NHK交響楽団定期演奏会を聴いての拙い感想-2002年(前半)

目次

2002年 1月12日 第1451回定期演奏会 パーヴォ・ヤルヴィ指揮
2002年 1月17日 第1452回定期演奏会 パーヴォ・ヤルヴィ指揮
2002年 2月 9日 第1454回定期演奏会 セバスティアン・ヴァイクレ指揮
2002年 2月15日 第1455回定期演奏会 シャルル・デュトワ指揮
2002年 4月 5日 第1457回定期演奏会 スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ指揮
2002年 4月20日 第1459回定期演奏会 スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ指揮
2002年 5月17日 第1460回定期演奏会 アラン・ギルバード指揮
2002年 6月 1日 第1462回定期演奏会 アラン・ギルバート指揮
2002年 6月30日 第1465回定期演奏会 ハインツ・ワルベルグ指揮

2002年ベスト3

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2001年ベスト3

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2002年 1月12日 第1451回定期演奏会
指揮:
パーヴォ・ヤルヴィ

曲目:コダーイ ガランタ舞曲

   バルトーク ヴァイオリン協奏曲第1番 Sz.36
         ヴァイオリン独奏:ドミートリ・シトコヴェツキ

   プロコフィエフ 交響曲第5番 変ロ長調 作品100

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:山口、2ndヴァイオリン:堀江、ヴィオラ:川崎、チェロ:木越、ベース:西田、フルート:中野、オーボエ:北島、クラリネット:磯部、バスーン:岡崎、ホルン:樋口、トランペット:関山、トロンボーン:栗田、チューバ:多戸、ティンパニ:石川、ピアノ:客演(OBの本荘さん)、ハープ:早川

弦の構成:16型、協奏曲は14型。

感想
 端的に言えばいい演奏会でした。3曲が3曲ともそれぞれ良かった。新年からこのような素晴らしい演奏会を聴くことが出来たのは、大変嬉しいことです。

 指揮者のパーヴォ・ヤルヴィは、頭がすっかり禿げあがっていて、そんなに若くは見えないのですが、1962年生まれの当年40歳を迎える若手指揮者です。現在の若手指揮者の期待の星、準・メルクルやアラン・ギルバートよりも若いのですから、前途洋々たるものがあります。このような、若い有能な指揮者が振るオーケストラを聴くのは楽しいものですが、今回もその楽しさを満喫することが出来ました。N響にしてみれば、またひとり、有能な若手指揮者と手を結んだということなのでしょう。

 プログラムはかなり渋め。プロコフィエフ以外は滅多に演奏されないと思います。「ガランタ組曲」は私ははじめての実演経験ですし、バルトークも2000年1月の定期公演でパウク独奏でとりあげられただけです。このような比較的聴かれない曲を、説得力をもって演奏するのは、なかなか大変だと思いますが、ヤルヴィは、それをやってのけました。

 ガランタ組曲は、ジプシー風の音楽ですが、特徴あるリズムを明確に刻んでいく指揮ぶりが印象的でした。打楽器を効果的に使うことで、リズムをよりはっきりだしていたのではないでしょうか。

 バルトークは、シトコヴェツキのヴァイオリンが実に良かったです。艶やかで、ふくよかで、音色も綺麗で、何とも言えない色気がありました。独奏ヴァイオリンのソロから始まり、すぐにコンサートマスターとの掛け合いになるのですが、これが絶妙。ソリストが女性、コンマスが男性をイメージしているのですが、このヴァイオリンの対話が艶っぽくてよかったです。指揮者の曲の捉え方が分り易く、曲全体明快な所も良かったと思います。なかなか演奏されない曲ですし、親しみ易い曲でもないのですが、名演と申し上げておきましょう。

 プロコフィエフもよかったです。デュトワが得意のレパートリーなので、これまでも名演に接して来ているのですが、今回のヤルヴィの演奏も名演でした。フォルテの響かせ方が実にダイナミックでよかったです。全体的にダイナミックレンジを広く取った演奏でした。パワーが有り、推進する力強さが印象的でした。スケルツォは諧謔性を強調していて、かつ軽快でよかったです。アダージョ楽章はクラリネットの深みのある音色が印象的でした。そしてフィナーレの爆発。全体を通して言えば、ピアノも含めた打楽器のメリハリが印象的でした。

