NHK交響楽団定期演奏会を聴いての拙い感想-2016年(後半)

目次

2016年09月24日 第1842回定期演奏会 パーヴォ・ヤルヴィ指揮
2016年09月30日 第1843回定期演奏会 パーヴォ・ヤルヴィ指揮
2016年10月15日 第1844回定期演奏会 アレクサンドル・ヴェデルニコフ指揮
2016年10月22日 第1845回定期演奏会 アレクサンドル・ヴェデルニコフ指揮
2016年11月19日 第1848回定期演奏会 デーヴィッド・ジンマン指揮
2016年11月25日 第1849回定期演奏会 井上 道義指揮
2016年12月9日 第1851回定期演奏会 シャルル・デュトワ指揮
2016年12月16日 第1852回定期演奏会 シャルル・デュトワ指揮

2016年ベスト3
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2016年9月24日 第1842回定期演奏会
指揮:パーヴォ・ヤルヴィ

曲目: モーツァルト ピアノ協奏曲 第27番 変ロ長調 K.595 
      ピアノ独奏:ラルス・フォークト 
       
ブルックナー 交響曲 第2番 ハ短調

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:篠崎、2ndヴァイオリン:大林、ヴィオラ:佐々木、チェロ:向山、ベース:西山、フルート:神田、オーボエ:青山、クラリネット:松本、ファゴット:水谷、ホルン:福川、トランペット:長谷川、トロンボーン:客演(札幌交響楽団の中野耕太郎さん)、ティンパニ:植松

弦の構成:モーツァルト:14型、ブルックナー:16型

感想

 2016-2017年新シーズンの私にとっての初日です。首席指揮者・パーヴォ・ヤルヴィによるモーツァルトとブルックナー。ブルックナーの交響曲は3番から9番までは割と良く取り上げられるのですが、2番は滅多に演奏されません。私は初めての実演聴取になります。それだけに雨模様の中、いそいそと出かけました。

 モーツァルトのピアノ協奏曲27番。モーツァルト最後のピアノ協奏曲。モーツァルトは35歳で亡くなっているので、最晩年の作品と言っても、若い人の作品ではあります。でも、この作品は曲の持つ一種の諦念とでもいうか澄明さを徹底的に出していった方が、音楽的に魅力的になるように思うのです。私がそれを実感したのは1988年、ワルター・クリーンの演奏を聴いた時ですが、今回のフォークトの演奏は、あのクリーンの清澄な演奏と比較すると、一寸脂っこい。もちろん音楽が音楽ですから、澄みきった美しさはあるのですが、どこか、フォークトの個性が強調されるところがあって、音楽本来の美とぶつかっている感じがしました。個性を出すことは大切なことですが、この曲にあった個性の出し方があるように思いました。

 ブルックナーの2番。CDは持っているのですが、買った時に1回か2回聴いただけで、その後30年聴いたことがありません。という訳で、全く初めて聴いたような印象。第2稿による演奏だそうです。音楽としては、ブルックナーらしさが成長途上みたいなある意味中途半端な音楽で、演奏会では取り上げにくい作品だろうな、と思いました。

 演奏は、重々しくなく、と言って軽くもなく、中庸な演奏だったと思います。曲が曲なので、ブルックナー中・後期の交響曲みたいには演奏できないということなのだろうと思います。全体的にはかっちりとまとまって、個別の楽章の特徴がはっきりと見渡すことの出来るような演奏だったと思います。N響自体のヴィルトゥオジティも高く、良い演奏だったと思いました。

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2016年9月30日 第1843回定期演奏会
指揮:パーヴォ・ヤルヴィ

曲目: プロコフィエフ ピアノ協奏曲 第2番 ト短調 作品16
      ピアノ独奏:デニス・マツーエフ 
       
ラフマニノフ 交響曲 第3番 イ短調

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:伊藤、2ndヴァイオリン:白井、ヴィオラ:佐々木、チェロ:向山、ベース:吉田、フルート:神田、オーボエ:青山、クラリネット:伊藤、ファゴット:宇賀神、ホルン:今井、トランペット:菊本、トロンボーン:栗田、チューバ:客演(山形交響楽団の久保和憲さん)、ティンパニ:久保、ハープ:早川、チェレスタ:客演(フリー奏者の梅田朋子さん)

