目次
2019年09月15日 第1918回定期演奏会 パーヴォ・ヤルヴィ指揮
2019年09月20日 第1919回定期演奏会 パーヴォ・ヤルヴィ指揮
2019年10月05日 第1921回定期演奏会 井上道義指揮
2019年10月19日 第1922回定期演奏会 トゥガン・ソヒエフ指揮
2019年11月16日 第1925回定期演奏会 ヘルベルト・ブロムシュテット指揮
2019年11月22日 第1926回定期演奏会 ヘルベルト・ブロムシュテット指揮
2019年11月30日 第1927回定期演奏会 鈴木優人指揮
2019年12月7日 第1928回定期演奏会 ディエゴ・マテウス指揮
2019年ベスト3
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2019年09月15日 第1918回定期演奏会
指揮:パーヴォ・ヤルヴィ
曲目: | バツェヴィチ | 弦楽オーケストラのための協奏曲(1948) | |
ヴェニャフスキ | ヴァイオリン協奏曲第2番 ニ短調 | ||
ヴァイオリン独奏:ジョショア・ベル | |||
ルトスワフスキ | 小組曲(1950/1951) | ||
ルトスワフスキ | 管弦楽のための協奏曲(1954) |
オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:篠崎、2ndヴァイオリン:大宮、ヴィオラ:川本、チェロ:藤森、ベース:西山、フルート:神田、オーボエ:青山、クラリネット:松本、ファゴット:水谷、ホルン:福川、トランペット:長谷川、トロンボーン:古賀、チューバ:客演(フリー奏者の田村優哉さん)、ティンパニ:植松、ハープ:早川、ピアノ:客演(フリー奏者の梅田朋子さん)、チェレスタ:客演(フリー奏者の矢田信子さん)
弦の構成:14型、「管弦楽のための協奏曲」のみ16型
:16型
感想
今年はポーランドと日本との国交樹立100周年ということで、2019-2020シーズンの最初はオール・ポーランド・プログラムで組んできました。ポーランド出身の作曲家としてまず第一に指を折るべきは、申し上げるまでもなく、フレデリック・ショパンですが、パーヴォ・ヤルヴィがそんなストレートな選曲で来るわけなく、ひとひねりしたプログラムで臨んできました。
4曲演奏されましたが、この中で一番有名なのはルトスワフスキの「管弦楽のための協奏曲」。 N響でも10年に1回ぐらいは演奏されますが、私はこれまでタイミングが悪く、一度も聴いたことがありません。遂に聴けて幸せです。他の三曲はもっとマイナー。私の知る限り、ヴェニャフスキが定期演奏会で取り上げられるのはほぼ30年ぶりですし、残りの二曲はN響初演かもしれません。
バツェヴィチはポーランド出身の女流作曲家として最も有名な方なのだそうで、自身がヴィオリニストだったこともあって、弦楽曲を中心に作曲をされた方であるそうです。彼女の代表作が「弦楽オーケストラのための協奏曲」。私は初耳です。調性の割とはっきりした新古典主義的な作品で、和音がきれいで聴きやすいと思いました。ものの本によれば、第二楽章は分奏が多くて複雑で結構大変らしいのですが、N響の弦楽奏者はレベルが高いのでしょうね。そういった細かい処の処理も見事で、大変さを感じさせない演奏でよかったです。
ヴィエニャフスキのヴァイオリン協奏曲。パガニーニに始まるヴァイオリニストが自分のヴィルトゥオジティを誇示するために作曲したと言われる作品の一つです。かつてはよく演奏されましたが、ヴァイオリンの技巧を見せるだけで内容がない、とか言われて、最近は全然聞かない作品です。私が聴くのも1988年以来です。確かにソロヴァイオリンの技巧は大変なものです。美しいメロディラインと相まってうっとりするほど。それをジョショア・ベルが見事な技巧で弾きこなします。この手の曲はヴァイオリンの技巧的美しさを強調するあまり、オーケストラが単なる伴奏に貶められている場合も少なくないのですが、この曲はオーケストラとの対立もあってそこが見事です。ヴァイオリンの細かなフレーズに対抗するフルートの細かで技巧的なパッセージ。それを首席奏者の神田さんが見事に吹き上げ、ソロ・ヴァイオリンとの掛け合いが素敵でした。Braviと申し上げます。
