NHK交響楽団定期演奏会を聴いての拙い感想-2007年(後半)
目次
2007年09月08日 第1598回定期演奏会 アンドレ・プレヴィン指揮
2007年09月14日 第1599回定期演奏会 アンドレ・プレヴィン指揮
2007年09月29日 第1601回定期演奏会 モーシェ・アツモン指揮
2007年10月05日 第1602回定期演奏会 外山雄三指揮
2007年11月09日 第1604回定期演奏会 ネッロ・サンティ指揮
2007年11月16日 第1605回定期演奏会 ネッロ・サンティ指揮
2007年12月01日 第1607回定期演奏会 アラン・ギルバート指揮
2007年12月07日 第1608回定期演奏会 アラン・ギルバート指揮
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2007年09月08日 第1598回定期演奏会
指揮:アンドレ・プレヴィン
曲目: | モーツァルト | 歌劇「フィガロの結婚」序曲 | |
モーツァルト | ピアノ協奏曲第24番 ハ短調 K.491 | ||
ピアノ独奏:アンドレ・プレヴィン | |||
モーツァルト | 交響曲第36番ハ長調 K.425「リンツ」 |
オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:篠崎、2ndヴァイオリン:永峰、ヴィオラ:店村、チェロ:藤森、ベース:西田、フルート:神田、オーボエ:茂木、クラリネット:横川、バスーン:水谷、ホルン:松崎、トランペット:津堅、ティンパニ:久保
弦の構成:フィガロ、ピアノ協奏曲:10型、リンツ:10-10-8-4-3
感想
プレヴィンは1990年代N響に4回客演し、モーツァルトを中心に幾多もの名演を聴かせてくれました。楽員たちの評判もよく、私も永続的な関係を期待していたのですが、2001年5月の来日は、本人の病気のためキャンセル。代りにハインツ・ワルベルグとアラン・ギルバートが振りました。そのワルベルグは今や天国に行き、ギルバートは名門ニューヨーク・フィルの音楽監督というのですから、月日の経つのは早いものです。プレヴィンの客演はもうないものと言われていたようですが、本当に久しぶりに実現しました。彼ももう78歳。指揮者としても十分大御所です。
8年前と比較して足腰は弱っているようで、椅子に座っての指揮。しかし、音楽は正に絶妙のものでした。
最初の「フィガロの結婚」序曲からそうです。若い指揮者ですと鋭角的に疾走させるこの作品をゆったりと弾かせます。しかしながら重くならない。この関係が絶妙です。自然体とはこのような演奏を言うのだなと思いました。
次のハ短調ピアノ協奏曲も名演です。プレヴィンは98年5月の定期でも本日と同じハ短調のピアノ協奏曲を弾き振りでとり上げています。そのときの演奏は正に名演で、私は、そのときの感想を「プレヴィンはジャズトリオでピアノパートを受け持ち、室内楽でもピアノパートを受け持つほどのピアノの力量をもってはいますが、有体に云えば、ピアニストとしての腕はそう大したことはないと思っていました。また、彼はハ短調のピアノ協奏曲をすでに録音しており、そのCDを聴いたことがありますが、細かい表現のニュアンスなどは、ブレンデルや内田光子の敵ではありません。しかし、当日の演奏はなんとも言えない素晴らしい味がありました。デモーニッシュな情熱を秘めた曲ですが、その情熱を細かく制御しながら、艶やかな美音でおおらかに演奏しました。ラルゲットの素晴らしさとラルゲットが終わりロンド楽章が始る時の愉悦感、筆舌に尽くしがたいものがありました。」と書いています。本日の演奏は、ピアノのテクニックや音楽の全体の構成は、98年の名演の比ではありません。ミスタッチもありました。
しかし、その柔らかい響きは正に絶妙でした。ゆったりとしていてダイナミクスを狭くとった演奏は、草書体の自由さがあって優美でした。第2楽章はゆったりといていて伸びやか、柔らかいタッチで美しい。しかし、その茫洋としたピアノの響きはオーケストラにとっては対応が大変だったようで、ピアノとオケがあわないところが何箇所かありました。オーボエの出が完全にワンテンポ遅れたところすらありました。それでもこの静謐な音楽は聴いた甲斐があったと思います。