弦の構成:協奏曲:14型、交響曲:16型

感想

 プロコフィエフのピアノ協奏曲は、プロコフィエフがピアノを打楽器的に使用した協奏曲の代表ですが、マツーエフのピアノ独奏、本当に凄かったです。圧倒的なパワーとテクニック、という言い方をしますが、この方のピアノこそまさにそのものでした。難曲でテクニックがなければ弾きこなせないし、パワーがなければ恰好が付かない曲なのですが、マツーエフは、曲を捩り倒すようなパワーでガンガン演奏し、スピード感も半端ではありません。スケルツォ楽章をあのスピードで、あれだけ繊細かつダイナミックに演奏できる人は、そうざらにいないと思います。ここで「繊細に」と書きましたが、力強さだけで押しきってはおらず、曲の感じを良くつかんだ演奏だったと申し上げられると思います。N響のサポートも立派。楽しめた演奏でした。

 後半のラフマニノフ。こちらもとても素敵な演奏。パーヴォ・ヤルヴィはマーラーなどを得意としている印象があるのですが、彼のマーラーは一寸やり過ぎじゃない、と思うところが時々あって、私は必ずしも大好きという訳ではありません。でもマーラー等で感じさせられるあざとさが、このラフマニノフになると、見事に曲にマッチして、曲の掘りを一段と明確にしているように思うのです。曲自体は昔のハリウッド映画の映画音楽風みたいなところがあって、上手にアプローチしないと散漫な演奏になってしまうのですが、パーヴォはメリハリのはっきりさせた演奏で、曲想をくっきりと浮かび上がらせながら、音楽の味を示していったように思います。大変チャーミングな演奏でした。

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2016年10月15日 第1844回定期演奏会
指揮:アレクサンドル・ヴェデルニコフ

曲目: チャイコフスキー スラブ行進曲 作品31
       
グラズノフ ヴァイオリン協奏曲 イ短調 作品82
      ヴァイオリン独奏:ワディム・グルズマン 
       
ストラヴィンスキー 幻想曲「花火」 作品4
       
ストラヴィンスキー バレエ音楽「春の祭典」(1947年版)

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:伊藤、2ndヴァイオリン:大林、ヴィオラ:佐々木、チェロ:藤森、ベース:吉田、フルート:神田、オーボエ:茂木、クラリネット:伊藤、ファゴット:宇賀神、ホルン:今井、コルネット:菊本、トランペット:井川、トロンボーン:栗田、チューバ:池田、ティンパニ:植松、ハープ:早川、チェレスタ:客演(フリー奏者の梅田朋子さん)

弦の構成:協奏曲:14型、その他:16型

感想

 ヴェデルニコフ。前回聴いた2014年のN響定期でなかなか素敵な演奏を聴かせてくれたので、期待の聴取でした。そして、その期待は裏切られなかった、ということです。ただ、自分が想像していたアプローチとは全然違ったやり方をしてくれたので、その意味では驚かされた演奏でした。

 最初の「スラブ行進曲」。有名な曲ですが、プロムナード・コンサート向きの曲で、N響定期ではあまり取り上げられない曲です。この曲をヴェデルニコフは、プロムナード・コンサートのように演奏しました。オーケストラのヴィルトゥオジティを強調するような演奏。それは敢て悪い言い方をすれば安っぽい演奏でありました。お客さんの支持は残念ながらあまり得られなかった感じです。でも今回の演奏会全体を見渡してみると、彼は結構計算の上でこのようなアプローチをしたのではないかという気がします。