ルトスワフスキの小組曲。機会音楽だけあって、かなりユニークな作品。パーヴォとN響は曲の持つ諧謔的なところを特に強調するわけではないが、結局のところ、そのような特徴を見せてくれるところ。パーヴォもN響も実力が違うな、と感心しました。
最後の「管弦楽のための協奏曲」。パーヴォはこの曲によく似合います。大編成が必要で、複雑な構成を持つ曲に特に適性を見せるパーヴォですが、この曲も非常に見事な演奏。曲をだんだん盛り上げていくアプローチは、N響メンバーのヴィルトゥオジティと相まってまさに聴きがいがありました。N響メンバーも流石の実力で、全体が一丸となって進む中、各ソロパートがしっかり浮かび上がって演奏するさまはさすがだと思いました。実力者集団の面目躍如と申し上げるべきでしょう。
新シーズンの幕開けにふさわしい、気持ちの良い演奏でした。
2019年09月20日 第1919回定期演奏会
指揮:パーヴォ・ヤルヴィ
曲目: | リヒャルト・シュトラウス | 歌劇「カプリッチョ」から「最後の場面」 | |
ソプラノ独唱:ヴァレンティーナ・ファルカシュ | |||
マーラー | 交響曲第5番嬰ハ短調 |
オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:客演(チューリヒ・トーンハレ管弦楽団第一コンサートマスターのアンドレアス・ヤンケさん)、2ndヴァイオリン:大宮、ヴィオラ:川本、チェロ:桑田、ベース:市川、フルート:甲斐、オーボエ:青山、クラリネット:伊藤、ファゴット:宇賀神、ホルン:福川、トランペット:菊本、トロンボーン:新田、チューバ:池田、ティンパニ:植松、ハープ:早川、ピアノ:客演
弦の構成:カプリッチョ;14型、交響曲;16型
感想
現実に作曲されたのは20世紀に入ってからですが、一般には世紀末の音楽とみなされるマーラーの交響曲5番とドイツ・ロマン派の最後の大作曲家の最晩年の歌劇の最後の場面という、ドイツロマン派の最後を意識したプログラム。パーヴォ・ヤルヴィの一番得意なところで、演奏もパーヴォの面目躍如、というべきものでした。
本日は、開演時間が15分ほど遅れました。理由の説明はありませんでしたが、おそらく歌手のトラブルでしょうね。最初の「カプリッチョ」の最初の場面、さほど良いとは思いませんでした。ファルカシュという歌手、私は初めて聴く方で本来の声を知らないのですが、プロフィールに載っているキャリアを見る限り、典型的なソプラノ・リリコ・レジェーロの役柄をレパートリーにしており、マドレーヌというドイツ系ソプラノの主要役を歌うには持ち声が軽すぎるのではないかという印象です。
今回は場面転換の「月光の音楽」から演奏されたのですが、その演奏は比較的そっと演奏されたという感じで、そこにマドレーヌのモノローグが入れ替わるように入って、最初は悪くないな、と思ったのですが、その後は全然盛り上がらない。凄く声が遠くて、声が散っている印象です。NHKホールは空間が広すぎて、この手の声質の歌手には辛い会場であるのは事実ですが、マドレーヌを歌うのであれば、どっしりと落ち着いて声を飛ばしてほしいと思いました。いろいろ表情を変えながら歌っているようなのですが、声が遠いのでそういったニュアンスの違いなどが明瞭に聴こえてこない。本来はもっと歌える人なのかもしれませんが、調子が悪かったのでしょう。ヤルヴィとN響のコンビは歌手の調子に合わせたのか抑制的に演奏していましたが、やはり盛り上がるところではフォルテにしないわけにもいかず、そうなると声が埋もれてしまい、イマイチの演奏でした。