ピアノ協奏曲のカデンツァはプレヴィン自作のもの。作曲家としても活躍し、ジャズにも造詣の深いプレヴィンだけあって、カデンツァはジャズ的な闊達さがあって、楽しく聴けました。
リンツ交響曲もよい。全体のトーンは前二曲と同様で、柔らかく優美な演奏。しかし、それだけではありません。元気な部分もあり、オーケストラの自発的な呼吸を大事にしているように思いました。テンポは基本的に遅目で、第4楽章のプレストは、プレストというほど速くはなかったと思うのですが、軽快で優美な味わいをしっかり感じ取ることができました。
2007年09月14日 第1599回定期演奏会
指揮:アンドレ・プレヴィン
曲目: | ラヴェル | 組曲「マ・メール・ロア」 | |
ラヴェル | ピアノ協奏曲ト長調 | ||
ピアノ独奏:ジャン・イヴ・ディボーデ | |||
ラヴェル | バレエ音楽「ダフニスとクロエ」(全曲) |
オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:堀、2ndヴァイオリン:山口、ヴィオラ:佐々木、チェロ:木越、ベース:吉田、フルート:神田、オーボエ:青山、クラリネット:磯部、バスーン:岡崎、ホルン:今井、トランペット:関山、トロンボーン:新田、チューバ:池田、ティンパニ:植松、ハープ:早川、チェレスタ:客演
弦の構成:マ・メール・ロア:14型、ピアノ協奏曲:10-10-8-6-3、ダフニスとクロエ:16型
感想
「老いる」ということの意味を深く考えさせられるコンサートでした。プレヴィンは9年ぶりの客演になるのですが、9年前と同じというわけには参りません。指揮は椅子に腰掛けてですし、カーテンコールの歩く姿も、一寸よたよたで、かつての颯爽としたプレヴィンを知る身としては一寸つらいものがあります。だからと言って、音楽も老いた訳ではないようです。
とはいえ、昔と音楽が随分違う気がしました。第一曲目の「マ・メール・ロア」は、プレヴィン指揮のCDを所持しているのですが、その音楽とは随分違う音楽です。一言で言えば、幻想性をより感じさせられる演奏です。N響でラヴェルといえば、まずデュトワの演奏を思い出します。私は残念なことにデュトワの「マ・メール・ロア」は聴いていないのですが、彼のラヴェルは、奏者の個人技を重要視し、そのぶつかり合いをきらびやかに纏めていくという印象があります。今回のプレヴィンは、奏者の個人技よりもアンサンブルを重視し、それも輪郭を微妙にずれさせ、結果として、優しく、ふわっとした肌触りの音楽になったと思います。デュトワとは全く違う音楽作りでしたが魅力的なラヴェルでした。
ピアノ協奏曲も面白い。この作品もピアニストのヴィルトゥオジティとオーケストラのヴィルトゥオジティとがぶつかり合う硬質なきらめきこそ真骨頂の作品だと思っていたのですが、裏切られました。まず、ディボーデのピアノの音色自体が決してきらびやかではない。言ってみれば、どこかすねたというか斜に構えた感じがあります。老大家の音楽を尊重したのかしら。第一楽章は比較的ゆっくりです。オーケストラも小編成で更に音の出し方も抑制したところがあったようで、ピアノとオーケストラとがなす微妙なずれを面白く感じました。第二楽章はロマンティックな表情の強い演奏でした。池田さんのイングリッシュホルンとピアノとの掛け合いが見事で楽しめました。第三楽章はプレスト。最初ピアノは解き放たれた馬のように走り始めるのですが、そのまま突っ走るのではなく、どこかでギャロップをするような感じで演奏します。そこに、ピアニストの「しょうがねえなあ、おじいちゃんの趣味に付き合ってやるか」といった風の感触を持ちました。
「ダフニスとクロエ」は第二組曲がよく演奏されますが、全曲がやられるのはまれです。それだけでも興味深いのですが、またプレヴィンの音楽作りもアンサンブル重視で、ゆったりと幻想的雰囲気を重視した演奏となりました。ラヴェルはよくドビュッシーと並べ称されるのですが、プレヴィンの音楽を聴いていると、まさにラヴェルは印象派の一員だったのだな、と思います。最初がゆっくりで小さい音から始まるので、最後の全員の踊りは、大爆発ではないにもかかわらず十分狂乱に聴こえます。そこがいい。
