NHK交響楽団定期演奏会を聴いての拙い感想-2005年(後半)

目次

2005年 9月10日 第1548回定期演奏会 ピンカス・スタインバーグ指揮
2005年 9月17日 第1549回定期演奏会 ピンカス・スタインバーグ指揮
2005年 9月24日 第1550回定期演奏会 ウラディーミル・アシュケナージ指揮
2005年 9月30日 第1551回定期演奏会 ウラディーミル・アシュケナージ指揮
2005年11月12日 第1553回定期演奏会 マティアス・バーメルト指揮
2005年11月18日 第1554回定期演奏会 マティアス・バーメルト指揮
2005年12月 2日 第1556回定期演奏会 イルジー・コウト指揮
2005年12月24日 第1558回定期演奏会 広上淳一指揮

2005年ベスト3
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2004年ベスト3
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2003年ベスト3
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2002年ベスト3
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2001年ベスト3
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2005年 9月10日 第1548回定期演奏会
指揮:
ピンカス・スタインバーグ

曲目: モーツァルト   セレナードニ長調 K.239「セレナータ・ノットゥルナ」
      ヴァイオリン(1):篠崎史紀、ヴァイオリン(2):永峰高志、ヴィオラ:佐々木亮、コントラバス:池松宏
       
  モーツァルト   ピアノ協奏曲第23番 イ長調 K.488
      ピアノ独奏:コルネリア・ヘルマン
       
  ベルリオーズ   幻想交響曲 作品14

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:篠崎、2ndヴァイオリン:永峰、ヴィオラ:佐々木、チェロ:藤森、ベース:池松、フルート:神田、オーボエ:北島、クラリネット:横川、バスーン:水谷、ホルン:樋口、トランペット:津堅、トロンボーン:栗田、チューバ:池田、ティンパニ:久保、ハープ:早川

弦の構成:10-8-6-4-0(セレナータ・ノットゥルナ)、12型(ピアノ協奏曲)、16型(幻想交響曲)

感想
 
スタインバーグがN響を客演指揮するのは8年ぶりだそうです。8年前は、清水和音がソリストでブラームスのピアノ協奏曲の第2番を演奏しました。そのときの清水の演奏は、あまり感心できるものではなく、その記憶が残っております。しかし、それ以外の演奏は決して悪いものではなく、「英雄の生涯」や「巨人」はなかなかの聴きものだったと覚えています。

 そのスタインバーグが久しぶりに指揮台に立ち、モーツァルトとベルリオーズを演奏しました。そして、この方の演奏の魅力は野趣あふれるところにあるのだな、と納得した次第です。

 まず「セレナータ・ノットゥルナ」ですが、このような作品は、N響に丸投げしても、彼らはそれなりに演奏します。要するに指揮者を必要としない曲です。現実に、篠崎さん、永峰さんのヴァイオリンの音は非常に美しいものでしたし、佐々木さんのヴィオラも池松さんのコントラバスも流石N響の首席の音を出していました。トゥッティだって悪くない。ところが、スタインバーグが指揮をすると、とたんに音楽が垢抜けなくなる。N響だけならもっとすっきりした音楽でまとまったはずなのに、指揮者が手を動かすおかげで、表情がつきすぎて、重たくなった印象でした。

 次のピアノ協奏曲もそう。モーツァルトの全てのピアノ協奏曲の中でも最も明るい一曲ですから、オーケストラは出来るだけ中庸にけれんをみせない演奏をしたほうが良い結果が出ると思うのですが、スタインバーグはどうしても表情を明確にしたいようです。その結果、オーケストラは一寸ロマンティックな表現になりました。一方ピアノのヘルマンはロココ調の軽めのすっきりした表現を目指していたようで、ペダルも少なく、レガートにならない演奏でした。そのためか、第一楽章はピアノよりオーケストラの存在感が強い演奏になりました。第二楽章は、テンポを遅めにしてピアノの表情をより前面に出してきました。強弱の差をはっきりつけた演奏で、第一楽章よりもピアノの存在感が上がってきました。第三楽章のロンドは軽快なもので結構でした。総じていえば、指揮者とソリストの目指すものは一寸異なっていたようですが、モーツァルトの音楽の味わいを堪能するには十分なものだと申し上げましょう。

