読み物作家たちのベスト3(その4)

目次

平 安寿子   木 彬光   高嶋 哲夫   高杉 良   高千穂 遥   高村 薫
日明 恩   田中 光二   辻 真先   土屋 隆夫   筒井 康隆   都築 道夫
典厩 五郎   天藤 真   堂場 瞬一   伴野 朗   豊田 有恒   豊田 穣

平安寿子の3冊

1.風に顔をあげて
2.
あなたがパラダイス
3.
くうねるところにすむところ

 アン・タイラーという作家を未だ読んでいないので、平安寿子がアン・タイラーに触発されて作家になった、ということの意味は正直なところ良く分りません。でも、ペン・ネームの由来が、「アン・ターラーのように」(as Anne Tyler)だそうですから、その傾倒ぶりはすごいものがあります。更にこのペンネームには、平安寿(へいあんことぶき)という大変お目出度い意味もある。このペンネームに示されるように、平の作品は、市井の普通の人の普通の生活をおばさん的視点で、ユーモアたっぷりに描くところに真骨頂があります。

 平のユーモアのもうひとつのバックグランドは落語です。広島の方で江戸落語に特別親しんだという様子はないのですが、自身で「こっちへお入り」という、落語の入門書のような小説も書いているぐらいで、落語への造詣も深い。アメリカ的ユーモアと落語的ユーモアの融合がこの方の特徴かもしれません。

 それだけに、「普通の人」を描いた作品を取り上げたい。風に顔をあげては、25歳の元気印が取柄だった風実が主人公。でも高卒で25歳になっても定職がなく、その上ボクシングをやっていたカレはボクシングをやめて、無認可保育所の保父になってしまうし、弟はゲイをカミングアウトするし、元気をくれる筈の飲み友達は愚痴が多いし、落ち込まずにはいられません。そういう問題をどう解決するのか。勿論事件的な解決があるわけではありません。気持の持ち方ひとつでどうにでもなる。そういう前向きさがこの作品の特徴で、平安寿子だと思います。

 同じ前向きさを平と同世代のおばさんたちを主人公として描いたのがあなたがパラダイスです。更年期障害で悩み始める40代女性の、今までどおり生きられるのか、これからどうするのかを考える三人の女性。彼女たちは住むところも、抱えている問題も勿論違いますが、一点沢田研二のファンであるところで共通しています。ジュリーこそがパラダイスなのです。第4話「まだまだ行けます」(エピローグ)で彼女たち三人はジュリーの同じコンサートの観客として一堂に会しますが、50代のジュリーから元気を貰うことによって、おばさんはますます元気になるのです。

 くうねるところにすむところは勿論前座噺「寿限無」の一節です。お話は落語とは関係なく、思わぬ成り行きから「ガテン」系土建屋業界に飛び込んでしまった元編集者と女社長の物語です。主人公の梨央は、不倫関係にはまり込んでいた30歳のOL。酔っ払った時助けてもらった鳶職の男にホレ込んで全く無関係の土建屋に転職します。前向きの梨央とやる気のあまりない女社長の対比、そして女同士のあけすけだけれども痛快な会話。元気で熱い作品です。

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高木彬光の3冊

1.刺青殺人事件
2.
成吉思汗の秘密
3.
人形はなぜ殺される

 高木彬光は、数多くの探偵役を生み出して来ました。神津恭介、百谷泉一郎、霧島三郎、近松茂道、大前田英策、墨野隴人の六人。それぞれの代表作をあげるならば、百谷は「誘拐」と「破壊裁判」、霧島は「検事霧島三郎」、ぐず茂こと近松は、「黒白の囮」、大前田英策は「悪魔の火祭り」、墨野隴人は、「一、二、三、死」でしょうか。そして、推理小説以外にもSFや時代小説書いているわけですが、結局のところ、高木彬光の本当に面白いものは、神津恭介ものに絞られるような気がいたします。という訳で、神津恭介が探偵役を務める三冊を選択致しました。

 刺青殺人事件は、彼のデビュー作ですが、彼の最高傑作であるばかりではなく、日本推理小説史上屈指の名作です。胴体のない死体という着想、日本家屋で密室を構成した趣向、意外な真実、本格派推理小説として備えるべき要素を全て備えています。特にトリックのスケールの大きさには瞠目させられるものがあります。迷宮入りかと思われた所に現れた名探偵が、疑問をきれいに解決して真相を明かにするのも、読者への挑戦があるのも本格派推理小説らしくていいです。文章が生硬な所が欠点としてあげられるのですが、そこがこの緻密な論理的推理小説の味わいを高めていると、私は感じています。

 成吉思汗の秘密は、ベットサイド・ディテクティブの傑作です。急性盲腸炎で入院した、東大医学部法医学教室助教授の神津恭介は、回復に向かうベッドの上で退屈を持て余しています。そこに見舞にやって来た友人の探偵小説作家・松下研三の思いつきから、源義経が衣川の戦いで死なずに、蒙古に渡って成吉思汗になったという伝説が成立するかどうかを推理によって検証しようとするお話です。勿論私は、神津のこの推理を信じているものではありませんが、この推理が成立することを否定できないと思っています。もしかして、というところにロマンを感じるのはとても楽しいことです。

 人形はなぜ殺されるは、高木の怪奇趣味が分かる一冊。日本アマチュア魔術協会の新作発表会の楽屋で、呼び物の「断頭台の女王」の魔術に使われる人形の首が、鍵のかかったガラスの箱から蒸発した。数日後、この魔術で女王を演じる筈だった京野百合子は、首なし死体で発見され、その脇に楽屋から消えた人形の首が転がっていた。このような状況で始まる本格推理小説です。高木の流暢な筆の運びと一種の通俗性、それに論理性と非常に良く出来た作品で、高木の最高傑作という評価も少なくありません。

