NHK交響楽団演奏会を聴いての拙い感想-2023年(前半)

目次

2023年1月14日 第1974回定期演奏会 指揮:トゥガン・ソヒエフ
2023年1月20日 第1975回定期演奏会 指揮:トゥガン・ソヒエフ
2023年2月4日 第1977回定期演奏会 指揮:尾高 忠明
2023年2月11日 第1978回定期演奏会 指揮:ヤクブ・フルシャ
2023年4月15日 第1980回定期演奏会 指揮:パーヴォ・ヤルヴィ
2023年4月21日 第1981回定期演奏会 指揮:パーヴォ・ヤルヴィ
2023年5月13日 第1983回定期演奏会 指揮:下野 竜也
2023年5月20日 第1984回定期演奏会 指揮:ファビオ・ルイージ
2023年6月10日 第1986回定期演奏会 指揮:ジャナンドレア・ノセダ
2023年6月16日 第1987回定期演奏会 指揮:ジャナンドレア・ノセダ

2023年ベスト3
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2022年ベスト3
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2020年ベスト3
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2023年1月14日 第1974回定期演奏会

指揮:トゥガン・ソヒエフ

曲目: ブラームス ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 作品83
ピアノ独奏:ハオチェン・チャン
ベートーヴェン 交響曲第4番 変ロ長調 作品60

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:篠崎、2ndヴァイオリン:大宮、ヴィオラ:村上、チェロ:藤森、ベース:吉田、フルート:神田、オーボエ:客演(マーラー室内管弦楽団の吉井瑞穂さん)、クラリネット:伊藤、ファゴット:宇賀神、ホルン:客演(京都市交響楽団の水無瀬一成さん)、トランペット:菊本、ティンパニ:植松

弦の構成:14型

会場:NHKホール 

感想

 昨年9月から12月にかけてのAプログラムの充実した演奏と比較すれば、それなりの演奏というべきでしょう。N響としてはごく普通の演奏と言ってもよいと思います。

 最初のブラームスのピアノ協奏曲の2番、ソリストがブラームスを演奏するにはまだ力量不足というのが本当のところでしょう。ソリストのチャンはまだ32歳の若手、第13回ヴァン・クライバーンコンクールで辻井伸行と1位を分け合った方だそうですが、私は名前に記憶がなく、聴くのは初めてでした。

 リリシズム溢れる繊細なピアノを演奏する方で、言うなれば強弱記号のピアノとピアニシモをはっきり弾き分けるような演奏をされます。ただ、彼の中にあるピアノもピアニシモも室内楽やソロで演奏する場合はいいのでしょうが、オーケストラを相手にするには線が細すぎます。これはフォルテも一緒で、フォルテシモで全身の力を込めて鍵盤を叩いていても私の耳にはメゾフォルテぐらいにしか聴こえてこない。

 だから第一楽章でオーケストラの厚い音に阻まれるとピアノの音が埋もれた感じになってしまって全然よくない。ここは言い方は悪いですが、ある意味「乱暴に」演奏したほうが良い演奏に仕上がったのではないかと思います。更に言えば、第一楽章は彼自身が硬くなっていたのか、ミスタッチも何回かありました。

 一方で彼の良さを見せてくれたのは第3楽章のアンダンテ。藤森亮一さんの独奏チェロとの掛け合いはとても美音で彼の持つ繊細さが際立っていて素晴らしい緩徐楽章になったと思います。

 ソヒエフ/N響の演奏もあまりよかったとは思えません。全体的に言えば、もっとピアニストに寄り添ってピアニストを立てる演奏をすればよいのに、平気で強い音を要求します。ただ、N響も一糸乱れる演奏をされたわけでは全然なく、3番ホルンの方は明らかに変な音を吹かれていましたし、弦楽器も微妙に楽器同士がずれている感じでした。ソヒエフの指揮が分かりにくかったのかもしれません。

 後半のベートーヴェンの4番。こちらの方がずっとよい演奏でした。安心して聴いていられます。この曲の持ち味を十分に引き出した颯爽としていて軽快な演奏だと思いました。楽章ごとの描き分けや、第1楽章の序奏から主部への切り替えのスパッとした感じが良かったです。管楽陣の健闘も光りました。