 幻想交響曲こそスタインバーグの本領発揮でした。「幻想」といえば、近年はデュトワの名演が忘れられません。その音楽が頭の中にあるものですから、スタインバーグの表情のつけ方には私は相当戸惑いを感じました。デュトワの表現は、いうなれば、ベルリオーズの管弦楽法の斬新さをクリアに見せようとするもので、「幻想」の持つ物語性に過度の重心を置かないものと申し上げてよいと思います。そして、確かにデュトワは、オーケストラを一心にまとめ、オーケストラのダイナミクスレンジを上手く使いながらも、全体の見通しの良い演奏をしてみせました。N響もそのデュトワの教えが身についているはずです。しかし、スタインバーグはデュトワの行き方に異議を唱えました。彼は、けれん丸出しの、「幻想」の持つ物語性に一歩踏み込んだ演奏をしてみせました。

 音楽のまとまりという点ではデュトワが上でしょう。また、フランス音楽のもつエスプリを楽しめるという意味でもデュトワが上だと思います。にもかかわらず、スタインバーグのパワーあふれるオーケストラドライブは十分聴き応えがありました。スマートでもなく、ソフティフィケートもされていないのですが、それゆえに圧倒させるものがあります。第4、5楽章の金管の咆哮は品がないな、と思いながらもプリミティブな快感を覚えるものでした。

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2005年 9月17日 第1549回定期演奏会
指揮:
ピンカス・スタインバーグ

曲目: シベリウス   ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 作品47
      ヴァイオリン独奏:スザンヌ・ホウ
       
  シベリウス   交響曲第2番 ニ長調 作品43

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:堀、2ndヴァイオリン:山口、ヴィオラ:井野邉、チェロ:木越、ベース:池松、フルート:神田、オーボエ:茂木、クラリネット:磯部、バスーン:水谷、ホルン:樋口、トランペット:関山、トロンボーン:吉川、チューバ:池田、ティンパニ:植松

弦の構成:14型(協奏曲)、16型(交響曲)

感想
 
スタインバーグはロマン派の音楽の方がよく似合っていると思います。先週、先々週とモーツァルトを主としたプログラムで聴かせた訳ですが、私は、彼のモーツァルトをあまり高く評価できません。どうしてもモーツァルトのロマンティックな側面に光を当てたがります。そのようにロマンティックな部分に光を当てたがるのは、彼の経歴も関係するのかもしれません。イスラエルで生まれてアメリカで教育を受ける。現在の活動の拠点は主にヨーロッパのようですが、彼の音楽性はアメリカ的価値観が下地にあるような気がしてなりません。

 先週のモーツァルトとベルリオーズを聴きながらそのようなことを感じていたのですが、本日のシベリウスを聴いて、またその感じを強く持ちました。

 シベリウスの有名な2曲を組み合わせたプログラムでしたが、どちらも写実的な表現に特徴のある演奏のように聴きました。ヴァイオリン協奏曲のソリストは、ドミートリ・シトコヴェツキの予定が急なキャンセルにより中国系カナダ人のヴァイオリニスト、スザンヌ・ホウに変わりました。ホウのヴァイオリンは、美音や華麗なテクニックを表に出すものではなくて、内に秘めた情熱を力強いボウイングで見せるようなタイプです。一寸暗めの音色がN響の音に溶け込んで、渾然一体となって進みます。テクニックは取り立てて優れているとは思えないのですが、聴こえてくる音には広がりと深みとがあって魅力的です。骨太な演奏と申し上げればよいでしょう。第3楽章のシベリウスが北欧の作曲家であるということを強く思い出させてくれました。

 交響曲第2番は一寸変わった演奏でした。遅い目のテンポでメロディラインを明確にする。楽章毎のイメージもしっかりと変える演奏で、純粋音楽というよりは、標題音楽のように聴こえました。フィンランドの情景が目に浮かぶような演奏で、イメージビデオの後ろに流れる音楽のようだ、と申し上げれば一番ぴったりくるかも知れません。第2楽章は遅い目のテンポでじっくりと演奏させましたし、第3楽章のニュアンスも特徴的でした。第一楽章の牧歌的表現、フィナーレの盛り上がりとそれぞれの特徴を捉えていましたが、その結果として感じたのはフィンランドの自然ということです。こういう聞かせ方に私は彼のアメリカ的な部分を感じます。私は、この作品にシベリウスの愛国的観念を感じることを否定するものではありませんが、あそこまで描写的演奏にしなくても良いのではないかと思っておりました。なお、N響のメンバーは流石に上手です。ことにファゴットやオーボエが良かった。付記いたします。

