NHK交響楽団定期演奏会を聴いての拙い感想-2006年(前半)

目次

2006年01月28日 第1559回定期演奏会 ヘルベルト・ブロムシュテット指揮
2006年02月03日 第1560回定期演奏会 ヘルベルト・ブロムシュテット指揮
2006年02月25日 第1562回定期演奏会 ウラディーミル・アシュケナージ指揮
2006年03月03日 第1563回定期演奏会 ウラディーミル・アシュケナージ指揮
2006年04月08日 第1565回定期演奏会 シャルル・デュトワ指揮
2006年04月14日 第1566回定期演奏会 シャルル・デュトワ指揮
2006年04月30日 第1568回定期演奏会 スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ指揮
2006年05月12日 第1569回定期演奏会 スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ指揮
2006年06月03日 第1571回定期演奏会 渡邊一正指揮
2006年06月09日 第1572回定期演奏会 準・メルクル指揮

2005年ベスト3
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2004年ベスト3
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2006年 1月28日 第1559回定期演奏会
指揮:
ヘルベルト・ブロムシュテット

曲目: ブラームス   ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品77
      ヴァイオリン独奏:クリスティアン・テツラフ
       
  ブラームス   交響曲第1番 ハ短調 作品68

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:ペーター・ミリング(客演)、2ndヴァイオリン:山口、ヴィオラ:店村、チェロ:藤森、ベース:池松、フルート:神田、オーボエ:北島、クラリネット:磯部、バスーン:岡崎、ホルン:松崎、トランペット:津堅、トロンボーン:新田、ティンパニ:植松

弦の構成:13-14-10-8-6(協奏曲)、15-16-12-9-7(交響曲)

感想
 
本年はモーツァルト生誕250年ですし、その上誕生日が1月27日ですから、誕生日記念オール・モーツァルト・プログラムでもよかったと思うのですが、ブロムシュテットが選んだのはブラームスの2曲。ブロムシュテットのモーツァルトも定評のあるところですが、彼の最も得意とするのは、ブルックナーとブラームスですから、まあこういう選択はよく分かります。また、この2曲はブラームスの諸作品の中でも最も人口に膾炙している作品で、ことし最初のN響のプログラムとしても悪くないと思います。

 しかしこのプログラムはある意味非常にたいへんだと思います。あまりに知られていて、どう演奏しても比較されることは覚悟しなければならない。若い指揮者だと自分のオリジナリティに拘って、却って詰まらない演奏になる、といったこともあります。しかし、流石にブロムシュテットです。標準的な演奏でありながら、平凡ではない。両曲とも考え抜かれた演奏で、実に名演奏でした。79歳の老匠ですが、伊達に年をとっていない、ということをしっかり示しました。

 ヴァイオリン協奏曲。一言で申し上げれば、よく整理された演奏でした。バランスも見通しも良い。端正で明快ですが、冷たくない演奏です。これは、N響の演奏もそうでしたし、テツラフのヴァイオリンにも言えることです。テツラフはヴァイオリンの音色が豊かで美しいのですが、それをロマンティックに響かせるのではなく、もっと歯切れの良い響きで引っ張らない演奏でした。そのためフォームが崩れず全体に端正に感じられたのだと思います。それでいて、セコセコした感じは全くなく、スケールの大きさを感じさせるものでした。第1楽章のカデンツァにテツラフの才能をよく示していたと思います。第2楽章のアダージョにおけるオーボエの音色(北島さん)も素敵でした。

 交響曲第1番のコンセプトもヴァイオリン協奏曲と基本は一緒のように思いました。中庸で端正な演奏ですが凡庸ではない。全体にじっくりとしっかりと演奏していくのですが、押し付けがましさや鈍重さを感じさせないところが素晴らしいです。見切りが良くて、バランスがよい演奏に仕上がっていました。第2楽章も木管の音色の美しさは出色ものでしたし、第3楽章もたいへん綺麗でした。無理のない演奏をすることによって、全体の美しさを際立たせていたのでしょう。

 雰囲気の変わったのは第4楽章。最初はゆっくりしっかり弾かせて行きましたが、後半に向かってどんどん盛り上げて行きます。ブラ1でフィナーレが盛り上がるのは当然なのですが、第1〜第3楽章が端正に演奏したので、第4楽章の行き方は一寸意外でした。しかし、前半が端正だったのに対して、第4楽章フィナーレが熱血的演奏となりましたので、その対比を面白く感じました。

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2006年 2月3日 第1560回定期演奏会
指揮:
ヘルベルト・ブロムシュテット

曲目: モーツァルト   交響曲第34番 ハ長調 K.338
       
  モーツァルト   ミサ曲 ハ短調 K.427
      ソプラノT 幸田浩子、ソプラノU 半田美和子
      テノール 福井敬、バリトン 河野克典
      合唱 国立音楽大学 合唱指導:田中信昭、永井宏

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:ペーター・ミリング(客演)、2ndヴァイオリン:永峰、ヴィオラ:店村、チェロ:藤森、ベース:西田、フルート:神田、オーボエ:茂木、バスーン:水谷、ホルン:樋口、トランペット:関山、トロンボーン:栗田、ティンパニ:久保

