熱のこもった演奏でパワフル、いかにもN響ファンが喜びそうな演奏でした。

 テクニカルなことを申しますと、前半も後半もそうなのですが、弦楽器はやや前のめりな感じで、管楽器がよりしっかり歌っている印象があり、微妙にずれている感じがありました。今回はゲストコンマスでしたが、コンマスのヘンドリヒさんはN響のコンマス陣よりもやや早く指揮に反応するタイプで、弦楽器陣はその反応に対応したのに対し、管楽器は普段のN響のタイミングで音を出して、その結果ずれが生じたかなとも思いました。ブラームスの第2楽章には、オーボエの印象的なソロがありますが、リタルダンドがかかってオーボエソロが入り印象的に歌った後の弦の入り方などは、もう少し遅い方が余韻が残ってもっといいと思うのですが、そういうちぐはぐさはあったと思います。

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2024年4月19日 第2008回定期演奏会

指揮:クリストフ・エッシェンバッハ

曲目: ブルックナー 交響曲第7番 ホ長調(ノヴァーク版)

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:川崎、2ndヴァイオリン:森田、ヴィオラ:佐々木、チェロ:辻森、ベース:客演(南西ドイツ放送交響楽団の幣隆太朗さん)、フルート:甲斐、オーボエ:客演(東京藝大准教授の吉井瑞穂さん)、クラリネット:松本、ファゴット:宇賀神、ホルン:今井、ワーグナーテューバ:木川、トランペット:長谷川、トロンボーン:新田、テューバ:池田、ティンパニ:植松

弦の構成:16型

会場:NHKホール 

感想

 エッシェンバッハは先週N響を指揮したヤノフスキとほぼ同世代の指揮者で、ヤノフスキが遅咲きだったのに対して、若い時はピアニストとして「王子様」的人気を誇り、指揮者に転向してからも割と日の当たる場所を歩んできた印象の強い指揮者です。得意とするのはドイツロマン派。N響で披露しているのもブラームスやマーラーで、今回はブルックナーとシューマンというわけで、ドイツロマン派の王道を外しません。ブルックナーは彼のレパートリーの中核をなす作曲家のようですが、彼の順調な指揮者のキャリアを反映するような、正統的ではあるけれども、厳しさをあまり感じさせない演奏だと思いました。

 第一楽章はこの作品の持つ伸びやかさをしっかり感じさせる演奏で、幸福感溢れるもの。弦のトレモロの上に乗っかる木管が美しく見事です。第ニ楽章は、ワーグナーがなくなったことを聞いて書かれたという厳粛な葬送音楽がワーグナーテューバで奏でられ厳粛さを感じさせる部分ですが、全体的なトーンがレガートを強調したしっとりした音の運びだったせいか、自然な哀切感は感じられたものの、あまり厳粛感を強調したものではなかったと思います。第三楽章はスケルツォで、ここは一転して野趣あふれる演奏。フィナーレは、軽快でリズム感をしっかり出した演奏。最後の盛り上げ方、低音管楽器の見事な響かせ方などがいいと思います。

 全体として重くなることはなく、厳粛さが強調されることが多いブルックナー音楽の持つ隠れた優しさのようなものを引き出した演奏だったと思います。個人的には好みの演奏でした。

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2024年5月11日 第2010回定期演奏会

指揮:ファビオ・ルイージ

曲目: パンフィリ 戦いに生きて
レスピーギ 交響詩「ローマの松」
  レスピーギ 交響詩「ローマの噴水」
  レスピーギ 交響詩「ローマの祭り」

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:篠崎、2ndヴァイオリン:大宮、ヴィオラ:佐々木、チェロ:客演(札幌響の石川祐支さん)、ベース:客演(新日フィルの菅沼希望さん)、フルート:神田、オーボエ:客演(フランクフルトブランデンブルグ管の中村周平さん)、クラリネット:松本、ファゴット:水谷、マンドリン:客演(フリー奏者の青山忠さん)、ホルン:今井、トランペット:菊本、トロンボーン:古賀、テューバ:池田、ティンパニ:植松、ハープ:早川、オルガン(客演:東京芸術劇場オルガニストの新山恵理さん)、ピアノ(客演:フリー奏者の梅田朋子さん)