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2005年 9月24日 第1550回定期演奏会
指揮:
ウラディーミル・アシュケナージ

曲目: ラウタヴァーラ   Book of Visions (2004)(日本初演)
      NHK交響楽団・ベルギー国立管弦楽団・ロイヤルスコットランド国立管弦楽団委嘱作品
       
  リヒャルト・シュトラウス   4つの最後の歌
      ソプラノ独唱:浜田理恵
       
  ドビュッシー   バレエ音楽「遊戯」
       
  ラヴェル   「ダフニスとクロエ」組曲 第2番

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:堀、2ndヴァイオリン:山口、ヴィオラ:店村、チェロ:木越、ベース:西田、フルート:中野、オーボエ:茂木、クラリネット:横川、バスーン:岡崎、ホルン:松崎、トランペット:関山、トロンボーン:栗田、チューバ:池田、ティンパニ:久保、ハープ:早川

弦の構成:16型、「4つの最後の歌」は14型

感想
 
20世紀から21世紀にかけて作曲された4曲による演奏会。玄人好みのプログラムと申し上げてよいと思います。演奏順は、作曲年代と逆順。2004年作曲の「Book of Visions」を最初にし、次いで1948年作曲の「4つの最後の歌」、3番目が1912〜13年作曲の「遊戯」、最後が1910年頃作曲の「ダフニスとクロエ」です。指揮者としてのアシュケナージは19世紀後半から現代音楽によりいいものをみせるタイプとされていますから、雨の降りしきる中、いそいそとNHKホールに出かけてまいりました。

 演奏全体としては、N響の標準レベルだったと思います。取り立てて言い募るほどの問題もなかったと思いますし、だからと言って感心できるほどのものでもない。雨の中をわざわざ出かけたのですから、もう少しいい演奏をしてくれれば自分としては嬉しかったのでしょうが、まあ、仕方がありません。

 「Book of Visions」はN響他の委嘱作品で、本日が日本初演。世界初演は本年4月。ベルギーでのことのようです。ラウタヴァーラの作品は、2000年にピアノ協奏曲第3番「夢の贈り物」(1998)を聴いたことがあります。私は、ピアノ協奏曲第3番を聴いたとき、あまり魅力的な作品であると思いませんでしたが、「Book of Visions」はそれと比較すれば良く書かれた作品であるように思いました。「夜の物語」、「火の物語」、「愛の物語」、「運命の物語」の4つの部分からなる組曲風の音楽ですが、流れてくる音楽のイメージは、まさに「夜」、「火」、「愛」、「運命」です。例えば「火」の音楽では不響音が火の揺らぎのようなイメージで聞こえましたし、「愛の物語」では、ヴァイオリンソロ、オーボエ、フルート、クラリネットと流れる調べはまさに「愛の音楽」に相違ありません。その愛は、エロスよりもアガペーに近い清純なもの。そのつつましさは魅力的でした。「運命の物語」はチューブラ・ベルとヴィブラフォンで運命の音を鳴らす。こういうやり方は、いかにもよくあるやり方であり、それゆえに分かり易い音楽になったのかも知れません。

 「4つの最後の歌」は、歌手の弱さが目に付きました。浜田理恵は非常に力のあるソプラノで、声も良く伸びる方なのですが、流石に「4つの最後の歌」に付くオーケストラの厚みとNHKホールの広さには太刀打ちできなかったようです。声が遠く、細かいニュアンスがほとんど聴き取れない。オペラグラスで顔を見ながら聴いていると、表情が多彩に動いており、細かいニュアンスもきっちりと歌っていたに違いないのですが、それが聴こえてこないのですから困ります。その中で一番良かったのは、「眠りにつくとき」。陰影のある一寸暗めの表現で結構でした。本人にとっても会心だったようで、歌い終わったあとにこりと微笑みました。

 オーケストラは総じて丁寧で「9月」におけるホルンソロ、「眠りにつくとき」のヴァイオリンソロがことに美しかったと思います。「夕映え」もなかなか素敵な出来だったのですが、オーケストラに粗っぽい表現が出てしまい、そこが残念でした。