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2023年1月20日 第1975回定期演奏会

指揮:トゥガン・ソヒエフ

曲目: ラフマニノフ 幻想曲「岩」作品7
チャイコフスキー 交響曲第1番 ト短調 作品13「冬の日の幻想」

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:白井、2ndヴァイオリン:大宮、ヴィオラ:佐々木、チェロ:藤森、ベース:吉田、フルート:甲斐、オーボエ:𠮷村、クラリネット:松本、ファゴット:宇賀神、ホルン:今井、トランペット:菊本、トロンボーン:新田、テューバ:池田、ティンパニ:植松、ハープ:早川

弦の構成:16型

会場:NHKホール 

感想

 N響らしさの出たそつのない演奏だったと思います。ソヒエフ自身が中庸な演奏をする指揮者だと思うのですが、そのソヒエフのやりたいことを過不足なく音に乗せた演奏と申し上げてもよいかもしれません。

 ラフマニノフの「岩」はこの30数年間はN響で取り上げられたことはない曲だと思います。私自身は初耳の曲です。ラフマニノフの後年のロシアの大地を感じさせる重厚な感じとは違って、軽快で華麗な印象を持つ曲です。ソヒエフ/N響はその明るい印象を大事にした演奏をされたと思います。

 続くチャイコフスキー。こちらはおなじみの曲で、ロシア人指揮者の面目躍如たる演奏。曲の持ち味を楽章の変化に合わせる形で十分に引き出したと言ってよいと思います。バランスの良い美しい響きが魅力的でした。よく計算されていて設計図の見える演奏で素晴らしいのですが、そつがないだけではなく、若干の破綻はあっても、もう一段の攻めがあってもいいのではないかな、とは思いました。

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2023年2月4日 第1977回定期演奏会

指揮:尾高 忠明

曲目: 尾高 尚忠 チェロ協奏曲 イ短調 作品20
チェロ独奏:宮田 大
パヌフニク カティンの墓碑銘
ルトスワフスキ 管弦楽のための協奏曲

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:白井、2ndヴァイオリン:大宮、ヴィオラ:村上、チェロ:辻本、ベース:市川、フルート:神田、オーボエ:𠮷村、クラリネット:伊藤、ファゴット:水谷、ホルン:客演(千葉交響楽団の大森啓史さん)、トランペット:菊本、トロンボーン:新田、テューバ:池田、ティンパニ:久保、ハープ:早川、ピアノ:客演(フリー奏者の長尾洋史さん)、チェレスタ:客演(フリー奏者の楠本由紀さん)

弦の構成:尾高、パヌフニク;14型、ルトスワフスキ;16型

会場:NHKホール 

感想

 それぞれの曲の特徴を上手に示した演奏会と申しあげられると思います。

 チェロ協奏曲は、日本的な響きをヨーロッパ音楽の手法で表現したところに特徴のある尾高尚忠の代表曲ですが、宮田大はその日本的な響きに焦点を当てて演奏したように思いました。宮田は抜群のテクニックの持ち主でその技巧は十二分に示したのですが、その技巧の方向性が日本的な音階や和音をよりくっきりと示すような演奏に結びついているように感じました。彼はソリストアンコールで「荒城の月」を演奏したのですが、「荒城の月」の音楽が示す廃城を照らす青白い月の絵と、「チェロ協奏曲」が示す絵が同じではなくても、似たものであったことは確かだと思います。

 尾高忠明/N響のサポートももちろん素晴らしく、父親の作品の魅力を最大限に引き出していたと思います。ソリストとオーケストラの共同が非常に一致している感じでいい演奏になりました。

 後半に取り上げられた2曲は、尾高にとって思い入れのある曲、あるいは思い入れのある曲の組み合わせのようで、まったく同じ曲の組み合わせで2008年の1619回定期演奏会でも取り上げています。その演奏会も聞いているのですが、尾高の作品解釈はこの15年間で変らなかったようで、同じ方向性で演奏されたように聴きました。

 「カティンの墓碑銘」は、第二次世界大戦中、ソ連によって「カティンの森」で虐殺された15000人のポーランド人捕虜に捧げられたレクイエム。部分部分を取り出すと「楽器のチューニングを間違えたのではないの」と思わせるような不快な響きが聴こえるのですが、全体としては荒涼とした静謐さがあり、作曲者の怒りが内包されています。

 尾高がこの曲を15年ぶりに取り上げたのは、ロシアのウクライナ侵略とそれに伴う残虐行為とは無関係ではないでしょう。尾高/N響は、この曲の不気味さを過不足なく示して、戦争の無辜な犠牲者にレクイエムを捧げました。