 二曲目は、グラズノフのヴァイオリン協奏曲。グラズノフの作品の中では一番有名な曲だとは思いますが、そんなに演奏されるわけではありません。前回聴いたのは、ライナー・キュッヘルがソリストを務めた2012年10月のことで4年ぶりになるのですが、その時、キュッヘルは洗練された都会的な演奏をして見せた印象があります。今回のグルズマンは、ずっと武骨な印象の演奏。野太い音が続いて美しさよりも力強さを感じさせるもの。だからと言って、技術面が今一つと言う感じは全くしませんでした。むしろ技巧的です。カデンツァなんか本当に素晴らしいと思いましたし、ソロで演奏しながら二本のヴァイオリンが対話して聴こえるような部分は流石だと思いました。

 ストラヴィンスキーの三大バレエ曲を委嘱するきっかけとなった小品「花火」を経て、最後は「春の祭典」でした。このハルサイはヴェデルニコフに裏切られた感じです。「スラブ行進曲」のアプローチからすればもっと尖がった演奏で来るのではないかと思ったのですが、実際はかなり落ち着いた抒情的な表情の豊かな演奏でした。もちろんハルサイですから、不協和音も阿鼻叫喚も激しく刻むリズムもあるわけですが、そういったところを強調するのではなく、それよりも柔らかい部分に聴かせるところがあった、ということです。今回アルトフルートは高木綾子さんが務めましたが、高木さんのアルトフルートと池田昭子さんのイングリッシュホルンの掛け合いなどは本当に美しい印象的なものでした。総じて低音系の管楽器がまとまっていて、宇賀神さんのファゴット、加藤さんのバスクラなど非常に良いものだったと思います。

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2016年10月22日 第1845回定期演奏会
指揮:アレクサンドル・ヴェデルニコフ

曲目: ドヴォルザーク チェロ協奏曲 ロ短調 作品104
      チェロ独奏:アレクサンドル・クニャーゼフ 
       
チャイコフスキー 交響曲第6番 ロ短調 作品74 「悲愴」

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:伊藤、2ndヴァイオリン:大林、ヴィオラ:客演(新日本フィルの篠崎友美さん)、チェロ:向山、ベース:吉田、フルート:甲斐、オーボエ:青山、クラリネット:伊藤、ファゴット:水谷、ホルン:福川、トランペット:菊本、トロンボーン:新田、チューバ:池田、ティンパニ:久保

弦の構成:協奏曲:14型、交響曲:16型

感想

 今週のヴェデルニコフ。先週とはうって変わって、いや、先週と同様にと言うべきか、かなりけれんみの強い演奏をしてくれました。音楽的には面白い感じもしますが、やり過ぎの気も致します。

 最初のドヴォルザーク「チェロ協奏曲」。ソロを受け持ったクニャーゼフ。泰然とチェロを弾く方です。テクニックどうこう、というよりも、歌心で演奏している感じ。歌謡性は凄く感じるのですが、華やかな感じはしません。ある意味朴訥な感じで、しかしながら十分歌う演奏は、正にヴェデルニコフと馬が合いそうです。しかし実際は問屋が卸しませんでした。どこか微妙にずれている感じがします。もうちょっと合うと、とても感動的な演奏になるのではないかと思うと、一寸残念でした。盛り上がりに関して申し上げれば、朴訥な歌なので、やはり盛り上がっていくという感じはしません。悪い演奏ではないのですが、どこか、もう一皮剥けてくれると全然味わいが変化するだろうな、と思わせる演奏でした。

 後半の「悲愴交響曲」。ヴェデルニコフのかなりけれんみの強い解釈。とにかくゆっくりとした演奏。第一楽章はともかく、第二楽章のワルツをあそこまでゆっくり演奏した例を私は知りません。その分曲の構成は見えるのですが、重たくなって音楽の愉悦感がスポイルされる。それが違和感でした。第三楽章の行進曲は、ごく普通の速さでしたが、前後が遅いためかなり速い印象。演奏全体で50分以上かかったのではないでしょうか。N響の技術的見事さは感じましたが、ゆっくり演奏するが故の難しさもあって、何とも言い難い演奏でした。ヴェデルニコフの気持ちは分からないではないけど、個人的には支持したくない演奏でした。