 後半のドビュッシーとラヴェル。これはどちらも一寸垢抜けない演奏でした。ドビュッシー「遊戯」は中途半端な柔らかさの演奏だったと思います。音のグラデュエーションの肌理が粗く、もう一段細やかな配慮があれば聴こえ方も随分違っていたのではないかしら。フィナーレももう少し印象的に終わらせるべきでしょう。

 ラヴェル「ダフ・クロ」も音がべたっとしていて、今ひとつ弾む魅力を感じませんでした。「全員の踊り」は、誰が振ってもブラボーの嵐になる部分ですが、今回の演奏は、どこかすっきりとせず面白みが足りないです。

 ピアニスト・アシュケナージは「軽味」の表現が得意の方で、「すっきりと仕上げるのが彼の信条」のような部分があるのですが、指揮者・アシュケナージはもっと重たい大管弦楽曲に向いているように思いました。

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2005年 9月30日 第1551回定期演奏会
指揮:
ウラディーミル・アシュケナージ

曲目: ベートーヴェン   ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品61
      ヴァイオリン独奏:ヴァディム・レーピン
       
  ショスタコーヴィチ   交響曲第8番 ハ短調 作品65

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:篠崎(ベートーヴェン)/堀(ショスタコーヴィチ)、2ndヴァイオリン:山口、ヴィオラ:店村、チェロ:木越、ベース:西田、フルート:中野、オーボエ:北島、クラリネット:横川、バスーン:岡崎、ホルン:松崎、トランペット:津堅、トロンボーン:栗田、チューバ:池田、ティンパニ:久保、

弦の構成:協奏曲:14型、交響曲16型

感想
 
N響はこの定期演奏会が終わると、ヨーロッパに演奏旅行に出かけます(10月11日〜17日)。演奏旅行で取り上げられる二つのプログラムが基本的に先週と今週の定期公演のプログラムです。特に9月30日/10月1日のCプログラムは、指揮者・ソリストも含めてベルリン・ウィーンで演奏されるプログラムと全く同一ですから、演奏旅行の公開ゲネプロみたいな様子を呈しています。

 N響の定期公演は、いつも適当にエキストラが入るのですが、ヨーロッパ演奏旅行の予行演習も兼ねた今回のコンサート、打楽器や一部の管(第3フルートとバストロンボーン)を除くとN響の正式メンバーで固めてきました。これは豪華です。ショスタコでは、第一ヴァイオリンが、堀コンマス、篠崎、田中、酒井、斎藤、松田と来て、コンマス・次席奏者揃い踏み。第2ヴァイオリンも、山口、永峰、大林、白井、横山、林とこちらも首席奏者・次席奏者揃い踏み。ヴィオラもチェロも同様です。コントラバスだけが池松さんが登場されていませんでしたが、それ以外は日本のオーケストラプレイヤーとしてのトップの人の揃い踏みです。ですから、基本のレベルが高い。こうなると、あとは指揮者とソリストの実力です。

 レーピンをソリストに迎えたベートーヴェン。聴きものでした。レーピンはデビュー当時はただ指の回るだけのお兄ちゃんだったわけですが、最近は技術は勿論、表現力も十分着いてきたと申し上げてよいと思います。前回N響に登場したのは2001年の12月で、デュトワのサポートの下、ラロの「スペイン交響曲」を演奏しました。そのときのラロは、上手だったのですが、余裕がありすぎて嫌味という演奏だったという印象を持っています。それに比べて、今回のベートーヴェンは、ベートーヴェンに真摯に向き合う演奏で結構でした。

 レーピンにしてみれば、ベートーヴェンを颯爽と演奏することなど朝飯前なのでしょうが、彼は、一音一音をおろそかにせずじっくりと演奏してみせました。ゆっくりとしたテンポで堂々と進み、あえて美音も響かせなかったようです。結果として、わりとごつごつした厳しいベートーヴェンになっていました。それでも技術は流石です。カデンツァのテクニック。ヴァイオリン1本で演奏しているわけですが、まるでアンサンブルのように聴こえます。トータルとしてよく考えられた演奏でした。アシュケナージ/N響のサポートもなかなか結構。これもレーピンに合わせた巨匠的ベートーヴェンでした。でもどこか贋物的に聴こえるところがあります。そこがアシュケナージの本質なのでしょうか?、それとも私の偏見か?