後半はまさにパーヴォ・ヤルヴィの個性炸裂の演奏というべきでしょう。パーヴォの特徴ともいえるあざといほどのテンポの揺らし方とデュナーミク。第一楽章冒頭のトランペット・ファンファーレ。菊本さんの美しくも悲し気な響きから曲がスタートしたのですが、ヤルヴィはファンファーレのテンポよりも一段とゆっくり曲を動かしていきます。楽譜の指示がそうなっているからそうしているわけですが、それを聴き手に明確に感じさせるように演奏するのがパーヴォらしい。第一楽章の後半から少しずつ速くなっていき、第二楽章の激しいソナタ楽章はまさに嵐のように激烈なごつごつした音楽で、マーラーの指示をより強調して演奏している感もないわけではないのですが、こういう演奏の方が興奮します。
スケルツォ楽章では、ホルン1番の福川さんだけが、定位置から下りてきて、ヴィオラの後ろで立ったまま演奏。ホルンソロの魅力が視覚的にも浮かび上がります。第4楽章のアダージェットは静謐な音楽ではありますが、パーヴォが振ると、いつか爆発しそうな熱の内在を感じさせます。そしてフィナーレ楽章。終始ごつごつして、激しさを維持した演奏。最後に向かって盛り上がっていきますが、その盛り上がり方が、美しく盛り上がっていくのではなくごつごつした音を保ちながら盛り上がっていく音楽。世紀末のデカダンな音楽ではなく、マーラーの一番創作意欲が高まっている時代の充実を示した演奏になりました。
2019年10月5日 第1921回定期演奏会
指揮:井上 道義
曲目: | グラス | 二人のティンパニストと管弦楽のための協奏的幻想曲(2000) | |
ティンパニソロ:植松 透/久保 昌一 | |||
ショスタコーヴィチ | 交響曲第11番ト短調作品103「1905年」 |
オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:キュッヒル、2ndヴァイオリン:大宮、ヴィオラ:川本、チェロ:藤森、ベース:吉田、フルート:神田、オーボエ:𠮷村、クラリネット:松本、ファゴット:水谷、ホルン:今井、トランペット:長谷川、トロンボーン:新田、チューバ:池田、ティンパニ:植松、ハープ:早川、ピアノ/チェレスタ:客演(フリー奏者の梅田朋子さん)
弦の構成:グラス;14型、交響曲;18型
感想
井上道義はリズムの捉え方が非常に的確で分かりやすい指揮者なのだな、ということを痛感した演奏会でした。
グラスの曲はティンパニストの超絶技巧を前提に、リズムの細かな変化を楽しむミニマリズムの音楽ですが、体感的にリズムの変化が分からないと指揮できるような曲ではありません。そこを的確にさばいていくのは、彼がダンサーでもあるということと関係があるのでしょう。二人のティンパニソロは、指揮を確認しながらというより、二人のタイミングを合わせながら、植松さんは7台、久保さんは8台のティンパニを叩き、その二人の音の響きあいの変化が何とも言えない感覚を生じさせ、その合間に入る、大太鼓、中太鼓、小太鼓、チューブラー・ベル、ウッドブロック、シンバル、タムタムといった非音階系の打楽器がリズムにアクセントをつけ、面白いことこの上ない。
メロディーも打楽器強調のポピュラー音楽のようで、聴きやすい音楽。初めて聴く作品ですが、ミニマル音楽の楽しさをしっかりと感じさせてくれました。指揮者と二人のティンパニスト、そして、それ以外の打楽器を演奏したメンバーにBravo、Braviを申し上げましょう。
後半のショスタコーヴィチ交響曲11番もリズム重視の作品、井上道義は打楽器のタイミングをしっかり見据えながら指示を出していきます。タクトなしで、手と全身の表情でリズムを示し、主要な打楽器にリズムの指示を出していく。それが分かりやすい。そのおかげなのでしょう。音楽に一体感が生じ、弦楽器などは通常より1プルト多い大編成なのですが、それでも聴こえてくる和音には雑味がなくぴったりはまっている。もちろんこれはN響奏者一人一人のレベルが高いことの証左ではありますが、指揮が分かりやすく、オーケストラが一体となって、邁進できるように導いているのだろうと思いました。指揮者にBravoとオーケストラのメンバーにBraviを差し上げましょう。