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2016年11月19日 第1848回定期演奏会
指揮:デーヴィッド・ジンマン

曲目:  シューマン    「マンフレッド」序曲 作品115 
       
シューマン ピアノ協奏曲 イ短調 作品54
      ピアノ独奏:レイフ・オヴェ・アンスネス 
       
シューマン 交響曲第3番 変ホ長調 作品97 「ライン」

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:伊藤、2ndヴァイオリン:大林、ヴィオラ:客演(新日本フィルの篠崎友美さん)、チェロ:向山、ベース:吉田、フルート:神田、オーボエ:青山、クラリネット:伊藤、ファゴット:宇賀神、ホルン:福川、トランペット:長谷川、トロンボーン:客演(読売日響の古賀光さん)、ティンパニ:植松

弦の構成:14型

感想

 一言で申し上げるなら、ジンマンの職人の腕が光った演奏会。もの凄い名演という感じはしないのですが、全体として密度の高い演奏だったと思います。透明感とパワーのバランスとが丁度良い感じの演奏。ジンマンはN響向きの指揮者なのかもしれません。

 オール・シューマンプログラム。シューマンの作品って一寸独特の雰囲気があります。どこか暗い、光を通すにしてもすりガラスを通したような感じ、と言ったらよいのか。そんな音楽をジンマンが調理するとどうなるのか? その答えは、間接光で照らされながらも、明り取りが上手で、すりガラスがあまり感じられない音楽に仕上がっていましたということです。

 最初の「マンフレッド」序曲。N響らしいヴィルトゥオジティを出してはいましたが、演奏それ自体は特徴のあるものではありません。しかし、後になって考えてみると、演奏自体の透明感がしっかりあったような気がします。

 アンスネスをソリストに向かえたピアノ協奏曲。アンスネスは表情の豊かなピアノを弾いたと思います。かっちり演奏する部分と指をよく廻す部分との対比が素晴らしい。唯速いパッセージは弾き飛ばす傾向があって、音が飛んでしまうところが何箇所かありました。それでも第三楽章の軽みはとても魅力的なもので、その疾走感に魅了されました。一方ジンマンの指揮も、ピアニストと良く合っている感じで、例えば木管とピアノの掛け合いなどは頗るよく噛み合っていました。良い演奏だったと思います。

 最後の「ライン」。これも名演という印象ではないのですが、かっちり、くっきりした演奏で手堅い印象です。曲の輪郭がくっきりと立ち上がって来て、明瞭な視界が広がるような演奏でした。「ライン」自体はこれまでも何回も聴いたことのある曲ですが、今回思ったのは、ベートーヴェンの「田園交響曲」との類似性です。「ライン」が「田園」に触発されて書かれた作品である証拠は多分ないのですが、ジンマンの明晰な演奏を聴いているうちにその印象が強く湧き上がりました(なお、全然知りませんでしたが、このことは音楽ファンの間では結構言われていることのようです)。

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2016年11月25日 第1849回定期演奏会
指揮:井上 道義

曲目:  ショスタコーヴィチ    ロシアとキルギスの民謡による序曲 作品115 
       
ショスタコーヴィチ ピアノ協奏曲第1番 ハ短調 作品35
      ピアノ独奏:アレクセイ・ヴィロディン 
      トランペット独奏:菊本 和昭 
       
ショスタコーヴィチン 交響曲第12番 ニ短調 作品112「1917年」

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:客演(ロンドン・ロイヤルフィルのダンカン・リデルさん)、2ndヴァイオリン:白井、ヴィオラ:佐々木、チェロ:向山、ベース:西山、フルート:甲斐、オーボエ:茂木、クラリネット:伊藤、ファゴット:水谷、ホルン:今井、トランペット:長谷川、トロンボーン:栗田、チューバ:池田、ティンパニ:植松

