日本でのオペラQ&A
オペラ初心者がよくする20の質問のお答え
どのような観点で分類するかで大きく違ってきます。内容からいけば、「悲劇的オペラ」と「喜劇的オペラ」に大きく二分されます。
また、オペラは歴史的に変遷を遂げていますので、大きく、「バロックオペラ」、「古典派のオペラ」、「ロマン派のオペラ」、「近現代のオペラ」といったわけ方も可能です。更に申し上げれば、オペラは、地域で独特の発達を遂げましたので、「ドイツオペラ」、「イタリアオペラ」、「フランスオペラ」と言った区分も可能です。
この「喜劇か悲劇か」、「時代」、「地域」の3つの要素から更に細かい分類が可能です。
羅列するなら、オペラ・ブッファ、オペラ・セリア、オペラ・セミセリア、ファルサ、ジングシュピール、オペラ・コミック、ヴェリズモ・オペラ、グランド・オペラ、オペレッタ、モノ・オペラ、楽劇、室内オペラ、などです。それぞれ定義があるのですが、ここでは省略します。
(2)イタリアオペラの特徴は何ですか?代表的作曲家と作品を教えてください。
一言で言えば、「うた」でしょう。それも独唱曲、即ち、アリアに素敵な曲が多い、ということが挙げられます。これは、多くの歌手がリサイタルを開くとき、オペラアリアとしてはイタリアオペラのアリアを選ぶことからも分ります。
またイタリアはオペラの発祥の地であり、「オペラ」の基本的伝統を形成した国です。従って、オペラの形式のほとんどがイタリアに由来すると申し上げてよいかもしれません。だいたいにして、レシタティーヴォでお話を進行し、アリアで感情表現を行う、という形式を作り上げたのがイタリアです。オペラの歴史は、1594年、ペーリがフィレンツェで「ダフネ」を発表したことに始まります。さまざまな変遷を経て、喜劇的オペラを「オペラ・ブッファ」、悲劇的オペラをオペラセリアとして成立するのは1750年ころです。オペラ・ブッファは原則2幕の三一致の法則に従う現代劇であり、オペラ・セリアが、歴史や神話に題材をとった原則3幕の古典劇であるわけです。オペラ・セリアもオペラ・ブッファも本来厳格な作劇術があったようですが、時代が進むにつれてどんどん変化していきます。しかし、底を流れる「歌」中心の考え方は廃れることがありませんでした。
イタリア・オペラの歌唱法を「ベル・カント」と言います。正確な定義はないのですが、18世紀に成立したイタリア的歌唱法を言います。劇的表現やロマン的叙情よりも、音の華麗な美しさやむらのない柔らかな響き、滑らかなフレージングに重点が置かれ、広い音域にわたる自然な発声を要求されます。ベル・カントの最盛期は18世紀末から19世紀初めであり、この時期のオペラ、即ち、ロッシーニ、ドニゼッティ、ベッリーニらによって書かれたオペラが、ベル・カント・オペラの代表となります。ベル・カントを重視した作曲法は、カストラートの消滅、オーケストラの拡大を期に減少していくのですが、歌唱法としてのベル・カントは今日まで受け継がれ、イタリア・オペラを特徴付ける重要な歌唱法になっています。
イタリアにおけるオペラ作曲の全盛期は、17世紀後半から18世紀前半であったと考えられます。1700年ごろのヴェネツィアの観光案内には、オペラ専門の劇場が7つ掲載されていたそうですし、1700年から1743年の間にヴェネツィアでは、432のオペラが初演されたそうです。しかしながら、現在世界のオペラハウスでの演目として17世紀から18世紀前半のイタリアオペラが上演されることはあまりありません。結局、イタリアオペラの楽しみは、以上の伝統を踏まえながら新基軸を打ち出していった19世紀以降の歌劇を聴くことにありそうです。
なお、「イタリア・オペラ」というとき、「イタリアの劇場のために作曲されたオペラ」、「イタリア人によって作曲されたオペラ」、「イタリア語で書かれたオペラ」など定義がいろいろ考えられますが、以下示す、「主要な作曲家と作品」では、「イタリア人によって作曲されたオペラ」を挙げます。主要な作曲家と作品(日本で特によく演奏される作品を赤字で示します。尚、以下の作曲家で特に重要なのは、モンテヴェルディ、ペルゴレージ、ロッシーニ、ドニゼッティ、ベルリーニ、ヴェルディ、レオンカヴァッロ、プッチーニ、マスカーニです。)
17世紀
モンテヴェルディ,クラウディオ(1567-1643)
- オルフェオ(1607)
- ウリッセの帰還(1641)
- ポッペアの戴冠(1642)
チェスティ,アントニオ(1623-1669)
- オロンティア(1649)
18世紀
ヴィヴァルディ,アントニオ(1678-1741)
- オルランド・フリオーソ(1727)
ペルゴレージ,ジョヴァンニ・バッティスタ(1710-1736)
- 奥様女中(1733)
ガルッピ,バルダッサーレ(1706-1785)
- 田舎の哲学者(1754)
ピッチンニ,ニッコロ(1728-1800)
- チェッキーナ、または良い娘(1760)
パイジェルロ,ジョヴァンニ(1740-1816)
- セビリアの理髪師(1782)
カッツァニーガ,ジュゼッペ(1743-1818)
- ドン・ジョヴァンニ(1787)
チマローザ,ドメニコ(1749-1801)
- 秘密の結婚(1792)
サリエリ,アントニオ(1750-1825)
- はじめに音楽、それから言葉(1786)
- ファルスタッフ(1799)
ケルビーニ, ルイジ(1760-1842)(後年フランスでも活躍しました)
- メデア(1797)
19世紀
スポンティーニ,ガスパーレ(1774-1851)
- ヴェスターレ(1807)
ロッシーニ,ジョアッキーノ(1792-1868)
- 婚約手形(1810)
- とてつもない誤解(1811)
- 幸福な錯覚(1811)
- 絹のはしご(1812)
- 試金石(1812)
- 成り行き泥棒(1812)
- ブルスキーノ氏(1813)
- タンクレディ(1813)
- アルジェのイタリア女(1813)
- イタリアのトルコ人(1814)
- エリザベッタ、イギリス女王(1815)
- セビリアの理髪師(1816)
- オテッロ(1816)
- チェネレントラ(1817)
- 泥棒かささぎ(1817)
- アルミーダ(1817)
- バグダットの太守、アディーナ(1818)
- 湖上の美人(1819)
- セミラーミデ(1823)
- ランスへの旅(1825)
- オリー伯爵(1828)
- ギヨーム・テル(1829)
ドニゼッティ,ガエタノ(1797-1848)
- 当惑した家庭教師(1824)
- 劇場的都合不都合(1827、1831)
- アンナ・ボレーナ(1830)
- 愛の妙薬(1832)
- ルクレツィア・ボルジア(1833)
- マリア・ストゥアルダ(1834)
- ランメルモールのルチア(1835)
- ロベルト・デヴリュー(1837)
- ポリウト(1838)
- 連隊の娘(1840)
- ファヴォリータ(1840)
- リタ(1841)
- シャモニーのリンダ(1842)
- ドン・パスクァーレ(1842)
ベルリーニ,ヴィンチェンツォ(1801-1835)
- ビアンカとフェルナンド(1826)
- 海賊(1827)
- カプレーティとモンテッキ(1830)
- 夢遊病の女(1831)
- ノルマ(1831)
- テンダのベアトリーチェ(1833)
- 清教徒(1835)
ヴェルディ,ジュゼッペ(1813-1901)
- オベルト(1839)
- 偽のスタニスラオ(1840)
- ナブッコ(1842)
- 第一回十字軍のロンバルディア人(1843)
- エルナーニ(1844)
- 二人のフォスカリ(1844)
- ジョヴァンナ・ダルコ(1845)
- アルツィーラ(1845)
- アッティラ(1846)
- マクベス(1847、1865)
- 群盗(1847)
- 海賊(1848)
- レニャーノの戦い(1848)
- ルイザ・ミラー(1849)
- スティッフェリオ(1850)
- リゴレット(1851)
- イル・トロヴァトーレ(1853)
- 椿姫(1853)
- シチリア島の夕べの祈り(1855)
- シモン・ボッカネグラ(1857,1881)
- 仮面舞踏会(1858)
- 運命の力(1861,1869)
- ドン・カルロ(1866,1884)
- アイーダ(1870)
- オテッロ(1886)
- ファルスタッフ(1892)
ポンキエルリ,アミルカーレ(1834-1886)
- ジョコンダ(1876)
ボーイト,アッリーゴ(1842-1918)
- メフィストフェレ(1868)
カタラーニ,アルフレッド(1854-1893)
- ローレライ(1890)
- ワリー(1892)
レオンカヴァッロ,ルッジェーロ(1857-1919)
- 道化師(1892)
- ラ・ボエーム(1897)
- ザザ(1900)
プッチーニ,ジャコモ(1858-1924)
- 妖精ヴィッリ(1884)
- エドガール(1889)
- マノン・レスコー(1893)
- ラ・ボエーム(1895)
- トスカ(1900)
マスカーニ,ピエトロ(1863-1945)
- カヴァレリア・ルスティカーナ(1890)
- 友人フリッツ(1891)
- イリス(1898)
チレア,フランチェスコ(1866-1950)
- アルルの女(1897)
ジョルダーノ,ウンベルト(1867-1948)
- アンドレア・シュニエ(1896)
- フェドーラ(1898)
20世紀
プッチーニ,ジャコモ(1858-1924)
- 蝶々夫人(1904)
- 西部の娘(1910)
- つばめ(1917)
- 三部作
外套(1916)
修道女アンジェリカ(1917)
ジャンニ・スキッキ(1918)- トゥーランドット(1924,未完)
チレア,フランチェスコ(1866-1950)
- アドリアーナ・ルクヴルール(1902)
ブゾーニ,フェルッチオ(1866-1924)
- トゥーランドット(1917)
- ファウスト博士(1924,未完)
ヴォルフ=フェラーリ,エルマーノ(1876-1948)
- 詮索好きな女(1903)
- 四人の田舎者(1906)
- スザンナの秘密(1909)
- マドンナの宝石(1911)
- スライ(1927)
- イル・カンピエッロ(1936)
ダラピッコラ,ルイジ(1904-1975)
- 夜間飛行(1938)
- 囚われ人(1948)
メノッティ,ジャン・カルロ(1911-2007)(後年アメリカ合衆国で活躍した)
- アメリア舞踏会へ行く(1936)
- 泥棒とオールドミス(1939)
- 霊媒(1945)
- 電話(1946)
- 領事(1949)
- アマールと夜の訪問者(1951)
(3)ドイツオペラの特徴は何ですか?代表的作曲家と作品を教えてください。