 今回の演奏会で特に良かったのは、クラリネット。ガランタ組曲でもプロコフィエフでも重要な楽器ですが、磯部さんの音色を楽しみました。

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2002年 1月17日 第1452回定期演奏会

指揮:パーヴォ・ヤルヴィ

曲目:ブラームス ハイドンの主題による変奏曲 作品56a

   サン・サーンス チェロ協奏曲第1番 イ短調 作品33
         チェロ独奏:マリオ・ブルネルロ

   シベリウス 交響曲第5番 変ホ長調 作品82

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:篠崎、2ndヴァイオリン:村上、ヴィオラ:店村、チェロ:藤森、ベース:池松、フルート:神田、オーボエ:茂木、クラリネット:横川、バスーン:岡崎、ホルン:樋口、トランペット:津堅、トロンボーン:神谷、ティンパニ:久保

弦の構成:16型、協奏曲は14型。

感想
 渋いプログラムです。N響の過去14年間の定期公演で取り上げられたのが、シベリウスが2度、あとは一度ずつです。シベリウスは決して渋い曲ではないと思うのですが、でも渋い演奏でした。先週のヤルヴィが彼の動的な良さを示した演奏をした、とするならば、今週のヤルヴィは、彼の静的な魅力を示した演奏をした、と申し上げてよいと思います。

 今回の演奏会、ヤルヴィは、意識して盛り上げないようにしたのではないかと思う節があります。最初のブラームスは、非常に明晰な演奏で、変奏ごとに中身のニュアンスの違いを際立たせるようにしていたと思います。そして、終曲に向けて盛り上げていくわけですが、終曲の盛り上がりを意識的に抑えて、スッと終わらせました。上品なやり方ですが、一寸物足りないような気も致しました。ハイドンの主題を演奏した管楽合奏がクリアで特に良かったことを付記いたします。

 サン・サーンスの「チェロ協奏曲」。これはまずブルネルロの魅力だと思います。彼の演奏は、繊細なニュアンスを大事にしながらも伸びやかに、ふくよかに歌い上げるというもので、音色の美しさも相俟って、味わい深いものがあります。チェロという楽器の女性的な音色と男性的な音色とを上手く使い分けて、立体的な広がりを出すような演奏でもありました。他方、メヌエットでは、シンプルに音を濁らせずに演奏して見せて、楽章ごとの描き分けに特徴がありました。実に良かったです。ヤルヴィ指揮の伴奏も、細かいニュアンスを大事にしながら、独奏チェロを一歩引いて支える、という演奏でなかなか良かったと思います。

 ブルネルロは、アンコールとして、カサドの「無伴奏チェロ組曲」より「インテルメツッオ」を演奏しましたが、これがまた良かったです。アンコールは、自分の得意とする作品を演奏するので、良いのは当然なのですが、熱いスペイン風の味わいを前面に出して、実に結構でした。

 メインのシベリウス。父親のネーメ・ヤルヴィもシベリウスが得意ですが、その直伝なのでしょうか。かなり特徴的なシベリウスでした。シベリウスの思いを外側に発散するような演奏ではなくて、逆に内側に閉じ込めて、出てくるエネルギーを貯めるような演奏でした。曲のダイナミズムより、曲の敬虔な部分を大事にしている演奏、と申し上げたいです。第一楽章では、出だしのホルンが揃わず冷っとしましたが、それ以外は順調な演奏でした。スケルッオ部分も諧謔性を強調するより、抑え気味の演奏で、曲の持っている味わいを示そうとしていたように思います。ファゴットのソロが非常に良かったと思いますし、弦のニュアンスに富んだトレモロも良かったです。第2、第3楽章は、細やかなニュアンスを大事にしながら、フォルテの力強さを前面に出さずに押さえ気味に演奏しました。フィナーレの6つの和音すら、思いっきり響かせるのではなく、全体の流れの中で、強さを調整していたように思いました。一般にシベリウスの5番は華やかな作品と考えられていると思いますが、今回のヤルヴィの解釈は、華やかさよりも曲の持つ別な側面を前面に出そうとしているように聴きました。

