NHK交響楽団定期演奏会を聴いての拙い感想-2008年(後半)

目次

2008年09月14日 第1625回定期演奏会 ハンス・ドレヴァンツ指揮
2008年09月19日 第1626回定期演奏会 ペーテル・エトヴェシュ指揮
2008年10月04日 第1628回定期演奏会 アンドリュー・リットン指揮
2008年10月17日 第1629回定期演奏会 ジャナンドレア・ノセダ指揮
2008年11月21日 第1633回定期演奏会 イルジー・コウト指揮
2008年12月07日 第1634回定期演奏会 シャルル・デュトワ指揮
2008年12月12日 第1635回定期演奏会 シャルル・デュトワ指揮

 

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2008年09月14日 第1625回定期演奏会
指揮:
ハンス・ドレヴァンツ

曲目: バッハ   組曲第3番 ニ長調 BWV.1068から「アリア」
       
  デニソフ   絵画(1970) 
       
  マーラー   交響曲第5番 嬰ハ短調

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:堀、2ndヴァイオリン:山口、ヴィオラ:店村、チェロ:木越、ベース:西山、フルート:甲斐、オーボエ:茂木、クラリネット:磯部、バスーン:岡崎、ホルン:客演、トランペット:津堅、トロンボーン:栗田、チューバ:池田、ティンパニ:植松、ハープ:早川、ピアノ:客演、チェレスタ:客演

弦の構成:バッハ、マーラー:16型、デニソフ:16-12-10-8-6

感想
 
7月28日に亡くなったN響名誉指揮者ホルスト・シュタインを偲んで、バッハの「G線上のアリア」が、弦楽合奏で演奏されました。そのためかどうかは知りませんが、団友の大澤浄さんや大松八路さん、茂木新緑さんが最後列で演奏されていました。シュタインがN響を指揮した最後が1998年2月でしたから、楽員の半数ほどはシュタインの指揮で演奏経験がないようです。追悼するなら古い楽員に参加してほしい、というのは当然のところです。

 ところで、本日の指揮者・ハンツ・ドレヴァンツも懐かしい名前です。かつては、3-4年おきに出演していた指揮者ですが、1998年1月以来出演はなく、10年ぶりの登場になりました。1929年生まれでシュタインのひとつ年下。本年79歳のベテランですが、かつての演奏で印象的に覚えているものはなく、むしろ、協奏曲の付けの指揮者としての印象が強いです。例えば、ブーニンが演奏したベートーヴェンのピアノ協奏曲3番とかフレーレの演奏したグリークのピアノ協奏曲、テツラフの演奏したベルグのヴァイオリン協奏曲などですね。

 そんなわけで、それほど期待せずに行ったのですが、面白い演奏でよかったと思います。とはいうものの、デニソフの「絵画」という作品。正直申し上げて、どういう切り口で聴いたら良いのか、まったく分らないうちに演奏が終わってしまいました。音のクラスターが襲ったかと思うと、コントラファゴットの精妙なソロがあったりします。弦楽器は細分化されていて、第1ヴァイオリンの16人は全員違うことをやっているそうですが、聴いていてそんなことは全く分りませんでした。現代音楽的不協和音に満ち溢れているので、これで良いのかどうかも含めて、結局分らなかった、というのが正直なところです。

 マーラーはなかなか魅力的な演奏。微妙なアッチェラランドやリタルダンドを多用しながら、速さの点でもダイナミックな演奏でしたし、音の強弱の点でもダイナミックな演奏でした。第1楽章では、一部金管が乱れたのが残念ですが、堂々とした葬送行進曲でした。第2楽章の熱狂も堂々たる落ち着きの中に示された演奏でした。本日の演奏の白眉は第3楽章でしょう。ゆったりとしたレントラーのリズムが絶妙で、ヨーロッパの田舎の光景を描いた絵画を見ているようでした。淡い光に満ちた秋の田園風景を彷彿とさせるような演奏で、実にしっとりとしていたと思います。有名なアダージェットは身振りが大きい音楽になっていました。第3楽章の美的感覚から言えば、もう少し抑えた演奏のほうが私の趣味に合います。第五楽章は前半が今ひとつ。後半からフィナーレは良くまとまりました。

 ロマンチックな色合いが強い彫りの深い演奏で、ドレヴァンツってこういう演奏する人だったのだ、と再認識いたしました。

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2008年09月19日 第1626回定期演奏会
指揮:
ペーテル・エトヴェシュ