弦の構成:協奏曲;10型、その他;16型

感想

 私はN響の定期会員を始めてそろそろ30シーズンになろうとしているのですが、井上道義をN響の定期演奏会で姿を見るのは初めての経験です。それもその筈。彼がN響を振ったのは1978年が最後だったからです。78年は私は大学生。地方で真面目に勉学に勤しんでいるころで、N響定期はFMでしか聴いていなかったと思います。そういう方がN響の定期に乗ると選んでくる曲が渋いですね。オールショスタコーヴィチプログラム。ショスタコーヴィチは私もそれなりに聴いているわけですが、今回のプログラムで実演経験があるのはピアノ協奏曲だけです。「ロシアとキルギスの民謡による序曲」は録音も含め全くの初めてですし、交響曲12番はCDは持っているのですが、いつ聴いたかも覚えていなければ、どんな曲かも全く記憶にありません。

 そんな訳で全くの印象論になってしまうのですが、井上道義の指揮姿はカッコいいんだ、ということとN響のヴィルトゥオジティはやっぱり凄いんだ、ということを再認識させられました。

 「ロシアとキルギスの民謡による序曲」はすごく威勢の良い曲で、聴き手を鼓舞するような音楽。井上道義の踊るような指揮姿が、その鼓舞を更に高めます。演奏に迫力があるから、それも盛り上げに一役買うんですね。10分ほどの小品ですが楽しめました。

 ピアノ協奏曲第一番は、ヴィロディンの高いヴィルトゥオジティと菊本和昭の軽いけれども清々しいトランペットの音が噛み合ってこれまた素敵な演奏になりました。弦楽器を10型(第1ヴァイオリン10名、以下8-6-4-コントラバス2名)と最低限に絞り込んだオーケストラは響きがまとまり、室内楽的透明感が出てくるわけですが、そこを突き抜ける様にピアノが走り、トランペットが鳴り響きます。この曲は今までも何度か聴いていますが、ここまで透明度の高い演奏は初めてではないかと思います。音楽の流れの巧みさもありましたし、よかったと思います。

 最後の1917年。ある意味こけおどしの音楽ですね。もちろんショスタコーヴィチのことですから、色々な仕掛けがしてあるそうですが、ほとんど初めて聴く聴き手にとってはそこまで確認してはいられません。音楽に翻弄されるだけです。第一楽章の打楽器(特に大太鼓、タムタム、シンバル)の響きは、聴き手を驚かせるに十分ですし、全体がフォルテで突進する様は、音楽的というよりこけおどしに聴こえてしまいます。でもN響は上手ですから、そのこけおどしがただこけおどしに聴こえないところがある。凄いな、と思います。緩徐楽章の暗い響きも見事でしたし、面白いものを聴かせてもらったな、というところです。

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2016年12月9日 第1851回定期演奏会
指揮:シャルル・デュトワ

曲目:  ビゼー    歌劇「カルメン」 
      全4幕、字幕付原語(フランス語)上演、演奏会形式 
出演:  カルメン    ケイト・アルドリッチ 
  ドン・ホセ    マルセロ・ブエンテ 
  エスカミーリョ    イルデブランド・ダルカンジェロ 
  ミカエラ    シルヴィア・シュヴァルツ 
  スニーガ    長谷川 顯 
  モラレス    与那城 敬 
  ダンカイロ    町 英和 
  レメンダード    高橋 淳 
  フラスキータ    平井 香織 
  メルセデス    山下 牧子 
  合唱    新国立劇場合唱団(合唱指揮:冨平 恭平) 
  児童合唱    NHK東京児童合唱団(合唱指揮:金田 典子) 

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:篠崎、2ndヴァイオリン:白井、ヴィオラ:佐々木、チェロ:向山、ベース:吉田、フルート:甲斐、オーボエ:茂木、クラリネット:伊藤、ファゴット:水谷、ホルン:今井、トランペット:菊本、トロンボーン:客演(フリー奏者の呉信一さん)、ティンパニ:久保