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2002年 2月 9日 第1454回定期演奏会 

指揮:セバスティアン・ヴァイクレ

曲目:ベートーヴェン 「レオノーレ」序曲 第2番 作品72a

   モーツァルト クラリネット協奏曲 イ長調 K.622
         クラリネット独奏:マティアス・グランダー

   ブラームス 交響曲第4番 ホ短調 作品98

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:堀、2ndヴァイオリン:村上、ヴィオラ:店村、チェロ:木越、ベース:池松、フルート:中野、オーボエ:茂木、クラリネット:磯部、バスーン:水谷、ホルン:樋口、トランペット:関山、トロンボーン:神谷、ティンパニ:久保

弦の構成:レオノーレ:16-14-11-10-8、モーツァルト:12-10-7-6-4 ブラームス:16型

感想
 今回のようなオーソドックスなプログラムを見るとホッといたします。一方で、今回のようなプログラムは指揮者にとって鬼門です。どれもしばしば演奏される作品なので、常に過去の名演と比較される運命にあるのですから。そのリスクを背負ってもブラームスの第4交響曲を演奏するのですから、ヴァイクレという人の自信が分ろうかというものです。

 しかし、演奏会のレベルは中の上といったところでしょう。N響としては水準の演奏だと思います。取りたてて問題にするような所はないですが、だからと言って、とりたてて称賛するような演奏でもないです。ヴァイクレに、先月のパーヴォ・ヤルヴィに感じた才気の冴えは感じることができませんでした。

 3曲の演奏の中で、私が一番気に入ったのは、「レオノーレ」序曲第2番です。取りたてて特徴のある演奏では無かったのですが、後の2曲ほど、無理をせずさらっと弾いた所が良かったと思います。

 モーツァルトのクラリネット協奏曲。これはモーツァルトがドイツ系の作曲家であることをいやでも意識させるような演奏でした。モーツァルトは古楽器の演奏が行われるようになってから、テンポはやや早めで、ロココ的軽やかさを前面に出す演奏が多くなったと思うのですが、グランダーとヴァイクレのコンビは微妙に重めに演奏したと思います。グランダーは生々しい音色でこの作品の広がりを示していたと思いますが、一寸やり過ぎで下品な感じが致しました。N響は緊張感に欠ける部分があり、管の入りのタイミングのずれなどが気になりました。

 尚、1曲目と2曲目はヴィオラ首席奏者店村さんが休んでおり、フォア・シュピーラーの大久保さんがトップで演奏していました。そのため、ヴィオラは本来の奏者より1名少なかったことを、記録しておきます。

 ブラームスの第4交響曲。モーツァルトのクラリネット協奏曲と同様のスタイルで、ややおそめのテンポでしっかりと演奏するスタイルでした。ごつごつした演奏で、一音一音をないがしろにせずにしっかりと演奏していました。最近N響を振る指揮者は、管を思いっきり吹かせるタイプの方が多いのですが、ヴァイクレは、オケの基本は弦楽器とばかりに管楽器よりも弦楽器に重心を置いた演奏で、また、弦は音の美しさよりも力強さに力点を置いた演奏で、昔ながらのドイツのスタイルを踏襲しているようにも思いました。一方金管楽器が緊張感に欠けていたようです。第4楽章のフルート、クラリネット、オーボエのソロが美音で良かったです。ブラボーがかなりかかっていましたが、N響としては水準の演奏でしょう。

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2002年 2月15日 第1455回定期演奏会 

指揮:シャルル・デュトワ

曲目:武満 徹 弦楽のためのレクイエム(1957)

   プロコフィエフ ヴァイオリン協奏曲 第2番 ト短調 作品63
         ヴァイオリン独奏:諏訪内 晶子

   ベリリオーズ 幻想交響曲 作品14

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:堀、2ndヴァイオリン:堀江、ヴィオラ:川崎、チェロ:木越、ベース:池松、フルート:神田、オーボエ:北島、クラリネット:横川、バスーン:岡崎、ホルン:松崎、トランペット:津堅、コルネット:関山、トロンボーン:栗田、チューバ:多戸、ハープ:早川、ティンパニ:久保

弦の構成:協奏曲:14-12-9-8-6、その他:16-14-11-10-8 

感想
 音楽監督デュトワの一番得意とするプログラムと言って良いと思います。そのプログラムでデュトワは新たな挑戦をして見せます。それをどう見るかによって、演奏の評価が分かれるのではないかと思いました。