 ショスタコーヴィチの8番。これは結構でした。アシュケナージのショスタコは以前聴いた「パピ・ヤール」でもそう思ったのですが、非常に素晴らしいものです。演奏の完成度という点では、細かいところでのミスがあるなど必ずしも満点とは申し上げられないのですが、演奏の骨格は文句なしです。決して演奏が楽な作品ではないと思うのですが、小さいミスがあっても崩れない。個人のプレーヤーの技量に改めて感心いたしました。

 第一楽章の深い踏み込んだ表現、重厚さがあふれておりました。アシュケナージのショスタコに対する思い入れが強く感じられます。第2楽章のスケルツォのグロテスクなユーモア。第3楽章の颯爽とした進行とその反対の重苦しい第4楽章。そして、それらが合わさってまとまり、更に支離滅裂になって静かに終わる第5楽章。どの楽章も表情が明確で、それぞれの特徴を示す確固としたものがあります。木管は総じて良く、中野、北島、横川、岡崎さんのそれぞれの音色に加えて、ピッコロの菅原さん、イングリッシュホルンの池田さんの長大なソロ、バスクラリネットの山根さんが素晴らしい演奏をして大層結構でした。打楽器ではシロフォンの竹島さんの名前もあげましょう。弦ではヴィオラセクションとチェロセクションの重厚な響き、堀さんのヴァイオリン・ソロと木越さんのチェロ・ソロも結構なもので、おおいに楽しみました。

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2005年11月12日 第1553回定期演奏会
指揮:
マティアス・バーメルト

曲目: チャイコフスキー   ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35
      ヴァイオリン独奏:ヴィヴィアン・ハーグナー
       
  ブラームス   交響曲第2番 ニ長調 作品73

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:堀、2ndヴァイオリン:永峰、ヴィオラ:店村、チェロ:木越、ベース:池松、フルート:神田、オーボエ:茂木、クラリネット:磯部、バスーン:岡崎、ホルン:松崎、トランペット:関山、トロンボーン:栗田、チューバ:池田、ティンパニ:久保、

弦の構成:協奏曲:14型、交響曲16型

感想
 
本日の定期演奏会は、最初バーメルト指揮でアナウンス。曲目は、「ルスランとリュドミュラ」序曲、チャイコフスキー「ヴァイオリン協奏曲」、そしてシェーンベルグ編曲のブラームス「四重奏曲」でした。ところが、もう来日はないだろうと見られていたサヴァリッシュが急遽来日できることになり、指揮者が変更、曲目も本日のものに変更になりました。サヴァリッシュのブラームスといえば、もう聴きものに決まっていますからおおいに期待が持てたのですが、流石に高齢のマエストロ、結局健康上の理由で来日は叶いませんでした。N響は、指揮者を最初の予定のバーメルトに戻し、曲目はサヴァリッシュ指定のもので演奏いたしました。

 こういう経緯ですから、バーメルトにとっては相当やりにくかった演奏会だと思います。なにせ相手は、名演が予想される、「幻の」サヴァリッシュの演奏ですから。そして、実際の演奏は、相手がサヴァリッシュであるなしにかかわらず、ぱっとしないものになりました。

 まず、ハーグナーをソリストとして迎えたチャイコフスキー。一言で申し上げるならば「美女と野獣」のような音楽でした。「美女」はソリスト、「野獣」はオーケストラです。ただし、この「美女」は深窓の令嬢ではなく、一寸蓮っ葉なところがあるしたたかさを内に秘めた女性です。ソロ・ヴァイオリンの音色が上品です。カデンツァも丁寧に弾いていて、ゆったりとして可愛らしい演奏でした。第3楽章のアレグロも、極端に速くなることはなく、おっとりと速い、という印象でした。ただ、音の作り方は正確な切れよりも雰囲気を重視しているように聴こえます。そのような計算高さが、「一寸蓮っ葉なところがあるしたたかさ」というところに結びつくのです。

 それに対するオーケストラは、微妙に音が強めです。音色もソロから比べると汚くにごった感じがします。ヴァイオリン・ソロと合わせる管楽器、フルート、オーボエ、クラリネットなどは色気も感じられてなかなか良かったので、指揮者の全体の音楽の作り方の趣味が野獣だったのでしょう。