 最後のオケコン、バルトークの同名の曲に触発されてポーランドの民族音楽を大管弦楽曲に仕上げているわけですが、ポーランドの民謡に特に知識のない私にとっては、ただただモダニズムの名曲になります。それにしても個々の奏者のヴィルトゥオジティを求めるこういう曲を演奏させると、N響は本当に上手いと思います。全体的には一糸乱れず突き進む印象。その中で管楽器の首席奏者たちの見事なソロ、分奏もある弦楽陣、池田昭子さんのイングリッシュホルンや佐藤由紀さんのコントラファゴットの響きと皆見事でしたし、金管軍のファンファーレも綺麗に鳴り響きます。また様々な打楽器(ティンパニ、スネアドラム、テナードラム、バスドラム、シンバル、サスペンディッド・シンバル、タンブリン、タムタム、グロッケンシュピール、シロフォン)を7人の奏者が持ち替えで演奏する姿は壮観でした。

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2023年2月11日 第1978回定期演奏会

指揮:ヤクブ・フルシャ

曲目: バーンスタイン 「ウェストサイド・ストーリー」からシンフォニックダンス
ラフマニノフ 交響的舞曲 作品45

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:郷古、2ndヴァイオリン:大宮、ヴィオラ:佐々木、チェロ:藤森、ベース:吉田、フルート:神田、オーボエ:客演(日本フィルの杉原由希子さん)、クラリネット:松本、ファゴット:宇賀神、サクソフォーン:客演(フリー奏者の大城正司さん)、ホルン:今井、トランペット:佐々木、トロンボーン:古賀、テューバ:池田、ティンパニ:植松、ハープ:早川、ピアノ/チェレスタ:客演(フリー奏者の長尾洋史さん)

弦の構成:16型

会場:NHKホール 

感想

 今回演奏された二曲の「交響的舞曲」は、どちらも米国で、20年ほどの違いをもって発表されました。ただ、その20年は米国にとっても大きな違いのある20年でした。また、ラフマニノフの作品は19世紀のロマン派の流れを汲む最後の作曲家の集大成の曲であるのに対し、バーンスタインの作品は若手作曲家の野心の詰まった作品であります。今回は、それぞれの曲の共通点と違いを上手に示した演奏会と申しあげられると思います。

 フルシャはまだ40代の若い指揮者で、バースタインの名曲を結構煽って振っていたと思います。それに対するN響の乗りもいい。凄く気合が入っていたと思いますし、音響的にはあの広くて響きにくいNHKホールの空間がオーケストラの音で飽和する感じがありました。個別奏者たちの腕も抜群。木管の首席奏者たちだけではなく、特殊管を演奏されていた方もしっかり響かせていらっしゃいました。アルトサックス(大城正司さん)も良かったです。またこの曲は金管楽器と打楽器が華やかにならないとどうしようもないところがあります。どちらも十分だったのですが、特に素晴らしかったのがティンパニの植松さんとドラムセットを担当された竹島悟史さん。見事なばちさばきを披露しました。

 一方のラフマニノフは、ずっと落ち着いた演奏。舞曲と言いながら交響の側面に力を入れた、一種のシンフォニーのように演奏されたと思います。その意味では普段のN響的、と申し上げてもいいのかもしれません。個々の奏者が上手なのは申しあげるまでもないのですが、断片で示されるかつての自作や怒りの日が浮かび上がってくる感じや、最後のロマン派の作曲家としてアメリカで培ってきた経験が浮かび上がってくる感じは、ラフマニノフの素晴らしさなのか、フルシャの実力なのか。そんなことを思いながら演奏を楽しみました。

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2023年4月15日 第1980回定期演奏会

指揮:パーヴォ・ヤルヴィ

曲目: リヒャルト・シュトラウス 「ヨゼフの伝説」から交響的断章
リヒャルト・シュトラウス アルプス交響曲 作品64

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:篠崎、2ndヴァイオリン:大宮、ヴィオラ:佐々木、チェロ:辻本、コントラバス:市川、フルート:神田、オーボエ:𠮷村、クラリネット:松本、ファゴット:宇賀神、ホルン:今井、トランペット:菊本(ヨゼフの伝説)/長谷川(アルプス交響曲)、トロンボーン:古賀、テューバ:池田、ティンパニ:植松、ハープ:客演(フリー奏者の池城菜香さん、太田咲耶さん)、ピアノ:客演(フリー奏者の長尾洋史さん)、チェレスタ:客演(フリー奏者の梅田朋子さん)、オルガン:客演(東京芸術劇場前オルガニストの新山恵理さん)