弦の構成:10-10-8-5-3(交響曲)、12-12-8-6-4(ミサ曲)

感想
 
2週連続で、ブロムシュテット/N響の名演奏を聴くことができました。とても幸せです。昨年後半はあまりぱっとしなかったN響だと思いますが、年末の「天地創造」を皮切りに3回連続満足の行く素晴らしい演奏を聴かせていただきました。

 今回のプログラムは、モーツァルト・イヤーにふさわしく、モーツァルトの一寸渋めの選曲2曲。1曲目は、ザルツブルグ時代の最後期のシンフォニーで、N響では12年ほど前スヴェトラーノフが取り上げています。そして2曲目は、ウィーン時代初期の宗教曲です。N響で取り上げたのは1988年が最後。そのときの指揮者がブロムシュテットでした。残念ながら、私はそのときの演奏を聴いておりません。

 最初のシンフォニー、端的に申し上げれば、端正で中庸な演奏でした。速すぎないアレグロで演奏され、音色も特段に美しいということはないのですが、汚くなることはない。N響は、勿論指揮者によるわけですが、小編成で演奏するときその精妙さを発揮することが多いのですが、今回もその例外ではありませんでした。基本的には歯切れの良い演奏なのですが、その歯切れが、オーセンティック楽器で演奏されたときの歯切れのよさとは異なった、よりしっとりとした感じのものでした。特に第2楽章のアンダンテがしっとりとしていて柔和な演奏で素敵でした。

 後半の大ミサ。これは勿論「レクイエム」と並ぶモーツァルトの2大傑作宗教曲の一つですが、なかなか演奏されない作品です。私も実演で聴いたのは20年ぶりぐらいです。実は昨年秋、国立音楽大学の声楽学科の3年生が、学内演奏会でこの作品を取り上げています。その演奏会を私は聴きに行ったのですが、所用でメインプログラムである「大ミサ」を聴かずに帰りました。そのため、今回のN響を楽しみにしました。

 そこで、本日ですが、残念なところもあったのですが、非常に素晴らしい演奏でした。

 残念なところというのは、NHKホールの広さです。NHKホールは巷間言われるほど悪いホールではないのですが、声楽をきっちり演奏するには流石に広すぎます。歌手はその広さに圧倒されて無理をし、スタイルを崩すことがよくあります。本日のソリストはそこを無理せず、端正な歌唱に終始しておりよかったのですが、反面、声が遠くてソリストの迫力を感じられるものではありませんでした。会場がもう少し小さければ、もっと楽しめただろうにと思います。

 しかし、そこを別にすれば、オーケストラ、独唱、合唱ともに均整の取れたくっきりとした造型で素晴らしい演奏でした。オーケストラは端正で中庸な演奏に終始し、声楽とのバランスも考慮して控えめに演奏しました。そのため、音楽が締まって美しく響きます。弦楽がきっちりと前面に出て、低音部も充実し、たいへん結構なものでした。クレド2曲目の「肉体を受けて」は、幸田浩子とフルート、オーボエ、ファゴットの3人による四重奏になる部分ですが、そこの室内楽的美しさは、まさに聴きものでした。

 合唱は、男声の響きに一部今ひとつの部分があったことは確かなのですが、全体としては満足行くものです。国立音大の合唱はハーモニーを美しく響かせるところに伝統的な特徴があると思うのですが、その特徴があちらこちらで遺憾なく発揮されました。グローリアの第五曲では、合唱の並びを変えて響きをより深めるなど、男声44人、女声76人の合唱、おおいにがんばりました。

 ソリストも忘れてはいけません。ブロムシュテットの方針だと思いますが、どなたもビブラートを最小限にした歌唱でした。このような歌い方は歌手の実力をそのまま示してしまうので、歌手にとってはたいへんですが、みなきっちりとこなしていたと思います。幸田浩子の高く抜ける声、半田美和子の中声部の響きがよく、グローリア第4曲の二人のソプラノによる二重唱は極めて美しいものでした。

 そのほか美しいところはいくつもあり、もっと響きのよいホールでこの演奏を聴けたらどんなに素晴らしいだろうと思いました。

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2006年 2月25日 第1562回定期演奏会
指揮:
ウラディーミル・アシュケナージ

曲目: スクリャービン   交響曲第1番 ホ長調 作品26
      メゾソプラノ独唱:マリーナ・ブルデンスカヤ
      テノール独唱:セルゲイ・ラーリン
      合唱 国立音楽大学 合唱指導:永井弘
       
  スクリャービン   プロメテウス(火の詩)作品60
      ピアノ:ペーテル・ヤブロンスキー
      色光ピアノ:井口真由子
      合唱 国立音楽大学 合唱指導:永井弘 合唱指揮:岩村力

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:堀、2ndヴァイオリン:山口、ヴィオラ:店村、チェロ:藤森、ベース:池松、フルート:神田、オーボエ:茂木、クラリネット:横川、バスーン:岡崎、ホルン:松ア、トランペット:津堅、トロンボーン:新田、チューバ:池田、ティンパニ:久保、ハープ:早川、オルガン:客演