曲目: バッハ(ウェーベルン編曲)   リチェルカータ
       
  エトヴェシュ   「セブン」(コロンビア宇宙飛行士への追悼)
      -ヴァイオリンとオーケストラのための(2006/2007改訂)
      「NHK交響楽団・ルツェルン音楽祭委嘱作品」(日本初演)
      ヴァイオリン独奏:諏訪内晶子
       
  バルトーク   管弦楽のための協奏曲 BB.123(Sz.116)

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:篠崎、2ndヴァイオリン:山口、ヴィオラ:店村、チェロ:木越、ベース:吉田、フルート:神田、オーボエ:青山、クラリネット:横川、バスーン:客演、ホルン:松ア、トランペット:津堅、トロンボーン:新田、チューバ:池田、ティンパニ:久保、ハープ:早川

弦の構成:バッハ:12型、エトヴェシュ:下図参照、バルトーク:16型

感想
 
N響の定期演奏会としては、相当に意欲的なプログラムです。ペーテル・エトヴェシュは、シュトックハウゼンやブーレーズの後継とみなされる現代を代表する作曲家だそうですが、浅学な私はこれまで、一度も彼の作品を聴いたことがありませんし、名前も意識して聞いたことがありませんでした。

 しかし、そのような作曲家にN響が委嘱した作品を日本初演するといえば、やはり興味がもてます。いそいそと出かけました。そして、結論を先に申し上げれば、知的好奇心は刺激されましたが、演奏は「今ひとつ」というところだと思います。多分エトヴェシュは、指揮の仕事もたくさんされているようですが、本質は作曲家だ、ということなのでしょう。

 バッハ=ウェーベルンの「リチェルカータ」は、N響では1998年9月にマレク・ヤノフスキがとり上げていますが、このとき、ヤノフスキは、わりとすっと演奏したように思います。本日の演奏は、一口で申し上げれば微分的な演奏でした。曲の構造を細かく触りながら進んでいく感じです。ウェーベルン自身が「音色旋律」技法で、フーガの主題をさまざまな楽器に振り分けておりますので、その響きの分化と融合こそがこの作品の真骨頂なのでしょうが、エトヴェシュは、融合よりも分化のほう興味を持って演奏したようです。

 「セブン」は標題にもあるように、2003年2月のスペーシュシャトル・コロンビアが着陸直前に突然空中分解した事故にショックを受けたエトヴェシュが亡くなった7人の宇宙飛行士への追悼のために書かれた作品だそうです。流石に現代音楽だけあって、配置が面白いです。ヴァイオリンはソリストを含めて7人いるのですが、ソリストのみが舞台上に居り、残りの6人は、バルコニーや会場の通路で演奏します。舞台上の平らな部分には、指揮者とソリスト、第一フルート、そして、4本のコントラバスだけがいて、それ以外の楽器はひな壇に並びます。要するに下図です。

上図で コントラバスの吉田秀さんと佐川裕昭さんの位置を反対に書いてあります。実際は吉田さんが前側でした。

 こういう並びでお互いに呼応しながら演奏されていきます。ソリストと6人のヴァイオリンが広い会場で、呼応しながら演奏する姿はなかなか見ものでした。追悼の音楽ですから基本的には静を基調とした音楽であり、東洋的なイメージが強く感じられる作品でした。別の言い方をすれば、日本の文芸映画につけた武満徹のような音楽、と申し上げれば、雰囲気が分るかも知れません。初めて聴く作品なので、音楽を十分に味わうには至りませんでしたが、諏訪内晶子の見事なソロを含め、自分の知的好奇心を活性化されました。

 最後のバルトークのオケコン。これは今ひとつだったと思います。エトヴェシュはハンガリーの出身で、バルトークをよく演奏する方なのだそうですが、その割には面白くない演奏でした。この作品は、オーケストラのヴィルトゥオジティを前面にだして、更にそこに諧謔味と勢いをつけると素晴らしい演奏になると思うのですが、エトヴェシュは、基本的には重めの演奏でした。叙情的に感じられる部分もあったのですが、トゥッティに対する意識が今ひとつであり、オーケストラのヴィルトゥオジティの表出も今ひとつ中途半端、ユーモアのセンスも今ひとつと盛り上がらないのですね。結局、指揮者としてオーケストラをドライブする前に作曲家として作品を見てしまうのでしょう。聴き手にとっては、何とももどかしい演奏でした。

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2008年10月04日 第1628回定期演奏会
指揮:
アンドリュー・リットン