弦の構成:16型

会場:NHKホール 

感想

 N響も4月で若干の異動があり、これまで第1コンサートマスターを務めていた篠崎'MARO'和紀さんがフリーとなって特別コンサートマスターに就任、これまでゲスト・アシスタント・コンサートマスターを務めた郷古廉さんがゲスト・コンサートマスターに就任しました。今回はこの二人が、第一ヴァイオリンのトップとトップサイドを務める豪華布陣、それに昨年9月に首席指揮者から名誉指揮者に称号が変更になったパーヴォ・ヤルヴィが名誉指揮者就任後初めてN響の指揮台に立ちました。

 演奏されたのは、パーヴォが得意とする後期ロマン派の大編成管弦楽曲2曲です。共に舞台上にはほぼ100人の奏者が並ぶという大曲です。

 ちなみに交響的断章の元のバレエ、「ヨセフの伝説」はタイトルだけはどこかで耳にしたことはありましたが、私は拝見したことがありません。「エレクトラ」、「ばらの騎士」、「ナクソス島のアリアドネ」に続くシュトラウスとフーゴ・フォン・ホーフマンスタールとの共同作業による舞台作品で1914年初演だったそうですが、あまりに巨大なオーケストラが必要になるために上演されることは滅多になく、この交響的断章は、その音楽を惜しんだ作曲者自身が、オーケスオラの規模を縮小して1947年に発表したそうです。

 「縮小して」と書きましたが元が大規模だから、縮小しても半端ではありません。Wikipediaに書かれた楽器編成と今回演奏された楽器編成を比較してみます。

  バレエ音楽 交響的断章
ピッコロ 1、(1) (1)
フルート 4 3
オーボエ 2 2
コーラングレ (1) 1
ヘッケルフォン 1 なし
D管クラリネット 1 なし
クラリネット(A管) 2 2
バスクラリネット(A管) 1 1
コントラバスクラリネット (1) なし
バスーン 3 3
コントラバスーン 1 1
フレンチホルン 6 4
トランペット 4 3
トロンボーン 4 3
テナーチューバ 1 なし 
バスチューバ 1 1
ティンパニ 2 1
グロッケンシュピール 1 1
シロフォン 1 なし 
大および小シンバル 1 1
サスペンディッド・シンバル なし 1
スネアドラム 1 1
バスドラム 1 1
トライアングル 1 1
タンバリン 1 1
カスタネット 4 なし
ウィンドマシーン 1 なし
 ハープ 4 2
オルガン 1 1
チェレスタ 1 1
ピアノ 1 1
第一・第二・第三ヴァイオリン 各10
第一・第二ヴィオラ 各8
第一・第二チェロ 各6
コントラバス

注:上記で()は持ち替えを示す。?は人数が記載されていない。

4管編成のオーケストラが3管編成に縮小はされているものの、多数の打楽器が必要なのは変りませんから、そう演奏しやすい曲でもありません。ちなみにプログラムには弦楽としか書かれていませんでしたが、弦楽器は第3ヴァイオリンが、第1、第2ヴァイオリン奏者から数名ずつ異動して演奏。多分首席は第1ヴァイオリン副首席奏者の横溝耕一さん、チェロはどういう並びかよくわかりませんでしたが、第二ヴィオラは中村洋乃里さんがトップを務めたと思います。

 音楽は初めて聴くので特に申しあげることもないのですが、大編成のオーケストラからゴージャスでパワフルな音響が響くのは凄いと思います。これだけ大編成のオーケスオラでありながら一丸感が出るところがパーヴォ・ヤルヴィという指揮者の大編成オーケストラのコントロールの巧みさだと思いますし、個々のヴィルトゥオジティが高いN響奏者のなせる技なのでしょう。

 後半は「交響的断章」よりも大規模なオーケストラが必要になる「アルプス交響曲」。この曲は「交響曲」とは書かれますが、よく知られているように古典的な交響曲とは全く異なった情景を描写する短い音楽を20以上もつなげて作られた大管弦楽曲です。こう言った曲を作ろうと思うところがオペラで情景描写を鍛えられたリヒャルト・シュトラウスだけのことはあると思うのですが、そのスイスの晴れ渡った空気のようなくっきりとした音楽がホールを満たします。それにしてもパーヴォはこのような曲を演奏させると抜群に上手です。ちょっとアッチェラランド気味に盛り上げる畳み込むようなクレッシェンドなどはこの方のお家芸と申しあげてもいいもの。情景が生き生きと浮かびます。分厚いオーケスオラの音の(一番盛り上がったffでは、あの広いNHKホールの空間を音響でほぼほぼ飽和されます)激しい音楽なのですが、うるさくならないのは、もちろん作曲者がそう書いたからなのですが、パーヴォのコントロールの巧さとN響奏者の技のなすものなのだろうな、と感じました。