2019年10月19日 第1922回定期演奏会
指揮:トゥガン・ソヒエフ
曲目: | バラキレフ(リャブノーフ編) | 東洋風の幻想曲「イスラメイ」 | |
ラフマニノフ | パガニーニの主題による狂詩曲 作品43 | ||
ピアノソロ:ニコラ・アンゲリッシュ | |||
チャイコフスキー | 交響曲第4番へ短調 作品36 |
オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:伊藤、2ndヴァイオリン:大林、ヴィオラ:佐々木、チェロ:藤森、ベース:西山、フルート:神田、オーボエ:青山、クラリネット:松本、ファゴット:宇賀神、ホルン:福川、トランペット:長谷川、トロンボーン:新田、チューバ:池田、ティンパニ:久保、ハープ:早川
弦の構成:協奏曲;14型、その他;16型
感想
N響は機能的に優れたオーケストラですのでどんな指揮者にも合わせてきますが、それだけにリズムをきっちり刻んで、オーケストラの縦の線をしっかり揃えようとする指揮者と相性がいいと思います。その代表例はデットワです。デュトワはフランス音楽のスペシャリストなので、フランス音楽の自由さを出すのに秀でている指揮者という印象がありますが、その根本にあるのは、正確なリズムとダイナミクスでした。
翻って今回のソヒエフはオーケストラの縦の線を揃えるということについては、あまり重視していないのではなないのか、という印象です。結果として最近のN響にしては珍しく、和声が濁って聴こえるところもありましたし、整然とした音楽ではなかったと思います。
バラキレフの「イスラメイ」は音色の濃度が濃い演奏。デュナーミクの幅が大きいというより、音にうねりのようなものがありその変化の濃淡がはっきり出ている演奏。輪郭はぼやけているのですが、色彩感の濃厚な演奏で、言うなれば水彩画ではなく油絵のような演奏だなと思いました。
「パガニーニの主題による狂詩曲」も「イスラメイ」の延長にあるような演奏だったと思います。アンゲリッシュは、変奏ごとの曲想に合わせて大胆に弾き方を変えていきます。その変化が色彩感に富んだもので、濃厚な感じがあります。もちろんそこはピアノですからねっとりとしているというよりは粒立ちがしっかりしているのですが、テクニックのレベルが高いのだろうと思います。その明確な枠組みの中で色彩の変化をきっちりと示している。例の「怒りの日」の捉え方も面白いですし、独特の味がありました。
オーケストラはそんなピアノに対して淡々とついているというよりは割と主張している感じがしました。それが結果としてラフマニノフの音楽が持つ独特の甘さとこの曲自身の持つデモーニッシュな部分がどちらも主張していて、それがぶつかっている印象です。私はその衝突が面白かったのですが、気に入っていなかった聴衆も割といらしたように思いました。
最後のチャイコフスキーの第4番。最初はくすんだ音楽で後半に向けてどんどん盛り上げていく演奏。冒頭の金管のファンファーレからして輝かしく響かせない。柔らかいけれどもくすんだ印象になります。さらに最近のN響では珍しくホルン(だと思いますが)が失敗しました。その後も弦楽合奏もあまり美しくなく憂鬱感を前面に出したまま終了した印象です。第二楽章の緩徐楽章。チャイコフスキーのメロディーの美しさを濃厚に表現してきました。第一楽章よりは明るい印象。
