うさぎのミミリー
庄野潤三 著: 本体 1400円
発行年月日:2001年4月20日
サイズ:四六版 :205ページ
ISBN4-10-310611-5
新潮社刊
初出:波 2001年1月〜12月号
内容紹介
新潮社のWEB サイトでは4月18日に発売、とアナウンスされておりましたが、主要な書店に並んだのは17日。早速購入して、18日に読みおわりました。
あとがきに書かれているように、庄野さんの最近の変わらぬテーマは、「子供が大きくなり、みんな結婚して、家に残された夫婦二人きりで暮らすようになって年月たった。孫の数も八人となり、そのうち二人は結婚した。そんな夫婦が日常生活でいったいどんなことをよろこび、どんなことを楽しんで生きているかを書く」ことです。ここで重要なことは、「いったいどんなことをよろこび、どんなことを楽しんで生きているか」であり、決して「悲しみ」や「辛さ」を書かないということです。本書の帯に書かれたコピーは、「いつまでも皆で、こんな幸せな一日を過ごせたらいいなと思います」であるが、中身に「幸せ」を感じられるとすれば、そのように書き綴っている庄野さんの力量、ということになると思います。
この晩年シリーズの第一作が96年の「貝がらと海の音」でこの「うさぎのミミリー」で七冊目。現在、第八弾「庭の小さなばら」が「群像」に連載中です。そこに書かれていることは、庄野さんの日常ですから、結局例年繰り返しです。特に庄野さんは、年中行事を大切にし、庭の木や花、庭の餌台に来る小鳥たちに愛情を込めますので、殊に繰り返しの多さを感じます。けれども、人は歳を取り、子供たちは大きくなり、少しづつ変わっていきます。繰り返しの中で見られる僅かな変化。そこを楽しむべき作品だと思います。
書かれている時期は、1999年8月12日より、2000年5月13日。ほぼ9箇月の間の出来事が書き連ねられています。基本的に日常の出来事を細かに日録風に綴っていますので、作品の味わいは収められているエピソードによって左右されます。庭の脂身を目指してくる鳥、宝塚の公演を聴きに行き、立田野やくろがねへ帰りによること、大阪へのお墓参り、子供や孫から来る手紙、山田さんを初めとする隣人たちとの交際、妻とのハーモニカと歌。そういう点は少しずつ変化していきますが、大きく違うものではありません。
今回の作品で、シリーズのこれまでの中身と一番違うところは、長女の三男、明雄君のエピソードが沢山収められているところでしょう。そこを幾つか抜粋します。
長女の次男、良雄くんの結婚披露宴において、
『暑い日で、ビールがおいしい。となりの席の三男の明雄がよくビールを注いでくれる。
「明雄の結婚式にはには呼んでくれよ」
というと、明雄よろこぶ、-翌日、足柄の長女からお礼の電話があり、その中で、
「明雄が家に帰るなり、『おじいちゃんが明雄の結婚のときは呼んでくれよといった』と話し、よろこんでいました」といった。
また、明雄君は、この結婚式に6リッター入りの大きなシャンパンの瓶を持ちこみ、この栓をあけて、新郎新婦をお祝いしています。これが結婚式の一つのハイライトであった、と庄野さんは書き綴っています。
明雄君は、下北沢の若者向けのレストランの店長をしていたのですが、彼に目を掛けてくれている人の紹介で、恵比寿と渋谷の中間にある新しいレストランの店長に変わります。変わるまでのあれこれについて、おじいちゃんの心配が書き綴られます。でもそのお店が開店すると、お祝いに出かけます。お店の名前は「ディキシー・ディナー」。まわりはビルの建物ばかりというひっそりとした一画にあるそうです。そこに、庄野さん御夫妻は、長女夫妻、和雄、良雄の両君と共に行きます。
『奥のソファーにみんな坐る。明雄が現れたので、持参したお祝いの封筒を渡してやる。明雄よろこんでおし頂き、お兄さんの和雄、良雄たちに向って、その封筒をふりかざし、「これ持って来た人、いませんか」という。和雄、良雄、黙っている。
生ビールが来て、見つくろいの料理の皿が出る。パンも出る。みな、おいしい。となりの席の良雄は、赤ワインを飲む。
はじめに「おめでとう」をいって生ビールで乾杯する。
途中で明雄が奥で料理を担当している、若い女のシェフを連れて来て紹介する。妻は用意して来たお祝儀の袋を渡して上げた。この女のシェフ、なかなかいい腕をしている。きっと評判はいいだろう。』
それ以外で変わった点は、カタカナの使い方があります。例えば、大浦みずきの出演するミュージカル「れ・ミゼラブル」を見に行ったとき、
『幕間に大浦みずき事務所でなつめちゃんのマネージャーをしている宝塚花組出身の篠原さんが私たち二人を探して席まで来てくれて、アイサツされる。』
この「アイサツ」という使い方が、これまでの庄野さんの使い方とは異なっているようです。ほかにも同様の例が幾つか見つかります。
また、「うさぎのミミリー」においては、エピソードの配列の仕方が、前作の「山田さんの鈴虫」より洗練されているような気がします。80歳の時に書かれた作品が更に洗練を極めていくとすれば、とても素晴らしい事だと思います。
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