とにかく、デュトワとは違った行きかたで、ラヴェルの魅力を引き出した演奏会だったと思います。
2007年09月29日 第1601回定期演奏会
指揮:モーシェ・アツモン
曲目: | R・シュトラウス | 交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」作品28 | |
モーツァルト | ヴァイオリン協奏曲第5番イ長調 K.219「トルコ風」 | ||
ヴァイオリン独奏:セルゲイ・クリーロフ | |||
ブラームス | 交響曲第1番ハ短調作品68 |
オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:篠崎、2ndヴァイオリン:永峰、ヴィオラ:店村、チェロ:藤森、ベース:西田、フルート:客演(高木綾子)、オーボエ:茂木、クラリネット:横川、バスーン:水谷、ホルン:今井、トランペット:関山、トロンボーン:栗田、チューバ:客演、ティンパニ:久保
弦の構成:ティル:16型、ヴァイオリン協奏曲:10型、ブラームス:16型
感想
当初指揮が予定されていたコンスタンティノス・カリーディスがキャンセルのため、急遽モーシェ・アツモンに代っての演奏会でした。モーシェ・アツモンは1978年から1983年まで東京都交響楽団の首席指揮者、1987年から1993年まで名古屋フィルハーモニー交響楽団の常任指揮者を務めて、日本ではおなじみの指揮者だそうですが、N響客演は初めてとのことで、私も初めて聴く指揮者でした。
聴いてみて全体的な感想は、手堅い指揮者だな。まずはこれに尽きます。「ティル」はオーケストラの技術がはっきりと出易い作品ですが、N響の技術力からいえば、何の問題もない曲だと思われます。そのN響の技術が前面に出た感じで、演奏としての凸凹の少ない演奏でした。いっぽうで、このような演奏は、詰まらない演奏になってしまいやすいのですが、「詰まらない」という印象は持たなかったので、要所はコントロールされていたのでしょう。
モーツァルトのヴァイオリン協奏曲。これはなかなか結構な演奏でした。クリーノフはアッカルドの弟子というだけあって、美音にまず耳を奪われます。しかし、その音色は、ただきれいなだけではなく、どこかしっとりとした落ち着きのある美しさで、そこが魅力です。若いヴァイオリニストですからモーツァルトの演奏は、よりオーセンティックな演奏を意識してくるのかなと思いきや、ロマンティックな雰囲気を大事にしているようです。しかしながら、演奏自体もつむぎ出される音も堂々としており、スケール感を感じさせました。アツモンのサポートもしっかりした落ち着いたもので、モーツァルト最後のヴァイオリン協奏曲の質感を前面に出した演奏だったと思います。
ブラームスの1番の交響曲も、基本的には手堅い演奏だったと思います。中庸な演奏と言い換えてもよいかもしれません。それで、アツモンのよいところは、その中庸さの中にさりげなく独自流を入れてくることかもしれません。第1楽章の主題を激しく演奏させるのですが、全体をごつごつとは仕上げず、厳しさの表現も中庸です。緩徐楽章では、低音楽器のバランスをやや強めにとり、全体として深みのある音色に仕上げました。細かい合わせや楽器間のメロディーの受け渡しは必ずしも上手く行っていませんでした。第4楽章の前半までは、オーケストラをあおることをせず、曲のバランスを重視した演奏だったと思います。しかし、最後は溜めていた力を放出させ、フィナーレに持ち込みました。細かな問題はあったにせよ、全体の構成がよく設計された名演奏であったと思います。
2007年10月05日 第1602回定期演奏会
指揮:外山 雄三
曲目: | ブラームス | ピアノ協奏曲第1番ニ短調作品15 | |
ピアノ独奏:小山実稚恵 | |||
ベートーヴェン | 交響曲第5番ハ短調 作品67 |
オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:堀、2ndヴァイオリン:山口、ヴィオラ:店村、チェロ:木越、ベース:西田、フルート:神田、オーボエ:青山、クラリネット:磯部、バスーン:岡崎、ホルン:客演、トランペット:津堅、トロンボーン:新田、ティンパニ:植松