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高嶋哲夫の3冊

1.イントゥルーダー
2.
ミッドナイトイーグル
3.
M8

 1949年岡山県生まれ。慶應義塾大学工学部卒・大学院修士課程修了。日本原子力研究所研究員を経て、カリフォルニア大学に留学。以上の経歴からも分るように、高嶋哲夫は、バリバリの理系研究者から小説家になった方で、理系のセンスが前面に出た作風に特徴があります。構成は壮大ですが、一方で、小説としての味わいが一寸薄い感じがします。一時期、片っ端から読んでいたことがあるのですが、ここ何年かは読んでいないような気がします。私と同じ理系のため、どこか鼻に着くのかもしれません。

 そういう中で一番の傑作はサントリーミステリー大賞と読者賞をダブル受賞した、イントゥルーダーだと思います。世界的なコンピューターメーカー副社長である主人公に、ある日突然、「あなたの息子が重体です」との電話がかかります。主人公は、25年前に別れた恋人が産んだ会ったこともない意識不明の息子のため、仕事を放り出しても、その足跡を辿ります。息子はひき逃げ事件にあっているのですが、その影には活断層上に建設された柏崎原発の問題があるようです。作品の発表が1999年。高嶋の予想したとおり、中越地震で柏崎の原発が止まったのが2004年。ここにも高嶋の原研職員の経験が生かされたようです。

 ミッドナイトイーグルは、ある意味典型的娯楽活劇小説です。基本的なストーリーは単純ですが、そこに介在するおかずが沢山あって、その多彩さで見せているような作品です。そのような手法を好むかどうかで、この作品を支持するかどうかが決まるように思います。別居中の夫婦が国際的な謀略に巻き込まれるというスケールの大きい作品ですが、その構成の大きさに対して、登場人物の存在感が類型的なのが弱みだと思います。しかし、そういうスタイルが高嶋の持ち味なので、高嶋らしい作品として選びました。

 M8は、マグニチュード8の地震が起きた時の状況を示す、シミュレーション・災害小説です。「若手研究者・瀬戸口が東京直下型大地震を予知。阪神大震災を同じく体験した三人の同級生たちそれぞれの葛藤を軸に、首都大地震を最新の研究を反映して完全シミュレーションした書き下ろし力作」という出版社の説明からも明らかなように、理科系の作者ならではのシミュレーション。そういうところは面白いし、東京直下型地震を認識するためには適切な作品でしょう。地震を背景にしたパニック小説は数多くありますが、作者が理科系のためか地震に関する知識は増えそう。一方、これまた、登場人物の存在感が類型的なのが弱みです。

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高杉良の3冊

1.ザ・エクセレント・カンパニー
2.
金融腐食列島U呪縛
3.
あざやかな退任

 企業・経済小説の先駆者が城山三郎で、その後継者が高杉良であることは、誰にも異論がないでしょう。企業・経済小説の作家を大きく3つに分類して見せたのは佐高信で、彼は、「普遍派」、「暗部派」、「怨念派」と分類しています。高杉は言うまでもなく普遍派。とはいえ、高杉の取り上げる題材も現実にあった企業スキャンダルが多いわけですから、よい後味のみというわけには行きません。「暗部」も「怨念」も当然含まれてきます。その中で、彼の作品の魅力は、主人公として登場するミドルが概ねカッコイイことにつきます。仕事に対して真摯で、行動力・洞察力があり、それでいて女性には持てる。現実の会社に、そんな方、どれだけいるのか?と思うほどです。

 そんなことを思いながら選んだのは上記3冊です。ザ・エクセレント・カンパニーは、東洋水産のアメリカ子会社「マルチャン・インク」を題材(舞台)にした作品です。高杉は、よい会社の例として東洋水産を考えているようで、東洋水産の創業者・森和夫を主人公とした「燃ゆるとき」という作品も書いておりますが、小説としての出来栄えはこちらが上。企業小説というと、どうしてもスキャンダルに焦点があたり、それはそれで悪くはないのですが、「プロジェクトX」ではありませんが、企業の努力・発展に視点を置いた作品は、読者に元気を与えてくれて気持ちのよいものです。

 「金融腐食列島」シリーズは、バブル期からそれ以降の銀行業界を題材にした大きなシリーズで、最初の「金融腐食列島」は住友銀行がモデル。そして、シリーズ最長編の金融腐食列島U呪縛は、第一勧業銀行がモデルです。1997年の総会屋利益供与事件の顛末を綿密な取材を元に執筆した作品で、全体のボリュームといい、小説としての出来栄えといい、日本の企業小説として屈指の作品となっていると思います。これを読むと、サラリーマン(サラリーマンでなくてもそうなのかもしれませんが)は、状況で動かざるを得ない、その状況の中で最善を探らざるを得ないということがよく分かります。

 高杉の作品は、綿密な取材に基づく重厚なものが多く、読み応えのあるものが少なくありません。上記の「金融腐食列島」シリーズもそうですが、「乱気流−小説・巨大経済新聞」、「小説ザ・ゼネコン」、「小説・ザ・外資」、「濁流 -組織悪に抗した男たち」、「小説 巨大証券」、みな、いろいろな意味で面白い作品です。最近の作品は筆の円熟も感じます。そうなると、というかそれならばこそ初期の作品を3冊目に選びましょう。あざやかな退任はいかがでしょうか。モデル小説が多い高杉作品には珍しく、基本的にモデルのないフィクションだそうですが、ワンマン社長急死後の後任争い、という実に人間的な争いをよく組み立てています。