イタリアオペラが「歌」が「音楽」の前面にあるのに対し、ドイツオペラは「音楽」が「歌」の前面にある、というのが一番の特徴だと思います。このことは、イタリアオペラでは、アリアの後に拍手をしたり、「ブラヴォー」などの掛け声をかけることが許されていますが、ドイツオペラ、特にワーグナー以降のロマン派オペラでは、そのような行為は認められておりません。ここからも、ドイツオペラは音楽が優先されていることがわかると思います。別の言い方をすれば、ドラマの優先、ということになるのかもしれません。
歴史的にみますと、16世紀末にイタリアにて誕生したオペラは、17世紀初めにはドイツでも作曲されるようになりました。ドイツの最初のオペラは、1727年シュッツが作曲した「ダフネ」らしいですが、その後は、イタリア人作曲家・音楽家がドイツ・オーストリアの諸侯の宮廷音楽家として仕え(チェスティ、サリエリなど)、イタリアオペラを積極的に導入しましたので、18世紀末までは、ドイツ人作曲家もイタリア語オペラを作曲するのが普通でした。グルック、ハイドン、モーツァルトなど皆そうです。
そのころのイタリアオペラは、カストラートの人気が高く、カストラートの技巧を駆使するようにオペラが作曲され、ドラマが軽視されていました。そこで、グルックは1761年、言葉のニュアンスを重んじて音楽を言葉にふさわしいものにするように気を配り、歌手の技巧の誇示や不必要な音楽的装飾を取り除いて、ドラマを重視した「オルフェオとエウリディーチェ」でオペラの改革の方向を示しました。
グルックのこの改革は、イタリア・オペラ・セリアの枠内で行われたものですが、この改革がイタリアではなく、ウィーンで行われたところに、ドイツオペラのその後の進みを暗示しています。18世紀末まで、ドイツではほとんどイタリアオペラ(イタリア語、更に申し上げるなら、イタリアオペラの形式で書かれたオペラ:オペラブッファ、オペラセリアなど)が席巻していたのですが、ハンブルグでは、1743年、イギリスの「バラッド・オペラ(1820年ないし30年代に流行した舞台演芸。オペラというよりもヴォードビルのようなものだったらしい)」の翻案作品が上演され、これが成功したことによって、バラッド・オペラの翻案作品が北ドイツの各地で流行していきます。バラッド・オペラとフランス由来のオペラ・コミックに影響されて、1766年にヒラーが最初のジングシュピール「悪魔は放たれた」を発表します。
ジングシュピールは、地の台詞で物語を繋ぎ、に音楽にかぶさる演技、アンサンブルの多用、俗謡・民謡の引用等に特徴があります。このジングシュピールこそが、ドイツオペラの基点であるとして、19世紀のドイツオペラの出発点となります。ウェーバーは、ドイツ国民オペラの創始者と目されますが、彼は、ジングシュピールの形式に拠りながら、多様な管弦楽法を駆使し、その中に歌を載せることに成功しました。これを更に進化させたのがワーグナーです。彼は、オペラを「音楽を可視的に示す行為」として定義づけ、管弦楽の網目の中に声が織り込まれた、正にシンフォニックなオペラを作曲することに成功しました。ジングシュピールからワーグナーの「楽劇」に到る流れに対し、ジングシュピールの庶民性・大衆性を生かした流れも残りました。即ち、歌謡性を強調し、バレエを導入した喜劇、「オペレッタ」です。オペレッタは、オペラブッファとオペラコミックの流れを汲んだ喜劇性の強い歌劇にギャロップ、カンカンといった踊りを加えて、オッフェンバックらによりパリで発展した形式ですが、これがウィーンに来て、ウィンナ・ワルツと結びつき、ウィンナオペレッタとなったことを付記いたします。
主要な作曲家と作品(日本で特によく演奏される作品を赤字で示します。尚、以下の作曲家で特に重要なのは、ヘンデル、グルック、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、ウェーバー、ワーグナー、シュトラウス2世、リヒャルト・シュトラウス、ベルグです。)
18世紀
テレマン,ゲオルク・フィリップ(1681-1767)
- ピンピノーネ(1725)
ヘンデル,ゲオルク・フリードリッヒ(1685-1759)(後年活躍したのは英国です)
- アグリッピーナ(1709)
- リナルド(1711)
- 忠実な羊飼い(1712)
- シッラ(1713)
- オットーネ(1723)
- フラーヴィオ(1723)
- ジューリオ・チェザーレ(1724)
- アリオダンテ(1735)
- アルチーナ(1735)
- セルセ(1738)
グルック,クリストフ・ヴィリバルト(1714-1787)(後年フランスでも活躍しました)
- オルフェオとエウリディーチェ(1762)
- メッカの巡礼(1764)
- アルチェステ(1767)
- アウリスのイフィゲニア(1774)
- タウリスのイフィゲニア(1779)
ハイドン,フランツ・ヨーゼフ(1732-1809)
- 薬剤師(1768)
- 裏切られたまこと(1773)
- 突然の出会い(1775)
- 月の世界(1777)
- 無人島(1779)
- 報いられたまこと(1780)
モーツァルト,ウォルフガング・アマデウス(1756-1791)
- アポロとヒアチントゥス(1767)
- みてくれの馬鹿娘(1768)
- パスティアンとパスティエンヌ(1768)
- ポントの王ミトリダーテ(1770)
- アルバのアスカーニョ(1771)
- ルーチョ・シッラ(1772)
- 偽の女庭師(1775)
- 牧人の王(1775)
- ツァイーデ(1780)
- クレタの王イドメネオ(1781)
- 後宮からの誘拐(1782)
- フィガロの結婚(1786)
- ドン・ジョヴァンニ(1787)
- コジ・ファン・トウッテ(1790)
- 魔笛(1791)
- 皇帝ティトの慈悲(1791)
19世紀
ベートーヴェン,ルートヴィヒ・ヴァン(1770-1827)
- フィデリオ(1814)
ホフマン,エルンスト・テオドール・アマデウス(1776-1822)
- ウンディーネ(1816)
シュポーア,ルイ(1784-1859)
- ファウスト(1816)
ウェーバー,カール・マリア・フォン(1786-1826)
- 魔弾の射手(1820)
- オベロン(1826)
マルシュナー,ハインリヒ・アウグスト(1795-1861)
- 吸血鬼(1828)
ロルツィング,グスタフ・アルベルト(1801-1851)
- 皇帝と船大工(1837)
- 密猟者(1842)
- オペラの稽古(1851)
ニコライ,オットー・カール(1810-1849)
- ウィンザーの陽気な女房たち(1849)
フロトウ,フリートリヒ・フォン(1812-1883)
- マルタ(1847)
ワーグナー,リヒャルト(1813-1883)
- 妖精(1834)
- 恋愛禁制(1836)
- リエンツィ(1840)
- さまよえるオランダ人(1841)
- タンホイザー(1845)
- ローエングリン(1848)
- ニーベルングの指輪
序夜「ラインの黄金」(1854)
第1日「ワルキューレ」(1856)
第2日「ジークフリート」(1871)
第3日「神々の黄昏」(1874)- トリスタンとイゾルデ(1859)
- ニュルンベルグのマイスタージンガー(1867)
- パルジファル(1882)
スッペ,フランツ・フォン(1819-1895)
- 美しきガラテア(1865)
- ボッカチオ(1879)
コルネリウス,ペーター(1824-1874)
- バクダッドの理髪師(1858)
シュトラウス2世,ヨハン(1825-1899)
- こうもり(1874)
- ヴェネツィアの一夜(1883)
- ジプシー男爵(1885)
- ウィーン気質(1899)
ツェラー,カール(1842-1898)
- 小鳥売り(1891)
ミレッカー,カール(1842-1899)
- 乞食学生(1882)
フンパーディンク,エンゲルベルト(1854-1921)
- ヘンゼルとグレーテル(1893)
20世紀
シュトラウス,リヒャルト(1864-1949)
- サロメ(1905)
- エレクトラ(1908)
- ばらの騎士(1910)
- ナクソス島のアリアドネ(1912)
- 影のない女(1917)
- インテルメッツォ(1923)
- エジプトのヘレナ(1927)
- アラベラ(1932)
- 無口な女(1935)
- 平和の日(1936)
- ダフネ(1937)
- ダナエの愛(1940)
- カプリッチョ(1941)
プフィッツナー,ハンス(1869-1949)
- パレストリーナ(1915)
レハール,フランツ(1870-1948)
- メリー・ウィドゥ(1905)
- ルクセンブルグ伯爵(1909)
- 微笑みの国(1929)
ツェムリンスキー,アレキサンダー・フォン(1872-1942)
- フィレンツェの悲劇(1917)
- 王女様の誕生日(1922)
シェーンベルグ,アーノルド(1874-1951)
- 期待(1907)
- モーゼとアロン(1932)
カールマン,エメーリヒ(1882-1953)
- チャールダーシュの女王(1915)
- 伯爵夫人マリツァ(1924)
- サーカスの女王(1926)
- モンマルトルのすみれ(1930)
ベルグ,アルバン(1885-1935)
- ヴォツェック(1922)
- ルル(1935、未完)
オルフ,カール(1895-1982)
- 月(1938)
- 賢い女(1943)
ヒンデミット,パウル(1985-1963)
- 画家マティス(1938)
- 世界の調和(1957)
- ロング・クリスマスディナー(1961)
コルンゴルド,エーリヒ・ヴォルフガング(1897-1957)
- 死の都(1920)
ヴァイル,クルト(1900-1950)
- 三文オペラ(1928)
- マハゴニー市の興亡(1929)
ツィンマーマン,ベルント・アロイス(1918-1970)
- 軍人たち(1960)
ヘンツェ,ハンス・ヴェルナー(1926-)
- 鹿の王(1955)
- 若い恋人たちのエレジー(1961)
- バッカスの巫女(1965)
- イギリスの猫(1983)
- ヴィーナスとアドニス(1997)
(4)フランスオペラの特徴は何ですか?代表的作曲家と作品を教えてください。
一言で申し上げれば、踊りが重視されていることでしょう。もう一つは伝統的に規模の大きな作品が多い、ということも挙げられるかもしれません。フランスオペラの形式に、グランドオペラ形式というものがあります。原則5幕で、途中でバレエが入る大掛かりなもの。このグランドオペラ形式こそ、「踊り+大規模」というフランスオペラの特徴を最もよく表したものでしょう。
歴史的に見ても、フランス宮廷では、16世紀末には、詩、音楽、踊りが一体化した「バレ・ド・クール」(宮廷バレエ)というものがはやり、貴族たちが舞台で演じていたようです。イタリアオペラが導入されたのは、17世紀の半ばらしいのですが、あまり人気が出ず、拍手されたのは踊りの部分と機械仕掛けのスペクタクルな部分に限られていたという話もあります。