弦の構成:16型
感想
N響正指揮者の外山雄三が選んだプログラムは、極めてオーソドックスな曲目でした。
しかし、一筋縄では行かないのがブラームスのピアノ協奏曲第1番です。比較的よく演奏される曲で、N響でもブレンデル、ルプゥー、ブロンフマン、ゲルバー、ピーター・ゼルキン、フレーレ、ブフビンダーと名だたるピアニストたちと共演しておりますが、案外満足できる演奏は決して多くないと思います。最近聴いたフレーレ、ブフビンダー共に今ひとつ物足りない演奏でありました。小山は日本を代表する名手ですし、テクニックにも秀でたピアニストですから、それなりに期待して聞いたのですが、その小山をもってしてもこの難曲を完全には制御できていなかった、というのが本当のところでしょう。
これは小山だけの問題ではなく、多くのピアニストで思うことなのですが、この作品の演奏を聴くと、指の先まで神経が行き届いてないな、という感覚です。全ての音に神経を行き届かせてがっちりと作るのは容易でない作品であるのはよく分かるのですが、曲と格闘しているなあ、という感じが拭いきれないのです。第一楽章は殊にその印象が強いです。N響のサポートも第一楽章はあまりしっくりしておらず、ピアノとのタイミングがずれたり、オーケストラの中でも呼吸がずれたりしていていたと思います。
一方、小山のよいところは、曲と格闘はしているのですが、無理やりねじ伏せようとしないこと。弾き飛ばしたり・音型を犠牲にしてまで流れを優先させたり、そういうことはしませんでした。そのおかげか、緩徐楽章では歌がしっかりと現れてきて素敵でした。ロンドもしっかりしてきました。N響も二楽章の後半ぐらいから調子を上げてきて、第三楽章の弦のアンサンブルは、第一楽章とは見違えるぐらい澄んだ音になっておりました。
ベートーヴェンの第五交響曲はなかなかの名演奏でした。外山はこの演奏を硬くつくってきました。やや遅めのテンポで、音の輪郭をしっかりと示しながら堂々と行進する演奏でした。かつての朝比奈隆の演奏をもう少し軽くした演奏という印象です。フォルテをしっかり出させ、ゆったりと演奏するので、堂々感が出るのだろうと思います。そして、レガートよりもスタカートに偏重した演奏で、ゆったりのなかにもしっかりとしたリズムがあります。そういうところが一つのまとまりをつくって行ったのでしょうね。名演奏だと思います。
2007年11月09日 第1604回定期演奏会
指揮:ネッロ・サンティ
曲目: | プッチーニ | 歌劇「ラ・ボエーム」 | |
出演 | |||
ミミ | : | アドリアーナ・マルフィージ(S) | |
ロドルフォ | : | イグナシオ・エンシーナス(T) | |
ムゼッタ | : | パトリツィア・ザナルディ(S) | |
マルチェッロ | : | ステファノ・ヴェネツィア(Br) | |
ショナール | : | 吉原 輝(Br) | |
コッリーネ | : | グレゴル・ルジツキ(Bs) | |
ベノア/アルチンドロ | : | パオロ・ルメッツ(Bs) | |
合唱 | : | 二期会合唱団 | |
児童合唱 | : | 東京少年少女合唱隊 |
オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:篠崎、2ndヴァイオリン:山口、ヴィオラ:佐々木、チェロ:藤森、ベース:西田、フルート:神田、オーボエ:茂木、クラリネット:横川、バスーン:岡崎、ホルン:松崎、トランペット:津堅、トロンボーン:栗田、チンバッソ:池田、ティンパニ:久保、ハープ:早川
弦の構成:16型
感想
N響というオーケストラは力があるなあ、と思いました。N響は滅多にオペラをやらないオーケストラです。特にイタリアオペラを演奏するのは、極めて稀で、ひょっとすると、最後の「イタリア・オペラ」以来かもしれません。にもかかわらず、素敵な演奏をしたと思います。