スケルツォは弦がピチカートで演奏するところがこの曲の特徴ですが、一糸乱れぬピチカートという風にはなりませんでした。数音ピチカートで鳴らすわけではなく、数分間ピチカートだけで演奏するのですから、大変であることはよく分かりますが、N響であればもうワンレベル高いところで揃えられると思います。しかし、指揮者はこの楽章でもテンポをしっかり刻んで来ないので、楽器間で微妙なずれが感じられます。そこが残念だったかもしれません。第4楽章は華やかに開始され、そのままフィナーレに突入。盛り上がって終わりました。指揮者の作品の考え方がよく分かる演奏だったと思います。その意味ではいい演奏だったのですが、「好きか」と問われれば、私の好みとは異なる演奏でした。
2019年11月16日 第1925回定期演奏会
指揮:ヘルベルト・ブロムシュテット
曲目: | ステンハンマル | ピアノ協奏曲第2番ニ短調 作品23 | |
ピアノソロ:マルティン・ステュルフェルト | |||
ブラームス | 交響曲第3番へ長調 作品90 |
オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:篠崎、2ndヴァイオリン:大林、ヴィオラ:川本、チェロ:藤森、ベース:吉田、フルート:甲斐、オーボエ:吉村、クラリネット:松本、ファゴット:宇賀神、ホルン:福川、トランペット:菊本、トロンボーン:新田、チューバ:池田、ティンパニ:植松
弦の構成:協奏曲;14-14-10-8-6、交響曲;16-16-12-10-8
感想
1927年生まれですから御年92歳。さすがに歩く姿に衰えは見えますが、腰かけて指揮をするようなことは全くなく、やはり音楽界の至宝と申し上げてよいのでしょう。私は長老指揮者をむやみに崇め奉る一部ファンとは一線を画しているつもりですが、ここまで若々しく且つダイナミックな表情を作り出されると、さすがと申し上げるしかありません。
それを殊に感じさせたのは後半に演奏されたブラームスです。指揮棒を持たずにゆったりとした振り方をするのですが、N響は実にしっかりした音で応えます。その響きは、力強さと若々しさを感じさせるもので、92歳の老人が紡ぎだす音楽とは思えません。ブロムシュテットは、若い頃はもっとかっちりした精妙な音楽を目指していたと思うのですが、最近は本当に自然な、楽譜に語らせるような音楽を演奏します。本日のブラームスはその一つの典型だったように思います。それぞれの楽章に書かれたそれぞれの音楽を最もいい形で取り出すような演奏でした。
こういう演奏になるのは、もちろんブロムシュテットの現在の境地が一番大切なのでしょうが、N響がそれだけの技量で応えられる、という点も無視できません。とにかく音もよかったと思います。弦楽の生気溢れる音は言うまでもなく、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルンなどそれぞれがそれぞれに美しい。
更にもう一つ特記すべき点としては、アンコールがあったことです。N響の定期公演ではアンコールが用意されることはなく、予定のプログラムだけでおしまいですが、今回は鳴りやまぬ拍手に、ブロムシュテットが指揮台に上り、ブラームスの第3番交響曲の第3楽章をアンコールとして演奏いたしました。これはもちろん事前打ち合わせなしで、指揮台に上がったブロムシュテットが指3本立てて演奏場所を指示し、演奏したものです。さすがに冒頭部分は音の乱れがありましたが(それはそうでしょう。奏者はもう終わったと思っているのですから、心の準備ができていません)、すぐにN響らしい整った音になって終演いたしました。素晴らしかったと思います。
前半のステンハンマルのピアノ協奏曲第二番。初聴です。この作品は、ステンハンマルのドイツ音楽傾倒時代からスウェーデン音楽の確立の過渡期の作品とされるわけで、解説によれば、ブラームスの影響を強く受けていると言います。確かに、四楽章構成であるとか、調整の感じであるとか、ブラームスと言われればそうかなとは思いますが、ブラームスほどの音楽の雄弁さはなかったように思いました。ステュルフェルトは丁寧にリリックに演奏していたと思いますが、彼の表現しようとしていた作品世界を、聴き手である私が十分に感じ取ることができなかったかな、とは思います。ブロムシュテットも既にステンハンマルの代表作である交響曲2番をN響で取り上げるなどに対して、彼の音楽に強い思い入れを持っていて、それを日本の観客に知らせようという意識がしっかり垣間見られました。