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高千穂遥の3冊

1.夏・風・ライダー
2.
連帯惑星ピザンの危機
3.
ダーティペアの大冒険

 朝日ソノラマが2007年9月に廃業するそうです。元々は、「朝日ソノラマ」というソノシート付の雑誌を出版することを目的として、朝日新聞社が設立した会社(「朝日ソノラマ」は、私が幼児のころ、親父が購入していたようです)のようですが、私が中学生ごろから「朝日ソノラマ文庫」という中高生向けのライトノベルをたくさん出版して、そこで、私には親しみがあります。そこでは、書き下ろしのSFが量産され、例えば、パスティーシュ小説でブレイクする前の清水義範がいろいろ書いていた、といったことがあります。

 私にとって印象深かったのが、「クラッシャージョー」シリーズを書いた高千穂遥。高校時代に結構はまりました。高千穂の名とソノラマ文庫、そして「クラッシャージョー」シリーズは私にとっては不可分のものです。

 しかしながら、高千穂の一番の傑作は、SFではない夏・風・ライダーです。バイクを愛し、走ることを愛する者たちが集まって作られた町内のロードレースチーム「チーム・ノブ」とライバルの「尾高レーシング」。両者は鈴鹿の四時間耐久レースに挑むべく準備を始めます。1982年夏の鈴鹿の四時間に向かっての青春が凝縮されて描かれていて、瑞々しい青春小説になっています。

 しかし、「朝日ソノラマ文庫」に敬意を表して、「クラッシャージョー」シリーズから何かを選ばなければなりません。その中では文句なしで第一作の連帯惑星ピザンの危機をとりましょう。西暦2160年。宇宙時代を迎え、それに伴う辺境惑星での作業、護衛、危険物の扱い等危険な仕事を引き受けるクラッシャーという集団が現れます。その一流のクラッシャーであるジョウとその仲間達の活躍が描かれるという設定です。第一作は、連帯惑星ピザンを舞台に、三人の仲間とともに愛機ミネルバを駆って反乱鎮圧に向かうジョウの活躍を描くもので、いかにもライトノベルです。シリーズ10作あるそうですが、シリーズ第五作まで読みましたが、それ以降は読む気になれませんでした。スペース・オペラは、どうも私の体質にあわないようです。

 もう一作は、短編ですが、ダーティペアの大冒険を挙げましょう。これもシリーズ化してつまらなくなりましたが、第一作の「大冒険」は、ライトノベルらしいライトノベルでした。発表された当時は大変評判になって、1980年の星雲賞の日本短編部門を受賞しています。ただ、今読み直すと、かなり古臭さが目立ちます。その辺が未来小説の難しさなのかもしれません。

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高村薫の3冊

1.神の火
2.
我が手に拳銃を
3.
黄金を抱いて翔べ

 最近のエンターティメント系作家で、私が出版された全小説を読んでいるのは高村薫だけだと思います。高村の魅力はハイアベレージのところにあります。どの作品を読んでも、一定水準を越えている。ですから、彼女のベスト3を選ぶのは非常に難しい作業です。最初は無難に「マークスの山」、「レディ・ジョーカー」、「晴子情歌」で行こうかとも思ったのですけれども、結局上記3作品にしました。高村のデビュー3作ですが、どれも魅力的な作品です。

 高村薫の大きな特色に「手を入れる」ということがあります。その中で最も「手を入れた」作品がこの神の火だそうです。私は、改稿版の新潮文庫版でこの作品を読んだのですが、単行本版をを前面改稿し、更に400枚加筆したそうですから凄いです。主人公がスパイであり、CIA、KGB、北朝鮮情報部、日本の公安警察が暗躍するところなど「冒険スパイ小説」にはいる訳ですが、普通の冒険スパイ小説と比べると随分上質です。その理由の一つは、手垢のついた言い廻しですが、人間が良く描かれていることだと思います。また、現代史に立脚してストーリーを組みたてている点にもリアリティを感じます。また、高村作品の特徴であるディーテイルに拘って細かく書く点も健在です。色々な意味でバランスのとれた傑作だと思います。

 我が手に拳銃をにも改稿版が存在します。これはタイトルも変って「李歐」。この作品については、両者を読み比べましたが、絶対我が手に拳銃をの方が面白い。恐らく、「李歐」の方が小説的洗練と言う点では上なのでしょうが、我が手に拳銃をにあった、粗削りだけれども、直球のスピード感が失われていて、私にはイマイチです。ところで、高村作品には、ホモセクシュアル的な雰囲気が見られる作品が多いのですが、我が手に拳銃をはその雰囲気がより濃いように思います。主人公の吉田一彰とリ・オウとの関係がそれですね。

 黄金を抱いて翔べ、これが高村薫のデビュー作で、第3回日本推理サスペンス大賞を受賞した作品です。彼女は、比較的寡作ですが、受賞歴は豊富で「リヴィエラを撃て」で日本推理作家協会賞と日本冒険小説協会大賞、「マークスの山」で直木賞、「レディ・ジョーカー」で毎日出版文化賞を受賞しています。このベスト3では、これらの受賞作を避けようと思ったのですが、ある時期までの高村作品の原型が全て含まれているように思いますので、採りましょう。勿論、主人公幸田のトラウマから最後の金塊の強奪までストレートに突っ込むスピード感は大きな魅力です。