弦の構成:16型

感想
 
スクリャービンといえば、19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍した作曲家ですが、知名度の割には音楽にあまりなじみがありません。それでもピアノ音楽はアシュケナージやホロビッツの録音で聴いたことがあるのですが、管弦楽曲は、有名な「法悦の詩」を録音で聴いたぐらいです。ほとんど知りません。私はN響定期会員になって18シーズンになり、最近はプログラムの全ての作品が初耳ということはなかったのですが、今回は本当に久しぶりに知らない2作品によるプログラムとなりました。尚、後半の「プロメテウス」は、交響曲第5番と呼ばれることも多いのですが、今回のN響のプログラムでは、交響曲という記載はありませんでした。

 どちらも非常に大規模なオーケストラによる作品で、交響曲第1番はメゾソプラノとテノールの独唱、それに合唱が入る6楽章構成の作品ですし、「プロメテウス」は、独奏ピアノ、オルガン、それに鍵盤を弾くと光が舞台中央後ろに備えられたスクリーンに映し出すという色光ピアノを必要とします。色光ピアノはその概念をスクリャービンが考えた音を光に変える楽器で、現実には世の中に存在しなかったものを、今回N響が作製しての演奏でした。今回はNHK交響楽団創立80周年記念の定期演奏会ですが、作品の知名度が低すぎることを別にすれば、演奏会の規模といい、新楽器の投入といい、NHK交響楽団の入れ込みようを感じます。

 最初の、交響曲の1番は、民族主義的ロマン派の影響を強く受けた作品のようで、メロディーラインが美しい作品です。ラフマニノフとの類似性を強く感じました。しかし、スクリャービンの音楽はラフマニノフのように予定調和的にはまとまらず、どこか不安定なところがあります。そこに現代音楽への架け橋としての存在価値を感じました。また、別の言い方をすれば、この作品は映画音楽にこのような作品があったな、と思わせるような作品でした。スクリャービンは、神智学への傾倒により神秘主義的音楽に走った、とされているわけですが、その現れ方としては、映像と音楽との関係を先に予言した作曲家ではないかと思いました。

 演奏は、N響らしいそつないもの。クラリネットやフルートの音色が美しかったと思います。第6楽章は芸術讃歌のカンタータになっていますが、ここを歌ったメゾ・ソプラノのブルデンスカヤは声がよく飛ばず、そこが残念でした。

 第2曲目の「プロメテウス」は、光と音との共感覚(即ち、ある五官を刺激するとその感覚に加えて別の感覚も反応する神経現象)に基づいた、音と光との融合を目指した作品だそうです。ここで作曲家は「色光ピアノ」のパートを2声で作曲?し、これまでも二つの色光で会場を満たす試みがなされてきたそうです。しかし、スクリャービンの光のイメージはもっと複雑で、彼の楽譜への書き込みに忠実に再現することはこれまで出来ませんでした。コンピュータの発達でその再現が可能になり、今回の演奏会に至ったようです。

 スタッフは、プロデューサー:川口義晴、照明設計:成瀬一裕、演出:今井伸昭、装置:鈴木俊明、といった面々。色光ピアノの映像は、舞台後方の黒い3面のスクリーンに映し出されます。その映像は、混沌としたもので、特別のイメージを示しているものではありませんが、青、赤、黄色、緑と変化しながら、光の動きも前後、上下左右、客席に対するスポットライトも含めて、極めて立体的なものでした。

 演奏についてはコメントつけようがありません。とにかく全く初めての経験です。総じて申し上げれば、N響はきっちりと演奏されていたようですが、光の印象が強すぎて音楽まで気が回らない。この作品は「交響曲」として書かれることも多いのですが、ピアノの活躍も多いピアノ協奏曲的側面も持っているようです。ヤブロンスキーはきっちり演奏していたようですが、終わってみると、音楽の方は印象がとても薄いです。

 これは音楽が難解だったというよりも、映画的に見えた、ということではないでしょうか?私はこの映像を見ながら、ディズニーの映画「ファンタジア」を思い出しました。演奏されている音楽は、あの映画のようにポピュラーではないし、光の洪水もずっと複雑です。でもそこに示される根本は、「ファンタジア」と同一はないか、と思います。

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2006年 3月 3日 第1563回定期演奏会
指揮:
ウラディーミル・アシュケナージ

曲目: チャイコフスキー   交響曲第1番 ト短調 作品13「冬の日の幻想」
       
  チャイコフスキー   交響曲第6番 ロ短調 作品74「悲愴」

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:篠崎、2ndヴァイオリン:山口、ヴィオラ:店村、チェロ:木越、ベース:西田、フルート:神田、オーボエ:北島、クラリネット:磯部、バスーン:水谷、ホルン:松ア、トランペット:津堅、トロンボーン:栗田、チューバ:池田、ティンパニ:植松