2019年11月22日 第1926回定期演奏会
指揮:ヘルベルト・ブロムシュテット
曲目: | モーツァルト | 交響曲第36番 ハ長調 K.425「リンツ」 | |
モーツァルト | ミサ曲 ハ短調 K.427(ベーレンライター版) | ||
ソプラノI独唱:クリスティーナ・ランツハマー ソプラノU独唱:アンナ・ルチア・リヒター テノール独唱:ティルマン・リヒディ バリトン独唱:甲斐 栄次郎 合唱:新国立劇場合唱団(合唱指揮:冨平恭平) |
オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:伊藤、2ndヴァイオリン:大宮、ヴィオラ:川本、チェロ:桑田、ベース:吉田、フルート:神田、オーボエ:青山、ファゴット:水谷、ホルン:今井、トランペット:長谷川、トロンボーン:古賀、ティンパニ:植松、オルガン:客演(東京芸術劇場専属オルガニストの新山恵理さん)
弦の構成:交響曲;10-10-6-4-3、ミサ曲:12-12-8-6-4
感想
モーツァルトがコンスタンツェと結婚して故郷ザルツブルグへ帰省する前後に書かれた2曲による演奏会。
前半の「リンツ」交響曲はほとんど繰り返しの省略なしで40分ほどかけて演奏。小編成のオーケストラでの演奏で、それだけに整った音楽が流れ見事ではありましたが、落ち着きすぎているのかな、という印象。もちろん生々しいオーケストラの音の響きはあって、そういう点での若々しさは感じることができたのですが、ロココ的美の中で弾むような感じの美しさとは質が違っているように思いました。ブロムシュテットは昨年は「プラハ」交響曲を取り上げ、私はその音楽には「もう、モーツァルトしかいない」と思ったのですが、今回は、92歳のブロムシュテットが感じるモーツァルトが居た、というところでしょうか。
後半の「大ミサ」。もちろん立派な演奏でしたし、素晴らしいところもあったのですが、全体としてはもやもやするものが残りました。
まずは合唱。新国立劇場合唱団。パワフルで素晴らしい合唱を聴かせてくれるのですが、歌詞がクリアに聴こえてこないところが結構ある。おそらく合唱がぴったり揃っていないのです。オペラの合唱であればこの精度で全く問題ないのだろうと思いますが、ミサ曲のような音楽は、もっと合わせて倍音が響いてくるように合わせないといけないのではないか。今の音楽だと響きの良い大聖堂なんかだと、もっと混とんとしてしまうのではないか、という気がしました。
ソリストは第一ソプラノのランツハマーが今一つ。歌えていないというわけではないのですが、彼女の持っているこの曲の音色感とN響の音色感が違うのか、ブロムシュテットの音楽の運び方が彼女の感覚と違うのか分かりませんが、微妙に歌いにくそうで戸惑っている感じが見受けられました。
オーケストラ自身は立派な演奏だったのですが、以上のような理由で今一つしっくりしなかったかな、というところです。
2019年11月30日 第1927回定期演奏会
指揮:鈴木優人
曲目: | メシアン | 忘れられた捧げもの | |
ブロッホ | ヘブライ狂詩曲「ソロモン」 | ||
チェロ独奏:ニコラ・アルトシュテット | |||
コレルリ(鈴木優人編曲) | 合奏協奏曲第8番 ト短調「クリスマス協奏曲」 | ||
チェンバロ:鈴木優人、オルガン:大塚直哉 | |||
メンデルスゾーン | 交響曲第5番 ニ短調 作品107「宗教改革」(初稿/1830) |
オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:ヴェスコ・エシュケナージ(客演)、2ndヴァイオリン:大宮、ヴィオラ:佐々木、チェロ:藤森、ベース:西山、フルート:甲斐、オーボエ:𠮷村、ファゴット:水谷、ホルン:福川、トランペット:菊本、トロンボーン:新田、チューバ:池田、ティンパニ:久保、ハープ:早川、チェレスタ:客演(フリー奏者の梅田朋子さん)
弦の構成:クリスマス協奏曲;8-8-6-4-3、その他;14-14-12-10-8
感想
20世紀音楽が2曲に、バロック、ロマン派音楽という編成。バロックの名曲には自分が手を入れ、オーボエ/ファゴットパートを追加。メンデルスゾーンは通常演奏される1832年版ではなく、ホグウッドが校訂した初稿の1830年版を使用と、かなりエッジの効いたプログラムです。更に申し上げれば、この曲は全てキリスト教に関連しており、西洋音楽におけるキリスト教の重要性をまさに知らしめるものになっています。
鈴木優人と言えば、ルネサンスからバロックにかけてのスペシャリストで、古楽器楽奏者から最近はバッハ・コレギウム・ジャパンで指揮もする人になった、という印象だったのですが、これからはまず指揮者として見ていかなければいけません。
さて演奏ですが、一番しっくり来たのは鈴木の本来のテリトリーの音楽である「クリスマス協奏曲」。バロック時代の合奏協奏曲としては、ヴィヴァルディの「四季」に次ぐぐらい有名な作品ですが、まさかN響で聴けるとは思ってもみませんでした。鈴木はチェンバロを演奏しながら指揮するバロック・スタイル。通奏低音の軸であるオルガンは鈴木の盟友と申し上げてもよい大塚直哉。この二人を軸にN響の名手たちが音楽を奏でていきます。N響は、大編成で一糸乱れる演奏も得意ですが、実は少人数で、室内楽的に演奏する方が素敵になる場合が多いのですが、今回もその例。ソロを担当した、コンサートマスター、第二ヴァイオリン首席、チェロ首席の三人とトゥッティの関係も見事で、聴いていて惚れ惚れといたします。本来ないオーボエとファゴットの木管パートも音楽の膨らみを増すのに効果的でした。
最後に演奏された「宗教改革」も面白かった。私はこの曲が昔から好きなのですが、演奏会では滅多に聴くことが出来ず、15年ぶりぐらいになります。メンデルスゾーンと言えば、バッハに対する傾倒が強くて、「マタイ受難曲」の蘇演者として有名ですが、それだけでなく、古典への傾倒の強かった作曲家だったといわれます。鈴木の感性もまた古典にあって、作曲家の古いものに対する姿勢をより引き出そうとする演奏ではなかったかという気がしました。第二楽章のスケルツォは軽快にまとめていたし、第三楽章の緩徐楽章もロマン派的流れをしっかり聴こえてきて特に重苦しい音楽に仕上げているわけではないのですが、例の「ドレスデン・アーメン」であるとか、第四楽章のコラールの演奏は、キリスト教的な何かを響かせていた感じがします。
今回用いられた初稿はフルートの活躍に特徴があるそうです。フルートという楽器は、キリスト教世界の表現という点に関してはちょっと違和感もあるのですが、新しい宗教世界への展開の音楽と考えると、フルートの明るい音色が必要だったのかな、などと考えてしまいました。なお、甲斐さんのソロはもちろん見事でした。
前半の二曲。メシアンは悪い演奏ではなかったと思いますが、特に印象強い演奏ではなかったと思います。
ブロッホの「ソロモン」は名前は有名ですが、私は実演を初めて聴きました。20世紀に作曲された協奏曲だけのことはあって、スペクタクルな音楽だと思います。アルトシュテットのソロは、割と繊細な印象。とはいえ、曲がダイナミックな作品なので、繊細だけで済むわけはなく攻めるところはしっかり攻めてきています。しかしながら、全体の印象としては繊細な印象が残りました。多分これはバランスとしてオーケストラが強いためでしょう。三管編成の大オーケストラを後ろに従えて、ソロ楽器が低音楽器のチェロということ自身が作曲家がそういう音を求めていた、ということなのだろうと思います。