弦の構成:16型

会場:NHKホール 

感想

 N響首席指揮者のファビオ・ルイージが、昨年12月以来の定期公演登場です。今回は「ローマ三部作」+彼が初演したパンフィリというイタリアの現代の作曲家の作品の日本初演という組み合わせ。

 パンフィリという作曲家はこれまで知りませんでしたし、曲を聴くのも初めてです。今回演奏された「戦いに生きて」は、2017年にルイージによって初演され、2022年に改訂さえてその改訂版もルイージによって初演されているそうです。現代音楽らしく、打楽器が多用され、その多彩な音響とリズムが面白かったのですが、和音の組み合わせは不協和音を多用しているようなことはなく、割と聴きやすい感じはしました。この「戦い」とは具体的な戦闘をイメージしているわけではなく、作曲家の内面の音のイメージとの戦い、これまで作曲されてきた古今東西の色々な音楽と自分の音とのギャップというか協和性を描こうとしているそうですが、そういう説明は事前に読んでいても、聴いた印象としてはよく分からないというのが本当のところ。再演を聴く機会があれば自分の中の印象も固まっていくのでしょう。

 尚、今回はパンフィリが来日して、会場で演奏を聴いていた様子です。

 ローマ三部作は、「噴水」、「松」、「祭り」の順でそれぞれ独立して作曲され、それぞれ単独で演奏されることも多いです。特に「ローマの松」は演奏効果が高いのでよく演奏されますが、三曲一緒にというのはCDでは昔から定番の組み合わせですが、実際の演奏会ではあまり機会がなく、私は二回目です。最初は作曲された「噴水」、「松」、「祭り」の順番で演奏される予定でしたが、変更になって、「松」、「噴水」、「祭り」の順番になりました。

 この中で「松」は、古代ローマを思わせる古典的な響きが特徴だと思いますし、特に最後の「アッピア街道の松」は古代ローマ軍の進軍をイメージしたとも言われ、前の曲の「戦い」というイメージの具現化のようなことを意識していたのかもしれません。

 後半は「噴水」と「祭り」の順で演奏。「噴水」は印象派的なイメージの強い作品で、ドビュッシーの影響を感じさせられる作品。ただ、ドビュッシーのような雰囲気を音にしたという感じよりは具体的な情景と幻想的なイメージの双方をモザイク状に組み合わせたところに特徴があって、そこがこの曲の面白さだと思います。

 「祭り」はローマを描きながらも聴こえてくる音楽はハリウッドの映画音楽のようでもあり、作曲された1928年の時代性を感じます。

 3曲ともローマの歴史は具体的な場所をイメージした具象的な音楽ですが、書かれた時代や事情も関連するのでしょう、それぞれ印象は違って、そこが面白いのだと思います。ルイージの演奏はその違いを明確に示そうというもので、その観点ではそれぞれの色合いの違いがはっきり出ていて、曲ごとに方向性の違う華やかさがしっかり聴こえて聴き栄えのする見事な演奏だったと思います。

 ただ、こういう大規模管弦楽曲ではありがちなのですが、音の飛び方の違いなのかトゥッティが微妙に乱れている印象がどの曲にもあり、更には金管楽器が華やかに活躍するのが特徴ですが、細かいミスがあったり、変な音が聴こえたりというのはありました。演奏の完成度という観点からはもう少し精妙に仕上げて欲しかったかな、というのが本当のところです。

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2024年5月17日 第2011回定期演奏会

指揮:ファビオ・ルイージ

曲目: メンデルスゾーン 劇音楽「夏の夜の夢」から「序曲」、「夜想曲」、「スケルツォ」、「結婚行進曲」
メンデルスゾーン 交響曲第5番ニ短調作品107「宗教改革」

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:郷古、2ndヴァイオリン:森田、ヴィオラ:村上、チェロ:辻本、ベース:客演(元読売日本響の星秀樹さん)、フルート:神田、オーボエ:𠮷村、クラリネット:伊藤、ファゴット:水谷、ホルン:客演(群馬響の竹村淳司さん)、トランペット:長谷川、トロンボーン:新田、テューバ:池田、ティンパニ:久保、

