山田さんの鈴虫
庄野潤三 著: 本体 1714円

発行年月日:2001年4月10日
サイズ:188×128mm :244ページ
ISBN4-16-319940-3

文藝春秋社刊
初出:文学界 2000年1月〜12月号

内容紹介

 4月5日には書店に並んでおりました。早速購入して、2日間で読み上げました。

 庄野さんのここ六年間の仕事は、「子供が大きくなり、結婚して、家に夫婦二人きりで暮らすようになってから年月がたった。孫の数もふえた。そんな夫婦がどのようなことをよろこび、どんなことを楽しんで毎日を送っているかを書いてみたい。」という動機により書き始まった六作の連作長編が主になります。

 第一作が96年の「貝がらと海の音」、第二作は「ピアノの音」、第三作が「せきれい」、第四作「庭のつるばら」、2000年に第五作「鳥の水浴び」が刊行され、そして本年が「山田さんの鈴虫」です。これらの作品に貫かれるのは、日常の生活です。どこまでも日常ですが、日常の豊かさと確かさとが描かれています。

 この連作小説は、庄野さんの家庭がモデルです。もっと言えば日記を公開しているようなものです。日常の生活ですから、基本は繰り返しです。散歩や買物のような「日々のくりかえし」、花が咲いたり、鳥がやって来たり、正月、誕生日といった「年中の繰り返し」、結婚式、入学、卒業といった「時代の繰り返し」、これらの長短の繰り返しが奏でるハーモニーがとても素敵です。とはいえ、六作が同じトーンで書かれているわけではありません。「山田さんの鈴虫」は、日常生活の小さな喜びに対する作者の慎ましやかな感謝の気持ちが、前作よりも強く表れているように思います。本篇の「あとがき」の最後の一行を紹介します。

 『この「あとがき」を書いている机の前からは、今も一心にかごの脂身をつつく四十雀の姿が見える。『山田さんの鈴虫』を祝福してくれているのだろう。ありがとう。』

 この『ありがとう』が本篇を貫くバックボーンでしょう。

 作品の冒頭、タイトルとなった「山田さんの鈴虫」のことが出てきます。庄野さんの近所でニットドレスを作っている山田さんからいただいた鈴虫が鳴き出すと、奥様が「おともだーち、なき出したよ」と言って喜ぶのだそうです。夜、庄野さんがハーモニカを吹き、奥様と歌を歌う習慣は、読者には良く知られた習慣ですが、この鈴虫、初めハーモニカにきき入って、しばらくして鳴き出すように見えるのだそうです。
 昔、子供達が小さかった頃、「オペラアリア名曲集」というレコードをよく聴いたが、そこに、女性歌手の歌で「おともだーち、待っている」と聞こえるところがあって、このかつて楽しんだ「おともだーち」と、今楽しませてくれる「鈴虫」を重ね合わています。

 どこの家にもありそうな、その家族にだけ通用する習慣や用語、を庄野さんはとても上手に紹介します。例えば、「スキマー」のエピソードもそうでしょう。「スキマー」とはドリトル先生の物語に出てくるつばめの親分。ドリトル先生が呼んでいると分ると、どこからでも飛んでき、探し物をしてくれる、「韋駄天スキマー」と呼ばれる頼もしいつばめ。庄野さんは、散歩の時に奥様から頼まれる買物を「スキマー」と呼んでいるのだそうです。その部分を一寸引用します。

 『私は妻に買物は何かないかと訊き、散歩コースの途中にあるOKに立ち寄り、ほうれん草やトマト、にんじん、小松菜から、りんご、グレープフルーツ、オレンジを買って、さげ袋に入れて担いでくる。そんな自分を「スキマー」と称している。
 「スキマー行って来る。今日は何?」
 と訊く。妻がいったものを忘れないように頭に入れて、足どりかるく家をとび出す。さげ袋をまるめて手に持って行く。』

 光景が浮かんでくるようです。

 個別のエピソードはいいでしょう。ところで、本篇では「フーちゃん」が中学生になります。われわれ読者にとって、庄野さんの最初の女の孫である「フーちゃん」は、2歳の頃から知っているお馴染みの登場人物です。家族を書きつづけることは、当然家族の成長を書きつづけることです。日常生活は繰り返しですが、その繰り返しは、全く同じではなく、少しずつ変容して行きます。この小さな変容を含んだ繰り返しのハーモニーを読者として楽しみたいと思います。

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