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2023年4月21日 第1981回定期演奏会

指揮:パーヴォ・ヤルヴィ

曲目: ルーセル 弦楽のためのシンフォニエッタ 作品52
プーランク シンフォニエッタ
イベール 室内管弦楽のためのディヴェルティスマン

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:郷古、2ndヴァイオリン:森田、ヴィオラ:村上、チェロ:藤森、ベース:市川、フルート:神田、オーボエ:客演(九州交響楽団の佐藤太一さん)、クラリネット:伊藤、ファゴット:水谷、ホルン:客演(京都市交響楽団の水無瀬一成さん)、トランペット:菊本、トロンボーン:新田、ティンパニ:植松、打楽器:竹島、ハープ:早川、ピアノ/チェレスタ:客演(フリー奏者の長尾洋史さん)

弦の構成:ルーセル、プーランク:14型、イベール:楽譜指示通り

会場:NHKホール 

感想

 パーヴォらしいかなり凝った「通好み」のプログラムでした。日本では、ルーセルもプーランクもイベールもさほど演奏される作曲家ではありませんが、その三人の作品の中でも比較的小さな編成による管弦楽曲だけで組んだ今回のプログラム、私は全て初めて聴く曲でした。しかし、どの曲もすこぶる面白い。フランス音楽的なウィットやエスプリに富んでいますが、更にはパロディ的な側面やパリの下町を彷彿されるような下世話な感じもあり、とても楽しむことができました。

 最初に演奏されたルーセルの作品は、チェロやコントラバスの旋律がしっかりと聴こえるのが面白い。新古典主義的とされる曲のようですが、古典的な和声を一ひねりも二捻りもしているなという印象に聴きました。演奏は世界でもトップクラスの合奏能力を持ったN響弦楽陣ですので、美しい。ただ美しいだけではなく、力強さと美しさのバランスが見事でした。

 今回1番大きな規模のプーランクですが、ルーセルの「シンフォニエッタ」よりも更に都会的な印象の強い作品でした。オーケストラの編成は古典的な二管構成ですし、やはり新古典主義的な曲想であることは間違いないのですが、冒頭から洒落ている。これを聴いてパッと思いついたのはガーシュインの「パリのアメリカ人」でした。ガーシュインのような描写音楽とは全然違うのに、パリの喧騒を思い出させるように書かれているところが思いついた原因かもしれません。第一楽章はかなり自由なソナタ形式という感じ、第二楽章はスケルツォ。このエスプリこそがフランス音楽の真骨頂というべきか。一転して甘美なブラームスを思わせるような緩徐楽章。フランスの田園風景を印象付けます。最終楽章は軽快なモーツァルトのフィナーレを思わせますが、途中で何回も入る全休符がいかにもブルックナー的で、こういうところに粋なパリジャンでありながら敬虔な宗教作曲家でもあったプーランクの二面性が出ているのかもしれません。

 演奏は、パーヴォらしいよく言えばメリハリの効いた、曲そのものの美しさよりも演奏効果に重きを置いたパワフルさを感じさせるものでした。

 そして最後のイベール。今日演奏された3曲の中で一番面白かった。元々喜劇の劇付随音楽で楽しい音楽なのですが、パーヴォはその楽しい音楽を下町風に、ありていに言えば下品に演奏させました。下町の酒場で集まってきた音楽家たちが突然セッションを始めたみたいな音楽で楽しいことこの上ない。編成はフルート(ピッコロ持ち替え)、クラリネット、ファゴット(コントラファゴット持ち替え)、ホルン、トランペット、トロンボーンが各1、ピアノ/チェレスタ:1、打楽器はティンパニ、トライアングル、ウッドブロック、小太鼓、タンバリン、サスペンディッド・シンバル、大太鼓、タムタムですが、これらの打楽器を独りで演奏するよう指示されているそう。これにヴァイオリン6、ヴィオラとチェロが各4、コントラバスが2というもので第二ヴァイオリンが欠けているのも特徴です。

 この変った編成の曲を滑らかに上手にではなく、ズンチャ節でへたくそに聴かせるんですから凄い。こういうところにもパーヴォのセンスとN響の対応能力を感じました。それにしてもファゴットの水谷さんがコントラファゴットを吹くのを初めてみました。本人も滅多に吹けない楽器を吹けたのが嬉しかったようで、カーテンコールでは普通のファゴットではなく、コントラファゴットを持ち上げていました。