1664年、ベルサイユ宮殿の庭園で開かれた祝宴では、モリエールの喜劇が、リュリの伴奏音楽をつけて上演され、これがフランスオペラの起点とみなすことができます。具体的なフランスオペラは、1669年、カンペールによって作曲された「ボモーヌ」だそうですが、その後前述のリュリがフランスのオペラ上演の実権を握り、フランス国王の栄光を世に示す独自のオペラジャンルを創造しました。これらを「トラジェディ・リリック」というそうですが、構成は、プロローグと5幕が原則で、プロローグでは、国王の栄光を賞賛してゴマをすり、それから本来の劇に入るのだそうです。リュリのオペラは、フランスの古典劇の詠唱法に則った歌唱で、イタリアオペラのようにアリアとレシタティーヴォが分離したようなものではなかった(実際私も聴いたことがないのでどのような感じかは分らないのですが、)そうです。また、視覚的側面や、バレエ場面が重要な役割を果たし、ここから現在の劇場用バレエが分かれたそうです。
この「トラジェディ・リリック」がフランスのオペラの規範とされ(イタリアオペラのオペラセリアみたいなものですね)たのですが、規範に対するアンチテーゼが出るのは世の理。まず、より舞踏を強調した「オペラ・バレ」と呼ばれるジャンル(例えば、カンプラ「優雅なヨーロッパ」、ラモー「優雅なインドの国々」)が発表され、一方、市場の近くには庶民向けの小さな劇場がいくつかたち、これらは「コミック座」と名づけられていました。コミック座で上演された軽い歌芝居が「オペラコミック」です。要するに18世紀パリでは、王室向けの「トラジェディ・リリック」と庶民向けの「オペラ・コミック」が並立します。
オペラ・コミックは、18世紀の大啓蒙思想家・ジャン=ジャック・ルソーの思想的擁護を受け(ルソー自身、オペラコミック「村の占い師」を作曲しています)、イタリア風オペラブッファの明るい笑いの影響を伴って、歌唱と対話で構成されています。
フランス革命を経てナポレオンの治世になると、パリの劇場は、オペラ座、オペラ・コミック座、ヴォードヴィル座など8つに制限され、オペラ座では創立以来のレパートリー、コミック座ではオペラコミック、ヴォードヴィル座では、流行歌やパロディを含む軽演劇と上演される演目が完全に分かれました。もちろんこういった区分は後に不明確になるのですが、オペラ座の流れは「グランド・オペラ」に、コミック座の流れは、「オペラ・コミック」に、ヴォードヴィル座の流れは、オペラ・ブーフ(いわゆるフランスオペレッタ)に繋がります。
主要な作曲家と作品(日本で特によく演奏される作品を赤字で示します)
17世紀
リュリ,ジャン・パティスト(1632-1687)(本当はイタリア人ですが、この方をイタリアオペラ作曲家とみなすのはあまりに無理があります)
- アルセスト(1674)
シャンパルティエ,マル=カントワーヌ(1645−1704)
- メデ(1693)
カンプラ,アンドレ(1660-1744)
- 優雅なヨーロッパ(1697)
18世紀
ラモー,ジャン・フィリップ(1683-1764)
- イポリートとアリシ(1733、1742)
- 優雅なインドの国々(1735、1743、1751,1761)
- ピグマリオン(1748)
- レ・ボレアード(1764)
ルソー,ジャン・ジャック(1712-1778)
- 村の占い師(1752)
19世紀
ボイエルデュー,フランソワ・アドリアン(1775-1834)
- 白衣の婦人(1825)
オーベール,ダニエル・フランソワ・エスプリ(1782-1871)
- ボルティーナのおし娘(1828)
- フラ・ディアボロ(1830)
エロール,フェルナンド(1791-1833)
- ザンバ(1831)
マイヤーベーア,ジャコモ(1791-1864)
- 悪魔ロベール(1831)
- ユグノー教徒(1836)
- 預言者(1849)
- アフリカの女(1865)
アレヴィ,フロマンタル(1799-1862)
- ユダヤの女(1835)
ベルリオーズ,ルイ・エクトール(1803-1869)
- ベンヴェヌート・チェルリーニ(1837)
- ファウストの劫罰(1846)
- トロイの人々(1858)
- ベアトリスとベネディクト(1862)
トマ,シャルル・ルイ・アンブロアズ(1811-1896)
- ミニョン(1866)
- ハムレット(1868)
グノー,シャルル(1818-1893)
- ファウスト(1859、1869)
- ロメオとジュリエット(1867,1888)
オッフェンバック,ジャック(1819-1880)(本当はドイツ人です。しかし活躍したのは全てフランス)
- 天国と地獄(1858)
- 美しきエレーヌ(1864)
- 青ひげ(1866)
- パリの生活(1866)
- ジェルロスタイン大公妃殿下(1867)
- ホフマン物語(1881)
ラロ,エドゥアール(1823-1892)
- イスの王様(1888)
サン=サーンス,シャルル・カミュ(1835-1921)
- サムソンとデリラ(1877)
ドリーブ,レオ(1836-1891)
- ラクメ(1883)
ビゼー,ジョルジュ(1838-1875)
- 真珠採り(1863)
- カルメン(1874)
マスネ,ジュール(1842-1912)
- エロディアード(1880)
- マノン(1883)
- ル・シッド(1885)
- ウェルテル(1891)
- タイス(1893)
- ナヴァラの娘(1894)
- シンデレラ(1899)
シャンパルティエ,ギュスターヴ(1860-1956)
- ルイーズ(1890)
20世紀
マスネ,ジュール(1842-1912)
- ドン・キ・ショット(1910)
フォーレ,ガブリエル(1845-1924)
- ベネロープ(1913)
ドビュッシー,クロード(1862-1918)
- ペレアスとメリザンド(1902)
デュカス,ポール(1865-1935)
- アリアーヌと青ひげ
ラヴェル,モーリス(1875-1937)
- スペインの時(1909)
- 子供と魔法(1925)
オネゲル,アルテュール(1892-1955)(スイス人ですが、育ちも教育もフランスです)
- 火刑台上のジャンヌ・ダルク(1935)
プーランク,フランシス(1899-1963)
- ティレジアスの乳房(1944)
- カルメル派修道女の対話(1956)
- 声(1958)
メシアン,オリヴィエ(1908-1992)
- アッシジの聖フランチェスコ(1984)
(5)ロシアオペラの特徴は何ですか?代表的作曲家と作品を教えてください。
一言で申し上げれば、ロシア的な旋律の多用があると思います。
ロシアのオペラの受容は、中部あるいは西部ヨーロッパと比較すると相当遅れ、18世紀に入ってからです。それも当初は、宮廷の楽長として招かれたイタリア人作曲家、例えば、ガルッピ、パイジェルロ、チマローザなどが紹介したもので、ロシア独自のオペラが生まれたわけではありません。ロシアが、独自のオペラを開花させるのは、ロマン主義が昂じた中での民族主義的音楽の発展と期を一にしています。従って、本格的なロシアオペラの誕生は19世紀に入ってからです。その民族主義的特徴として、民謡の多用などがあったようですが、ロマン的民族主義の流行が20世紀の最初の四半世紀でついえた後、普遍的な現代オペラの道をたどりました。
主要な作曲家と作品
19世紀
グリンカ,ミハエル・イヴァノヴィチ(1804-1857)
- イワン・スサーニン(1836)
- ルスランとリュドミラ(1842)
ボロディン,アレキサンドル(1833-1887)
- イーゴリ公(1890)
ムソルグスキー,モデスト・ペテロヴィッチ(1839-1881)
- ボリス・ゴドゥノフ(1869、1872)
- ホヴァンシチナ(1886)
チャイコフスキー,ピョートル・イリイチ(1840-1893)
- エウゲニ・オネーギン(1878)
- オルレアンの少女(1879、1882)
- スペードの女王(1890)
- イヨランタ(1891)
リムスキー=コルサコフ,ニコライ・アンドレーヴィチ(1844-1908)
- 雪娘(1881、1895)
- サトコ(1896)
- モーツァルトとサリエリ(1897)
- 皇帝の花嫁(1899)
ラフマニノフ,セルゲイ(1873-1943)
- アレコ(1892)
20世紀
リムスキー=コルサコフ,ニコライ・アンドレーヴィチ(1844-1908)
- 金鶏(1908)
ストラヴィンスキー,イーゴリ(1882-1971)
- 夜鳴き鶯(1914、1962)
- マヴラ(1922)
- エディプス王(1927、1948)
- 放蕩者のなりゆき(1951)
プロコフィエフ,セルゲイ・セルゲエーヴィチ(1891-1953)
- 3つのオレンジへの恋(1921)
- 炎の天使(1926作曲、1955初演)
- 戦争と平和(1952)
ショスタコーヴィチ,ドミトリ・ドミトリエヴィチ(1906-1975)
- 鼻(1928)
- ムツェンスク郡のマクベス夫人(1932、1963)
(6)日本のオペラの特徴は何ですか?代表的作曲家と作品を教えてください。
日本のオペラの特徴を簡単に申し上げるのは難しいのです。日本の題材(原作など)を使用しているものが多い、ということと、日本語で書かれた作品が多い、ということを挙げられるかもしれません。それ以外は一概には申し上げにくいものがあります。これは、日本のオペラ受容史がまだほぼ100年であり、初めから西洋の優れた作品が入ってきた、ということがあると思います。そういう中で日本のオペラをどうするか、という課題への回答を書く作曲家が書かれている、というのが本当のところでしょう。
日本で書かれたオペラは既に500本以上あるといわれていますが、海外まで膾炙されている作品はほとんどないと思います。そのような中で日本の独自のオペラ作曲活動に取り組んできた作曲家としては、山田耕筰(「黒船」など)、團伊玖磨(「夕鶴」など)、黛敏郎(「金閣寺」など)、間宮芳生(「昔噺人買太郎兵衛」など)、別宮貞雄(「有間皇子」など、石井歓(「袈裟と盛遠」など)、 石桁真禮生(「卒塔婆小町」など)、大栗裕(「赤い陣羽織」など)、清水脩(「修善寺物語」など)、林光(「あまんじゃくとうりこひめ」など)、三木稔(「春琴抄」など)、原嘉壽子(「祝い歌が流れる夜に」など)、池辺晋一郎(「死神」など)、三枝成彰(「忠臣蔵」など)、水野修孝(「天守物語」など)など、多数の方を上げることができます。
尚日本の創作オペラについては、別途全貌を示したいと思っています。
(7)その他の国でもオペラは作曲されているのですか?代表的な作品は何でしょうか?