 武満徹「弦楽のためのレクイエム」。武満徹最高傑作と言っても良い名作です。この名曲今弾いて、最も素晴らしい演奏をする両横綱は、小澤征爾指揮サイトウ・キネン・オーケストラとデュトワ指揮NHK交響楽団ではないかと思います。本日の演奏も行き届いた演奏でした。この曲の良さを率直に明らかにした演奏といってよいと思います。膨らみがあって、ニュアンスがクリアでした。

 プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲。ソリストの諏訪内晶子が非常に上手です。計算し尽くされた演奏だと思います。確実な技術に裏付けられた切れ味のよい演奏でした。あまり強い音にならないのですが、表現が繊細で旋律の豊かさを大いに歌っておりました。ということで、技術的にはレベルの高い演奏だと思うのですが、聴いていて今一つ楽しくないのです。緩徐楽章などは、もっと伸びやかに歌えばいいのに、と思うのですが、伸びきれない。伸びきらないところが演奏上意味あることなのでしょう(そこまで計算されているように思いました)が、自由度が低いようで何となく窮屈です。N響の伴奏も結構おとなしめで、ソリストとオーケストラとが丁丁発止とやりとりする、観客を沸かせるようなスリリングな演奏ではなく、真面目一方の職人同士ががっちりとスクラム組んで、曲を構築していくような演奏でした。第3楽章における、ヴァイオリンソロと、フルート、オーボエの掛け合いが見事でした。

 「幻想交響曲」。デュトワ/N響のコンビで聴くのは二度目になります。まず思ったのは、前に聴いたときとは全く違う演奏だな、ということでした。前回聴いたのは96年だったと思いますが、その時は、もっとスマートな色彩豊かな「幻想」でした。本日の「幻想」はもっとごつごつしてしっかりした仕上がりでした。テンポの取り方が遅目で、色彩もセピアがかった落ち着いた感じに変化していたと言っていいと思います。デュトワがこんな演奏をするとは、思いもよりませんでした。悪い演奏ではありませんでしたが、一寸驚きでした。デュトワとN響のコラボレーションが始って5年を越え、デュトワお得意のレパートリーを一通りN響が演奏したということで、新しい広がりを模索しはじめた、ということなのかも知れません。聴きごたえはより後半にありました。第3楽章における、イングリッシュホルンとバンダ・オーボエとの二重奏は、音がふくよか且つクリアで非常に良かったです。第五楽章の鐘の音も舞台裏でならしましたが、この鐘の音色も素敵でした。

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2002年4月5日 第1457回定期演奏会 

指揮:スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ

曲目:スクロヴァチェフスキ 管弦楽のための協奏曲(1985/1998)

   ブルックナー     交響曲第9番ニ短調

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:篠崎、2ndヴァイオリン:堀江、ヴィオラ:川崎、チェロ:木越、ベース:西田、フルート:中野、オーボエ:北島、クラリネット:横川、バスーン:岡崎、ホルン:樋口、トランペット:関山、トロンボーン:栗田、チューバ:客演、ハープ:早川、ピアノ/チェレスタ:客演(OBの本荘さん)、ティンパニ:植松

弦の構成:16型 

感想
 スクロヴァチェフスキが指揮するN響を聴くのは3回目だと思います。これまでも感心して聴いてきた人ですが、今回聴いて、彼の別な一面を見出したような気がいたします。好ましい演奏会でした。

 第一曲目の「管弦楽のための協奏曲」は自作自演です。多分日本初演とのことです。オーケストラの首席奏者たちをソリスト的に使って、その間を金管を主体とする全奏で繋ぐと言う形式です。しかし、ソリスト的に扱うと言っても、派手なヴィルトゥオジティを示すというよりも、一寸引いた感じに曲を作っています。一方、打楽器はボンゴだのグロッケンシュピールだのヴィヴラフォンだのが入って派手で、私は打楽器の印象がつよく残りました。また、ピアノの扱いも打楽器的で、木琴のばちのようなもので、ピアノの弦を叩いたり、プリペアドピアノのように取り扱ったり、面白く聴くことが出来ました。