曲目: ベートーヴェン   序曲「レオノーレ」第3番 作品72b
       
  シューマン   ピアノ協奏曲イ短調 作品54
      ピアノ独奏:イモジェン・クーパー
       
  チャイコフスキー   交響曲第2番 ハ短調 作品17 「小ロシア」

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:篠崎、2ndヴァイオリン:永峰、ヴィオラ:佐々木、チェロ:藤森、ベース:吉田、フルート:神田、オーボエ:茂木、クラリネット:磯部、バスーン:岡崎、ホルン:客演(新日フィル・吉永さん)、トランペット:関山、トロンボーン:新田、チューバ:池田、ティンパニ:植松

弦の構成:ベートーヴェン、シューマン:14型、チャイコフスキー:16型

感想
 
アンドリュー・リットンの若いころのCDを随分前に聴いたことがありますが、実演は今回が初めてです。聴いてみて、かつての録音を聴いたときの印象と随分異なっておりました。一言で申し上げれば、巨匠型の指揮者になったのですね。ゆったりとしたテンポで悠々とした音楽作りをする。この落ち着いた雰囲気は、音楽表現の点で優位に働いているように思いました。

 「レオノーレ3番」をまず丁寧な演奏で見せてくれました。一音一音をゆるがせにしないしっかりとした演奏です。その結果、音楽の彫りが深くなり、音の厚みも増します。堂々たる演奏で、結構だと思いました。この作品はフィナーレがプレストになるのですが、それまでが悠々たる演奏だったため、それほど速い演奏ではなかったのですが、見事なコントラストで浮かび上がりました。

 シューマンの「ピアノ協奏曲」も繊細で且つ堂々たる演奏。イモジェン・クーパーは、N響との共演が非常に多いピアニストで今回で7度目だそうです。私も過去3回彼女のモーツァルトの演奏を聴いておりますが、モーツァルトの軽妙さを上手に表現するピアニストの印象が強かったです。そういうピアニストがどのようなシューマンを聴かせてくれるのか期待していたのですが、一言で申し上げれば、落ち着いた、スケールの大きな演奏をして見せました。リットンの方向と上手くマッチしていたと申し上げて良いでしょう。音色はやや曇ったもので、ペダルの使い方からこのような音になるになるのかもしれません。そういう音色がN響の木管陣の音色と上手く合わさって、温かみを感じさせる演奏になっておりました。第二楽章の幻想的イメージ、第三楽章の速過ぎないフィナーレ、どれもしっかりした演奏で、スリリングなところはありませんでしたが、シューマンの音楽の魅力を上手に引き出した演奏だと思いました。

 チャイコフスキー「小ロシア」も基本的には落ち着いた演奏です。とにかく重心が低めにあって、華やかさには欠けるのですが、安心して聴いていられる演奏です。ホルンのソロ、ファゴットへと続く冒頭部分は渋い音色で、民族性豊かなもので良好。その後もしっかりしたどっしりとした演奏で、安定感のある演奏だったと思います。その結果として、スケルツォの愉悦感は乏しかったと思いますし、もっと冒険をしても良いのではないかと思いました。

 そういう雰囲気がだんだん変わってきたのは、第4楽章の後半になってからでした。それまでは、ゆったりと淡々と演奏してきたリットンが、当然豹変しました。だんだんオーケストラをあおり始め、音楽がどんどん盛り上がります。前半がゆったりだったため、通常の4楽章の演奏と比較して決して速いものではなかったと思うのですが、その対比で、第4楽章「アレグロ・ヴィーヴォ」は、相対的な速さと迫力で面白い演奏になったと思います。

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2008年10月17日 第1629回定期演奏会
指揮:
ジャナンドレア・ノセダ

曲目: スメタナ   交響詩「ハーコン・ヤール」作品16
       
  ショスタコーヴィチ   チェロ協奏曲第1番変ホ長調 作品107
      チェロ独奏:エンリコ・ディンド
       
  メンデルスゾーン   交響曲第3番 イ短調 作品56 「スコットランド」

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:堀、2ndヴァイオリン:山口、ヴィオラ:店村、チェロ:藤森、ベース:西田、フルート:客演(読響の一戸さん)、オーボエ:茂木、クラリネット:磯部、バスーン:岡崎、ホルン:客演(都響の笠松さん)、トランペット:津堅、トロンボーン:栗田、チューバ:池田、ティンパニ:久保、ハープ:早川、チェレスタ:客演