もちろんされています。チェコ、ポーランド、ハンガリー、スペイン、アメリカ、イギリス、中国、韓国など。それ以外の国々でも作曲されていると思います。
一般的に申し上げるならば、国の近代化(西洋化)と自国オペラの作曲とは、並行して進むようです。もう一つ重要なのは劇場の存在です。日本の新国立劇場もそうですが、常設のオペラ劇場ができますと、そこで上演するためのオペラ作品が必要になります。それらの作品が、イタリアオペラやドイツオペラだけではなく、自国の言葉で書かれたオペラも上演したいというのは普通の感覚のようです。従って、各国には、私の知らないオペラがいくつもあると思うのですが、日本で知られているイタリア、ドイツ・オーストリア、フランス、ロシア以外のオペラ作曲家としては、チェコのスメタナ、ドヴォルザーク、ヤナーチェク、ポーランドのシマノフスキ、ハンガリーのバルトークとコダーイ、イギリスのパーセル、サリヴァン、ブリテン、アメリカのガーシュイン、スペインのファリャが有名です。
チェコ
スメタナ,ベドルジフ(1824-84)
- ボヘミヤのブランデンブルグ人(1866)
- 売られた花嫁(1866)
ドヴォルザーク,アントニン(1841-1904)
- ジャコパン党員(1899)
- 悪魔とカーチャ(1899)
- ルサルカ(1901)
ヤナーチェク,レオシュ(1854-1928)
- イェヌーファ(1904)
- プロウチェク氏の月への旅(1920)
- プロウチェク氏の15世紀への旅(1920)
- カーチャ・カバノヴァー(1921)
- 利口な女狐の物語(1924)
- マクロプロス家の秘儀(1926)
- 死者の家から(1930)
ポーランド
シマノフスキ,カロル(1882-1937)
- ロジェ王(1926)
ハンガリー
バルトーク,ベラ(1881-1945)
- 青ひげ公の城(1911)
コダーイ,ゾルダン(1882-1967)
- ハーリ・ヤーノシュ(1926)
イギリス
パーセル,ヘンリー(1659-1695)
- ダイドーとイニアス(1689)
サリヴァン,アーサー(1842-1900)
- 軍艦ビナフォア(1878)
- ペンザンスの海賊(1879)
- 乳搾り女ペーシェンス(1881)
- ミカド(1885)
- ゴンドリエーリ(1889)
ブリテン,エドワード ベンジャミン(1913-1976)
- ピーター・グライムス(1945)
- ルクリーシアの凌辱(1946)
- アルバート・ヘリング(1947)
- オペラを作ろう〜小さな煙突掃除屋さん(1949)
- ビリー・バッド(1951)
- ねじの回転(1954)
- 夏の夜の夢(1960)
- カリュー・リヴァー(1964)
- 燃える炉(1966)
- 道楽息子(1968)
- ヴェニスに死す(1973)
アメリカ合衆国
ガーシュウィン,ジョージ(1898-1937)
- ポーギーとベス(1935)
スペイン
バルピエリ,フランシスコ・アセンボ(1823-1894)
- ラバピエスの理髪師(1874)
ファリャ,マヌエル・デ(1876-1946)
- はかなき人生(1913)
- ペトロ親方の人形芝居(1923)
グラナドス,エンリケ(1867-1916)
- ゴイェスカス(1916)
14-16世紀のイタリアでは、ギリシャ・ローマ時代の古典を見直そうとする運動、ルネサンスが起こりました。これらは、文学や美術に大きな成果を与えたのですが、舞台芸術の分野でも、ギリシャ古典劇の復興が大きな目的となりました。ところが、ギリシャ劇については上演の伝統がなかったので、どのように上演したらよいか分からない。これらを復活上演したかったフィレンツェの貴族、バルディ伯爵は、詩人、画家、音楽家、哲学者などを集めて、カメラータというグループを作り、彼らにギリシャ古典劇の上演方法を研究させたらしいです。カメラータは、どういうわけか分りませんが、ギリシャ劇は、台詞を話していたのではなく、台詞を歌っていた、と考えたようです。
そこで、ギリシャ悲劇復活試作品として、リヌッチーニが台本を書き、ペーリが作曲した「ダフネ」が1597年に上演されました。この「ダフネ」の楽譜は現存していないのですが、最古のオペラとされています。
「ダフネ」は最初のオペラですが、「ダフネ」の特徴が、その後のイタリアオペラの伝統をほぼ決めていることに注目しなければなりません。即ち、ギリシャ古典劇を模倣していること。これは、神話や英雄譚を題材としたオペラセリアの伝統にすぐ結びつきます。また、詠唱を基本とするのも、レシタティーヴォとアリアで繋ぐオペラセリアの伝統に繋がります。また、オペラは、中世ヨーロッパ音楽、即ち教会音楽のアンチテーゼ的な意味合いがあり、多声音楽を否定的に見ていたことを付け加えてもよいと思います。
さて、このようなギリシャ古典劇の復活運動は、1600年10月6日、メディチ家のお祝いの席でペーリとカッチーニの共同制作のオペラ「エウリディーチェ」が上演され、成功裏に終わりました。そのころ、メディチ家はイタリア随一の名家でしたから、イタリア各地から貴族が招かれ、この成功はあっという間に各地に伝播されたと言われます。特にマントヴァ公は、お抱え音楽家モンテヴェルディにオペラを作曲させます。その最初の作品が「オルフェオ」です。
モンテヴェルディは、音楽史上もっとも才能のあった作曲家の一人で、彼の作曲したいくつかのオペラ、「オルフェオ」、「ポッペアの戴冠」、「ウリッセの帰郷」は、現在もしばしば上演される名曲中の名曲です。
さて、17世紀前半の北イタリアは、大航海時代とルネサンスを経て、世界で最もお金持ちの地域として栄えました。特にヴェネツィアは、貿易の中心地として発展し、裕福な市民はオペラを見るのを楽しみはじめました。1637年に最初のオペラハウスが建設され、数多くの新作オペラが作曲されるようになりました。しかし、粗製濫造が始まれば、質が落ちるのはどこの世界も一緒のことです。イタリアオペラは長期低落傾向が始まります。
一方、イタリアのオペラは、ドイツ・オーストリア、フランス、イギリスに伝わります。ドイツ・オーストリアでは、宮廷のお抱え音楽家はイタリア人が普通でしたから、その影響で、イタリア風オペラが盛んになりました。フランスもリュリというイタリア人の大作曲家がオペラを伝え、こちらはフランス文化の派手な伝統を踏まえて、「トラジェディ・リリック」とよばれるオペラが始まりました。イギリスでもパーセルが「ダイドーとイニアス」を作曲しました。
17世紀後半から18世紀前半のイタリアオペラは、機械仕掛けの大掛かりな舞台装置とカストラートの声が観客を魅了したといいます。さて、当時のオペラは3幕仕立てで行われるのが普通でしたから、二回の休憩が入ります。その休憩時間に「インテルメゾ」と呼ばれる小芝居が上演されるようになりました。その始まりはつまびらかではありませんが、最初は簡単なパントマイムだったらしい。これが18世紀になると、ちゃんとした幕間劇になります。本番のオペラがギリシャ劇の大仕掛けのものだったので、幕間劇は息抜きのできる世話物になりました。基本的には二つのパターンがあり、一つは、「ピンピノーネ」の系列です。即ち、女中が旦那を口説いて結婚してしまうお話。もう一つは、「ディリンディリーナ」の系列で、音楽教師と生徒の浮気話です。
真面目なギリシャ劇と不真面目な浮気話と世間の人はどちらを好むかといえば、もちろん不真面目な話です。この不真面目な喜劇を一晩のオペラにしようとして、「オペラ・ブッファ」が誕生します。1850年代のことで、最初のオペラ・ブッファは1749年のガルッピ作曲「ブレンダの桃源郷」とされています。オペラ・ブッファが誕生して、真面目なギリシャ劇由来のオペラは、オペラ・セリアと呼ばれるようになります。オペラ・ブッファの発達は、オペラ・セリアの改革を促します。これを実践したのがグルックで、1762年に「オルフェオとエウリディーチェ」を発表して、その成果を世に問いました。
モンテヴェルディから始まりグルックに到るバロック・オペラの流れを総括したのはモーツァルトでした。モーツァルトは18世紀後半活躍した大作曲家ですが、「フィガロの結婚」、「ドン・ジョヴァンニ」、「コジ・ファン・トゥッテ」の3つのオペラ・ブッファ、「イドメネオ」、「皇帝ティートの慈悲」の二つのオペラ・セリア、そして、「後宮からの逃走」、「魔笛」というドイツ民衆オペラの伝統である二つのジングシュピールで、18世紀以前のオペラを集大成しました。もちろん、モーツァルトが意識してそうしたわけではありませんが、オペラ史を見ると、そのような位置づけになるのですね。
19世紀に入ると、イタリアはベル・カント・オペラ時代に入ります。オペラ・ブッファ、オペラ・セリアの形式的区別は残りますが、より声が強調された聴き応えのある作品が生み出されます。その中心となる作曲家が、ロッシーニ、ドニゼッティ、ベッリーニです。一方、ドイツでは、ドイツ語オペラを作る動きが強まり、ウェーバーの「魔弾の射手」により本格的にドイツオペラの幕が上がります。フランスでは、マイヤーベーアやアルヴィによって、本格的なグランドオペラが作曲されるようになりました。