一般にドイツオペラは、ワーグナーやリヒャルト・シュトラウスの例からも分るように管弦楽法を駆使したオーケストレーションで、オーケストラの技量がオペラの上演に大きく影響を与えるのに対し、イタリア・オペラは歌が中心で、オーケストラはあくまでも伴奏的に使用される、というのが一般的な見方でしょう。プッチーニは、それまでのイタリアオペラと比較すればかなり複雑なオーケストレーションを施した作曲家として知られますが、それでもドイツオペラほどではないというイメージでおりました。
また、「ボエーム」というオペラは、比較的よく見るオペラなのですが、舞台を見るとき、オーケストラに注目して聴くことはあまりありません。オペラにおいてもオーケストラは当然重要なのですが、やはり主人公は歌手であり、オーケストラは脇役です。ですから、オーケストラがどのようなことをしているのかに注目しながら聴いた経験はほとんどありません。これは、通常のオペラ演奏では、オーケストラはオケピットに入って、観客の目からあまり触れないということもあるのかもしれません。
一方、演奏会形式の上演は、歌手は演技をしないので、音楽の構成全体を見回して聴くことになります。私は、プッチーニが相当に複雑なことをしているのだな、ということを実感として目の当たりにしました。金管楽器を華やかに使用するといった部分は少ないのですが、木管や弦のオブリガートの使い方など相当に工夫が認められます。こうしてみるとプッチーニは近代の作曲家です。
それにしても、サンティの曲の運び方は上手いです。本当のベテラン。N響は通常の演奏会の練習時間の2倍の1週間練習したそうですが、その効果が出ていました。上質なボエームでした。篠崎さんのヴァイオリン、神田さんを初めとするフルート群、藤森さんのチェロソロ。聴き所が一杯です。
歌手陣も基本的にはレベルの高い人たちをそろえました。
ミミは、アドリアーナ・マルフィージよりももう少し暗い艶のある声の持ち主に歌ってもらったほうが、今回のN響のような美音のオーケストラをバックにする場合はふさわしいと思うのですが、悪いものではありません。高音がふわふわする感じがあって、一寸気になりました。最初N響で歌った「椿姫」の第二幕のジェルモンとの二重唱の印象が強く、あのときの本当に細かいところまで気を配った歌唱からすると、もう一段上の歌唱が出きると思います。
ロドルフォのイグナシオ・エンシーナス。このテノールは一寸暗めの粘りのある声のテノールで、ロドルフォには似合っている方だと思います。しかし、その分高音の響きは今ひとつで、「冷たい手」の最高音は、上手くごまかしていましたが、ひっくり返る寸前でした。でも情感の出し方などは上手でよかったと思います。
脇役陣は皆とてもよい。ステファノ・ヴェネツィアのマルチェルロが抜群によく、艶やかで且つしっかりした声で大変感心いたしました。本日の歌手陣のベストでしょう。パトリツィア・ザナルディのムゼッタもよい。「ムゼッタのワルツ」よかったです。吉原輝のショナールも良い。日本では舞台で歌ったことがない方のようで、初めて聴きましたが、魅力的なバリトンだと思いました。コッリーネのグレゴル・ルジツキもいいです。「さらば外套よ」など、とても素敵です。
以上のキャスティングも多分サンティの選定であると思いますが、そこまで含めて音楽の組み立てを考えたサンティこそが、この演奏会の一番の立役者なのでしょう。
2007年11月16日 第1605回定期演奏会
指揮:ネッロ・サンティ
曲目: | チャイコフスキー | 交響曲第1番ト短調 作品13「冬の日の幻想」 | |
チャイコフスキー | 歌劇「エフゲニ・オネーギン」作品24から「ポロネーズ」 | ||
チャイコフスキー | 幻想序曲「ロミオとジュリエット」 |
オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:堀、2ndヴァイオリン:山口、ヴィオラ:店村、チェロ:木越、ベース:吉田、フルート:甲斐、オーボエ:茂木、クラリネット:横川、バスーン:水谷、ホルン:客演、トランペット:関山、トロンボーン:新田、チューバ:池田、ティンパニ:久保、ハープ:早川
弦の構成:16型
感想
私は決して良いチャイコフスキーの聴き手ではありませんので、チャイコフスキーの演奏のあるべき姿を論じることはできないのですが、本日のサンティの持っていき方は、私の好きなスタイルとは異なっていたように思います。先週の「ボエーム」のようには感心できませんでした。