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日明恩の3冊

1.それでも、警官は微笑う
2.
埋み火
3.
鎮火報

 日明恩(「たちもりめぐみ」と読みます)を最初に読んだのは、第25回メフィスト賞を受賞したそれでも警官は、微笑うです。2005年2月、何となく手にとって読んだのが最初です。これが、めっぽう面白いエンターティメント作品で、続けざまに鎮火報、「そして、警官は奔る」を読み、新作の発表に期待を持ちました。2005年8月に埋み火が出版され、2005年は個人的には日明恩イヤーだったのですが、その後は全然新作の音沙汰がありません。もう数作読んだら、ベスト3を選ぼうと思っていたのですが、3年近く待っているのですが、とりあえず既作4作から選ぶベスト3です。

 そうなると、最初に読んだ感動から、それでも警官は、微笑うを第一選択にすべきでしょう。日明のデビュー作ですが、ストーリー展開の面白さと特徴ある人物の造形で、現実にはないのだろうな、と思いながらも引き込まれる面白さでした。基本的な骨格は、不法拳銃の出所を追跡する池袋署の刑事に、麻薬取締官の捜査が交錯するというサスペンス系作品ですが、主人公である二人の刑事の対比が見事です。硬派でタフな武本正純巡査部長と、お坊ちゃま育ちで優秀な、武本を先輩呼ばわりする潮崎哲夫警部補の凸凹コンビが作品の味わいを作り出します。緊張感のあるストーリーなのですが、このコンビが何ともいえない滑稽さをかもし出しており、物語の硬さを和らげています。

 警察官を主人公にした後は消防士、というわけで、日明の第二作は鎮火報です。鎮火報は、「なれるものならなってみろ」という売り文句に、買い文句でなった新米の消防士・大山雄大です。消防の現場から早く事務へ移り、楽して得する公務員を目指しています。ところが雄大の周辺には消防士の使命感に燃えた先輩ばかりです。このやる気のない雄大の「ぼやき」が傑作です。

 この鎮火報の続編が埋み火です。鎮火報の主人公大山雄大が又活躍します。ただ内容は、鎮火報と比べると相当地味です。鎮火報の背景にあるのは不法外国労働者問題ですが、今回は老人世帯の失火による死亡事故、という消防士ならば誰でも出会いそうな事件が背景です。日明の特徴である、登場人物のキャラクターが明確である、という点は変わりませんが、そういうキャラクターを動かすよりも消防士の日常を書きたかった、ということかも知れません。私は鎮火報よりも埋み火を買います。

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田中光二の3冊

1.爆発の臨界
2.
失われたものの伝説
3.
血と黄金

 田中光二はSF作家としてデビューした人で、SFのジャンルにも沢山の傑作があると思いますが、彼の味わいは冒険小説により濃く出ているのではないかと思います。勿論「大滅亡」や「異星の人」が傑作であることを認めないものではないのですが、それよりも冒険小説に私の好みの作品が多いのですね。それも初期の作品がよいと思います。今回あげた作品も全て昭和50年代以前の作品ですが、どれも田中光二らしさで満ちた作品です。

 爆発の臨界は、近未来を扱ったポリティカル・フィクションですが、十万トンの原油を積んだマンモスタンカーが国籍不明のゲリラにシージャックされ、「石油コンビナート基地を破壊せよ」という要求。それに立ち向かうヒーローと、古典的な冒険小説のプロットをしっかり踏みながら、最後のどんでん返しに至るまで息をつかせぬ面白さ、と敢えて申し上げましょう。田中光二は文体のうまさで読ませる作家ではなくて、プロットと仕掛けで読ませる作家です。その意味では爆発の臨界は、細部に不満はあるのですが、そのスケールの大きさで、忘れられない傑作です。

 失われたものの伝説も、ハードボイルドタッチの正統派冒険小説です。主人公の日高律は、「自己の内部に確固とした行動律を持ち、物事に対しては基本的に寛容であるが、ある一線は決して譲らない男」です。彼をリーダーとした五人の男と一人の女のチームが、古代人の骨を求めて南海の孤島に赴きます。その島には、キャプテン・キッドの秘宝が隠されているという伝説もあって、、、。小道具は揃っています。後は、ハートフルな男のハードで、血沸き肉踊らせる活躍をじっくり楽しみましょう。

 血と黄金、これまたよくある麻薬を巡っての冒険小説。ヘロインの供給地として有名な、インドシナ半島の黄金の三角地帯に、ヘロインの影の支配者を追って取材に出かけた葛木鉄太郎とレポーターの風早真希。そこで利権を争う集団の抗争に否応無しに巻き込まれてしまいます。この作品の魅力は、タイやビルマの取材をもとにした描写のエキゾチズムが一つありますが、もう一つは、主人公の真希の潔さでしょう。女性を主人公とした冒険小説は現在は少なくないのかもしれませんが、血と黄金が書かれた昭和54年ころは未だ珍しかったのではないでしょうか。この女性を田中はとても魅力的に描いています。ストーリーの終り方が、今一つ詰まらない所が難点ですが、それには替え難い魅力があります。

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土屋隆夫の3冊

1.物狂い
2.
天狗の面
3.
危険な童話

 土屋隆夫は1949年「『罪深き死』の構図」で『宝石』懸賞一等入選しデビューした方です。その後現在に至るまで長野県から動くことなく、数年に1作のペースで珠玉の本格推理小説を世に問うて来ました。2005年時点で88歳。推理文壇での最高の長老です。粗製濫造とは全く無縁の方で長編は10作あまりしかないはずです。私が読んでいるのは、天狗の面(1958)、「天国は遠すぎる」(1959)、危険な童話(1961)、「影の告発」(1962)、「赤の組曲」(1966)、「針の誘い」(1970)、「妻に捧げる犯罪」(1972)「盲目の鴉」(1980)、物狂い(2004)です。どれも珠玉の作品ともいうべきであって、何を選んでも不満はありません。