19世紀後半のイタリアオペラ最大の作曲家はヴェルディです。ヴェルディは、古典的な番号オペラから始まり、最後には文学とオペラの高次な融合までやって見せた大作曲家でした。今も世界のオペラ劇場で毎日どこかで彼の作品が演奏されているはずです。一方、ドイツにはロマン派最大の巨人、ワーグナーが誕生します。オーケストラと声の融合を成功させ、長時間あきさせない(ただしまともに聴くには体力が要ります)作品を書いたのはたいしたものです。ワーグナーの音楽を私は決して好むものではありませんが、ワーグナーがその後100年間の音楽に与えた影響は(支持をする意味でも、支持をしない意味でも)、極めて大きいものがあります。20世紀音楽はワーグナー無しには考えられないところがあります。
ヴェルディの後の世代のイタリアオペラは、より俗っぽい題材を利用するようになりました。ヴェリズモ・オペラです。マスカーニ、レオンカヴァッロ、プッチーニらがそれらの担い手となりました。プッチーニのオペラは題材の俗っぽさと、彼自身の才能の点から必ずしも大作曲家とは言いがたいのですが、管弦楽法の巧みさは、それまでのイタリアオペラ作曲家と一線を画します。そこにもワーグナーの影響が見受けられます。19世紀後半のフランスオペラは、ベルリオーズ以下沢山の作曲家によって担われましたが、特記事項はありません。
19世紀末になると、国民主義的な志向が音楽界でも強くなり、民族主義的オペラが多数作曲されるようになりました。スメタナ、ドヴォルザークなどです。ロシアオペラの振興もこの風潮の上にあります。また、19世紀にはオペレッタの発生にも一言触れておく必要があるでしょう。オペラよりもより俗な話題を取り上げ、親しみやすい音楽で繋ぎました。オッフェンバック、ヨハン・シュトラウス二世、レハールなどが重要です。オペレッタは、20世紀には米国でミュージカルに発展していきます。
20世紀のドイツは、まずリヒャルト・シュトラウスが重要です。「サロメ」、「エレクトラ」、「ばらの騎士」など。ただし、リヒャルト・シュトラウスは、本質的に19世紀ロマン派の血をひいていました。本格的20世紀オペラを作曲したのは、12音音楽の創始者シェーンベルグ以降です。特にシェーンベルグの弟子、ベルグの二つのオペラ「ヴォツェック」と「ルル」は、20世紀オペラの金字塔です。フランスでは印象派の名作オペラ、ドビュッシー「ペレアスとメリザンド」が書かれました。
第二次世界大戦後もオペラの作曲は盛んで、特に重要な作曲家と作品として、プーランク(「カルメル会修道女の対話」など)、ヘンツェ(「若き恋人たちのエレジー」など)、ブリテン(「ピーター・グライムズ」など)が挙げられます。
以上、相当端折って書いてみました。これでも長すぎるという人は、、、。どうしましょう!?
(9)「オペラ・ブッファ」も「オペレッタ」も日本語では「喜歌劇」と訳されることがあるそうですが、どう違うのですか?
オペラ辞典(1993、音楽の友社)の「喜歌劇」の項に拠れば、「軽いセンティメンタルな題材を扱い、ハッピーエンドで喜劇的要素を含んだ、音楽を伴った劇作品の総称。オペレッタ、ヴォードヴィル、オペラ・ブッファ、ミュージカル・コメディなどが含まれる。なお、場合によってはオペレッタの訳語に限定される。」とあり、確かに「オペラ・ブッファ」を喜歌劇と訳しても誤りではないようです。ただ、私には相当違和感があります。
まず、オペラブッファは、1750年から1850年にかけてイタリアで発達した喜劇的オペラの様式の一つです。原則として地の台詞は入りません。詳細は別項をお読みください。一方、オペレッタは、元々「小さいオペラ」を意味したが、19世紀後半には、歌や踊りを伴った大衆的で喜劇的な内容を含む音楽劇を指すようになりました。原則として、話の進行は地の台詞で行い、重要な部分は歌われます。なお、オペレッタには、オペラ・ブッファにある厳密な形式性はありません。
混声四部合唱で、女性が歌う高いほうの音符の流れをソプラノパートといいます。ソプラノ・パートを歌うのに適した声を持つ歌い手を「ソプラノ」といいます。
普通のピアノを考えたとき、中心の「ド」の音を日本語では1点ハ音、といい、そのオクターヴが1点オクターヴになります。即ち、普通のピアノの中心のドレミファソラシドを日本語の音名で言うと、1点ハ、1点ニ、1点ホ、1点ヘ、1点ト、1点イ、1点ロ、2点ハ、となるわけです。オクターブが上がることに3点、4点となり、通常の88鍵ピアノの一番上の音は5点ハ、となります。なお、音の基準は1点イ音と決まっており、その周波数は440Hz(即ち1秒間に440回の振動がある)です。ちなみに1オクターブ上がると、周波数は2倍になり、Nオクターブ上がれば、2のN乗倍になります。また、1点イ音は、通常のト音記号の楽譜で、「ラ」の音に相当します。この1点イ音をドイツ語ではa1(この1は上付きが正しい)といい、英語ではA4(この4は下付きが正しい)といいます。
通常ソプラノの音域として考えられているのは、1点ハ音から2点ロ音のまでの2オクターヴです。実際はその下の「ラ」即ちイ音(a又はA3)位から3点ハ音(c3またはC6)ぐらいまではあります。ちなみに「魔笛」の「夜の女王のアリア」に与えられている最高音は3点ヘ音、即ち通常のト音記号の楽譜で一番目と二番目の線間にある「ファ」より2オクターヴ高い音になります。
もちろんソプラノの歌手といえども、3点へ音を出せるような方はそう多くはありません。また、たとえ音は出せても音域の得意・不得意があります。そんなわけで、ソプラノは声の重さを基準に(これは正に重さでありまして、現実に出せる音がより高音かどうかというより、声の質、もっと申し上げるならば軽々しい表現が得意か力強い表現が得意かという基準)で、大きく、軽めのソプラノ、普通のソプラノ、重めのソプラノに分けて、それぞれ、レジェーロ、リリコ、スピントと呼びます。
ここで、レジェーロとは元々「軽い」というイタリア語ですし、リリコとは、「抒情的な」であり、スピントは「押さえの効いた」という意味です。これらの用語はそもそも対応していないのです。普通、「抒情的」の反対語として選択されるのは、「劇的」で、ソプラノでもリリコに対するドラマティコという分類があります。従って、通常ソプラノの声を分類するとき、レジェーロ、リリコ、スピント、ドラマティコと、レジェーロとリリコの中間のリリコ・レジェーロ、リリコとスピントの中間のリリコ・スピントを加えた6種類で分類することが多いです。ちなみに声は、軽い順に、レジェーロ、リリコ・レジェーロ、リリコ、リリコ・スピント、スピント、ドラマティコの順です。ただし、リリコ・スピントとスピントとを区別するのは難しく、同じものと考える方も多いようです。
ソプラノの声の分類には、そのほかにもコロラトゥーラ・ソプラノ、スーブレットなどいろいろありますが、コロラトゥーラ・ソプラノは多くの場合レジェーロ・ソプラノと言い換えて問題ありませんし、スーブレットは多くの場合リリコ・レジェーロと重なります。従って、分類という視点から言えば、レジェーロ、リリコ、スピント、ドラマティコという分け方が適当なようです。
代表的なソプラノ歌手の声域は次のようになります。ただし、喉は、多くの場合、年齢を経ることにより重くなり、若いころとは相当変化します。ルチア・ポップという歌手は、デビューが典型的なレジェーロ役である「魔笛」の「夜の女王」でしたが、後年、典型的なリリコ役であるパミーナを持ち役としました。さらにはリリコ・スピント役と申し上げても良い、「ばらの騎士」の元帥夫人も歌いました。レナータ・スコットもデビュー当時はレジェーロでしたが、晩年はリリコ・スピントの役柄をよく歌いました。従って、この表は、あくまでも無理やり当てはめた場合の例です。また、同じレジェーロに分類されても、歌手によっては歌う役柄が違うことは珍しくありません。そのあたりが実に微妙なところです。
その声に分類される歌手が、その役柄をレパートリーにするかどうかは、声だけではないその他の要因(例えば「容姿」、例えば「名声」、例えば「本人の指向性」、例えば「マネジメントの意図」)も関与することは申し上げるまでもありません。
分類 歌手の例 オペラ作品における役柄の例 レジェーロ エディタ・グルベローヴァ ジョン・サザランド
ルチアーナ・セッラ
佐藤美枝子
幸田浩子
・コンスタンツェ(モーツァルト「後宮からの逃走」) ・夜の女王(モーツァルト「魔笛」)
・オランピア(オッフェンバック「ホフマン物語」)
・アミーナ(ベルリーニ「夢遊病の女」)
・ルチア(ドニゼッティ「ランメルモールのルチア」)
・ラクメ(ドリーブ「ラクメ」)
・ツェルビネッタ(R・シュトラウス「ツェルビネッタ」)
リリコ・レジェーロ マリア・カラス(ドラマティコという人もいる) ルチア・アリベルティ
イレアナ・コトルバス
森麻季
高橋薫子
出口正子
澤畑恵美
釜洞祐子
(日本人のソプラノの多くはこのジャンルに含まれます)
・スザンナ(モーツァルト「フィガロの結婚」) ・ゼルリーナ(モーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」)
・デスピーナ(モーツァルト「コジ・ファン・トゥッテ」)
・アディーナ(ドニゼッティ「愛の妙薬」)
・ノリーナ(ドニゼッティ「ドン・パスクワーレ」)
・ジルダ(ヴェルディ「リゴレット」)
・オスカル(ヴェルディ「仮面舞踏会」)
・ナンネッタ(ヴェルディ「ファルスタッフ」)
・ムゼッタ(プッチーニ「ラ・ボエーム」)
・ラウレッタ(プッチーニ「ジャンニ・スキッキ」)
・アデーレ(ヨハン・シュトラウス「こうもり」)