 ブルックナーは、思いもよらず、巨匠的というよりは親しみ易い演奏だったと思います。オーケストラを十分に鳴らしていたので、演奏全体の枠組は、がっちりとしているのと言ってよいと思いますが、個々の部分を取り上げると思っていたよりスマートな演奏だったと思います。第一楽章は「厳かに、神秘的に」と記されているそうですが、「厳か」ではありましたが「神秘的」という表現は当らないように思います。むしろしなやかで心地よい印象を受けました。オーケストラを十分に歌わせており、ブルックナーの持つ歌謡性のようなものがよく出ていた様に思います。反対に第ニ楽章は、オーケストラがよく鳴っていましたが、スクロヴァチェフスキの特徴があまり見えない楽章だったと感じました。第三楽章は、フォルテにしない部分がとても良かったと思います。オーケストラをゆったりと歌わせており、ふくらみが瑞々しいです。とても魅力的です。

 昨年亡くなった朝比奈隆のような、重厚なブルックナーがブルックナーの魅力だとおっしゃる方がいます。この考え方はよく分るのですが、今回のスクロヴァチェフスキのように音楽をしなやかに捉えて、色彩感豊かなブルックナーを作り出すのも親しみ易くて良いと思いました。

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2002年4月20日 第1459回定期演奏会 

指揮:スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ

曲目:ブルックナー(スクロヴァチェフスキ編曲) 弦楽のためのアダージョ(弦楽五重奏曲へ長調〜第3楽章)

   シマノフスキ  ヴァイオリン協奏曲第2番 作品61
           ヴァイオリン独奏 コンスタンティ・クルカ

   チャイコフスキー 交響曲第6番ロ短調 作品74「悲愴」

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:山口、2ndヴァイオリン:堀江、ヴィオラ:店村、チェロ:木越、ベース:西田、フルート:神田、オーボエ:茂木、クラリネット:磯部、バスーン:水谷、ホルン:松崎、トランペット:津堅、トロンボーン:栗田、チューバ:多戸、ピアノ:客演(OBの本荘さん)、ティンパニ:久保

弦の構成:16型 

感想
 スクロヴァチェフスキの指揮の恰好を見ていると、割と無骨な印象を覚えるのですが、そのタクトから紡ぎ出される音楽は繊細です。しかし、神経質な音楽にならず、骨太です。繊細で且つ骨太、そこがミスターSの魅力なのだろうと思います。

 ブルックナーの弦楽五重奏曲は、彼の唯一の室内楽作品だそうですが、私は聴いたことがありません。そのアダージョをスクロヴァチェフスキがオーケストラの弦楽合奏用に編曲したのが本日の一曲目でした。音楽は、直ぐにブルックナーの作品とわかるロマンチックないわゆる「天国的」アダージョです。この作品をミスターSは、強弱のバランスを上手く取りながらバランスよく演奏したのではないかと思います。ロマンチックな美しさを強調していて、面白く聴けました。

 シマノフスキのヴァイオリン協奏曲第2番もまた、初めて聴く作品です。全体としては暗い印象の作品で、第2次世界大戦前の不安な時代に書かれた作品であることが実感として感じられます。ソリストのクルカは明晰な演奏をしたと思います。よいと思うのは、ヴァイオリンとオーケストラのバランスです。どちらに傾くこともなく全体が流れました。ヴァイオリンソロと管楽器との掛け合いが魅力的でした。クルカのアンコールはリピンスキーのカプリッチョでした。技巧の切れを見せるのにちょうど良い曲だと思いました。彼は、技巧とスピードで、複雑な小品を軽がると弾いて見せました。

 「悲愴」交響曲は久しぶりに聴いたように思います。スクロヴァチェフスキの演奏は、一言でいえばディナーミクに注意を払ったものだと思います。フォルテよりもピアノ、速いパッセージよりもゆったりとした部分に彼の特徴が出ています。一つの楽章の中でもゆったりとする部分、ピアノで演奏される部分は、けれんの無い草書体です。一方、それなりに強調する部分はゴリゴリと行く部分もあります。しかし、無理をしないので、フォルテでも飽和しない。そのため、音楽の表情の豊かさが際立ちます。第3楽章は、やや速めのテンポで颯爽と演奏させているのですが、爆発させない。どこか抑えています。それは、4楽章への導入を考えての行為かもしれません。フィナーレの後の余韻。沈黙が5秒ほど続いてからの拍手。悲愴の悲愴たる部分を観客に十分に感じさせた、ということなのでしょう。 