弦の構成:スメタナ:14型、それ以外:12-10-8-6-5

感想
 
ハイドンやモーツァルトを小さな編成で演奏するということはしばしば行われると思いますが、ロマン派以降の作品を小さい編成で演奏されるということは余り無いように思います。殊にNHKホールでは普通は行われません。ノセダは、2005年2月の定期でN響を指揮しているのですが、そのときの編成は、私は聴いていないので分りません。「根津さんのひとり言」を見ても編成について特に言及していないので、そのときは普通の編成(16型)だったのかもしれません。

 このような小さい編成にする理由は、多くの場合、トゥッティを揃えて精妙な音楽を作るところにあるのではないかと思いますが、ノセダの作る音楽は、精妙さに重点を置いたものでは決してありませんでした。恐らく演奏者にとって合わせやすい指揮者ではないのだろうと思います。そういうタイプの指揮者だからこそ人数を減らしたのか?。理由は分りませんね。しかし、独特の乗りがあって、入りの部分のアインザッツが乱れても音楽としては乱れてこない。そこがこの指揮者の才能なのでしょう。

 スメタナの交響詩。初めて聴く作品です。ハーコン・ヤールとは10世紀のノルウェーの武将で、この交響詩は、ハーコン・ヤールの武勇譚を音楽に移し変えた典型的な標題音楽だそうです。演奏は、今ひとつはっきりしないものでした。確かに盛り上がる部分もあるのですが、全体としての緊密感が薄く、何となく進んでいった、という印象でした。

 ショスタコーヴィチのチェロ協奏曲。これは名演です。ディンドのチェロの力量が凄いです。4楽章構成で第3楽章はチェロのソロだけで演奏される長大なカデンツァなわけですが、このカデンツァを聴いているだけで、その凄さが分ります。基本的にふくよかな美音ですが、多彩な音色を使い分けていくというか、コケティッシュになったりユーモアを感じられたり、ショスタコの皮肉な音楽を上手に表現しておりました。ノセダ、N響の付けも見事。特に第4楽章の木管陣はチェロとの見事な調和で聴き応えがあったと思います。一方、この作品は、チェロとホルンの二重協奏曲と申し上げて良いほどホルンも活躍するのが特徴で、チェロのふくよかさに対抗したホルンの音色を期待したいところですが、そちらは必ずしも十分とは言えない感じでした。そこが満足行けば文句なしだったのですが、一寸残念です。

 ディンドのアンコールは、バッハの無伴奏チェロ組曲第2番から「サラバンド」。ショスタコとは全然違った趣の演奏で、このチェリストの多彩さを感じさせていただきました。

 スコットランド。こちらも素晴らしい演奏でした。確かに入りなどは合わない部分が多々あり、整然とした音楽ではなかったのですが、小さい編成で個々の奏者の強い演奏を指示したのか、全体としては荒々しいイメージのスコットランドに仕上がっていました。ノセダ節とでも申し上げたら良いのでしょうか、独特のうねりのある音楽で、その微妙なテンポの揺らぎが音楽を面白くしていた感じがあります。N響は第一楽章後半からこの指揮者の呼吸に合って来て音楽がどんどん面白くなっていきました。第2楽章のクラリネットが殊によく、楽しめました。

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2008年11月20日 第1633回定期演奏会
指揮:
イルジー・コウト

曲目: ドヴォルザーク   交響詩「真昼の魔女」作品108
       
  ドヴォルザーク   ヴァイオリン協奏曲 イ短調 作品53
      ヴァイオリン独奏:ヴェロニカ・エーベルレ
       
  ショスタコーヴィチ   交響曲第9番 変ホ長調 作品70

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:堀、2ndヴァイオリン:永峰、ヴィオラ:店村、チェロ:藤森、ベース:西山、フルート:客演(読響の倉田さん)、オーボエ:青山、クラリネット:松本、バスーン:岡崎、ホルン:松ア、トランペット:関山、トロンボーン:新田、チューバ:客演、ティンパニ:久保

弦の構成:協奏曲:14型、それ以外:16型

感想
 
イルジー・コウトは、これまでの演奏会ではワーグナーを中心にプログラムを組み、先週のAプログラム(私は急用で聴けませんでした。残念)でも「トリスタン」の第二幕を演奏し、ドイツ音楽に相性の良い方のようです。しかし本来コウトはチェコ出身で、今回はドヴォルジャークの作品を中心にプログラムを組みました。