・ゾフィー(R・シュトラウス「ばらの騎士」)
リリコ ミレッラ・フレーニ モンセラ・カバリエ
カーティア・リッチャレリ
大倉由紀枝
佐々木典子
大村博美
砂川涼子
・伯爵夫人(モーツァルト「フィガロの結婚」) ・ドンナ・アンナ(モーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」)
・フィオルディリージ(モーツァルト「コジ・ファン・トゥッテ」)
・ヴィオレッタ(ヴェルディ「椿姫」)
・デズデモーナ(ヴェルディ「オテロ」)
・アリーチェ(ヴェルディ「ファルスタッフ」)
・アントニア(オッフェンバック「ホフマン物語」)
・ミミ(プッチーニ「ラ・ボエーム」)
・リュー(プッチーニ「トゥーランドット」)
・ロザリンデ(ヨハン・シュトラウス「こうもり」)
・ミカエラ(ビゼー「カルメン」)
・マルガリーテ(グノー「ファウスト」)
リリコ・スピント/スピント レナータ・テバルティ エヴァ・マルトン
アルプーレ・ミッロ
佐藤しのぶ
佐藤ひさら
片岡啓子
緑川まり
・レオノーレ(ベートーヴェン「フィデリオ」) ・ノルマ(ベッリーニ「ノルマ」)
・マクベス夫人(ヴェルディ「マクベス」)
・レオノーラ(ヴェルディ「イル・トロヴァトーレ」)
・アメーリア(ヴェルディ「仮面舞踏会」)
・レオノーラ(ヴェルディ「運命の力」)
・エリザベッタ(ヴェルディ「ドン・カルロ」)
・アイーダ(ヴェルディ「アイーダ」)
・ネッダ(レオンカヴァレロ「道化師」)
・トスカ(プッチーニ「トスカ」)
・蝶々さん(プッチーニ「蝶々夫人」)
・マッダレーナ(ジョルダーノ「アンドレア・シェニエ」)
・アドリアーナ(チレア「アドリアーナ・ルクヴルール」)
・元帥夫人(R・シュトラウス「ばらの騎士」)
・タチアーナ(チャイコフスキー「エフゲニ・オネーギン」)
ドラマティコ ブリギッテ・ニルソン ゲーナ・ディミトローヴァ
ジェシー・ノーマン(リリコという人もいる)
・アビガイッレ(ヴェルディ「ナブッコ」) ・ジョコンダ(ポンキエルリ「ジョコンダ」)
・トゥーランドット(プッチーニ「トゥーランドット」)
・エリザベート(ワーグナー「タンホイザー」)
・エルザ(ワーグナー「ローエングリーン」)
・イゾルデ(ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」)
・クンドリー(ワーグナー「パルジファル」)
混声四部合唱で、女性が歌う低いほうの音符の流れをアルトパートといいます。女声三部合唱で、低いパートをアルト、中間のパートをメゾソプラノといいます。なお、アルトはコントラルトというのが本来のようですが、アルトでよいと思います。
元々アルトは、「高い」という意味のイタリア語由来の言葉でした。これは、女性が音楽をやらなかった時代に、テノールよりも「高い」ことから言われたようです。元々は、男声がファルセット(裏声)を使って歌う高音部のことで、「カウンターテナー」と同じ意味だったそうです。しかし、その後は女声の一番低いパートの音域を言うようになりました。なお、カウンターテノールとアルトの音域はほぼ一緒です。
なお、合唱におけるアルトとメゾソプラノの守備範囲は、メゾソプラノが、イ音から2点ト音、即ち普通のド(1点ハ音)より2度低いラから上に2オクターヴ、アルトが概ね更に2度低いヘ音から2オクターヴぐらいを守備範囲とします。
ところが、オペラ歌手で、メゾ・ソプラノとアルトの区別は現実にはほとんどありません。アルトを標榜している歌手はナタリー・シュトルツマンなどがいますが、女声の低音歌手はほとんどがメゾソプラノを標榜しています。それで困らないし、現実にメゾ・ソプラノの歌手は、大抵の役を歌うように思います。
オペラでメゾ・ソプラノに与えられる役は、男性(ズボン役)、母親や老婆など、敵役、が多いのですが、ヒロインがソプラノである場合、こういった汚れ役はもちろん重要です。参考までに分類します。
主役・準主役
- ドラベッラ(モーツァルト「コジ・ファン・トゥッテ」)
- アンジェリーナ(ロッシーニ「チェネレントラ」)
- ロジーナ(ロッシーニ「セヴィリアの理髪師」)
- イザベッラ(ロッシーニ「アルジェのイタリア女」)
- ロメオ(ベルリーニ「カプレーティとモンテッキ」)
- シャルロッテ(マスネ「ウェルテル」)
- ダリラ(サン=サーンス「サムソンとダリラ」)
- カルメン(ビゼー「カルメン」)
- ミニヨン(トマ「ミニヨン」)
- サントゥツァ(マスカーニ「カヴァレリア・ルスティカーナ」)
- ユディット(バルトーク「青ひげ公の城」)
ズボン役
- オルフェオ(グルック「オルフェオとエウリディーチェ」)
- ケルビーノ(モーツァルト「フィガロの結婚」)
- イダマンテ(モーツァルト「イドメネオ」)
- セスト(モーツァルト「皇帝ティートの慈悲」)
- ロメオ(ベルリーニ「カプレーティとモンテッキ」)
- オルロフスキー公爵(J・シュトラウス「こうもり」)
- ニクラウス(オッフェンバック「ホフマン物語」)
- ヘンゼル(フンパーディング「ヘンゼルとグレーテル」)
- オクタヴィアン(R・シュトラウス「ばらの騎士」)
母親・老婆役
- マルチェリーナ(モーツァルト「フィガロの結婚」)
- フリッカ(ワーグナー「ラインの黄金」)
- アズチェーナ(ヴェルディ「イル・トロヴァトーレ」)
- ウルリカ(ヴェルディ「仮面舞踏会」)
- ヘロディアス(R・シュトラウス「サロメ」)
- クリテムネストラ(R・シュトラウス「エレクトラ」)
- 公爵夫人(プッチーニ「修道女アンジェリカ」)
- ツィータ(プッチーニ「ジャンニ・スキッキ」)
悪女・敵役
- アダルジーザ(ベルリーニ「ノルマ」)
- マッダレーナ(ヴェルディ「リゴレット」)
- アムネリス(ヴェルディ「アイーダ」)
- エボリ公女(ヴェルディ「ドン・カルロ」)
- 公爵夫人(チレア「アドリアーナ・ルクヴルール」)
- ゲシュヴィッツ令嬢「ベルグ「ルル」)
侍女・女中など
- ブランゲーネ(ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」)
- マリー(ワーグナー「さまよえるオランダ人」)
- マッダレーナ(ワーグナー「ニュルンベルグのマイスタージンガー」)
- イネス(ヴェルディ「イル・トロヴァトーレ」)
- スズキ(プッチーニ「蝶々夫人」)
その他
- フローラ(ヴェルディ「椿姫」)
- プレツィオシルラ(ヴェルディ「運命の力」)
- クイックリー夫人(ヴェルディ「ファルスタッフ」)
- オリガ(チャイコフスキー「エフゲニ・オネーギン」)
混声四部合唱で、男性が歌う高いほうの音符の流れをテノールパートといいます。テノール・パートを歌うのに適した声を持つ歌い手を「テノール」といいます。
一般にテノールの守備範囲はソプラノの1オクターヴ下と言われます。即ち、ハ音から1点ト音(ハ音とか1点ト音については、ソプラノの説明を見てください)ぐらいですが、オペラの主役となるテノールが歌う音域は、い音(A2音)から2点ハ音(C5音)ぐらいと言われます。この2点ハ音を「ハイC」といいます(一部の本に3点ハ音をハイCと書いてあるものもありますが、普通の男性歌手が(カストラートは知りません)3点ハ音を胸声でだすことは不可能です)。
テノールにはソプラノと同じような分類があります。声の重さで3段階に分け、即ち、レジェーロ、リリコ、スピントに分け、更にそれぞれの中間である、リリコ・レジェーロ、リリコ・スピント、スピントよりも力強い表現の得意なドラマティコがあります。しかしながら、現実にはスピントとリリコ・スピントは一緒に考えることが多いようで、5段階に分類するようです。
そのほか、ソプラノで、コロラトゥーラ・ソプラノやスーブレットと呼ばれるのと同様にテノールでも別の表現があります。代表的なのは、作曲家の名前を前に付したロッシーニ・テノールとか、ヘルデン・テノール、テノール・ロブスト、などが有名です。
ロッシーニ・テノール:ロッシーニのテノール役を得意とするテノール。特にアジリダ(速いパッセージ)が得意でロッシーニの様式感を歌いこなせることが重要です。通常はテノール・レッジェーロに限定されます。
ヴェルディ・テノール:ヴェルディのテノール役を得意とするテノール。ロマンティックでかつヒロイックなヴェルディ・オペラのヒーローを得意とするテノールです。通常はリリコスピントないしスピントテノールです。なお、「リゴレット」の「マントヴァ公」や「椿姫」の「アルフレード」はヴェルディのテノール役の中で最も有名な役ですが、これらを持ち役としている人をヴェルディ・テノールとは言わない。面白いものです。なお、これらの役はリリコレジェーロあるいはレジェーロの持ち役です。
ワーグナー・テノール:ワーグナーのテノール役を得意とするテノール。ドラマティコ、スピント、リリコ・スピントに限定されます。
ヘルデン・テノール:ワーグナー・テノールの中で、特に英雄役を得意とするテノール。トリスタンやジークフリートなど。代表的なヘルデン・テノールとしては、ヴォルフガング・ヴィントガッセン、ルネ・コロがいます。