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2002年5月17日 第1460回定期演奏会 

指揮:アラン・ギルバード

曲目:ラヴェル  左手のためのピアノ協奏曲 ニ長調
     ピアノ独奏 スティーヴン・オズボーン

   ショスタコーヴィチ  交響曲第4番 ハ短調 作品43

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:堀、2ndヴァイオリン:永峰、ヴィオラ:店村、チェロ:木越、ベース:西田、フルート:中野、オーボエ:北島、クラリネット:磯部、バスーン:水谷、ホルン:松崎、トランペット:津堅、トロンボーン:栗田、チューバ:多戸、ハープ:早川、ティンパニ:久保

弦の構成:16型(但し第2ヴァイオリンは13人) 

感想
 N響は、5月よりヴァイオリン奏者の若干の入れ替えを行いました。この頃減少していた、第二ヴァイオリンのてこ入れが目的だったようです。具体的には、第1ヴァイオリン・フォアシュピーラーの永峰高志さんが第2ヴァイオリンの首席奏者に、第1ヴァイオリン奏者(元フォアシュピーラー)の大林修子さんが第2ヴァイオリン・フォアシュピーラーに、第1ヴァイオリン奏者の木全利行さんが第2ヴァイオリン奏者に、そして、第2ヴァイオリン首席奏者の村上和邦さんが、第1ヴァイオリンのフォアシュピーラーに変わられました。この異動により、N響のヴァイオリン奏者は、第1ヴァイオリンが、コンサートマスター3人を含めると20人。第2ヴァイオリンが16人となりました。

 5月の最初の定期演奏会は、替わった4人が皆登場したコンサートとなりました。

 さて、アラン・ギルバードは、準・メルクル、広上淳一と並ぶ、21世紀のN響を育てる三大指揮者の一人と私が公言している指揮者ですが、今回の演奏会は、その私の言を支持してくれるような、出来の良い演奏会でした。メインプログラムが、ショスタコの4番という、複雑で且つ比較的知られていない曲でしたので、観客の反応は必ずしも良いとは言えないのですが、あの演奏はまごうことなき名演です。大いに満足しました。

 ラヴェルの「左手」のピアノ協奏曲は、戦争で右手を失ったピアニストのために書かれた、というエピソードからも分るように、一寸悲劇的な音楽です。彼の「両手」のピアノ協奏曲が、フランス風エスプリに溢れた作品であるのと対照的と申し上げてもよい。この曲の持つ「悲劇性」を強調した演奏が、我々の聴く標準だったように思います。ところが、オズボーンは、そうは弾きませんでした。あくまでも抒情的にこの作品に向って行きました。そこがユニークです。二つのカデンツァは、どちらもペダルを抑制的に使い、ドビュッシー的美音で特徴的でした。ラヴェルもまた印象派の一人とされるわけですが、彼のピアノはラヴェルが印象派の一人であることを聴き手に教えてくれるような演奏だったと申し上げましょう。これに対してN響は元気でした。16型の弦の構成は、協奏曲では珍しいです。このフルオーケストラでピアノに対峙しました。ギルバードは、ピアノとオーケストラの競演という形よりも、オーケストラの一員としてのピアノという形をとりたくて、あのような形にしたのかもしれません。それは、半分成功し半分失敗したと言うところでしょう。オケの音がピアノの音を包みこむように一体化したところが成功。オケの持つ洒脱な雰囲気(N響がこう書かれるのは珍しい)と、ピアノのリリシズムとが対立していたのが失敗。勿論、ギルバードの目的が、この両者の並立を狙ったものであるとするならば、成功したと申し上げるに吝かではありません。尚、オズボーンはアンコールとして自作の小品を弾きましたが、この曲自体が、彼の抒情的な気質をよく表わしたものでした。

 ショスタコの第4番は、ショスタコーヴィッチという複合的巨人のエッセンスが詰まった怪作です。私はCDでも実演でも何度かこの作品を聴いていますが、何度聴いても、全体感が捉えられない。聴いていて一番面白いのは第1楽章で、第3楽章のコーダは息切れしそうです。少なくとも、聴き手を楽しませようという作曲家の意図はないみたい。こういう複雑怪奇な曲にギルバードは正面からたち向って聴かせてくれました。私は94年にデュトワがこの作品を取り上げた時も聴いていますが、ギルバードの切り口は、デュトワよりも鋭く、ダイナミックレンジを広くとったもののように思いました。鋭い表現と柔らかい表現とのバランスが絶妙で、品が悪くなる一歩手前を見切って繋いで行く。この感性はギルバード独自のものでしょう。私は高く評価します。N響の演奏も技術的に高レヴェルでした。第1楽章の弦楽器の一糸乱れぬユニゾンや、管楽器奏者のソロは、非常に素晴らしいものがありました。水谷さんのファゴットソロ。客演奏者のイングリッシュ・ホルン。加藤さんのバス・クラリネット。栗田さんのトロンボーン。二人のティンパニ。フルート、ホルン、堀さんのヴァイオリンソロ。どれをとっても満足すべき出来映えでした。 