弦の構成:16型

感想
 
悪い演奏ではなかっと思います。でも、こういう演奏を聴かされると、「ウラディーミル、指揮する時間があるならば、もっとピアノ弾いてよ」と申し上げたくなる。要するになぜ、指揮者がアシュケナージでなければならないのか分からない演奏なのですね。勿論アシュケナージがいい演奏をするときもある。私が強い印象を持っているのはショウスタコーヴィチを演奏したときです。でもそれ以外で抜群によい演奏、というのは一寸記憶にないのです。今回も明日になれば、忘れるだろうな、という程度の演奏です。ピアノを弾けば、20世紀後半を代表する一人であるアシュケナージは、指揮者としては、その他大勢の一人でしかないようです。実はこの定期公演の前に、N響は今回のプログラムをCD録音しているそうなのですが、私は今回の演奏を聴く限り買おうとは思いません。

 「冬の日の幻想」は、全体的にゆっくりとしたテンポで演奏されました。第1楽章は、アレグロ・トランクイロという速度記号だそうですが、もっと遅いテンポで弾かれたようでした。このようなゆったりとした演奏では、オーケストラの息遣いが一致して盛り上がれば味わい深い演奏になるのですが、そのテンポについていけない方もいらして、僅かにアンサンブルが揃わないところがあります。またオーケストラの音色もどちらかといえば暗いもので、このような雰囲気で「冬の日の幻想」を表現しようとしているのか、と思いました。

 ゆったりとしていましたが、彫りの深い演奏ではなく、ところどころ美しい部分があるのですが、幻想的ではなく、大陸的な冬の厳しさを表現しているのかしら、と思いながら聴いていると、スッと抜けてしまうところもありで、聴き手の心を捉えるものがない。N響の基本的にレベルの高い演奏技術がありますから、駄目な演奏ではないのですけれども、アシュケナージが何をしようとしているのかが見えない演奏でした。

 「悲愴」もゆっくりとしたテンポで始まりました。テンポを抑えながらも細かく動かして表情を作っていきます。その結果、ねちっこい感じの音楽となりました。別な言い方をすれば、ゆったりとはしていますが、ふくよかではない。懐の浅い音楽になっていたと思います。ゆっくりとしたテンポで演奏するならば、どっしりと構えて、堂々と演奏すればよいと思うのですが、下手に小細工をしてつまらなくしているのではないか、という気がしました。

 この遅さは全曲を覆いました。第3楽章だけは普通のテンポでしたが、他は遅い。そのテンポ感覚は、「冬の日の幻想」と「悲愴」とで一貫していたということでしょう。しかしながら、どちらも彫りの浅い演奏で、テンポの遅さを有効に活用していたとは申し上げられない。悲愴の第4楽章は、私はオーケストラの悲愴な気分に入っていけず、外側からしらけて見ている自分を感じていました。

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2006年 4月 8日 第1565回定期演奏会
指揮:
シャルル・デュトワ

−N響創立80周年記念−

曲目: ベルリオーズ   劇的物語「ファウストの劫罰」作品24
      マルガレーテ:ルクサンドラ・ドノーゼ(メジ・ソプラノ)
      ファウスト:ジャン・ピエール・フルラン(テノール)
      メフィストフェレス:サー・ヴィラード・ホワイト(バス・バリトン)
      ブランダー:佐藤 泰弘  ソプラノ:天羽 明恵
      合唱:二期会合唱団、児童合唱:東京少年少女合唱隊
      合唱指導:佐藤 宏、児童合唱指導:長谷川冴子

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:篠崎、2ndヴァイオリン:山口、ヴィオラ:店村、チェロ:木越、ベース:西田、フルート:神田、オーボエ:青山、クラリネット:横川、バスーン:水谷、ホルン:松ア、トランペット:関山、トロンボーン:新田、チューバ:池田、ティンパニ:久保、ハープ:早川

弦の構成:16型

感想
 
本日のような演奏を聴くと、デュトワが大指揮者である、ということを何の違和感もなく納得できます。一つはデュトワらしい捌き方で音楽全体を構成しているのですが、そのデュトワの個性が音楽とぶつからないところが素晴らしいと思います。N響はデュトワ音楽監督時代に明らかにそのスキルがアップしましたが、彼が退任したあともN響のスキルを一番上手く引き出せるのがデュトワなのだな、とある意味至極当然なことを感じておりました。

 本日の曲目は、劇的物語「ファウストの劫罰」です。デュトワ/N響はこの作品を1987年9月の定期公演で取り上げていますので、19年ぶりの再演ということになります。私は、87年9月はまだN響の定期会員になっておりませんでしたので、今回がはじめての経験となります。だから前回の感想との比較は出来ないのですが、全体として素晴らしい演奏だったと申し上げることに躊躇はありません。

 デュトワのベルリオーズは定評のあるところですが、彼の真骨頂は、ベルリオーズの怪奇趣味を深追いせず、音楽的感性とのバランスの中で作品を再構成するところでしょう。今回の「ファウストの劫罰」もその線を全く崩していませんでした。全体がきめ細かいのにダイナミックであり、それでいて構成がしっかりしているので、見通しがはっきりしていて、デュトワが大規模管弦楽作品を上手く演奏するときの特性が上手く現れていたように思います。