弦の構成:16型

会場:NHKホール 

感想

 個人的な思い出から。

 私が最初にN響定期を生で聴いたのは、1988年5月の1052回定期なのですが、この時の指揮者ヴォルフガング・サヴァリッシュが選んだ最初の曲がこの「夏の夜の夢」からの4曲でした。「夏の夜の夢」の音楽は時々演奏されますけど、全曲か序曲だけの演奏が多く、この4曲の組み合わせは割と珍しい気がします。私にとっては37年ぶりの組み合わせということになります。ルイージがこの4曲を選んだのは時間の関係だけだったと思いますが、懐かしかったです。

 さて、今回はメンデルスゾーンの2曲でしたが、演奏の方向性はどちらも同じでした。端的に申し上げればフレキシビリティの高いコンパクトな演奏です。どちらも2管構成の曲で、「夏の夜の夢」でシンバルが、「交響曲第5番」でコントラファゴットが使用されますが、使用される場所は限定されていて、そもそも古典的な色合いが強い曲ですが、そういう曲をルイージはタクトなしで指揮しました。

 この指揮が良い。手も身体も柔軟かつ軽やかに動き、まさに指揮台の上で踊りを踊っているがの如くです。その指揮に見合うようにN響もしなやかに演奏したと思います。先週のローマ三部作は金管のファンファーレが大活躍する大規模管弦楽曲でそういう曲もルイージは得意ですが、今回のメンデルスゾーンは先週とは違ったアプローチで新鮮でした。また先週のように華やかな曲もN響に似合っていないとは申しませんが、今週の方が、N響らしい感じはします。音が飽和した感がなく、色々な音がよく聴こえてすっきりとしているのが嬉しい。

 2曲とも鳴らすべきところは鳴らしているし、ダイナミクスもしっかりあるのですが、揃うべきところがしっかり合っているためか和音が美しくそこにN響の実力を感じます。整然とした演奏だったとは思いますが、かっちりした演奏ではなく、ルイージの息遣いにN響が一致して反応していた感があって、くっきりとコンパクトにまとまった洒落た演奏でした。

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2024年6月8日 第2013回定期演奏会

指揮:原田 慶太楼

曲目: スクリャービン 夢想 作品24
スクリャービン ピアノ協奏曲 嬰ヘ短調 作品20
  ピアノ独奏:反田 恭平
  スクリャービン 交響曲第2番 ハ短調 作品29

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:郷古、2ndヴァイオリン:大宮、ヴィオラ:佐々木、チェロ:藤森、ベース:市川、フルート:神田、オーボエ:𠮷村、クラリネット:伊藤、ファゴット:水谷、ホルン:客演(東京交響楽団の上間善之さん)、トランペット:菊本、トロンボーン:古賀、テューバ:客演(フリーの奏者の石丸菜菜さん)、ティンパニ:久保

弦の構成:協奏曲は14型、他は16型、対抗配置

会場:NHKホール 

感想

 新進気鋭の若手指揮者、原田慶太楼がオール・スクリャービン・プログラムで登場しました。

 スクリャービンは音楽史的には重要な作曲家ですし、また後期の作品(例えば交響曲第4番「法悦の詩」)は時々オーケストラの演奏会で取り上げられますが、オール・スクリャービンのプログラムに集客力があるとは思えない。しかし、今回のN響定期は土日共にチケット完売だそうです。またN響の定期公演は普段、年配の男性の観客が多い印象なのですが、今回は割と若い女性客が多く、反田恭平の人気のほどが伺えます。

 その反田がソリストを務めるピアノ協奏曲ですが、思いがけないアプローチだったと思います。この作品はショパンの影響を非常に受けたと言われ、確かに、メロディも雰囲気もショパンと言われても不思議ではないのですが、それ以上にピアノが引っ張ってオーケストラがそれに寄り添うように展開するというのがひとつの特徴のようです。特に第三楽章はピアノとオーケストラが掛け合いになるのですが、ピアノが先導してオーケストラがそのメロディを演奏するという形式で、ピアニストのヴィルトゥオジティが重要になります。

 確か、数年前N響に客演してこの曲を演奏したロシア人ピアニスト・コロベイニコフはこの曲をガシガシ弾いて、ピアニストの名手ぶりを誇示したと思いますが、反田のアプローチは真逆で、曲のもつ優しさ、繊細さを強調した演奏になっていたと思います。第1楽章、第2楽章は反田の音色の美しさが際立っていました。一番長い第三楽章は少し熱が帯びた印象ですが、テンポ感覚がオーケストラとピアノとでややずれていたのか、指揮者の原田が、反田に対して何度か指揮を見せていたのがちょっと印象的でした。