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2002年6月1日 第1462回定期演奏会 

指揮:アラン・ギルバード

曲目:ベルツ  ストリンドベリ組曲(1993/94) 日本初演

   モーツァルト  ピアノ協奏曲 第24番 ハ短調 K.491
      ピアノ独奏 パウル・パドゥラ・スコダ  

   ニルセン  交響曲第2番 ロ短調 作品16 「4つの気質」

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:山口、2ndヴァイオリン:堀江、ヴィオラ:川崎、チェロ:藤森、ベース:西田、フルート:中野、オーボエ:茂木、クラリネット:横川、バスーン:岡崎、ホルン:樋口、トランペット:関山、トロンボーン:栗田、チューバ:多戸、ティンパニ:久保 ピアノ:客演

弦の構成:16型(但しモーツァルトは12型) 

感想
 五月の定期公演3つを受け持ったアラン・ギルバードは、非常に意欲的なプログラムを持ってきました。メインに来た3曲は、どれも魅力のある作品ですが、いかにもポピュラリティが小さい。特に今回のCプロのニルセンは、1995年に山下一史が取り上げて以来の登場です。これに加えて、日本初演の現代音楽ですから、N響定期会員に対してはかなり挑戦的なプログラムだったと思います。しかしながら、演奏は非常に良いもので、聴きがいのあるものでした。珍しい作品はいい指揮者で聴いたときと、そうでない指揮者で聴いたときでは印象にかなりの差がでます。今回のC定期は、その意味でも良い演奏会だった、と申し上げます。

 ベルツの曲は4楽章構成の管弦楽組曲です。打楽器を多用した現代音楽ですが、この曲が滅法面白いのです。私は、現代音楽が苦手で、大抵の場合、聴いている途中で退屈してしまうのですが、この作品は最後まで楽しんで聴く事が出来ました。第一楽章の弦5部の首席奏者のピアニッシモの五重奏の伴奏の上の打楽器や、第2楽章のピッコロとバスクラリネットの二重奏、第3楽章のピアノと、4楽章に分けて、それぞれの楽章に聴きどころを持ってきた作曲家の腕と、楽章の特徴を描き分けた指揮者の勝利と申し上げましょう。

 モーツァルトも名演と申し上げてよいと思います。パウル・パドゥラ・スコダはウィーンのピアニストですが、そのためか、演奏に用いたのがウィーンの名器ベーゼンドルファー。このピアノは、スタインウェイの様な晴れやかな抜けのよい音は難しいのですが、柔らかい、優しい音を出すとき、その魅力が光ます。スコダの演奏は、基本的には楷書体です。カチッとしっかりと弾いておりました。しかし、ピアノの音色はとても柔らかく暖かいのです。まさしくウィーンの晩春の黄昏です。独特の味わいがあって、とても素敵でした。装飾音や即興もかなり入れていたようですが、作品の邪魔にならないのがさすがです。N響の伴奏もスコダの演奏に合わせて、即物的ではあるが柔らかな演奏でした。緩徐楽章において、木管の音色とピアノの音色が重なるとき、そのくすんだ色彩は実に絶妙でした。久しぶりに胸が一杯になるような演奏でした。

 スコダは、アンコールでモーツァルトの「グラスハーモニカのためのアダージョ」K.356を演奏しましたが、これ又優しい演奏で、良かったです。

 ニルセンもよい演奏でした。4つの楽章がそれぞれ別の気質に対応しているわけですが、その描き分けがとても明快です。第1楽章が胆汁質のアレグロですが、この激しいアレグロと第2楽章の気楽な粘液質のアレグロでは同じアレグロでも気分が違います。第1楽章が真面目で突っ込む音楽であるならば、第2楽章は気楽で、軽みの味が満ちていて楽しく聴けました。第3楽章のアンダンテのロマンチックな雰囲気、第4楽章の行進。こう聴いて行くと、ロマン的民族主義の作曲家としてのニールセンの顔が見えてきます。ギルバードは、楽章間の違いを明確にして、それでありながら、流麗に音楽を組みたてていました。立体的に鮮明ですがけれんの無い演奏だったと思います。