 そのデュトワの指揮にN響のメンバーもがんばりました。音の立体感が普段と一味違いました。「ハンガリー行進曲」がこれほど感動的に響いたのを聴いたのははじめての経験ですし、そのほかもバレエ音楽のようにオーケストラが単独で演奏する部分では、N響の上手さが際立っていたと申し上げます。全体としてすっきりとした演奏だったのですが、弱音の表現が良いのも特徴的でした。和久井さんのイングリッシュ・ホルン・ソロ、店村さんのヴィオラ・ソロ、ホルンパートの弱音表現、第1、第2ヴァイオリンのトップ4人による演奏と、N響の力量をきっちり示していました。

 ソリスト・合唱も良かったです。まず、ホワイトのメフィストフェレスが出色。明晰なバス・バリトンで、あのNHKホールで、無理をしている様子が感じられないのにしっかりと聴こえてくるところが凄いです。黒人特有の艶のある美声で歌うのですが、積極的に悪魔になって歌うという感じではなくて、ベルリオーズの指示を最大限守る結果として、悪魔としての存在感が出てくる、という感じの歌唱で、そこもよかったと思いました。「蚤の歌」や「メフィストフェレスのセレナード」良かったです。

 ドノーゼのマルガリーテもよい。深みがあるけれどもこもらないメゾで、私の好きなタイプの声です。登場のアリア「トゥーレの王」がよく、「グレートヒェンのつむぎ歌」も非常に行き届いた歌で、聴き応えがありました。

 フルランのファウストも悪くないが、恐らく声の調子が絶好調と申し上げられない状況だったはずです。基本的に美声の方ですが、高音部の苦しいところもありましたし、そのほかところどころ声にざらつきがあって、感銘を受けることは出来ませんでした。佐藤泰弘のブランデーネは、声量で見劣りがしました。

 合唱は二期会。男声が80人、女声が70人の150人によるものですが、これがまた結構。特に男声合唱に魅力的な部分が多く、二期会合唱団の力を示したものと思います。東京少年少女合唱隊による児童合唱の効果は、二期会とオーケストラとにはさまれて、あまりはっきりしなかったと思います。

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2006年 4月 14日 第1566回定期演奏会
指揮:
シャルル・デュトワ

曲目: ラヴェル   スペイン狂詩曲
       
  モーツァルト   ピアノ協奏曲第20番ニ短調 K.466
      ピアノ独奏:ピョートル・アンデルシェフスキ
       
  シマノフスキ   交響曲第4番(協奏交響曲)作品60
      ピアノ独奏:ピョートル・アンデルシェフスキ
       
  ラヴェル   バレエ音楽「ラ・ヴァルス」

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:堀、2ndヴァイオリン:永峰、ヴィオラ:佐々木、チェロ:藤森、ベース:吉田、フルート:客演(高木綾子)、オーボエ:茂木、クラリネット:磯部、バスーン:岡崎、ホルン:松ア、トランペット:関山、トロンボーン:栗田、チューバ:池田、ティンパニ:久保、ハープ:早川

弦の構成:16型(モーツァルト:12型)

感想
 
デュトワが英デッカからデビューした当時、デッカは彼に「アンセルメの再来」というキャッチフレーズをつけました。確かに彼のレパートリーはフランス音楽と近・現代の大規模管弦楽曲が中心です。勿論N響の常任指揮者や音楽監督時代はベートーヴェンもマーラーも演奏していますが、やっぱり印象深いのはベルリオーズやラヴェルに多い。今回の来日ではそのベルリオーズとラヴェルを中心にしたプログラム。先週の「ファウストの劫罰」も大変優れた演奏でしたが、今回のラヴェルを中心としたプログラムもデュトワらしさが満ち溢れた演奏でした。

 とにかくデュトワのラヴェルは最高の聞きものと申し上げます。「スペイン狂詩曲」は、最初一寸おとなしい感じがしましたが、すぐにデュトワの「けれん」を感じさせて結構でした。N響の演奏は一糸乱れぬ、というわけにはいかず完成度が最高とは申し上げられないのですが、オーケストラの息遣いはふんわりと柔らかく、フランスのエスプリを感じさせるに十分のものだったと思います。こういう演奏を聴いてしまうと野暮ったい指揮者のラヴェルは聴けませんね。

 アンデルシェフスキは、モーツァルトのピアノ協奏曲を、モーツァルトの時代であるロココ的美しさを強調するよりも、もっとシンフォニックな響きで演奏をしました。ミスタッチはありましたが全般に丁寧な演奏で、しっかりした構成を作っていきます。ダイナミックレンジの広い演奏で、激しい響きと柔らかい響きの対称が見事です。理性的な演奏を心がけながらも感情が理性を超えてしまうような演奏でした。第2楽章の緩徐楽章は、基本的にロマンティックな表現で、中間部の荒々しいをはさむ両端のゆったりした部分を対比しました。第3楽章の速いパッセージも見事でした。

 なかなか特徴的な演奏でしたが、このような演奏は好悪が分かれるのではないかと思います。私は好きではない。アンデルシェフスキの聴かせたかった音楽は分かるのですが、モーツァルトはもっともっと柔らかく軽めの響きで演奏した方が魅力が出ると思います。