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2023年5月13日 第1983回定期演奏会

指揮:下野 竜也

曲目: ラフマニノフ 14の歌曲集 作品34より、「ラザロのよみがえり」(下野竜也編)(初演)/ヴォカリーズ(ラフマニノフ編)
グバイドゥリーナ オッフェントリウム
ヴァイオリン独奏:バイバ・スクリデ
ドヴォルザーク 交響曲第7番 ニ短調 作品70

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:郷古、2ndヴァイオリン:大宮、ヴィオラ:佐々木、チェロ:辻本、ベース:𠮷田、フルート:甲斐、オーボエ:𠮷村、クラリネット:伊藤、ファゴット:水谷、ホルン:今井、トランペット:菊本、トロンボーン:古賀、ティンパニ:久保、ハープ:早川、ピアノ/チェレスタ:客演(フリー奏者の梅田朋子さん)

弦の構成:ラフマニノフ:14型、それ以外:16型

会場:NHKホール 

感想

 下野らしいロシア・東欧系の近現代音楽によるプログラム。

 ラフマニノフの作品34は14曲からなる歌曲集ですが、圧倒的に有名なのが第14曲の「ヴォカリーズ」。発表当初から人気だったようで、ラフマニノフ自身によって管弦楽用とソプラノ歌唱付きの管弦楽用編曲がなされています。今回演奏されたのは歌なしの純粋の管弦楽版。それに合わせられたのが、今回が初演となる下野竜也編曲の「ラザロのよみがえり」。私はこの「ラザロのよみがえり」という歌曲をこれまで聴いたことがないのですが、管弦楽編曲版はイエスによる奇跡を題材にしているだけあって、それなりに荘厳な印象がありました。それと「ヴォカリーズ」を組み合わせると、ヴォカリーズの歌謡性がより浮きたつ感じです。

 ただ、思うのはヴォカリーズにはソプラノ歌手が欲しい。実は5月11日に若い歌手による「ヴォカリーズ」を聴いたばかりで、その歌唱はお世辞にも褒められるようなものではなかったのですが、それでもN響のある意味そつのない見事な演奏よりも歌手の息遣いが見える演奏の味わいが好きです。

 2曲目のグバイドゥリーナの「オッフェントリウム」。1979年から80年にかけて作曲され、81年にギドン・クレーメルによって初演された生まれて40年以上たった曲ですが、私が聴くのは初めてです。形式的にはヴァイオリン協奏曲ですが、普通のヴァイオリン協奏曲とはかなり異なっている印象です。協奏曲というよりはヴァイオリンを中心とした小さい楽器群の対話の連続のような曲です。

 オッフェントリウムとはすぐに思いつくのは「レクイエム」における「奉献唱」ですが、その中身は、「全ての死せる信者の魂を地獄の罰と深淵からお救いください」というイエスへの祈りと、イエスの賛美のためにいけにえと祈りを捧げると云うものです。この曲にはテキストがないので、レクイエムの奉献唱との関係は明らかではないのですが、失われていくものへの哀惜と復活への期待が音楽全体に込められているということかもしれません。冒頭のテーマがバッハの「音楽の捧げもの」のテーマである「リチェルカータ」で、このメロディが金管楽器の連携で提示されるのですが、それがどんどんゆがめられ、壊されていきます。その響きは基本的に繊細で静謐。しかしながら、使用されている楽器がチェレスタやヴィヴラフォーン、マリンバなど多種類の打楽器であり、ヴァイオリンと絡むときの響きが奇妙です。何とも言えない不安定さを感じさせると言ったらよいでしょうか。それが最後は独奏ヴァイオリンを中心とするコラール風に戻っていく。この破壊と復元こそがレクイエムのオッフェントリウムと重なるのだろうと感じました。

 最後がドヴォ7。奇妙な緊張を強いられる曲の後にオーソドックスな曲が来るとほっとします。下野も前の「オッフェントリウム」とはうって変わってダイナミックに指揮棒を振り、N響もその棒にしっかり乗って前向きの演奏をしました。細かいミスはありましたが、ボヘミアの大地を感じさせるいい演奏だったと思います。