 ブラームスの2番。サヴァリッシュで聴きたかった。バーメルトの演奏は、いかにもドイツ風の演奏です。ごつごつしていてゆったりと重厚。そこはよろしいのでしょうが、反面、音の輪郭がぼやけていて内声も整理されておらず、すっきりしないものでした。ゆったりとは演奏されているのですが、ブラームスの2番のもつ伸びやかさがあまり感じられなかったのが残念です。フォルテの音が濁るのも、金管系のミスが多かったのも残念なところです。かつて、サヴァリッシュのブラームスの2番を聴いた思い出から申し上げれば、彼はもっと洗練された演奏に仕上げたように思います。そのときから10年、今回振っていたら、最晩年のマエストロは、どんなブラームスに仕上げたのでしょう。昨年のベートーヴェン7番の名演を思い出し、更に今回のぱっとしないバーメルトの演奏を聴くにつけ、サヴァリッシュの体調不良が返す返すも残念です。

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2005年11月18日 第1554回定期演奏会
指揮:
マティアス・バーメルト

曲目: ベートーヴェン   バレエ音楽「プロメテウスの創造物」序曲
       
  モーツァルト   ピアノ協奏曲第22番 変ホ長調 K.482
      ピアノ独奏:イモジェン・クーパー
       
  ブルックナー   交響曲第6番 イ長調

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:篠崎、2ndヴァイオリン:永峰、ヴィオラ:佐々木、チェロ:藤森、ベース:西田、フルート:神田、オーボエ:茂木、クラリネット:横川、バスーン:岡崎、ホルン:樋口、トランペット:関山、トロンボーン:客演、チューバ:池田、ティンパニ:植松、

弦の構成:交響曲16型、その他12型

感想
 
本日の演奏会は、ありそうで滅多にやらないプログラムです。ベートーヴェンの「プロメテウスの創造物」は、ちょっとした埋め草に使われる曲ですが、N響では、1993年以来12年ぶりの演奏です。次のモーツァルトのK.482は、モーツァルトのピアノ協奏曲の中でも有数の名曲ですが、コンサートには滅多にかかりません。私がN響を聴くようになった1988年以降で初めての演奏でしょう。ブルックナーの6番も1992年以来13年ぶりの演奏です。ちなみにこの3曲の中で私が実演を聴いたことがあるのは、「プロメテウスの創造物」のみです。それだけに楽しみに出かけました。

 指揮者はバーメルト。この方、よく言えば重厚、悪く言えば鈍重な指揮者です。この指揮者の体質に合った作品であれば、それなりに聴けるのでしょうし、そうでなければ、よくは聴けない。唯それだけです。本日の演奏会は、バーメルトの体質に合った音楽とあまり似合わない音楽とが共存していたようです。

 「プロメテウスの創造物」は、その意味からすれば、中庸なポジション。バーメルトの特徴が良く出ている演奏ではなかったと思いますし、演奏自身の流れも、N響としては、ごく水準のものと申し上げてよろしいと思います。

 次いでのモーツァルト。ここではイモジェン・クーパーのピアノが絶品でした。この方のモーツァルトは何度も聴き、そのたびに感心しているのですが、本日の22番も実に聴き手をうならせます。基本的にはやや軽めの音色なのですが、軽くなりすぎない。一音一音をゆるがせにせず、明確に表現します。音が流れず、しっかりと立っているところなど抜群の技量です。装飾音も適度に使うところも結構でした。第2楽章のしっとりとした味わいも絶品でしたし、第3楽章の軽快な流れも結構でした。そしてカデンツァ。多分クーパーの自作と思われますが、非常に面白いものでした。

 しかし、それに合わせるN響はいただけません。クーパーの柔らかで軽快な音色に対して、どことなく鈍重です。そのため、オケとピアノが分離してしまい、まとまりに欠ける部分がありました。ピアノが素晴らしかっただけに残念です。

 一転してブルックナーはなかなか良いものでした。バーメルトが体質的にマッチするのがブルックナーということかも知れません。決して綺麗な音楽ではないのですが、力づよさや厳しさを感じます。第一楽章の無骨なユーモアも結構でしたし、第2楽章の厳かな中に感じられる平安な気分も結構でした。スケルツォの堂々とした様子も面白いですし、フィナーレ楽章の盛り上げ方もまあまあでした。眼を閉じて聴いていると、ブルックナー的音色の流れに乗せられて結構リラックスできました。