「冬の日の幻想」は、全体としては抑え気味のゆったりとした演奏。ロシアの冬の厳しさを感じさせる演奏では全くなく、「幻想」のイメージが前面に出た演奏と申し上げてよいかもしれません。ところどころ、ハッとするような美しい部分がありました。それだけに、音楽としてのまとまり、あるいは筋が一本通っているという感じではなく、悪い言葉で申し上げれば、締まりのない音楽に聴きました。技術的な点を申し上げれば、ゆっくりしたところの入りが合わないところが多く、テンポ感覚が楽員間でずれているのではないかと思われる節がありました。
「エフゲニ・オネーギンのポロネーズ」。短い曲ですが、本日の白眉。サンティは何と言ってもオペラのほうがいいです。華やかなれどしっかりした音楽で、サンティは、イタリアオペラ指揮者のイメージの強い方ですが、ロシアオペラでも十分な力を発揮できるかただと思いました。
「ロミオとジュリエット」。サンティのプログラムの意図としては、二つの幻想曲でポロネーズを挟み、幻想ー明確ー幻想、という流れを作りたかったのだろうと思います。しかし、「ロミオとジュリエット」は、「幻想序曲」というほどは幻想的ではありませんでした。前半は、それでも幻想的な雰囲気もあったのですが、後半は、息が短くなり、ゆったり感が欠けてきたように思いました。後半ももっとじっくりと歌わせたほうがよかったように思いました。
2007年12月01日 第1607回定期演奏会
指揮:アラン・ギルバート
曲目: | メシアン | ほほえみ(1999) | |
ベルグ | ヴァイオリン協奏曲 | ||
ヴァイオリン独奏:フランク・ペーター・ツィンマーマン | |||
ベートーヴェン | 交響曲第3番 変ホ長調 作品55「英雄」 |
オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:篠崎、2ndヴァイオリン:永峰、ヴィオラ:店村、チェロ:藤森、ベース:西田、フルート:神田、オーボエ:茂木、クラリネット:磯部、バスーン:水谷、ホルン:日高、トランペット:関山、トロンボーン:新田、チューバ:客演、ティンパニ:久保、ハープ:早川
弦の構成:メシアン;15-16-14-12(コントラバスなし)、ベルグ;14型、ベートーヴェン;16型(15-14-12-10-8)
感想
アラン・ギルバートがはじめて来日してN響を指揮したのが1996年。私はこの演奏を聴いていないのですが、定期初公演の1998年の公演を聴いて大いに感心し、同時期にN響に客演した準・メルクル、及び広上淳一と共に、N響の将来を担う三羽烏と呼んでいたのですが、私の見込みは誤っていなかったようです。準・メルクルも広上も順調に出世しておりますし、ギルバートは、次期ニューヨーク・フィル音楽監督ということで、同慶の至りです。
でも、考えてみればそれは当然でしょう。本日の三曲を聴いても、ギルバートの才能は明らかです。メシアンの「ほほえみ」は初めて聴く作品なので、ギルバートの解釈でよいのかどうかは私には分らないのですが、他の二曲は流石にアラン・ギルバートと申し上げるべき演奏だったと思います。大変素晴らしいものでした。
ベルグのヴァイオリン協奏曲は、ツィンマーマンの精密な演奏技術にまず感心しました。前半は静謐なイメージを持続します。決してアタックを強くすることなく、それでいて、自分の立ち位置をこまめに変えながらオーケストラとの調和を図っていきます。木管楽器や金管楽器との連携、コンサートマスター篠崎さんとの二重奏など、聴き所が満載でした。ギルバートのサポートも立派で、もちろんダイナミックな表現もあるのですが、全体としては抑えた美しい表現で纏めたと思います。後半は、前半と比較するとより躍動感が強い演奏でしたが、ヴァイオリンのカデンツァの後は神秘的とも申し上げて良い演奏で、大変好ましく思いました。
ツィンマーマンのアンコールは、バッハの無伴奏ヴァイオリンソナタからでしたが、これまた大変素晴らしいものでした。