2019年12月7日 第1928回定期演奏会
指揮:デイエゴ・マテウス
曲目: | メンデルスゾーン | 「夏の夜の夢」序曲 作品21 | |
グラズノフ | ヴァイオリン協奏曲イ短調 作品82 | ||
ヴァイオリン・ソロ:ニキータ・ボリゾグレブスキー | |||
ベルリオーズ | 幻想交響曲 作品14 |
オーケストラの主要なメンバー(敬称略)
コンマス:ヴェスコ・エシュケナージ(客演)、2ndヴァイオリン:大林、ヴィオラ:佐々木、チェロ:藤森、ベース:吉田、フルート:神田、オーボエ:青山、クラリネット:伊藤、ファゴット:宇賀神、ホルン:今井、トランペット:長谷川、コルネット:井川、トロンボーン:古賀、チューバ:池田、ティンパニ:久保、ハープ:早川
弦の構成:メンデルスゾーン;14型、グラズノフ;12型、幻想;16型
感想
本年の私の最後のN響定期演奏会は、1984年生まれの若きスペイン人指揮者の立派な演奏で聴き終えることになりました。N響ファンとしてとても嬉しいことだと思います。
デイエゴ・マテウスはテンポはあまり動かさず、デュナーミクや細かい奏法の指示で音を作っていくタイプの指揮者のように思います。どちらかというとどっしりとした構えから音楽を進めていこうとする指揮者。それが「夏の夜の夢」序曲のような曲になると、ちょっと堂々としすぎていて重たくも感じさせるわけですが、このような重戦車的な演奏は、大指揮者チックで面白いとは思います。
そのマテウスの本領はやはり「幻想交響曲」にありました。一言でいえば、楽器ひとつひとつの音を鮮明に立ち上がらせようとする音楽。今回本来のハープ2台の指示に対して4台のハープで演奏されましたが、これは本来一台のハープが演奏するところをユニゾンで演奏させて、ハープのパートをより鮮明にしようという試みでしょう。もちろん、これはハープに対する対応だけではなく、チューバに対しても、イングリッシュホルンに対しても、第二クラリネットに対しても(ちなみに倍管にしているわけではありません)それぞれが鮮明に聴こえるように指示を出しているようでした。その方法としては、例えば弦楽器のそのような部分ではノンビブラートで演奏させるみたいなことをやっているようでした。
結果としてクリアで明瞭な「幻想」になっていました。その分、「幻想」に期待されるおどろおどろしさのようなものはあまり聴こえてはこなかったのですが、若々しい清潔さにあふれた演奏で、犠牲にした分得られた成果も大きいのではないかと思います。N響のヴィルトゥオジティもいつもながら素晴らしく、指揮者の期待に応えていました。
さて、中間に演奏されたグラズノフのヴァイオリン協奏曲。ソリストのボリゾグレブスキー。音の指向性が、マテウスと似ているような気がしました。基本的に清澄な美音で演奏するタイプのヴァイオリニスト。この曲自身が、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲の影響が見て取れるわけですが、すなわちそれは、ロマンチックな表情と、ロシアに根差した厳しさのようなもののバランスで曲の雰囲気が決まってくるともいえるのでしょう。ボリゾグレブスキーはどちらかと言えばロマンティックな表情に重きを置いた演奏をしたと思うのですが、そこはロシア人。自国の大作曲家の作品に対する敬意は十分で、その気持ちが曲をしっかり引き締めているように思いました。
伴奏を12型の小型編成にしたのはマテウスのアイディアなのでしょう。小型化によるソリスト優先のバランスはマテウスの求める繊細さがあるのでしょう。全体として美音と精妙さのバランスがちょうどよい感じでした。
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