 一方、シマノフスキはアンデルシェフスキのピアノ演奏の技術を生かすのにもっと適当な作品であると思いました。シマノフスキの交響曲第4番を私は初めて聴きましたが、交響曲の楽器としてピアノを使用するというよりはピアノ協奏曲に近い作品ですが、ピアノソロがオーケストラと対抗して演奏しないという意味では、やはり交響曲なのでしょう。作曲された時代の影響か、音楽全体に流れる不安なイメージが印象的でした。打楽器のリズムに音楽が乗るのが全体のコンセプトとしてあり、テインパニ、大太鼓、小太鼓が各地で活躍します。木管金管も活躍しますが、フルートの活躍が特徴的でした。第3楽章のフィナーレは踊りの音楽。本日のプログラムのコンセプトは「踊り」だな、と思いました。

 そして「ラ・ヴァルス」。もうデュトワ節です。デュトワ最高の演奏であるとは申しませんが、あのデフォルメされたウィンナワルツを颯爽とエスプリを感じさせながら演奏するところ、彼の独壇場と申し上げてよろしいと思います。

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2006年 4月 30日 第1568回定期演奏会
指揮:
スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ

曲目: シューベルト   交響曲第7番ロ短調 D.759「未完成」
       
  モーツァルト   交響曲第39番変ホ長調 K.543
       
  モーツァルト   交響曲第41番ハ長調 K.551「ジュピター」

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:堀、2ndヴァイオリン:山口、ヴィオラ:店村、チェロ:木越、ベース:吉田、フルート:神田、オーボエ:青山、クラリネット:磯部、バスーン:岡崎、ホルン:松ア、トランペット:津堅、トロンボーン:新田、ティンパニ:久保

弦の構成:12型(シューベルト:14型)

感想
 
ミスター「S」の得意とする音楽は、ブルックナー、ベートーヴェン、ブラームスという正統派ドイツ音楽ですから(勿論、ショパンやシマノフスキのようなお国ものもよく取り上げます)、重厚な音楽を組み立てていくようなイメージがありますが、実際はそうではない。既に80歳を過ぎ、長老指揮者の一人となっているのですから、だんだん遅くなって、「重厚な」という形容詞で彩られながらも実際は音楽のもつ柔軟さに対応できなくなっていったかつての大指揮者たちと同じ道を歩んでもおかしくないと思うのですが、実際は中庸な音楽を披露します。N響にはほぼ2年ぶりの登場でしたが、今回の演奏も柔軟性のある音楽作りで感心いたしました。

 「未完成」は、速い、すっきりしたテンポで進みます。未完成交響曲といえば、ロマン派音楽を代表する交響曲で、ポルタメント多用の甘ったるく演奏されるイメージが何となくあるのですが、ミスターSは、甘ったるくもなく、だからと言って厳しくもないぎりぎりのバランスで演奏します。特に第2楽章は、基本的にはそっけない演奏だと思うのですが、僅かにテンポを動かし、その結果音楽のもつ懐かしい印象を浮き彫りにするところ、見事でした。クラリネット、オーボエ、フルートの演奏も良かったと思います。

 モーツァルトの39番。万全の演奏ではありませんでした。入りも揃っていませんでしたし、第2楽章のユニゾン部分も第2ヴァイオリンのどなたかがミスをされて音色が濁りました。そういったミスが耳につきましたが、それでも全体としてはバランスの取れた見事な演奏と申し上げてよろしいと思います。第一楽章の落ち着いているけれども重くならない表現。第二楽章の中音部の充実。メヌエットはアレグレットのはずですが、アレグロのように聞こえました。そして軽快なフィナーレ。繰り返しをきっちり行い、手抜きをせずに埋め込んで行った印象。遅くなることはないのですが、しっかりした足取りが素敵でした。

 ジュピター交響曲。これまた中庸の名演と申し上げてよいでしょう。基本的に柔らかで暖かな音色であり、いわゆるスケール感を誇示するような演奏ではないのですが、楽譜に書かれているものを押さえていけば自然と音楽のもつスケールが示されてしまうような演奏でした。最初、スケールを犠牲にしても細かいニュアンスを示して行こうとしているように聴いたのですが、実際はそうではなかった。細かいニュアンスを示して行っても音楽のもつスケールは示されてしまうのです。そういう音楽作りをするところ、スクロヴァチェフスキの真骨頂なのでしょう。第1楽章の豊かな表情。ファゴットの下支えも見事。第2楽章の内声部の充実。メヌエットの硬柔の見事なバランス、フィナーレはアタッカで続けたかったのでしょう。会場の咳払いで一瞬開始が遅れたのが残念でした。

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2006年 5月 12日 第1569回定期演奏会
指揮:
スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ

曲目: ブルックナー   交響曲第8番ハ短調(ノヴァーク版/1890年)