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2005年12月 2日 第1556回定期演奏会
指揮:
イルジー・コウト

曲目: マルティヌー   交響曲第6番「交響的幻想曲」(1953) 
       
  ブラームス   ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 作品83
      ピアノ独奏:マルティン・ヘルムヒェン

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:堀、2ndヴァイオリン:永峰、ヴィオラ:佐々木、チェロ:藤森、ベース:池松、フルート:中野、オーボエ:茂木、クラリネット:磯部、バスーン:水谷、ホルン:樋口、トランペット:津堅、トロンボーン:栗田、チューバ:池田、ティンパニ:石川、

弦の構成:16型、ただし2曲目は16-13-12-10-8の構成

感想
 
20年以上前のことですが、クラシック好きの仲間にマイナー作曲家の作品を好んで聴く男が居り、彼が「マルティヌーは良い」と申しておりました。その頃私は、そこまでマイナーな作曲家を積極的に聴こうと思わなかったので、今回がはじめての聴取です。しかし、この「交響的幻想曲」は、マルティヌーの代表作のようで、N響では1994年にピエロフラーベクの指揮で一度取り上げられています。

 はじめて聴く作品ですから、演奏の良し悪しは分かりません。作品自身は、ドヴォルザーク「レクイエム」のキリエのメロディーをモティーフに書かれた作品で、ゆったりしたメロディーが全体の雰囲気を表しています。幻想曲と言うだけあって、自由な発想で書かれた作品のようですが、曲としてのまとまりがどのようになっているのか、一度聴いただけでは、ピンと来ませんでした。演奏に関して申し上げれば、レクイエムの感覚を強く持てば、枯れた音楽になってよいと思うのですが、コウト/N響のコンビはもっと生々しい。それが、この作品にとって良いことなのかどうなのかは一寸判断がつきませんでした。

 ブラームスのピアノ協奏曲。これは相当に面白い演奏でした。この作品は、全てのピアノ協奏曲の中で最もシンフォニックな作品として知られているものですが、ヘルムヒェンは、シンフォニックな表現をほとんど拒否したと思います。ピアノを積極的にオーケストラに対峙させようとしない。ソステヌートペダルを多用して、響きを抑制します。結果として、音がオーケストラの中に埋もれてしまう部分もあるのですが、きっちりしたテクニックで弾いているので、そのまま埋没してしまうことはありません。ブラームスのピアノ協奏曲2番といえば、オーケストラにまともに戦いを挑んで、乱暴に演奏し、自滅していったピアニストを随分見ておりますので、ヘルムヒェンのやり方は大変頭の良い方法だと思いました。

 また、ヘルムヒェンは体質的に抒情的表現に秀でているピアニストだと思います。全体に繊細で丁寧な演奏ぶりで好感を持てたのですが、彼のその良質な点が最も良く現れたのが第3楽章でした。藤森さんのチェロとの掛け合いは見事としか申し上げるしかありません。ゆったりとしたテンポの中で響く繊細なチェロとピアノ、実に結構なものでした。フィナーレも軽いタッチで演奏し、この巨大なピアノ協奏曲の新たな一面を見せてくれた演奏と申し上げてよいでしょう。

 しかし、オーケストラの演奏は今ひとつ。この抒情的で繊細なピアノに対して、厚塗りの音で対抗します。表情が乏しく、威圧的です。ピアニストががんがん弾いてくるタイプの人であれば、このような演奏でも良いのでしょうが、ヘルムヘェンのようなピアノにはもっと繊細で軽い演奏を心がけた方が感動的になったのではないかと思います。また、ピアノとオーケストラの微妙なテンポ感覚のずれも気になりました。

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2005年12月24日 第1558回定期演奏会
指揮:
広上 淳一

曲目: ハイドン   オラトリオ「天地創造」Hob.XXI-2 
      独唱者:ソプラノ(カブリエル・エヴァ);釜洞祐子、
           テノール(ウリエル)     ;佐野成宏、
           バリトン(ラファエル・アダム);久保和範、
      合 唱東京音楽大学(合唱指導:田中信昭/篠崎義昭/阿部純/船橋洋介)