弦の構成:14型

感想

 この12月から来年3月にかけて、カルメンが毎月演奏されます。今月がN響、1月が新国立劇場、2月が藤原歌劇団、3月は立川市民オペラが取り上げ、全部聴きに行くつもりです。その第一号だった訳ですが、最初にこの演奏を聴かせて貰ったというのは、私にとって良いことだったのかどうかです。基本の骨格がしっかりしていて、流石にデュトワとN響というべきなのでしょう。何といってもオーケストラの響きが綺麗で整っています。各幕間の間奏曲、N響木管陣の上手さを示しました。フルート・甲斐、オーボエ・茂木、クラリネット・伊藤、ファゴット・水谷の四首席奏者は見事だったと思います。弦楽器も普通のオーケストラが演奏するともっと雑味があるのですが、N響はピュアな感じがいたします。実はトロンボーンの出が一瞬遅れるところがあって、完璧ではなかったのですが、全体としてみればN響の上手さを示したと申し上げてよいでしょう。

 デュトワの指揮は、楽譜に忠実、ということをとても意識しているように思いました。楽譜は、古典的なギロー版だそうですが、それをノーカットで演奏したようです。テンポも歌手の勝手にさせずに、アリアの後の拍手も拒否しました。あくまでもオーケストラの演奏会で演奏する歌劇であることを強調したように思います。結果として整った演奏にまとまったように思います。オペラは歌手が主役で、今回のカルメンだって、その側面は勿論あるわけですが、コントロールしているのはデュトワであることがひしひしと感じられる演奏、と申し上げてよいのかもしれません。

 で、歌手陣ですが、ケイト・アルドリッチのカルメン、良かったです。細かいことを言えば、レシタティーヴォの一部で音をやや低めにとるところがあって、そこはもう少し高い方が良いかな、と思う部分はありましたが、歌は非常に見事です。声量もあって艶やか。更に申し上げれば見た目も色っぽく、こんなカルメンに迫られたら、男はイチコロだろうな、と思わせるようなカルメンでした。とにかく、聴けて良かったとつくづく感じるカルメンでした。

 それに対するホセですが、マルセロ・ブエンテ、イマイチでした。喉の調子が悪かったのか、一寸擦れるところがところどころあったのと、高いところが綺麗に響かないのが残念です。テノールはハイCを響かせてなんぼのところがありますが、その観点から言ったら失格でしょう。花の歌など、もう少し何とかならなかったのでしょうか?

 ダルカンジェロのエスカミ―リョ、男臭さを強調した衣装で登場。「闘牛士の歌」は無難にこなし、他もそつなく、というところですね。

 ミカエラのシルヴィア・シュヴァルツ。第一幕はあまり良いとは思わなかったのですが、第三幕のアリア「何を恐れることがありましょう」はなかなか立派な歌。ただ、この曲はもっと声に芯があった方が良いと思います。

 日本人の脇役陣は揃って自分の役目を果たしていました。新国立劇場のカルメンの脇役で出演されている方が出演していますから、主役級のサポートが皆上手です。久しぶりで聴いた高橋淳が昔と変わらないパフォーマンスを示していたのが嬉しいですし、与那城敬、山下牧子はやはり力があるなと思いました。新国立劇場合唱団の合唱、NHK東京児童合唱団の児童合唱も素晴らしく、魅力的に響きました。ホセがイマイチであるところを除けば、全体的に求心力のあるまとまった演奏で、デュトワの実力を示したと申し上げてよいと思います。

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2016年12月16日 第1852回定期演奏会
指揮:シャルル・デュトワ