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2023年5月20日 第1984回定期演奏会

指揮:ファビオ・ルイージ

曲目: サン・サーンス ピアノ協奏曲第5番 ヘ長調 作品103「エジプト風」
ピアノ独奏:パスカル・ロジェ
フランク 交響曲 ニ短調 作品70

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:篠崎、2ndヴァイオリン:大宮、ヴィオラ:佐々木、チェロ:藤森、ベース:𠮷田、フルート:神田、オーボエ:𠮷村、クラリネット:伊藤、ファゴット:水谷、ホルン:今井、トランペット:菊本、トロンボーン:新田、ティンパニ:久保、ハープ:早川

弦の構成:協奏曲:14型、交響曲:16型

会場:NHKホール 

感想

 ロマン的国民楽派の作品というべきか。19世紀末のフランス音楽作品によるプログラム。

 パスカル・ロジェといえば、1970年代からフランス近代もののスペシャリストとして世界中で活躍している大ベテラン。サン・サーンスも得意中の得意の一曲。テクニカルには難曲だそうで、演奏機会はあまり多くないのですが、第一人者というべきロジェが演奏すると、それだけのことはある演奏だと思いました。まずピアノから立ち上がっていく音が綺麗。本人は特に意識しているわけではないと思いますが、タッチが音楽に合っているのでしょうね。特にエキゾチズム溢れる第二楽章の演奏が素晴らしいと思いました。絵画的と言われる作品ですが、色彩的には淡いけど描線がくっきりとしていたどぎつくないけどクリアな演奏だと思いました。

 N響の付けもいつもながらですが上手いと思いました。ルイージのやや抑制した音楽作りは、クリアなロジェの音を浮かび上がらせ、モーツァルト的と申しあげても良いような軽みを出していたと思います。

 後半のフランク「交響曲」。こちらはおなじみの曲。ルイージはしっかりと設計してそれを過不足なく指揮して見せるクレバーな指揮者という印象だったのですが、今回の演奏はその印象とは真逆の情熱的な指揮。あのように振られると、N響としても燃えざるを得ません。フランス音楽的な洒脱さとドイツ音楽に似た重厚さの双方がある作品なわけですが、情熱的な指揮でオーケストラを燃やすことによって、重厚な印象よりも洒脱さをより明確に示そうとしたのかな、という感じがしました。

 イングリッシュ・ホルンによる緩徐楽章の有名なソロが見事で、演奏した和久井仁さんは、カーテンコールで最初に立たせられていました。

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2023年6月10日 第1986回定期演奏会

指揮:ジャナンドレア・ノセダ

曲目: プロコフィエフ 交響組曲「3つのオレンジへの恋」作品33bis
プロコフィエフ ピアノ協奏曲第2番 ト短調 作品16
ピアノ独奏:ベフゾト・アブドゥライモフ
カゼッラ 歌劇「蛇女」からの交響的断章(日本初演)

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:客演(川崎洋介さん)、2ndヴァイオリン:大宮、ヴィオラ:佐々木、チェロ:藤森、ベース:𠮷田、フルート:甲斐、オーボエ:𠮷村、クラリネット:松本、ファゴット:水谷、ホルン:今井、トランペット:菊本、トロンボーン:新田、ティンパニ:植松、ハープ:早川、チェレスタ:客演
(フリー奏者の梅田朋子さん)

弦の構成:協奏曲:14型、その他:16型

会場:NHKホール 

感想

 5年ぶりにN響の指揮台に上がったノセダ。スタイリッシュな指揮で聴かせてくれたのではないかと思います。

 ノセダと言えば、得意のロシアものと自国(イタリア)ものをプログラムによく入れるという印象のある指揮者ですが、今回も例外ではなく、お得意のプロコフィエフとカゼッラの組み合わせになりました。また、最初のプロコフィエフと最後のカゼッラはどちらもオペラから作曲者自身が切り出してきた管弦楽組曲という共通点があって、オペラ指揮者としても有名なノセダらしいプログラムだと思います。

 最初の「3つのオレンジへの恋」組曲は、N響で聴くのは二度目の経験。前回はアシュケナージの2011年の演奏でしたから12年ぶりになります。三管編成のぶ厚い音響が持ち味の作品ですが、ノセダはスタイリッシュな指揮で、風通しの良い音楽を作り出していたと思います。もちろんこのような音楽になるのは、N響メンバーのヴィルトゥオジティとお互いを聞く耳あってこそですが、格好よくまとめたと思います。