 土屋が創造した名探偵は千草泰輔検事です。東京地検の捜査検事として登場し、名作の誉れの高い「影の告発」以降数多くの作品に登場するわけですが、今回は彼の登場する作品を取り上げませんでした。それは、彼の原点は長野県にあるのではないかという私個人の思い込みです。

 最初にあげるべきは、最新長編物狂いです。87歳の老人が書いたとは思えない面白さです。土屋は若い頃から推理小説は割り算の文学であって、解決に余剰があってはならないと言っていた方ですが、処女長編から45年たってもそれを実践しているのはたいしたものです。推理小説としての斬新なトリックとか、文章の緊迫感とかは薄れているのですが、過去の自分の作品を反映しながら進む芸は、正直驚きました。

 物狂いの探偵役は、処女長編天狗の面の探偵役土屋巡査の息子の土屋警部です。それだけではなく、事件の犯人が最初幽霊といわれたところなど、天狗の面を踏まえて書かれた作品である、ということを注目しましょう。2番目に取り上げる作品は天狗の面です。舞台となるのは昭和20年代の信州。物狂い村落共同体がもはや成立しがたくなっている現在の信州を背景にしているのに対し、天狗の面都市文化から隔離された村落共同体が背景にあります。農民に対する優しいまなざし、牧歌的な生活のユーモラスな描写が印象的でその味わいこそが、この作品の真骨頂と申し上げましょう。

 もう1作も信州つながりで危険な童話を選びます。子供にピアノを教えている未亡人・木崎江津子の家で刑務所帰りの義理の従兄弟が殺されます。警察は当然江津子を容疑者として逮捕します。その警察に「キザキエツコハハンニデハナイ」こ書かれた手紙が届く。そこには犯人しか知らない事実が書かれていた。そしてそこに残された指紋は、事件の被害者や容疑者とはまったく関係のない人物のものだった。犯人は誰なのか、そしてもし犯人が江津子ならば凶器をどうやって犯行現場から隠したのか、そしてその手紙の意味は、動機は、という謎が次々と繰り出されます。文学的香気高い文章と、論理的解決が上手くミックスした土屋の代表作です。

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筒井康隆の3冊

1.俗物図鑑
2.
霊長類、南へ
3.
七瀬ふたたび

 筒井康隆は、小松左京や星新一と並んで「御三家」と称される、日本を代表するSF作家です。しかし、筒井を単なるSF作家とするのは大きな間違いであって、大きなくくりで言えば現代日本の前衛文学の中心と申し上げてよい大作家です。その作品には難解なものも多いのですが、一方奇想天外なものも多く、その多面性ゆえになんとも申し上げにくいところがあります。

 先日週刊誌を読んでいたら、筒井の「日本以外全部沈没」の話が出ていました。これは、小松左京が承諾した「日本沈没」のパロディ小説で、めっぽう面白いものです。ハチャメチャなストーリーで、中学生のとき非常に楽しんで読んだ覚えがあります。筒井の作品のうち1970年ごろにはこれ以外にもパロディ的な作品をずいぶん書いています。「乱調文学大事典」、「欠陥大百科」もその類。私が筒井康隆に興味をもった最初がこれらのパロディ的作品なので、まずそこから行きましょう。

 筒井の一つの特徴はカリカチュアライズがあります。人間の奥底に潜む本性を、徹底的に誇張してその醜さ、いやらしさを迫力を持って示す。そのやり方は私の趣味ではないはずなのですが、筒井ほど徹底的にやれば魅力に反転します。俗物図鑑は、そんなアブナイ人間が大勢主役級で出てきて、そのパワーをどんどん加速度をつけながらラストになだれ込みます。「水滸伝」のパロディらしいですが、汚いなあ、嫌らしいなあ、と思いながらも、あらゆるタブーを全く無視して進む前向きのパワーに圧倒されるのです。

 霊長類、南へ。初期の最高傑作との呼び声が高いSFパニック小説です。中国のミサイル誤発射によることがきっかけの世界滅亡までの道。ドタバタでスラップスティックだけど、人間の愚かさを、ある意味最もリアルに示した作品かも知れません。

 七瀬ふたたび。七瀬三部作の第二作で、ある意味一番読みやすい作品です。生まれながらに人の心を読むことができるテレパス、火田七瀬は、お手伝いとして、いろいろな家に住み、人の心の邪悪さを見ていくのですが(「家族図鑑」)、人に超能力者だと悟られるのを恐れて、お手伝いの仕事をやめ、旅に出ます。そこで、同じテレパシーの能力を持った子供ノリオと出会います。その後、次々といろいろな超能力の持主とめぐり会った七瀬は、彼らと共に、超能力者を抹殺しようとたくらむ暗黒組織に戦いを挑みます。筒井はこの超能力者たちを勝者にはしません。そこに異端の住みにくい世の中への批判が込められています。

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辻真先の3冊

1.死体が私を追いかける
2.
アリスの国の殺人
3.
ブーゲンビリアは死の香り

 全く個人的な思い出から始めて恐縮ですが、学生時代テレビのあるクイズ番組の予選に出かけたことがあります。そこで出題されたのが、『怪盗ルパンの名前を持つ犬が迷探偵として活躍する人気推理小説シリーズの作者は誰か』という問題が出ました。答えは勿論辻真先。しかし、そのとき辻の名前はあまり有名ではなかったらしく、その予選に参加した200人あまりの人で正解者は私一人でした。結構たくさんの作品を発表しているにもかかわらず、この非有名性が、辻の本質をあらわしています。要するにB級作家。昭和30年代に活躍していれば、確実に貸本作家だったでしょう。