 最初は交響詩「真昼の魔女」。ほぼ晩年の作品で私は初めて聴きました。魔女が自分の悪口を言った母親に復讐するために子供を殺すというモチーフによく似合った音楽が付いた作品で、いかにも交響詩、という雰囲気の作品です。N響としてはごく当然といったレベルの演奏だったと思います。クラリネットが活躍する作品のようで、普段2番を演奏することの多い松本さんがトップで頑張っていたように思います。

 ドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲。今ひとつだと思いました。ソリストのエーベルレは未だ19歳の若手女流です。才能がある方のようですが、ドヴォルジャークを十分弾き込んでいるようには思えませんでした。コウトのスタイルはこの作品の民族主義的ロマンチシズムに主点をおいてどちらかといえば泥臭い演奏を指向していると思うのですが、エーベルレは、何をしたいのか分かりませんでした。コウト/N響にしっかりとぶつかって行こうという気概も感じられませんでしたし、逆にN響の演奏に乗っかって上手く浮かび上がろうとするものでもありませんでした。「きれいな演奏」で終わっているわけではないのですが、だからと言って主張のある演奏でもない。私にはピンと来ない演奏でした。

 ショスタコ9番。立派でした。でも詰まらなかった。ショスタコの9番はもっとスリルのある危ない演奏にしなければ面白くありません。整然としていて堂々としていて安定感が抜群。N響のヴィルトゥオジティの高さをいやでも思い知らされますが、でもこれでいいのか、と思わずにはいられませんでした。

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2008年12月07日 第1634回定期演奏会
指揮:
シャルル・デュトワ

曲目: ストラヴィンスキー   バレエ音楽「ミューズの神を率いるアポロ」
       
  ストラヴィンスキー   オペラ・オラトリオ「エディプス王」
      演奏会形式、字幕翻訳:井内百合子、語り翻訳:松岡和子

エディプス王の出演者

エディプス王 ポール・グローヴス(テノール)
ヨカスタ ペトラ・ヤング(メゾソプラノ)
クレオン、伝令 ロベルト・ゲルラフ(バリトン)
ティレシアス デーヴィッド・ウィルソン・ジョンソン(バス・バリトン)
羊飼い 大槻 孝志(テノール)
語り 平 幹二朗
合唱 東京混声合唱団

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:篠崎、2ndヴァイオリン:永峰、ヴィオラ:店村、チェロ:木越、ベース:吉田、フルート:客演、オーボエ:茂木、クラリネット:磯部、バスーン:岡崎、ホルン:松ア、トランペット:津堅、トロンボーン:新田、チューバ:池田、ティンパニ:久保、ハープ:早川

弦の構成:ミューズ:6部構成で第2チェロが存在、12-10-8-4-4-4、エディプス王:16型

感想
 
デュトワがN響の音楽監督だった時代、N響の実力は確実にアップしました。元々弦楽のレベルは高かったですが、管の音はデュトワ時代に変わったと思います。名誉音楽監督になり、年に1回程度の客演が通常になっても、デュトワが振るときのN響はある種の特別なものがあります。本日も例外ではなく、今シーズン(2008-2009シーズン)に入って最高の演奏になったことは疑いありません。

 「ミューズの神を率いるアポロ」は、ストラヴィンスキーの新古典主義時代を代表する名曲ですが、演奏会で取り上げられることは珍しく、私も実演は初めての体験です。不協和音の多い作品ですが、全体には端正で、バロック時代のバレエ音楽の趣がどことなくあります。デュトワは特別なことをやっているようには思えないのですが、導き出されてくる音はエスプリの効いたセンスの良いものでした。パート間での音の出方が微妙にずれたりなど無事故ではなかったのですが、N響の弦楽パートの高いヴィルトゥオジティがこの作品の魅力を引き出したのだろうと思います。篠崎さんのヴァイオリン・ソロ、それに呼応する大宮さんのヴァイオリン、チェロのピチカートの下支えと魅力的な部分が何箇所もあり、流石にデュトワ/N響だな、と思いました。

 「エディプス王」は、第1回サイトウ記念フェスティバルで取り上げられて有名になりましたが、舞台上演は滅多にされません。感覚的にはオペラというよりオラトリオの感じなので、今回の演奏会形式は理にかなったものであると思います。オーケストラの演奏がまず上質です。デュトワは常任指揮者時代から演奏会形式のオペラを何度もとり上げてきましたが、その演奏に対する期待が裏切られたことは一度もありません。今回も例外ではありませんでした。彫りの深いオーケストラ。緊迫感を増しながらフィナーレにいたる道筋のつけ方、間然とするところがありません。こういう作品を指揮するときのデュトワの巧さは格別のものがあります。