曲目:  ブリテン    歌劇「ピーター・グライムス」−4つの海の間奏曲 
       
プロコフィエフ ヴァイオリン協奏曲第1番 ニ長調 作品19
      ヴァイオリン独奏:ヴァディム・レーピン 
       
ラヴェル チガーヌ
      ヴァイオリン独奏:ヴァディム・レーピン 
       
オネゲル 交響曲第2番
       
ラヴェル バレエ音楽「ラ・ヴァルス」

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:伊藤、2ndヴァイオリン:大林、ヴィオラ:佐々木、チェロ:藤森、ベース:吉田、フルート:神田、オーボエ:青山、クラリネット:伊藤、ファゴット:宇賀神、ホルン:福川、トランペット:菊本、トロンボーン:新田、チューバ:池田、ティンパニ:久保、ハープ:早川、チェレスタ:客演(フリー奏者の梅田朋子さん)

弦の構成:協奏曲;14型、チガーヌ;12型、その他;16型

感想

 今年最後のN響定期は、名誉音楽監督デュトワの得意曲で揃えました。こういう曲が並ぶと、デュトワが有名になるころ、「アンセルメの再来」と呼ばれていたことを思い出します。

 得意曲でまとめただけあって、どれも聴きものだったわけですが、聴いていて一番よいと思ったのは、オネゲルの交響曲です。オネゲルの交響曲で有名なのは3番と5番で、2番私はは実演初経験です。ほぼ弦楽合奏だけで進む曲ですが、陰鬱な曲であり、甘さはほとんどないと申し上げてよい。そんな曲をデュトワはふくらみを持って聴かせます。甘くないけど暗さを強調するというよりは、弦楽合奏のふくよかさが前面に出るような演奏でした。弦楽合奏曲といえば、「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」であるとか、「弦楽セレナード」であるとか、甘い系の音楽がまず思いつくのですが、そういう音楽とは全く違った重々しい音楽でありながら、弦楽の力強さと美しさを出したところ、N響弦楽陣の実力を感じました。ヴィオラ以下の低音系楽器が特に良かったと思います。

 前半の聴きものは、ヴァディム・レーピンをソリストに迎えた、プロコフィエフの協奏曲とラヴェル「チガーヌ」ですが、こちらも素晴らしい演奏。レーピンは神童的扱いでデビューし、結構若い時から世界のトップに立って演奏している方ですが、昔は技術に任せたギラギラした演奏をしていたと思います。上手いけれども、好きかと問われれば、「ウーン」と唸らざるを得ない。しかし、久しぶりで聴くと、音楽が明らかに大人でした。プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲はかなりの難曲ですから、どんなヴァイオリニストでもかなりまなじりを結して演奏します。それに対して、レーピンは自然体で演奏している感じです。勿論若い頃から技術で鳴らした方ですから、40代になった今でも技術的には流石と申し上げるしかないのですが、その技術がごく自然に音楽の流れに乗っかっているのです。そこが凄い。余裕の演奏なのですが、ひけらかした感じはなく、終わってみれば乱れがない音楽。一流の証明なのでしょう。。

 「チガーヌ」も良い。有名な曲ですが、オーケストラの定期演奏会で取り上げられることはあまりないような気がしますが、それは、この曲がソリストとオーケストラがなかなか合い難い曲だからではないか、という気がします。しかし、世界的な名手と世界でも最も機能的なオーケストラの一つが共演すると、そのような不自然さが全く感じることなく音楽が流れます。見せびらかした音楽ではないけれども、凄さを感じさせられる演奏でした。

 最初に演奏された「四つの海の間奏曲」は、デュトワの色彩感覚が上手く出た演奏と申し上げられると思います。灰色の荒海がこの音楽のモチーフにあるわけですが、聴いていてそれを感じさせる演奏だったと思います。

 そんな訳で、デュトワの得意中の得意ラヴェルの「ラ・ヴァルス」は相対的には一番魅力に欠ける演奏だったように思います。デュトワがこの曲をN響で取り上げるのは三度目なのですが、手慣れ過ぎた、ということなのでしょうか。全然悪い音楽ではないのですが、この曲の流れとして、冒頭の遠くからワルツの調べが聞こえ始めてくる部分、もうちょっと揃った方が良いと思うし、後半は、もう少し抑えた演奏の方が良いのではないかという気がしました。

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