テノール・ロブスト:「ロブスト」は、「太い、頑丈な」を意味するイタリア語で、一般的には太目のテノールを指します。即ち、ドラマティコとスピントですね。なお、ドイツオペラを歌う歌手にはテノール・ロブストとは言わないようです。あくまでもイタリアオペラに限定されるようです。ここで、問題になるのは、テノール・ロブストとヴェルディ・テノールは重なるのかどうか、という点ですが、これはもちろん重なる役柄もあるし、重ならない役柄もあります。「オテロ」は明らかにテノール・ロブストの持ち役ですが、「仮面舞踏会」のリッカルドになるとどうでしょうか?私は違うと思いますが、テノール・ロブストの持ち役だ、という方もいるかもしれません。
キャラクター・テノール:「フィガロの結婚」の「ドン・バジリオ」や「魔笛」の「モノスタトス」のように、役柄の持つキャラクターで本来歌手の持つ声とは異なった性質の声で歌うことが要求されるテノール。
なお、その歌手がその歌手に適した役柄のみを演じるかどうかは、必ずしも分りません。また、下の役柄と声の関係、歌手と声の関係も必ずしも一般的かどうかは分りません。例えば、ルチアーノ・パヴァロッティは本来リリコ・レジェーロの声質で、若いころはロドルフォや「連隊の娘」のトニオで一世を風靡したわけですが、年齢を経るにつれてヴェルディの諸役に挑戦。最後は、ドラマティック・テノールの代表的持ち役である「オテロ」も歌っています。パヴァロッティにオテロは似合わないと思いますが、そういうレパートリーの広げ方をしたという事実があります。
また、日本人テノールの場合、ごく一部の例外を除けば、リリコ・レジェーロからスピントの諸役までレパートリーにするようです。それは、結局のところ、歌えるテノールの数が非常に少ないという事情が関与するように思います。
分類 歌手の例 オペラ作品における役柄の例 レジェーロ ルイジ・アルヴァ ロックウェル・ブレイク
ウイリアム・マッテウッティ
アントニーノ・シラクーザ
山路芳久
五郎部俊朗
・ベルモンテ(モーツァルト「後宮からの逃走」) ・ドン・オッターヴィオ(モーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」)
・フェランド(モーツァルト「コジ・ファン・トゥッテ」)
・リンドーロ(ロッシーニ「アルジェのイタリア女」)
・アルマヴィーヴァ伯爵(ロッシーニ「セヴィリアの理髪師」)
・ドン・ラミーロ(ロッシーニ「チェネレントラ」)
・トニオ(ドニゼッティ「連隊の娘」)
・エルネスト(ドニゼッティ「ドン・パスクワーレ」)
・エルヴィーノ(ベッリーニ「夢遊病の女」
リリコ・レジェーロ フランシスコ・アライサ アルフレード・グピート
アルフレード・クラウス
ニコライ・ゲッタ
フリッチョ・タリアヴィーニ
ルチアーノ・パヴァロッティ
ペーター・シュライヤー
藤原義江
五十嵐喜芳
小林一男
福井敬
錦織健
・タミーノ(モーツァルト「魔笛」) ・ネモリーノ(ドニゼッティ「愛の妙薬」)
・エドガルド(ドニゼッティ「ランメルモールのルチア」)
・フェルナンド(ドニゼッティ「ファヴォリータ」)
・アルトゥーロ(ベッリーニ「清教徒」)
・マントヴァ公爵(ヴェルディ「リゴレット」)
・アルフレード(ヴェルディ「椿姫」)
・フェントン(ヴェルディ「ファルスタッフ」)
・デ・グリュー(マスネ「マノン」)
・ウェルテル(マスネ「ウェルテル」)
・ロドルフォ(プッチーニ「ラ・ボエーム」)
・リヌッチョ(プッチーニ「ジャンニ・スキッキ」)
リリコ カルロ・ベルゴンツィ ホセ・カレーラス
エンリコ・カルーソー
ジュゼッペ・ディ・ステファノ
ニール・シコフ
市原多朗
村上敏明
・イドメネオ(モーツァルト「イドメネオ」) ・イズマエーレ(ヴェルディ「ナブッコ」)
・リッカルド(ヴェルディ「仮面舞踏会」)
・ダーフィット「ワーグナー「ニュルンベルグのマイスタージンガー」
・レンスキー(チャイコフスキー「エフゲニ・オネーギン」)
・ホフマン(オッフェンバック「ホフマン物語」)
・ファウスト(グノー「ファウスト」)
・ロミオ(グノー「ロミオとジュリエット」)
・ピンカートン(プッチーニ「蝶々夫人」)
・フリッツ(マスカーニ「友人フリッツ」)
リリコ・スピント/スピント フランコ・コレルリ プラシド・ドミンゴ
エンリコ・カルーソー
ジュゼッペ・ジャコミーニ
ルネ・コロ
ホセ・クーラ
田口興輔
成田勝美
・フロレスタン(ベートーヴェン「フィデリオ」) ・ポリオーネ(ベッリーニ「ノルマ」)
・タンホイザー(ワーグナー「タンホイザー」)
・ローエングリーン(ワーグナー「ローエングリーン」)
・トリスタン(ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」)
・ジークフリート(ワーグナー「ジークフリート」)
・マンリーコ(ヴェルディ「イル・トロヴァトーレ」)
・ドン・アルヴァーロ(ヴェルディ「運命の力」)
・ドン・カルロ(ヴェルディ「ドン・カルロ」)
・ラダメス(ヴェルディ「アイーダ」)
・ドン・ホセ(ビゼー「カルメン」)
・デ・グリュー(プッチーニ「マノン・レスコー」)
・カヴァラドッシ(プッチーニ「トスカ」)
・カラフ(プッチーニ「トゥーランドット」)
・トゥリッドゥ(マスカーニ「カヴァレリア・ルスティカーナ」)
・シュニエ(ジョルダーノ「アンドレア・シュニエ」)
ドラマティコ マリオ・デル・モナコ ・オテロ(ヴェルディ「オテロ」) ・カニオ(レオンカヴァレロ「道化師」)
混声四部合唱で、男性が歌う低いほうの音符の流れをバスパートといいます。バス・パートを歌うのに適した声を持つ歌い手を「バス」といいます。更に男声三部合唱で中声部を受持つのがバリトンです(最低音は「バス」)。更にバリトンとバスの中間をバス・バリトンと呼ぶことがあります。
合唱でバスパートが受持つのは、通例へ(ひらがなの)音から1点ニ音ぐらいといわれますが、ソロのバス歌手は、は音から1点ヘ音ぐらいまで胸声で出します。ちなみにバリトンの範囲は、い音から1点へ音ぐらいで、ソロであるなら高音は1点イ音ぐらいまで出します。
バリトン歌手やバス歌手にも分類があります。しかし、その分類はソプラノやテノールとは全然違っていて、あまり大きな意味はありません。
バリトン歌手の分類
- バリトーノ・ブリランテ : 明るい・輝かしい音色のバリトン
- バリトーノ・カンタービレ : 歌唱的な、抒情的表現に富んだバリトン
- バリトーノ・ドラマーティコ: 劇的表現に富んだバリトン
バス歌手の分類
- バッソ・ブッフォ : 喜劇的バス
- バッソ・カンタービレ: 歌唱的な、抒情的表現に富んだバス
- バッソ・ドラマティコ : 劇的表現に富んだバス
- バッソ・ブロフォンド : 深いバス
というのは、低音男声歌手は、大抵の役を歌ってしまうのですね。例えば、モーツァルトの「フィガロの結婚」を考えて見ます。「フィガロ」には男声低音歌手が三人出てきます。即ち、アルマヴィーヴァ伯爵、フィガロ、バルトロです。この中で、本来、アルマヴィーヴァ伯爵は、バリトン・カンタービレの持ち役、フィガロはバッソ・カンタービレの持ち役、バルトロは、バッソ・ブッフォの持ち役です。ところがフィガロは、バリトン・ブリランテのヘルマン・プライが得意にしていたように、バリトンによって歌われることが珍しくありません。また、多くの日本人低音男声歌手がそうであるように、フィガロも伯爵もレパートリー、という方も少なくないのです。そういうことを踏まえると、私は、男性低音歌手を、バリトン、バッソ・ブッフォ、バス、バッソ・ブロフォンドぐらいの分け方で十分なように思います。
イタリア語で Bel Canto 、「美しい歌」「美しい歌唱」の意味が本来のもので、明確に定義するのは難しいのですが、18世紀から19世紀初頭のイタリア・オペラの理想的な歌唱法、と考えればよいと思います。
オペラ史的に見れば、18世紀から19世紀の前半にかけてイタリアで理想とされた歌唱法で、劇的表現やロマンティックな抒情よりも音の華麗な美しさ、むらのない柔らかな響き、滑らかな節回し(フレージング)を重視した歌唱法で、広い音域にわたる滑らかな発声が必要とされます。ロッシーニが理想としたベル・カント歌唱法は、「自然で美しい声」「声域の高低にわたって均質な声質」「注意深い訓練によって、高度に華麗な音楽を苦もなく発声できること」が要件だったともいいます。
即ち、装飾歌唱も含む技巧的な歌唱形式と言っても良いかもしれません。この歌唱法が完成したのは19世紀初頭とされ、その時代のイタリア・オペラ、即ち、ロッシーニ、ベルリーニ、ドニゼッティのオペラを、普通「ベル・カント・オペラ」と言います。
しかしその後、技巧的表現よりも登場人物の内面を重視したヴェルディやワーグナーによって、よりドラマティックなオペラが書かれるようになりました。また、管弦楽の大規模化、会場の大型化により、歌手たちには、軽快な技巧的歌唱(即ちベルカント歌唱)から、巨大な声量と、管弦楽と渡り合うような劇的で強靭な声が求められるようになり、作曲技法としての「ベル・カント」は衰退していきました。
なお、一方で、上記のような歴史的背景とは無関係に、美しさ、声量、技術、表現力を兼ね備えた理想的なイタリア式の声楽発声法・歌唱法を「ベル・カント」唱法と呼ぶことがあります。
Wikipediaに拠れば、「アリア(Aria)とは詠唱と訳され、オペラ、オラトリオ、カンタータなどの大規模で多くの曲を組み合わせて作られている楽曲における、叙情的、旋律的な独唱曲、または類似の曲に付けられる曲の名前である。英語に従ってエアとも言う。語りの内容が重視されあまり旋律的でないレチタティーヴォを前に置くことが多い。オペラなどでは特に独唱者にとって聞かせどころとなる曲である。」