 もう一つ、辻の特徴としてあげておかなければならないのは、基本的にパロディ作家だと言うことです。「迷犬ルパン」は赤川次郎の「三毛猫ホームズ」シリーズのパロディですし、数多いトラベルミステリーも西村京太郎のトラベルミステリーシリーズにインスパイアされていることは疑いないところです。デビュー作は、実質的には朝日ソノラマ文庫から1972年に出版された「仮題・中学殺人事件。この作品から始まる「盗作・高校殺人事件」、「改訂・受験殺人事件」の三部作では、小説内の一部を書いた筆者ではなくその推理小説の作家本人、そして本の出版者、  最後には、読者!までもが犯人にされてしまいます。しかし、こういう挑戦は、小説としての面白さを犠牲にして成立しており、私はベスト3には挙げません。

 結局選んだのは、まず、 死体が私を追いかけるです。トラベルライターの瓜生慎とその妻で財閥令嬢の真由美を主人公とするシリーズの第一作です。ドタバタユーモアミステリーで、ミステリーとしては、あまりにミエミエの展開で、どうかと思うのですが、読み捨て小説としての魅力で取り上げます。

 アリスの国の殺人は、辻の経歴が上手く作品に結実した本格作品です。辻は、大学卒業後NHKに入社し、その後虫プロに移って、「鉄腕アトム」の脚本を書いたほか、「デビルマン」「巨人の星」「サザエさん」「ドラえもん」等多数のアニメの脚本を書き、黎明期・成長期のテレビアニメ文化を支えた方です。その経験が作品の中の登場人物に大きく反映されています。1981年に発表され、日本推理作家協会賞を受賞しました。仮題・中学殺人事件」から始まるミステリーの構成で読ませる作品で、辻真先の本流を行く作品と言って良いでしょう。

 辻真先の探偵といえば、牧薩次と可能キリコのコンビですが、キリコの兄で三流夕刊紙「サン」の記者・可能克郎とその恋人のツアーコンダクター萱場智佐子が主人公のツアーコンダクターシリーズの第一作がブーゲンビリアは死の香りです。このシリーズはストーリーはともかく軽妙な会話と、探偵役は他人に横取りされる、であるとか、トラベルミステリーにもかかわらず現地取材を行わない、とか、辻の他の作品のキャラクターがちょくちょく登場するであるとか、といった決まったルールがまた面白いです。

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都築道夫の3冊

1.暗殺教程
2.
誘拐作戦
3.
七十五羽の烏

 都築道夫は、結局のところ、偉大なる推理小説ファンだったのではないか、と思います。1929年東京生まれ。本名松岡巌。早稲田実業中退。雑誌編集のかたわら、時代小説の執筆、推理小説の翻訳をてがける。1956年早川書房に入社し、「エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン」の編集長を経て作家専業。基本的に本格推理作家ですが、時代小説、SF、パロディ、風俗小説、パズルまで多彩な分野で数多くの作品を発表しました。2003年11月、ハワイで死去。

 彼は1970年に発表した長編評論「黄色い部屋はいかに改装されたか」で、その推理小説観を世に問い、その後数多くの名探偵を世に送り出して、精密な論理構成によるパズルの魅力を世間に知らしめました。そのとき以来生み出した探偵は、「なめくじ長屋」の住人たち、「近藤・土方」のコンビ、「片岡直次郎・物部太郎」のコンビ、「キリオン・スレイ」、「退職刑事」、「雪崩連太郎」、「滝沢紅子」、「西連寺剛」他にもたくさんいます。しかしながら、彼の後年の推理小説は、その鮮やかな論理構成に魅力を感じるものの、「黄色い部屋はいかに改装されたか」を凌駕した作品はあったのかしら。そんな気がしないでもありません。

 結局最初にあげたのは、お色気アクション小説の暗殺教程です。これは、「スパイキャッチャーJ3」という1965年に放映されたテレビドラマの原作で、007にインスパイアされて書かれた作品であることは間違いないでしょう。大人の御伽噺ですが、話のテンポが速く、会話も軽妙で、どう考えても都築の本道ではないのですが、一番に挙げます。

 都築の本格推理小説のひとつの頂点は、この誘拐作戦にあるのではないかと思います。叙述型のトリックを作品全体に仕掛け、読者を驚かします。一種の倒叙物ですが、唯の倒叙物ではない。この事件の当事者であったという二人の人間が、一つの物語を交互に章を担当し記述していきます。しかも二人はそれぞれ自分が作中の誰であるかを明かしません。それが明かされるとき「世田谷の一等地に豪邸を構える」財田徳太郎の娘千寿子の誘拐作戦が明らかになるのです。

 「黄色い部屋はいかに改装されたか」で問うたミステリー観を実作に反映させた代表作が七十五羽の烏です。ものぐさ太郎の子孫であると固く信ずる物部太郎と片岡直次郎の名探偵コンビを作り出し、彼の「黄色い部屋はいかに改装されたか」での基本的主張である、「必然性のあるプロットの中で、奇妙な謎を織り込んでいく」試みに挑戦しています。テーゼが鼻について楽しめない、とおっしゃる方もいますが、入れておきたい一作です。