「英雄」交響曲。非常に優れた演奏だったと思います。N響は極めて機能的なオーケストラですから、指揮者のやりたい演奏が明確であるならば、それに対応した演奏をします。本日のギルバートはやろうとしていることが明確で、オーケストラもそれにきっちり付いていった印象があります。全体的には清新なけれんのない演奏ですが、ところどころ、はっと思わせるところがあります。例えば、第一楽章フィナーレのクレッシェンドなどは大変魅力的なものでした。第二楽章の葬送行進曲は、そのイメージに見合ったしっかりした演奏。しかし、極端に重くはならず、デュナーミクのバランスもよかったと思います。フィナーレで弦のミスがなければ文句なしでした。第三楽章のスケルツォのダイナミズム、フィナーレの躍動感。どれも魅力的で、「英雄」でこれだけ素敵な演奏を聴いたのは、本当に久しぶりのように思いました。
2007年12月07日 第1608回定期演奏会
指揮:アラン・ギルバート
曲目: | ベートーヴェン | 序曲「コリオラン」作品62 | |
ベートーヴェン | ピアノ協奏曲第4番ト長調 作品58 | ||
ピアノ独奏:サイモン・クロフォード・フィリップス | |||
マルティヌー | 交響曲第4番 |
オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:堀、2ndヴァイオリン:山口、ヴィオラ:佐々木、チェロ:木越、ベース:吉田、フルート:神田、オーボエ:青山、クラリネット:横川、バスーン:岡崎、ホルン:松ア、トランペット:関山、トロンボーン:新田、チューバ:池田、ティンパニ:久保、ピアノ:客演
弦の構成:ベートーヴェン;14型、マルティヌー;16型
感想
二週連続でアラン・ギルバートを聴きましたが、才能のある指揮者であることを再認識しました。次期のニューヨークフィル音楽監督というのが素直に頷けます。
序曲「コリオラン」。特別何をしているという演奏ではないのですが、全体のバランスが見事です。動と静の対比。終わりの静謐。こんな短い作品でもギルバートのよさが目を惹きます。
ピアノ協奏曲第4番。一言で申し上げればやりすぎの演奏です。ベートーヴェンのこの作品は、「皇帝」協奏曲が雄大で男性的と言われるのに対して、優美で女性的と言われることがよくあります。しかし、フィリップスは、この作品の優美で女性的な側面を敢えて否定するような演奏でした。例えば、第一楽章のピアノの展開部での左手のリズムの刻みは、ルパートをかけずにスタカートのように弾いていました。また第二楽章の全休止の後のピアノの入り方もかなり長い時間の止めてから開始するなど、フィリップスの解釈が強調されていました。そういったやり方はこの作品の優美な側面を目立たなくし、また曲の流れを切る方向に働いていたようです。もちろんこのようなケレン味あふれる演奏をよしとする方も多いのでしょうが、私はこの作品に関しては従来の普通の解釈で演奏されたほうが曲の魅力が引き出されるように思います。ちなみに全体的にテンポは遅め。音色はどちらかというと暗めです。第三楽章で明らかなミスタッチがありました。N響の伴奏はピアノの印象が強すぎて、特にいうべきことが思い出せません。
マルティヌーの第4交響曲。初めて聴く曲ですが、大変楽しんで聴くことができました。マルティヌーは1890年ボヘミア生まれの作曲家で、第二次大戦中アメリカに亡命して交響曲を作曲したそうです。ボヘミアからアメリカというとドヴォルザークと同じ感じがいたしますが、音楽は、ドヴォルザークよりもラフマニノフに類似した印象を持ちました。この第4交響曲は戦争交響曲で、連合国の第二次大戦勝利が曲想に大きく関連し、明るい曲想が印象的です。戦争交響曲というとショスタコーヴィチの第七などもそうですが、ショスタコのアイロニーの強い印象はなく、アメリカン・ミュージカルのような描写性があります。
この華やかな雰囲気の作品を、ギルバートは堂々とドライブしていきます。聴いていて気持が良い演奏です。描写音楽的雰囲気が強い第一楽章よりも、スケルツォ及び緩徐楽章が印象的。第三楽章をたっぷりと歌わせるところが結構でした。フィナーレは迫力十分。クレッシェンドをかけながら爆発させる手腕。見事でした。N響もその機能性を十分に発揮。木管首席群、ホルン、弦楽器首席のソロと見事な音色を楽しみました。
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