 「夢想」は初聴の曲。本当に小品でスクリャービンの作曲史のなかでは習作のよう。特に印象はありません。

 交響曲第2番。いい演奏だったと思います。ロマン派の終焉を感じさせる保守的な交響曲で、ソナタ形式の偏愛が著しいところに特徴があります。原田慶太楼は割と熱のこもった指揮ぶりで、管楽器の響きを大切にしながらも複雑な和声をしっかり示そうとしていたように聴きました。後期ロマン派の終焉の曲らしく、ワーグナーの管弦楽法をはじめとしていろいろな曲の影響を感じるのですが、そのような影響が浮かび上がるような演奏をしていたように思います。

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2024年6月14日 第2014回定期演奏会

指揮:沖澤 のどか

曲目: イベール 寄港地
ラヴェル 左手のためのピアノ協奏曲 ニ長調
  ピアノ独奏:デニス・コジュヒン
  ドビュッシー 夜想曲

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:郷古、2ndヴァイオリン:大宮、ヴィオラ:佐々木、チェロ:藤森、ベース:客演(元新日フィルの渡邉玲雄さん)、フルート:甲斐、オーボエ:𠮷村、クラリネット:伊藤、ファゴット:宇賀神、ホルン:今井、トランペット:長谷川、トロンボーン:新田、テューバ:池田、ティンパニ:植松、ハープ:早川、チェレスタ:客演(フリー奏者の梅田朋子さん)

弦の構成:協奏曲は14型、他は16型

会場:NHKホール 

感想

 オペラでオーケストラピットで指揮している沖澤のどかを見たことはあるのですが、指揮姿を目の当たりに拝見したのは多分今回が初めてです。新進気鋭の女流の才気あふれる演奏を楽しみました。

 沖澤は小澤征爾からその才能を高く評価されていたそうですが、今回彼女の演奏を聴いて彼女の良さはふたつあると思いました。まずは指揮姿が綺麗であること(これは手のふりというより身体全体のリズムの乗り方です)。もう一つは弱音のコントロールです。弱音をバランスよく聴かせる指揮は高名な指揮者でも上手くいかない方が結構います。一方で、オーケストラを咆哮させるときの指揮は、まだ自分から主体的に鳴らしに行っているというより、オーケストラの鳴りに乗せられている感じがします。それが悪いということではないのですが、そのような印象を持ちました。

 イベール「寄港地」。エキゾチズムを感じさせる3つのスケッチによる組曲ですが、第1曲目の優美な雰囲気、第2曲目のオーボエ・ソロの美しさ(𠮷村さん、さすがに上手い)への共感、第三曲目の活気あふれるリズムとしっかり描きわけがあって、その上で底に流れるレガートな美があってとても素敵でした。

 第二曲目の「左手」。コジュヒンはよく弾けるピアニストだと思いましたが、一方でけれんみを出し過ぎる印象。元々「左手」は、低音が勝ったやや重々しい雰囲気の曲ですが、コジュヒンはその雰囲気をピアノのヴィルトゥオジティを見せつけながらガシガシ演奏した印象です。ある意味お客受けする演奏だと思うのですが、ちょっとやりすぎなのでは、とは思いました。オーケストラは低音系の響きが良かったのですが、一方でピアノに対してやや引いた感じで付けている印象で、ピアノをしっかり受け止めている感じでもなく、反対にピアノとオーケストラが丁々発止とやりあっているスリリングな演奏でもなく、全体としてはどこか中途半端な印象を持ちました。

 最後の「夜想曲」。素晴らしい色彩感覚でまとまったと思います。弱音がとにかく美しい。最初の「雲」は基本弱音で進みますが、そのバランスが抜群に良くて美しい。それが緊迫感のある弱音ではなくほっとするような弱音。そこがいい。続く「祭り」はリズミカルな部分と静かな部分のバランスがいい感じで、明確にならない輪郭が素敵です。そしてシレーヌ。女声合唱の冒頭が微妙にずれてそこが残念でしたが、すぐに素晴らしいヴォカリーズとなり、オーケストラの間から浮かび上がってくる感じが素敵でした。

 1曲目と3曲目はいかにもいかにも印象派的な色彩感を持った曲ですが、どちらもその示し方が素晴らしかったと思いました。

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