 このデュトワの音楽作りを主軸とするならば、それを支えていた人たちも見事でした。まずは平幹二朗の語りが抜群に素晴らしい。マイクは使用していたようですが、落着きのある明瞭でしっかりした語り口は、物々し過ぎもせず、といって軽薄さは全くなく、音楽の厳しさと上手く適合していました。歌と語りが対比させる作品なわけですが、平の語りはひとりで歌に真っ向に対抗していました。

 群集役の合唱、東京混声合唱団は流石の実力。男声のみ80人で歌いましたが、その荒々しく厳しい合唱は、この悲劇の悲劇たる部分をきっちりと拭って見事でした。最初はもう少し丁寧な歌でも良いのではないかと思いましたが、群集の無責任な怒りを表現するには、この程度の粗さを持ったほうが宜しいと思うようになりました。

 ソリスト陣は悪くはなかったのですが、オーケストラ、合唱、語りの力量におされていました。その中で頑張っていたのは大槻孝志の羊飼いです。ソロの部分は一部でしたが、よく練習したことが分かる素直ではありますが、しっかりとした歌唱で結構でした。外題役のポール・グローブスもNHKホールの広さにやや圧倒されていたきらいはありましたが、美声が見事でした。ペトラ・ヤングのヨカスタのモノローグも見事です。彼女の歌唱で、この悲劇に芯が入ったことは疑いがありません。以上3人と比べると、低音男声の二人は今ひとつ。殊にゲラルフは不調だったようで、会場の広さを持て余している様に思えました。

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2008年12月12日 第1635回定期演奏会
指揮:
シャルル・デュトワ

曲目: フランク   交響詩「アイオリスの人々」
       
  ドビュッシー   夜想曲
      女声合唱:二期会合唱団
         
  ホルスト   組曲「惑星」作品32
      女声合唱:二期会合唱団

オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:堀、2ndヴァイオリン:山口、ヴィオラ:店村、チェロ:木越、ベース:吉田、フルート:客演、オーボエ:茂木、クラリネット:横川、バスーン:水谷、ホルン:日高、トランペット:津堅、トロンボーン:栗田、チューバ:客演、ティンパニ:植松、ハープ:早川、チェレスタ:客演、オルガン:客演

弦の構成:16型

感想
 
このようなフランス近代ものや、後期ロマン派の非ドイツ系音楽を演奏するとき、デュトワの実力が最大限に発揮されます。そのことは昔から定評があるわけですが、本日の演奏もまさしくデュトワの魅力に溢れた演奏会になりました。先週の定期演奏会と比較すると、N響のミスは若干多かったのかな、とも思いましたが、音楽の味わいを殺すようなものではなく、二週間連続で最高級の音楽を楽しめました。

 フランクの交響詩は初めて聴く曲です。N響初演かも知れません。フランクはフランスの作曲としては派手さのない作風ですから、そういうイメージなのかな、と思って聴いたのですが、激しさはないですが、明朗な雰囲気の結構洒落た音楽でした。デュトワもこの洒落た部分の表現に力を入れていたようで、楽しんで聴けました。

 夜想曲。結構でした。特に最初の二曲、「雲」と「祭」がよいと思いました。印象派らしい霞んでいくような雰囲気の音楽で素敵です。池田さんのイングリッシュホルンの響きが殊によく、また遠雷のようなティンパニの響きも結構でした。「シレーヌ」も悪くはないのですが、オーケストラの音に対して最初合唱が浮き上がっており、そこが不満です。「夜想曲」の合唱は、オーケストラを伴奏にしているわけではなく、オーケストラの楽器のひとつとしてヴォーカリーズを用いているわけですから、もっとオーケストラの音と混じってほしいと思いました。

 惑星。上手でした。デュトワがこういう曲を演奏すると本当に上手です。最初の「火星」における管楽器の咆哮から、「金星」の優雅な膨らませ方、「水星」におけるチェレスタ、ピッコロのいかにもスケルツォ的な味わい、「木星」における弦楽器のふくよかな響き、「天王星」の楽器の絡み合いと呼応の素晴らしさ、そして「海王星」の消え行く美。「海王星」の合唱は楽譜の指示通り舞台裏で歌われましたので、「夜想曲」のときのような生々しさがなく、「海王星」の持つ神秘な雰囲気が上手く醸し出されました。大変素晴らしい演奏だったと思います。

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