庭のつるばら

カバーの写真が出ていたら、借りてこようと思ったのですが、新潮社のHPは立ち上げが遅かったようで、99年4月のこの本の発売時には、まだ出来ていなかったようです。そういうわけで、写真はなし。

書誌事項

「庭のつるばら」
庄野潤三 作
1999年4月25日発行
230ページ
新潮社刊 1500円(税別)
ISBN4-10-3106107 C0093
発表: 新潮1998年1月号〜12月号

紹介

夫婦の晩年、という大きなテーマで、庄野さんは、自分の身の回りに起こった事を書きつづけています。それは例えば、つぎのようです。
なお、原文は縦書き。

 「「山の下」へ。
 読売ランド前でミサヲちゃんに会った日のこと。夕方妻は「山の下」の長男のところへ。勤めから帰った長男が、家の前で草花の手入れをしていた。妻を見つけて、長男のそばにいたけい子ちゃんと龍太、「こんちゃーん」といって走って来る。「こんちゃん」は、孫たちの妻を呼ぶときの愛称。まだ餅井坂にいたころ、長女が上の子の和雄を連れてよく来た。和雄が妻のことを「こんちゃん」と呼んだ。それが始まりで、孫がみんな妻のことを「こんちゃん」と呼ぶようになった。長女が妻のことを「おかあクン」と呼んでいた。それを聞いた和雄が「クンちゃん」というつもりで、「こんちゃん」と呼んだのがはじまり。
 長男は、この前くれた小松菜、全部虫に食われてしまったという。」
 以上、27ページより。

 「どくだみの花。
 午後、生田駅近くの日曜大工の品を揃えたスズキへ、移植ごてを買いに妻と行く。帰り、西三田団地へ入る手前の坂道で道ばたにどくだみの白い十字の花が咲いている。
 立ち止まって、妻と二人で、
「いいなあ」
といって眺める。
「名前のひびきはよくないけれど、かわいい花だなあ」」
 以上、55ページより。

 日常の生活の一寸したいいことを、さりげなく楽しむ。その気分がよく伝わってきます。もうひとつ言っておかなければならないのは、達意の文章ということです。言葉が簡明で無駄が無く、かついちいち具体的なので、情景がよく分かります。

 「庭のつるばら」のお話で出来事らしい出来事は、伊良湖大旅行のお話と、清水さんの死去のお話。
 前者は、庄野さんの喜寿のお祝いで、庄野一族、すなわち庄野さん夫妻、長女の家族、長男次男の家族総勢15人によるマイクロバスでの旅行。2泊3日。このとき76歳の庄野さんは、「往年をホウフツとさせる泳ぎ」を披露する。初日の夕食はフランス料理のフルコース。二日目の夕方はシアターレストランでショーを楽しみながら食事をし、その後全員の寄せ書きの入った色紙をもらう。本篇の楽しいお話の白眉。
 後者は、庄野さん夫妻と親しく付き合っていた、清水勝子さんの死去のお話。清水さんは、庄野さんの読者であれば誰でも知っている方です。バラ作りの名人で、バラが咲くと庄野さんの家に届ける。「エイヴォン記」(1990年)は、清水さんの下さったバラの「エイヴォン」に由来しています。きっと、庄野さんの隣人の中での一番の友人だったと思います.。その病死の顛末と思い出を淡々と描く。そのさりげなさが、作者の悲しみを示しています。

 これらの大きなエピソード、小さなエピソードが四季の変化とともに書かれています。どれも表現が抑制されていて、しかし明快。大好きです。

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