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:篠崎、2ndヴァイオリン:山口、ヴィオラ:店村、チェロ:木越、ベース:池松、フルート:神田、オーボエ:北島、クラリネット:磯部、バスーン:水谷、ホルン:樋口、トランペット:関山、トロンボーン:吉川、ティンパニ:植松、チェンバロ:客演

弦の構成:12型(12-10-8-6-5)、合唱団:男声68名、女声:121名

感想
 
日本のオーケストラの12月は「第9」と決まっておりまして、12月の定期公演は第9が始まる前に終わらせる。これが常識です。私も20年近くオーケストラを聴き続けていますが、この常識が覆されたことはなかったのではないかと思います。ところが、本年のN響はこの常識を覆しました。「第9」の後に定期公演を持ってくる。それもクリスマスにあわせて。演奏される曲目は降誕祭にふさわしく「天地創造」です。これは是非聴かなければ、と思い、出かけました。そしてまさにクリスマスにふさわしい、魅力的な演奏でした。

 最初、第一部と第二部との間の休憩は無しの予定だったのですが、流石にこれだけの大曲となるとそうも行かないようで、15分の休憩が入りました。そのため、全曲が終了したのがおよそ8時30分。6時開始でしたので、およそ2時間30分の公演。N響のコンサートでこの長さは異例です。しかしながら、演奏自体は非常に優れたもので、全く退屈することなく聴くことができました。

 この好演の立役者はまず広上淳一に第一の指を折らねばならないでしょう。広上はどのような音楽にしたいか明確なビジョンがあります。そして、そのビジョンをオーケストラのメンバーや合唱団員だけではなく、観客にも伝えられる力があります。これは凄いことです。彼は、見た目は風采の上がらない方ですが、指揮台に上がるとその存在感は凡百の指揮者とは異なります。本日も普通の指揮台の上に更に台を置いての指揮でしたが、大きな指揮で、彼を見ているだけでも楽しめました。身体全体でどのような音楽を作りたいのかを表現していきます。緊張と弛緩、腕を大きく振り上げて合唱団を鼓舞する様子、一転してオーケストラにレガートを要求するときの柔らかさ、彼の様子にオーケストラも合唱もビンビン反応していきます。本当に素晴らしいものでした。

 N響も繊細な音で広上に応えていました。細かいことを言えば、アインザッツに乱れがあったことやホルンが一寸ミスったことなど技術的には満点とは申し上げられないのですが、音楽の流れという点に関しては抜群と申し上げてよいでしょう。精妙な弦楽器の音、木管群も磯部さんのクラリネットを始め、要所要所で存在感を示していました。

 ソリストも良し。釜洞祐子は16年前、オットマール・スウィトナー指揮のN響定期演奏会で「天地創造」を歌っていますが、同じ役での再登場。ガブリエル・エヴァという役には彼女よりももう少し声に厚みのあるタイプのソプラノが向いているのではないか、と思わないではないのですが、彼女の歌も決して悪いものではありません。何しろ技術的にしっかりしていて、歌の切れが良いところが素晴らしい。上向音型を駆け上がりながら、つつしみ深くヴィヴラートをかけるところなどまさに絶品です。9番のアリア、19番の三重唱、第3部の重唱がことによかったと思います。

 佐野成宏もグッド。佐野の抜けの良い軽めの美声は、このオラトリオの祝祭的雰囲気を盛り上げるために絶妙です。25番のアリアや30番のレシタチーブが結構でした。

 久保和範は予想外の好演。高音の響きが良いバリトンで、最低音で苦しいところがありましたが、そこを別にすれば、非常によい演奏だったと思います。存在感があり、安定感のある歌唱で、全体を底支えしていたと思います。

 合唱も予想以上に良かった。学生合唱団としては、東京音大は、東京芸大や国立音大からは一寸離された位置にあると思うのですが、随分練習を重ねたようで、迫力もあり、音楽性も魅力あるものでした。初め男声が弱いようにも思ったのですが、フーガをしっかり歌いきるなど後半はきっちりとまとめてきました。

 大変素晴らしいクリスマス・コンサートでした。演奏会の最後に、オーケストラが下がった後、合唱団がアカペラで「清しこの夜」を歌いました。この趣向も楽しめました。

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