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:篠崎、2ndヴァイオリン:山口、ヴィオラ:店村、チェロ:藤森、ベース:吉田、フルート:神田、オーボエ:青山、クラリネット:横川、バスーン:岡崎、ホルン:樋口、ワグナー・チューバ:今井、トランペット:津堅、トロンボーン:新田、チューバ:池田、ハープ:早川、ティンパニ:久保

弦の構成:16型

感想
 
普段N響は3階席から聴くことにしていて、そのほかの席で聴いたことはほとんどなかったのですが、知人がいけなくなったと本日のチケットを譲ってくれたので、初めて1階席それも前から3列目、端の方で聴きました。3階席で聴くのと全然音が違います。まず音が混じらず楽器からストレートに聴こえます。ヴィオラが左の方から聴こえてくるのに対し第二ヴァイオリンは右の方から聞こえて来るという感じ。木管はヴァイオリンの後ろから聞こえてくる。それぞれの音がクラスターとなって飛び込んできて、ミックスしないのですね。舞台に近すぎて、倍音がほとんど聴こえない。音が生々しく、また、N響奏者の基本的力量がとても高いのだ、ということがいやおうなく認識させられます。

 でも私は1階はもう結構です。まず、誰が舞台にいるのかが分からない。これは、N響ウォッチングをやっている立場としてはつらいです。上記に主なメンバーを書きましたが、実を申し上げると、私の席からは管楽器の右半分やチェロやコントラバスを誰が演奏していたかは全く分かりません。とりあえずは各種情報を総合して書きましたが、間違っているかも知れません。

 また、それぞれの楽器の音がストレートに聴こえて、音色が混じりあわないのも私の趣味ではありません。確かにオーケストラの位相は分かりますが、初期のステレオ録音を思い出して一寸気持ちが悪い。私には、音の輪郭が一寸ぼやけて、お互いの楽器の音が適度に交じり合った3階席の方が自分の趣味に合うようです。

 さて、肝心の演奏ですが、要するにスクロバ節なのでしょう。テンポを自在に動かしてしかしながらしっかり弾かせる。この演奏を支持する人が多いのは分かります。悪い演奏ではなかったと思います。でもブルックナーの8番交響曲を演奏する、という1点だけで見たとき、本当にこの演奏が音楽に奉仕しきっているのか、と思うと何か違うのではないかと思うのです。結構テクニカルなミスがありました。ホルンが明らかに外したところが2箇所。ヴァイオリンの出だしが揃っていなかったところもありましたし、いわゆるアインザッツが揃わない演奏でした。

 ブルックナーのにおいの強い演奏だったと思うのですが、指揮台の痩身長躯の老人が見えなかったら、観客はあれほど熱狂したのかしら。そんな風に思いました。

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2006年 6月 3日 第1571回定期演奏会
指揮:
渡邊 一正

曲目: ハチャトゥリヤン   バレエ音楽「ガイーヌ」〜「剣の舞」、「ばらの少女たちの踊り」、「子守唄」、「レスギンカ」
       
  メンデルスゾーン   ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64
       
  ラフマニノフ   交響的舞曲 作品64

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:篠崎、2ndヴァイオリン:永峰、ヴィオラ:井野邉、チェロ:藤森、ベース:吉田、フルート:神田、オーボエ:青山、クラリネット:横川、バスーン:岡崎、ホルン:松ア、トランペット:津堅、トロンボーン:新田、ティンパニ:久保、ピアノ:客演、ハープ:早川

弦の構成:16型(協奏曲:14型)

感想
 
本日は事故のせいで電車のダイヤが大幅に狂っていました。いつもと同様5時50分にNHKホールに到着できるように家を出たのですが、NHKホールに到着したのは18時30分を回っておりました。そのためハチャトゥリアンとメンコンの第一楽章は聴けずじまい。事故ですから仕方がないのですが、残念です。ことにガイーヌはN響で滅多に取り上げず、前回取り上げられたときも事情で聴けなかったので、ことに残念です。という訳で、今回の感想は、メンコンの後半とラフマニノフだけになります。

 カプソンがソロで登場した「メンコン」。後半を聴いた感じは、草書体のメンコンでした。ただしこの草書体は、薄い墨でのさらさらとした草書体ではなく、濃厚な墨をたっぷり含ませたメンコンと申し上げてよろしいでしょう。結構けれんのある演奏です。特にオーケストラのサポートが密度のあるものでした。その上を流れるカプソンの音色は、一音一音をゆるがせにせず作り上げていくのとは全く逆。流れに身を任せて音を見せていく。音色が綺麗なので気になりませんが、本当に細かいところまで行き届いた演奏とは申し上げられないような気が致しました。この柔らかさは、遅い曲にこそ有効なようです。アンコールにグルックの「メロディー」を演奏したのですが、こちらは絶品でした。