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2002年6月30日 第1465回定期演奏会 

指揮:ハインツ・ワルベルグ

曲目:ベートーヴェン  交響曲第1番 ハ長調 作品21

   ベートーヴェン  交響曲第3番 変ホ長調 作品55 「英雄」

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:山口、2ndヴァイオリン:堀江、ヴィオラ:店村、チェロ:木越、ベース:池松、フルート:神田、オーボエ:茂木、クラリネット:磯部、バスーン:水谷、ホルン:松崎、トランペット:津堅、ティンパニ:久保

弦の構成:16型 

感想
 ハインツ・ワルベルグは、N響を指揮している外国人指揮者の中で、サヴァリッシュに次いで数多くの指揮台に立っています。派手さは無いのですが堅実で確実な仕事ぶりが持ち味です。ドイツの歌劇場で鍛えた手腕は、オペラもコンサートピースも広いレパートリーを誇ります。何を振ってもそれなりのものを作り上げる実力の持ち主である、典型的な職人指揮者と言うべき人です。そういう指揮者の最良の面を見るためには、ベートーヴェンなどの誰でも真面目に取り上げる作品を振った時よりも、協奏曲の伴奏や、プロムナード・コンサートのように普通の指揮者なら適当に流してしまうような作品を聴くべきです。

 本来、このコンサートは朝比奈隆が振ることになっていました。昨年末朝比奈が亡くなったため、急遽代役として選ばれました。ワルベルグは、そういった便利屋的使われ方をされることがままあります。昨年5月のプレヴィンの眼疾によるキャンセルの代役もワルベルグでした。80歳に近いにもかかわらず代役に指名されるところが、職人の職人たる由縁です。必ずそれなりに纏めてくれるという安心感があるのでしょうね。

 事実、非常に拍手の多い演奏会でした。演奏はオーソドックスなベートーヴェンで、安心して聴いていられるもの、と申し上げて良いのでしょう。しかし、私には一寸オールド・ファッションな演奏で、私の好むテイストとは異なっておりました。

 交響曲1番は、ベートーヴェンのロマンチックな側面を強調した演奏だったと思います。しばしば、ハイドンの影響から脱しきれていないと言われる作品ですが、本日の演奏は、ハイドンの匂いを消した演奏と申し上げてましょう。テンポが全体に遅めで、弦のアタックが強く、ごつごつとした印象です。どっしりと落ちついた重戦車のような演奏であるとも、思いました。ところが、管楽器は弦楽器ほどごつごつしていない。もっと流麗でスマートです。そこに一寸違和感を感じました。

 もう一つ、本日の演奏で、弦楽器が多過ぎないか、というのが私の疑問です。ベートーヴェンがこの作品を書いた時、オーケストラの弦楽器が16型になるということはほとんど無かった筈です。もっと弦が少なく、管の音が前に出ていたのではないでしょうか。本日は、弦と管とのバランスが弦に偏っているため、どうしても管の味わいが薄めにきこえ、全体としてロココ的かろみとは無縁の演奏でした。

 「エロイカ」交響曲も、基本的なスタイルは第1番と一緒でした。ただ、曲が第1番よりはるかにベートーヴェンの独自性が貫かれている作品ですから、第1番と同じスタイルで演奏されていても、聞えてくる中身が違います。ロマンチックな解釈がずっと似合います。第2楽章の「葬送行進曲」の遅さは特筆ものです。オーボエの長い息に、コントラバスが待ちきれなくなるところがありました。兎に角念入りにじっくりと進めて行きます。朝比奈隆の一時のスタイルに良く似ておりました。私の好みのスタイルとは違うのですが、あそこまで徹底されると、それはそれで認めざるを得ないものがあります。

 一転してスケルツォの軽さ(と言っても、第2楽章との相対的な話ですが)第4楽章の安定感。最近の若い指揮者は恐らくもっと切れ味のよい演奏を目指すのでしょうが(また、私もそういう演奏に惹かれます)、ワルベルクのどっしりがっちりして一貫した演奏は、充分説得力があったと思います。

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