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天藤真の3冊

1.大誘拐
2.
陽気な容疑者たち
3.
殺しヘの招待

 天藤真は、僅か10冊の長編小説と数十編の短編小説を残しただけの寡作の作家ですが、残された作品は珠玉のものが多い方です。1983年に亡くなって既に20年を越えますが、愛好者は一向に減る気配を見せず、最近は創元推理文庫から、「天藤真推理小説全集」というシリーズが発刊されているほどです。私は1980年代初頭にに連続して刊行された角川文庫の12冊のみを所有しており、またそれしか読んでおりませんが、そこに彼のエッセンスが濃縮されているようです。

 天藤真の作品に傑作は多いのですが、誰もが第一に指を折る傑作が大誘拐です。ムショ帰りの三人組は、紀州随一の大富豪で名望家のおばあちゃんの誘拐を決意します。さんざん苦労したあげく誘拐には成功するのですが、ひょんなことから隠れ家を失い、そのおばあちゃんの知り合いの家に転がり込みます。彼らは身代金として五千万円要求するつもりだったのですが、人質が私はそんなに安くないと、なんと百億円要求する破目になってしまいます。とにかくユーモア小説としてみても傑作、推理小説としての論理性も抜群、誰も死ぬことが無く、後味も悪くない。稀有な傑作と申し上げてよいと思います。

 次に挙げるのが陽気な容疑者たち。天藤真は、1962年デビューですが、その年に書かれた第一長編で、第8回江戸川乱歩賞の最終候補に残ったものです。その年の受賞作は、戸川昌子『大いなる幻影』、佐賀潜『華やかな死体』の2作であり、あの傑作、塔晶夫『虚無への供物』が次席でした。陽気な容疑者たちが、『虚無への供物』より傑作かどうかは分かりませんが、『大いなる幻影』、『華やかな死体』よりは傑作だと思います。これもユーモア推理小説のジャンルに入り、日本ではそういう笑えるミステリーを評価出来る土壌が無かった頃の作品だったので、評価が低かったのではないでしょうか。とにかく大誘拐のまとまりには負けるものの、抱腹の一冊であります。

 他にも挙げたい作品は幾つもあります。『皆殺しパーティ』、『鈍い球音』、『炎の背景』などなど。でもここは、当たり前ながら殺しヘの招待を取り上げましょう。昭和49年の推理作家協会賞にノミネートされた作品で、この年の受賞作は小松左京の『日本沈没』だったわけですが、推理小説として考えれば、どうみてもこちらが上手(勿論、小説として見れば『日本沈没』も十分楽しめる作品ですが)。全体は三部構成になっており、緻密なプロットでサスペンス性を高めて読ませる作品になっています。プロットが、三十歳で結婚五年目、子供が一人いる互いに面識のない五人の男の許に同じ文面で脅迫状、それが、だらしのない夫への殺人予告という、いかにもユーモアミステリー的段取りも、この作家らしくすばらしいと思います。 

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堂場瞬一の3冊

1.神の領域
2.
雪虫
3.
大延長

 堂場瞬一の刑事・鳴沢了シリーズは、大変な人気だそうで、既に10冊のシリーズになっています。ちなみに私(どくたーT)は最初の3冊しか読んでいません。とりあえず3冊まではあまり感じられませんでしたが、シリーズ化すると、作品としての力がどんどん落ちることが多いので、4巻以降を実際読むかは思案するところです。でも雪虫は、それなりに面白い警察小説です。主人公の鳴沢了のストイックな魅力は、雪虫よりも、シリーズ第2作の『破弾』の方がよりこなれてきていると思いますが、作品としては、雪虫がよく書き込んであって上だろうと思います。

 堂場瞬一は1963年生まれの、スポーツ小説とミステリーを主に執筆する小説家です。大学卒業後、読売新聞社で社会部記者やパソコン雑誌編集者を務めたそうですが、そういった経験が作品に生かされているのでしょう。

 それだけに、スポーツ界を扱ったミステリーに佳篇があり、私は神の領域を最初の一冊にあげます。この作品は文庫化するときに、神の領域-検事・城戸南に改題されました。探偵役がかつての駅伝選手で現在は、横浜地検本部係検事・城戸南で、殺人事件を扱うのですが、捜査が進むうちに陸上競技界全体にはびこる大きな問題「ドーピング」にぶち当たります。スポーツとドーピングの問題は堂場の興味の焦点のようで、他にも『標なき道』などでもこの問題を取り扱っています。

 3冊目は純粋スポーツ小説ということで大延長にしましょうか。高校野球の決勝戦を舞台にした作品です。初出場の新潟の公立高校新潟海浜高校と東京の名門私立・恒正学園の引分け再試合における、関係者の心情を綴っていく作品。こういう構成こそが、堂場の新聞記者経験が生きているのだろうと思います。どちらのチームも問題を抱え、その中で決勝戦再試合を戦わなければならない。どうするか。監督など大人の思惑と球児達の思惑。その交差が見事です。 

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伴野朗の3冊

1.蒋介石の黄金
2.
三十三時間
3.
ゾルゲの遺言

 伴野朗は一時期随分読みましたが、ここ数年ご無沙汰していました。長く朝日新聞社のインドシナ特派員、上海支局長をされていた方ですが、89年に退社して作家専業、そして、2004年2月27日67歳の若さで亡くなりました。彼の作品は大きく三つに分けられます。第一が、第二次世界大戦前後の中国を中心とした舞台に、現代史の謎や事件を題材に、小説化するもの。第2は、東北のブロック紙の記者を主人公にした推理小説。そして第3は、中国史を題材にしたスケールの大きな歴史小説、と言うことになります。ただし、私は第2、3のジャンルの作品をほとんど読んだことがないので、選んだ3冊はどれも、第一のジャンルに属する冒険小説、スパイ小説です。