大まかな理解は以上で宜しいと思いますが、いくつか追加を書きます。まず、アリアは、英語でAirということからも分るように、元々は「空気」又は「呼吸」を意味する言葉です。そこから、「歌」という意味が導き出されています。さすが「歌」の国、イタリアだと思います。
オペラにアリアが登場するのは、ほぼ初期の頃からではありますが、史上最初のオペラといわれるペーリの「ダフネ」には未だアリアはなかったと言われています(楽譜が失われているのにどうしてそんなことが分るのかは分りませんが)。元々オペラは、ギリシャ悲劇の復活を目的にし、それを進めていた人たちは、ギリシャでは演劇を歌って上演していたと考えていたことに始まります。したがって、最初期のオペラは、劇をレシタティーヴォのように歌って上演したものと考えられています。
それだけでは詰まりませんから、旋律的な表現がすぐに出てきて、アリアのようなものが発生します。そして、劇の進行のための音楽をレシタティーヴォが受持ち、劇の中の感情表現の高まりを「アリア」で表現する、というやり方で定着します。オペラを音楽劇としますと、レシタティーヴォは「劇」担当であり、アリアは「音楽」担当という方ができるかもしれません。
アリアがオペラに定着すると、今度はどのように聴かせるか、という点に興味がもたれるようになります。18世紀のナポリでは声楽の技巧に特に興味が集中し、古典的なアリアの形式が完成します。これが、「ダ・カーポ・アリア」と呼ばれる形式です。
ダ・カーポ・アリアは、三部形式で、A-B-Aという構成なのですが、第3番目のAの部分は楽譜には書かれず、「D.C」(ダ・カーポ、「最初から。曲頭に戻る」の意味)。と書かれたためこの名称があります。しかし、ダ・カーポ・アリアの第3番目のAの部分は、最初のAの部分を繰り返して歌うのではなく、歌手が技巧を凝らして、変えて歌います。この技巧、あるいは装飾をを。フィオリトゥーラとかカデンツといいます。カデンツァは、ピアノ協奏曲やヴァイオリン協奏曲で、独奏者が自分の技巧を示すために演奏する部分のことですが、歌手も同じことをやったわけです。なお、このような技巧的歌唱が発達した背景にはカストラートの存在が欠かせないわけですが、その問題については立ち入りません。
現在我々が、ハイCに熱狂するように、技巧的な歌唱は聴き手を満足させる効果があります。しかし、声楽の技巧をいくら凝らしたところで、オペラの物語は進みません。オペラの物語を進めるのは、あくまでもレシタティーヴォだったのです。そこで、アリアも劇の進行に貢献させようという動きが出てきます。それが、「グルックのオペラ改革」です。グルックは、言葉のニュアンスを重んじ、音楽を言葉にふさわしいものにするように気を配り、歌手の技巧的誇示や不必要な音楽的装飾を取り除いて行くという事を行いました。その結果、それ以降のオペラ・アリアでは、歌手が勝手にカデンツを付けるようなダ・カーポ・アリアは衰退していくわけです。
しかしながら、声の技巧を楽しむのもオペラの楽しみの一つであることは間違いありませんから、その後は、作曲家が、装飾技法を取り込んで作曲していきます。それが完成したのが19世紀初頭のイタリア、即ち「ベル・カント・オペラ」の時代です。この時代のオペラアリアの典型は、「カヴァティーナ=カバレッタ形式」と呼ばれます。元々「カヴァティーナ」とは、簡素な形式による短い独唱曲のことで、(ダ・カーポ・アリアが第2部や反復部があるのに対して)第2部や反復部のないものを指します。最も典型的な例は、「フィガロの結婚」において、バルバリーナが歌う第四幕の独唱曲がそうです。
この簡素な独唱曲は、19世紀にはいると、主役級の歌手が登場するとき歌われるアリア(いわゆる「登場のアリア」)の前半のゆったりとした部分を指すようになります(即ち、この時点で簡素ではなくなっていることに注意)。このカヴァティーナに対応して、後半の速い技巧的なパッセージ、即ちカバレッタで曲を締めることになります。この「「カヴァティーナ=カバレッタ形式」で最も有名なアリアは、ヴェルディ「椿姫」において、タイトルロールのヴィオレッタが歌う「ああ、そは彼の人か〜花から花へ」でしょう。ここで、カヴァティーナの「ああ、そは彼の人か」で、ヴィオレッタはアルフレードに対する気持を切々と歌い、カバレッタの「花から花へ」で、その恋の気持を打ち消すように速い技巧的な歌唱をするのです。
カヴァティーナ=カバレッタ形式のアリアは、「ああ、そは彼の人か〜花から花へ」のように、続いている場合もありますが、間に合唱や他の人の短い歌唱が入る場合もあります。例えば、ヴェルディ「イル・トロヴァトーレ」の第3幕第2場は、基本的に一つのアリアだけでできています。即ち、まず、レオノーラとマンリーコによる導入部の二重唱があり、その後マンリーコによるカヴァティーナ「ああ、あなたこそ私の恋人」が歌われます。その後、マンリーコとレオノーラの短い愛の二重唱を歌うと、ルイスがアズチェーナが火あぶりになるという報告を持ってます。それを聞いたマンリーコは「見よ恐ろしい火」というカバレッタを歌い、それに合唱が唱和して幕が下ります。
なお、19世紀のイタリアオペラでは、カヴァティーナだけでカバレッタが歌われない例もいくらでもあります。例えば、ロッシーニのセヴィリアの理髪師においてロジーナが歌う「今の歌声は」なんかがそうです。これを、ロジーナのアリアというかロジーナのカヴァティーナというかは、言い手の趣味によるようです。確かにこの時代のオペラのみで考えれば、「カヴァティーナ」でよいようですが、例えば、モーツァルト「フィガロの結婚」でフィガロによって歌われるアリア「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」は、カバレッタに相当する部分がありませんが、カヴァティーナと呼ばれることはなくアリアですし、プッチーニのオペラにおけるアリアも、カヴァティーナとは呼ばれなくなりました。
アリアを物語の進行に用いる作曲技術は19世紀に発達したのですが、それでも歌手の技術を見せるという側面は失われませんでした。しかし、ワーグナーはオペラの歌唱がレシタティーヴォとアリアに分裂することを嫌って、全体を両者の中間のような歌唱様式に統一しました。即ち、劇の流れと音楽の流れを完全に一致させてしまったわけです。ワーグナーのこのやり方は、その後のオペラ作曲家たちに大きな影響を与え、20世紀のオペラではアリアが重視されることはなくなりました。
とはいえ、元々アリアは、「歌劇」という音楽劇の文学的要求と音楽的要求の矛盾の解決策の一つの方法として生まれたものですから、その後も完全になくなることはなく(また観客の要求もあります)、新作オペラでも用いられる場合が少なくありません。
なお、アリアは、オペラの中では、アリアのほかに
- アリエッタ : 小さいアリアの意味。17、18世紀のイタリアオペラで、本来のアリアが3部形式であるのに対し、2部形式などで書かれた短いアリアのこと
- アリオーソ : レシタティーヴォとアリアの中間的性格の曲。あるいは短いアリア
- カヴァティーナ : 上述のとおり
- カンツォーナ : イタリアの民謡。オペラでは、「女心の歌」(リゴレット)が代表的なカンツォーナ。
- バラータ : イタリア音楽の形式の一つ。オペラでは、「あれか、これか」(リゴレット)が代表的なバラータ。
- ロマンツァ : 恋愛を題材にした歌
などと書かれることがありますが、どれもアリアとまとめて問題はないと思います。
17〜18世紀のオペラでよく用いられた装飾歌唱の一つです。速いパッセージの中に装飾を施し、華やかにしていた歌い方で通常トリル(その音とその2度上の音を速く反復させて音を揺らす技法のこと)を多用します。
モーツァルトの「魔笛」における夜の女王が歌う二曲のアリアが代表的なコロラトゥーラの技法を用いたアリアですが、それ以外にも沢山実例があります。
(15)の説明を見てください。
拍手は他の方の真似をすればよいと思います。間違っても、自分が最初に拍手の口火をきらないようにしましょう。
ブラボーは、カーテンコールにおいて、上手な演奏をした演奏者にかけます。アリアがとても素晴らしかったときなど、アリアが終わるとブラボーをかけることがありますが、これは、失敗すると廻りから白い目でにらまれますので、やらないのが無難です。
ちなみに男性には「ブラボー」、女性には「ブラヴァ」、複数の方を纏めて誉める場合は「ブラヴィ」といいます。
あなたが「よい」と思った演奏です。どんなに高名な評論家が「ダメ」と言っても、あなたが「よい」と思えばよい演奏です。
- 寝る(但し、鼾をかいてはいけません)
- 黙って席を立つ(カーテンコールが終了する前に席を立つのはなかなか難しいですが)
- ブーを浴びせる(カーテンコール時が無難です)
- 次回からその指揮者、歌手等のオペラには出かけない。
- 友達にそのオペラ上演の悪口を言う
- インターネットで、厳しく糾弾する。
以上はやってもかまいません。
- 主催者側に「金返せ」という。
- 関係者に暴力を振るうなどする。
以上はやってはいけません。
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