 「交響的舞曲」といえば、デュトワの演奏が印象に残っています。この多様性があって、一つ間違えると発散してしまうようなこの作品を風通しよく、すっきりと色彩豊かに演奏されました。ソリストも上手でした。この演奏から見ると、本日の渡邊の演奏は、ずっと泥臭いものでした。勿論ソリストたちの技術、第1楽章のアルトサックスとオーボエやイングリッシュホルンとの掛け合いの部分などは、非常に息のあっているところでよかったですし、総じて管楽器群の上手さが光りました。しかし、渡邉の音楽作りのやり方は、すっきりしたものとは言えず、技術的にも第2楽章の低音弦楽器のピチカートなどは、一糸乱れずというというわけには行かなかったようです。それ以上に、渡邊自身がこの作品にどこか陶酔する所があって、作品を突き放して見ていないのではないか、という気が致しました。ラフマニノフ特有の安っぽい甘ったるさが押さえきれていないように思うのです。勿論、ラフマニノフの魅力はそこにあるとおっしゃる方がいることは知っておりますので、私の趣味ではない、ということだけなのですが。

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2006年 6月 9日 第1572回定期演奏会
指揮:
準・メルクル

曲目: シューマン   交響曲第4番 ニ短調 作品120(第1稿,1841年)
       
  クララ・シューマン   ピアノ協奏曲 イ短調 作品7
      ピアノ独奏:伊藤恵
       
  シューマン   交響曲第1番 変ロ長調 作品38「春」

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:篠崎、2ndヴァイオリン:山口、ヴィオラ:井野邉、チェロ:木越、ベース:吉田、フルート:神田、オーボエ:茂木、クラリネット:磯部、バスーン:水谷、ホルン:樋口、トランペット:津堅、トロンボーン:栗田、ティンパニ:久保、トライアングル:石川

弦の構成:16型(協奏曲:14型)

感想
 
準・メルクルは、1997年のN響デビュー以来毎年のようにN響の指揮台に立っています。楽員からもお客さんからも高い支持を得ている証拠なのでしょう。私は2000年ごろ、21世紀の指揮者として、アラン・ギルバート、広上淳一、そして準・メルクルを挙げたのですが、その先物買いの目は狂ったものではなかったようで、このところの活躍が目覚しいのは喜ばしい限りです。N響もどこかのピアニスト上がりの方を音楽監督にするのではなく、メルクルの様に若くて才能のある方を音楽監督にすれば、また新しい一面が開けるかも知れないと思うのですが、そうはならないようです。

 さて、本日はオール・シューマン・プログラム。N響でシューマンといえば、まずサヴァリッシュを思い出すのですが、サヴァリッシュとメルクルとでは4世代ぐらい違いますから、その音楽の作り方は相当に違います。プログラムの組み方だって、第4番は第一稿を用いる、ピアノ協奏曲はロベルトの名曲ではなく、クララの小協奏曲を持ってくるところなど新しさを感じずにはいられません。

 特に第4番。これはこれまで私が聴いてきた第4番とは相当違います。勿論メロディーなどは基本的に一緒ですが、味わいが全然違うのですね。4楽章を連続して演奏されるのですが、その流れの呼吸が不安定で、そこがこの作品の魅力なのだろうし、その不安定さが後の改訂に結びついたのだろうな、と思わせるものでした。通常聴かれる第4番はもっと落ち着いた味わいの作品ですから、この不安定さは新鮮でした。メルクル/N響の演奏は、出が揃っていないなど、必ずしも満点とは言いがたいものでしたが、音楽のもつ若々しさが明確に表示された点、音楽の持つ不安定さの上に立つバランスのよさ、などで優れたものでした。

 第2曲がクララ・ヴィークのピアノ協奏曲です。プログラムには「クララ・シューマンのピアノ協奏曲」と書かれていますが、この作品はクララがロベルトと結婚する前に作曲されていますので、「クララ・ヴィークのピアノ協奏曲」と書くのが本当でしょう。とはいえ、この作品のオーケストレーションはロベルトがやったそうなので、「クララ/シューマンのピアノ協奏曲」と書いても良いのかもしれません。滅多に聴けない曲で、私は25年ぐらい前にFMで一度聴いたことがあるだけです。そのとき、あまり面白くない作品だな、と思った記憶があるのですが、本日聴いてみて、やはりあまり面白くない作品でした。

 ピアノパートはかなり技巧的に書かれて、ピアニストの技量を示すのには良いのかもしれませんが、聴いているとツェルニーの難しい練習曲を髣髴させるところがあります。要するに技巧的ではあるが、それが音楽的感興に結びついてこないのです。伊藤恵はシューマン弾きとして名だたる方で、なかなか好演でしたが、音楽の持つ本質的つまらなさを克服出来なかった、ということなのでしょう。第2楽章はピアノとチェロとの二重奏が続くのですが、ここはチェロの音が負けていて、バランスが今ひとつだったように思いました。

 「春」交響曲。これはとてもよい演奏でした。冒頭のホルンとトランペットによる一寸荒々しいファンファーレから、第4楽章の軽やかなフィナーレまで間然とするところがない。第1楽章はドイツの厳しい冬から春の兆しに至る様子を彷彿とさせる音楽ですが、メルクルは躍動感のある音楽作りでそれを明示しました。きびきびした指揮ぶり、格好よかったと思います。第2楽章のロマンティックなラルゲットは、N響の音が一つに融和して素敵でした。第3楽章のスケルツォにおけるワルツの優美さ、そしてフィナーレの軽快感とやわらかさ。大満足です。

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