 伴野作品は、ジャーナリスティックな感性の強いものに惹かれます。蒋介石の黄金はその代表と申し上げましょう。典型的な冒険小説ですが、国民党と共産党の内戦下の中国が舞台で、国民党指導者の蒋介石が大陸中の金銀財宝を密かに集めていた、というのが背景。主人公は、かつて「上海の牙」という名で恐れられた元日本軍特務機関員・滝安吾です。上海市長からある荷の運搬を命じられていた親友は何者かに襲われ瀕死の重傷を負っており、滝がその仕事を引き受けることになります。しかしその滝の周りには、青幇、共産党ゲリラ、米国勢力、匪賊、台湾独立運動メンバーなど多彩な人々が登場し、それぞれのスパイや内部闘争もあって、複雑なストーリーになっています。当時の政治的・経済的・外交的な要因がそれぞれのグループの活動に影を落している点で、ストーリーにふくらみが出、フィクションでありながら、ジャーナリスティックです。

 三十三時間も、第二次世界大戦が背景にあるものの、もっと純粋な冒険小説。支那派遣軍の武装解除は場所により時間がまちまちだったという。広い大陸のことだから終戦の詔勅を知らなかった部隊があってもおかしくあるまい、という発想で書かれた純然たるフィクション。伴野自身があとがきで述べている様に、「プロフェッショナルな男と男のぶつかり合い。主義主張、立場の違いはあっても、プロの面目にかけて、最後までギブアップしないで戦いぬく男たちの生き様」を描いていて、面白い。設定に無理があるという批判もあるようですが、小説としての面白さは抜群だと思います。

 伴野朗は、現実にあった歴史的事実と虚構を巧みに織り交ぜながらストーリーを組みたてる手法に長けており、蒋介石の黄金は、その代表例ですが、日本を舞台にしたスパイ小説にも、その好例があります。すなわち、ゾルゲの遺言です。「ゾルゲ事件」は、日本を舞台にした諜報戦の中でも、もっとも有名なもので、彼がソ連にもたらした情報は、第二次世界大戦の趨勢に影響を与えたことはよく知られていますが、ゾルゲは、それ以外にも日本の重大な機密をスパイしたのではないか、という着想のもとに書かれた作品です。題材は零戦。その当時アメリカは日本の戦闘機開発能力を低く見積もっており、実際は、情報はほとんど流れなかったようですが、その零戦の優れた性能を探り出そうとするスパイ戦という虚構を実に上手く描いています。

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豊田有恒の3冊

1.タイムスリップ大戦争
2.
退魔戦記
3.
カンガルー作戦

 豊田有恒を語る3つのキーワードは、「古代史」、「バイク」、「若者文化」だろうと思います。古代史に関しては、小説「邪馬台国シリーズ」であるとか、「倭王の末裔」、「持統四年の諜者」、「崇峻天皇暗殺事件」などの作品群がありますし、バイクものとしては、「ライダーの挽歌」、「ライダーのレクイエム」などという作品がありました。また、若者文化に関しては、昭和四十年代から五十年代に書かれた社会風俗批判を巧みに織り交ぜた短編小説やショートショートには豊田では書けない味わいのものが数多くあります。それぞれの代表作を一冊づつ挙げるという手もあったのですが、今回私が選んだのは全て広義のタイムマシンものです。彼の素養とSF作家としての資質は、このジャンルに最もよく出ていると思います。

 タイムスリップ大戦争は、日本列島全体がタイムスリップを起こし、歴史に逆行するというもの。19XX年の日本がタイムスリップを起していった先が1941年の太平洋戦争前夜。30年後の進歩した科学技術をもった日本が登場して国際社会は大騒動です。日本が国際社会のリーダーになることを嫌った米英が日本に宣戦布告するものの、日本が勝利を収めてしまいます。しかし、日本のタイムスリップはまだ続きます。次いで進んだ先は1850年代。浦賀には丁度ペリー提督がやってきます。そして第三のタイムスリップで元寇の時代にまでさかのぼります。このようにどんどん遡る果てには、作者のラストの皮肉が光ります。構想のみで書かれた作品で、人間が書かれていないのですが、十分楽しめるエンターティンメントに仕上っています。

 退魔戦記も、タイムマシンものです。通常のタイムマシンものは時間旅行をする側の視点で描かれますが、この作品は伊予の国の河野通有に属する脇田次郎清高を語り手として話が進みます。元寇によって攻める蒙古軍を迎え撃たなければならなくなった鎌倉武士たちの前に、未来から来た人々が出現し、未来の武器を駆使しながら、鎌倉武士と共に蒙古軍を撃退しようというのです。未来人によれば、歴史ではこの戦いに日本が敗れ、世界は蒙古の支配する世の中になる。その歴史を覆すのが目的です。こういったアプローチは、この作品が書かれたときは非常に斬新だったろうと思います。その意味でも、著者の代表作として第一にあげるべき作品だと思います。

 カンガルー作戦もまた退魔戦記と同様パラレルワールドを扱った作品です。また、退魔戦記と同じくヴィンス・エベレットが登場します。ただし、取り扱っている世界が歴史ではなく、古生物界であることが大きな違いです。我々霊長類は、有胎盤哺乳類の進化の頂点にいると考えられますが、哺乳類の別系統、有袋目(カンガルーの仲間ですね)の哺乳類が進化して、霊長類に類した進化を遂げたらどうなるかという発想が原点に有る作品で、進化を考える上で(現実にはないことにせよ)示唆的です。冒険小説的側面があることと科学的知的好奇心が刺激されるという点で、この作品を採りたいと思うのです。

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