 第2曲のプロコフィエフのピアノコンチェルト2番。プロコフィエフのピアノを打楽器的に扱う代表的な曲で、高度な演奏技術を要求されます。アブドゥライモフは2014年にN響とラフマニノフで共演しているそうですが、私は初めて聴きます。この曲はガンガン攻めて演奏効果を上げる曲だと思うのですが、アブドゥライノフはダイナミックにスピードに乗って演奏しているのですが、ガンガン鍵盤を叩きつけているというよりは、タッチの柔らかさを大事にして、しかしながら、この曲の持つダイナミズムも忘れないという演奏だったと思います。いっぱいいっぱいで演奏しているというよりは、余裕でこの難曲を制御している感があって、感心しました。

 曲自身がピアノとオーケストラが丁々発止とやり合うような曲ではなくて、オーケストラはピアノにしっかりよりそうように書かれていると思うのですが、ノセダ/N響は激しく動くピアノをしっかりサポートしていたように思います。

 最後はカゼッラ。カゼッラは日本ではほとんどなじみのない作曲家で、私は彼の交響曲を聴くまでそんな作曲家がいることすら知りませんでした。そのカゼッラをN響で積極的に取り上げているのがノセダで、既に2番と3番の交響曲を演奏しています。その流れの中の「「蛇女」からの交響的断章」の選択だったのでしょう。この「交響的断章」には、第一組曲と第二組曲があって、第一組曲はアンダンテに始まりぐっと広がって終わる。第二組曲は1930年ごろのハリウッドの映画音楽を彷彿とさせるようなスペクタクルでした。第二組曲の方が盛り上がる曲だと思うのですが、ノセダは第二組曲を先に演奏し、第一組曲を後に演奏しました。

 指揮者の希望で、と書かれているだけでノセダのコメントは何もなかったのですが、カゼッラの紹介者であるノセダにしてみれば、演奏効果の高い第二組曲を後に持ってきてワーッと盛り上がって終わるよりも、落ち着いて音楽の魅力を味わってほしい、という気持ちがあったのかもしれません。初めて聴く曲なので演奏に関しては何も申しあげられませんが、大オーケストラの分厚い響きがNHKホールを満たしました。

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2023年6月16日 第1987回定期演奏会

指揮:ジャナンドレア・ノセダ

曲目: ショスタコ―ヴィチ 交響曲第8番 ハ短調 作品65

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:客演(川崎洋介さん)、2ndヴァイオリン:森田、ヴィオラ:佐々木、チェロ:藤森、ベース:客演(新日本フィルの菅沼希望さん)、フルート:甲斐、オーボエ:客演(東京フィルの荒川文吉さん)、クラリネット:伊藤、ファゴット:宇賀神、ホルン:今井、トランペット:長谷川、トロンボーン:古賀、テューバ:客演(パシフィックフィルハーモニア東京の若林毅さん)、ティンパニ:久保

弦の構成:16型

会場:NHKホール 

感想

 私のN響2022-2023シーズン最後の演奏会は、ノセダによるショスタコーヴィッチになりました。

 前作の第7番「レニングラード」とは裏腹に、戦争交響曲でありながら、国民を鼓舞するものではなく、内省的でかつ悲劇的な性格の強い作品。第二次世界大戦のさなか、スターリングラード攻防戦でソ連が勝利したことが作曲の契機になったと解説されていますが、ショスタコーヴィッチの見ている視線の先には戦争の無機的な無為さしかなかったのでしょう。

 ノセダはおそらくこのショスタコーヴィッチの気持ちに寄り添った演奏をしたかったに違いありません。荒々しさが勝り、N響の管楽器陣が鳴らす音は美音ではなく、切実な悲鳴のようにも聴こえます。ノセダの音楽作りはスタイリッシュだった先週とはうって変わって、泥臭い、別な言い方をすれば真摯なもの。それゆえに作品自身の重さと指揮者が真摯に曲に向き合った思いが相乗効果を発揮して、全体として晦渋で重苦しい演奏になったと思います。

 ノセダはマリインスキー歌劇場の首席客演指揮者を歴任しゲルギエフの影響も強く受けているそうですが、このウクライナ戦争の中でゲルギエフが西側の音楽界から締め出されていることや、ロシアにもウクライナにも沢山いる彼の知人、友人達を思う気持ちもあり、戦争の悲劇的理不尽さに対する彼の思いが、今回の音楽作りに詰め込まれていたのかなという印象を持ちました。大きな咆哮からどんどん小さくなり、最後は無音になっても、指揮棒をしばらくの間下ろすことに無かったノセダの姿勢は聴衆にも今行われている理不尽な戦争に思いを馳せるに十分なものがありました。

 私はここまで思いの詰りすぎた重厚なスタイルは好みではないのですが、多くの聴衆が楽員たちが退場した後も拍手を続けてノセダの思いに応えました。

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